「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点

JAIS
論文
「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
田中 深雪
(立教大学)
A
s the interest toward incorporating communicative approach to foreign language
teaching increased among EFL instructions in Japan, there has been a steady
increase of the number of universities that have started teaching interpretation classes as
part of their language programs. Since the field of interpreting training is rather new
compared to the traditional EFL instruction, there is considerable amount of confusions
and misunderstandings among educators in terms of methodologies, evaluations,
adequate class sizes and even to qualification of instructors. This paper is a case report of
one of those interpretation classes at a university in Japan. After three months of study,
students responded to the questionnaires. The results revealed that there are several
pedagogical issues that need to be addressed when teaching interpretation classes. The
paper concludes with practical suggestions to seek breakthroughs to some of the issues
concerning teaching interpreting at undergraduate level in Japan.
1
はじめに
英 語 教 育 の現 場 で、コミュニケーションに重 点 を置 く指 導 が盛 んになるにつれ、通 訳 教
育 や通 訳 教 育 を利 用 した語 学 教 育 を実 施 している大 学 や短 大 の数 は増 加 している (田 中
2002)。大 学 では、民 間 の通 訳 スクールのように、純 粋 に通 訳 者 養 成 をめざすというよりは、
一 般 の英 語 教 育 の一 環 として通 訳 訓 練を行う傾 向(鳥 飼 1997)がある。
各 大 学 によって、指 導 目 的 や対 象 となる学 生 の習 熟 度 も異 なるため、実 際 そこで展 開 さ
れている授 業 や指 導 方 法 は多 様 である。各 大 学 で、誰 が、どのような指 導 を行 っているのか
をうかがい知 る機 会 は少 なく、担 当 教 員 間 の基 本 的 な情 報 交 換 の場 さえ限 られているとい
える。通 訳 クラスをどのように運 営 していくべきか、授 業 内 容 をはじめ、評 価 法 、使 用 教 材 、
クラス編 成 についてさえも、議 論 や検 証 すべき点 が山 積 しているのが現 状 であろう
(Tanaka & Tsuruta, 2001)。
TANAKA Miyuki, “Current Pedagogical Issues in Teaching Interpreting at the Undergraduate Level.”
Interpretation Studies, No. 4, December 2004, Pages 63-82
(c) 2004 by the Japan Association for Interpretation Studies
Interpretation Studies, No. 4: 2004
本 稿は、筆 者が平 成 7 年 度 から教 えている大 学での通 訳 クラスの授 業 の実 践 報 告 である。
ここで紹 介 する例は、平 成 16 年 度 の前 期(4 月∼7 月)に担 当 したクラスのものである。授 業
の実 際 を詳 細 に紹 介 するとともに、授 業 開 始 前 に実 施 した学 生 のニーズ調 査 、および授 業
終 了 後 に実 施 したアンケート調 査 の分 析 結 果 を通 じて浮 き彫 りになった、大 学 での通 訳 教
育が抱 える問 題 、そしてその対 処 法 について検 討する。
2. 授 業 の 概 要
クラスと指導目的について
2.1
今 回 紹 介 する実 践 例は、4 年 生 女 子 大 学 の文 学 部 英 文 学 科で、2004 年 度 前 期(4 月
16 日∼7 月 16 日)の専 門 科 目 の一つとして行った「日 英 言 語コミュニケーション論 (=英
日・日 英 通 訳 法)」の授 業である。約 3 ヶ月 間 に渡 り、毎 週 1 回 90 分の授 業を計 14 回 行っ
た。この授 業 は、初 めて通 訳 クラスを受 講 する学 生 を対 象 としている。指 導 目 的 は以 下 の通
りである。
•
通 訳という仕 事と、通 訳 者への理 解 を深めてもらうこと
•
「通 訳 訓 練 法」を利 用して語 学 力 の強 化をはかること 1)
受講者の構成
2.2
受 講 者は 40 名で、内 訳 は文 学 部(英 文 学 科)27 名、国 際 交 流 学 部(国 際 交 流 学 科)12
名、音 楽 学 部(器 楽 学 科)1 名であった。また学 年は、2 年 生 16 名、3 年 生 21 名 、4 年 生 3
名であった。履 修 希 望 者 が定 員 数を上 回 ったため、開 講 時 に履 修 希 望 者 全 員 にTOEICの
リスニング部 門のテストを実 施し、その結 果と過 去 に受 験 したTOEFLのスコアに基づいて 40
名 を選 抜 した。選 抜 された学 生 の TOEIC リスニング部 門 の正 解 率 は 33%∼93%で、平
均 正 解 率 は 69%であった。またTOEFLスコアは 440 点∼560 点で、平 均 スコアは 490 点 前
後であった。 2)
授業内容
2.3
2.3.1
通訳概論
授 業 は「通 訳 概 論 についての講 義 」と、通 訳 訓 練 法 を利 用 した「語 学 トレーニング」の 2
部 構 成 とし、毎 回 、授 業 の前 半 に講 義 を、後 半 に語 学 トレーニングを実 施 した。今 回 講 義
で取り上げたおもなトピックスとサブテーマは以 下の通 りである。
•
通 訳とはどんな作 業であるか
− 「意 味」を説 明するとは?
•
通 訳 の歴 史 について
− いつ頃 から始まったのか、日 本 では?
•
通 訳と翻 訳
− 共 通 点、異なる点
•
通 訳 作 業 、業 務 について
− 多 様な通 訳 形 態 と仕 事 内 容
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•
通 訳 者 に要 求される能 力とは
− 適 性、語 学 力 、体 力、背 景 知 識
•
異 文 化 間 コミュニケーション
− 誤 解、摩 擦の中での 「他 者」 と 「私」
毎 回 少 しずつ上 記 のトピックスに関 する講 義 を行 ったうえで質 疑 応 答 の時 間 を取 り、学
生 たちの疑 問 に応 えた。また、学 期 中 数 回 に渡 って、これらのトピックスやサブテーマに基
づいて討 議 や意 見 発 表 をグループやクラス単 位 で実 施した。
さらに課 題 として、通 訳 、翻 訳 や異 文 化 間 コミュニケーションに関 する書 籍 を一 冊 学 生 に
選 択 させ、それを読 んだうえで a) 通 訳 者 に求 められているもの、 b) 異 文 化 間 コミュニケ
ーションで通 訳 者 の果たす役 割 について、の 2 点について英 文レポートをまとめ、学 期 末 に
提 出することを義 務づけた。学 生たちが選 んだ書 籍は以 下の通りである。
表1
受講生が選んだ書籍のリスト
書籍名
著者
出版社
通訳という仕事
原
入門−通訳を仕事にしたい人の本
遠山 豊子
中経出版
歴史を変えた誤訳
鳥飼 玖美子
新潮 OH!文庫
通訳の現場から
柘原 誠子
朝日出版社
ボランティア英語のすすめ
篠田 顕子
はまの出版
不二子
Japan Times
新崎 隆子
英語は女を変える−同時通訳者が見た
篠田 顕子
はまの出版
コミュニケーションの不思議
新崎 隆子
言葉の落とし穴
西山 千
DHC 出版
不実な美女か貞淑な醜女か
米原 万理
新潮文庫
魔女の1ダース
米原 万理
新潮文庫
電話通訳−息づかいから感じる日米文化
スーザン 小山
現代書館
水野 真木子
日本図書刊行会
通訳席から世界が見える
新崎 隆子
筑摩書房
放送通訳の世界
BS 放送通訳
アルク新書
比較
通訳のジレンマ−通訳になりたい人と通訳
を雇いたい人のためのコミュニケーション論
グループ
パーネ・アモーレ−イタリア語通訳奮闘記
田丸 公美子
文芸春秋
同時通訳おもしろ話
西山千・松本道弘
講談社プラスアルファ新書
韓国語通訳− ことばと心のハーモニー
崔愛子
東方出版
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2.3.2
通訳トレーニング
授 業 の後 半 は 「通 訳 訓 練 法 」を利 用 したさまざまな語 学 トレーニングを毎 回 実 施 した。
今 回 、授 業 中に行ったおもなトレーニングは以 下の通 りである。
•
(授 業で取り扱った内 容 に関する) 背 景 知 識 の収 集・発 表
•
訳 語 の確 認 、発 音 練 習
•
語 句 のクイック・リスポンス練 習
•
聞き読み
•
プロソディ・シャドーイング
•
サイト・トランスレーション
•
逐次通訳練習
•
プロソディ分 析
上 記 の練 習 のうち、背 景 知 識 の収 集 ・発 表 、 訳 語 の確 認 、発 音 練 習 、 語 句 のクイック・
リスポンス練 習、聞き読 み、逐 次 通 訳 練 習は、授 業 の進 行 状 況 にあわせ、隔 週 1 回のペー
スで行った。
一 方 、プロソディ・シャドーイングとサイト・トランスレーション(以 後 、サイトラと略 す)は毎 回
欠 かさず、それぞれ 10 分 ∼15 分 程 度 の時 間をとってペア練 習 を中 心に行 った。なお プロ
ソディ分 析 は作 業 に時 間 がかかるため、課 題 として提 出 し、授 業 時 はチェックのみを行 うに
留めた。
使用教材
2.4
2.4.1
テキストについて
この授 業 で使 用 したおもなテキストは、『通 訳 トレーニングコース』 (水 野 真 木 子 ・鍵 村 和
子 共 著 )と『「はじめてのシャドーイング』 (鳥 飼 玖 美 子 監 修 、玉 井 健 ・染 谷 泰 正 ・田 中 深
雪 ・鶴 田 知 佳 子 ・西 村 友 美 共 著 )である。また補 助 教 材 として、「リスニングに生 かす通 訳 の
訓 練 メソッド」 (雑 誌 「CURRENT ENGLISH」 2002・4 月 ∼2003・3 月 号 連 載 分 、田 中
深 雪 著)を用いた。
2.4.2
教材選定の基準
このクラスでは、初 めて通 訳 訓 練 法 を使 用 した練 習 を行 う学 生 が対 象 のため、テキストや
音 声 教 材 の選 定 にあたっては以 下 の点 に配 慮 した。
•
使 用されている英 語のレベル (語 句、構 文 、話 の展 開 など)
•
内 容 (トピックス、学 習 者 の関 心・知 的レベルに適した内 容 など)
•
音 声 教 材 (録 音 状 況 、スピード、発 音の明 瞭 さ、スクリプトの有 無など)
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「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
評価について
2.5
学 生 の語 学 力 の変 化 を知 るため、学 期 中 、以 下 の活 動 を実 施 し、評 価 の際 のおもな判
断 材 料 として利 用した。
•
TOEIC テスト(リスニング・セクションのみ)
初 回 と最 終 回 に実 施 し、正 解 率を比 較
•
初 見でのシャドーイングとサイトラ
学 期 中 4 回(毎 月 1 回)録 音・提 出
(使 用 教 材 例=参 考 資 料 1 (p. 81) 参 照)
•
音 声 教 材 のプロソディ分 析
学 期 中 4 回(毎 月 1 回)記 述・提 出
(課 題 例=参 考 資 料 2 (p. 82) 参 照)
•
シャドーイングと日→英、英→日 の逐 次 通 訳 1 題 ずつ
期 末テストとして実 施
(出 題 問 題 例=参 考 資 料 3 (p. 82) 参 照)
評 価 に際 して注 目 したのは、学 生 のリスニング能 力 、スピーキング力 (プロソディを中 心
に)、文 法 の正 確 さ、語 彙 力 (日 本 語 も含 む)、訳 出 力 (正 確 さ、スピード)などである。また
学 生 自 身 が自 分 の語 学 力 の変 化 を自 覚 するように、シャドーイング、サイトラ練 習 を録 音 し、
それを自 分 でモニターして、練 習を行う中で生 じた問 題 点や気づいた点 などをスタディー・メ
モ(学 習 記 録 表)に記 録しておくよう指 示 した。
3. 学 生 の 反 応
学 生 の反 応 を知 る手 がかりとして、授 業 の開 始 時 に「ニーズ調 査 」を行 い、受 講 動 機 など
をあらかじめ尋 ねた。また学 期 中 は、できるだけスタディー・メモへの記 述 を奨 励 し、学 生 の
反 応 を多 方 面 から掌 握 することに努 めた。さらに、学 生 が通 訳 訓 練 法 の練 習 をやってみて
どのような感 想を持ったかを知るため、最 終 授 業 時に「アンケート」を実 施 した。
3.1
ニーズ調査
学 生 たちがどのような動 機 でこのクラスへの受 講 を希 望 したのか、またこの授 業 で特 に知
りたい点 は何 なのかを知 るため、初 回 の授 業 でアンケート調 査 (無 記 名 )を行 った。ここで尋
ねたおもな点は以 下の通りである。
3.1.1
授業選択の動機について
まず学 生たちにこの授 業の履 修を選 択した動 機を尋ねた。その結 果、40 名 中 42.5%の
学 生 が、「通 訳や通 訳 について学びたいので」をその理 由として挙げた。また 40%の学 生は
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「英 語 の力 を伸 ばして行 きたいから」と答 え、特 にリスニングの力 をつけたいと答 えた学 生 が
その半 数 を占 めた。一 方 、「他 の選 択 肢 がないから」といった理 由 で履 修 を決 めた学 生 も
10%いた(図 1, p. 77)。
3.1.2 授 業 で 特 に 知 り た い 点 に つ い て
次にこの授 業で特に知 りたい点について尋ねたところ、40 名 中、27.5%の学 生 が、「どう
したら通 訳 になれるのか、またどんな活 躍 をしているのか」 が知 りたいと述 べた。また 20%
の学 生は、「通 訳 者 の英 語 の習 得 方 法を知 りたい」と答え、その中でもリスニングの力 をつけ
る方 法 を知 りたいとした学 生 が半 数 を占 めた。さらに、「英 語 から日 本 語 、日 本 語 から英 語
への訳 し方 の手 法 を知 りたい」 とした学 生 が 12.5%いたが、その他 の学 生 は「分 からな
い」あるいは「ない」としていた(図 2, p.77)。
3.2. ス タ デ ィ ー ・ メ モ
学 期 中 、数 回 に渡 って通 訳 訓 練 法 の練 習 を行 ってみてどう思 ったのか、感 想 、疑 問 点 、
難 しい点 、日 頃 の学 習 状 況 、反 省 点 などをスタディー・メモ(日 付 、記 入 欄 のみの簡 易 表 )
に記 入 させるようにした。自 由 記 述 方 式 をとったため、書 かれた内 容 は多 岐 に渡 り、すべて
を集 約 することは困 難 なため、学 期 開 始 直 後 、中 盤 、後 半 での代 表 的 な意 見 を比 較 してみ
た。
まず学 期 開 始 直 後 に目 立 つ記 述 は、通 訳 訓 練 法 に初 めて接 してみて「驚 いた」、「難 し
かった」、「戸 惑った」といった感 想である。この時 期 のメモには 「こんなに出 来ないとは思わ
なかった」、「自 分 が不 甲 斐 ない」、「今 後 、皆 についていけるかどうか不 安 だ」など、かなり悲
観 的 な記 述 が目 立 っている。また、うまく出 来 ないのは「練 習 不 足 」、「集 中 力 の欠 如 」、「リ
スニング力 の不 足 」、「読 む速 度 が遅 い」、「メモが取 れない」などが理 由 ではないかと書 いて
いる学 生が多い。
授 業 が中 盤 に入った 5 月、6 月 頃 には、「少し落ち着いて対 処できるようになった」、「僅
かながら進 歩 したと思 う」などの肯 定 的 な感 想 がある一 方 で 「(自 分 のシャドーイングの録
音 テープを聞 いて)一 本 調 子 で、お経 みたいだ」、「日 本 人 らしい発 音 になってしまう」のよう
に否 定 的 な感 想もある。
授 業 も後 半 に入 り、学 期 末 が近 づいた頃 になると「やっているうちに改 善 された」、「上 手
くできなくて悔 しい」、「初 めに比 べるとかなり向 上 した」といった感 想 や、自 分 の欠 点 を分 析
して「語 彙 力 の不 足 」、「声 に出 す練 習 が足 りない」、「もっと流 暢 になりたい」など自 省 や今
後 の希 望 を書 いている学 生 が増 えている。このように、時 間 の経 過 と共 に学 生 の意 見 に変
化が生 じているのが、スタディー・メモを通じて明らかとなった。
3.3
授業終了後のアンケート調査
最 終 授 業 時 に、学 生 たちの感 想 を知 るためアンケート調 査 を実 施 した。このアンケートで
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は、特 に学 期 中 繰 り返 し行 ったシャドーイング、サイトラ、逐 次 通 訳 などの通 訳 訓 練 法 に対
して学 生 がどのような感 想 を持 ったかということを中 心 に尋 ねた。なお、このアンケートは無
記 名で、成 績とは何ら関 係 がないことを用 紙に明 記した上 で実 施した。
3.3.1
シャドーイング練習について
まず初 めに学 生 たちにシャドーイングの経 験 について尋 ねたところ、「この授 業 で初 めて
知った」との答えが 71.4%を占めた。一 方 、「この授 業を取る以 前 から知 っていた」 学 生で
は、「大 学の他の授 業 で習った」 学 生が 11.4%、「高 校 時 代 に習った学 生」が 8.6%、「ラ
ジオ講 座を通して知った」学 生 が 5.7%、「語 学 学 校で習った学 生」が 2.9%いた(図 3, p.
77)。「大 学 の他 の授 業 で習った」と答えた学 生 たちに、どの教 員 から習 ったのかを尋ねたと
ころ、筆 者 から他 の英 語 の授 業 の際 に習 ったということが明 らかになった。全 体 として、シャ
ドーイングを知らない学 生が大 半を占めたのは少し意 外であった。
次 に、シャドーイング練 習 をやってみてどう思 ったのかを尋 ねたところ、「とても難 しかった」
と答 えた学 生 が 34.3%を占め、「やや難しかった」とした 65.7%の学 生 とあわせて、程 度の
差 はあれども、履 修 者 全 員 がシャドーイングは難 しいと感 じていたことが判 明 した(図 4, p.
78) 。
では、学 生 たちはシャドーイング練 習 のどんなところに難 しさを感 じているのだろうか。その
理 由 は一 つではないと予 想 されたため、複 数 回 答 可 で尋 ねたところ、71.4%の学 生 が、シ
ャドーイング練 習 の大 きな特 徴 である 「聞 きながら話 すこと」に難 しさを覚 えたと回 答 した。
それについで、「正 確に声に出 すこと」に対して難 しさを感じたという学 生たちが 40.0%もい
た。また、音 声の「スピードについていくこと」に対しては 31.4%が、「英 語 を聞き取ること」に
対しては 25.7%の学 生 が難しいと回 答した(図 5, p. 78) 。
学 期 中は、LL 機 材を用 いたペア練 習の形で、毎 回 10∼15 分 程 度シャドーイング練 習の
時 間 を取 ったが、課 外 学 習 に関 しては指 示 を行 わず、学 生 に自 主 的 に行って欲 しいとの教
員 側 の希 望 を伝 えただけであった。その結 果 、「ほぼ毎 日 練 習 していた」という学 生 はわず
か 2.9%しかいなかったが、「週 2∼3 回は練 習 していた」 という学 生になると、45.7%いた。
しかしその一 方で、「授 業 でしかやっていない」という学 生は 34.3%で、「試 験の前 だけやっ
た」という学 生も 17.1%いた(図 6, p. 78) 。
このデータを、先 程 の「シャドーイング練 習 について」のデータと比 較 してみると、週 2,3
回 以 上 練 習 している学 生 の中 で 「シャドーイング練 習 は 大 変 難 しい 」 と答 えている学 生
は 41.6%であるが、授 業 時 のみしかやっていない学 生 ではこれが 58.3%に増 える。練 習
時 間 が増えると、練 習を難しく感じる割 合 が減る傾 向 が顕 著 に見られる。
では、シャドーイング練 習を行ってみて、学 生 たちはどんな効 果 があったと思っているので
あろうか。この質 問 も複 数 回 答 可 の形 式 で行 ったところ、一 番 多 かった答 えがプロソディに
関するもので、「英 語 の発 音やアクセントに対して気 を配るようになった」 点 を指 摘 した学 生
が 62.9%いた。またリスニングに関 しても同 様 に多 くの学 生 が指 摘 し、「英 語 が少 しは聞 き
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取 りやすくなったように思 う」 が 60%いた。さらに、「英 語 のスピードに少 しはついていける
ようになった」点を挙げた学 生は 45.7%いた。 一 方 、「英 語 を話す速さに変 化 があった」、
「英 語 を声 に出 して話 すことに対 して抵 抗 が減 った」、「英 語 の発 音 が良 くなったような気 が
する」はそれぞれ 14.3%と少なかった(図 7, p. 79) 。
学 期 中 4 回 に渡って使 用テキストの音 声 教 材 のプロソディ分 析を課 外 学 習の形で実 施し
たが、それについて学 生 たちは、全 員 何 らかの役 に立 ったと答 えた。これも複 数 回 答 可 で
調 べたところ、「英 語 の音 の特 徴 を把 握 するのに役 に立 った」とする学 生 が最 も多 く、54.
3%、「意 味 のかたまり(チャンク)を把 握するのに役 に立った」とする学 生が 51.4%いた。一
方、「プロソディ記 号 の使い方」や「アクセントの位 置 の把 握 」が難しかったと感じた学 生も 17.
1%ずついた(図 8, p. 79) 。
サイトラ練習について
3.3.2
サイトラの練 習 では、「今 回 が初 めて」という学 生 が 79.4%で、大 多 数 を占 めた。一 方 、
サイトラ練 習 の経 験 がある学 生 は合 計 で 20.6%おり、その内 8.9%は「大 学 で」、同 じく
8.9%は「予 備 校や塾」で、そして 2.9%は「高 校で習った」と回 答 した。「大 学で習った」と答
えた学 生 の追 跡 調 査 により、全 員 が筆 者 の担 当 する他 の英 語 の授 業 を履 修 した際 に筆 者
から習ったということが判 明した(図 9, p. 79) 。
次 に、サイトラのどんな点 が難 しいと思 うのか尋 ねてみた(複 数 解 答 可 )。70.6%の学 生
が、「スピードについていけない」点 を挙 げた。次 に、英 文 を「聞 きながら話 す作 業 」に難 しさ
を感 じた学 生 が、47.1%いた。また「文 頭 から訳 す作 業 」に慣 れていないために戸 惑 うとし
た学 生も、11.7%いた(図 10, p. 80) 。
次 に、サイトラをやって効 果 があったと思 うかという問 いに対 しても(複 数 回 答 可 )は、英 語
が「聞 き取 り易 くなった」とした学 生 が一 番 多 く、47.1%いた。また、英 語 の「スピードについ
ていける」ようになったとした学 生 が 35.3%、「文 頭 から英 文 を理 解 できるようになった」とし
た学 生も同 じく 35.3%いた。しかし、「意 味の区 切 れがどこにあるのか、わかるようになった」
とした学 生 は、11.7%、さらに、「訳 出 のスピードが上 がった」とした学 生 は、5.9%と少 数 に
とどまった(図 11, p. 80) 。
3.3.3
逐次通訳の練習について
最 後 に、逐 次 通 訳 についてどう思 っているのかという点 のみ複 数 回 答 可 で尋 ねた。その
結 果 、「聞き取りが難しかった」と「素 早く書き留 めることが大 変」とした学 生が、それぞれ 55.
9%いた。また、「メモの取 り方 がわからなかった」とした学 生 が、35.3%、さらには、自 分 が
「書いたメモが読めずに訳 出できず困った」とした学 生も 23.5%いた(図 12, p. 80) 。
4. 考 察
上 記 のニーズ調 査 とスタディー・メモ、アンケート調 査 を通 じて初 めに感 じたことは、学 生
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「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
たちが、通訳訓練法を利用した練習のあらゆる段階で躓いており、また躓きの理由も多岐に
渡っているということであった。ここでは、今回の授業で特に力をいれて練習したシャドーイン
グ、サイトラ、逐次通訳の練習における学生たちの躓きを取り上げ、その原因を考察する。
4.1
シャドーイング練習の場合
シャドーイング練 習では、聞いたものをほんの少 し遅 れて、そのまま声に出 して再 生 するこ
とを要 求 される。ここでは「英 語 を聞 き取 る力 (インプット)」、「理 解 力 」、それに「正 確 に再 生
する力(アウトプット)の力 」が試され、そのいずれかが欠 如していると練 習 に躓くことになる。
インプットに問 題 がある学 生 に共 通 していえるのは「リスニング力 の不 足 」、「プロソディ・セ
ンスの欠 如 」、「文 法 、構 文 力 の不 足 」などで、このような学 生 は「内 容 把 握 力 も不 足 」してい
る場 合 が多 かった。またアウトプットに問 題 がある学 生 は「復 唱 力 の不 足 」、「英 語 を声 に出
すことが苦 手 」、「短 期 記 憶 がと苦 手 」、さらには 「母 語 による強 い干 渉 」を受 けている(カタ
カナ英 語 など)などの場 合 が多 かった。このような学 生 はたとえインプットの段 階 までうまくい
っても正 確な再 生はできない。
4.2
サイトラ練習の場合
サイトラ練 習 では、学 生 たちが中 学 校 や高 校 の英 語 の授 業 で習 った英 文 読 解 法 とは異
なり、文 頭 から訳 出 を行 う。しかしこの訳 出 方 法 に馴 染 みがないため、かえって読 み取 りに
時 間 がかかってしまい、練 習 に躓 いてしまうというケースがかなり見 受 けられた。さらに 「速
読 ・速 訳 練 習 を行 った経 験 が乏 しい」学 生 の場 合 は、訳 出 までの時 間 がかなりかかる傾 向
が顕 著 であった。また「語 彙 力 や構 文 把 握 力 の不 足 」、「コロケーションの知 識 の不 足 」、
「集 中 力 不 足 」、「聞 きながら訳 す作 業 ができない」などの理 由 で躓 いている学 生 もいた。留
学 生 や海 外 経 験 が長 い帰 国 子 女 の中 には、日 本 語 の表 現 力 が不 足 し、「英 語 と日 本 語 の
混 同」が起きたり、極めて「稚 拙な訳 出」しかできない場 合もあった。
4.3
逐次通訳練習の場合
英 日 の逐 次 通 訳 の練 習 で用 いた教 材 は、100∼120 ワード程 度 の短 い分 量 の英 文 で、こ
れを 1∼2 回 聞いて日 本 語 に訳すよう指 示した。また、日 英 では 200 字 程 度 の和 文 を 1 回
だけ聞いて英 語 に訳す練 習を行った。
しかし、英 日 の場 合 はシャドーイング練 習 と同 様 、インプットの段 階 で躓 き、「正 確 に聞 き
取 ることができない」ため訳 出 に至 らない学 生 が見 受 けられた。また、「メモを取 る習 慣 が身
についてない」ためか、漠 然 と聞 き流 している学 生 も多 く、訳 出 を行 う段 階 になって「短 い曖
昧な訳 出 」しか出 来ずに立ち往 生 するのが目 立 った。また日 英 に関しては、聞き取 りに問 題
はなかったが、訳 語 の選 定 に手 間 取 っていたり、日 本 語 にこだわりすぎてぎこちない訳 しか
できない学 生 が目 立 った。英 日 、日 英 の逐 次 通 訳 に共 通 していえるのは、聞 き取 ったことを
しっかりと記 憶 に留 めなければという気 持 ちが希 薄 で、メモが記 憶 の補 助 になっていない点
である。
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5. 大 学 の 通 訳 ク ラ ス の 抱 え る 問 題 点
さて、通 訳 訓 練 法 を使 った練 習 での学 生 の躓 きとその原 因 について考 察 してきたが、上
記 の例 からも明 らかなように、学 生 の「語 学 力 の不 足 」は、大 学 の通 訳 クラスが抱 える大 きな
問 題 の一 つである。通 訳 クラスの抱 える問 題 は多 岐 に渡 るが、ここではその中 のいくつか顕
著な問題を取りあげ、一教員としてどう対処することができるのかという点を考えてみたい。
5.1
学力不足の問題
最 近 、一 部 の大 学 では通 訳 クラスに限 らず、一 般 の英 語 のクラスにおいても学 生 の英 語
力 の不 足 は深 刻 な問 題 となってきている。多 くの通 訳 クラスでは、専 門 的 な「通 訳 技 術 」の
指 導 に重 点 を置 くのではなく、通 訳 訓 練 法 を利 用 した「語 学 学 習 」を中 心 としてはいるもの
の、通 訳 クラスでは一 般 の英 語 のクラス以 上 の英 語 力 が要 求 される。基 本 的 な英 語 運 用 能
力さえ身 についていない学 生にとって授 業が難しく感じられるのは否 めない。
ではこの問 題 に対 して教 員 はどう対 処 していけばよいのであろうか。まずは、学 生 が履 修
を決 定 する以 前 に、クラスについての詳しい情 報を提 供 しておくことであろう。大 半 の学 生 に
とって「通 訳 」は馴 染 みがない世 界 で、詳 しい知 識 を持 ち合 わせている学 生 は少 ない。中 に
は「通 訳 クラスを履 修 さえすれば通 訳 者 になれる」といった安 直 な考 えを持 っている学 生 も
いる。教 員 は授 業 指 針 をできるだけ明 確 にし、学 生 に授 業 内 容 や履 修 していく上 で必 要 と
なる語 学レベル、学 習 量 などを周 知 させ、自 信 とやる気を持って授 業 に参 加することが出 来
るよう、出 来 るだけの働きかけを行うことが必 要であろう。
また授 業 内 容 に関 しても、学 生 の習 熟 度 を十 分 考 慮 し、使 用 する教 材 や練 習 の方 法 な
どにも工夫を凝らし、学生が自分の意志で学習を続ける気持ちを持つことができるよう、学習
環境を整えてやることも必要であろう。さらには通訳訓練法を一般の英語教育の中に取り込み、
他の英語科目と連携しながら利用するなどの方策も、もっと積極的に推進すべきであろう。
5.2
練習目的・方法などの問題点
通 訳 教 育 に限 らず、いかなる語 学 学 習 においても「どんな語 学 学 習 を行 うのか」、また「い
かなる効 果 が期 待 できるのか」といった点 を十 分 に理 解 し、与 えられた練 習 が自 分 たちの語
学 力 向 上 に役 に立 つと判 断 することによって、学 習 者 の自 発 的 な学 習 意 欲 を促 すことが可
能となる (Barnes 1992 ) 。
学 生 たちにとって、通 訳 訓 練 法 は初 めて接 する練 習 方 法 である。戸 惑 いや不 安 を感 じる
のも当 然 である。それを少 しでも軽 減 するため、導 入 にあたっては、まず通 訳 訓 練 法 とは何
であるのか、またどんな目 的 で利 用 することができるのか、どんな力を鍛 えることができるのか
といった点を、ひとつひとつ明らかにし、不 明な点 を作らないようにしなければならない。特に
通 訳 訓 練 法 名 は、カタカナ表 記 が多 く、文 字 を見 ただけでは何 なのか分 かりづらいと言 う声
が大きい。
このような問 題 に対 して、本 クラスでは通 訳 訓 練 法 を解 説 するにあたって、以 下 のような
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「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
一 覧 表(表 2、表 3)を作 成し、学 生の理 解 の一 助とした。このような表 が学 生 の役 に立った
か否 かという点 については定 かではない。しかし、上 述 (3.2)のスタディー・メモの中 には、こ
のような表について好 意 的なコメントを書いている学 生 が散 見 された。
表2
通訳訓練法の主な利用目的
聞く力を
話す力を
読む力を
書く力を
伸ばす
伸ばす
伸ばす
伸ばす
クイック・レスポンス
○
○
ディクテーション
◎
シャドーイング
◎
○
リプロダクション
◎
○
サマライジング
◎
○
◎
○
(聞いて行う)
(口頭で行う)
(読んで行う)
(書いて行う)
◎
◎
◎
◎
(聞いて行う)
(口頭で行う)
(読んで行う)
(書いて行う)
パラフレージング
◎
スラッシュ・リーディング
◎
スラッシュ・リスニング
◎
サイトラ
◎
◎利用価値大
表3
◎
○利用可能
通訳訓練法で鍛えることができるのは? 3 )
集
中
力
記
憶
力
復
唱
力
発
音
表
現
力
訳
出
力
内把
容握
力
クイック・レスポンス
○
○
ディクテーション
◎
◎
シャドーイング
◎
◎
○
○
○
リプロダクション
◎
◎
◎
○
○
サマライジング
◎
◎
○
○
◎
パラフレージング
◎
◎
○
◎
◎
スラッシュ・リーディング
スラッシュ・リスニング
◎
サイトラ
◎
◎大いに効果が期待できる
◎
○一定の効果が期待できる
集中力: 特にリスニングに際しての集中力などを指す。
復唱力: 聞き取ったものを正確に口頭で復唱する力などを指す。
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◎
○
○
◎
○
◎
◎
◎
Interpretation Studies, No. 4: 2004
記憶力: 聞き取った内容、読みとった内容を一時的に記憶に保持する力などを指す。
発
音: 発音、アクセント、イントネーション、リズムなど音声面での正確さなどを指す。
表現力: 幅広く英語で表現する能力などを指す。
訳出力: 英訳、和訳を瞬時に的確に行う力などを指す。
内容把握力: 話しの論旨を的確に把握する力などを指す。
5.3
使用教材・IT導入についての問題点
通 訳 訓 練 法 でどんな教 材を利 用すれば良いのか明 確な判 断 基 準 がない中、どの教 員 に
とっても使 用 教 材 の選 択 は何 かと頭 が痛 い問 題 であろう。教 材 は学 生 の習 熟 度 に応 じて、
ある程 度 幅 を持 たせた上 で、さまざまな分 野 から数 多 く揃 えておく必 要 がある。特 に通 訳 訓
練 法 に初 めて触 れる学 生 に対 しては、恐 怖 心 を抱 かせないよう細 心 の注 意 が必 要 であろう。
できるだけ、オーセンティックな素 材 を利 用 したいと思 っていても、教 材 のスピードが速 すぎ
たり、内 容 が難 しい場 合 は、敢 えて練 習 用 に加 工 した教 材 を使 う方 が望 ましい場 合 もある。
また音 声 教 材 だけでなく、DVD やビデオ、インターネットの映 像 配 信 など、音と映 像を積 極
的 に活 用 していくことも欠 かせないが、費 用 や備 品 の面 など、一 教 員 の努 力 だけではカバ
ーできないこともある。
また語 学 学 習においては、週 一 度 90 分 の授 業 時 間 だけでは、何 年 やっても目 覚ましい
上 達は望めない (Lightbown & Spada, 1997)。学 生 が自 発 的 に、しかも効 率 良く学 習を
継 続 して行 くには、授 業 だけでなく、ランゲージ・ラボ内 での自 習 環 境 の整 備 、サポート・シ
ステムの構 築など周 辺 の学 習 環 境 の態 勢を整 える必 要 がある。
さらに使 用 教 室も、今 後は従 来 の LL 教 室 設 備だけでは十 分とは言 い難い。インターネッ
トからのコンテンツをリアルタイムで常 時 利 用できる PC 教 室 や、多 様なソフトが使 用 可 能な
CALL 教 室 など、IT 技 術の力を駆 使することによって、今まで技 術 的 に出 来なかった練 習
も可 能 となる。しかし通 訳 クラスに限 らず、どの外 国 語 教 育 においても、CALL 用 の教 材 や
ソフトの開 発 など授 業 に IT を盛 り込 むには、相 応 の習 熟 期 間 と準 備 が必 要 である(宮 添
2004)。それにあわせて生じる教 育 現 場 、学 習 者、IT 間の整 備をどうするのかといった点も、
今 後 、通 訳 クラスを指 導 していく上で対 処しなければならない重 要な課 題 となるであろう。
6.
まとめ
以 上 、大 学 での通 訳 クラスの授 業 の実 際 とそれが抱 える問 題 と対 処 法 について述 べた。
このように幾 多 の問 題 を抱 える通 訳 クラスではあるが、今 後 さらなる発 展 を遂 げることができ
るか否かの鍵の一つは「教員」が握っているといえるだろう。現在、大学で通訳クラスを担当し
ている教 員 の多 くは、通 訳 者 としての経 歴 を持 つ人 が主 である。実 際 に通 訳 養 成 期 間 で学
び、通 訳 者 として「現 場 」に立 った経 験 は、学 生 を指 導 して行 く上 で代 え難 いものである。ま
た学生にとっても経験豊富な通訳者から直接学ぶことが出来るのは、貴重な経験であろう。
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「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
しかし本 稿 で述 べたように、現 在 の日 本 の大 学 の通 訳 クラスでは、「通 訳 者 になるための
ノウハウ」 ではなく、「語 学 力 向 上 のノウハウ」を求められることの方が多くなってきている。ま
たそれに加 えて、大 学 では学 生 のレベル分 けや履 修 者 数 に関 してもさまざまな制 約 があり、
マルチレベルのクラスや、100 名を超 すクラスで教 えなければならないこともある。
また最 近 では、アジアや中 南 米 諸 国 からの留 学 生 の数 が増 え、英 語 を母 語 としないこれ
らの留 学 生 に対 し、英 語 だけでなく、適 切 な日 本 語 の指 導 も必 要 とされる。さらに彼 らの母
語 や出 身 国 の文 化 ・習 慣 に関 する知 識 や理 解 を持 ち合 わせていないと、十 分 な語 学 指 導
は難しい (Bell, 1988) こともある。
このようは状 況 の中 で、通 訳 クラスを担 当 する教 員 は、単 に通 訳 技 能 を持 ち合 わせてい
るだけでははなはだ不 十 分 である。今 後 、通 訳 クラスに関 する研 究 や情 報 交 換 などを大 学
や教 員 間 でどう進 めて行 くのか、授 業 指 針 、授 業 内 容 、教 授 法 、教 材 開 発 、IT 技 術 、クラ
ス運 営 能 力 などの技 術 や技 量 をいかに磨 いていくのか、担 当 教 員 に突 きつけられた課 題 は
多いと言 えよう。
筆 者 紹 介 : 田 中 深 雪 (TANAKA Miyuki)
立 教 大 学 ・観 光 学 部 兼 任 講 師 、 フェリス女 学 院 大
学 ・文 学 部 英 文 学 科 兼 任 講 師 。日 本 通 訳 学 会 通 訳 教 育 分 科 会 担 当 理 事 。コロンビア大 学 ティ
チャーズ・カレッジ修 士 課 程 修 了 (MA in TESOL)。ボストン・チルドレンズ・ミュージアムの東 ア
ジア部 門 学 芸 スタッフとして展 示 ・教 育 ・通 訳 業 務 に従 事 。その後 、各 種 会 議 通 訳 を務 める。
【註 】
1)
この授 業 では「通 訳 訓 練 法 」を通 訳 者 としての能 力 や技 術 の向 上 に直 接 結 びつけるものと
して捉 えるのでははく、「英 語 力 強 化 法 のための学 習 方 法 」 として積 極 的 に位 置 付 け(染
谷 1997)、学 生 の語 学 力 強 化 を図 るための指 導 手 法 として利 用 することとした。
2)
TOEFL のスコアは学 生 の自 己 申 告 によるもの。
3)
通 訳 訓 練 法 は、練 習 方 法 、取 り組 む期 間 や時 間 、教 材 のレベル、また学 習 者 の語 学 の習
熟 度 によってもその効 果 は異 なるため、個 々の通 訳 訓 練 法 の効 果 、それに利 用 法 に関 し
ても議 論 の余 地 は多 い。ここに挙 げた表 3 は、一 般 的 な形 で訓 練 法 を利 用 した場 合 に鍛 え
ることができると考 えられるものを便 宜 上 示 したものに過 ぎない。
【参考文献】
Barnes, D. (1992). From communication to curriculum. Portsmouth: Heinemann
Bell, J. (1988). Teaching multilevel classes in ESL. California: Pormac Inc.
Lightbown, P., & Spada, N. (1997). How languages are learned. Oxford: Oxford University
Press.
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Interpretation Studies, No. 4: 2004
Tanaka, M., & Tsuruta, C. (2001). Teaching Language through Interpretation Training
JALT Conference Proceedings, 2001: 144-148. The Japan Association for Language Teaching.
宮添輝美 (2004)
「外国語教育と IT の融合を目指して−教育現場、学習者、IT 間の葛藤をい
かに克服してゆくか」 『外国語教育メディア学会 第 44 回全国研究大会発表論文集』 (pp.
269-272)
水野真木子、鍵村和子 (2003) 『通訳トレーニングコース』 (改訂三版) 大阪教育図書
染谷泰正 (1996)
「通訳訓練手法とその一般語学学習への応用について」 『通訳理論研究』第
11 号: 27-44 通訳理論研究会
田中深雪 (2002) 「現代通詞考(第9回)英語教育 と通訳教育 の接点」
『通訳・翻訳ジャーナ
ル』 第 183 号: 108-109.
田 中 深 雪 (2002-2003)
「リ ス ニ ン グ に 生 か す 通 訳 の 訓 練 メ ソ ッ ド」 『 時 事 英 語 CURRENT
ENGLISH』 第 57 巻第 1 号∼第 12 号 研究社
鳥飼玖美子 (1997) 「日本における通訳教育の可能性―英語教育の動向をふまえて」 『通訳理
論研究』 第 13 号: 39-52 通訳理論研究会
鳥飼玖美子監修 玉井健・染谷泰正・田中深雪・鶴田知佳子・西村友美 (2003)
シャドーイング』 学習研究社
76
『はじめての
「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
図1
図2
授業選択の動機について
授業で特に知りたい点
図 3 シャドーイングの練習経験
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図4
図5
シャドーイング練習の感想
シャドーイングの難しい点
図6
シャドーイングの練習頻度
78
「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
図7
シャドーイング練習の効果
図8
図9
プロソディ分析について
サイトラ練習について
79
Interpretation Studies, No. 4: 2004
図 10
サイトラの難しい点について
図 11
サイトラ練習の効果について
図 12
逐次通訳について
80
「通訳訓練法」を利用した大学での英語教育の実際と問題点
【参考資料1】 初見でのシャドーイングとサイトラに使用した教材例
1.
初見シャドーイングの教材例
(一部抜粋)
American researchers say drinking tea may help strengthen the body’s defense
system against infection doctors at Brigham and Women’s Hospital in Boston,
Massachusetts, did the study.
The team studied a chemical found in black, green, oolong and pekoe tea. This
chemical is an amino acid called L-theanine. The scientists say it may increase the
strength of gamma delta T cells. That’s the letter T, not the drink. Gamma delta T cells
are part of the body’s defenses.
First, the researchers mixed some of these cells with antigens found in the amino
acid. Antigens help the body react to the infection. Then the scientists added some
bacteria. Within 24 hours, the cells produced a lot of interferon, a substance that fights
infection. Cells not mixed with the antigens did not produce interferon.
(出典: 『初めてのシャドーイング』 Unit 1,“Tea May Help Fight Infection” pp. 68-69)
2.
初見サイトラの教材例
(一部抜粋)
Successful aging is a term / used to describe the process of continuing to be healthy, /
both physically and mentally, until one dies. //
Today we are going to look at some important keys to successful aging. //
One key is diet. //
A balanced diet with nutritious food is important for preventing heart disease.//
People tend to eat less as they get older, /
so sometimes it is necessary for older people also to take vitamins /
in order to balance their diet /
and keep their bones strong. //
Drinking a little bit of alcohol does not seem to harm the body, /
but drinking too much is not recommended. //
Not smoking is also important. //
Smoking is related to diseases of the heart and lungs. //
Education is another key. // Mental attitude plays an important role in one’s health. //
Educational activities such as reading, listening to music, /
going to the theater, working with a computer, etc, /
can have a strong, positive effect on aging. //
(出典: 『通訳トレーニングコース』 Unit 6, Social Issues (1) “Successful Aging” p. 34)
81
Interpretation Studies, No. 4: 2004
【参考資料2】 音声教材のプロソディ分析
課題例
1) 自分で録音したシャドーイングのテープを聴き、スクリプトと照らし合わせ、以下の点をチェ
ックしてください。
・ 言えなかった箇所はないか
・ 言い間違えた箇所はないか
・ 言い淀んだ箇所はないか
2) 次に教材のテープを再度聴き、スクリプトのプロソディ分析を行ってください。
(テキスト『初めてのシャドーイング』p.51 のプロソディ記号の例を参照のこと)
【参考資料3】 期末試験
逐次通訳の出題例
(一部抜粋)
1) 日→英
9 月 15 日は敬老の日です。2002 年の調査によると日本では、65 歳以上のお年寄りの数は、
2363 人で、総人口の 18.5%を占め、過去最高を記録しました。高齢化社会においては、う
まく年を取ること、つまり肉体的にも精神的にも健康であり続けることが、一人一人にとって
重要な課題です。
(出典: 『通訳トレーニングコース』 Unit 6, p. 36. Social Issues (1) ” Successful Aging”)
2) 英→日
We come across a text or a document in a language we don’t understand and
we need a translation right away. It doesn’t have to be a polished, perfect
translation (which would be nice), but it must be good enough to convey meaning
accurately in sentences that sound like English.
At least since 1954, when machine translation was publicly demonstrated by
IBM and Georgetown University, we have been regularly told that automatic
translation by computer was just around the corner. Alas, a computer that can do
that remains as difficult to find as a smoke-free restaurant in Paris.
(出典: 『CURRENT ENGLISH−リスニングに生かす通訳の訓練メソッド』
2002 年 11 月号 p.42, “Web of tangled language”)
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