薬理学への誘い

中学生
薬理学への誘い
~なぜ病気になるの?・なぜくすりって効くの?~
担当者:
協力学生:
場 所:
塩見浩人、西尾廣昭、田村
6名
薬学部 31 号館1階実習室
豊、門田麻由子
概要
午前中、自律神経系の働きを中心にして、健康を保つ仕組みはどうなっているのか?
はどのような状態なのか?
病気と
さらに、クスリはどのようにからだに作用するのかについての講義
を行った。
午後は、クスリの大きな力(微量で有効)と特質(選択性、興奮と抑制)の理解を目的に、自
律神経系に働くクスリ(ノルアドレナリン、アセチルコリンなど)が摘出臓器(心臓と腸管)に
起こす変化を観察する実験を行った。
第 2 回 Science Lab 参加中学生と実施担当者
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学習内容
(1)午前の講義
—なぜ「病気」になるの?
なぜ「くすり」って効くの?—
【健康を守る身体の仕組み】
生命は海から生まれました。海は非常に大きく
ほとんど変化しない環境ですので単細胞のよう
な弱い命でも生きていくことができるのです。私
たちを含め、多くの動物が陸上で生きています。
講義風景
陸上で生きていくために、陸上生物は細胞の周り
に小さな海(細胞間液)を持って海から出てきた
のです。私たちの身体の細胞はそれぞれ海にいる
単細胞生物と同じように小さな海の中(小さいの
でため池といった方がよいかも知れません)で生
きているのです。この小さな海は「内部環境」と
呼ばれるものです。この内部環境は、小さいため
池なので、何もしなければすぐに汚れてしまいそ
図 1-1
からだをとりまく環境
の中で生きている細胞が病気になってしまいま
す。私たちが健康に生きて行くことができるのは、
この内部環境(ため池)をいつもきれいに保つ装
置を持っているからです。私たちの身体に備わっ
ている内部環境を整える装置、それは自律神経と
ホルモンが担っており、いずれも自動的に調節し
ています(図 1 と 2)。身体には外部からおそっ
てくる敵(病原菌、ウイルスなど)に立ち向かう
装置も備わっており、それらの役割は、白血球や、
図 1-2
からだを守る仕組み
免疫系が担っています(図 2:今年は高校生が病
原菌について学習しました〈小さな生き物を観察
する〉
)
今回重点的に取り上げた自律神経系は内臓の臓
器の働きを自動的に調節する神経で、各内臓臓器
や分泌線にアクセルとブレーキの役割を持つ 2
つの神経(交感神経と副交感神経)を送り込んで
います。例えば心臓では、交感神経が働くと、神
経からノルアドレナリンという化学物質(神経伝
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図 1-3
交感神経と副交感神経の働き(心臓)
達物質といいます)が出てきて心臓の働きを強め
ます(アクセルをふかす)。反対に副交感神経が
働くと、神経からアセチルコリンという化学物質
が出てきて心臓の働きを弱める (ブレーキをか
ける)(図 3)のです。
【病気になるのはなぜ?・・・・】
私たちの身体の色々な値(血圧、心拍数、血糖
値、呼吸数、・・・)は健康であれば一定です。
図 1-4 病気の種類
をする化学物質を飲めば不足した分を補充する
これを恒常性(ホメオスタシス)といいます。運
動したりすると心拍数や血圧が上がりますが、健
康ならば自動的にもとのレベルに戻ります。アク
セルとブレーキを使ってこの調節をしているの
が自律神経なのです。生体を守る仕組みが乱れる
と病気になります。病気は大きく 2 種類に分かれ
ます。一つは身体の自動調節がうまくいかずバラ
ンスが崩れる病気です。もう一つは、外敵から身
体を守る力が弱くなり病原菌に侵される病気(感
こ 図 1-5 自律神経の乱れによる腸管の病気
ができます。その人工的に作ったノルアド
染症)です(図 4)。
と
自律神経の働きが乱れても病気になります。腸
管を例に取りますと、交感神経と副交感神経で腸
管の調節が上手くいっている場合、腸管は規則正
しく働き、一日一回の快便で健康な生活が過ごせ
ます。しかし、交感神経の働きが強くなれば(あ
るいは副交感神経の働きが弱くなれば)、便秘に
なります。反対に、副交感神経の働きが強くなれ
ば(あるいは交感神経の働きが弱くなれば)、下
痢がおこります(図 5)。
レナリンの代用
品が、
「くすり」
ということにな
ります。アセチ
ルコリンに対し
てもその代用品
を作れば、それが
【くすりが効くのはなぜ?・・・】
「くすり」として働くのです。
大部分の病気は自動調節の仕組みの乱れが原因
【くすりの力】
です。例えば自律神経が乱れて起こる病気のうち、
交感神経の働きが弱くなって起こる病気を考え
でも、
「くすり」って本当に病気を治してくれる
のでしょうか? 「くすり」の効果は時間がたつ
ましょう。その時、交感神経からでる化学物質(ノ
ルアドレナリン)が少なくなっているはずですか
と消えてしまいます。すると「くすり」で抑えら
れていた症状がまた現れてきます。飲むのを止め
ら、人工的に作ったノルアドレナリンと同じ働き
ると症状が出るので飲み続けなければなりませ
図 1-6
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くすりが症状を改善する仕組みと自然治癒力
ん。しかし病気が治るということは、
「くすり(代
用品)」がいらなくなることです。言い換えれば
自動調節の仕組みが自然に復元することです。こ
の復元させた力はくすりの力ではなく、身体に備
わった復元力です。これを自然治癒力といいます。
病気を治しているのは「くすり」ではなく、自分
自身であるということにもなります。一方、外敵
に侵されて病気になったときには、自前の白血球
や免疫の代用品として病原菌をやっつける「くす
り」を飲むことになります。これが「抗生物質」
や「免疫増強薬」と呼ばれる「くすり」なのです。
(2)午後の実習
くすりの作用を体験しよう!
—薬理学実験への招待—
心臓と腸管の働きを変化させるくすりの観察
心臓や腸管を一定の条件の中で活かしてくすり
【実験の目的】
本実験の目的は、ノルアドレナリンやアセチル
コリンなどのくすりを心臓と腸管に作用させ、心
臓や腸管にどんな変化が出るのかを観察し、わか
ったこと、不思議に思ったことなどをみんなで話
し合いましょう。
【実験方法】
実験には、モルモットの心臓と腸管を使います。
実験には、モルモットの心臓と腸管を取り出しま
す。そのままにしておくと心
臓や腸管の細胞がすぐ死んで
しまうので、栄養液の中に入
れます。
この栄養液は午前中にお話
しした〈細胞の周りの海〉にあ
たります。環境を整えるために
温度を一定にして酸素を補給
してやると、からだから切りは
なした(摘出した)心臓や腸管
は1日くらい生きていてくれます。 摘出した
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図 2-1
マグヌス装置
○1ml中に10-5g のアセチル
による変化を見る装置は【マグヌス装置】といい
ます。栄養液(50ml)に心臓(腸管)をつるして、
コリンが入
伸びたり縮んだりする反応を記録計で増幅して
っている水
記録します。くすりを、心臓(腸管)をつるした
溶液を作る。
マグヌス管の栄養液中に入れると、栄養液の中で
(10-5g とは、
一定の濃さになり、心臓(腸管)に引っ付いて反
0.00001 g の こ
応が出ます。そのときの反応の変化を観察します。
とです)。
【実験で使う栄養液とくすりの準備】
◆摘出臓器のための栄養液(クレブス液)を作
ろう!
栄養液は細胞と細胞のすき間を満たしている
液と大体同じ成分になっています(生物は海から
生まれたので海水の成分とも似ています)。
◇ クレブス液の組成(5L あたりの成分)
塩化カルシウム二水和物
1.5 g
塩化カリウム
1.9 g
塩化マグネシウム二水和物
1.0 g
リン酸二水素ナトリウム二水和物
0.8 g
塩化ナトリウム
40.0 g
炭酸水素ナトリウム
5.0 g
グルコース(ブドウ糖)
9.9 g
さあ!
◆摘出臓器に投与するクスリを調整しよう!
実験を始めよう!
各グループの実験台ではマグヌス装置のなかで、
交感神経から出るノルアドレナリンと副交感
心臓(摘出心房:心室はとりのぞいて心房だけに
神経から出るアセチルコリンを指示された濃度
しています)と腸管(小腸〈回腸ともいいます〉
に希釈(きしゃく:うすめること)して下さい。
を輪切りにしています) が動いているはずです。
【ノルアドレナリンの調整】
○1ml中に10-5g のノルアド
写真1
レナリンが入っている水溶
写真2
液を作る。
マグヌス装置に吊した臓器
電子天秤で微量のくすりを量る
写真3
【アセチルコリンの調整】
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水溶液を攪拌
写真4
ピペットマンを使ってさらに希釈
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【観察Ⅰ】 心臓と腸管の栄養液のなかに、1ml
中に10-5g のノルアドレナリンが入っている水
溶液を、0.5ml入れてみましょう。
(入れたノルアドレナリンはクレブス管の栄養
液(50ml)で、さらに100倍にうすめられて、1ml
中、0.0000001 g になっています。
a
心臓と腸管の動きはどうなりましたか?
b
ほかに何か気が付いたことはありますか?
c
実験からどんなことがわかりましたか?
d
何か質問がありますか?
写真5
さあ実験、臓器にくすりを与えてみよう!
【観察Ⅱ】 心臓と腸管の栄養液のなかに、1ml
中に10-5g のアセチルコリンが入っている水溶
液を、0.5ml入れてみましょう。
(作用させたアセチルコリンの最終濃度は1ml中、
0.0000001 g!)
a
心臓と腸管の動きはどうなりましたか?
b
ほかに何か気が付いたことはありますか?
c
実験からどんなことがわかりましたか?
d
何か質問がありますか?
【本実習の成果】
図2-2
本実習において、実験装置の組み立て、臓器の
ノルアドレナリンとアセチルコリンの
心臓と腸管での作用の違い
摘出、マグヌス装置への臓器の装着など、技術的
に難しいプロセスはこちらで行ったが、栄養液の
抑制)をすることから、交感神経と副交感神経が
作製、薬物の希釈、薬物の適用などはすべて中学
アクセルとブレーキの関係になって1つの臓器を
生の皆さんがおこないました。その中から、私た
調節していることを理解できたと思います。さら
ちの体液のイオン組成がどんな割合で構成され
に、ノルアドレナリンの作用のみを打ち消す「く
ているかを実感してくれたのではないかと思い
すり」
、アセチルコリンの作用のみを打ち消す「く
ます。また、これらのイオンの組成が海のイオン
すり」の作用を観察して「くすり」の持つ選択性
組成とも近いことから、命は海から生まれたこと
も理解できたと思います。
このような実験を通して、生徒の皆さんが身体
を感じてくれた人もいたかも知れません。また、
微量の「くすり」を秤かり、それをさらに1000
の自動調節のしくみ、「くすり」の作用の特徴の
倍に希釈したような極めて微量の「くすり」が、
一端を知り、身体の仕組みや「くすり」に関する
心臓や腸管に大きな反応を起こすことを実際に
分野の科学に興味をもってくれたのなら大きな
見て、「くすり」の力の大きさも理解できたと思
成果であり、非常にうれしく思います。
います。また、心臓と腸管に対し、ノルアドレナ
リンとアセチルコリンが全く反対の作用(興奮と
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(3)実験を離れて・・・・
~生き物に親しもう~
今回の実習においては、生徒さんたちの興味に
できるだけ多く答える目的で、「メイン実習」の
他に次の 4 つの「サブ体験実習」を企画しました。
①
実験動物にふれてみよう!
今回は、一般的によく使われるマウス(ハ
ツカネズミ)
、ラット(ネズミですがマウス
とは異なる種類で大型)と、冬眠の実験に
使っているハムスター(ハムスターは冬眠
するのですよ)に触れてもらいました。野
生のネズミを想像していたらびっくりする
ほどおとなしく、優しい動物にびっくりし
写真6
ハムスターの冬眠(左)と覚醒(右)
たかも知れません(写真 6)。
②
実験動物に触れてみよう!
心臓の音を聞いてみよう!
聴診器で自分の心臓の音、ラットやマウ
スの心臓の音を聞きました。小さい動物ほ
ど心臓の打つ音が早いのが分かったと思い
ます(写真 7)。
③
マウスの臓器を観察しよう!
マウスの胸部、腹部と脳の様子を観察し
ました。腹部と腹部の臓器については、場
所、形、色と簡単な役割について勉強しま
した。
脳については 1 つのものではなく色々
写真7
聴診器で心臓の音を聴いてみよう!
動物はマウス(小)とラット(大)
な部位に分割でき、それぞれが大切な役割
を分担していることも知りました。
④
動いている心臓に触ってみよう!
ウサギの心臓を取り出しランゲンドルフ
の装置に吊した標本を観察してもらいまし
た。ランゲンドルフの標本は、心臓を養う血
管の中に栄養液を流すので、空中にぶら下げ
た形で心臓の動きを観察できます。心房と心
室の動き、右心室と左心室の筋肉の太さの違
いなどを手に触れて観察しました。手に感じ
る心臓の筋肉の収縮力は、圧倒的に力強かっ
たのではないでしょうか!(写真 8)
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写真8
ランゲンドルフ法を用いた心臓標本
心臓(左下拡大)を空中で長時間、
動かすことができる
(4)高校生からよせられた質問
質問 1:脳細胞が死んだら、何処へ行くのですか?
回答:脳細胞は大脳新皮質(脳の一番外側にあるシワシワになっている部分)と言われる部位だけで
も約 140 億個の神経細胞があります。脳の神経細胞は 20 歳を過ぎるとだんだん死にはじめます。脳の
神経が死んでいく数はおどろくほど多く 1 日約 20 万個だと言われています。この神経細胞死の数は、
神経を使わなくなると加速度的に増えていきます。定年退職して何もすることが無くなりボ〜として
いるヒトが認知症(痴呆)になりやすいのはそのためです。反対に、いつも活き活き使っている脳の
細胞は死ぬまでの時間が延長されます。このように年をとることで自然に死んでいく神経細胞の死は、
生まれた時にプログラムされている神経細胞死でアポトーシスと呼びます。脳梗塞や脳出血、脳挫傷
などの外からの原因で死んでいく神経細胞死はネクローシスと呼びます。
さて、死んでしまった脳の神経細胞は何処へ行くのでしょう。脳では、グリア細胞と呼ばれる細胞
が神経細胞の周りを取り囲んで神経を守っています。しかし、脳の神経細胞が死んでしまうと死亡し
た細胞からある化学物質(UDP という物質)が流出し、これがグリア細胞を刺激します。すると、グリ
ア細胞(ミクログリア)は死んだ神経細胞を見つけて食べてしまいます。このようにグリア細胞は、
死んだ神経細胞を食べて除去する「脳の掃除係」ということができます。脳の神経細胞が修復不可能
なほど傷つくと、周囲にある健康な神経細胞にまで悪影響を及ぼす恐れがあります。ミクログリアは、
傷ついた神経細胞を見つけては食べて除去し、他の神経細胞を守っているのです。(回答:塩見浩人)
質問 2:福山大学で飼っている動物はみんな解剖されるのですか?
回答:福山大学で飼っている実験動物は、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ハムスター、スナ
ネズミなどで、恒温(23℃)
・恒湿(湿度 60%)の環境で飼育しています。マウス、ラットなどには色々
な系統があり、
(イヌといってもダックスフント、ペキニーズ、ビーグルなどの種類があるのと同じで
す)実験の内容によって使い分けます。
動物を使う実験は色々あります。生きている動物にくすりを与えてその作用を見る場合もあります
し、心臓、腸管、肝臓、腎臓あるいは脳などの臓器を取り出して使う場合があります。臓器を使う場
合にはその臓器がほしいためだけに動物の命を奪うことになりますので、できるだけ少ない動物で正
確な実験データを得るように心掛けています。生体から取り出した細胞を試験管の中で増やした培養
細胞を使うこともあります(例えば Hella 細胞というのがありますが、この細胞はとっくの昔に亡く
なっている Hella さんという女性の子宮ガンの細胞で、代々培養され現在でも世界中で実験に使われ
ています)
。でも、こんな培養細胞も生きているのです。それを使って実験しても細胞の命を奪ってい
ることになります。
「動物が殺されるのがかわいそう」ということでの質問でしたら次のようにお答えしておきます。
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○ 「沢山の動物を殺すのはけしからん!」
、
「かわいそう」という気持ちは、動物を使ってくすりの
研究をしている私たちも持っています。
しかし、
○ 皆さんは動物を使ってしっかりした効果や副作用のチェックをしていないくすりを飲んでくれ
ますか?
○ 動物がかわいそうだから、人間が飲んでくすりの効果や副作用をチェックすべきだと思います
か?
○ 人間に副作用が出たとき、しっかりした実験をしていないと非難しませんか?
多くの人たちを病気の苦痛から解放するために命を提供してくれる実験動物に対し、私たちくすり
の研究者も、くすりを飲む患者さんも、常に畏敬と感謝の気持ちを持っていなければなりません。
福山大学では、毎年実験動物慰霊祭を行ない、動物愛護の精神を確認し、実験動物への感謝を新た
にして、実験に取り組んでいます。(回答:塩見浩人)
質問 3:頭痛薬は口から飲むのになんで頭に効くのですか?
回答:頭痛はなぜ起こるのか?が問題ですね。頭痛は脳の神経が刺激されて起こるのではありません。
脳の中に電極を差し込んでも痛みは感じません。頭痛を発生させているのは脳の周りの比較的太い血
管なのです。ズキンズキン痛いときは血管が拡張しているので首筋を冷やしてやると良いでしょう。
キリキリ痛いときは首筋の筋肉が固くなり、血液が流れにくくなっているので首筋を温めてやるのが
良いでしょう。
頭痛を治すくすり(アスピリンなど)を飲むと、くすりは胃や腸管から血管の中に入っていき、血
液に乗っかって脳まで(脳の血管まで)行き、そこで効くのです。
(食べたものが腸管から血管の中に
入っていき(吸収)全身に行き渡り栄養となるのと同じです)
頭痛ではなく、精神的な病気(うつ病、統合失調症、不安神経症など)やパーキンソン病、アルツハ
イマー病などは脳の神経の働きに変調が起きた病気です。脳の神経そのものが関係している病気では、
くすりは、脳の中に入りこみ、神経のところまで届けられなければなりません。脳の神経の中に直に
「くすり」を入れないと効かないと思うかも知れませんが、飲み薬でも治すことができます。
アスピリンと同じように、
「くすり」を口から飲むと血液の中に溶け込んで全身に送り込まれ、その一
部が脳の中にも届けられます。
ところで、血液と脳との間には関所のような特殊な装置(バリア)があり、脳に送り込む物質を選
択して通しています。この関所を血液-脳関門(blood-Brain Barrier)といいます。油に溶けやすい
性質を持った化合物は脳の中に入ることができますが、水に溶けやすいくすりは脳に入ることができ
ません。
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化学物質が「くすり」として効くのは、飲んだ後で血液の中に入っていくからです。これを「吸収」
といいます。食道や胃や腸の管の中は身体の外なのです(口から石を飲み込むと、身体の中に入らな
いから肛門から出てきます)。だから吸収されなければ身体の中に入ったことにならないので「くすり」
として効かないのです。飲み薬(飲んで効く「くすり」)を飲むとすべて血液の中に入り込み、血液と
いっしょに全身に行き渡ることになります。だから胃の「くすり」でも脳に入り込み、脳の働きに影
響を与えることがあります。反対に脳の病気の「くすり」でも胃や腸に影響を与えることがあります。
このような治療の目的以外の場所に薬の作用が出るのが「副作用」なのです。
ですから、脳で働かせたいくすりは、脳に入りやすいように(油に溶けやすい性質)
、化学構造を考
えなければなりません。反対に脳に入って副作用を出さなくするためには、水に溶けやすい化合物に
変えてやると改善されます。(回答:塩見浩人)
質問 4:栄養液の中の腸管や心臓に、ノルアドレナリンとアセチルコリンを同
量一度に投与すると、どちらの物質による効果が大きくあらわれますか?
回答:講義の中でもお話ししましたように、腸管や心臓には選択的にノルアドレナリン、あるいはア
セチルコリンと結合する装置があり、これを受容体といいます(ノルアドレナリン受容体、アセチル
コリン受容体)。ノルアドレナリンやアセチルコリンは、腸管や心臓にある受容体に結合して、お互い
に反対方向の効果を発現させます。ノルアドレナリンとアセチルコリンを同量一度に投与するとどう
なるかですが、これらの臓器においてノルアドレナリンやアセチルコリンはお互いに反対の方向(心
臓ならノルアドレナリンが+、アセチルコリンが−、腸管ではその逆)に働きます。したがって、理論
上は+と−が同じ量なので、プラス・マイナス=0 となり変化が帳消しになると思われます。しかし、
①受容体の数が同じでない(アセチルコリンの受容体が 10、ノルアドレナリンの受容体が 5 だったと
して、ノルアドレナリンやアセチルコリンをそれぞれ 10 与えたとき、ノルアドレナリンが結合できる
受容体は 5 しかないので、10 与えても 5 の作用しか出ないことになります)
。②受容体に結合した後に
起こる作用の強さが同じでないなどの理由で、同量一度に投与すると何も変化が出ないということは
なく、どちらの作用も単独で作用させた時と比較して小さな反応になるというのが正解です。このよ
うにお互いの作用を打ち消し合うことを難しく言うと(専門用語では)、「生物学的(機能的)拮抗」
といいます。
(腸管や心臓では、どちらかというとアセチルコリンの作用の方が強く現れます)。
ノルアドレナリンの受容体にだけ作用して、ノルアドレナリンの結合するのを妨害するくすり(プ
ロプラノロールなど)では、ノルアドレナリンの作用だけを抑制して、アセチルコリンの作用には変
化を与えません。アセチルコリン受容体にだけ作用して、アセチルコリンの結合するのを妨害するく
すり(アトロピンなど)では、アセチルコリンの作用だけを抑制して、ノルアドレナリンの作用には
変化を与えません。
このように選択的に特定のくすりの作用を打ち消すことを、難しく言うと(専門用語では)、「薬理
学的拮抗」といいます。(回答:塩見浩人)
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質問 5:心臓で、ノルアドレナリンはここだけできいて、アセチルコリン
はここだけできくというのが決まっているのですか?
回答:ノルアドレナリンが結合する場所(ノルアドレナリン受容体)とアセチルコリンが結合する場
所(アセチルコリン受容体)は心臓全般に分布しています。
しかし、最も多くの受容体が集まっているところは心臓の心拍数を調節している場所(歩調取り(ペ
ースメーカー))といわれる場所:洞房結節)です。この場所は、心臓が弱くなった時、手術をしてペ
ースメーカーを埋め込む場所です。
ノルアドレナリンとアセチルコリンは、心臓の歩調取りをしている洞房結節の受容体に働いて心拍
数を早めたり(ノルアドレナリン:交感神経)遅くしたり(アセチルコリン:副交感神経)して調節
しています。また、心筋に分布している受容体に働いて収縮力を強めたり(ノルアドレナリン:交感
神経)
、弱めたり(アセチルコリン:副交感神経)する調節をします。これらを調節することによって、
血圧を一定にたもつのです。
○ 心臓ではノルアドレナリン(交感神経)がアクセル(強める方)として、アセチルコリン(副交
感神経)がブレーキ(弱める方)として働いています)
○ 反対に腸管の働きに対しては、ノルアドレナリン(交感神経)がブレーキとして、アセチルコリ
ン(副交感神経)がアクセルとして働いています) (回答:塩見浩人)
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感想
◆中学生の感想
・実験ひとつひとつを楽しく終わらせることができ、違う実験ができたこと。
・実際に、薬をつくれた所。楽しく実験が出来た事。
・実習室での実験が楽しかったです。
・「なぜ病気になるのか」や「薬を入れるとどうなるか」が、実験台を使って本格的にできたこ
と。
・心臓や腸管にアドレナリンやアルセチルコリンを入れた時の心臓や腸管の動きが見れてよかっ
たです。アンプルを割るときなんかも、すごいすっきりした感じでよかったです。
・くすりによって、心臓や腸管が実際に変化する様子が見れてよかった。
・生きものの心臓や腸管をみて、生きている実感がわきました。
・本物の臓器が動いているのを実際に見れたこと
・ねずみの解剖を見れたこと。色々な物質の作用の話を聞けたこと。
・普段できない実験ができたこと。
・ねずみとハムスターを触ったこと。いろいろな薬をまぜたこと。
・ねずみ等をされたこと。アドレナリンや、ノルアドレナリンについて、詳しく勉強できてよか
った。とても分かりやすく講義してくれた。
・動物と触れ合いながら実験できたこと。
・ねずみのからだの解剖をして人間のからだの構造もよく分かったこと
・くすりの調合ができたこと。マススの解剖を見れたこと。
・実際にマウスを使って実験したので言葉での説明と実際に見たことでよくわかりました。
また、普段は見ることができない、心臓や腸も見れてよかったです。
・心臓の生の動きが良かった。
・普段使えない実験器具を使う事が出来た事。
・いろいろな薬物のつくり方やそれを入れたらどうなるか、わかったこと。
・動物に触れることができて嬉しかったです。先生のお話もおもしろかったです。(薬とは何な
のかという説明など)本格的な設備を利用しての実験は、とても新鮮でした。
・お母さんが薬剤師なので、いつもお母さんがどんな仕事をしているかわかった。
また、薬がどういうものか、何の役割があるのか改めて知ることができて、お母さんと会話が
弾むな~~と思った。普段の理科ではしないような事ができてよかった。
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◆中学生の感想
つづき
・粒を電子てんびんで量るのが難しかったけど、楽しかったです。心臓は取り出しても動く、と
いうのはカエルでやったことがあるので知っていましたが、あんなに長く動くのは知りません
でした。先生がやさしく教えて下さったので、分かりやすかったです。心臓をさわれて、「こ
んなに力強く動いているんだなぁ」と思って、自分の体の中で、こんなに動いてくれているん
だってことが分かりました。とにかく楽しかったです。
・この学習を通して、もっと、薬に興味がわいてきました。
・講義室での話が長かった。
・マウスをさわってみたりできたのが楽しかった。ほかにも McEwen 液を自分たちでつくったこ
とがとても感激しました。いろいろなものを見たり、さわったり、つくったりできたので、ほ
んとにいい体験をしたと思います。また来ることがあれば、もっといろいろ実験など、してみ
たいです。
・くすりを少し入れるだけで止まったりよく動いたりするのがよく見れてよかったです。心臓の
つくりについても実・とても楽しかった。先生や学生さんの説明がとても分かり易かったです。
・この体験学習をとおして薬をつくるまでには努力と生き物の命があるのだなと思いました。病
気とはなにか、薬とはなにかをおそわりました。ねずみもさわり生きている実感がわきました。
私はこれからも体をたいせつにして病気にならないよう気をつけたいです。また体験学習にき
たいです。ありがとうございました。
・初めて体の解剖をしたので勉強になった。獣医学のほうへ進みたいと思っているので、今日学
んだ事をいかせたらなと思った。心房と腸管がずっと動いていて不思議だった。
・普段耳にしない言葉が多くあって理解するのが難しかった部分もあるけど実際にその実験の結
果を見れた時は嬉しかった。午前に聞いた話でなんとなく疑問に思っていたことが理解できて
その習ったことをずっと忘れずにいようと思った。ねずみの解ぼうにはびっくりしたけど、そ
の内臓が人間と同じような感じだと聞いてすごく貴重な体験ができたと思う。
・とても楽しかった。先生や学生さんの説明がとても分かり易かったです。
・お手伝いの先生たちがやさしかったので良かった。話しかけやすかった。
薬学部って楽しそうだな、と思いました。スライドでの説明もわかりやすかった。はじめは緊
張していたけど、だんだん緊張がとけてきたので、途中から楽しくなった。
・マウスの解剖を見せて下さってありがとうございました。より生物の体のつくりの理解が深ま
り、とてもよい体験でした。
・私も大学生になったらこんな実験などたくさんしていきたいです。実際にやってみてその事に
ついて学ぶというのは聞くだけの勉強よりもよっぽど身に付く勉強だと思いました。
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◆中学生の感想
つづき
・すごく楽しかったです。
・学校での応用もでてきて、すごく勉強になったと思う。ふだん実験できないようなことができ
て、新しい発見ができた。分かりにくい数字について(例えば 10-5 とか)、大学生が分かりや
すい数字にしてくれたので良かった。
・難しいことをなるべく簡単に説明してくれてわかりやすかったです。それに、ねずみのかいぼ
うをしたのでびっくりしました。実は私は苦手なので見るつもりはなかったのに見たのでいい
経験になったと思います。また機会があればいきたいです。
・とても良い体験になった。将来に活かせそうだ。ますます、理科の道に進みたくなった。
・中学校では教えてもらわないことを教えていただいたり、実験が出来て、私も薬学部に入って
みたいなぁと思いました。
・長くて少し大変だったけど、ちょっと大学生になったみたいで楽しかった。そして、理科をも
っと知りたくなりました。今日は本当にありがとうございました。
・将来の夢について具体的に考えるきっかけになった。ありがとうございました。
◆中学引率教員の感想
午前中は懇切丁寧な説明で長時間ではありましたがその長さを感じさせないほどの興味の持て
る解説だったと思います。生徒に対する動機づけは充分だったと思います。ただ短くていいですか
ら途中 1 回は休憩時間を設けられたほうが良いとかんじました。午後からの実験はもり沢山で各種
の実験装置を実際に見ることができたこと、実際に実験動物からとりだされた心臓を観察できたこ
とは高校で体験できないことなので、生徒にとっては有意義な時間となったと思います。ありがと
うございました。
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◆担当者の感想(塩見浩人)
私たちにとって、
「健康」
、「病気」
、「くすり」といった言葉は非常に馴染みが深く、言葉の意味
もよく知っていると思われます。しかし、なぜ健康でいられるのか、なぜ病気になるのか、なぜく
すりは効くのかなど、その仕組みについて知っている人はそんなに多くはありません。馴染み深い
テーマで、科学への導入として適当なものとも考えられますが、この分野は一番複雑な総合科学で
もあるのです。生物学に興味を持つ高校生を対象として設定していた課題ですが、今回は中学生が
受講してくれました。そこで、できるだけ簡単に、できるだけ易しく、できるだけおもしろく(印
象深く)を中心課題として実施したつもりです。中学生の皆さんは非常に熱心に講義を聴き、真剣
に・積極的に実験に取り組んでくれました。非常に微量のくすりが選択的で大きな作用を引き起こ
すことを理解していただくことで目的は十分達成できたと思いますが、かわいい?実験動物に触っ
たり、マウスの解剖で臓器の形・位置・色などチェックしたり、聴診器で自分の心臓の拍動音を聞
いたりと、補足的な催しにも積極的に取り組んでくれました。ランゲンドルフ装置に吊したウサギ
の摘出心臓に直に触ってその力強い筋肉の収縮を感じてくれたことと思います。
今回、何よりうれしかったことは、参加してくれた中学生の皆さんが、感動のアンテナ(感じる
心)を持っていてくれたことでした。「感動する心」は「科学する心」です。そんな若い力といっ
しょに学習することができたことは素晴らしいことでした。参加してくれた多くの中学生が、医学
や薬学をめざしてくれたら何よりです。
最期に、このような生徒さんを育まれている暁の星女子中学校の先生方に感謝し、敬意を表しま
す。
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