「負債の測定における信用リスク」 に対するコメント

国際会計基準審議会
御中
2009 年 9 月 1 日
IASB ディスカッション・ペーパー「負債の測定における信用リスク」
に対するコメント
負債の測定における信用リスクの取扱いというプロジェクト横断的なテーマについて、
意見を募集するためにディスカッション・ペーパーを作成した IASB の努力に敬意を表する
とともに、コメントする機会が与えられたことを歓迎する。以下の見解は、企業会計基準
委員会(ASBJ)内に設けられた金融商品専門委員会のものである。
【総
1.
論】
負債の公正価値測定に信用リスクを織り込むべきかどうかという論点と、信用リスク
を織り込んだ測定値をどのような範囲で用いるべきかという論点とは、区別して議論す
べきものである。我々は、仮に負債を公正価値で測定する場合には、負債の公正価値自
体には信用リスクを織り込むことになろうが、すべての負債の当初認識時の測定に信用
リスクを織り込んだ測定値を用いることが適切であるとは考えていない。さらに、当初
認識後においては、契約上のキャッシュ・フローが確定している負債については、一般
的に再測定は不要であり、再測定が必要とされる負債についても、信用リスクを織り込
まない測定のほうが有用と考えられる場合が多い。したがって、負債の再測定に公正価
値を用いることが適切な状況は、デリバティブのようなきわめて限定的な場合であると
考える(質問 2 への回答である本コメントレター6 項参照)。
2.
本 DP に付属のスタッフ・ペーパーでは、負債の測定に信用リスクを織り込むことにつ
いての代表的な賛成論と反対論が 3 つずつ記述されているが、我々の意見では、反対論
の方が説得的であり、財務報告の意思決定有用性の観点から、より重要な問題点の指摘
となっている。
3.
スタッフ・ペーパーにおける賛成論については、限定的な状況において信用リスクを
負債の測定に織り込むことを正当化しうるものに過ぎないと考える。具体的には、以下
の点を指摘したい。
(1) 当初認識時における整合性
我々は、契約上のキャッシュ・フローに金利相当額が含まれている負債については、
当初認識時の測定に信用リスクを織り込むことが妥当であると考える。しかし、そうで
ない負債については、測定に信用リスクを織り込むことは適切でないと考える。これは、
借入とは異なるそれぞれの負債自体の基本的な特性の相違に基づくものであり、また、
当該負債の計上に伴う損益計上額に直接に影響することから、不整合とは言えないもの
と考える(質問 1 への回答である本コメントレター5 項参照)。
(2) 富の移転
スタッフ・ペーパーでは、負債の公正価値の減少は、債権者から株主への富の移転を
示すものであるから利益の認識を正当化できるという主張が示されている。しかし、こ
れは、企業全体の価値が一定という条件の下で、負債の価値の減少を認識する場合には、
株主持分の価値の増加として利得を認識することとなるということを述べているに過ぎ
ず、負債の価値の減少を認識すること自体の論拠となるものとは言えない。株主持分の
価値の増減があっても、会計上の損益として認識されないことは多い。さらに負債の信
用リスクの増大は、無形資産の価値の毀損を伴うことが多いため、企業全体の価値が一
定という前提が当てはまるかどうかにも疑問がある。したがって、債権者からの富の移
転であるということは、利益を認識することが概念的には必ずしも否定されないという
だけであり、負債を公正価値で測定して利益を認識する方が財務諸表の意思決定有用性
を増すという論拠となるものではない。
(3) 会計上のミスマッチ
スタッフ・ペーパーで示されている例は、資産の全部が債券又は債権であるような極
めて人工的な状況であり、現実には、反対論の側で示されている会計上のミスマッチの
方が一般的である。すなわち、現実の企業では、信用度の低下に対応する企業価値の減
少のうちかなりの部分が未認識の無形資産等の毀損によるものであり、それについては
財務諸表には損失が認識されないため、負債の公正価値の減少による利得の認識は会計
上のミスマッチを生むこととなる状況の方が多い。
【質問項目に対する回答】
質問1
負債が最初に認識される時に、その測定に当該負債に固有の信用リスクの価格を、(a) 常
に織り込む、(b) 場合によっては織り込む、(c) 決して織り込まない、のいずれとすべき
か。その理由は何か。
(a)
回答が「場合によっては織り込む」の場合、どのような場合に当初測定から当該負
債に固有の信用リスクの価格を除外するのか。
(b)回答が「決して織り込まない」の場合、
(i)
(ii)
測定においてどのような利率を用いるべきか。
計算された金額と現金収入額との差額をどのように処理すべきか。
【コメント】
4.
我々は、(b)の「場合によっては織り込む」を支持する。借入金等のように、当初認識
時に現金等との交換が行われる負債又は契約上のキャッシュ・フローに金利相当額が含
2
まれている負債については、当初認識時の測定には信用リスクを織り込むべきである。
経済合理性の観点から見て、当初認識時の負債は受け取った現金や契約上のキャッシ
ュ・フローと等価と考えるべきであり、当初測定に信用リスクを織り込まないと不合理
な結果となるからである。
5.
しかし、そうでない負債については、当初測定に公正価値を用いなければならないと
いう必然性はない。むしろ、そうでない負債については、測定に信用リスクを織り込む
ことは適切でないと考える。これは、それぞれの負債自体の基本的な特性の相違に基づ
くものであり、また、当該負債を計上することに伴う損益計上額に直接に影響すること
から、不整合とは言えないものと考える。信用リスクによる割引額やその変動差額を実
現することが困難であるならば、当初認識後において当該金額を損益に反映しないよう
にするために、負債の測定に信用リスクを織り込まないほうが、その後のキャッシュ・
フローの予測に役立つ。また、将来における支払額や時期が同一の義務について、信用
リスクの高い企業の方が少ない負債金額となることは、財政状態を適切に示していると
は考えられず、意思決定有用性を損なうものと考える。
質問2
当初認識後の現在測定は、当該負債に固有の信用リスクの価格を、(a) 常に織り込む、
(b) 場合によっては織り込む、(c) 決して織り込まない、のいずれとすべきか。その理由
は何か。回答が「場合によっては織り込む」の場合、どのような場合に事後の現在測定か
ら当該負債に固有の信用リスクの価格を除外するのか。
【コメント】
6.
我々は、(b)の「場合によっては織り込む」を支持するが、事後測定においては、信用
リスクを織り込むことが適切な局面は当初測定の場合よりもさらに限定的であると考え
る。借入金等のように当初測定においては信用リスクを織り込むことが適切な負債につ
いても、事後測定において信用リスクの影響を織り込むことは、デリバティブを除き、
一般的には適切ではない。スタッフ・ペーパーで反対論として示されている「直感に反
する結果」、「会計上のミスマッチ」及び「ほとんどの場合に実現できない利得の認識」
を生じることとなるからである。これらの問題の重大性に比べて、スタッフ・ペーパー
で示されている肯定論は、総論で述べたとおり、信用リスクを測定に織り込むことの十
分な正当化となるものではない(本コメントレター3 項参照)。
質問3
当該負債に固有の信用リスクの価格に起因する市場金利の変動の金額は、どのように決
定するのか。
3
【コメント】
7.
信用スプレッドを一定とみなし、当該負債に係る金利の変動とリスクフリー金利の変
動との差を信用リスクの価格に起因する変動として扱うことが考えられる。言い換えれ
ば、リスクフリー金利の変動のみを負債の測定に反映することになる。これは、信用リ
スクに起因する部分だけを除くというよりも、負債の測定にあたり、支出時期の相違を
考慮し金利水準のみを反映させるように割り引き、その後、負債を履行するまで時間の
経過とともに単に振り戻すという考え方に基づくものである。
質問4
本ペーパーは、負債の測定と信用度について 3 種のアプローチを説明している。どのアプ
ローチを選好するか。その理由は何か。識別されていない他の代替案はあるか。
【コメント】
8.
我々の考え方は、スタッフ・ペーパーの第 62 項に示されている 3 つの代替案のうち(c)
に近い。
(1)
質問1への回答(本コメントレター4 項)で述べたとおり、当初認識時に現金等との
交換が行われる負債又は契約上のキャッシュ・フローに金利相当額が含まれている負
債については、当初認識時の測定には信用リスクを織り込むべきであると考える。
(2)
事後に現在測定が必要な場合であっても、質問 2 への回答(本コメントレター6 項)
のとおり、信用リスクの変動の影響を反映することは一般的には適切でない。
(3)
負債を割引現在価値で測定するとしても、質問 3 への回答(本コメントレター7 項)
で述べたとおり、リスクフリー金利の変動のみを反映することとすべきである。ただし、
リスクフリー金利の変動のみを反映した測定値の変動差額を、[設例 4]のように当期の
損益にするかどうかは、別途考慮すべき事項である。これは、割引現在価値の算定にあ
たり、リスクフリー金利も将来キャッシュ・フローと同様に見積りの要素であるため、
見積りの変更として将来にわたって反映させることもあるからである。
* * * * * *
我々のコメントが当プロジェクトにおける今後の審議に貢献することを期待する。
加藤
厚
金融商品専門委員会
専門委員長
企業会計基準委員会
常勤委員
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