インド石炭火力の発電所別パフォーマンスの分析

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
インド石炭火力の発電所別パフォーマンスの分析
Analysis of Coal Power Plant Performance by Station in India
小 田 潤 一 郎 *・ 秋 元 圭 吾
Junichiro Oda
**
・ 長 島 美 由 紀
Keigo Akimoto
***
Miyuki Nagashima
(原稿受付日 2015 年 5 月 15 日,受理日 2015 年 10 月 30 日)
In this paper, we focus on power generation performance, i.e., thermal efficiency, and particulate matter (PM) concentration in flue gas in
Indian coal power stations. Multiple linear regression analysis and directional distance function were applied. The results indicate that
thermal efficiencies and PM concentrations in flue gas can be explained by commission date (vintage). Thermal efficiencies can be explained
also by total capacity in station; however, thermal efficiencies are not clearly explained by individual plant capacity. Ownership also affects
thermal efficiency and PM concentration. Private owned and national owned plants indicate higher thermal efficiency and lower PM
concentration compared with those performances of state owned plants. When Japan conducts a technical support for Indian coal power
plants, we should focus on state owned plants which have relatively lower thermal efficiencies and higher PM concentrations. The Ministry
of Power, the Government of India also has a similar awareness of the issues and measures in thermal efficiency have co-benefits for
emission reduction of PM.
1.はじめに
うことの意義や注意点などを得ることを目的に,1)発電効
1.1 背景と目的
率の実態把握,2)排ガス中 PM 濃度の実態把握,3)これら
の改善ポテンシャル算定,を実施した.本論文の特徴は,
インドは,2025 年前後に中国の人口を追い越し,2040
1)
年に 15.6 億人となる見通しである .インド石炭火力発電
(インド平均値ではなく)個々の発電所別データを整理し,
量は,2040 年に 2012 年の約 3.4 倍に相当する 2789TWh/年
発電効率,設備利用率及び PM 濃度の改善ポテンシャル算
2)
定を行った点である.個々の発電所別データに基づくこと
に達する見通しもある(IEA の Current Policies シナリオ ).
で,より詳細な実態の把握が可能となる.
一方,インド平均の石炭火力発電効率はインド電力省が
集計できた発電所平均で 33.0%(2011 年度,発電端,HHV)
3)
と中国と比較しても低い.発電効率向上は,石炭供給不足
1.2 データ出典元と分析対象
の緩和(石炭輸送容量制約の緩和)
,あるいは発電電力量の
表 1 に示す文献に発電効率,排ガス中 PM 濃度データが
拡大(電力不足の緩和)につながる.さらに発電効率向上
記載されている.本論文では,発電効率については省エネ
は,単位発電量あたりの環境負荷低減(CO2 排出や大気汚
ルギー達成認証制度(Perform, Achieve and Trade,以下 PAT)
染物質の低減)にもつながる.
に関連して提示されているデータ 7)8),排ガス中 PM 濃度に
ついては Performance Review of Thermal Power Stations(以
大気汚染については,近年,特に粒子状物質(Particulate
下 Performance Review)3)をそれぞれ参照する.
Matter ,以下「PM」と記載)の健康影響が注目されつつ
ある
4)5)
.WHO6)が整理した世界の都市別環境中 PM2.5 濃度
本論文の分析対象時点はデータが相対的に多く得られた
3
(年平均値)を見ると,デリーの 153(μg/m ,2013 年)を
2007 年度から 2009 年度とし,この期間の平均値に着目す
筆頭に他国の都市と比較してインドは環境中 PM2.5 濃度が
る(なおインドでの「年度」は日本同様,4 月から翌 3 月
高い傾向がある.
まで)
.
このような中,インド電力省,及びインド電力省中央電
力庁(Central Electricity Authority,以下区別せず「インド電
表 1 インド石炭火力に関するデータ出典元
力省」と記載)は,石炭火力からの発電量拡大,環境負荷
文献名
Perform,
Achieve and
Trade (PAT)7)
Performance
Review of
Thermal Power
Stations
2011-123)
低減などを目指した報告制度,指針や基準,規制や罰則措
置などの導入を図っている.報告制度の一環として,イン
ド電力省は,報告された発電効率,設備利用率,排ガス中
PM 濃度などを提示している 3)7).
本論文は以上を背景とし,インド石炭火力に関する政策
的含意,より具体的には日本から働きかけや技術移転を行
(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE) システム研究グループ
〒619-0292 京都府木津川市木津川台 9-2
E-mail: *[email protected], **[email protected], ***[email protected]
発電効率
2007 年度~2009 年度
の平均,送電端,
87 の石炭火力発電所
排ガス中 PM 濃度
記載なし
2007 年度~2011 年度
2010 年度,2011 年度
(各年),369 の石炭
(各年),発電端,
火力プラント,
56 の石炭火力発電所
77 の石炭火力発電所
第 31 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンスの内容を
もとに作成されたもの
17
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ところで,インド電力省の文献 3)7)であっても,同一の発
その意味合いや精度について特段の注意が必要である.
電所にも関わらず文献間で異なる発電所名が使われている
PAT7)は,石炭性状によってボイラー効率設計値,つまり発
場合もある.そこで立地地点,プラント号数,容量,運開
電効率設計値を補正するとしている.例えば提出された石
年などの基礎情報
9)
を基に,著者らにて発電所の名寄せを
炭の灰分比率が高いと発電効率設計値は低く補正される.
行った.
また設計効率を,基準値,ベンチマーク,目標値と言い換
2007 年度~2009 年度の期間において後の分析に用いる
えて説明している個所も散見される 3)7)10).つまり,インド
データを収集できた発電所は 74 カ所(プラント数 343)で
側文献で言うところの設計効率は,
(日本にてプラントメー
あり,本論文ではこれらを分析対象とする.設備容量は計
カーが保証する工学的設計効率ではなく)基準値,ベンチ
2)
69.5GW であり,これはインド石炭火力 84GW(IEA に基
マーク,目標値という意味合いを持つ.
づく 2008 年値)の 83%に相当する.
そのような意味合いを持つ設計効率について,インド電
力省は公式資料 10)において,
「意図的に低く変更された『設
1.3 適用する手法
計効率』が発電事業者から報告されている」と明記してい
発電効率,排ガス中 PM 濃度に対し,一般的な回帰分析
る.より具体的には,
「設計効率」の基礎となるボイラー効
を適用する.回帰分析によって,どのような要素(例えば
率について,石炭性状の差異や未燃によるカーボンロスに
容量,運開年,保有者など)と連関があるのか検討できる.
関する最近の診断結果を考慮してもなお,最近のボイラー
改善ポテンシャル算定に際しては,環境経済学などで用
効率が以前のボイラー効率よりも“substantially lower”と
いられている指向性距離関数(Directional Distance Function)
なっているのは正当化できないとしている.
を適用する.指向性距離関数によって,個々の発電所の条
例 え ば NTPC が 保 有 運 営 す る 発 電 所 の 一 つ で あ る
件(容量,運開年)を所与とした上で改善ポテンシャルを
Kahalgaon は,1996 年までに運開した 1-4 号機(何れも
算定できる.
210MWe)のボイラー効率を 87.7%と報告すると同時に,
以下,発電効率,排ガス中 PM 濃度,これらの改善余地
2007 年以降に運開した 5-7 号機(何れも 500MWe)のボイ
を順に記載する.
ラー効率を 82.4%ないし 82.7%と報告している
10)
.一方,
7)
PAT に示された燃料性状の補正式に基づき著者らが計算
2.発電効率
したところ,5-7 号機のボイラー効率は 86.1%が妥当である
(1-4 号機の 87.7%を基準とした場合)
.なお典型的なボイ
2.1 発電効率(報告値)
7)
PAT に加え資料
3)9)10)
など基づき著者らが整理した発電
ラー効率として米国では 88%,日本では 90%がそれぞれ参
効率(報告値)を図 1 に示す.横軸は発電所別の運開年(試
照される.
運転開始年)である.プラント別の運開年をプラント容量
このように意図的に低い設計効率が報告されているのは,
PAT7)制度が事業者に低い(劣る)設計効率を報告するイン
にて加重平均し発電所別の運開年とした.
センティブを与えているためと推察される.PAT7)制度では,
図 1 では保有者に関して 1)NTPC(国営最大手)
,2)NLC
(国営)
,3)民営,4) 州営・国営他,以上 4 区分によりプ
報告された設計効率と発電効率の差(2006 年度~2008 年度
ロット分けを行った.Neyveli Lignite Corporation (NLC) は
平均)が小さければ小さい程,改善すべき目標値が低く設
専ら褐炭採掘及び褐炭発電所運営を行っている国営会社で
定される仕組みとなっている 7)8).
ある.本論文の分析対象 74 発電所の中では,NLC の 3 発
以上のように報告された設計効率の意味合いや精度に特
電所と州営の 1 発電所の計 4 発電所が褐炭を主燃料として
段の注意が必要であるが,設計効率と発電効率の差を図示
いる.
したのが図 2(参考情報)である.NTPC や民営の多くの発
発電所によって設備利用率の差異が大きいため,設備利
電所は 4%ポイント以下の差にとどまっている一方,州営・
用率(2007 年度~2009 年度平均)も図中に数値で示した.
国営他は 6%ポイントを超える差となっている発電所も散
図 1 から運開年が最近の発電所ほど高い発電効率が報告
見される.また参考のため,設計効率(報告値)を図 3 に
されていることが伺える.しかし全般的に発電効率のばら
示す.2000 年前後をピークとして直近の発電所はむしろ設
つきが大きい.保有者別に見ると, NTPC や民営は,相対
計効率(報告値)が低下しているようにも見える.
図 1 に示した発電効率,及び図 2 に示した設計効率との
的に良好な発電効率となっている一方,州営・国営他の発
電効率は相対的に劣る可能性が伺える.
差(設計効率の意味合いや精度について特段の注意が必要)
がどのような項目と連関があるのか,次に重回帰分析にて
2.2 設計効率と発電効率の差(共に報告値)
検討を行う.
発電効率設計値(以下,設計効率と記載)については,
18
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NTPC(国営最大手)
36
送電端 発電効率(%, HHV)
州営・国営他
88
91
注1) NLCのように塗りつぶ
しているマークは、褐炭を
主燃料とする発電所
注2) マークに付けている
数値は設備利用率(%)
30
民営
NLC(国営)
90
93
94
82
85
78
81
79
65
56
72
66
24
51
25
40
78
75
62
39
61
60
74
58
20
51
55
59
60
38
53
64
77
74
58
50
81
59
42
87
53
75
68
85
70
82
66
51
93
80
99
82
71
85
78
85
79
75
78
60
81
74
81
77
89
89
72
77
85
87
59
57
76
18
1953
1963
1973
1983
運開年(西暦)
1993
2003
2008
図 1 発電効率(報告値,発電所別,2007 年度~2009 年度平均)
出典)PAT7)に基づき著者ら整理.
0
74
81
設計効率と発電効率の差 (%ポイント, HHV)
82
85
NTPC(国営最大手)
91
77
NLC(国営)
2
25
82
民営
81
79
85
注1) NLCのように塗りつ
ぶしているマークは、褐
炭を主燃料とする発電所
注2) マークに付けている
数値は設備利用率(%)
6
55
40
56
66
57
53
38
20
82
89
87
59
74
68
60
74
53
78
85
60
58
85
93
80
75
71
85
51
50
78
42
59
65
51
76
81
79
89
78 87
93 90
99
70
60
66
94
88
78
51
72
72
81
77
州営・国営他
4
75
58
77
59
39
64
75
61
62
8
1953
1963
1973
1983
運開年(西暦)
1993
2003
図 2 設計効率と発電効率の差(参考情報,報告値,発電所別,2007 年度~2009 年度平均)
出典)PAT7)に基づき著者ら整理,ただし報告された設計効率の信頼性が低く本図は参考情報の位置づけ.
19
2008
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
送電端 設計効率 (%, HHV)
37
が高い.
35
これらの内,運開年,設備利用率,褐炭ダミーが発電効
率と連関があるのは工学的に予見できる結果である.ただ
33
し,「プラントの平均設備容量」ではなく「発電所全容量」
31
と連関がある点が興味深い.これは,例えば 210MW のプ
29
ラント 4 基の発電所
(全容量 840MW)
を考えた場合,210MW
27
と連関があるのではなく,840MW と連関があるという意
味である.工学的には「プラントの平均設備容量」と連関
25
23
1953
が見られるはずであるがそのような連関が観察されなかっ
たことから,
「発電所全容量」が大きい程,より適正な運用
1963
1973 1983 1993
運開年(西暦)
2003
保守を行っている可能性が示唆される.
なお,設備利用率が高い程,優れた発電効率となってい
図 3 設計効率(参考情報,報告値,発電所別,
るが(10%ポイント設備利用率が高いと,1%ポイント程度
2007 年度~2009 年度平均)
発電効率が高い)
,これはコールドスタートや部分負荷運転
出典)PAT7)に基づき著者ら整理,ただし報告された設計
の多寡といった直接影響に加え,設備利用率を高く維持で
効率の信頼性が低く本図は参考情報の位置づけ.
きる優れた運用保守ノウハウが裏にあり,それが高い発電
効率の要因にもなっていると考察される(ただし単位出力
2.3 発電効率(報告値)の回帰分析
発電効率の絶対値(2007 年度~2009 年度平均,送電端,
あたりの O&M 費や要員規模についてはデータ未入手であ
HHV 基準)[図 1]を被説明変数とした.説明変数として,
り今後の課題である)
.同時に,発電効率に優れた発電所か
i)発電所のプラント数,ii)プラントの平均設備容量,iii)発
ら優先的に稼働させていることも影響していると考察され
電所の全プラント合計の設備容量,iv)運開年(西暦),v)
る.
設備利用率,vi)炭種(褐炭ダミー),vii)海外炭比率,viii)
2.4 設計効率と発電効率の差(共に報告値)の回帰分析
運営保有者カテゴリー,を試みた.
vi)炭種(褐炭ダミー)及び vii)海外炭比率については 2011
設計効率と発電効率の差を被説明変数とした場合につい
年度データのみ得られたため,vi)および vii)は 2011 年度デ
ても重回帰分析を行った.試みた説明変数は第 2.3 節と同
3)
様 i)~viii)である.結果を表 3 に示す.表 3 では参考のため
ータ を参照した.他は 2008 年度,あるいは 2007 年度~
両側 10%で見て有意ではない説明変数を加えた結果も示し
7)
2009 年度平均値 である.viii)運営保有者カテゴリー,に
ついては NTPC,NLC,他の国営,民営,州営の組合せを
表 2 発電所別の発電効率(%, 送電端, HHV)を
試した.
被説明変数とした重回帰の結果
以上の被説明変数,説明変数を共に入手整理できた発電
説明変数など
1
よび統計的有意性の観点から,有力と見られる回帰式が複
プラント平均容量
(GW)
4.8%
(1.2)
数得られた.特に有力である回帰式は,表 2 の 3 列目であ
発電所全容量
(GW)
1.3%**
(2.5)
所数は既述の通り 74 である(即ち n=74)
.論理的説明力お
る.3 列目は,例えば赤池情報量規準(AIC)が低く,かつ
運開年 (年)
両側 10%で有意な説明変数から構成される(AIC を含めた
統計的基礎については付録 1 を参照のこと)
.
設備利用率 (%)
2 列目,3 列目の回帰は「海外炭比率」,「所有者ダミー
0.10***
(5.6)
なる.これら説明変数間の相関係数は 0.3 である.つまり
海外炭比率 (%)
0.047
(1.3)
NTPC・民営は海外炭比率がやや高い.インド国内炭の灰分
所有者ダミー
[NTPC・民営=1]
1.1%*
(1.7)
R2
Adj-R2
AIC
n
0.75
0.72
352.7
74
率に影響していると考察される.
3 列目の回帰式から,発電所全容量,運開年,設備利用
4
1.8%***
(4.3)
1.7%***
(4.1)
1.8%***
(4.4)
0.11***
(6.8)
0.11***
(6.1)
0.12***
(7.3)
-3.5%*** -3.9%*** -3.9%*** -4.2%***
(-3.2)
(-3.5)
(-3.5)
(-3.8)
[NTPC・民営=1]」のどちらを組み入れるかといった点で異
入炭の灰分は 12%程度 12)であり,石炭性状の差異も発電効
3
0.08%*** 0.10%*** 0.11%*** 0.10%***
(2.9)
(4.0)
(4.3)
(4.0)
褐炭ダミー
[褐炭=1]
は重量比 36%~50%10)11)である一方,例えば豪州からの輸
2
0.051
(1.4)
1.2%*
(2.0)
0.73
0.71
354.8
74
0.73
0.71
352.7
74
0.72
0.70
355.2
74
率,褐炭ダミーとの連関が観察される.例えば運開年が 10
補足 1)括弧内は t 値.*p<0.1, **p<0.05, ***p<0.01.
年新しく他の条件が同じであれば約 1%ポイント発電効率
補足 2)基本的に 2007 年度~2009 年度平均の値.
20
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た.容量が有意でないのは,
(工学的に妥当・自明であるが)
に見ると,その多様な状況が伺える.民営,NTPC(国営最
設計効率が既に容量を反映しているためと考えられる(な
大手)は相対的に良好な発電効率を示している.一方,州
お,別途,設計効率を被説明変数とする回帰を行い,容量
営,国営他は相対的に劣る発電効率である.これは,発電
や運開年と明確な連関があることを確認したが,実態把握
所の容量,運開年,設備利用率の差を考慮してもなお観察
という本論文の主旨から距離があるため,本論文では記載
される.発電効率の維持・向上のため,運用保守の重要性
を省く)
.
が示唆される.
運開年に関して,経年影響により運開年が古い発電所で
ある程,設計効率と発電効率の差が大きい可能性が経験的
3.排ガス中 PM 濃度
に(また図 2 からも)示唆されるが,表 3 では両側 10%で
3.1 大気汚染,PM に関する背景
見て有意ではない.これは外れ値の存在,つまり 1)古い発
世界保健機関 WHO は 2014 年 3 月,
「大気汚染(室内+
電所であっても,日常の運用保守に加え(発電効率向上の
室外)に関連した早期死亡を,2012 年時点(世界計)で 7
ための)適正な大型補修を行った発電所が存在すること,
百万人と推計」と発表した.この推計値は WHO 従来推計
2)比較的新しい発電所であっても(出力回復といった理由
の 2 倍以上である 13).
Guttikunda and Jawahar5)はインドの貧困,エネルギーアク
で)大型補修を必要とするケースがあること,などの要因
によると考えられる(付録 2 参照)
.
セス,電力不足に言及しつつも,
「インド石炭火力の排ガス
表 3 から,設備利用率の差を考慮してもなお NTPC・民
(2010 年度)に起因する大気汚染により,8 万人~11.5 万
営の石炭火力の発電効率は設計効率からの乖離が州営・国
人の早期死亡をもたらした」とした.なおこの評価には一
営他の発電所と比べ小さく,より適正な運用保守を行って
次粒子のみならず,SO2 由来の二次粒子の影響(インド石
いる可能性が示唆される.NLC は褐炭発電専業の事業者で
炭火力の場合 30%~40%の比率)も含む 5).
あり,発電効率の絶対値,及び設計値との差が特段優れて
このように石炭火力は CO2 排出抑制の観点だけでなく,
いるとは言えない.
PM などの大気汚染の観点と合わせて議論されるようにな
りつつある.このような問題意識に基づき,本論文はイン
2.5 発電効率のまとめ
ド石炭火力の排ガス中 PM 濃度にも注目する.
インド石炭火力(容量カバレッジ 83%程度)を発電所別
3.2 排ガス中 PM 濃度(報告値)
表 3 発電所別の設計効率と発電効率の差(共に報告値,
イ ン ド 石 炭 火 力 の 排 ガ ス 中 PM 濃 度 は , The Air
%,送電端, HHV)を被説明変数とした重回帰の結果
説明変数など
1
プラント平均容量
(GW)
1.8%
(0.6)
発電所全容量
(GW)
-0.27%
(-0.7)
運開年 (年)
設備利用率 (%)
2
***
-0.036
(-2.7)
-0.18%
(-0.2)
海外炭比率 (%)
-0.010
(-0.4)
その 1986 年規定 14)において,150mg/Nm3(210MW 以上)
,
350mg/Nm3(210MW 未満)を上限基準値とすると定められ
ている(一部市街地はより厳しい基準値を指示,なお
-0.13%
(-0.4)
Performance Review3)は異なる情報を提示しているが,本論
***
-1.4%
(-3.1)
***
-0.037
(-2.9)
文は 1986 年規定 14)に基づくこととする)
.
***
-0.040
(-3.4)
***
-0.041
(-3.4)
石炭ボイラー排ガスのダスト濃度は日本の例でその基準
値より 2 桁大きい 20g/Nm3 といった水準であるため 15),基
準値順守のためには 1/100 といったオーダーへ減らす必要
がある.そのためインドでは全ての石炭火力に電気集塵機
***
-1.4%
(-3.1)
***
-1.4%
(-3.3)
***
が普及している.ただし,SOx については煙突高さ基準値
-1.4%
(-3.1)
所有者ダミー
[NLC=1]
R2
Adj-R2
AIC
n
(Prevention and Control of Pollution) Act 1981,より正確には
4
-0.019% -0.011%
(-0.8)
(-0.6)
褐炭ダミー
[褐炭=1]
所有者ダミー
[NTPC・民営=1]
3
があるだけで排ガス濃度規制などはなく,インド国内炭の
0.48%
(0.5)
0.37
0.30
305.2
74
0.36
0.33
299.9
74
0.36
0.34
296.7
74
硫黄分が比較的少ない(重量比 0.5%前後という)背景もあ
0.36
0.33
298.4
74
り,排煙脱硫装置はほとんど普及していない
4)
.従って,
排煙脱硫装置で(副次的に)PM 除去もなされるケースは
まれである 4).なおインド石炭火力起因の PM2.5 の内,二次
補足 1)括弧内は t 値.*p<0.1, **p<0.05, ***p<0.01.
粒子比率が 30%~40%(その多くは SO2 由来)を占める
補足 2)報告された設計効率の精度が低く,本表は参考情
とされるが,本論文では一次粒子のみに着目する.
5)
Performance Review3)に記載されている排ガス中 PM 濃度
報の位置付けにとどまる.
を整理・図示したのが図 4 及び図 5 である
(2007 年度~2009
補足 3)基本的に 2007 年度~2009 年度平均の値.
21
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
年度平均)
.Performance Review3)には,2007 年度~2011 年
プラント別の PM 濃度を図 5 に示す.プラント容量別の
度の各年のプラント別 PM 濃度(上下端)が記載されてい
基準値も図示したが,容量と PM 濃度の間の明確な連関は
る.本論文では上下端の単純平均値を参照した.
図 5 から確認できない.
こ こ で 議 論 す る PM の 定 義 で あ る が , 元 文 献 の
なお,プラントによっては 500mg/Nm3 を超える濃度が報
Performance Review3)には Suspended Particulate Matter (SPM)
告されている.500mg/Nm3 以上であっても一部の電気集塵
と記載されている(ただし日本で言うところの SPM とは定
機が限られた期間稼働していたと考えられるが,本分析で
4)
義が異なる)
.Cropper et. al. によると,インド側文献で記
は 500mg/Nm3 以上を外れ値と見なし,図 5 及び次の回帰分
載されている SPM とは Total Suspended Particulate Matter
析において 500mg/Nm3 以上の場合でも 500mg/Nm3 の数値
(TSP)を意味し,いわゆる PM10 よりもカバレッジが大きい.
を当てはめた.
図 5 に示したプラント別の PM 濃度がどのような項目と
本論文では単に PM と記載する.
発電所別に整理した PM 濃度を図 4 に示す.図 4 は PM
連関があるのか,次に重回帰分析にて検討を行う.
濃度の順に発電所をソートし,運営保有者別に色分けした.
民営は PM 濃度が低い傾向にある.一方,州営は相対的に
3.3 排ガス中 PM 濃度(報告値)の回帰分析
PM 濃度が高く,210MW 以上のプラントに対する基準値
プラント別の PM 濃度(2007 年度~2009 年度平均値)を
3
(150mg/Nm )を上回る発電所も一定のシェアを占める.
排ガス中PM濃度(mg/Nm3)
500
民営
NLC(国営)
被説明変数とした重回帰分析を行った.分析対象は 343 の
400
※350
210MW未満のプラントの基準値
300
注)左から順に
504, 530, 1885
州営・国営他
NTPC(国営最大手)
※基準値 (The Air Act 1981に基づく1986基準値)
200
210MW以上のプラント
の基準値
※150
100
0
1
6
11
16
21
26
31
36
41
46
51
56
61
66
71
図 4 発電所別の排ガス中 PM 濃度
3)
補足)報告値 に基づき著者ら整理,上下端平均,2007 年度~2009 年度平均.プラント別の数値をプラント設備容量にて
加重平均し発電所別データとした.ここでの PM とは全 PM(Total Suspended Particulate Matter)を意味する 4) (以下,同様)
.
500
排ガス中PM濃度(mg/Nm3)
排ガス中PM濃度(mg/Nm3)
500
※基準値 (The Air
Act 1981に基づく
1986年基準値)
400
※
300
200
※
400
300
200
100
100
0
1949 1959 1969 1979 1989 1999 2009
0
0
200
400
600
プラント別設備容量(MW)
運開年(西暦)
図 5 プラント別の排ガス中 PM 濃度
補足)報告値 に基づき著者ら整理.2007 年度~2009 年度平均.本図及び次の回帰分析では上限を 500mg/Nm3 とした.
3)
22
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
プラントである(発電所数 74 に相当)
.
はそれぞれ 1.3GW 以上の設備容量であり主要都市から離
結果を表 4 に示す.プラント容量,燃料種との連関は明
れている(例えばコルカタ市街地からは直線距離で約
確には観測されない(表 4 の 1 列目)
.その一方,運開年,
600km 弱離れている).このように立地点の状況に応じた
所有者との連関が明確に観測された.所有者区分について
PM 対策が実施されている可能性がある.
は,国営の Neyveli Lignite Corporation (NLC),及び民営は州
なお,集塵機の集塵率,容量,実務上の運用保守水準,
3
営・国営他と比較し 120mg/Nm 程度低い(優れた)PM 濃
これらに投入した費用や要員規模といった PM 濃度に直接
度となっている.NTPC も州営・国営他と比較し 60~
影響を与える情報について入手できていない.脱硫装置,
3
70mg/Nm 程度低い(優れた)PM 濃度となっている.
脱硝装置,さらに GGH や低低温電気集塵機などもシステ
3
3
ム的に組み合わせた場合 15)の技術的な PM 濃度低下改善余
,350mg/Nm
PM 濃度基準値は,150mg/Nm(210MW 以上)
(210MW 未満)と定められている 14).そこで 210MW 以上
地算定といった分析評価は,今後の研究課題の一つである.
のプラントを 1 としたダミー変数を説明変数に加えて回帰
を行った.結果を表 4 の 3 列目に示す.両側 10%で見て有
3.4 排ガス中 PM 濃度のまとめ
意ではないものの,210MW 以上のプラントの方がむしろ
分析対象の 343 プラント
(74 発電所に相当)
に基づくと,
3
PM 濃度が高い可能性すらあり,少なくとも 150mg/Nm
民営,NLC,続いて NTPC の石炭火力発電所や新鋭石炭火
(210MW 以上)という基準値が PM 濃度低下に寄与してい
力は,PM 濃度が低いことが観察された.ただしプラント
るか本分析からは確認できない.
によっては,依然として PM 濃度が基準値(150mg/Nm3 も
さらに発電所全容量が大きい程,PM 濃度が高い可能性
しくは 350mg/Nm3 )を上回っており多様な状況である.
が 2 列目から示唆される.これは,大都市近郊に小規模石
Mandal and Kumar11)によると,インド石炭は灰分が多い点
炭火力が多く,人口密度の低い農村部に大規模石炭火力が
に加え,排ガス中ダストの(硫黄分やアルカリが少ないた
点在するといった地理的要因が影響している可能性も挙げ
め)電気抵抗率が高く,安定して長期に PM 濃度を下げる
3
られる.例えば一部の都市近郊では 150mg/Nm を下回る排
のは技術的・実務的に容易でない.
4)
ガス中 PM 濃度基準値が設けられている 一方,PM 排ガス
3
石炭火力の集塵において高い電気抵抗率が実務上の課題
3
中 PM 濃度 233mg/Nm の Anpara や 493mg/Nm の Panipat
となることは,日本においても従来から議論・検討されて
おり,
(炭種がインドと大きく異なるとは言え)日本の石炭
表 4 プラント別の排ガス中 PM 濃度(mg/Nm3)を
火力では 5mg/Nm3~10mg/Nm3 程度に抑えることができて
被説明変数とした回帰分析の結果
いる 15).今後とも日本の技術やノウハウの移転が期待され
説明変数など
1
プラント容量
(GW)
36
(0.5)
2
3
プラント容量ダミー
[210MW 以上=1]
発電所全容量
(GW)
る.
4
4.改善ポテンシャルの算定(発電効率,設備利用率,PM
12
(0.9)
18*
(1.7)
***
濃度)
21**
(2.3)
***
4.1 指向性距離関数の適用
***
-1.72
(-3.1)
経営学やオペレーションズリサーチの分野などで,包絡
***
運開年 (年)
-1.68
(-3.1)
-1.49
(-3.5)
-1.38
(-3.4)
設備利用率 (%)
-0.41
(-1.1)
-0.41
(-1.1)
褐炭ダミー
[褐炭=1]
15
(0.5)
海外炭比率 (%)
0.31
(0.4)
所有者ダミー
[NLC・民営=1]
-120***
(-5.9)
-114***
(-6.8)
-123***
(-7.5)
-125***
(-7.6)
所有者ダミー
[NTPC=1]
-72***
(-4.7)
-71***
(-4.8)
-59***
(-4.8)
-60***
(-4.9)
R2
Adj-R2
AIC
n
0.21
0.19
1111
343
0.21
0.20
1105
343
0.20
0.19
1104
343
0.20
0.19
1102
343
分析法(Data Envelopment Analysis: DEA)が用いられてい
る.DEA は個々の評価対象の条件(インプット,投入と呼
ぶ)
,及び個々の成果(アウトップ,市場産出と呼ぶ)がど
の程度あるかを認めた上で,個々の評価対象の比率(市場
産出/投入)を評価する手法である. DEA の分野では「市
場産出/投入」を「効率性」と呼ぶが,発電効率と紛らわ
しいため本論文では「パフォーマンス」と以下呼ぶことと
する.
ところで,一般に活動に伴って(市場産出だけでなく)
環境負荷といった負の外部性(環境産出)を伴うこともあ
る.例えば,大気汚染物質,廃棄物などである.以下,負
補足 1)括弧内は t 値.*p<0.1, **p<0.05, ***p<0.01.
の外部性(環境産出)を「廃棄物」と呼ぶ.この場合,投
補足 2)基本的に 2007 年度~2009 年度平均の値.
入と廃棄物は少ない方が望ましく,市場産出は多い方が望
ましい.
23
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
20
ここで,評価基準「投入を変化させずに,市場産出を増
発電所の手本となった係数の合計
やし,同時に廃棄物を減らすことができるか」を考える.
DEA ではこの評価基準を解くことができず,別の手法が必
要となる.この評価基準に対応すべく開発されたのが指向
性距離関数(Directional Distance Function: DDF)である 16).
指向性距離関数は,投入,市場産出,廃棄物に関するフ
ロンティアを見出し,そのフロンティアまで評価対象が投
入を変えずに,市場産出を x%増やし,同時に廃棄物を x%
減らすことができるという改善余地を算定できる.このよ
上にあるほど、パ
フォーマンスが良い
(発電所の手本と
なっている)
民営
NLC(国営)
15
NTPC(国営最大手)
州営・国営他
10
5
0
1
うにそれぞれ同じ比率だけ改善可能という前提を置くこと
3
5
7
9
11
13
15
発電所(ソート済み)
とする.
・・・
17
(以降、省略)
図 6 発電所の手本となった度合い(係数合計値)
指向性距離関数を実際の課題に適用する際に鍵になるの
は,具体的にどのような項目を,投入,市場産出,廃棄物
発電所(ソート済み)
15
発電効率,稼働率,PM濃度の改善余地
と設定するかである.本論文では,これまでの重回帰結果
などを参考に,表 5 の通り設定した.分析対象は,表 5 に
示した項目の値(2007 年度~2009 年度平均)が入手整理で
きた 74 発電所(これまでと同様)である.
4.2 指向性距離関数による結果
指向性距離関数をインド石炭火力(2007 年度~2009 年度
平均)に適用した結果を図 6,図 7 に示す.これら図では
パフォーマンスが良好な発電所の順にソートし 1 番から 74
20
25
30
35
40
45
50
55
60
65
70
0%
12%
(1)式~(3)式参照
24%
36%
下にあるほど、大きな
改善余地あり(手本と
なる他発電所と同様
のパフォーマンスが
可能であれば)
民営
NLC(国営)
NTPC(国営最大手)
州営・国営他
48%
番まで番号付けを行った.
図 7 手本となる発電所と同等のパフォーマンスまで
例えば,発電所 43 番は,(1)式~(3)式で表現される.即
改善できた場合の改善余地
ち 43 番の発電所は,12 番,2 番,17 番を線形結合した仮
発電所 43 番の投入
想的な発電所(フロンティア)以上の投入を行っている.
≥ 0.70×(発電所 12 番の投入)+0.23×(〃2 番の投入)
同時に,市場産出(発電効率,設備利用率)は 12%増,環
+0.06×(〃17 番の投入)
境産出(PM 濃度)は 12%減が理想的に可能と算定される.
(1)
(1)式~(3)式において,12 番の発電所は 0.70 の比率で仮
発電所 43 番の市場産出×(1+0.12)
想的な発電所(フロンティア)に貢献している.図 6 縦軸
≤ 0.70×(発電所 12 番の市場産出)+0.23×(〃2 番の市場産出)
は,全発電所に対する係数(例えば 0.70)を足し合わせて
+0.06×(〃17 番の市場産出)
算定した.つまり,図 6 縦軸は発電所の手本となった度合
いを意味する.民営の発電所はほぼ全て手本側(図 6)に
(2)
発電所 43 番の PM 濃度×(1-0.12)
区分される.また NTPC も比較的パフォーマンスが良い.
≥ 0.70×(発電所 12 番の PM 濃度) +0.23×(〃2 番の PM 濃度)
+0.06×(〃17 番の PM 濃度)
表 5 指向性距離関数の適用に際しての変数割り当て
(3)
投入(条件)
市場産出(成績)
環境産出・廃棄物
(2)式及び(3)式に示した通り 43 番の発電所は 12%の改善
基礎投入
(1 と定義) [1]
発電効率
[0.193~0.345]
排ガス中 PM 濃度
[37-1885]
余地がある.つまり,発電効率,設備利用率を 12%増加さ
発電所全容量
(GW) [0.06~3.26]
設備利用率
[0.202~0.988]
せると同時に,PM 濃度を 12%減少できる改善余地がある.
このような改善余地の大きさを図示したのが図 7 である.
特に州営石炭火力の改善余地が大きいことが分かる.
運開年指数
[0~1]
図 7 では個々の発電所別の改善余地を示したが,これを
パフォーマンス順位グループ別に整理集約したのが表 6 で
補足 1)
「運開年指数」は,分析対象 74 発電所の中で運開
ある.表 6 では評価対象 74 発電所の値のみならず,発電所
年が最も古い発電所を 0,最も直近に運開した発電所を 1
として線形内挿した指数である.
数ベースで下位 1/2(38~74 番の発電所)
,及び下位 1/4(56
補足 2)具体的に参照した数値の範囲を[]内に示した.
~74 番の発電所)のグループ別に示した.
24
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
し重回帰分析,及び指向性距離関数の適用を行った.次の
表 6 パフォーマンス順位グループ別の改善余地の
結果及び含意が得られた.
まとめ(2007 年度~2009 年度平均)
全評価対象
:1~74 番
基礎
情報
設備容量(GW)
送電端 発電量
(TWh/年)
下位 1/2
下位 1/4
1)
:38~74 番 :56~74 番
69.5
28.8
13.0
450
158
63
も州営の石炭火力発電所は発電効率,排ガス中 PM
濃度共に劣るため,日本から技術支援を行う際には
このような州営の石炭火力発電所へアプローチす
ることが望まれる.
送電端 発電効 30.1→32.6 27.0→32.3 25.1→32.1
率(%, HHV)
[2.5]
[5.3]
[7.0]
報告実
CO2 排出量
478→442
187→157
80→62
績値→
(MtCO2/年)
[36]
[31]
[18]
改善後
設備利用率
[差]
発電効率,排ガス中 PM 濃度共に多様である.中で
2)
発電所の設備容量合計値との連関が見られた.全設
備容量が大きな発電所ほど適正な運用保守を行っ
ている可能性があり,改めて運用保守の重要性が示
73.7→79.7 62.6→74.9 55.2→70.6
(%)
[6.0]
[12.3]
[15.5]
排ガス中 PM
166→150
178→140
203→145
濃度(mg/Nm3)
[17]
[38]
[59]
発電効率については,個々のプラント規模ではなく
唆された.
3)
個々の発電所の規模や運開年といった諸条件を所
与として,発電効率,設備利用率,排ガス中 PM 濃
補足 1)表中の CO2 排出量は,設備利用率を報告実績値の
度の潜在的な改善余地を指向性距離関数により求
まま固定し,発電効率が改善した場合の数値.
めた.発電効率改善により 36MtCO2/年程度の CO2
補足 2)石炭の CO2 原単位を 0.089tCO2/GJ (HHV)とした.
削減となりうる.これは分析対象の総排出量
478MtCO2/年の 7.5%に相当する.
当然ではあるが,下位 1/2,及び下位 1/4 に改善余地が大
きく偏っていることが分かる.例えば下位 1/4 は,設備容
量 13.0GW(評価対象の 19%)
,発電量 63TWh/年(同 14%)
インドでは特に家庭用,農業用の電力料金を低位に抑え
を占めるにすぎないが,発電効率向上による CO2 排出削減
ており,盗電,未請求,未払いも相まって,特に州営の発
余地は 18MtCO2/年と,全削減余地 36MtCO2/年の 5 割を占
電所の累積赤字が深刻であるとされる.そのため,日本企
める(設備利用率を固定した場合)
.
業が州営の石炭火力へアプローチし,ビジネスモデルを築
下位 1/2,及び下位 1/4 は,発電効率のみならず,設備利
くのは決して容易でないが,インド電力省も州営の発電所
用率や排ガス中 PM 濃度の改善余地も大きい.これら発電
にもアプローチするよう従来から求めている 17).発電効率
所の多くが州営であり,今後の改善が期待される.
向上を通した CO2 削減と同時に,設備利用率向上や排ガス
中 PM 濃度低減を含めた技術支援を行うことは,現地ニー
ズへ応えるため,またコベネフィット実現のため極めて重
4.3 改善ポテンシャルのまとめ
要と考えられる.
データ収集が可能であった 74 発電所(容量カバレッジ
83%程度)について,個々の発電所の規模,運開年の差異
付録1
を認めた上で,発電効率,設備利用率,排ガス中 PM 濃度
のフロンティアを形成する発電所を特定した(図 6)
.また
一般に重回帰式の選択は,1)理論的説明性,2)統計的有
そのフロンティアまで改善できるとした理想的な改善余地
意性,の 2 つの観点からなされる.この内,2)については
を示した(図 7,表 6)
.
例えば自由度調整済み決定係数(adj-R2)や赤池情報量規準
(AIC)が参照される.adj-R2 は大きい程,AIC は相対的に
これらを総合的に見ると,民営,及び NTPC は優れたパ
小さい程,回帰式の妥当性が高いと判断される.
フォーマンスを示している一方,州営は相対的に劣るパフ
ただし,サンプルサイズが大きいと AIC であっても説明
ォーマンスを示している.現地ニーズとして,設備利用率
18)
向上,排ガス中 PM 濃度低減などが特に強いと思われるが,
変数の多い複雑な回帰式をより妥当と示す傾向がある
.
同時に発電効率向上も可能と見られる.発電効率向上によ
例えば表 2 の 1 列目,3 列目を比較すると AIC の大きさは
る CO2 排出削減余地は 36MtCO2/年であり,分析対象の総排
同じであるが,AIC のこのような傾向を加味すれば,より
出量 478MtCO2/年の 7.5%に相当する(設備利用率を固定し
シンプルな 3 列目の妥当性の方が高い.
なお,重回帰式の選択に際しては,2)のみに依存すべき
た場合)
.
ではなく,1)と 2)を相互補完的に考慮すべきである 18).
5.まとめ
付録2
本論文はインド石炭火力の発電効率,および PM 濃度に
「2)比較的新しい発電所であっても(出力回復といった
ついて報告提示された値を整理し,その上で 74 発電所に対
25
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 36, No. 6
理由で)大型補修を必要とするケースがあること」の例と
7)
Ministry of Power; Perform, Achieve and Trade (PAT),
(2012), http://beenet.gov.in:90/downloadbooks.aspx?fna
して,例えば Barauni が挙げられる(ただし排ガス中 PM 濃
me=BEE_PAT_Booklet_Final.pdf. (アクセス日 2015.4.2
度のデータが得られず,本論文の分析対象外).
7)
発 電 所 保 有 者 の Bihar State Power Holding Company
19)
Limited によると,状況は次の通りである.Barauni は 6
8)
柳美樹, 野田冬彦, 青島桃子; インド省エネルギー達
号機,7 号機の 2 基体制(共に 110MW,計 220MW).運開
成認証制度 PAT(Perform, Achieve and Trade)と省エ
年(試運転開始年)はそれぞれ 1984 年,2005 年.6 号機は
ネバリア低減への貢献, 第 29 回エネルギーシステム・
その後,大型補修(renovation and modernization)を行い 2007
経済・環境コンファレンス. 12–6, (2013).
年に送電を再開(ただし 70MW~80MW の出力)
.7 号機も
9)
Global Energy Observatory (GEO); http://globalenergyo
bservatory.org/. (アクセス日 2015.4.27)
大型補修が必要であり,大型補修の許可をビハール州政府
10) Central Electricity Authority, Ministry of Power; Reco
に申請中.
7)
PAT によると,Barauni は 2006 年度~2008 年度平均で,
mmendations on operation norms for thermal power sta
設備利用率 38%(220MW 基準),発電効率(送電端,HHV)
tions tariff period 2014-19, (2014), http://www.cercind.g
16.8%,設計効率(同)24.5%,これらの差は 7.8%ポイント
ov.in/2013/whatsnew/Sop.pdf. (アクセス日 2015.4.27)
11) P. K. Mandal and T. Kumar; Electrostatic precipitator
である.
performance in India, International Society for Electrost
atic Precipitation, (2006).
謝辞
12) 出光興産株式会社, 株式会社みずほコーポレート銀行;
分析の初期段階から情報提供頂いた皆様方,さらに有用
インド国石炭火力発電所における効率改善事業の案
なアドバイスを頂いた一般財団法人電力中央研究所社会経
件(組成)調査, NEDO 委託, (2012).
済研究所上野貴弘主任研究員に心より感謝申し上げる.
13) World Health Organization (WHO); 7 million prematur
e deaths annually linked to air pollution, (2014), http://
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1)
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www.who.int/mediacentre/news/releases/2014/air-pollution
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