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交渉ゲーム
伊藤幹夫
平成 12 年 1 月 17 日
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2 人非協力ゲームから 2 人交渉ゲームへ
すでにみたように、
( 非協力 )2 人ゲームは混合戦略を導入することでゲーム論の突破口となっ
た。混合戦略を考える背景には、不確実性下における行動原理とし て期待効用の最大化があること
もふれた。
m × n 行列が二つ与えられるのが 、2 人非ゼロ和非協力ゲームである。このとき、2 人のプレー
ヤーの混合戦略は各々、m 次元単体、n 次元単体
n
X
S1 = (p1 , p2 , . . . , pm )
pi = 1,
S2 =
n
(q1 , q2 , . . . , qn)
X
qj = 1,
(∀i) pi ≥ 0
(∀i) qi ≥ 0
o
o
の要素である。pi qj が何を表わし ているかというと、第 1 プレーヤーが混合戦略 p 、第 2 プレー
ヤーが混合戦略 q をとったとき、プレーヤー 1 にとって aij プレーヤー 2 にとって bij が実現する
確率を意味する。ここで
n
S = (pi qj )ij
(p1 , p2 , . . . , pm ) ∈ S1 , (q1 , q2 , . . . , qn ) ∈ S2
o
は 、1 プレーヤーの戦略、2 プレーヤーの戦略が独立に決定された場合の ij という純粋戦略の組み
合わせによる結果が実現する確率分布の全体を表わす。
注意 1. 1 プレーヤーの i 戦略の生起と 2 プレーヤーの j 戦略の生起が確率的に独立であることを、
ゲーム論ではプレーヤー間にコミュニケーションが存在しないことを意味すると解釈する。二人の
間に事前に意思疎通があるなら、それぞれの純粋戦略の生起は( 確率論的に )独立でないと考える
のは、理にかなっている。
よって、協力ゲームとは 、プレーヤー間に事前になんらかの意思疎通がある状況で各個人が自ら
の利得を高めようとする状況と考えるなら、2 人ゲームにおける協力ゲーム的な状況とは
X
rij = 1, (∀i)(∀j) rij ≥ 0
(r11 , . . . , rmn ) ∈ Rmn
T =
ij
を、協調混合戦略の全体と考えたときに、二人のプレーヤーの利得がど のように定まるかをが問題
となる状況といえる。
注意 2. S 、T ともに有界で閉な集合で
S⊂T
1
例 1. 行列
2
−1
−1
1
!
1
−1
,
−1
2
!
を与えた場合
PN =
n
(t pAq, t pAq)
p ∈ S1 , q ∈ S2
o
は 、非協力ゲーム的状況におけるプレーヤー 1,2 のありうる利得の組み合わせを表わす。
これに対して
X
X
a
r
,
bij rij )
(
ij
ij
PC =
ij
rij ∈ T
ij
は協力ゲーム的状況におけるプレーヤー 1,2 のありうる利得の組み合わせを表わす。
PN ⊂ PC and PN 6= PC
になることに注意しよう。
演習 1. 上の例において、PN と PC が平面上でど のような集合になるか、求めよ。
2
交渉ゲームの概念
J.Nash によって創始された 2 人交渉ゲーム理論は 、二人のプレーヤーが協調する協力ゲーム的
状況において、
「交渉」を意味するいくつかの条件を満たすよう両者の利得の決定を論ずる。現実
の世界で行われる交渉は 、交渉を行なう当事者間で「 話し合い」が行ってなんらかの妥協点をさが
す行為を指す。Nash は 、そうした交渉の本質を、前の節で示した、協調した場合実現可能な利得
の組み合わせの集合 PC のど の点が定まるかを指定する公理 (axiom) の列挙によって明らかにし 、
そうした公理群を満たす数学的条件を明確にし た1 。
Nash は凸かつ閉である実現可能領域 PC とならんで、交渉の基準点というものを考えた。これ
は 、交渉が決裂した状況における 2 人の利得の組み合わせである。基準点は 、交渉の成立に深くか
かわっている。双行列ゲームの場合、両者が意思疎通をまったく行なわない状況において、それぞ
れが納得し うる点がこの基準点そのものだと考えることができる。これを固定基準点という。固定
基準点は、双行列ゲームの Maxmin 均衡点にもたらす利得の組み合わせだと考えてよい。
Nash は一般に、(2 人) 交渉を平面上の部分集合で表わされる実現可能利得の組み合わの全体 PC
と、固定基準点の c の対 (PC , c) とし て考えた。交渉が行われる前提とし て
前提 1 PC は有界で閉、凸な集合。
前提 2 c ∈ PC
前提 3 (∃(u, v) ∈ PC )
u > c1 , v > c2 。ただし 、c1 , c2 は c の第 1, 第 2 座標である。
注意 3. それぞれの前提は 、交渉の背後には協調混合戦略があること、協調( 交渉)によってそれ
ぞれが単独に達成するよりも高い期待利得が得られる可能性があることを表わす。
1ゲーム論の創始者 Neuman and Morgenstern は、協力ゲームを 3 人以上のプレーヤーによる結託の意味の解析に限
定した。Nash は協力ゲームの概念をいっそう広げたといえる
2
Nash の定式化は 、非常によく考えられたものである。本来不確実である状況においてある程度
の意思疎通によって、それぞれが独立に意思決定した場合よりも高い利得が得られる状況を交渉と
するのは理にかなっている。
Nash による交渉ゲームの理論は、交渉 (PC , c) に PC の一点を対応させる選択関数 f : (PC , c) 7→
(u, v) の性質を調べることとして規定される。Nash は以下にあげる公理を満たす選択関数 f を、交
渉による 2 人のプレーヤーの意思決定を表わすと考えた。以下 (ū, v̄) = f(PC , c) と記す。
公理 1(個人合理性) ū ≥ c1 ,
v̄ ≥ c2
公理 2(パレート 最適性) (u, v) ∈ PC and u ≥ ūand v ≥ v̄ =⇒ (u, v) = (ū, v̄)
公理 3(効用表示からの独立性) 交渉 (PC , c) をアフィン変換した交渉 PC0 , c0 の交渉結果は、(ū, v̄)
をアフィン変換した結果に等しい。
公理 4(対称性) PC が原点を通る 45 度線について対称で 、固定基準点が等しいなら 、交渉結果も
不変。
公理 5(無関係な選択対称からの独立性) (ū, v̄) ⊂ QC ⊂ PC =⇒ f(QC , c) = (ū, v̄)
3
Nash の定理
Nash は以下の定理を証明した。
定理 1. 固定基準点を持つ交渉ゲーム (PC , c) は一意な解を持ち、
(ū − c1 )(v̄ − c2 ) =
4
max
(u,v)∈PC ∩R2+
(u − c1 )(v − c2 )
交渉ゲームの拡張:固定基準点から変動基準点
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