4.補完代替医療 (CAM)

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4.補完代替医療 (CAM)
補完代替医療(CAM)とは、Panel of definition and description (1995)によれば、「支配的な医療システム
の外にあるすべての保健・医療システム、その様式および実践、それに付随する理論・信念を含む広範
囲にわたる治療手段」と定義されている。また、American Academy of Paediatrics (2001)によれば、「治療
の有効性に関する基準として、無作為比較臨床試験あるいは生医学界のコンセンサスのいずれをも満た
さない治療方法」とされている。
補完代替医療について、Levy & Hyman (2005)は次にように述べている。 「小児発達治療において、自
閉症スペクトラム障害の子どもに関する治療手法の選択ほど多くの論争のある分野はない。補完代替医
療は、自閉症の個別症状に対処するのではなく、自閉症を引き起こす根源に対処するものと理解されて
いるため、人気が高い。科学・医学界に受け入れられるような特定の生医学的原因が、自閉症に関して
未だ特定されていないことが、現在の神経科学の科学的理解と相容れない多数の仮説の増殖を許して
いる。」
Levy & Hyman (2002)は、非伝統的(non-traditional)治療法の安全性と有効性についてのレビューで、そ
うした治療法を以下の 4 つに分類している。
1. 未実証だが無害な生物学的治療で、広く用いられているが、理論的根拠はないもの
2. 未実証だが無害な生物学的治療で、なんらかの理論的根拠を持つもの
3. 未実証で、有害な可能性のある生物学的治療
4. 生物学的治療ではないもの
最初の範疇には、B6とマグネシウムなどのビタミンサプリメント療法、胃腸薬療法、抗真菌剤療法が、第
二の範疇には、グルテン・カゼイン・フリー・ダイエット、ビタミン C 療法やセクレチン療法が、第三の範疇に
は、キレーション、免疫グロブリン療法、ビタミン A や抗生物質、抗ウィルス剤およびアルカリ塩の大量投
与、予防摂取の差し控えが含まれる。第四には、聴覚統合訓練、インタラクティブメトロノーム、頭蓋マッサ
ージ、ファシリテーテッド・コミュニケーションが含まれる。
伝統的手法による治療的介入は主として、自閉症者に特徴的な症状や行動に焦点をあてており、「奇跡
の治癒」を約束するのではなく、漸進的なアプローチをとる。自閉症児の親にとって、自由に宣伝されてい
る治療・介入法に関する情報の氾濫に関して、批判的な評価を行うことはとても困難なことである。親たち
によれば、インターネットは、治療法に関する最大の情報源であり、セミナー、本、他の親からの口コミ情
報がこれに次ぐ。また、これらの情報源は、しばしば裏付けの取れないたくさんの情報を提示しており、親
が自分たちで評価しなければならない。
このことは、信頼できる客観的情報やエビデンスによる評価、そしてこれらの情報に通じた保健・医療機関
が必要であることを示している。Levy & Hyman (2005)は、家族や臨床家が自閉症児の治療法を決めると
きには、市場ではなく、エビデンスが第一の情報源となるべきである、と述べている。
本稿ですべての補完代替医療について述べることはできないが、よく知られた治療介入法を以下に取り
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上げる。
食餌療法
最も人気のある補完代替医療アプローチは、グルテンないしカゼインもしくはその両方を含む食物を摂取
しない、という食餌療法である。主に 4 つの互いに重なり合う生物学的理論がこの食餌療法を支えている。
すなわちオピオイド過剰、ペプチターゼ活性不良、免疫不全もしくは自己免疫、胃腸の異常である。グル
テンやカゼインは腸内で麻薬作動性物質(opiate agonist)に分解される(Teschemacher, Koch & Brantl,
1997)。自閉症児には腸に異常な漏れがあり、そのためこれらの代謝物が中枢神経系に到達し、強度の
脳内麻薬活動(brain opioid activity)を引き起こし、脳の機能を妨害する、と仮定されている。
麻薬拮抗薬を用いた臨床試験は、当初主張されたほど成功しなかったが、多動及び自傷行為に関して、
少数の自閉症児には、ある程度の効果があるかも知れない(Kolmen, Feldman & Handen, 1995,
Willemsen-Swinkels, Buitelaar, & Van Engel,1996)。しかし「漏れのある腸理論(leaky gut theory)」は、厳
格な科学的調査も十分なエビデンスもなく、依然、論争的なものに留まっている。
Christianson & Ivany (2006) は、自閉症スペクトラム障害における食餌療法の役割に関する科学的エビ
デンスのレビューを行った最新の文献である。彼らはこの論文において、これまでの研究はいずれも実験
デザインに重大な欠陥があり、それがこれらの研究によって見いだされた知見に対する信頼性を損なっ
ている、と指摘している。また彼らは、今後の二重盲検比較試験はグルテン、カゼインのどちらかではなく、
両方を排除すべきであり、また結果の測定には非言語的認知面の測定を含むべきだ、と示唆している。
食餌療法については、重大な副作用は確認されていないものの、元々偏食の多い自閉症者にさらなる食
餌制限を加えることへの懸念も挙げられている。
キレーション (DMSA、
、リポ酸
リポ酸、クレイバス
クレイバス、
バス、天然キレート
天然キレート剤
キレート剤)
自閉症治療におけるキレーションの有効性について、査読を経た公表論文は存在しない。自閉症児のお
よそ 1/3 に、2 才代において発達の重要な指標における明らかな退行が認められることが知られており、そ
こから、予防接種がこの退行および自閉症の原因ではないかとする理論が生まれた。
予防接種悪玉説の根拠のひとつは、エチル水銀誘導体で不活性ワクチンの混合接種薬瓶内での安定
剤として使われるチメロサールである。麻疹・おたふく・風疹の三種混合ワクチンなどの生ワクチンにはチ
メロサールは含まれていない。またチメロサールはもはや子ども向けのワクチンには、2 種混合(DT)イン
フルエンザワクチンを除いて、使用されていない。オーストラリアにおいては、過去にチメロサール含有ワ
クチン接種が行われていた時でも、1 人あたりの接種回数は最大で 6 回であり(三種混合、B 型肝炎、凍
結乾燥へモフィルスインフルエンザ b 型、各 2 回ずつの接種)、その場合でも WHO の定める最大許容摂
取量(3.3μg/kg /週)を下回っている(MacIntyre & Leask, 2003)。
デンマークでは、1992 年に子供用ワクチンへのチメロサール使用を禁止している。そのため、この禁止措
置の前後での自閉症報告率の変化を見ることが可能である(Madsen, Lauritsen, & Pederson, 2003)。それ
によると、自閉症発生率はチメロサール禁止以前から増加していたが、この増加傾向はチメロサール禁止
以後も不変であった。両者の関連性は特定できず、因果関係に関する示唆は得られなかった。神経系を
侵された鉛中毒のケースでも、鉛のキレーションによる神経機能の改善は確認されていない。DSMA キレ
ーションでは、腎臓および肝臓への毒性がモニターされなければならない。有効性のエビデンスがないう
えに、重大な危害および毒性の可能性があることから、この介入法については、極度の注意が必要であ
る。
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イースト過剰
プロバイオティクス、
イースト過剰増殖
過剰増殖 (プロバイオティクス
プロバイオティクス、抗真菌剤、
抗真菌剤、イーストフリーダイエット)
イーストフリーダイエット
この介入方法は現在でも人気があるが、この治療法の有効性に関する臨床試験は、いまのところ査読誌
には報告されていない。フルコナゾールのような抗真菌剤の長期使用に関しては、肝臓への毒性や剥離
性皮膚炎への警戒が必要である。ナイスタチンは吸収されにくく、下痢を引き起こしやすい。イーストは正
常な状態で腸内および便に共生するものであり、腸内のカンジダの異常増殖が内視鏡で確認されたこと
もない、ということに留意すべきである(Wakefield, Murch, & Anthony, 1998)。
消化酵素
消化酵素投与の有効性について、厳密な科学的研究は存在しない。しかしながら、非盲検臨床試験に
おいて、約 15%の被験者に重大な副作用があったと報告されている(Brudnak, Rimland, & Kerry,
2002)。
セクレチン
セクレチンは小腸で分泌されるペプチドホルモン物質で、すい臓の分泌物を増やす作用を持ち、自閉症
児の胃腸機能を検査するために臨床的に用いられる。セクレチン投与の結果、劇的な自閉症状の改善
がみられたとする報告は、自閉症治療薬としてのセクレチンの可能性に関する広範囲の関心を惹起させ
た。しかしながら、数度の無作為化比較試験はいずれもセクレチンの有効性を立証することに失敗してい
る(Williams, et al., 2005)。Perry and Condillac(2003)は、セクレチン、フェンフルラミン、ナルトレキソンおよ
びアドレノコルチコトロフィン(ACTH)は、自閉症の子どもや未成年者にとって無効あるいは有害性が立
証されている、と指摘している。
三種混合
三種混合ワ
混合ワクチンの
クチンの不接種
ロンドンの王立自由病院の Wakefield 博士をリーダーとする研究者グループは、クローン病を罹患した少
数の子どもの経過観察にもとづいて、野生株及びワクチン株の麻疹ウィルスと炎症性腸疾患(IBD)との関
連性を示唆した(Wakefield, Pittilo, & Sim, 1993)。同じ研究グループは、1998 年、別の 12 人の子どもに
関して、自閉症などの発達障害を伴う、非定型 IBD の従来知られていない症候群に関する叙述をした
(Wakefield et al.,1998)。彼らは、麻疹・おたふく・風疹の三種混合ワクチンが IBD を引き起こし、その結果、
必須ビタミンや栄養素の小腸からの吸収が減少し、さらにそれが自閉症を含む発達障害を引き起こすの
ではないか、と推論した。
世界各国の複数の専門家グループが、示唆された関連性は弱いものであり、またこれらの研究には重大
な欠陥があったことを見いだしている。これらの研究は、対照群を欠き、盲検でなく、バイアスがかかって
いる可能性があり、因果関係や有害性をテストするようにデザインされていない。ワクチン接種と自閉症と
の関連づけは、主に親の想起(recall)に基づいており、したがって想起バイアスに服する(MacIntyre &
Leask, 2003)。数多くの大規模な疫学研究が、三種混合ワクチン(もしくはその他のいかなるワクチン)と自
閉症の因果関係をなんら示唆していない(Dales, Hammer, & Smith, 2001; Demicheli, Jefferson, Rivetti,
& Price, 2005; MacIntyre & Leask, 2003; Madsen, et al., 2003; Patja, et al., 2000)。
ビタミン B6 とマグネシウム
自閉症治療のためのビタミンの大量投与への関心は、一部の精神障害はある種のビタミンやミネラルの
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相対的な不足によるものかもしれない、という 1960 年代の理論から、発生している。ビタミン B6 は、それ自
体がいくつかの神経伝達物質の化学合成に組み込まれていることから、特別な関心がもたれている。マ
グネシウムはビタミン B6 大量投与に伴う副作用を軽減するために併用して投与される。コクランレビュー
によれば、この療法の効果に関する研究は、どれも比較試験の基準を満たしていない(Nye & Brice,
2003)。一方、Sikich(2001)は、限られた調査エビデンスをレビューしたところ、ビタミン B6 とマグネシウム
が一部の自閉症者には有効である可能性が示された、としている。しかし、薬剤を投与する際の困難さ
(苦み)に加え、反応を示した被験者においても、その効果は比較的小さかった(Sikich, 2001)。
Howlin(1997)は、感覚神経障害、頭痛、うつ、吐き気、光過敏などの副作用が報告されていることを示唆
し、ビタミン大量投与に対する注意を喚起している。
頭蓋オステオパシー
頭蓋オステオパシー
この療法は頭部を中心とした非常に穏やかなマッサージを行う。治療は数ヶ月にわたることがあり、その効
果は、多動のわずかな減少から、コミュニケーションの大幅な改善まで様々だとされている。しかしながら、
このアプローチに関する適切な評価研究は存在していない(Howlin,1997)。