第1章 ベトナムの概要

〔ベトナム編〕
第一編
ベトナムとそのベトナム人を理解する(国情)
第1章
ベトナムの概要
1.国土と自然
ベトナムは、インドシナ半島の東の海岸線に沿って南北に 1,650km という細長い国土を
有する。国土の北部は中国に、中部は山脈を挟んでラオスに接し、南部はメコン河を共有
するカンボジアに隣接している。国土は S 字型をしており、最も東西に長い部分で 400km、
短い部分で 50km である。面積は 32 万 9,315k ㎡と日本の国土面積から九州を差し引いた
面積にほぼ等しい。
北部、南部にはそれぞれ紅河デルタ、メコンデルタという 2 つのデルタ地帯があり、米
をはじめとする農業が盛んである。
ベトナムの気候は全体的には熱帯モンスーン気候に属するが、南北に長い国土のため気
候は多様である。ハノイを中心とする北部は、正確に言うと亜熱帯気候で四季がある。1
∼4 月は涼しく日本の秋のようだが霧雨が降ることがある。5∼9 月が最も暑く 40℃以上
になることもあり、7∼9 月が雨期にあたるため多湿で不快指数が高くなる。そのため、訪
問のベストシーズンは 10∼11 月である。
中部と南部は雨期と乾期からなる。中部の雨期は 9∼11 月で、8∼9 月は台風の上陸が多
い。5∼8 月は暑く、ハイバン峠を隔てて南のフエは高温多湿だが、南のダナンでは空気が
乾燥しており気温が 40℃まで上昇すると日差しが痛いほどである。中部でも山岳高原地帯
は 1 年の平均気温が 20℃程度と涼しく、天気が変わりやすい。中でもダラットはベトナム
の軽井沢と呼ばれる避暑地で、野菜や花樹栽培が盛んである。
南部は 1 年を通じて気温の変化が少なく、25∼35℃程度である。雨期は 4∼11 月だが、
雨期以外にもシャワーのような雨が短時間降ることがある。
2.ベトナムの民族
ベトナムは多様な気候と同様、地域により国民性が異なる。例えば、北部は勤勉でまじ
め、中部は我慢強く、南部はおおらかな印象がある。
民族的に見るとベトナムには現在 54 の民族がいるが、50 年前の資料では 90 民族あっ
たとされている。人口減少や生活スタイルの同化などによりその数が減少したものと推測
される。
平地部に居住するキン族は全国民の 9 割を占めている。平地部にはそのほか、チャム族、
クメール族と中国系ベトナム人がおり、一方、山岳部にはムオン族、ターイ族、タイ族、
ヌン族などの少数民族がいる。中国支配下に置かれた間、中国文化を積極的に取り入れた
のが今のベトナム人の主流であるキン族で、あまり中国文化の影響を受容しなかった人々
が、ムオン族などになったと言われている。
キン族の言葉がベトナムの公用語となっているが、実際、各民族間が交流する際には通
訳が必要となる。ベトナム政府では少数民族の発展と保護を目的に少数民族委員会を設置
1
しており、組閣の際には必ず少数民族出身者を加えるなど少数民族の存在を常に意識して
待遇している。
<少数民族の写真>
ベトナムの民族の歴史は、諸外国からの支配の繰り返しであった。1,000 年を超える中
国支配と、その後 100 年にわたるフランス植民地時代、そして対米戦争(ベトナム戦争)
などを通じ、そこには常に抵抗と独立への戦いがあった。その体験が民族意識の根底に色
濃く残っている。中国とは国境を接しているだけに表面的には友好を持って接しているが、
嫌悪感は非常に強い。また、
「明日はどうなるかわからない」戦況下での経験から、ベトナ
ム人は相対的に長期的な視点で物事を見るのが苦手であり、それよりも「今どうするか」
という短期的な視点で考えることが得意である。明日 100 ドル儲ける話より、今 10 ドル
もらうことの方が確実であると見る傾向があり、また活況を呈する今日のベトナム株式市
場において毎日の株価の動向に一喜一憂する姿も、
「今儲ける」ことへの執念のように見え
る。
苦難の歴史を生き延びてきた経験から身につけたものとしては、粘り強く交渉する「タ
フな交渉人」としての顔もある。また、できなくても「できる」、知らなくても「知ってい
る」と言い、非を責められても謝らないといった戦時下で生き残るために身につけた態度
がベトナム人の特徴として残っている。
3.政治と経済
3.1 政治体制と国家組織
ベトナムの政治はベトナム共産党の一党体制である。また、社会主義体制だが、中国の
社会主義とは異なり、マルクス・レーニンの社会主義思想に加え、ホーチミン思想(自分
たちの力で独立を果たし、自由な国づくりに汗を流し、国民すべてが幸福になろうという
もので、
「独立」と「生きることへのこだわり」が優先する)がそのベースにある。これが
ベトナムという国の強さにつながっている。
2
ベトナム共産党は、国家の基本政策や方向性などを決定するなど国家を指導する立場に
あり、中央政府各省庁や地方政府等は党の指示を受けて具体的な法案作成、計画立案等を
行い、これを執行する。
党の組織は、5 年に1度開催される党大会により選出された中央委員(定員 150 名)か
らなる中央執行委員会が、書記長をトップとする政治局と書記局のメンバーを選出し、ま
た分野ごとの委員会等を置く形で運営されている。
図1: ベトナム共産党組織図(党の中央組織)
全国代表者大会(党大会)
5 年ごと開催
党の基本方針決定
中央執行委員会
定員 150 名、年 2 回開催
意思決定、政策決定、政策実施指導
政治局
書記局
14 名(トップは書記長)
10 名(うち 5 名は政治局員が兼務)
政策実施指導、重要外交方針の承認
政治局の決定第 45−QD/TW により、2007 年
各委員会
党中央事務局
党の日常活動指導、活動の調整
*1
中央監査委員会
4 月以降、党の各委員会は以下の通り統合さ
れた。
*1
中央組織委員会*2
党中央事務局=中央内政委員会+
教育宣伝委員会*3
中央経済委員会+中央財政管理委員会
大衆動員委員会
+党中央事務局
*2
対外委員会
中央組織委員会=中央内部政治防衛
委員会+党中央組織委員会
海外党幹事委員会
*3
ホーチミン国家政治学院
教育宣伝委員会=中央教育科学委員会
+中央思想文化
経済管理研究所
党機関誌ニャンザン
3
憲法によると、ベトナムの国家機関は国会、国家主席(大統領)、政府、人民委員会、
人民検察院、人民裁判所などからなる。
国営企業は国家組織に付帯する形で存在しており、いずれも省庁や地方人民委員会そし
て大衆組織(祖国戦線や婦人連合など)の傘下に置かれる。
祖国戦線とは、聞きなれない組織だが、99 年に制定された「ベトナム祖国戦線
法」によると「共産党によって主導されるベトナム社会主義共和国の政治システムの一部
であり、人民政権の政治的基盤である」と明記されている。祖国戦線は党・政府の方針や
政策を理解し、協力して遂行する組織である。当初はベトナム連合戦線や南ベトナム解放
民族戦線などが吸収合併して設立されたが、その後、様々な階層の利害を代弁する諸政党・
諸団体が当面する共通の問題を、階級的利害を超えて一体化した。多くの大衆組織(約 30
組織)から支持されている特別な権限と役割を付与された政治・社会組織である。
図2:ベトナムの国家組織図
祖国戦線
共産党
国会
大統領
副大統領
議長
中央執行委員会
国会常務委員
議長
国家防衛
保安評議会
民族評議委員
理事会
政治局
法律委員会
中央事務局
常務委員会
経済委員会
労働総同盟
党中央事務局
国防治安委員会など
政府
青年・児童団
中央監査委員会
首相
副首相
首相府
少数民族委員会及び
婦人連合など
最高
最高
人民
人民
裁判所
検察院
国防省など各省含む
中央組織委員会
など
地方祖国戦線
支部
地方人民評議
軍事
地方
軍事
地方
会
裁判
人民
検査員
人 民
所
裁判
検 査
所
員
地方人民委員
会
地方人民委員
会の各局
その他
4
3.2 経済
ベトナム経済は近年急速な発展を遂げ世界から注目されている。
GDP 成長率は、1990 年代は 4%台から 9%台を上下していたが、1997 年のアジア通貨
危機により 1999 年に一時大きく落ち込んだ後、2000 年以降は安定的に 8%前後で推移し
ている。政権が安定している限り、経済成長はこの先 10∼15 年は続くものと予想される。
1 人あたりの GDP は 2006 年現在、720 米ドル(2005 時点では年ホーチミン市は 1,850
米ドル)まで上昇している。
しかし、このような経済の急成長が 1986 年のドイモイ政策採択による市場経済の導入
からわずか 20 年しか経過していないことは驚きである。その間、街の景色だけでなく人々
の考え方も大きく変化し、また社会もダイナミックに変貌してきた。また、積極的な外資
導入により「世界の生産基地」として注目を浴びるようになり、全方位外交を展開する中
で国際社会での評価も高まっている。
現在では、ベトナムは単なる生産基地としての評価のみならず、新たな消費市場として
も注目されている。市民の所得向上による富裕層の誕生や、2020 年における人口予測が 1
億人を突破する見通しであることなどによるものだ。
また、今世紀には世界的に枯渇が心配されている食糧、エネルギー、金属の自給が可能
な国であることも大いに注目すべきであろう。食料自給率は 160%に達している。エネル
ギーに関しては、石油、石炭の埋蔵量が豊富である。原油産出量は現在 1700 万トンだが、
新規油田の発見で年産 3,000 万トンは期待できる(推定埋蔵量は 2,700 億トン)。
また、2009 年にはベトナム初の石油精製基地が完成の予定で、将来的には石油化学産業
も自国でまかなえるようになる。石炭は現在、年産 3,900 万トンである。金属としては、
金、銅、ボーキサイトなどが埋蔵されている。これだけ見ても、ベトナムの優位性がわか
るというものである。この事実を知ると、ベトナムを優秀な労働力を活かした生産基地に
とどめておくのはもったいないことがおわかりいただけるだろう。
ベトナムは 2007 年 1 月、WTO に正式加盟し国際経済の枠組みの中で勝負することを選
択した。国内企業にとっては生き残りをかけた厳しい競争となるが、西側諸国にとっては
新たな投資分野への門戸開放、また、より世界基準に近いビジネス環境が実現することに
なる。投資家の新たな関心を呼ぶところであろう。
ベトナムの現在のような急速な経済成長を支えている要因としては、次の 3 点が挙げら
れる。1つは、前述したが「外国投資の拡大」にある。昨年は新規・増資を含め初の 100
億米ドルを突破した。今後も同額もしくはそれ以上の外国投資が見込まれており、今後も
中国リスク、マレーシア、インドネシアなどからのイスラムリスクのヘッジ先としてます
ます注目されることだろう。2つ目は、
「ベトナム人実業家の台頭」である。最近、有力な
ベトナム人実業家が次々に誕生していることは見逃せない。昨年 7 月から施行されている
共通投資法、統一企業法により規定された「企業グループ」などが「財閥」のように多種
な事業を手掛けるケースが今後は増えていきそうである。ビジネスパートナーとしても考
慮に値する。3 つ目は、
「越僑(海外在住ベトナム人)からの送金」である。越僑からの送
金額は、正規なルートを通じたものだけで 2006 年は 43 億米ドルに達している。
地下銀行や手持ちで海外から持ち込まれた現金などを入れるとその額は計り知れない。
また、越僑からの投資は不動産やリゾート開発、株式投資などの間接投資を中心に増加
5
傾向にある。
90
80
70
・ W T O に 正 式加 盟 ︵ 07 年 ︶
・ 日越 共 同 イ ニ シアティ ブ が 第2 フ ェ ー ズに移 行
︵ 新 し い 準 拠法 は 共 通 投 資 法 と 統 一企 業法 ︶
・外国投資法 の法体系を 改革
な ど の ヘ ッ ジ 先 と して 注 目 さ れ 始 め る 。
・中国、マレ ーシア、インドネシア、
・工 業団地稼 動
・役人再教育
・工 業団地の 造成が進行
・ 法 律 整 備 、 制 度 見 直 しを 推 進
・ ア ジ ア 通 貨 危 機で 投 資 意 欲 減 退
O E M 生 産 ︵活 発 ︶
合弁 ︵トラ ブル多 く苦 労 山積︶
環
<境 E
>P Z ︵ 比 較 的 ス ム ー ズ ︶
理
<由 制
>度 不 安 定 、 法 律 未 整 備 、 役 人 横 暴 、 ワ イ ロ 横 行
・ 投資 へ の 関 心 が 高 ま る が 、 混 迷 を 極 め た 時 期
・ 米 国 が エ ン バ ー ゴ 1 次解 除 ︵ 9 2 年 ︶
・ 日 本が OD A 再 開 ︵9 2 年 ︶
・ 旧ソ 連崩 壊 ︵9 1 年 ︶
・外資法によ る投資がスタ ート︵88年 ︶
・外資法制定 ︵87年︶
・ドイモイ政 策︵86年︶
6
離陸期
助走期
休息期
混迷期
黎明期
100
0
20.2
15.7
0
19
200
108
69
37
7.4
12.8
3.2 5.3
10
300
22.2
25.9
285
311
358
274
16.2
25.9
20.3
20
367
40
37.5
197
151
30
400
39
371
41.4
387
500
408
50
600
523
48.9
60
700
68.5
800
投資総額
723
754 748
771
投資件数
78
900
833
89.8
100
(件)
ベトナムへの外国直接新規投資の推移
(億米ドル)
88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06