「グローバル化の波にのれ!-北海道経済の可能性と課題-」

「グローバル化の波にのれ!-北海道経済の可能性と課題-」
菅原
秀幸
経済のグローバル化は、避けて通ることのできない潮流です。科学技術の飛躍的な進歩
によって、図表1に示されるように世界は実質的に狭くなり、人、モノ、カネ、情報が、
国境を越えてますます行き交うようになっています。いかに、このようなグローバル化の
波を活用できるかが、今後の経済成長の鍵となります。そこで、北海道経済の可能性と課
題を、
(1)経済成長の方程式、
(2)国際ビジネス、
(3)SWOT 分析という3つの視点か
ら探っていきます。キーメッセージは、「世界に目を向け、世界(特にアジア)に活路を見
出そう」です。
図表1
縮む世界
1.経済成長の方程式
私たちの生活は、経済成長によっ
て豊かになってきました。この経済
成長をもう少し詳しくみてみると、3
つの要因によって可能となることが
分かります。つまり、①働く人の人
口が増える(労働人口の増加率)、②
生産活動に使われるお金が増える
(資本の増加率)、③これまでよりも
少ない労働、時間、資源、あるいは
お金を使って、より多くのものを生産できる(生産性の向上率)という 3 つの要因によっ
て、経済成長が実現されます。これを経済学では、経済成長の方程式として、次のように
表しています。
「経済成長=労働人口の増加率+資本の増加率+生産性の向上率」
そこで、この方程式を使って北海道経済を考えてみましょう。少子高齢化が長期的傾向
となっている現在、労働人口の増加は、大量の移民を受け入れる以外に期待できません。
では資本の増加はどうでしょう。日本の財政状態が先進国の中で最悪の現状では、国から
のお金は期待できません。かといって、これまで官依存が強かった民間にも、あまりお金
はありません。そうすると残っているのは、生産性の向上ということになります。つまり、
北海道経済の成長の鍵は、生産性の向上にあるといえます。
では、生産性の向上とは何であり、具体的にどのように実現されるのでしょうか。働く
人一人当りが生み出す付加価値の増大と、資本(カネ)が、ある一定期間に生み出す付加
価値の増大によって、生産性が向上します。つまり簡潔に述べるならば、人とカネが生み
出す付加価値を増大させるとうことです。
これを企業レベル(ミクロの視点)で考えますと、既存の事業でより多くの付加価値を
1
生み出して生産性を高めるというケースと、より高い付加価値が見込める新事業へと事業
構造をシフトさせて生産性を高めるケースが考えられます。
北海道全体のレベル(マクロの視点)で考えますと、既存の産業でより多くの付加価値
を生み出して生産性を高めるケースと、より高い付加価値が見込める新しい産業へと産業
構造をシフトさせて、北海道経済全体の生産性を高めるケースが考えられます。
いずれにしても、限られた人、モノ、カネを最も効率的に活用するためには、「選択と集
中」が不可欠になり、そのためのグランド・デザイン(全体構想)を描くことが必要になり
ます。
より多くの付加価値を生み出し生産性を高めるための鍵は、イノベーション(技術革新)
にあります。このイノベーションとは、具体的には5つの形をとって現れます。つまり、
①新製品の開発、②新しい生産方法の開発、③新市場の開拓、④新組織の構築、⑤新たな
原材料等の開発です。
そして企業のイノベーションには、
「プロダクト・イノベーション」と「プロセス・イノ
ベーション」の2つがあります。プロダクト・イノベーションとは、他社との差別化を図
れる新しい商品を開発することです。大きくは3つに類型化され、技術を中心に据えたプ
ロダクト・イノベーション、ユーザーのニーズに応えることを中心にすえたプロダクト・
イノベーション、コンセプトを中心にすえたプロダクト・イノベーションがあります。こ
のプロダクト・イノベーションは、企業の競争力の重要な源泉です。
続いて、プロセス・イノベーションとは何でしょう。これは、研究開発プロセスや製造
プロセス、物流プロセスなどの業務プロセスにおける革新的な改革のことをさします。日
本企業は、従来から、相対的にプロダクト・イノベーションより、プロセス・イノベーシ
ョンに強みをもつといわれています。まったく新しい技術を開発するよりも、すでにある
技術をもとに、それに改良を加えて優れた製品を生み出す力です。私たちの周りは、この
ような製品であふれています。自動車を代表例として、温水洗浄便座にいたるまで、その
技術はもともとアメリカで開発されたもので、それに改良を加えて成功したのが日本企業
です。
ポール・ケネディ米エール大学教授は、次のように述べます。「誰が最初に発明したかに
注目するのは、あまり意味がないということです。重要なのは、発明そのものではなく、
それにどう手を加え、実用に耐えうる段階まで引き上げたか、という改良の部分に他なら
ない」、
「日本の成功は、微細でセンスの良いデザイン力のおかげだと思います」と1。創意
工夫を凝らして改良に改良を重ねる。これはまさに、日本人の得意としているところで、
これまでの日本人がたどってきた成功パターンです。今後も「ものづくり日本」の成功パ
ターンは効果的でしょう。
二つのどちらのタイプのイノベーションにしても、それは、まさに「創造」の賜物です。
創造はどのようにして可能になるのでしょう。
「異質なものとの出会いが創造につながる」
といわれます。特に外国での異質性との出会いは、ビジネスにおいて重要な創造の源泉と
2
なってきました。同質性の中からは、新たな発想は生まれてきません。
高向巌氏(北洋銀行会長、札幌商工会議所会頭)は、自身の経験を踏まえて、次のよう
に述べています。「外国を訪れた経験をもち、国際的視点をもつことは、たとえ国内に限ら
れた仕事をしていても役に立ちます。」また「北海道出身の優秀な経営者はたくさんいる。
彼らにただひとつ共通していることは,若いうちに日本だけではなく世界を歩いている人
だということである」と、宋文洲氏(中国山東省生まれ。北大大学院修了後、ソフトブレ
ーン創業。東証 1 部上場)は言います2。
2.国際ビジネスが経済成長の鍵
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という諺があります。私たちは、まず歴史の
英知に学びたいと思います。地中海貿易によって繁栄を謳歌した古代ローマ。地理上の発
見によってアジア貿易路を確保し、一時代を築いたポルトガル、スペイン。その後、大英
帝国とまでいわれた英国、それに続く日本。いずれの国々も、貿易によって経済成長を成
し遂げてきました。貿易が国を豊かにすることは歴史の事実が物語っています。
つまり、この歴史的事実から得られる教訓は、貿易が北海道を豊かにするということで
す。しかし、以下で検討するように、北海道の現状はかなりかけ離れています。
北海道の貿易の現状は、図
表2に示されるように、輸入
が輸出を大幅に上回る入超
が続いています。図表3は、
日本全体の貿易の推移を表
しており、輸出が輸入を上回
っています。北海道の貿易と
は対照的です。さらに、日本
全体の貿易額に占める北海
道の貿易額の割合を計算し
てみると、わずか1%に過
ぎないことが明らかとなり
ます。
続いて、域際収支につい
てみてみましょう。域際収
支とは、北海道と北海道外
の地域との移輸出と移輸入
の収支を表しています。こ
れは、北海道が北海道外に
売っているモノ・サービス
3
の額と、北海道が北海道外から買っているモノ・サービスの額を表しています。図表4に
示されるように、ほぼ毎年、移輸入が移輸出を 2 兆円以上超過する入超の状態が続いてい
ます。以上のように貿易収支と域際収支のいずれをみても、入超が続いており、北海道か
らカネが出て行っていることが分かります。
また貿易に限らず、北海道企業の外国進出と外国企業の北海道進出の現状をみてみても、
両者ともきわめて小さな規模でしか行われていません。たとえば、道内企業の海外拠点総
数は、これまで 200 カ所前後で推移しています。他方、日本企業全体の海外進出件数は、1
万 6 千社を上回ると推計されます。両者を比較すると、北海道企業の海外進出件数は微少
といえるほどに少ないことが分かります。経済のグローバル化とは、具体的にいうと、国
境を超える自由な人、モノ、カネ、情報の移動であり、これは貿易と企業の外国進出(=
海外直接投資)という2つの形をとって行われます。このいずれもが低調な北海道は、グ
ローバル化の波を活用しきれていないといえます。
これは、グローバル化の波に乗る余地がまだまだ残されており、それによって経済成長
を遂げる可能性が大きいことを意味します。国際ビジネス(貿易と海外進出)には、異な
るモノ、人、情報との出会いがともないます。この異質性との出会いが創造を生みだす源
です。昨今の経済危機の中で、内需の拡大が声高に叫ばれてはいるものの、北海道の現実
と世界全体のすう勢を鑑みるとき、その限界が自ずとみえてきます。
グローバル化は、世界約 150 カ国が加盟する世界貿易機関(World Trade Organization)
が中心となって進められており、今後ますます不可避となっていくでしょう。このグロー
バル化には、プラスとマイナスの両側面があり、いかにプラス側面を活用し、マイナス側
面を最小限に食いとどめるかが問われます。北海道のもつ優位性・強み(比較優位)に基
づいた「選択と集中」が必要になります。
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3.北海道経済の SWOT 分析
北海道には、今後どのような経済成長を遂げていく道があるのでしょうか。その答えを
探るために、図表5に示す SWOT 分析の枠組みを使って考えてみましょう。これはビジネ
ス・スクール(経営学専門大学院)で、初歩の分析トレーニングによく使われているもの
です。北海道経済の強みと弱みは何でし
ょうか。機会と脅威には何があるでしょ
うか。
強みは、恵まれた自然を基盤とした農
業、水産業、観光業の3つです。弱みは、
官依存型経済、脆弱な経済基盤、内向き
志向の3つがあり、これまですでに幾度
となく指摘されてきています。機会とし
ては、アジア、天然資源、エネルギー資
源の3つが考えられます。そして脅威は、
なんといってもグローバル化です。このグローバル化にはコインの表裏のようにプラスと
マイナスの側面があり、もろ刃の剣といえます。他の脅威として、人口の減少(人口が減
って栄えた国はないという歴史の事実)と成長志向の限界(右肩上がりの成長はもはや不
可能)があります。
では具体的に、強み、弱み、機会、脅威について考えてみましょう。まず強み(農業、
水産業、観光業)はどうでしょう。農業をみると、食料自給率は 200%を越え、主要な農畜
産物は全国一位の生産シェアを誇っています。水産業においても、生産量が全国トップ水
準にある産物が数多くあります。観光業も、図表6が示すように海外からの来道者数でみ
ると、日本全体の伸びを大きく上回って
成長を続けています。これらの強みにつ
いては、北海道の多くの方々がほぼ共通
して認識しているところでしょう。これ
らの強みの付加価値をより一層高める具
体的な戦略が求められています。
次に、弱みは、経済活動に関する統計
指数をみると明らかになってきます3。
たとえば、所得、貯金残高は全国水準を
大幅に下回り、生活保護受給率は全国ワ
ースト1位です。また内向き志向つまり北海道志向が強いということは、世界的マーケッ
トを視野に入れたビジネス展開が求められるグローバル時代では弱みとなります。この内
向き思考を表している例として、域外移動率-都道府県の人口に対する域外に移動する人
の割合-が、北海道は全国で最も低くなっていることが挙げられます。さらに出身高校所
5
在地都道府県の大学への入学者割合、つまり道内の高校を卒業してそのまま道内の大学へ
進学する生徒の比率が、全国1位です。
続いて、機会(アジア、天然資源、エネルギー資源)について考えてみましょう。北海
道とアジアとの結びつきが強くなってきています。北海道の輸出先をみるとアジアの占め
る比率が圧倒的に高いことがわかります(図表7)。また、北海道に来る外国人の推移をみ
ると、アジアからの来道者の比率が高い上に、増え続けています(図表8)。
図表7
北海道のおもな輸出先地域
(資料)函館税関「外国貿易年表」
さらに今後の世界全体の趨勢をみると、水資源不足、エネルギー資源不足が深刻化し、
需給が逼迫してくることが予測されます。これによって国際価格が上昇し、これまでは割
高であった北海道の水資源、エネルギー資源の国際競争力も高まると予想されます4。
最後に脅威は何かを考えてみると、その最大のものはグローバル化に他ならないでしょ
う。このグローバル化の本質は、世界と競争するということです。つまり、これまでは日
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本国内だけで競争していればよかった状況から、外国の相手と競争し、世界市場で競争に
勝ち残らなければならないという状況になってきています。関税の削減・撤廃が進められ、
国境によって保護されていた強みは国際的な競争にさらされます。この代表例は、北海道
の畜産業で、関税が取り払われますと外国との競争に太刀打ちできなくなり、酪農王国北
海道は消滅します。また、これまで日本国内で行われてきた生産は、より人件費の安価な
場所を求めて、ますます外国へ、特にアジアへ移転していきます。こうして人件費も国際
競争にさらされます。このような競争に勝ち抜くには、付加価値を高める以外に方法はあ
りません。
ここで再び北海道の SWOT をみてみま
しょう(図表9)。おのずと進む方向はみえ
てきます。世界、特にアジアに目を向け、
グローバル化の波を活用して世界に活路を
見出す。そのためには、異質性との出会い
を創造に結び付け、付加価値を高めた製
品・サービスを提供していくことが鍵とな
るでしょう。
新しい時代を創るのは、ワカモノ、ヨソ
モノ、バカモノといわれています。同質的
な北海道人だけの思考枠組みには限界があります。これら3モノの斬新な視点が新しい価
値をうみ出し、既存の価値をより高める起爆剤となります。外からの視点を大切にし、常
に世界の中での北海道の位置を意識していくことが、グローバル時代には不可欠です。
付加価値を高めるためのデザイン力、北海道のモノ・サービスの良さを知ってもらうた
めのマーケティング力、そして洗練されたおもてなしの心と作法によるホスピタリィティ
力、これら3つの力を、外からの視点を取り入れて、より磨いていくことが課題でしょう。
以上のような方向性を認識した中で、一点留意すべきことは、「北海道」という一括りの
議論をしないということです。北海道は土地が広大であるために、地域分散型となってお
り地域間の差異が際立っています。各地域について、それぞれの具体的な SWOT 分析が必
要になります。
論じる経済・経営と、実際に行う経済・経営は異なります。すでに北海道の経済・経営
については多方面から議論が行われ、多くの提言も出されています。「論ずる北海道から、
実践する北海道」の時です。
1
ポール・ケネディ「発明は成功の条件に非ず」日経ビジネス 2009 年 3 月 30 日号。
2
経済産業省北海道経済産業局・北海学園大学経営学部編「北海道型産業人財ロールモデル提言集」より。
社会生活統計指標 2008(全国と北海道)をみると、現在の北海道の全体像が浮かび上がります。
(http://www.stat.go.jp/data/ssds/5.htm)
4 ただし「エコノミストは常に間違う」という格言があることをお忘れなく。
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