資料の資産化,「ディジタル・アーカイブ」

ディジタルコンテンツをつくる人材育成―ディジタル・アーキビスト
資料の資産化,「ディジタル・アーカイブ」
―ディジタル・アーカイブと画像ライセンス―
手 嶋
抄
録
毅
画している館もあり,博物館・美術館では,公開を目的
博物館・美術館ではディジタル・アーカイブへの認識
が高まってきている。併行して,「資産の有効活用」のム
としてディジタル・アーカイブを構築することは確実な
動きとなっている。
ーヴメントがある。所蔵作品の画像を広く利用できるよ
うにする先進的な事例を報告するとともに,アーカイブ
をプロデュースするアーキビストの育成を願う。
<キーワード>
(2) ディジタル化について
ディジタル・アーカイブを進めるのに基本となる文化
財のディジタル化については,今日ではディジタル化す
ディジタル・アーカイブ,DNP(大日本印刷)アー
る技術がスタート当時からすれば既に一般的に普及して
カイブ・コム,画像ライセンス,イメージアーカイブ
おり,さまざまな方法がある。当社では印刷会社として
のディジタル画像処理技術がベースになっており,当初
1
ディジタル・アーカイブ
(1) ディジタル・アーカイブとは
からカラーフィルム画像をスキャナーの中でも高精細な
印刷用のドラムスキャナーを使用して,フィルムに定着
した画像を限りなく忠実にスキャニングしたのち,この
「ディジタル・アーカイブ」という言葉は未だ一般化
画像が原作品の色調を参考に学芸員の校正を得て品質を
しているわけではないが,関連する学会が新たに生まれ
確保している。4×5 インチサイズのフィルムをディジタ
るなど,美術館・博物館や図書館等で,学芸,ライブラ
ル化すると,RGB各色 4,000×5,000PIXEL のTIFF
リアンの業務が重なる領域ではその言葉がクローズアッ
データで,約 60MBの大容量となる。通常,RGBデー
プされてきており,必要性が活発に議論されるようにな
タに分解スキャニングするときの条件としては,入力解
っている。
像度 1,000~1,200dpi。諧調については,諧調の再現性
「ディジタル・アーカイブ」という言葉は,月尾嘉男
先生によると,「2年前にできた言葉です。背景には,
が極めて重要と考えており,16bit/color(48bit/
pixel)の諧調数としている。3)
①開発による発掘遺跡だけでも昨年1年間で2万件にの
この方法は,過去に撮影された貴重な資料であるカラ
ぼる文化財の消滅があったこと,②伝統芸能が消滅して
ー写真画像をディジタル・アーカイブする場合の作業の
いること,③高松塚古墳のような文化財の公開問題があ
流れである。写真そのものが貴重な文化財として見なさ
ること,④文化衝突回避のための相互文化理解の必要性
れるようになってきた今日,大量な写真を短期間で処理
が高まっていることがあります。そうした中,ディジタ
する方法であり,同時に経年変化で退色したカラーを再
ル情報化は,長期保存,分散制作,危機分散,世界的共
現する方法として重要である。
有という4点において現在最も有効性があるのです」
また,最近ではダイレクトにディジタルデータを取り
(1996 年頃筆者注)1)とこの言葉の生みの親は述べている。
込む,カメラタイプやスキャナータイプのディジタル撮
ディジタル・アーカイブは文化財の保存と公開を目的
影も始まってきている。スキャナータイプの撮影は,大
としたものであったといえる。初期の普及活動の役割を
判の複製品の作成をする場合等で利用している。
果たしたデジタルアーカイブ推進協議会が発表した最後
の「デジタルアーカイブ白書 2005」2)によると,1,687
館の博物館・美術館を対象に Web 調査を行った結果,
「82.3%が Web サイトを開設し, ディジタル・アーカイ
ブを公開しているのは 33%であった」。また,導入を計
TESHIMA
2
DNPアーカイブ・コム
(1)
会社の概要
株式会社DNPアーカイブ・コム(DNPAC)は,1999年の
Tsuyoshi:㈱DNPアーカイブ・コム(東京都新宿区市ヶ谷加賀町 1-1-1)
- 53 手嶋
毅:資料の資産化,「ディジタル・アーカイブ」
設立である。「アーカイブ」という言葉が企業名にある
の商業的な活用」というバリューチエーンを組み立てて
会社は少ない。そもそもDNP大日本印刷では印刷のディジ
いる。
タル化の進行とあわせて,文字・画像のディジタルデー
タ作成,および生成されたデータのベータベース化やそ
の管理等の業務をさまざまなクライアントから委託され
てきた。辞典類,大量商品カタログ類,更には高精細な
3
画像ライセンス
(1) ディジタル・アーカイブ画像の活用
画像による映像制作等である。印刷と同時にディジタル
冒頭に述べたように,ディジタル・アーカイブは多く
メディアへの効率的な情報資産の運用を行ってきた。こ
の博物館・美術館で導入がすすんでいる。その調査では,
のノウハウを基盤に,美術専門部隊を加えて文化財のデ
アーカイブ化された画像の品質については明らかになっ
ィジタル・アーカイブを軸にした事業を展開するため,
ていないが,所蔵作品のディジタル化が進み,少なくと
大日本印刷が100%出資の会社を設立した。このスタート
もおのおのの所蔵館で所蔵する作品をインターネットで
の前1996年頃より,フランスの国家機関であるルーヴル
公開するところが多くなってきている。所蔵作品を公開
美術館,オルセー美術館等フランスの国立美術館33館を
することにより,館の内容を理解してもらい,来館者の
管轄するフランス国立美術館連合,通称RMN(REUNION DES
増加や館の活動がスムーズに展開することを望んでいる
MUSEES
結果といえるだろう。
NATIONAUX)と打ち合わせを行い,RMNが管理
する美術館の所蔵作品Nカラー写真をディジタル・アー
一方で,今日の博物館・美術館が抱えている経営的な
カイブ化して,日本国内におけるディジタル画像の応用
環境は,従来のような潤沢な予算は望むべくもなく,限
分野を開拓することで,ディジタル画像利用の市場を形
られた予算の範囲で収入増と経費減の自助努力をしてい
成しようと検討を重ねていた。このプロジェクトを具体
かざるを得ない状況である。
的な形としてスタートしたのが1998年であった。この本
このような状況下で,博物館・美術館では収入増と経
格的な稼動にこの会社が実践の役割を果たすことになっ
費削減に向けて,所蔵作品のディジタル画像をライセン
た。
スする新たな動きが始まってきている。
(2) 事業の内容
いうことは行われていた。しかし,この動きは専門家を
従来より,所蔵作品の写真を専門家を対象に貸出すと
現在,事業の内容は3つのソリューション分野に分け
て展開している。
対象とした学芸的な資料の貸出しというクローズドな範
囲で行われるものではなく,さまざまな商業的な用途へ
①
アートデジタルソリューション
と門戸を広げ,その利用を可能とするものである。単に
②
アートライセンスソリューション
学術誌,専門美術誌だけでなく,印刷出版,放送,映像
③
アートビジネスソリューション
製作,インターネット,ノベルティ,企業広告,商品化
「アートデジタルソリューション」の業務は,ディジタ
等経済的な活動における範囲で幅広く利用できるように
ル・アーカイブ構築の受託製作,美術作品画像を素材と
なったといえる。学芸的「資料」としてしか捉えられて
したDVDや高精細映像製作,インターネットによる美
いなかった画像が,有効にスピーディに活用できるよう
4)
術情報サイト「アートスケープ(artscape)」 の運営
になった。まさに「資料の資産化」の動きである。
等のプロデュースを行っている。
以下に,代表的な具体例について述べる。
「アートライセンスソリューション」の業務は,一般
企業に対して,博物館・美術館の所蔵作品画像データを,
(2) 具体的な事例
ユーザーが利用したい内容に応じて,利用料金を決定し,
①
その一定の利用に対して画像ライセンスすると同時に,
・ ライセンス事業の名称:「RMNイメージアーカイブ」
著作権者の了解を得る著作権処理代行業務を行っている。
・ 事業内容:フランス国立美術館連合(RMN)が管轄す
また,美術作品画像のリサーチも依頼されている。
る国立美術館33館が所蔵する作品画像を日本国内および
フランス国立美術館連合
「アートビジネスソリューション」の業務は,博物館・
日本語商品に限り利用一回毎(ごと)にライセンス提供
美術館や展覧会を主催する企業,また,一般企業に対し
する。利用用途は,教育,学術,展覧会図録,出版・放
て,商品企画,告知展開,アートを軸にしたビジネスを
送,インターネット,企業の広告,ノベルティ等,商業
提案するとともに,アートによるビジネスソリューショ
用途全般,および各種商品化。
ンをプロデュースする部隊である。
・ 権利者の組織:フランス国立美術館連合フォトエー
以上のように,「文化財のディジタル・アーカイブ」
ジェンシー部門,RMNの組織は1895年に設立され,出
を軸にして,「信頼性のある画像ライセンス」「文化財
版,ミュージアムグッズ等の事業を行い,その収益を美
- 54 学習情報研究 2006.7
術館の収蔵作品購入等の費用にあてるということを目的
③
としている。
・ 事業の名称:「TNMイメージアーカイブ」
・ 主な所蔵館と所蔵点数:ルーヴル美術館,オルセー美
・ 事業内容:独立行政法人東京国立博物館(Tokyo
術館,中世美術館,ギメ美術館,アフリカ・オセアニア
National Museum)が所蔵する作品画像を日本国内および
美術館,民族民芸博物館,オランジュリー美術館,コン
全世界へ向けて,利用一回毎にライセンス提供する。利
デ城美術館,ヴェルサイユ城美術館等。
用用途は,学術・公共と商業用途に大別される。商業用
・ ライセンスが可能な画像データ:約50万点
途は,出版,放送,インターネット,広告,ノベルティ
・ 特記事項:「RMNイメージアーカイブ」には,フラン
等,その他商品化。学術・公共分野は,学術書,あるい
ス国立美術館連合管轄下ではない美術館「ジョルジュ・
は国,地方自治体等の公共組織が利用する場合は,利用料
独立行政法人国立博物館
東京国立博物館
ポンピドゥー国立近代美術館」とRMNの契約により,ジョ
金は無料(媒体費は別途)となる。
ルジュ・ポンピドゥー国立近代美術館所蔵の画像も提供
・ 権利者の組織:2001年4月に文化庁付属機関から離れ,
できる。ただし,当館は著作権がある近・現代作家の作
独立行政法人国立博物館・東京国立博物館となった。
品が数多くあり,その画像を利用する場合,著作権者の
・ 主な所蔵館と所蔵点数:11万1,400件,うち,重要文
事前了解が必要である。
化財が606件,そのうち国宝が44件(指定文化財の一割近
・ クレジットの記入:
くを収蔵)。1件の中に数点から古墳出土品のように何千
或い
点もの文化財を含むものもあるため,収蔵品の数は百万
は,©Photo RMN/撮影者名/digital distributed by DNPAC
©Photo RMN/撮影者名/digital file by DNPAC
点ほどに達している。日本が中心であるが,東洋,エジ
ジョルジュ・ポンピドゥー国立近代美術館所蔵作品の
プト,近代は,岸田劉生,横山大観等の作品もある等幅
場合は,作品のタイトル/著作者名/複製日/©著作権協会/
広いコレクション。
撮影者名©Centre Georges Pompidou/muse national
・ ライセンスが可能な画像データ:約2.6万点。現在モ
d’Art moderne/DNPAC
ノクロ写真のデータが整備されつつある。
・ クレジットの記入:画像:TNM Image Archives
②
大英博物館
・ ライセンス事業の名称:「大英博物館イメージアーカ
また
は,Image: TNM Image Archives
Source:http://TnmArchives.jp/
イブ」
・ 事業内容:大英博物館が所蔵する作品画像を日本国内
④
および日本語商品に,利用一回毎にライセンス提供する。
・ ライセンスの名称:「東京都歴史文化財団イメージア
財団法人東京都歴史文化財団
利用用途は,教育,学術,出版・放送・インターネット
ーカイブ」
をはじめ,企業広告,カレンダー,ノベルティ等に利用
・ 事業内容:(財)東京都歴史文化財団が東京都から委託
できる。ただし,商品化については,別途具体的な条件
を受けて管理運営している博物館・美術館所蔵の作品画
等について申請することになる。
像,歴史資料,および建物等の画像を,商業用途に利用
・ 権利者の組織:The British Museum Company Ltd。 1973
一回毎にライセンスする。
年に大英博物館の所蔵作品の知的財産権を有効活用する
・ 権利者の組織:東京都庭園美術館,東京都江戸東京博
ために設立され,小売,出版,商品化,ライセンス等の
物館,江戸東京たてもの園,東京都写真美術館,東京都
事業を行い,その収益を美術館の収蔵作品購入等の費用
現代美術館,東京都美術館等を管理運営する。
にあてるということを目的としている。
・ 主な所蔵館と所蔵点数:東京都庭園美術館はアール・
・ 主な所蔵館と所蔵点数:先史時代から現代まで(古代
デコ様式の建物,内装写真を提供。東京都江戸東京博物
エジプト,古代ギリシャ・ローマ,古代アッシリア・メ
館,江戸東京たてもの園は,江戸・東京の文化遺産を収
ソポタミア・ペルシャ,ヨーロッパ,アジア,アメリカ・
集,葛飾北斎,歌川広重,東洲斎写楽,鈴木春信の浮世
オセアニア・アフリカ,デッサン・版画,貨幣・時計)
絵版画,および江戸東京たてもの園の建築写真を提供。
の全人類の遺産を集めた収蔵品は,現在600万点に達して
東京都写真美術館は,幕末期からの写真の黎明期の貴重
いる。
な写真を提供,東京都現代美術館では,国内外の現代作
・ ライセンスが可能な画像データ:現在5,000点,数年
品を体系的に収集しており,著作権保護期間中にある作
中に5万点規模に拡大予定。
品は著作権者の利用許諾を得た後,ライセンスする。
・ クレジットの記入:©The Trustees of The British
・ ライセンスが可能な画像データ:約3万点
Museum c/o DNP ARCHIVES
・ クレジットの記入:作品名,作家名と以下のクレジッ
ト表記を付す。
- 55 手嶋
毅:資料の資産化,「ディジタル・アーカイブ」
所蔵:○○美術館,博物館
Image:東京都歴史文
化財団イメージアーカイブ
視点が必要なのだろうか。情報資源がインターネットの
ネットワークで繋がり,多くの人々に利用される可能性
が増したと述べたが,全ての人々を対象としたアーカイ
以上のようなライセンス事業の名称で,おのおのの博
ブの構築というのはあり得ない。おのおののアーカイブ
物館・美術館と提携して,それぞれの機関が管理する作
は,はっきりとした目的があって構築されるべきである。
品画像データをユーザーの申込みに応じて随時許諾する
ユーザーの顔を見ずしてアーカイブを構築してはいけな
サービスを行っている。
いと考えている。
国内外の著名な美術館が提供するこれらのサービスの
最大の特徴は,その作品画像の画像品質に対して,その
①
作品を所蔵する博物館・美術館が承認した高品質な画像
アーカイブ構築の目的を把握する
であって,しかも正式なルートによって提供された画像
である。例えば,ルーヴル美術館所蔵のレオナルド・ダ・
⇒アーカイブはある目的のために構築される。
②
利用者は誰,利用者の目的
⇒誰がどのように利用するかということを考えて構築
ヴィンチによる「モナ・リザ」の画像は,過去にさまざ
していかないと,結果的に誰からも利用されないもの
まなカメラマンが撮影したいきさつがあり,複数のルー
になってしまう危険がある。
トで「モナ・リザ」のさまざまな品質の写真フィルムが
存在している。しかし,©Photo:RMNとクレジットの明示
③
利用者のニーズは変化する
がある「モナ・リザ」画像は,担当学芸員が確認し,フラン
⇒利用者の目的に適って構築したアーカイブである
ス国立美術館連合(美術館)が認めている画像となる。
が,利用者のニーズは時代によって変容する可能性は
美術館が提供する作品画像は,修復後の作品等,常に新
高い。ユーザーのニーズを常に把握する必要がある。
しい情報が反映される。さらに,近年になって外部の写
そうでないと利用されないものとなってしまうことに
真撮影を制限するようになってきており,所蔵館の資産
なる。
としての画像が貴重なものとなってきている。
④
極めて重要な情報の品質
⇒資料の所蔵先が認定する品質を保証する。ネットワ
4
アーキビストについて
ーク社会では,安易にさまざまな品質の情報が流通さ
れる可能性が高い。何処のもので,どのように品質が
以上述べてきたように,われわれは文化財を対象にし
保証されたリソースであるかを利用者は求めている。
たディジタル・アーカイブと画像ライセンスを主な事業
として展開している。しかし,現在の社会では,美術品
等の文化財資料だけでなく,企業や各種の組織が保有す
る組織活動で生じた組織自体の文化的,歴史的な資料等
もアーカイブの対象となってきている。このようにさま
ざまな分野にマテリアルやデータが存在している。しか
以上のような点が,特に文化財のアーカイブを構築す
る際に重要なポイントであると考えている。今後,品質
と信頼のディジタル・アーカイブが構築されていくこと
を望んでいる。
も現代は,リソースとしてのメディアもテキストや画像
だけでなく,音声,映像と種類が増えてきている。資料
として公開してよいもの,してはいけないものの区別は
存在するが,公開を前提とした場合,それらの資料の所
在情報がわかり,同時にその資料を効果的に効率よく利
用することができるようになることは,人類の知の進歩
に極めて重要な役割を果たすことになる。しかも,分散
【参考文献】
的に整備されてきているリソースがネットワークにより
1)
シームレスに閲覧が可能となってきている。このような
2)
状況では,資料のアーカイブをすることが情報資源のア
イブ白書 2005』,ディジタルアーカイブ推進協議会,p.
『デジタルアーカイブ推進協議会のあゆみ』
デジタルアーカイブ推進協議会編,『デジタルアーカ
ーカイブとなり,より高度な具体的な活用へ結びついて
24‐36
いくことができるようになってきたといえる。
3)
このような状況だからこそ,「アーカイブ」の構築に
(2005)
原瀬裕孝,『RMN イメージアーカイブ-ディジタルア
ーカイブにおけるイメージライセンス-』,情報管理.
重要な役割を果たす「アーキビスト」の育成が叫ばれて
Vol.42, No.5,p.390-402
いるのであろう。では,「アーキビスト」はどのような
4)
- 56 学習情報研究 2006.7
(1999)
http://www.dnp.co.jp/artscape/index.html