「一人っ子政策」が 親の出産・育児観に与えた影響の考察

2004 年度法政大学国際文化学部ゼミ論文
「一人っ子政策」が
親の出産・育児観に与えた影響の考察
法政大学国際文化学部国際文化学科
3年 H 組
02g0711
椚山温子
目次
I.
はじめに
II.
「一人っ子政策」
1. 「一人っ子政策」制定に至る歴史
2. 「一人っ子政策」の推進
3. 計画出産に関する賞罰制度
4. 第二子の出産に関する具体的な規定
III.
子供を出産しない家庭
1. 生まない選択をする背景
2. 子供がいない家庭から発生する社会問題
IV.
一人っ子の家庭
1. 一人っ子の家庭から発生する社会問題
2. 社会問題を加速させる親の意識
V.
子供が二人以上の家庭
1. 農村における「男児選好意識」
2. 子供が二人以上の家庭から発生する社会問題
VI.
まとめ
参考文献一覧
-1-
はじめに
I.
人類の出産行為は社会経済的、文化的な影響を受けた出産意識を基礎とした行為
であり、人類の繁栄と進化、社会の維持と発展に関わるものである。この出産行為
を徹底的な国家の管理のもとにおいている中国の計画出産政策は、世界最強度の人
口政策であると言われている。中国は「一人っ子政策」を効果的に実施している反
面、この延長上には、家族形態の縮小、地域共同体の崩壊、教育問題、高齢者福祉
問題などのさまざまな問題が発生している。
本論文は、中国の「一人っ子政策」が親の出産・育児観に与えた影響を考察する
ことを目的とする。そのために、まず「一人っ子政策」制定の歩みと細かい法規や
制度を明らかにする。なぜなら、現行の人口政策は 1980 年頃に確立され、時と場合
に応じていくつかの変化を経て施行されているものだからである。その上で、子供
がない家庭・一人っ子・二人以上の家庭という視点から、「一人っ子政策」による親
の出産・育児に対する意識の持ちようと、その弊害を明らかにしていく。
「一人っ
一人っ子政策」
子政策」
II.
1.
「一人っ
一人っ子政策」
子政策」制定に
制定に至る歴史
1949 年に中華人民共和国が設立された。当時の国家主席である毛沢東は人口増加
が経済発展の原動力であると「多子多産」を奨励した。人口が多ければ多いほど重
要な財産になると考え、人口増加政策を推し進めたのである。1950 年には「婚姻法」
が施行され、男女の婚姻年齢をそれぞれ 20 歳と 18 歳とした。
1957 年に「新人口論」が中国の経済学者で北京大学学長の馬寅初によって発表さ
れる。馬寅初は年率2%以上の人口増加は中国経済発展を妨げるものと考え、次の
ような提案をした。
①
全国人口調査と人口動態統計を実施し、人口政策の確立
と第3次5ヶ月計画への織り込みを行う。
②
家督相続の観念の強い農民大衆に
育児制限の重要性を知らせ、男性 25 歳、女性 23 歳程度の晩婚が妥当である。 ③
計画出産を実施することは、人口抑制の最良、かつ最有効な方法であるが、最も重
要なことは避妊の普及宣伝で、人工中絶は避けなければならない。
しかし、馬寅初の「新人口論」は毛沢東の主張に反したものであったため受け入
れられず、さらに 1966 年には北京大学学長を解任されることとなる。
1962 年から 1972 年に中国は第二次出産ブームを迎えた。人口自然増加率は 2.6%
で、年間新生人口は 2,500 万人、10 年間で純増人口が1億 9,882 万人であった。人
口増加の圧力を実感した周恩来総理の提唱で計画出産を提起した。1973 年には「計
画出産指導小組」が設立され、
「晩(晩婚・晩育)
・少(一組の夫婦に子供二人まで)」
という計画出産が提唱された。
-2-
1979 年には、天津市の「一人っ子提議書1」を契機として、北京で全国計画出産事
務室主任会議が開催された。この会議では「晩・希・少」の内容を明確にし、「晩婚
の年齢を男女それぞれ 25 歳と 23 歳とする。
一組の夫婦に子供一人が最も好ましく、
多くても二人とし、出産間隔を3年以上あけることを提唱する。また、一人っ子宣
言した夫婦を表彰し、三子以上は経済的な罰金を加えるべきである」という、新政
策の骨格が定められた。
2.
「一人っ
一人っ子政策」
子政策」の推進
中国政府は計画出産を実施するため、下記のような法律・条例を実施した。
1979年
共産党中央委員会の「公開書簡」
これによって「一人っ子政策」を国策としたが、少数民族や農民によって反発
された。農村では女児の強制中絶や殺害、遺棄が多発していたため、第二子の出
産に関しては以下のような条件付で寛容することとした。
①
第一子が非遺伝子性の身体障害者で働けない場合。
②
再婚で一方に子供がいて、他方が初婚の場合。
③
長い間不妊で、養子を迎えた後で妊娠した場合。
しかし、それぞれの該当者は計画出産部門に申請し、許可をもらわなければな
らない。許可される場合でも、計画的に第二子を産むべきである。いずれにして
も、第三子の出産は許さない。
1980年
「中華人民共和国婚姻法」
主な規制内容は以下のようなものである。
晩婚・晩育の奨励をし、法廷婚姻年齢を引き上げて男女それぞれ 22 歳と 20 歳
とした(婚姻法第2章第5条)
。夫婦双方共に計画出産の義務を負っていると明記
された(婚姻法第2章第 12 条)
。嬰児虐殺と虐殺行為を禁止する(第3章第 15
条)。
1982年
「中華人民共和国憲法」
計画出産政策の実施は基本国策であり、長期的な戦略任務であるとされた。
「一
人っ子政策」の主柱は「晩・希・少」から「晩婚・晩育・少生・優生」へと変換
された。少生に関しては、二人から基本的には一人しか産まないへと変化した。
さらに、基本的には一人しか産まないことになったので、希を優生、つまり人口
1
1978 年、天津市の医学院の女性教員 44 名が、連盟で「一人っ子提議書」を天津市革命委員会(市役所)
に提出した。主な内容は、
「中国の経済発展のために人口抑制を行うには、一組の夫婦に子供一人がよい。
自分たち有識既婚者にとって子供一人の場合働きやすく、たとえ第一子が女児であっても第二子を望ま
ない」というものである。これに、同市の出産適齢期の有識女性が一斉に賛同した。
-3-
資質を高めることに変えた。
1987 年、
「一人っ子政策」の主柱が「晩婚・晩育・少生・優生」として、憲法の
形で公布された。内容は下記のようなものである。
「晩婚」とは、法廷婚姻年齢である男性 22 歳、女性 20 歳より3年以上遅らせ
て2結婚すること。「晩育」とは、女性は 24 歳を過ぎてから子供を産むこと。
「少
生」とは、子供を一人しか産まないこと。
「優生」とは、遺伝的障害がなく、徳・
智・体どの面でも優秀に育て、人口の資質を高めることである。
2000年
「中国共産党中央、国務院による人口と計画出産活動強化における低出
産率の安定に関する決定」
2001年
「計画出産技術サービス管理条例」
2002年
「母親・幼児保険法実施規定」
2002 年 「人口および計画出育法」
中国では 1972 年の計画出産の提唱、実施 30 年来、全国的な統一された計画出
産に関する正式な法律は公布されていない。国規模的な立法化はされず、各地方
政府がそれぞれの独自の規則を定めていた。そのため、農村では労働力の確保に
考慮して複数の子供の出産でもあまり厳しい措置は取らず黙視してきたのに対し、
都市では厳格な「一人っ子政策」を展開してきた。このような矛盾を打破するた
めに施行されたのが、計画出産に関して初めて全国統一的に実施された「人口お
よび計画出育法」である。低出産を維持し、計画出産および人口抑制政策をさら
に進めるために、地方での立法・法規・条例の実施による経験を総括したうえで、
現在の国全体の状況に基づいた法律である。
新法の重要な内容は、下記のようなものである。
国家は現行の生育政策を堅持し、晩婚、晩育、少産、優生を提唱するが、法律・
法規の条件を満たすものは計画的に第二子の出産の申請をすることができる。そ
の具体的な規則は、各省・直轄市・自治区により制定する(第3章 10 第8条)。
女児を出産した婦女と生育不能の女性に対して、一切の軽視、虐待などの行為
を禁止する。また、女児に対する軽蔑、虐待、遺棄などの行為を禁止する(第3
章第 22 条)。
国家は計画出産を実施した夫婦に規定により奨励を行う。
(第3章第 23 条)
公民は晩婚、晩育の場合、結婚休暇と出産休暇を延長3し、福祉待遇を享受する
2
3
農村では、男性 25 歳、女性 23 歳。都市では、男性 27 歳、女性 25 歳となっている。
晩婚の場合には、結婚休暇が 10 日間プラスされる。晩育の場合には、出産休暇が 20 日間プラスされる。
-4-
(第4章第 25 条)
。
公民は中絶手術を受ける場合、国家の規定された休暇制度を享受し、地方政府
からの奨励を享受する(第4章 26 条)
。
生涯一人っ子と宣言した夫婦に国家が「一人っ子父母栄誉証」を授与する。
「一
人っ子栄誉証」を獲得した夫婦は、国家、あるいは省・直轄市からの奨励を享受
する。農村では計画出産を実施する農民に対して、融資・技術・救済などの優遇
政策を実行する(第4章第 28 条)
。
新法では、下記のような法律責任を明記している。
本法に違反する下記の行為に該当する場合、関係部門は是に対して改正・警告
し、また違法所得を没収する。
①
法律に違反し、他人のために計画出産手術を行う者。
②
科学設備と技術手段を利用し、科学研究以外に胎児性別を鑑定し、あるいは
性別選択による妊娠を中止させる者。
③
嘘の中絶手術、医学鑑定、計画出産証明書を提供する者。
本法の第 18 条4に違反し、計画外出産した公民は社会扶養費を納めねばならな
い。納入延期の場合、滞納金も徴収される。社会扶養費の徴収を拒否する者に対
して、関係部門は人民法院5に強制執行の申請ができる。
(第6章第 41 条)
流動人口に対する計画出産の具体的な管理規制、計画出産技術サービス管理規
則、および社会扶養費の徴収と管理規制は国務院により制定する。
第 18 条によると、第二子出産容認に関する具体的な規則の制定は、各省・直轄
市・自治区に任せると明記されている。国による第二子出産容認に関する統一的
な規則は公布されていない。例えば、北京市の第二子出産容認に関する具体的な
規則は下記のようになる。
下記の特殊状況一つに該当する既婚夫婦は第二子出産を申請することができる。
①
子供を一人しか持たず、この子供が指定された医療機関により非遺伝子性の
身体障害者で働けないと診断された者。
②
夫婦とも一人っ子同士で子供を一人しか持たない者。
③
結婚5年以上不妊で医療機関により不妊症と診断され、養子を迎えた後、妊
娠した者。
④
再婚夫婦双方で子供を一人しか持たない者。
⑤
辺境地区から本市に転入した少数民族が、転入前の居住地で県クラス以上の
計画出産管理機関から第二子出産許可を得た者。
4
5
第 18 条によると、第二子出産容認に関する具体的な規則の制定は、各省・直轄市・自治区に任せると明
記されている。国による第二子出産容認に関する統一的な規則は公布されていない。
人民法院は、日本でいう裁判所。
-5-
上述の条件一つに該当したうえで、いずれも母親が 28 歳以上、第一子は満4歳
以上であること。
3.
計画出産に
計画出産に関する賞罰制度
する賞罰制度
⑴
一人っ子宣言した国民に対する優遇策
一人っ子宣言した家庭は、国家から「7優先」を受けることができる。
①
奨励金の支給(一人っ子の場合、その子は 14 歳まで毎月5元の奨励金を受
領できる)
。 ② 託児所への優先入所、保育費の補助の享受。 ③ 学校への
優先入学、学費補助の享受、あるいは学費免除。
④
出産医療費の支給、産
休日の増加(最大 120 日まで)
。 ⑤ 就職の優先。 ⑥ 都市の住宅の優先配
分、農村の住宅用地の優先配分と自留地の優先配分。
⑦
退職金、退休金の
5%加算と割増。
⑵
「一人っ子政策」に違反した場合の罰則
①
超過出産費の徴収。 ② 社会養育費(託児費・学費)の徴収6。 ③ 医
療費と出産入院費は自費になる。 ④ 昇進・昇格の停止、あるいは降格。 ⑤
夫婦双方の賃金 10%程度カット。
計画外出産の罰金については、各地区によって異なる。
もし、夫婦が一人っ子宣言をし「一人っ子証書」をもらいその優遇政策を享受
したにもかかわらず、第二子(計画外出産)をしてしまった場合は、その恩恵を
全部取り消される。さらに、それまでに享受した待遇を全額返済しなければいけ
ない。
4.
第二子の
第二子の出産に
出産に関する具体的
する具体的な
具体的な規定
1979 年に始められた「一人っ子政策」では、第二子出産条件について明記されて
いなかった。1990 年に初めて都市・農村・少数民族に対し、第二子の出産に関する
具体的な条例が公布された。
⑴
都市に対する第二子の出産
国家幹部、公務員、職員、労働者および都市住民は一夫婦あたり子供一人、
以下の場合は第二子を産むことを許可する。
①
子供を一人しか持たず、この子供が指定された医療機関により非遺伝子性
の身体障害者で働けないと診断された者。
②
6
夫婦とも一人っ子同士で子供を一人しか持たない者。
社会養育費は、基本的には所在地、本人の前年度の収入などを総合的に考慮して決められる。国務院の
「社会養育費徴収管理方法」という法律に細かく規定されている。
-6-
③
結婚5年以上不妊で医療機関により不妊症と診断され、養子を迎えた後、
妊娠した者。
④
再婚夫婦双方で子供を一人しか持たない者。
⑤
辺境地区から本市に転入した少数民族が、転入前の居住地で県クラス以上
の計画出産管理機関から第二子出産許可を得た者。
以上の条例は、全国各地区ほぼ共通である。しかし、北京・天津・上海・四
川省・江蘇省では、第二子は所定条件により厳格に許可し、第二子の割合を 10%
以内に抑える。
⑵
農村に対する第二子の出産
以下の二つのパターンに分けられる。
⑥
第一子が女児の場合、第二子の出産を許可するが、出産間隔は4年以上、
母親が 28 歳以上でなければならない(実施地区は、河北省、内モンゴル
自治区、山西省、遼寧省、吉林省、黒竜江省、浙江省、安徽省、福建省、
江西省、山東省、河南省、湖北省、広西チワン族自治区、貴州省、陜西省、
甘粛省)。
⑦
第一子が男女を問わず、第二子の出産を許可する(実施地区は、寧夏回族
自治区、雲南省、青海省、広東省、海南省)
。
⑶ 少数民族に対する第二子の出産
中国は 55 の少数民族を擁する多民族国家であるので、以下の4つのパターン
に分けられる。
①
他地区から転入してきた少数民族に対し、転入前の居住地から第二子出産
許可を得ており、すでに妊娠している者(実施地区は、北京市、天津市、
上海市)。
②
都市と農村を問わず、夫婦双方共に少数民族である者(実施地区は、河北
省、内モンゴル自治区、雲南省、吉林省、黒竜江省、安徽省、福建省、山
東省、広西チワン族自治区、貴州省、陜西省)。
③
都市と農村を問わず、夫婦双方のどちらかが少数民族である者(実施地区
は、寧夏回族自治区、青海省)
。
④
夫婦双方が少数民族で、どちらかが農民、または夫婦のどちらかが少数民
族で、双方共に農民である者(実施地区は、遼寧省、湖北省)。
新彊ウイグル自治区では、1992 年から、人口5万人以下の少数民族は、都市
二子、農村3子、辺境牧畜地域で4子となっている7。また、チベット自治区で
7
1992 年に実施された「新彊ウイグル自治区計画出産規則」による。
-7-
は、1986 年に少数民族は都市二子、農村3子、辺境牧畜地域で4子8とされて
いたが、チベット民族の反発で 1987 年から計画出産活動は停止されている。
子供を
子供を出産しない
出産しない家庭
しない家庭
III.
都市の、特に若い夫婦にこの傾向が顕著である。なぜ、多産がよいとされてきた中
国で自らこのような選択をするのだろうか、またこのような選択ができるのだろうか。
1.
生まない選択
まない選択をする
選択をする背景
をする背景
中国都市では、自由な生活様式を選ぶことができる。地域社会のつながりが強い
農村と比較すると、都市では他人の目を気にせず、自由な生活様式を選ぶことがで
きる。互いのつながりが弱いため、他人の生活に首を突っ込む人もなく、噂話もた
いした圧力にはならない。子供がいなくても、息子がいなくても、他人には大して
関係ないのである。したがって、自分なりの選択を自由にすることができ、もちろ
ん、産まない選択もできるるようになる。
出産年齢になっても出産せず、教育を受けたり、自己啓発を求めたりする人も多
い。これに追い風をかけているのが、市場経済化による中国経済の急激な発展であ
る。欧米風の能力主義社会が浸透しつつあり、国内の厳しい競争を背景とし、自分
の能力に磨きをかけようとする人が多い。
また、中国では、女性が結婚・出産しても仕事を続けるのは当たり前であるが、
仕事と家事・育児の二重負担を背負うことなく自分の生活を楽しみたいという若者
も増えている。一般に、発展した都市で暮らす人々は、一定の選択権を持つように
なり、必要の範囲をはるかに超えたものを享受するようになる。一つの目標の他に
他のことも目に入るようになり、欲望の範囲を広げていく。さらに、欲望を抱くだ
けではなく、その欲望を改めたり磨いたりしていく。中国都市の人々にとっても、
幸福の追求が「子供の出産」だけではなくなりつつあると言える。
さらに、生まない選択をする夫婦には、
「子供の純コスト」のマイナスという要因
も挙げられる。ここでいう、子供の「コスト9」とは、父母が子供を出産養育するた
めの全費用に、父母が投入する時間的コストを加算したものである。言いかえれば
子供の「コスト」には、直接コスト(社会に平均水準による、子供一人の衣食住費・
教育費・文化娯楽費。さらに、父母が支払う、あるいは補助する子供の結婚費用な
どを指す)と、間接コスト(父母が子供を産み育てるために失った、教育を受ける
機会や収入を得る機会で、機会コストあるいは時間コストともいう)が含まれる。
この、直接コストと間接コストの和から、子供が家庭に提供した貨幣収入とサー
8
9
1986 年に実施された「チベット自治区計画出産暫定規定」による。
ゲーリー・S・ベッカーは、ミクロ経済学の「コスト分析効果」で、出産を詳しく分析した。その主要
理論の一つが、子供の出産養育をコスト効果によって分析することであった。
-8-
ビス代価を差し引いたものが「子供の純コスト」である。この、子供の純コストが
プラスなら、つまり父母の投入した出産養育費が子供の提供した収益より多ければ、
子供の需要は低くなる。逆に、子供の純コストがマイナスなら、つまり父母の投入
した収益より少なければ、子供の需要度は高くなる。都市では養育費や教育費など
の子供のコストは年々高くなり、「子供の純コスト」がマイナスになっているため、
子供を持たない夫婦も増えていると考えられる。
2.
子供がいない
子供がいない家庭
がいない家庭から
家庭から発生
から発生する
発生する社会問題
する社会問題
前述したように、都市の出産に対する考え方は日々西洋化され、自ら進んで少産、
あるいは子供を産まなくなっている。都市では、一人もいらないという夫婦も増え
つつあり、出産年齢になっても出産せず、多くのDINKS(子供を持たない共稼
ぎの夫婦)が現れている。子供にお金をかけることがない分、自己投資をする(教
育を受けたり、仕事で自己発展を求める)女性も多い。
ここから、人口の素質劣化問題が発生してくる。農村では、二人以上の子供を持
つ家庭が少なくないのに対して、都市では少産、あるいは子供を産まない意識が急
速に進んでいる。現在の都市人口は4億 5,594 万人であり総人口の 36.09%を占め、
農村人口は8億 739 万人であり、総人口の 63.91%を占める10。現在のままでは、文
化水準が比較的高く生活も安定している都市の人口が減少し続け、文化水準が低く
生活環境の悪い農村の人口が激増すると考えられ、中国全体の人口が素質劣化を引
き起こす恐れがある。
また、農村では二人以上の子供を持つ家庭が少なくないが、
「一人っ子政策」を実
施している以上中国は、さらに高齢化社会へと加速していくことが読み取れる。現
在、中国の 60 歳以上の高齢者人口が1億人に達し、65 歳以上の人口が 8,811 万人
で総人口の 6.96%を占めている。年齢別の人口は、0歳から 14 歳までの人口が2億
8,979 万人、
総人口の 22.89%を占め、15 歳から 64 歳までの人口は8億 8,793 万人、
総人口の 70.15%を占める。これは、2015 年には 60 歳の人口が2億を超え、2030
年には3億 5,700 万、2050 年には4億 3,900 万人に達し、80 歳以上の人口が 8,000
万人を超えると予想されている11。将来、一人っ子が二人の父母と四人の祖父母の面
倒をみることになり、過重な負担を背負わされることとなると考えられる。
IV.
一人っ
一人っ子の家庭
都市では「一人っ子政策」が厳格に実施されているので、ほとんどの家庭が一人っ
子である。また、都市の人々の意識は日々西洋化され、出産に関しては自ら「少産」
10
11
2001 年の第5回人口センサスによる。
2001 年の第5回人口センサスによる。
-9-
という選択をする。しかし、この兄弟がいないという特殊な環境は様々な問題を生み
出している。
1.
一人っ
一人っ子の家庭から
家庭から発生
から発生する
発生する社会問題
する社会問題
現在の中国都市の家族構成は「1+2+4」の形である。つまり、
「一人っ子+父
母二人+父母双方の両親四人」という家庭が多くを占めている。六人の大人と一人
の子供の中国家庭は、子供を「小皇帝」と呼ぶほど甘やかして育てている。中国都
市では徹底的な「一人っ子政策」によりほとんどの家庭が一人っ子なので、甘やか
されて育った子供が急速に増えている。過保護が原因で一人っ子の生活能力が低下
し、自己中心主義が高まり、社会常識の欠落した人間社会が到来すると考えられる。
また、甘やかしすぎることは、女児に関する深刻な問題も引き起こしている。女
性はもともと、
「依存欲求」、「愛されたい欲求」、
「女らしさ」という伝統的ステレオ
タイプの考え方を持っている12。つまり、個人的・心理的な依存、他者に面倒をみて
もらいたいという願望を内に秘めているのである。これは、良くも悪くも女性の自
立意識や行動に影響を及ぼすものであるが、自立した女性ならば、普段は部分的ま
たは全面的に意識下に抑圧されているものである。
しかし、中国の「一人っ子政策」のもとでは、一人っ子は絶えず親の保護と監視
のうちにのみ生活している。兄弟姉妹がいないという特殊な環境の中で成長し、親
から「掌中の珠」として可愛がられている。その結果、女児は伝統的ステレオタイ
プの考え方を持つようになり、依存心はますます強くなり、自立心が薄れていく。
このような子供への溺愛の結果、子供はあまりにも親に頼りすぎ、わがままで自
己中心的という特徴をもつことになる。
さらに、育児の面での問題に言及すると、一人っ子の親は子供に過剰な期待をか
ける傾向がある。都市の親は、子供に対する期待や望みがことのほか高い。子供が
役に立つ人材に成長することを望むだけでなく、多くの親は、自分がかつて実現で
きなかった理想を子供にかなえて欲しいと望んでいる。子供のことに関して、衣食
のことから志望校や専門の選択まで、親自らが入念に計画し、周到に手配りして一
切を決定していくのである。一部の親たちは往々にして、自分の願いを重視しすぎ
て、子供にそれを強要する。この願いが、子供にとって実際的であるかどうかに関
わらず、また子供の感情を考慮することもない。その結果、親の願いが実際に子供
の願いとして内在化してしまうのだ。
受験教育・知育重視も問題となっている。一人っ子の多くの親は子供の教育に失
敗することを恐れている。たった一人の子供の成功を強く願い、子供の教育が家庭
の中で一番重要な問題と考えられているのである。
12
アメリカの学者、ダウリングが「シンデレラコンプレックス」と名づけた。
(柳瀬尚紀訳)『シンデレラ
コンプレックス』三笠書房(1986)
- 10 -
都市の小学生の場合、国が規定する「宿題は1日 30 分」という基準をオーバーし
ている子供が 70%を占めた。また、
「1日の睡眠時間は9時間」という国の基準を満
たしていない子供は 46.9%に達している13。
また、中国の大学受験は、「全国大学統一入学試験」として、国が一括して行う。
合格者数は、省・直轄市・自治区ごとに割り当てられているので、統一試験の成績
が同じであっても、出身地によって不合格になることがある14。大学へ進学すること
は、出世への第一歩である。親たちは「知識は運命を変える」と固く信じ、子供の
教育への投資は惜しまない。
受験教育・知育重視のような教育を受けて育った子供は、社会に出ると挫折して
しまうケースが多くなる。しかも、困難を解決する能力が備わってないうえ、困難
を克服する心の準備もないときには、極端な行動に走りやすい。中には、1回試験
に失敗しただけなのに、あるいは先生や父母から叱られただけなのに、すぐに命を
粗末にする行動に走る場合もある。
多くの親たちが、子供をあまりにも溺愛し、期待が高すぎ、ただただ子供を大学
に進ませ、博士にすることばかりを考えている。そして、子供に生活の習慣をつけ
させ、人格を育てることを軽視している。この傾向は一人っ子の家庭で特に目立っ
ている。
2.
社会問題を
社会問題を加速させる
加速させる親
させる親の意識
中国では、女性が職業を持ち、それと同時に結婚して子供を産むことが当然だと
されている。しかし、最近では自ら進んで専業主婦となる女性も目立つ。
「女性回家」
の現象が起こっているのである。特に、都市の若い女性にこの傾向はみられ、その
中には高等教育を受けた知識女性も少なくない。
女性回家が起こる要因として、女性の役割矛盾が挙げられる。1949 年に中華人民
共和国を建国し、男女平等を打ち出し、女性が次々と社会進出してから、女性の役
割矛盾が噴出してきた。第一に、女性が家庭で演じる性別役割と社会で演じる職業
役割との矛盾である。伝統的な性別役割は、女性に優しい母、献身的な妻であるこ
とを要求するが、社会は女性に男に負けない決断力や実行力を要求する。第二に、
役割に対する女性自身の期待と、他人や社会の期待との落差である。女性に十分な
教育や自己実現の機会が与えられないことから、このような矛盾が生じている。
専業主婦となった女性は一日中家にいるため、子供を甘やかす傾向がある。自分
の仕事のことを考える必要がなくなったことに加え、仕事をしているときには子供
13
14
1999 年に中国青少年研究センターが実施した「小中学生の学習と成長に関する調査」による。
一人っ子政策実施により、都市ではほとんどの家庭が一人っ子だが、農村では一人っ子の家庭はそれほ
ど多くない。したがって、受験人数も都市より農村のほうが多くなっているのだが、採用割り当て人数
は農村よりも都市のほうが多いというのが現実である。農村では、受験人数が多いため都市よりも最低
合格ラインが高い。農村では募集人員に対する需要が供給を大幅に上回っている。
- 11 -
との時間を十分に取ることができなかったためである。また、子供の教育へも熱心
となり、自分の熱意を子供の教育へと投じ、英才教育を施していく。このことが、
子供の甘やかしや行き過ぎた教育という問題悪化の原因となっている。
さらに、自由な生活様式を選ぶことのできる中国都市においても、未だに伝統的
な価値観が残っている。子供を養育するのは、一家が代々続き、一門が栄えるため
という考え方である。都市では、子供が優れた人材に育つかどうかが一家の繁栄に
深く関わっていると考えられている。したがって、良い学校に行き、寝る間もない
ほどの勉強をして、良い大学に入ることが親の教育の目標となるのである。
子供が
子供が二人以上の
二人以上の家庭
V.
中国農村では、子供が二人以上の家庭が少なくない。農民の戸籍15者は第一子が女
児の場合は4年の期間を空けて第二子まで、少数民族は二人まで子供を持つことがで
きるからである。
国家統計局が行った全国1%人口標本抽出調査によると、都市部と農村部の第一子
の出生率差は大きくない。しかし、第二子の出生率は農村 29.1%、都市 11.4%で農村
は都市より 17.7%多い。第三子以上になると、農村 19.9%、都市 5.1%で農村は都市
より 14.8%多い。
1.
農村における
農村における「
における「男児選好意識」
男児選好意識」
農村では、明らかな「男児選好意識」を読み取ることができる。どのような理由
が、女児よりも男児のみを欲しがる結果となっているのだろうか。ここには、伝統
的文化の影響、さらには現実的な社会的要因も働いている。
まず、伝統的文化の影響についてであるが、中国の封建社会の歴史は非常に長く、
その中で形成されてきた伝統的観念はそれほど簡単に除去されることはない。
「伝宗接代」とは、男児を産んで家系を継承することである。これは、「後継ぎ」
という伝統的な家夫長意識の残存の影響である。中国では、一般的に女児は他家の
嫁になる。特に農村地域では、女性は家系を継承する可能性が極めて低く、男性に
よって家系の継承がされる。もし、自分の世代で男児が産まれなければ、祖先から
引き継いできた家系を継承する人がいなくなってしまう。これは、多くの中国人、
特に農民にとっては祖先に申し訳が立たないことである。それゆえ、男児を産まな
ければ祖先から引き継いできた家系を断絶する「罪人」になるのである。農民にと
15
中国では戸籍は「戸口」と呼ばれている。戸籍制度は新中国に制定され、農村戸籍と都市戸籍に分けら
れた。これは、単に居住地で都市か農村かに分けただけのものではなく、出生時から決められ、職業に
よって個人の意思で自由に変えることができない。そのため、身分制あるいは準身分制と考えられてい
る。都市戸籍から農業戸籍へは簡単に変えられるが、農業戸籍から都市戸籍へは自由な移動を許されな
い。
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って、結婚する主な目的の一つは男児を産んで家系を継承することでなのである。
「不孝有三、無後為大16」という、伝統的倫理観念も存在する。中国農村の日常
生活では、人々に「断子絶孫(子孫が絶える)
」と言われることが最も嫌われている。
男の子がない家族は、人々から前世が無徳か、あるいは現世で他人からの怨恨を多
くかっているなどと悪口を言われる。男児を産むことによって家を保ち、祖先の祭
りを維持し、宗族の勢力を拡大させる。仕事を成功させることで宗族と祖先の名を
挙げる。このことが地域共通の願いであった。したがって、夫だけではなく、宗族
の長・家夫長も嫁に対して、多くの子を産むことを求めた。経済発展、文化教育、
生産方式の水準が低い地域では、このような観念の影響が大きい。
さらに、農村では伝統的な性別役割規範の影響を見て取ることができる。伝統的
な女性の役割に関して、古代から広範に伝えられている「女人的天職是伺夫育子17」
という言葉である。中華人民共和国が成立する以前、結婚した女性の重要な役割は
夫の家の後継ぎとして男の子を産むことであった。伝統的な社会では、女性は男の
子を産むことによって家庭内地位を得、肯定的な評価を得ることしかできなかった。
そのため、女性は「息子を産め」という要求を「息子を産みたい」という自己の強
烈な念願として内在化したといえる。このような伝統的な規範は、今でも女性の出
産意識に影響を与えていると考えられる。
農村では地域との繋がりが濃密であるため、前述したような伝統的観念が失われ
ることはなかなかない。みんなが互いによく知り合い、牽制し合い、品定めし合い、
一挙手一投足が他人の注視のもとにあるからである。だからこそ、メンツは失えず、
うわさの圧力も大きいものであり、
「男尊女卑18」傾向が根強く、男児出産願望は強
烈、執拗になっていくのだ。
また、農村においては男性労働力の必要性も挙げられる。農村では、一般に女性
労働力より男性労働力のほうが重宝される。なぜなら、女児は、成長して生産力と
して生産活動に携わることができるようになった頃に、他家の嫁となってしまうか
らである。女児を育てるのは、まるで他人のために労働力を育てているようなもの
である。男児だけが家族の将来の労働力として期待される。しかも、男児が結婚す
る時には、家族にとっては嫁というもう一人の労働力が増えるという期待がある。
しかし、中国農村の全体をみると、農業の効率化などにより、労働力は絶対的に
過剰な状態である。それにもかかわらず、なぜ男性労働力を必要とするのだろうか。
それは、労働力の多い家族は、余っている労働力を農業生産から分離させて都市に
出稼ぎに出すことができるからである。農業以外のいずれの産業での収入も農業の
収入より高い。それゆえ、労働力の多い家族は農業以外の収入が多く、生活水準が
高い。農家各戸にとっては、労働力過剰の問題は存在しないのである。さらに、男
16「不幸有三、無後為大」…「親不孝は三つあり、後継ぎなしが一番の親不孝」という意。
17「女人的天職是伺夫育子」…「女性の役割は夫を世話し、子供を産んで育てること」という意。
18「男尊女卑」…「男児を持てば尊敬され、女児を持てば軽蔑される」という意。
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性が都市に出稼ぎに出る場合は、就業機会の面からみて女性より有利となる。
老後保障制度不備の影響も「男児選好意識」と深く関わっている。なぜなら、中
国には、先進資本主義国家のような国民全体を対象とする社会保障制度は整備され
ていないからである。現在の農村には、救貧制度としての公的扶助制度以外には、
農民を対象とする社会保障制度は設立されていない。国民の老後を保証する経済的
な基盤がなく、もちろん老齢年金もない。前述したように、女児は一般的に、親も
とを離れて他家の嫁になるため、男児だけが親の老後の面倒を見ることを期待され
る。農民の老後は伝統的に男児にしか頼れないのである。ここには、伝統的な「養
児防老19」「多子多福20」という観念が深く根付いている。
以上のような要因が、中国農村の「男児選好意識」に影響を及ぼしていると考え
られる。前述したような意識は古くから存在しているが、
「一人っ子政策」がこれに
拍車をかけている。
「一人っ子政策」に従えば、一組の夫婦にとって、子供を産む機
会は1回、多くても2回21しかない。2回とも女の子を生んだ夫婦はもう一度子供を
産む機会がなく、男の子を得ることはできない。したがって、
「一人っ子政策」のも
とでは、最も理想的なのは男児一人という意識が未だに多く存在している。
「一人っ
子政策」が子供を産む機会を減少させ、制限している。
2.
子供が
子供が二人以上の
二人以上の家庭から
家庭から発生
から発生する
発生する社会問題
する社会問題
「男児選好意識」の直接的な影響は、男女比率不均衡問題として現れている。中
国農村では、女児の中絶・間引きの増加が顕著である。もちろん、大半の欧米諸国
と同様に、中国でもあらゆる形の産み分けが禁止されているが、
「一人っ子政策」実
施後、女児よりも男児を欲しがるケースが増えている。病院で胎児の性別を検査し、
女児だと判明した場合には直ちに人工中絶をする。あるいは、女児を遺棄してもう
一度出産許可を申請する。出産直後に殺す「間引き」も後を絶たない。特に農村で
男児のみを欲しがる結果、中国の男女比率不均衡を引き起こしている。最新の国勢
調査では、男女比は 119 となっている22。結婚適齢期になると複数の男児が一人の
女児を奪い合うという社会問題が発生すると考えられる。
また、
「黒孩子」の増加も「一人っ子政策」の弊害である。
「黒孩子」とは、
「一人
っ子政策」に違反し、出産許可を得ていないのに産まれ、戸籍23に登録できない子供
19「養児防老」…「老後に備えて男の子を生み育てる」という意。
20「多子多福」…「子供は多ければ多くいるほど(福も多い)老後に心配はない」という意。
二人目を出産できるのは、第一子が女の子である場合、第一子が非遺伝子障害により自立できない場合、
夫婦が共に一人っ子の場合などが挙げられる。
22 男女比は、女児を 100 とした場合の男児の比率で表す。
23 中国では戸籍は「戸口」と呼ばれている。戸籍制度は新中国に制定され、農村戸籍と都市戸籍に分けら
れた。これは、単に居住地で都市か農村かに分けただけのものではなく、出生時から決められ、職業に
よって個人の意思で自由に変えることができない。そのため、身分制あるいは準身分制と考えられてい
る。都市戸籍から農業戸籍へは簡単に変えられるが、農業戸籍から都市戸籍へは自由な移動を許されな
い。
21
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を指す。農村では、農民戸籍者は第一子が女児の場合、四年の期間を空けて第二子
まで、少数民族は二人まで子供を持つことができる。いかなる場合も第三子は認め
られない。しかし、第二子にも男児が産まれない場合、
「一人っ子政策」に違反して
第三子、第四子を、さらには「男児を産むまで産み続ける」という現象が農村地域
に存在している24。そのような地域では、罰則を免れるため、望まれずに産まれた女
児を戸籍に登録せず、隠して育てている場合も多い。
「一人っ子政策」に違反して産
まれた子供には戸籍を登録させないという、憲法に違反した規定までも一部の農村
では実行されている。ゆえに、農村には、戸籍に登録されずに育てられている「黒
孩子25」が多く存在するのである。戸籍がないことは、託児所への入所、学校への入
学、将来の就職、結婚、出産など、多くの問題を引き起こす。
「盲流人口」、
「外地盲流」問題は、
「一人っ子政策」に違反して「男児を産むまで
産み続ける」という現象によって引き起こされている。前述したように、農村全体
をみると、農業の効率化などにより労働力は絶対的に過剰な状態にある。したがっ
て、この過剰労働力が次々と離村し、都市へと出稼ぎに出る。ところが、都市へ出
稼ぎに出ても、すべての人が職につけるわけではない。流れ者となって付近の町で
賭博、窃盗、強盗や婦女暴行に走る者も出現し、治安悪化・政情不安の元凶となっ
ている。
VI.
まとめ
中国の「一人っ子政策」は多大な成果を挙げていると共に、複雑で、かつ煩雑な
社会的問題が発生していることを知ることができる。この論文においては、同じ「一
人っ子政策」の影響でも、主に都市と農村では出産・育児に関して相反する意識を
持っていることを明らかにしてきた。ここでは、子供を持たない家庭における出産
意識とその問題、一人っ子の家庭における出産・育児に対する意識とその問題、子
供が二人以上の家庭における出産意識について言及してきた。
しかし、本論文において、子供が二人以上の家庭(農村)における親の育児意識
という点が未解明のままである。子供が二人以上の家庭での出産意識・問題は多く
挙げることができるが、ここから発生する問題についても同様に挙げることができ
ると考えられる。この点については、今後の課題としていきたい。
3人以上の子供を産むことを「多産」という。中国の「計画出産政策」が実施される中で、70 年代から
提唱され、80 年代初めに明確化された概念である。
25 1990 年第4回人口センサスによると、全国で 1,513 万人の「黒孩子」が存在している。
24
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