これからのハードコピー技術

これからのハードコピー技術
グーテンベルグにより発明された印刷術は既に600
年,ダゲレオによる写真術の発明からは 150 年,カー
ルソンによる電子写真の発明からでも 60 年以上の歳
月が経過しています。このような長い歴史を持つ写
真,印刷,コピーに代表されてきたアナログハードコ
ピーは,パーソナルコンピュータの普及,ネットワー
ク環境の整備と多様な画像入出力機器の開発により新
しいディジタルハードコピーへと急激な変革を遂げて
います。
銀塩写真はセンサー,記録,表示が同一の材料で行
え,画像記録にほとんどエネルギーを要せず,画質,
簡便性で現在でも圧倒的な優位を保っています。ま
千葉大学
工学部 教授
工学博士
た,印刷は高精細な画像を大量複製できる点ディジタ
ルプリンターの追随を許しません。しかし,写真では
現像定着など化学処理のほか,画像処理を行うには,
三宅 洋一
スキャナーなどによるディジタル化が必要で迅速性が
要求されるネットワーク時代には大きな障壁です。
一方,ディジタルイメージングでは,画像処理が容
易で撮影された画像を直ぐに観賞できるなどの多くの
利点はありますが,センサーと記録,表示にはそれぞ
れ別のシステム,例えばディジタルカメラ,コン
ピュータ,モニター,プリンターが必要で,さらに画
像の記録再現を行うには変調,復調と電源が必要で
す。また画質,速度も現状では写真印刷に及びませ
ん。ディジタルハードコピーは自ずから銀塩写真の画
質と簡便性や印刷における画像再現の安定性,
速度と
対比されることになります。
ディジタルイメージングでは,
画像データが同一で
あっても再現される画像の画質(色,階調,鮮鋭性,
粒状性)がデバイスにより同一であるとは限りませ
ん。とりわけ色再現はデバイスに依存することが大き
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い た め デ バ イ ス に 依 存 し な い 色 再 現 ( Device
向では水平垂直方向に比較して感度は0.7倍程度にな
Independent Color reproduction)を目的としたカラーマ
ることが報告されています。CCD の配列をハニカム
ネージメントが重要です。
このような色再現の基本的
構造として少ないピクセルで画質の向上をはかったF
考え方は,測色的な色再現です。すなわち,デバイス
社のディジタルカメラはのこのような特性を応用した
間で三刺激値を同一にする,
あるいは色差を最小にす
きわめて興味深い例です。また,ブルーノイズマスク
る色再現です。しかし三刺激値XYZやL*a*b* の値は
法などのディジタルハーフトーン技術にも視覚の周波
対象画像(物体)の分光反射率と照明光源,イメージ
数特性が考慮されています。
ングデバイスの分光特性の積分値です。従って,測色
良く知られるように視覚系には順応という極めて優
的色再現を行っても物体の真の色情報である分光反射
れた機能があります。例えば,映画館に入った直後に
率を再現していることにはなりません。
このことから
は館内は暗くて良く見えませんが,
しばらくするとよ
我々は,分光反射率の主成分分析,Wiener推定に基づ
く見えるようになる現象は暗順応です。
これと逆の現
いて設計したマルチスペクトルカメラにより得られた
象は明順応です。色についてもこの現象,すなわち色
画像からピクセル毎の分光情報を記録,
推定すること
順応が生じます。例えば,太陽光の照明下から電灯光
を行っています。
分光情報はデバイスや照明光源の特
照明の下に入った直後は物体がやや赤みを帯びて見え
性に依存しない値ですから,ネットワーク印刷,遠隔
ますがしばらくすると,
網膜に入る分光放射分布は大
医療,ネットワークショッピング,ネットワーク
きく異なるにも関わらず白い紙は白く見えるようにな
ミュージアムなど高精細な色情報の送受信が必要な分
ります。色順応は完全には生じませんので,我国とは
野に極めて有用です。さらに,ハードコピー上で分光
視環境の違いが大きい諸外国での画像機器の画質設計
的に色再現する手法も研究が開始されており,
分光的
には十分な配慮が必要です。また,好みや注視点,周
色情報記録,再現は次世代のハードコピーを含めた
辺画素との対比など視覚系情報処理のより高次機能を
ディジタルイメージングのひとつの目的になると考え
考慮した画像設計も今後の課題です。紙を媒体とした
ています。
ハードコピーが無くなるという識者もおりますが,照
一方,画像は最終的には視覚を通して観測されま
明光だけあればいつでもどこでも読み書き観賞でき,
す。そこで視覚系の特性を考慮した画像設計―筆者は
またランダムアクセス可能な新聞,
書籍などの形態は
ヒューマンパーセプションに基づく画像再現―と名付
電子媒体に全面的に置き換わることは無いと考えてい
けていますが重要です。
視覚系のメカニズムは複雑で
ます。誰もが容易に,そして目的に応じた高精細な画
すが比較的浅いレベルの特性は明らかにされつつあり
像を記録,再現できるためのハードやソフトウエアを
ます。例えば,視覚系は明視の距離では空間周波数
シャープの若い技術者集団が構築されることを願って
1本/mm近辺に感度のピークがあるバンドパス特性
います。
をしています。また,その特性は非等方的で,45 度方
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