『それでも猫は出かけていく』

●小論文ブックポート
● ハルノ宵子・著
〈連載〉小論文ブックポート
か 腹 腔 の 内 壁 に 癒 着 し て い た。
常に便秘気味であり、便が詰ま
ると、固まりが尿道を圧迫して
尿も詰まり気味となり、膀胱か
幻冬舎(定価 本体1500円+税)
ら溢れた分だけ、常にタレ流し
となってしまうのである。
「 シ ロ ミ が や っ て き た 当 初 は
絶望的だった」と著者。運動機
能はほぼ正常なので、家中走り
回り、ポタポタともらしまくる。
でいた。
いた、エッセーである。 膀胱内で細菌感染しているため、
おしっこは異様に臭い。だが2
著者宅にはそれまで、健康体
なお、著者の父は思想家・詩
で貰われてきた猫は一匹もいな
人の吉本隆明氏、妹は小説家の
才になると、シロミには大人の
かった。ほとんどが弱って動け
よしもとばなな氏。本書は著者
落ち着きも出て多少の改善が見
なくなったノラや捨て猫であり、 られるようになり、飼う側も慣
が両親を介護し、自らもガンを
慢性鼻気管炎や腎不全、肝不全、 れて、行動パターンが読めるよ
患った 年間の記録でもある。
エイズ、伝染性白血病、胃がん、 うになった。当初は普通の猫の
猫と暮らすということ
脳 腫 瘍 な ど と、「 あ り と あ ら ゆ 「 倍」だった大変さが「 倍」
る病気の見本市」のようだった。 になったと著者は言う。
「 も ら し 続 け る 」 シ ロ ミ を 自
シロミ含め、猫たちのかかり
宅で飼うべく、完全ケージ飼い
つけ医として度々登場するのが、
やオムツ、ボディスーツで生理
D動物病院院長である。著者が
用ナプキンなど、様々な対策を
障害を持ったり大けがをした猫
試みる。シロミは膀胱に尿がた
ば か り 連 れ て く る の で、「 マ ト
まりっぱなしのため、すぐに細
モ な 猫 い ね ー の か よ!」「 マ ト
菌感染を起こしてしまう。血尿
モだったら連れてくるかよ 」
も止まらず、動物病院に一日お
など、筆者と本音でのバトルも
きに膀胱洗浄に通わなければな
し ば し ば あ る。 し か し、「 く や
らなかった。さらに腸も何か所
しいけれど、院長の力量にはい
『それでも猫は出かけていく』
本 誌 監 修 の 大 堀 精 一 一 家 は、
数十年に亘る愛猫家である。以
前飼い猫が亡くなった時、仕事
や学校を半日休み、家族全員で
弔ったことを話してくれた。
その彼に「この本はぜひ読ん
で み て!」 と 薦 め ら れ た の が、
今回紹介するハルノ宵子著『そ
れでも猫は出かけていく』
(幻
冬舎)である。人間は昔から動
物 や 鳥 を 飼 い、 慈 し ん で き た。
身近な動物たちとの関わりから、
私たちは多くを感じ、学ぶこと
ができる。
本 書 は 漫 画 家 で あ る 著 者 が、
匹以上にわたる、自分の飼い
猫や軒先まで来る軒猫、さらに
自宅付近のノラ猫たちとの日常
を、活字と軽妙なイラストで描
20
心を打つのは、著者らと猫た
ちの深い「魂」の交わりだ。中
でも父・吉本氏と、飼い猫だっ
た フ ラ ン シ ス 子 と の「 深 い 絆 」
は特別のものである。フランシ
ス子は離乳そこそこで母親に放
置され、カラスにズタズタにさ
れて大手術を受け、妹宅で飼い
犬に恫喝され戻ってくるという、
「最大級に傷ついた子供」だっ
た。 こ の フ ラ ン シ ス 子 が 唯 一、
家に戻ってきたフランシス子
つも舌を巻きます」と著者。た
い生き物の生きるというたった
心を許して懐いたのが吉本氏で
の亡骸に、吉本氏が「オレんと
いてい、所見と触診で判断をつ
一つの権利さえも奪い取る。そ
この風習では、死んだ人とは一
けることができ、検査は裏付け
んな普通の人こそが一番残忍で、 ある。
吉本氏は 、 年に糖尿病の
晩一緒に添い寝するんだよ」と
程度。知識と経験、観察力、ひ
欲深い」と憤る。
合併症で眼と耳が一気に悪くな
語るのを聞き、著者は吉本氏の
らめきとサジ加減。そんな微細
著者はノラ猫を見つけては捕
り、大腸ガンの手術などで急速
枕元に亡骸の入った箱を置く。
な情報を無意識下で処理し、答
獲し、動物病院で避妊手術を受
に衰えていった。その頃からフ 「 ふ つ ー の 人 の よ う に、 悲 し み
えをはじき出す。「その脳内回路
けさせてきた。それは「増えて
をただ“感じる”ことができな
こそを才能と呼ぶのかもしれま
い く 恐 怖 か ら で は な く、 逆 に、 ランシス子をひざに置き、長い
時 に は 時 間 ほ ど、「 ヨ シ ヨ シ
い人なので、悲しいという情況
せん」と著者は絶大な信頼を置
春に生まれてコロコロとたわむ
ヨシ」などと幼子をあやすよう
を考えて、考えて、考え抜いて
く。獣医にも名医あり、なのだ。 れる仔猫たちがどんなにケアし
に 語 り か け て い た と い う。「 声
分析して“咀しゃく”している」
ても秋冬になると一年草のよう
著者はシロミはじめ、自宅付
を か け る の も は ば か ら れ る 位、 と著者は父の様子を語る。喪失
近 で 事 故 に あ っ た り、 怪 我 を
に消えていくその繰り返しを見
二人には『濃密な時間』がなが
感は深かったのである。
負ったりした猫を放っておくこ
ているのに耐えられなくなった
れていた」と著者は振り返る。
とができない。「都会の猫は、た
から」と著者は言う。 そしてフランシス子が逝って
だが猫カゼをこじらせて慢性
九か月と一週間後に、吉本氏も
いへんな危険にさらされていま
このような姿勢を、妹は「猫
鼻炎となったフランシス子は
旅 立 つ。 愛 猫 の 死 後「“ 魂 ” が
す」と著者は言う。猫密度が高
の マ ザ ー・ テ レ サ 」、 父 は「 猫
少しずつ目減りして、あちら側
いため、伝染病への感染に加え、 界の光源氏」と評するのである。 食事がとれなくなり、あっとい
う間に肝臓の脂肪を代謝できな
へこぼれていくのを感じていま
交 通 事 故 も 頻 繁 に 起 き る た め、
巨匠を連れていった猫
くなる、『肝リピドーシス』(超
した」と著者は振り返るのだ。
ノラの生存率は恐ろしく低い。
脂肪肝)で肝不全に陥ってしま
時にしんみりと、時に面白お
だがノラ猫をフン害などの面
う。週 回の輸液を一か月余り
かしく、猫たちの様子やそれに
から嫌う人は少なくない。中に
続けたものの、やがて腎不全も
振り回される人間の悪戦苦闘ぶ
は毒物を混ぜたエサを食べさせ
併発し、入院したもののひどい
り が 生 き 生 き と 描 か れ た 本 書。
て突然死させる人もいるが、「弱
脱水と黄疸の果てに亡くなった。 著者は冷静で鋭い観察眼ながら、
小 さ な 隣 人 た ち に 実 に 温 か い。
フランシス子は死の数日前か
ら、吉本氏が寝所としていた客
身近な動物を愛おしむことで、
間に入り、一緒に布団で寝てい
本当は人間自身が生かされてい
た。「予感があったのでは」「相
ることが、この本から感じ取れ
思相愛な二人だった」と著者。
るだろう。 (評=福永文子)
本 書 は 当 初、『 猫 び よ り 』 と
いう猫専門誌の連載としてス
タ ー ト し た。 そ の き っ か け と
なったのが、仔猫で絶世の美女
でもあるシロミとの出会いだっ
た。真っ白な月が中天に輝く夏
の深夜、著者はシロミを自宅隣
の墓地で拾った。シロミは尻尾
の付け根の脊髄損傷による、「馬
尾神経症候群」という障害から、
排泄のコントロールができない
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'98
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-21- 2014 / 9 学研・進学情報
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