貿易収支について

貿易収支について
(はじめに)
景気は引き続き順調な回復を続けています。欧州や中国はチョッと心配です
が、大きな混乱はなさそうです。そこで今回は、貿易収支について考えてみま
しょう。
(要旨)
貿易収支は、長い J カーブ効果を経て、ようやく赤字を脱しつつあります。
原油価格下落の影響も大きいですが、輸出入数量の変化がようやく本格化し始
めた事を考えれば、今後は黒字が再び定着してゆくと期待されます。
(本文)
アベノミクスによる大幅な円安ドル高になってから1年間、貿易収支(季節
調整値)は悪化を続けました。本来ならば J カーブ効果で赤字が減り始めるは
ずの所、1年間も悪化を続けていたので、
「今回は今までと違う。企業が地産地
消を目指して現地生産を進めているので、輸出は戻らない」という人も少なか
らず存在していました。
(用語解説:J カーブ効果)
通常、為替レートが円安になると、速やかに輸入金額(ドル建て輸入額を円
建て換算した値)は増加します。輸出金額も増加しますが、輸出の一部は円建
てなので、輸入金額ほどの増加はしません。その結果、短期的には貿易収支は
悪化します。ちなみに、貿易黒字が減り、あるいは赤字が増えることを世間で
は「悪化」と呼びますので、本稿もこれに倣います。しかし、時間の経過とと
もに輸出数量が増加し、輸入数量が減少し、貿易収支は改善してゆきます。
この間の貿易収支額をグラフにするとローマ字の J の形となるので、これを
J カーブ効果と呼んでいます。
筆者は円安の貿易収支改善効果を信じて疑いませんでしたが、企業が「再び
円高に戻るリスク」を強く意識している間は「地産地消」の動きは続くかもし
れないと考えるようになりました。そこで、昨年2月の本欄には「現在の為替
水準が続けば黒字が回復するでしょうが、数年は必要かもしれません」と記し
たのです(http://www.tsukasaki.net/report/report1402.html)。
その後、貿易収支は筆者の予想よりも速いスピードで回復し、今年1月には
国際収支ベースの貿易収支が季節調整値で黒字になり、3月には通関統計の貿
易収支も季節調整値で黒字になりました。統計作成方法の違いにより、通関統
計の方が貿易黒字が小さく出やすいので、3月は国際収支ベースの貿易収支も
黒字になる事は間違いないでしょう。単月の統計の振れはありますが、大きな
流れとして急激に貿易収支が改善しつつある事は疑いありません。
最大の理由は原油価格の急落です。厳密には色々とありますが、大雑把なイ
メージを掴んでおきましょう。昨年の貿易収支赤字は13兆円、原油輸入額は
14兆円でした。原油価格が半値になったとして輸入代金の減少が7兆円にの
ぼり、貿易赤字を半減させたと言えるでしょう。
昨年初あたりは、消費税の駆け込み需要を映じた輸入もあったでしょうから、
それが剥落した事も、収支改善の一因ではあったはずです。しかし、それより
大きく、かつ重要なのは、為替円安がもたらす輸出入数量の変化です。
昨年度の初めから、輸入数量の前年比はマイナスで推移するようになりまし
た。輸出数量よりも先に輸入数量が円安に反応したのです。昨年度前半は消費
が低調であった事も寄与していたと思われますが、消費が立ち直った後も輸入
数量の前年比はマイナスが続いています。日本人が輸入品の値上がりに反応し
て国産品を使うようになったのでしょう。企業も海外の工場で生産した物を日
本に持ち帰って売るよりも国内で生産する方が安くなったのでしょう。その意
味では、「地産地消」が進んだと言えるでしょう。
「地産地消」という言葉は、
「郷土愛」といった感情的な面はともかくとして、
経済学的には不思議な話です。
「それぞれの国が得意なものを作って交換するの
が貿易で、それによってお互いが豊かに暮らせる」と学校では習ったのに、
「得
意なものも苦手な物も国内で作って輸出入をしない」というのが地産地消だか
らです。その意味では、輸入数量が減るよりも輸出数量が増える方が一層望ま
しいと言えます。昨年秋頃から、ようやく輸出数量の前年比もプラスになって
きましたので、こうした動きが加速する事を祈りましょう。最近になり急に契
約通貨ベースの輸出物価指数が下落をはじめました。輸出企業が輸出数量を伸
ばそうとしはじめたのだとすれば、明るいニュースと言えるでしょう。
今後については、輸出入数量の変化は持続し、
(原油価格が再び高騰すれば別
ですが、そうでなければ)貿易収支は再び黒字基調が定着すると期待されます。
大げさに言えば、「価格メカニズムは健在だった」ということですね(笑)。
今回は、以上です。