部分床義歯では, 機能圧を支台歯および顎堤粘膜へ適正に分散させる

博士(歯学)三浦美文
学位論文題名
支台装置と側方偏心咬合接触が
支台歯負担と義歯変位に及ぼす影響
第2報3
歯残存
学位論文内容の要旨
部分床義歯では,機能圧を支台歯および顎堤粘膜へ適正に分散させることは,
残存歯と顎堤粘膜の良好な予後のための重要な要件である.とりわけ少数歯残存
症例では,機能カを残存歯のみで支持することは不可能であるため,設計のみな
らず顎堤による負担や付与すべき咬合様式など多くの配慮が必要であるが,不明
な点が多い,そこで本研究では,下顎少数歯残存症例において支持様式の異なる
実験義歯を作製し,側方咬合様式を変化させた時の支台歯歯根部負担圧および義
歯床部変位量を測定,分析し,これらの症例における望ましい咬合様式と支台装
置を検討した.
研究方法
本研究では下顎少数歯残存を想定したシミュレーションモデルを作製し,使用
した.残存歯には両側下顎犬歯および第二大臼歯を想定し,この残存歯と顎堤部
を交換することで残存形態の変更を行った.残存歯の歯冠部をコーヌス角6度の
内冠形態に仕上げてコーヌスクローネの装着を可能にするとともに,クラスプ装
着を目的とした形態を持つ金属冠をネジ止め固定可能とした.擬似歯根膜および
擬 似粘 膜 は シ リ コ ーン ラパ ー印象 材で 作製し ,モ デルに 付与 した.
本研究で用いたシミュレーションモデルは蠧職存,霞巾残存の2種類とし,
実験義歯の支台装置には,コーヌスク口ーネ(以下コーヌス)とエーカースクラ
スプ(以下エーカース)を選択し,支台装置と連結装置はネジで固定し,支台歯
一168−
お よ び人 工 歯 相当 部 咬 合面 の 頬舌 的 中 央部 に ,幅 約 Immの水平面 と,約20度 の
頬 舌的な傾 斜を付与し た.
荷 重方法は ,中心咬合 時の咬合 接触を想 定した荷 重(以下 ,中心荷重),側方
偏 心 位に お け る咬 合 接 触を 想 定し た 荷 重( 以 下, 側 方 偏心 荷 重) の 2種類 とし
た , 荷重 量 は 中心 荷 重 で34.3N, 側 方 偏心 荷 重で 10.78Nとし , 垂 直的 な静荷 重
を 負荷した .中心荷重 の荷重部 位は両側 犬歯から 第二大臼 歯までの計10点とし,
同 時 に荷 重 し た. 側 方 偏心 荷 重時 で は ,荷 重 装置 を 中 心荷 重 から 側 方へ 2mm移
動 さ せ, 荷 重部位 を作業側 犬歯のみ (以下C) ,作業側犬 歯から第 二小臼歯 まで
( 以 下 Gl), 作 業 側 犬 歯 から 第 二大 臼 歯 まで ( 以下 G2), G2と 反 対側 の 第二
小 臼 歯 ま で ( 以 下 Bl), お よ び G2と 反 対 側 の 第 二 大 臼 歯ま で ( 以下 B2)の5種
類 に 設定 し た.2種 類の残存 形態にお いて左側 あるいは右 側をそれ ぞれ作業 側と
し て荷重す る4種の残存 形態条件 を設定し た.
歯 根部 負 担圧の測 定は,支 台歯歯根 部の根尖 ,頬側,近 心または 遠心の3部 位
に 設定した 改良型圧カ センサー で,義歯 床部変位 量は,前 歯正中部唇側および両
側 第二小臼 歯部頬側に 設定した 非接触型 変位計で 垂直的な 変位を計測した.非接
触 型変位計 からの信号 は変位ア ンプを介 し,圧カ センサー の信号とともにデータ
ロ ガ ーに 6秒 間 隔 で集 積 した . 実 験義 歯 は,そ れぞれ3個ず っ製作し ,同様の 測
定 を行った .
な お,統計 処理は分散 分析と多 重比較検 定を行っ た.
結 果および 考察
1.中 心 荷重 時:コ ーヌスの ほうが歯 根部負担 圧は大きく ,義歯床 部変位量 は少
な かった. しかし,歯 根部負担 圧には有 意差はな く,義歯 床部の変位量は支台装
置 の 違い に のみ有 意差を認 めた.ま た,7可残 存と嚢弼曵 存の間に は有意差 を認
め なかった .連結強度 の高いコ ーヌスは 歯根部で の負担が 高く,その結果沈下量
が 少くなっ たものと考 えられる .
2.側方 偏心荷重 時:
1)司 3残存で左 側が作業 側のみの 接触だと両支台装置ともに作業側が沈下し,
平衡側が浮上する回転変位が見られた.特に,左側が作業側のG2では作業側犬歯
の負担圧は小さくなく,床の回転変位はC,Gl,G2の中で最も大きかった.これ
は遊離端欠損側を作業側にした場合,第二大臼歯までの接触は好ましくないこと
を示している.両側性平衡咬合では,義歯床部の回転変位がなく,歯根部の負担
圧分散も良好で,その有効性が示された・
2)嚢励i存の右側が作業側の場合,作業側の接触が増加するにっれて,義歯床
部の回転変位が減少し,同側の歯根部負担圧の分散が良好になった.このことか
ら作業側の接触は第二大臼歯まで与えるのが有利と考えられる.両側性平衡咬合
では,歯根部の負担圧の分散は良好であるが,義歯床部の変位は作業側で浮上
し,平衡側で沈下するという,作業側のみの接触の場合と逆の結果を示した.こ
の変位は,荷重部位が作業側で舌側内斜面,平衡側で頬側内斜面のため,義歯床
を平衡側方向に偏位しながら沈下させるべクトルが働いたためと考えられる.こ
のことから平衡側の接触は必要であるが,両側同等の負荷では平衡側の沈下が過
大になる可能性を示し,平衡側の接触圧については配慮すべきで,さらに咬頭傾
斜の低い人工歯の選択も有効と考えられる.
3)霞而残存で作業側を左側とした場合,犬歯誘導とするとェーカースの義歯の
回転が大きく,コーヌスは平衡側の第二大臼歯を引き抜くカが作用した.作業側
の接触数を増やすことで,義歯の回転や歯根部負担圧の不均衡は是正され,両側
性平衡咬合ではさらに良好となり,B2で最も良好な結果を示したことから,両側
性平衡咬合が必須で,可及的に最後方臼歯まで接触させることが望ましいと考え
られる.
4)震而残存で作業側を右側とした場合,犬歯誘導とするとエーカースでは,犬
歯に過重負担となる可能性が高い.作業側の接触を増加させると義歯床部の沈下
は前方部で小さくなり,作業側第二大臼歯の接触は有効と考えられる.両側性平
衡咬合では,歯根部負担圧の分散は良好だが,義歯床部の沈下は平衡側が過大と
なり,両側性平衡咬合の付与は作業側を左側とした場合と異なった様相を示し
た.
−170―
5) 側方 偏心 荷重時 では ,支台装置,残存形態(作業側の部位の違いを含む)そ
して 荷重 条件 を3要 因と する分散分析の結果,歯根部負担圧では,司吾残存にお
しゝて荷重条件のみ,73ワ残存において作業側の部位と荷重条件に有意差が認めら
れた,このことから,側方偏心荷重時では支台装置の違いより咬合様式のほうが
歯根部負担圧に影響を与えると考えられた.義歯床部変位量では,すべてに有意
差が認められたため,靄聒残存について統計処理した結果、作業側の部位にのみ
有意差を認め,;丙げ残存では3要因すべてに有意差が認められた.これらのこと
は,作業側における残存歯数が支台歯の負担圧分散や義歯床部の変位量に影響を
与え ,73ワ残 存は 付与 する 咬合 や設 計に も注意 が必 要であることを意味してい
る.
結論
1.側 方偏 心荷 重で は, 支台 装置 によ る影 響より 付与 する咬合接触関係の影響が
大きかった.
2.少 数歯 残存 で遊 離端 欠損 であ る場 合に は,両 側性 平衡咬合が有効であるが,
遊離端側における第二大臼歯の接触は必要なかった.
3.左 右非 対称 の残 存形 態で は, 側方 偏心 位で与 える 咬合様式は,左右側で同一
ではなく,義歯の安定には咬頭傾斜の低い人工歯の選択や,平衡側の接触圧を弱
める必要があることが示唆された.
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 川 崎 貴 生
副 査 教 授 亘 理 文 夫
副 査 教 授 大 畑
昇
学 位 論 文 題 名
支台装置と側方偏心咬合接触が
支台歯負担と義歯変位に及ぼす影響
第2報3
歯残存
審 査 は 大 畑 , 亘 理 お よ び 川 崎 審 査 委 員 全 員 が 出 席 の も と に , ま ず 論文 提 出 者 に対
し て 参 考 論 文 を 含 め た 提 出 論 文 の 内 容 の 要 旨 を 説 明 さ せ , 論 文 の 内 容 につ い て 審 査
委 員の 口 頭試 問 を行 っ た. 以 下 に提 出 論文 の 要旨 と 審査 の 内容 を 述べ る.
少数 歯残存症 例では, 設計のみ ならず顎 堤による 負担や付与 すぺき咬 合様式など
多く の配慮が 必要であ るが,不 明な点が 多い.そ こで本研究 では,下 顎少数歯残存
症例 において 支持様式 の異なる 実験義歯 を作製し ,側方咬合 様式を変 化させた時の
支台 歯歯根部 負担圧お よび義歯 床部変位 量を測定 ,分析し, これらの 症例における
望ま しい咬合 様式と支 台装置を 検討した .
【 研 究 方 法 】 T可 丁 残 存 ( 以 下 H) , 7― 3TF残 存 ( 以 下 III) の 2種 類 の シ ミ ュ レー
ショ ンモデル を使用し ,コーヌ スク口ー ネ(以下 コーヌス) とエーカ ースクラスプ
( 以 下 エ ー カ ー ス ) で 構 成 さ れ た 2種 類 の 実 験 義 歯 に , 中 心 咬 合 時 の 咬 合 接 触 を 想
定 し た 荷 重 ( 以 下 , 中 心 荷 重 )と , 側 方偏 心 位 に おけ る 咬 合接 触 を 想定 し た 荷重 ( 以
下 , 側 方 偏 心 荷 重 ) を 負 荷 し た. 荷 重 部位 は , . 中心 荷 重 では 両 側 犬歯 か ら 第二 大 臼
歯 ま で の 計 10点 で 同 時 に , 側 方 偏 心 荷 重 時 で は 中 心 荷 重 か ら 側 方 ヘ 2mm移 動 さ せ た
斜 面 に , 作 業 側 犬 歯 の み ( 以 下 C) , 作 業 側 犬 歯 か ら 第 二 小臼 歯 ま で( 以 下 G
l) , 作
業 側 犬 歯 か ら 第 二 大 臼 歯 ま で ( 以 下 G2), G2と 反 対 側 の第 二 小 臼歯 ま で (以 下 Bl
),
お よ び G2と 反 対 側 の 第 二 大 臼 歯 ま で ( 以 下 B2)の 5種 類 と し た , uと mの 2種 類
の 残 存 形 態 に お い て 左 側 ( 以 下 n― L, I一 L) あ る い は 右側 ( 以 下II− R
, m― R
)をそ
れ ぞ れ 作 業 側 と し て 荷 重 す る 4種 の 残 存 形 態 条 件 を 設 定 し た . 歯 根 部 負 担 圧 の 測 定
は改 良型圧カ センサー で,義歯 床部変位 量は非接 触型変位計 で計測し ,統計処理は
分散 分析と多 重比較検 定を行っ た.
【結 果と考察 】
1. 中 心 荷 重 時 :
連結 強度の高 いコーヌ スは,歯 根部での 負担が高 い結果沈下 量が少な くなった.
また,Hとmの間には有意差を認めなかった.
2.側方偏心荷重時:
1) Hー Lで 作 業 側 のみ の接 触で 見ら れる 回転 変位 は, G2が 最も 大き く,作 業側 犬歯
の負担 圧も 小さ くないことより,第二大臼歯までの接触は好ましくない.両側性平衡
咬合では,その有効性が示された.
2) u― Rで 作 業 側 のみ の接 触で は, G2が 有利 であ った .両 側性 平衡 咬合で は, 義歯
床を平 衡側 方向 に偏位しながら沈下させるべク卜ルが働いたため,作業側で浮上,平
衡側で 沈下 する 回転変位を示した.H−Rでは平衡側の接触は必要だが,両側同等の負
荷では 平衡 側の 沈下が過大になる可能性を示し,さらに咬頭傾斜の低い人工歯の選択
も有効と考えられる.
3)m― Lの Cでは ,エ ーカ ース で回 転が 大き く, コー ヌス では平 衡側 の第 二大臼歯を
弓1き抜くカが作用した.作業側の接触数を増やすことで,義歯の回転や歯根部負担圧
の不均 衡は 是正 され ,B2で最 も良 好な 結果 を示 した こと から, 両側 性平 衡咬合が必
須で,可及的に最後方臼歯まで接触させることが望ましい.
4)m― Rの Cでは ,工 ーカ ース で犬 歯に 過重 負担 とな る可 能性が 高い .作 業側の接触
を増加 させ ると 義歯床部の沈下は前方部で小さくなった.両側性平衡咬合では,歯根
部負担 圧の 分散は 良好 だが, 義歯 床部の 沈下 は平衡 側が 過大と なっ た.
5)側 方偏 心荷 重時 では ,支 台装置 ,残 存形 態(作業側の部位の違いを合む)そして
荷重条 件を 3要 因と する 分散 分析の 結果 ,支 台装置の違いより咬合様式のほうが歯根
部負担 圧に 影響 を与えると考えられた.義歯床部変位量では,すべてに有意差が認め
られ た た め , さ ら に 統計 処理 した 結果 、nで は作 業側 の部 位に のみ ,mで は3要 因す
べてに 有意 差が 認められた.これより,作業側における残存歯数が支台歯の負担圧分
散や義 歯床 部の 変位 量に 影響 を与 え, 特に mは付与する咬合や設計にも注意が必要で
ある.
【結諭】
少数 歯残 存に おける側方偏心荷重では,支台装置による影響より付与する咬合接触
関係の 影響 が大 きかった.また,遊離端欠損である場合には,両側性平衡咬合が有効
である が, 遊離 端側における第二大臼歯の接触が無くても良かった.さらに,左右非
対称の 残存 形態 では,側方偏心位で与える咬合様式は,左右側で同一ではなく,義歯
の安定 には 咬頭 傾斜の低い人工歯の選択や,平衡側の接触圧を弱める必要があること
が示唆された.
以上の論述に弓Iき続き実験方法,結果,考察,今後の展望および臨床とのっながり
に つい ての 質疑応 答を 行い ,論 文提 出者 はい ずれ にも 明快な回答と説明を行った.
本研究は改良型圧カセンサーと非接触型変位計を使用した独創的なモデルにより,
義歯の動きと機能圧の分散を解析し,部分床義歯,特に少数歯残存症例の予後を左右
する,義歯に付与すべき咬合接触関係を明らかにした.これは,日常の臨床において,
付与すべき咬合関係や咀嚼を合めた患者指導に対して示唆を与えるものである.さら
に今後の展望に関してもしっかりとした研究立案をもっており,将来性の点において
も高く評価されるものであった.よって,学位申請者は博士(歯学)の学位授与にふ
さわしいものと認めた.