緑化マニュアル(のり面緑化編)概要版

福井県雪対策・建設技術研究所
年報地域技術第1
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緑化マニュアル(のり面緑化編)概要版
A summary of a manual making a slope green
向 川 泰 弘
1.
はじめに
本業務の目的は、現在まで行われているのり面緑化
の問題点を把握し、より地域環境や生態系に配慮した
のり面緑化工事を行う「きっかけ」をつくり、今後の
のり面緑化の方向性を示すことである。
このことは、近年深刻化している地球の環境上の問
題(地球温暖化・生物多様性の減少・資源の枯渇な
ど)の解決への糸口にもなると考えられる。
以上のことを背景に、のり面緑化について平成1
2年
度から、生態系を保全・再生するという課題に対処し
たのり面緑化法の調査・研究を行ってきた。また、早
写真−1 マメ科肥料木の繁茂
期の「みどり」形成ばかりではなく、植生による長期
的な斜面安定を実現するためのより速やかな植生の回
ヤマハギが繁茂し、
地域環境と異なった様相を呈している。
復を基調としたのり面緑化工や、環境に負荷が少なく、
周辺環境の保全にも寄与するのり面緑化工、地域内の
資源の循環および有効利用を念頭に置いたのり面緑化
工の研究を行った。それに合わせ最新ののり面緑化に
関する技術の情報収集も行ってきた。その結果をマニ
ュアル作成委員会および検討部会で議論し、今回マニ
ュアルを作成した。
2.現状の問題点
のり面緑化はこれまで初期ののり面の雨水による表
面浸食防止を主目的に、その後の植生遷移による周辺
写真−2
環境との調和に期待し、工事を行ってきた。その結果、
河川へ影響
以下の問題が指摘されるに至っている。
緑化工事に用いられるオーチャードグラス・ホワイトクローバー・
クリーピングレッドフェスクなどが流出し河川内に繁茂している。
2.1
2.2
外来牧草・外来マメ科肥料木の利用
緑化目標の非設定
緑化用の植物種として入手が容易で初期成長のよい
地域の植生遷移の考えに基づき、その土地の自然環
外来草本やマメ科肥料木が用いられることが多かった
境に則した緑化目標の設定がされていなかった。この
(写真−1)
。
これらの弊害として、外来種による地域
ため「斜面が緑になる」ことのみが目的となり、外来
の生物相や生態系の攪乱、種子の流出による在来河辺
牧草や外国産の「郷土種」、マメ科低木などの大量使用
植生の衰退(写真−2)
、
マメ科肥料木による単一的で
を招いた。
植生遷移の停滞したのり面など広域的な問題が明らか
となった。
2.3
長期的な安定の検討不足
のり面緑化後、期待されていた植生遷移が進行せず
周囲の自然環境と調和していない事例(外来種の長期
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技術基準・資料等
的な繁茂(写真−3)
)
や、導入種からの植生遷移が期
2.5
地域外資材の持ち込み
緑化資材の多くは種子を含め県外産、外国産である。
待していたほど進まないうちに植生が衰退し、浸食防
止の目的が実現されていない事例(数年後の裸地化・
現在、公共事業ではリサイクル資材の活用拡大等が取
植生基盤材の流出(写真−4)
)
等がある。また、現地
組まれており、のり面緑化工においても地域内の資源
の状況(地質・勾配・土壌硬度等)の調査が不十分で
循環へ取り組みの必要性が指摘され、現地表土および
緑化の目的を果たしていない箇所も見受けられる。こ
樹木のチップなどの有効利用が望まれている。また、
れらの原因から長期的な斜面安定が実現されていない
外来種子(植物)については、「特定外来生物による
場合がある。
生態系等に係る被害防止に関する法律」
(平成17年6月
1日施行)によりどのような緑化用植物を対象にする
か関係3省(環境省・農林水産省・国土交通省)で検
討を行っている。
3.
マニュアル作成の要点
今回作成したマニュアルは、以上のような課題と最
新ののり面緑化に関する技術の情報収集の結果から以
下を要点として作成した。
・のり面の自然環境を取り戻す。
・外来種を極力用いない植生を目指す。(できる限り
国産種子及び苗を利用する。)
・分かり易く地域にあった緑化目標が設定できるよう
写真−3
にする。
外来種が繁茂し、
周辺からの植生の侵入が困難な状態
・可能な限り上位の遷移段階を目指す目標設定を行え
るようにする。(木本類の使用;樹林化)
・現地発生材(表土・樹木)およびリサイクル材の利
用促進
・播種工の場合の発芽期待本数を抑える。
・植生の判定時期を明確にする。
・のり面緑化台帳の作成によりモニタリングを実施す
る。モニタリング結果により見直しを行う。
マニュアルの概要については、別添資料に示す。
謝辞
写真−4
本マニュアルを作成するにあたり、多大な御協力を
施工後数年で植生が衰え、
基盤が流出した現場
いただいたマニュアル作成委員会・検討部会の各位や
試験施工・資料提供をお願したなど多くの方々に助言
2.4
一律な緑化
と多大なるご協力を頂いたことを記し謝辞とする。
気候風土等に関係なく全国一様な緑化植物を用いた
緑化が行われ一律な緑化となっている。また、それら
植物の野外での拡散は生物多様性および自然環境の地
域性尊重の上で問題が多い。
引用文献
1)
福井県:緑化マニュアル
(のり面緑化編)
−環境保全型のり面緑化を目指して−
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福井県雪対策・建設技術研究所
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緑化マニュアル(のり面緑化編)
−環境保全型のり面緑化を目指して−
概 要 版
第1章
総則
1.目的
本マニュアルは、自然環境や景観の保護・保全および生物多様性や生態系の保全を考慮したのり面緑化
の考え方とそれに基づく手法を示すことを目的とする。
解説
近年深刻化している地球環境上の問題(地球温暖化・生物多様性の減少・資源の枯渇など)に対応する
ためにも緑化事業は大きな役割を果たす部分がある。しかし、従来行われてきた緑化においては、外来種
の多量な使用などにより周辺自然環境・景観への配慮や生態系・植生遷移などの面で幾つかの問題が生じ
てきている。そこで本マニュアルでは、「速やかな植生の回復を基調としたのり面緑化」
「環境に負荷が少
なく、周辺環境を保全するのり面緑化」を目指し、のり面緑化の考え方とそれに基づく手法を示すことを
目的に作成した。
2.適用範囲
本マニュアルは、福井県内で施工される建設工事によって造成される切土、盛土ののり面工事に適用す
る。
注
①
事業実施にあたっては、関係法令・条例を遵守し、事業の目的等を逸脱しない範囲で適応する。
②
本マニュアルは、のり面緑化を対象にしたものであり造成されたのり面の安定を確保した後、適用す
る。
3.基本方針
本マニュアルの基本方針は次のとおりである。
長期的な斜面安定
地域内の生態系保全
地域内資源循環
解説
これまでのり面緑化工は、のり面の浸食防止に主眼をおき、外来牧草類による急速な緑化が進められえ
てきた。しかし、近年では環境への配慮が求められている。そこで本マニュアルでは、のり面緑化工を行
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技術基準・資料等
う場合、以下の3つを基本方針としのり面緑化工を行う。
長期的な斜面安定
初期緑化のみではなく、正常な植生遷移過程の植生を目標に長期的な斜面安定を目指す。
・
正常な遷移過程の植生を緑化目標として緑化工を行う。
・
木本類の群落を積極的に緑化目標に設定し緑化工を行う。
地域の生態系保全
早期に周辺環境に適合した植生を回復させ、多様性のある地域の生態系を保全する。
・
外来種を極力排除する。
・
周辺環境に適合した植生を創出する。
・
既存の植物により散布される種子などの侵入植物を活用する。
地域内資源循環
建設工事により発生する樹木や表土などの有機物は本来緑化材料として利用が可能なものが多いた
め有効利用に努める。
第2章
・
表土の有効利用に努める。
・
建設発生木材の有効利用に努める。
・
できる限り県内産材料の使用に努める。
設計
1.緑化目標
のり面緑化を行う環境条件(気象条件等)に適応し、植生遷移の進行を短縮化・促進するための緑化目
標設定を行う。
そのために以下のことに注意し目標設定を行う必要性がある。
地域性を考慮
植生の遷移段階の上位段階を目指す
解説
外来種を主に用いた緑化を行った場合、植生遷移の停滞およびその後の偏向遷移が起こる危険性がある
ことや種子の流出による在来川辺植生の衰退などが問題となっているため、地域に応じた緑化目標を設定
する必要がある。また、偏向遷移の危険性を少なくするためにもできる限り地域植物の遷移過程にある上
位のものを目標とし設計することが望まれる。
本マニュアルでは、地域に応じた緑化目標を設定するために、福井県を植生および環境条件により4分
割し地域ごとの緑化目標を設定している。(図―1参照)
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図−1
*但し、沿海地タイプは、海から数!〜十数!の範囲にすぎないため図化していない。
また、植生遷移の上位過程のものを緑化目標に設定するために造成されたのり面の勾配により緑化目標
を立てる。(図―2参照)
もちろん、造成されたのり面は土質等が均一ではなく、造成されたのり面の勾配のみで緑化目標を決定
した場合、計画が不適となる場合もあるので検討も必要であると考える。
*1個別特殊事情とは、事業制度や住民の意見の反映などを指す。
*2構造物や編柵工等を利用し植栽に適した勾配や基盤を確保する。(確保する場合1.
7割以上がよい。
)
可能か否かについては、各主幹課の方針を参考に判断を行う。
図−2
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第3編
技術基準・資料等
環境に配慮したのり面緑化を行うために以下の事項に注意する。
1.地域にあった在来種を主に用いた緑化を行う。
2.安易な外来種の利用を避ける。
3.単一植生にならないようにする。
4.木本類の採用を検討する。
5.草本類の播種工の場合、発芽期待本数を多くしすぎない。
6.現地発生材(現地表土・樹木)およびリサイクル材の利用を図る。
2.設計の考え方
解説
環境に配慮したのり面緑化を行うためには、できる限り地域にあった在来種を用いることが望ましい。
また、今回作成のマニュアルの基本方針である「長期斜面の安定」
「地域生態系の保全」の観点から単一植
生にならないよう注意することが必要になる。単一植生になることにより環境変化や病害虫などによりの
り面全体の緑化への悪影響が考えられるほか、多様性の喪失や周辺環境との調和という点でも問題が発生
するものと考えられる。
草本類の播種工を行う場合、発生期待本数を多くしすぎると木本類を被覆し成長を阻害する場合や周辺
地域からの侵入種子が入りにくく植生遷移が遅れることがあるので注意が必要である。
また、基本方針の「地域内資源循環」の観点から現地発生材(現地表土・樹木)およびリサイクル材の
利用促進を図る。
在来の植物を利用して緑化を行う場合、種子および苗木は地域産および国内産のものを用いるのが望ま
しい。そのため、事前に計画を立て種子および苗木を予約注文することが必要である。
3.種子および苗木の確保
解説
環境に配慮したのり面緑化を行う場合、種子と苗木は重要な要素である。基本方針の1つでもある「地
域の生態系保全」を実践するためには、緑化工にできる限り現地産・県内産・地方産・国内産の種子およ
び苗などを使用するのがよい。
種子については、特に現地産・県内産・地方産・国内産の種子の調達は、外来種の調達に比べ難しい状
況にあるため、現状では計画的な予約採取を行う必要がある。
苗木についても国内産での確保は比較的に容易であるが、より郷土性を確保し、地域の生態系に配慮す
るために必要な現地産・県内産の確保は難しいため事業計画に合わせ苗木の栽培および予約等を事前に行
うことが望ましい。
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施工
1.特記仕様書の作成
発注者と施工者の間でのり面緑化の目標・目的を共有するために特記仕様書を作成する。
特記仕様書で以下のことを明確に記載することが望ましい。
・土工完了時の確認について
・緑化目標と導入植物について
・検査・初期生育の確認について
・使用材料について
解説
特記仕様書は、のり面緑化に関する項目を明示し、発注者と施工者の間でのり面緑化の目標・目的を共
有することを目的とする。発注者と施工者がのり面緑化について共通認識を持つことにより緑化工の成功
があると考えられる。
①土工完了後の現地立会について
土工完了後の状況を施工者と同時に確認し、設計との相違を両者で協議し、現場に反映するため行う
ものであり、その趣旨を特記仕様書にて明確にする。
②緑化目標と導入植物について
緑化目標を共有することにより、施工者にもどのような緑化を図っていくかを検討する情報を与える。
または、様々な緑化に関する情報を得るためにも明確にする。
③検査・初期生育確認について
検査の方法および初期生育確認の内容を明記し、施工後に誤解の無いようにする。(検査の項目や手
直し工事について)
④使用材料について
使用材料の種子等の優先順位を明確にする。
特記仕様書には、上記掲載のものを含み、以下の事項を適宜記載するのがよい。
1)のり面緑化工事概要について
2)緑化目標と導入植物について
3)緑化基礎工について
4)種苗の入手方法について(優先順位を含めて)
5)主要資材・材料について
6)施工時期について
7)表土・リサイクル資材の利用について
8)検査・初期生育確認について
9)手直し工事について
1
0)のり面緑化台帳作成について
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第3編
技術基準・資料等
緑化工の施工は、できる限り適期に行う。適期の条件としては次のようなものがある。
種子の場合の発芽条件
・平均気温が5℃〜1
0℃以上(2
8℃以下)の日が1〜2週間程度
・最高気温が3
0℃以下
活着および生育条件
・平均気温が5℃〜1
0℃以上(2
8℃以下)の日が2〜3ヶ月程度
・積雪の影響がない時期
但し、播種工の場合、適期以外の施工となる時は、設計の発芽期待本数に補正を行い施工することとす
る。植栽工の場合においては、十分な養生を行う必要がある。
2.施工時期
解説
植物が発芽・成長するためには適度の水分と温度が必要である。施工現場で播種した植物が発芽するた
めには、平均気温5℃〜1
0℃以上(2
8℃以下)の日が1〜2週間程度必要であるといわれている。また、
最高気温が3
0℃以上となる時期の施工を避けることが望ましい。
播種および植栽した植物が活着および生育し、多少の気象変化に耐え得る個体になるためには、十分な
水分条件と前記の温度条件が2〜3カ月以上続く必要がある。一般に播種工の場合、外来草本類は発芽・
成長が早いため施工期間としては長くなるが、在来種および木本類については発芽・成長が外来種に比べ
遅い傾向があるので注意が必要である。植生工の施工時期は上記の要因と使用する植物の特性を十分理解
し、決定するのがよい。
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第4章
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検査
1.完成検査・初期生育の確認
環境保全に配慮したのり面緑化に関しては、工事完成時に工事の目的に対する成果を検査することが困
難である。そのため目的に対する確認を行う必要がある。
解説
緑化工の成果を検証するには、緑化目標の達成度を判断する必要があるため長い月日が必要となる。そ
こで緑化工における検査および確認は以下の3段階に分けて行うのがよいと考えられる。
工事完了後の検査
(完成検査)
初期生育の確認
(確認)
緑化目標達成度の確認
(確認)
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第3編
技術基準・資料等
2.完成検査の内容および時期
完成検査は、工事完成後に出来形および使用材料について行うものとする。
3.初期生育の確認
初期生育の確認は、発注者と受注者の立会いのもと行う。確認時期としては、緑化工を施工してから1
年以内で夏季もしくは冬季を経過し植物が成長した時期に行う。
確認は、緑化目標に従い植物群落が形成できるか否かに主眼をおく。
解説
のり面緑化工においては、工事完了直後に工事の目的に対する成果を検査することが難しく、早急に判
断することができない。そのうえ、従来の外来草本種を多量に用いて緑化を行う場合に比べ、在来草本類
および木本類を用いた場合には、植被率の確保・初期の発芽等が遅れる傾向があることから初期生育確認
の時期を完成検査からずらす必要がある。
それに加えて、初期生育は緑化工の施工時期により影響を受けることから、初期生育確認時期を施工時
期により検討する必要があると考えられる。今回のマニュアルでは、確認時期(案)を次のように示して
いる。ただし、導入する植物の種類によっても差異があるため注意する必要がある。
初期生育確認時期(案)
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