損失 1 0 0 0 万円。 クビを覚悟した男の最後の戦い

工学部電気科卒
成 瀬 正 明 さん
損失1000万円。
クビ を 覚 悟した 男 の 最 後 の 戦 い
エムイーテクノロジーとの出会い
「そんな仕事、
この会社にはないよ」
その言葉が成瀬に退職を決意させた。
損失1000万円
かげだった。損害額は大きいが、顧客の信用を
それが 一 本 の 電 話で、一 気に暗 転する日が
失わずに済んだ。成瀬の安堵は計り知れない
やってきた。
ほど大きかった。
「客が指定した色と製品の色が違うぞ。」
その後は「再発防止」の仕事に就くことになっ
大学で電気工学を学んだ成瀬が最初に入社
その仕事は、いつも成瀬が担当するものと変
た。なぜこのようなミスが起きたのか、何が原因
したのは、大手ガス会社の子会社だった。
わりない、駅に設置されるエレベーターの設計
なのか。自分のミスを見つめなおすのは辛い仕
「これからはソフトウェア開発に力を入れる」。面
だった。そこで起きた、色の間違いという単純
事だったが、弱音を吐くわけにはいかない。設
接で聞いたその話に成瀬は飛びついた。学ん
なミス。
しかし、
それが発覚したタイミングが悪
計工程の洗い出しから、関係各署への聞き込
だことが活かせる職場、何かを設計する仕事、
かった。もう製品が工場で出来上がり、あとは
みなど、社内を駆け回った。そして発見した「シ
それが成瀬の希望だったからだ。
据え付けるのを待つだけというタイミング。納期
ステム上の欠陥」。既存のやり方を変えること
しかし、成瀬に任されたのは、彼の思いとはか
までの期間はもう少ない。この単純なミスが、
ど
には反発もあったが、誠意を尽くして説得した
け離れた現場仕事だった。
「入社してすぐだか
れほど会社に損害を与えるか、納期が遅れるこ
結果、
システムが見直されることになり、三菱
ら」
そう思いながらも、疑問は晴れない。そこで、
とでどれほど顧客の信用を損なうのか。一人で
電機エンジニアリング全体の仕様書が見直さ
いつソフトウェア開発の仕事に就けるのか、上
仕事を任されるようになっていた成瀬には痛い
れることになった。すべてが終わったのは、
ミス
司に質問をした結果が冒頭の言葉だった。
ほどわかった。1件の仕事の利益を吹き飛ばす
が発覚した日から1年が経過した後だった。
入社後わずか1か月。仕事が無くなった成瀬は
だけでは済まない大赤字。信用の失墜。
就職活動を始める。何気なく転職雑誌をめくっ
「ああ、
もう俺はクビだな。」
ていた成瀬が見つけたのは、エムイーテクノロ
成瀬は目の前が真っ暗になるのを感じた。
恩返し
この経験を通して、成瀬の仕事の取り組み方
ジーという機械設計の会社だった。前の会社
しかし、成瀬に落ち込んでいるヒマはなかった。
と比べればはるかに小さな会社だったが、設計
とにかく損害を最小限に。納期だけは何として
「 今思えば、
それまでは与えられた仕事を自分
が変わったという。
の仕事に魅力を感じ、入社を決めた。
も間に合わせる。製品をいったん全て分解し、
の範囲でこなすだけでした。それが、1年間会
問題となる部分を洗い出す。関係する各工場
社内をじっくり見たおかげで、
もっと大きな視野
順風満帆な社会人生活
に片っ端から電話をかけ、少しでも早く再度製
で仕事に取り組めるようになった。」
その後の成瀬は順調だった。社内でCADを用
品を作り上げるように取り組む。通常とは違う
ありきたりな表現だが、成瀬は失敗を糧に一回
いた設計の基礎を身に付けた後、客先の仕事
工 程になるため、現 場 の 作 業 員のためのマ
り大きなエンジニアになったのだ。
を担当することになる。仕事は昇降機の電気
ニュアルづくりも必要だった。
1年前の「辞めるしかない」
という思い。今はど
うなのか尋ねてみた。
設計。仕事をする場所は客先の設計室。バリ
そんな折、社長から呼び出しがかかる。実はこ
アフリーが世間に広まっていくタイミングだった
の時点で成瀬は、社長にこのトラブルについて
こともあり、仕事はどんどんやってくる。まだ駆け
報告していない。おそらく三菱電機エンジニア
出しの成 瀬がその仕 事に就くことができたの
リングから連絡がいったのだろう。
も、
そんな「景気の良さ」のおかげだった。目の
前の仕事をこなしていくうちに、成瀬は徐々に
仕事を任されるようになっていく。配属から4年
「今日辞表を提出することになるのかな…」
重い足取りで、本社に向かった。
目には、一人で設計を任されるようになってい
やるしかない
た。
恐る恐る社長と面談した成瀬を待っていたのは、
成瀬が担当していた電気設計の仕事は、エレ
意外にも成瀬への慰めと激励の言葉だった。
ベーターの中でも「制御」に関わる部分。別の
「今回は大変だったな。でも起こってしまったこ
担当者が設計した機械を、制御する仕組みを
とは仕方がない。あとの対応をしっかりすれば
作る仕事だ。エレベーターの制御は、
ただ昇っ
大丈夫だ!」
たり降りたりできればいいというものではない。
励ましてくれたのは社長だけではない。エムイー
建物そのものとの連動や、人が乗っていない
テクノロジー宛に、三菱電機エンジニアリング
時 の 動 作など、普 段 利 用 者が 使う以 外にも
の上司・同僚など多くの人からのフォローと励
様々な機能を持たせなくてはいけない。一台の
ましの言葉があったという。
設計にかかる日数は20日から長いもので100
大きなミスを犯した自分を、社長も配属先の人
日。
しかし、成 瀬は「 楽な仕 事だと思ってまし
たちも責めなかった。
た」
と言う。
「 好きな仕事でしたし、物事にのめ
「全力でやるしかない」
り込んでいくタイプですから」
もう迷いはなかった。成瀬は前にも増して、対
仕事はたくさんあり、会社からは信頼されてい
応に力を注ぎ込んだ。その結果、何とか納期に
る。担当するのは自分がやりたかった設計の仕
間に合わせることができたのだ。成瀬自身の努
事。まさに順風満帆な社会人生活だった。
力に加え、工場をはじめとする周囲の助けのお
「もうそんなこと言えないですよ。恩 返ししなく
ちゃいけないですから
(笑)」