1 特集:第 3 回 インタラクティブ教育のすすめ -集合教育編 2011.05.11

特集:第 3 回 インタラクティブ教育のすすめ -集合教育編
2011.05.11
執筆:NTT データ・セキュリティ(株)
ソリューション本部 教育ビジネス部 課長 金田一 啓史
※記載されている会社名、部署名、役職は執筆時のものです
1.はじめに
「教育」や「研修」という言葉を聞くと、皆さんはどのようなものをイメージするでしょうか?過去を
振り返ると、予備校や塾の先生が黒板に板書した内容を必死で書き写していたこと、新入社員研
修で名刺の渡し方や電話の取り方を学んだこと、自動車教習所で初めてクルマを運転したこと等、
これまでの経験を元に様々なシーンを思い浮かべることでしょう。ここでイメージした内容を、教育
の実施形式で分類してみると、「座学」形式の教育と、「実技」形式の教育に分けることができます。
先ほどの予備校の例は、「座学」に該当し、新入社員研修や自動車教習所の例は、「座学」および
「実技」に該当します。
教育の実施形式による分類(例)
座学形式
実技形式
予備校の授業 ・試験範囲(出題ポイント)
・過去問の分析
-
新入社員研修 ・名刺の渡し方、電話の取り方
・名刺の渡し方、電話の取り方
(隣の人と名刺交換する等)
自動車教習所 ・道路標識
・自動車の構造
・自動車の運転
(教習所内、路上)
さて、ここで皆さんに質問です。上記の表を元に、「座学」と「実技」を比較した場合、どちらの内
容が面白そうだと思いますか。もしくは、どちらの内容を受講してみたいと思うでしょうか。おそらく、
大半の方が「実技」を選択すると思います。
なぜ、このような結果になるのでしょうか。これは、「実技」の場合、受講者が主体的に関わるこ
とができることと、受講者の働きかけに対して相手(講師 or 他の受講者)からの反応に期待できる
ことの2点に起因するためと考えられます。
自動車教習所の場合、自動車の運転は、受講者自身が行います。つまり、受講者が主体的に
関わります。また、新入社員研修の場合、自分から隣の受講者に名刺を渡す演習を行うことで、
相手からの様々な反応(正常に名刺交換できる、相手が名刺を落とす、相手に気を取られて自分
も名刺を落とす 等)が期待できます。
このように、自分からアクションを起こすことができ、相手からのリアクションも受け取ることがで
きる教育スタイルを、ここでは「インタラクティブ(*1)教育」と呼びます。
*1:インタラクティブ(interactive)・・・双方向の、対話的な、相乗効果の、等の意味。
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2.インタラクティブ教育
「インタラクティブ教育」のポイント
ポイント
例示
受講者が主体的に
関わることができる
【自動車教習所の場合】
自動車の運転は、受講者自身が行います。
相手からの様々な
反応に期待できる
【新入社員研修の場合】
正常に名刺交換できる or 相手が名刺を落とす or 自分も落とす
成功するか?
失敗するか?
一方、「座学」の場合、どうしても講師からの一方通行になりがちです。インタラクティブ性を実
現するために、講師から受講者に対して「分からないところはありますか?」と質問を投げかけても、
受講者の立場からみると、なかなか皆の前では質問しづらいという声も聞きます。そのため、講義
の最初から最後まで、講師の話をじっと我慢して聞いたという経験をもつ方も多いと思います。
別の例を示すと、「英会話」が趣味という方をよく見かけますが、「英文法」が趣味という方には、
なかなかお目にかかりません。これは、「英会話」の学習手段が「インタラクティブ教育」(自らが主
体的に会話&相手からの反応あり)に近いものであることに対して、「英文法」の場合は、主に「座
学」を通じて学ぶものであるからと考えます。「英会話」と比較すると、「英文法」は、インタラクティ
ブ性を実現しにくい学習項目といえそうです。
ここまで「実技」を持ち上げてきましたが、もちろん「座学」も重要です。自動車教習所でも、いき
なり路上教習から始まりません。道路交通標識や自動車の操作手順について、必要最低限の知
識を備える必要があります。これらの知識を限られた時間で効率的に習得するためには、「座学」
が有効です。その理由として、「座学」の場合、講師の裁量により、ある程度の時間をコントロール
することができる反面、「実技」の場合、他の要因(運転前の自動車点検、路上講習中の渋滞 等)
により、本来教えるべき項目以外の作業に時間がとられるためです。そのため、同じ時間枠であ
れば、「座学」の方がより多くの内容を知識として習得することができます。
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とはいえ、実際の「座学」の現場では、講師の一方通行的な講義となりがちで、受講者にとって
退屈(もしくは眠ってしまう)となり、結果的に消化不良となるケースが見受けられます。これでは、
本当の意味での教育効果を得ることはできません。
この解決策として、インタラクティブ性を確保した「座学」について、次章から紹介します。
3.「アンサーパッド」(回答リモコン)について
当社では、セキュリティ教育をサービスメニューの一つとして提供しています。オンサイト教育と
して、顧客のオフィスで全社員教育を担当することもありますが、セキュリティ教育の場合、堅苦し
いイメージもあるようで、開始前から受講者に構えられてしまうことも少なくありません。そのため、
講義の中で講師から質問(挙手)を投げかけても、なかなかこちらが望むような回答を得ることが
できないケースがあります。
そこで、当社では、座学の受講者数が多いと判断した場合、インタラクティブ性を確保するため
に、「アンサーパッド」(回答リモコン)を配布することがあります。これは、講師から投げかけた質
問(多岐選択方式)に対して、受講者が回答リモコンからボタンを押下して回答することができるソ
リューションです。
アンサーパッドの利用イメージ
無線で通信
受講者に配布する
回答リモコン
画面投影
受信装置(講師卓)
講師のパソコン
投影イメージ
このアンサーパッドでは、誰が選択肢の何番を選択したか、分からない点(回答の匿名性が保
たれる点)がポイントです(*2)。通常、「このセキュリティルールを知っていますか?(知識を問う
設問)」や「このセキュリティルールを守っていますか?(実態を問う設問)」に対して、「知りませ
ん」「やっていません」とは、受講者の心理的に回答しづらいものです。挙手で回答を求める場合
であれば、なおさらです。ところが、アンサーパッドでは、回答結果の匿名性が保たれるため、受
講者の本音を引き出すことができます。つまり、受講者は、知識や実態を問う設問に対して、自
信?を持って「知りません」「やっていません」と回答することもできるのです。
*2:受講者に配布する回答リモコンの識別番号を受講者名と照合させることで、回答者を
特定することも可能です。
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回答内容は、受信装置を通じて講師パソコンの専用ソフトにより、リアルタイムで集計処理され
ます。集計結果は、講師パソコンのパワーポイントに自動的にグラフとして組み込まれ、正面のス
クリーン画面等に結果を投影することができます。講師からの質問に対する受講者の回答結果を
全員(講師&全ての受講者)で共有することで、「座学」においても「インタラクティブ教育」を提供
することが可能です。
アンサーパッドを利用したインタラクティブ教育の特長
ポイント
受講者が主体的に
関わることができる
アンサーパッドのメリット
講師からの投げかけに対して、主体的に回答することができる。
(まるで、クイズ番組に出演している気分。ワクワク感を演出)
挙手方式と異なり匿名性が保たれるため、本音で回答できる。
教えませんよ。
相手からの様々な
反応に期待できる
何番を選択した?
全体の回答傾向について、リアルタイムで共有することができる。
(他の受講者がどんな回答をしているのか 等)
回答結果に応じて、講師の反応(対応)を変えられる。
(理解度が低い設問に対して、フォーカスして説明する 等)
理解度の低い
テーマBについて、
フォーカスします。
他の受講者は、
選択肢①を選択して
いるんだな。
また、講義の前半部と後半部で、以下のように質問を使い分けることも可能です。
<講義の前半部>
あえてセキュリティとは関係ない設問(気楽に回答できる内容)をいくつか投げかけることで、
「今日の研修は、いつもと違うぞ」「なんか面白そうだな」と思わせるような演出を行います。
冒頭に受講者のモチベーションを上げることで、以降の講義の進行を円滑に行います。
<講義の後半部>
講義で伝えた内容や感想を設問に組み込むことで、受講者の理解度やセキュリティに対す
る本音(ポジティブ面 or ネガティブ面)を引き出します。
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講義の前半部に投げかけている質問は、一般に「最初のツカミ」と言われるものです。アンサー
パッドを活用した具体的な事例は、次章で紹介しますが、その前に、この「最初のツカミ」について、
教育工学的な観点から少し補足したいと思います。
教育の受講者のモチベーションを高めるために、「ARCS(アークス)モデル」というフレームワー
クがあります。これは、アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラー教授が提唱している動機づけモデ
ルで、学習意欲に関する様々な分野での研究成果を元に作成したものです。授業や教材を魅力
あるものにするアイデアを整理するフレームワークとしてよく用いられています。
「ARCS モデル」では、学習意欲を高める手立てを4つの側面に分けて考えています。
ARCS モデルの4つの側面(4要因)
4.満足感 (Satisfaction)
やってよかったなー
3.自信 (Confidence)
やればできそうだなー
2.関連性 (Relevance)
やりがいがありそうだなー
1.注意 (Attention)
ジョン・M・ケラー教授
おもしろそうだなー
「Attention(注意)」「Relevance(関連性)」「Confidence(自信)」「Satisfaction(満足感)」のそれ
ぞれの頭文字をとって、「ARCS モデル」と称しています。受講者のモチベーションを向上させるた
めに、ただ漫然と考えるよりも、「なぜやる気がでないのか?」をこの4つの側面から確認・検討す
る方が効果的と言われています。
私が WG メンバとして所属する日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)の教育部会の講師ス
キル研究 WG においても、この「ARCS モデル」や「ガニエの 9 教授事象(*3)」を参考にしながら、
今年度の研究成果として「セキュリティ講師ガイド 2010 年度版(仮称)」を共同執筆しています。
先ほど紹介したアンサーパッドを活用した「最初のツカミ」は、「ARCS モデル」の「Attention(注
意)」に関連します。「Attention(注意)」には、「知覚的喚起(目をパッチリあけさせる)」「探究心の
喚起(好奇心を大切にする)」「変化性(マンネリを避ける」等が含まれるのですが、アンサーパッド
を使用して受講者からの回答を求めることで、これらの要素を満たすことができると考えます。
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*3:「インストラクショナル・デザイン(ID)の父」として知られるロバート・ミルズ・ガニエ教授が提
唱した学習を支援するための9つの働きかけ。
4.アンサーパッドの活用事例
それでは、アンサーパッドを利用した集合教育について、私自身が講師として対応した実例を元
に、一緒にみていきましょう。
4-1.大手電力インフラ系企業 C社のケース
<概要>
・実施時期・・・2011年1月~2月
・実施回数・・・30回
・実施人数・・・計748名 (1回あたり20~30名程度参加)
・テーマ・・・・・全社員向け情報セキュリティ教育
<アンサーパッドによる設問>
冒頭は、あえてセキュリティとは関係ない設問(気楽に回答できる内容)をいくつか投げかける
ことで、 「今日の研修は、いつもと違うぞ」「なんか面白そうだな」と思わせるような演出を行い、
アイスブレイクの効果を狙います。受講者のモチベーションを上げることで、以降の講義の進行を
円滑に行います。
朝から始まる座学の場合、このような質問を冒頭に投げかけます。食べていない受講者が多い
場合は、早めに昼食休憩を行うように、講師側で配慮します。
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こちらは、完全に遊び心のクイズです。バレンタインデー(2月14日)に講義を実施した際、質問
しました。皆さんもチャレンジしてみてください。 ⇒正解は、本コラムの最後に掲載
この質問は、なかなか面と向かって質問できない項目ですね(特に女性に対しては)。受講者自
身が、それぞれ自分と同じ年代の受講者数を確認することで、講義の一体感を高めます。
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続いて、実際の講義の中での使用例を見ていきましょう。ここでは、テーマ毎に知識と実態を問
う設問をセットにして投げかけています。これにより、受講者の理解度と実施状況のギャップを確
認できます。実施できていない項目については、その場合に発生しうるリスクを解説します。
質問1の結果(画面上)をみると、クリアデスクのルールを知っている方がほとんどです。では、
実態はどうでしょうか。質問2の結果(画面下)をみると、そのルールを遵守できていない方が半数
以上いることが分かります。
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一方、こちらは、CD-R、USB メモリ等の可搬媒体をテーマにして、先ほどと同様に、知識と実態
を問う設問をセットにして投げかけています。
質問1の結果(画面上)をみると、可搬媒体の取り扱いルールを知っている方がほとんどです。
しかし、質問2の結果(画面下)をみると、本来ルール違反である行為(私物の USB メモリの接続)
が、半数以上を占めています。このように、受講者の回答結果が芳しくないテーマに対しては、都
度フォーカスして講義を進めることで、座学におけるインタラクティブ性を確保します。
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4-2.大手 SIer 企業 N社のケース
<概要>
・実施時期・・・2010年12月~2011年2月
・実施回数・・・5回
・実施人数・・・計141名 (1回あたり20~30名程度参加)
・テーマ・・・・・個人情報権利保護研修
<アンサーパッドによる設問>
冒頭テストとして、教材内容とリンクした設問(計5問)を、講義の冒頭に受講者に投げかけます。
この時点では、受講者の前提知識が異なるため、不正解が多くても構わない旨を講師から伝えま
す。尚、正解は、その場では伝えません。その後、講義を挟み、最後に理解度の確認テストの意
味合いで、冒頭テストと同じ内容(計5問)を受講者に投げかけます。
冒頭テスト (5問)
座学
確認テスト (5問)
この時点では、不正解が多くても構わない
理解度の低い項目については、
講師から最終フォロー(補足説明)
冒頭テストと確認テストの回答結果を、比較グラフで表示させることで、教育の理解度を測るこ
とができます。また、最後の確認テストの理解度が低い項目に関しては、残りの時間を利用して、
講師が最終フォロー(補足説明)を行うことで、座学におけるインタラクティブ性を確保し、教育効
果を高めることができます。
アンケート方式の比較
方式
特長
挙手による方式
自分ひとりだけ挙手をする選択肢には、抵抗がある。(手を挙げづらい)
隣の人の回答や全体の結果(挙手の多い選択肢)に影響を受けやすい。
紙媒体の
アンケート方式
隣の人の回答や全体の結果の影響を受けることはない。
しかし、回答結果をリアルタイムで講師が把握することができない。
そのため、講師がその場でフォロー(補足説明)することができない。
アンサーパッド
隣の人の回答や全体の結果の影響を受けることはない。
そして、回答結果をリアルタイムで講師が把握することができる。
そのため、講師がその場でフォロー(補足説明)することができる。
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本例では、教材の「2章:公表・通知・同意とは」に関する内容から出題しています。
冒頭テスト(画面上)では、受講者の回答結果が割れていましたが、受講後の確認テスト(画面
下)では、全員が正解「2.通知」の選択肢を回答しました。このように、受講前後の教育効果を測
ることができます。
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本例では、教材の「3章:個人情報の取得パターン」に関する内容から出題しています。
受講後の確認テスト(画面下)では、「2.公表・通知が必要(本人の同意も必要)」「3.ケースに
より対応は異なる」の2つに割れてしまいました(正解は、「3.ケースにより対応は異なる」)。この
ように、確認テスト結果から受講者の理解度が不足していると感じた場合、教材の内容に立ち戻り、
最後に講師から補足説明を行います。
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5.まとめ
本コラムでは、アンサーパッドの具体的な活用事例を交えながら、インタラクティブ教育につい
て紹介しましたが、皆さんいかがでしたでしょうか。今回は紹介できませんでしたが、アンサーパ
ッドのタイマー判定機能を利用して、早押しクイズのような仕組みも提供することができます(その
場合、回答の匿名性を保つことはできなくなりますが)。
とはいえ、アンサーパッドも、ひとつのソリューションに過ぎません。インストラクショナル・デザ
イン(ID)の世界では、教材作成にあたり、入口と出口を明確にしなさい、と言われています。これ
は、受講者の前提条件(スキル等)と受講後の到達目標を明確に定めておきなさい、との意味で
すが、この点を曖昧にしたまま教育を実施すると、いくらアンサーパッド等のソリューションを利用
しても、インタラクティブな教育は成り立ちません。先ほどの「ARCS モデル」における「Relevance
(関連性)」が欠如していることになります。そのため、受講者自身が大切に思っていることや価値
をおいていることと、目前の学習課題の関わりが全く見えてこないと、学習意欲はすぐに失せてし
まいます。特に、社内で研修を企画する立場にある方は、会社の戦略と人材育成の方針の観点
から、この辺りに関しても適宜ご確認ください。
今回は、「インタラクティブ教育のすすめ-集合教育編」として、私自身が講師として対応した実
例を踏まえながら紹介しましたが、次回は、e ラーニング編として、IBT 教育におけるインタラクティ
ブ教育を紹介する予定です。皆さんお楽しみに!
6.参考資料
『教材設計マニュアル 独学を支援するために』
鈴木克明 著
北大路書房
『ニューメディア時代の子どもたち-テレビ・テレビゲーム・コンピュータとのつきあい方-』
子安増生、山田富美雄 編著
有斐閣教育選書
『情報セキュリティ教育の指導者向け手引書(2007 年版)』
日本ネットワークセキュリティ教会(JNSA) 教育部会
7.クイズの答え (P7 画面上)
日本独自の慣習として正しいものは、「3.オレンジデー」だそうです。残りの2つは、お隣の韓国
の慣習だそうです(先日、私の妻が見ていた韓流ドラマの中でも関連するシーンがありました)。
× 1.グリーンデー : 8月14日 恋人同士で森林浴する。【韓国】
× 2.イエローデー : 5月14日 恋人のいない人は黄色い服をきてカレーを食べる。【韓国】
○ 3.オレンジデー : 4月14日 恋人同士でオレンジを贈り合う。【日本(愛媛県)】
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