ビデオゲームの進化と開発側の課題

The Institute of Image Information and Television Engineers
Special Issue
ゲームの現在と未来
∼ゲームの要素技術からゲームビジネス・次世代インタフェースまで∼
vol
no
67
1
1
ゲームの企画・制作現場
1
−
1
ビデオゲームの進化と開発側の課題
中 島 信 貴†
キーワード ゲームプラットフォーム,コンテンツ技術,グローバル視点,ゲームエンジン,ゲーム産業の課題,コンテンツのローカリズム
なる.ビデオゲームの開発現場は,ゲームプラットフォー
1 ま え が き
ムの進化に挑み表現の幅を拡大しながら市場を拡大してい
った歴史であったが,今後さらに発展するにあたっての課
ディスプレイ装置に表出された映像に介入して遊ぶコン
題を考察したい.
ピュータゲームを「ビデオゲーム」と呼ぶが,家庭用ゲーム
機が
「テレビ」
に接続してプレイするものであったことから,
2 ゲームプラットフォームの変遷
我が国では「テレビゲーム」と呼称されることが多い.筆者
は,商業アニメーションのアニメータから黎明期のゲーム
図 1 は,ゲームプラットフォームの変遷を表したもので
開発会社に移り,業務用,家庭用,スマートフォンアプリ
ある.上からアーケード,家庭用,携帯端末を示している.
までビデオゲーム開発に従事した.黎明期のビデオゲーム
ゲームプラットフォームの主役が,街から家庭へ,家庭か
グラフィックスは,アニメータ出身者にとってはマシンス
ら個へ,個からネットによるコミュニティへシフトしなが
ペックの制限から映像表現に制約が多かったが,3DCG リ
ら,各カテゴリーは棲み分けにより共存している.
アルタイムアニメーションの採用が常識化して以降,制約
次の世代は,今までゲームが個への接近とネットヘの解
は極小化に向かい,今日に至ってはマシンスペックの方が
放へ傾斜してきたベクトルの延長線上に,ユビキタスコン
先行した状態にあると言っても過言ではない.これは,ゲ
ピューティングが進み,「ウェアラブル端末」を想像するこ
ーム専用機が表現メディアとしては「ほぼ完成状態」に近づ
ともできよう.
いたことを意味する.あとはコンテンツ次第ということに
1980
1990
これらプラットフォームの進化に合わせて次々生み出さ
2000
2010
2020
2 D スクロール
黎明期
3D
擬似 3 D
VR 応用
体感型
成熟期
アーケード
プレイステーション 2 Wii
ファミリーコンピュータ
家庭用
ゲームキューブ
プレイステーション
ドリームキャスト
i アプリ
プレイステーション 3
成熟期
Xbox 360
スマートフォン
タブレット
携帯端末
図1
ゲームプラットフォームの変遷
†東京工芸大学 芸術学部 ゲーム学科
"Planning and Development of New Games; A Plan and the Production
Spot of the Game; Several Issues on Development Side which Video
Game Evolution Causes" by Nobutaka Nakajima (Department of Game,
Faculty of Arts, Tokyo Polytechnic University, Tokyo)
映像情報メディア学会誌 Vol. 67, No. 1, pp. 5 ∼ 8(2013)
(5) 5
NII-Electronic Library Service
The Institute of Image Information and Television Engineers
» Special Issue «
特集 ゲームの現在と未来 ∼ゲームの要素技術からゲームビジネス・次世代インタフェースまで∼
度数
難易度曲線
面クリア型ゲーム
縦横スクロールシューティング,アクション
学習度曲線
奥スクロール レース
2 D 対戦格闘
3 D 対戦格闘
対戦レース
褒美
3 D アクション
アドベンチャー
ファーストパーソンビュー
サードパーソンビュー
シューティング(FPS, TPS)
ストレス
音楽リズムアクション
ダンスアクション
リアルタイムストラテジ(RTS)
MMORPG
達成感
3 Dレース
退屈
ロールプレイング(RPG)
恋愛アドベンチャー
プレイ時間
ファンタジーアクション RPG
タイムマネジメント
環境ソフト
アイテム探し
キャラクタ育成
脳,体力トレーニング 漢字英語検定
家計簿
図3
図2
難易度と学習度曲線 興味持続モデル
ジャンルの多様化
れたゲームコンテンツは,貪欲なニーズを取り込むことで
にしたがって,プレーヤの学習度とゲーム側が提供する難
ジャンルの多様化が進み,ゲームの鉱脈としては辺境であ
易度の変化を表している.
るところの実用系など「非ゲーム」ジャンルが新たな支持層
を獲得するに至った(図 2).
ストレスと褒美の絶妙な配分バランスによって知らず知
らずのうちに努力をさせられ,最終的に大きな達成感を提
ビデオゲームのユーザ層が広がったことは好ましいこと
供する興味持続モデルの例である.興味を惹きつけ,興味
であるが,成熟期に入り,斬新さが出しにくい状況にある
を持続する,この二つの成功が次の需要を生むことになる.
のも事実である.もはや格段なグラフィック向上をウリに
ビデオゲームが行為によって進行するエンタテインメン
はできず,ゲームプラットフォームが表現メディアとして
トである以上,映画やテレビより楽しむのが面倒なメディ
ほぼ完成状態に近づいたことや,コンテンツがネットを通
アであり,そこに一定の敷居が存在する.また,映画の鑑
じてグローバルに飛び交う時代に突入したことを踏まえ,
賞には約 2 時間飽きさせない集中力が必要だが,ビデオゲ
ビデオゲームを三つの視点から捉えてみたい.
ームは大作になると数十時間に及ぶ興味持続と行為継続を
苦にしない設計が求められる.特に
「入力操作」
については,
(1)学問的視点
ゲームは鑑賞するものでなく「行為」である.そして「コ
ンピュータと遊ぶ」というあり方は,人類にとって初めて
人間の能力の多様なばらつきを包含できる設計が望まれる
ため,制作現場が苦心するところである.
の体験であるが,なぜ面白いのか,夢中になるのか,その
ことに昨今,直感的なインタフェースとして,タッチパ
メカニズムを解明する必要がある.ゲームの中に約束事の
ネルや加速度センサなどを応用したアナログな入力装置が
ように存在する「敵」とは何か,ゲームにおける「生死」と
人気を博しているが,プレーヤの運動能力のばらつきに対
は何か,ゲーム空間内の仮想コミュニケーションとは何か.
し,いかに「公平に」結果に反映させられるか苦心させられ
ゲーム文化を遊び文化の一翼ととらえ,仏の哲学者ロジ
る.例えば,筆者が以前開発を担当した任天堂 DS 用の 3D
1)
ェ・カイヨワがその著書「遊びと人間」 の中で,遊びを
アクションゲームでは,当初タッチパネルを右斜め上にド
「アゴン(競争)・アレア(偶然)・ミミクリ(模擬)・イリ
ラッグして迷路を進む場面が多かったが,欧州の販売担当
ンクス(眩暈)」の 4 種に分類を試みたように,ゲームを学
者に試作品を見せたところ,欧米に多い左効きの人がプレ
問として研究し,本質に迫ることが期待される.
イしづらく不利,と指摘され設計し直した経緯がある.
(2)商品視点
(3)グローバル視点
ほとんどのビデオゲームが「商品」である以上,ターゲッ
ゲーム産業は,我が国の有力産業の一つとして発展が期
トとする消費者の需要に応えなければならない.人間に内
待されている.が,世界のゲームコンテンツ市場 5 兆 1300
在する普遍的な願望,生きてきた時代の影響,今現在のト
億円の中で,日本市場の割合は 15%と少ない 2).ビデオゲ
レンドが重層構造を成し形成された内的需要.生産者には
ームの開発費は大作になれば数十億に及び,国内市場のみ
それを充足させるアイデアと方法論が必要である.そして
での回収は厳しいため海外市場に期待されるが,日本産ゲ
ゲームへの誘引に成功した後は,興味を持続させる仕掛け
ームソフトの海外出荷額は毎年減少している 3)4).
によって次々とプレーヤを遊びに誘っていくゲームデザイ
ンが求められる.
理由として,日本人と欧米人との好みのミスマッチが挙
げられる.ゲームソフトの輸出入を見ると,ゲームの輸入
人間は飽きやすく面倒な努力は避ける一方,達成感は味
額は輸出額の 1%未満である 5).いわゆる「洋ゲー」は日本
わいたいと願う.図 3 は,ゲームプレイ開始後の時間経過
での需要は少ない.ゲームのジャンルでは日本では RPG
6 (6)
映像情報メディア学会誌 Vol. 67, No. 1(2013)
NII-Electronic Library Service
The Institute of Image Information and Television Engineers
» Special Issue «
縡−縡 ビデオゲームの進化と開発側の課題
リアルファンタジー
商品評価全体,予算,
収益責任を負う
リアル体形
品質に責任を持つ
進捗に責任を持つ
プロデューサ
プロセスマネージャ
ディレクタ
スーパーリアリズム
アニメ
ファンタジー
ゲームデザイナ
アニメ・
リアリズム
架空の世界観
リアルな世界観
ペット
企画書,仕様の作成 メーカー提供の
SDKによるプログ
レベルデザイン
ラミング
スクリプト作成
ホラー・
シュルレアリズム
アイドル
難易度調整
男性
ディフォルメ体形
図 4 日本の大学生を対象にしたゲームキャラクターの嗜好性調査結果
(Role Playing Game)が圧倒的に支持されるのに対し,米
国ではアクション,スポーツ,シューターと続き,RPG は
6)
5 位である .ちなみに,映画では輸入が輸出の 5 倍以上で
5)
独自のツール,ラ
イブラリーを活用
したプログラミング
ゲームエンジンに
よる開発
女性
デザイナ
サウンド
デザイナ
コンセプトアート
BGM, SE
キャラクタ
デザイン
Voice
プログラマ
図5
フィールド
デザイン
モデリング,
テクスチャ,
モーション制作
プロジェクト組織
ろそかになってしまう恐れがある.
そこで,登場したのが「ゲームエンジン」である.ゲーム
エンジンとは,架空の汎用ゲーム機=バーチャルマシンで
ある .日本人は洋画は大いに好むが洋ゲーはまったく好
あって,用意された汎用的なライブラリー群を駆使してコ
まない一方,欧米人は日本で売れているゲームジャンルは
ードを書けば,アーキテクチャの異なる個々のプラットフ
好まない.両市場の嗜好がこれほど咬み合わなければ,制
ォームに自動的にビルドされる.通常は,レベルデザイン
作側としてはどちらかに合わせるしかない.
ツールや既存の CG ツールとの互換性も備えた総合開発環
筆者はここ数年,(日本の)大学生を対象にゲームキャラ
境となっており,面倒な処理はすべてエンジン側がやって
クタの嗜好性調査を行っている.図 4 は,ゲームの世界観
くれることで,大いに省力化できる.例えば,最近注目さ
のリアリズムを横軸に,登場キャラクタのリアリズムを縦
れているゲームエンジン Unity(Unity Technologies 社開
軸として,嗜好するキャラクタをこの座標にプロットした
発)は最新のスマートフォンやタブレットにも対応し,物
ものである.楕円の面積が男女それぞれの支持率を示して
理演算やカメラからの距離に応じてモデルのディティール
いる.
を最適化して演算負荷軽減する LOD(Level of Detail)を勝
男性は左下の領域を好み,女性は左上を好む傾向にある
手に処理してくれるなど,制作者にありがたく,プロ仕様
が,どちらも圧倒的に左側領域嗜好である.一方欧米では,
でも比較的安価に提供されているため多くの開発会社で採
セールス実績から推察されるように圧倒的に右上領域嗜好
用されている.
であり,大人の屈強な男性がリアルな戦場で戦うといった
図 5 は,大規模でハイエンドなゲーム制作プロジェクト
世界観が強く支持される.欧米市場に限らず,異なる文化
の組織例であるが,最近台頭してきたスマートフォンアプ
圏で成功するためには,地域の文化・嗜好を深く理解し,
リの開発などの小規模編成による短期間プロジェクトに
ゲームデザイン,ゲームグラフィックスに反映する必要が
は,このようなゲームエンジンが適している.ハイエンド
ある.
志向の大型プロジェクトにおいても,大規模投資の前に根
3 ゲーム産業の課題
ビデオゲームの開発組織は,概ね図 5 のようなものであ
る.この中で,特にプログラマの重要な仕事が,ゲーム専
用機のメーカから貸与された SDK(Software Development
Kit)といわれる開発ツールを使いこなすことにある.
幹となるゲームアイデアを検証するプロトタイプの制作に
適していると思われる.ハリウッド映画で多用されている
プリビス(PreViz)と同様,制作の効率化,コスト削減,
投資リスクの軽減に期待できよう.
ゲームエンジンの利用によって一定のスキルがあれば,
誰でも世界にゲームを頒布できる.ビデオゲームの開発と
ただ,通常は特定のゲーム機専用のエクスクルーシブな
生産の民主化が進んでいくことになる.その中で,やはり
タイトルは少なく,多くのサードパーティの場合,1 コン
ますます制作者に求められるのは,グローバルに通用する
テンツのマルチプラットフォーム移植が常識である.この
センスと市場対応力である.
場合,プログラマが各ゲーム機専用の SDK で個別の対応を
東京ゲームショウ 2012 に出展されたゲームの 35%が,ス
していたのでは人件費コストが増すばかりか,移植にエネ
マートフォンやタブレット端末向けアプリである 7).中に
ルギーを費やし,肝心なゲームの面白さなど質的向上がお
は海外展開を前提として,まずオーストラリアなど海外で
(7) 7
NII-Electronic Library Service
The Institute of Image Information and Television Engineers
» Special Issue «
特集 ゲームの現在と未来 ∼ゲームの要素技術からゲームビジネス・次世代インタフェースまで∼
配信して反応を確認後に国内で配信したり,スマートフォ
る,と見ることもできる.
ンが急速に普及しはじめている南米に子会社を設立して現
今後ビデオゲームは,新たに生まれ出るコンテンツ技術と
地の嗜好に合わせた制作をするなど,海外市場への展開を
化学反応を起こしながら進化を続けていくだろう.その中
模索する動きが出ている 8).プロジェクト組織で世界観を
でも変わらず,根底にある遊びの本質を探究するゲーム学
握るゲームデザインセクションとビジュアルを握るデザイ
の研究と,未来を担うグローバル人材の教育が求められる.
ンセクションに,販売地域のネイティブスタッフを加えて
(2012 年 11 月 1 日受付)
協業するといった体制も考えられる.今,ビデオゲーム制
〔文 献〕
作現場には,市場のグローバリズムとコンテンツのローカ
リズムへの対応が求められている.
4 む す び
ソーシャルゲームにおいては,友達がデザインした仮想
の街を訪問したり,仮想農園で実った作物を交換するなど
して複数のプレーヤが参加するアプリが人気を得ている.
そこではゲームはあくまでコミュニケーションのためのツ
ールであり脇役である.ビデオゲーム自体が単独でエンタ
テインメントとして成立した時代が終わり,暮しの中のい
ろいろなシーンの中に「要素」として浸透が進んでいるとも
言える.が,劇場映画が今でも一定の地位を保っているよ
うに,この動きも多様化の中の 1 株と位置付けるべきだろう.
9)
「人間は遊ぶ存在」 である.最適化しすぎた暮らしを強
いられている現代人だからこそ,そこに遊びの隙間を入れ
て心の充足を得ようとする.そして「やはり人と遊ぶのが
1)R. Caillois: "Man, Play and Games", University of Illinois Press,
Champaign, IL(2001)
2)エンターブレイングローバルマーケティング局編:“ファミ通ゲーム
白書 2012”,エンターブレイン(2012)
3)コンピュータエンタテインメント協会:“2011CESA ゲーム白書”
(2011)
4)コンピュータエンタテインメント協会:“2012CESA ゲーム白書”
(2012)
5)総務省情報通信政策研究所編:“メディア・ソフト研究会報告書”,
総務省(2010)
6)http://www.theesa.com/facts/pdfs/ESA_EF_2011.pdf
7)http://expo.nikkeibp.co.jp/tgs/2012/pdf/release_120920.pdf
8)http://kaigaibusiness.com/トピックス/2425.html
9)J. Huizinga: "Homo Ludens: A Study of the Play-Element in Culture",
Beacon Press, Boston, MA(1971)
なかじま
のぶたか
中島
信貴
1978 年,東京理科大学理学部物理学
科卒業後,アニメータを経て,(株)ナムコ(現,(株)
バンダイナムコゲームス)入社.業務用家庭用ゲーム
開発に従事.現在,東京工芸大学芸術学部ゲーム学科
教授.
一番楽しい」ことに気づき,ネットを介したコンテンツ技
術とインフラがソーシャルゲームの普及を後押ししてい
8 (8)
映像情報メディア学会誌 Vol. 67, No. 1(2013)
NII-Electronic Library Service