シリコンバレーから 学ぶ - 日本マーケティング協会

MARKETING HORIZON
August 2013
特集:
シリコンバレーから
学ぶ
CONTENTS
イラスト 小田桐 昭
TOP INTERVIEW
イノベーションを生み続ける存在でありたい
株式会社オプト 代表取締役社長 CEO
鉢嶺 登
3
……
CASE STUDY
イノベーションの地図をつくりポイントを深堀りする
NetService Ventures パートナー 日本代表
加藤 雅己
……
10
FEATURE
シリコンバレーの
“起業家精神”シ
リコンバレー概説 寺田豊計…… 15
シリコンバレーの
“ネットワーク”スピード上げてオープンイノベーショ
ンを ── 本荘修二…… 16
──
~本田技研工業のケース~
シリコンバレーの
“考え方”シリコンバレーに学び日本と結ぶ ── 小栗伸重(取材協力)……19
~富士ゼロックスのケース~
シリコンバレーの
“テクノロジー”小売企業がなぜシ
リコンバレーに
数百億円投資するのか
~ウォルマートのケース~
── 本荘修二…… 21
★MARKETING NEWSトピックス★ GLOBAL FOCUS
…… 23
第16回 米国編
シリコンバレーの知恵をどのように吸収するか
~情報収集と分析の方法~
校條 浩
MARKETING EYES
女性マーケターの眼/クリエーターの眼
…… 24
…… 30
BOOKS
『イノベーションの神話』
『マーケティング戦略の教科書』
…… 31
特集
シリコンバレーから学ぶ
凄いシリコンバレー!再点検
あらためてシリコンバレーが注目されている。
シリコンバレーなど米国で探求することで、視野を広げ新たなアイデアを得
て、質的な変化を遂げようとする努力は、古くからされてきたが、多くの日本企
業でそれが緩慢になっている例も見受ける。
deep dive =深掘りが必要なのに、さらっと浅くといった上辺だけの情報収
集もどきで終わっている日本企業もある。いわゆる、
「あ、それはもう知って
るよ」と言いつつ、中身をあまり知らない人は、思いのほか多い。
そればかりか、
「社長(上司)の理解力の範囲で情報をあげている」といったイノベーションを
起こそうとしない停滞までみられる。
あらためて、この古くて新しいイノベーションの源泉と、その取り組みにつ
いて、具体例を中心に議論したい。
なお、本特集でいう
「シリコンバレー」
は、サ
ンフランシスコやニューヨークまで拡大している、シリコンバレーを中心とす
る米国のベンチャー・エコシステム
(生態系)
を指す。
変化を続け、創造を繰り返すエコシステムに、どう対峙し、何を学ぶか。
これ
は容易なことではない。
地図も磁石もない航海では、漂流してしまう。
コピーし
ても日本市場では、
すぐ使えるわけではなく、
咀嚼し変換しなければならない。
情報や広告だけでなく、自動車、小売など様々な業種のリーダー企業がどう
取り組んでいるかご覧いただきたい。
中には、米国企業がシリコンバレーに学
ぶ例も加えた。
また、How =どのようにについて、一般論として深掘りのアプ
ローチや例をあげた。
いまやテクノロジーを避けては通れない時代、イノベー
ションが待望されている時代だ。
ますます多くの企業が関わるテーマとして一
読いただきたい。
2
MH August 2013
TOP INTERVIEW
イノベーションを生み続ける存在でありたい
日本の大企業ではイノベーションが生まれにくくなっている。そこで、今でもイノベー
ションで世界をリードしているシリコンバレーから何を学ぶべきであろうか。
イノベーションを生み出すフィジカルな「場」は大切だが、あくまで主役は人間だ。子ども
が親や先生などいろんな人とぶつかりあって育っていくのと同じことが、会社が生まれ
育っていく過程でも起こる。個人が自力で何かを開発したり、アイデアを出すのは限界が
あり、メンターや仲間との出会いは大切だ。シリコンバレーには、人と人とがつながって、
助け合うというエコシステム(生態系)がある。そこが日本との決定的な違いとなってい
る。
シリコンバレーにあるこの“育む構造”が世界中の人とカネと知恵を引き寄せている。
シリコンバレーを常にウォッチし、研究し、そしてそこにある仕組みをアレンジして日本
で展開している株式会社オプト 代表取締役社長 CEO の鉢嶺氏に、これから日本の企業
がイノベーションを興していく上で必要なものは何かを伺った。
Interview 鉢嶺 登 氏 株式会社オプト
代表取締役社長 CEO
シリコンバレーのインパクト
トプラクティスを日本市場へ導入およびマーケティ
── 今回のマーケティングホライズン 8号の特集は
思います。
「シリコンバレーからつかむヒント」をテーマにし
ング活用をされている御社にお話をお伺いしたいと
まずは、具体的にどんな取り組みをされているか、
ています。
その背景、お考えなどお聞かせ下さい。
かねてより、日本の企業はシリコンバレーやアメ
鉢嶺 私がシリコンバレーで強烈なインパクトを受
リカから学ぶことで、視野を広げ新たなアイデアを
けたのは、
「シリコンバレーは、イノベーションの
得て、質的な変化を遂げようとする努力を続けてき
中心として、世界中から人々や投資資金の集まる勢
ましたが、最近それが緩慢になっている感がありま
いが絶えない」ということでした。そして、企業、
す。しかし、今でもイノベーションで世界をリード
行政、人々が新しいテクノロジーに敏感で、新製品
しているシリコンバレーから学ぶことは多い。そこ
やサービスをいち早く取り入れるマーケットができ
で、しっかりシリコンバレーのビジネスモデルを研
あがっており、このスケールの大きさはとても日本
究し、米国発サービスやソリューションなどのベス
がかなわないと感じました。
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なぜシリコンバレーには世界中から多様な人材や
レポートにしていくことで、オプトとして次に打つ
投資資金が集るのかというと、シリコンバレーでは
べき戦略をセグメントしています。
スタートアップが次から次へと立ち上がります。投
── 特派員はどのような方でしょうか。また、特派
資家が彼らに資金提供し、成長を加速させIPOや企
員以外の取組みはいかがでしょう。
業売却を成し遂げてゆく。成功した起業家は再度ス
鉢嶺 まさに適任といえます。語学は堪能ですし、
タートアップするのであれ、投資家サイドにつくの
ベンチャーマインド、好奇心も旺盛でコミュニケー
であれ、またシリコンバレー内で活動を続けます。
ション能力も高いので、どんどん興味あるところに
この様子を見て世界各国から人材が集まり、さらに
はアポをとり直接インタビューをしてくる行動力も
質と量が増していく。このような好循環エコシステ
あります。本人自身にとっても勉強になっていると
ムがシリコンバレーにはあります。
思いますし、活き活きしてやっています。
当然、そこには多種多様なアイデアやビジネスモ
もっとも単に一人を米国に置いているだけでな
デルに満ち溢れイノベーションが生まれてくる。そ
く、ベンチャーキャピタルにお金を出してシリコン
の規模は巨大であり、かつスピードも速い。仮に日
バレーでのリレーションをつくり、コンサルタント
本で起業家支援として、
「500 Startups」 みたいな
の力をかりてベンチャー・スキャンを深めるなど、
ものをやったとしても、スケールが小さすぎます。
投資しています。幹部も米国によく行っています。
であるならば、日本で同じことをやるよりは向こう
社としてのコミットメントが重要です。
で新しく生まれてくるサービスをとにかく情報とし
── セミナーに参加されたお客様の反応はいかがで
ていち早く取得し、
「同じようなものが我々ででき
すか。
るのであれば、ある種真似てやってみる。あるいは
鉢嶺 シリコンバレーが世界に影響を与えるビジネ
向こうで先端的な企業と提携する」
、という方向性
スや、トレンドを生み出し続けられる理由や仕組み
で事業を進めていくことを考えました。
を説明しつつ、今後のメガトレンドや具体的マーケ
── 現在何名の方が現地に行かれているのですか。
ティング活用事例などを紹介しています。リアルタ
鉢嶺 責任者 1名を特派員として送り込んでいます。
イムの最新情報ですので大変参考になると思いま
彼がやっていることはいろいろありますけれども、
す。
ひとつ恒常的にやっているのはフェイスブックペー
── 日本の大企業は情報が集っているようで、実は
ジで米国最新情報を逐次伝えています。その情報を
そういうリアルタイムの情報が欠けていたりする面
オプトのグループ会社の社員は自由に閲覧できるよ
もあると思いますね。
うになっています。ですので、どことどこが提携し
鉢嶺 そうですね。ですから、ネットに関しては、
たとか、増資したとか、イグジットしたとか、こん
ある意味では、私たちが情報商社的な役割になって
なサービスがアメリカでは流行り始めているとか、
いかないといけないですね。
*1
特派員が逐一アップしてくれるので最新の動向が常
にキャッチアップできる状況になっています。また、
その情報を半年に1回くらいセミナー形式でお客様
100人100社のベンチャー企業
にもお伝えしています。
── 社員の方にも情報提供されていますが、反応は
こういった情報から得られるビジネス動向を基
いかがですか。
に、3 ヶ月ごとにテーマを決めてベンチャー・スキ
鉢嶺 オプトでは「一人一人が社長」を社是として
ャンを行います。例えば、O2O(Online to Offline)
おり、社員一人一人が自ら考え、決断し、実行し、
とか、スマートフォンのアドネットワーク広告や、
やり遂げる人材の集合体を目指しています。会社自
動画広告、スマートテレビ等、テーマを決めて、そ
体も「100人 100社」という、100人くらいの規模
して、そのテーマのシリコンバレーでのビジネスモ
のベンチャー企業を100社生み出そうという構想が
デル、ベンチャー企業を徹底的に調べます。それを
あります。特定のジャンルに専門特化した会社をど
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はちみね・のぼる
株式会社オプト 代表取締役社長 CEO
1967年千葉県生まれ。 早稲田大学商学部卒業。 1991
年、森ビル入社。1994年 3月に森ビルを退社した後、有限
会社デカレッグス
(現、株式会社オプト )を設立。 現在、
同社の代表取締役社長とCEOを兼任
鉢 嶺 登
んどん分社化しようと。現在 7社を分社したのです
事前に調査がきっちり終わっている段階で先方と話
が、ビジネスをたくさん生み出そうという考え方が
すと意思決定は速いですね。
根底にあります。やはりネットの周辺はいくらでも
鉢嶺 訪問した時点では、提携話で先行しているラ
ビジネスモデルがありますよ。最新情報が常に入っ
イバルが何社かあったのですが、それを一気に抜き
てくるので、そういう機会を捉えて積極的にビジネ
去ったというか。決定まで2 ヶ月かかっていないと
ス化していくことに取り組んでいます。どんなサー
思います。
ビスがアメリカで流行ろうとしているのかを知りた
── トップや幹部がしっかりとリーダーシップを取
いという欲求は当然あるので、重宝していると思い
られているから早いのでしょうね。そういう意味で
ます。
は特派員の方が現地コンサルタントとかなり深く調
── 話が少し戻りますが、ベンチャー・スキャンを
べて提案されて、マネジメント幹部の方が実際に向
行うことで、それをやる前と後ではどんな変化があ
こうに行かれてという、そういう意思決定に至るプ
りますか。
ロセスがしっかりできているのですね。
鉢嶺 変化が速いですから、その分迅速な意思決定
鉢嶺 海外の情報が入ってくる、新しいビジネスモ
が必要とされます。意思決定を速くすることで、案
デルを知る、というスピードは速くなったと思いま
件も増えたと思います。直近では、米 Retailigence
す。
との資本業務提携があります。O2O(Online to
── 100人 100社に広げていくというわけですか
Offline)領域の企業です。もとは特派員の情報に端
ら、経営資源を御社が提供して、それを分かち合っ
を発して、定期的にオプトの役員が米国へ行きベン
て拡がっていくというイメージでしょうか。
チャー・スキャンをもとに候補をリスト化して、実
鉢嶺 そうですね。オプトの資本が入っていないベ
際に先方へ会いに行ったなかで具体的な話になった
ンチャー企業は日本にたくさんありますから、今後
ものです。今回、Retailigence社のトップの方に、
「こ
そういったところにオプトの仲間に入ってきてもら
んなに早く意思決定をしてくれる会社が日本にもあ
うサービスを強化しようと思っています。オプトグ
ったんだ」と評価していただきました。
ループに入ってきた時は出資させていただきます
── 向こうでは常識かもしれませんが、なかなか決
が、成長したらオプトの資本を外し、独立していた
めない日本人といわれていますからね(笑)
。でも、
だいて構いません。グループにいる期間だけオプト
*2
社
米 Retailigence 社と資本提携 O2O の集客支援サービスイメージ
本提携によりオプトは、Retailigence 社の日本での事業展開における総代理店となり、Retailigence 社の
システムを活用した O2O 集客支援サービスへの参画企業(流通小売・メーカー、アドネットワーク事業者、アプ
リケーション開発事業者)を募り、O2O 集客支援サービスの構築・展開に取り組む。
6
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TOP INTERVIEW
の資源は有効に活用してもらい、そのかわりどんど
── いまYコンビネーター
んIPOしていってほしいです。出て行くときはオプ
もいくつか出たところが、転換期に入っているとい
トの株を買い取っていただいて、こちらはキャピタ
うか、休業状態にあったりとなかなかうまくいかな
ル・ゲインをいただきます。その間に提供するサー
いですね。
ビスのひとつの目玉として、米国の最新情報サービ
鉢嶺 そうですね。心意気だけでなく、実際、オプ
スがあります。
トの場合だったら、クライアントもいますし、人材
彼らも起業家なので、いずれはオプトの子会社で
も投資資金もあるので、いろいろな可能性があるわ
はなく独立したいという思いを強く持っています。
けです。サービス提供はもとより、サポート体制の
そういう方々はどんどんオプトに入ってもらえれ
強化もしていきたい。成功した起業家の方とか金融
ば、人材も情報も資金も提供するので、そこで成長
系のスペシャリストたちによる顧問団をつくりたい
していただいて、そして最終的にはIPOして独立、
と思っています。私もベンチャーキャピタルに出資
というのが理想です。
いただいた時にすごく思ったのですが、資金以外に、
── まさにシリコンバレーのエコシステム的なアプ
経営指導と顧客の紹介はニーズとしてすごく高いと
ローチですよね。日本ですと企業の傘下に入るとず
思います。しかし、日本のベンチャーキャピタルに
っと傘下ですからね(笑)
。
はない。だからそこは注力したいところです。
*3
に刺激を受けて日本で
鉢嶺 それはやめようと。いわゆる束縛したり、資
本の論理で…、ということはやめました。自由でな
ければ起業家はモチベーションを失うだけです。結
日本発のイノベーションを
果としていいサービスや新しいサービスがどんどん
── 今後の課題や、これからチャレンジしようと思
生まれて日本としての競争力が上がればいい。何か
っていることはなんでしょうか。
しらそういうことをしていれば、オプトとしてもプ
鉢嶺 ひとつの願望としては、最新のビシネスモデ
ラスで返ってくるだろうという想いがあります。
ルの情報を網羅していますので、この情報をもう少
── それは面白いですね。確かにこれは大会社だと
し役立てることはできないかと。クライアントさん
やりにくいですし、また、きちんとした仕組みがな
にもっと有益に活用いただく施策もそうですし、ま
いとできないですからね。
た特派員も実質一人なのでもっと増やしたいと思っ
鉢嶺 実際にシェアードサービスを始めています。
ています。もっといえば米国のフォレスター・リサ
オプトの社員をチームとして送り込んだり、オプト
ーチ社 *4のようなものを日本でも立ち上げたいと思
の研修プログラムに参加できたり、グループ会社は
っています。
会議室を無料で使えたり、あるいは広報や法務や
── 実際にビジネスリレーションが何社か出てく
M&Aなどの支援も我々の管理部門がやりますので、
ると自然にそういう流れになるかもしれないですよ
グループ会社は自らそういう組織をそろえる必要が
ね。
ないのです。
鉢嶺 やはりシリコンバレーから先に、ネットのイ
── なるほど。日本型インキュベーションの仕組み
ノベーションが生まれてきますので、それをいち早
のようなイメージですね。
く日本で真似られるものは真似たほうがいいのでは
鉢嶺 ゼロから立ち上げるよりは、こういうリソー
ないかと思います。結局のところ、もっと新しいサ
スがあるほうがいいと思います。オプトの出資が入
ービスがネットの世界でも生まれてこないと日本が
ればそれなりの信用力もつきます。今の時代は、経
繁栄しませんよね。本当の意味での「日本独自のサ
営スピードを上げていかないといけません。特にネ
ービス」で世界に広がったものはまだありませんし、
ットの場合は早いので、自前でやると5年ぐらいか
「日本発のイノベーション」は悲願です。
かるものを2年くらいでカタチとして完成させてゆ
── 不可能ではないと思います。人材の質は当然シ
く、ということを進めています。
リコンバレーの一部のエンジニアはかなわないです
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が、日本人は優秀できめ細かでそんなに大差はない
かりますからね。実際に行ってディープダイブして、
です。でも、こうやって新規軸でオプトグループに
現地の人と議論して仲良くならないと分からないこ
短期間入って資源を利用できるような流れがさらに
とが多いですからね。
拡がっていくと、イノベーションも生まれやすくな
鉢嶺 向こうの空気を感じて、起業家の人たちと交
るかもしれませんね。
流するだけでも随分違うと思います。あのシリコン
オプトのグループとしての長期ビジョンや展開
バレーのダイナミズムは、実際に視察に行かれたほ
は、米国に関してはどう見ておられますか。
うがいいですね。
鉢嶺 社内の議論としては、アメリカは進出する先
── シリコンバレーは本当に人材が分厚いですよ
として可能性はあるのではないかという議論が段々
ね。
盛り上がってきています。例えば、リスティング広
鉢嶺 分厚いですね。ハリウッドもそうですが、映
告ひとつ見てみても、やはり海外と比較すると日本
画館の数と映画を見る人の数は実はインドが世界一
の方がリスティングの運用が非常にきめ細かいの
で中国も伸びている。数ではアメリカを抜いている
で、たとえアメリカに行っても充分差別化ができて
けれど、世界の映画の中心はインドや中国にはなら
勝てるのではないかという議論は出てきています。
ない。あれだけ大型のハリウッドに世界中から人材
場合によっては、オプトがアメリカに進出するとい
が集ってきますし、技術力も集ってくるし、そこに
うのもあり得るかもしれません。
お金もつぎこまれる。何十億とかかる大作はハリウ
── 最後に読者の方へメッセージをお願いできます
ッドしかつくれませんし、そういうものがシリコン
か。
バレーには感じますね。
鉢嶺 ネットは、やはり基本は「アメリカ発」だと
── 御社の益々の活躍を期待しています。本日はあ
思います。日本はアメリカから3年くらいは常に遅
りがとうございました。
れをとっています。ですから新しいメディアも新し
(インタビュアー:本荘修二 本誌編集委員)
いテクノロジーもマーケティング事例手法も、基本
はアメリカが先だと思います。それとほぼ同じよう
なものが日本でも展開されますし、ネットの広告市
場もやはりアメリカの市場とほぼ同じ動きをしてい
るので、今後日本でもそうなっていくと思います。
例えばリスティングの比率だったり、バナーに関し
てもターゲティング広告がきたり、スマートフォン、
タブレットがどうなっているとか、等。アメリカで
は、ネットの広告市場が2020年くらいにはテレビ
の広告市場と同じ規模になると予測されているの
で、日本でもそうなっていくと思います。日本の場
合は、テレビが2兆円でネットが8000億ですけれど
も、おそらく2兆円に近づいていくと思います。そ
ういう意味でいうと、アメリカをウォッチしていれ
ば限りなくマーケット自体がそれに近い形になって
いくと。常にアメリカをウォッチして、そこに投資
して準備をしておかないと遅れてしまうので、マー
ケット全体を見る上でもやはりアメリカは無視でき
ません。
── 私もアメリカを行き来しますが、結構労力がか
8
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* 1 500Startups( フ ァ イ ブ ハ ン ド レ ッ ド ス タ ー ト
アップス ) は、カリフォルニア州マウンテンビューのベン
チャーキャピタル/インキュベーターである。
* 2 Retailigence 社は、米国にて多くの有名な流通小売・
メーカーと連携し、
「10 万以上の実店舗」と「1,000 万件以
上の商品在庫情報と位置情報」を集約したデータベースとオー
プンな API を保有。
Retailigence API から、アドネットワーク事業者や、位置情報
アプリケーション・モバイルコマースアプリケーションなどを
展開するアプリケーション開発企業等へ、店舗情報や在庫情報
と紐づいた商品データを提供し、実店舗への集客を促す O2O
事業を展開している。
* 3 Y Combinator(Y コンビネーター)は、カリフォ
ルニア州マウンテンビューのインキュベーターである。
シリコンバレーには、ベンチャー企業を育成する、“起業
家養成学校”とでもいうべきインキュベーターがあり、こ
こから新しいベンチャー企業が次々と誕生し、次の成長
段階(事業化段階)に移っていく。5 0 0 Startups とY
Combinator は代表的な2 社。
* 4 フォレスター・リサーチ社は、顧客エクスペリエンス
やデジタルマーケティング分野で、様々な提言を積極的に行
っている米調査会社。
NetService Ventures
イノベーションの地図をつくりポイントを深掘りする
Top Interviewでオプトの鉢嶺社長が、テーマを決めて、シリコンバレーでのビジネスモデル、ベンチャー企業を徹
底的に調べると語っているが、それはどうのようなものなのか。そのような深掘り調査であるベンチャー・スキャンの
経験が豊富な米 NetService Venturesのパートナー加藤雅己氏に具体例を寄稿いただいた。
オンライン・トゥ・オフライン
(O2 O)とは?
図1
リアル店舗はこの10年以上アマゾンなどのオンラ
イン勢力に押され、店舗で試すがオンラインで購入
する「ショールーミング化」に悩まされてきた。と
ころがここ数年、逆にオンライン技術を活用してリ
アルな購買を活性化する「オンライン・トゥ・オフ
ライン(以下 O2O)
」という言葉を耳にすることも
多くなってきた。
O2Oの定義は人によって異なる場合が多いが、
我々はあまり限定せずあえて広範囲にとらえ、
「IT
技術を使ってリアルな場での商取引をサポートする
サービス」であればなんでもよしとしている。O2O
の概念そのものはそれほど新しくなく、古くから存
ショット的なもので、時とともにカテゴリーそのも
在するレストラン検索サイトや旅行サイトなども
のが衰退したり新しいものが登場したりする。こう
立派なO2Oだ。それが近年進化を遂げ、一世を風
いった全体観を持つことで、市場そのものがどの方
靡した共同クーポン購入サービス「Groupon」
、空
向に向かっているのかを直観的に理解することがで
いている部屋と旅行者を繋ぐローカルマーケット
き、大企業であれば新規事業プラン、起業家であれ
「AirBnB」
、先日日本上陸を果たした小規模店舗・個
ば開発するサービスの仮説を時流にのった形で考案
人向けクレジットカード決済サービス「Square」な
することができる。
ど、これまで存在しなかった様々な手法が台頭し脚
なぜこのようなものを手間暇かけて作るかという
光を浴びている。
と、新規分野の「土地勘」を得るためだ。新規分野
は多数のベンチャーがひしめくカオスな状態なこと
アメリカのO2 Oイノベーション事情
が多く、ひとつのベンチャーを見てもそのベンチャ
まずは、O2O先進国米国での全体的なトレンド
ーが行なっていることが先進的なのか、ライバル達
を紹介しよう。200以上のO2Oベンチャー企業を調
に比べて優れているのかなどが判断できないことが
査・分析して導き出したマーケットマップが図 1で
多い。ベンチャー企業に投資を行うベンチャーキャ
ある。上部の矢羽は購買ファネルの簡易版であるが、
ピタル
(VC)
がどうしているかというと、
彼らは何百・
下部の箱は200社以上の様々なサービスをそれぞれ
何千というベンチャー企業の売り込みプレゼンを何
の要素に分解して再構築した「いま旬なカテゴリー」
年にも亘り聞いており、そこから得た業界の流れ、
である。ちなみにこのマップはその時点のスナップ
過去の成功 /失敗例、勝ちパターンなどが経験則と
10
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して頭に入っている。まさに「木」を沢山見てきた
での顧客の位置や動きが分かるという、あたかも潜
ことで「森」の形が見えており、そこから得た目利
水艦が発する音波を探知するような仕組みだ。認識
き能力を頼りに投資判断を行なっているのだ。
できるのはスマホ端末のネットワーク背番号である
では、シリコンバレーから距離的にも業界的にも
MACアドレスだけ(これも暗号化されて別のIDに
遠く離れた日本人がどうすべきか? 自分でコツコ
変換される)なので、プライバシーにも配慮されて
ツ調査して独自のマーケットマップを造るのも良い
いる。これにより、店舗の外を歩く顧客の何割が入
が、まずは現地の動きに精通した人が作ったものを
店し、店内でどのように動き、どの位の時間店内に
参考にしたり、共同で調査を行う方がより早く、正
いて、どの頻度で再来店するか、などの情報が入手
しく全体観をつかめるはずだ。筆者の経験からも、
できる。店舗はそれらを使ってレイアウト、開閉店
事前にマーケットマップを勉強して興味あるカテゴ
時間、広告表示場所、などの打ち手につなげること
リーや企業をいくつか知識として持っておくだけで
ができる。
も、現地ベンチャーと会った時に話が早く協業など
Euclidは、Google Analyticsの前身であるUrchinの
具体的な話に進むことが多い。
創業者 2人と、ICSC(国際ショッピングセンター協
では、いくつかの深掘りの事例を紹介しよう(字
会)の創業者の孫という、まさにオンラインとオフ
数の制約でさわりのみだが)
。日本での知名度は高
ラインの申し子たちがタッグを組んで立ち上げた会
くないが興味深い活動を行なっているベンチャー企
社だ。同社はVCから24億円弱の投資を得ており、
業をマーケットマップから3社選び出してみた。
2013年 2月時点で30以上のチェーン系店舗運営会
社(デパート、アパレル、ファストフード、など)
店舗分析例:店内の顧客の動きをスマホの電波で逆
に導入され、5000万人以上のスマホユーザーを解
探知するEuclid(図 2)
析してきた実績を持っており、積極的に事業展開を
店内の顧客行動を観察する手法として、よく近距
行なっている。
離無線通信を使ってショッピングカートの動きと店
内広告を連動させるような例を見聞きするが、実際
ローカルインセンティブ例:決済情報のビッグデータ分
問題として導入コストや時間の問題で実験段階か
析から優良顧客を抽出するFreeMonee
ら脱していないのが現状だろう。Euclidは、ハード
もしあなたが高級アパレル店を運営しているとし
ルの高い技術ではなく、スマホが発するWifi電波と
たら、毎月 20万円以上衣類を購入するようなヘビ
いう一般的なものに着目した。Wifiがオンになった
ーユーザーを見つけ、5000円でもいいからインセ
ままのスマホは、インターネットに接続するため
ンティブをあげて来店してもらおうと思いません
のWifiアクセスポイントを探すために一定間隔で電
か? FreeMoneeは、これを実現するベンチャーで、
波を出している(ping)
。これを逆探知すれば店内
既にVCから45億円以上調達している企業である。
図2
彼らの仕組みは少々複雑なので順を追って説明し
よう(図 3)
。
1)銀行・カード会社が、顧客の決済情報を暗号化
してFreeMoneeに提供
2)店舗が、FreeMoneeに潜在的な優良顧客リスト
の算出を要求。求める顧客象、場所、付与する
ギフト額、人数などの要件を設定
3)FreeMonee社がデータベースを分析(同社は以
前保険のリスクを計算するアルゴリズムを開 発)し、要件に合った優良顧客候補を算出。結
果を銀行・カード会社に提供
4)銀行・カード会社が匿名化を解除し、同社が直
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図3
図4
接対象ユーザーにメール、封書、電話などでギ
安全面以外では、ドライバー自身が話して楽しい
フト発行の旨を直接通達
人間か、と言ったコミュニケーション能力も重要視
5)対象ユーザーが対象店舗に行き商品購入。指定
されている。これはLyftの売りが価格と利便性だけ
のクレジットカードで決済した場合のみ、ギフ
でなく、車内での会話といった顧客エクスペリエン
ト額が自動的に天引き
スをも含んでいるからだ。また、Lyftの車両は一目
6)購入が確定された場合のみ依頼元の店舗が
で分かるようにフロントグリル部分にピンクのヒゲ
FreeMoneeに一件あたり平均$5を支払う
をつけるなど、クールさと洒落っ気も溢れている。
仕組みはややこしいが、エンドユーザーから見た
ちなみに、同社の料金体系は「寄付」と言う形をと
らクレジットカード会社と店舗としか接しないシン
っており、あくまで一般ユーザー同士間のやりとり
プルさが特徴だ。同社によると、2012年 8月時点で
であるという。既存の秩序にとらわれないスタンス
米国トップ 8銀行の4行から決済データを提供され
がとてもベンチャーらしい。
ており、100社以上のリテール顧客を持つという。
同社は、AirBnBを支援したAndreesen Horowitz
を含むVCから80億円以上を調達している期待のベ
ローカルマーケット例:一般のドライバーをタクシ
ンチャーだ。2013年 5月時点でサンフランシスコ、
ー代わりに利用するLyft(図 4)
シアトル、シカゴでサービスを提供しており、一週
最後の例は、店舗向けではないO2Oだが、今シリ
間に3万回利用されている。
コンバレーで注目を浴びているので紹介しよう。誰
このように、米国にはO2Oはじめ活気あふれるイ
かが持っている付加価値と、それを求めるユーザー
ノベーションが続々と生まれている。古い商習慣や
を繋ぐローカルマーケットでは、空き部屋と旅行者
規制など、日本での展開を阻む要素はいくらでも列
を繋ぐAirBnBが有名だ。その成功を受けて現在様々
挙できるが、まずは海の向こうで何が起きているか
な横展開がされており、自動車分野ではハイヤーと
を理解し、成功している事例をいち早くキャッチし
利用者を繋ぐUberを知る人も多いだろう。Lyftはそ
て新事業を発想するところから始めてはいかがだろ
れをもう一歩進め、一般のドライバーと利用者を繋
う? そのためには、米国のニュース記事やカンファ
ぐマーケットだ。
レンスでの情報にとどまらず、ねらうテーマで全体
Lyftのドライバー認定プロセスは厳しく、運転履
を俯瞰し、さらに興味深いポイントを深堀りするこ
歴や犯罪履歴のチェックに加え、実際にインタビュ
とだ。表面をなぞるだけでなく、現場に突っ込んで
ーを行うなど安全面に非常に力を入れている。また、
こそ、核心をつかむことができよう。
ドライバー、利用者双方ともFacebookのアカウント
をアプリに紐付ける必要があり、何かあったときに
身元をトラッキングできるようにも配慮している。
12
MH August 2013
加藤 雅己 (かとう まさみ)
NetService Ventures パートナー・日本代表
ソニー株式会社、
マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て 2007 年現職
カルガリー大学商学部、INSEAD MBA
FEATURE
シリコンバレーから学ぶ
learning from silicon valley
変化を続け、創造を繰り返すシリコンバレーエコシステムに、どう対峙
し、何を学ぶか。
これは容易なことではない。
地図も磁石もない航海では、
漂流してしまう。コピーしても日本市場では、すぐ使えるわけではない、
咀嚼し変換しなければならない。
そこで、情報や広告だけでなく、自動車、小売など様々な業種のリーダー
企業がどう取り組んでいるかご覧いただきたい。
FEATURE
entrepreneurship
シリコンバレーの“起業家精神”
シリコンバレー概説
シリコンバレーから学ぶ
これらのエコシステムの最も重要な要素とし
て、(1)リスクマネーの提供と(2)成功体験のシェ
アの仕組みがあります。
(1)リスクマネー提供:
リスクマネーの提供は一般的に、初期段階では
エンジェル投資家、そして次の段階では、VC が担
シリコンバレーとは?
います。
シリコンバレーとは、米国カリフォルニア州北
エンジェル投資家の多くは「成功者」であり、自
部のサンフランシスコ・ベイエリアの南部に位置
己資金からのリスクマネー提供のみならず自らの
するサンタクララ・カウンティ及びその周辺の俗
経験を活かし、起業家の新たなスタートアップの
称であり、元々は果樹園以外何も無かったといわ
立ち上げに貢献します。現在では、500 Startups、
れる地域を指します。
Y Combinator といった、インキュベーター、アク
1960 年代に、半導体産業
(シリコン産業)
という
セラレーターといわれる、初期段階での投資及び
一本の果樹がその地で生まれ、壮大な果樹園へと
支援プログラムを提供する投資家や仕組みがあり
広がっていく様に、コンピューター、インターネッ
ます。
ト、次世代ソフトウェアといった世界的に影響を
VC は、機関投資家等より資金を調達し、運用を
及ぼす新たなイノベーティブな産業の創出へと広
行う立場上、有望案件を厳選し、より良い条件で投
がりました。
資を行い、投資を保全し、より良い条件にて売却を
その間、
インターネット・バブル崩壊、
リーマン・
行う、言わば、結果(キャピタルゲイン)が全ての
ショック等の激しいビジネス環境の変化を乗り越
ビジネスモデルです。VC の投資責任者であるベ
え、現在のシリコンバレーは、起業家としての自ら
ンチャーキャピタリストは、ビジネス経験豊かな
の成功体験を持つお金持ち(
「成功者」
)と新たな成
人材が多く、主な投資先へは、資金提供だけでは無
功体験を追求する才能豊かな起業家(
「チャレン
く、社外取締役となり経営に関するあらゆる面に
ジャー」
)が集まる世界随一のダイナミックで刺激
深く関わり支援を行います。
的なエリアへと成長しています。
正確なデータは存在しないものの、エンジェル
投資の総額と VC 投資の総額がほぼ同規模と言わ
シリコンバレーのエコシステム
れており、年間約 3 兆円のリスクマネーがシリコ
シリコンバレーにはその成長に欠かせない重要
ンバレーに投下されていることになります(2012
なインフラとして、起業家を支えるエコシステム
年 度 シ リ コ ン バ レ ー VC 投 資 総 額: 約 1.5 兆 円
があります。
[VentureSource])。
まずは、自然豊かな生活環境と、起業家をリスペ
クトし、リスクテイクに伴う失敗を容認する文化
(2)成功体験シェア:
が背景にあります。
「成功者」の多くは、更なる成功体験を生み出す
そして、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタ
べく新たな起業を行うか、自らの強みを活かせ
ル(VC)
等のリスクマネー提供者、研究室から民間
る分野においてエンジェル投資を行ったり、ベン
営利企業への技術移転に積極的に取組む大学・研
チャーキャピタリストへと転身します。
究機関、起業ビジネスに精通した弁護士等の専門
彼らは、インド系・中国系等の移民を含む不屈の
家、ハイテク企業、業界 NPO 等が有機的にネット
精神を持つ才能豊かな若い人材に対し、メンタリ
ワーク化されています。
ング、ネットワーキング、教育等の身近な機会を通
MH August 2013
15
learning from silicon valley
まとめ(シリコンバレーから学ぶ)
筆者は、1997 年よりシリコンバレーにおいて
ベンチャー投資活動を行ってきました。
世界中からこの地に集まる野心的な起業家と会
う度に、彼らの起業家精神の背景となる「成功を追
求する不屈の精神力」を強く感じ、圧倒させられま
す。
これは、周囲に「成功者」や「チャレンジャー」が
身近に存在するという環境が、彼らのモチベー
ションを刺激し、精神的な強い支えになっている
ものと思われます。
シリコンバレーの中心地に有るスタンフォード大学キャン
パス。これまで数多くの「成功者」、「チャレンジャー」、ベン
チャーキャピタリスト等を輩出してきた。
(撮影:寺田豊計)
このような刺激の少ない日本のビジネスマン
は、例え大企業にいても、「自らの求める成功を追
求すべく」起業家精神を持ち、自らに厳しく、日々
のビジネスに取組むことが不可欠であると思いま
じ、成功体験をシェアし、起業家精神を育み、新た
す。 な「チャレンジャー」を生み出すことに大きく貢献
また、成功のための「自らのビジネス環境」を、
します。
シリコンバレーのエコシステムを意識し、自らを
シリコンバレーの起業家達は、自らのネット
ワークを通じ、互いの能力を理解した上で、例え競
「チャレンジャー」に見立て、貪欲に求めていくこ
とが「成功者」への道と信じます。
合間で有っても、お互いの能力をシェアし合い、結
果的にさらなる新しい起業案件の創出や、人材の
流動性を促すことに繋がっています。
open innovation
シリコンバレーの“ネットワーク”
寺田 豊計 (てらだ とよかず)
TiE Japan 代表、神山財団アドバイザー、元伊藤忠テクノロジーベンチャーズ・
マネージングディレクター
なぜ自動車会社がシリコンバレーか?
グローバルにホンダの将来の商品・サービス、特
に IT を使った新しいコンセプトの企画立案を使
スピード上げてオープ
ンイノベーションを
命としてホンダシリコンバレーラボが生まれまし
~本田技研工業のケース~
くつくるためです。だから他の地域でなく、シリコ
た。IT で世界の中心であるシリコンバレーにま
ず飛び込んで、コミュニティとのネットワークを
築き、新しい技術をいち早くキャッチして、いち早
ンバレーでなければ意味がありません。
モバイル、スマホで人々の生活スタイルが大き
Honda R&D Americas, Inc. で Honda
く変わりました。クルマと IT については、かつて
Silicon Valley Lab の Senior Program
テレマティクスなどと呼んでいましたが、コネク
Director を務める杉本直樹氏に話をうかがった。
テッド・ビークル(ネットにつながったクルマ)が
16
MH August 2013
FEATURE
シリコンバレーから学ぶ
重要なテーマです。クルマでアプリやインフォテ
インメント、
そしてビッグデータやオートノマス・
ドライビング(自動運転)など、もっと進化してい
くとどんなユーザー体験を提供できるか考えねば
なりません。ダイナミックに変わっていく IT とと
もにクルマの将来をつくっていくには、シリコン
バレーにいないと話になりません。
自動車メーカーはたくさんシリコンバレーに
来ています。90 年代にドイツ勢が来て、ホンダも
2003 年に基礎研究のグループがオフィスを開き
ました。このところサプライヤーも追いかけてき
ていて、
さながらシリコンバレー・ラッシュです。
組織的には、本田技研工業の研究開発子会社の
本田技術研究所の米国子会社であるホンダ R&D
アメリカズの一部門として二年ほど前にできた
組織です。いま数十人ですが、現地のそれも IT 技
術者が主で、日本からの駐在員は少ないです。
クル
Honda Silicon Valley Lab
Senior Program Director の杉本直樹氏
マ開発のメインを担う日本と人の交流も含め密接
に仕事しています。オハイオの北米 R&D や本社
2012 で発表し、ホンダも連携する自動車メーカー
のグローバルテレマティクス部とも連携していま
として示されました。ホンダは Eyes Free の導入
す。
で先行する一社です。
また、WWDC 2013 で発表された、iOS デバイ
IT のリーディング企業との連携
スと大きな車載ディスプレーやスピーカーを連
オープンイノベーションを実践しています。大
携する「iOS in the Car」にもホンダは積極的に関
手 IT 企業と密接であり、またいくつものスタート
わっています。「Eyes Free」を使えば、iOS デバ
アップを発掘しています。
イスを操作して、ハンズフリー通話、伝言メモの再
例えば、自動車の運転手がハンドルを握ったま
生、音楽再生、インスタントメッセージサービスの
ま iPhone の音声アシスタント機能「Siri」を使って
送受信、ナビゲーションなどができるものです。
さまざまな機能を使えるようにする「Eyes Free」
IT メーカーはクルマのプロではないため、我々
を、アップルが開発者向けカンファレンス WWDC
から言われて彼らが気づいたことは多々ありま
MH August 2013
17
learning from silicon valley
す。例えば、安全。siri で結果が表示されると運転
用意していじってもらい、広くプログラマーにア
者の目がそちらに行って危険なので、結果を音声
ピールしていきます。クルマというプラットホー
で返すことをホンダから提案しました。プロトタ
ムを提供して自由に考えて下さいと、シリコンバ
イプをつくってデモをすると、すごいね、なるほ
レーの色々とアイデアを持っている人たちといっ
ど、となる。
自動車メーカーがいかに速く対応する
しょにクルマをつくっていきたい。ガードが固い
かが鍵で、ホンダは半歩先にやれていると思いま
研究所でなく、面白く付き合える相手として、オー
す。
プンにどんどんつながっていきたいです。
日本でも、できることをやりたいと、若い人から
ベンチャー企業の発掘、
提案、
協業
声が出て、自発的な取り組みが始まりつつありま
また、小さいベンチャーを日々見つける活動に
す。クルマは何十人、何百人のビッグプロジェクト
はパワーをかけています。ホンダの看板があって
ですが、そこで若い人たちが刺激されて、ホンダの
もそれだけではだめですから、新参者は自分から
独創的なことをやるカルチャーに向かうことを期
出て行こうと、2、3 人から数百人まで様々な企
待しています。我々の活動が刺激になり始め、いい
業に、こちらからアプローチしています。
最初から
影響が広がりつつあるかと思います。
クルマをターゲットとする会社は少ないですが、
しかし、多くの自動車メーカーがシリコンバ
これ面白い、クルマで使えないか、と見つけて提案
レーに来ています。最初は苦労しましたが、トップ
し、協業を始めるなどしています。
の強いサポートで前に進めという環境をつくって
いろんなベンチャーキャピタル(VC)ともお付
もらえていますから、スピードを上げて常に前に
き合いし、ベンチャー企業を紹介いただいていま
進むしかありません。さらに加速していきたいと
す。投資先が発展して価値を高めるのが VC のね
思います。
らいですが、クルマという市場はサプライチェー
ンができていてベンチャーは入り難い。最初のス
テップで自動車メーカーがそれなりのパートナー
として仕事をすることで、価値を高める戦略パー
トナーとしてみてもらえています。
こちらではパートナーシップで色んなことが起
きると理解し、オープンイノベーションを重視し
ています。VC との関係もそうですし、
共同開発と
か沢山あります。
オープンなマインドセットに転換
自動車メーカーはサプライチェーンの頂点で一
番力が強いですが、そこからマインドセットを転
換して、いわゆる自動車メーカーの研究所と違う
カルチャーにしています。
また、クルマの条件を言
いすぎると発想がつぶれるため、自由な発想をよ
しとして、まず価値を生むよう努めています。 エバーノートさんと組んでハッカソンをやりま
したが、オープンなイベントもやっていきます。
単なる宣伝や冠スポンサーでなく、実際に材料を
18
MH August 2013
本荘 修二 (ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院
(MBA)
客員教授
FEATURE
technology transfer
シリコンバレーの“考え方”
シリコンバレーに学び
日本と結ぶ
~富士ゼロックスのケース~
シリコンバレーから学ぶ
れた FX Palo Alto Laboratory(FXPAL)という
同社の研究所があり、企業や社会に影響を与える
重要な問題に取り組むための技術を研究してい
る。つまり、そこでリサーチ機能として現地の情報
をいち早く収集している。シリコンバレーは、日々
真剣に自分の会社のビジョンを考え抜いている人
の集合体であるところ。そこから啓発されるアイ
デアはいわゆるひとつの方向性ということになる
だろう。
だが、単純にそれをコピーして日本へもってく
富士ゼロックスが 2011 年 8 月に発表した業務
ればいいかというとそうではない。当然市場の特
アプリケーションをクラウド型で提供するサー
性や自社のやり方も異なる。「現地で起きている
ビス「SkyDesk(スカイデスク)
」
。これは CRM、
話と日本側の市場の動きとでは、当然ながら毎回
名刺データ管理といったセールス支援機能を中
ギャップを感じます。そのなかで富士ゼロックス
心に、メール、名刺共有、カレンダー、タスク管理、
という日本企業の立ち位置としてどこに力点を置
文書作成、表計算などコミュニケーション機能も
くか、ビジネスモデルもそうですし、富士ゼロック
含めて、主に SMB(中小企業)市場に向けてワン
スというブランドから想起されるお客様からの見
ストップで提供するクラウドサービス。基本機能
え方とのバランスは毎回チャレンジです。
は無償で利用でき、名刺データ管理機能
「SkyDesk
当社のように日々お客様と対面営業している会
Cards」
、CRM 機能「SkyDesk CRM」やメール機
社ですと、お客様の日々のフィードバックからの
能「SkyDesk Mail」
、
文書管理・共有機能
「SkyDesk
改善や商品開発へは繋がりやすいのですが、世の
Docs」など、利用規模の拡大に応じた有償のオプ
中に全くないようなイノベーティブなことはそ
ションサービスも用意されている。米国のクラウ
こからは生まれにくい。ならば、シリコンバレーの
ド・サービスベンダーとの協業で提供されるサー
日々真剣に思案を繰り返している人たちが出すア
ビスで、iPhone や iPad などからも利用できる。
イデアを学んで商品に生かしたり、新たなビシネ
スのやり方をどう取り込むか。全く同じでは特に
同社がこのサービスを始めるにあたり鍵となっ
日本の場合はうまくいかない。アジア圏では、複数
たのはシリコンバレー。現地には 1995 年に設立さ
の言語が存在し、ローカライズされた文化が根付
MH August 2013
19
learning from silicon valley
いている。ですがグローバル勝負になるとあまり
ローカライズ、カスタマイズしすぎると大きな広
がりにならない。そのバランスが一番のチャレン
ジです。
」
と SkyDesk を推進した小栗氏は語る。
2009 年に経営トップから招集され発足した同
社の新規事業開発チームは、モバイルとクラウド
にテーマを定め、自らのアイデアをもってシリコ
ンバレー側のチームとプロジェクトを進めた。研
究所の FXPAL はあるが、新事業とは見方が異な
る。新事業には、技術の目利きとビジネスの視点の
両方が必要である。パートナーは、CEO がどうい
う考えか、事業会社としてビジョンを共有できる
かなど議論して選択する。選んだパートナー企業
も、当時は知名度の低いベンチャーだったので社
内から心配もされたという。
このように、シリコンバレーとつながるといっ
ても、週に 2 ~ 3 時間の電話会議などでは十分で
はなく、実際にパートナー候補と話して信用でき
るか見定めたり、まだ世に明らかになっていない
が現地ではうわさになっている話題からヒントを
SkyDesk サービス紹介について
https://www.fujixerox.co.jp/solution/skydesk/
得るなど、
突っ込んだ活動が不可欠だ。
そして、さらには同社ならではの課題もあった。
繋がっていることで、客観視ができる。そして最終
同社は基本的にアカウント営業制度をとってお
的にグローバルで勝てるのかどうかを考える。
り、SMB 市場向けの SkyDesk のウェブ直販自体
プロモーションひとつとっても、従来の決まっ
が会社としては新しいチャレンジとなる。
たやり方ではなく、ネット専業プロモーション会
「対面接点だけでなく、我社にも違うブリッジが
社と直接お付き合いしたり、ソーシャルメディア
あっていいんだと、社員に理解してもらうことも
で情報を発信することも同社にとっては初めての
重要でした。他の大企業さんのように複数の事業
ことだった。技術だけでなくビジネスの革新のた
ラインや事業領域を多岐に持っているところはそ
めに、シリコンバレーに繋がっていることは大き
ういった文化ではないかもしれませんが、当社は
な意義があると言えよう。
BtoB に包括していることもあり、商流がワンパ
ターンに近かったのです。日本市場が成熟してい
るということもあり、会社として違う営業手法が
必要だと感じていました。
」
と小栗氏。
技術評価でも、このネタは面白そうかという判
断は、内部も外部も当然目利きが必要になってく
る。そんな時、シリコンバレーのあの企業がこの
サービスをやっているとか、すでに市場にあると
か、そういうものと比較し、いま自社技術で仕立て
て本当に勝てるのか問い直す。シリコンバレーと
20
MH August 2013
取材協力:小栗伸重氏(富士ゼロックス株式会社 新規事業
開発部 事業開発センター グループ長)
FEATURE
e commerce
シリコンバレーの“テクノロジー”
小売企業がなぜシリコ
ンバレーに数百億円投
資するのか
~ウォルマートのケース~
シリコンバレーから学ぶ
ウォルマートのこの 2 年の動きは果敢という
か大胆だ。2011 年 4 月に 3 億ドル(約 300 億円)
でシリコンバレーの Kosmix 社を買収し、これを
ベースに @WalmartLabs(ウォルマートラボ)を
発足させた。以前に創業したベンチャーをアマゾ
ン .com に売却後、アマゾンの CEO ジェフ・ベゾス
の側近としてアマゾン・マーケットプレースを育
てるなどした Kosmix 創業者らは、卓越したチー
ムであり、ウォルマートによる買収後、短期間で
ウェブサイトとシステムを大幅に改善し、ショッ
ピングサイト用の検索エンジンまで開発した。ま
た、現在 Walmart Gifts と呼ばれる、フェイスブッ
買収と人材獲得で突っ走り E コマースを本格化
クやツイッターによるギフトのリコメンデーショ
日本小売業の米国視察は昔から行われてきた
ンを開発した。
が、それが若干変わってきた。たとえばローソン
しかし Kosmix 経営トップは買収後一年ほどで
は、シリコンバレー視察を行っている。
新たなテク
去るわけで、リーダーの獲得にウォルマートは迅
ノロジーを実際に見て回るためだ。
しかし、当の米
速に動いた。かつて eBay でエンジニアリングと
国企業は、それをはるかに上回る動きをみせてい
ソフトウェア開発を率いた Jeremy King 氏を、本
る。象徴的なのが小売業をリードする世界の巨人
社 CEO まで登場して説得し、2011 年夏に口説き
ウォルマートだ。
落とした。King 氏は、現在ウォルマートの Global
MH August 2013
21
learning from silicon valley
eCommerce の CTO としてウォルマートラボの
続々とベンチャーを買収し増員するが、スタート
トップを務める。また、本社での人材強化も進め、
アップのように活動
CBS Interactive プレジデントの Neil Ashe 氏を
顧客が日々使っているテクノロジーは取り込
2012 年に Global eCommerce の CEO として迎え
む、ウォルマートのイメージを打破し将来の売上
た。
をもたらす実験を続ける、というのがウォルマー
トラボの基本的な考え方だ。
オンライン小売を新たな柱にする経営トップのコ
発足以来、続々とベンチャー企業を買収してい
ミットメント
る。全てではないが例を以下に。
今年 5 月ニューヨークでのバークレー証券主催
・OneRiot ソーシャル広告
の小売業カンファレンスで「e コマースはウォル
・Grabble POS テクノロジー
マートの次なる成長エンジンだ」
「常に期待を上
・Small Society モバイル・エージェンシー
回るパーソナライズしたショッピング体験」を提
・One Ops クラウド・コンピューティング
供する。と Ashe 氏は語った。
「スマートフォン、
・Tasty Labs アプリケーション開発
オンライン、そして店舗を組み合わせ、顧客にいつ
・Inkiru, リアルタイム分析・予測(顧客ターゲ
でも、どこでもアクセスを提供できるユニークな
ティング)
ポジションにある。
」
とウォルマート CEO の Mike
・Torbit ウェブサイト最適化
Duke 氏は言う。
平行して、今年は夏までに 150 人のエンジニア
昨年、創業 50 周年を祝ったウォルマートだが、
の採用を打ち出した。
創業から 25 年で世界最大の GMS となったとき、
驚くのは、外部の IT ベンダーに任せるのでは
サム・ウォルトンがさらに grocer(食品小売)
にな
なく、自前のチームを獲得し、テクノロジーの内製
ると打ち出した。
そのとき、みなクレージーだ無理
化を進めていることだ。確かに、オンライン分野の
だと言ったが、ウォルマートはそれを成し遂げた。
リーディング企業は、そのほとんどが内部に強力
再び 25 年の計として長期的に e コマースに取り
なテクノロジー・チームを組織している。
組むつもりだ。
例えば、ウォルマートはモバイルアプリにどん
ウォルマートは 2014 年にオンライン売上高 90
どん投資している。買い物リストからウォルマー
億ドル(約 9 千億円)を目標としている。2012 年
ト店舗の各商品の場所や商品情報、リコメンデー
度に売上高 4703 億ドルのウォルマートが売上高
ションが得られる。さらに店員の助けを求めるア
640 億ドルのアマゾンに、必死で追いつこうとし
プリ、音声も使えるアプリ、iPhone で商品バー
ている。
リアル店舗での小売事業に比べて、オンラ
コードをスキャンしてセルフチェックアウトする
イン小売は投資額が比較的小さくて済むという。
アプリなど、色々とある。確かに、店舗との組み合
オンラインで眠っていた獅子が本気になりつつあ
わせは顧客体験の強みとなるだろう。
るのだ。
ウォルマートラボは小さなチームの集合体で、
ウォルマートは米国 4 千のリアル店舗との総合
あたかもスタートアップ企業のようにアイデアを
力の活用を図る。O2O の相互連携を追求し、店舗
創造している。ウォルマートラボのメンバーは、既
を物流にも使うつもりだ。
また、スマートフォン用
存事業の部隊に理解してもらい連携するのは一筋
のウォルマートのアプリを載せている人は、そう
縄では行かないと言うが、経営トップのサポート
でない人より月に二回多く来店し、4 割弱ほど多
のもと、さらにアグレッシブな前進は続きそうだ。
く買い物をするという。
同時に、店舗の業績評価に
も各地域のオンライン成績をカウントする。
22
MH August 2013
本荘 修二 (ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院
(MBA)
客員教授
G NEWS
MARKETIN
★ TOPICS
★
アメリカマーケティング協会(AMA)の機関誌マーケ
とだと力説。カーネマン博士は人間の思考のプロセスを
ティングニューズ誌2013年5月号が手元に到着。最近
1型思考(迅速で、
自動的、
頻度を有し、
直観的、
感性的、
号にはビッグデータやSNC関連の記事、論文が目立つ。
ステレオタイプな思考)と2型思考(スローで、努力し、頻
アメリカのマーケティング界には大きな変化が起きている。
度を有せず、論理的、計算づく、意識的な思考)に分析、
日本のマーケターに参考となる記事、論文をいつものよう
シュルツ先生はSNC時代の新しいメディアは2型思考を
に筆者の独断・偏見で選んで紹介する。
ベースとするものであると指摘。この2型思考を念頭に広
1.巻頭記事はビッグデータの活用に関する警告。ビ
告作りに取り組むことが必要のようだ。人間は我々が教え
ッグデータをベースにまとめ上げた顧客像に基づき購買
られてきたように合理的に行動する経済人ではないとい
予測を行いメッセージや広告をターゲットとする顧客に送
うことのようだ。
る企業が増加しているが、
ビッグデータは顧客のニーズ、
3.
フェイスブック等で顧客が送り出す商品情報、いわ
欲求を反映する最先端情報として簡単に活用するには
ゆる顧客がつくる広告はマーケターの中には黄金のよう
危険があると警告。ビッグデータによる情報はむしろ現実
な価値があるとする人がいる。消費者にはマーケティン
を不確実に捉えていると考えるべきだと論じている。ビッ
グチャネルを通じて得る商品やサービスに関する情報より
グデータで捉えうる顧客の姿は完全なものでないことを
も仲間からえる情報を信頼する傾向があるとされている
認識すべきだと強調。マーケティングで発せられる様々な
が、本当にそう思い込んで良いのだろうか。ジャーナルオ
メッセージには社会に対する啓発的、教育的なものがあ
ブマーケティング誌5月号で消費者は仲間の作り出す情
り、ビッグデータにより作り出される予測的な情報は内容
報を必ずしも信じていないとレポート、通常の消費者は仲
によってはターゲットとする顧客層に誤ったメッセージも与
間は効果的なコミュニケーターとしては受け入れがたいと
えかねない。特に医療・健康や金融の分野ではこのこと
考えているようだとも述べている。ブランド ・ロイヤルティ
が危ぶまれる。ビッグデータから手に入れた情報を読み
の低い消費者は消費者を情報源とする情報に否定的で
違えると失う機会損失は膨大なものになると指摘。ビッグ
あるがブランド ・ロイヤルティの高い消費者は肯定的であ
データにより提供される情報は将来の顧客行動について
るというレポートも。思い込みは禁物のようだ。
の最善の推測に過ぎず、その情報が正しい姿を描いて
4.
子供市場のマーケティングでは母親だけをターゲッ
いるかどうかわからないことも認識しておく必要があると
トとして捉えがちだが、PANKと呼ばれる18歳以上の女
強調。ビッグデータ時代の到来でマーケターは強力なツ
性(叔母、ゴッドマザー、親戚、母親の友人など)で子供
ールを手に入れようとしているが新種の高度な情報分析
はいないが子供との絆の強い女性の層も子供のために
力、洞察力も利用するマーケターには求められているの
お金を使う。この隠れた市場にもマーケターは目をむける
だ。
必要があると強調。アメリカには2300万人のPANKが
2.マーケティングニューズ誌の寄稿者で著名なマー
存在、年間90億ドルもの金を子供用の玩具やギフトに支
ケティングの教授シュルツ先生の助言。広告で成功す
出。50%のPANKは社会から無視されていると感じてお
るためにはマーケティングの伝統的な概念USP(独自の
り、この層に適切な情報を提供すれば有力なブランドの
売り、利点を主張する必要性を強調する概念)をベース
支持者となってくれる筈だと。PANKの層は他の女性層
に行う必要があると長年にわたって考えられてきたが、
こ
に比してSNCの使用頻度は高く、商品やサービスの好
こに来て再考する必要があると注目すべき発言。シュル
意度を表明したり勧めたりする傾向も強く、PANKの層
ツ先生はUSPを取り上げたR・リーブスの著書は忘れろ。
はSNCメディアの時代に強力な影響力をもつ。SNC時
デジタル時代の人間の情報処理のプロセスを再考させ
代、見失いがちな重要な顧客の存在を示唆している。
る2011年刊行のカーネマン博士(2002年経済学でノー
ベル賞受賞)のシステム思考の本を此の際参考にするこ
(大坪 檀 静岡産業大学総合研究所教授・所長)
MH August 2013
23
G LOBAL FOCUS
第 16 回 米国編
シリコンバレーの知恵をどのように吸収するか
~情報収集と分析の方法~
Writing 校條 浩
(ネットサービス・ベンチャーズ、在シリコンバレー )
シリコンバレーは知恵の宝庫
チャー企業は多産多死だ。ただ、一旦壁を突き抜け
日本から新しい産業を起こす機運がようやく高
たベンチャーは大きく成長することとなる。この
まってきたが、多くの既存企業は未だに新たなビ
ために、ベンチャー・キャピタル(VC)は複数企業
ジネスモデルを創出できないでいる。一方、アメ
への投資を行うポートフォリオ戦略をとるのだ。
リカのシリコンバレーは IT、通信ネットワーク、
ベンチャー・キャピタリストは年数百件の事業プ
ウェブ 2.0、クラウド、スマートフォン、ソーシャ
ランを読み、多くの事業例を見るので、産業の流れ
ルネットワークなど、最先端のビジネスモデルを
を予測できるのに当然一番いい位置にいる。しか
次々と生み出している。そのシリコンバレーから
し、残念ながら名うての VC はそのような知識や
学ぼうと日本企業も重い腰を上げ始めた。筆者は
知恵は外には出さない。
シリコンバレー在住 20 年以上になるが、今まで日
VC と同様の知見や洞察をシリコンバレーのベ
本企業のシリコンバレーへの注目は一過性のブー
ンチャーから得るためには、VC と同じように数々
ムの繰り返しであった。その理由は、
「何かうまい
のベンチャーの事業案を理解し、市場での反応も
事業機会の話が転がってこないか」という利権獲
含め事業モデルの仮説・検証のサイクルを多く見
得型の高度成長期の発想から抜けられないからで
聞きするしかない。このような予習をせずにいき
ある。新しいビジネスモデル創造には新しい知恵
なり投資や買収をしてヤケドした日本企業はたく
が必要だ。
シリコンバレーは知恵の宝庫であり、そ
さんある。うまい近道はないと心得るべきだ。
れを吸収する方法を身につけるべきだ。
シリコンバレーを有効に利用するためには、シ
では、具体的にはどうしたらいいか?シリコン
リコンバレーでの事業創造の生態系を理解し、ベ
バレーで事業ネタを集めるのは、商品の買い付け
ンチャーや産業のコミュニティーに深く関わって
や資源の調達とは違う。目に見えない背景をよく
いる必要がある。シリコンバレーは世界の俊英が
理解しないと歯が立たない。イノベーションはほ
集まり、年間 5000 社を超えるベンチャーが創業
とんど予想がつかない。今までの経験をベースに
され、極めて短いサイクルで新事業の検証がされ
しながらも突然変異的な事業発想や展開を想定
ている。これらのベンチャーを新事業の「先兵」と
して事業創造を進めないといけない。だからベン
位置づけ、ベンチャー投資をせずに示唆を得るこ
24
MH August 2013
とが可能である。シリコンバレーでベンチャーに
けが一目瞭然で分かる(図 4)
。個々のベンチャー
関わる人は数万人を超えると言われているが、そ
の評価はさらに詳しい分析を進めるが、本稿では
れらのベンチャー活動をつぶさに見ればそれは自
その部分の解説は省く。
社にとって巨大な実験場と位置づけることができ
る。
情報収集や分析に必要な要素
このように多くのベンチャー企業を分析するこ
ベンチャー・スキャンの重要性
とは、新事業トレンドを探索するのに大変有効で
ベンチャー企業の分析
(ベンチャー・スキャンと
あるが、情報収集や分析の実行にはスキルを持っ
呼ぶ)のプロセスと導出価値を実際の例で見てみ
た人材と経験が必要である。
よう。これは 2 年前にシリコンバレーで囁かれ始
①シードから本格ラウンドまで幅広いベンチャー
めた「ソーシャル・コマース」
のベンチャー・スキャ
の情報収集:公式発表に加えて「本当の話」「こ
ンである。関係ありそうなベンチャー企業 100 社
れからの話」が入手できるような人的ネット
以上の情報を専門のデータベースやベンチャー
ワークが必要となる。
キャピタルのネットワークを通して入手。個々の
②ベンチャー分析の訓練と経験の蓄積:事業アイ
ベンチャー企業の事業内容を詳しく調べ、重要と
デアに多く接し、時系列での変化をも経験知と
思われる事業要素を抽出し、共通項をまとめてい
して蓄積すること。
くと全部で 15 の事業要素が導出された(図 1 下)
。
③ビジネスモデルの理解力に加えて、理解したビ
それを顧客の購買行動に則して検討し、ソーシャ
ジネスモデルや成功の鍵を端的に説明できる表
ル時代の新しい購買行動モデルを考察した(図 1
現力、文章力。
上、図 2)。少なくとも 2 年前にはこの購買行動モ
④価値ある情報、知識、ノウハウを有している VC
デルは他では見ないオリジナルのものだった。多
との互恵関係の構築。
くのベンチャー企業はこのようなモデルを意識し
このように、シリコンバレーで続々と誕生する
ているわけではないが、時代の最先端の解を出そ
最先端ベンチャー企業の情報をビッグデータとし
うとしのぎを削っているベンチャー企業を 100 社
て捉え、広くかつ深く分析することによって事業・
集めると大枠ではこのようなフレームワークに
産業トレンドを導き出すことができる。自社内で
沿って進化していることが分かる。
の議論を延々と続けて何も行動しないのは問題外
次に、新たに明確になった新しい購買行動モデ
だが、よく理解していないうちに大きな投資をし
ルと事業要素に沿ってベンチャー企業を再分析
てしまうのも危険だ。まずは、シリコンバレーを利
してみる。詳細は省くが、各事業要素を持つベン
用して新事業の研究を十分進めていただきたい。
チャーの事業は他にどの事業要素を持つか、とい
う相関を分析している(図 3)
。その相関図を俯瞰
することにより、いくつかの特徴が見えてくる。
ここでは、
「購買行動モデルの『注目』と『交流』の
フェーズは同時に起きている」とか「ソーシャルコ
マースでは、Social Recommendation(ソーシャ
ル的お薦め)
が鍵」
などの示唆が得られた。
実 際 に Social Recommendation の 分 野 で の ベ
ンチャー企業を評価したい場合は、まずはベン
チャー企業の S カーブ分析を見れば企業の位置づ
校條 浩 (めんじょう ひろし)
ネットサービス・ベンチャーズ マネジング・パートナー
小西六写真工業(現コニカミノルタ)にて新製品開発・新規事業開発に従事
した後、MITマイクロシステムズ技術研究所、ボストン・コンサルティング・グル
ープを経て、1991年にカリフォルニア州シリコンバレーに移住。シリコンバレー
の多くのベンチャー企業を日本に紹介。1994年より、米国屈指のハイテクコ
ンサルティング会社であるレジス・マッケンナのパートナー。同社日本企業グル
ープを立ち上げる。2002年にネットサービス・ベンチャーズを創業し現在に至
る。(www.nsv.com)未来事業に関するコンサルティングを日本企業に行うと
同時に、シリコンバレーにてベンチャー企業創業のインキュベーションを進める。
2011年より、ベンチャー情報の分析を行う新たなファンドを創生し、
シリコンバレ
ーのエコシステムを利用した未来事業創造を進めている。また、社会貢献として
大阪市特別顧問も務める。
東京大学理学部卒、同修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)工
学修士。
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25
図1
ソーシャル商取引の事業要素分析と新しい購買モデル(aiiAESモデル)の発見
注目
興味
影響
行動
注目・興味・影響の同時進行
事業要素
Pre-emptive
Needs
Announcement
Gamification
Price incentives
(coupons and
discounts)
Cross Media
Similarity
Discovery
交流
Curation
X-graph
Communication
Same-time
consumption
Social
Discovery
Self
Discovery
Recognizing
Opinion Leader
Satellite Shops
Social Recommendation
Social Search
経験
Social
Monitoring
100社以上のベンチャー企業分析から抽出
出典:NSV 分析
図2
NSVの aiiAESモデル
ルイスの AIDAモデル
アナログ
時代
注目
Attention
興味
Interest
欲求
Desire
行動
Action
サーチ
Search
行動
Action
電通の AISASモデル
サーチ
時代
注目
Attention
興味
Interest
共有
Share
NSVの aiiAESモデル
ソーシャル
時代
出典:NSV 分析
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注目
Attention
興味
Interest
影響
Influence
注目・興味・影響の同時進行
行動
Action
経験
Experience
交流
Socialize
図3
出典:NSV 分析
図4
成長トレンド
イノベーター
(<100K)
資金調達ステージ
ベンチャー企業のSカーブ分析—Social Recommendation分野の例
●Yap.TV
●OneTrueFan
●Listia
●Daily
●Ext. FM
●Like.FM
●ShopSocially
●Zite
●IntoNow
●Svpply
●CrowdBeacon
●Ditto
●Gravity
●HeyStacks
●500friends
●Curebit
●Shopsocial
●Bizzy
●Tribesmart
●Kaboodle
●SoundTracking
●BookGlutton
●ReadSocial
アーリー
アダプター
(<1M)
キャズム
シード
A
B
C+
アーリー
マジョリティ
(<10M)
レート
マジョリティ
(>10M)
●BigDoor
●Adgregate
●Crowd Factory
●myLikes
●Quora
●GetGlue
●Flipboard
●WildFire
●GoodReads
●ModCloth
●8th Bridge
●Thisnext
●Kobo
●Spotify
●LivingSocial
出典:NSV 分析
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27
日本マーケティング協会
9月度のセミナーのご案内
【東京】
若手マーケターのための「実践!伝え方講座」
日 時 : 2013 年 9 月 5 日
(木)14:00 ~ 16:00
講 師 : 佐々木 圭一 氏 ㈱博報堂 コピーライター
近年、
ビジネスの現場では、「伝える力」の重要性が高まってきました。
お客さまに自社商品の良さを伝えることはとても大事なことですが、自己流の経験やセンスによ
ると考えられ、
伝え方は鍛えることができるとは考えられていないようです。
しかし、
伝え方には結果を変えるための「技術」があり、それは学ぶことができます。
この講座は、
営業の現場・社外プレゼン・社内プレゼンの場面で活用できます。
広告業界の出版で史上最高部数を記録し、現象までつくりだしている『伝え方が 9 割』の著者、佐々
木圭一氏がその秘密を公開します。
また、その編集を手掛けたダイヤモンド社の土江編集長をゲストでお呼びし、売れる本のつくりか
たについても講義をいただきます。
本セミナーは、
若手マーケターの方々をはじめ広く皆様のご参加をお待ちしております。
「ソーシャルメディア時代の次世代コミュニケーション」研究会オープニング
日 時 : 2013 年 9 月 6 日
(金)14:00 ~ 17:30
本年度から次世代マーケティングコミュニケーション研究プロジェクトとして<旧称 e マー
ケティング研究プロジェクト>「ソーシャルメディア時代の次世代コミュニケーション」研究会・
オープニングセミナーを開催します。
9/6 オープニングセミナーでは、LINE 執行役員 広告事業グループ長 田端 信太郎氏、日本コカ・
コーラマーケティング&ニュービジネス IMC 副社長 鈴木 祥子氏をゲストにお迎えして開催た
します。
パネルディスカッションでは、アドバイザー 及川直彦氏(電通コンサルティング)の司会でゲスト
講師とアドバイザー水越康介氏(首都大学東京)も加わり次世代マーケティングの方向性を探りま
す。
皆様 のご参加をお待ちしております。
「パーソナルファブリケーションの進化とマーケティングの未来図」
~パーソナルファブリケーション(3 Dプリンター)に関するレクチャーと体験 ワーク
ショップ/ディスカッション~
日 時 : 2013 年 9 月 11 日 ( 水 )13:30 ~ 17:30
会 場 : デジタルハリウッド大学 駿河台キャンパス ホール
東京都千代田区神田駿河台 4-6 御茶ノ水ソラシティアカデミア 3F/4F
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パーソナルファブリケーション(3 Dプリンター)に関するレクチャーセッションに加えて、体験
ワークショップ/ディスカッションを予定しています。
すでに工場施設を持たなければ製造業が成立しない時代は終焉しています。そのトレンドの最先
端に位置するのは、IT の力を借りて、誰もが自由に製品を作り出すことができるパーソナル・ファ
ブリケーションです。
現在、ファブラボといわれ機器を備えたショップがある その実態と将来、活用可能性について検
討します。
大和ハウス工業のウェブ・ソーシャルメディアを活用したコミュニケーション
日 時 : 2013 年 9 月 26 日
(木)12:00 ~ 14:00
講 師 : 大島 茂 氏 大和ハウス工業㈱総合宣伝部 デジタルメディア室 室長
9月度のマーケティング月例会は、大和ハウス工業株式会社 総合宣伝部 デジタルメディア室室長
大島 茂氏を講師にお迎えし開催いたします。
大和ハウス工業は、早くからデジタルメディアを活用したコミュニケーションに取り組んでおり
ます。
同社の大島茂氏より、大和ハウス工業におけるウェブサイト戦略、ソーシャルメディアへの
取り組みなどについてご紹介をいただきます。
皆様の今後のビジネスのヒントを探る機会にしていただけましたらと思っております。多数の
方々のご参加をお待ち申し上げております。
【関西】
“Information”+ ”Communication”
新しいメディアコンテンツ体験のデザインが求められる時代へ
日 時 : 2013 年 9 月 19 日
(木)16:00 ~ 17:30
講 師 : 奥 律哉 氏 ㈱電通 電通総研 研究主席兼メディアイノベーション研究部長
会 場 : ㈱電通 関西支社 12 階 大ホール
大阪市北区堂島 2-4-5
第 179 回 JMA 関西例会は電通総研奥研究主席をお招きし「“ Information ”+“ Communication ”
新しいメディアコンテンツ体験のデザインが求められる時代へ」と題しましてご講演を頂きます。
メディアを取り巻く環境変化は、今後も幾何級数的に増大します。各メディアの役割を確認しコ
ミュニケーションデザインのベースを再確認したいと考えます。
何が変わり、何が変わらないのか。ユーザーセントリックなアプローチから、技術とビジネスの可
能性を探ります。
上記セミナー詳細につきましては、
協会ホームページ
http://www.jma2-jp.org/ をご参照ください。
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MARKETING
EYES
女性マーケター
の眼
「ちょっとしたこと」で
変わる
金光美香
㈱リサーチ・アンド・ディベロプメント
シンオオクボ
安 正孝
共同印刷㈱
仕事の帰りに書店に立ち寄った。雑誌コーナーの前
好きではなかったものが好きになることがある。私にと
線にある女性ファッション誌の横を
(女性としてはいささ
ってそれは、新大久保という町である。日本に来て10
か残念ながら)サッと通り過ぎようとしたその時、思わず
二度見…。見たことのない小さいサイズの雑誌が目に
留まったのである。近づいて見たら、
知っている雑誌名、
しかもその横には、いつものサイズの同じ雑誌。同じ表
紙、同じ内容、同じ値段、ただサイズを小さくしただけ。
調べてみると、その小さいサイズの雑誌は「バッグサ
イズ」と呼ばれているようで、その名の通り、持ち運びの
負担が軽減されているように感じる。確かに電車でマン
ガや小説を読んでいる人、スマホやタブレットで動画など
を見ている人はよく見かけるが、ファッション誌を読んで
いる女性はほぼ見たことがない。車内でちょっと読むに
は大きいし、携帯するのも重いのだろう、
と気づいた瞬
年にもなるが、
「リトル韓国」と呼ばれている新大久保
に行ったのは、意外と少ない。この1 ~ 2年の間は結
構行っているけど…。特に嫌いな訳ではないが、せっか
く外国に住んでいるのに、わざわざ母国の物を求める
必要があるのだろうか?とか、それよりは、むしろその国の
良さを思う存分楽しむのがいいのではないかと思ったか
らだ。
新大久保の中途半端な韓国のイメージが嫌だったの
かもしれない。その意味では、本格的な中国の雰囲気
がある横浜の中華街が羨ましい。だけど、おいしいお店
がたくさんあって本場の味が楽しめるし、新大久保でし
か手に入らない食材などもあって、私にとっては大事な
場所でもあり、無くてはならない場所になっている。
間だった。
周りの人から新大久保の良い店を聞かれたりする
生活者の未充足ニーズを見つけること、感動する、
が、正直なところ、味よりも好きな雰囲気とかそれぞれ
驚くような商品を作り出すことは、一筋縄では難しくなっ
の好みで選んだ方がいいと思う。迷うなら行列ができて
ているという話はよく聞かれる。さらに競合との差別化
いる店に行くのも間違いないと思う。ちなみに、私は豚
も単純ではなく、競合がいろんなところから登場し、アン
テナが何本あっても足りない状況でもあると思う。
新しいものを生み出すことは難しいと思っているだけ
に、それは天才的な発想や複雑なリサーチの下に生ま
れてくるのだろうなどと思ってもいた。今回のことで、実
はそう複雑なことばかりではなく、生活者の目先を変える
のは「ちょっとしたこと」でも可能なのだと感じた。
小さい雑誌との出会いは、
「雑誌はこのサイズ」とい
う思い込みを持っていた自分との出会いでもあった。固
くなっていた自分の頭に少々がっかりし、やわらか頭を
保つことの大切さにも気づかされた。今度から電車に
30
クリエーター
の眼
の背骨を長時間煮込んだスープ「カムジャタン」と、韓
国B級グルメの「韓国風のジャジャンメン、ちゃんぽん」
が大好きなので、これらの店によく行っている。
新大久保駅から自分が好きな店に行く間の風景は、
韓国には存在しない独特な風景になっている。それが、
私が新大久保周辺に違和感を抱く一番大きな理由か
もしれない。韓流ドラマのパワーやK-POPの人気を肌
で感じながら、韓国イメージがここまで皆に知られていく
ことに、本当にありがたい気持ちでいっぱいになる。
外国に長く住んでいると、自分の国の善し悪しが見え
てくる。新大久保がもっと日本でも自慢できる、韓国らし
さが溢れる所になれるように、計画的に町を作ってほし
乗ったら、小さい雑誌を持った女性がいないか探してみ
い。そして、本場の味を求めて新大久保に行かれる皆
よう。その前に、自分で持ってみて、自分の目先を変え
さんを含め、海外からのお客さんにも紹介できる人気の
るのもいいかもしれない。
街になるのを夢見る。
かねみつ・みか
株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメント
カスタマーサービス本部 企画営業部
マーケティングリサーチの企画・分析を担当
アン・ジョンヒョ
共同印刷株式会社 SP&ソリューションセンター
フォトクリエイティブ部フォトグラファー
1978年韓国ソウル生まれ
日本大学芸術学部写真学科卒業
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BOOKS
Editor's
Choice
Professor's
Choice
『イノベーションの神話』
成功事例に学ぶ
『マーケティング戦略の教科書』
Scott Berkun 著、村上雅章 訳、オライリー・ジャパン
酒井光雄 編著、武田雅之 著、かんき出版
先進国の大企業で、かつてないほどイノベーションが求
「マーケティングの成功事例を教えてください」という
められている。しかし、大組織のほとんどはイノベーション
声は多い。しかしこうした声に的確に答えてくれる書物
が不得手だ。その理由の一つは、異なる常識であり、イノ
が少ないのも事実だ。あの成功した商品はどのような
ベーションへの誤解だ。
本書は、
「イノベーションに必要なアイデアはどのように
生まれるのか」、
「イノベーションが普及するために必要な
条件は何か」などについて実際の姿を明らかにする。
本書中からいくつか紹介しよう。
イノベーションを引き起こすのは容易ではない。ただし選
考え方でマーケティングを行ったのだろうか?…本書は
こうしたマーケターの疑問に正面から応えている良書
だ。本書の強みは3つある。
第1に成功事例が 43と数多いことだ。クルマから
日用品、またメーカーからサービス・流通業、さらには
ばれた特別な人間にしかできないような奇跡でもない。一
三菱航空機のMRJまで幅広い。こうした数多くの業
見、
すでにやり尽されているかのように見えても、
イノベーシ
種からのチョイスもマーケターのニーズに叶っている。
ョンの機会はある。しかし、新しいアイデアは突如として天
マーケターは自分の手がけている業種に近いところで
から降りてくるのではなく、継続して一つの物事に接する
学びたいと思うものだ。
日々の積み重ねからうまれる。
第2の強みは、プリウスやサントリーの角ハイボール
なお、
「問題を20日で解決しなければならないとしたら、
のように誰でも知っている成功例を取り上げているだ
私は19日かけてその問題を定義する」とはアインシュタイ
ンの言葉だ。大切なことは問題をどう解決するかではなく、
何が問題なのかをつきとめることだ。ゆえに、問題意識が
あいまいで単に情報収集しているだけの大企業は、何も
得られないだろう。
けでなく、天然調味料の「アリアケジャパン」、ホーム
センターの「コメリ」など比較的知られていない企業を
取り上げている点だ。「コメリ」は「農家のCVS」と呼
ばれて、農家を主要顧客として顧客に対応した品揃え
また、既存組織の訓練や経験は、イノベーションに対
だけでなく、支払い方法も「収穫期払い」を採用して
する逆風になることが多い。本書は、マネジャーが乗り越
農家に対応しているということだ。
えるべき5つの難関を示す:1)アイデアの寿命(アイデ
最初に書いたように事例から学びたいというマーケ
アが生きるよう、投資し、
メンバーをサポートする)
、2)環境
ターは数多いものの、実際に事例から学べるマーケタ
(才能ある人々が最高の仕事を行える場をつくる)
、3)保
ーは少ない。学べないマーケターの動機は、他社のや
護(攻撃からイノベーションを守る盾になる、後押しする)
、
4)実行、5)説得(粘り強く関係者と対話する)
。
巻末にイノベーション関連の豊富な書籍が著者の採
点付きでリスト化されているのも、参考になる。
(本荘事務所 本荘修二)
り方を単に真似ようということだからだ。本書の第3の
強みは、他社のマネをしたいというニーズだけでなく、
図表を駆使することによって、成功するための考え方
を学ぶことができる点にある。
(中央大学ビジネススクール 教授 田中 洋)
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広告掲載会社
「マーケティングホライズン」編集委員
編集委員長
サントリービジネスエキスパート㈱表4
片平秀貴丸の内ブランドフォーラム
ハウス食品㈱ 表2
GMOリサーチ㈱ 表3
㈱インテージ 9
㈱大広 13
17
花王㈱ レンゴー㈱ 19
㈱電通 21
編集委員(五十音順)
子安大輔㈱カゲン
松風里栄子㈱博報堂コンサルティング
ツノダフミコ㈱ウエーブプラネット
中島聡㈱明治
中塚千恵東京ガス㈱
本荘修二本荘事務所
見山謙一郎立教大学大学院ビジネスデザイン研究科
吉田けえな㈱RBK
吉田就彦㈱ヒットコンテンツ研究所
編集後記
「シリコンバレーに学
化しきれないほどだ。しかし、それに埋もれて、意
ぶ」という、一見すると
味ある情報を得なければ話にならない。価値ある
言いつくされた感のあ
情報を獲得するには、努力と工夫が不可欠だ。得た
るテーマを取り上げた
情報を解釈し、そこからインスピレーションやア
が、いかがだっただろ
イデアを引出し、知恵とする人の力が必要だ。しか
う。過去に言われたシリ
も組織的な取り組みが必要とされる。トップ・イン
コンバレーとは、いささ
タビューをはじめ、今回取り上げた事例は、それを
か趣が異なる。活動のテンポとリアルタイム性は、
示している。
かつてとは比較にならない程だ。
また、自動車や小
これはイノベーションのプロセスを企業にビル
売といった、技術のユーザー企業が腰を据えて取
ト・インすることにほかならない。したがって、組
り組んでいる。
織のカルチャーやリーダーシップが問われること
これらの例は、「いまや知恵と情報の時代だが、
になる。言い換えれば、企業自体の革新の契機とし
その努力とアプローチは十分なのか?」と問いを
て、長期的に大きなプラスに結びつけることも可
投げかけている。
能だろう。
情報過多の時代であり、上辺の情報だけでも消
(本荘修二)
マーケティングホライズン 8号/ NO.661
2013年9月1日発行©
発行者:都丸幸弘 発行所:公益社団法人日本マーケティング協会 〒106 -0032東京都港区六本木3 -5 -27六本木YAMADAビル 9 F
TEL.03 -5575 -2101 FAX.03 -5575 -0626 http://www.jma-jp.org
定価:1部200円(送料別)
(購読料は会員費に含まれています) 印刷所:大日本印刷㈱
表紙ロゴ/柳沢光二 表紙デザイン・本文編集/松熊慎一郎
無断複写・転載を禁ず。
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