「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある幼児 児童及び

文部省委嘱研究(平成10,11年度)
「教職課程における教育内容・方法の開発研究」(報告書)
「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある幼児
児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」
に関する科目の教育内容・方法の開発研究
平成12年3月
学校心理学と障害児教育に関する教育方法開発研究会
は じ め に
今日,学校では,不登校,いじめ,学級崩壊,学業不振,非行などの問題が増加す
るとともに,深刻化してきており,その対応が注目されている。また一方では,通常
の学級における障害のある子どもへの対応が望まれている。このような状況の下,学
校では,一人一人の子どもに対応した指導がますます重要になってきているところで
ある。しかし,それぞれの子どもが抱える問題は,学習,発達,進路など多岐にわた
っている。しかも顕在化した問題ばかりでなく,それぞれの子どもに潜在する問題も
多い。このような問題を理解し,対処する能力,あるいは望ましい発達を促進するこ
とができる資質能力が,現在の教師には求められているのである。そしてまた,この
ような問題に対処できる教師の養成が,社会的要請となっている。
教員養成段階で身に付けるべき資質として,教科指導に関する知識が重要であるこ
とは言うまでもなかろう。しかしながら,それだけでは,学校を巡る様々な問題への
対応が十分にできないことは,今日の状況から明らかである。教科指導はもとより,
様々な課題に適切に対応できる力量のある教師を養成することは,教育改革の中で教
員養成大学・学部に課せられた重要課題の一つである。本研究は,この課題に答える
べく,平成10年9月に文部省より研究委嘱を受け,教員養成大学・学部における授業
内容とその教育方法の開発を目指すものである。
子どもがその発達期において出会う様々な問題に適切に対応するためには,子ども
の理解が出発点となる。その理解のためには,学習の仕組みや発達のメカニズム,そ
の特徴などについての心理学的知識が必要不可欠である。学校における児童・生徒理
解の基礎となる知識,さらには問題を解決するための援助ができる実践的指導力の基
礎となる技能は,心理学の中でも特に,学校心理学と呼ばれる領域である。
教職に関する科目のうち,「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある
幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目は,このような学校
心理学の知識・技能の習得を目指すうえで,基礎となる科目である。
教員養成課程の学生に,様々な問題を理解し解決する能力の基礎・基本となる内容
をいかに身に付けさせるか。そして,単に専門的な学問研究の成果についての知識の
伝達に終わることなく,これらの知識に基づき,教職に就いた際に教育活動を有効に
展開することができるような実践的指導力を育成するためには,どのような教育方法
を用いればよいか。この課題に対して,本研究では30回分の授業のシラバス作成を通
して,より効果的な授業内容とその教育方法の試案を提示した。
ところで,「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程」に関する科目は,従来,
「教育心理学」や「発達心理学」という授業名でその講義が行われてきた。その内容につ
いては,今回の免許法改正に伴い,障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の
過程を含むこととされた。世界的なインテグレーションやインクルージョンの流れや,
我が国における交流教育の一層の推進よって,通常の学級を担当する教師も特殊教育
について理解することが求められているのである。しかしながら,教育心理学や発達
心理学の講義を担当してきた大学教官は,必ずしも特殊教育に関する知識が豊富であ
るとはいえない。とまどいを感じている大学教官も少なくないと思われる。そこで,
障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関して,どのような内容を含
めればよいか,この点に関して試案を示すことも本研究の目的の一つである。
今日の学校教育の場で必要とされる実践的指導力を育成するための授業内容と教育
方法を開発するため,本研究ではその開発を,学校心理学や障害児心理学を担当して
いる教官のみで行うのではなく,文部省初等中等教育局特殊教育課及び福岡県教育セ
ンターの連携と協力をいただいて行った。文部省初等中等教育局特殊教育課及び福岡
県教育センターの皆様にここに記して謝意を表する次第である。
心理学を研究するものとして,今回開発研究を行った,授業内容や授業方法が,実
践的指導力の育成に関してどのような効果があるのか,実証的に検討していくことが
今後の課題となる。その意味では,この研究はまだ緒についたばかりである。多くの
方のご支援とご批判をお願いしたい。
平成12年3月
研究代表者
福岡教育大学
岡
直 樹
目
次
はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
研究組織
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
開発研究の基本方針
利用の仕方
i
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ iii
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅰ 幼児児童生徒の心身の発達・学習及び教師の指導性
1.本授業で学ぶこと
v
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4
2.発達
(1) 認知
(2) 言語・コミュニケーション
(3) 情緒・社会性
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10
(4) 身体・運動・発育
(5) 知能
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
(6) 読み書きの発達
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
16
(1) 学習の基礎−1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
18
(2) 学習の基礎−2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
22
3.学習
(3) 理解
(4) 動機づけ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5) 学習面の不適応
(6) 個別指導
24
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
30
(7) 学習の目標と評価
(8) 学習指導の方法
(9) 授業の評価と改善
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
34
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
36
(10) 総合的な学習の時間
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
38
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
46
4.教師の指導性
(1) 児童生徒の理解
(2) 教師と児童生徒の人間関係
(3) 教育相談
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
48
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
(4) 保護者の心理
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5) 地域社会とのかかわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
52
56
Ⅱ 特殊教育
1.特殊教育の現状と課題
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
60
2.障害児の発達と学習の基礎
(1) 視覚障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
62
(2) 聴覚障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
64
(3) 知的障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
66
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
70
(4) 肢体不自由
(5) 病弱・身体虚弱
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
72
(6) 言語障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
74
(7) 情緒障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
76
(8) 重度・重複障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
80
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
84
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
88
3.特殊教育の基礎
(1) 特殊教育制度概論
(2) 就学指導
(3) 教育の場とその実際
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
92
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
94
(5) 自立活動
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
96
(6) 交流教育
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100
(4) 教育課程の編成
4.体験・視聴覚学習
(1) 視覚障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 102
(2) 聴覚障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104
(3) 肢体不自由
(4) 学習障害
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 106
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 112
(5) 盲学校,聾学校,養護学校及び特殊学級についてのビデオ視聴
(6) 盲学校,聾学校,養護学校訪問
(7) 特殊学級,通級指導教室訪問
(8) 市街地でのバリアフリーの確認
・・・・ 114
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 116
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118
5.特殊教育の展開
(1) バリアフリー論
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 120
(2) 特殊教育の歴史「動向と課題」
Ⅲ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 122
(3) 個別の指導計画
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124
(4) 世界の特殊教育
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 126
授業評価
コ ラ ム 一 覧
認知障害とその検査
不適切な言語使用−エコラエリア−
言語の機能の定義
発達障害児の社会的スキル
小児の意義
読み書きの障害と知覚過程
説明事項の例(単元名「学習面の不適応」)
学習障害について
総合的な学習の時間の考え方と進め方
〔資料1〕あなたが教師になった
としたらどんなタイプ?
〔資料2〕親和性を増す教師の働きかけ
(具体的な態度,心構え)
教育相談の定義
教育相談の意義
説明事項の例(単元名「保護者の心理」)
ドクター・ショッピング
国際障害分類(ICIDH-2)について
知的障害の定義
教育的対応の基本
領域・教科をあわせた指導
知的障害教育における自立活動の特色
知的障害養護学校用教科書
肢体不自由の定義
肢体不自由の医学的背景
病弱,身体虚弱の用語について
構音障害とは
吃音とは
対人関係と言語障害
情緒障害の定義
自閉症の診断基準と特徴
自閉症における「対人関係・想像力・
コミュニケーションの3つの障害の関連」
自閉症と知能
重度・重複障害の定義
重症心身障害児とは
重複障害児について
障害の重度・重複化への対応
重度・重複障害の教育の内容と方法
重度・重複障害児の教育の場
盲学校,聾学校及び養護学校
訪問教育
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
8
9
11
13
17
28
29
40
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
49
51
51
54
57
61
68
69
69
69
69
71
71
73
75
75
75
77
78
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
79
79
81
81
81
82
82
83
85
85
特殊学級
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86
通級による指導
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86
平成10年9月の中央教育審議会答申「今後
の地方教育行政の在り方について」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86
平成11年3月告示の学習指導要領について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86
平成11年3月告示の盲学校,聾学校及び養
護学校の学習指導要領の改訂のポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86
平成11年3月告示の学習指導要領に関する
移行措置 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87
学校教育法第71条から第76条
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89
学校教育法施行令22条の3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90
就学指導の手続き
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91
通級による指導に関する通達
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93
学校教育法第71条
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95
盲学校,聾学校及び養護学校の学習指導
要領「平成11年3月改訂」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95
学校教育法施行規則に見られる特殊学級
に関する内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95
「平成11年3月告示の盲学校,聾学校及び
養護学校の学習指導要領」における「養
護・訓練から自立活動」への改訂について・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97
平成11年度告示の学習指導要領における
交流教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・101
統合教育及びインクルージョン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・101
全盲について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
全盲についての疑似体験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
弱視について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
弱視についての疑似体験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
難聴についての疑似体験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・105
車椅子の操作図解
・・・・・・・・・・・・・・・・・・107
学習障害の疑似体験プログラム
・・・・・・・・・・・・・・・・・・113
視覚障害者にとってのバリアーと
バリアフリー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119
聴覚障害者にとってのバリアーと
バリアフリー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119
肢体不自由者にとってのバリアーと
バリアフリーの点検 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119
背景となる「障害者」関連の動向
・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
わが国の特殊教育の現状
・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
わが国の現在の教育改革(最近の動向)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
ノーマライゼーションに関する世界の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
アメリカの特殊教育
−ウィスコンシン州における現状
・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
世界の特殊教育に関する主な出来事の年譜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
研 究 組 織
研究担当者
岡
直 樹 (福岡教育大学教授) 研究代表者
木 舩 憲 幸 (福岡教育大学教授)
藤 金 倫 徳 (福岡教育大学助教授)
中 山
健 (福岡教育大学講師)
桐 木 建 始 (広島女学院大学教授)
横 田 雅 史 (文部省初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
研究協力者
鎌 田 義 彦 (福岡県教育センター特殊教育部肢体不自由・病弱研究室長)
片 平 慎 一 (福岡県教育センター教育経営部教育相談研究室研修主事)
重 松 宏 明 (福岡県教育センター教育指導部教育方法研究室研修主事)
i
本研究を行うに当たり,次の方々から多大なご支援をいただきました。ここに記
して謝意を表します。
文部省
鈴 木
篤 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
宍 戸 和 成 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
吉 田 昌 義 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
古 川 勝 也 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
福岡県教育センター
谷 口 好 幸 (教育指導部長)
山 本 直 俊 (教育経営部長)
内 藤 邦 彦 (参事兼学校経営研究室長)
宮 崎 豪 人 (特殊教育部長)
加 来 明 彦 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室長)
中 島 信 行 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事)
岡 崎 好 宏 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事)
北 里 純 二 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事)
古 賀 眞 理 (特殊教育部知的・情緒障害研究室長)
山 本 隆 治 (特殊教育部知的・情緒障害研究室研修主事)
越 智 廣 己 (特殊教育部知的・情緒障害研究室研修主事)
田 中 稔 彦 (特殊教育部肢体不自由・病弱研究室研修主事)
阿 部 輝 彦 (前教育経営部長,現シンガポール日本人学校チャンギ校校長)
川 上 匡 彦 (前特殊教育部長,現柳河盲学校長)
福岡教育大学
志 村
洋 (福岡教育大学教授)
太 田 富 雄 (福岡教育大学教授)
大 平
壇 (福岡教育大学助手)
ⅱ
開発研究の基本方針
(1)本授業科目の位置づけと対象学生
今回,開発研究を行う授業科目は,「幼児児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程(障害
のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目として,教員養成課
程の一般学生を対象として開講されるものである。そして,「幼児児童生徒の心身の発達及び
学習の過程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目とし
て,最初に履修することを前提に,その基礎的な知識・技能の習得を目指したものである。
そのため学校心理学を基盤としながら,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関して
全体的な視野から既存の学問体系を越えて,授業内容を精選した。
(2)理論と実践をつなぐ授業
学校心理学に関する理論を実践の場につなげることができるためには,また学校心理学に
関する知識・技能をより具体的なレベルまで深めるためには,子どもをイメージしながら学
校心理学についての様々な問題について取り組むことが必要である。そのため,できるだけ
具体的事例をあげ,それに基づいて考え,ディスカッションする,あるいは,体験実習を行
う。
(3)体験的実習の重視
教員になってからの日々の教育実践において,さまざまな状況を分析し判断し,問題に対
して適切に対処できる実践的指導力を育成するため,具体的な課題や,事例に基づく体験的
実習を行う。体験的実習をとおして,習得した知識を実践の場で柔軟に活用できるよう,課
題解決能力を高めることができる。またこの体験的実習は,単なる体験に終わらないように
するため,大学教員と教員養成実地指導講師等とのティーム・ティーチングなどにより,体
験した内容についての検討会などをとおして,細やかな指導を行う。
(4)教員養成実地指導講師等の活用
知識・技能をより具体的なレベルまで深めるため,教員養成実地指導講師等により具体的
な事例を呈示する。また,指導案や教材の試行的作成,模擬授業などの実習において大学教
員と教員養成実地指導講師等とのティーム・ティーチングを行う。
ⅲ
(5)学生へのフィードバック
体験実習に限らず,発表や,演習,レポートなどに対する評価を,確実にそしてきめ細か
く学生にフィードバックする。また,このフィードバックにより,体験実習で得たことや,
課題について考えたこと等を受講生全員で共有できるようにする。
(6)授業形式
教官の知識を学生へ一方的に伝える講義形式ですべて行うのでなく,内容に応じて体験実
習や討論や発表,グループ学習など用いる。また,1回の授業の中でも,説明もあれば,実習
的な要素も取り入れたり,討議を組み込んだりする。このように,常に,知識の習得だけで
はなく,習得した知識の活用を念頭においた授業とする。
(7)資料,コラムの充実
実際に授業の準備を行うにあたり,参考になる文献をそれぞれの単元に付した。また,障
害児に関する内容については,従来,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関する科
目を担当してきた大学教官が,必ずしも障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過
程に関して豊富な専門的知識を持っていないことを考慮してコラムを設け,当該のコマの内
容を理解しやすい障害児教育に関するエピソード等を付け加えることにした。
ⅳ
利 用 の 仕 方
本研究では,大学の講義30コマのうち,20コマを通常の幼児児童生徒の心身の発達
及び学習の過程について,残る10コマを障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学
習の過程についてあてることを前提として全体を構成した。そして,通常の幼児児童
生徒の心身の発達及び学習の過程については,本研究では「Ⅰ 幼児児童生徒の心身の
発達・学習及び教師の指導性」において,22コマ分のシラバスを作成したが,この中か
ら20コマ分を選択することとする。
障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程については,「Ⅱ 特殊教育」に
おいて27コマ分のシラバスを作成した。これらの中から,表 1 に示したように,10コ
マを必修とする。
なお,内容については平成12年3月20日現在のもので構成しているが,教育改革等が
進む中で,逐一変化することも多いと思われる。その都度,データ,法令等,最新の
ものを活用されたい。
また参考までに,学生による本授業に対する評価を調べるための評価表の例を,最
後に掲載した。
表 1
1.特殊教育の現状と課題
特殊教育に関する必修内容
[必修]
4.体験・視聴覚学習
2.障害児の発達と学習の基礎
[以下の中から1コマ必修]
(1) 視覚障害
[必修]
(1) 視覚障害
(2) 聴覚障害
[必修]
(2) 聴覚障害
(3) 知的障害
[必修]
(3) 肢体不自由
(4) 肢体不自由
[必修]
(5) 病弱・身体虚弱
(4) 学習障害
[必修]
(5) 盲学校聾学校、養護学校及び特
(6) 言語障害
殊学級についてのビデオ視聴
(7) 情緒障害
(6) 盲学校,聾学校,養護学校訪問
(8) 重度・重複障害
(7) 特殊学級,通級指導教室訪問
3.特殊教育の基礎
(8) 市街地でのバリアフリーの確認
(1) 特殊教育制度概論
5.特殊教育の展開
(2) 就学指導
[以下の中から1コマ必修]
(3) 教育の場とその実際
(1) バリアフリー論
(4) 教育課程の編成
(2) 特殊教育の歴史「動向と課題」
(5) 自立活動
[必修]
[必修]
(3) 個別の指導計画
(6) 交流教育
(4) 世界の特殊教育
ⅴ
Ⅰ 幼児児童生徒の心身の発達・学習及び教師の指導性
- 1 -
1.本授業で学ぶこと
単 元 名
本授業で学ぶこと
本授業に対する課題意識を高めるとともに,本授業で学習する内容のアウ
目
標 トラインを示す。
授業形態
内
講義,討論
容 ① 教育と学校心理学−教育における様々な問題について学校心理学的見地から考
える
本授業に対する課題意識を高めるため,教育,特に幼児児童生徒の心身の発達
及び学習の過程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)に
かかわる,イメージしやすいテーマを提示し,グループで討論させ,その結果を
発表させる。そして,そのテーマについて,学校心理学から何がわかるか,何が
いえるかなどを解説する。
テーマの例
・実際の授業のビデオを見せて,教師がどのような工夫をして授業を行って
いるか
・小学校1年の算数ではなぜいろいろな教具を使うのか
・勉強しない子どもに,親や教師が叱って勉強させるのはどのような点で問
題があるか
② 学校心理学とは
学校心理学は,教育場面における学習者あるいは教師自身の心理過程を科学的
方法により調べ,客観的事実に基づきその心理過程を理解しようとする学問であ
ることを解説する。そして,科学的な知見に基づき教育実践をとらえ,その改善
を図ることの意義を理解させる。
③ 授業内容
本授業では学校心理学を基盤として,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過
程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)に関して学ぶこ
とを説明するとともに,授業内容のアウトラインを示す。
備
考
- 2 -
資
料
参考文献
1. 市川伸一
1995
学習と教育の心理学
岩波書店
(各章の終わりに演習課題として様々なテーマが取り上げられている)
2. 北尾倫彦
1991
学習指導の心理学−教え方の理論と技術−
3. 石隈利紀
1999
学校心理学
誠信書房
- 3 -
有斐閣
2.発達
単 元 名 (1)認知
子どもの発達をとらえていく上では,身体の発達過程とともに,認知機能
の発達がどのように達成されていくのかを知ることが重要となる 。ここでは,
目
標 まず認知とは何かについて説明し,ピアジェの認知発達の段階について解説
する。また,このような発達段階を踏まえながら学習指導の在り方について
考える。
授業形態
内
講義,討論
容 ① 認知とは
最近の認知心理学では,「認知」とは,環境へ主体的に働きかけることによって
外界から情報を取り入れ,それが何であるかを知り,自分にとってどのような意
味があるのかを解釈する一連の過程としてとらえている。この中には,感覚・知
覚,記憶,学習,言語,思考・判断といった知的活動の重要な側面が含まれてい
る。これらの情報処理メカニズムについて説明し,知的発達と教育のかかわりに
ついて考えさせる。
さらに,認知心理学における人間観についても考える。つまり,「人間は生まれ
ながらに人間として成長していくための合理的な知性をもっており,個人が主体
的に環境に働きかけることで,生きていくために必要な知識・技能を獲得しなが
ら,自らを成長させていく存在である」という考えを実験・観察の例をあげながら
提示し,この観点が教育においてどのように位置づけられるかを討論させる。
② 認知の発達
認知発達におけるピアジェの発達段階(感覚・運動知能の段階,前操作段階,具
体的操作段階,形式的操作段階)について,各段階での思考様式,認知の特性につ
いて説明する。また,対象の永続性,象徴機能,保存,脱中心化,抽象的思考,
水平的デカラージュなどの概念を踏まえながら,認知発達の推移について解説す
る。また,このような発達の過程で,知覚,言語,社会性,遊び,道徳判断など
の行動にどのような変化があらわれるのかについても説明する。
③ 認知発達の学習指導
以上のような認知心理学の人間観,認知発達の過程を考慮したうえで,学習指
導を行っていくためにどのような点に特に留意すべきかを討論させる。
備
考
- 4 -
資
料
参考文献
○ 認知とは
1. J.R.アンダーソン
富田達彦他訳
2. 市川伸一・伊東裕司編
3. 佐伯
胖
1986
1987
1982
認知心理学概論
認知心理学を知る
誠信書房
ブレーン出版
認知心理学の方法(認知科学選書10)
東京大学出版会
○ 認知の発達
1. J.ピアジェ・B.イネルデ
2. 波多野完治編
3. 古浦一郎編
4. 岡本夏木
1965
1977
1986
波多野完治他訳
ピアジェの認識心理学
認知の発達心理学
1969
新しい児童心理学
白水社
国土社
誠信書房
ピアジェ,J.(別冊発達4
発達の理論をきずく)
ミネルヴァ書房
○ 認知発達と学習指導
1. 市川伸一
1995
2. 波多野誼余夫編
学習と教育の心理学
1980
岩波書店
自己学習能力を育てる−学校の新しい役割−
東京大学出版会
コ ラ ム
認知障害とその検査
認知障害とは,感覚,知覚,記憶,学習,イメージ形成,判断,推理など情報処理の過程に生
じる障害をさす。このような子どもの認知過程や認知障害を測る検査の代表例に,WISC-ⅢとK-A
BCがあげられる。
WISC-Ⅲとは,5歳から17歳を対象にしたウェクスラー(Wechsler)により開発された知能検査で
ある。検査は言語性の検査と動作性(非言語性)の検査の2つに別れている。言語性及び動作性の
認知能力について分析的・診断的に検討することができる。
K-ABCとは,2歳から12歳を対象にしたカウフマン(Kaufman)により開発された心理・教育的評
価を行う検査である。カウフマンは認知心理学の研究を展望し,認知処理の様式には継次処理様
式と同時処理様式があることを指摘し,子どもの継次処理や同時処理をK-ABCにおいて測定でき
るようにした。継次処理様式とは,情報を1度に1つずつ連続的・時間的な方法で分析的に処理
して問題を解決する。同時処理様式とは,1度に多くの情報を空間的に統合し,全体的に処理し
て問題を解決する。
子どもにWISC-ⅢやK-ABCを実施すると,その子がどのような認知的特徴があるか,あるいは認
知障害があるかを分析することができる。そして,その子どもの得意とする認知処理様式に焦点
を当てた教育の可能性を模索することができるのである。
- 5 -
2.発達
単 元 名 (2)言語・コミュニケーション
目
標
授業形態
内
子どもの言語・コミュニケーションの発達の基礎的な様相を理解する。
講義(実習を含むこともあり得る)
容 ① 言語・コミュニケーションの定義
言語・コミュニケーションとは何かについて,その定義とともに理解させる。
この考え方については様々なものがあるが,認知心理学的言語研究と行動分析的
言語研究の2つを解説する。
② 言語の機能
言語の定義と言語の機能の分類について解説する。ことばにはどのような機能
のものがあるかについて,その定義も含めて説明する(表出言語の側面を中心に
取り扱う)。
③ 言語発達
乳幼児期の言語発達について,前言語期,移行期(一語発話期),言語期それぞ
れについてその特徴を説明する。その際,ことばには生得的な側面と学習性の側
面があることを理解させる。
④ コミュニケーション発達促進の留意事項
コミュニケーション発達の促進には,ことばの聞き手の対応が重要であり,子
どものコミュニケーション行動に対して教師がいかに応じるかということで,子
どもの言語行動が変化することを理解させる。
ことばが環境の変化(聞き手の行動)によって変容することを示すために,場合
によっては,言語条件づけ等の実習(実験)を行う。
さらに,言行一致等,ことばによる非言語的行動のコントロールについて触れ
る。
備
考
- 6 -
資
料
参考文献
○言語・コミュニケーションの定義
1. 佐藤方哉編
1983 現代基礎心理学6
学習Ⅱ
東京大学出版会
○言語の機能
1. Dore, J.
1975
Holophrases, speech acts and language universals. Journal of Child
Language, 2,21-40.
2.Piaget, J. 1954 大伴
茂訳
児童の自己中心性
3.Skinner,B. F. 1957 Verbal Behavior.
同文書院
Copley.
4. Wetherby, A. M., Cain, D. H., Yonclas, D. G., & Walker, V. G.
1988
Analysis of
intentional communication of normal children from the prelinguistic to the multiword
stage. Journal of Speech and Hearing research, 31, 240-252.
5. 藤金倫徳・林部英雄
1991
言語の機能に関する行動分析学的解釈の試み
福岡教育大学障
害児治療教育センター年報, 4,3-10.
○言語発達
1. 山内光哉
1993 発達心理学
上
ナカニシヤ出版
2. Coogins, T. E., Olswang, L. B., & Guthrie,J.
1987
Assessing communicative intents in
young children: Low structured observation or elicitation tasks?
Journal of Speech and
Hearing Disorders,52,44-49.
3. 林部英雄
1989 言語の発達における年齢の影響
日本音響学会誌 ,45(3),172-178.
4. 村田孝次
1968
幼児の言語発達 培風館
5. 正高信男
1991
ことばの誕生−行動学からみた言語起源論−
紀伊国屋書店
○コミュニケーション発達促進の留意事項
1. 桑田
繁
1989 心理学専攻の大学2年生に対する言語条件づけ実験実習の試み
学研究 ,4,39-56.
2. 明星大学心理学研究室
1975 心理学基礎実験とテスト
- 7 -
明星大学出版部
行動分析
コ ラ ム
不適切な言語使用−エコラリア−
言語障害には様々なものがある。その一つに,知的障害児や自閉症児など発達障害をもつ子ど
ものことばの側面の問題がある。これらの子どもが示すことばの問題の一つに,「エコラリア」が
ある。エコラリアとは,他者のことばをオウム返しするような言語反応である。
これらの言語使用は不適切ではあるが,単に不適切だと片づけてしまうことにも問題がある。
例えば,Durand and Crimmins(1987)は,課題が子どもにとって困難になると,子どものエコ
ラリアが増大すること,エコラリアの結果,10秒間のタイムアウトを実施したところ,同様にエ
コラリアの生起頻度が高まったことを示した。これらのことは,エコラリアが課題からの逃避の
機能を持っている可能性を示していることから,「Help me」を教示してみたところ,エコラリア
の生起頻度が低下した。
すなわち,子どものエコラリアは,課題からの逃避行動として機能しているので,機能の側面
だけをみれば,何ら問題がない。したがって,単にエコラリアを抑制することを目的とした対処
は適切ではないと言える。問題なのは逃避をエコラリアという形で表現していることなので,こ
とばの形態を「Help me」等に置き換えるという対処が望ましいと言える。
このようなこと−すなわち,一見不適切だと思われるような行動が実はコミュニカティブな機
能を帯びていること−は,エコラリアに限らず,自傷行動等でも証明されている。子どもが示す
行動が何であるか(例えば自傷行動;Iwata, Dorsey, Slifer, Bauman, and Richman, 1994)とい
うことだけではなく,それが生活場面で如何に機能しているかという検討を行うことが重要であ
る。この「機能」とは,上で示したように,その行動が他者を含めた環境とどのようなかかわりを
持っているかで規定することができる。
引用文献
1. Durand, V. M. and Crimmins, D. B. 1987 Assessment and treatment of psychotic speech
inanautisticchild.JournalofAutism&DevelopmentalDisorders, 17(1), 17-28.
2. Iwata, B. A., Dorsey, M. F., Slifer, K. J., Bauman, K. E., and Richman, G. S.
Toward a functional analysis of self-injury.
197-209.
- 8 -
1994
Journal of Applied Behavior Analysis, 27,
言語の機能の定義
a Piaget(1954)の定義
自 己 中 反復
心性言
語
独言
集団独語
社会性
言語
同じ語,句の繰り返し。ある内容を伝達しようという意図はなく(人がそこにいる
いないにさえ関係ない),話すこと自体を楽しんでいる。
「声によって考える」。誰かに話しかけようとする意図は全くない。
仲間のいるところだけで生じ,仲間は談話の発動のための誘発刺激ではあるが,
それ以上のものではなく,仲間に対してその応答を求めるということがない。仲間
がそこにいることが意識されているだけで,仲間にある内容を伝えたいという意図
はない。
適用的報告
情報を相手に与えることを意識してなされる談話。自分から自発的に話を切りだ
した場合だけを言う。
批判
一定の聞き手に対して,感情的な主張を行うときのことば。自己優越の感情およ
び主張が含まれ,多くは相手をけなすことばを含んでいる。好戦・競争の性質が強
く,非知識的な傾向があれば,すべて「批判」に入る。
命令・要求・
遊びの中で必要な仲間の間の意志の交流において,相手の果たして欲しい役割を
威嚇
必要限度まで縮小するために用いることば。命令・要求・威嚇の間の厳密な区別は
なされていない。
質問
応答を求めており,応答に対する反応が積極的であれば,それは質問とし,それ
がかけていれば,独言ないしは集団独語とみなされる。
応答
相手の要請に応じて,適応的に報告した場合が応答である。質問に応じ,質問内
容に密接に対応することば。
b Dore(1975)の分類
命
名
話し手は事態ないし事象に注意している。発話は,聞き手には向けていない。聞き手は,話し
ての発話を反復することがあるが,ほとんどの場合,反応しない。
反 復
話し手は,発話する前に他者の発話に注目する。発話は,聞き手に向けられてはいない。聞き
手は,話し手の発話を反復することがあるが,ほとんどの場合,反応しない。
応 答
話し手は ,発話する前に他者の発話に注目する。発話は,聞き手に向けられている 。聞き手は,
話し手の反応を待っており,話し手が発話すると,返答することが多い。つぎに,行為を遂行す
る。
行為要求
話し手は,対象ないし事象に注目し,発話は聞き手に向けられている。話し手は聞き手の反応
を期待しており,合図の身振りが伴う。聞き手は,行為を遂行する。
回答要求
発話は,聞き手に向けられている。聞き手の反応を期待しており,対象に関しての身振りを行
う。聞き手は,反応を発する。
呼びかけ
聞き手の名前を大声で発することによって,発話は聞き手にさしむけられる。聞き手の反応を
期待している。聞き手は,話し手に注意するか,応答することによって反応する。
挨 拶
話し手は,聞き手あるいは対象に注意する。聞き手は,挨拶発話を返す。談話事象は,開始す
るか終了する。
抗 議
話し手は,聞き手に注意する。発話は聞き手にさしむけられている。聞き手の行為に抗議ない
し否定する。話し手が嫌う行為を行うことによって,聞き手の方から先に談話事象を始める。聞
き手の行為が終結するか,あるいは話し手が行為を防ぐ。
練 習
話し手は,特定の対象ないし事象に注意していない。発話は聞き手には向けられていない。ま
た,聞き手の反応も期待していない。聞き手の反応はない。発話に関係のあるような文脈の明瞭
な側面は存在しない。
c Skinner(1957)の分類
マンド(mand)
タクト(tact)
エコーイックス(echoics)
テキスチュウアル(textual)
イントラバーバル(intraverbal)
オートクリティック(autoclitic)
- 9 -
2.発達
単 元 名 (3)情緒・社会性
目
標
授業形態
内
子どもの情緒・社会性の基礎的な様相を理解する。
講義
容 ① 社会性とは何か
「社会性」とは,①社会的参加の程度,②社会的な規範にそった行動ができるこ
と,③個人の特徴を表す性格特性としての社会性というような意味を持っている
ことを,それぞれについて例示しながら理解させる。
② 社会性の発達と遊びの役割
a アタッチメントの形成についてHarlowの代理母親の例,Ainsworth らの
strange-situation 法等を用いながら説明する。
b 仲間との相互作用を通して社会性を獲得していくことを説明する。その際,
社会性の発達に大きく影響を及ぼすものの一つである遊びの役割について説明
する(含,遊びの発達)。
③ 社会的学習の原理
a 社会的強化
b モデリング(社会的観察学習)
④ 情緒とその発達
a 情緒とは
発達の初期にあっては母子関係,その後,友人関係などを含めた環境との相
互作用において適応的必要性から生起する感情状態をいう。特に,教育領域で
は,子どもの様々な刺激の受容の仕方を決定する重要な要因として,学校での
友人関係や学習活動の基盤になるものと位置づけられる。
b 情緒の発達
乳児期から様々な情緒の形態が教育文化的背景との関連で分化していくこと
を教育との関連の中で説明する。
c 幼児期における情緒発達の意義
情緒の発達がその後の性格形成及び,学校での対人関係や学習上,重要な意
義を持つことを教育との関連で説明する。
備
考
- 10 -
資
料
参考文献
○
1.
2.
○
1.
社会性とは
依田 新・沢田慶輔 1981 児童心理学第二版 東京大学出版会
大羽 蓁・奥野茂夫編 1992 児童心理学
ナカニシヤ出版 (第 9 章 社会性の発達)
社会性の発達と遊びの役割
Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., and Wall, S. 1978 Patterns of
attachment: A psychological study of the strange situation.Hillsdale,N.J.:Erlbaum.
2. Harlow, H. F. 1958 Thenature of love. AmericanPsychologist, 13, 673-685.
3. 山内光哉編 1993 発達心理学 上 ナカニシヤ出版 ( 第 10 章 遊びの発達)
○ 社会的学習の原理
1. Bandura, A. 1963 Imitation of film-mediated aggressive models. Journal of Abnormal
andSocialPsychology,66(1),3-11.
2. Bandura, A. (ed.) 1971 Psychological modeling: Conflictingtheories. Aldine ・ Atherton,
Inc. 原野広太郎・福島脩美訳 モデリングの心理学−観察学習の理論と方法− 金子書房
3. Haring, T. G., Kennedy, C. H., Adams, M. J., and Pitts-Conway, V. 1987 Teaching
generalization of purchasing skills across community settings to autistic youth using
videotapemodeling. Journal of AppliedBehaviorAnalysis,20,89-96.
4. 安永 悟・荒木紀幸 1993 山内光哉編 発達心理学 上 ナカニシヤ出版 ( 第 11 章 社会
性と道徳性の発達 )
5. Matson, J. L. and Ollendick, T. H. 1988 Enhancing Children's Social Skills assessment
and Training. Pergamon Press. 佐藤容子・佐藤正二・高山 巌訳 1993 子どもの社会的
スキル訓練−社会性を育てるプログラム− 金剛出版
○情緒とその発達
1. 曻地三郎・篠原しのぶ 1990 児童心理学 峯書房
2. 山内光哉編 1993 発達心理学 上
ナカニシヤ出版
○適応行動に関する検査
1.「AAMD適応行動尺度」(AAMD Adaptive Behavior Scales: ABS)(Nihira, Foster, Shellhaas,
and Leland, 1974)
2.「ABS学校版」(School Edition of the ABS)(Lambert and Windmiller, 1981)
3.「改訂版ヴァインランド適応行動尺度」(Revised Vineland Adaptive Behavior Scale)(Sparr
ow, Balla, and Cichetti, 1984)
4.「自立行動尺度」(Scales of Independent Behavior)(Bruininks, Woodcock, Weatherman, an
d Hill, 1984)
5.「適応行動総合テスト」(Comprehensive Test of Adaptive Behavior)(Adams, 1984)
コ ラ ム
発達障害児の社会的スキル
玩具等を他の子どもに 「要求」 したり,それを要求された場合に 「貸してあげる(要求充足)」とい
う行動は,発達障害幼児においても重要な社会的スキルである。藤金(1999)はこのような要求・
要求充足の関係をみて,他児の(玩具の)要求を拒否することの多い軽度発達障害児では,発達障
害児自身が玩具を要求した場合,他児にその要求を拒否されることが多いことを示した。
ところで,如何にして発達障害児の要求充足行動を高めるかという点について,上の例では,
発達障害児の 「拒否」 はそれによって生じる玩具での遊びの継続によって強化されていることが推
察された。このような強化刺激の配列は,遊びの継続(強化)が拒否(行動)の目的になっている。
そしてこのような強化随伴性は,言語強化等の強化効力を上回る非常に強力な強化法であること
が知られている(鈴村, 1977)。したがって,発達障害児の要求充足行動の生起を待って,それを
言語的に強化するような方法では要求充足行動の生起を高めることが困難なことが予測された。
そこで,この藤金(1999)の研究では,ビデオテープモデリングを行って対象児の要求充足行動
を高めることを試み,対象児の要求充足行動が高まれば,対象児が他児に要求した場合にも,他
児が対象児の要求に応じる確率が高まったことを報告している。
なお発達障害児のモデリングの成立要件については ,
様々な研究が行われているところである 。
引用文献
1. 藤金倫徳 1999 ビデオモデリングによる軽度発達障害児の要求充足行動の促進−正の強化
刺激獲得可能性の観点から− 特殊教育学研究, 37, 53-60.
2. 鈴村健治 1977 最重度精神薄弱児に対する食物強化と言語強化の効果
教育心理学研究,
25, 50-5.
- 11 -
2.発達
単 元 名 (4)身体・運動・発育
目
標
授業形態
内
身体・運動・発育について理解する。
講義,ビデオ視聴
容 ① 発育(生理的発育)
a 神経系の成熟
神経系のネットワーク形成と髄鞘化
成熟3段階−脊髄・延髄・橋レベル,中脳レベル,大脳皮質レベル
b 神経系の成熟・姿勢反射反応・姿勢運動発達
上記の神経系の成熟段階と姿勢反射反応の成熟及び姿勢運動発達が,対応
することを理解する。
姿勢反射反応の成熟の3つの段階−原始反射,立ち直り反応,平衡反応
姿勢運動発達の過程−臥位と寝返り,座位と上肢の使用,立位と歩行
c ソフトサイン「微細な神経学的兆候 」
d 内分泌発育
② 身体の発育
身長,体重,体格などの発育について理解する。
③ 運動と姿勢の発達
a 運動発達の方向
身体の正中線から左右へ
頭部から尾部へ
b 粗大な姿勢運動の発達
姿勢の発達
臥位
運動の発達
寝返り
肘位
手位
這い
座位
四つ這い位
立位
手の使用
ハイハイ
歩行
上記の2つの発達過程とその対応を理解する。
c 微細運動の発達
手と腕の運動の発達段階を理解する。
備
考
- 12 -
資
料
参考文献
1. Gesell, A. 他著 新井清三郎訳 1982 小児の発達と行動 福村出版
2. Gesell, A. 他著 山下俊郎他訳 1983 学童の心理学:5歳より10歳まで 改訂版 家政教
育社
3. Knoblock, H. 他著 新井清三郎訳 1983 発達診断マニュアル 日本小児医事出版
4. 多和健雄他著 1983 身体と運動機能の発達と指導 柳原書店
5. 宮本茂雄・林 邦雄編著 1983 身体・運動 学苑社(講座・障害児の発達と教育,第3巻)
6. Barnes, M. R. 他著 愛知理学療法士中枢神経研究会訳 1984 運動発達と反射 : 反射検
査の手技と評価 医歯薬出版
7. 家森百合子他著 1985 子どもの姿勢運動発達:早期診断/早期治療への道 ミネルヴァ書房
(別冊発達,3)
8. 橋口英俊編 1992 身体と運動機能の発達 金子書房 (新・児童心理学講座,3)
9. Fiorentino, M. R. 著 松村 秩・ 矢谷令子訳 1975 正常児・異常児の運動発達検査
医歯薬出版
10. R.M.マリーナ & C.ブシャール著 高石昌弘・小林寛道監訳 1995 事典発育・成熟・運動
大修館書店
11. 小林 登他監修 1993 乳幼児発育評価マニュアル 文光堂
参考ビデオ
「神経系の成熟・姿勢反射反応・姿勢運動発達」に関しては,以下のビデオがわかりやすい。
1. 森まさ子監修 乳児の脳の発達と反射 ビデオパックニッポン 「テレビ朝日六本木センター
内」
2. 鳴門教育大学企画 四国放送制作・著作 1992 子どもの身体と運動機能
3. 乳児の正常運動発達 ジェムコ出版(GEMCO VIDEO LIBRARY ; 乳児期の運動の発達とその障害
第1巻)
コ ラ ム
小児の意義
小児あるいは児童という言葉は,一般には,成人や老人という言葉に対応して用いられており,
心身の成長発達期にあるもの,成熟への途上にあるものをさしている。
ヒトの成熟過程は,身体・精神・社会性などの面から考察されるが,これらの各面における成
熟は平行して進展していくものではないし,個人差も大きい。したがって成熟・未成熟の境界を
簡単に暦年齢の線または狭い幅で定めることはできない。
どの年齢までを小児,児童あるいは未成年者として取り扱うかは,生物学的,心理学的あるい
は社会性のどの観点を重視するかによって意見が分かれる。一般には18∼20歳未満のものをさす
としてよかろう。
「ヒト」は哺乳動物のうちで,最も長い在胎期間を有するものの1つで ,出生時には ,発達は,
他の動物に比べ,はるかに進んだ段階に到達している。しかし,成人に比べ,はるかに小さく,
機能的に未成熟である。そしてまた出生後も,長い未成熟期間をゆっくりと経過する。
肉体的には,女子は18歳ころに,男子は20歳ころに成熟が到達する。すなわち一生の約1/3∼1
/4は,成長に費やされる。また,高度の文化社会においては,生物学的な生存能力の時期をこえ
て,社会生活のために長い教育訓練機関を必要としている。
近年社会経済状態,衛生状態の改善に伴って,身体的発達は,早期化する傾向にあるが,社会
的には未成年扱いされる期間は延長される傾向にある。現行の学校教育制度は,この点からも調
整を考えるべきときが来ている 。(中山健太郎 小児科学序論より(1994 小児科学 文光堂))
- 13 -
2.発達
単 元 名 (5)知能
目
標
授業形態
内
知能の定義,知能の構造,知能の発達,知能の測定について理解する。
講義
容 ① 知能の定義
知能の代表的な定義及びそれぞれの定義の長所,短所について理解する。
a 思考能力
b 適応能力
c 学習能力
② 知能の構造
知能の因子説に基づいて,知能の構造を理解する。
a サーストンの説
b スピアマンの説
c ギルフォードの説
③ 知能の測定−知能検査
二つの代表的な知能検査,田中ビネー知能検査とWechsler知能検査について理
解する。この二つの検査は標準化の手続きもしっかりしており,また,最も頻繁
に用いられている。しかし,基礎となる定義も違うし,検査の構造や検査結果の
表示法もまったく異なるものである。
a Wechsler知能検査
b 田中ビネー知能検査
④ 知能の測定−知能検査結果の表示法
知能検査の結果から知能を表示する三つの指標としての,MA,IQ及び偏差値IQ
を理解する。これらの指標の意味するものは,知能の異なった側面を示している 。
a MAとIQ
b 偏差値IQ
⑤ 知能の発達
知能の発達を,量的発達と質的発達の二つの観点から理解する。
a MA,IQ及び偏差値IQを指標とした知能の量的発達
b ピアジェの知能発達
備
考
- 14 -
資
料
参考文献
○ 知能の定義,機能,構造,測定等全般
1. 山下
勲編著
2. 住田勝美
1991
1970
精神発達遅滞児の心理と指導
3. 杉原一昭監訳
知能の研究
1992
北大路書房
(第2章
知能)
北大路書房
知能心理学ハンドブック
田研出版
○ 知能検査,知能の表示法
1. 日本版WISC-Ⅲ刊行委員会訳編著
2. 中野善達・大沢正子訳
3. 滝沢武久
4. 山下
1971
1982
勲編著
知能指数
1991
1998
日本版 WISC-Ⅲ知能検査法
知能の発達と評価 : 知能検査の誕生
福村出版
中公新書
精神発達遅滞児の心理と指導
5. 田中敏隆・田中英高共著
日本文化科学社
1988
北大路書房
(第3章
知的機能の診断)
知能と知的機能の発達−知能検査の適切な活用のために
田研出版
○ 知能の発達
1. 滝沢武久
1984
子どもの思考力
岩波新書
2. J.ピアジェ著
谷村覚・浜田寿美男訳
3. J.ピアジェ著
波多野完治・滝沢武久訳
4. H.W.メイヤ著
大西誠一郎監訳
ーズ(新装版)
1983
1978
知能の誕生
1998
ミネルヴァ書房
知能の心理学(改訂版)
みすず書房
児童心理学三つの理論 : エリクソン/ピアジェ/シア
黎明書房
- 15 -
2.発達
単 元 名 (6)読み書きの発達
「読み書き」の基礎的なメカニズム及びその発達について理解する。
目
標
授業形態
内
講義,体験学習
容 ① 読み書きの基礎としての感覚運動発達
視覚の発達について,視力の発達,調節作用の発達,視覚探索の発達,眼球運
動の発達などの面から理解する。運動の発達については,特に手の運動発達をと
りあげ,視覚と運動の協応の発達について理解する。また,注意の発達について
も言及する。
② 文字言語(書きことば)の獲得と内言の発達
日本語の文字表記の特徴,特に仮名と漢字について,英語の場合と比較しなが
ら理解を図る。そして,文字の読みの学習の基本となる文字と音との対応関係の
理解や,音節分解の発達について解説する。また,語彙の発達についても解説す
る。
③ 単語の認知過程−視覚情報処理−
単語の(読みの)認知過程について,情報処理モデル(McClelland & Rumelhart
の相互活性化モデルなど)を取り上げ,文字レベルや音素レベル,単語レベル,意
味レベルや統語レベルの処理の仕組みの理解を図る。その際,誤字や脱字を含む
文章を実際に読ませることにより,眼球運動について理解し,また,ボトムアッ
プ処理とトップダウン処理,あるいはその処理の並列性などについて実感できる
ようにする。
④ 読み能力の発達
音読と黙読について,その速さと読みとりの正確さの発達について解説する。
⑤ 作文能力の発達
文章の産出過程の特徴,及びその発達について,書字能力,文法力,描写力の
発達,内言の外言化,表現意図と表現の調整過程,書きの過程とその読み返しで
ある読みの過程の関係などの面から解説する。
備
考
- 16 -
資
料
参考文献
1. 若井邦夫・高橋道子・高橋義信・城谷ゆかり 1994 乳幼児心理学−人生初期の発達を考え
る− サイエンス社
2. 乾 敏郎編 1995 認知心理学 1 知覚と運動 東京大学出版会
3. 鹿取廣人編 1984 現代基礎心理学 10 発達Ⅱ 個体発生 東京大学出版会
4. 大津由紀雄編 1995 認知心理学 3 言語 東京大学出版会
5. 国立国語研究所 1972 幼児の読み書き能力 東京書籍
6. 内田伸子 1990 子どもの文章−書くこと・考えること− 東京大学出版会
7. 大田 堯他編 1979 岩波講座 子どもの発達と教育5 少年期 発達段階と教育2 岩波
書店
8. 岡本夏木他編 1994 講座 幼児の生活と教育 4 理解と表現の発達 岩波書店
9. 坂本龍生編 1992 発達障害臨床学 学苑社 (第Ⅲ部 学習障害)
コ ラ ム
読み書きの障害と知覚過程
読みを,文字を読むということと考えてみよう。このことから,まず考えられることは,視覚
が読みに関係するということである。だが,読みに関係するのは視覚だけであろうか。小学校の
低学年の時,教科書の音読をした経験のない人はいないであろう。音読とは,文字を音声に変換
して出力することである。音声には,聴覚が関係する。
では,読みに視覚と聴覚がどのように関係しているのであろうか。読みの第1段階では,視覚
刺激である文字が形として認知される。第2段階として,形として認知された文字が聴覚音声言
語,つまりはなしことばに翻訳される。第3段階として,はなしことばの内容が理解されて記憶
される。人間には,視覚型と聴覚型があると言われているが,多くの人は文字をはなしことばに
置き換えて理解し,記憶する。つまり,視覚刺激を聴覚的内容に変換して理解するのが,読みの
過程である。小学校における音読は,この視覚から聴覚への変換の練習と言える。この変換が学
習されると,黙読が可能となる。黙読の段階では,もはや文字を声に出してしゃべることは必要
ない。声に出さなくても,頭の中で自然に音声が流れていくようになっている。
次に書きについて考えてみよう。記憶した内容は,主としてはなしことばとして保存されてい
る。その内容を書くためには,はなしことばから再び文字へ翻訳せねばならない。ここでは,読
みの過程と逆の変換,つまり聴覚から視覚への変換が必要となる。
これまで述べてきたように,読みと書きの過程には視覚-聴覚連合が密接に関係している。こ
れらの視覚,聴覚及び視覚-聴覚連合になんらかの機能不全があれば,当然ながら読みや書きの
障害が現れることになる。
- 17 -
3.学習
単 元 名 (1)学習の基礎−1
記憶実験の体験を通して学習の基礎的なメカニズムを理解する。
目
標
授業形態
内
講義,体験学習
容 ① 学習とは何か
「学習」とは何か,「学習」はどのようになされるものなのか,この問に対して自
分のこれまでの体験から「学習」について考えさせる。そして学習した結果,“知
っている ”, “できる”ようになっていること(知識を獲得していること)を理解さ
せる。
② 知識獲得と記憶
繰り返し経験したことを知識として身に付けるためには,それを記憶していな
ければならない。そしてそれは,必要なときに検索して利用できなければならな
い。したがって,学習を知識の獲得としてとらえるなら,学習の問題を理解する
上では,経験したことがどのように記憶され,貯蔵され,検索されるのか,さら
には記憶,貯蔵,検索はどうすれば促進されるのか,そのようなメカニズムを知
ることが重要である。
③ 自由再生実験
12語程度の記銘材料を読み上げて自由再生実験(直後再生,遅延再生)を行い,
その結果を集計する。そして黒板にその結果の系列位置曲線を描き,人間の記憶
の特徴をつかませる。
④ 短期記憶
短期記憶について説明する。
⑤ 長期記憶
長期記憶について説明する。
2重貯蔵モデルにしたがい ,人間の記憶 ,貯蔵,検索のメカニズムを理解させる。
備
考
- 18 -
資
料
参考文献
○ 学習とは何か,知識獲得と記憶
1. 市川伸一
1995
学習と教育の心理学
2. 北尾倫彦
1991
学習指導の心理学−教え方の理論と技術−
3. 若き認知心理学者の会
1993
岩波書店
認知心理学者教育を語る
有斐閣
北大路書房
○ 短期記憶,長期記憶,自由再生実験
1. 箱田裕司編
1996
認知心理学重要研究集
2. 石田
1995
ダイアグラム心理学
潤他
3. 小谷津孝明編
1982
現代基礎心理学
4. 高野陽太郎編
1995
認知心理学
2
2
記憶認知
誠信書房
北大路書房
4
記憶
記憶
東京大学出版会
東京大学出版会
- 19 -
3.学習
単 元 名 (2)学習の基礎−2
記憶と知識の関係について理解し,知識(意味記憶)の構造と検索のメカニ
目
標 ズム,及びその獲得過程を知るとともに,知識を生かしていくための指導上
の留意点について考える。
授業形態
内
講義,討論
容 ① 知識(意味記憶)の構造と検索
長期記憶は,個人の経験内容を主として保持するエピソード記憶と,言語や概
念,一般的知識を構成する意味記憶とに分類され,それぞれの記憶が人間の知的
活動に重要な役割を果たしていることを理解させる。また,言語理解,思考・判
断,意思決定などを支える意味記憶がどのような構造で記憶されているのか,そ
してどのように検索され利用されるのかを理解させるために次の内容について説
明する。
・意味記憶のネットワーク・モデルとプライミング効果
・スキーマ,スクリプト,物語文法
・プロダクション・システム
② 知識獲得とメタ認知
利用可能な知識を獲得するためには,経験した事象をよく理解し,既有の知識
に組み入れる(体制化する)ことが重要となる。そのためには,自分が今どのよう
な知識をもっており,どのようにすれば新しい知識を獲得しやすいのかを知って
いること,どこまで学習できているのかを必要に応じて確認(モニター)すること
などが必要となる。このような認知的機能を総称してメタ認知とよばれている。
ここでは,メタ認知の機能とその発達過程,及び知識形成との関係を理解させる 。
③ 知識を生かすために
人間の記憶について,さらにワーキングメモリー,潜在記憶,展望記憶の概念
と研究成果を説明した上で,日常生活の中での記憶の働きについて考えさせる。
そして,学習指導を行う際に,いかにすれば効率よく知識を獲得し,その知識を
活用していくことができるのかを討論させ,具体的な指導方法を提案させる。
備
考
- 20 -
資
料
参考文献
○ 知識(意味記憶)の構造と検索
1. J.R.アンダーソン
富田達彦他訳
2. 石田
ダイアグラム心理学
潤他
1995
3. E.タルヴィング
太田信夫訳
1982
1985
認知心理学概論
誠信書房
北大路書房
タルヴィングの記憶理論
教育出版
○ 知識獲得とメタ認知
1. A.L.ブラウン
2. 森
敏昭他
湯川良三・石田裕久訳
1995
3. 橋口英俊他編
1984
グラフィック認知心理学
1991
児童心理学の進歩
メタ認知
サイエンス社
サイエンス社
金子書房
(第4章
メタ認知)
○ 知識を生かすために
1. G.コーエン
2. 市川伸一
川口
1995
潤他訳
1992
日常記憶の心理学
学習と教育の心理学
岩波書店
- 21 -
サイエンス社
3.学習
単 元 名 (3)理解
学習することの最終的な目的は,学ぶべき内容をその後の思考・判断・問
目
標 題解決などに有効に活用できる知識として獲得することにあるといってよい。
そのためには,内容をただ記憶するだけでなく,十分に理解したうえで既有
知識に位置づけていく必要がある。ここでは,理解するということはどうい
うことか,理解を促進するためにはどうすればよいのかについて考える。
授業形態
内
講義,体験学習,討論
容 ① 学習過程での理解
理解とは,新しく提示された情報が,現在もっている既有知識を利用してもう
まく解釈できない(「わからない」)状態から,その情報を既有知識と関係づけるこ
とによって解釈可能な(「わかる」)状態へと移行する過程である。
このことを実体験するために,ブランスフォードとジョンソン(1973)の文章記
憶の実験(資料参照)を実施し,関連づけるための情報を導入することによってい
かに理解が促進されるかを認識させる。
② 「わかる」とはどういうことか
学習場面において,どのような認知レベルに至れば「わかった」といえるのかを
考えさせる。たとえば,「大学教授問題」(佐伯,1995)を提示して解答させた後,
正解した者にはなぜその答えが正解なのかを説明させ,正解しなかった者にはそ
の理由を述べさせる。そして,「わかる」までの認知過程と「わかった」ことの本質
的な意味について討論させる。
③ 理解の規定因
理解を規定する要因を,教師の側の要因(授業のスキル,教材の内容と配列,学
習者の把握),伝達情報の要因(わかりやすさ,興味・関心の度合,既有知識との
関連性),学習者の側の要因(既有知識,動機づけ,自己効力感,メタ認知)に分類
し,それぞれの特性について説明する。
また,オーズベルの有意味受容学習における先行オーガナイザー,教材配列に
おけるルーレッグ方式や「ルール・事例・例外」構造などをとりあげ,理解を促進
する実践例を紹介する。
④ 理解を促進するためにはどうすればよいか
以上の説明と体験学習をふまえて,教科指導において子どもたちの理解を促進
するためにどのような学習指導を行えばよいかを討論させる。
備
考
- 22 -
資
料
参考文献
○ 学習過程での理解,「わかる」とはどういうことか
1. 市川伸一
1995
1982
学習と教育の心理学
岩波書店
2. 佐伯
胖編
認知心理学講座3
3. 佐伯
胖
1985
理解とはなにか
4. 佐伯
胖
1995
「わかる」ということの意味
5. D. E. ルーメルハート(御領
推論と理解
東京大学出版会
東京大学出版会
謙訳)
1979
岩波書店
人間の情報処理
サイエンス社
○ 理解の規定因,理解を促進するためにはどうすればよいか
1. 森
敏昭編
2000
教育の方法・技術
2. 東江平之・前原武子編
協同出版
(第2章
知識・理解と学習指導)
1989 『教育心理学―コンピテンスを育てる』
福村出版 (第3章
知的コンピテンス)
3. 細谷
純
1983
プログラミングのための諸条件
学習と環境(講座現代の心理学3)
4. 真柄啓一
1986
例外のあるルールが学習者の興味に及ぼす影響
小学
館
教育心理学研究,34,13
9-147.
教材
1. ブランスフォードとジョンソン(1973)の文章記憶の実験:ルーメルハート(1979)「人間の情
報処理」(pp.179-180)の文章例と図
2. 「大学教授問題」:佐伯
胖(1995) 「わかるということの意味」(pp.15-22)の問題例
- 23 -
3.学習
単 元 名 (4)動機づけ
子どもたちが意欲的に学習活動に参加し,自主的な知識獲得を継続してい
目
標 くためには,動機づけを高めることが不可欠である。ここでは,動機づけの
種類について説明したうえで,学習意欲にかかわりの深い内発的動機づけ・
自己効力感・原因帰属の意味と学習指導における位置づけを考える。
授業形態
内
講義,討論
容 ① 動機づけの種類
主として心理学で取り上げられてきた動機づけの種類のうち,学習意欲にかか
わる知的好奇心・達成動機・親和動機について説明する。また,これらの動機づ
けを規定する個人的要因(学ぶことの価値の認識・過去経験・基礎知識など)と状
況的要因(教材の種類・発問の仕方・賞賛や罰など)を提示し,動機づけを高める
うえでの留意点について討論させる。
② 内発的動機づけと外発的動機づけ
自主的・自発的学習をささえる内発的動機づけの意義とその心理過程,及び外
発的動機づけとの相違点について説明する。また,知的好奇心や賞罰が内発的動
機づけとどのようにかかわるかを解説し,学習意欲を高める学習指導方法につい
て考えさせる。
③ 自己効力感
バンデューラの自己効力感の概念について説明するとともに,セリグマンの学
習性無力感についての実験例などを示しながら,自己効力感と学習意欲の関係に
ついて理解させる。また,自主的学習を促す授業実践ビデオ(資料参照)と自己効
力感についての調査データを提示し,どのような指導方法が自己効力感を高める
うえで有効かを考えさせる。
④ 原因帰属
学習結果の成功・失敗の認知とその原因の帰属に仕方によって,その後の学習
意欲にどのような影響がでるかを説明する。特に,成功・失敗に対する 「内的−
外的 」「安定−不安定 」「統制可能−統制不可能 」な原因への帰属様式が学習意欲を
どう変化させるか,こどもの個人差に対してどう対処すべきかを考えさせる。
備
考
- 24 -
資
料
参考文献
○ 動機づけの種類
1.波多野誼余夫編
2.R.ドシャーム
1980
佐伯
自己学習能力を育てる−学校の新しい役割
胖訳
1980
やる気を育てる教室
3.波多野誼余夫・稲垣佳代子
1973
知的好奇心
4.北尾倫彦
1991
学習指導の心理学
5.下山
1981
達成動機づけの教育心理学
剛
東京大学出版会
金子書房
中公新書
有斐閣
金子書房
○ 内発的動機づけと外発的動機づけ
1.波多野誼余夫・稲垣佳代子
1971
2.小倉泰夫・松田文子
生徒の内発的動機づけに及ぼす評価の効果
1988
発達と教育における内発的動機づけ
明治図書
教育心理学研究,
36,144-151.
3.宮本美沙子
1981
やる気の心理学
創元社
○ 自己効力感
1.波多野誼余夫・稲垣佳代子
1981
2.鎌原雅彦・亀谷秀樹・樋口一辰
無気力の心理学
1983
中公新書
人間の学習性無力感に関する研究
教育心理学研究,
31,80-95.
3.熊本大学教育学部附属小学校
1995
自己実現を目指す授業の創造−効力感が高まる授業
明治図書
○ 原因帰属
1.奈須正裕
1990
学業達成場面における原因帰属,感情,学習行動の関係
教育心理学研究,
38,17-25.
2.速水俊彦
て
1981
学業成績の原因帰属−オーバーアチーバーとアンダーアチーバーに関連し
教育心理学研究,29,80-83.
教材
1.藤岡信勝編
個を育てる築地学級の秘密
学事出版
2. [ビデオ]築地久子氏の授業 「バスの運転士さん 」(小2・社会)
- 25 -
授業づくりネットワーク
3.学習
単 元 名 (5)学習面の不適応
様々な例をみながらつまずきと理解の過程について理解し,学力や学習達
目
標 成度の個人差について学ぶ。あわせて,学業不振や学習障害児について理解
する。
授業形態
内
講義,体験学習
容 ① 「つまずき」と理解過程
a 「つまずき」とは(文献2)
子どもはなぜつまずくのか,心理学的原因と教授学的原因(文献1)を紹介し,
説明する。
b 「わかる」「できる」ことと子どもと教師との関係(文献2)について説明する。
② 学業不振(文献3)に関する項目について説明する。
③ 学習達成度の個人差(文献4)に関する項目について説明する。
④ 学習障害(文献5・6)に関する項目について説明する。
備
考
- 26 -
資
料
参考文献
1. 駒林邦男他
2. 佐伯
1983
小学校教育実践選書
つまずきを生かす授業
胖
1995
子どもと教育「わかる」ということの意味
3. 岩脇三良
1996
新心理学ライブラリ11
4. 小嶋秀夫
1991
新心理学ライブラリ3
あゆみ出版
岩波書店
教育心理学への招待
児童心理学への招待
サイエンス社
サイエンス社
5. 学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査協力者
会議
1999
学習障害児に対する指導について(報告)
6. 上野一彦編
1998
子どものためのバリアフリーブック 8 障害を知る本
どもたち
大月書店
- 27 -
LD(学習障害)の子
コ ラ ム
1 説明事項の例
①「つまずき」とは(文献1)
子どもはなぜつまずくのか,心理学的原因と教授学的原因
a 心理学的原因
(a) 前提となる知識・技能の欠如によるつまずき
(b) 生活的概念・実地的一般化に基づくつまずき
(c) 認知構造の防衛規制によるつまずき
(d) 子どもの学習能力に基づくつまずき
b 教授学的原因
(a) 教材の過密,教材の関連解体・分散−羅列的授業
(b) 「四十五把ひとからげ」の非診断的,非適応的授業
②「わかる」「できる」ことと子どもと教師との関係(文献2)
知識を授ける(教師)・授けられる(子ども)関係ではなく,教師と子どもは向き合った関係で
あり,子どもが授かる知識は教師の中ではなく,文化の中に埋め込まれている。
③学業不振(文献3)
a 学力とは
b 学力と知能
c 学力と創造性
d 学力と職業上の業績の関係
e 学業不振とは
④学習達成度の個人差(文献4)
a 家庭と文化の要因
b 課題に対する構えの要因
c 子どもの内部条件や個人差
⑤学習障害(文献5・6)
a 学習障害とは
b 学習障害における能力のアンバランス
c 学習障害児への対応
- 28 -
2 学習障害について
学習障害は,教科学習の基礎となる,読む,書く等の能力にのみ困難を持つ障害である。アメ
リカでも1950年代から注目されてきた。日本では,まず医学の分野においてMBDの概念とともに
注目を浴びたが,最近では学習障害への関心は障害児教育を中心としながら徐々に教育の分野に
移りつつある。
文部省の「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調
査研究協力者会議」は「学習障害児の指導について」の報告書を提出した。この中において,学習
障害は次のように定義されている。
学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,
書く,計算するまたは推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示
す様々な状態を指すものである。学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らか
の機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの
障害や,環境的な要因が直接の原因となるものではない。
教育界においては,個性を尊重する教育,個に応じた教育が叫ばれている。学習障害を持つ児
童生徒も一人ひとり異なった困難を持つため,どの程度学習障害児への教育の取り組みが行われ
ているかが,個性を尊重し個に応じた教育のバロメーターになると言われている。
アメリカのトム・クルーズ,エジソンやアインシュタインも学習障害があったと言われており ,
社会で活躍する学習障害をもつ人々の存在が,学習障害への理解を深め,教育的対応を前進させ
ていくであろう。
- 29 -
3.学習
単 元 名 (6)個別指導
目
標
個人差に応じた学習指導の在り方を理解するとともに,特に学業不振への
対応としての個別指導法の基礎を習得する。
授業形態
内
講義,体験学習
容 ① 指導形態
指導形態には,一斉指導,小集団指導,個別指導の3種類があること,そして学
級における通常の一斉指導の特徴や問題点について説明し,個人差に応じるとい
う観点からの学習指導について問題を提起する。
② 個人差の実態の把握
学習指導上の問題として,学習達成度をはじめとして,学習方法,動機づけな
ど様々な面があることを説明する。そして指導のベースラインとなる現在の水準
を把握するための留意点について理解を図る。
③ 個別指導の技術−子どもの学習達成度に応じた教師の指導−
まず,個別指導の形態と手だてとしてどのようなことが考えられるか,これま
での経験もふまえて考えさせ,発表させる(個人ごと,またはグループ)。
様々な意見が出てくると考えられるが,その子にあわせたその子独自の長期的
目標を立てた上での,指導の計画性が必要であることを説明し理解を図る。
④ 認知カウンセリング
認知カウンセリングの技法を解説し,つまずき解消のポイントを理解させる。
⑤ 通常の学級における学業不振や学習障害を持つ子どもへの個別配慮
通常の学級における学業不振あるいは学習障害のある子どもの具体例を紹介し
(教員養成実地指導講師),その子どもに対する個別指導や,配慮についてグルー
プ別に討論しながら,教材や指導案を試行的に作成する。担当教官と教員養成実
地指導講師は,それぞれのグループに適宜アドバイスする。
指導法や配慮する点などについて発表と討論を行い,問題の発見や個別指導を
何時どこで行うか ,などについて考えさせる。そして,指導に望む態度に関して,
子どもに十分考えさせること,すぐに誤りを指摘しないこと,ほめること,間違
いからも学ばせることなど,実際の指導において配慮すべき点や留意すべき点に
ついて説明する。
備
考 教員養成実地指導講師とティームティーチングを行う。
- 30 -
資
料
参考文献
○ 全体
1. 市川伸一
1995
学習と教育の心理学
2. 北尾倫彦
1991
学習指導の心理学−教え方の理論と技術−
3. 北尾倫彦・速水敏彦
1986
4. 北尾倫彦・梶田叡一編
岩波書店
有斐閣
わかる授業の心理学−教育心理学入門−
1984
有斐閣
おちこぼれ・おちこぼし−なぜ学業不振におちいるか−
有
斐閣
5. 三浦香苗
1996
子どもと教育
勉強ができない子−学習不振児の調査と実践−
岩波書店
○ 認知カウンセリング
1. 市川伸一編著
1993
学習を支える認知カウンセリング−心理学と教育の新たな接点−
1998
認知カウンセリングからみた学習方法の相談と指導
ブ
レーン出版
2. 市川伸一編著
- 31 -
ブレーン出版
3.学習
単 元 名 (7)学習の目標と評価
目
標
学習の目標と評価について,その意義や方法について理解し,学習指導に
おける活用について考える。
授業形態
内
講義
容 ① 評価の目的と機能
何のために評価するのか,北尾(1991, p.171)の図を用いて,教える側にとって
の教授活動の改善の面と,学習者の側にとっての学習活動の改善の面について説
明する。
② 学習者への評価の種類
学習活動の進行に沿った区分として,診断的評価,形成的評価,総括的評価を,
評価方法に基づく区分として相対評価と絶対評価を取り上げ,それぞれの意義を
説明し理解を図る。
③ 学習目標
学習活動の成果を評価するためには,そこでの学習目標が明確でなければなら
ない。学習に際してどのような目標を設定すればよいか,長期的目標や短期的目
標といった目標の階層性や,スモールステップの原理について説明する。
④ 知識・理解面の評価
標準テスト,教師作成テスト,観察法などを取り上げ,その特徴や利用上の留
意点について説明する。
⑤ 情意面の評価
関心,意欲,態度といった情意面の評価方法について,質問紙法や観察法を中
心に,その特徴や利用上の留意点について説明する。その際,質問紙やチェック
リストの例を提示する。
⑥ 評価のバイアス
評価の際に陥りがちなバイアスについて説明し,その対策を考える。
⑦ 自己評価
学習者自らが自らを評価することの意義と機能について説明する。そして,教
師による評価と学習者による自己評価のズレの問題,自己評価の指導についても
言及し,自己評価の生かし方について考える。
備
考
- 32 -
資
料
参考文献
1. 市川伸一
1995
学習と教育の心理学
2. 梶田叡一
1992
教育評価
3. 北尾倫彦
1991
学習指導の心理学−教え方の理論と技術−
4. 北尾倫彦・梶田叡一編
岩波書店
有斐閣
1984
有斐閣
おちこぼれ・おちこぼし−なぜ学業不振におちいるか−
斐閣
5. 北尾倫彦・速水敏彦
1986
わかる授業の心理学−教育心理学入門−
- 33 -
有斐閣
有
3.学習
単 元 名 (8)学習指導の方法
目
小学校の授業づくりの難しさを体験するとともに,授業づくりにおいて大
標 切なこと,教材化とは何か,そして,授業をするための教材研究の重要性を
理解する。
授業形態
内
体験学習,演習,講義
容 ① 学習指導
学習指導には,どんな学力を形成するか(学習目標),どんな教材を用いるか(教
材),どんな過程で学びとらせていくか(学習過程),どんな指導法で行うか(学習
方法)等の内部事項が含まれるということを解説する。小学校の一単位時間分の教
科書を見せ,その部分をどうやって45分の授業にしていくのか考えさせ,授業づ
くりの難しさを体験させる。学習目標の達成に向けて,学習指導に流れと仕組み
をつくることの大切さを説明する。
② 授業づくりにおいて大切なこと
授業の一場面をビデオで紹介し,授業づくりにおいて,大切だと思うことをカ
ードにかかせ,KJ法でまとめさせる。
〈予想される内容〉
a 子どもの情意面に関すること
子どもの興味がわくように授業を工夫すること,子どもが楽しいと思える授
業にすること,わかりやすい授業 等
b 「考える 」という部分
子どもに活動させながら考えさせること 等
c 子ども一人一人への対応
子ども一人一人の活動を保障してやること,子ども自身の存在価値を感じさ
せること
d 教材・教具の工夫
考えさせる教具,理解を効果的にする教具,個に応じることのできる教具 等
e 学習過程
問題解決型,課題解決型,体験型
③ 教材化とは
教材化とは,教材(教育内容)を化けさせることである。どのように化けさせる
かということのポイントを解説する。そして以下のような観点から,どんな教材
・教具を準備して,どんな活動やどんな学習過程にしていくか考える。
a 子どもの興味がわくように
b 子どもが理解しやすくなるように
c その教科領域で育てたい力や態度の育成に迫ることができるように
備
考
紹介するビデオは,紹介後の講義に繋がる内容をもっていること。ここでは,
中学校や高等学校の静的な授業よりも,小学校の活動的な学習場面の授業の方が
好ましい。
- 34 -
資
料
参考文献
1. 東
洋
1982
授業改革事典
2.吉本
均
1987
現代授業研究大事典
3.氷上
正
1982
授業の成立と技術
4.谷川彰英
1993
問題解決の理論と方法
5.梶田叡一
1990
内面性の人間教育
金子書房
6.佐伯
1991
考えることの教育
国土社
胖
第一法規
明治図書
明治図書
明治図書
- 35 -
3.学習
単 元 名 (9)授業の評価と改善
目
標
授業分析の目的や方法を理解し,それを日々行っていくことが授業改善に
つながっていくことを理解する。
授業形態
内
講義
容 ① 授業分析
a 授業分析の目的
授業をよりよいものへ改善していくための一つのステップであるということ
を説明する。
b 授業分析の視点
授業分析とは ,下記に示しているような授業における子どもの反応に基づく ,
自分の行った教授・学習過程での授業の仕組みの有効性についての評価である
ことを説明する。
教授・学習過程での授業の仕組み
子供の反応
・教材化
・表情
・学習過程
・思考
・具体的な手だて
・活動・行為
(学習具,教具,学習ノート,TT等)
・発表・表現等
② 指導技術の改善
教材研究の仕方,交流の組織化,効果的な発問の仕方,学習効果を高める板書
の仕方,意欲的な活動を引き出す資料提示の仕方,教具・学習具について説明す
る。
備
考
- 36 -
資
料
参考文献
1. 北尾倫彦
1996
新しい評価観と学習評価
図書文化
2. 安彦忠彦
1995
自己評価
3. 北
俊夫
1996
子どもの成長を支援する評価
4. 石田恒好
1995
評価を上手に生かす先生
図書文化
明治図書
図書文化
- 37 -
3.学習
単 元 名 (10)総合的な学習の時間
総合的な学習の時間の教育課程上の位置付け,授業時数,創設の趣旨,ね
目
標 らい,授業の特徴について理解する。
授業形態
内
講義
容 ① 教育課程上の位置付け
総合的な学習は,「時間枠」として創設され,これまでの教科,領域と同様なも
のとして位置付けがなされていないことを説明する。
② 授業時数
小学校
第3,4学年…105単位時間
中学校
第1学年…70∼100時間
高等学校
第5,6学年…110単位時間
第2学年70∼105時間
第3学年70∼130時間
3年間で6単位
盲学校,聾学校及び肢体不自由者又は病弱者を教育する養護学校
小学部第3学年以上及び中学部,高等部においてそれぞれ適切に定める。
知的障害者を教育する養護学校
中学部,高等部において適切に定める。
③ 創設の趣旨
教育課程審議会答申において提言された趣旨について説明する。
④ ねらい
学習指導要領に示されているねらいを示しながら説明する。
⑤ 学習活動の特徴
以下のような学習活動の特徴を説明する。
a 問題解決的な学習であるということ
b 体験的な学習であるということ
c 各教科等の学習で培った力を総合的に発揮する学習であること
d 学習の場,学習の組織,学習の時間等,教育課程の運用の多様化,弾力化が
強く求められているということ
備
考
- 38 -
資
料
参考文献
1. 文部省
1998
平成10年
小学校学習指導要領
2. 文部省
1999
小学校学習指導要領解説−総則編−
3. 文部省
1998
平成10年
4. 文部省
1999
中学校学習指導要領解説−総則編−
5. 文部省
1999
平成11年
高等学校学習指導要領
6. 文部省
1999
平成11年
盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領
中学校学習指導要領
学部・中学部学習指導要領
高等部学習指導要領
7. 児島邦宏
1999
総合的な学習
8. 村川雅弘
1997
総合的な学習のすすめ
9. 教育課程審議会
1998
幼稚部教育要領
小
大蔵省印刷局
ぎょうせい
三晃書房
幼稚園,小学校,中学校,高等学校,盲学校,聾学校及び養護学校の教
育課程の基準の改善について(答申)
10. 児島邦宏
1999
豊かな体験でいきいき教育
11. 児島邦宏・羽豆成二編
12. 中野重人編
1999
1999
活動の展開−
総合的な学習の時間研究の手引き
明治図書
教職研修№6「総合的な学習の時間」全課題徹底理解
13. ベネッセ教育研究所
14. 文部省
1998
ぎょうせい
1999
教育開発研究所
総合的な学習への実施期待
特色ある教育活動の展開のための実践事例集−「総合的な学習の時間」の学習
教育出版
- 39 -
コ ラ ム
総合的な学習の時間の考え方と進め方
平成14年度から,「総合的な学習の時間」が完全実施される。総合的な学習の時間については,
各教科や道徳,特別活動のような「総合的な学習の時間」単独の指導要領解説はない。これは,総
合的な学習の時間が,各学校に特色ある教育活動を創意工夫して創り出すことを求めているから
である。以下に示す,総合的な学習の時間の趣旨やねらい,学習づくり,学習活動を行うにあた
っての配慮事項等を踏まえ,勇気をもって,大胆に学習を創造してほしい。
1
「総合的な学習の時間」とは
(1)小学校における「総合的な学習の時間」の授業時数
総合的な学習の時間は,第3学年から行われる。第1学年,第2学年に総合的な学習の時間が
設定されていないのは,低学年の生活科が具体的な活動や体験を
学 年
時間数
重視した総合的な学習の様相をもっているためである。各学年の 第3学年
105時間
時間数は,右表のとおりである。4年間で430時間の総合的な 第4学年
105時間
学習の時間を行うことになる。
第5学年
110時間
第6学年
110時間
(2)創設の趣旨
総合的な学習の時間を学校で進めていく場合,「どう取り入れていくか。どう進めていくか。」
という方法論が先行しがちになる。しかし「なぜ,今,総合的な学習の時間が必要なのか。ねら
いは何なのか」という土台の部分のとらえ方をしっかりと行い,学校創りのビジョンに沿った学
習創りを行っていくことが大切である。
総合的な学習の時間の創設の趣旨については,教育課程審議会答申において大きく二つのこと
が提言されている。
①
各学校が創意工夫を生かした特色ある教育活動を一層展開できるようにするための
時間を確保する必要のため
一つ一つの学校が,学校の存在価値を感じさせることのできる特色ある教育活動の展開を図っ
ていくための時間として,総合的な学習の時間が設置されたということである。特色とは,子ど
もの育ちの姿,教育活動,学校組織等において,学校が自慢できることととらえてもよい。よっ
て,学校内の教師が,学校の特色,学校での教育活動の特色を共通理解して総合的な学習の時間
の授業創りに取り組んでいかなくてはならない。
②
自ら学び自ら考える力などの「生きる力」をはぐくむために,既存の教科等の枠を
越えた横断的・総合的な学習を実施できるような時間を確保する必要のため
近年における社会の変化は著しいものがある。21世紀を生きる子どもたちには,自分が今も
っている知識では対応できない状況が,これから様々な分野,場面において起こる可能性がある。
例えば国際理解,環境,情報,福祉・健康等の教育課題がそうである。こういった課題を追求す
る学習は,内容がいくつかの教科にまたがったり,また教科を越えた内容をもったりしている。
したがって,ある単一の教科ではおさまりきれず横断的・総合的な学習が必要となってくる。総
合的な学習の時間では,各教科等で学んだ力を総合的に発揮し,社会の変化に主体的に対応でき
- 40 -
る資質や能力,つまり「生きる力」を育てていく。
(3)ねらい
小学校学習指導要領,中学校学習指導要領,盲学校,聾学校及び養護学校小学部・中学部学習
指導要領のそれぞれの総則では,総合的な学習の時間のねらいを次のように述べている。
①
自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決す
る資質や能力を育てること。
②
学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的に取り
組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにすること。
上記のねらいをみると,大きく四つの観点からとらえることができる。
1
資質・能力……自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよ
く問題を解決する資質や能力を育てる
2
方法的能力……情報の集め方,調べ方,まとめ方,報告や発表・討論の仕方などの
学び方やものの考え方を育てる
3
姿勢・態度……問題の解決や探求活動に主体的,創造的に取り組む態度を育成する
4
生き方の自覚…自己の生き方を考えることができるようにする
「…資質や能力を育てる」「…態度を育て…」といった表現からわかるように,総合的な学習の時
間では,どのように学ぶか,どのように対象にかかわっていくかという学習の過程における学び
の方法を重視している。つまり,「育てる」ことに重点をおいたねらいの表現になっている。
2
総合的な学習の時間の学習づくり
(1)教材化の仕方
各学年における内容が設定されていない総合的な学習の時間の教材化はどのように行っていけ
ばよいのだろうか。教材化の手順として,これまでの教科・領域に近いものを探すと「足で稼ぐ
社会科」と呼ばれている社会科に近いものがある。総合的な学習の時間に取り上げることのでき
る素材は,私たちの身のまわりにたくさんある。私たちには,新聞,テレビ,ラジオなど様々な
メディアからいろいろな情報が入ってくる。大切なことは,得た情報を教師としてどのように教
育のなかに取り入れていくかである。例えば台風災害や様々な訴訟問題,介護保険制度の導入な
ど,教育とは無関係でないという認識でニュースを聴くことが大切である。地域の広報誌,新聞
の地方欄などは,特に注意して見ておくことが大切である。
ただ,どんな素材でも教材化してよいということではない。先にも記した通り,特色ある学校
創りのビジョンと構想にのっとって教材化を行うということは留意しておかなくてはならない。
(2)総合的な学習の時間の目標設定の仕方
算数科や道徳の学習指導案のなかで,目標を設定するときには,指導書(文部省編)で内容を確
認し,指導書の内容を組み込みながら目標を設定していく。しかし,総合的な学習の時間につい
- 41 -
ては,「各教科等のように内容を規定することはしない。(教育課程審議会答申より)」と記されて
おり,内容は,教師の創意工夫で行うことになっている。授業設計する教師にとって,決められ
た内容のない学習の目標を設定するということは,多くの戸惑いと難しさが伴うものである。し
かし,目標の分析や目標表現を具体的かつ的確にしていくことは,学習づくりにおいて非常に大
切なことである。目標の設定,表現については,これから各学校,教師が実践を通して工夫し,
整えていくことになるが,現段階において,次の二つの点に留意したい。
①
総合的な学習の時間のねらいを,単元レベルで具体化して,目標設定すること
1の(3)で述べた,資質・能力,方法的能力,姿勢・態度,生き方の自覚の四つの観点を意識
しておくと,目標設定がしやすい。(※但し四つがすべて設定されなくてはならないわけではな
い。)
②
これまでの教科・領域や関連指導では設定されることのできなかった総合的な学習の
時間ならではの目標を組み入れること
教科等の目標の列挙で単元のねらいが達成されるのであれば,特別に「総合的な学習の時間」を
置いて学習を組む必要がないということである。総合的な学習の時間だからこそ生まれた,魅力
ある目標の設定が必要である。
その魅力ある目標とはどんな目標であればよいのだろうか。総合的な学習の時間は,生活科の
考え方を大切に,具体的な活動や体験を重視している。子どもたちがこれからを生きていくうえ
で,きっと必要であろう,あるいは役に立つであろう心の体験,身体的体験の充実を願って目標
を設定したいものである。
以上述べてきたことを,事例をもとに具体的に考えてみよう。
S小学校で,島の伝統行事を自分で調査し,練習し,実演するという学習が総合的な学習の時
間に行われ,その単元の目標は,次のように設定された。
1
お下りさま,玉せせり,歩射祭,流鏑馬といった島の伝統行事の調査活動や制作実
演活動を通して,それら伝統的行事の素晴らしさ,楽しさを味わうことができる。
(資質・能力)(生き方の自覚)
2
島の人々の伝統行事に対する思いや願いを知り,島の一員として進んで地域活動に
参画していこうとする態度を培うことができる。(姿勢・態度)(生き方の自覚)
3
祭りに使う道具の作り方や活動の行い方など,伝統活動の実演に向けて必要な情報
を地域の人に尋ねたり,写真やビデオから情報収集したりすることができる。(方法
的能力)
まず,目標の文末は,「∼の楽しさを味わう。」「∼していこうとする態度を育てる。」「∼を情
報収集したりすることができる。」という表現でまとめられているように,情意面や育てるとい
うことを大切にした目標の表現になっている。また,1,2,3の目標を総合的な学習の時間の
ねらいの四つの観点からみると,1は(資質・能力)(生き方の自覚),2は(姿勢・態度)(生き方
の自覚),3は(方法的能力)というとらえ方ができ,総合的な学習の時間のねらいに迫る単元で
ある1の目標などは,これまでの教科・領域では設定しえない目標である。しかし,ここでの活
動体験や心の体験が,この単元での学習を終えて,これまで何気なく見ていた島の伝統行事に関
心をもち ,行事があるときには,島の人たちの気持ちや苦労を推し量りながら準備に協力したり,
- 42 -
祭りの成功を喜ぶ心を共感したりする力となる。つまり,これからの島での生活をより意義ある
時間に変えていく貴重な体験なのである。こういった,自分の生活に変化や意識の変革を起こす
ような意義ある体験を目標に設定することが,総合的な学習の時間には求められる。
(3)単元計画の作成
総合的な学習の時間の単元は,子どもたちが,①活動の課題を持ち,②具体的な活動や体験が
基盤となって構成される。学習は,体験型の学習あるいは問題解決型の学習である。
単元計画の作成に当たっては,これまでの教科・領域における計画の作成ととらえ方では対応
できないところがある。子どもの興味の示し方,追求活動の深まり等によって,計画を修正した
り発展したりせざるを得ない状況が多々生まれるからである。例えば, 昨年度行った実践が,
今年の子どもたちは興味を示す部分が違って,計画の修正をした方がよいという状況,そんなに
時間がかからないと予定していたことが,実際にやりはじめるとかなりの時間が必要になったと
いうことはよく起こる。内容的にも時間的にも柔軟な構えが必要である。また,子どもたちが,
もの,人,ことに心を動かされたり,愛着をもったりするには,対象へのかかわりができるだけ
深くなるようにすることが大切である。そのためには,具体的な活動の時間や回数を多くしたり,
学習する期間を断続的にし,長くしていくことも大切である。細切れに総合的な学習の時間を使
うのではなく,子どもの生活や意識に変容が現れるように時間の組み方を工夫したいものである 。
(4)総合的な学習の時間の課題
総合的な学習の時間で大切にされている課題については,学習指導要領で次のように触れられ
ている。
各学校においては,総合的な学習の時間のねらいを踏まえ,例えば,国際理解,情報,
環境,福祉・健康などの横断的・総合的な課題,児童の興味・関心に基づく課題,地域
や学校の特色に応じた課題などについて ,
学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。
上記の内容をみると,課題は大きく三つの観点からとらえることができる。
○
横断的・総合的な課題
→現代社会が抱えている解決を要する課題
例えば,国際理解,情報,環境,福祉・健康など
○
児童の興味・関心に基づく課題
→児童・生徒の生き方や進路にかかわる課題
例えば,生命,生き方,進路,人間関係,性,人権など
○
地域や学校の特色に応じた課題
→生活の場と自分自身のかかわりを見たり,考えたり,見直していくことになる課題
例えば,郷土学習,伝統的文化や芸能を学ぶ学習,行事関連学習など
ただし,総合的な学習の時間においては,前述の課題をそのまま子どもに提示すればよいとい
うのではない。この課題は,教師の側から見れば,どうしても子どもたちに考えてもらいたいも
- 43 -
のなのであるが,子どもにとって,「やってみたい。調べてみたい。」という,切実な問題になっ
ているかどうかということになると別である。教師側の課題を強く出しすぎると,子どもにとっ
ては,「やらされる」学習となり,自ら進んで取り組む学習にならない。そうかといって,子ども
の側から「切実な解決すべき問題」を待っていたのでは,いつまでたっても学習は始まらない。教
師側からの「学習課題」を子どもの側の「学習問題」へと,どのように誘導するかが,総合的な学習
の授業における教師の支援としては ,大切なポイントであり,授業づくりの難しいところである。
(5)体験や具体的活動
学習指導要領には,総合的な学習の時間における体験や具体的活動の重要性が次のように述べ
られている。
自然体験やボランティア活動などの社会体験,観察・実験,見学や調査,発表や討論,
ものづくりや生産活動など(盲学校,聾学校,養護学校においては交流活動を含む)体験的
な学習,問題解決的な学習を積極的に取り入れること
総合的な学習の時間は,体験や具体的活動が基盤になっている。しかし活動をやらせるのであ
れば,どんな活動でもよいというものではない。活動や体験が子どもたちにとって魅力があり,
価値があるものでなくてはならない。また,活動している間に学び方やものの考え方,知恵や工
夫を自然と育むものでなくてはならない。自分が能動的に働きかけるという行動を通じて,それ
ぞれが自分の課題に気付き,葛藤し,挑戦し,共感し,成就感を体験するのである。総合的な学
習の時間が体験や具体的活動を重視しているのは,自分で感じ,気付き,考えるという過程を大
切にしているからである。
(6)表現活動
総合的な学習は心の体験を豊かにしていく学習である。子どもが活動する過程で ,感動したり,
迷ったり,不安になったり,挫折しそうになったり,悲しくなったりということが,心を鍛え豊
かにしていく。それが顕著に現れるのが,子どもたちの作文や日記,感想文である。これらに現
れる表現の内容は,新鮮かつ生々しく,迫力のあるものが多い。教師には予想できなかった,ま
た気付かなかった子どもの心の状態を知ることができる。活動をしたあとに,長めの作文等を書
かせ,活動中の心の状態を表現させることは総合的な学習の時間においては,とても意味のある
ことである。また子どもの学習活動の評価に使える一つの材料でもある。
(7)学習指導上の留意点
① 子どもたちに体験をさせる内容は,教師自身が事前に体験しておくこと
子どもたちに体験をさせる内容には,どういった教育的価値があるのか,どういったことに留
意,配慮しておかなくてはならないのかということを,教師自身が体験して把握しておくことが
大切である。例えば,職場体験を総合的な学習の時間で構想するとき,子どもたちを受け入れて
くれる職場を探し,そこに子どもを連れていき活動させればよいというものではない。「この職
場で職場体験活動をすれば,子どもたちは,単純作業を長時間続ける仕事の辛さを味わい,働く
ということの厳しさを感じてくれるだろう。」,「○○さんと一緒に働くことで,手間,暇はかか
- 44 -
るがみんなが安心して食べられるものをつくろうと,こだわりをもって仕事に打ち込む○○さん
の生き方の素晴らしさを感じてほしい」など,子どもたちに感じ,味わわせたい教育的価値をと
らえておくことが必要である。また,自分自身が行っておくことで,「この場所には近寄らない
ようにさせなくてはならない。」「この活動に時間をとり重点的にさせよう。」などという留意,
配慮する点が見えてくる。事前体験は,教師自身の志気を高めることにもなる。
② 教師があまり出過ぎない,しゃべりすぎないようにすること
総合的な学習の時間では,これまでの教師の指導観を変えなくてはならない。つまり,教えて
やらないと授業は成立しないという授業のイメージを捨て,子どもが興味をもつように活動や場
の支援を行うことを大切にしなくてはならない 。せっかくゲストティーチャーを呼んでいるのに ,
学習の終わりに少しだけ話をしてもらうだけのかかわりで終わったり,教師が出すぎ,しゃべり
すぎて,子どもの活動や思考を妨げてしまったりということが多くある。総合的な学習の時間で
は,待つこと,見守ることが大切である。教師は,子どもと一緒になって学んでいくという姿勢
で臨んでよい。
③ 単元の計画にゆとりをもっておくこと
総合的な学習の時間では ,教師の方としては,そんなに時間がかからないと判断したことでも,
実際にやりはじめるとかなりの時間が必要になる場合が多い。これは,総合的な学習の時間が子
ども主体の学習であり,問題解決を目指している子どもが,「ああでもない,こうでもない。」と
試行錯誤を重ねながら学習を進めていくからである。総合的な学習の時間は,失敗も含めた行き
つ戻りつの起伏に富んだ学習の過程が特徴であり成功であるということを踏まえ,単元計画は
ゆとりをもって計画することが大切である。
④ 学習の活動を学校外においたときの安全やトラブルに対する危険予知が必要である
例えば職場体験をさせてもらう会社の方から,「来ることに関しては構わないが,事故が起こ
ってもうちは責任がもてませんよ。」と言われたり,訪問した会社の方から,「態度が悪い。」と
直接子どもが注意・指導を受けるといったことが起こっている。総合的な学習の時間は,学校の
外に出て学習することが多く,活動も多様である。また外部の方とかかわるということも大変多
い学習である。本格的に総合的な学習の時間が行われはじめると,事故やトラブルが起こる可能
性は高いし,一度何か起こると,学習が沈滞してしまうことは確実である。大胆に展開していか
ないと総合的な学習の時間のねらいや魅力に触れられないという特性もあるが,安全とトラブル
に関する予知を十分に行っていくことが大切である。
- 45 -
4.教師の指導性
単 元 名 (1)児童生徒の理解
教師が,児童生徒についてその特徴や行動傾向をよく理解し把握すること
目
標 が,よりよい指導をするために不可欠であることを理解する。
授業形態
内
講義,演習
容 ① 児童生徒の理解
児童生徒の問題を把握し,効果的な指導を行うため児童生徒理解は欠かせない 。
その重要性を具体的な例を用いて理解させる。
② 観察法
時間見本法,評定尺度法,チェック・リスト法,文章記録法などの観察法につ
いて演習を通して理解させる。
③ 質問紙法
子どもがどのような傾向をもっているかを理解するための方法として,自由記
述式,多岐選択式について具体例を挙げて理解させる。
④ 検査法
知能検査,学力検査,性格検査,人間関係の検査(ソシオメトリック・テスト,
ゲス・フー・テスト)など具体例を挙げて理解させる。
⑤ 理解のひずみ・・・・教師が子どもを理解する時のひずみ
教師も人間である以上,自分の生徒認知には多少なりとも歪みが混入したり,
教師としての使命感から規範的・評価的な認知をする可能性があることから多角
的・多面的に資料を集め,児童生徒の理解に努めていくことの大切さを理解させ
る。
文脈中の文字の認知などの例を用いて解説する。
⑥ ピグマリオン効果(pygmalion effect)
教師が,子どもに対していだいていた期待が ,その子どもの学習成績や行動に ,
教師の期待する方向に作用することをローゼンソール(Rosenthal,R)の実験をもと
に理解させる。
備
考
- 46 -
資
料
参考文献
○ 児童生徒の理解
1.浅野浩市
1997
2.國分康孝編
3.文部省
4.長尾
1998
1965
博
心にひびくカウンセリングマインド
児童生徒理解と教師の自己理解
東洋館出版社
図書文化
生徒指導の手引
1997
5.十束文男他編
学校カウンセリング
1986
ナカニシヤ出版
中学校・生徒指導改善双書3生徒理解とカウンセリング
文教書院
○ 児童生徒の理解の方法
1. 菱村幸彦編
2. 中澤
1994
潤 他編
教職研修キーワード生徒指導
1998
心理学マニュアル
観察法
3. 続
有恒・村上英治編
1974
心理学研究法
10
4. 続
有恒・村上英治編
1975
心理学研究法
9
5. 倉光
修
1995
臨床心理学
Ⅱ生徒理解
教育開発研究所
北大路書房
観察
東京大学出版会
質問紙調査
東京大学出版会
岩波書店
6. 川瀬正裕・松本真理子・松本英夫
1996
心とかかわる臨床心理−基礎・実際・方法−
ナ
カニシヤ出版
7. 上里一郎監修
1993
心理アセスメントハンドブック
西村書店
○ 理解のひずみ
1. 國分康孝
1998
学級担任のための育てるカウンセリング全書3
2. 前田基成他
1999
生徒指導と学校カウンセリングの心理学
3. 小川一夫編
1979
学級経営の心理学
4. 御領
る−
謙・菊地
正・江草浩幸
図書文化社
八千代出版
北大路書房
1993
最新認知心理学への招待 −心の働きとしくみを探
サイエンス社
○ ピグマリオン効果
1. Rosenthal, R. & Jacobson, L.
1968
Pygmalion in the classroom: Teacher expectation
and pupils' intellectual development.
New York: Holt, Rinehart and Winston.
- 47 -
4.教師の指導性
単 元 名 (2)教師と児童生徒の人間関係
児童生徒に対する認知の歪みを修正し,共感的にかかわろうとする教師の
目
標 態度が,児童生徒との信頼関係をつくる上で大切であることを理解させる。
授業形態
内
講義,討論,演習
容 ① 教師の権威(影響力)
4−(2)児童生徒の理解の講義を振り返り,教師の影響力について問題意識を持
たせた上で,教師の接し方によって子どもの行動はどのように変わるかについて
討論させる。
② PM理論
学級集団の特徴と機能,学級集団の力学,学級集団の構造の測定法について紹
介し,学級集団のリーダーである教師のリーダーシップが学級の成員である子ど
もに与える影響について理解させる。
実際にPM理論に基づき,「あなたが教師になったとしたらどんなタイプ?」(三隅
ら(1977)小学校教師用)を用いて自分の教師としてのタイプを診断させる。
※〔資料1〕を利用する。
③ 信頼感
効果的な生徒指導を行うには,教師と生徒の間で相互の信頼,尊重,協力を基
本とした共感的人間関係が重要であることを示し,それには教師がカウンセリン
グ・マインドを身につけることで,児童生徒と教師の信頼関係を育むことに効果
的であることを理解させる。
④ カウンセリング・マインドを応用したリーダーシップ
Listening(傾聴),Empathy(共感),Aspiration(大望・志),Demonstration(率
先垂範),Encouragement(勇気づけ),Respect(尊敬),=LEADER,この6つのキー
ワードを用いてカウンセリング・マインドを応用したリーダーシップを説明する。
⑤ 親和性を増す教師の働きかけ
親和性を増す教師の働きかけとして具体的な態度,心構えを示す。
※〔資料2〕を利用する。
備
考
- 48 -
資
料
参考文献
1.岩井俊憲
1999
子ども・生徒・学生をうま∼く動かす心理学
2.近藤邦夫
1994
教師と子どもの関係づくり
3.海保博之他著
1997
学事出版
東京大学出版会
事例とクイズでわかる教育の心理学
4.三隅二不二
1966
新しいリーダーシップ
5.三隅二不二
1984
リーダーシップ行動の科学〔改訂版〕
福村出版
−集団指導の行動科学−
ダイヤモンド社
有斐閣
コ ラ ム
〔資料1〕あなたが教師になったとしたらどんなタイプ?
PM理論に基づき,あなたの教師としてのタイプを診断せよ。あなたが小学校の教師だとして,
自分の担任するクラスの児童が ,以下の項目についてあなたを評価したらどうなるだろうか 。「自
分に絶対にあてはまる」という項目をいくつでも選べ(小学校教師用;三隅ら(1977)より,代表的
な項目を抜粋)。
(1) 忘れ物をしないように注意する。(P)
(2) 児童の気持ちがわかる。(M)
(3) 家庭学習(宿題)をきちんとするように厳しく言う。(P)
(4) 児童が間違ったことをしたとき,すぐ叱らないでなぜしたかを聞く。(M)
(5) 名札・ハンカチなど細かいことに注意する。
(P)
(6) えこひいきしないで,児童を同じように扱う。(M)
(7) 物を大切に使うように言う。(p)
(8) 児童と遊ぶ。(M)
(9) きまりを守ることについて厳しく言う。(P)
(10)学習中,机の間をまわって一人ひとりに教える。(M)
〔資料2〕親和性を増す教師の働きかけ(具体的な態度,心構え)
(1) 児童生徒の人格を尊重して,人間対人間として対等に接することを心がける。
(2) 教師の一方的な基準・価値観でなく,児童生徒の内面的な基準・価値観で彼らを理解しよ
うとする。
(3) 表面的な行動だけにとらわれず,行動の背後にあるもの,何がそうさせたのかを常に考慮
に入れて,児童生徒の行動を理解しようとする。
(4) 人間には,自分からよい方向に成長しよう,よくなろうとする力である自己成長力がもと
もと備わっており,他人とよい関係を持ち,愛情や承認を受ければその力が発揮される,と
いう人間観を持つ。
(5) 児童生徒とのかかわりを通して,自分自身にも目を向け,児童生徒とともに成長していこ
うという考えを持つ。
- 49 -
4.教師の指導性
単 元 名 (3)教育相談
目
標
教育活動の一環としての教育相談の考え方と学校における教育相談の進め
方について理解する。
授業形態
内
講義,演習
容 ① 教育相談とは
社会の著しい変化にともない,生徒指導上の課題も一層多様化してきている。
特に,いじめ,不登校,いわゆる学級崩壊への対応は,学校が緊急に取り組むべ
き重要な課題となっている。その解決の一方策である教育相談活動の重要性につ
いて,その定義,意義を踏まえながら解説する。
② 教師が行う学校教育相談
小・中学校,高等学校在学時,自分の悩みをどのように解決していったかを振
り返らせ,「生徒が相談できる教師とは」について討論させる。
③ 教師以外が行う学校教育相談
悩みを持つ子どもの相談相手として,学校関係者以外の専門家(臨床心理士,精
神科医など)を,スクールカウンセラーとして学校に配置する試みが増えてきてい
る。こうした試みは,子どもが自分の悩みを打ち明ける相談相手の選択肢を増や
すという大きな意味があるだけでなく,今日の学校の抱え込み意識や閉鎖性の解
決にも資することについて解説する。そして,専門家や専門機関との連携の意義
やその在り方について理解を図る。
④ 盲学校,聾学校及び養護学校での教育相談
早期からの教育相談や,地域における特殊教育に関する相談のセンターとして
の役割について解説する。
⑤ 学校教育相談の進め方
日常の児童生徒理解や教育相談の2つの機能(予防・開発的機能,治療的機能)に
ついて,面接場面のビデオ視聴や演習を行うことで理解を深める。
a 聴き方・話し方・・・傾聴訓練の演習を行うことで,人の話を聴くことの難
しさ,人に話を聴いてもらえることの心地よさを体験させる。
b 人間関係づくり・・・構成的グループ・エンカウンターの演習を行い,人間
関係づくりを体験させる。
備
考
- 50 -
資
料
参考文献
1.秋山俊夫監修 1993 図解生徒指導と教育臨床 北大路書房
2.松原達哉編 1998 スクールカウンセリング読本 教育開発研究所
3.文部省 1999 文部時報2月号 ぎょうせい
4.文部省 1998 学校におけるカウンセリングの考え方と技法 「ビデオ」
5.文部省 1987 生徒指導資料 第7集 中学校におけるカウンセリングの考え方
6.文部省 1988 生徒指導資料 第8集 中学校におけるカウンセリングの進め方
7.文部省 1995 生徒指導資料 第21集 生徒指導研究資料第15集 学校における教育相談の
考え方・進め方
8.二宮克美他 1999 エッセンシャルズ教育心理・生徒指導・教育相談 福村出版
9.上地安昭 1990 学校教師のカウンセリング基本訓練 北大路書房
10.鵜養美昭他 1997 学校と臨床心理士 ミネルヴァ書房
11.氏原 寛・村山正治編 1998 今なぜスクールカウンセラーなのか ミネルヴァ書房
12. 学校臨床心理士ワーキンググループ 1997 学校臨床心理士(スクールカウンセラー)の活動
と展開 日本心理臨床学会
13. 特殊教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議 1997 特殊教育の改善・充実について
第一次報告,第二次報告 文部省初等中等教育局特殊教育課
コ ラ ム
教育相談の定義
生徒指導の手引
教育相談とは,本来,一人一人の子ども(ひとりのこども)の教育上の諸問
(文部省:初版, 題について,本人又はその親,教師などに,その望ましい在り方について助
1965)
言指導することを意味する。言い換えれば(いいかえれば),個人のもつ悩み
(改訂版,1981) や困難の解決を援助することによって(より),その生活によく適応させ,人
格の成長への援助を図ろうとするものである。
(
)は,初版に記載
生徒指導資料
カウンセリングの意義として,①暖かい人間関係の確立,②自己理解の援
第7集
助,③全人的成熟についての援助,④価値観の発達についての援助,⑤技能
(文部省,1971) 的な熟練の発達についての援助,⑥さまざまな選択についての援助,⑦心理
的な問題解決についての援助,⑧非行などの矯正についての援助
生徒指導資料
学校における教育相談は,生徒の自己実現を促進するための援助手段の一
第15集
つである。言い換えれば,生徒自身が現在の自分および自分の問題について
(文部省,1980) 理解し,自らのうちにもつ力によって自己変容をしていくことを援助する過
程である。
教育相談の意義
今日みられるいじめや校内暴力,不登校などの背景には,子どもたちの不安やストレスなどの
心の問題が存在している。したがって,行動の善悪や規範意識に関する指導だけでは根本的な解
決にはならず,子どもの心(「内面」)に密着した個別的で,きめの細かな対応が不可欠となる。
心が不安定な状態にある子どもは,学習や部活動に集中できないだけでなく,友達の気持ちを
思いやったり,集団のルールを守ったりする心のゆとりもない。しかし,やがて心が安定してく
ると,友達と話をし,協力・協調する,自己の欲望をコントロールする,問題解決に向かって積
極的に取り組むなど,適切な社会的行動ができるようになるものである。
このような子どもの心の安定を図るには,カウンセリング等により,一人ひとりを理解,受容
し,心理的・教育的観点から個別的な援助を行う「心の教育相談」が必要である。
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4.教師の指導性
単 元 名 (4) 保護者の心理
様々な資料をもとに,保護者の心理,学校・学級と家庭の連携の重要性に
目
標 ついて理解する。あわせて,障害のある子どもをもつ保護者の心理について
理解する。
授業形態
内
講義
容 ① 保護者への対応
教師と保護者の人間関係や保護者への対応について,いくつかの調査結果や文
献をもとに説明する。
a 教師と保護者との人間関係(文献1)について説明する。
b 保護者への対応(文献2)について説明する。
② 家庭環境の理解
a 家庭での子どもの役割・仕事(文献3)について説明する。
b 家庭環境を理解するうえでの,家族関係の側面について説明する。
③ 学校・学級と家庭の連携の重要性について説明する(文献3)。
④ 障害のある子どもをもつ母親の障害受容過程やストレスの研究について紹介し
説明する。また,その支援の在り方について説明する。
a 母親の障害受容過程について説明する(文献4)。
b 母親や家族のストレスに関する研究を説明する(文献5)。
c 障害のある子どもをもつ母親や家族との連携の重要性について説明する
(文献7)。
備
資
考
料
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参考文献
1.全国生活指導研究協議会編
1998
2.大石勝男・関根正明・飯田
稔
3.小嶋秀夫
父母とのすれ違いをどうするか
1994
教師の悩み Q&A 3
高文研
保護者との人間関係
児童心理学への招待
国土社
1991
新心理学ライブラリ3
学童期の発達と生活
サイ
4.三木安正
1960
精神薄弱児講座1
5.足立智昭
1999
障害をもつ乳幼児の母親の心理的適応とその援助に関する研究
風間書房
6.岡
1999
セルフヘルプグループ
星和書店
エンス社
知史
7. 大阪セルフヘルプ支援センター編
8.大熊喜代松
1995
精神薄弱児の病理心理社会学
1998
日本文化科学社
わかちあい・ひとりだち・ときはなち
セルフヘルプグループ
障害がある子の母親支援の方法
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学研
朝日新聞厚生文化事業団
コ ラ ム
説明事項の例
1 保護者への対応
①教師と保護者との人間関係(文献1)
教師には3つの人間関係,すなわち子どもとの人間関係,上司・同僚との人間関係,保護者
との人間関係がある。多くの教師が父母とのすれ違いが原因で燃え尽きかけている。ただし,
保護者からの注文や期待一般が,教師の多忙化や燃えつきにつながるのではなく,保護者との
信頼関係があれば ,たとえ忙しくても燃えつきない。教師が「やめたいと思ったときの理由」に,
父母とのすれちがいの悩みをあげる場合が多い。
②保護者への対応(文献2)
教師の立場と保護者の立場の違い,保護者と手を結ぶ姿勢,社会人対社会人としての接し方
の必要性に関する事柄について実例を挙げる。
2 家庭環境の理解
①家庭での子どもの役割・仕事
家庭での子どもの仕事は,向社会性の発達,責任感の育成,おとなの指導による学習,性役
割の獲得など子どもの発達上の多くの問題とつながりを持っている(文献3)
②家族関係
家族関係については,両親の育ちや結婚後の生活の歴史などの過去の要因,親と子どもの種
々の個体的要因(身体的条件,気質の違い,パーソナリティなど)とその組み合わせの効果(い
わゆる相性),家族をとりまく外部要因(親戚・友人・近隣の社会的ネットワークの性質,家族
の経済的条件,子どもの通う学校の条件,親の職場の条件など)といった多くの要因が絡み合
って形成される。特定の家族の現時点での家族関係を理解するためには,上記の諸要因を考慮
に入れて関連する諸情報を収集して,それらを統合することが大切である(文献3)。
a 親子関係
・子どもを受容するか−拒否するか
愛情の次元
・子どもを統制するか−自律に任せるか
b 夫婦関係
統制の次元
・夫婦間のコミュニケーションがうまくできているか
・子どもに関する決定権は誰がもっているか
父か母か
・家族全体の雰囲気
c 兄弟関係
・コンパニオンとしての関係,親切・おもいやり,愛情・親密さ,兄弟の
賛嘆などに関する暖かさと親密さの側面
・対立・けんか,競争に関する葛藤
・世話や支配に関する地位・勢力の側面
d 家族全体の特徴
・家族全体の雰囲気が良いかという家族内の調和
・家族に対する社会的支援体制が整っているか
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3 学校・学級と家庭の連携(文献3)
・学校と家庭は子どもの生活の中心を占めている。
・1つの場で起こった事柄は,たいてい他の場で子どもが示す行動や状態に響く。
・子どもが健全に育つためには,子どもがかかわりあっている場がうまくつながっている
必要があることが示唆される。
・親によるモニタリングが十分になされている子どもほど自己有能感や学力が高い。
・子どもの発達と結びつく連携関係を形成する点で,教師とならんで親も責任の一端を負
っているといえる。
4 障害のある子どもをもつ母親の障害受容過程やストレスの研究
①母親の障害受容過程に関する指摘の紹介
KlausとKennellら「ショック」→「否認」→「悲しみ・怒り」→「適応」→「再起」(田沢,1997)
Rosen(1959)「問題に気づく段階」→「問題を認める段階」→「原因を探し求める段階」→「解決
方法を探し求める段階」→「問題を受け入れる段階」(文献4)
三木(1959)の知的障害児をもつ親の理解・態度の3段階(田沢,1997)
※これらの諸段階でどのような援助サービスや資源と出会うか出会わないかが,家族の生活
の立て直しのきっかけともなりうる(文献5)。
②母親や家族のストレスに関する研究
植村・新美(1982)
家族外の人間関係から生じるストレス
障害児の問題行動そのものから生じるストレス
障害児の発達の現状及び将来に対する不安から生じるストレス
障害児をとりまく夫婦関係から生じるストレス
日常生活における自己実現の阻害から生じるストレス
③障害のある子どもをもつ母親や家族との連携の重要性
障害のある子どもを持つ母親や家族との連携の具体例(文献7)。
母親の援助と協力の必要性
・母親の子どもへの影響力は絶大である。
・母親は最大の情報提供者・協力者である。
・母親の不安感情を処理する心理的援助が必要である。
・心・ことば育てのリーダーには母親がぴったりである。
障害児の生命の維持管理,健康状態の管理のためにも重要である。
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4.教師の指導性
単 元 名 (5)地域社会とのかかわり
地域社会の教育的機能の理解をはかるとともに,地域社会との連携につい
目
標 て学習する。
授業形態
内
講義,討論
容 ① 開かれた学校づくり
教育課程に位置づけられている開かれた学校づくりについて説明する。
② 地域社会の教育的機能
地域社会は直接体験の場であり,遊びの場,あるいは様々な人との交流の場で
もある。地域社会の教育的機能について,次の観点から解説する。
a 社会的認識,態度,行動能力などの形成
b 無意図的教育と意図的教育
c 地域社会の課題
③ 社会教育
社会教育について,その実施主体や施設の問題も含めて説明する。そして学校
開放や校庭開放,さらには教師の社会教育とのかかわりの意義などについて理解
を深める。
④ 地域社会との連携
地域社会との連携について,その意義や問題点などをまず考えさせたうえで,
次の観点から解説する。
a 地域社会の実態の把握
b 郊外での生活状況の実態の把握
c 協力分担体制
d 地域社会での指導
e 情報,人的資源,物的資源などの地域資源の活用
⑤ 盲学校,聾学校及び養護学校との交流教育
盲学校,聾学校及び養護学校などとの間の連携や交流教育の意義や在り方につ
いて解説する。
備
考
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資
料
参考文献
1. 小川一夫 編
1979
学級経営の心理学
北大路書房
2. 小川一夫 編
1985
学校教育の社会心理学
(第9章
北大路書房
学級の環境)
(第6章
学校の組織:社会と学校
と学級)
3. 文部省
1998
平成10年
小学校学習指導要領
4. 文部省
1998
平成10年
中学校学習指導要領
5. 文部省
1999
平成11年
高等学校学習指導要領
6. 文部省
1999
平成11年
盲学校,聾学校及び養護学校
学習指導要領
幼稚部教育要領
小学部・中学部
高等部学習指導要領
7. 特殊教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議
第一次報告,第二次報告
1997
特殊教育の改善・充実について
文部省初等中等教育局特殊教育課
コ ラ ム
ドクター・ショッピング
親が自分の子どもに障害があると分かった時,非常にショックを受け,悲しみにくれたり,一
度ならず死を考えたことがある人も多い。また,子どもの障害を受け入れることができず,様々
な医療機関や相談機関を訪れる。このように,不安やショックを背景に,親が様々な医療機関や
相談機関の受診をくり返す行為をドクター・ショッピングあるいはホスピタル・ショッピングと
言う。
障害児の母親の手記や小説等の中に,ドクター・ショッピングをした様子が記されていること
もある。障害児をもつ家族像を描いた漫画「どんぐりの家」(山本おさむ,小学館)の中でも,母親
が病院を訪れ医師から障害の告知を受けた際,「医者は冷たく事務的に淡々と説明した。」「信じ
たくなかった。」「色々な病院で検査を受けたが,結果は同じだった」という場面がある。
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