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平成 19 年度 社会起業インターンシップ活動報告
東京工業大学 大学院社会理工学研究科
社会工学専攻 07M43057 河西奈緒
1.
はじめに
この報告書は、イギリスの社会的企業(social enterprise)の一つである The Big Issue
と、日本に創設された有限会社ビッグイシュー日本におけるインターンシップ・プログラ
ム及び調査の結果をまとめたものである。
The Big Issue はホームレスが路上で販売する雑誌をつくることで仕事の機会を生み出す
という画期的アイディアに基づき、1991 年にロンドンで設立された。チャリティではなく
ビジネスの手法と戦略を用いてホームレスの自立を促すという、社会的企業の先進的な成
功事例として、この報告書が我が国のホームレス問題や社会的企業のあり方を考える一助
となれば幸いである。
1
2.
イギリスにおけるホームレス問題の概要
2-1.欧米のホームレス問題と支援施策の特徴
イギリスのホームレス問題を概観する前に、まず欧米と日本のホームレス問題の根本的
な相違点に留意しておく必要がある。柳沢i(2006)の文献を参考に、以下 3 点に分けて違
いを述べる。
まず最も根本的なものに、「ホームレス」の概念の違いが挙げられる。日本でいう「ホー
ムレス」はおおよそ野宿者、路上生活者を指しており、ホームレス自立支援法iiでも「都市
公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場とし、日常生活を営んでいる者」
と定義されている。これに対し多くの欧米諸国では、「ホームレス」は安定した占有できる
住居を持たず、適切な住居を得るために公的な援助を必要とする人々を広く指すと理解さ
れている。つまり欧米では、一時的な簡易宿泊所で生活を営む者や、国によっては住居を
失う恐れのある者まで含めて「ホームレス」であり、ホームレスの家庭、ホームレスの子
どもが多数存在している。
第二に、ホームレスに対する社会保障給付制度が大きく異なっている。ヨーロッパ諸国
では無拠出の失業給付制度、公的扶助制度、公的住宅給付制度などのセーフティ・ネット
が貧困層一般に広く適用されているが、日本でホームレスに対して給付される可能性があ
るのは生活保護のみである。そのため日本では、低所得者・不安定雇用者の失業が野宿状
態に直結するが、ヨーロッパ諸国ではより複雑な背景によってホームレス状態に陥る場合
が多い。
第三に、欧米は行政と民間団体との協力関係が緊密で、かつ民間団体が大規模であると
いう特徴がある。チャリティの伝統がある欧米諸国では、NPO の運営資金が主に個人や企
業の寄付によって賄われており、民間企業に匹敵する規模の団体も多く見られる。通常は
こうした有力な民間団体と行政とが協力して支援を行っていて、簡易宿泊施設の提供やア
ウトリーチなど民間団体に任せられる部分も大きい。
2
2-2.イギリスのホームレス問題と支援施策
イギリスではもともと、戦争による住宅不足のために生じた「ルーフ・レス」の問題に
ついて、臨時の居所を設置する等の緊急対応が行われていた。それが 1970 年代頃から「ホ
ームレス」という概念に置き換えられ、1977 年の住宅法(Housing Act)によってホーム
レスの定義と対策の法的根拠が確立されるに至る。
住宅法の定義によれば、ホームレスとは①占有することができる住居を持っていない状
態にある世帯員の一員、②家があってもそこに立ち入れない場合、そこが住むことが許さ
れない車両・船である場合、③そこを継続的に占有する理由をもっていない場合、④28 日
以内にホームレスになる可能性がある場合、であり、野宿生活者(Rough Sleeper)よりも
広い概念としてホームレスが規定されている。
また、同法ではホームレスと認定された人々が恒久的な住居を確保する権利と、その援
助を行う地方政府の義務を明らかにしている。地方政府は①助言と情報をすべての人に無
料で提供し、②優先的ニーズを持つものに対しては、住宅手当と実際に住居を得るための
助言を行う義務がある。優先的ニーズを持つものとは、妊娠している人とその同居者、扶
養する子どもがいる人、老人・障害者などのいわゆる弱者、傷つきやすい(vulnerable)人、
洪水・火災その他の災害で緊急にホームレスとなった人である。
このようにイギリスでは、ホームレスを住宅問題として捉えている点で特徴的であるが、
住宅援助は一部の優先的ニーズを持つホームレスにしか行き届かず、援助可能な住宅数が
不足するなど住宅施策には限界があった。90 年代に入ると、優先的ニーズから外されがち
な単身ホームレスとその野宿化が問題となり、住宅法とは異なる特別な施策が展開されて
いく。
1990 年にはロンドンを中心に、全国各地で野宿者優先プログラム(Rough Sleepers
Initiative: RSI)が実施された。このプログラムは野宿生活者の数を減らすのに貢献したが、
ホームレスの再定住にまでは至らなかったため、1999 年に Rough Sleepers Unit(RSU)
が環境交通地域省(Department of the Environment, Transport and the Regions: DETR)
内に創設される。RSU では住宅のみならず、保健、雇用などを含めた総合的なサービスを
提供する戦略をとっており、1993 年にイングランドで約 12 万 5000 人いたホームレスは、
1999 年の時点で約 10 万 5000 人にまで減少している。
イギリス政府が 1999 年に公表した野宿者に焦点を当てた戦略書iiiによれば、1999 年のイ
ングランドにおける野宿者は約 1600 人、ロンドンで約 635 人であった。さらに野宿者の属
性や状況についても調査が行われており、その結果を【表 1】に示す。
【表 1】イングランドの野宿生活者属性(1999 年)
25歳以上
75%
男性
90%
ときどき地方自治体によるケアを受ける
25-30%
アルコール依存者
50%
薬物常用者
20%
重度の精神障害者
30-50%
5%
少数民族
3
3.
イギリスの The Big Issue について
3-1.The Big Issue とは
The Big Issue はホームレス問題に取り組む社会的企業である。路上でホームレスの人々
が売る雑誌をつくるというアイディアは、同じく社会的企業の一つである The Body Shop
の会長 Gordon Roddick 氏によるもの。彼の古くからの友人である John Bird 氏が The Body
Shop Foundation からの出資を受け、
1991 年ロンドンにおいて The Big Issue を設立した。
この”The Big Issue”という名前はそのまま雑誌のタイトルとして使用されている。雑誌
はエンターテイメントや社会的な記事が中心で、プロのジャーナリストによって書かれて
おり、それを公式販売員(official vendor)に認定されたホームレスが路上で販売する。ロ
ンドンでは販売員が 1 冊あたり 70 ペンスで雑誌を仕入れ、1.50 ポンドで路上販売し、80
ペンスが本人の稼ぎとなる仕組みである。
The Big Issue の公式販売員はホームレスであれば登録できる。販売員には行動規範が設
けられており、それに同意することで公式販売員となる。行動規範は、アルコールや薬物
の影響下で雑誌販売をしない、攻撃的または脅迫的な態度や言葉を使わない、物乞いをし
ないなど、販売員として活動している最中にのみ言及したものとなっている。そして公式
販売員には写真入りの ID バッヂが発行され、このバッヂと ID ナンバーによって販売員た
ちは管理されている。
1991 年にロンドンで始まったこの事業は大成功を収め、国内外に同様の事業が展開され
ていった。現在ではイギリスを始めとして、オーストラリア、アジア、アフリカの国々で
The Big Issue が設立されている。ホームレスの人々とビジネス・パートナーの関係を築く
ことは、経済的な支援になるのはもちろん、彼らが社会的な能力を身につけるのにも役立
つ。The Big Issue はホームレスや社会的排除の問題に対し、チャリティではなくソーシャ
ル・ビジネスという新たな解決策を提案し続けている。
【表 2】The Big Issue 略歴
1991年9月
1992年8月
1992年12月
1993年6月
1993年11月
1994年5月
1995年10月
1995年11月
1996年6月
1996年12月
1998年4月
2003年9月
2007年9月
The Big Issue設立。ロンドンで月刊誌として販売スタート
発行部数3万、販売員50名
隔週の雑誌として販売スタート
発行部数5万
The Big Issue in the North設立
週刊誌として販売スタート
発行部数8万
The Big Issue Scotland設立
The Big Issue Southwest設立
The Big Issue Cymru設立
INSP(International Network og Street Paper)を設立。ロンドンで初の会議
The Big Issue Foundation設立
発行部数12万
The Big Issue in Australia設立
The Big Issue in South Africa設立
The Big Issue LA設立
ビッグイシュー日本設立。大阪市で販売スタート
ビッグイシュー基金設立
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3-2.The Big Issue におけるインターンシップ
イギリスでは現在地域ごとに 5 誌の The Big Issue が発行されており、そのうち 2 誌につ
いて 2008 年 3 月に事務所を訪問し、調査及びインターンシップを行った。
【図 1】イギリスの The Big Issue 5 誌
【写真 1】イギリスの The Big Issue 5 誌
◆ロンドン London(The Big Issue)
ロンドン本社は Vauxhall 駅前にある 4 階建てのビルで、40~50 人程度のスタッフが勤
めている。編集、資金調達、財務、広報、雑誌販売などの部署があり、また同じビル内に
NPO の The Big Issue Foundation が設置されている。販売員に直接関わりがある雑誌販売
部と Foundation が 1 階に置かれ、販売員や外来者が自由に出入りできるスペースとなって
いた。また、ワークショップのための会議室や販売員が情報を得るためのコンピューター
室もある。
雑誌販売部と Foundation のスタッフにヒアリングを行ったので、その結果を以下にまと
める。
まず雑誌販売部は、ロンドン本社以外にも市内に 7 箇所の distribution point(雑誌配布
所)を持っている。7 箇所は Covent Garden, Oxford Street, Liverpool Street, Victoria,
Angel, Kings Cross, Notting Hill であり、基本的にはロンドンの中心部と郊外の境界辺り
に配置されている。これは販売員の pitch(路上での販売場所)がロンドン市全域に分布し
ているため、雑誌仕入れの際のアクセスを考慮した配置だそうだ。販売員にとっては、仕
入れのためにかかる交通費も馬鹿にならないという事情がある。これら 7 箇所に本社の雑
誌販売部を加え、全部で 8 箇所の distribution point がロンドン市内に置かれており、約
1400 人の販売員が登録しているそうだ。イギリスの The Big Issue は週刊誌で、現在の発
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行部数は約 9 万部であるが、一人が週に売る雑誌の冊数にはかなりばらつきがあり、一桁
台から 100 冊以上売り上げる販売員まで様々であった。
distribution point は路上に椅子とパラソルを広げただけの簡易なもので、コーディネー
ターと呼ばれる販売員がその場の管理を任されていた。コーディネーターは長期の販売員
で信頼のおける人物が担っており、倉庫等から雑誌を運んで、一般の販売員に雑誌を売り
渡す仕事をしている。また、彼ら自身が路上に立って雑誌を販売することもあり、企業の
正スタッフと販売員とのつなぎ役として適任なのだという。コーディネーターには雑誌の
仕入れ値を割引くという優遇措置をとることで、給与の代わりにしている。
【写真 2】distribution point
(Covent Garden)
【写真 3】distribution point
(Angel)
いくつかの distribution point や pitch を回ったところ、やはり路上での販売であるため
そのまちや土地柄によってかなり様相が異なっていた。例えば Covent Garden は小さな出
店が集積する活気のあるまちで、人の行き来が多く pitch ごとの売上げも多い。まちが密な
のでスタッフの巡回もしやすく、ここは販売を始めたばかりの見習い販売員のための pitch
にしているそうだ。見習い販売員は緑のバッヂをしており、トレーニング期間を終えると
黄色のバッヂに変えて他のまちで販売をする仕組みになっている。
その他ロンドンならではの販売運営の方法として、事務所や倉庫といった場所のほとん
どが寄付によって賄われているという特徴がある。Covent Garden では個人の寄付によっ
てビルの一室を借りて事務所を設けているし、Notting Hill では店舗を無料で借りてそこで
販売を行っている。その他の distribution point でも、雑誌を保管しておく倉庫を無料、あ
るいは低額で借りているそうだ。
次に Foundation について、The Big Issue Foundation は 1995 年に The Big Issue のチ
ャリティ事業を担う NPO 組織として設立された。ただしチャリティと言っても、The Big
Issue の原則であるセルフヘルプの理念が Foundation にも反映されており、販売員やホー
ムレスの人々に学習や技術獲得の機会を与える業務が中心となっている。
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具体的な業務内容としては、所持金のマネジメント方法についての講習会や相談事業、
販売員が貯蓄を増やすための貯金口座と促進制度、個々の状況に合わせた計画策定、そし
て必要に応じた住居や職業、公共サービスなどの情報提供がある。また外部に向けて、チ
ャリティイベントの開催や寄付を募る活動も、The Big Issue の資金調達部と連携して行っ
ている。
講習会は月に 10 回程度あり、国や市の給付金制度について、
所持金の使い道の計画作り、
借金について、銀行口座の開設についてなど、ホームレスの人々ならではの内容になって
いる。販売員たちにとって、稼ぎを生み出すのと同じくらい、その使い方や貯蓄の仕方も
また重要であることが伺える。貯蓄を助けるための別の方法として、Foundation が銀行の
代わりにお金を預かる制度もある。これは Vendors Bank と呼ばれており、ロンドンでは
10 ポンド貯金すると 1 ポンドがボーナスとして Foundation から支給されるという貯蓄へ
のインセンティブが与えられている。また頻度は不明だが、販売員を対象としたアートな
どのワークショップも行うとのことだ。
◆ブリストル Bristol(The Big Issue Southwest)
ブリストルはイングランドの西部に位置する都市で、The Big Issue Southwest の編集局
と distribution の事務所が置かれている。Southwest の雑誌はロンドンの雑誌と記事内容
が同じで、広告部分だけ地域情報を盛り込んだものに編集し直している。そのため、編集
局はロンドン本社の編集部と密な関係にあり、編集の仕事の半分以上はロンドンで行って
いるそうだ。ちなみに他の地方紙 3 誌(TBI in the North, TBI Scotland, TBI Cymru)は
記事・広告とも完全に独立した内容となっている。
Southwest の distribution は、ブリストル Bristol, バース Bath, Bournemouth, Exeter,
Plymouth, Gloucestershire, Devon, Cornwell の 8 都市に置かれている。ロンドンと異なり、
Southwest では都市ごとに 1 つの distribution があってすべて事務所を構えている。雑誌
を販売する企業としての機能と販売員をサポートする NPO としての機能が分かれていな
いため、ロンドンの distribution point のような形態はとっていない。
【写真 4~6】The Big Issue Southwest の事務所
(左からブリストルの編集局、ブリストルの distribution、バースの distribution)
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ブリストルでは 2 週間にわたるインターンシップを行い、地域の様子や The Big Issue
Southwest と地域との連携など、総合的な知見を得ることができた。以下 5 項目に分けて
調査の結果をまとめる。
・ブリストルのまちについて
ブリストルの市街地は旧市街(Old City)を中心に広がっており、徒歩で隅々まで歩ける
程度の非常にコンパクトなまちである。歴史的にはイングランドでも有数の商業港で、市
街地の南方に運河が流れており、運河沿いの地域は観光地として整備されている。また市
街地の西部にはブリストル大学があり、学生の多いまちでもある。
ブリストルの distribution は市街地の北の外れに位置しているが、この一帯は治安が悪く、
アルコールや麻薬の問題が度々起こっている地域だそうだ。事務所の周辺にはそうした問
題に関連する NPO や行政の団体が多く、The Big Issue Southwest の事務所もその一つだ
と言えよう。
【写真 7】ブリストルのホームレス支援施設
【写真 8】distribution 周辺のまちの様子
・ホームレスを取り巻く状況
ホームレスの人々は行政や NPO などの支援組織から提供されるサービスに頼って生活
を維持しており、販売員たちも The Big Issue Southwest だけでなくその他のサービスを
併せて受けている。ブリストルにおけるホームレス支援の情報をまとめた資料、Bristol
Survival Handbook(チャリティ組織 Caring at Christmas が発行)には 120 余りの団体
が掲載されており、簡易宿泊所、デイセンター、食事の支給、各種病院、アルコール依存
や麻薬中毒の関連団体、公衆トイレ、相談所、雇用や職業訓練所、チャリティ・ショップ、
ヘルプラインなどの総合的なサービスが提供されている。
また、ブリストルではイギリス国内でも先進的なホームレスプロジェクト”The Hub”が
1995 年から実施されている。これは複数の NPO 団体と Southwest 州の保健局、社会保障
給付機関、雇用サービス機関、職業教育機関及びブリストル市の住宅部とソーシャルサー
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ビス部が加わった複合型プロジェクトで、これらのサービスが一つの建物の中に集められ
ており、利用者が一ヶ所で必要なサービスを受けられる点で優れている。
ホームレスの人々の寝場所については、民間団体及び行政による簡易宿泊所(hostel,
shelter)、行政の支援による個人アパート(private flat)、ケア・ワーカーがいる支援住宅
(supported housing)が主である。野宿者は多くても 10%程度だそうで、住宅政策が充実
している様子が伺える。
・The Big Issue Southwest の公式販売員になるには
The Big Issue Southwest では、ホームレスの人々に対する広報・勧誘活動は行っていな
い。というのも、そもそもイギリス国内における The Big Issue の知名度は非常に高く、ま
た販売員の姿は街中で見かけられるので、地元の人間であれば誰でも The Big Issue
Southwest の存在を知っているのである。販売員になりたいというホームレスの人々が、
自ら事務所にやってくるそうだ。
公式販売員になる手続きには、ID とホームレスである証明書が必要である。後者は多く
の場合、彼らが利用している簡易宿泊所やケアセンター等で紹介状を書いてもらい、それ
を証明書としている。ここに地域支援団体のネットワークの強さを見てとることができよ
う。ID と証明書があれば、あとはロンドンと同様の行動規範に同意することで公式販売員
となる。ブリストルで登録している販売員は約 70 人である。
・雑誌販売の仕組み
基本的な仕組みは3-1.で紹介した通りだが、Southwest あるいはブリストルのみの
仕組みやローカル・ルールがあるので、ここではそれについて述べたい。
まず雑誌の値段は、Southwest では1冊あたり 75 ペンスで仕入れて 1.50 ポンドで路上
販売をしている。ロンドンよりも仕入れ値が 5 ペンス高い。販売場所は当日の朝に販売員
本人が決めることができ、売れ行きのよい場所とそうでない場所を選ぶことができる。ブ
リストルには販売場所が 60 程度あり、販売場所同士が比較的近くにあるので、販売員同士
のトラブルが多いそうだ。
雑誌を仕入れる際には、雑誌の表紙に販売員の ID ナンバーを書き込む。これは偽販売員
による雑誌の販売や、古くなった号の販売を防ぐために行っている。ちなみに、イギリス
では毎週出る新号のみを販売しているが、日本では古くなった号も販売している。また、
ブリストルには雑誌を仕入れる際に余った小銭をカンパするポットがあり、小銭が足りな
いときにはポットからお金を足すというローカル・ルールが見られた。
販売を促進する工夫として、ブリストルの事務所ではユニフォームが作られている。こ
れはブリストル市(Bristol City Council)の協力で作ったものだそうで、他の地域にはな
い。ユニフォームを身に着けることが公式販売員であることの証明になり、まちの人々の
信用を得やすいのだという。
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【写真 9, 10】ブリストル distribution の様子
【写真 12】公式販売員のユニフォーム
【写真 11】販売場所の一覧表
【写真 13】ポット(小銭入れ)
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・雑誌販売以外のサポート
前述したように、ブリストルの distribution は NPO としての機能を兼ね備えており、販
売員に提供しているサービスには①軽食や飲料の配布、②定期アセスメント、③貯金制度
(Vendors Bank)、④インターネットの 4 つがある。
まず①について、販売員に配布する食料品は他の NPO 団体から定期的に届けられている。
この団体は外装が傷ついていたり店舗で余ったりした食料品を回収して再配布するフード
バンクの NPO で、The Big Issue Southwest の distribution を通してシリアルやジュース
が販売員に配布される仕組みになっているそうだ。また、インスタントコーヒーや菓子類
など、The Big Issue Southwest で購入、提供しているものもある。
次に②の定期アセスメントは、毎月のバッヂ交換時に行われているもの。公式販売員が
着けているバッヂには 1 ヶ月の有効期限が定められており、期限が切れるとそれを交換し
なければならない。その際、販売員の現在の寝場所や健康状態、他に受けているサービス
の種類や団体、近況などを詳しく聞き取り、販売員とスタッフとが相談しながらアクショ
ン・プランを立てている。スタッフは必要に応じて病院や他の NPO を紹介し、やはり紹介
状を書くことで販売員たちがスムーズにサービスを利用できるよう図っている。
③の貯金制度は、銀行口座を開設するのが難しい販売員のために、The Big Issue
Southwest がお金を預かる仕組みである。これはロンドンの Foundation が行っているサー
ビスと同じものだが、貯金額によってボーナスを与えるような仕組みは Southwest にはな
かった。
最後に④のインターネットについて、販売員が自由に利用できるパソコンが distribution
の事務所に置かれている。主に若い販売員が利用しており、情報検索に役立っているよう
だ。また、事務所内にはサービスを提供している行政や NPO のパンフレットも置いてあり、
販売員が自分自身で情報を得やすい環境が整えられていた。
以上見てきたように、ブリストルにはホームレスを支援する団体や機関が多数存在し、
それらが互いに連携し合うことでホームレスの人々に総合的なサービスを提供している。
The Big Issue Southwest は単独でホームレスの自立を促すものではなく、ホームレスの
人々に提供されるサービスの一部分として、また彼らが自立へ向かうためのいくつかの段
階の中の 1 ステップとしてまちの中に存在している、という印象を受けた。
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4.
日本のホームレス問題とビッグイシュー日本について
4-1.日本のホームレス問題
日本では 1993 年頃から公園や路上等で野宿を余儀なくされる人々が目立つようになり、
90 年代後半に入ると人道的に、あるいは公共空間の管理という観点からホームレスが社会
問題として取り上げられるようになった。
2002 年に成立した「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」は、日本で初めて
ホームレス問題に対する国と地方自治体の責務を明らかにした法律である。これをきっか
けに実施されたホームレスの実態に関する全国調査(2007 厚生労働省)によれば、2007
年時点でホームレスの数は全国に 18564 人、都道府県別に見ると多いほうから大阪府 4911
人、東京都 4690 人、神奈川県 2020 人である。この調査で対象としている「ホームレス」
は野宿生活者を意味しているため、欧米のホームレス数に比べ一見値が小さく見えるが、
野宿生活者のみを比べると例えば 1999 年のイングランドで 1600 人、ロンドンで 635 人で
あり、日本の野宿生活者は非常に多くなっている。
日本のホームレスは、その半数近くが元建設業関係者で占められている。平均年齢は 57.5
歳と非常に高く、失業や倒産、日雇い労働の仕事自体の減少などが理由で路上生活に至る
ケースが多いと言われている。欧米のホームレスに比べて教育水準が高く、固定化した社
会階層を形成していない。
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4-2.ビッグイシュー日本
ビッグイシュー日本は 2003 年 5 月に設立された有限会社である。The Big Issue の理念
と仕組みに触発された水越洋子氏(現編集長)が佐野章二氏(現代表)とともに日本での
創刊の可能性を探り、イギリスの The Big Issue の協力を得ることに成功、2003 年 9 月に
大阪で創刊にこぎつけた。ビッグイシュー日本はイギリスの The Big Issue の名前、ロゴ、
表紙や記事を自由に使用できる権限を与えられており、広報・販売の戦略やノウハウにつ
いて協力を得ているが、経営自体は日本独自のものであり、資金運営等についてイギリス
の The Big Issue からは独立している。
雑誌「ビッグイシュー」は月に 2 回発行され、12 都市(札幌、青森、仙台、東京、横浜、
名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡、熊本)で販売が行われている。このうちビッグ
イシューの事務所が設けられているのは大阪と東京の 2 箇所のみで、他は各地域のホーム
レス支援団体の協力で雑誌の仕入れがされている。発行部数は約 3 万 5000 部。イギリス
のような地方誌はなく、すべて大阪にある編集部で雑誌が作られている。仕入れの値段は
140 円、路上販売は 300 円で、1 冊あたり 160 円が販売員の収入となる(2007 年 10 月ま
で仕入れ 110 円、路上販売 200 円)。これはイギリスとおおよそ同額の収入であるが、イ
ギリスの物価が日本よりも 2 倍程度高いことを考慮すると、販売員の 1 冊あたりの収入は
日本の方が大きい。逆に言えば、イギリスでは The Big Issue 以外のホームレスを支援す
る体制が整っているため、低額の収入でも彼らの生活が成り立っている。
ビッグイシュー日本はまだ発足してから 5 年と期間が短く、イギリスのような大事業に
は至っていない。事業が拡大しない要因として、日本の雑誌業界全体の衰退、雑誌の路上
販売文化がないこと、優れたフリーペーパーが多いことなどが考えられるが、日本のホー
ムレス問題の顕在化や企業の CSR の高まりを受けて、ビッグイシュー日本はホームレス
問題への挑戦を続けている。2007 年 9 月には NPO ビッグイシュー基金を設立し、現在販
売員サポート事業の拡大を図っている最中である。
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5.
まとめ
5-1.インターンシップより
同じイギリスでも、ロンドンとブリストルでは非常に異なる形で The Big Issue によるホ
ームレス支援が行われていた。
まずロンドンは、The Big Issue 発祥の地でありその企業規模が大きい。The Big Issue
の中に様々な部署や Foundation が置かれ、企業の運営、販売員のサポート体制ともに充実
していた。しかしながら、ロンドンという都市の大きさ、行政が統一的でないこと(ロン
ドンの行政主体はいくつもの Council に分割されている)
、関連団体の量の多さなどから、
コミュニティや地域ネットワークの強さはあまり見られなかった。
一方、ブリストルはロンドンに比べて企業規模が小さく、The Big Issue として行ってい
る事業内容は少ないものの、その地域ネットワークは非常に強い。地域のホームレス支援
ネットワークの一部として、またホームレスが自立に向かういくつかの段階の中の1ステ
ップとして The Big Issue が機能していた。
ロンドン
・企業規模が大きく、事業内容が充実している
・The Big Issueが総合的なサービスを提供
・地域ネットワークが弱い
ブリストル
・企業規模が小さく、事業内容は少ない
・地域全体で総合的なサービスを提供
・地域ネットワークが強い
自立、社会復帰
The Big Issue
自立、社会復帰
The Big Issue
ホームレス
ホームレス
【図 2】ロンドンとブリストルの比較概念図
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5-2.日本における今後の課題
日本のホームレス支援はイギリスに比べてまだ質も量も不十分である。行政によるホー
ムレス問題への取り組みは 2002 年のホームレス自立支援法を機に各地域で始まったが、就
労支援施設や宿泊施設といったハード面の対策に重点が置かれている場合が多く、路上か
ら施設に移行してもまた路上に戻ってきてしまうホームレスが少なくない。施設を提供す
るだけでなく、彼らがホームレス状態になった根本的要因を改善していくようなソフト面
での支援が今後必要となるだろう。
そこで、ソフトの取り組みに長けているのが NPO 等の民間団体である。既に多くの都市
で、行政に先駆けて活動している民間団体が存在しており、その経験や手法を生かしてハ
ードとソフトの対策を一体的に進めていくような体制が求められる。日本はイギリスに比
べて NPO セクターの勢力が小さく、一つ一つの団体の力も弱いため、行政や関連団体間の
ネットワークを強めていく必要がある。
以上をふまえてビッグイシュー日本を見てみると、やはりイギリスに比べて規模が小さ
く、ロンドンの The Big Issue のような総合的サービスは提供できていないのが現状である。
【表 3】に示したように、ビッグイシュー日本はロンドンよりも Southwest に規模が近く、
よって地域ネットワークを強化しその一部として機能していくという方向性が今のビッグ
イシュー日本には合っているように思われる。
【表 3】各ビッグイシューの比較
団体名
The Big Issue
発行部数 9万部/週
事務所
ロンドン
販売員数 1400人(※)
The Big Issue Southwest
1万5000部/週
ブリストル
70人
ビッグイシュー日本
3万5000部/隔週
東京
100人
※数値はロンドン内の 8 事務所を合計したもの
参考文献
i「ホームレス支援政策をめぐって‐各国の動向」2006.2 レファレンス. 56(2) (通号 661)
ii「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」平成 14 年法律第 105 号
iii“Coming in from the Cold” 1999 Department of the Environment, Transport and the
Regions
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