第9分科会 ワークショップ「ブリーフセラピー」

第9分科会
ワークショップ「ブリーフセラピー」
講師
若島
孔文
氏(東北大学大学院准教授)
1 .「 ブ リ ー フ セ ラ ピ ー 」 に つ い て
「ブリーフセラピー」の「ブリーフ」というのは「短期」という意味である。短期とい
っても,ただ時間が短いというだけではなくて,より効率のいい方法によって変化を促す
方法で,その結果としてその期間が短縮されるのである。
ブ リ ー フ セ ラ ピ ー や 精 神 分 析 と は 関 係 の な い ,フ ィ ッ シ ャ ー と い う 研 究 者 が ,10 回 以 内
で 終 わ っ た セ ラ ピ ー と ,10 回 以 上( 百 回 以 上 と い う の も 含 め て )行 わ れ た セ ラ ピ ー に つ い
て , こ れ ら の 予 後 と い う の を 比 較 し た 研 究 が あ る 。 予 後 は , 10 回 以 内 で や っ た も の と 10
回以上やったものでほとんど変わらなかった、としている。違う言い方をすると,セラピ
ー に お い て は 10 回 ぐ ら い ま で に や る こ と が か な り 重 要 で あ る と い う こ と を 示 し て い る と
考えられる。
ブリーフセラピーというのは「短期療法」と訳すことができるが,クライアントが生き
るシステムの力,クライアントを含んだ自然にその場にある力を使うことで,より効率の
いいセラピーを目指したものである。日本のブリーフセラピーの初期の人たちの中には,
「 短 期 療 法 」と 訳 す の で は な く て ,
「 生 活 の 知 恵 療 法 」と い う ふ う に 訳 し た ほ う が い い の で
はないかという議論もあった。
2 .「 プ レ ロ ー マ 」 と 「 ク レ ア ト ゥ ー ラ 」 に つ い て
ここで知っていると役に立つ用語をいくつか述べたい。モデルを提示するのは簡単なの
だが,そのモデルを支えている理屈を少し話すと応用の範囲が広くなる。
ま ず ,「 プ レ ロ ー マ 」 と い う の は , 力 と か 衝 撃 に よ っ て 説 明 で き る 世 界 の こ と を い う 。
「 ク レ ア ト ゥ ー ラ 」と い う の は ,情 報 に よ っ て 説 明 で き る 世 界 を い う 。わ た し た ち ,生 命 ,
生 き 物 の 世 界 と い う の は ,「 ク レ ア ト ゥ ー ラ 」 の 世 界 で あ る 。
例えば,ひどい家庭内暴力,あるいはDVと聞いたら,すぐに物理的に離そうという考
え方になる。これはこれでいいのだが,生命の世界というのは物理的なやり方をしなくて
もいろいろ情報で動くということである。
これはすべて,情報によって,もっというと意味によってわたしたちの行動というのは
決まってくることになる。簡単にいうと,情報を変えれば変化をするということである。
その意味というのは,内容と文脈によって決まっている。文脈には「累積文脈」と「同時
文脈」の2つがある。
「累積文脈」というのは,その言葉が発信されるまでにどういう経過をたどってきたの
かというこれまでの状況の流れを言う。
「 同 時 文 脈 」と い う の は ,そ の 言 葉 を 内 容 と と っ た と き に ,言 葉 と 同 時 に 使 わ れ て い る 。
例えば,非言語行動。どのような表情で言っているのかとか,どのような口調で言って
いるのか,自分に視線を向けて言っているのか,視線を回避して言っているのか,回避的
な姿勢で言っているのか,接近的な姿勢で物事を言っているのか。こういう言葉と同時に
行われる非言語行動は「同時文脈」になる。
これらによって意味というのは形成されるので,意味を変える時というのは,内容を変
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えるだけではない。言葉を変えるだけではなくて,ある意味,言葉を変えなくても文脈を
変えてしまえば変わるし,同じ言葉をかけても,文脈が違えばぜんぜん違う意味に伝わっ
てしまう。
3 .「 カ ス タ マ ー 」,「 コ ン プ レ イ ナ ン ト 」,「 ビ ジ タ ー 」 に つ い て
これは,セラピストとクライアントの関係の3分類で,スティーブ・ド・シェイザーと
いうブリーフセラピストが述べたものである。セラピストとクライアントの関係性によっ
てクライアントを3つに分類している。1つは「カスタマー」タイプといわれる。これは
やる気があるということ。つまり,問題解決に対して,いろいろ取り組む動機を持ってい
る と い う こ と で あ る 。次 に ,
「 コ ン プ レ イ ナ ン ト 」は ,不 平 不 満 ば か り い う の で あ る 。つ ま
り,
「 問 題 が あ る 」と い う け れ ど も ,自 分 で 問 題 解 決 に 取 り 組 も う と し な い 人 を「 コ ン プ レ
イ ナ ン ト 」 と 言 う 。 そ し て ,「 ビ ジ タ ー 」, こ れ は た だ 連 れ て こ ら れ た 人 , お 客 さ ん の こ と
で あ る 。こ の 3 分 類 が 非 常 に 重 要 な 意 味 を ,こ の カ ウ ン セ リ ン グ の 世 界 で 持 っ て い る の は ,
スティーブ・ド・シェイザーは,問題解決への動機づけというものを個人の内側にあるの
ではなくて,セラピストとクライアントとの関係で変わると言っている点である。
例 え ば ,ク ラ イ ア ン ト が「 カ ス タ マ ー 」タ イ プ だ っ た ら ,具 体 的 な 介 入 を す る 。
「ビジタ
ー 」タ イ プ に 対 し て は ,行 動 的 な 介 入 っ て い う の は あ ま り し な い 。そ う で は な く て ,
「ビジ
ター」タイプだったら,例えば,お父さんが,もともと子どもとの関わりがお母さんより
少ない上に,後から面接に連れてこられると,その状況で「ビジター」になってしまう。
なぜなら,子どもとあまり顔も合わせないので,特別な情報を持っていないからである。
そんな時にはお父さんにしか分からない「観察課題」を出す。
お父さんが,夜遅く帰ってきてからお母さんが寝た後も,お父さんは夜起きていて,そ
の間,引きこもっている息子が,いろいろやったり,何か食べたりしているとする。それ
を 観 察 し て も ら う 。「 お 父 さ ん し か で き ま せ ん ね 」 と い う ふ う に 言 う 。 あ と は や は り ,「 父
親から見てどうかを観察してください」と言えば,お母さんは口出しができない。お父さ
んから見て,同性から見て,あるいは,異性から見てどうなのか。父親という役割の中か
ら観察してどうなのかというふうに「観察課題」を出す。そうすると,お父さんが今度は
報 告 し な け れ ば い け な く な る 。こ う や っ て 関 与 度 を あ げ る 。そ う す る と ,
「 ビ ジ タ ー 」か ら
「カスタマー」のほうに動いていく。
文 句 ば っ か り 言 っ て 何 も し よ う と し な い 人 は 褒 め て 帰 す 。ね ぎ ら っ て ,
「よく来てくれた」
と い う こ と で ,「 よ く 遠 い と こ ろ か ら 」 と か ,「 時 間 を つ く っ て い た だ い て 」 と か 言 っ て ,
ねぎらって,褒めて帰すということでいいのである。次に,全体的なモデルを提示する。
4.MRIのモデル
MRIはブリーフセラピーの発祥の地,メンタル・リサーチ・インスティテュートとい
うサンフランシスコの近くにある研究所のことである。ブリーフセラピーや家族療法の世
界でMRIと言ったら脳の病気や検査のことではない。
M R I の モ デ ル で ま ず 1 つ 紹 介 す る 。こ れ は ,家 族 構 成 が ,父( 80 歳 ),母( 78 歳 ),そ
し て 上 の 子( 43 歳 )と 下 の 子( 40 歳 )の 2 人 で あ る 。お 父 さ ん は 病 気 ,お 母 さ ん は 末 期 が
んでクライアントである。下の子どもは先天的な障害を持っているので,それを気にして
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いろいろ,人間関係とかにうまく入っていけないところがある。でも問題になっているの
は 上 の 子 で あ り , 問 題 に な っ て い る 人 の こ と を I P ( Identified Patient) と 言 う 。
MRIの家族療法っていうのはブリーフセラピーとイコールである。この家族療法系の
人は,問題と見なされている人を,IPと言い,実際に来た人をクライアントと言う。こ
の場合,お母さんが最初,1人で相談に来て,2回目,3回目は下の子と一緒に来て,4
回目はまた1人だった。面接は,この4回で終わっている。
まず,お父さんとお母さんと下の子は一緒に住んでいる。この家族は資産家で,上の子
は,両親が持っているマンションの一室に住んでいる。問題は,上の子が引きこもってい
てコミュニケーションが取れないことであった。しかし,後で分かったことはきちんと働
いていた。つまり,親が家に行くと,親とは話したくないので引きこもって,親は病気か
何かというふうに思いこんでいて,会社にも行ってないのではないかと心配していた。ク
ライアントたちが家に押しかけて行ったら,大体居留守を使うのだが,無理やり入ったこ
ともある。自分の家だから合鍵を持っているので,下の子と一緒に無理やり入って行った
ら ,「 何 で 入 っ て く る の だ 」 と 言 っ て , 物 を 投 げ た り , 暴 れ た り し た そ う で あ る 。
お母さんとしては自分が末期がんだから,今後のこととかもいろいろ話をしたいとか,
いろいろあるので,この先どう考えているのかとか,こういうアプローチと言うのは病気
の こ と も あ っ て 強 ま っ て い る 。興 味 深 い の は ,2 回 目 に 下 の 方 と 2 人 で 来 た 時 に ,
「この上
の子を追い出して,自分たちとは関係ないところに行って欲しい」という目標を言った。
そ こ で わ た し( 講 師 )は ,下 の 子 を 外 し て ,お 母 さ ん に 言 っ た 。
「 今 ,そ う 言 わ れ ま し た け
れども,現実的なことを全部無視してどういうふうになれば最高の状態なのか」というこ
と を 聞 い た ら ,お 母 さ ん は 泣 い て ,
「みんなが昔みたいに話しをできる家族になれたらいい
と思っている」と言った。だから,上の子を追い出そうというのは,下の子の考えが入っ
ているということが分かった。
この事例は,そんなに難しいことではない。よく考えて,自分ができることを考えてい
けばいいのである。
まず1つは,この息子を問い詰めるという母親なりのアプローチの方法,そういう関わ
りの方法を変えたいということと,もう1つは,対面であるということ。対面で「どう考
え て い る の 」,こ う い う こ と を 問 い 詰 め る と ,あ ま り 意 思 表 示 を 言 わ な い 人 は し ゃ べ れ な く
なってくるから,これを変える。この問題がずっと続いているシステムを壊すために,お
母さん自身のことを息子に伝えることは役に立つであろう。例えば,自分はどういうこと
を考えているのか,自分にはどういう思いがあるとか,自分の病気のこととか。そういう
ことを伝えてみようと。しかも,対面ではなくて手紙を使ってである。
このやり方は,不登校のケースでも重要だと考える。親が,子どもに対してこうしなさ
いとか,子どもが反応しなければ達成できないような課題の出し方ではなくて,親がどう
いうふうに子どもに対して思っているのか。例えば,学校に本当は行ってほしいと思って
いると,それが一番いいことだと思ったら,そのまま素直に伝える。そういうのはなかな
か 伝 わ っ て い か な い 。何 回 も「 起 き な さ い 」と か ,
「 寝 て ば っ か り い る じ ゃ な い 」と か ,い
ろいろ言っているけれども,素直に自分の考えというものを両親が伝えたことがないとい
うことが多いので,それをやってみるのと同じことである。
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5.SFAのモデル
次は,SFAのモデルである。SFA(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)
というのは,解決焦点化のアプローチのことである。解決とは,例外のことを言う。例外
というのは,問題がある中でも,比較的問題が落ち着いているときはどんな時か。比較的
うまくいったときはどんな時か。これが例外ということになる。例えば,いつも厳しいこ
とばっかり言ってくる上司がいたとする。しかしながら,比較的穏やかに言ってくる時は
必ずある。これを例外という。この例外は,既に解決しているのだというふうに考えて,
そのパターンをおしすすめていくというアプローチになる。大体,物事というのは,何か
悪 い と こ ろ を ど の よ う に 修 正 し て い く か を 考 え が ち で あ る 。悪 い の は こ う い う こ と だ か ら ,
こうやったらその悪いところを直せるのではないかと考えがちだが,クレアトゥーラの世
界っていうのは,おそらくそういうものではないと考える。
6.演習
5人位のグループに分かれ,配られたメモ紙に5分程度で小さな解決事例を書いてもら
い,それをグループで情報を共有化し,グループリーダーに発表してもらう。
(その発表された事例に対して,講師がブリーフセラピーの側面からコメントを行う)
○(グループリーダー)
・高校教師が,成績不振の生徒に対して特別な補習を行おうとした時,同レベルの生徒
たちに「お前たち,来るなよ」と言ったら,たくさんの補習の希望があった。
・小 学 校 低 学 年 の 多 動 の 生 徒 が ,教 室 か ら ど こ か へ 出 て 行 こ う と し て い た 時 ,教 師 が「 行
ってらっしゃい」と言ったら,振り向いて帰ってきた。
○(講師)
・これは,パラドックス・アプローチと言って,逆説的に対応するMRIのアプローチ
の方法である。例えば,馬を小屋に入れようとする時に,尻尾を小屋と反対方向に引
っ張ると馬が小屋に入るようなものである。
○(グループリーダー)
・勉強に行き詰まり勉強をやりたくなくなった高2の生徒に,教師が「下へ行くまで行
ったら,上しかない」と声をかけた。
○(講師)
・これは,リフレーミングと言って意味づけを変化する方法である。リフレーミングも
パラドックスも、悪循環を切るために何か違ったことをさせる手段である。
7.講師によるまとめ
ブリーフセラピーの姿勢と言うのは,権威的にならないことである。高いところから見
ているようなカウンセリングではなく,普通の関係を築けることが重要なことである。
うまくいかない事例を聞いてもヒントにならないので,小さいことでも解決した事例を
たくさん学んでいくことが大切である。
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