RMTの費用便益分析

RMT の費用便益分析
Chrysaetos
March 27, 2015
Contents
ゲーム内でしか出会わなかったであろう人たちとの世代を
越えたコミュニケーションや人間関係がオンラインゲーム
1 RMT が生まれた背景
1 の最大の魅力になっている. 見知らぬ人とも簡単に臨場感
あふれる体験共有ができるので, オンラインゲームはコミュ
2 RMT の問題点
2 ニケーションコストを大きく下げたといえる. そうした人
たちとのコミュニケーションを図るためのゲームだとオン
3 RMT の費用便益分析
4 ラインゲームを断じても差し支えないだろう.
3.1 RMT 公害 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
また, ゲーム内のアイテムを他の人と取り引きすること
3.2 ゲーム内マネー市場の余剰分析 . . . . . . .
4 もできる. しかも, 多くの場合それは単なる物々交換ではな
3.3 ゲーム月額料金市場の限界分析 . . . . . . .
5 く, 価値を測る尺度としてのゲーム内マネーが存在して価
3.4 ドラクエXにおける RMT の外部費用 . . .
6 格をつけてアイテムが売買される. 本来は時間をかけない
となかなか入手できない高性能なレアアイテムであっても,
4 RMT の適正化
7
それ相応のゲーム内マネーを支払えば簡単に入手すること
ができる. こうした他者の存在と比較可能な優劣の価値基
準が自己顕示欲を刺激し, <ゲーム内の人付き合いに協調や
1 RMT が生まれた背景
競合の関係を生む>といった新たな要素がオンラインゲー
インターネット上に新しい市場が形成されつつある. 1987 ムには備わっている.
もうひとつの違いは, オンラインゲームには一般的にエ
年の初頭からオンラインゲームのプレイヤー達が現金の見
ンディングがなく
, アップデートを繰り返すことで<半永久
返りにゲーム内のアイテムをトレードするようになった.
的に遊ぶことができる>という点にある
. スクウェア・エ
ゲームのアカウントやゲーム内資産を現金で取引する行為
ニックスが提供するオンラインゲーム
Final
Fantasy XI を
を RMT (real money trade) と呼ぶ. 近年のオンライン
2002
年のサービス開始以来現在まで継続して遊んでいるプ
ゲームの急速な発展により, 2006 年までの国内の RMT の
市場規模は 150 億円超, 利用者は 7 万人前後にまで達した レイヤーも少なからず存在する. それゆえに, そこで形成さ
れたコミュニティも新陳代謝を繰り返しながら永続してい
といわれている.(1) また, 2007 年までの全世界での RMT
くことになる. コミュニティが存続していくことで, オンラ
の総合計はおよそ 209 万ドルであると評価されている.(2)
イン上に安心できる居場所をユーザーに提供する. そして
ゲーム内のマネーやアイテムはあくまでゲーム上の演出 それが, 連続的にしろ断続的にしろ, ユーザーをゲームに滞
に過ぎず, それ自体に価値はないはずである. ゲーム内の財 留させる力になっている.
はすべて電子データであって, ゲーム会社は限界費用ゼロ
ヘーゲルの『法の哲学』によれば, 他者に認められたいと
で無尽に複製できるので, 本来であればこれらの財には希
いう人間の社会的欲望には二つの形態がある. 多数の集団
少性がない. ところが, ゲームの約款で禁止されている行為
行動の中で他者を模倣することで同一の存在と認めてもら
にもかかわらず, ゲームをより優位に遊びたい加熱した一
いたい, 仲間意識を共有したいという<集団性化>. その一
部のプレイヤーによって RMT の市場規模がここまで拡大
方で, 他者との差異を際立たせて自己の独自性を認めてもら
したのである. データベース上の数値でしかないものにな
いたい, 自己を顕示したいという<個別性化>. この二つが
ぜ多額の現金を投じるのか. オフラインゲームでもセーブ
往々にして同一の個人の中に同時に存在している. 社会的動
データの売買という形での現金取引というものはあったが,
物としての人間が物質に対して抱く欲望には, この社会的欲
それは極々限られた規模のものであった.
望が潜んでいる. すなわち, 物質として所有・消費するため
オンラインゲームとオフラインゲームの決定的な違いが
ではなく, それに対する所有者として他者に自己を認めさせ
三点ある. そして, それがオンラインゲーム上で RMT が急
るために人間は物欲が湧くものである. 他者が欲するもの,
速に拡大していった大きな要因にもなっている.
他者が認めているものを所有・消費し, それについて仲間と
まず最初の違いを挙げると, オンラインゲームでは他のプ
語ることでしか, 他者に認められたいという人間固有の社
レイヤーとゲーム内で交流することができる. 消費の受動
会的欲望を満たすことはできない. 協調や競合の人間関係
的な享受であったゲームというものが, これによってコミュ
が存在し、 そのコミュニティがオンラインゲーム上で存続
ニケーション技術の革新の流れに組み込まれることになっ
していく. そうした環境下でゲーム内のデータに執着する
た. オンラインゲームを語る上では, <コミュニケーション
人が出てきたとしても不思議なことではない. その意味で,
ツールとしての機能>は欠くことのできない要素である. 他
ゲーム内データは社会的欲望を満たすための媒介であって,
の人と一緒にゲーム進行を共有するという娯楽性に加えて,
それ自体に意味や価値がなくても差し障りないのである.
(1) http://www.4gamer.net/news/history/2006.02/20060210235047
特に, 多人数同時参加型の MMORPG (massively muldetail.html
tiplayer online role-playing game) と呼ばれるオンライン
(2) https://virtualeconomyresearchnetwork.wordpress.com/2007/03/02
/how big is the rmt market anyw/
ゲームは, 虚栄心や競争心を刺激しやすいゲームデザイン
になっている. 多くの MMORPG ではチームワークプレイ
が求められるが, 良いパーティーに招待されるためにはゲー
ム内での評判が影響する. そして, アバターのレベルや能力
値などでその評判が一部数値化されている. 時間と努力さ
え惜しまなければ誰もが最高水準の能力値を獲得できるの
で, アバターの能力の差は, 本人の智恵やテクニックよりも,
それにどれだけの時間を費やしたかという影響のほうが強
い. その反面, ゲームを一時的に休止すると仲間との能力差
が生まれて一緒に遊べなくなってしまうこともある. ゲー
ムをプレイする主目的が自尊心の充足やコミュニティでの
地位を保持することにすり替わってしまうと, 他者を優越し
たから, あるいは仲間に追いつき一緒に遊びたいからといっ
た理由で, ゲームの約款で禁じられている RMT に手を出
してアバターを不正に強化しようと考えるようになってし
まうのである.
2
RMT の問題点
RMT の問題点には, それが引き起こす直接的なものに加え
て, 現金収入が得られることで誘発される間接的なものが
ある. 以下にそれらをまとめてみよう.
(1) ファンタジー世界としての雰囲気を台無しにされる
本来のゲームの愉しみは, 現実では体験できないファン
タジーの世界を体感するということから生み出される. そ
して, ゲームが提供するサービスの質は, そうした世界に気
持ちよく没頭できるか否かで決まる. もしリアルマネーが
ゲーム内で幅を利かせるようになり現実の貧富の差がゲー
ム内にもそのまま反映されるようになれば, いかに多くの
現金をそこに注ぎ込むかだけの勝負になってしまう. ゲー
ム本来の持つ面白さや醍醐味が大きく損なわれて, たちま
ち興醒めしてしまうことだろう.
また, RMT を業としているゴールドファーマー (gold
farmer) と呼ばれる集団が, 自分たちのウェブサイトを宣伝
するメッセージをゲーム内で一方的に発信することがある.
ゲーム会社の対応が遅い場合だとチャットウィンドウがそ
うした広告で埋め尽くされ, プレイ上重要なメッセージや他
のプレイヤーとの会話が見過ごされてしまい, ゲームの質
の低下を招くことになる. こうした迷惑行為に対し北米の
ゲーム会社 Blizzard Entertainment が訴訟を起こし, スパ
マーの広告行為に対する禁止命令を勝ち取った.(3) しかし,
ゲーム会社がそうしたスパマーのゲームアカウントを利用
停止にしたとしても, 無料体験アカウントを利用するなど
して次々と復活してくるので撲滅させていくことは難しい.
(2) ゲーム内経済でインフレを引き起こす要因になる
RMT が行われたとしても, ゲーム内では資産の所有者が
移転するだけであって, マネーストックの上昇を直接には招
いていない. しかし, RMT がインフレを誘発する最大の要
因は, 有効需要(4) の惹起にある. 入手したいアイテムがあっ
てその資金的不足分を補うのが RMT の買い手のインセン
ティブであり, 本来は退蔵されていたはずの貨幣が使用され
て市場に流通することで貨幣流通速度(5) が加速されること
になる.
(3) http://www.sophos.com/security/blog/2008/03/1210.html
(4) 有効需要
(effective demand) とは, 貨幣支出の裏づけがある需要の
ことをいう. 購買力に基づく需要として, 単なる欲望とは区別される.
(5) 貨幣流通速度 (velocity of money) とは, 同じ貨幣が何度も支払いに
使われて所有者が移転する回数のことをいう.
貨幣流通速度の上昇とインフレとの関係をみるために, マ
ネーストックを M , 貨幣流通速度を V , 物価水準を P , 商
品の取引総量を Q とする. マネーストック M に一定期間
あたりの貨幣流通速度 V を乗じると, その期間中に支払わ
れた貨幣の総額 M V を計測できる. この支払い総額は, そ
の期間に販売された商品の価値の総額 P Q としても考えら
れる. したがって. 経済全体で一定期間に販売された商品の
総額と支払われた貨幣の総額との間に
PQ = MV
という恒等式 (交換方程式) が成り立つ. いま M と Q は
一定で定数として扱うことができるとすれば,
P =
M
V
Q
となるので, 貨幣流通速度 V が増加すると比例的に物価水
準 P が上昇することがわかる. したがって, マネーストック
M に影響を及ぼさなくても, RMT はインフレ要因となる.
さらに付け加えると, RMT は間接的にマネーストックの
増大を招いている. ゴールドファーマーは RMT で現金収
入を得ることだけを目的としたビジネスとしてゲームに参
加しており, 約款に違反した行為も厭わない異質な存在で
ある. モンスターを倒し続ける不正な自動操作プログラム
(bot) を使って 24 時間体制で組織的にゲーム内マネーを稼
いでいく. システムの不備を突いてゲーム内マネーやアイ
テムなどのデータを不正に複製する行為 (dupe) が行われ
ることもある. このようにして不正に量産されたゲーム内
マネーでゲーム内の経済バランスが大いに乱れてしまうこ
とになる. こうした不正行為は, RMT の存在により現金収
入の機会があるからこそ広く行われるものである. 現金収
入のインセンティブが失われれば, 不正行為者の数も激減し
ていくことだろう.
(3) ゲーム会社のコスト増を招く
数千万から数十億円単位のコストをかけてゲームプログ
ラムを開発し, サービス開始後もサーバー維持費やゲーム
運営スタッフの人件費, 広告宣伝費などのコストを継続的
にゲーム会社は支払っている. これだけの手間とコストを
かけたゲームのデータというゲーム会社の著作物をゴール
ドファーマーは勝手に売買して収益を上げている. しかも,
ゴールドファーマーのように現金収入だけを目的としてゲー
ムに参加している者は bot の使用を厭わず, これによって
ゲームサーバーに必要以上の負荷を与えている. 国内にリ
モートアクセスサーバーを立てて海外からのアクセスを斡
旋するブローカー的役割を担う組織も存在する. そして, 海
外からの大量のアクセスの中継により, ゲームサーバーに
障害が発生してゲーム会社の業務に支障をきたすこともあ
る.(6) こうした不正行為に対する人的リソースの集中やサー
バーの増強などの追加コストに加えて, データ売買に伴う
ゲームコンテンツの短命化による得べかりし利益が発生し
ていることは間違いない.
多くのユーザーは, ゲーム内の出来事に関してゲーム会社
を政府や裁判所のように感じている. ゴールドファーマー
とプレイヤーとの間に軋轢が生まれたら, それは度々ゲー
ム会社のコールセンターに持ち込まれる. この数年で RMT
(6) 自宅マンションなどに約 40 台のパソコンを設置して, NC ソフトが運
営する Linage 2 に中国からの不正アクセスを集中させ, ゲームサーバー
をダウンさせる事件が 2006 年にあった. 電子計算機損壊等業務妨害 (刑
法 234 条の 2) 及び電気通信事業法違反などの容疑で逮捕された中国人留
学生 (懲役 2 年・執行猶予 3 年) は, ネットオークションなどを通じてゲー
ム内データを日本人に販売し多額の利益を得ていた.
—2—
とそれに関連したクレームが急増しており, ゲームの公式
また, ゲーム会社のサイトが標的にされ, 個人情報が漏洩
サイトの掲示板でも話題にならない日がないくらいである. する事件も多発している. 以下に主な事件を挙げる.
このようなユーザーからの声をおざなりにすると, その悪
評はインターネットを通じてたちまち広がり顧客が他社の (a) 2006 年 2 月 20 日
ゴンゾロッソ (現ロッソインデックス) は, BB Games
ゲームに流出してしまう恐れがあるため, ゲーム会社とし
から同社に運用を移管していたオンラインゲーム「Masてもユーザーの不満軽減のためにそれ相応のコストを割か
ter of Epic」のユーザー 1,373 名分の会員登録情報が流
ねばならなくなる.
出したことを明らかにした. ID 移行作業に失敗した一
スクウェア・エニックスでは, RMT に関係する行為や不
部のユーザー登録情報を暗号化しないまま anonymous
正な外部プログラムの使用の取り締まりを専任するスペシャ
アカウントで誰でもアクセス可能な FTP サーバーへ
ルタスクフォースを結成し, 不正利用でアカウントを利用停
アップロードしていた. 同社の FTP サーバーのアド
止処分にした数の公表やユーザーからの問い合わせに対す
レスが 20 日 6 時頃に2ちゃんねるに書き込まれたこと
る真摯な回答などで高評を得ている. しかし, 資金力に乏し
で事態が発覚, 同日 13 時頃に FTP サーバーから該当
いゲーム会社では, こうした顧客対応に追われることで当
データを削除, 同日 14 時にはゲームサーバーを緊急停
初予定していたアップデートが遅延したり, 最悪の場合だと
止した. 公開 FTP サーバーに顧客情報を置くことは
収益化の目処が立たずゲームサービスそのものを中止して
本来あり得ないことであり, 同社の管理体制の甘さが
しまうこともある. ここ最近では半年から一年程度でサー
問われる.
ビス停止に追い込まれるオンラインゲームが特に目立って
きている.
(b) 2006 年 7 月 31 日
「RED STONE」などを運営するゲームオンは, 新
(4) ゴールドファーマーによりプレイ環境が悪化する
規会員登録の際に自動配信される登録完了通知メール
ゴールドファーマーからハラスメントを受けることは珍
において, 配信プログラムの不具合により他のユーザー
しくない. ゴールドファーマーはゲームを愉しむことより
の登録情報が記載された情報を誤配信していたことを
もゲーム内で効率よく稼ぐことだけを目的としているため,
明らかにした. 情報流出が起きたのは 27 日午前 3 時
人気の狩場にはゴールドファーマーが大挙して押し寄せ, そ
頃で
, 流出した登録情報は 3,880 名分. この問題を受け
こは彼らによって実質的に 24 時間占拠される. 一般プレイ
て東京証券取引所はゲームオン株の東証マザーズへの
ヤーがそのエリアに入ろうとすると, 嫌がらせを受けたり,
上場承認を取り消した. なお, その後ゲームオン株は
(仕様上可能であれば) 殺されることもある. これによって
2006 年 12 月 8 日に東証マザーズへ上場, また再発防
クエストなどの通常のプレイが阻害されることになる.
止に向けて, 同社は 2007 年 3 月 28 日に情報セキュリ
また, ゴールドファーマーによるプログラムの改変や海外
ティマネジメントシステム (ISMS) の国際規格である
からの不正アクセス等により, 映像と通信のパフォーマンス
「
ISO/IEC 27001:2005」の認証を取得した.
が著しくグレードダウンし, アバターの操作ができなくな
るほどの高負荷状態に陥ったり, サーバーがダウンしてしま
うこともある. つまり, ゲームサービスの質が大きく下がっ
てしまうのだ.
(5) 犯罪行為の温床になっている
オンラインゲームが黎明期の頃は RMT で詐欺の被害に
遭うケースが絶えなかった. RMT は, 現金は銀行口座な
どを利用しゲームデータはゲーム内の取引機能を利用して
行われる. 現金と商品の受け渡しのタイミングが異なるた
め, その取引構造上 RMT は詐欺被害が発生しやすいもの
であった. 最近では法人化された RMT 業者が増えてきて
おり, 取り引きの安全性は確保されているようにみえる. し
かし, あくまでゲームの約款に違反した行為であるため, 入
金後に RMT 業者のアカウントがゲーム会社から利用停止
処分を受けて, 商品の受け渡しができなかったトラブルも発
生している.
詐欺に取って代わって近年急速に増え出しているのが, ユー
ザーのアカウントを盗用しゲーム内資産を強奪するアカウ
ントハックと呼ばれる犯罪である. ブルートフォースのよ
うな単純な手口から, ゲームユーザーがアクセスしそうな
ウェブサイトを改ざんして悪質なマルウェアを忍ばせるな
ど, 手口が次第に巧妙化してきている.
したがって, プレイするゲームを選ぶにあたっては, サー
ビス内容や利用料金に加え, ワンタイムパスワードなどの
セキュリティトークンを導入しているか等の安全性も重要
な要素になってきている. もちろんユーザー自身が IT リテ
ラリーを高め, 怪しいサイトにはアクセスしない, オンライ
ンゲームの ID やパスワードを他のサービスに流用しない
などの自衛手段を図ることも重要である.(7)
(7) ウェブサイトが安全であるか危険であるかをサイトの
URL を入力す
(c) 2008 年 1 月 29 日
「完美世界」「タルタロス」などを運営する C&C
メディアは, 自社のゲーム情報ポータルサイト「MKStyle」に中国からの不正アクセスがあり, サーバーに悪
質なプログラムが仕掛けられたことでアカウントハッ
クとともに少なくとも 14,362 名分のアカウント情報が
流出したことを明らかにした. ユーザーからのアカウ
ントハックの被害報告は前年の 12 月中旬から寄せられ
ていたが, 同社は社内調査で異常確認ができず当初は
安全宣言を出していた. しかし, その後も事態は収まら
ず, 外部のセキュリティ会社が介入したことでようやく
サイバー攻撃の事実が発覚した. 当初の甘い見通しの
ため事件の公表までひと月以上もかかっており, 同社
のセキュリティ管理能力の欠如が対応の遅れを招き被
害を拡大させた.
(d) 2010 年 11 月 13 日
サミーネットワークスは, 同社がサービス中のオン
ラインパチンコ・パチスロサイト「777 タウン.net」が
外部からの不正アクセスを受け, 1,735,841 名分のアカ
ウント情報が流出したことを明らかにした. 11 月 9 日
に同社がサーバー運営管理を委託している株式会社エ
ルテックスにサーバーのデータ異常値についての報告
を求めたところ, 11 月 10 日に外部からの不正侵入の
事実が発覚し, 同社は同日すべてのサービスを停止し
た. その後の調査で 10 月 23 日から不正アクセス攻撃
るだけで判定してくれるサービス「aguse.jp」が有用である. 同サービス
はアグスネット株式会社が提供しており, マルウェアの有無を始め, サー
バーの設置場所や所有者, 含まれるスクリプトの所在地まで表示してくれ
る. http://www.aguse.jp/
—3—
が発生し, 少なくとも 11 月 4 日から 10 日までの 7 日
間に外部からの不正アクセスの痕跡が複数回確認され
た. なお, エルテックス側がこの事実を公表したのは 3
日後の 11 月 16 日だった.
(e) 2011 年 4 月 27 日
ソニー・コンピュータエンタテインメントは, PlayStation 3/PSP 用のネットワークサービス「PlayStation
Network (PSN)」及びコンテンツ配信サービス「Qriocity」のユーザーアカウント情報が不正アクセス者に
入手された可能性があることを 4 月 27 日に明らかにし
た. 4 月 17 日から 19 日の期間に外部からの不正侵入
を受け, 21 日に PSN のサービスが停止された.
3
3.1
3.2
ゲーム内マネー市場の余剰分析
以後, ゲーム内マネーの通貨単位を「gold」とする. 簡単の
ため円と gold とを交換する RMT に限定して, すべての
RMT の厚生効果を評価する手段として gold 市場を分析
する.
さて, gold 市場を描いたものが Fig. 1 である. ここで, D
は円ベースの gold の需要曲線を表し, S はその供給曲線を
表す.
Fig. 1: RMT に関する gold 市場
価格 p
S
p0
RMT の費用便益分析
A
B
D
C
RMT 公害
他の経済主体に影響を及ぼす行動が市場価格の形成に反映
されていないとき, 経済学では外部性 (externality) が存在
するという. 特に, 影響を受ける第三者にとってその影響
が好ましくないものであれば, それを負の外部性 (外部不経
済) と呼ぶ. 負の外部性の典型例が公害である. 汚染防止装
置を設置しない工場は, それを設置する工場と比較して生
産費用が安くなるので, 環境汚染をすることによってより多
くの便益を得ることになる. もしこの工場が環境汚染の代
償を支払わないとしたら, その費用を社会全体が負担する
ことになる. 公害コストとして上乗せされた社会が負担す
るこの費用のことを社会的費用 (social cost) と呼ぶ.
q0
販売量 q
円ベースの gold 価格が下がれば, gold を買おうとする
ユーザーは多くなり, 通常その需要曲線 D は右下がりにな
る. 需要曲線 D の高さは, 消費者 (RMT の買い手) が最大
限支払っても良いと考える価格 (支払意思額) を表す. 生産
量が増えていくにつれ販売価格は徐々に低下していき, 生
産量が q0 の時には価格は p0 まで低下する. このときに消
費者全体で支払意思額を合計すると, 領域 ABC の面積にな
る. ところで, 消費者が実際に支払っている価格は p0 であ
り, それより高い価値を認めている人も同じ価格を払ってい
る. すなわち, 消費者全体では ABC だけの価値を認めてい
るにもかかわらず, 実際に支払っている額は BC に過ぎな
い. これらの差の A が消費者の得ている便益であり, 消費
者余剰 (consumer surplus) と呼ばれている.(8)
一般ユーザーやゲーム会社に迷惑をかけることで RMT
業者は高い収益を得ており, しかもその迷惑料を支払って
いない. そのため, 市場均衡における RMT の販売量は, パ
レート効率的なそれと比較して過大となる. つまり, RMT
一方で, gold 販売の経営には限界費用が存在し, その供
業者も環境汚染企業と同様である. RMT 業者が販売する
ゲーム内マネーの価格には, RMT の負の影響からもたらさ 給曲線 S は右上がりになる. 供給曲線 S の高さは, 生産
れる社会的費用が反映されていない. この場合の社会的費 者 (RMT の売り手) が生産に要した原価 (留保価格) であ
用とは, §2 で紹介した RMT に起因する負の外部性を費用 り, これは限界費用に等しくなる. そうした限界費用の合計
として貨幣単位に換算したもので, RMT を利用しない一般 が可変費用であり, 価格 p0 で生産量が q0 のとき, 総可変
ユーザーとゲーム会社の双方が蒙った価値の毀損と費用の 費用の大きさは領域 C の面積で表される. また, このとき
増加をすべて金銭単位で表示したものである.
「価格 × 生産量」で求めた総収入は領域 BC の面積になる.
負の外部性を考慮するならば, パレート効率的配分を達 つまり, 生産者全体の総収入は BC で, 総 (可変) 費用は C
成するためには, 他人に与える負の影響を考慮した分だけ である. これらの差の B が取引から得られる生産者の便益
取り引きの制限を各々に要求せねばならない. このような (固定費 + 利潤) であり, 生産者余剰 (producer surplus) と
フリーライダーが小規模であったならば, これほど問題視さ 呼ばれている.
れることはなかったであろう. しかし, 今や汚染規模がサー
各経済主体について余剰を定義したのと同様に, 社会全
バーダウンなど環境の変化を生じさせるほど大きくなって 体についても余剰を定義できる. 当該 gold 売買活動によっ
きており, 種々の問題が発生し始めている. RMT はまさに て社会が享受する総便益 ABC から総費用 C を差し引いた
公害そのものであり, RMT がもたらす負の外部性のことを AB を社会的余剰 (social surplus) という. それは消費者余
以後 RMT 公害と呼ぶことにする.
剰と生産者余剰の合計に等しい.
さて, Castronova 教授の研究 ([C2006]) に倣い, 費用便
もし需要曲線 D と供給曲線 S が第 1 象限で交わるので
益分析に基づいて RMT 市場の基本的な需給モデルを明ら あれば, 市場均衡点 (q0 , p0 ) が存在し, 価格 p0 は円と gold
かにし, RMT 公害がもたらす社会的損失額について考察し
の為替レートと考えるべきものとなる.
ていく. 費用便益分析では, すべての社会経済グループの厚
(8) 厳密に説明すると, 市場取引から得られる消費者の便益が Fig. 1 の領
生を評価の際に考慮し, 間接的なものや無形なものも含めて
関連するすべての費用と便益を貨幣単位に換算して, その政 域 A で表されるためには, 効用関数が準線形である (=所得効果がない)
策が社会的観点からみて有益か否かを決める. 費用便益分 という特殊な形をしている必要がある (詳しくは [神取, § 3.1(c)] を参照).
析での費用と便益は, 社会的効用の利得と損失で計測され, しかし, 「準線形の効用」という仮定をおいた余剰分析が明らかにする事
柄は, この仮定をおかない一般のケースにも成り立つことが非常に多い.
外部費用は常に評価に含まれる.
—4—
の数は減少するだろう. この譲渡の他に, gold 購入者は D,
gold 販売者は G だけの余剰の損失が起こる. この両方を足
し合わせた損失 DG は, RMT 公害コストを補填するもの
である. また他方では, RMT の減退により社会的余剰が J
だけ増加するという社会的純効果をもたらす. この余剰の
Fig. 2: RMT 公害を考慮した gold 市場
増加は, RMT 公害コストの J だけの減少と引き換えに生
まれたものである
. なお, gold 販売に関係する RMT 公害
価格 p
S + MEC
は, 減少はするものの完全になくなるわけではない. 量は減
るけれども gold 販売は続いていくからである.
p
f
0
社会的余剰が最大となる販売量は社会的限界費用曲線 S +
MEC
と需要曲線 D の交点における販売量 q ⋆ であり, そ
J
のときの社会的余剰は ABE である. RMT 公害発生時の
社会的余剰が ABE − J であったから, 領域 J の分だけ死
荷重 (厚生の損失) が発生していることがわかる. したがっ
C
S
て, RMT 公害が存在するとき gold 販売業者が私的利益を
p⋆ A
最大にしようとすると, 社会全体の最適販売量を上回る販
B
D
p0
売水準となり, 資源配分上の非効率 (市場の失敗) を引き起
G
こしてしまう. 現実経済で外部性 (公害) による市場の失敗
E F
D
を防ぐには, 外部費用 (公害コスト) を生産者が負担するこ
I
H
とが必要である. 外部費用を支払わせるのが困難な場合に
⋆
は, 政府は外部費用を税 (ピグー税) として徴収する必要が
販売量
q
q
q0
ある. このように考えていくと, RMT に対する何らかの規
曲線 S + MEC は gold 販売による社会的限界費用を表 制をすべからく実施すべきである.(11)
す.(9) そこには, gold 販売業を営むための限界費用に加え,
一方, 全体としての社会的効果ではなく各グループに着目
gold 販売により第三者 (一般ユーザーやゲーム会社) に課 すれば, gold 販売を制約することで, gold 購入者は BCD を
される外部費用 (公害コスト) が含まれている. 現下の販売 失い, gold 販売者は BC を得るが G を失い, RMT を利用し
量 q0 において, RMT の社会的限界総費用は pe0 であり, こ ない一般ユーザーとゲーム会社は DGJ を獲得する. すな
れから私的限界総費用 p0 を差し引いた pe0 − p0 が第三者が わち, gold 販売を抑制することで, RMT 利用者 (販売者・購
背負わされる限界外部費用である.
入者) から DG を奪い, 一般ユーザーとゲーム会社に DGJ
限界外部費用が市場価格に反映されていない現下の の利益をもたらすということである. そしてそれは, RMT
(q0 , p0 ) の状態での厚生効果は次のようになる:
利用者が失う額よりも多くの利益を一般ユーザーやゲーム
・gold 購入者の消費者余剰は ABCD.
会社に与える譲渡になっている. 社会全体的にみて幸福度
・gold 販売者の生産者余剰は EFG.
が物質的に向上するので, 公共政策では一般にそのような
・gold 販売による RMT 公害コストは CDFGJ .
譲渡を肯定的にみている. RMT 利用者がゲームサービス
・社会的余剰は ABCD + EFG − CDFGJ = ABE − J .(10) の規約違反によって経済的余剰を貪っているというのは, 肯
綮に中る指摘であろう. 現時点より RMT をある程度まで
このような余剰分析の結果, gold 販売業者が直面する私
抑制することにより, 社会全体で費用よりも多くの便益を
的費用が社会的に望ましい水準よりも低く設定されている
生み出す. そして, それは規約違反者に費用を負担させ, そ
ので, 適正な物価水準 pe0 より安い価格 p0 で gold が販売さ
れを上回る便益を規約遵守者にもたらすことになる.
れることがわかる. すなわち, 販売価格 p0 には RMT 公害
を除去するための費用は含まれておらず, その費用 pe0 − p0
を社会全体が負担しなければならなくなる.
3.3 ゲーム月額料金市場の限界分析
この図式の分析はあらゆる立場の人の福利を考慮してお
り, 社会的観点からみた gold 販売の最適水準は, q0 よりも RMT の外部効果を概算するためには思考実験が有用であ
少ない q ⋆ である. もし実際に gold 販売がこの水準にまで る. そこで, RMT 市場が現在の水準よりさらに 1 % 成長
したという状況を想定してみよう. このとき, 追加的な社会
制限されたら, 次のような厚生効果が得られる:
的費用はいくら発生するだろうか. 市場の状況変化に対す
・gold 購入者の消費者余剰は A. (BCD の損失)
るユーザーやゲーム会社の反応に関して常識的なある仮定
・gold 販売者の生産者余剰は BCEF.
を設け, その仮定を用いて RMT の限界変化から外部性の
(G の損失と BC の獲得)
限界変化についての基準値を概算する. なお, 市場分析の簡
・gold 販売による RMT 公害コストは CF.
便さのため, ここで議論するオンラインゲームは, 月額料金
(DGJ だけ減少)
制の課金モデルを採用しているものとする.
・社会的余剰は A + BCEF − CF = ABE. (J 増加)
RMT の水準が現時点より 1 % 上昇すると, 一般ユーザー
社会的な見地から gold 販売のコントロールを行えば, gold
にとってゲームの価値の低下になるだろうし
, ゲーム会社の
購入者から gold 販売者へ BC を譲渡する形で gold 価格が
Fig. 1 の gold 市場では RMT 公害が考慮されていない.
そこで, RMT の限界外部費用 (MEC) を考慮した gold 市
場が次の Fig. 2 である.
p0 から p⋆ へ上昇することになる. これにより gold 購入者
(9) 個人間の極々小規模な
RMT にはさほど害はないであろうから, gold
販売量がある一定を超えたら外部性が発生するというモデルで考察してい
る.
(10) 社会的余剰とは社会全体についての余剰であるから, その計算に際し
ては, gold 販売業者が負担した私的限界費用だけを考えるのではなく, 限
界外部費用をも考慮した社会的限界費用で考える必要がある.
(11) 「RMT
は負の影響ばかりではなく, 欲求不満なユーザーにゲームプ
レイ時間の代わりに現金を支払わせてアドバンテージを与えるなどの正の
効果もあるのだ」との反論が予想される. この指摘に異論はないが, その
ような正の効果はすでに Fig. 2 の需要曲線と供給曲線にそれぞれ織り込
まれている. 外部性の議論におけるポイントは, RMT に参加していない
人における取引の影響を認定することであり, それは大いにネガティブな
ものである.
—5—
運営費用の増加になるだろう. これらの影響は次の Fig. 3
に描かれる.
Fig. 3: RMT の限界効果に関するゲーム月額料金市場
月額料金 p
S2
S1
A
B
E
ε=
↑
C
p1
D
と生産者余剰の損失をそれぞれ需要と供給の変化分に現在
のユーザー数を乗じたものとして扱うことになる.
RMT の外部総費用を概算するために, ゲーム月額料金市
場が RMT から受ける影響を示す重要なパラメータを二つ
導入する.
第一のパラメータとして, ゲーム月額料金の RMT 弾力
性 ε を RMT 水準の変化率 (%) に対するゲーム月額料金
の需給の変化率 (%) で定義する:
F
↓
D1
G
D2
q2 ← q1
ユーザー数 q
RMT が一般ユーザーにゲームの価値を損なわせると, 彼
らのゲーム月額料金に対する支払意思額は低下する.(12) こ
れは需要の低下となり, 需要曲線の D1 から D2 への下方シ
フトを意味する. 一方, RMT がゲーム会社に追加的な費用
を負わせると, 限界費用が上昇する. これは供給曲線の S1
から S2 への上方シフトを意味する. これら二つの影響は
ゲームサービスの質を低下させ, ユーザー数は q2 まで落ち
込む. 需要効果が市場価格を押し下げる一方で供給効果が
それを押し上げるので, 月額料金価格がどのように変化する
かは予測できない. Fig. 3 では, 需要効果を供給効果がキャ
ンセルし, 月額料金 p1 は変化しないという想定の下で描か
れている.(13)
RMT 水準の増加により, 一般ユーザーは AC だけの消
費者余剰の損失, ゲーム会社は EFG だけの生産者余剰の
損失となる. 消費者余剰の損失額は台形 AC の面積で表
されるが, 簡単のため消費者余剰の損失額を近似値として
「支払意思額の減少額 × 現在のユーザー数 q1 」で計算する.
これは台形 ACG にグレーの三角形を加えた平行四辺形の
面積となる. もし q1 が q1 − q2 に較べてとても大きければ,
超過した部分は消費者余剰損失額の大部分を占める A と較
べて無視できるくらい小さいだろう. ユーザー数 q1 は数千
から数百万単位であり, 現在考察している需要曲線と供給
曲線のシフトの効果は極々僅かであるので, ユーザー数の
変化が数百以上になるとは考えにくい. よって, 超過分は無
視しても実際上は差し支えない. 生産者余剰の損失額も, 同
様の考え方で「限界費用 × 現在のユーザー数 q1 」で計算す
る. すなわち, 支払意思額の減少額と限界費用はそれぞれ需
要と供給の変化分に対応するものであるので, 消費者余剰
(12) 一部のユーザーはゲームプレイを有利にするため好んで RMT を利
用しており, そうしたユーザーにとって RMT の規模の拡大はゲーム月
額料金市場における需要増大の効果になる筈であるという指摘を受ける
かもしれない. それはその通りなのだが, その厚生効果は gold 市場にお
ける消費者余剰に織り込み済みであり, ゲーム月額料金市場において需要
を引き上げて厚生の増加を追加することは, RMT 水準が上昇したときの
gold 市場における厚生の増加と二重勘定することになってしまう (詳しく
は [BGVW, ch. 5] を参照). RMT 利用者の正・負の効果は, いま問題に
している RMT 公害コストの測定とは無関係であって, もしそれを測定す
るのであれば, それに適した場所はゲーム月額料金市場ではなく gold 市
場である.
(13) 月額料金が変化する状況を想定しても全体的な費用の計算方法に違い
はないが, より大きくなった RMT 公害の圧力にユーザーやゲーム会社が
ギブアップせずにどこまで堪えられるかということには影響する.
ゲーム月額料金の需要と供給の変化率 (%)
.
RMT 水準の変化率 (%)
もし ε = 0.2 ならば, RMT 水準の 10 % の増加は, ユー
ザーのゲーム月額料金に対する支払意思額 (需要) の 2 %
の減少を引き起こし, ゲーム会社の限界費用 (供給) の 2 %
の増加を招くことになる. 実際には RMT へのゲーム月額
料金の需要の動きと供給の動きを区別したほうが良いだろ
うが, そのような違いに関する信用性のある情報がなく, 両
曲線は RMT の変化に対してだいたい同じような動きを示
すと仮定するのが手始めとしては説得力があるだろう. こ
のようにして, ゲーム月額料金の需要と供給の動きはパラ
メータ ε で捉えていく.
第二のパラメータとして, 外部総費用の RMT 弾力性 η
を RMT 水準の変化率 (%) に対する RMT の外部総費用の
変化率 (%) で定義する:
η=
RMT の外部総費用の変化率 (%)
.
RMT 水準の変化率 (%)
もし η = 2.0 ならば, RMT 水準の 10 % の増加は, 20 % の
外部総費用の増加になる.
これらのパラメータの適正値は知られていないが, ε = 1.0
というのは, 直感的に受け入れられないだろう. それは,
RMT が倍増すれば, ゲーム月額料金に対する支払い意思額
が半減し, ゲーム会社の限界費用が倍増するということを
意味するからだ. これはあまりに影響が大き過ぎる. RMT
は確かにゲーム月額料金市場に影響を及ぼしているが, そ
の影響力はそれ程まで強くはないので, ε の値はもっと小さ
く設定して然るべきである. 一方で, η = 1.0 ということは,
RMT の外部費用が RMT 水準と同程度に上昇すると仮定
することであり, 例えば RMT が倍増すれば外部費用も倍
増するということである. これは, 直感的にも常識的にも受
け入れやすい. このような理由づけにより, 様々な計算結果
を総覧しながら最も妥当な値を決定していくことになる.
3.4
ドラクエXにおける RMT の外部費用
では, これまで紹介してきた理論を実際のオンラインゲー
ムに当てはめてみよう. スクウェア・エニックスが 2012 年
8 月から販売・運営している「ドラゴンクエストX」(14) を
例にとる. ドラクエXでは 30 日 1,000 円を基本利用料金と
している. また, 2014 年 3 月時点でのアクティブユーザー
数は 30 万人である.(15)
そこで, 考察するオンラインゲームについて,
1 ゲーム月額料金は 1,000 円.
⃝
2 ユーザー数は 30 万人.
⃝
(14) http://www.dqx.jp/
(15) http://www.4gamer.net/games/139/G013991/20140307079/
ちなみに, 2014 年 12 月 23 日に放送された「DQX TV」によると, ピー
ク時における同時接続数は 17 万人程である.
—6—
と仮定する.
月額料金 1,000 円を現在の市場均衡価格として, RMT 水
準の 1% の上昇に伴う RMT の外部費用の計算を開始する.
まず, ε = 0.05 としてみよう. これは, RMT 水準の 1 %
の増加が, ゲーム月額料金に対する支払い意思額を 0.05 %
低減させ, ゲーム会社の限界費用を 0.05 % 高騰させるとい
うことを意味する. ゲーム月額料金に対する支払い意思額
の 0.05 % の低下は, 「−0.0005 × 1000 = −0.5」すなわち
0.5 円だけ需要曲線を現在の均衡点から下方シフトさせる.
同様に, ゲーム会社の限界費用の 0.05 % の増加により, 供
給曲線が均衡点から 0.5 円の上方シフトをすることになる.
すなわち, ゲーム月額料金に対する支払意思額の 0.5 円の
低下とユーザー 1 人につき 0.5 円のカスタマーサービス費
の増額になる. これらは小額ではあるが, RMT 水準のわず
かな上昇に対する市場の小規模な反応として, これくらい
の外部効果で納得できるだろう.
現在のユーザー数 30 万人をこれらの変分に乗じてゲー
ム月額料金市場における消費者余剰と生産者余剰の年間損
失額を求めると, それぞれ
30 万人のユーザー × 毎月 0.5 円のコスト × 12 ヶ月
= 1,800,000 円
になる. これらを足し合わせて, ε = 0.05 の下で現在の水準
から 1 %だけ RMT が増加したときに一般ユーザーとゲー
ム会社が負わされる年間の追加的な費用は, 合計で 360 万
円である. これが RMT 水準の 1 % の増加に伴う RMT の
限界外部費用であると考えられる.
さて, 次に現在の水準における RMT の外部総費用の概
算額を求める. いま η = 1.0 とすると, RMT 水準の増加率
が RMT の外部総費用の増加率と符合すると考えることに
なる. RMT 水準が 1 % だけ上昇すると, 年間に 360 万円の
追加的な費用が増えることがわかった. したがって, η = 1.0
であることから, この 360 万円は RMT の年間外部総費用
の 1 % に等しい. すなわち, RMT の年間外部総費用は, 3
億 6 千万円に上ることになる. これが現在考察しているモ
デルの基準値と考えられる.
1
RMT の年間外部総費用 = ユーザー数 × 月額料金 × 12 ヶ月 × 2ε ×
|
{z
} η
RMT の限界外部費用 (MEC)
先ほど求めた RMT の年間外部費用 3 億 6 千万円は, 仮
定した ε と η の値に左右される. パラメータ ε と η の値
をいくつか変更した際の RMT によって生じる年間外部総
費用は次の表の通りである.
ε
(単位は百万円)
η
0.01
0.02
0.05
0.10
0.20
0.25
288
576
1440
2880
5760
0.50
144
288
720
1440
2880
1.00
72
144
360
720
1440
2.00
36
72
180
360
720
5.00
14.4
28.8
72
144
288
この表から, RMT の年間外部費用は 3,600 万円から 57
億 6,000 万円に及ぶことがわかる. 最小値をとるのは, RMT
水準の 1 % の増加がゲーム月額料金の支払い意思額にたっ
た 0.01 % の影響しか及ぼさず, RMT の外部費用は RMT
水準の進行の 5 倍の速度で上昇するという状況を想定した
ときである. 一方, 最大値をとるのは, RMT 水準の 1 % の
増加がゲーム月額料金の支払い意思額に 0.2 % の影響を及
ぼし, RMT の外部費用は RMT 水準の進行速度の 1 /4 倍
しか上昇しないという状況を想定したときである. この最
大値をとる場合のように, RMT がそれに付随する外部費用
にあまり影響を及ぼさず, ユーザーの支払意思額に大きな影
響を与えるなどということは考えにくい. また, 最小値をと
る場合に関しても, 莫大な費用が発生してるのにユーザー
の支払意思額にはほとんど影響を及ぼさないというのも信
じがたい. 表の中央部に近づくにつれ, RMT 水準の増加に
比例したもっともらしいペースで RMT の外部費用が増え
ていき, ユーザーの支払意思額に適度な影響を与えるとい
う受け入れやすい状況になる. このように推定していくと,
RMT の年間外部総費用は, ユーザー 30 万人につき 7,200
万円から 14 億 4,000 万円程度であろう. 依然広範囲ではあ
るが, 恐らく RMT の実際の外部費用の幅を的確に評価し
たものであろう.
これまで求めてきたものは, 現在の状況下での RMT の
外部総費用 (公害コスト) である. これは Fig. 2 における
領域 CDFGJ の面積を求めたことに相当する. さて, gold
市場において包括的な厚生分析を行うためには, 消費者余
剰と生産者余剰の効果, すなわち gold の販売者と購入者に
生ずる便益も求める必要がある. このために領域 A, B, E
の面積を測定しなければならない. しかしながら, gold 市
場に関してはあまり多くのことはわかっていない. 年間の
総売上ですら知られておらず, 1,000 万円から 1 兆円程度と
いったかなり大雑把な概算額でしか予想されていない. 幸
いなことに CDFGJ に関しては, ゲーム月額料金市場から
のデータがあるので, RMT の外部総費用をある程度までは
概算できたが, 有用なデータが登場するまで領域 A, B, E
の定量化は非常に困難である.
4
RMT の適正化
§3.2 で行った RMT 市場の余剰分析によって, RMT を抑
制する政策は, ゲーム会社と一般ユーザーにとって費用より
も多くの便益をもたらすということがわかった. したがっ
て, 長期的にゲーム運営を計画するのであれば, 目先の利益
にとらわれずに積極的に RMT 抑止のためのコストをゲー
ム会社は払っていくべきだということになる.
また, §3.3 で行ったシンプルな限界分析により, 「月額料
金 1,000 円・ユーザー数 30 万人」というモデルにおいて,
RMT 公害によるゲーム価値の毀損と運営費用の増加をす
べて金銭に換算したときの基準値は, およそ年間 3 億 6 千
万円程度であろうということをみた. この負の外部性を生
み出す行為は, 事前に承諾した約款に違反するものである.
いくら多くのニーズに支えられ, 取り引きの安全が図られ
ていたとしても, フリーライダーに正当性が与えられる筈
がない. 一般的な社会通念として, 公害を発生させている
企業が非難を浴びるのは, この企業の生産活動そのものに
向けられたものではない. 公害発生を抑止する必要な環境
対策を講じていないために無関係の第三者が迷惑にさらさ
れることにその非難の目は向けられている. RMT 業者は,
ゲーム会社の著作物にフリーライドしているにすぎないの
で, この環境対策を施す手段を持たないし, 利潤最大化にお
いてそれを考慮に入れないだろう.
このフリーライダー問題を解決する方法としては大きく
二つある.
ひとつは, ゲーム会社が RMT の撲滅を目指し, RMT の
売り手のみならずユーザーである買い手に対してもアカウ
—7—
ントを剥奪し徹底的に制裁を加える方法である.(16) RMT
の買い手の側も, 自己の欲を満たすことのみを追求せず, そ
の資金がその後どこでどのように使われ, そのことが今後何
を意味するのかにまで考えを巡らしてみるべきである. 中
国人ゴールドファーマーによる収益が税金として徴収され
ずに多くの円が国外に流出している. 事態が深刻化すれば,
政府が介入してくる恐れがある. ユーザーに対してオンラ
インゲームの実名登録を義務づけたり, オンラインゲーム
会社を認可制にし, ゲーム内でのユーザーのすべての活動
記録を一定期間保存するようゲーム会社に求めてくるかも
しれない. これに伴うゲーム会社のコストアップはゲーム
月額料金にも反映されるだろう. このような未来は, ゲーム
ユーザーとゲーム会社双方にとって好ましくないはずだ.
RMT 適正化のためのもうひとつの方法は, RMT をゲー
ムシステムに組み込んでしまう方法だ. §3.3 で導入したパラ
メータ ε は, RMT をどこまで受忍できるかという「RMT
の感応性」を示すものであると考えられる.(17) この RMT
の感応性は, 各ゲームタイトルによって異なる. §3.3 では月
額料金制のオンラインゲームを基準にしていたが, マイク
ロトランザクションを採用している F2P モデル(18) のオン
ラインゲームは月額料金制のものより RMT の感応性は低
いといえるだろう. なぜなら, 有料アイテムの存在が正規の
ゲーム要素として始めから備わっており, 無料でプレイして
いるユーザーと現金を支払っているユーザーとの間に差が
生まれることをユーザー側もある程度は織り込み済みだか
らである.
そのような RMT の感応性が低いゲームに関しては, RMT
をゲームデザインに組み込むのも悪くない. ゲーム会社が
RMT 業者と提携してレベニューシェアを導入すれば, ピ
グー税的効果を得られるかもしれない. ゲーム会社自らが
RMT システムの構築に乗り出せば, ゲーム内マネー販売の
取引レートをゲーム会社が適時操ることもある程度可能と
なる.
ただし, 公式 RMT システムのサービスにあたって, 忘れ
てはならない重要なことがある. それは, 円からゲーム内マ
ネーの兌換は認めても, ゲーム内マネーから円への兌換は一
切認めないということである. 我が国でも公式 RMT シス
テムを導入しているオンラインゲームはいくつかあるが, そ
のいずれもが自社発行の企業ポイントを間にはさむことに
よってこの問題を回避している. では, ゲーム内マネーから
現金への兌換がなぜ問題なのか. ゲーム会社は限界費用ゼ
ロでいくらでもゲーム内データを複製できるのだから, ゲー
ム内マネーから円への兌換がもしできてしまえば, それは有
価証券を野放図に乱発するのと同じである. つまり, ゲーム
会社が通貨発行主体と見込まれるような存在になるという
ことだ. そして, 粗雑な信用創造により発行されたゲーム内
マネーが現実経済に対して目に見える影響力を持ったとき,
ゲーム会社は様々な事業リスクと社会的責任を抱えること
になるだろう.
ガンホー・オンライン・エンターテイメントの社員 (当
時) が上司のアクセス権限を盗用してラグナロクオンライ
ンの管理サーバーへ不正侵入し, ゲーム内で使用される通
貨を不正に複製してそれを外部業者に売却し, およそ半年
の間に 5,800 万円以上の不正な利益を得ていた事件が 2006
年に発覚した. 同職員は不正アクセス禁止法違反などで立
件され, 同年東京地裁で懲役 1 年・執行猶予 4 年の有罪判
決が下った. また, 信用毀損・機会損失などでガンホーが提
訴した民事訴訟では, 元職員のガンホーへの損害賠償金 550
万円の支払い命令の判決が 2008 年に確定した.(19)
昨今のセキュリティ問題のひとつの傾向として, 脅威の発
信源が外部なのか, それとも内部からのものなのかを判別
するのが難しくなりつつある. しかも, 上の事例のように外
部と内部の人間の隔たりがどんどん薄らいでいるのが現状
である. バーチャルな貨幣が簡単に現金と交換されている
以上, すべてのゲーム会社がこうした内部不正のリスクに
直面しているといえる. 市場でのゲーム運営事業の自由を
守るためには, ゲーム会社自らが RMT に伴う事業リスク
と社会的責任を自覚しなくてはならない.(20)
References
[BGVW] A. E. Boardman, D. H. Greenberg, A. R. Vining,
D. L. Weimer, “Cost-Benefit Analysis: Concepts and
Practice (4e)”, Prentice Hall, 2010.
[C2001] E. Castronova, “Virtual worlds: a first-hand account of market and society on the cyberian frontier ”, CESifo Working Paper Series No. 618, December 2001.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=294828
[C2002] E. Castronova, “On virtual economics”, CESifo
Working Paper Series No. 752, July 2002.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=338500
[C2003] E. Castronova, “Theory of the avatar ”, CESifo
Working Paper Series No. 868, February 2003.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=385103
[C2005] E. Castronova, “Synthetic Worlds: The Business
and Culture of Online Games”, University of Chicago
Press, 2005.
[C2006] E. Castronova, “A cost-benefit analysis of realmoney trade in the products of synthetic economies”,
Info, Vol. 8, No. 6, October 2006, pp. 51-68.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=917124
[C2007] E. Castronova, “Exodus to the Virtual World:
How Online Fun is Changing Reality”, Palgrave
Macmillan, 2007.
[H2008] J. Huhh, “Simple economics of real-money trading in online games”, working paper, August 2008.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=1089307
[H2009] J. Huhh, “An economic analysis on online game
service”, working paper, August 2009.
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract id=1335120
(19) この元職員が得た売却益は刑法の一般規定における「犯罪による利益
(16) Final Fantasy XI において, ある RMT 業者の社長が, 決算前に自
社の保有するゲーム内資産を整理する目的でひとつのアカウントにそれを
まとめた直後にスクウェア・エニックスからアカウント剥奪処分を受けて,
自殺する事件があった. 非常に痛ましいことだが, RMT ビジネスのリス
クが周知されれば, 少なくとも邦人の RMT 業者の数は減っていくだろう.
(17) ε の値が小さいほど RMT を受容し, 大きいと RMT への反発が強
いことを示す.
(18) 「アイテム課金制」と俗に呼ばれる.
の没収」の対象にはなっておらず, 不正に得た利益はほとんど手つかずの
状態のままとなった.
(20) 上述の事件を受けガンホーでは, ⃝
1 ゲームの運用システムにアクセス
できるパソコンと社員を削減し, 指紋認証を導入した上でアクセス権限を
2 運用ツールの操作ログを長期保存し, 開発部門や運用部門とは
細分化, ⃝
3 全社員に定期的
別の専任担当者が毎日ログを解析して社内利用を監視, ⃝
なコンプライアンス研修を実施といった内部不正の防止策強化に取り組ん
でいる.
—8—
[NS] J. Nash, E. Schneyer, “Virtual economics: an
in-depth look at the virtual world of Final Fantasy XI
online”, working paper, May 2004.
http://lgst.wharton.upenn.edu/hunterd/VirtualEconomies.pdf
[S] O. Shy, “The Economics of Network Industries”,
Cambridge University Press, 2001.
[Y] H. Yamaguchi, “An analysis of virtual currencies in
online games”, The Journal of Social Science No. 53,
September 2004, pp. 57-76.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006621778
[NTT] NTT ドコモ モバイル社会研究所編, 『モバイルバ
リュー・ビジネス』, 中央経済社, 2008 年.
[岩井] 岩井 克人, 『ヴェニスの商人の資本論』, 筑摩書房,
1992 年.
[神取] 神取 道宏, 『ミクロ経済学の力』, 日本評論社, 2014
年.
[林] 林 貴志, 『ミクロ経済学』, ミネルヴァ書房, 2007 年,
2013 年 (増補版).
[野島] 野島 美保, 『人はなぜ形のないものを買うのか』,
NTT 出版, 2008 年.
本稿は上記の文献を利用して作成しているものであり, 本稿の内
容に関しては, その有用性・正確性・知的財産権の不侵害等の一切
について執筆者がいかなる保障をするものではない.
—9—