新・家族主義の台頭と消費のゆくえ

Japan Marketing Academy
★
論文
新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
笊 ――― 家族主義と消費社会の現代史
笆 ――― 戦後の家族主義の形成
笳 ――― 家族の形成
笘 ――― 家族主義の崩壊
笙 ――― 新しい価格志向と消費の危機
笞 ――― 「仕事から消費へ」の幸福感の変化
笵 ――― 地域から始まる新・家族主義の台頭
笨 ――― 若者は消費ターゲットとして有望か
笶 ――― 若まとめとしての群居家族
袖川 芳之
● ㈱電通 ソーシャル・プランニング局 ソーシャル・コミュニケーション推進室
パブリック・コンセンサス推進部 部長
結末なのである。
その結果として,幸せな家族を築くという
ライフプランを実行する人が減少している。
笊――― 家族主義と消費社会の現代史
“郊外に一軒家を持つ一家四人の核家族”とい
うかつての憧れは,今では人生の理想モデル
70 年代半ばから構造的に低下し始めた日本
ではなくなったように見える。
の合計特殊出生率は一時 1.3 を割り込み,06
本稿では,家族を持つことに幸福があると
年に総人口が減少局面を迎えたことで,日本
信じ,人生の目標として受け入れていた価値
の晩婚化,非婚化への関心が高まっている。
観を「家族主義」と呼ぶことにし,戦後の消
その裏には,家族を持つことに対する一種
費社会は家族主義によって支えられていたこ
の“冷め”があるように見える。初婚年齢,
とを説明する。次に,どのような過程を経て
離婚率,生涯未婚率の上昇,結婚しなくても
家族主義が崩壊してきたかを総括する。その
幸せに生きていけると考える若者が増加して
上で,最近の調査結果から見出された“新し
いる。若者が結婚を敬遠する理由としては,
い家族主義”の芽生えについて言及し,消費
「ふさわしい人がいないから」が最も多い。男
社会の変容についてその方向性を指摘する。
性が「草食化」し,女性に対して積極的な人
笆――― 戦後の家族主義の形成
が少なくなった上に,結婚して家庭を持つた
めに最低限必要だと女性が期待する所得を満
日本においては消費は世帯単位でしか把握
たせない男性が増えている。結婚していない
されていない。
人は,積極的に結婚しないことを選択した人
というよりは,結婚したくても経済的に結婚
家計調査では 02 年からようやく単独世帯
相手として選ばれない人(男性)と,結婚し
(一人暮らし世帯)を把握するようになったも
たくても選べない人(女性)とのすれ違いの
のの,消費支出の把握は,世帯主年齢によっ
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
てくくられた世帯でしか把握できない。世帯
の製菓会社の「大きいことはいいことだ」や
の中でどの個人が何を消費しているかは,独
70 年の自動車会社の「隣の車が小さく見えま
自のマーケティング調査を通して推測するし
す」という広告は,この時代の企業と消費者
かない。
の意識をよく表している。
統計がそれで事足りていたのは,日本では
人々は良い家族を演出するために“家族の
家族が消費の単位かつ消費のエンジンになっ
魅力構築競争”をしていたのであり,そこに
ており,消費されるものも 50 年代の三種の神
大規模な家族消費をする“大衆”が出現した
器(電気洗濯機,電気冷蔵庫,白黒テレビ)
のである。
も,60 年代の 3C(カラーテレビ,クーラー
戦後直後は世界的にも生産設備が不十分で,
マイカー)も,全て家族財であったからだ。
アメリカが世界で唯一商品を提供していた。
それらは家族らしさを作るために購入された
が,戦後 10 年も経つと,各国の生産力も回復
商品だった。
し,日本でも生産過剰が心配された。
高度経済成長期以前は自営業の割合が高く,
しかし,そのような心配は杞憂に終わった。
農業や商店街の小売業では男女共に働いてい
というのは,大規模な家族形成を背景にした
た。が,高度経済成長期(53 年から 73 年)
大衆が過剰と思われた供給を飲み込んでいっ
に日本人のサラリーマン化が急速に進み,男
たからである。テレビ放送が本格的に始まっ
性は仕事,女性は家事という役割分担が進ん
たのは 59 年であるが,テレビのようなマスメ
だ。
ディアへの広告費の支払いが可能になったの
50 年代,60 年代に起きた家族財の消費ブー
は,藤岡和賀夫が『さよなら大衆』の中で述
ムに引き続き,80 年代には余暇・レジャーブ
懐しているように,「その売れる数が千や万で
ームが起こった。内閣府の「国民生活に関す
はなく,億単位だったから」である。
る世論調査」の中にある「生活の力点」では,
当時の人々は,家族がより成功しているよ
78 年に「住生活」を抜いて「余暇・レジャー」
うに見え,家族が喜ぶものには積極的にお金
がトップになった。余暇・レジャーブームは,
をかけた。家族が消費の意味を保証すること
生活の中に日常(仕事と家事)と非日常(自
で,人々の幸福が獲得された。専業主婦は地
由時間)の区別をはっきりさせるもので,家
域社会で大きな役割を果たしているが,消費
族の時間という純粋な楽しみを追求しようと
という視点で簡略化した図式にしてみると,
した動きである。
家族=消費=専業主婦
50 年代からの家族消費ブームを支えたのは
仕事=生産=サラリーマン男性
企業の投資である。家族に対して次々と魅力
家庭内,社会内での男女の分業が,生活水
的な新商品を提供し,大型で高性能な付加価
準の上昇スパイラルを生み,全てがうまくい
値の高い商品が市場に出回るようになる。高
く。その要が家族というシステムであった。
付加価値商品は従業員の所得を高め,ご近所
に恥ずかしくない家族を演出するためにワン
ランク上の消費を追求するようになる。67 年
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のピークが,その 3 年後の 75 年に出生数のピ
笳――― 家族の形成
ークが訪れたのである。
小坂明子の「あなた」のヒットは 73 年。小
このような家族は一般に考えられているよ
さくても郊外に一軒家を持ち,「大きな窓と小
うに戦後の長い過程を経て形成されたわけで
さなドア」は家から外は見えるが外からの浸
はない。筆者の意見では 70 年代初頭のごく短
入は拒みたいというマイホーム主義を表現し
い期間,70 年∼ 73 年の数年間に形成された
ているように思える。
と考えられる。この間の 72 年に婚姻件数が頂
家族の形成に大きな打撃を与えたのは 73 年
点を迎えている。
のオイルショックであった。翌 74 年はインフ
72 年の婚姻ブームの担い手は,地方から都
レと不況が同時に起こるスタグフレーション
市に流入してきた若い人々である。地方には
の年となり,社会の価値観も,この先は安定
仕事が乏しく,都市では 64 年の東京オリンピ
した成長は望めないのだという確信が広まっ
ックやそれに伴う首都高速道路建設,新幹線
た。堺屋太一が未来小説『団塊の世代』を発
建設,70 年の大阪万博と多くの雇用機会が提
表するのは 76 年であり,それまでは社会に
供された。この機会を目指して,60 年代に,
“団塊の世代”という概念はなかった。今後は
多い年では年間約 70 万人が地方から東阪名の
もう,それほどの多人数の世代は現れないと
大都市に流入した。
いう意識が,時代に団塊の世代を “発見”さ
はしだのりひこの「花嫁」が夜汽車に乗っ
せたのである。
て嫁いでいくのは大都市に出た恋人を追って
笘――― 家族主義の崩壊
のことであり,さだまさしの「案山子」で
「♪元気でいるか?」と気遣うのは,地方に残
った長男が都市に出た次男や三男に向けた言
家族主義はオイルショックをきっかけに崩
葉である。団塊の世代当時の合計特殊出生率
壊し始める。家族主義は 70 年代半ば以降,
は 4.0 近くあり,団塊の世代は 4 人きょうだい
様々な挑戦に直面する。
が多いのである。太田裕美の「木綿のハンカ
山田太一の『岸辺のアルバム』(77 年),金
チーフ」は,都市に行った許婚が残念ながら
属バット事件(81 年),家庭崩壊を描いた
『積み木くずし』(82 年),ニュータウンの不
都市の虜になってしまった歌である。
このような若い世代に対して,レトルトカ
倫を描いた『金曜日の妻たちへ』(83 年)と
レー(68 年),缶コーヒー(69 年),カップヌ
続き,83 年は離婚がこの時代としてはピーク
ードル(70 年),マクドナルド(71 年),など
を迎える。
だが,家族は見かけとしては成熟していっ
の簡便食が提供された。コンビニエンススト
たように見える。それは団塊の世代という,
アの第一号店は 74 年にオープンしている。
この若者たちが,都市の自由な匿名性の中
家族主義の幻想を抱いたボリューム層が登場
で恋愛結婚をして,幸福な家族を作ることに
し,国も企業も家族を演じるのに都合の良い
憧れたのである。その結果,72 年に婚姻件数
商品やサービスをその市場に提供したからだ。
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
ファミリーカー,ファミリーレストラン,家
年を迎え家族消費からの退場を始めている。
族の団欒のための大型テレビ,ディズニーラ
ここに家族幻影を団塊の世代というボリュ
ンドなど,家族を持つことが生活を楽しむこ
ームで支え続けた消費の時代は終焉を迎えた
とにつながるような商品やサービスが提供さ
のである。
れたのである。
笙――― 新しい価格志向と消費の危機
バブル経済期に消費が盛り上がったのも,
団塊の世代というボリューム層が,世帯とし
家族主義の終焉は消費に深刻な影響を与え
て最も支出の多い年齢になっていたという実
始めた。
需の要素もあったといえる。
だが,バブル経済期の間,内閣府の「国民
この数年,特に 07 年夏に米国のサブプライ
生活に関する世論調査」によると,団塊の世
ムローン問題以降の低価格志向は,それまで
代の生活満足度は全く上昇していない。彼ら
の低価格志向と一線を画している。今の低価
は家族主義を消費によって形式的に満たしな
格志向は,世帯の低収入が定着することで,
がら,幸福感は満たされていなかったのであ
生活の値ごろ感の見直しが始まったために始
る。
まった低価格志向なのである。
家族主義は人々の憧れとして存在していた
将来に向けて所得が上昇する期待がある時
ものの,その内部では既に崩壊が進んでいた
代では,その時に多少無理をしてモノを買っ
のである。
ても後の負担が少ないが,収入が増える見込
80 年代のバブル経済の崩壊後,93 年以降に
みがない場合は,将来に負担を引きずる可能
長く続く平成不況が始まった。バブル経済期
性が高くなる。だから,家族主義時代には買
の「高いものほど売れる」という価値観の反
う余裕があった耐久財でも,ポスト家族主義
動から,価格破壊が起こった。低価格のハン
時代には買えない商品になりつつある。
バーガー,フリースを素材とした低価格の衣
家族主義の時代にはお金がなくても,多少
類,100 円均一の大規模店舗の登場,低価格
の無理をしてローンを組んで家やクルマを購
の PB 商品など,「この品質でこの値段!」と
入した。それは家族という幸福の源泉があっ
いう驚きが消費意欲を支えた。新規に参入し
たからである。家族という幸福を失った世代
た企業による規制緩和も低価格化を推し進め
には,無理をしてまで家族財を購入する動機
た。
がない。世帯消費から個人消費にシフトする
とは,このような購買動機の変化を意味する。
低価格商品に反応する価格志向は,若い世
代の消費スタイルの基調となった。バブル経
容量が小型化するとか,個人の感性の嗜好が
済期を知らない世代の割合が消費社会の中で
より反映されるというだけの変化ではない。
増えていき,また彼らが家族を形成する年齢
家族が喜ぶから,家族のためになるから,と
にさしかかっているが,冒頭に述べたように,
いうことが理由になって購入が正当化される
彼らは家族を持つことに憧れを持っているわ
ことが少なくなっていくのである。
家族はその点で,明確なビジョンを与えて
けではない。さらに,団塊の世代が 60 歳の定
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くれていた。結婚して子どもを持ち,子ども
する世論調査」で「毎日の生活を楽しむ」か
が大きくなって老後の自分達に楽しみを与え
「将来に備えて貯蓄する」か,を選択する項目
てくれる。尻上がりに生活が良くなり幸福が
があり,日本人全体では 86 年以降,「毎日の
高まるというストーリーであった。が,ポス
生活を楽しむ」が「将来に備えて貯蓄する」
ト家族主義の今では,年々生活が良くなって
を逆転し,その差は広がる一方である。が,
いくことは想定しにくい。同じような日々が
08 年の調査では 20 代と 30 代は「将来に備え
延々と続き,今の生活から抜け出すきっかけ
て貯蓄する」が 52 %と過半数を超え,シニア
も与えられない。そのうちに年齢を重ねると
層が貯蓄を取り崩して毎日の生活の水準を落
社会での選択肢が狭くなっていって,年々苦
とさないように生活しているのに対し,若者
しくなっていく。それならば,何のためにが
の貯蓄志向が高まっていることを裏付けた。
んばったり努力したりしなければならないの
家族財商品は,今,家族主義を継続してい
か,特に若者達の不安は高まっている。
る人と,家族主義を前提としない人によって,
現在不安を抱える若者は約 80 %に達するが,
まったく別のものとして受取られている。た
彼らの不安のトップは老後不安である( 図−
とえば,冷蔵庫は家族財として見る人は家族
1)
。
の食べ物をおいしく保存してくれるもので値
老後はお金がなくなって惨めな生活を強い
段が高くても高品質であってほしいと望むが,
られるのではないかと不安を感じている。だ
個人消費の視点から見ると,モノが冷えれば
から今から貯蓄に励んでいる。「国民生活に関
よいものである。洗濯機も家族の衣類を真っ
■図―― 1
あなたは、どのようなことに悩みや不安を感じていますか。
(MA)
<総数= 4179 =日常生活の中で悩みを感じている人のみで集計>
70
60
50
40
全体
57.8
男性
女性
47.2
43.1
40.9
42.3
37.9
37.3
38.1
30
32.4
26.2
20
30.5
30.2
26.8
25.8
30.0
22.4
23.2
22.4
10
16.0
12.4
10.6
4.4
0
不自
安分
の
老
後
の
生
活
が将
見来
えの
な自
い分
この
と進
路
こ生下
と活流
水な
準ど
が、
下今
がよ
るり
な状努
い況力
こかし
とらて
脱も
出、
で今
きの
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環地
境球
問温
題暖
の化
深な
刻ど
化の
きた自
ない分
いこの
こと能
とに力
発を
揮や
でり
がく社
なや会
いっで
こて他
とい人
くと
自う
信ま
の偽
安装
全問
性題
のな
低ど
下生
活
とい自
か分
もが
し結
れ婚
なで
いき
こな
地自
域分
のが
低住
迷ん
で
い
る
そ
の
他
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
白に洗うことに生きがいを感じ,高価格・高
笞――― 「仕事から消費へ」の幸福感
の変化
機能なものを買いたいと望むが,個人消費で
は洗う機能があれば安いもので十分だと考え
る。
消費者の中には「○○したい人」と「○○
家族主義が人生の目標にならなくなり,消
できればよい人」が同居し始めている。「○○
費は幸福を実現するほぼ唯一の手段ではなく
したい人」は消費することから幸福を得てい
なりつつある。それでは今,人々は何に幸福
るのに対し,「○○できればよい人」は(機会
を求めるようになっているのだろうか。そし
費用の損失を含めれば)その商品を買うこと
て消費はどのような形で回復することが可能
をコストと考えている。だから,日本製の新
なのだろうか。
その答は,二つのデータから読み取ること
商品であれば 20 万円以上する白物家電でも,
韓国製や中国製の数万円のものを選ぶのであ
ができる。ひとつ目は,2000 年以降,共働き
る。
世帯が専業主婦世帯を上回ったということ。
さらに,「○○したい人」と「○○できれば
もうひとつは,仕事による自己実現か,消費
よい人」は,所得や資産の水準で分かれてい
による自己実現か,という選択で,圧倒的に
るわけではない。お金に不自由していない人
仕事による自己実現を選ぶ人が多いという事
でも,クルマに興味がなければベンツではな
実である。そして,そこから,消費ではなく
く 100 万円程度の小型車を買ったりするので
働くことからより多く幸福を得ることができ,
ある。
そのような人がより多く消費する可能性が高
い,ということがいえそうである。
このように,現在の価格志向は 90 年代の価
格志向とは質が異なる。90 年代の価格志向は
共働き世帯が増えた背景には,所得の上昇
「この品質のものがこの価格で」という驚きが
が止まり,多くの世帯で共働きをせざるを得
あり,安いものを買った時でも消費の喜びが
なくなったという事情がある。が,専業主婦
あった。ところが今は安いものを買った時に
になるということは,社会から“降りる” と
はお金を使ってしまったという不満が残る。
いう感覚も一面ではあり,企業の職場から,
たとえば同じ商品の価格が,日本と外国で
急にご近所の主婦に混じって子どもの自慢や
異なることがある。これを内外価格差という
生活の愚痴の井戸端会議に参加して日々を過
が,それが起きるのは,国によってその商品
ごすことにもなりかねない。
やサービスに対する価格感覚が違うからであ
が,最近の女性の本音から言えば,男性と
る。この内外価格差のように,家族主義の有
同じ仕事内容で男性と競争しながら,就業時
無が価格差を生んでいるのが今日の状況であ
間を縛られ,転勤のリスクを抱えながら仕事
る。
をすることを望んでいるわけではない。男性
と同じ条件で働くよりは,女性らしさが活か
せる仕事や,女性としての感性や能力を活用
できる仕事に就くことを望んでいる。社会と
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のつながりという自己実現のチャンスを残す
な仕事をしたいと考えている。時間や生産性
ことで,家庭生活を両立させることに幸福の
の制約がなく,自分が納得できるレベルまで
方程式を描いている。
仕事を高め,自分が意味を感じる仕事のみを
仕事には,幸福を感じる要素が豊富にある。
するというのは,どちらかというと NPO の
良い仕事をすれば周りからの信頼感が高まり,
働き方に近い。企業の中にも NPO 的な要素
自尊心が満たされる。そして,評価が上がり
を取り入れていかねばならないという,80 年
給料が増える。しかしそれよりも,より重要
代以降のエクセレント・カンパニー論のエッ
な仕事を任せてもらえるようになり,仕事の
センスとも合致している。
やりがいがさらに高まる。これが自己実現の
今,人々は,消費ではなく,仕事に幸福を
サイクルである。
求めている。これがポスト家族主義時代の幸
仕事が望まれるポイントは,時間の濃さに
福の姿である。
もある。人は誰でも 1 日 24 時間を何らかの過
笵――― 地域から始まる新・家族主義
の台頭
ごし方で埋めていかねばならない。専業主婦
は,家事や子育てで自分で課題を見つけてそ
れをこなしていくという毎日になる。しかし,
その間は経済観念との闘いである。テレビを
それでは,家族はもう見限られ,仕事に
つける,冷暖房をつける,友人とショッピン
人々の価値観はシフトしてしまったのかとい
グに出かける,その行為の全てに生活コスト
うとそうではない。団塊ジュニアが 30 歳前後
がかかる。一方,会社で働いていれば,行動
(2000 年前後)の時期まではそのように見え
の経費は全て会社が支払ってくれる。仕事に
た。が,団塊ジュニア以降の若者には,少し
一生懸命まい進していれば,他にすべきこと
違った価値観が見られる。今まで,若者と言
を考えなくてもよく,機会費用から解放され
えば,人口的にも集中している都市の若者を
ているという充実感が得られるのだ。
中心に捉えていた。しかし,その若者たちは
40 歳前後,いわゆるアラフォー世代となり,
家族主義の時代には,仕事は男性が役割分
担として行うもので,どんなにつらくても家
次の世代の若者は地方にも散在している。ち
族の生活のために働かざるを得なかった。い
なみに,若者のライフスタイル論の多くは東
わば,働かされていたのだ。今は,自分の個
京近郊の若者を対象にした調査に基づいてお
性や能力を活かせる仕事も増えてきて,仕事
り,地方の若者像とは異なる面が多い。これ
で自己実現をする余地が広がってきている。
からは,地方を含めて若者の意識や行動を把
いわば,自分で働いているのである。家族主
握しなければ,日本の市場を読み間違える。
義が終焉すると共に,働かされている状態か
そのような認識の下,電通は 08 年 9 月に
ら働いている状態へと意識が変化し,それが
『全国の若者の希望調査』(インターネット調
仕事による自己実現志向につながっている。
査,東阪名各 200 サンプル,その他の道府県
100 サンプルで,計 5,000 サンプル)を実施し
人々が求めているのは,職人のような仕事。
た。その結果を元に,これからの家族の行方
他人を幸せにしたり,他人を笑顔にするよう
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
を読み解いてみた。
93 年以来,数度の例外を除いてはクルマが欲
すると,東京の若者と東京以外の若者の間
しいもののトップになっている。
には意識や行動の面で大きな差があることが
笨――― 若者は消費ターゲットとして
有望か
分かった。
特にクルマの保有であるが,地方の若者は
自分専用のクルマを持っている。「自分専用の
とはいえ,これらの若者たちがすぐに旺盛
クルマを持っているか」という問いに対して,
東京都に住む若者の自分専用のクルマの所有
な消費ターゲットになるわけではない。車が
率は 21 %であったが,その他の都道府県の若
ほしい,遊ぶ場所が欲しいと願っても,残念
者の平均は 67 %である。
ながら所得が少ないのである。
都市の若者と地域の若者は平日と休日の行
特に,地域に住む若者の地元に対する不満
動に差が見られる。都市の若者は平日の会社
は「所得の高い職場がない」ということであ
帰りに上司や友人と飲みに行くことが多いが,
る。そのために,これから徐々に生活が良く
その反面休日には家でこもっている人の割合
なるという展望が持てないでいる。だから,
が多い。一方,地域の若者は,平日はまっす
コストのかかるライフスタイル,その典型的
ぐ家に帰るが,休日はドライブやショッピン
なものが家族を持つことであり,結婚するこ
グセンターに出かけている。
とができない。
若者の生活上の不満は,1 位が交通が不便
モノが欲しいがお金がない。結婚したいが
であること,2 位がショッピングセンターや
お金がない。お金のために働きたいが賃金の
テーマパークなどの遊び場がないこと,3 位
高い職場がない。これが多くの若者が陥って
は同世代が少なく街に活気がないことである。
いるジレンマである。そんな彼らが一生懸命
団塊の世代は年齢の上昇に伴って,政府や
努力して得ようとしているのは,贅沢な暮ら
しではなく,「生活の安定」である。
企業が生活を安定し,生活を楽しめるような
投資をしてくれた。しかし,今の若者には政
「全国の若者希望調査」では,従来の予想
府も企業もあまり投資をしてくれない。所得
に反し,高校までは地方に通っていても大学
の少ない若者をターゲットとするよりも,お
で東京に出て,そのまま東京で就職をすると
金を持っているシニアをターゲットにした方
いう地方を脱出するのが成功モデルだと考え
がメリットが大きく,マーケティングもシニ
られていたが,今の若者は,地方に留まり,
ア層に傾きがちであった。
そこで幸せな家族を作ることを人生の成功モ
デルと考えている。
しかし,彼らは将来に対して希望をもって
この調査では,高校卒業の年次まで,大学
おり,消費意欲や生活を楽しみたいという意
欲に溢れている。意外に思う人が多いのだが,
時代,就職してから,の 3 つの年齢層で,そ
若者,特に男性の若者が一番欲しいと思って
れぞれ今の自分にとってどのような状況が好
いる商品は車である。これは今回の調査でも
ましいかを把握した。
高校生まで(18 歳まで)の幼少期から青年
そうであったが,電通消費実感調査の中でも
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論文
■図―― 2
あなたの地域では、どのような境遇や生き方が理想とされていますか。
(高校生まで(18 歳まで)
)
(MA)
東京以外(N=4800)
(%)
60
54.6
51.6
東京以外(N=4800)
50
38.3
40
32.4
30
27.3
25.7
19.5
20
17.7
15.2
13.4
6.6
10
6.1
4.5
3.3
0
生愛
まの
れあ
てる
い家
る庭
に
て将
い来
るに
夢
を
持
っ
ん親
でが
い持
るち
家
に
住
る勉
優強
等が
生よ
でく
あで
るき
性容 いな人 ー仲
に姿 る家並 的間
もが
にみ 存内
てよ
生よ 在で
るく
まり でリ
、
れ裕 あー
異
て福 るダ
定交 でで欲 に学
の際 きもし 通習
異し る買い っ塾
性て
うも て・
がい
この い進
いる
とは る学
る特
が何
塾
て私
い立
る学
校
に
通
っ
む業自 い市東
︶︵身 くに京
で農の 引な
あ・家 っど
る漁が 越の
業自 し大
含営 て都
る上
も記
のに
はあ
なて
いは
ま
■図―― 3
あなたの地域では、どのような境遇や生き方が理想とされていますか。
(大学生から 20 代(18 歳∼ 29 歳まで))
(MA)
東京以外(N=4800)
(%)
60
54.6
50
東京以外(N=4800)
44.5
40
33.8
31.6
30
30.9
26.9
24.7
22.6
21.3
20
16.2
16.2
12.7
10
9.2
3.2
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■図―― 4
あなたの地域では、どのような境遇や生き方が理想とされていますか。
(30 代(30 歳∼ 39 歳まで))
(MA)
東京以外(N=4800)
(%)
100
80
78.0
東京以外(N=4800)
53.5
60
39.6
40
35.6
30.4
26.0
15.0
20
13.7
12.8
6.2
5.5
4.7
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3.0
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.1(2009)
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
期では「愛のある家庭に育つこと」(54.6 %),
が,それよりも「仕事を経験してから結婚す
「将来に夢を持っている」(51.6 %)と続く
るのがよい」とする人が 51.2 %(女性では
。
(図− 2)
58.6 %)と上回っており,さらに本調査では
その後の大学生から 20 代の年齢では,「や
約 60 %の人が結婚は幸せに結びつくと考えて
りがいのある仕事についている」(54.6 %),
おり,そう思わない人は 12.6 %を大きく上回
「将来に夢を持っている」(44.5 %)であった
っている。結婚志向も健全である。
。
(図− 3)
いずれも,東京などの大都市に出て行って,
30 代までは「結婚して,幸せな家庭を築い
競争社会の中で磨り減っていくよりは,大き
ている」(78.0 %),「やりがいのある仕事に就
な贅沢は望めなくても,そこそこの幸せを感
いている」(53.5 %)となっている。しかも地
じながらつつましく家族を持つことを望んで
域の若者たちは,このプロセスを地域で完結
いるのである。
したいと考えている(図− 4)。
それでは彼らが団塊の世代の家族のように,
「20 代までの理想のライフコース」の問い
家族消費主義の家族になるかというと,それ
の中に,選択肢として「地元の有名大学に入
ほどの熱狂はみられない。この家族主義は従
学する」と「東京など大都市の大学に入学す
来の家族主義とは異なる面がある。
る」を入れたところ,拮抗しているがわずか
従来の家族主義は,将来はより経済的に豊
に地元の大学の方が高かった(22.6 %対
かになり,拡大し成長する家族モデルである。
21.3 %。図− 3 を参照)。同様に「地方の有名
その幸福は,増加する世帯年収と年齢が上が
企業に就職する」と「就職して東京など大都
るほど高まるという社会情勢が「生活の安定」
市で生活する」を入れたが,地方の企業の方
を支えていた。それに対して今の家族主義は
がかなり多い結果となった(26.9 %対 12.7 %。
年収は上がらず,仕事は終身雇用の保証が揺
図− 3 を参照)
。いずれにしても東京に出て行
らいでいるので不安定である。今の程度の幸
くよりも地域に留まることを選択している。
福がそのまま続いていけるよう,
「生活を安定」
「30 代までの理想のライフコース」でも同
するための家族主義である。
様に,「地元で働いている」と「転職して東京
人生を充実させるには,毎日の 24 時間を充
など大都市で生活する」では圧倒的に地元で
実させねばならない。従来の家族志向は,仕
働いている方が高かった(26.0 %対 5.5 %)
事や家事では自分を押し殺しつつ,そこで得
幼少期から青年期は「愛のある家庭」に育
られる世帯所得を余暇・レジャーという非日
ち,地元の大学を出て「やりがいのある仕事」
常で思い切り楽しむという仕事と余暇を分け
に就いた後,やはり地元で「結婚して幸せな
て消費を楽しむスタイルだった。それに対し
家族」を築くというのが今の地域の若者の理
て新しい家族志向は,非日常を楽しむゆとり
想的なライフコースなのである。
がないので,お金をかけなくても充実感を得
同じ調査の結果で,結婚に対しても,「結婚
られる人間関係としての家族を持ち,そのか
しなくても幸せに暮らしていける」と考える
わり仕事ではやりがいを求めて仕事時間の充
若者は 31.3 %(女性は 38.2 %と高い)と高い
実を求めている。いわば,家族や仕事自体を
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.1(2009)
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★
論文
日常として,非日常を求めない,節約して充
笶――― まとめとしての群居家族
実感を得るスタイルなのだ。
地域を中心に,若者が結婚志向を高めつつ
さて,今後の家族像について触れておきた
あることは日本の経済にとってターニングポ
い。
イントになると考えている。消費の拡大は生
袖川らは 2005 年に『平成拡大家族 ∼団塊
活の安定なくしてはありえない。ともあれ,
若者は生活の安定を積極的に家族に求めてい
と団塊ジュニアの家族学』(電通)で近居家族
る。幸福のベースができれば,自信や自尊心
モデルを提唱した。団塊ジュニア家族は親の
が高まり,他人への関心が生まれる。人との
家族と近居することによって,親の世帯から
つながりができれば消費をする意味を取り戻
経済的,人的支援を受けることができる。子
せる。自信や自尊心がなければ,高級なもの
育て世帯から親世帯へは,孫を通して母娘消
は自分にはもったいないと考える。他人への
費を活性化させ,第二の子育て(孫育て)を
関心が低ければ,見栄えに気を配らずそこそ
する楽しみを与えることができるという互恵
このもので間に合わせてしまう。
的な関係を持てる。またこれは,経済的に豊
かな親世帯から子育て世帯への社会的所得移
若者が望んでいるように,人口も産業も東
転の役割も果たしていた。
京一極集中から地域に雇用の機会を分散し,
仕事による自己実現が満足され,精神的にも
が,これからは親世帯が介護の必要な時期
経済的にも地元での結婚が可能になれば,こ
にさしかかってくる。今まで子育て世帯はど
れからの日本のシステムがうまく回ることに
ちらかといえば支援を受ける側であったが,
なる。新型の生産性の高い農業関連ビジネス
これからは与えることが多くなり,負担が増
やエネルギー産業が地域を活性化させること
加する。これを避けるためには,兄弟や親族
に,国も企業も支援し投資することが望まれ
がひとつの地域に近居する“群居家族”を実
る。
現することが自然な選択となることが考えら
れる。
すると,家族を通して,幸福感を高め,自
尊心・他人への関心を高く持てるようになれ
核家族から近居家族へ,近居家族から群居
ば消費のレベルも高まってくる。だから,消
家族へ,その中で生活の安定と老後の不安を
費の額と量は,その人の幸福のレベルが決定
解消し,幸福という生産性のエンジンが回る
するようになる。幸福だから買う,というサ
ことによって消費を活性化していく。地域の
イクルが回り始める。幸福感は,機械化によ
若者が地域志向を強め,家族や仲間とのつな
る生産性の向上に代わる,需要側が提供する
がりを重視するようになってきたことはこの
生産性向上の要素になっていくだろう。
萌芽であり,群居家族像が近未来の家族が進
む姿になると考えている。
新・家族主義を政府の政策や企業の投資に
よって支えていくことが,今最も求められて
いることである。
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.1(2009)
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新・家族主義の台頭と消費のゆくえ
著書に,竹中平蔵+袖川芳之『ソフトパワー 日本復
袖川 芳之(そでかわ よしゆき)
権への道』(実業之日本社 2001),電通消費者研究セ
1963 年大阪府生まれ。
ンター編『平成拡大家族 ∼団塊と団塊ジュニアの
1987 年京都大学法学部卒。
家族学』(電通 2005),『線と面の思考術』(大和書房
1987 年 株式会社電通入社。マーケティング局,電
2008)がある。
通総研(主任研究員),電通 消費者研究センター,
内閣府 経済社会総合研究所 政策企画調査官などを
経て現職。
多摩美術大学,慶応義塾大学にて非常勤講師を務め
る。日本広告学会 産業部会理事。
内閣府『未来生活懇談会』委員(2002 年),『21 世
紀日本のビジョン 競争力ワーキンググループメンバ
ー』を務めた。
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