女性の就業や家族が出産時期に与える影響の分析

女性の就業や家族が出産時期に与える影響の分析
Effects on timing of childbirth caused by woman’s job or family
03_22761 松浦庸介 Yosuke Matsuura
指導教員 田中隆一 Adviser Ryuichi Tanaka
指導教員 樋口洋一郎 Adviser Yoichiro Higuchi
研究の目的と背景
1.1
背景
日本の合計特殊出生率は第 1 次ベビーブームを境にして基
本的に戦後一貫して低下し続けている。特に 1974 年以降は人
口置換水準を恒常的に割り込むようになり、2003 年には合計
特殊出生率は 1.29 にまで低下した。そして 2005 年に行われ
た国勢調査では人口減少が始まっていることが判明した。
しかしここ数年は出生率低下のペースは落ちてきていて、
2006 年 2 月からは若干上昇している。ただし今後もこの傾向
が続くのかどうかは不明である。また上昇したといっても人
口置換水準を下回っていることには変わりがないので、今後
も人口減少が続くだろうと予想される。
人口が減少することで将来の労働力不足や年金制度・税制
の崩壊などが懸念されている。更にこれらの不安による景気
の悪化なども危惧されているという状況である。
1.2
既存研究の整理と本研究の目的
現在まで少子化について数多くの研究がなされていて、少
子化には以下の 2 つの大きな要素があることが知られている。
1.
子供がいる人の子供の数が減少している
2.
子供が一人もいない人の数が増加している
日本における少子化の要因としては、子供がいない人の増加
が大きいということが知られている。
また出産時期が遅れてきていることもわかっており、また
遅くなりすぎると子供が欲しいと思っていた人でも欲しくな
くなってくることが樋口ら (2004)で示されている。つまり出
産時期の遅れから結果として子供の数の減少に至ることもあ
る。そこで第 1 子出産の時期が変化しているのかどうかを見
ていくこととする。
1.2.1
第 1 出産時期の変化に関する先行研究
第 1 子出産までの期間を対象に分析を行った先行研究には、
永瀬 (1999)、阿部 (2005)などがある。
永瀬は出産時に離職する確率が高い場合や離職での逸失利
益が高くなる場合に出産が遅延するとした。また同居の家族
による育児が期待できる場合も出産時期が早まる。すなわち
育児コストがあまりかからない人ほど出産時期が早いとして
いる。
阿部は収入や職業からの影響が世代間で異なるかどうかと
いう点に着目して分析を行っている。その結果変数の影響自
体には世代間で差が無く、近年の出生率低下は就業状態や収
入の低下による割合が大きくなっているためとわかった。
1.2.2
本研究の特徴
本研究では第一にこれまであまり変数として用いられてい
なかった「きょうだいの数」が第 1 子出産時期にどのような
影響を与えるかを調べる。
例えば他のきょうだいが先に出産を行うことで、育児の情
報をあらかじめ入手できるために出産のコストが減少する可
1
能性がある。逆に子育てについて知ってしまったがために、
子育てを嫌って育児の心理的コストが上がってしまうかもし
れない。あるいはある程度年の離れたきょうだいの場合は親
に子守の手伝いをさせられて、子育ての「予習」が行われて
出産のコストが減少する可能性がある。よってきょうだい数
を含めて分析するということは有用であると考える。
きょうだい数は過去の一人当たりの子供数を示すが、これ
が出産行動に与える影響が分かれば、過去の出生率が将来の
出生率にどんな影響を及ぼすかを見ることができる。
第二に学校を卒業してから結婚を経て、出産にいたるまで
の期間を統合的に分析する。日本では結婚したからといって
必ずしも子供を持つわけではないが、逆に子供を持つ際には
その前に結婚する割合が非常に高い。そのため結婚すること
と出産することの間に強い影響があることが予想されるので、
分解して考えることが必要になってくる。
2
分析モデル
2.1
モデルの紹介
本研究ではハザード分析を行う。この中でも「Cox の比例
ハザードモデル」というモデルを利用している。ハザード分
析とは「サンプルに不可逆的現象がおきるまでの期間」に説
明変数が与える影響を探るためのものである。本研究の基本
的な方針は、第 1 子出産を不可逆的な現象として第 1 子出産
までの期間に説明変数がどんな影響を及ぼすかを調べること
である。ハザード分析のメリットは、観測時点で子供がいる
人もいない人もあわせて分析することができるという点であ
る。モデルの詳細
モデルの式は以下のようになっている。この式の β を最尤
推定することが目標である。
λi ( t ) = λ ( t ) exp ( βxi ')
λi ( t ) : ハザード関数
λ ( t ) : ベースラインハザード
(
)
xi = ( xi1, xi 2 ,", xip ) : 説明変数ベクトル
β = β1, β 2 ," , β p : 係数ベクトル
ハザード関数 λi ( t ) はサンプル i について t 期で第 1 子が生ま
れる確率である。ベースラインハザードは説明変数がハザー
ド関数に影響を与えない場合のハザード関数を示している。
このモデルではベースラインハザードはすべてのサンプルで
均一と仮定している。一般的なハザード分析ではベースライ
ンハザードを何か仮定する必要があるが、Cox の比例ハザー
ドモデルではベースラインハザードを含まない尤度関数で β
を推定することが可能なので仮定が不要である。
2.1.1
係数と期間の関係
ここで説明変数の値が動いたときにどれだけ被説明変数が
変動するかを考えてみる。ここでは簡略化のため説明変数が
1 つのみとして考える。説明変数が Δx 大きくなったとすると
λ ( t ) exp ( β ( x + Δx ) )
λ ( t ) exp ( β x )
= exp βΔx
より被説明変数は ( exp β )
Δx
倍になることが分かる。つまり 1
期あたりの第 1 子出産確率が ( exp β )
Δx
倍になる。
利用した変数
3.1
データについての情報
本研究ではデータとして日本版General Social Surveys(以下
JGSS) i の 2000∼2002 年のデータをプールして用いた。サンプ
ルは最終学歴が新制学校卒である女性である。
3.2
変数についての情報
3.2.1
被説明変数
被説明変数は
学卒後第 1 子出産まで(子供がいない人は調査まで)の年数
である。なお本研究で利用したデータセットには学校卒業年
齢が含まれていないため、卒業年齢を表 1 のように
表 1
15
中卒
18
高卒
短大・高専卒 20
22
大卒
24
大学院卒
とみなして分析している。
3.2.2
説明変数
説明変数は表 2 のとおり
表 2
教育変数 教育年数
初職変数 正規就業 ii ダミー
非正規就業 iii ダミー
時代変数 1986∼1990 年卒ダミー 1991 年∼卒ダミー
収入
世帯年収(万円)
交差項
初職正規かつ 86∼90 年卒ダミー
初職非正規かつ 86∼90 年卒ダミー
初職正規かつ 91 年∼卒ダミー
初職非正規かつ 91 年∼卒ダミー
1986∼1990 年卒と 1991 年∼卒を分けるのは、前者は男女雇
用機会均等法の影響をみるため、後者は不況の影響をみるた
めである。
4
結果と考察
4.1
結果
分析の結果は表 3 iv のとおり
表 3
説明変数
係数
0.0404 ***
教育年数
-0.1075
初職が正規
-0.0638
初職が非正規
0.1178
86∼90 年卒
-0.3016
91 年卒∼
-0.5938
86∼90 年卒かつ初職が正規
0.2398
91 年卒∼かつ初職が正規
-0.4887
86∼90 年卒かつ初職が非正規
0.1824
91 年卒∼かつ初職が非正規
0.0003 ***
収入
0.0388 **
兄・姉の数
0.0455 **
弟・妹の数
2062
サンプルサイズ
Log likelihood
-11530.79
4.2
考察
まず教育期間が長くなると第 1 子出産までの期間が短くな
ることが分かる。これは出産できる年齢には限界が存在する
ためであると考えることができる。
次に世帯年収も有意に第 1 子出産までの期間を短くしてい
る。これは子供を育てていくにはそれなりの収入がいると考
3
えれば当然である。
きょうだい数は有意に正であるが、弟・妹の数のほうが強
い影響を及ぼしている。これは子育ての練習が行われたとい
う仮説と整合的である。
5
結婚に関する分析
このほかに「学卒後結婚まで」の年数と「結婚後第 1 子出
産まで」の期間についても同様の説明変数で分析を行ってい
る。
「世帯年収」
・
「きょうだい数」についてはどちらも正に有
意(つまり結婚・出産までの期間を短縮する)だった。
しかし教育期間については結婚までの期間は正に有意であ
るが、結婚から第 1 子までの期間には負に有意な結果が出て
いる。つまり教育期間が高い人ほど学校卒業後から結婚まで
の期間は短くなるが、結婚してから第 1 子を出産するまでの
時間が長くなるということである。
6
結論
きょうだい数は結婚までの期間と出産までの期間を短くす
る。また結婚までにより強い影響を与えるが、この理由は断
定することができない。
教育期間は結婚までの期間を短くし、結婚から出産までの
期間を長くするが、教育期間が長い人ほど仕事を辞める際の
逸失利益が大きくなるため、出産に二の足を踏むのではない
だろうか。しかし結婚は必ずしも退職を伴うわけではないの
で行われやすいと予想される。
7
今後の課題
仮説における「子守」の効果は弟・妹との年齢がかなり離
れていないと期待できないが、今回利用したデータではそう
した情報がないので、はっきりと影響を確認するためには別
のデータセットが必要である。
結論では結婚時に仕事を辞めることがない、としたが以前
は「寿退社」を行う例も数多くあったため結婚した時代によ
ってはこの論理は弱くなってしまう。
また今回は女性のデータしか利用しなかったが、配偶者の
情報も含めて分析を行うことが必要とも思われる。ただしそ
の場合離婚・死別の場合の対応が問題になるだろう。
8
参考文献
・ 阿部正浩 ,2005, 雇用と所得の環境悪化が出生行動に与え
る影響−出生率低下の一背景,「少子化の要因と少子化社
会に関する研究会」報告書,pp97-114
・ 樋口美雄ら編,2004,女性たちの平成不況,日本経済新聞社
・ 柳井晴夫ら,1986,多変量解析ハンドブック,現代数学社
・ 永瀬伸子,1999,少子化の要因:就業環境か価値観の変化か
―既婚者の就業形態選択と出産時期の選択― , 人口問題
研究,55 巻 2 号,pp1-18
i
〔二次分析〕に当たり、東京大学社会科学研究所附属日本社会研究
情報センターSSJデータアーカイブから「日本版総合的社会調査」
(大
阪商業大学地域比較研究所・東京大学社会科学研究所)の個票データ
の提供を受けました。
日本版 General Social Surveys(JGSS)は、大阪商業大学比較地域研
究所が、文部科学省から学術フロンティア推進拠点としての指定を受
けて(1999-2003 年度)
、東京大学社会科学研究所と共同で実施して
いる研究プロジェクトである(研究代表:谷岡一郎・仁田道夫、代表
幹事:佐藤博樹・岩井紀子、事務局長:大澤美苗)
。東京大学社会科
学研究所附属日本社会研究情報センターSSJ データアーカイブがデ
ータの作成に協力している。
ii
「会社経営者・役員」ないし「常勤従業員」
iii
「臨時雇用・パート・アルバイト・派遣社員」のいずれか
iv
分析結果の*の数は有意水準を表す。*:10%、**:5%、***:1%