経済学概論 第9章 マクロ政策(4)

9.3 財政赤字の経済的な意味
1.財政赤字と公債発行
• 増税をしないで政府支出を増やすと、財政赤字(=
政府支出-政府収入)が発生する。
• 財政赤字は、通常は公債の発行によってまかなう。
(公債は市中〔市場〕で消化(買い取り)される)
• したがって、財政政策の効果は、公債発行の効果を
検討することでもある。
• 発行済み公債は60年で償還(返済)すると法律で決
められている。
• つまり、60年以上の長期でみると、公債を発行して
得た金額は、いずれ増税で返済することになり、そ
の分は将来世代の負担になる。
経済学概論
第9章 マクロ政策(4)
吉川卓也
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2.基礎的財政収支
• 現在の財政システムを前提とすると、公債発行が将来返
済可能であるためには、「税収-政府支出」の現在から将
来にかけての総額が、公債残高の初期水準に一致する必
要がある。
• 財政収支のネットの赤字幅(=利払い費を除いた歳出-
税収)をプライマリー・バランスの赤字幅(基礎的財政赤
字)という。
• 基礎的財政赤字=公債の新規発行額ー公債の利払い費
• 基礎的財政収支は、財政収支が長期的に維持可能かどう
かの判断基準として有益である。
• 現在、すでに政府がネットで借金がある(公債を発行して
いる)なら、長期的に税収が政府支出を上回る必要がある。
• すなわち、長期的に基礎的財政収支がプラスでなければ
ならないが、その状態を長期的に続けることはできない。
3.公債の負担
• 公債の負担額を、政府支出額を課税調達するより公債発行に
よってまかなうことで、その世代の消費が減少した額と定義す
る。
• 公債を発行すると、それを償還するためにやがて増税すること
になる。
• この増税が、その世代ではなく、将来世代でおこなわれれば、
公債の負担は将来世代に転嫁されることになる。
• モディリアーニは、①公債発行の場合、民間貯蓄の一部が公
債の消化にあてられ、その分、資本蓄積が減少する。②課税
調達の場合は、貯蓄とともに、可処分所得の減少により消費も
減少するので、資本蓄積の減少分は①より少ない。
• したがって、資本蓄積がより減少すると将来世代の利用できる
資本ストックが少なくなるので、課税調達より公債発行の方が
将来将来世代に負担が生じる、と主張した。
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4.中立命題
• 公債の中立命題とは、公債発行によっても将来
世代に何ら負担が転嫁されないというものである。
• リカードの中立命題とは、ある一定の政府支出を
公債発行と課税調達でまかなうのは、まったく同
じ効果をもつということである。
• しかし、公債を発行し、現在世代で償還のための
増税をおこなわなければ、その負担を将来世代
に転嫁できる。
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• バローの中立命題とは、親の世代が利他的な遺
産動機をもつことで、子の効用=経済状態にも関
心をもつことになり、その結果、さらに将来の世
代の効用にも関心をもつことを前提とする。
• たとえ、公債の償還が先送りされても、親の世代
の遺産により、その分が相殺されることにより、
世代の枠を超えても中立命題が成立するという
ものである。
• つまり、世代の枠を考慮すると、リカードの中立
命題は成立しない。
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1
5.世代会計
• ケインズ的な立場では、減税によってその年の可処
分所得が増加すれば、その年の消費は刺激され、
௖
限界消費性向
倍(
倍)の国民所
乗数効果により
ଵି௖
限界貯蓄性向
得の増加をもたらす。(この値は通常1より大きいの
で、減税額を上回る国民所得の増加が期待される)
• 公債の中立命題を主張する新古典派の立場では、
公債発行は単に税金を徴収するタイミングを将来に
延期したのみで、家計の長期的な可処分所得には
何の影響も与えられない。
• したがって、消費は刺激されず、減税の乗数効果は
ゼロであり、国民所得はまったく増加しない。
• ケインズ的な(ケインジアンの)立場は、減税され
たときに、公債発行でまかなわれるとしても、や
がてはその公債を償還するために増税がおこな
われるので、将来の増税の可能性を考慮しない
ということなので、非現実的である。
• 新古典派の立場は、現在の(実施されることが確
実な)減税と将来の(いつおこなわれるか不確実
な)増税とを完全に同じとみなすことなので、やは
り非現実的である。
• どちらもかなり極端な想定といえる。
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• 世代会計では、自分の生涯の間におこなわれる
増税と、死んだ後に回される増税とを区別して、
自分が生きている間の増税のみ考慮する。
6.世代とマクロ政策
• そして、各世代別に、「政府からの受け取り(=年
金給付、補助金、公債の償還金など)ー政府へ
の支払(=税負担、年金負担、公債の購入な
ど)」で定義されるネットの負担の現在価値を推
計するという考え方である。
① 所得再分配政策が、世代内の所得の再分配で
はなく、世代間の再分配に重点が移ったこと。
• 世代会計では、リカードの中立命題は成立する
が、バローの中立命題は成立しない。
• また、公債が大量に発行され、その償還のため
の増税が予想されることは、世代間の再分配政
策とみることができる。
• 世代別の損得勘定が注目されるようになったの
は、以下の理由による。
• とくに、現行の年金制度において、年金給付額、
負担額とも上昇し、世代間で巨額の再分配がお
こなわれている。
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② 政策指標としての財政赤字に代わる指標として、
世代会計が注目されるようになったこと。
• 財政赤字は、1年という短期のフローの政府の財
政収支の状況を表している。
• しかし、人々がより長期的な視点で経済的な意
思決定をするようになると、財政赤字と経済活動
はあまり関係がなくなり、指標として有益ではなく
なる。
• フローの指標である財政赤字より、ストックの指
標である世代会計の方が有益な財政政策の指
標となる。
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7.世代会計のメリット・デメリット
• ケインズ・モデルが有効であるとすれば、世代会計より財
政赤字を重視すべきであろう。
• 逆に、ケインズ・モデルが現実性を欠くほど、長期的な視
点で経済主体が行動すると考えれば、財政赤字より世代
会計を重視すべきである。
リカードの
中立命題
世代間再
分配政策
目的
ケインズ的
な立場
不成立
有効
総需要を管理して完全雇用を
実現
世代会計
成立
有効
世代間での不公平がない政
策を実現
バーローの
中立命題
成立
無効
政府支出を効率的におこなう
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練習問題9.3.1
練習問題9.3.2
次の文章のうちで正しいものはどれか。
(1)政府の予算制約式を考慮すると、政府支出以上に税収
があれば、財政赤字が発生して公債が発行される。
(2)公債の償還は将来世代にも及ぶので、公債発行で将来
世代に負担が転嫁される可能性がある。
(3)公債発行は課税の場合より公共投資などの資本蓄積を
刺激するので、将来世代はより便益を受ける。
(4)公債発行と公債償還が同じ世代に限定されていても、公
債発行の方が消費を刺激する効果が大きいというのが、
中立命題の主張である。
(5)世代会計は、公債の中立命題を前提としているので、世
代間での実質的な損得が無意味であると主張している。
10兆円の減税を公債発行でおこなうとする。
(1)ケインズ・モデルを前提とすると、どれだけ消費
が増加するか。ただし、限界消費性向は0.8とする。
(2)公債の中立命題を前提とすると、どれだけ消費
が増加するか。
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練習問題9.4.1
次の文章のうち、正しいものはどれか。
(1)金融政策は、不況期には有効だが、好況期に
はあまり有効ではない。
(2)金融政策は、短期的には有効だが、長期的に
はあまり有効ではない。
(3)金融政策は、実質GDPには有効だが、名目G
DPにはあまり有効ではない。
(4)金融政策は、GDPには有効だが、金利にはあ
まり有効ではない。
(5)金融政策は、供給には有効だが、需要にはあ
まり有効ではない。
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練習問題9.4.2
貨幣の支出乗数がゼロになり、金融政策が無効と
なるのはどのような状況か説明しなさい。
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