日本の臨床試験制度と薬事法

コラム:医療と法
「日本の臨床試験制度と薬事法」
川上 浩司
京都大学医学研究科・薬剤疫学 教授
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日本における臨床試験制度の現状
現在の日本の薬事法は、医薬品等を繰り返して製造し、国内において販売・流通させるという製造販売
業を規制している。それゆえ、規制の対象は大学等研究機関ではなく、営利企業(製薬企業)となってい
る。薬事法の規定内で、国(厚生労働大臣)からの承認を受けることを目的とした臨床試験は、
「治験」と
よばれており、承認後は薬価収載されて国内の医療機関での当該医薬品の使用が可能となる。この場合、
治験としての臨床試験の実施、および治験終了後には独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)
での審査を経ることになっている。数年前の薬事法改正で、企業のみならず大学病院等の医療機関が医師
主導治験として PMDA に届出と審査を求めることもできるようになった。
しかしながら、未承認の新規有効成分であっても、薬事法外の医療行為として大学等が狭義(開発型)
の「臨床研究」として実施する場合には、遺伝子・細胞治療品目以外は行政への届出や審査は受けない。
「臨床研究」として、治験ではなく開発を行った場合のゴールは、先進医療のように特定療養費制度のも
とで当該医療施設だけで国からの医療費が受けられるというものになる。この「臨床研究」を実施するた
めには、臨床研究の倫理指針を遵守する必要はあるが、実施要件に Good Clinical Practice(GCP)は課
せられていないために、実施ハードルは低い。そのかわり、得られた臨床データは、科学的品質が担保さ
れているとはみなされず、日本あるいは諸外国の行政当局における医薬品としての承認審査に使用するこ
とはできない。
治験と(未承認薬を用いた)
「臨床研究」というダブルトラックの存在は、研究機関における混乱、また、
近年の臨床研究倫理指針の改正によって改善されたものの、被験者保護の観点、臨床試験の国内統一デー
タベースの不備といった問題を抱えている。しかし、最大の問題は、
「臨床研究」として新規医薬候補品の
臨床試験を実施しても、通常その臨床データは国内外の行政当局からは GCP に則る科学的データとはみな
されず、以後開発の進行のためにはその後で治験を実施し直さなければならないということである。
さて、医薬品産業の特徴とは、強力な物質特許があれば市場を形成することができるということである。
極言すれば特許 1 対市場 1 対応型産業であり、特許出願してから最長 25 年という期間の間に少しでも早く
臨床試験を実施し、承認取得をしないと市場において臨床試験等でかかった開発投資費用を回収すること
ができない。特許が切れるとジェネリック医薬品が市場に参入し、当該医薬品の売り上げが 2-3 割となっ
てしまう。しかしながら、「臨床研究」としての開発をスタートしてしまうと、「臨床研究」として良好な
データを取得することが出来たとしても、治験として臨床試験を行う場合と比較して、治験への乗り換え
などの必要により臨床試験のスタートから終了までに時間がかかり、特許の取得から実用化後の商業年数
が必然的に減少してしまう。
「臨床研究」を実施していると、特許年数が減少してしまうために、大学など
の研究機関で研究された素晴らしい成果の応用化を、
「臨床研究」ののちに製薬企業が開発を継承するイン
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Medical-Legal Network Newsletter Vol.13, 2012, Jan. Kyoto Comparative Law Center
センティブも失われてしまうのである。
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米国における臨床試験、医薬品審査の根幹となる IND 制度
米国では、連邦政府食品医薬品庁(Food and Drug Administration; FDA)が医薬品行政の拠りどころと
する医薬品・バイオテクノロジー医薬品における Investigational New Drug (IND)制度においては、未
承認薬および生物製剤を用いた臨床試験を行う際には、その申請元(スポンサー)が大学、研究機関、バ
イオベンチャー、製薬企業といった形態にかかわらず、FDA に全例申請をし、科学的審査と臨床試験開始
の認可を受ける必要がある。つまり、日本のように製造販売業の規制によって薬事法を形成しているので
はなく、国民の健康の保護を第一の目標としている Food, Drug, and Cosmetic (FD&C) Act および Public
Health Service (PHS) Act を根拠法とする FDA は、臨床試験の開始が許可されてフェーズ 1、2、3 と進行
し、最終的に承認申請が行われる段階にいたるまで、FDA(行政)側はスポンサー側に対して行政側の科学
者として積極的にアドバイスを行い、営利企業のみならず大学等研究機関と二人三脚で医薬品開発を行っ
ているという特徴があるといえよう。
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日本における臨床試験制度のあり方
日本の臨床試験制度の抜本的な改革のためには、PMDA の組織改革や強化が最重要というわけではなく、
米国 FDA が運用している IND という制度を日本の現状に即して運用できるようにすることにその本質があ
る。すなわち、大学等研究機関で活発に実施される「臨床研究」を GCP で実施することによって、またそ
の支援を規制当局がおこなうことによって、シームレスにその成果をフェーズ 2、フェーズ 3 といった企
業主体の治験へと繋いで特許期間を無駄にすることなく少しでも早く医学研究の成果を社会還元、市場導
入することが肝要である。
私は、検討すべき事項としては、(i)薬事法を改正する。現行では、製造販売の規制を眼目としている
薬事法を、国民の健康を守るという定義とし、そのなかで研究者主導の「臨床研究」にも同様に GCP を課
す。米国の IND 制度と同様になる。これによって結果的にはアカデミアの国際競争力を高める。あるいは、
(ii)いわゆる Investigator(研究者)IND を導入する。すなわち、現行の臨床研究の倫理指針から一歩
踏み出して、研究者主導の「臨床研究」にも同様に(法律で)GCP を課す。これは、被験者保護の法的根
拠にもなる。私は、
(i)
(ii)のいずれかが必要になろうと思う。現在、日本政府は、GCP の認定を特定の
選定医療機関に与え、そこでの臨床試験を開発にあげるという検討をしている。過渡的にはこれでもよい
が、企業との多角的な連携のためには将来阻害要因となるおそれがある。
いずれにしろ、注意しなければならないのは、わが国における GCP を弾力的な運用とすることである。
厳しすぎる管理規制は、臨床試験の推進を阻害してしまう。
発展を否めない科学技術研究の進歩を社会受容し、また日本の将来の産業政策として支援せねばならな
いという二点を念頭に入れたうえで、早急に臨床試験の制度設計、導入を行うことを心より願う。
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Medical-Legal Network Newsletter Vol.13, 2012, Jan. Kyoto Comparative Law Center