27日分

第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
ポスター発表要旨 8月27日
【P1−1】カンザワハダニの休眠性に関する進化的考察
伊藤 桂
北大・農・動物生態
一般に休眠性の進化を理解するためには、休眠性にどのような選択圧がかかっているかを多角的に調べることが必要である。こ
の選択圧の要素の一つに、休眠性が生活史形質(産卵数・発育日数)に及ぼす生理的な影響がある。この影響については、その重要
性が以前から指摘されてきたにも関わらず、あまり研究が進んでいない。そこで本研究ではカンザワハダニ(Tetranychus kanzawai
Kishida)を材料に、休眠性が産卵数に及ぼす影響について調べた。
(1)休眠誘導が産卵数に及ぼす影響
・休眠個体の産卵数は、休眠しない世代のものよりも著しく低かった。
・このような産卵数の減少は越冬世代限りのものであることが選抜実験により示唆された。
(2)休眠深度が産卵数に及ぼす影響
・交配実験の結果、実験に用いた個体群は休眠深度に大きな遺伝的変異が含まれていることがわかった。また休眠が深い家系は、同
時に休眠後の産卵数が低いという傾向があった。これらの結果から、野外で休眠深度が深い方向に選択圧がかかると、それに伴って
越冬世代の産卵数が減少する可能性を示唆している。
休眠性自体が生活史形質に及ぼす影響はこれまでの休眠研究において十分に検討されてこなかったものであるが、この研究で見た
ように、その生物の個体群動態への影響を知る上で重要である。
【P1−2】なぜ陸生甲殻類のフナムシは潮間帯から離れられないのか
堀口弘子*,弘中満太郎,針山孝彦
浜松医科大・総合人間科学
フナムシ(Ligia exotica)は潮間帯に生息する甲殻類等脚目の生物である。等脚目の生物には深海に生息するものから高山に生息する
ものまで様々な生息環境が知られているが、その中でもフナムシは海岸の潮間帯という限られた範囲のみに生息している。この水際
から離れて生きていくことのできないフナムシの水分摂取方法を観察したところ、7対ある脚のうち第6・7肢を揃えて吸水行動し
ていることがわかった。これらの脚を形態学的に解析すると、この2対の脚には吸水のための窪みと毛の列が観察された。またフナ
ムシがこれらの窪みと毛の列を用い、毛細管現象によって吸水していることを明らかにした。フナムシよりも内陸部に生息する等脚
目3種、ダンゴムシ(Armadillidium vulgare)、ワラジムシ(Porcellio scaber)、ヒメフナムシ(Ligidium japonicum)についても同様
に水分摂取方法を観察したところ、ダンゴムシとワラジムシではフナムシとは異なり、口からの吸水行動が観察されたが、ヒメフナ
ムシではフナムシと同様に脚を用いた吸水が見られた。また体内の塩分濃度をそれぞれの等脚目で調べたところ、フナムシのみが海
水と同程度の塩濃度(4.1%)であるのに、他の3種は約 1.5%と顕著に異なっていた。フナムシは海産のオオグソクムシの体液濃度
(4.0%)とほぼ同じであるといえる。
【P1−3】分散距離の性差の進化
廣田忠雄
国際基督教大・理/東京農工大・動物行動
一昨年の大会では、メスが分散前に必ず交尾する生物では、変動環境においてメス特異的な分散が進化することを、理論的に示した
(Hirota 2004. J. Anim. Ecol. 73(6):1115-20)。更に昨年の大会では、メスが多回交尾する場合にも、同様の現象が生じることを示
した(Hirota 2005. J. Evol. Biol. 18: in press)。これらのモデルは、格子状に配置した生息地間をどのように分散するのかシミュレ
ートしているが、本年は分散距離の進化を解析するためにモデルを改定した。連続した生息地に資源を配置し、資源を探索範囲が雌
雄でどのように分化するのか解析した。
93
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
【P1−4】貝住型シクリッドの進化
高橋鉄美*,渡辺勝敏,堀道雄
京都大院 理
アフリカ大地溝帯のヴィクトリア湖・タンガニイカ湖・マラウィ湖にはそれぞれ数百種ものシクリッドが生息し、ほとんどが固有種
であることから各湖内で爆発的に種分化したと考えられている。ヴィクトリア湖のシクリッドは雌雄で色彩の異なるものが多く、性
選択による同所的種分化についてよく研究されている。一方タンガニイカ湖のシクリッドでは雌雄で色彩・形態に違いの見られない
種が多く、性選択以外の同所的種分化機構が関与していることが予想される。
タンガニイカ湖産シクリッドの一種 Telmatochromis temporalis は湖岸のほとんどの岩場で優占種である(岩住型)
。一方湖の所々
に見られるシェルベッドには、この種と外見が類似するが小型で貝殻をシェルターとして利用する貝住型が知られている。発表では
これらを遺伝的、形態的に調べ、同所的な ecological speciation が起きた可能性について考察する。
【P1−5】ウミホタルの造反有理
若山典央
東北大院 生命科学
ウミホタル Vargula hilgendorfii を含むミオドコーパ類は光シグナルによる情報伝達を行っている事が知られている。代表例として
はルシフェリン-ルシフェラーゼ反応による発光を用いた求愛ディスプレイが挙げられるだろう。これは一般にも良く知られており
「ウミホタル」の名の由来ともなっている。しかし、実際にはミオドコーパ類において化学発光を行う種はごくまれである。大半の
ミオドコーパは外部からの光をソースとし反射や回折といった物理現象を利用して光シグナルを発している。本研究では反射、回折
といった「パッシブな」光シグナル関連形質についても広義の発光形質ととらえ、分子系統樹上に形質を再節約配置することで発光
形質の進化経路を求めた。結果と生息状況、生態を勘案すると、ウミホタルが化学発光とひきかえに得たもの失ったものが見えてく
る。
【P1−6】Phenology or phylogeny?: Test of macroevolutionary pattern in host-plant shift
津田みどり(1)*, 立石庸一(2), Buranapanichpan, S.(3), Kergoat, G.J.(1), Niyomdham, C.(4),
Chou, L.-Y. (5), Szentesi, A., Jermy, T. (6)
(1)九大院・農 (2)琉大・教育 (3)チェンマイ大 (4)タイ森林植物園 (5)台湾農研 (6)ハンガリー科ア・植保研
植食性昆虫の新たな適応放散の誘因となりうる寄主植物転換の主因が議論の焦点となっており、寄主植物の化学的類似性、地理的至
近性、生息地タイプ同一性などが提案されてきた。本研究では、寄主植物転換の一因として植物の季節消長(種子形成期)の一致に
注目し、他の要因との比較検定を行う。
種子捕食者であるマメゾウムシ亜科の寄主はマメ科3亜科にわたり、各種の寄主範囲は特定の植物分類群に限定される(Tuda et al.
2003 など)
。亜科全体は寄主とともに、極地方を除くほぼ全世界に分布し、また寄主の種子形成期(=マメゾウムシ繁殖期)は、春
季、秋季(または乾季)
、夏∼秋季と、種によって異なる。このマメゾウムシ亜科 60 種をモデルにし、寄主植物の形質状態(系統、
種子形成期、地理、L-カナバニン)と昆虫系統樹との相関を調べた。系統樹は、昆虫側は Cytb, COI, 12S rRNA、植物側は既存の
matK の配列に基づいてベイズ推定法により再構築した。相関は Farris のねじれ係数および、形質間相関を除去した Becerra の偏ね
じれ係数によって求め、各係数の有意性は昆虫系統樹をランダマイズして検定した。結果、どの形質も昆虫系統樹と相関するが、形
質間相関を除去すると種子形成期だけが有意な相関を示した。これは、季節消長の異なる寄主への転換が新たな環境適応を伴うため、
祖先集団からの遺伝的隔離とその維持が容易なためと考えられる。
94
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
【P1−7】繰り返し起こったチャルメルソウ類における送粉様式の変化とその進化的背景
奥山雄大(1)*,Olle Pellmyr(2),加藤真(1)
(1)京都大院・人間・環境学(2)Univ. of Idaho, Biological Sciences
ある系統群内で見られる花形質の多様性は、近縁種同士が異なる送粉様式を獲得した進化的背景を明らかにするのに有用である。
本研究では単系統群であるユキノシタ科チャルメルソウ類(Heucherina clade)の北米産及び東アジア産 28 種の送粉様式を網羅的に
調べ、核リボゾーム遺伝子の塩基配列から推定された分子系統樹をもとに本系統における送粉様式の移行パターンや地質年代を明ら
かにすることを試みた。
キノコバエ類による送粉様式は系統内で最も広範に観察され、最も祖先的な形質と推定された。また系統樹上で観察された 27 回の
種分化イベントのうち 9 回は何らかの送粉様式の変化を伴っていた。特にそのうち 6 回は植物がより乾燥した生息環境へ進出する
のに伴って、キノコバエ媒を喪失するという変化であり、これらは全て第三紀漸新世から始まった地球規模の寒冷化に対応した進化
である可能性が示唆された。
一方興味深いことに、シギキノコバエ属(Gnoriste)が介在する極度に特殊化したチャルメルソウ類特有の送粉様式は北米と東アジア
で計 3 回独立に進化していることが明らかになった。これは、この特殊な送粉様式へのスイッチングに共通の選択圧が働いたことを
示している。東アジアでは類似した送粉様式を持つ種がほぼ全て異所的に分布する点や、種間で部分的に雑種不稔性が存在する点等
を考慮して、このような送粉様式は同所的な近縁種との交雑を避ける適応として進化した可能性を提示する。
【P1−8】送粉者の学習が花の性的二型の進化に与える影響:モデルによる予備的検討
川越哲博(1)*, 鈴木信彦(2)
(1)神戸大 理
(2)佐賀大・農
花の性的二型は多くの植物で見られる。その進化要因を説明する仮説もいくつか考えられてきた。我々は新たに報酬の性差(送粉者
への報酬が雄花と雌花で異なること)、および報酬の性差に基づく送粉者の学習行動の影響に着目した。例えば蜜腺を持たない植物
では、雄花には花粉という報酬があるが雌花には報酬がない。このような植物では、花粉のある雄花に報酬のない雌花が擬態するこ
とで、雄花に報酬があることを学習した送粉昆虫を「だまして」訪花させることが知られている。この場合、報酬の性差が花の性的
二型の進化を抑えていると考えられる。報酬の性差と送粉者の学習による影響を検討するため、送粉者の学習行動をシミュレートし
た数理モデルを構築し、解析を行った。学習記憶を持たない送粉者は大きな花に訪花させ、報酬のある花を学習した送粉者は次も同
じサイズの花を選択させるようにした。報酬に性差がある雌雄異株集団では、送粉者の学習が花サイズの性的二型の進化を抑える効
果がみられた。雌雄同株集団では、送粉者の長期および短期記憶能力、花の性比などが性的二型の進化に影響した。また、報酬に性
差がある場合とない場合では異なる結果が得られた。このモデルでは花サイズの性差に基づいて送粉者に報酬のある花の選択をさせ
ているので、得られた結果は花の性的二型の程度そのものが自然淘汰の対象になる可能性を示している。
【P1−9】閉鎖花における表現型可塑性の遺伝的背景を探る
森長真一(1)(2)*, 宮崎さおり(2), 酒井聡樹(1), 長谷部光泰(2)(3)
(1)東北大院・生命科学 (2)基生研・生物進化 (3)総研大・生命科学
閉鎖花植物は、完全に開花せず受精する花(閉鎖花)と通常の花(開放花)を環境に応じて咲き分けるという表現型可塑性を示し、様々
な系統で適応進化してきた。では、このような表現型可塑性は、どのような遺伝子の進化により進化してきたのか? コカイタネツ
ケバナは、全ゲノム配列が明らかになっているシロイヌナズナに近縁で、アブラナ科で唯一閉鎖花をつける。本種を材料に、まず、
(1)閉鎖花形成は環境に対してどのように反応するのかを、環境制御下で解析した。さらに、(2)閉鎖花と開放花では遺伝子発現パタ
ーンにどのような違いがあるのかを、シロイヌナズナのマイクロアレイシステムを用いて解析した。 その結果、低温期間が長いほ
ど、栄養成長期間が短縮し、個体サイズが大きくならずに閉鎖花を咲かせることがわかった。さらに、閉鎖花と開放花原基を含む花
序組織を用いたマイクロアレイにより、閉鎖花と開放花で 1.5 倍以上発現量が変化する遺伝子を複数同定した。これらの結果より、
95
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
コカイタネツケバナにおける閉鎖花形成は、低温期間の長さに伴う個体サイズの変化に対応した適応的な資源分配戦略であり、上記
候補遺伝子の発現量変化の結果、花弁と雄しべの発生が抑制されて起こるとえられた。今後は、上記閉鎖花形成候補遺伝子の機能解
析と進化を解明し、野生生物における適応進化の遺伝的背景の理解を目指す。
【P1−10】タカラガイの貝殻形態を決める表現型可塑性
入江貴博*, 巖佐庸
九大・理
タカラガイ科(Faimily Cypraeidae)の中でも潮間帯に多く見られるハナビラダカラ Cypraea annulus は、個体群内や同緯度の個体
群間で殻形に著しい種内変異を呈する。沖縄本島での野外調査の結果、冬季には個体群密度が高い場所ほど、体成長を終えた個体の
体サイズが小さいという傾向が明らかになった。この体サイズの種内変異が(1)表現型可塑性に因るものなのか、もしそうならば(2)
その近接要因は何かという疑問を明らかにするために、稚貝を開放形の水槽で飼育する実験を行った。Irie and Iwasa (2003)による
数理モデルは高い捕食圧が早期の成熟とその結果として生じる小さな体サイズを導出することを予測したが、潜在的な捕食者と被食
個体の臭いによる処理によって体サイズに有意な差異は生じなかった。いっぽう、個体密度を上げて飼育すると、餌を十分に与えた
にも関わらず、最終的な体サイズが小さくなることが明らかになった。この実験結果は上述の野外調査の結果とよく一致する。小さ
な体サイズは餌の不足によるものではなく、同種個体間の化学物質による交信によって誘導される可能性が高い。この発表では、高
い個体密度が小さな体サイズを誘導するという反応規範がどのように適応的であるのかを説明する仮説を数理モデルを用いて紹介す
る。
【P1−11】イチモンジセセリにおける温度に対する卵サイズ可塑性の適応的意義
世古智一(1)*, 中筋房夫(2)
(1)近中四農研 (2)岡山大・農
昆虫の季節適応において日長や温度が将来の環境条件を予測するためのシグナルとして果たす役割は大きい。幼虫期または成虫期に
経験する温度の違いによって異なるサイズの卵を産む性質は多くの生物で確認されている。イチモンジセセリの卵サイズ変異は幼虫
期における日長の違いにより生じるが、温度の違いに対しても大きく変異する。しかしこのような温度に対する卵サイズ可塑性の適
応的意義は、イチモンジセセリをはじめ他の種においてもほとんど解明されていない。本研究において、野外の3つの世代に相当す
る日長と温度条件下でイチモンジセセリ幼虫を発育させると、3世代中最も葉の柔らかい寄主に産卵する‘越冬世代成虫’は小卵多
産であったのに対し、最も葉の硬い寄主に産卵する‘第2世代成虫’は大卵少産の繁殖配分パターンを示した。次に各世代の成虫か
ら産まれた孵化幼虫を2つに分けて生育段階の違いで葉の硬さが異なる2種類のイネをそれぞれ与えると、‘第1世代成虫’と‘第
2世代成虫’の子の1齢幼虫生存率は寄主間で差がなかったのに対し、‘越冬世代成虫’の子においては硬い葉を与えた方で生存率
が有意に低くなった。またこの卵サイズ可塑性は、特定の温度区間で表現型が大きく変化する閾値的反応であることが示唆された。
イチモンジセセリにおいて温度は日長とともに各世代における寄主の葉の硬さに適応したサイズの卵を産むためのシグナルであると
考えられる。
【P1−12】クルミホソガ Acrocercops transecta(鱗翅目)におけるホストレース形成と寄主適応力の遺伝的背景
大島一正
北大院 農
寄主転換に伴う種分化の可能性は古くから議論されており, 植食性昆虫ではホストレース分化に伴う種分化が注目されている. ホス
トレース分化に伴う種分化を議論する上で, 各寄主植物への適応を遺伝的背景から理解することは極めて重要である. しかしながら,
先行研究で用いられてきた植食性昆虫の多くが年 1 化性であったため, 寄主適応力の遺伝的背景は未解明な部分が多い. そこで, 演
者は年多化性の潜葉性小蛾であるクルミホソガ Acrocercops transecta をモデル生物として, 寄主適応力の遺伝的背景を調べる実験
96
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
系を確立した (Ohshima, 2005). 本種はクルミ科の数種とツツジ科のネジキを寄主とし, クルミ上集団とネジキ上集団はそれぞれホ
ストレースに分化していることが示唆されている (Ohshima, 未発表). そこで本研究では, 両集団を交雑させ F1 雑種の寄主利用
能力と産卵選好性を調べた. その結果, 交配の方向に関わらず, F1 世代の幼虫はクルミ上でしか成育できなかった一方, F1 世代の
雌成虫はネジキのみに産卵した. これらの結果は, 本種の寄主適応力が常染色体上の少数の遺伝子座に支配されており, 利用能力と
産卵選好性に完全優性が存在することを示唆している. さらに本結果は, 寄主適応力の遺伝基盤自体が両レース間の隔離機構となり
うることを示している.
【P1−13】エゴツルクビオトシブミの吊り下げ型・切り落とし型揺籃におけるそれぞれの生存率と葉の
質の関係
小林知里*, 加藤真
京大院・人環
エゴツルクビオトシブミは吊り下げ型と切り落とし型の 2 種類の揺籃(幼虫の食料兼シェルターである葉巻)を作製するが、その適応
的意義については明らかにされていない。演者はこれまでに、2 種類の揺籃について様々な特徴を明らかにしてきた。その中のひと
つの特徴として、吊り下げ型と切り落とし型それぞれの揺籃に用いられる葉の成熟度の違いが挙げられる。すなわち、吊り下げ型揺
籃は切り落とし型揺籃よりも、より若い葉で作製される傾向にあるのだ。
今回は、葉の成熟度が 2 種類の揺籃で異なることと、揺籃の置かれる環境が「木の上」と「木の下」とで異なることに注目し、葉
の成熟度の違いが、木の上と下という各環境での生存率に影響を与えるかどうかを調べた。まず吊り下げ型を切り落とす実験を行っ
たところ、切り落とされた吊り下げ型は本来の切り落とし型よりも揺籃ごと消失する率が有意に高かった。これは揺籃が丸ごと食害
された可能性が考えられ、若い葉で作られた揺籃は地表での食害を受けやすいことが示唆された。逆に切り落とし型を吊り下げる実
験では、本来の吊り下げ型と有意に異なる死因は検出されなかった。さらに、各揺籃の葉の固さや成分の比較から、葉の質のどのよ
うな違いが地表での生存率の違いに影響を与えているかを議論する。
【P1−14】マルカメムシ類と腸内細菌における共種分化と絶対的共生関係の進化
細川貴弘(1)*,菊池義智(2), 深津武馬(1)
(1)産総研・生物機能工学
(2)コネチカット大
植物の師管液のみをエサにして生活する昆虫は一般的に共生細菌を保持していることが知られている。たとえばアブラムシでは
体内に細菌の共生に特化した細胞(菌細胞)が見られ、その細胞内に共生細菌が存在する。これらの共生細菌はメスの体内で菌細胞
から卵に垂直伝播(経卵伝播)されるので、宿主昆虫と共生細菌の間には毎世代安定して共生関係が保たれる。その結果として宿主
−共生細菌間で共適応が進み、両者ともに単独では生存・繁殖できない絶対的共生関係が進化している。
植物吸汁性のカメムシ類では菌細胞は見られないが、中腸管腔内(細胞外)に細菌が共生していることが知られている。これらの
細菌は経卵伝播されないことから、カメムシ−細菌間の共生関係は比較的不安定で、強い相互依存性は進化していないことが予想さ
れるが、共生細菌の伝播様式や宿主昆虫に対する機能を詳細に調べた研究はほとんどなかった。本研究では日本産のマルカメムシ類
7 種とそれぞれの腸内共生細菌について調査をおこない、共生細菌の分子系統樹の形状はカメムシのものと完全に一致し、すべての
種において絶対的共生関係が進化していることを明らかにした。マルカメムシ類では孵化直後の幼虫は共生細菌を保持していないが、
母親の産んだ共生細菌を含む「カプセル」を吸うことによって共生細菌を獲得する。この特徴的な垂直伝播機構は経卵感染と同程度
に確実性の高いものであると考えられる。
【P1−15】シジミチョウとアリの種特異的な共生メカニズムの解明
北條賢(1)*, 和田綾子(2), 尾崎まみこ(1), 山口進(3), 山岡亮平(1)
(1)京都工繊大・応用生物
(2)京大・応用生命科学
(3)昆虫写真家
97
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
シジミチョウの幼虫の多くはアリと共生関係を持つ。シジミチョウの幼虫は背側の第 7 節に存在する、dorsal nectary organ(DNO)
と呼ばれる器官からの分泌物をアリに与える。一方アリはシジミチョウの幼虫を捕食者や寄生者から守る。多くのシジミチョウは複
数種のアリと相利共生関係を築いているが、シジミチョウの中には幼虫が特定種のアリの巣内で成長するものもいる。このようなシ
ジミチョウとアリの種特異的な関係を成立させる至近要因を明らかにするため、シジミチョウ幼虫の DNO 分泌物に着目し、成分の
分析とアリの摂食嗜好性を調べた。クロオオアリ Camponotus japonicus と種特異的な関係を持つクロシジミ Niphanda fusca 幼虫
の DNO 分泌物には糖主成分としてトレハロース、アミノ酸主成分としてグリシンが含まれていた。クロオオアリはトレハロースと
グリシンの組み合わせにより、トレハロースに対する嗜好性を増大させるが、クロシジミとは関係を持たないムネアカオオアリ
Camponotus obscuripes はグリシンによる嗜好性の増大を示さなかった。このことからクロシジミ幼虫の DNO 分泌物はクロオオ
アリが特異的に好むものであり、DNO 分泌物中のグリシンがクロシジミとクロオオアリの関係の種特異性に関与していることが示
唆された。
【P1−16】資源獲得競争から生じる生物-環境間フィードバック調節モデル(種まき競争デイジーワールド
モデル)
瀬戸繭美*, 赤木右
東京農工大
生物は様々な環境要因(温度, pH など)によってその成長を制限される一方で、環境要因もまた生物によって改変されてきた。このよ
うな生物と環境の関わりに関して、ガイア仮説は「生物は環境を制御・調節する役割を担っている」という見解を提示してきたが、
環境を調節する能力を持つ種(調節種)が自然淘汰によって選ばれるためには”先見性”や”局所性”といった特殊なケースを想定し
ないと難しいとされてきた。本研究では生物による環境要因の調節がより普遍的に起こり得ることを示すために、生物-環境要因間
フィードバックモデルのシミュレーション結果を検証した。検証に際しては Watoson & Lovelock (1983)によって提唱された”デ
イジーワールドモデル”を適用した。オリジナルの”デイジーワールドモデル”は気温に影響を及ぼす白と黒のデイジー(調節種)に
対する選択圧が変化するメカニズムを”局所性”によって説明したが、我々は”局所性”を想定せずとも 2 種のデイジーが戦略的に
裸地を巡って競争する場合に気温が調節されるケースが存在することを発見した。このモデルを”種まき競争デイジーワールドモデ
ル”(Seto&Akagi, 2005)とし、自然界で一般的に見られる生物の資源獲得競争から生物-環境要因間にフィードバック調節が生じる
可能性があることを示す。
【P1−17】囚人のジレンマゲームにおける協調の発生と伝播
川崎廣吉,重定南奈子
同志社大 文化情報
囚人のジレンマゲームは裏切りが有利な状況下で協調がどのように維持されるかのを明らかにするために多くの研究者によって研
究されてきている.本研究は2次元格子空間上の周り8近傍の相手と囚人のジレンマゲームを行ったときの協調の発生と伝播の様子
を調べたものである.
ゲームは一連のラウンドからなり,各ラウンドの対戦結果は次のラウンドの戦略に影響を与える.すなわち,各ラウンドでは,全
ての住民が一斉にそれぞれ自分の周りの8近傍の住人と一回限りの囚人のジレンマゲームを行い,得られた得点の総計を各自の得点
とする.そして次のラウンドに入る前に,それぞれの住人は自分と周りの8近傍の住人の得点を比較し,その中の最高点が,自分の
得点より高い場合には,自分の戦略として最高点を取った住人の戦略を採用し,次のラウンドのゲームに臨む.
このような2次元格子空間上の囚人のジレンマゲームにおいて,全てが全面裏切りで占める地域に少数の全面協力者が侵入してき
たとき,協調の戦略が広がる場合もあれば,そうでない場合もある.また,拡がる場合でも,初期値や利得表の値によって成り行き
は様々に変化する.本講演では初期値と利得表の値による協調の拡大の詳細な分類を報告する.
98
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
【P1−18】シロアリのゲノムサイズと社会性の進化
越川滋行(1)*,松本忠夫(2),三浦徹(1)
(1)北大院・地球環境
(2)放送大・自然の理解
高等生物のゲノムサイズ(半数体ゲノムに含まれる DNA 量)は必ずしもボディプランの複雑性に比例しないことは古くから指摘さ
れている。ゲノムサイズの進化に影響を与える要因は多いが、これまでにゲノムサイズとの相関が報告された形質は、細胞サイズ、
体サイズ、代謝速度、発生の速度、発生の複雑性などである。
本研究では社会性の獲得と進化によってゲノムサイズにどのような変化がみられるかを検証するため、シロアリ12種(昆虫綱シロ
アリ目)を材料として DAPI 染色フローサイトメトリーおよびフォイルゲン染色デンサイトメトリーによるゲノムサイズの測定を行
った。シロアリは高度な社会生活を営む真社会性昆虫であるがゴキブリと近縁であり、近年はゴキブリ類の中の一系統として位置づ
ける見解が主流になりつつある。しかし本研究での測定の結果、シロアリのゲノムサイズの範囲(n= 13, 0.5∼1.7pg)はいずれもこ
れまで知られているゴキブリのゲノムサイズの範囲(n= 6, 2.0∼3.8pg)よりも小さく、シロアリの祖先系統における社会性の獲得と
ゲノムサイズの減少に関連があることが推測された。一般に、分類群内では発生が複雑な派生的グループほどゲノムサイズが小さい
傾向があり、シロアリの場合も社会性の獲得に伴う発生の複雑化(カースト分化の獲得)が影響している可能性がある。また、シロ
アリ目内における様々な形質と社会性の様式、ゲノムサイズとの相関についても議論する。
【P1−19】近親交配がトビイロシワアリ有翅雌に繁殖形質に及ぼす影響
松原由加里(1)*.真田幸代(2)
(1)岡山大院・環境
(2)岡山大院・環境
近親交配は生物にとって一般的に有害だが、アリ類の多くの種で頻繁に観察される。この理由は、単数倍数性決定様式を持つアリ類
で、劣性致死遺伝子が単数体のオスを通して速やかに除去され、近親交配はそれほど有害ではないからである。しかし、この働きに
よって排除されるのはオスに発現する形質の遺伝子のみで、主にメスに現れる形質については長期間にわたる近親交配が有害となる
可能性がある。トビイロシワアリ有翅メスは通常、近親交配をして巣内に居残る(居残り個体)が、一部の有翅メスは結婚飛行で異
系交配し、新しい生息地でコロニーを創る(分散個体)。このため、新しい生息地では近親交配が進んでいないが、古い生息地では
進んでいると予測できる。そこで様々な地域で近親交配の程度を示す近交係数を調査した。その結果、近交係数は地域間で大きく異
なり、近親交配が繰り返されている地域(近交係数>0)とほとんど生じていない地域(近交係数=0)が観察された。これらの地
域間で、新女王の繁殖形質(コロニー創設の成功率,及び初期ワーカーの個体数・頭幅・羽化率・発育期間)を比較したところ、コ
ロニー創設の成功率、初期ワーカーの個体数・
羽化率・発育期間には地域間で差は見られなかった。それに対して初期ワーカー
の頭幅には地域間で差が見られた。これらの結果から、トビイロシワアリにおける近親交配の影響と、居残り個体と分散個体の進化
的意義について考察する。
【P1−20】スズムシの雌の求愛シグナル選好性に対する齢の影響
栗和田 隆* 粕谷 英一
九大・理
従来の性淘汰の研究では、雌の選好性は個体内で安定しており変化しないと考えられてきた。しかし一方で生活史戦略の研究では、
繁殖への投資はその個体の生涯中に常に一定量配分されるわけではなく、各齢期に適応的に配分されることが示されている。雌の選
好性も繁殖への投資の一形態であり、したがって生涯中で変化しないとは限らない。本研究では実験・定量化をおこないやすい鳴き
声を求愛シグナルとして用いているスズムシMeloimorpha japonicaを材料に、雌の選好性が齢にともない変化するのか明らかにし
た。雌の選好性を調べるために、playback実験をおこなった。まずサウンドスペクトログラムによって鳴き声の間隔が短いもの(short)
と長いもの(long)を作成した。その2種類の鳴き声を雌の左右から同時に再生し、どちらの鳴き声を雌が選ぶのかを測定した。playback
実験は同一個体の羽化後8,9日目(若齢)、14∼16日目(中齢)、24∼26日目(老齢)におこなった。雌の生存日数は平均21日だった。こ
99
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
の結果を個体ごとに解析することで、選好性が生涯で一定なのか(e.g. 若齢でshortを選んだ雌は老齢でもshortを選ぶ)、それとも変
化するのかを明らかにした。本発表では、その結果を用いて雌の選好性に対する齢の影響について考察する。
【P1−21】モンシロチョウの配偶者特定鍵刺激(雌翅の色)の進化
小原 嘉明
東京農工大 農
日本産モンシロチョウ亜種の雌の翅の色は,可視光色と紫外色とから成り(打ち掛け色=UD 色とする),雄はこの UD 色に基づい
て雌を特定する.これに対してイギリス産亜種の雌の翅は紫外色を欠き,可視光色のみから成る(ウェディングドレス色=WD色と
する)
.そこで本研究では,日本産亜種の UD 色に対する日長の影響の有無,およびそれが雄の雌特定に与える影響を調べると同時
に,UD 色とWD色のユーラシア大陸における分布を調べ,UD 色の進化的由来を追求した.その結果,UD 色は短日条件下では紫
外色が弱くなってWD色の方向に変化すること,UD 色のこの変化に平行して短日条件下で成長した雄の翅色の「好み」も同方向に
平行して変化することなどが明らかになった.またWD色の雌はユーラシア大陸のほぼ全域に分布するのに対して,UD 色の雌は同
大陸の東端地域にのみ分布すること,この地域では両翅色の雌が混在していること,などが明らかになった.これらのことから UD
色の雌はユーラシア大陸の東端部で進化したことが示唆された.
【P1−22】生物群集の進化の履歴と侵入生物が引き起こす絶滅の規模の関係について
吉田勝彦
国立環境研究所
生物群集はそれぞれ様々な進化の履歴を持つ。例えば陸地から遠く離れた孤島の生物群集は、外部からの生物の侵入をほとんど受け
ずに進化したと考えられているが、それに対して地理的にあまり隔離されていない場所に成立した群集は、比較的頻繁に侵入を受け
ながら進化したと考えられる。また、長期間存続し、十分に時間をかけて進化した群集もあれば、成立したばかりでほとんど進化し
ていない群集もあるだろう。また、進化の結果、様々な種類の餌を食べるジェネラリストが多く進化した群集もあれば、その逆に特
定の餌しか食べないスペシャリストが多く進化した群集もある。これらの群集に対して外部からの生物の侵入があった時、どのよう
な群集で既存種の絶滅が起こりやすいのかを明らかにするため、様々なタイプの仮想的な生物群集を構築し、その群集に対して、植
物、草食動物、肉食動物、雑食動物(肉食も草食も行う動物)、強力な雑食動物(好みの幅が非常に広く、食べた餌を効率よく利用
して成長することができる動物)などの、様々なタイプの生物を外部から侵入させるコンピュータシミュレーションを行った。その
結果、スペシャリストが多い群集では規模の大きな絶滅が起こりやすいこと、肉食動物は侵入に成功しにくいこと、強力な雑食動物
は侵入に成功しやすく、更に比較的規模の大きな既存種の絶滅を起こしやすいことなどが明らかとなった。
【P1−23】種の豊富さのパターンの統計力学的・動力学的理論
時田恵一郎
大阪大 サイバーメディアセンター
複雑な大規模生態系で普遍的に観察される「種の豊富さのパターン(SpeciesAbundance Pattern:SAP」を解析的に導く統計力学的・
動力学的理論を示す.特に,熱帯雨林や珊瑚礁などにみられるような,捕食関係,共生関係,競争関係,さらには分解過程などの多
様な種間相互作用を複数の栄養段階にわたってもつような群集モデルを考える.多種ロトカ・ボルテラ系に対する古典的解析[1]を,
より一般的なランダム相互作用レプリケーター力学系[2,3]へと拡張することにより,系の動力学的安定性・恒常性などに関わる単
一のパラメータに応じて,様々な地域や異なる種構成に対する SAP と,その経年変化のパターンが再現される.さらに,対応する
個体数分布が,生態学でよく調べられてきた、対数正規分布と、ガンマ分布(よく知られるフィッシャーの対数級数モデルやマッカ
ーサーの折れ棒モデルを特別な場合として含む)の特別な場合に対応することがわかった.レプリケーター力学系は,集団遺伝学,
ゲーム理論などでも現れる一般的な形式を持つので,細胞内蛋白質の密度分布など,他の複雑な生物ネットワークで知られる同様な
100
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
パターンに対する適用可能性についても議論する.
[1] Kerner, E. H. (1957) Bull. Math. Biophys., 21, 217-255.
[2] Chawanya, T. & Tokita, K. (2002) J. Phys. Soc. Jpn., 71, 429-431.
[3] Tokita, K. (2004) Phys. Rev. Lett., 93, 178102.
【P1−24】好適な環境は捕食者・被食者間の軍拡競走を促進させるか
広永良*, 山村則男
京都大 生態学研究センター
生命の歴史上、動物の体制を大きく変える出来事が少なくとも2度起こった。カンブリア紀の爆発的進化と、中生代に海洋で起こっ
た体制の変革である。これらの原因は一般的に、酸素濃度の上昇・栄養塩濃度の上昇・水温の上昇等、環境の改善だといわれている。
しかし、これらの主張は、コストのかかる体制を獲得することが生産性とトレード・オフの関係にあることを見落としている。つま
り、環境が改善された時に、エネルギーのかかる器官への投資することが有利なのか、生産性を高める方が有利なのか自明ではない
のである。そこで、本研究では、被食者・捕食者間の軍拡競走の激化がカンブリア大爆発と中生代の海洋変革の重要な要素であるこ
とに注目し、どのような環境の変化が軍拡競走を激化させうるのか、数理モデルをたてて調べた。モデルでは、被食者と捕食者の2
タイプの生物を考慮し、また、軍拡形質を発達させると捕食者に対する防御や被食者に対する攻撃が有効に行える一方、増加率が落
ちてしまうというトレード・オフを仮定した。このモデルをコンピューターにより数値的に計算した結果、被食者の増加率の上昇が
軍拡競走を起こす必要条件であるのに対し、被食者の環境収容力や捕食者のエネルギー転換効率の上昇は、(条件次第では)軍拡競
走をより激しいものにする、補助的な作用を持っていることが明らかになった。
【P1−25】Experts Consuming Families of Experts: 食物網構造が進化に決定される
A G. Rossberg*, H. Matsuda, T. Amemiya, K. Itoh
Yokohama Nat'l Univ. Environment and Information Sciences
The question what determines the structure of natural food webs has been listed among the nine most important unanswered
questions in ecology. It arises naturally from many problems related to ecosystem stability and resilience.
view is that population-dynamical stability is crucial for understanding the observed structures.
history) has also been suggested as the dominant mechanism.
The traditional
But phylogeny (evolutionary
Here we show that observed topological features of predatory
food webs can be reproduced to unprecedented accuracy by a mechanism taking into account only phylogeny, size constraints,
and the heredity of the trophically relevant traits of prey and predators. The analysis reveals a tendency to avoid resource
competition rather than apparent competition.
In food webs with many parasites this pattern is reversed.
【P1−26】肉食者との相利関係を介して植物が植食者を扶助するための進化条件
山村 則男
京大・生態学研究センター
最近、植物が植食ダニの家を造ることが発見された(Yano et. al 2005, Ecological Research)。肉食ダニの家については、草食ダニ
の駆除という相利関係によって説明されていた。新発見に対する説明は、植食ダニを家に住まわせることによって肉食ダニの餌を確
保し、他の植食病害ダニを攻撃させるということである。私は、餌ダニ、病害ダニ、肉食ダニの3種の動態を記述する式を作り、植
物が家を造ることが有利となる条件を求めた。その結果は、理想的な餌ダニ種は病害ダニに比べて個体あたりの栄養価が高く、繁殖
率が高いものであること、病害ダニの病害性が高く死亡率は低いこと、肉食ダニの繁殖率が低く死亡率が高いことであった。つまり、
手ごわい敵とひ弱い協力者がいるとき、効率の良い餌を与えることによって協力者を強化できるのなら、植物が植食者を扶助するこ
とが進化できる。このような関係の数理モデルによる分析は、もっと一般的な、植物・カイガラムシ(アブラムシ)・アリ・植食昆
101
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
虫の系にも応用できると考えられる。
【P1−27】兵隊アブラムシにおける社会システムの調節と維持機構
柴尾晴信(1),沓掛磨也子(2),松山茂(3),鈴木隆久(3),深津武馬(2)
1)東京大 総合文化
(2)産業技術総合研究所 生物機構
(3)筑波大 生命環境科学
アリ、ハチ、シロアリとともに、一部のアブラムシは高度な社会性を構築する社会性昆虫である。社会性アブラムシでは、生殖個体
の他に、捕食者からコロニーメンバーを守ったり、ゴール内の清掃を行なう利他的な不妊の兵隊階級が存在する。我々は、人工飼料
によって実験室で飼育維持が可能なハクウンボクハナフシアブラムシをモデル系として、社会性昆虫類のコロニーにおける協調と制
御の仕組みを明らかにすべく、集団から個体、行動から生理、さらには分子レベルにいたるまで、社会性システムの全体像の探究を
おこなっている。今回我々は、本種のコロニーにおける警報や防衛のシステムについて明らかにする目的で、化学生態学的手法を用
いて、メンバー間のフェロモンを使ったコミュニケーションの機構について調べた。その結果、本種の角状管から分泌される液状物
質には警報フェロモンが含まれており、GC-MS 分析および標品を用いた生物試験により、警報フェロモンの主成分として (E)-β-フ
ァルネセンが同定された。警報フェロモンはおもに老齢の外役兵隊によって分泌され、すべてのメンバーがこの物質に応答したが、
生殖個体や若い兵隊は逃避行動、老齢の兵隊は攻撃行動といった、階級や日齢によって異なる行動的反応が観察された。また、フェ
ロモンを高濃度にすると、掃除中の若い兵隊が仕事転換して攻撃行動をしめすようになることもわかった。以上の結果にもとづいて、
本種のコロニーにおける兵隊の動員システムについて考察する。
【P1−28】アミメアリの女王型ワーカーとオスの交尾行動及び有性生殖の可能性
真田幸代
岡山大院 環境学
アリ類のコロニーには、オスと交尾し繁殖する女王と、繁殖せずに労働を担うワーカーが存在し、多くの場合、両者は形態的に異な
る。しかし、アミメアリには女王が存在せず、ワーカーが雌性産生単為生殖でワーカーを産出する。したがって、オスは通常生産さ
れず、ごくまれに生産されても、発生段階のミスで生じた繁殖上意味の無い存在であると考えられてきた。しかし、本種のいくつか
の地域集団で、通常ワーカーに比べ体サイズが大きく、多くの産卵管を持つ女王型ワーカーが観察され、これらの個体には通常型に
はみられない貯精嚢があることが明らかになってきた。もし、女王型ワーカーがオスと交尾し、有性生殖を行っているならば、クロ
ーン集団であると考えられてきた本種のコロニー内及び集団内の遺伝構成に大きな影響を与える可能性がある。そこで、オスが通常
の交尾行動を行えるかどうか、女王型ワーカーの貯精嚢にオス精子があるのか検証した。その結果、オスは他種アリのオスとほとん
ど変わらない交尾行動をすることが明らかになった。しかし、女王型ワーカーの貯精嚢内容物を、遺伝マーカーを用いて解析したと
ころ、オス由来のものであることは確認できなかった。この原因として、繁殖期直前に野外で採集した個体であったため、貯精嚢内
容物が非常に少なかったことなどが考えられた。そこで、繁殖期直後に採集した女王型ワーカーから得た結果もあわせて報告する。
【P1−29】モリブデン補酵素硫化酵素をコードする og 遺伝子の遺伝的多様性からみたカイコの家畜化
行弘研司(1)*、河本夏雄(1)
、小瀬川英一(2)
、廣川昌彦(2)
、立松謙一郎(2)
(1)(独)農業生物資源研究所 昆虫分子進化(2)農業生物資源研究所 昆虫遺伝
最近のゲノム研究の進展に伴い家畜および栽培作物の起原に関する興味深い知見が集積しつつある。その一例が
domestication
は単一ではなく複数回にわたるというものである。家畜化されたおそらく唯一の昆虫であるカイコ( Bombyx mori:鱗翅目)は中
国で 5,000∼10,000 年前にクワコ(B.mandarina)から家畜化されたと信じられている.しかし、カイコでは全ゲノム塩基配列の
大部分が解読されているとはいえ、家畜化過程の分子レベルの検証は十分とはいえない現状にある。本研究では、カイコの皮下への
尿酸蓄積が阻害され、皮膚が半透明となる油蚕突然変異に関わる遺伝子の一つであるモリブデン補酵素硫化酵素遺伝子(og)にお
ける分子多型を解析し、カイコ家畜化過程を検討した。og 遺伝子の突然変異は、一方ないし両性の妊性を著しく低下させることよ
102
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
り家畜化過程の人為選択の直接の対象とは考えられない。15 系統の地域品種(在来種:伝統的に各地(日本、中国等)で飼育され
てきた品種)の og 遺伝子の全長を含む PCR 断片(∼5.0kb)の塩基配列を決定し、相互に 0.5∼1.5%の塩基変異を示す5つのハプ
ロタイプに区分されることを確認した。また、カイコ家畜化過程における雌雄の貢献度の違いを評価するためにミトコンドリア遺伝
子の多型も合わせて検討し、cox 1 遺伝子の部分配列の解析結果について報告する。
【P1−30】Heterorhabditis属の昆虫病原性線虫とその共生細菌Photorhabdus属間の分子系統解析および
種特異性
鍬田龍星(1)*、吉賀豊司(1)、吉田睦浩(2)、近藤栄造(1)
(1)佐賀大 農
(2)中央農業総合研究センター
Heterorhabditis属の昆虫病原性線虫はPhotorhabdus属細菌と相互依存的な共生関係をもつが、この2者間の種特異性や共進化につ
いては明らかにされていない。そこで、4種15分離株のHeterorhabditis属線虫と、それらから単離されたPhotorhabdus属細菌につ
いて、それぞれCO1部分領域、16S rRNA遺伝子を用いて分子系統解析を行なった。線虫の系統樹では、H. bacteriophoraとH. megidis
が近縁であることが示されたが、共生細菌の系統樹ではH. bacteriophoraとH. indicaの共生細菌が近縁であった。また、H. indica
から単離された共生細菌は2つのクレードに分けられ、そのうちの一つは臨床分離株であるP. asymbioticaであることが示唆された。
数種の細菌分離株について性状試験を行ったところ、各共生細菌の特徴に大きな違いはみられなかった。表面殺菌した
Heterorhabditis属線虫とPhotorhabdus属細菌の組み合わせを換えて二者培養を行ったところ、同種他分離株の線虫から単離された
細菌との組み合わせでは、線虫は正常に発育、増殖することができたが、別種の線虫から単離された細菌との組み合わせでは、線虫
が発育しないものがみられた。
【P1−31】遺伝子重複前後での Rh 式血液型遺伝子の進化パターンの変化
北野 誉(1)*, 梅津和夫(1), 斎藤成也(2), 大澤資樹(1)
(1)山形大・医, (2)遺伝研・集団
Rh 式血液型遺伝子は、ヒトでは RhD と RhCE という非常に相同な 2 つの遺伝子座が近接して第1番染色体の短腕に存在している。
チンパンジーやゴリラも複数の遺伝子座を持っているのに対し、他の霊長類は単一の遺伝子座であるため、この遺伝子の重複は、ヒ
ト・チンパンジー・ゴリラの共通祖先で起こったとされている。Rh 式血液型遺伝子は 10 個のエクソンから構成されており、その
うち第 7 エクソンにヒトの RhD と RhCE の抗原性の差異を決める 3 つのアミノ酸サイトがあり、他のエクソンよりも非常に高いレ
ベルのアミノ酸の差異が RhD と RhCE 間でみられている。今回我々は、この第7エクソンの多様度が遺伝子重複以前の霊長類にお
いても存在したかどうかを調査するために、テナガザル複数個体を用いて第 7 エクソン近辺の塩基配列の決定及び解析を行った。テ
ナガザルの第 7 エクソンでは2つのアミノ酸多型がみられたが、塩基多様度は他のエクソンと同等のレベルであった。一方、旧世界
ザルや新世界ザルなどの他の霊長類の Rh 式血液型遺伝子のアミノ酸配列を用いて、エクソンごとの進化速度を比
蹇・
・
咾靴燭箸海
ぢエクソンの進化速度はヒト・チンパンジー・ゴリラの共通祖先の枝から加速したということが示唆された。以上のこと
から、Rh 式血液型遺伝子は遺伝子重複前後で進化パターンが大きく異なるということが考えられる。
【P1−32】コウモリダコ Vampyroteuthis infernalis のミトコンドリアゲノムの全塩基配列に基づく分子
系統解析
横堀伸一(1)*、Dhugal Lindsay(2)、丸山正(2)、大島泰郎(1)
(1)東京薬大・生命科学 (2)海洋研究開発機構・海洋生態環境
後生動物ミトコンドリア(mt)ゲノムはコードする遺伝子の数や種類がよく保存されており、様々なレベルでの分子系統解析に用
いられている。我々は、これまで、軟体動物の中でも二鰓亜綱に分類される頭足類について、ヤリイカ Loligo bleekeri (ツツイカ
目閉眼亜目)
、スルメイカ Todarodes pacificus(ツツイカ目開眼亜目)
、ホタルイカ Watasenia scintillans(ツツイカ目開眼亜目)
、
103
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
コウイカ Sepia esculenta(コウイカ目)
、マダコ Octopus vulgaris 八腕目無触毛亜目)の mt ゲノムの全塩基配列を報告して来た。
これらの頭足類 mt ゲノムの遺伝子構造はすべて異なっているが、マダコ mt ゲノムの遺伝子構造が最も祖先的な遺伝子配置を保持
していると考えられる。今回、我々はコウモリダコ目の唯一のメンバーであるコウモリダコ Vampyroteuthis infernalis の mt ゲノ
ムの全塩基配列を決定した。その mt ゲノム構造はマダコの mt ゲノム構造と同一であり、二鰓亜綱に属する頭足類の中では祖先的
なゲノム構造を保持していると考えられる。また、コウモリダコの系統学的位置については、タコ類(八腕目)に近縁であるという
考えと、イカ類に近縁であるという考えがあるが、13 種の mt 蛋白質遺伝子の一次配列に基づく分子系統解析では、その二つの仮
説のいずれかを選ぶことはできなかった。
【P1−33】葉緑体広領域データにもとづくバオバブの系統進化
西本 由利子(1,2)*, 湯浅 浩史(3), 宝来 聰(4), 長谷川 政美(1,4)
(1)統数研 (2)総研大・葉山高等研 (3)進化研 (4)総研大・生命体
バオバブ(キワタ科アダンソニア属)は、サバンナなど乾燥に適応した巨樹である。記載のある8∼10種のうち、アフリカに1種、
オーストラリアに1種、マダガスカルには6∼8種が自生する。バオバブは花や果実の多様性に富み、分布の面白さなどから進化の
起源を明らかにすることは重要である。
分子データをもちいた先行研究に葉緑体 rpl16 イントロンと核 rDNA ITS の解析
(Baum 1998)
や、昨年我々は葉緑体の 4 領域(rbcL, rbcL-accD, trnK, trnL-F)の塩基配列を決めたが、推定系統樹のトポロジーはデータ不足の
ため信頼性に乏しい。本研究では、データ不足を補う目的で葉緑体広領域(39タンパク質、42イントロンおよびスペーサー、4
tRNA)をシークエンスし、最節約法を用いて解析した。短い領域では不明であったバオバブの進化について新たな知見を加え考察
する。
【P1−34】アリ植物マカランガに共生するカイガラムシ類の分子系統学的解析
上田昇平(1)*, Swee-Peck Quek(2), 市岡孝朗(3), Penny Gullan(4), 市野隆雄(5)
(1)信州大院 総合工学(2)Museum of Comparative Zoology, Harvard Univ. (3)京都大院 人間・環境学 (4) Entomology, Univ.of California
(5)信州大 理
東南アジア熱帯雨林において,アリ植物マカランガ属(Macaranga)の幹の空洞内にはシリアゲアリ属(Crematogaster)とカタカ
イガラムシ属(Coccus)が共に生活している.アリはカイガラムシが分泌する甘露と植物が分泌する栄養体に完全に依存しており,
カイガラムシの存在はアリコロニーの創設と継続に重要な役割を果たしていると考えられる.東南アジア湿潤熱帯の広域から採集さ
れたサンプルを用いて作成した,アリmtDNA系統樹,カイガラムシmtDNA系統樹,およびマカランガ系統樹(形態+核DNA)を比
較したところ,アリの植物に対する種特異性は基本的に高いが,カイガラムシの寄主植物・アリに対する種特異性は全般的に低いこ
とが判明した.また,3者の適応放散の同時性から,アリとカイガラムシの種分化は植物の種分化に同調して起こった可能性が示唆
された.一方,カイガラムシmtDNA系統樹の一部が予備的な核DNA系統樹と一致しなかったことから,特定のカイガラムシ種間で
浸透交雑が起こった可能性が示唆された.この問題をクリアするには,より高い解像度の核DNA系統樹を得る必要がある.今回,
我々は複数の核遺伝子マーカーを用いてカイガラムシの各地域集団ごとの核DNA分子系統樹を作成し,マカランガ−アリ−カイガ
ラムシ3者共生系の種多様化の歴史を明らかにする.
【P1−35】汎熱帯海流散布植物の分子系統地理:アメリカハマボウ(アオイ科)の遺伝的分化
高山 浩司(1), 梶田 忠(2), 邑田 仁(1), 立石 庸一(3)
(1)東大院・理
(2)千葉大・理
(3)琉球大・教育
アオイ科フヨウ属 Azanza 節には複数の海流散布植物が知られている。そのうちオオハマボウは新大陸以外の熱帯域に広く分布し、
アメリカハマボウは新大陸のみに分布している。また、新大陸のカリブ海地域には内陸性で海流散布を行わないヤママフウが分布し
ている。新大陸に分布する2種は、形態の類似性からオオハマボウと近縁であると考えられており、これらは汎熱帯海流散布植物の
104
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
種分化を全世界レベルで考える上で良い材料である。本研究では、これらの植物の分化過程を明らかにすることを目的として、世界
中から採集した 1000 個体以上のサンプルについて葉緑体 DNA を用いた解析を行った。
系統解析の結果、アメリカハマボウとヤママフウはオオハマボウから分化したことが示唆された。また PCR-SSCP と PCR-SSP 解析
の結果、アメリカハマボウの集団は新大陸の東西で明瞭に分化していることが明らかとなった。アメリカハマボウの大西洋集団の多
くにはオオハマボウと共通の葉緑体 DNA ハプロタイプが存在することから、過去に大西洋を越えて両種の間で遺伝子浸透が起きた
可能性が考えられた。現在マイクロサテライトマーカーを用いた解析によって、汎熱帯域における両種の遺伝子流動のパターンと、
新大陸での遺伝子浸透の可能性について検討している。
【P1−36】ミトコンドリアゲノム解析に基づくカワイルカの系統進化に関する研究
曹 纓(1,2) *, 二階堂 雅人(3), 王 丁(4), 岡田 典弘(3), 長谷川 政美(1,2)
(1)統数研 (2)総研大・生命体 (3)東工大 (4)中国科学院水生研
本研究では、クジラ目におけるカワイルカの系統進化に注目し、貴重な揚子江カワイルカの全ミトコンドリア
DNA の塩基配列を
決定した。野生の揚子江カワイルカは中国にのみ生息するが、すでに数十頭までに減少しており、絶滅の危機に迫られている。今回
決定した揚子江カワイルカのミトコンドリアゲノムの塩基配列に、アマゾンカワイルカ、ガンジスカワイルカなどの mtDNA 配列デ
ータを加え、クジラ目に置けるカワイルカの系統的位置、および他のクジラから分岐した年代を推定した。
カワイルカの系統推定においては、最適なトポロジー探索をベイズの MCMC 法活用で、より有効で実現的なトポロジー探索法を
試みた。またコドン置換モデルを含むさまざまな塩基置換モデルや、アミノ酸置換モデルを用いて解析し、それらの解析結果を比較
した。分岐年代推定については、複数の化石証拠による calibration を取り入れ、生物種によって異なる進化速度も考慮した解析法
で行った。
【P1−37】ミトコンドリアゲノム全塩基配列を用いたイグアナ下目の分子系統学的研究
岡島 泰久*、サヤド アメル、熊澤 慶伯
名大院・理
イグアナ下目(アガマ科、カメレオン科、イグアナ科)は有鱗目トカゲ亜目の主要なグループの一つであり、1500種近くの
多様な種を含んでいる。これまで様々な形態学的、分子的研究がなされてきたが、イグアナ下目を形成する3科の単系統性や、イグ
アナ科内の主要なグループ間の系統関係については未だ決着していない。
今回我々は、イグアナ下目の主要なグループからミトコンドリアゲノムの全塩基配列を決定し、系統解析を行った。その結果、イ
グアナ科の単系統性が示され、またアノールトカゲ亜科とヨウガントカゲ亜科の近縁性を示唆する結果を得た。さらに、分岐年代の
推定を行い、南米やマダガスカルなどに分布するイグアナ類の歴史生物地理についても知見を得ようと試みている。
【P1−38】ニホントカゲ(Eumeces japonicus,トカゲ科:爬虫綱)の日本列島における地理的分化
岡本 卓*,本川順子,疋田 努
京大理・動物
ニホントカゲは,屋久島以北の日本列島の,伊豆半島・伊豆諸島を除くほぼ全域に分布する.アロザイムデータを使った先行研究で,
本種の東西の2グループへの明瞭な遺伝的分化が明らかになっている(Motokawa & Hikida, 2003, Zool. Sci, 20:97-106).演者
らは,全国約80地点から採集された約110個体の標本を用い,ミトコンドリアDNAのcytochrome bの一部の塩基配列と核DNAの
rRNAのスペーサー領域の制限酵素断片長多型をマーカーとして地理的変異を精査した.その結果,両マーカーで一貫して明瞭な分
化が認められる3地域集団(東北日本/中部・紀伊/西日本.前2者が先行研究の東日本グループに相当)が認められた.このうち,少
なくとも中部型と西日本型は同一地点からも採集され,接触域を持ちながら分化が維持されていることが示された.また,mtDNA
の変異では,東北日本集団は全域にわたって分化程度が小さいのに対し,西日本集団でさらにいくつかの地域集団への分化がみられ,
105
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
各小集団内に東北日本全域に匹敵する塩基多様度が観察された.これは,東北日本集団は近い過去に個体数の縮小を経験しているの
に対し,西日本集団では各地で個体群が安定的に維持されていることを示唆する.中部・紀伊の集団では北部のみで塩基多様度が著
しく低く,個体数の縮小が示唆された.寒冷地に偏る本種の個体数の変動は,過去の気候変動との関連が予想される.
【P1−39】ミトコンドリア DNA を用いたオナガナメクジウオ属動物(頭索動物亜門・ナメクジウオ科)
の分子系統解析
昆 健志(1)*,野原正広(2),西田 睦(1),西川輝昭(3)
(1)東京大・海洋研
オナガナメクジウオ属
(2)(株)ハイテック
(3)名古屋大 博物館
Asymmetron は,頭索動物亜門ナメクジウオ科 (Cephalocordata: Branchiostomatidae) に含まれる分
類群で,サンゴ礁性のオナガナメクジウオ A. lucayanum と 2004 年に新種記載された比較的深い海(水深 229m)に生息するゲ
イコツナメクジウオ A. inferum の 2 種が含まれている.両者は共に尾部糸状突起(筋節を伴わない脊索の突出)という大きな形
態的特徴を備える.本研究は,これらインド−太平洋および大西洋産オナガナメクジウオと鹿児島県野間岬沖産ゲイコツナメクジウ
オの分子系統関係をミトコンドリア DNA 上の 16S rRNA および COI 遺伝子の部分塩基配列を用いて明らかにした.
その結果,はじめに深海性ゲイコツナメクジウオと浅海性オナガナメクジウオとが分化し,続いてオナガナメクジウオ内で(イン
ド−太平洋産)と(大西洋産+一部の太平洋産)との二つに分かれた.そして,最後に大西洋産と一部の太平洋産との間で分化が起
こった(COI での塩基置換率は約 6%).以上のことから,オナガナメクジウオに 3 種の隠蔽種の存在が明らかとなり,太平洋の一
部(八重山諸島黒島など)では約 1 億年前に分化したが形態的な区別の難しい 2 つの系統が同所的に分布していることが解った.
【P1−40】クロロフィルb合成酵素(CAO)の系統的不連続分布
千国友子*, 坂口美亜子, 中山剛, 橋本哲男, 井上勲
筑波大・生命環境
クロロフィル
b (Chl b)は光合成色素として、緑色植物とそれを取り込んだ二次共生生物の葉緑体に存在する。葉緑体の系統上、
Chl b の分布は一群にまとまり、この形質が進化の中でよく保存されてきたことが覗える。しかし、原核生物を考慮に入れると、わ
ずか 3 属ながら藍藻(原核緑藻と呼ばれる)にも Chl b が見出されており、Chl b を持つ生物は系統上不連続に分布している。2 属の
原核緑藻と、緑藻、陸上植物は Chl a oxygenase(CAO)を用いて Chl b を合成する。これら生物の CAO の分子系統解析から、Chl b
の不連続性は、多数回の欠失によって形成されたと考えられている。
しかし、この説ではあまりに多くの欠失が想定される上、これらの生物間には Chl b を持つという以外の共通性が見られない。Chl
b 生物の系統的不連続性を再検討するため、プラシノ藻で CAO を同定し、系統関係を調べた。プラシノ藻は、緑色植物の中で比較
的初期に分岐した生物から成る多系統群である。その中から各群を代表する種を用いて CAO mRNA の部分配列を明らかにしてい
る。新たに得られた配列を加えて CAO の分子系統解析を行ったところ、緑藻や原核緑藻といった系統群間の関係が非常に不安定に
なり、統計的信頼性は低いものの、原核緑藻が緑色植物の中に位置する系統関係が示された。この結果から、藍藻-緑色植物間の遺
伝子水平移動が CAO の系統的不連続性に関わっていた可能性が示された。
【P1−41】複数遺伝子に基づくCentrohelidaの分子系統解析
坂口美亜子*,橋本哲男
筑波大 生命環境科学
現在までの形態情報および分子情報を基に、真核生物の系統関係が明らかになりつつある。真核生物はそれぞれの生物グループの近
縁性によっていくつかのスーパーグループに分けることができるが、どのスーパーグループに所属するのか不明な生物グループが中
には存在する。有中心粒太陽虫類(Centrohelida)はそのような所属不明の生物グループのひとつであり、形態的な特徴から肉質虫
類(Sarcodina)に分類されている。このSarcodinaには分子系統解析の結果からAmoebozoaやOpisthokonta、Rhizariaそして
106
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
Excavataに属する生物グループが含まれていたが、Centrohelidaとそれらとの近縁性は未だ不明のままである。そこで、真核生物
におけるCentrohelidaの系統的位置を明らかにすることを目的として、alpha-、beta-tubulin、actinおよびelongation factor 2(EF2)
の遺伝子配列による連結データセットを用いた分子系統解析を行った。その結果、CentrohelidaはRhodophytaあるいはAmoebozoa
と姉妹群である可能性や、AmoebozoaとRhodophytaの分岐間に位置し、bikontaの根元から分岐している可能性が示唆された。さ
らにheat shock protein 90(HSP90)の遺伝子配列を決定し分子系統解析を行ったので、その結果についても報告する。
【P1−42】生殖隔離を引き起こすウリミバエの時計遺伝子 period の系統間配列比較
大田由衣*・宮竹貴久(1)
・松本顕・(2)
・谷村禎一(3)
・松山隆志(4)
(1)岡山大院・環境(2)九州大高等教育セ(3)九州大院・理(4)沖縄農試
ウリミバエで確立されたショート(S)系統とロング(L)系統は、歩行活動の概日リズムが S 系統は約 22 時間、L 系統は約 30 時
間である (Miyatake et al, 2002)。両系統は交尾時刻が異なり、S 系統は早い時刻に、L 系統は遅い時刻に交尾活動を行うため、有
意に交配が生じず,生殖的に隔離されるこのため、体内時計を支配する時計遺伝子が交尾時刻の違いによる異時的生殖隔離に関与す
る可能性が示唆されている。
S 系統と L 系統では時計遺伝子 period の mRNA 発現周期が異なり、それぞれの歩行活動周期に一致することが明らかになってい
る。そこで、ウリミバエの period 遺伝子の配列を決定し、系統間の比較を行った。しかし、period 遺伝子の産物であるタンパク質
PERIOD のアミノ酸配列には、概日リズムの違いを引き起こすような大きな変異はみられなかった。しかし period mRNA の 5’非
翻訳領域では、スプライシングのバリアントが検出された。ウリミバエの S 系統と L 系統では period mRNA 発現周期が異なるこ
とからも、period の転写制御に何らかの違いがあると考えられる。本発表では period 遺伝子と同じフィードバックループ上で機能
する doubletime など他の時計遺伝子の塩基配列比較結果も併せて報告する予定である。
【P1−43】X 染色体上の 10kb 領域の塩基配列による人類集団遺伝学的解析は古代人の遺伝子流動を示唆
する
嶋田 誠(1)*, Jody Hey(2)
(1)Rutgers Univ.(現:パーレジェンサイエンス・ジャパン(株))(2)tgers Univ.
世界の全大陸にわたる地域由来の 672 人の男性に用いて、X 染色体上の 10.1 kb の領域において塩基配列を決定した。本領域は2
つのマイクロサテライト(STR)領域を含んだ非コード領域であり、組み換え頻度が低いと推定されている。そのため、安定性の高い
マーカーであるハプロタイプと、進化速度が速く多型性に富んだマーカーである STR の、両者の長所を利用できる領域(HapSTR)
として、本領域は進化研究に有用であると考えられ、人類の集団遺伝学的パラメータを推定するのに、適していると考えられる。
解析の結果、ハプロタイプの空間分布および変異性は、一つのハプロタイプ(haplotype X)を除いて、従来の結果(アフリカ単一起
源)を追認するものであった。haplotype X はヨーロッパからオセアニアに至る8集団9個体で観察され、160 万年前に分岐したと
推定された。しかも、分岐年代が非常に古いにもかかわらず、クラスタリングする近縁のハプロタイプを持たず、STR 変異におい
ても、変異性が少なかった。また、分布域が広いにもかかわらず、各集団における出現頻度が一様に低かった。このような、観察結
果から、現代人の出アフリカ後の人工爆発以前にユーラシア大陸に生息していたホモ・サピエンス以外の古代人に、haplotype X は
由来し、混血を通じて、現代人の遺伝子プールに流入したのではないかと、考察している。
【P1−44】ミトコンドリア DNA に基づくヤマトオサムシの分子系統地理:地理的分化と浸透交雑の推定
長太伸章(1)*, 久保田耕平(2), 曽田貞滋(1)
(1)京都大院・理 (2)東京大院・農
オオオサムシ亜属のオサムシは後翅が退化しており飛翔できないため分散が限られる。そのため地域ごとの集団分化が大きいと考え
られ、系統地理の研究には好適な分類群である。本研究では種内における遺伝的多様性を明らかにするとともに、種内の地域間分化
107
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
の程度、分布域形成過程を明らかにするために、京都から長野にかけての地域に分布する小型種のヤマトオサムシ C. yamato につ
いて分子系統地理解析を行った。本種は側所的に分布するクロオサムシ C. albrechti とミトコンドリア DNA の系統を共有するとい
う報告があるため、クロオサムシと側所的に分布する他の 2 種とも比較し、ミトコンドリア DNA の系統から浸透性交雑の有無など
も推定した。
ヤマトオサムシ 37 集団 373 個体についてミトコンドリア DNA ND5 遺伝子 1020bp を解析したところ、81 ハプロタイプが検出
された。系統樹上ではこれらのハプロタイプは側所的に分布するヒメオサムシ C. japonicus やスルガオサムシ C. kimurai のハプロ
タイプとは明確に異なるクレードを形成し、これらの種とは浸透はほとんどないと考えられた。一方、ヤマトオサムシとクロオサム
シはそれぞれがまとまるが、ヤマトオサムシの一部のハプロタイプはクロオサムシのクレードに含まれ、クロオサからの浸透由来で
あると考えられた。また、ヤマトオサムシは天竜川流域および三重県西部の集団が古く、他の地域は最近の分布拡大によって成立し
たことが示唆された。
【P1−45】Local Clock モデルの樹形選択と有根化への応用
田辺 晶史
東北大院・生命科学
これまで,分子進化一定を仮定した最尤系統樹と仮定しない最尤系統樹の間で尤度比検定を行うことが系統樹上での分子進化一
定性の検証方法の一つとされてきた.これは全ての枝で分子進化速度が同じか,それとも全ての枝で分子進化速度が異なるのか,の
2 者択一であり,分子進化速度が 1 回(∼数回)だけ変化している,というような場合は考慮されていない.Yoder and Yang (2000)
の Local Clock モデルは,分子進化速度変化回数に基づいたモデル選択を行うことで分子進化速度の変化と分岐年代を推定しようと
いうものである.
現在の最尤系統推定は「分子進化モデル」と「系統仮説」(樹形)の 2 つのモデル選択からなっている.この方法は,ここにさらに
「分子進化速度変動仮説」のモデル選択を導入することで分岐年代推定を行おうとするものであるが,これまでのところ樹形選択の
後に適用されている.しかし実際には樹形選択と同時に行うことで樹形選択をも改善できるはずである.また,根の付く枝を変えつ
つモデル選択規準を比較することでどこに根が付くのかを探索する方法とすることもできるだろう.
今回,相対速度テストを用いて「分子進化速度変動仮説」をある程度絞り込む方法を併用することで,現実的な時間で樹形選択の
改善と根の付く枝の探索が実際に可能であることを示し,そのためのソフトウェアを公開する.
【P1−46】ウズラとニワトリ MHC クラス II 領域の比較解析
細道一善(1)*,椎名隆(1),半澤惠(2),猪子英俊(1)
(1)東海大・医
(2)農大・農
ウズラはニワトリと属間雑種やキメラが作出可能であることから近縁種であると考えられている。ところが、ウズラの MHC 領域は
ニワトリのそれに比べ高度な遺伝子重複を有し、遺伝子構造は大きく異なっている。本研究では 5 つのウズラ MHC ハプロタイプ(ハ
プロタイプ 1∼5)のクラス II 領域の塩基配列についてニワトリを含めて比較した。ニワトリのクラス II 領域がほぼ同一な遺伝子構
造を有しているのとは対照的にウズラは 5 つのハプロタイプでクラス II 領域に含まれるクラス IIB 遺伝子の数が異なり、遺伝子構
成に差異が認められた。ハプロタイプ 2 および 5 の遺伝子構造はニワトリのそれに類似しており、特にハプロタイプ 2 の形成には
ハプロタイプ 1 の 2 つのクラス IIB 遺伝子間の欠失が関与することが示唆された。また、この領域にはニワトリにはほとんど認めら
れない組み換えホットスポットモチーフ配列が多数認められ、これらが遺伝子構造の形成に関与していることが示唆された。これら
の知見から渡り鳥であるウズラは多様な抗原に適応するためクラス IIB 遺伝子の重複と欠落により免疫機能を進化させてきたと考え
られ、今後 MHC 領域に多数認められる遺伝子重複についてハプロタイプ間の比較を詳細に実行することで、ハプロタイプ形成の分
子機序および遺伝子数の違いが個体に及ぼす影響についての知見が得られる可能性があると考えられた。
108
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
【P1−47】六脚類の系統関係とその起源
佐々木剛(1)*,石渡啓介(2),宮田隆(1),(2),(3),蘇智慧(1),(2)
(1)JT 生命誌研究館
(2)大阪大院 理
(3)早稲田大 理工
陸上昆虫類 (六脚類 Hexapoda) は、分類学的に無翅昆虫亜綱と有翅昆虫亜綱とに大別される。従来、六脚類は他の節足動物のうち
多足類(Myriapoda)と近縁であり、六脚類内部では無翅昆虫から有翅昆虫のグループが分岐し翅を獲得したと考えられてきたが、最
近の分子系統解析により、(1)六脚類は多足類ではなく甲殻類(Crustaceae)と近縁であることが明らかになった。さらに、(2)六脚類
の単系統性にも疑問がもたれ、ミトコンドリア遺伝子を用いた研究では、シミ目を含む有翅昆虫は甲殻類と近縁であり、無翅昆虫の
トビムシ目はより古い時代に分岐したという可能性も示唆されているが、まだ未解決である。われわれは(2)の問題を解決するため
に核にコードされたタンパク遺伝子を複数用いて系統解析を行っている。これまでに得られたデータから最尤法に基づく分子系統解
析を行い、六脚類の起源について考察する。
【P1−48】Saccharomyces 属近縁種の分子進化過程における機能的制約の変化
川原善浩(1,2)*、今西規(1)
(1)産業技術総合研究所 生物情報解析研究センター
(2)東京都立大 理
遺伝子重複直後や、ヒト系統の脳に代表されるように表現型レベルで劇的な進化を遂げた時期などには、遺伝子に働く機能的制約の
強さが変化することが知られている。しかし、そのような時期以外に機能的制約の強さが果たして一定であるかどうかはあまり良く
知られていない。本研究では、分子進化過程において遺伝子に働く機能的制約の強さの定常性を、全ゲノム上の遺伝子を対象に検証
することを試みた。出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae と、その近縁種 S. paradoxus、 S. mikatae、 S. bayanus の 4 種のゲノ
ムから 2,475 組のオーソログ遺伝子を抽出し、それら 4 種の系統樹上の枝間での同義置換数と非同義置換数の比率の違い、つまり、
機能的制約の強さの変化を調べた。その結果、非常に近縁な種間の比較であるにも関わらず、811 個の遺伝子の機能的制約が少なく
とも1組の枝の間において有意に変化していることが示唆された。これらの大部分は遺伝子重複や欠失、コドン使用頻度の変化によ
っては説明ができなかった。また、転写やタンパク質合成に関わる遺伝子に比べて、代謝や細胞壁の生合成、菌糸形成に関わる遺伝
子の方が機能的制約が変化しやすいことが示唆された。以上の結果から、遺伝子重複直後などの特殊な時期以外でも、個々の遺伝子
に働く機能的制約の強さが大きく変化する場合があることが示唆された。
【P1−49】パラオ諸島海水湖に隔離されているイガイ科Brachidontes sp.の特異的進化
後藤 禎補(1), 半澤 直人(2)
(1)山形大院 理工 (2)山形大 理
パラオ諸島には、完新世終期に外海から分断されて形成されたと考えられる複数の海水湖があり、海水湖内だけに生息するイガ
イ科二枚貝類がいる。本研究では、核DNAとミトコンドリア(mt)DNAを解析し、その進化的特性の解明を試みた。イガイ科貝類は
異種間でも形態が酷似し分類が混乱している。しかし、海水湖産イガイ科貝類は、湖ごとに殻体の形態的特徴が少しずつ異なるが、
18S rRNA遺伝子による分子系統解析の結果と軟体組織の特徴により、Brachidontes属に属することが示唆された。近年、二枚貝類
特にイガイ科貝類では、母性遺伝するF-type mtDNA以外に、オス親からオスの子孫だけに伝達されるM-type mtDNAの存在が次々
と報告されており、この現象はDoubly Uniparental Inheritance (DUI)と呼ばれている。本研究の解析の結果、海水湖のオスも2タ
イプのmtDNAを持つことが推定された。mt CO。 遺伝子の解析では、オスの2タイプ間の塩基配列が約20%異なることが明らかと
なり、他のイガイ科貝類で報告されているM-type、F-type mtDNA間の遺伝的距離に匹敵していた。本研究ではこの特殊なmtDNA
をマーカーとして、特異な隔離海洋環境である海水湖に生息するBrachidontes sp.集団の遺伝的多様性を解析し、その進化的特性に
ついて考察した。
109
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
【P1−50】起源の場所を推定する∼トビトカゲ属の場合
疋田 努
京大院 理
「起源の中心仮説」が分断生物地理学によって批判されたが、生物群の起源の場所がどこかという問いは残されたままである。しか
し、分子データの蓄積により、系統地理学的な関係が明らかにされてきたので、それらのデータを地域分岐図にまとめるだけでなく、
これらの関係から分散の推定が可能になれば、起源の場所が推定することができるはずである。そこで、東南アジア地域で多様化し
ているトビトカゲ属 Draco について起源の場所の推定を試みた。このグループの系統関係は Honda et al. (1999, 2000)と McGuire
and Kiew (2001)によってほぼ明らかにされている。トビトカゲ属についての最近の分類の再検討では 35 種が認められているが、
これを8種群に分け、種群の分岐関係から地域間の分化と分散について推定を行った。分布地域はインド、インドシナ、スンダラン
ド(マレー半島、スマトラ、ジャワ、ボルネオ)
、ワラシア(スラウェシ、モルッカ諸島、小スンダ列島)
、フィリピンの5地域であ
る。これらの地域では初期の種群の分化の後、インドシナからインドへ1度、スンダランドへの2度の侵入があり、スンダランドで
分化した種群のひとつからインドシナへの再侵入がおきていることなどが推定された。
【P1−51】ヨモギハムシの異なる核型個体間の生殖的隔離
北村徳一(1)*, 藤山直之(2), 青塚正志(3)
(1)都立大院 理 (2)北教大函館・生物 (3)首都大・都市教養
ヨモギハムシ(Chrysolina aurichalcea)には、染色体数が著しく異なる核型二型が存在し、それぞれ2n=31(雄)、32(雌)と2n=41
(雄)、42(雌)と10本の違いがある。これらの核型個体からなる集団は基本的に異所的または側所的に分布している。室内交配
実験では両者の間に生殖的隔離が発達しつつあることが示されているが、自然集団における生殖的隔離の有無についての検討は行わ
れていない。本研究では、両核型集団が近接している函館市近郊で核型の詳細な分布を調べ、さらにmtDNAのND2遺伝子を用い
た解析を行い、核型と併せて自然集団における生殖的隔離について検討を行った。核型調査から、両核型集団が接している一部の地
域で両核型個体は混生していることが分かった。この混生域では、核型によって確認される交雑個体は稀であり、室内交配実験で示
された、異なる核型個体間の生殖的隔離の存在が支持された。また、ND2遺伝子配列から構築した系統樹では、少数の例外を除い
て、核型の異なる個体の持つハプロタイプが、それぞれ独立したクラスターを形成した。すなわち、mtDNA配列の解析からも、自
然集団において異なる核型間の遺伝的交流が少ないことが示唆された。
【P1−52】酵母の種多様性と生殖隔離
杉原千紗*, 壷井基夫, 久冨泰資
福山大・生命工学
生物の種多様性の発生にあたっては、種形成という過程が重要である。私たちは、酵母菌をモデルとして、種の枠組みを遺伝学
的に捉えるとともに、種の形成機構を解明するために、生殖隔離を二つの様式に分けて解析している。一つは、近縁の種間に見られ
る様式で、接合現象は進行するが、稔性のある子孫を生ずることができないような隔離のシステムであり、これを交配後隔離と呼ぶ。
もう一つは、系統的に比較的距離のある種間で見られる様式で、接合というコミュニケーションそのものが断絶されている場合であ
り、これを交配前隔離と呼ぶ。
交配後隔離の解析を通して、細胞融合・核融合による雑種形成および胞子形成の全ての過程が正常に進むような種間においても、
形成された胞子に発芽能がないために、生殖隔離が起こる場合があることを見いだした。その原因として、種間雑種細胞における染
色体の編成異常を突き止めた。つまり、種間での接合による染色体の不和合性と考えられる。これを、染色体進化の面から考察する。
交配前隔離の機構に関しては、種間での細胞のコミュニケーションの断絶に焦点を定め、性的細胞認識を支配する性分化遺伝子の
進化の解析を進めている。これまでに、交配前隔離の生じている種間において、性フェロモン遺伝子のコード領域は機能的に保存性
が高いが、発現調節領域においては種の特異性が生じていることを見いだした。
110
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
【P1−53】第3の形質が配偶者選択による同所的種分化を促進する
山内 淳*, 山村 則男
京都大 生態学研究センター
配偶者選択によって同所的種分化が起きる可能性は、Higashi
et al. (1999)によって初めて理論的に示された。それは、オスの装
飾とメスの好みが共進化する Fisherian プロセスによって引き起こされる。彼らは、オスの装飾とメスの好みのそれぞれが−から+
値をとると仮定し、−の好みを持つメスは−の装飾を持つオスを好み、+の好みをもつメスは+の装飾を持つオスを好むシステムを
考えた。そのシステムについて、彼らは Individual-Based Model を用いて形質値の分布のダイナミクスを解析し、環境変動などに
よって配偶者選択の効率が急激に上昇すると、集団内のオスとメスの形質が急速に二極化して両系統間での交配がほとんど失われる
ことを示した。しかしながらこの仮説に対しては、それが実際に機能する条件は厳しいのではないかという批判が近年多くなされて
いる。
ところで実際の生物におけるオスの装飾を見てみると、大きな尾やヒレに派手な色がついていたり、色彩がいくつかの色で構成さ
れているなど、複数の形質が組み合わさることでその信号が強化されている場合が多い。またメスの好みにしても、感度の良い感覚
器や高い情報処理能力が組み合わさることで配偶者選択の効率が高められることも考えられる。本発表では、オスの装飾とメスの好
みに加えてこうした第3の形質の進化が導入されることで、同所的種分化が生じる条件が大きく緩和される可能性があることを理論
的に示す。
【P1−54】隔離強化の副産物として生じる生態的形質置換
小沼順二*, 千葉聡
東北大院 生命科学
資源競争は適応放散を導く最有力な要因であると考え続けられてきたにもかかわらず、実際に形質の分化が競争によって引き起こさ
れたことを明確に示した研究事例は非常に少ない。種間での形質の分化には競争ではない別の要因がより強く働いているのではない
だろうか。我々はその要因として異種間交配を仮定した。仮に交配に幾分でもコストが支払われるならば、交配前隔離が発達してい
ない 2 種間での交雑は適応度を下げる可能性がある。久野(1992)と吉村・Clark(1994)はそのような 2 種が資源競争を行う場合の
個体群動態を解析した。我々は彼らのモデルを拡張し、資源競争と交配相手認識両方の影響を受ける場合での形質分布の動態を解析
した。我々のモデルは、たとえ種間競争が全く働いていなくても、資源競争にかかわる形質が隔離強化の副産物として十分生じえる
ことを示す。この結果は多くの生態的形質置換の研究に定性的に当てはまる。これまで隔離強化は種分化を引き起こす種内相互作用
のプロセスとして重要視されてきた。しかし、我々のモデルは、隔離強化が種間の形質分化を引き起こすプロセスとして有力である
可能性を示す。
【P1−55】機能システムの進化速度に及ぼす遺伝子間相互作用と分集団構造の効果
高橋亮
理研 GSC 個体遺伝情報
遺伝子間の機能的な相互作用や地域集団間の移住が進化速度に及ぼす効果を,地理的,空間的に分断された生物集団における新生突
然変異の固定確率を指標に考える.二遺伝子座システムに共適応的な遺伝子の組合せが成立する確率を拡散モデル,出生−死亡モデ
ル,数値計算により算出した結果,分集団間の移住率が中間的な場合に共適応の固定確率が極大になることが示された.この傾向は,
遺伝子座間にエピスタシスが存在しない場合には認められない.地域集団間の移住は,異なる地域に生まれ落ちた変異がやがてめぐ
り逢う期待を高める一方,同一の地域で結ばれた変異同士を引き離し,共に分集団中に固定する可能性を打ち砕く拮抗的な作用を併
せ持つ.モデル解析の結果は,中間的な移住率の下で相反する二つのフォースの吊り合いが取れ,全集団で共適応が成立する確率が
最大化されるためと解釈される.以上の結果は,分集団構造が,エピスタシスを伴う機能システムの進化を促すことを示唆する.
111
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
【P1−56】進化によって出来る細胞モデル系のアトラクター間の関係性について
石原秀至
東大総文
多細胞生物は同じ遺伝子セットを共有しながら、その状態を変えることで多くの種類の細胞へと分化する。これは細胞を力学系と
して見た時、異なるアトラクター状態が各々の細胞状態に対応すると解釈できる。では、異なる細胞状態はお互いにどれくらい「近
く」にいるのであろうか?すなわちアトラクター間の関係はどのようになっているのだろうか? 例えば発生における細胞系譜など
を考えると、細胞内ダイナミクスのアトラクター関係には組織だった関係性があるように思える。これは、例えば必須の機能を残し
ながらそれに新しい機能(細胞状態)が付け加わる形でしか進化できないなど、様々な制約/拘束のもとに出来た進化的なバイアスのた
めだと考えられる。
このことを見るために、Boolean Network を対象にその妥当性を調べる。
1. まず、この系に対して、そのアトラクター間の関係性を定義する。二つのアトラクター間で、部分空間が同じ軌道を描いている
度合いでアトラクターの近さ、あるいは階層性を定義する。
2. ランダムに生成した Boolean Network が持つアトラクター間の関係性と、いくつかの基準(淘汰圧)で進化させた結果出来る
Boolean Network が持つアトラクター間の関係性を比較する。
見えてきた結果と進化発生におけるいくつかの概念を比較/議論する。
【P1−57】日本メダカの性染色体の解析
近藤真理子(1,2)*、I. Nanda (2)、U. Hornung (2)、佐々木貴史(3)、清水厚志(3)、今井周一郎(3)、浅川修一(3)、
M. Schmid(2)、野中勝(1)、清水信義(3)、M. Schartl (2)
(1)東大院 理 (2)ヴュルツブルク大・バイオセンター (3)慶應大・医
日本メダカは XX-XY の性染色体による性決定を行うことが古くから知られている。我々は、Y 染色体に存在する雄性決定遺伝子は
dmrt1bY であり、これは常染色体の dmrt1a 遺伝子の重複によって生じた遺伝子であることをこれまでの研究で明らかにしてきた。
さらに、同属他種の解析から、この遺伝子はほ乳類の SRY に比べると若い性決定遺伝子であることを明らかにした。
性決定遺伝子を含む性決定領域のゲノムの構造を解明するために、我々は Y 染色体上の 383 kb の領域とそれに対応する X 染色体
の領域 195 kb、および常染色体の dmrt1a を含む 156 kb の塩基配列を BAC クローンから決定し、解析した。Y 染色体特異的領域
は、別の重複した二つの遺伝子の間に位置し、約 260 kb の長さであった。この領域の中にはいくつかの偽遺伝子とともに dmrt1bY
遺伝子が存在するが、この遺伝子だけが機能的であることが示唆された。周辺部の解析からは、性決定領域はヒト4番染色体上に
synteny のある領域に挿入されたものであると考えられた。解析した配列中の繰り返し配列の割合を見ると、Y 染色体に由来する領
域はその他の解析した領域に比べ、明らかに多くの繰り返し配列を含むことがわかった。これらの結果から、メダカの Y 性染色体
は dmrt1 の遺伝子重複・挿入のあと、繰り返し配列の蓄積や遺伝子が破壊されることによって特異化が進行している様相が明らか
になった。一方で性決定領域周辺の遺伝子やゲノムの配列が X、Y 染色体で保存されているため、特異化はまだ初期の段階であり、
非常に若い性染色体であると言える。
【P1−58】霊長類における性染色体分化とカールマン症候群
岩瀬峰代*、颯田葉子、高畑尚之
総研大 先導科学
性染色体は相同組み換えが領域ごとに抑制され常染色体から分化したと考えられている(Lahn et al.1999)。 私たちはヒトX染
色体短腕の約半分の塩基配列と対をなすY染色体上の配列との比較を行い、段階的に(約 0.1%、10%、20%) p-distance が変化して
いることを確認し、10%領域の中に特異的に p-distance が 1∼5%の低い値を示す領域を発見した(Iwase et al.2003)。この低い pdistance は最近まで X 染色体と Y 染色体の組み換えが起きていたことを示唆する。
112
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
この領域には Kallmann syndrome 1 (KAL1:KALX)を含んでおり、その遺伝子の突然変異により嗅覚神経軸索の発達障害と
GnRH 生産性の神経の遊走障害による無臭症と性腺機能低下性によって特徴づけられるカールマン症候群を発症することが知られて
いる。そこで、カールマン症候群の発症と低い p-distance との関連を調べるために霊長類数種の KALX 及び KALY の配列を決定し、
進化学的解析を行った。
その結果、霊長類各々の系統で独立に何度も遺伝子変換が起きていることが明らかになった。また、今回調べた全ての種におい
て Y 染色体上のホモログ(KALY)は偽遺伝子化しており、KALY との組み換えにより KALX の偽遺伝子化が起こり、その結果として
カールマン症候群が発症する可能性が考えられた。
【P1−59】屋久島におけるサンショウソウの形態と倍数性の変異
新田 梢*,矢原 徹一
九大院 理
サンショウソウ Pellionia minima は、西日本に広く分布するイラクサ科の多年生の草本植物であり、種内倍数性が知られている。
屋久島では、島内の広い範囲に分布し、ほとんどの株が雌花しかつけず、無融合生殖型が広く分布していると考えられるが、形態的
な変異が顕著であり、葉のサイズは二型的にみえる。本研究では、この形態的変異が遺伝的変異に基づくかどうかを検討した。染色
体数を調べた結果、三倍体(2n=3x=39)と四倍体(2n=4x=52)がみられた。葉身の長さ・幅について、三倍体と四倍体で葉のサイズに
違いがあった。葉身の長さについて広義の遺伝率(h2)を推定したところ、三倍体では 0.445、四倍体では 0.664 だった。四倍体につ
いては有意差がみられた。少なくとも四倍体には、葉のサイズに関して遺伝的変異があると考えられる。
【P1−60】四肢・ヒレ形成の多様性と位置情報
阿部玄武* 田村宏治
東北院・生命
出来上がった形態の比較だけでなく、その発生過程の比較から見出される知見は、脊椎動物の最終形態の多様性について様々な新し
い考察を可能にしてきた。形態形成のモデルシステムとして古くから研究されてきた四肢発生でも、近年ニワトリやマウスなどのモ
デル動物での詳細な記述にさまざまな動物種での解析が加わって、その共通メカニズムの理解から多様性の理解へも発展しつつある。
本発表では、四肢の形成位置と形態に注目しながらその共通性と多様性について研究した。
四肢の原基である肢芽は胚の体側に前後二対の突起として形成されるが、その前後軸上の位置情報は Hox 遺伝子の組み合わせによ
って規定されていると考えられている。一方で胚操作実験から得られた知見などから、本来肢芽が形成されないわき腹領域にも肢芽
形成能があることが知られている。我々はこのような応答能をさらに、鳥類胚や哺乳類胚、爬虫類胚、魚類胚における背中正中線上
に見出した。この応答能の前側境界は Hox コードとの明確な相関は認められないが、前肢が形成される位置に相関が見られた。こ
れらのことは脊椎動物胚の背中正中線上に付属器官を形成する潜在的な能力があること、魚類の正中鰭の位置やサイズの多様性はこ
の領域の中で決まることを示唆している。さらに、同様のことが付属器官形成能力を持つもう一方の領域であるわき腹にも当てはま
るか、対鰭の形態が大きく異なるガンギエイとトラザメの胚発生を比較することで検討している。
【P1−61】ショウジョウバエ卵殻形態の収斂進化における発生機構の多様化に関する研究
影沢達夫*,中村征史,松野健治
東京理科大・基礎工
異なった系統群に属する種であるにも関わらず、類似の進化をとげた場合、それらの種は収斂進化したといわれる。収斂進化と
は、別系統の種が同じような生態的地位を占め、共通の環境に適応することで、同様の自然淘汰が働いため起こると考えられている。
しかし、収斂進化が、ゲノム情報のどのような変化にもとづいて起こるかは、ほとんど理解されていない。
ショウジョウバエの卵殻には、空気を供給する卵殻突起がある。種固有の卵殻突起数は、進化上きわめて多様である。シマショウ
113
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
ジョウバエ亜属(キイロショウジョウバエなど)の種は2本、ショウジョウバエ亜属(クロショウジョウバエなど)の種は2本また
は4本の卵殻突起を持つ。卵殻突起は、EGFR シグナルが活性化された濾胞から形成される。
我々は、卵殻突起の本数と位置が、濾胞細胞において EGFR シグナルが活性化された領域の数と位置に対応することを明らかに
している。一方、卵殻突起数と系統関係の関連を調べたところ、祖先型の4本型から、2本型への進化が独立して複数回起こってい
ることがわかった。我々は、これが収斂進化の結果であると考えた。そこで、独立して2本型に進化した種の濾胞細胞における EGFR
シグナルの活性化パターンを比較した。その結果、独立に起こったと考えられる4本型から2本型への進化は、そのつど異なった発
生メカニズムの多様化に起因していると考えられた。
【P1−62】脊椎動物におけるHoxクラスタの上流配列のモチーフプロファイルによる進化解析
金子佳之*, 荻島創一, 田中博
東京医科歯科大院・システム情報生物学/生命情報学
後生動物の初期胚発生において前後軸を決定するHoxクラスタは、無脊椎動物では1クラスタからなるが、哺乳動物ではHoxA-D
の4クラスタに拡張しており、これは単純なゲノム重複が2回起きたためと考えられてきた。ところが、すべてのクラスタで同定さ
れているHox4, 9, 13について、そのコード領域の進化系統樹が示す系統関係には矛盾がある。すなわち、4クラスタへの拡張が単
なる2回のゲノム重複では説明できない。そこで我々は、非コード領域を用いてHoxクラスタの進化過程を解析した。具体的には、
ヒト、チンパンジー、マウス、ラット、イヌの5種の脊椎動物の、Hox4(HoxA4-D4)遺伝子の上流300bpの非コード領域の配列につ
いて、モチーフ発見プログラムMEMEにより網羅的に26個のモチーフ(平均34.4bp)を同定し、そのモチーフプロファイルを解析
した。その結果、HoxA4/D4、HoxB4/C4がクラスタを構成することを示唆するモチーフが4個発見され、これはコード領域の進化
系統樹の結果と合致した。また、HoxA、HoxBにのみ存在するモチーフが1個ずつ発見された。一方で、HoxB-Dに存在するモチー
フが2個同定された。本発表では、Hox9, Hox13をはじめとした全てのHox遺伝子の解析から得られた結果、その統計的信頼性の考
察、さらにHoxクラスタの拡張過程の考察を報告する。
【P1−63】形態形成にみる表現型遺伝型対応の進化モデル
藤本仰一(1)(2)*,石原秀至(1),金子邦彦(1)(2)
(1)東大院総合文化
(2)ERATO 複雑系生命
遺伝型と表現型の対応は進化を通じて形成され、複雑な表現型をうみだす。動物のボディプランに注目し、遺伝型(遺伝子ネットワ
ーク構造)と表現型(遺伝子発現の空間パタン)の対応の進化を理論的に考察しうる数理モデルを導入する。
パタン形成機構は大きくわけて2つある。1つめは、feed-back loop による Hopf 分岐を介した時空間振動の形成であり、脊椎動物
や短胚型昆虫の体節形成へ関与が示唆されている。
2つめは、正負の発現調節の組合せによる Feed-Forward Loop(FFL)機構である。1 つの FFL から1本のストライプ発現パタンを形
成し、多数の FFL の絡みあいは多数のストライプを形成しうる。長胚型昆虫の体節形成へ関与が示唆されている。
前者が生成するストライプは特徴的な波長を持つが数の制御が困難であり、一方、後者はストライプの数がネットワークトポロジー
に埋め込まれ、数をきっちり決められる。
遺伝型に突然変異を導入し、ある fitness の下で表現型を選択する。これを進化の一世代として繰り返す。この進化モデルに現われ
る以下の現象を報告する。
(1)発現パタンのストライプの数や突然変異率に応じて、どちらの機構が優勢になるか。
(2)ショウジョウバエ等にみられる発現パタンの空間階層性を生みだす仕掛が後者の機構に必須であること、及び、その仕掛は pairrule mutant の発現パタンを再現できること。
(3)遺伝的多様性に対する表現型の頑健性が、与えた fitness よりずっと強い拘束をともなって現れること。
(4)発生(パタン形成)過程の過渡状態でのみ現れる表現型の可塑性。
114
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
【P1−64】体表模様の基本的デザインは変化しにくい?:分子系統解析によって明らかとなったテンジ
クダイ属魚類における体表模様の進化パターン
馬渕浩司(1)*,奥田 昇(2),西田 睦(1)
(1) 東大海洋研
(2) 京大生態研
テンジクダイ属魚類は、熱帯から温帯の浅海域に生息する小型の魚類である。ほとんどの種が、それぞれに特徴的な縦縞あるいは横
縞の体表模様を持っており、模様の進化を考える上で大変興味深いグループであるが、170 種以上を含む本属の種間の系統関係につ
いては、骨学的特徴に基づいて 10 の亜属が認識されているのみで、その大枠さえ未解明のままであった。そこで本研究では、本属
における体表模様の進化パターンを明らかにするため、ミトコンドリア DNA にもとづき種間の分子系統解析を行った。本属の約 70%
の種(約 120 種)は、Ostorhinchus という一つの亜属に分類されている。本研究では、この大きな亜属に分類される 32 種の他に、4
亜属 11 種を解析に含めた。12S rRNA 遺伝子から 16S rRNA 遺伝子にかけての約 1500 塩基に基づいて系統解析を行ったところ、
Ostorhinchus 以外の 4 亜属はそれぞれ単系統群を形成する一方で、Ostorhinchus は、単系統でない 3 つのクレードに分かれた。
このうちの 2 つは、それぞれ縦縞、横縞の体表模様を持つ種のみを含むクレード(それぞれ 20 種と 10 種)となり、縦縞、横縞といっ
た基本的デザインは、それぞれのクレード内で歴史的に保持されていることが判明した。一般的な分子時計を適用すると、基本的デ
ザインは 2 千万年以上にわたって保持されているという結果となった。
【P1−65】日本産カワヤツメ(Lethenteron japonicum)のHox遺伝子の単離と発現パターンの解析;脊
椎動物におけるHoxコードはいかにして進化したか
瀧尾 陽子(1), Massimo Pasqualetti(2), 工樂 樹洋(1), Fillipo Rijli(3), 倉谷 滋(1)
(1)理研CDB (2)Universita di Pasa, Italy (3)Institute of Genetics and Molecular and Cellular Biology
Hox遺伝子は前後軸に沿ったボディープランを決定するマスターコントロール遺伝子であり多くの後生動物に保存されている。この
遺伝子は1つの染色体上に数個並んで存在し、その染色体上の並び順に動物の前方から後方へ入れ子式の発現をすることにより形態
を決定する。またこの発現パターンをHoxコードと言う。特に脊椎動物の頭部では咽頭弓(PA)に対応した発現パターンが解析さ
れており、頭部形態の成立と進化の理解の礎となっている。ところでアゴを持つ脊椎動物、すなわち顎口類では最も前端の咽頭弓
(PA1)にHox遺伝子は発現せず、その領域にアゴが形成される。ではアゴをもたない脊椎動物すなわちヤツメウナギのPA1はどの
ように特異化されるのだろうか。この動物における咽頭弓のHoxコードはどのようなパターンだろうか。そこで我々は日本産カワヤ
ツメ(Lethenteron japonicum)を用いてHox遺伝子(LjHox)を12個単離し、発現パターンを調べるためin situハイブリダイゼー
ションを行った。その結果LjHox遺伝子はPA1に発現せずLjHox2, LjHox3dは顎口類に見られるのと同様の発現パターンだった。こ
れらの結果よりアゴの成立に係わらずヤツメウナギと顎口類の分岐前にPA1, 2のHoxコードは成立していたと考えられる。また他の
LjHox遺伝子の発現パターンについて解析結果を報告する。
【P1−66】棘皮動物における幼生骨片の進化
松原未央子(1)*,赤坂甲治(2)*,小松美英子(3)*,和田洋(4)*
(1)京大院 理
(2)東大院 理 (3)富山・理
(4)筑波大院 生命環境
棘皮動物の成体は共通して骨片をもつが、幼生期ではヒトデ幼生のみ骨片を形成しない。幼生が骨片を形成するウニでは、Ets と Alx
遺伝子が転写因子として幼生骨片形成に関与し、骨を形成する一次間充織細胞で発現することが報告されている。また、ウニでは幼
生と成体の骨形成では共通の骨片マトリックスタンパクがはたらいている。
本研究では、Ets と Alx がどのように幼生の骨形成に関与してきたのか、そして棘皮動物の幼生の骨がどのように進化してきたのか
を解明するために、幼生が骨を形成しないヒトデ胚と骨を形成するクモヒトデ胚において Ets と Alx の発現を調べた。Ets の発現は、
ヒトデ胚およびクモヒトデ胚のどちらにおいても間充織細胞と胞胚腔内に陥入した原腸で確認された。一方、 Alx はクモヒトデ胚に
おいて、ウニ胚と同様に間充織細胞のみで発現していたが、ヒトデ胚では原腸先端の細胞と第三体腔嚢で発現していた。
115
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
以上の結果から、幼生骨片の有無に関わらず、棘皮動物において Ets と Alx が幼生の中胚葉性細胞の分化に関与していることが示唆
された。棘皮動物の幼生骨片は、幼生の中胚葉の分化に関与している転写因子の下流に成体の骨片マトリックスタンパクが異時的に
発現することによって獲得されたことが推測された。
【P1−67】遺伝子発現制御機構の保存性から見たヒトの眼の進化
小倉淳 (1,2) *, Choy KW (3), Wang CC (3), 池尾一穂 (4), Pang CP (3), 五條堀孝 (4)
(1)東北大院・生命科学 (2)Organismic and Evolutionary Biology, Harvard Univ. (3)Ophthalmology and Visual Sciences (4)国立遺伝学
研究所・
生命情報・DDBJ研究センター
ヒトのカメラ眼は高度に発達した器官で、その進化過程はDarwinの時代より議論の対象となってきた。近年、眼の発生に関わるマ
スターコントロール遺伝子(Pax6)とそれに続く遺伝子ネットワークが解明され、さまざまな動物の眼における遺伝子発現情報も明ら
かになってきている。次の目標は、ヒトの眼における遺伝子発現制御機構の全容とその進化過程の解明だと考えられる。そこで、わ
れわれは、ヒトの胎児の眼のEST配列を15,809本決定することによって、眼の発生に関わる遺伝子の同定を行い、それらの遺伝子発
現制御機構の進化過程を解析した。その結果、カメラ眼を持たない無脊椎動物などでの遺伝子の保存性は多くて30%であるのに対
し、カメラ眼が脊椎動物において確立した魚類で68%の遺伝子が保存されていることをわかった。また、遺伝子発現制御機構のひ
とつであるmicroRNAに注目したところ、ヒトの遺伝子全般では約20%がmicroRNAによる遺伝子制御を受けているのに対し、ヒト
の眼で発現している遺伝子では約30%がmicroRNAに制御を受けている可能性があり、これらの眼の遺伝子は魚類以降で保存性が高
いことを見出した。このことは、microRNAがカメラ眼の進化過程の初期段階から寄与していた可能性を示唆する。ポスター発表に
おいては上記解析を報告するとともに、眼の進化過程に関する考察を発表する。
【P1−68】アブラムシにおける翅多型の発生制御機構
本郷紗希子(1)*,石川麻乃(2),嶋田正和(1),松本忠夫(3),三浦徹(2)
(1)東大・総合文化 (2)北大・地球環境 (3)放送大
環境に応じて表現型を不連続に切り替える現象を表現型多型といい,昆虫類で多く知られている.アブラムシに見られる多型は,
同一の遺伝子型をもつ個体が環境条件や季節によって様々な表現型示す表現型多型の代表例であるが,詳細な発生機構については信
頼に足るデータは得られていない.一方で,アブラムシは胎生単為生殖による旺盛な増殖力を示し,遺伝的に均一な集団を容易に飼
育できるため,好適な実験材料である.
本研究では,有翅/無翅型の発現機構解明の基礎を築くため,エンドウヒゲナガアブラムシ Acyrthosiphon pisum とソラマメヒ
ゲナガアブラムシ Megoura crassicauda の2種のアブラムシにおいて翅多型の誘導系を確立し,翅型による発生過程を組織形態学
的に詳細に整理した.今回の飼育実験では,密度条件の調節や幼若ホルモン阻害剤の投与により,ある程度の翅型誘導が可能となっ
た.また,高密度による有翅型の誘導決定の時期は,2種のアブラムシ間で異なることが示された.
さらに,密度条件により誘導した個体の胸部の,走査電顕および組織切片の観察により,有翅3齢幼虫期には翅芽が明確に出現し,
翅及び飛翔筋の発生が進むが,これ以前に翅型依存の発生機構が発動することが示唆された.本研究ではこれらのデータをベースと
した分子機構解明にも着手しており,翅多型の発生機構と進化過程の解明のための手がかりとしたい.
【P1−69】DDC モデルの予測に基づく重複遺伝子の発現パターンの検討
佐藤行人(1)*, 西田睦(2)
東大・海洋研
重複直後の遺伝子が偽遺伝子化せずに維持される機構として,調節領域の相補的な欠失が重要な役割を果たすという DDC モデル
(duplication-degeneration-complementation model)が提起された.これは,重複した遺伝子が祖先遺伝子の発現パターン(発
116
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
現組織や発現時期など)を分割・シェアすることによって,両方とも不可欠な遺伝子として維持されるというモデルである.この考
え方に従うと,例えばある単系統の生物群が,機能は似ているが発現組織の異なる重複遺伝子(例えば酵素などの組織特異的アイソ
フォーム)を共通して持っている場合,そのなかのどの系統をみても重複遺伝子の発現パターンは相互にはっきりと異なっているは
ずであり,「はっきりしない」中間段階の様相を示す系統はないはずだと予測される.そこで我々は,硬骨魚類(条鰭類)に着目し
て「原始的」な系統から「派生的」な系統まで広くカバーしたタクソンサンプリングを行い,それらについて,魚類特異的な重複遺
伝子である PGI(グルコース 6‐リン酸異性化酵素:E.C. 5.3.1.9)の発現パターンを RT-PCR により検討している.この結果に基
づいて,上述の DDC モデルに基づく重複遺伝子の発現パターンについての予測が,支持されるか否かを報告する.
【P1−70】哺乳類の進化の初期にゲノムから二次的に失われた発生関連遺伝子
工樂 樹洋*、薄田 亮、倉谷 滋
理研 CDB
遺伝子が「ない」ことを示すのに、完全ゲノム配列は必須である。我々は、カメ類に属するニホンスッポンから、他の羊膜類におい
て報告のない新規 Wnt サブタイプ遺伝子を同定し、Wnt11b と名付けた。分子系統解析により、この遺伝子は、ゼブラフィッシュ
の wnt11(silberblick)とアフリカツメガエルの Xwnt11 のオーソログであることが示された。また、これまでに配列の報告のなかっ
たニワトリにおいても、そのオーソログがゲノム中に存在し、mRNA として発現していることを確認した。このように、Wnt11b
サブタイプの遺伝子は、硬骨魚類・両生類・鳥類・爬虫類のゲノム中には存在するのだが、ヒト・マウス・ラット・イヌなどゲノム
配列情報の豊富な哺乳類のゲノム配列中には見つからず、これらの哺乳類の共通祖先より以前の段階でゲノムから失われたと推測さ
れる。さらに、ニワトリ Wnt11b の発現パターンを解析した結果、実は、この Wnt11b 遺伝子をゲノム中に保持している生物間で
も、それらの発現パターンは大きく異なっており、もともと弱い制約下にある遺伝子であった可能性が示唆された。同様に、哺乳類
の進化のおそらく初期にゲノムから二次的に失われた遺伝子を insilico 解析によって複数同定したので、そのうち、特に発生に関連
するものに焦点を絞り報告する。
【P1−71】二枚貝類の蝶番の起源とhedgehogシグナルとの関係について
栫 昭太(1)* , 和田 洋(2)
(1)京都大院 理
(2)筑波大 生命環境科学
軟体動物は多様な殻形態が特徴的な動物群であり、殻形態多様化の背景にある発生機構の進化を明らかにすることは進化生物学上重
要な課題である。本研究では、特に二枚貝類の起源に着目している。二枚貝類はその進化過程において、単板類様の一枚の殻板を持
つ祖先から、蝶番により背側中央が左右に分割されることによって二枚の殻へと進化したと考えられている。二枚貝類への進化の背
景を明らかにする上で、蝶番形成機構の起源を明らかにすることが必要である。そこで、腹足類のベリジャー幼生における腹側中央
線が二枚貝類の蝶番の起源であるかどうか検証するため、腹足類の腹側中央線に発現しているhedgehog遺伝子の発現解析を二枚貝
類であるケガキ胚において行った。その結果、蝶番が出現する直前に蝶番の後端部分にのみ発現が見られた。その後蝶番の出現と同
時に、蝶番の前端と後端部分にのみ発現が見られた。以上の結果から、Hedgehogシグナルが蝶番形成において何らかの役割を果た
していることが示唆された。さらにHedgehogシグナルの蝶番形成における役割を理解する上で、Hedgehogシグナルの機能阻害実
験を進めている。また、腹足類の腹側中央線に類似した発現パターンが見られなかったことから、腹側中央線と蝶番との相同性につ
いては不明であるが、腹側中央線の系譜に発現するbrachyuryの発現解析により検証を行うこととする。
【P1−72】哺乳類ゲノム中の遺伝子クラスタの進化における遺伝子変換の役割
原雄一郎*, 小柳香奈子, 渡邉日出海
北大院・情報科学
脊椎動物のゲノム中には、相同遺伝子が局所的に多数重複して形成された遺伝子クラスタが数多く存在し、例えばヒトゲノム中には
117
第 7 回日本進化学会 2005 年 8 月 26 29 日 東北大学
約1,100クラスタ(約 3,300遺伝子)存在する。これらの遺伝子クラスタの多くは、様々な系統間でその構造が保存されている。そ
の一方で、このような遺伝子クラスタの構成遺伝子における分子系統解析によると、種分岐よりもはるか後に重複したように見える
ものが、構成遺伝子の大きな割合を占めている。このような、一見相矛盾するように見える進化的特徴を持つ遺伝子クラスタの進化
機構として、遺伝子変換や不等交叉による協調進化と、遺伝子重複と欠失の繰り返しによる”birth -and-death”という2つのモデル
が考えられている。だが、どちらがクラスタ構成遺伝子の進化の主要な力であるかは、未だ解明されていない。そこで、遺伝子変換
が遺伝子クラスタの進化において主要な役割を担っているかを、ヒトゲノムおよびマウスゲノムのデータを分子進化学的手法を用い
て解析し、クラスターの構成遺伝子間に起きた遺伝子変換を検出することによって調べた。その結果、系統特異的に重複した遺伝子
を持つクラスタのほとんどにおいて、遺伝子変換の明らかな証拠が見つかった。さらに、いくつかのクラスタにおいては、ヒトとマ
ウスの種分岐以前に起きた遺伝子変換も見つかった。このことから、遺伝子変換がクラスタ構成遺伝子の均一化に多大な役割を果た
し、いくつかのクラスタにおいては、構成遺伝子の均一化がヒトとマウスの種分岐以前から続けられてきたことが強く示唆される。
【P1−73】遺伝子-代謝相互作用ネットワークの進化
星野 英一_
東京大院 総合文化
【P1−74】変動する選択下で遺伝子重複により遺伝子ネットワークが成長する
津田真樹*, 河田雅圭
東北大院・生命科学
表現型の下にある遺伝子ネットワークの構造は表現型レベルにかかる選択によってどのような影響を受けるのだろうか。これは
遺伝子ネットワークの構造がどのような選択のもとで進化したのかを知る上で重要な問題である。遺伝子ネットワークの構造の進化
においては、相互作用の獲得や喪失、遺伝子重複、遺伝子欠失などが重要であるが、特に遺伝子重複は我々の持つ遺伝子の多くが重
複由来であることなどから注目を集めてきた。しかし、遺伝子ネットワークの進化において、重複遺伝子がどのような利点をその保
持者にもたらすのか、また、どのような条件下で重複遺伝子が集団中に保持されるのは明らかではない。
本研究では、表現型遺伝子の発現を制御する転写制御ネットワークを組込んだ一般的な表現型の進化モデルを用いて、集団を安定
化選択および、世代毎に適応度のピークの位置が変動するような選択下(変動選択)で進化させた。
その結果、遺伝子重複が起きない場合は、安定化選択および変動選択の間で同様にネットワークが縮小し、進化の結果生じるネッ
トワークの構造に差がみられなかった。しかし、遺伝子重複がある場合には、安定化選択では遺伝子ネットワークが縮小するが、変
動選択では重複遺伝子が集団中に保持・増加することでネットワークが成長するような進化が起きた。このことから、選択の方向が
常に変動するような環境では、複雑なネットワークを持つ個体が有利であり、そのため重複遺伝子が集団に固定したものと考えられ
る。
【P1−75】タンパク質間相互作用ネットワークの進化のモジュラー性と階層性
荻島創一(1) *, 中川草(1), 長谷武志(1), 鈴木泰博(2), 田中博(1)
(1)東京医科歯科大院・システム情報生物学/生命情報学 (2)名古屋大院・複雑系科学
我々はY2Hなどによる網羅的なタンパク質間相互作用ネットワーク(protein interaction network: PIN)の進化的な解析を進めている。
前回大会で、酵母のPINでは、構成するタンパク質の系統プロファイルから、高い次数をもつハブのタンパク質が進化的に新しいこ
と、また、複合体は進化的に同時期に出現したタンパク質で構成される顕著な傾向があることを示した。今回、我々は、多重遺伝子
族についても解析し、これらが進化的に同時期に出現したタンパク質で構成される顕著な傾向があることがわかった。また、遺伝子
発現プロファイルから、同時期に発現する遺伝子がコードするタンパク質が進化的に同時期に出現し、クラスターを構成する傾向が
あることがわかった。これらの結果は、PINが複合体や多重遺伝子族などの機能単位で、モジュラーに、階層的入れ子構造をとって
118
第 7 回日本進化学会 プログラム・講演要旨集
進化してきたことを示唆している。我々は、また、構成するタンパク質の進化速度から、これらの進化速度と結合次数は有意な相関
がないことがわかった。この進化速度とモジュラー性との関係の考察、線虫とショウジョウバエのPINについて酵母のPINと同様の
進化解析をおこなった結果も報告する。我々は、これらのタンパク質間相互作用ネットワークの進化解析を通じて、生物進化をネッ
トワーク(システム)として捉えることを目指している。
119