東芝レビュー

Vol.49 No.2 (1994)
高画質で世界最高速のデータ処理装置を備えた全身用X線CTスキャナ Xvigor
Whole-Body X-Ray CT Scanner, Xvigor, Featuring High-Quality Images and Super-High-speed Processor
佐多 信吾 平岡 学 小川 幸宏
S. Sata
M. Hiraoka Y. Ogawa
固体X線検出器,リアルタイム画像再構成装置, 48kW高電圧発生装置および大容量X線管などの新技術を随所に盛り
込み,当社全身周X線CT (Computed Tomography)スキャナ(以下, CTと略記)の最高級機種としてXvigor (TSX-012A)を開
発した。
この装置ほ,当社が世界に先駆けて開発したヘリカルスキャン(高速ら旋状スキャン)を装備するとともに,高画質で高い
データ処理能力をもち,さらに高X繰出力とCTの基本性能を従来装置に比較して大幅に向上させたものであり,今後市場
をリードしていくマシンとしての期待が込められている。
We have developed a super-premium whole-body X-ray CT (computed tomography) scanner called Xvigor (model TSX012A), incorporating new technologies such as a solid-state X-ray detector, a real-time image reconstruction unit, a 48kW
high-voltage generator, and a large-capacity X-ray tube. The capabilities of the machine have been significantly improved
in terms of high image quality, high-speed data processing power,and the high-power X-ray system, including helical scana technology originally developed by Toshiba-as the standard configuration.
Due to these salient features, the Xvigor is expected to be a leader in the worldwide CT market.
1 まえがき
CTは,医用画像診断において今やなくてはならないものとなっている。現在, CTはスリップリング技術を用いた高速連
続回転型のものが主流となっているが,当社はその技術をさらに発展させ,世界に先駆けてヘリカルスキャン法(人体を高
速でら旋状にスキャンする方式)を開発した。ヘリカルスキャンは,スキャンの高速性と患者体軸方向のデータ連続性とい
うメリットから臨床上の価値が認められ,急速に普及しつつある。
このヘリカルスキャンを装備し,高画質,高スループット,高X繰出力とCTに求められるすべての基本性能を大幅に向上
させて,当社CTの最高級機種としてXvigor (図1)を開発したので紹介する。
図1. 全身用X線CTスキャナXvigor スキャナ本体,寝台,高電圧発生装置および制御用コンソールの4ユニットで構成さ
れる。
External view of whole-body X-ray CT seanner, Xvigor
2 システム概要
CTは,図2のように扇状のX線ビームを全方向から人体にあて,透過したX線を検出してディジタル値に変換後,逆投影と
いう計算処理によって断層像を作り出す装置である。Xvigorでは,さきに述べた基本性能向上のためこれまで要素技術と
して開発してきた新技術を随所に投入した。
図2. CTの基本構成とデータの流れ 人体を透過したX線を検出し,ディジタル化して逆投影演算(前処理・再構成に分
かれる)により断層像を得る。
Basic Outline diagram and data flow of CT
CTの最終アウトプットである画像の品質は,装置のグレードを左右する最大の要因である。最高級機種に位置づけた
Xvigorの開発にあたっては当然,高画質の実現を最大のポイントとした。画質のよしあしはデータを収集する際のX線-検
出系でほぼ決まってしまう。今回,従来の高圧キセノンガスを用いた検出器の代わりに固体検出器を採用することによっ
てX線の検出効率を上げ,画像のSN比を大幅に向上することができた。
次に注力した点はデータ処理の高速化である。収集データから断層像を作る再構成には膨大な量の演算が必要であ
るため,専用の高速演算装置を用いている。前機種ではスキャン後,画像表示までの時間が7.5秒であったが,今回新開発
の画像再構成装置(RTRU:Real Time Reconstruction Unit)を採用し1/2以下の3秒となった。これにスキャン時間の1秒を
加えたスキャンサイクルタイム4秒は世界最高速である。
スキャンが高速化され1スキャン当たりの撮影時間は短くなったものの,ヘリカルスキャンの導入により長時間連続ス
キャンも求められている。このことはX線発生部に瞬発力と持続力を同時に要求するものであり,絶対的なパワーアップ
が必須(す)となってくる。Xvigorでは高電圧発生装置出力を従来の36kWから48kWに上げ,この要求にこたえた。
3 高画質
3.1 固体検出器
従来の検出器は,高圧キセノンガス中にコリメータを兼ねた電極板を置き,入射したフォトンエネルギーを電流として取
り出す方式であるが,検出効率の面では必ずしも十分とはいえなかった。新開発の固体検出器は,コリメータで散乱X線を
除去後シンチレータでフォトンエネルギーを光に変換し,フォトダイオードでその光を電流に変える方式である。検出器の
チャネル間に存在するデッドスペースのため全フォトンを捕らえることはできないが,シンチレータ以降のエネルギー変換
効率はほぼ100%であり,総合検出効率は約80%にのぼる。
Xvigorは第三世代CTと呼ばれる(世の中の大半のCTはこれに属する)が,この方式では検出器の一つのチャネルは特
定の円に接する多数のX線通路に関するデータを収集することになる。このため,検出器のチャネル間にわずかでも感度
のばらつきがあると同心円状の模様(リングアーチファクト,または単にリングと呼んでいる)が画像上に現れ画像の品質
を著しく損なう。このわずかな感度ばらつきは今の技術では避けることができず,原因のはっきりしているリングについて
はすでに補正処理も確立している。しかし,固体検出器を製品化するにあたって,スキャナ内部の発熱による数百μmオ
ーダの形状的な変位がリングの新たな要因として問題となった。これは感度プロフィールのわずかな不均一性によるも
ので,感度の高い固体検出器ならではの問題である。
この間題の解決のため,検出器自身では感度プロフィールの改良を行う一方,変位の再現性を利用した新たな補正ア
ルゴリズムの採用により,システム的にリングを消すことができた。
これによって固体検出器は本来の性能を発揮することができ,画像のノイズをキセノンガス検出器の場合に比べて約
30%改善できた。画像のノイズを低減することにより診断情報として重要な低コントラスト分解能が向上した。図3は同一
患者のほぼ同じ部位の画像をキセノンガス検出器と固体検出器で比較したものである。固体検出器での画像のほうが
ノイズが低減され診断しやすい画像となっているのがわかる。
(a)
(b)
図3. キセノンガス検出器と固体検出器での人体腹部断層像の比較 X線強度など他の撮影条件は同じであるが,固体
検出器システムで撮影した画像(b)のほうがノイズがなく鮮明である。
Comparison of images of human body tomography obtained by xenon gas detector and solid-state detector
3.2 線質硬化補正(BHC: Beam Hardening Correction)
CTで使用するX線は多色X線であり,エネルギーの低いものほど吸収されやすい。このため,均質な物質を透過する場
合であっても厚さが厚いほど透過後のX線は高エネルギーのものに偏る。これを線質硬化(Beam Hardening)と呼んでい
る。
この現象のため,例えば均一の物質からなる円柱をスキャンしても,本来均質であるはずの断面がX線パスの長い中心
部では密度が粗くなったように再構成される(画像上では黒くなる。)CTでは人体の断面という円に近いものをスキャンす
るという前提で, X線源と被射体の間に中心部で薄く,端部に向かうほど厚いX線吸収フィルタを入れ,データ収集の段階
でこの線質硬化の影響を低減しようとしている。
しかし,形も大きさも異なる人体が対象であるためあまり効果は期待できない。特に頭部の頭蓋底と呼ばれる部分で
は特定方向の骨の厚みが極端に厚く,骨と骨の間に黒い落込みができてしまう。これは長い間CTの頭部画像の大きな
課題であり,これまでにも種々の改善の試みがなされたが実用化に至らなかった。
Xvigorでは新たにBHCを開発し,この課題をクリアした。この方法は,図4に示す処理フローのように画像からX線のパス
長を求め,パス長による投影データの誤差成分を算出して画像の補正を行う。これは原理に忠実なやりかたであり,個々
のデータの違いに応じた精度の高い補正ができる反面,計算量が非常に多くなるという欠点がある。それでも実用化でき
たのは,今回採用したRTRUの高い計算能力に負うところが大きい。図5はBHC処理前後の頭蓋底の画像の比較である。
中心部の黒い落込みがBHC処理後の画像では大幅に軽減されているのがわかる。
図4. BHC処理フロー 画像からX線パス長に応じた補正成分を抽出して画像を補正する。
Flow diagram of beam hardening correction
(a)
(b)
図5. 頭部(頭蓋底)断層像におけるBHC効果 BHC処理後の画像(b)は中心部の黒い落込みがなく診断がしやすい。
Effect of beam nardening correction on tomography of posterior fossa
4 高速性
4.1 RTRU
図6にRTRUの構成を示す。RTRUは1秒間に6千万回以上の浮動小数点演算ができるユニットを内蔵した高速マイク
ロプロセッサ(MPU)を演算用および全体の制御用に用いた。
また,再構成処理のなかでもっとも演算量の多いバックプロジェクション処理はASIC(用途特定IC)であるBPGA (Back
Projection Gate Array)に分担させた。演算量のバランスを考慮し, MPU 1個とBPGA 2個を一つのプロセッサエレメント
(PE)としてモジュール化した。
図6. RTRUの構成 制御部およびデータ演算部に高速MPUを使い,演算部はASICと組み合わせモジュール化してい
る。
Block diagram of real-time image reconstruction unit (RTRU)
RTRUは2個のPEと制御部,画像メモリから成るマスタボードとPE 4個からなるスレーブボードにより構成される。スレー
ブボードの枚数を増やすことによりさらに高速化できるが,スキャンサイクル4秒という今回の仕様はマスタボードとスレー
ブボード 1枚で達成できた。
一方,再構成の前処理として行うX線一検出系の補正処理はRTRUとは別の専用ハードウェアが分担している。今回メ
モリ内蔵型のスタンダードセルにより,この部分をASIC化した。このASICではデータ収集速度が現状の10倍になってもリ
アルタイムで処理ができる。
4.2 画像表示部
画像表示にも新しい技術を投入した。従来,ボード3枚で構成されていた表示I/FをASIC化,高密度化を進め, 1枚+ドー
タボード(オプション用)の構成としてコンパクト化を図ったうえで表示速度を4倍に上げた。この新しいI/Fではシネモードと
呼ばれる連続断面表示がモニタのリフレッシュの速度,すなわち60枚/秒で実現できる。また,将来の応用を考慮しカラー
表示にも対応できるよう設計した。
5 高出力
5.1 48kW高電圧発生装置
一般に, CTの画質はX線管に流す電流と曝(ばく)射時間の積が大きいほど良くなる。スキャンが高速化され1スキャン
当たりの時間が短くなっても高画質を維持するためには電流を上げる必要がある。Xvigorでは高電圧発生装置の最大
出力を従来の36kW (120kV/300mA)から48kW (120kV/400mA)に上げた。またヘリカルスキャンの有用性をさらに高める
ため,連続曝射可能時間を従来の50秒から2倍の100秒に延ばした。
高電圧発生装置の開発にあたっては従来装置ですでに確立している36kW高電圧発生装置の技術を用いて2台を直
列に接続し +側と -側を分担させるという方式をとった。これにより開発リスクを最小にし,短期間で開発を行うことができ
た。また単体では54kWの実力をもっており,将来の装置アップグレードにも容易に対応できる。
5.2 大容量X線管
X線管の性能を表すのにはHU(Heat Unit)という単位が使われる。この値が大きいほど高出力に耐えられ,冷却効率が
良いということになる。ヘリカルスキャンの実用化に伴い連続的に高出力を出せるX線管の需要が高まってきた。また,ス
キャンと再構成処理が速くなってくるとX線管の冷却に要する時間が装置稼働率のネックとなるため,全体のバランス上
高速のCTほど大容量X線管が必要となってくる。
Xvigorは標準で3.5MHU,オプションで6.5MHUという世界最大容量のX線管を搭載することができる。
6 あとがき
Xvigorは当社CTの最高級機種として高画質,高速性,高出力に加え拡張性を備えた顧客満足度の高い装置であると
自負している。今後この装置が性能をフルに発揮し,これまでの装置では見つかりにくかった病変を見つけ,また患者にと
っては負担の少ない装置として広くユーザに支持され,社会に貢献していくことを期待している。
謝 辞
この装置の開発にあたり,臨床評価にご協力いただいた藤田保健衛生大学病院の片田教授およびCT関係者のかた
がたに感謝の意を表するしだいである。
佐多 信吾 Shingo Sata
1979年入社。X線CTスキャナの開発に従事。現在,那須工場CT技術部主査。
Nasu Works
平岡 学 Manabu Hiraoka
1982年入社。X線CTスキャナの高速演算装置などの開発に従事。現在,那須工場CT技術部主務。
Nasu Works
小川 幸宏 Yukihiro Ogawa
1987年入社。X線CTスキャナの画像再構成アルゴリズムの開発に従事。現在,那須工場CT技術部。
Nasu Works