Vol. 1 - KDDI財団

巻 頭エッセイ
KDDI 財団発足に向けて
理事長
伊 藤 泰 彦
( KDDI 株式会社 顧 問 )
平成 21 年10月1日、二つの既存の財団が合併し、新たに
が、少なくとも彼らは日本に対して好い感情を持ち帰った
KDDI 財団が発足しました。国内外での通信関係の研究へ
人々なのです。彼らは、日本製品の品質や細かい配慮を理
の助成、海外留学生への奨学金援助などを主業務としてき
解できる人達なのです。KDDI 財団はこうしたカルチャーの
た「旧国際コミュニケーション基金」と海外研修生の受け入
交流に尽力し相互の信頼関係の再構築に貢献したいのです。
れ、国際協力・援助を任務としてきた「旧 K D D I エンジニ
アリング・アンド・コンサルティング」の二つの財団が合併し、
長期スパンで考える国際協力
KDDI の新しい社会貢献活動を担当致します。この場をお
借りして、財団の発足にご努力頂いた方々、これまで両財
団の運営にご助力頂いた方々に厚く御礼申し上げます。
先日、私は KDDI 財団がカンボジアに寄付した「チョッ
プ村 KDDI 中学校」の開校式に参列してまいりました。財
当初、新財団のあり方に関しては、様々な意見がありま
したが、私どもは、国内外への長期的視点に立った貢献と
いう観点を大事にしたいと考えております。基本的には、
国内に対しては、教育、研究への支援。国外に対しては、
留学支援を含めた教育支援、研修などへの支援がこれにあ
たります。そしてこれらを、カルチャーの交流といった観
点で捉え信頼感を醸成する国際協力を進めたいと考えてお
ります。
信頼関係こそが原点
昨今、日本企業あるいは日本自体の国際競争力のあり方
が議論されています。日本はかつて世界中に商品を輸出し、
その品質の良さと安さで市場を席巻しました。しかし、現
在その状況は大きく変わり、多くの分野で立場の逆転が起
きています。これは、直接的には、デジタル化の進展によ
り技術ノウハウの流動性が非常に高くなり、結果として品
質の差はなくなり、生産コストの差が見えるようになった
団では毎年、クラシック音楽のコンサートを催し、その収
ことの表れと考えられます。
入を基にカンボジアの村に小学校を建設する事業を行って
しかし、国際競争力と言うのは、このような技術的なノ
おります。今回の学校は 5 校目で、アンコールワットで有
ウハウや労働コストだけの結果なのでしょうか。私は、真
名なシェムリアップからおよそ 30 km 離れたチョップ村へ
の国際競争力とは、互いのカルチャーの理解に基づく信頼
の寄贈でした。
関係がその原点にあると考えています。世界各地を訪れ現
朝7時にシェムリアップを出発した私たちは、舗装なしの
地企業と話す際、偶然、かつて KDDI の研修を受けた経験
道路をおよそ1時間半かけて、チョップ村に到着したのです。
のある要人と遭遇することがあります。彼らは異口同音に
出迎えてくれたのは、2 0 0人の小学生と100人の親御さんたち。
研修で受けた内容よりもその時(多くは 20 年も前)に経験
この村の子供たちの就学率は半分以下ですが、集まった子供
した人々との付き合いを懐かしく話します。これは、研修
たちはどこの国でもそうであるように、いたずらで明るく元気
を受けた人数と好意を持つ人の数、研修実施にかけた時間
よく、来賓の挨拶の最中にも走り回る子もいます。
の効果、その後の経過を考えると全く効率の悪い話しです
学校は、赤茶けた土のグランドと平屋建ての 5 教室だけ。
KDDI Foundation
財団法人KDDI 財団
電気も水道もない。寄贈した 5 台の PCを動かすためには、発
Vol.
1
APRIL 2010
電機が必要。その上、インターネット回線にアクセスするには
アンテナを設置して衛星回線経由でプノンペンのサーバと繋
がねばならない。だが、
実際にインターネットに接続し、グー
グルマップで東京や近くのアンコールワットを見た時の先生
C O N T E N T S
や子供の驚きの顔は忘れることは出来ません。村を一度も出た
巻 頭 エ ッセ イ
ことのない子供たちにも世界が見えるのです。
KDDI 財団発足に向けて
伊藤 泰彦 理事長(KDD I 株式会社 顧問)
この子供たちが、インターネットとパソコンを通して初め
て世界を見た驚きを忘れずに勉強し、卒業し、国を支える頃
02
2010 年度公募のお知らせ
にはカンボジアは素晴らしい国になっていることを確信し
2009 年度 KDDI 財団優秀研究賞
た瞬間です。1年1校は小さな歩みですが、我々は確実に
実行します。KDDI 財団の貢献は心をつなぐ長期的な観点
03
光通信波長帯光 RAM に関する国際共同研究
河口 仁司
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 教授
で行うつもりです。
留学生への双方向援助
06
原 隆 浩 大阪大学大学院 情報科学研究科 准教授
助成・援助対象者からの報告
留学生の援助も KDDI 財
◎ 外国人留学生助成
団の重要な仕事の一つです。
毎 年 10 数 カ 国、100 名 近 く
無線ネットワーク上のデータ管理機構の研究
08
2400 年変わらぬ「天府之国」
林
東京大学 学際情報学府 の留学生から助成の応募が
◎ 社会的・文化的諸活動助成
あります。私はこれらの留
学生との懇親の場が非常に
10
可 知 直 芳 プロジェクトリーダー
栗 原 義 明 運 営 スタッフ 特定非営利活動法人K G C〈Researcher Zukanプロジェクト〉
楽しみです。彼らの目は希
望に満ち、これからの勉強
について熱く語ってくれま
13
す。私自身もかつて米国に
コンピューター技術の普及を通して
貧困の連鎖 を断ち切る
∼スリランカ 僻地農村での活動∼
1年間の留学の機会を得る
ことがありました。当時の
研究者が自由に交流できる世界を目指して
伊藤 俊介 特定非営利活動法人アプカス 事務局長 16
2009年度受付 助成・援助対象者
米国は余裕もあり本当に
調査研究助成 / 国際会議開催助成
オープンな国でした。私は、
社会的・文化的諸活動助成 / 外国人留学生助成
多くの人からの親切を受け、
20
2009 年度 研究奨励金対象者
21
財団の活動から
大 変 素 晴 ら し い 経 験 を し、
生涯の友達を数多く得るこ
海外研修 / MCPC 講習会 / チャリティーコンサート /
青少年のための理科実験教室 / 留学生のための施設見学会
とが出来ました。総ての留
学生に同じような体験を贈ることが出来れば我々も本望で
す。彼らが日本に留学に来て本当に好かったと思って帰れ
るように。
22
雑 感
国際性豊かな個性溢れるリーダーを育てよう
笹瀬 巌 慶應義塾大学 理工学部情報工学科 教授
また一方で、これまでは、日本への留学生の支援にばか
り焦点が当たっていたのではないかとも考えております。
逆に今後は、日本から海外、特にアジアへの留学生を支援
することも視野に入れたいと考えております。この考えは、
数年前に表明いたしましたが、希望者も少なく、なかなか
実現には至っておりません。そこで、今回の新財団の発足
に際し、再度この考えを推し進めたいと思う次第でありま
す。相互の理解こそが信頼感への一歩と考えるからです。
皆様の絶大なるご支援をお願いいたします。
Photographer
小島 理代子(KDDI 財団)
ミクロネシア連邦チューク州ウエノ島にて。ミク
ロネシアの子供たちはとても明るい。目が合って
ほほ笑むととたんに話しかけてくる。通りを歩い
ていたら、ニコニコ顔でずっとこちらを見ている
少女がいた。
「写真を撮ってもいい?」と聞くと、
大きくうなずいてこのポーズ。決まってるネ!
2010 年度公募のお知らせ
2 0 11年4月以 降に実 施されるものが対 象となります。
調査研究助成
(1)対 象
情報通信の普及・発展に寄与する調査研究(法律、政治、経済、社会、文化、
技術の各分野あるいは各分野にまたがるもの)
。特に、新規分野での独
創的な研究や若手研究者の研究、国際共同研究および学際研究の申し
込みを歓迎します。
ただし、通信事業者等の本来業務に該当する調査研究は対象外。
調査研究期間は、1 年∼ 3 年まで(ただし2014年3月までに終了のこと)。
助成・援助の申込者は、個人の場合は調査研究者本人、グループの場合
は代表者。
(2)助 成・援 助 金 額 等
1 件あたり最高 30 0 万円まで。10 件程度。
国際会議開催助成
(1)対 象
情報通信の普及・発展に寄与する国際会議で、先端技術にかかる課題か
ら法制度や政策・技術の利活用など、幅広い分野での会議を歓迎します。
ただし、通信事業者等の本来業務に該当する国際会議は対象外。
2011 年 4 月から 2012 年 9 月の間 に 開 催される会 議 であること。
(2)助 成・援 助 金 額 等
1 件あたり最高 100 万円まで。10 件程度。
社 会 的・文 化 的
諸活動助成
(1)対 象
情報通信を利用し社会や教育等に貢献する各種の「 草の根 」活動 。地域
社会の国際化につながるような各種の活動、通信を通じて社会に貢献す
る各種の文化事業。通信の普及・発展、あるいは国際間相互理解の促進
に寄与する活動・事業など(たとえば、イベント、講演会、ボランティア
活動 )。
ただし、通信事業者や地方自治体等の本来業務に該当するものは対象外。
2 011 年 4 月から 2 012 年 9 月の間に実施されるもの。
(2)助 成・援 助 金 額 等
1件あたり最高 10 0 万円まで。10 件程度。
申 込 受 付 :2 0 10 年10月1日(金 )∼10月20日
(水 )
所定の申込書(当財団ホームページよりダウンロードできます)
に必要事項を記入のうえお申し込みください。
申込書は毎年更新されますのでご注意願います。申込書が手に入らない場合は、直接財団にご請求ください。
助 成・援 助 の 採 否
審査委員会の審査を経て、2011 年 3月に開催予定の理事会で採否を決定します。この際、助成・援助希望金額は減額さ
れることもあります。決定通知の金額で実施できないと判断されるときは、速やかに辞退を申し出てください。
お問い合わせ・申込書請求・申込書送付先
財団法人 KDD I 財団
〒 113-0021 東京都文京区本駒込 2 -28 - 8 文京グリーンコートセンターオフィス 7 F
Tel: 03( 5978)1051 Fax: 03( 5978)1050 E-mail: [email protected]
http: //www. kddi - foundation . or . jp
02
KDDI Foundation Vol. 1
2009年度 KDDI財団 優秀研究賞
本賞は、当財団の助成を受けて調査研究を実施された方の中から、
優秀な成果を発表された方を表彰するものです。
200 9年度の受賞者は、審査委員会の審議を経て、
20 0 9 年11月16日に開催された第 1 回理事会において、
右の方々に決定しました。受賞されました両氏に
ご研究の概略を執筆いただきましたので、
ご紹介いたします。
光通信波長帯光RAMに関する
国際共同研究
河口仁司氏
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 教授
無線ネットワーク上のデータ管理機構の研究
原 隆浩氏
大阪大学大学院 情報科学研究科 准教授
2009年度
KDDI 財団
優秀研究賞
受賞!
光通信波長帯光 RAM に関する国際共同研究
奈良先端科学技術大学院大学
物質創成科学研究科 教授
河 口 仁 司
Hitoshi Kawaguchi
超高速フォトニックネットワークを実現する上で重要な、光通信波長帯の全光
型ビットメモリを偏光双安定VCSELのもつANDゲートおよびメモリ機能を用
いて実現した。データ信号の情報“1”か“0”かが発振偏光状態として記録
される。出力光を他のVCSELに入力することにより、情報が転送できるシフ
トレジスタ機能も実現した。12.5Gbps RZ信号に対する1ビットメモリ動作、
および 4個のVCSEL を接続し 4ビットメモリを実現した。
ユビキタスネットワーク社会に対応するため、今
によって実現させることが課題です。とりわけ実現
後、更に高速、低コストかつ急増するトラフィックに
が困難とされているのが光バッファメモリです。現
フレキシブルに対応できる超高速フォトニックネッ
在までに実現されている可変遅延光バッファは長さ
トワークの実現が不可欠です。これに向けての重要
の異なる光ファイバを多数用意して、経路を切り替
な課題の1つは、信号の収束分配を行うノードにお
えることにより遅延量を変えています。しかしこの
ける信号処理量の増大への対処です。現状のネット
方式では、とびとびの値でしか遅延量が変えられな
ワークにおける IPパケットのルーティングはルータ
い、遅延の変化量が少ない、遅延の途中で任意のタイ
において電気的に行われていますが、電気的な処理
ミングで信号を取り出せない、有効な遅延を得るた
では、その速度限界によって大容量化が難しいこと、
めに大量の光ファイバが必要となるなど、電子的な
及び中継のたびに電気−光信号変換が必要になるた
バッファに比べると、性能が著しく劣っており、新し
めコスト増を招く等の欠点があります。ノードには、
い方式の光バッファの研究が必要とされています。
短時間でのスイッチ機能とパケットの衝突防止の
本研究では、発振偏光に双安定性をもつ面発光半
ためのメモリ機能が不可欠であり、これらを光信号
導体レーザ(VCSEL)の二次元アレイを用いて、各
を電気信号に変換することなしにフォトニック技術
VCSELに 1ビットずつ光信号を記録し、必要なタイ
KDDI Foundation Vol. 1
03
2009 年度 KDDI 財団優秀研究賞
ミングに合わせ時系列信号として記録信号を読み出
InP 基板上に減圧有機金属気相成長(MOCVD)法で
すことができる全光型光バッファメモリ
(光 RAM)
モノリシックに成長されています。活性層は歪補償
について検討しました。
多重量子井戸です。上部の n-InPと活性層の間に、炭
図 1に示すように、光導波路が正方形の断面形状
素をドープした InAlAs 層によるトンネル接合層が
をもつ VCSEL には、電界方向が正方形の辺に沿う
設けられています。上部と下部の反射鏡は InAlAs/
二つの固有モードが存在します。この二つのモード
InAlGaAsの DBRです。活性層を選択的にウエット
は利得飽和を通して強結合し、双安定性が生じます。
エッチングして空気ギャップを形成し、電流狭窄を
光パルスを外部から入射しますと、入射パルス光と
行っています。上部 DBRは正方形のメサ構造となっ
同一偏光のモードにスイッチし、入射パルスがなく
ており、その辺のどちらかに向きが沿う直線偏光で
なった後でもスイッチした偏光を保持する偏光双安
レーザ発振します。
(図 1参照 )DBRおよび活性層の
定光メモリが実現できます。図 2に示すように、AND
サイズが 10μm 角の素子では、多くの素子がヒステ
ゲート動作およびメモリ動作を行う複数個の偏光
リシスを伴う偏光スイッチ特性を示しました。ヒス
双安定 VCSELを用いて、光信号を電気信号に変換
テリシスを示す電流値に設定し、発振偏光に直交し
することなく全光型で、時系列の光信号を各双安定
た偏光の光を VCSELに注入しますと、発振偏光が切
VCSELに 1ビットずつ記録し、必要なタイミングに
り替わり、光注入を停止しても切り替わった方向で
あわせ時系列信号として記録信号を読み出すことが
発振偏光が保持されます。光強度は 8 0 nWであり、
できる光バッファメモリを検討しました。9 0°
偏光の
偏光双安定 VCSELの光出力 72 0 μWに比べて非常
入力データ信号と 9 0°
偏光のセットパルスをVCSEL
に小さな光入力によりスイッチがひきおこされます。
( M 1x )に注入しますと、ANDゲート機能によりデー
1ビットメモリ動作を 12. 5 Gbps RZ 信号に対して実
タ信号“1”とセットパルスが同時に注入された時に
現しました。又、シフトレジスタ機能を持つ光メモリ
のみ VCSELの発振偏光が 9 0°
に切り替わり、セット
を 2個並列に接続することにより、4ビットのデータ
パルスと同時に入射されたデータ信号の情報が発振
の記録と任意のタイミングでの再生が行える、シフ
偏光状態として記録されます。VCSEL出力光を 90°
トレジスタ機能付き4ビット光バッファメモリを初
偏光のみを通す偏光子を通してゲートをかけると、
めて実現しました。
記録された情報が再生されます。この光信号を隣の
低消費電力化、多ビット化、超高速化など、今後さ
VCSEL(M 2 x)に入力すると、M 1 x が記録していた情
らに検討が必要な課題は多くありますが、高速のメ
報が M2 x に転送されます。これをシフトレジスタ機
モリという新しい機能をもつデバイスとして発展さ
能と呼びます。その後リセットパルスを VCSEL M 1 x
せていきたいと考えています。
に注入し、VCSELの発振偏光を 0°
に戻します。転送
最後になりましたが、今回本研究が KDDI 財団(旧
動作をくり返すことにより M mx から信号が再生され
ICF)
の優秀研究賞を受賞したことを大変光栄に思っ
ます。
ております。研究助成をいただいた財団の関係各位
光通信の中で用いるためには、波長を1. 55 μmに
することが望まれることから、正方形メサ構造を有
する 1. 55 μm 帯 VCSELを試作しました。VCSELは
04
KDDI Foundation Vol. 1
をはじめ、本研究に協力していただいた皆様に感謝
申し上げます。
図 1 偏光双安定 VCSELを用いた全光型フリップ・フロップ 動作
図 2 シフトレジスタ機能付光バッファメモリの概念図
KDDI Foundation Vol. 1
05
2009 年度 KDDI 財団優秀研究賞
2009年度
KDDI 財団
優秀研究賞
受賞!
無線ネットワーク上のデータ管理機構の研究
大阪大学大学院 情報科学研究科 准教授
原
隆 浩
Takahiro Hara
本研究では、無線マルチホップネットワーク上のデータ管理基盤として、デー
タの収集、配布、加工、問い合わせを効率的に行うための基盤技術の確立を
目的とし、研究開発を推進した。研究期間内に、
センサネットワークにおける
データ管理基盤として、効率的なデータ収集・配布方式を考案した。さらに、
モバイルアドホックネットワーク上の複製管理および問い合わせ処理機構に
ついて研究を推進し、効率的な手法を考案した。本研究の成果は、今後のモバ
イル環境における重要なデータ管理基盤の 1つになるものと期待される。
近年の無線通信技術の発展とコンピュータの小型
06
て研究を行いました。一般的に、センサノードはネッ
化・高性能化に伴い、ノートパソコンや PDAなどの
トワーク帯域やバッテリ容量が乏しく非力なため、
移動端末のみで構築されるモバイルアドホックネッ
消費電力とトラヒック
(通信量 )の削減を可能とする
トワークや、無線通信機能をもつセンサノードで構
仕組みの実現が必須となります。そのため、本研究で
築される無線センサネットワークに対する注目が高
は、ネットワーク内のノードの密度の不均一性を考
まっています。これらの無線ネットワークでは、移動
慮した上で、ノード間のセンシング領域および計算
端末やセンサノードなどのノード自体が通信パケッ
負荷の均一化を可能とする方式を考案しました。考
トを転送する機能をもち、ノード間でデータを転送
案方式では、広大なセンシング対象の領域を有限数
する際、転送元と転送先のノードの間に存在する他
のセンサノードによって効率的にセンシングするた
のノードがパケットを中継する「マルチホップ通
めに、センサノードを固定ノードと移動ノードに役
信 」を行います。一般的に、無線通信は電波干渉など
割を分割します。固定ノードは、移動ノードがセンシ
による通信エラーが頻繁に発生し、さらにノードは
ングしたデータを一時的に蓄積し、適当なタイミン
電池駆動の場合が多いため、無線マルチホップネッ
グで基地局に送信するとともに、他の固定ノードが
トワークでは、通信エラーに対する耐性が強く、消費
センサデータを基地局に送信する際に中継局の役割
電力の小さい、通信プロトコルに関する研究が盛ん
を担います。一方、移動ノードは、領域内を動き回り
に行われています。しかし、アプリケーションにより
ながらセンシングし、センシングデータを近くの固定
近いデータ管理技術に関しては、これまでに十分な
ノードに送信します。また、固定ノードがデータを基
研究が行われておらず、無線ネットワーク上のアプ
地局に送信する際には、複数の移動ノードと連携し
リケーションが今後ますます普及するための障壁に
て、マルチホップ通信のための通信経路を構築しま
なっていると考えられます。そこで本研究では、無線
す。提案方式の性能は、固定ノードと移動ノードの割
マルチホップネットワーク上のデータ管理基盤とし
合や、固定ノードの配置場所、移動ノードの分布に大
て、データの収集、配布、加工、問い合わせを効率的に
きく影響を受けるため、シミュレーション実験と解析
行うための基盤技術の確立を目的とし、研究開発を
評価により、これらの要因を最適化するための指標を
推進しました。
確立しました。
まず、無線通信機能とセンシング機能をもつ複数
本研究ではさらに、複数のモバイルユーザが所持
の移動センサノードで構築されるセンサネットワー
する無線通信端末(移動ノード)により一時的に構築
クを想定し、効率的なデータ収集・配布方式につい
されるモバイルアドホックネットワークを想定し、
KDDI Foundation Vol. 1
効率的なデータの複製管理および問い合わせ処理機
のうち上位k・i / N(1b ib N)番目のスコアを持つデー
構について研究を推進しました。具体的には、移動
タのスコアとして決定し、クエリに添付します。クエ
ノードの移動性を考慮して、ネットワーク分断など
リを受信したノードは、受信したクエリ内の N 個の
を想定した複製データ間の一貫性管理、データ配布、
基準値と、自身のもつデータの上位 k・i / N(1 b ib N)
問い合わせ処理方式をそれぞれ考案しました。考案
番目のスコア(全 N 個 )うち、上位 k 個の値を新しい
方式では、問い合わせ発行時に通信可能なモバイル
基準値とします( 図参照 )。これにより、各ノードは、
端末から有益なデータを取得することが可能であり、
検索クエリの転送経路上の端末のもつデータの中に、i
さらに、トラヒックの低減や負荷分散を実現するな
番目の基準値以上のスコアをもつデータが k・i / N 個
ど、モバイルアドホックネットワークにおいて重要
以上あることを保証できます。そこで、データを返送
と考えられているシステム要求を達成しています。
する際には、この情報を用いて、上位 k 個に入らない
紙面の都合上、本報告では、問い合わせ処理方式につ
ことが確実なデータの送信を抑制することが可能と
いてのみ、簡単に説明します。
なります。
提案方式では、ネットワーク内で、特定の属性もし
本研究の成果により、従来の無線ネットワーク上の
くは複数の属性から計算されるスコア(単純な例で
通信プロトコルだけでは解決が不可能であった、デー
は属性値の大きさなど)の大きさで上位 k 個のデー
タの可用性(ネットワーク分断時などにもデータにアク
タを取得する Top-k 検索を対象とし、問い合わせ処
セスできること)の向上、複雑な問い合わせを処理す
理のためのトラヒックを削減可能なメッセージング
る際のトラヒックの低減、センシングデータのスルー
手法を実現しています。Top-k 検索を実現する単純な
プットの向上など、アプリケーションにおけるさまざ
方法としては、問い合わせ要求(クエリ)を受信した
まな問題を解決できる可能性があります。
各ノードが、自身の持つデータのうちスコアが上位 k
この度、本研究が KDDI 財団(旧 ICF)優秀研究賞
個を返送するアプローチが考えられますが、ネット
を受賞させていただくことになり、非常に嬉しく思
ワーク全体で上位 k 個に入らないデータが数多く返
います。しかし一方で、本研究が対象とする研究分野
送され、無駄なトラヒックが大きくなります。そのた
は、世界的には流行りつつあるものの、日本国内では
め、提案方式では、クエリに基準値と呼ばれる N 個の
研究を行っている人がまだ多くない状況です。今後、
スコア情報を添付し、これを用いて無駄なデータ転
この研究分野が国内でも盛んになるように、普及活
送を出来る限り抑制します。具体的には、クエリ発行
動を行うとともに、自身の研究をさらに深めていこ
ノードは、基準値の初期値を自身が所持するデータ
うと考えています。
図 Top -k 検索実行例(k= 6、N=2のときの例)
KDDI Foundation Vol. 1
07
助成・援助対象者からの報告
外国人留学生助成
2400年変わらぬ「天府之国」
東京大学 学際情報学府
林 Tingting Lin
蜀の国として四川省は日本でも名が知られていま
東京と言えば、
「早い」
、
「買い物 」などがあります。で
す。私の故郷の成都は四川省の省都であり、2 4 0 0年前
は成都は? 成都と言えば「のんびりとした生活 」と
に西周の王が「一年而所居成聚,二年成邑,三年成都」
「食事がおいしい」の二つです。1 0 0 0万人以上の人口
〈日本語訳:一年にしているところ聚(しゅう* )をなし、
を抱えている成都は中国西南の重要都市で、都市建設
をな
二年にして邑(ゆう* )をなし、三年にして都(と* )
では北京や上海に負けてはいない。しかし、なぜか成都
す。〉と名付けたことによって、成都は中国の中でも由
はよその所で感じられるピリピリとした緊張の雰囲気
緒ある歴史と文化の地です。
は感じられないのです。私が思うには、四川は古くから
1
2
3
2400年の間にその名と場所を一度も変えることがな
高い山に囲まれた盆地、唐の李白は「蜀道之
于上
かったことから、2 4 0 0年間の西南文化が蓄積した成
青天 」
(日本語訳:蜀への道は険しすぎる、天に登るよ
都はほかの都市と異なった雰囲気が空気の中に漂っ
りも難しい。)と詠ったほど、入ることも出ることも難
ています。とくに有名なのは、熱々な情熱を持った
しい四川の中において、成都は 2 4 0 0年間場所を変え
人々と熱々な辛口料理です。
ることがなかった。長い時間の流れの中で、成都の人
*1 : 集まり *2 : 都市 *3 : みやこ
「慢生活 」は成都の雰囲気
たちはこの地で幸せな生活のあるべき姿を考えたので
しょう。皆がのんびりとしたゆったりした生活は争い
を生まない、おいしい料理は人々をハッピーにすると
都市は必ずそれぞれ独特な雰囲気を持っていると思
言います。成都の人々はこの二つを徹底的に実践して
います。例えば中国人にとって北京と言えば、
「政治
います。成都市内至る所にある「茶館 」で、お茶一杯
的」
、
「固い」
、
「首都 」といった言葉が頭に浮かびます。
で一日過ごせる、お茶二杯でビジネスの会談ができる
上海と言えば、
「商業 」
、
「小市民 」
、
「華やかな生活 」
。
など、生活も仕事もピリピリしないのが鉄則です。
また、おいしい料理がハッピーの源。私の家ではお
いしいラーメンを食べるために、車で片道 2時間をか
けてもラーメン屋に行ったことがありました。帰りの
ここが成都!
車の中で、親戚の伯父さんが面白半分で計算しました、
「ラーメン一杯は 5 元、私たち掛けた時間は 5時間、車
のガソリン代は 2 0 0元…うん、でも美味しかった」と
言いました。ロジックと結論は全く関係のないことに
私は思わず笑ってしまいました。時間をかけて幸せを
見つけに行くのが成都のやり方です。中国の「都市幸
せ度ランキング」の中で、成都は常に上位にあります。
08
KDDI Foundation Vol. 1
「 求凰 」は成都の情熱
三国時代の劉備は成都を蜀の都として選びました、
諸葛孔明は蜀のために命を尽くしました、杜甫は長年
成都に留まり 2 4 0通の詩を創作していました。昔から
成都は、たくさんの知識人を魅了してきました。また中
国文化史に名を残した有名人もたくさん成都で生まれ
育ちました。先に紹介した成都の「慢生活 」によって、
成都は情熱のない都市だと思われては困ります。成都
人は常に情熱を持って生活しています。
「 兮 兮 故 ,遨游四海求其凰 」は好きな女性
への情熱を赤裸々に語った言葉として、男女の恋が
開放的ではなかった当時の中国において、2 0 0 0 年
の間「ロマンチックな恋 」の代名詞として使われてき
た言葉です。
茶館になったデザインのスターバックス
この言葉を残した人物は「司馬相如 」で、成都人
です。西漢の時代に生きた司馬相如は中国歴史上辞
家の 聖として尊敬されています。皇帝に能力を
認められた司馬は後世に残した素晴らしい詩賦のほ
らない話をしていました。激辛な味付けにやられて、
話ができなくなったことも何回かありました。
日本で「四川料理 」と言えば、
「マーボー豆腐 」が
か、
「蜀の第一美女 」卓文君との間の恋で有名です。
一番有名です。その超本場の「マーボー豆腐 」は成
自由な恋愛が許されなかった 2 0 0 0年前に、司馬は
都にあり、しかも一店舗しかありません。それもなん
恋のために地位と財産を捨て、彼女と駆け落ちをし
と病院の近くにあるのです。私も弱っていた体がそ
たのです。あまりにも情熱的に恋に尽くしたため、
の激辛のマーボー豆腐に元気付けられたことが何回
最後は周囲からの理解を得て幸せに暮らしました。
かありました。成都の人達にとって、辛い料理は生活
司馬相如と卓文君の恋はまさに情熱な成都人を代
の隅々まで入り込んでいて、盆地のせいで晴天がない
表するものです。この時代から、成都人は情熱的だ
成都では、その熱々、真っ赤な料理は太陽みたいな
と思われるようになったのでしょう。
役割を果たしているのでしょう。常に冷たく湿った
ような成都の空気を鮮やかに、そして暖かくしてく
「辛 」は成都の調味料
れているのでしょう。これは私が 25年の間に成都で
感じたことです。
昔から四川省はその辛口料理で有名です。子供の時
成都は 2 4 0 0 年間食の中心地として、四川人の幸
からおかずの中に辛い料理がなければ、なぜかご飯を
せを見つける方法と知恵を集めました。生活への態
食べた気がしないのです。日本に来る前、私の理解の
度と情熱は、刺激的な味付けと出会い、
「天府之国 」が
中で定番なおやつは激辛ビーフジャーキーでした。来
できたのです。成都で
日して間もない頃、日本人の友達に「テイテイの好き
学習した「幸せの力 」
なおやつは?」と聞かれた時に、素直に「激辛ビーフ
が、今の東京での生活
ジャーキー」と答えた瞬間の友達の驚きの顔は今でも
態度になっています。
忘れられません。
「渋いおやつが好きな子ね」と思われ
焦らず、しかし情熱的
ていたらしい(笑 )。しかし、それが本当です。放課後
に、私の幸せのあるべ
に友達と一緒にビーフジャーキーをかじりながらくだ
き姿を探します。
米でつくられたこんにゃくの料理
KDDI Foundation Vol. 1
09
助成・援助対象者からの報告
社会的・文化的諸活動助成
①
助成・援助対象者からの報告
研究者が自由に交流できる
世界を目指して
特定非営利活動法人K G C〈 Researcher Zukanプロジェクト〉
プロジェクトリーダー
可 知 直 芳
N a o y o s h i K a c h i ( 写真左 )
運営スタッフ
栗 原 義 明
Y o s h i a k i K u r i h a r a( 写真右 )
世界中の研究者にインタビューを行う
「Researcher Zukan」
1 2月ですが、その頃から、
「世界中の研究者にインタ
ビューをしたい」という思いを持っていました。日本
国内でのインタビュー活動を経て、2 0 0 8年 1月から
Researcher Zukan(http://www.zukan.tv/)は、世界
インタビュー地域を国外にも拡大し、英語でのインタ
各地、あらゆる分野の研究者へのインタビュー映像を
ビュー映像配信を開始しました。私たちは、世界中の
配信する Webサイトです。インタビュアーと研究者
研究者にインタビューを行うために、世界各地にた
との対話を通し、論文だけでは分からない研究者の素
くさんのインタビュアーを育成したいと考えていま
顔、研究に対するモチベーションなどを掘り下げたイ
す。そのためには、インタビュー経験の無い人でも、
ンタビュー映像を配信しています。2 0 0 9年までに、
決まった手順でインタビューを撮影できるような、
1 0 6の大学・研究機関に所属する 3 4 4名の研究者の
インタビューのフレームワークを構築することが重
インタビュー映像を配信してきました。
要です。このような背景から、
「イノベーションを起
この活動を行うに到った背景には、既存の学問の
こす世界中の若手研究者へのインタビュアー育成プ
高度な細分化があります。科学技術が発展するにつ
ログラム」という題目で KDDI 財団(旧 ICF)への申請
れ、学問が高度に専門化された結果、研究者は自身
にチャレンジし、幸運にも助成をいただけることと
の研究以外の研究を知ることが困難になりつつあ
なりました。
ります。もちろん、多くの大学では様々な分野の研
究を融合した学際的な研究を推し進めており、そ
れにより研究者同士の交流はある程度促進されて
います。しかしながら私たちは、大学など組織が主
インタビューマニュアルを作成するために、まず
導するのではなく、研究者個人が自由に交流できる
様々な研究者にヒアリングを行いました。その後プロ
ような仕組みを作りたいと考え、Researcher Zukan
ジェクトメンバー間で、インタビューで研究者から何
プロジェクトを立ち上げました。インターネットを
を引き出すべきか、ということを日夜議論しました。
通し、研究者へのインタビューを世界中に配信する
その結果、
「研究者の内なる興味関心 」と「将来の研
ことで、研究者同士が地理的な制約条件に縛られるこ
究構想 」の 2点を引き出すことが重要なのではない
となく、相互交流ができるようなシステムを作りたい
か、という結論に至りました。
と考えています。
Researcher Zukanの活動を開始したのは 2 0 0 6年
10
研究者から何を引き出すか?
KDDI Foundation Vol. 1
例えば、ある微生物の研究をしている研究者にイン
タビューを行った際、なぜその研究を始めたのか、と
いうきっかけを聞いてみたところ、研究者からは「微
生物の変わった特性に惹かれて研究を始め、毎日顕微
実際のインタビュー事例
鏡越しに微生物を観察するのが楽しくてたまらない
現在は、前述で紹介したような項目を研究者から
んです」という答えが返ってきました。これまでの活
引き出すためにはどのようにインタビューを進め
動を通し、ほとんどの研究者がそのような非常に個人
たらよいか、ということを、実際に研究者にインタ
的な興味関心、素朴な好奇心とも呼べるものを、研究
ビューを行いながら検討を進めているところです。
を行うモチベーションの根底に持っていることが分
実際のインタビュー事例として、2 0 0 9 年 8 月 2 4 日
かってきました。このような興味関心は論文などから
に京都大学フィールド科学研究センターに所属する
は知ることのできないものであり、研究者自身に語っ
久保田信准教授へのインタビューの様子を紹介した
てもらうことによって、研究者同士の交流が促進され
いと思います。
るのではないかと考えています。
一方で、研究者は何か新しいものを創造する存在、
久保田さんの研究対象はベニクラゲというクラゲ
の一種で、この生物は「若返り」という非常に珍しい
新しいことを発見する存在であり、
「これから何をし
現象で知られています。コンピュータープログラマ
ようとしているか」という点にこそ、その研究者の独
であるインタビュアーに加え、デザイナー、映像制作
自性が色濃く現れると考えています。研究の将来構
関係者、大学研究者などがインタビューに参加し、久
想を引き出すことで、研究者同士の将来のコラボレー
保田さんに様々な視点から数多くの質問をぶつけま
ションを生み出すきっかけにもなり得ると考えてい
した。久保田さんとのやり取りを通し、
「人類、ひい
ます。
ては全ての生命が如何にして健康で長寿を維持でき
久保田准教授へのインタビュー撮影風景
KDDI Foundation Vol. 1
11
撮影後、瀬戸内海を眺めるインタビュー参加者たち
るか」という久保田さんの問題意識に迫ることがで
きました。また、インタビューを通し、
「一見研究と関
係のない意外な質問が研究者の発想を膨らませる」
今後の予定
今後はこのようなインタビューで得られた知見を、
「研究室だけでなく、実際に調査が行われている場所
インタビューマニュアルという一つの形に取りまとめ
でインタビューを行うことで、研究の臨場感を引き
ていきます。また、海外の研究者に対しても同様のイン
出しやすくなる」などといった貴重な知見を得るこ
タビューを行い、国内で得られた知見を、相手が外国人
とができました。また、インタビューに参加した人に
研究者の場合でも活用することが可能か、ということ
は Researcher Zukan の活動にこれまで以上に関心を
を検証していきたいと考えています。
持ってもらうことができました。参加者の何人かは、
私たちは活動を行う際、いつもグローバルな意識
実際にインタビュアーとしての活動準備を現在進め
を持つことを意識しています。Researcher Zukanから
ています。
配信されるインタビューによって、世界中の研究者
が様々な研究に触れることが容易になり、自分以外の
研究分野に身近に接することができるような世界を
作っていきたいと思います。そして、世界中の研究者
が未知の研究に気軽に触れられるようにするだけで
なく、その中から革新的な共同研究が生まれる素地が
できあがることを期待しています。
12
KDDI Foundation Vol. 1
助成・援助対象者からの報告
社会的・文化的諸活動助成
②
助成・援助対象者からの報告
コンピューター技術の普及を通して
貧困の連鎖 を断ち切る
∼スリランカ僻地農村での活動∼
特定非営利活動法人アプカス 事務局長
伊 藤 俊 介
Syunsuke Ito
NPO法人アプカスでは、KDDI 財団
(旧 ICF)からの助
成を受けて、スリランカの僻地農村において、子ども
へのコンピューター&インターネット技術の普及活
動を行っています。
同地域は、世界的にも紅茶の産地として有名なウ
バ州にありますが、首都から南東部に車で 7 時間離
の固定化という深刻な社会問題に直結していくことが
懸念されています。
当法人では同地域において以前より有機農業技術
の普及活動を行っており、村人や教育関係者との対
話の中で、上記の問題の重大性を認識し、この活動の
立案につながりました。
れた場所にあり、電気水道及び道路など基礎的な社
会基盤も充分には整っていない僻地農村地域です。
また、長年続いた北東部の内戦の境界県であること
活動の目的
も影響し、未だ「開発 」の流れから取り残されていま
本活動は、
「僻地農村の子どもたちがコンピュー
す。同地域の多くの住民はいわゆる零細農民で、生産
ターに触れる機会を作り、基本的な操作方法等を学ぶ
性の低い焼畑農業などを行い、農閑期には日雇いの
こと」
、さらには「インターネットで世界とつながり、
仕事を求めて出稼ぎに行くといった生活を送ってい
E-mailを介して日本と交流を行う体験を通して、コン
ます。昨今の原油価格や食料価格の高騰で、生活はま
ピューターが持つ様々な可能性を感じ、学習意欲を高
すます苦しくなっており、子どもの教育や将来につ
めること」を目指しています。
いて考える余裕すらないというのが現実です。
一方、スリランカ全体で眺めてみると、都市部を中
心にコンピューター&インターネット技術が急速に
活動開始
普及し始めており、進学や就職の際に英語能力と並び
2 0 0 9年 4月、活動地域であるシーヌックワ村を訪
コンピューター技術が重要視される傾向が強まって
れました。コンピューター教室の場所を選び、先生を探
います。しかし、政府の統計によると、僻地農村地域
し、村役場からの許可を取り、関係者と協議を重
のコンピュータ普及率は 1 0%前後であり、学校や私
ねました。ほどなくして、教室として使用する家屋の
塾でもコンピューター技術を学ぶ場所はなく、コン
改修工事を開始しました。同時に、村の数カ所にコン
ピューターを見たこともない子どもがほとんどとの
ピューター教室の案内板を掲示し、興味がある人は登
ことです。今後、都市と農村間でI
T環境の格差が広が
録するようにと呼び掛けました。わずか 2週間で、登録
る可能性が十分にあり、特にコンピュータ普及の遅れ
した子どもの数は 2 0 0名以上。当初に予定した人数以
が子どもの未来に悪影響を与え、貧困の連鎖・貧困層
上の参加希望者に我々も驚くとともに、子ども・保護
KDDI Foundation Vol. 1
13
者を含む村人の期待を強く感じる事になりました。
4月下旬には、コンピューター 5台を設置した教室が
もたちはコンピューター教室に通い、学習を深めて行
きました。
完成。通常の農村地域の家屋は、天井やしっかりしたド
5月には、保護者を対象として「IT 技術の重要性 」に
アがありませんが、埃やネズミ等からコンピューター
ついて講習会を開きました。2時間の講習会終了後、
「今
を守るために、しっかりとした天井とドアを設置しま
まで、自分とは関係ないし、それほど必要でないと思っ
した。ネズミがケーブルをかじって断線させてしまう
ていたが、その重要性や子どもがそれを学ぶことの大
障害もスリランカでは日常の事です。全ての準備が終
切さが理解できた」という声が多く聞かれるとともに、
わり、いよいよ教室が始まる日がやってきました。初
めて見るコンピューターに目を輝かせる子どもたち。
「できたら、自分達もコンピューターを学びたい」とい
う要望も出ました。
登録した子どもを 5つのグループに分けて、理論と実
14
践を組み合わせたコースを常駐インストラクターが中
さて、スリランカで利用されているコンピューターは
心となって始めました。コンピューターの台数に限り
全て OSが英語です。そのため、初めてコンピューター
があるため、まず、理論を全員で学び、それぞれのスケ
を触る子どもたちは、英語の知識も同時に学ぶ事になり
ジュールに合わせて教室に足を運び、操作を学ぶとい
ます。母国語でないOSで学習することは大変なのだと
うスタイルで学習が進みました。教室は、月曜日から土
思いますが、子どもたちの 吸収する力 は非常に強く、
曜日の朝 8時半から夕方 6時まで開放し、生徒が学校
あっという間に基本的なコンピュータ用語(=英単語 )
にいる午前中を利用して、学校を卒業した子どもたち
を覚えていきました。コンピューター技術習得と英語学
にも学ぶ機会を与えました。スリランカの学校は基本
習は親和性が高いということを我々も改めて知ること
的に午後 1時半頃に授業が終わるため、放課後に子ど
となりました。また、インストラクターの先生は一人の
KDDI Foundation Vol. 1
ため、全ての子どもに対して手取り足とり教えるのには
最後に
限界があります。そんな中、高学年の子供たちが低学年
の子どもへ教えるというシステムが自然に始まり、コン
本活動を通して、コンピューターを見たこともな
ピューター教室を通して、子どもたち同士のつながりが
かった子どもたちが、今では基礎的な知識・技術を身
深まるという副次的な効果も現れました。
につけ、コンピューター上での文章作成等ができるよ
うになりました。子どもたちは、新しい 世界 を体験
4つのグループが 2 ヵ月のコースを終え、パソコン
し、その興味・関心をますます高め、意欲的に学習を
操作とオフィスソフトの基礎的な知識と技術を身に
続けています。今後、基礎コース終了後、次のステップ
つけて、最後の試験を見事に通過し、空き時間を利用
へと進み、子どもたちの学習をさらにサポートすると
しながら実践力を高めていっています。現在、最後の
ともに、最終的には、コミュニティがコンピューター
グループのコースが行われており、これが終了すると
教室を自主的に運営できるように、関係者との協議・
1 8 7名の子どもがコンピューターの基礎を学んだ事
連携を深めていきたいと考えています。
になります。当初の予定では、E-mailとインターネッ
活動を進める中で、子どもや保護者など多くの人
トを利用して日本との交流等を体験する予定でした
から、助成をしていただいた KDDI 財団(旧 ICF)への
が、電波の状況が悪く、インターネットへのアクセス
感謝の気持ちを届けて欲しいと頼まれました。この
が安定しないため、まだ実施できずにいます。アンテ
場をお借りして、人びとの感謝の気持ちをお伝えし
ナを設置すればアクセスが可能になるということで、
たいと思います。この様な活動をご支援いただきま
近日中に工事を行いインターネットへのアクセスを
して誠にありがとうございました。
確保し、残りの活動を行う予定です。
コンピューター教室の近くに
設置された看板。
コンピューター教室の初日。
先生も生徒も少し緊張気味です。
KDDI Foundation Vol. 1
15
2009年度受付 助成・援助対象者
2009 年10月に受付けられた「調査研究助成」、
「 国際会議開催助成」、
「社会的・文化的諸活動助成」、
「外国人留学生助成」の助成・援助対象者が、2月の審査委員会の審査を経て、2010 年3 月16 日に
開催された第 2 回理事会において次の通り決定されました。(所属・職位は、受付時のものです。)
◎ 調査研究助成
活動名
期 間
助成額(千円)
モバイルマネーの普及が
ケニア牧畜民社会に及ぼす影響
弘前大学 人文学部
准教授
羽渕 一代
2010年 4月 1 日∼
2012年 3月31日
2 年間
2,900
シェンゲン情報システムの
現状と課題
北海道大学
公共政策大学院
鈴木 一人
2010年 4 月 1 日∼
2012年 3 月31日
2年間
1,200
光の空間位相を利用した
高速多次元情報処理の実現
北海道大学大学院
工学研究科
准教授
戸田 泰則
2010年 4 月 1 日∼
2012 年 3月31日
2年間
1,200
高度変調方式に適用可能な
広帯域光波長変換
電気通信大学
先端領域教育研究センター
特任助教
松浦 基晴
2010年 4 月 1 日∼
2012年 3月31日
2 年間
2,400
両面市場から見た FMC サービスの研究
京都大学大学院
経済学研究科
教授
依田 高典
2010年 4 月 1 日∼
2013年 3月31日
3 年間
2,000
金属原子層共鳴散乱通信のための基礎研究
情報・システム研究機構
国立極地研究所
教授
中村 卓司
2010年 4 月 1 日∼
2012年 3月31日
2 年間
2,300
光パルス合成による光通信網の効率的利用法
東京農工大学
大学院共生科学技術研究院
先端電気電子部門
助教
柏木 謙
2010 年 4 月 1 日∼
2012年 3 月31日
2 年間
2,100
非接触給電によるワイヤレスメモリの研究
岩手大学工学部
電気電子・情報システム工学科
准教授
本間 尚樹
2010 年 4 月 1 日∼
2012年 3 月31日
2年間
1,800
情報通信を利用した国際的知的財産権侵害
名古屋大学大学院
法学研究科
教授
鈴木 將 文
2010年 4 月 1 日∼
2012年 3 月31日
2年間
1,600
光電界複素振幅波形の実時間測定技術
東京大学大学院
工学系研究科
講師
五十嵐 浩司
2010 年 4 月 1 日∼
2011年 3 月31日
1年間
2,700
Practical Aspects of Channel
Estimation in Relay-assisted Wireless
Networks
東北大学
工学研究科
助教
ガチャニン ハリス
2010 年 4 月 1 日∼
2012年 3 月31日
2年間
1,800
11 件
22,000
合 計
16
調査研究代表者
KDDI Foundation Vol. 1
◎ 国際会 議 開 催 助 成
会議名
第18 回ネットワークとプロトコルに関する
国際会議
The 18th IEEE International Conference
on Network Protocols(IEEE ICNP 2010)
主催団体名
実施時期 / 場所
助成額
(千円)
IEEE Computer Society
2010年10月 5 日∼
2010年10月 8 日
京都
900
社団法人電子情報通信学会
2010 年 9月13 日∼
2010 年 9 月14 日
大阪
850
世界自動化会議
World Automation Congress(WAC) World Automation Congress(WAC )&
TSI, USA
2010年 9 月19 日∼
2010年 9 月23日
神戸
850
第 15 回先進的アプリケーションのための
データベースシステムに関する国際会議
The 15th International Conference
on Database Systems for
Advanced Applications(DASFAA 2010)
筑波大学、
日本データベース学会
2010 年 4 月1 日∼
2010 年4 月4 日
つくば
900
マドリッド大会における「情報通信とマーケティン
グコミュニケーション」研究のシンポジウム
International Conference on Research in
Advertising(ICORIA)
第 9 回 ICORIA マドリッド大会
運営委員会
2010 年6 月24 日∼
2010 年 6月 26日
マドリッド
650
アジア南太平洋設計自動化会議 2011
ASP-DAC 2011(Asia and South Pacific
Design Automation Conference 2011)
ASP-DAC 2011 組織委員会
IEEE CASS, ACM SIGDA, 情報処理学会
システム LSI 設計技術研究会、電子情報
通信学会 基礎・境界ソサイエティ
2011 年1月25 日∼
2011 年1 月28 日
横浜
800
2010年アジア・太平洋電波科学会議
2010 Asia-Pacific Radio Science
Conference(AP-RASC'10)
国際電波科学連合(International Union
of Radio Science : URSI)、
電子情報通信学会
2010年9月22日∼
2010年9月26日
富山
800
日本光学会(応用物理学会)
光設計研究グループ
2010 年4 月19日∼
2010 年4月21日
横浜
600
第22回半導体レーザ国際会議
The 22nd IEEE International Semiconductor
Laser Conference(ISLC2010)
第22 回半導体レーザ国際会議
組織委員会
2010 年 9 月26日∼
2010 年 9月30日
京都
850
計算機と情報科学に関する国際会議
計算機と情報科学に関する国際会議
実行委員会
2010年 8月18 日∼
2010 年8月20日
山形
800
第13 回日独シンポジウム
13th German-Japanese symposium
(GJS 2010)
7th Internaional Conference on
Optics-photonics Design & Fabrication
(ODF '10 Yokohama)
合 計
10 件
8,000
KDDI Foundation Vol. 1
17
2009年度受付 助成・援助対象者
◎ 社会的・文化的諸活動助成
活動名
実施時期 / 場所
助成額(千円)
CSN(College Student
Network for Community Service) 浜松
2010 年 5 月 1 日∼
2011年 3 月31日
浜松
160
第62 回日米学生会議
The 62nd Japan-America Student Conference
財団法人国際教育振興会
2010年 7 年 26日∼
2010 年 8 年 21日
アメリカ(ワシントンDC、
インディアナ他)
800
産学連携・東洋大学
インターネット放送局事業
産学連携・メディア教育プロジェクト
2010年 4 月 1 日∼
2011年 3 月 31 日
東京、埼玉、オンライン上
760
ビルマ(ミャンマー)問題の解決に向けて
- 情報の整理とデータベース化プロジェクト -
日本ビルマ救援センター( BRC -J)
2010 年 4 月 1 日∼
2010 年10月30日
大阪
400
「アジアを飛び交う日本語交流
《平和・文化・友情》を語る虹の架け橋」
国際教育センター
2010年 4 月 1 日∼
2011年 9 月30日
アジア太平洋地域
1,000
「私の見た日本と日本人」のテーマでの
エッセーコンテスト
特定非営利活動法人中日交流誌
2010 年4 月 1 日∼
2011年 9月30日
中国
720
アンドリーニャ教室
2 010 年 4 月 1 日∼
2 011年 3 月31日
日本、
カナダ、アメリカ、
ケニア他
2010年 4 月 1 日∼
2011年 3 月31日
日本、
スリランカ
(他アジア諸国)
まちんと - 子どもたちによる平和の絵本 -
特定非営利活動法人
グローバルプロジェクト推進機構
Family Happiness Project:
国際相互理解を通した家族相互理解向上計画
中部 BQOE 研究会
外国人観光客を対象に原材料ピクトグラム協賛
企業を紹介する多言語ポータルサイト構築
特定非営利活動法人
インターナショクナル
20 10年4 月 1 日∼
2011年9月30日
大阪・京都
600
地域発信ハンドメイドプログラムによる
”グローカル”体験学習ツアー
特定非営利活動法人
ワールドキャンパスインターナショナル
インコーポレーティッド
2010 年 6 月 5 日∼
2010年 8 月30日
水戸、取手、我孫子、
多摩、上田他
810
2010年 4 月 1 日∼
2011年 3月31日
日本、カンボジア
950
社会的投資プラットフォームの構築、
及び ITを活用した相互コミュニケーション
の促進
合 計
18
主催する団体名
KDDI Foundation Vol. 1
Social Investment Fund for Cambodia
(SIFC)
11 件
950
850
8,000
◎外国人留学生助成
Sapaico Valera, Luis Ricardo
ペルー
栗 洋( Li Yang )
中国
東京工業大学 情報理工学研究科
博士課程 3 年
横浜国立大学
環境情報学府
修士課程 1 年
Human-Computer
Instruction using the tongue, for
Accessibilit
中国におけるICT 技術を利用した環
境低負荷社会の実現に関する研究
助成期間:12ヵ月
助成期間:12ヵ月
Eid, Mohamad Samir Abdelrahman
エジプト
Amaratunga, Tharanga Sandaruwan
スリランカ
東京大学
工学系研究科
修士課程 2 年
長岡技術科学大学
工学研究科
修士課程 1 年
A Coordinated Defense
Mechanism Against DDoS Network
Attacks
Global Injury Surveillance System
助成期間:12ヵ月
助成期間:12ヵ月
李 聡( Li Cong )
中国
周 小凡(Zhou Xiao Fan)
中国
名古屋工業大学
工学研究科
修士課程 2 年
福井大学
工学研究科
修士課程 2 年
マルチユーザ MIMOダウンリンク無線
伝送に関する検討
進化型アリコロニー最適化アルゴリ
ズムに関する研究
助成期間:12ヵ月
助成期間:12ヵ月
宮 兆喆(Gong Zhao Zhe)
中国
姚 綺(Yao Qi )
中国
千葉大学
工学研究科
博士課程 1 年
大阪大学
高等司法研究科
修士課程 1 年
Speed-up of Computer
Generated Hologram Using Cell
Broad Engine
経済活動における情報電子化と
法制度
助成期間:12ヵ月
助成期間:12ヵ月
安 信亨(Ahn Shin Hyung)
韓国
顧 (Gu Xin)
中国
東京大学
学際情報学府
修士課程 2 年
北海道大学
法学研究科
修士課程 2 年
コミュニケーション技術の発展・拡
散を通じての東アジア地域の超国家
的環境協力
著作物の利用を誘発するシステムを提
供する者の著作権間接侵害問題− P2P
技術のソフトを例として分析する
助成期間:6 ヵ月
助成期間:12ヵ月
Nguyen,Anh Tuan
ベトナム
豊橋技術科学大学
工学研究科
修士課程 1 年
RF-CMOS 無線通信回路とオンチッ
プアンテナを一体化した多機能集積
型ユビキタス・スマートマイクロセン
サの開発
助成期間:12ヵ月
KDDI Foundation Vol. 1
19
2009年度 研究奨励金対象者
200 9 年度研究奨励金が、2 009年 4 月の推 薦 受 付、5 月の選考委員会を経て、2009年6 月19 日に
開催された ICF第 7 7 回理事会において、次の通り決定されました。
研究課題名
20
所属 / 代表研究者
研究期間
環太平洋地域における
デジタル・デバイドに関する研究
駒沢大学
グローバル・メディア・スタディーズ学部
准教授
西岡洋子
2009 年 7月 1 日∼
2012 年 3月31日
2 年 9ヵ月
2,000
高スループットを実現する符号化変調
および再送方式に関する研究
横浜国立大学大学院
工学研究院
准教授
落合秀樹
2009 年 7月 1 日∼
2012 年 6 月30日
3 年間
2,500
情報通信の公益事業としての再定位:
自由化下におけるユニバーサルサービスに
みる競争と公益のありかた
北海道大学大学院
法学研究科
博士研究員
青柳由香
2009 年7 月 1 日∼
2011 年 6 月30日
2 年間
1,000
対話の空気を作り出す
バーチャルクリーチャ
電気通信大学 電気通信学部 知能機械工学科
准教授
長谷川晶一
2009 年 7 月 1 日∼
2012 年 6 月30日
3 年間
2,500
情報流の価値計測における
消費者評価手法導入に関する基礎的研究
秀明大学
英語情報マネジメント学部
講師
大塚時雄
2009 年 7 月 1 日∼
2012 年 6 月30日
3 年間
1,500
省電力ネットワーク実現のための
スロット型 Si 細線光導波路の機能集積化
の研究
東北大学大学院
工学研究科
助教
北 智洋
2009 年 7 月 1 日∼
2011 年 6 月30日
2 年間
2,500
KDDI Foundation Vol. 1
金 額
財団の活動から(国際協力活動)
2 0 0 9 年 1 0 月 1 日に財団法人国際コミュニケーション基金(ICF)と財団法人 KDDI エンジニアリング・
アンド・コンサルティング(KEC)が合併して新しく KDDI 財団が誕生しました。新財団は双方の事業をそのま
ま継続して実施していますので、ご紹介します。
■ 海外研修
国際社会におけるディジタルデバイド解消のためには、開
14 0ヶ国から計 5,
6 00
発途上国への技術移転およびその人材育成が不可欠です。
名に 上 り、2 0 0 9年 度
KDDI 財団では、1 9 5 7年に KDD(国際電信電話株式会社 )
にも7つの 研 修 コ ー
が初めて海外研修員を受け入れて以来の伝統ある事業
スが開催され、新たに
を受け継ぎ、開発途上国の情報通信発展に寄与できる人
約 6 0 名の研修員を受
材を育成するため、技術、運用管理業務などの研修を 企
け入れまし た 。
画・実施しています。これまでの海外研修員の数は、約
■ M C PC 講習会
情報通信を基盤とした社会経済活動の中で、モバイル通信
の重要性は、携帯電話の普及・拡大とともに、その重要性
が益々増しています。KDDI 財団では、モバイル通信の発展・
普及に資するために設立された MCPC(モバイルコンピュー
ティング推進コンソーシアム)が主催する「モバイルシステ
ム技術検定試験 1 級および 2 級 」の対策講習会を年 2 回(春
期、秋期 )開催し、モバイル通信の普及に努めています。
■ チャリティーコンサート
KDDI 財団発足を記念し、2010 年 2 月 2 2 日、紀尾井ホールに
2 月にスタートしたもので、毎年そ
て「チャリティーコンサートクラシック 2 0 1 0」を開催しま
の収益金がカンボジアでの学校建
した。チェンバロのホラーク井上道子氏を招き、田中一嘉
設のための寄付に充てられ、すでに
氏の指揮、N 響団友弦楽アンサンブルにより、バッハ、バー
5つの学校が開校しています。これ
バー、チャイコフスキーの作品が演奏されました。8 0 0席の
らの学校では、校舎とあわせてイン
ホールがほぼ満席になるほどのお客さまにご来場いただき、
ターネットに接続されたパソコン
チケット代、寄付金および協賛金等、合計で約 4 0 0 万円の
が導入され、同国の発展に欠かせな
チャリティが集まりました。本チャリティーコンサートは、
い IT スキルを持った人材が育って
財団の前身である2つの財団、ICF と KEC の協力で 2 0 0 5 年
います。
■ 青少年のための理科実験教室
東北大学、名古屋大学、九州大学において、中学生ないし
名大では 7月 3 1日に「テクノフロンティアセミナー」
(高校
高校生を対象とした実験教室を毎年開催しています。各大
生 4 2名参加 )、九大では 8月 1 0日に「中学生の科学実験教
学の工学系の教授・准教授が中心となり、それぞれ独創的
室 2 0 0 9」
(中学生 6 9名参加)という企画で開催されました。
な実験メニューを作って子供たちに体験させるもので、夏
多くの参加者から「ちょっと難しいけれど、とても面白かっ
休みの恒例行事となっています。東北大では8月 3日∼ 5日
た」という感想が寄せられており、青少年の理工学への関心
に「楽しいサイエンスサマースクール」
(中学生 4 3名参加 )、
を呼び起こすきっかけになっていることが実感されます。
■ 留学生のための施設見学会
当財団の「外国人留学生助成 」を受給中の、あるいは過去に
した。特に研究所では最先端の技術について学生の興味は
受けた学生を対象として、通信に関連する施設の見学会を毎
尽きることなく、長時間にわたる質疑応答がなされました。
年開催しています。今回は 7名の参加者が 1 2月 3日∼ 4日
見学の合間には筑波山の散策もあり、宿泊先ではおのずと
の 1泊 2日の行程で、初日に筑波宇宙センター(茨城県つく
懇親会が開かれ、解散する頃には全員がアドレスを交換し
ば市)、2日目に KDDI 研究所(埼玉県ふじみ野市)を訪問しま
あうほどに留学生同士の友好を深める機会ともなりました。
KDDI Foundation Vol. 1
21
雑 感
国際性豊かな個性溢れる
リーダーを育てよう
“
慶應義塾大学理工学部情報工学科
教授
笹瀬 巌
私の人生を決めた重要な出来事として、国際会議
での発表と、カナダのオタワ大学でのポストドクト
S a s a s e
なった。そして、そのためには、
「研究テーマを拡げ
ること」
、
「コミュニケーション力を身につけること」
、
ラルフェロー(博士号を取得した研究員 )としての
「教育者・研究者としての実力を高めること」が必要
2年間の研究生活が挙げられる。まず、大学院修士
不可欠であると感じはじめ、若いうちに海外で研究
課程 2年生の時、通信の分野で最も権威ある 1 9 8 0
能力を高めたいと願うようになった。当時は、若い時
IEEE International Conference on Communications の
に留学の機会を得ることはなかなか容易ではなかっ
国際会議で論文発表する機会を得た。当時は、大学
たので、海外の大学で職を見つける方が早いと思い、
院生が発表するということはきわめて稀であったた
国際会議で論文発表に出かけるたびに、業績リスト
め、大いに緊張したが、発表後、著名な研究者から有
と論文別刷を持ち歩き、知り合った先生方に、研究員
益なコメントをいただきとても感激した。このとき、
として採用を伺って回った。
若くても優れた研究をすれば正しく評価されること、
22
I w a o
幸い博士号取得後すぐに、カナダのオタワ大学で、
国際的な論文誌や国際会議での研究発表がないと研
2年間ポストドクトラルフェローとして働く機会を
究成果や実力は正当に評価されないこと、語学力(特
得ることができた。研究室での優秀な仲間との出会
に、発表能力 )を身につけなければ将来の活躍は見込
い、新しい研究テーマに取り組みしかも数ヶ月で研
めないことを強く感じた。特に、コミュニケーション
究成果を求められ寝食を忘れ研究に没頭したこと、
においては、通信工学で学ぶ「アナログ /ディジタル
セミナーや講義を行ったこと、日本とカナダの人々
変換 」よりも、
「日本語 / 英語変換 」がより重要であ
の考え方の違いに戸惑ったことなど、感受性の鋭い
り、また、単に伝送路に電気・光信号を効率よく伝送・
若い頃に外国で過ごすことができたことは実に素晴
交換する通信技術を学ぶだけでは不十分で、外国の
らしい経験となった。しかも、留学ではなく、有期契
文化や習慣を肌身で感じ、かつその背景となる歴史
約の研究員として(成果がでない場合には首となる
感や宗教などを理解して、広い視野と教養を持って、
ことも覚悟して)就職したことは、私にとって、絶え
相手の立場で、物事を理解・判断する能力を身につ
ず危機意識をもって背水の陣で研究に専念し実力を
けることが必須であると痛感したのである。
高める最高の環境を得たといっても過言ではない。
さて、博士課程に進み、将来、大学教員として学生
カナダは、日本のような年功序列社会でなく、
「成果
と共に研究にいそしむことができればと願うように
が評価の全て」という能力主義社会であり、機会均等
KDDI Foundation Vol. 1
カナダ・オタワ大学
屋上に当時実験で用いていた
衛星基地局用アンテナが
まだ残っている
冬のリドー運河から
眺めたオタワ大学
ではあるものの、みんな平等という家族主義は全く
ことが義務と責任として求められる。幸い、帰国後、
ない。皆が自分自身の実力を客観的に把握している
母校で働くことになったが、
「新しい研究テーマを絶
と同時に、挫折にもめげずに、自分自身の可能性と飛
えず探しつつ、論文誌および国際会議で休み無く研
躍を信じて絶えず前向きな態度でチャレンジしてい
究成果を発表し続ける」
、
「学生の能力と可能性を信
る姿を見せつけられ、そのタフさに圧倒された。
「自
じ、学生が自発的に研究テーマを見いだし、研究に専
信 」は、たゆまない自己鍛錬を積み上げていくこと
念できる環境を作り、一流の卒業生を輩出する」
、
「国
によってのみ得られるのである。職を探しに面接を
際会議で学生が発表する機会を与えるためにも積極
受ける場合に、自分が他人に比べてどれ位優れた研
的に研究費を獲得する」の 3つを早急に実施すべき目
究開発能力を身につけているかを明確にアピールす
標として掲げた。学生の才能を引き出すような指導
ることを身につけているカナダの大学院生の姿を見
のできない研究者は、教育者として失格である。自分
て、日本との違いをつくづく感じた。自分に実力をつ
に資質がなく精一杯努力しても実力が発揮できない
けるために大学院を志望し、実力を試すためにベン
場合には、職を辞するのは当然であると思い、とりあ
チャー企業に入ったあと、いずれ自立することを目
えず3年間がんばることにした。幸いにも、多くの優
標にし、はじめから大きな会社に勤務することはあ
れた学生に恵まれ、研究テーマも確実に広がり、成果
まり望まない。世界中から優秀な人材が集まり、かつ
を挙げることもでき、現在に至っている。
企業間での人材の流動性が高いのは、より高度な職
今、ワイヤレス通信分野では、音声トラヒックから
種にチャレンジすることによって高所得を可能にす
IPデータトラヒックヘの移行、無線 LANなどのワイ
る社会的メカニズムのせいであろう。
ヤレス通信利用の急増、地上波放送のディジタル化
さて、オタワ大学で2年目を迎え、学部 3年の「通
による放送の発展と通信との融合など大きなパラダ
信工学 」の講義と、大学院の「衛星通信工学 」の講義
イムシフトが起こっている。あらゆる情報がディジ
を担当する機会を得て大いに自信も深めることがで
タル化し、コンピュータや人だけでなく家電・動物
き、大学教員になることを強く志望するようになっ
までも含めたネットワーク化が一層進み、出版・音
た。大学教員になることは、
「教育・研究で生計をた
楽・映像・ゲーム配信なども通信で行われることに
てるプロフェッショナルになる」ということであり、
なるのはそう遠い未来ではない。5年後には、携帯画
学生を教育・研究指導しながら、立派な成果を挙げる
面で新聞、漫画、ゲームや音楽・映像を楽しみ、
「電
KDDI Foundation Vol. 1
23
話 」という言葉が用いられなくなっているかもしれ
づくコミュニケーション力によって、心の通った豊
ない。これからは、パーソナル化・カスタマイズ化に
かな(通心)社会を構築できるよう、
「通信」に携わっ
対するユーザの様々な品質要求を十分に満たす通信
ている研究者・技術者は絶えず意識する必要がある。
サービスやコンテンツを提供できるものだけが生き
さもないと、通信は、心を痛める(痛心 )だけの手段
残り、通信環境の利便性・柔軟性・信頼性だけでは
に成り下がってしまう。
なく、プライバシーも含めてセキュリティ的にも安
重要なことは、
「フロンティア精神を持ち、夢をか
心安全であると同時に、文化的薫りが漂う文化的イ
なえるために、新しい事を思い切ってやり始め、自分
ンフラの構築が求められる。このような高度情報化
の能力を最大限に発揮できるよう絶えずチャレンジ
社会では、
「独創的アイデアによる創造的な技術開発
する」ことである。独創性豊かな Only Oneとしての
や研究 」がより求められ、
「コミュニケーション力と
アイデンティティを持った、世界に通用する優秀な
マルチメディア基盤技術をしっかり身につけた知的
人材を育てることができるよう、
「教育の秘訣は、学
集団が、戦略や迅速性を重視し、各々の個性や特徴を
生を導いて、一方では彼らの仕事に対する愛好心と
最大限に発揮しながらチャレンジを繰り返すことに
熟練とを得させ、他方では適当な時期に、なにか偉大
より、技術のブレークスルーを生み出していく」と考
な事柄に生涯を捧げる決意をいだかせるように仕向
えられる。このような観点から、私は、これからの研
けることである」のヒルティの言葉を座右の銘とし
究者や開発者には、単に技術レベルだけではなく、深
て、さらに一層心を引き締めて研究教育に精進して
い教養と研ぎすまされた感性が、共に高いレベルで
いく所存である。
求められることになると思う。つまり、グローバルな
国際社会では、高度なコミュニケーション力をもち、
幅広い分野で広くかつ深い知識をベースにした卓越
したスキルを有し、かつ、新たなテーマに果敢に取り
組むチャレンジ精神に富む人材がより求められる。
そして、そのためには、若いころからいろいろな物事
に深い興味を持ち、感性を磨きながら、世の中で求め
られている技術ニーズやサービスがどのようなもの
であるかをしっかり吟味する深い洞察力を身につけ
ることが重要となる。
また、天賦の資質としてもっており、向上心のある
逸材に対しては、その才能を存分に伸ばすことがで
きるよう叱咤激励して、真のリーダーシップを発揮
できるエリートとして育てあげることもきわめて大
切である。聖書には、至極の福音文が多くあるが、
「エ
リート」とは、タラントをたくさん持っている者とさ
れ、タラントをさらに多くして社会に還元すること
を責務としてはっきり自覚できる個性溢れる自由人
であることが求められている。広い視野と教養に基
24
KDDI Foundation Vol. 1
笹瀬 巌
Iwao Sasase
昭和 5 4 年慶應義塾大学工学部電気工学科卒、昭和 5 9 年
同大大学院博士課程修了、工学博士取得 、同年カナダオタ
ワ大学工学部電気工学科ポストドクトラルフェロー、昭和 6 0
年同大講師、昭和 6 1 年慶應義塾大学理工学部電気工学
科助手、昭和 6 3 年同大専任講師、平成 4 年同大助教授、
平成 1 1 年同大情報工学科教授、現在に至る。これまで、
IEEE Communications Society(ComSoc)Asia Pacific
Regional Director、IEEE ComSoc Satellite and Space
Communications Technical Committee Chair, 電子情報通
信学会通信ソサイエティ副会長、ネットワークシステム研究
専門委員長、通信方式研究専門委員長などを歴任。情報通
信工学の広範囲な研究テーマに対して、2 0 名以上の優れ
た学生と共に楽しく研究に励んでおり、
これまで、学術論文
2 5 6 編、国際会議論文 3 7 4 編の研究成果を発表している。
詳細は、http://www. sasase.ics.keio.ac.jp 参照。
連絡先
〒223 - 8522 横浜市港北区日吉 3 - 14 -1
慶應義塾大学 理工学部 情報工学科
Tel . 045- 566 - 1755, Fax . 045 - 566 - 1747
E- ma il : [email protected]
www.sasase.ics.keio.ac.jp
財団法人 K DDI 財団 役員名簿
◎ KDDI財団の助成実績
助成件数の推移
(単位:件)
61
2004年度
2005年度
63
2006年度
62
2007年度
55
2008年度
55
2009年度
55
助成総額の推移
85
87
2005年度
81
79
2008年度
79
77
2009年度
赤澤 秀樹 ◎
KDDI 株式会社 顧問
理 事
伊藤 洋子
株式会社系 代表取締役
理 事
大山 俊介
KDD I株式会社 執行役員経営企画室長
理 事 佐々木かをり 株式会社イー・ウーマン 代表取締役社長
理 事 土佐 和生
理 事 中村 伊知哉 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
甲南大学法科大学院 教授
理 事 樋口 泰行
理 事 ピーター・D・ピーダーセン 株式会社イースクエア 代表取締役社長
監 事
松永 幸廣
マイクロソフト株式会社 代表執行役社長
京都監査法人マネージング・パートナー 公認会計士
財団法人 KDDI 財団 評議員名簿
2004年度
2007年度
伊藤 泰彦
専務理事
理事は五十音順/◎印は常勤 2010 年 3 月31日現在
(単位:百万円)
2006年度
理事長
有冨寛一郎
財団法人マルチメディア振興センター 理事長
天野 定功
KDDI 株式会社 代表取締役副会長
氏家 純一
野村ホールディングス株式会社 取締役会長
内海 善雄
株式会社トヨタ I T 開発センター 最高顧問
岡 素之
住友商事株式会社 代表取締役会長
沖原 宗
株式会社三菱東京 UFJ 銀行 取締役副会長
小野寺 正
KDDI 株式会社 代表取締役社長兼会長
角川 歴彦
株式会社角川グループホールディングス 代表取締役会長兼 C.E.O.
姜 尚中
東京大学情報学環 教授
草野 耕一
西村あさひ法律事務所 代表パートナー弁護士
菅谷 実
慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所 教授
土井美和子
株式会社東芝 研究開発センター 首席技監
永井 研二
日本放送協会 専務理事技師長
林 敏彦
放送大学大学院文化科学研究科 教授
藤原まり子
株式会社博報堂 生活総合研究所 客員研究員
五十音順 2010 年 3 月31日現在
◎ 2009年度 助成・援助の構成比
編集後記
昨年10 月の財団合併から早くも半年が過ぎました。新緑の季節に
助成総額 77,200千円
KDDI財団誌第 1 号を発行することができ、財団の前身である ICF、
KEC の事業をますます盛り上げつつ、何か新しいことにも挑戦でき
るのでは?というワクワク感に心躍る今日この頃です。
(理)
その他
9.5%
外国人留学生
24.5%
調査研究
45.3%
社会的・
文化的諸活動
10.4%
会議開催
10.4%
K D D I Foundation Vo l .1
発行/ 2010 年 4月2 0日
編集・発行責任者/佐藤 隆
財団法人 KDDI 財団
〒 113-0021 東京都文京区本駒込 2-28-8
文京グリーンコートセンターオフィス 7 F
Tel: 03(5978)1051 Fax: 03( 5978)1050
Email: [email protected]
http://www.kddi-foundation.or.jp
設立:2009 年 10 月 1 日 :KDDI株式会社