参加者リポート - 北海学園大学 菅原秀幸ゼミナール

2009 年 2 月 5 日(木)
アメリカ大使館首席公使ジム・ズムワルト氏を囲んで居酒屋懇親会
「皆さん、夢をもって!」
「異文化理解に必要な3つの R」
~Recognize(認識)、Respect(尊敬)、Reconcile(調和)~
北海学園大学大学院経営学研究科 修士1年 NS
私たちは国際ビジネスを専攻しているにもかかわらず、日本国内で生活していると、国
外との接点はテレビやインターネット上で流れるニュースのみで、自分から何らかのアク
ションを起こさない限り、英語に触れることが出来る機会は滅多にありません。人種・民
族・文化が違うということが何を意味するのかを実際に体感することなく、多くの国際ビ
ジネスを学ぶ学生は大学・大学院を卒業していくのではないかと推測します。
今回開催された居酒屋懇親会に出席させて頂いた 9 名の学生は非常に幸せです。私たち
は、米国大使館首席公使のジム・ズムワルト氏とその奥様で同大使館の館長を努めるアン・
カンバラ女史、そして在札幌米国総領事館総領事のダナ・ウェルトン女史という、日本だ
けでなく、世界を舞台に活躍されてきた一流の国際人と呼べる方々と、直接お話する機会
を頂きました。その結果、国際ビジネスに必要不可欠である「異文化理解」を、大学で行
われる講義のように、ただ事実を耳で聞いて一方通行に習得するのではなく、コミュニケ
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ーションを通じて双方向に体感することができました。このような機会を提供して下さっ
た米国領事館の皆様には本当に感謝致しております。
異文化理解に関する著書としてフォンス・トロンペナールス博士の「BUSINNESS ACROSS
CULTURES」がありますが、その中で著者は、
「異文化理解には、3つの R が求められる」と
提言しています。3つのRとは、Recognize(認識する)
、Respect(尊敬する)、Reconcile
(調和する)を指しており、異文化を理解するには、まず、それぞれの文化的差異を認識
し、その差異を尊重、それから折り合いをつける、という3段階のアプローチ方法が望ま
しいということを表しています。今回の懇親会では、この「3つの R」の重要性をより具体
的に体感することができたように感じています。
大使館の皆様との会話の中に、日米の働き方に対する考え方の相違点についての議論を
交わす場がありました。日本企業は、残業が多く、上司とのノミュニケーションの参加が
上司による評価に関係してくるといった話をしたところ、ウェルトン女史はとても驚かれ
ていました。
ウェルトン女史は、残業をしないために、徹底した時間管理を行っていると言います。
毎日遅くまで仕事を行うよりも、仕事から離れた空間で、自然と触れ合い、芸術・美術鑑
賞を行う時間を設けた方が、自身の感性をより研ぎ澄ますことが可能になり、それは、結
果的に仕事の効率化・能率化に繋がると強調されていました。
同じように、カンバラ女史も、仕事だけでなく、趣味の合唱に力を入れているとおっし
ゃられていました。大使館には、様々なスポーツ・文化活動を行うクラブが存在している
ようで、大使館のスタッフはそれらの、仕事以外の様々な諸活動を行うことで脳を活性化
させ、それを仕事力の更なる向上に繋げているようです。
私は、大使館の皆様の働くことに対する自由な考え方をお聞きした時、日本では考えら
れない、とても魅力的な働き方のように感じました。特に、日本の企業では、女性の地位
は低く見られがちであり、アメリカのように「ダイバーシティ」という考え方が浸透して
いないため、働き方の多様性が認められている企業は少なく、女性が仕事と家庭を両立さ
せることは非常に難しいというのが現状です。
カンバラ女史は、日本企業が「ダイバーシティ」を尊重していないことは、日本にとっ
てマイナスであるという厳しい指摘をされていました。何故なら、その結果として馬場さ
んや牛丸さんのような国際的な視野を持つキャリアウーマンを逃しているからです。
このように、働き方の多様性という面において日米には差異が存在しており、その結果、
一般的な日本人と、米国出身者との間には「働くことに対する考え方」において様々な相
違点が見受けられました。
このような差異が存在することを認識(Recognize)することは、日本企業にとって必要
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不可欠な事由であり、知らなければ、カンバラ女史がご指摘されたように、企業は優秀な
人的資源の流出を見逃すことに繋がります。
トロンペナールス博士によると、文化的な差異を認識した後には、差異を尊重すること
が求められます。しかし、この作業を行う際、「自民族中心主義」や「異国崇拝」という文
化相対主義に反した考え方に陥らないよう注意が必要であることが述べられています。
私は、領事館の皆様から、ダイバーシティを尊重した働き方についてお聞きした時、日
本企業はそのような価値観をすぐにでも取り入れるべきであると感じました。しかし、こ
の考え方は、異国崇拝の要素を含んでいるとする見方が出来ることに後に気付きました。
私は、米国側の利点しか視野に入れず、日本企業側の持つ利点について考慮することを怠
っていたからです。
確かに国際化の進行と供にダイバーシティという価値観の共有は必要不可欠ですが、日
本企業の残業やノミュニケーションが日本経済の高度成長期に果たしてきた役割を無視す
ることは、文化的差異を互いに尊重し合うことには繋がりません。日米双方の企業文化を
比較する際に、どちらが優れている、あるいは劣っているという評価を下すのではなく、
互いの文化的差異を尊重(Respect)することが、異文化を理解するための重要なプロセス
であるのです。
そして最終的に、折り合いをつける(Reconcile)作業に移ります。この作業が3つの R
の中で最も重要な作業であると、トロンペナールス博士は強調しています。日本企業に、
米国大使館のダイバーシティという価値観を導入する際に、そのまま受け入れさせること
はできず、何らかの調整作業が必ず必要となります。残業が当たり前とされてきた企業が
もし、
「明日から5時になって仕事が終わっていたら帰宅しても良い」という通達をしたと
しても、社員の多くは5時に帰宅することに戸惑いを感じるであろうことが容易に推測さ
れます。折り合いを付けるという作業には、様々なジレンマが伴うため、非常に複雑です。
しかし、国際化が進行する現代社会において、ダイバーシティという価値観は、多くの日
本企業が取り入れるべき重要な視点であるという事実に変わりはなく、そのためにこの調
和(Reconcile)作業は必要不可欠となります。
異文化間で互いに影響を与え合うことは大切ですが、自らの文化的側面を放棄したり、
相手の文化を無視したりせずに、2つの相反する文化的見解を互いに調整しあい、折り合
いをつけて融合することが、認識し、尊重した後に求められる最も重要な作業であるので
す。
現在ほど、多国籍企業が世界経済そして国際社会全体に大きな影響を与えている時代は
無いであろうといわれるほど、グローバル化は凄まじい勢いで進行しています。このよう
な時代を生きる私たちにとって、「異文化理解」は非常に重要なキーワードです。「3つの
R」の中でも特に、学生のうちは、様々な文化的差異を認識することに力を注ぐべきでは
ないかと、今回の異文化懇親会を通じて改めて感じさせられました。
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異文化を知ることは、自国の文化を再認識することにも繋がります。今後私たちが、国
際社会で、世界経済の発展に寄与できる人材になるためにも、これまで以上に外国に目を
向け、異文化と触れ合う機会を自ら作り出していかなければなりません。次に皆様とお会
いするときは、現在以上に異文化に対する認識を深め、国際人として成長している姿をお
見せ出来るよう、今後よりいっそう努力邁進していきたいと考えております。
「努力する事を高く評価するべき」
北海学園大学大学院経営学研究科 修士1年 SR
今回の懇親会に参加させて頂いて本当に心から感謝しております。料理は、勿論美味し
かったですが、それだけではありません。首席公使の話を聞いて、沢山の事を学びました。
今回の飲み会で、私が深く感じた事は、まず、首席公使は、自分の胃が壊れて、ほとん
ど食事を取れない時にも関わらず、こんな機会を作って下さった事が、凄く、素晴らしい
事だと思っております。この世の中で、自分の都合で、物事を考える人がかなりいます。
自分もよく自分に都合がいい事ばかりを考えて、行動した事があります。これからは、も
っと、他人の事を考えて、行動しようと決意しました。
もう一つ強く感じた事は首席公使も高校時代に日本に留学した経験があって、今首席公
使になって、米日の友好のために、貢献なされています。留学経験のある先輩を、自分の
鑑として、自分も将来、日中友好のために、微力ながら、自分なりの貢献ができたらいい
なと思っております。
最後一つ言わせて頂きたい事は、首席公使が、アメリカの社会は人を評価する時、個人
の努力で、成功を遂げた人を高く評価する、また、結果じゃなくで、進歩に対して高く評
価するとおっしゃっており、これに対して私はとても感心しました。自分が、他人にこう
いう風に評価される事を要求できないですが、これから、自分が他人を評価する時に、こ
れに沿ってしようと考えております。また、自分に対して、以前いつも結果ばかりを追求
していましたので、失敗を怖がっていました。新しい試みがなかなか出来なかったです。
今回のメンバーの中で、三ヶ国の人がいました。違う国の人の考えを沢山聞く事が出来
て、異文化の理解を通して、大学院の国際経営の研究に大変役に立ちました。また、自分
が人の前で話す能力に欠いている事は自覚していますが、なかなか改善できません。こん
な場で、アメリカ人と日本人のコミュニケーションのスタイルを少し理解し、またその違
いも分かるようになりました。
首席公使は、お仕事が忙しい事も関わらず、こんな貴重な機会を作って下さって心から
感謝しております。どうも有り難うございました。このような素晴らしい次の機会を楽し
みにしております。
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「一流から学ぶ3つのこと」
北海学園大学経営学部3年 HI
ジム・ズムワルトさんとの懇親会で私が学んだことは「謙虚」
「コミュニケーション力」
「積極性」の 3 つである。
まず、ジムさんと接して最初に感じたことは「謙虚」だという印象だった。富士メガネ
の金井会長の時もそうだったように、とても偉く凄い人というのはとにかく謙虚であった。
バイトや日々の生活を含めて、様々な人に会い見るが、人に対して謙虚であるということ
は非常に難しいことだと思う。よく偉そうな人をバイトで見るのだが、そのような人たち
は非常に損をしていると思う。なぜなら、偉そうにしている人はどんなに凄いことをして
いたとしても、偉そうにしているだけで横柄に見えてしまい、人としての魅力は少しも感
じなくなってしまうからだ。つまり、それだけで人としてのレベルを下げてしまっている
のだと思う。しかし、一流と呼ばれる人たちは非常に謙虚である。だからこそ、一流なの
ではないだろうか。
私が懇親会で感じたことの 2 つ目は、
「コミュニケーション力」である。ジムさんはたく
さんの人をまとめる地位の人である。私はそのような人がどのようにコミュニケーション
を取るのだろうかと思っていた。懇親会を通してそれが垣間見ることができた。本当に基
本的なことであるかもしれないが、ジムさんは話すときにはひとりひとりの顔を見て、聞
き取りやすいスピードで話していた。そして、聞く時も話している人を見て話を聞いてい
た。つまり、相手のことを考えながらコミュニケーションを取る。基本的なことかもしれ
ないが、そのようなことがコミュニケーションには重要であると感じた。
3 つ目は、
「積極性」である。これは自分自身に対する反省だ。この日はまったく積極性
が足りなかったと思う。本当に自分らしくなかった。隣にジムさんがいるのにもかかわら
ず、縮こまってせっかくのチャンスをうまく活かせていなかった。わたしは積極的にどん
なことでもすれば、学ぶものも多いと思っている。だからこそ、もっと積極的に会話をし
ていけば、もっと様々なことを感じ、学べたのではないだろうかと思う。
私は以上の 3 つのことを感じ、学べた。本当に有意義であったと思う。しかし、話を聞
いていて気になったことが一つあった。留学する人が減っているということだ。個人的に
は非常に淋しいことだと思う。やはり世界に出ていくことは素晴らしいことだと思う。だ
から、留学する人が減っているということは残念なことである。
「チャレンジで価値を創造しよう!」
北海学園大学大学院経営学研究科 修士1年 NB
一番印象に残ったことは「若い日本人の海外渡航が減っているが、その理由の1つは“英
語力の低下”だ。」とズムワルトさんがおっしゃったことだ。英語は世界の多くの人と出会
い、お互いの理解を深めることで自分の世界も広がり多様な価値観を持つことができる。
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自分が受けた英語教育はいわゆる受験英語であり、海外へ留学する学生は数える程度であ
った。しかし現在の日本では、小学校からカリキュラムに英語を取り入れることを検討し、
会社でも TOEIC の点数を昇進に反映させるほど英語を重視している。個人で英語を学ぶ手
段は山ほどあり、CNNや洋画、海外ドラマなどは副音声にすればネイティブの英語を耳
にすることもできる。これほど英語を学習する機会が多くあるにもかかわらず「英語力」
が低下している。その原因としてコミュニケーション・ツールとしてではなく、伝達信号と
しの英語教育が多かったのではないかと考える。個人的には、周囲から日本語をシャット
アウトし英語だけしか使えない環境に身を置く、つまり留学が一番よいと思う。しかし、
留学のための学費、帰国後のフォローアップの少なさから、留学を躊躇してしまうという。
結局は、効果的でなくてもやらないよりはましという程度の学習になってしまい、期待す
るほどの英語力もつかず、海外留学の意欲も低下するという悪循環に陥っているのではな
いだろうか。日本人の英語力の低下を懸念するのであれば、経済的な支援や帰国後に活躍
する場の提供といったものを考える必要があるのではないかと思った。
2 つめに印象に残っているのは「他人と違うこと、他人がやらないことに価値がある。
」
ということである。日本では「周囲の人(他人)と違うこと」自体を異質と捉え、傾向と
して異質性を排除しようとする文化的特性がある。異質なものに対する社会的な信用も低
く、自分の価値が低くなったような感覚を持ってしまう。しかし、自分と全く同じ人間は
この世には存在しないし、その人自身が変わったわけでもない。お互いが持っている違い
を活用し、新しい価値を生み出すほうがずっと創造的である。今後、日本でも色々な国の
人と一緒に働く時代になることが予測される。その中で社会貢献するには、自分と違うも
のを持った人と良好な関係を保つことの必要性を実感として捉えることができた。
また、
「他人がやらないこと」つまりチャレンジをして失敗すると、日本では社会的評価
は低くなる。日本には社会性を大事にする文化があるので、失敗することが恐ろしくなっ
てしまう。しかし、見たことも経験したこともないチャレンジを、最初から上手にできる
人は少ない。失敗したことで沢山ある方法のうち選択肢が一つ減り、成功に 1 歩近づいた
と考えると、失敗することも悪くはないと思えてくる。気軽にチャレンジを実行するには、
周囲の理解と個人のほんの少しの勇気があれば良いと考える。その一歩が無ければ、違う
世界にある価値を知ることもないままである。そんな「MOTTAINAI」ことは日本人としてし
たくないと強く感じた。
新しくアメリカ大統領になったオバマ氏は「Yes, we can!」と言い続けて民衆を惹きつ
け、初のアフリカ系アメリカ人の大統領となった。きっと、アメリカだけではなく世界に
新しい価値を生み出してくれると思う。自分を信じて、努力を続け、新しいことにチャレ
ンジすることで夢が実現する。ズムワルトさんをはじめ、このようなことを考える機会を
作っていただいた在札幌米国総領事館の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
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「『仕事・家族・政府』の捉え方について考える」
北海学園大学経営学部3年 SM
今回の懇親会では、主にダーナウェルトン総領事、カンバラ夫人、馬場さんの 3 名とお
話をさせていただいた。その会話の中から、
「仕事」「家族」
「政府」の 3 点の捉え方が、日
本とアメリカでは大きく異なっていることがわかり、とても印象的であった。それぞれの
捉え方の違いがなぜ起こるのかについて考えていきたい。
1.仕事
私が、働いている職場では残業が日常的であること、さらに上司には終電近くまで飲み
会に連れて行かれることを話すと、ダーナ総領事を初め、皆さんに「信じられない!」と
言われてしまった。ダーナ総領事曰く、6 時になったら早く家に帰って、仕事以外の世界を
見るべきだということであった。仕事ばかりしていると考え方も、知識の幅も、世界の見
方もすべてが偏って頭が固くなる。業後の時間は『頭の中に引き出しをたくさん作る』時
間なのだそうだ。
日本では、残業=褒められるべきことという文化がある。自分の仕事が終わっていたと
しても、上司よりも先に帰るのはなんとなく気が引けるのである。ダーナ総領事に信じら
れない!と言っていただき「あぁこれも日本の文化なのだなあ…。」としみじみ感じてしま
った。残業するのが良いことという考え方が当たり前の常識になっていたが、これはあく
までも日本の社会の一部で通用する常識なのであって、大きな意味を持たないことなのだ
と感じられるようになった。他の文化に触れることで視界が開けたような気がする。
2.家族
次に、私の持っている常識を見直すこととなったのが、家族に対する考え方である。
アメリカ人は日本人と比べて、決定的に家族の概念が広い。私にとっての家族とは、父
親、母親、子供、祖父祖母…のような、血縁関係にあるもの達のことであった。しかし、
アメリカでは同じ境遇におかれ、お互い助け合いながら生きる者がコミュニティを構成し
ていれば、それこそが家族であると考えるそうだ。シングルマザー同士が協同して子育て
をしたり、家事を分担して生活することも珍しくない。日本人から見ると、おしゃれなド
ラマのようだが、確かに、もっと家族の概念を広げることができれば、お年寄りの介護や
子育てなど、核家族化によって生まれた苦労を感じずに済むのかもしれない。
3.政府
今回の懇親会で私がどうしても聞きたかったことの 1 つに、
『アメリカの社会保障に対す
る考え方』があった。大学の講義でもよく政府発信の社会保障が手薄であるといわれてお
り、ではアメリカ国民はどう生活しているのか?と疑問だったのである。
アメリカにも、貧困層や高齢者に向けた支援は政府からなされているが、それ以外の層
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に対する支援は、そもそも政府から『与えられるもの』ではないと考えられているそうだ。
政府が何かをしてくれるのを待っていることはない。自らアメリカ大陸を開墾した国民性
からか、政府からの支援を受動的に受け取るのではなく、市民が動き自ら作り出すことが
当たり前なのだろう。
今の日本は、税金を払っているのだから、あとは待っているだけで『与えられる』のが
当たり前だと考えている。批判はするが、こうすべきだという意見は持たず、行動にも移
さない。NPO の活動がメディアで取り上げられることもほとんどなく光が当たらないことも
相まって、市民が自ら動き出すことがしにくい環境にあるのだ。国民性や文化の違いとい
ってしまえばそれまでだが、日本人も自分の意見を持ち、主張し、すべきことを行動に移
すことができれば良いと思った。
4.なぜこの違いが生まれるのか?
仕事への向き合い方、家族の概念、政府に対する考え方について述べてきた。日本を基
準に考えると『アメリカはなぜこんなにも寛大で、積極的なのか』という疑問が浮かぶ。
その答えを、私は、アメリカ人は意思決定とそれによる自己主張ができるからであると考
えた。
懇親会の会話の中で、SHOW & TELL が登場した。小学生から自分の意見を端的に述べる訓
練が行われているそうだ。プレゼンテーションの授業もあると聞いた。考えてみれば、オ
バマ大統領をはじめ、アメリカ人のスピーチ力はすばらしい。もともと自分の意見を言う
機会が多く、慣れているのであろう。それに比べて日本人は、周りに合わせることを良し
とする文化の中で生活し、なかなか自分の意見を言えないことが多い。そうしていくうち
に、自分の意見が何なのかさえ判らなくなってしまうのである。
自分の意見を持ち、意思決定し、それを主張すること。この行為は思っている以上に重
要なのだ。
「失敗は成功のもと」
北海学園大学経営学部2年 RA
私は、2 月 5 日に行われた米国大使館&領事館の方々との食事会に参加することができた。
東京からいらしていた首席公使のジム・ズムワルトさんとその奥さま、総領事のダーナさ
ん、馬場さん、牛丸さんとの会話のなかで、今回もたくさんのことを学ぶことができた。
それを、以下の 3 つのキーワードにまとめた。
1. 自分をしっかり持つこと
2. 常に積極的な姿勢でいること
3. 失敗を恐れない
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まず、一つ目の「自分をしっかりもつこと」というのは、牛丸さんの、アメリカ人の友
人のおとうさんをファーストネームで呼ぶことができなかったというお話で感じた。日本
では、目上の方をファーストネーム、ましてや呼び捨てで呼ぶことなどありえないが、ア
メリカでは気軽に ‘call me ~(ファーストネーム).’と言ってくるそうだ。
牛丸さんは、それはできないと断ったとおっしゃっていたが、私だったら、違和感を抱
いたまま、そのまま呼び続けてしまうと思った。なぜなら私は「郷に入っては郷に従え」
ということわざのように、なんか違うな、と思いながらでもまわりに合わせておくのが良
いことだと思っていたからだ。
この私の今までの考え方は、まさに日本で生活してきた、すごく日本人らしい考え方だ
と我ながらに思った。しかし、私は文化の違いもアイデンティのうちだと気がつくことが
できた。まわりに合わせて自分の考えを押し曲げる必要はないし、理由を説明すれば相手
もわかってくれるはずである。世界に目を向けて、グローバルに生きようと考えているは
ずだった、自分の理想に近づくための大きなヒントを得ることができた。
次に、二つ目の「常に積極的でいること」についてである。今回の食事会では必要以上
に緊張してしまい、終始積極的な姿勢でいることができなかった。これが私の一番の反省
点である。与えられたチャンスを最大限に生かすには、積極的になることが大切であると
知っていたが、行動に移せなかった。何事にも受け身でいることは、リスクを負うことも
ないし、プレッシャーもないし、楽ではあるが、得られるものが少ないと思う。せっかく
の機会を自分の成長の糧とすることができないのは、本当にもったいない。自分に与えら
れたすべてのことに、尻ごみせず向かっていけるようになりたい。
そして、最後の「失敗を恐れないこと」についてである。日本では、失敗するとその失
敗したことを責めたり非難したりする風潮があるが、アメリカをはじめとする日本以外の
国々では、その失敗するまでの過程、それまでにした努力を評価するのである。上に述べ
たように、私は今回「積極的になれなかった」という失敗をした。しかし、その失敗のお
かげで、次に努力すべき点が明確になり、次に向けてのモチベーションも上がった。今回
の食事会を通して、今度、チャンスが与えられたときには、失敗することを恐れずに‘失
敗=自分がよくなるためのヒント’と考え、自ら行動を起こして行こうと心に決めること
ができた。
最後に、ジムさん、奥さま、ダーナさん、馬場さん、牛丸さん、このような場を用意し
てくださって本当にありがとうございました。
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「裸の日本」
北海学園大学経営学部3年 RT
日本とアメリカの文化の違いは、結局のところ、農耕民族か狩猟民族かという違いに収
斂されるのだろうと感じた。その違いが、現在、どのように現れているか、三つの観点か
ら考える。また、近年の日本人の生活がどのように変化してきたか、それが精神にどう影
響を与えているのか、どのような問題をもたらしているかを、臨床心理の観点から考察す
る。最後にその解決策を検討する。
1.日本とアメリカの違い
①コミュニケーション
-「何気なくの言葉がある」-
僕がすき焼きの皿を持ち上げて、何気なく「鶏肉を入れようかな」と呟くと、正面に座
られていた総領事が「鶏肉は食べられます」とおっしゃった。このあと、砂肝を入れよう
としたときも同じようにおっしゃった。つまり、僕の言葉を「食べられますか?」という
意味の確認として受け取られていたということである。
日本人にとってのコミュニケーションは、「言葉による意味のやりとり」だけではない。
共感的雰囲気のため、場をつなぐため(静かにさせないために喋る)
、意味のない言葉を発
することがある。おそらくそれは、ひとつところに留まって農耕をする民族に特有のコミ
ュニケーションなのだろう。永続的な付き合いのある他人とは、言葉による意味のやりと
りに加えて、より密接な雰囲気、より穏健な雰囲気を形成する必要があったのだ。
これは悪いことではないが、このやりかたがどこでも通用するとは限らない。日本人が
持つ、
「言外に」という考え方・習慣は通じないことがあるので、場合によって使い分ける
必要がある。
②趣味
-「閉鎖的な生活は趣味を認めなかった」-
僕が「日本人とアメリカ人では、趣味の概念は違いますか」と総領事に質問すると、総
領事は頷かれた。それを聞いていた馬場さんは、
「六時になったら帰れ、と総領事がおっし
ゃる」とおっしゃった。
仕事だけをしていてはいけない、趣味をして、たくさんのことを経験して、それを仕事
に生かすべきだ、というのがアメリカ人の考えだと総領事はおっしゃった。
日本人にこの感覚はない。なぜか。それは、趣味を仕事に生かすことが難しいからだ。
日本人は、家を継ぎ、家督を継ぎ、名前を守り、血を守り、伝統を大切にする民族だった。
ロケット鉛筆のように、継続して、実直に生きることが日本人の美徳だった。趣味をする
ことは、この筒型の規範から抜け出すことであり、それは問題行動とされた。
また、狭い島国の中では、新しいもの、変わったものは生まれにくい。趣味を仕事(家
業)に持ち込むことは難しい。言い方を変えれば、日本の文化は、継続するだけで完成し
ていた。だから「何かを持ち込む」こと自体が有益とは言いがたかった(よほど便利なも
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のを除いて)。
この違いが、現在の趣味についての考え方の違いに反映されていると考える。
③信仰
-「協調のための並列化」-
日本的無信教という言葉がある。日本人は無信教者が多いが、正確には無信教ではなく、
低いレベルで似通った信仰をしている、という意味である。
アメリカでは信仰は個人的なものである、と総領事はおっしゃった。日本では、(例外が
あるが)多くの人が同じような宗教観を並列化している。葬式・お経・霊魂・先祖・・・。
宗教的な用語は、枚挙に暇が無い。しかし日本人はそれが仏教用語(日本的仏教用語)で
あることを自覚していない。知っていて当然のことだと思っている。それくらい、深く、
強く、日本人の中に「日本的無信教」は根付いている。
これは日本人の習性がもたらしたものだと考えられる。閉鎖的な、伝統的な暮らし(ロ
ケット鉛筆のような)の中で生活するためには、より強固な集団としてのまとまりが必要
だった。集団という箱を作ることで、安定した「伝統の維持」を行うことができた。それ
が現在の宗教観にも反映しているのではないだろうか。もちろん、歴史的な仏教の統合や
国教などの影響もあるかもしれないが、それが易々と受け入れられたことも、こうした全
体の調和を重んじる日本人の気質がもたらしたものだと解釈できる。
2.臨床心理的考察
~共同体と神仏に守られた~
現在、日本人は多くのストレスを抱えている。その理由は、家と神仏という二つの財産
が失われたからだと考える。
一昔前の日本人は、「家」というシステムに守られてきた。日本人は生まれたときからこ
のシステムに属する。現在ではほぼ解体されたこのシステムには、現在の社会に照らし合
わせると多くの弊害があった(家父長制・女権の侵害・不自由)が、同時に利点もあった。
それは、心理的問題を解消するという利点である。家というのは癒しの空間であった。
ところで、日本人は集団に属することで自己の肯定と主張を行う。集団の意志を大切に
し、集団の意向に沿うかどうかで、自分が正しいのか、それとも間違っているのかを判断
する。自分の価値は集団にどの程度貢献しているのかという点で決まる。極端に言えば、
集団に入らないものは、自己を肯定することができない(それはどこの文化でも同じこと
かもしれないが・・・)
。
では現在はどうか。ある男性について考える。日本人の彼は以前の性質をそのまま保持
して、会社のために(集団のために)仕事をしている。仕事で成果を上げられればそれで
いいし、会社で認められれば自己を肯定できる。ところが、もしそうでなかったら?
核
家族化された家庭には、心のよりどころがない。子供は塾に行っているし、妻はパートに
出ている。自分の父親や母親はいない。家というシステムの崩壊は、心のよりどころを消
し去ってしまった。絶対的な自己肯定を行ってきた箱は消え去ってしまった。ストレスを
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発散しようにも、うまくいかない。なぜなら、すでに述べたように、日本人が公然と趣味
を行うことは難しいからだ。
日本人の集団を重んじる気性は、家というシステムとセットになっているべきものだっ
た。あるいは村や町といった共同体あってのものだった。家によって、共同体によって中
和されていたストレスは行き場をなくしてしまった。もちろん、現在の日本の仕組みが問
題だというのではない。家というシステムを解体するのならば、日本人の意識を変えなけ
れば、多くの問題を残してしまう。
家というシステムの崩壊のほかに、もう一つの財産も失われている。それは信仰である。
地蔵菩薩や神棚やお守りや位牌は、日本人の心を癒す存在であった。神仏の加護で、日
本人は「災厄から守られている」
「慈悲をうけている」と感じられる。禊祓いなどの行為は、
現在の臨床心理にも通じるところがある。京都の釘抜地蔵の住職は臨床心理士の資格を持
っている。そしてなんと、菩薩地蔵やお守りや読経を用いて神仏を通したカウンセリング
を行った経験がある(!)。住職は「昔は仏様がカウンセラーだった」と、『宗教とカウン
セリング』という本の中でおっしゃっている。テレビの中の占い師が、「悩みを解決したい
ならばお墓参りにいけ」と言うのもあながち間違った指摘ではない。
ところがそれらの信仰は徐々に消失している。唯一ストレスや悩みを打ち明ける相手で
あった神仏も失い、日本人は、自らの足で自らを支えていかなくてはならない。
3.提案
最後に、解決策を考えてみる。アメリカ人の信仰は個人的なものだと総領事はおっしゃ
った。また、アメリカには、家という概念がない。これは、現在の日本の状態を解決する
ためのヒントにはならないだろうか。
1、日本人はより深く集団に溶け込み、特異なコミュニケーション能力を使ってたくさん
の友人と親密になるべきだ。
2、趣味をしてストレスを発散させるべきだ。
3、ある意味で優秀な「無信教」を活性化させるべきだ。
この三つを行うことで、日本人の傷ついた精神を癒すことが出来ると考える。現在行わ
れている地域的なソーシャルサポートや、臨床心理の作業療法などの一部は、この提案は
含んでいる。
「Hate USA but Love America」
北海学園大学経営学部4年 NN
今回の居酒屋懇談会で自分は、席の位置からズムワルト氏ではなくダーナーさん、ズム
ワルトさんの奥様と話をする機会を得た。自分はアメリカという国に対し疑問を持ってお
り、総領事であるダーナーさんに幾つかの質問をぶつけた。それにより得たことを 3 つの
12
キーワードでまとめる。1 つは簡素的な日本とアメリカの違いと映画の事、2 つは世界に影
響を及ぼすユダヤの事、そして、3 つ目は外交問題、CIA とアメリカの裏である。
1.
まず、ダーナーさんと会話する時に、カタコトの英語と日本語を混ぜて話をした。
私の英語は、シカゴにいる友人の影響で所謂、ゲトースピーク。つまり低所得層のスラム
や黒人間で話される汚い英語である。だが、寛大なダーナーさんは気にもせずに会話を続
けてくれた。
会が始まるなり麻生総理や上田札幌市長への小言を言い出し、日本の学生を前にいい度
胸だと感心した。アメリカ人はずけずけと本音で話す。建前はまったく必要ない。目線は
格下の大学生に対しても同じであると感じた。
好きな映画は何かと問われ、自分は「テキサス・チェーンソー・マサカー 邦題/悪魔の
いけにえ」であると答えた。映画史上最も残酷な映画との悪名高い作品であり、ダーナー
さんは溜息混じりに笑っていた。日本映画に対する知識は深く、ハリウッドの映画人でさ
え知らない小津安二郎や成瀬巳喜男の名前まで会話に出た。大学時代はバスに乗りニュー
ヨークまで映画を見に行っていたそうである。
2.
宗教の話になり、ダーナーさんはユダヤ教を信奉されていると聞いた。欧米ではタ
ブーとされるユダヤ=イスラエルの事を聞いてみた。実際、イスラエル・ロビーのアメリ
カ政府に与える影響は絶大である。話ではユダヤ教の持つ選民思想は実在する、中東一帯
にイスラエル王国を復興するという目的も事実である。また、四国の剣山にソロモン王の
秘宝、つまりアークが隠されている(スピルバーグも信じている)と言う伝説や、札幌領
事館管轄区の青森の戸来村にキリストの墓があり、ヘブライ語の伝承が残っていることは
さすがに存じられていなかった。
3.
さらにアメリカの外交について聞いた。北海道はロシアに近くビジネスの可能性を
聞いた。根本的にロシアに対しては好ましい感情は抱いていない様だ。ダーナーさん曰く、
ロシアは付き合うより利用したほうが良い。ロシア人は外交上に於いて、最も難しい相手
である。多極化の時代、米露の対立は顕著になり、冷戦構造は終焉していない事を痛感さ
せられた。また、自分の地元オホーツクに出入りするロシア人は殆どマフィアであるとい
う噂は事実だそうだ。
ダーナーさんの出身校イエール大学に実在する秘密クラブ「スカル&ボーンズ」につい
て質問した。ブッシュ、パパブッシュ、そして祖父のプレスコット・ブッシュが属してい
た事に触れ、CIA を操り世界を支配しているのではないかと質問した。実際は相互的なステ
ップアップの為にある社交クラブであるとの説明であった。
続けて、CIA はナチスの秘密機関と OSS が合わさり出来た組織ではないかと聞いた。事実、
ブッシュ家はナチスのスポンサーであり、パパブッシュは元 CIA 長官である。ここからは
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話をはぐらかされた感じであった。説明では CIA という組織は情報分析をする専門的な組
織である。007 ジェームズ・ボンドの様なエージェントは見た事が無い。官僚組織であると
表現していた。
さらに、対日関係で次の大使は「ソフト・パワー」を訴え、対中国の視点から場合によ
っては日本と中国に戦争させると著書に記すジョセフ・ナイになるのか?との質問には解
らないとの答えであった。さらにオバマ大統領の黒幕でありズビグネフ・ブレジンスキー
についてダーナーさんは“怖い人”と言っていた。
この懇談会の日、小樽港にはアメリカの太平洋艦隊のイージス艦「フィッツジェラルド」
が入港している。アメリカを知ると日本の真の姿を直視できる。あらゆる面で不安定なス
テイツに対する不信感は拭いきれない。だが、アメリカの役人全てが悪い人間なのでは無
いか?日本に対して属国意識を持っているのでは無いか?という自分の既成概念は打ち払
われた。
少なくとも過剰なまでに自己中心的となった現代の日本人よりは優しさ、心の広さを持
っていると感じた。やはり、ダーナーさんは非常にフランクで総領事と言う役職を感じさ
せない。この日だけでは聞ききれない質問が多くあった。ドルを発行する FRB は株主のい
る民間企業である事、911 陰謀論の事、年次改革要望書の事、ロックフェラー、ロスチャイ
ルドの影響力等々、知りたい事は山ほどある。またの機会に聞ける事に期待したい。
幼稚な質問に対し、丁寧に答えてくれた事と、このような貴重な機会に恵まれた事に深
く感謝いたします。
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