主任司祭から - カトリック厚木教会

NO.109 / 2009.10 月号
カトリック厚木教会
〒243-0014 神奈川県厚木市 旭町 2-7-11
TEL.046-228-4164
FAX.046-228-4150
主任司祭から
主任司祭 パトリック・ブランチフィールド
彼岸花が咲き終わり、少し冷たく感じる風
共同体、、、、この3つは、生きている教会
は、紅葉の季節が間近であることを知らせてく
の「しるし」です。
れます。
子どもたちに教会の教えが伝わらなければ
ちょうどこの季節に休暇が終わり、アイルラ
なりませんし、ご家族の方々の協力をお願いし
ンドから帰って来た私は、教会の「敬老会」に
たいと思います。子どもが信仰のうちに育つこ
間に合いました。当日のミサ・パーティには、
とを望む限り、家庭の中においても信仰を表に
対象となる91名のうち、約40名の方たちが参加
出して、神様への愛と信頼を持って子どもたち
してくださいました。多少の無理があっても積
と一緒に祈りましょう。祈っているお父さん、
極的に参加していただき、皆さ
お母さんの姿は子どもたち
んが気持ちよく歓談されてい
にとって、かけがえのないも
る様子はとても感動的でした。
のだからです。
教会としては、教会に来られ
ない方々のために、これからも
9月22、23日には、侍者の
充実したお世話が出来るよう
お泊まり会がありました。こ
に工夫したいと思います。様々
の企画のためにご協力くだ
な事情で私に来て欲しいと思
さったリーダーはじめ、ご家
うとき、遠慮なさらずに私を呼
族の皆さん、ありがとうござ
んでくだされば嬉しく思いま
いました。まだほんのスター
す。
トにすぎませんが、子どもた
ちが喜びと誇りを持って、祭
夏休みが終わってから、子どものための土曜
壇に奉仕出来るための大きな一歩となったこ
学校がまた始まりました。土曜学校の一部では
とでしょう。
ありますが、10月10日から「初聖体」の準備が
最後に、お願いがあります。それは「家庭集
始まります。まだ初聖体を受けていない小学2
会」です。昨年と同じように、各コミュニティ
年生から上の子どもたちは必ず参加するよう
に集会を持ちたいと思います。また、普段教会
にしてください。子どもたちが神様と出会って、
イエズス様との強いつながりの中に育つこと
に来られない方々が1人でも参加できるように、
呼びかけてください。この家庭集会が神様との
は、この教会の「いのち」のためでもあります。
つながりを改めるきっかけとなったら幸いな
祈る共同体、愛する共同体、そして宣教する
ことと思っています。
1
ップを発揮できると考えました。
平和旬間のつどい(1)
第一に、共通の価値観は、「キリストの弟子と
リーダーシップの観点から
して平和を生きる」、第二に、その価値観から、
演繹的に、異なった国籍の方々も1つの家族であ
るという考えが導き出されて、外国の兄弟姉妹も
松永
参加できるイベントという具体的なゴールイメ
ひろあき
ージが出来上がりました。第三に、第七地区のメ
1.はじめに
8月9日平和旬間の集いは、楽しんでいただけ
ンバー教会を個々の分権組織ととらえて、それぞ
たでしょうか?私は、この集いの実行委員長を担
れに役割、権限、責任を割り振って、各教会がリ
当しました。以下の小文は、この集いをどのよう
ーダーシップを発揮していただくようにしまし
に企画し、実行したか(出来なかったか)をリー
た。
そうすることで、委員の方々が自分の価値観、
ダーシップの観点から振り返ってみたものです。
自分のゴールとして自らリーダーシップを発揮
できると考えたからです。
2.ユニークな機会
この企画が私ども実行委員会に上がってきた
また、情報の共有は、インターネット上で、委
のは、1月18日でしたので、8か月間の準備を
員のメーリングリストを作成し、そこで、逐一経
要したプロジェクトでした。私は、このプロジェ
過を報告することで行うこととしました。
クトの実行委員長の役割を引き受けることは、自
4.問題点
分のリーダーシップ、マネージメント能力の向上
権限および責任の委譲、情報共有の仕方に課題
のユニークな機会と考えました。
が生じました。
なぜ、ユニークか?それは、普段の生活の場で、
私のリーダーシップをなぜ他の人が受け入れて
分権的なリーダーシップは、情報共有と理解の
くれるのかを考えてみれば明らかです。私のリー
一致を十全にしないとセクショナリズムに陥っ
ダーシップは、私以外のなにか(権威)によって
てしまいます。このプロジェクトも、各教会ごと
受容されます。例えば、父親、夫、雇い主、経験
に役割分担を割り振りましたが、情報共有がスム
者であるがゆえに、他の人(子供、妻、従業員、
ーズでなかったため教会間でセクショナリズム
お客様)は私のリーダーシップに従います。しか
の弊害が生じてしまったように思います。
し、このプロジェクトの実行委員長として、私の
リーダーシップを権威づけるものは何一つあり
大和教会に会場担当。厚木教会に国際ミサの担
ません。また、「他人がどう評価しようと、俺は
当、実行委員会が全体のコーディネーション(統
これをやりたいのだ!」といった熱情ももち合わ
括、調整)を担当することにしました。しかし、
せませんでした。
時間の経過とともに、やるべきことが明らかにな
ってくると、具体例をあげることは差し控えます
が、「これはうちの教会の担当ではない、あちら
3.具体的に
リーダーシップは、他者がそのリーダーシップ
の教会(または、実行委員長)が行うべきことで
の正当性を受容しないと発揮できないものです。
はないか」とのクレームが再三再四持ち上がりま
私は、正当性の根拠を共通の価値観、その価値観
した。この問題は、氷河とクレパスの比喩が使え
から演繹される具体的なゴールイメージ、分権的
ます。時間の経過とともに、地球が温暖化し、氷
な責任と権限委譲、そして、相互の分権組織間で
河が縮まってきて、去年までは氷河と氷河がつな
のスムーズな情報共有の土台の上で、リーダーシ
がっていたのに、今年は、その間にクレパスが生
2
じ、それを知らずに踏み外すと転落してしまう状
況にたとえられます。
1)教会活動はリーダーシップを学ぶよき場
教会は、真のリーダーシップを学べる機会を提
したがって、実行委員長として、どこに抜けが
供してくれます。教会では、社会での私たちの地
生じ、どうやってその穴を埋めるかは、苦労しま
位、権威などは意味をなしません。自身の人間性
した。
です。これから、会社、社会で、リーダーシップ
を求められてゆく若い人たちに、積極的に教会活
次に、お手伝いいただく人が増加するとともに、 動の責任者についてもらい、会社や家庭で、自分
価値観、具体的なゴールを共有していない人が増
以外の権威に頼らない、よきリーダーになってい
えてきて、その方々から、私に、こうしろ、ああ
ただきたいと思います。
しろという具体的な指示を出してほしいという
要望が寄せられてきました。しかし、私は、経験
2)リーダーシップは、ほめて育てるもの
者という権威に基づき委員長になったのではあ
リーダーシップは、学ぶことができるものです。
りません。私は、会場のセシリア短期大学の関係
しかし、学びには時間がかかるのも事実です。
者でもなく、典礼についてはズブの素人です。し
リーダーシップを水に例えて、水が半分入ったコ
たがって、自ら先頭に立ち、具体的な指示をだす
ップの比喩をお許しください。皆さんは、コップ
ことは、できないことをお伝えして、ご了解を得
に半分しか水が入っていないと感じますか?そ
ました。
れとも、半分も入っていると感じますか?
リーダーシップと直接に関連はないですが、集
外国籍の方々から頂いた全てのコメントは、コッ
いに参加してもらいたい人々(お客様)に関して、
プに半分も水を入っている。素晴らしかったね。
実行委員会の考えと教区の考えに齟齬(そご:く
ありがとうという。ポシティブ(積極的な)なも
いちがい)が生じていたようです。実行委員会で
のでした。
は、横浜司教区からの開催要請であることから、
一方で、日本人の方からは、
(注
その多くは、
参加してもらいたい方を同司教区に属する者と
委員として自らご苦労された方で、私にではなく
考えましたが、司教区では、第七地区の方々とと
ご自身、または実行委員会に対する反省の弁とし
らえていたように感じました。
てですが)あれが失敗だった、これをやっておけ
ばよかったといった、コップの空の部分に対する
くやみ(反省)のコメントでした。
インターネットは、瞬時に、複数の宛先に、大
量の情報を伝達できるのでとても有効な情報伝
このことは、教会内で、特別なイベントがあっ
達ツールです。しかし、何人かの委員は、Eメー
た直後の役員会でも、こんなクレームがあったと
ルアドレスをお持ちでない方もおられたので、電
いう「コップの水が半分しか入っていない」雰囲
話と併用して連絡をとりました。また、E-メール
気が支配しています。
では、真意が伝わらず、誤解が生じることもあり、
電話でのフォローも必要な場面がありました。
私は、リーダーシップは、ほめて育てるものだ
と考えます。コップに半分も水が入っていると、
ポシティブに考えたらどうでしょうか?そうす
ると、「次のチャンスを待ち望む」心構えが醸成
5.最後に
されていくのではないでしょうか?
与えられた字数が少なくなってきました。以下
では、思いついたことをとりとめもなく
3
3)感謝
ここで、名前を出すことはいたしませんが、た
くさんの方々のお世話になりました。ありがとう
ございます。
特に、「異なった国籍の方々も一つの家族であ
る」 というゴールは、実際はゴールではなかっ
たことがわかりました。この集いを企画、実行し
ていく段階で、日ごろお付き合いのなかった外国
の兄弟姉妹と一つのチーム(家族)として、議論、
作業を行うことができました。
また、自分だけの力では達成できないことが明ら
かなことが達成できたとき、私は、確かに聖霊を
正午
ランチタイム
いただいた瞬間を体験することもできました。
午後
感謝。
12:30
グループ討論
各課題ごとに分散し討論
平和旬間のつどい(2)
(憲法 9 条、8/9原爆投下日、外国人の雇用の問
イベント内容
題・派遣切り、Catholic Life in Japan、裁判制度
と死刑、環境問題、など)
“2009 年度横浜教区
平和旬間のつどい”は 8
月 9 日(日)聖セシリア女子短期大学で開催され
ました。
以下にイベント事項と写真を掲載します。
午前
10:20
開会と注意事項の説明
15:00
10:30
基調講演
真生会館館長
シェガレ神父様
(講演内容:平和旬間のつどい
(3)に掲載)
11:30
フィリピン・コミュニティの
有志による歌と演奏
4
国際ミサ
司式
梅村司教様
っていました。私のメインの仕事は真生会館とい
平和旬間のつどい(3)
うところにある学生センターに関わっています
「基調講演」
が、そこで毎日夕方の 5 時から10時頃まで若者
と付き合い、いろいろの活動をしています。彼ら
パリ外国宣教会日本管区長シェガレ神父様の基
を見ていると、以前の学生が好んでいた「連帯」
調講演(8月9日平和旬間のつどい)の内容を以
とか「共生」とかいうような言葉を使わないし、
下にお伝えします。
聞いても通じません。彼らにとって平和という言
葉は抽象的で、実感もなく怪しい言葉になってい
ます。何故かというと平和という言葉は、右翼も
今日、平和について考え、分かち合うために大
勢の方々が集まって下さりうれしく思います。
左翼も、どの派閥も宗教も使う言葉で、それぞれ
私は政治や経済の専門家でもないし、特定の平和
の活動や政党などの正当化のために使われるイ
運動にも属していませんが、今日の講演で平和に
デオロギーに属している言葉として若者には感
ついて、自分の考え方を確認し、自分の反省に良
じているようです。
い機会となり、皆様と一緒に平和
今日一国支配の世界の中で、日本人の多くの
について考えることができ
方々は軍事力による同盟関係に頼る安全
ることに感謝しています。
保障の下で、今平和だと皆思っていま
私は世界第 2 次大戦の
す。平和の象徴である憲法 9 条への
始まりの年に生まれま
共通の思いは知らず知らずの内に弱
した。生まれたとたんに
くなって崩れていくようです。
徴兵された父が、私に平
そのような状況の中で一部の人々
和の象徴であるオリビェ
は、敵の脅威を振りかざして平和を守る
(オリーブの木の意味)と名付
という大儀名分の下に戦争への準備を進め
けてくれました。いつもこの名前を意識し、「主
ています。また最近、社会格差が広がり、繁栄か
よ、私を平和の道具にして下さい」と祈ります。
らはじき出された人々が増え、不正義な平和より
4 歳のとき、ノルマンディー作戦でアメリカ軍の
正義の戦争をと主張するようになりました。もち
無差別な爆撃で私の生まれた町は、93%以上破
ろん、私はこの人々がもっている失望や苦しみを
壊され、町は一瞬にして廃墟になり、私の家族を
本当に共感できるし、心から受け止めています。
含めて一万数千人の死傷者がでました。今でも思
しかし決して戦争というものに問題の解決が出
い出します。瓦礫の山の上に十字架が立てられ、
てくるとは思いません
町自体が墓地のようになりました。私は毎日、叔
今私達が平気で平和というが、その平和を脅か
母に手を引かれて瓦礫の山と山をまわり、各十字
す色々な動きがあるにもかかわらず、自分には関
架の前で死者のためのお祈りをしました。このよ
係ない、戦争は他人事であると思ってしまいます。
うな光景は今でも私の心から離れずに平和を希
そのため多数の人々は無関心であり、平和運動は
求する平和への思いの源泉となっています。
益々弱まっています。
第 2 次大戦後長い冷戦が始まり、核開発競争が
このような状況のときこそ、教会の使命が問わ
進み、世界は核兵器により恐怖の均衡の下に平和
れているのではないでしょうかと強く感じてい
が保たれました。先進国に住む私達は戦争を忘れ、 ます。現実を見つめ、平和を守る知恵、偽りの平
自分には関係ないと思う人が増えて、戦争を知ら
和を告発し、予言的な勇気、また真の平和をつく
ない世代が増えました。42 年前に日本に来たとき、
りだす、実際の取り組みが求められています。
その頃の若者は「戦争を知らない」という歌を歌
専門家から学ぶべきことも多いと思いますが、決
5
して専門家だけに任せてはいけません。司教様た
に多方面に爆発していくのです。しかも小弾の4
ちの指導も大切ですが、司教様たちの発言だけに
0%は爆発せずに、そのまま残っていて、後に子
期待するのもよくないと思います。ひとり一人の
供達が小弾に触れると大怪我をする、本当に恐ろ
姿勢が問われており、その姿勢の基準は福音の中
しい武器です。
にあると思います。今日は福音書の中から、3 つ
しかし、同じ日の朝日新聞の 4 ページ目に小さ
のイエス様の言葉をとりだして、皆さんと分かち
な目立たない記事が載っていました。それは日本
合いたいと思います。
の経団連が武器の輸出を禁ずる原則の緩和を求
めるニュースでした。本当に小さな目立たない記
まず第 1 にマタイ 10 章 16 節の“蛇のように賢
事で、武器輸出と武器開発を禁ずる原則の緩和で
く、鳩のように素直になりなさい。
”
鳩はオリーブの葉をくわえて、ノアの箱舟に戻
す。この原則緩和を求める理由として、核ミサイ
ってきて平安な豊かな時代を告げた象徴的な鳥
ルの脅威と国際社会への協力および国際社会へ
です。鳩のイメージは非常に素直でなつっこく、
の貢献が挙げられていました。
誰にでもやさしさを持って武器を持たない無防
最近よく国際社会への貢献とか協力、そして平
備な姿です。イエズス様は鳩のように単純になり
和を守る大義が目立ちますが、実際の狙いは兵器
なさいと言われます。しかしその反面、蛇のよう
の自由な貿易で経済的な利益です。私達は新聞や
に賢さを持ちなさいと諭されました。
インターネットに溢れている“平和を守るとか国
現在、国際社会の動きは非
際社会に貢献する”とい
常に複雑で、紛争は色々な要
う大義に対して、実際の
素が、即ち民族主義、経済的
狙いを分別する賢さが
不満、宗教などが絡み、新聞
以前よりも求められて
などを読んでもどれが正しい
いる時代ではないでし
のか、読み取り難くいです。
ょうか?今日の分科会
例えば、最近軍縮のニュース
の中で、私達はいろいろ
が出ていました。それはオバ
話し合って学びあい、情
マ大統領の核のない世界に関する宣言や、先進国
報を確かめ分かち合うことが、平和への第一歩で
が互いの合意によって兵器を減らす決意を示す
はないかと思います。
ことは良いことです。このようなニュースは新聞
第 2 の福音の言葉は、
“私が来たのは地上に
の 1 面に載っていて非常に目立ち、喜ばしいニュ
平和をもたらすためだと思ってはなりません。平
ースだと思います。しかし、軍縮の裏には何が起
和ではなく剣をもたらすために来ました”、これ
こるのか?例えば余った武器は、特に米国やロシ
は私達が教会で得た安心感を揺さぶるような言
アは紛争を抱えた国々に輸出しています。世界の
葉で、この言葉を聞けば聞くほど、動揺を覚えて
戦争は減っていくのではなく、逆に拡大している。 しまいます。イエズス様は旧約聖書の預言者と同
私達は良いニュースだけでなく、その裏に隠蔽さ
様に搾取、略奪、差別、また軍事力による同盟関
れている様々なことにも目を向けなければなり
係の上に立つ偽りの平和、そのような平和をもた
ません。
らす為に来たのではない。イエズス様の言葉の厳
この軍縮に関連しますが、2 週間前に朝日新聞
しさを受け止めたいと思います。イエズス様の弟
の1面に日本はクラスター爆弾禁止の条約に調
子である私達は、偽りの平和、様々な平和の幻想
印するという非常に喜ばしい報道がされました。
を告発する勇気が必要です。最近こうした預言的
クラスター爆弾は非常に恐ろしい爆弾で、爆弾の
な勇気は残念ながら私達の教会の中で非常に弱
中に多くの小さな弾が入っていて、爆発するとき
まってきたのではないでしょうか。私も含めて反
6
ると思います。ギリシャ哲学のイレーネという平
省しています。
第3の福音の言葉は、よく聞いている言葉で
和理念の根底にバランスのとれた個人の人徳、合
す。岡田大司教様の平和の教書の中にもありまし
理的な社会秩序というような構想が強く入って
た、”平和をつくりだす人は幸い”。 “つくり
います。そのような人徳の正しいあり方、秩序の
だす”という言葉は具体的な動詞です。平和をつ
合理さに合わない人は切り捨てられて排除され
くりだすということは、いったいどういうことで
ます。
しょうか?それには色々な側面があり、自分の身
キリスト教は長い間、イレーネという平和の思
近な環境における小さな行動、許し、和解、譲り
想に基づいて十字軍、魔法狩り、宗教裁判を正当
合いなどがありますが、さらに平和をつくりだす
化して非常に排他的な平和を目指してきたよう
ということは国や世界構造の広い視野に立って、
に思います。
平和への取り組みを行うことを意味しています。
実は日本の教会の平和運動の中に、そのような
今日分科会で取り上げられるテーマ、“憲法9
排他的な要素を感じます。私達は絶対に正しい、
条”、”8/9原爆投下日“、
“外国人の雇用問題・
相手は全て悪いという、例えば政治家や経済界の
派遣切り”、”環境問題“などなど、どれを見て
人々に対して敵意が先に立って、愛の無い運動が
も、非常に具体的で、身近で、自分の家族だけで
時々あります。それは従来の教会のイレーネに基
なく、自分の国、国際社会、世界に関わりを持っ
づいたデモの典型だと思います。
たテーマです。
聖書のシャロームというのは、特にイエズス様
が語ったシャロームは全く違います。シャローム
平和をつくりだす、もう一つの形は平和を求め
る教会、あるいは市民運動に関わるデモに参加す
というのは安全の約束だけでなく、温かい言葉で、
るというような事ではないでしょうか?私は多
多様性に満ちた人類を包み込むような、広い寛容
くの平和に関わるデモに参加しました。それによ
な平和です。この平和は太陽のように悪人の上に
って平和を叫ぶ機会を持てましたが、多くの場合
も善人の上にも昇る平和であって、皆の霊的な、
デモに参加して自分の叫びは皆の無関心さに出
また物質的な充実さを求める平和です。私達はこ
会い、ひどく虚(うつ)ろに響いているように感
れからはもっとシャロームという霊性を深めて
じて、参加すること自体は苦しい体験でした。ど
いきたい。もっと私達は平和の霊性を深めて、そ
うせ言っても誰も聞いてくれないという失望が
れを一つの力として市民運動にも参加して欲し
心の中にあって叫び続けましたが、しかしよく考
いと思います。
えてみると、小さな平和の叫びでも、虚ろに響い
シャロームというものは神様の愛の賜物であ
ても、虚ろに聞こえても、それを繰り返すことに
ります。もちろん私達はそれにできれば協力させ
よって、人の意識を変えていく力があると信じま
てもらって色々活動します。今日この賜物を祈っ
す。いつか自分の小さな叫びが力となって実って
て受けると共に、それを信じていれば心が温かく
いくに違いないと信じます。
なるに違いない。今日、その恵みを受け、共に平
和を求めて、平和を祈り分かち合い、平和の為の
最後に平和をつくりだそうとする人を支える
取り組みと方法を一緒に考えていきたい。
ものは何かと考えたい。それはスローガンやイデ
オロギーであるよりも、信仰と希望に根付いた霊
(広報部
性であると確信しています。
私が育った西洋キリスト教的な社会環境では、
平和の霊性は必ずしも聖書に出てくる“シャロー
ム”という概念ではなく、むしろギリシャ哲学に
出てくる“イレーネ”という概念に頼りすぎてい
7
山内)
を感じていた。
教会学校サマーキャンプ
・懐中電灯も持たず、真っ暗だったが、みんな怖
がらなかった!
リーダー牧村 桜
・バードコールで鳥と会話ができることに感動。
今年の教会学校サマーキャンプは 7 月 18 日
・「おとしぶみ」を発見したり、みんなは植物の
(土)~20 日(月)の 2 泊 3 日、丹沢ホームで行われ、
不思議さにすごく敏感。
その内容と感想を以下にまとめました。
・めったに経験できない、森の中での生活は、と
1日目:
ても貴重な体験だったと思う。
・9 時に教会集合
・みんなが自分に合う石を探し、椅子にした。小
・電車とバスを乗り継いでから、約 2 時間半山を
さい子には上級生が手伝うなど、協力することも。
登った。
・「神様が創ってくれたもの」をみんなそれぞれ
・ヒル対策
探してきてくれた。
・ヒルに塩がかけられ、溶けていくのを観察
・それから一息ついて、川遊び。
・夜、丹沢ホームの主人に森のお話を聞き、鹿や
熊がとても身近にいることを感じる。
2日目:
・石を運んで小さな生簀(いけす)をつくり、魚
のつかみ取りをした。
・その魚をお昼のバーベキューで焼いて、食べた。
・夜はナイトウォークをした。
3日目:
・バードコール作り。
今回のキャンプで感じたことは、小学校高学年
・野外ミサ。
の子が低学年の仲間を一緒にまとめてくれたり
・みんなで聖書朗読。
したお陰で皆が協力し合って一つ一つの行事を
・荷物をまとめて出発。
行う事ができたことです。
川遊びにしても、自分より小さなお友達が魚を
感想
捕まえられない時は、その友達が自分で捕まえや
・バスと電車を乗り継いでどこかへ向かうことは、
小学生にとってはなかなかない事なの
で、いい経験になったと思う。
・テレビがなかったが、誰一人文句を
言うことが無かった。
・丹沢ホームの主人にお話を聞いたと
きは、静かに聴いていた。
・魚のつかみ取りは、初体験の子も臆
することなく積極的に捕まえにいって
いた。
・ナイトウォークでは、みんな森の音
に耳を澄まし、やく 10 分間静かに森
8
すい様に魚を近くおびき寄せてあげたり、自然の
中で当たり前に各場面で思いやりを見ることが
”敬老の日のお祝い”が行われました
できました。
自分で考えて行動し、怒られたら何故怒られた
のか?次はどうしたら良いのかをちゃんと考え
2009年の”敬老の日のお祝い”は、9月20
て行動する場面も見られました。
日、ブランチ神父様休暇帰国後の秋晴れの好天
テレビがない生活でも、自然の中でどう遊ぶか
に恵まれた主日に執り行われました。
を上田さんやお手伝いして頂いた方々に教えて
厚木教会において、75歳以上の信者数は9
もらえたのは子供だけではなく、キャンプに参加
1名(前年は75名)、内ごミサに40名、お
した大人までにも良かったでした。
祝いパーティには27名の方々が出席されま
今回のキャンプは、リーダーはもちろん、小学
した。
生のみんなの協力があったから、成功することが
ミサの中でブランチ神父様は教会の先輩方
できました。
への感謝ならびに、本日の福音である”仕えるた
このキャンプで経験した事や、神様のお恵みを
めに来られたキリストに結ばれて祈ります。私
いただいた事が今後の子供達にとって少しでも
たちは互いに仕え合え、許し合うことによって、
支えになれたら、嬉しいです。
世界の平和への実現”の重要さを説かれました。
皆2泊3日とても楽しかったです。
その後病者の塗油の秘跡では、”この聖なる油
ありがとうございました。
によって、慈しみ深いキリストが聖霊の恵みで
あなたを支え罪から開放されるように”と尊い
秘跡を授けてくださいました。特に病気などの
事由で敬老の日のミサに参加できなかった
方々に謹んでお祈りされる由を述べられまし
9
た。
日になっている。ビアンネは1859年8月4日に亡く
ミサ後、祭壇の前で集合記念写真撮影の後、
なり、今年は没後150年である。
お祝いのパーティが聖堂でおこなわれました。
教皇ベネディクト16世は2009年の聖心の祝日
副委員長成田正一様の司会で、なごやかな雰囲
(6月19日)~2010年6月19日までを司祭年とする。
気の中、催事、会食、歓談がおこなわれました。
そして、小教区司祭の保護の聖人を聖ヨハネ・マ
催事は教会学校生徒さんによる、素敵な聖歌の
リア・ビアンネと発表。
合唱と宮崎カリタス修道会シスターによるカ
リタス修道院創立の歴史的背景に関するスラ
ビアンネはフラン
イド・プレゼンテーション、そして修学志願院
スのリヨンから8km
生二人(中三、高一)より召し出しの動機につ
のダルディ村の農家
いて話されました。
で1786年5月に生ま
引き続き、シスターの指導で”さだまさし”さ
れた。
んの曲に合わせて頭を鍛える体操、”右手で三角、
フランス革命のため
左手で四角を描くこと、ぐー、チョキ、パーを
初等教育しか受けず、
右手、左手で別々に出す”体操を全員でシスター
秘密の要理しか勉強しなかった。13歳で初聖体、
に合わせて行いました。簡単なようで、なかな
21歳で堅信を受ける。エキュリのバレー神父の指
か難しいかったようです。
導で大神学校に入る準備を始めるが、ナポレオン
(尚今年は宮崎カリタス修学院の行事と重な
の懲役を受けた。しかし、脱走し、14ケ月間山に
り3名が参加されました)
潜んで1811年バレー神父の元に戻り勉強を再開
なごやかな雰囲気の中、聖歌322番”あめの
する。リヨンの聖イレネ大神学校に何とか入学し
きさき”を皆で歌い、84歳になられた柏木さん
たが、1814年復活祭に、成績不良のため退学させ
のすばらしい無伴奏独唱、最後に越前さんの謝
られる。しかし司祭への道をあきらめ切れなかっ
辞によってしめくくられました。
た。お情けで教区管理者のクルボン氏の支持を得
て、1815年8月13日、グルノーブルで司祭に叙階
これからも神様の祝福と恵みのうちに、お過
される。
ごしいただけるようお祈りします。
最後に今回担当されたコミュニティ3G、4G
バレー神父の助任司祭として働きバレー神父
の方々、教会委員会ならびに、典礼委員の方々
の死後は(1817年)住民230人のアルス村の主任司
に厚くお礼申し上げます。
祭に任命される。アルスへの赴任の時、道で出会
神に感謝
(広報部
植木)
った少年に道を尋ねた。「あなたが私にアルスへ
の道を教えてくれたので私はあなたに天国への
道を教えよう」と言われた。
その頃のアルス村は「洗礼以外、彼らを動物と区
特別年「司祭年」 「小教区司祭の保護
の聖人 聖ヨハネ・マリア・ビアンネ」
別するものは何もない」と前任者の司祭は言って
いた。ビアンネ神父は熱心に聖体を礼拝し、苦行
を行なったが孤立した。そして、1820年アルスを
去ったが、再び戻ると何人かが彼を評価した。こ
のときから特に聴罪司祭としてのカリスマを発
暦の上では8月4日はビアンネの記念日となっ
ている。マリアと洗礼者ヨハネ以外の聖人は亡く
揮する。村の道という道は人波で埋まり、早朝か
なった日が天国への凱旋を果した日として記念
ら教会は巡礼者で満席となった。あるときは18時
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自己放棄。
間も告解を聞き続けた。
祈りと清貧のうちに信者の司牧に精魂を尽く
された聖ヨハネ・マリア・ビアンネ神父の取り次
しかし、教えなどについて批判された為、アル
スを去ることを願ったこともあったがアルスに
ぎを願って祈ります。信仰の弱い私達、特に教会
留まり、貧しく、見捨てられた娘達のための事業
から離れている人々が回心に導かれキリストの
「御摂理 La Providence」を創設する。
愛の豊かさに受け入れられて魂の救いをいただ
けますように!
教会を建て直し、説教をし、要理を教える。彼
は神が本気で愛されることを望んだ。1830年から
現代の世界と教会における司祭の役割と使命の
急速に評判が広まり、奇跡が起こる。フランス革
重要性が再確認されますように!
命とペストの為、人々が教会に戻る時代でもあっ
た。
澤田神父(聖パウロ修道会)は以下のように言
巡礼者があふれビアンネ神父は昼夜を問わず
われる。
赦しの秘跡を授けた。1843年肺充血のためアルス
を去るが、信者に連れ戻される。ビアンネ神父は
ビアンネの秘密が赦しの秘跡の中に隠されて
霊的に裸にされ、見捨てられたと感じる。アルス
いるのではないか。赦しの秘跡、それは司祭が最
村には巡礼者が絶えない。神父の洞察力の賜物は
もその生き方を問われる場。通常わずか5分に満
世界中に知られる。ビアンネ神父は責任感と無能
たないやり取りの中で信徒が心から悔い改めを
さに苦しむ。ビアンネ自身、自分が司祭として相
もって罪を告白し、司祭を通して、全てを赦して
応しくない者であるとの自覚から常に悔い改め
下さる神と出会い、慰めとこれからの生き方の指
と償いに力を入れていた。
針を受けて、喜びのうちに新たな歩みへと踏み出
していく。
彼は自分の罪深さを償う為、隠遁の生活をおく
しかし司祭は、その人の罪について予め知って
りたいと望んだ。しかし司教の判断と人々の要望
いるわけでもない。たった今、耳にした罪、しか
を受け天に召されるまでアルスの司祭として留
も多くの場合その人の心の奥底に関する重苦し
まった。聴罪司祭としての使徒職は徐々にビアン
い罪に対して、間髪をおかず、勧めを行なわなけ
ネの主要な務めのひとつとなった。
ればなりません。しかも1、2分という短い時間で。
「神様は私に白いパンを食べさせてくれる」と
説教や講話は予め準備することが出来ます。赦し
言って祭服や祭具は最高のものを作り、自分の
の秘跡の勧めはそのような意味で準備すること
物は清貧に保ちいつも腐ったようなじゃが芋
は出来ません。赦しの秘跡は司祭の務めが自分の
を食べていた。彼の住まいが今もアルスの教会
力ではなく神の力でなければなしえないことを、
に残っているが本当に清貧に生きた神父を感
最も明確に示しています。神が働く事が出来る状
じた。教会の中には告解部屋も保存されていた。 態を自分の中に保ち神の働きに対する敏感さと
又、彼のご遺体もあり心臓だけは別の聖堂にあ
それを受け入れる謙虚さを育んで行くと言う、司
った。
祭の日頃の姿勢が必要とされます。
それにしても赦しの秘跡を受ける為にビアン
1859年8月4日清貧と昼夜の激務に体力を消耗
し、不随となって御父のもとへ帰る「十字架の上
ネのもとに多くの人がしかも遠くから押し寄せ
で生活した者にとって死ぬのは何と心地よいこ
て来たという事実は驚くべきことです。わずか5
とか!」と言って息を引き取った。
分ほどの秘跡に与る為に、そして1、2分の勧めを
人々の救いの為に何はさておいてもすぐに応じ
聞くために!
た。自分自身に注意した。謙遜であった。神への
に神の力があふれており人々がそこに神の力と
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それだけビアンネの短いことば
赦しを感じ取っていたということなのでしょう。
編集後記
ビアンネがこれほどまでに人々の心を揺すぶり、
悔い改めへと導くことが出来たのはビアンネの
「平和旬間のつどい」の実行委員長を担った松
日常の当り前の行為、一つひとつのうちに神が働
永さんが書かれた記事では、準備段階で経験され
かれたからです。このことは同時に神の憐れみの
た色々な出来事に触れており、この種のプロジェ
心に突き動かされ、常に神の働きに開かれて生き
クトを企画推進する上で示唆に富むもとの思い
る司祭(そして、全てのキリスト者が)一体どれほ
ます。特に最後の部分で、結果に対してポジティ
ど偉大なことを実現できるかをも示しているの
ブに評価してもらえれば、次につながる再チャレ
です。
ンジのエネルギーが沸きますが、うまくいかなか
聖パウロ修道会澤田神父「そよ風カレンダー」よ
ったことだけを挙げてネガティブに評価される
り転載
と疲れだけが残ってこの種のプロジェクトに 2 度
(広報部)
と関わりたくないという思いにもなるものです。
広報誌「あつぎ」に関わり同じようなことを経
験しております。配布した「あつぎ」を読まれた
広報部員募集
信徒から、あの記事はためになったとか、黙想会
の講話の記事により神父様の話がよく理解でき
たとか、この連載の続きを楽しみにしているよ、
広報部では広報誌「あつぎ」を年 4 回発行してい
などなど耳にすると次号に対するエネルギーを
ますが、広報活動を継続して行っていくには、メ
貰えました。ところが稚拙文章などと指摘される
ンバーが不足しています。参画いただける方を募
と自信を失いやる気を失います。
集しております。どうぞ、教会委員長、副委員長、
今号も無事発行できホットしております。2004
または広報部員に申し出てください。
年 3 月以来広報誌「あつぎ」を 23 回発行してきま
したが、諸事情により次号(2010 年 1 月発行予定)
を持って私(山内)は広報部員の役を退き、次の方
にバトンを渡したいと思います。
異動情報
(2009.7.1~2009.9.30)
思い起こせば、私が広報部活動を始めた数ヵ月
敬称略
後に文才豊かな永田さんが広報部に加わり、また
2006 年 7 月頃からカトリックについて深い知識
教会事務へのお届出時に掲載を希望されな
を持ち、信仰心が厚く、そして文才豊かな山田照
い方の情報は割愛しています。
子さんも広報部に加わり、彼らより多くのことを
転出:お元気で
学びながら活動することができました。
神様に感謝。
個人情報のため削除
なお、厚木教会ホームページについては今後も
私が継続して担当していきます。時々閲覧くださ
い。よろしくお願いします。
(広報部:永田、山内、植木)
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