小児の静脈血栓塞栓症

小児の静脈血栓塞栓症のお話
今回は、小児の静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism、以下 VTE)につい
てお話したいと思います。
「子どもに血栓なんて出来るの?」と思われていませんか。確かに、小児の
VTE 発症率は 1 万人中 0.07〜0.14 人とされており、成人の発症率(1 万人中 7.8
〜10.8 人)と比べるとその発症頻度はかなり低いものです。しかし、小児入院
患者における VTE 発症率は 1 万人中 5〜58 人と決して稀ではありません 1)。以前、
挿入した中心静脈カテーテルが原因で VTE を生じた症例を経験したため、今回
テーマとして選びました。
日本には「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関する
ガイドライン」2)があります。このガイドラインに沿って、患者ごとに手術や処
置時に取るべき VTE 予防策を決め、弾性ストッキングや間欠的圧迫装置などを
使用した場合には肺血栓塞栓予防管理料が算定される仕組みになっています。
しかし、このガイドラインは 18 歳以上の成人の入院患者を対象に策定されたも
のです。小児を対象にした VTE のガイドラインは日本には無く、成人対象のガ
イドラインを参考に独自に対策を練られている施設が多いのではないかと思わ
れます。
小児 VTE 発症の因子には、中心静脈カテーテル留置、敗血症、腫瘍、手術、
外傷、併存症(血液・凝固異常疾患、膠原病、心疾患)、長期臥床などが挙げら
れています。例えば、手術後の VTE 発症については、虫垂炎など一般外科手術
を受けた 18 歳未満の子どもにおける VTE 発症率は 1000 人中 0.4 人で、手術を
受けていない子どもに比べて発症のリスクは 9 倍高いことになっています 1)。し
かし、実際の患者数は少ないため、手術時の VTE 予防策の効果について分析を
行うまでに至っていません。
一方で、年齢別にみますと、小児 VTE の好発年齢は乳児期と思春期の二峰性
に分布しているのが特徴とされています。乳児期発症の最大の要因は中心静脈
カテーテル留置ですが、乳児期では凝固・線溶因子の血中濃度が他の小児期に
比べて低いため、VTE 発症の頻度が上がるようです 3)。また思春期では、先述し
た発症因子に加えて、肥満、ホルモン治療、喫煙などの因子が加わり、因子が
多いほど VTE 発症のリスクは高まります 4)。
小児 VTE の治療は、成人を対象に行われた大規模 RCT の結果を基に低分子ヘ
パリンの投与が主流となっています。しかし低分子ヘパリンには、経静脈的に
投与するため投与期間に限度があること、標的とする第Ⅹ因子活性の応答性に
個人差があることなどの問題がありました。近年、新規経口抗凝固薬(Novel Oral
Anti-Coagulants、以下 NOAC)4 剤がワーファリンや低分子ヘパリンの代替薬と
して開発されました。血液凝固過程の第Ⅹ因子またはトロンビンを阻害する作
用を持ち、固定用量で安定した効果が得られる、最小限の血液モニタリングで
済む、経口薬でありながらワーファリンの様な食事制限は不要などの利点を有
するのが特徴です。現在 NOAC は成人の VTE や心房細動に伴う脳梗塞予防に用い
られていますが、小児 VTE に対しては 2013 年から多施設 RCT が始められていま
す。今後新しい治療戦略が立てられるかもしれません 5)。
VTE 発症率の低い子どもにどの様な予防策をとるかについては検討の余地が
ありますが、発症の背景や治療法を知っておくことは大切だと思います。
最後に、EBM に基づき作成された 2 つの小児 VTE ガイドラインが WEB で公開さ
れていましたので、ご覧下さい。参考文献 6)は British Society for Haematology
が、7)は Cincinnati Children’s Hospital Medical Center が作成したもので
す。
【参考文献】
1) Humes DJ, Nordenskjöld A, Walker AJ, et al. Risk of venous thromboembolism in children
after general surgery. J Pediatr Surg. 50:1870-3,2015.
2) 安藤太三、伊藤正明、應儀成二ら、肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防
に関するガイドライン(2009 年改訂版). 日本心臓血管外科学会雑誌. 43:1-21,2014.
http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2009_andoh_h.pdf
3) Tetruhara K, Ishiguro A, Michihata N, et al. Pediatric thromboembolism in Japan. Indian
J Pediatr. 2016 Apr 7. [Epub ahead of print]
4) Ishola T, Kirk SE, Guffey D, et al. Risk factors and co-morbidities in adolescent
thromboembolism
are
different
than
those
in
younger
children.
Thromb
Res.
141:178-82,2016.
5) Goldenberg NA, Takemoto CM, Yee DL, et al. Improving evidence on anticoagulant therapies
for venous thromboembolism in children: key challenges and opportunities. Blood.
126:2541-7,2015.
6) Chalmers E, Ganesen V, Liesner R, et al. Guideline on the investigation, management
and prevention of venous thrombosis in children. Br J Haematol. 154:196-207,2011.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2141.2010.08543.x/epdf
7) Cincinnati Children’s Hospital Medical Center. Venous Thromboembolism (VTE)
prophylaxis in children and adolescents.
https://www.cincinnatichildrens.org/-/media/cincinnati%20childrens/home/service/j/an
derson-center/evidence-based-care/recommendations/type/venous%20thromboembolism%20be
st%20181.pdf?la=en