いのちの電話の歴史とこれから 田村 毅

vol.75
いのちの電話の歴史とこれから ‥
田村
毅
東京いのちの電話理事
いのちの電話の歴史とこれから
田村
毅
(28才男)どうすれぱいいのか
大学卒業後、プログラマーとして職についたのですが、職場の人間関係がうま
くいかなくなり、うつのような状態になったので、病院に通院するようになり
ました。病院に行くときは調子がいい時でないと行けなかったので(調子が悪
いと動くこともできなかった)、医師からは「君は病気ではない」と投げられ
てしまうことがたびたびでした。
結局何もしないまま薬を飲む生活は調子が悪くなる一方で仕事ができなくな
っていき、心機一転、と転職を繰り返すようになりました。しかし状況は好転
しないまま、2年前全てのことに疲れて大量の薬を飲み、自殺を図り、失敗し
ました。
その後から、ひきこもっています。
最近少しずつやり直そうと言う気持ちにはなったのですが、仕事をするにし
ても情緒不安と対人関係へのトラウマもあったり、家族に相談したのですが、
家族は腫れ物に触るような感じで、どうすればいいのかお手上げの状態です。
相談していて思ったんですが、やっぱり死んだほうがいいですよね。このメー
ルを書いてて絶望感でいっぱいになりました。いい自殺方法を教えてください。
<歴史>
白殺防止活動は英国で始まりました。1953年にイギリス正教会の牧師だっ
たチヤド・バラ氏が、当時の英国社会では犯罪と見なされた「自殺」を語るこ
とができる唯一の場として、「サマリタンズ」という市民活動を始めました。
その後、全世界に広がり、日本でも1971年から東京で「いのちの電話」が
始まり、その後、全国50ヶ所での活動に広がりました。
自殺者の多くは「うつ病」にかかっていると言われます。あるいは多重債務や
不幸な家庭環境など、さまざまな困難な問題を抱えている場合が少なくありま
せん。医療や福祉の専門家でない、一般市民の我々が自殺防止活動など果たし
てできるのでしょうか。そのような疑問を持つでしょう。
その答えは、我々すべてが持っている「心」を使うことです。言葉で説明する
のは簡単ですが、実際にはとても難しいことです。サマリタンズでは、そのこ
とをビフレンディング(こころの友になる)という言葉を使って説明していま
す。人はまわりから切り離され、「孤独」だと感じたとき、生きる意味を見失
い、死に向います。ビフレンディングとは、人と人との心の交流の温もりであ
り、相手の気持ちを心から共感しようとする姿勢のことです。専門家は専門的
な知識を持って白殺を防止します。我々は、専門家とは異なる立場から、自分
の心を使って、他者の心の危機を救うことができます。
しかし、実際に自殺防止はとても勇気がいる活動です。それは、ふたつの勇気
を意味します。
ひとつは、支援する相手と「自殺」について語ることです。相手に「あなたは
死にたいと思いますか?」と尋ねることができますか?それはとても困難なこ
とです。しかし、それが自殺防止の基本のひとつと言われています。
もうひとつは、自分自身の心をよく見つめることです。相手を理解し、共感す
るためには、まず自分白身を理解し、白分の気持ちに共感できることがとても
大切になります。
人の心は複雑で、矛盾しています。誰でも、生の欲求・つまり「生きたい!」
と願うのと全く同時に、死の欲求、あるいは生きているのが困難なほど辛いと
いう気持を抱きます。白分の心の光と影を見つめ、それを自分白身で受け入れ
ることが大切です。その時に、初めて、他人の心の影を本当に理解し、共感す
ることができます。
なぜ、あなたはここにいるのでしょうか。なぜ、あなたは自殺予防に関心があ
るのですか?まず、そのことをよく考えてみましょう。そして、そういう自分
白身を受け入れることが大切です。
<これから>
メール相談は、1年ほどの試行期間を経て、平成19年9月から本格的に稼
動しました。 現在、月に百件前後の相談を受け付けています。若い世代から
の相談が多く、全体に占める割合は、10代が1割、20代が4割、30代が
3割ほどです。「死にたい」気持を表す割合も高く、電話相談は1割ほどです
が、メール相談では3割にも達します。
文字で表現するメール相談は、記録が残ります。また、かけ手と受け手が時
を同じにしていませんから、その場での共感ができません。電話相談に慣れて
いる我々にとってメール相談はかなり様相が異なります。
電話では、ひとりの相談員が相手と向き合います。メールでは、お返事を送
る前に、シェアリングといって、必ず他の相談員たちと一緒に返事の文章を分
かち合います。ひとりで返事を書くのは心配がつきまとうものです。シェアリ
ングでは、返事を書いた相談員の共感する気持を尊重し、それがかけ手にうま
く伝わるかどうかを仲間同士で確認します。かけ手の気持ちと同時に、相談員
の気持ちも両方を尊重するためには、相談員同士の深い信頼関係が大切です。
これからも、インターネットなど新しい通信技術はどんどん進んでゆきます。
若い世代は電話離れが進んでいます。人によって、電話とネットのどちらが向
いているか異なるでし。よう。そのような多様な二一ズに合わせて、いのちの
電話の活動も進化していくことが大切です。
大切なポイントは、相談員同士の連携です。電話とネットのどちらを好むか
ということは、かけ手の選択であると同時に、我々相談員の選択でもあります。
新たな活動は、新たな可能性と共に、新たな不安や心配ももたらします。今後
も、賛否両論、いろいろな考えを持つ相談員たちがお互いの理解を深めるため
の対話を続けることが大切です。
東京多摩いのちの電話前期研修よ
り
注:東京多摩いのちの電話ではメール相談は行っておりません。
プロフイール
田村毅(たむらたけし)
・筑波大学医学専門学群博士課程卒 英国ロンドン大学に留学
・東京学芸大学教育学部生活科学講座教授 北の丸クリニック医師
・子どもの心の発達や家族関係などについて教鞭をとり、思春期・青年期の心
の問題・主に不登校やひきこもりの相談、家族療法を行っている
・東京いのちの電話理事