論文 - 慶應義塾大学 商学部

地球環境保全のための国際的行動の枠組みと実施
日本国際経済学会・第63回全国大会
共通論題セッション報告
慶應義塾大学
浜中裕徳
はじめに
1960年代に多くの先進工業国で環境問題が重要な政策課題となり、とりわけ欧州で
酸性降下物による越境大気汚染問題などが深刻化した。1970年代にはOECD、国連
欧州経済委員会などの場で国際的な取り組みについても検討がなされるようになった。国
連は1972年に人間環境会議を開催し、その結果同年末に環境問題に取り組む国際機関
として国連環境計画(UNEP)を創設した。1980年代末から1990年代初頭にか
けて東西冷戦構造が崩壊するなど世界政治環境が激変するなか、成層圏オゾン層破壊や地
球温暖化問題など地球環境問題が世界政治の重要関心事項に浮上し、1992年には地球
サミットが開催された。そして21世紀を迎え、世界経済がグローバル化する一方アフリ
カなど開発途上世界で貧困、エイズの蔓延などが深刻化する状況の下、2002年に持続
可能な開発世界サミットが開催され、パートナーシップと実行が強調された。本稿では、
これまで約40年間にわたり環境問題、とりわけ地球環境保全のための国際的行動の枠組
みがどのように構築されてきたのかをふりかえり、それにも拘わらず深刻さを増している
地球環境の現状を踏まえ、今後の国際的・国内的行動の課題について指摘を試みる。
1.人間活動の拡大と環境問題
人類の歴史において主要な生産様式に応じた人間活動に伴い、環境に様々な形で影響が
及んだと考えられるが、とりわけ西欧における産業革命以来先進工業国を中心とした工業
化と都市化に伴いより大規模な形で影響がみられるようになった。20世紀後半の50年
間で、世界の人口は2倍以上に増加するとともに、経済規模は6倍以上に拡大し、二酸化
炭素の排出量も約4倍に増加した。なかでも、産業革命以来の工業化・都市化の歴史が比
較的長く、高密度に経済活動を展開してきた西欧では、都市の大気汚染や河川の水質汚濁
に加え、酸性降下物の越境移動によると考えられる森林や故障への被害が大規模に発生す
るなど、環境問題が国内のみならず国際的にも大きな問題となっていった。米国や日本に
おいても主として産業活動に起因すると考えられる環境問題が重要な政策課題となった。
こうした状況下で、米国の環境保護庁、日本の環境庁などが1970年代初頭に創設され、
この前後に米国、日本を含むいくつかの先進工業国で環境規制の立法措置が講じられた。
また、OECDや国連欧州経済委員会などの場で越境大気汚染問題の調査や、環境政策の
国際協調について検討が開始された。
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2.国連人間環境会議
国連は1972年、スウェーデン政府の招致により環境問題に関する初の世界規模での
会議としてストックホルムで国連人間環境会議を開催した。この会議は先進工業国におけ
る主として産業活動に起因すると考えられる環境汚染問題の深刻化を背景とし、とりわけ
他の西欧諸国から排出され越境して降下してくる酸性降下物による環境の酸性化という問
題に直面していたスウェーデン政府などのイニシアティブにより開かれた。他方、開発途
上国は貧困こそが環境問題の最大の原因であるとし、先進国は環境問題を口実に途上国の
経済発展を阻害しようとしているとして、途上国はもっと開発が必要であり、先進国はそ
のための援助を強化すべきだと主張した。このように、先進国と途上国の間で認識の隔た
りや意見の対立がみられたが、会議の結果、人間環境保全の基本理念を定めた「ストック
ホルム人間環境宣言」と、環境改善のための国際的な「行動計画」が採択された。人間環
境宣言は、人類は地球の管理者であり、人間は健全な環境で一定の生活水準を享受する基
本的な権利を有するとともに、環境を保護・改善する厳粛な責任を負うと表明した。(1)ま
た、人間環境の保護・改善はすべての国の義務であるとし、各国は、国連憲章及び国際法
の原則にしたがい、自国の資源をその環境政策に基づいて開発する主権を有するとしつつ、
各国はまた、自国の管轄権内または支配下の活動が、他国の環境または国家の管轄権の範
囲を越えた地域の環境に損害を与えないよう措置する責任を負うとした。(2)その後、19
79年国連人間環境会議開催の背景ともなった酸性降下物による越境大気汚染問題に関し、
国連欧州経済委員会で長距離越境大気汚染条約が署名されたが、同条約はその前文で上記
人間環境宣言の他国の環境や公海などの環境を害さないよう措置する責任を全文引用して
いる。(3)このように、人間環境宣言は各国の環境法制のみならず、国際環境条約の基盤と
なる重要な原則を明らかにした。
なお、国連人間環境会議を受け、国連における環境分野の活動を調整、促進する機関と
して国連環境計画(UNEP)が設立された。(4)
3.地球環境問題への関心の増大とブルントラント委員会
1980年、米国カーター政権は地球環境問題への警鐘となる「西暦2000年の地球」
を発表した。我が国政府(環境庁)はこの報告書を受け、環境庁長官の私的諮問委員会と
して地球的規模の環境問題に関する懇談会を発足させ、地球環境問題とそれに対する取り
組みに関し検討を開始した。82年のUNEP創設10周年を記念するUNEP特別理事
会における我が国政府代表原文兵衛環境庁長官(当時)の提唱により、環境問題について
高い見地から提言を行うための世界の賢人からなる委員会が設置されることとなり、これ
を受けて84年ブルントラント元ノルウェー首相を委員長とする環境と開発に関する世界
委員会(ブルントラント委員会)が発足した。ブルントラント委員会は87年に報告書(「地
球の未来を守るために」
)を提出し、環境問題に取り組む際に鍵となる考え方として「持続
可能な開発」を提唱した。80年代末になると、成層圏オゾン層破壊、地球温暖化問題な
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ど地球環境問題が世界の政治指導者の間で重要な関心事項として急速に浮上し、89年に
フランスのアルシュで開催された先進国サミットでは経済宣言の1/3が環境問題に充て
られた。折からベルリンの壁の崩壊に象徴されるように第二次世界大戦終結後40年以上
にわたり続いた東西冷戦構造が崩壊し世界の政治的環境が激変するという背景の下で、地
球環境問題が世界政治の重要課題の一つとして認識されるようになった。
4.地球サミット
ストックホルム国連人間環境会議から20周年に当たる1992年、リオデジャネイロ
で地球サミット(環境と開発に関する国連会議)が開催された。地球サミットは地球環境
問題への関心の高まりを背景に、世界180ヶ国の代表団と102名の各国首脳が参加す
る国連史上最大規模の会議となり、90年代に相次いで開催された人口、女性、社会開発
及び人間居住に関する大規模サミット(メガ・サミット)のさきがけとなった。
地球サミットは、ストックホルム国連人間環境会議20周年を記念して国連が世界規模
の環境会議を開催するという側面、地球温暖化、生物多様性の喪失といった地球環境問題
に取り組む対策の国際的な枠組みづくりへの合意を目指すという側面、持続可能な開発と
いう考え方の下に開発途上国の環境と開発の問題の解決を図るという側面など、多くの複
雑な要素が入り交じった会議であった。
地球サミットでは、環境と開発に関するリオ宣言、アジェンダ21及び森林原則声明が
合意された。また、地球サミットの準備プロセスと並行して進められていた気候変動枠組
条約及び生物多様性条約に関する交渉がサミット前に終結していたことから、これら2条
約への署名が開始された。
環境と開発に関するリオ宣言は持続可能な開発を実現するための諸原則を規定しており、
まず「人間が持続可能な開発という概念の中心に位置する」とし、ストックホルム会議の
人間環境宣言同様各国の開発主権を尊重するとともに管轄地域外の環境を破壊しない義務
を定めている。また、地球環境問題の解決に向けて先進国と開発途上国は共通した責任を
有するが、両者の責任の程度には自ずから差異があるとする「共通だが差異のある責任」
の原則や、深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実
性の欠如が、環境悪化を防止するための費用効果の大きな対策を延期する理由として使わ
れてはならないとする「予防的アプローチ」の原則などが合意された。
アジェンダ21は持続可能な開発を実現するための行動計画であり、①社会的・経済的
要素、②開発のための資源の保全と管理、③主要な社会構成員の役割の強化、及び④実施
の手段、という4部に分かれ、全文を含め全40章という大部で包括的なものである。こ
れは、持続可能な開発には経済、社会及び環境の三つの側面があり、その実現のためには
この三つの側面を統合した取り組みが必要だという考え方に基づくものである。第1部の
社会的・経済的要素は、貧困の撲滅、消費形態の変更、人口、健康、人間居住、意志決定
における環境と開発の統合といった各分野、第2部の開発のための資源の保全と管理は、
大気、森林、砂漠化、生物多様性、海洋、淡水、有害化学物質、有害廃棄物といった各分
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野、第3部は、主要な社会構成員として女性、子供・青年、先住民、非政府組織(NGO)、
地方自治体、労働者・労働組合、産業界、科学者・技術者団体及び農民の役割の強化、そ
して第4部は、実施のための資金、技術移転、科学、教育・訓練、能力開発、国際機構の
整備、国際法制度・メカニズム、意志決定のための情報といった各分野におけるそれぞれ
の行動計画を定めている。
この地球サミットには各国首脳や閣僚、政府代表団が多数参加したが、同時並行で開催
された様々なNGOの会合には世界中から約2万4千人が参加したと言われている。アジ
ェンダ21の第3部では上記のとおり持続可能な開発を実現するために主要な社会構成員
の役割を強化することを目指した行動計画が盛り込まれたが、実際にこうした様々な並行
行事にこれほど多数のNGOが参加し、主張を繰り拡げたことは国際環境会議としては初
めてのことであり、この後開催された主要な環境会議や社会問題に関するメガ・サミット
にも同様に多数のNGOが参加するようになった。
5.気候変動、生物多様性、砂漠化の分野での国際枠組みの構築
地球サミットが開催されるまでに、成層圏オゾン層保護に関するウィーン条約及び同条
約の下でオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書がそれぞれ制定(条約:
1985年、議定書:87年)され、有害廃棄物の越境移動及びその処分の規制に関する
バーゼル条約が採択(89年)されるとともに、タンカーによる大規模油流出事故に対応
するための国際協力体制の確立などを目的とする「油による汚染に係る準備、対応及び協
力に関する国際条約」が採択(1990年)された他、廃棄物その他の物の投棄による海
洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約)、絶滅のおそれがある野生動植物の種の国際取
引に関する条約(ワシントン条約)などが75年に発効していた。そして、前述のとおり
地球サミットの準備プロセスと並行して交渉が進められていた気候変動枠組条約及び生物
多様性条約がいずれもサミット前に採択され、地球サミットで署名が開始された。その後、
気候変動枠組条約は1994年に発効し、その下で97年に京都議定書が採択された。生
物多様性条約は93年に発効し、その下でバイオセイフティに関するカルタヘナ議定書が
採択され、発効(2003年)した。また、地球サミットで採択されたアジェンダ21で
94年6月までに砂漠化対処条約を採択することを国連総会に要請することが決定された
ことを受け、交渉が開始され、その結果同条約が94年に採択(96年発効)された。こ
のように、個別の地球環境問題に関しても少なからぬ分野で国際条約が採択され、それら
の実施の取り組みが始められている。
6.国連持続可能な開発委員会と環境開発特別総会
地球サミットの合意を実施に移していくため、国連は1993年経済社会理事会の下に
持続可能な開発委員会(CSD)を設置した。CSDは同年の第1回会合で、アジェンダ
21の実施状況を点検し、その実施を促進していくため、9つのテーマに分け、各テーマ
毎の実施状況をレビューする「多年度テーマ別作業計画」に合意し、以降毎年の会合でこ
の作業計画に沿ってレビューが行われた。
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地球サミットから5年目の節目となる97年、国連は環境開発特別総会をニューヨーク
で開催した。この特別総会では、地球サミットからの5年間に前記のとおり生物多様性条
約、気候変動枠組条約及び砂漠化対処条約が発効するなど、多くの前向きな成果が達成さ
れたことが認識されたが、他方で地球環境を巡る全般的な状況は悪化していること、及び
アジェンダ21に重要な事項として盛り込まれた先進国から途上国への資金供与と技術移
転の面での支援や貧困の撲滅などの課題について成果が殆どあがっていないことに途上国
などから強い不満が表明された。その結果、特別総会はアジェンダ21が引き続き持続可
能な開発を実現するための基本的な行動計画であることを確認し、
「アジェンダ21の更な
る実施のためのプログラム」を採択した。そして、98年から2002年にかけての5年
間にわたるCSD多年度作業計画が定められ、98年から2001年までは貧困の撲滅と
消費・生産形態の変更を最優先課題としつつ、分野別テーマ及び分野横断的テーマについ
てもこれらを各年毎に選択的かつ重点的に取り上げ、アジェンダ21の実施進捗状況をレ
ビューするとともに、地球サミットから10年目の節目となる2002年にはアジェンダ
21の実施進捗状況の包括的レビューを行うことが決定された。
7.持続可能な開発世界サミット
2000年に国連総会は地球サミット以後10年間の持続可能な開発に向けた取り組み
の進捗のレビューを行うことを決議し、持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD)
をヨハネスブルグで開催することが決定された。国連総会は、国連人間環境会議以来の環
境と自然資源の保全の取り組みにもかかわらず状況が引き続き悪化していることに懸念を
表明し、WSSDがアジェンダ21をはじめとする地球サミットにおける合意事項の実施
状況を包括的にレビューするとともに、グローバリゼーションのように地球サミット後新
たに生起した事態のもたらす挑戦と機会も考慮しつつ、実施のための更なる措置、及び一
層の努力と行動志向的な決定が必要な分野を明らかにすることを求めた。(5)
(1)WSSDを特徴づける開催の背景
リオの地球サミットから10年の間に世界の政治、経済そして社会を巡る状況は大きく
変化した。それらの変化のうち、このサミットを特徴づけることになる、いわばWSSD
開催の背景としていくつかの点を指摘することができる。
第1に、CSDによる地球サミットのフォローアップにおいては主に地球環境問題に取
り組む観点から、持続可能な開発の実現にとって貧困撲滅と持続不可能な生産・消費形態
の変更が2大課題であるとされてきたが、その後開発途上世界を中心に頻発する地域紛争
とこれに伴う大量難民の発生、グローバリゼーションの進行や、WTOの下での世界貿易
システムが貧富の格差を是正するよりも、かえってこれを拡大しているとの不満の高まり
などにより、国際社会は人間の安全保障や、この観点からの貧困撲滅をより優先的な課題
ととらえるようになった。そして、このような優先課題に対し、国際社会はこれまでのよ
うにどれだけの額の資金を供与するかという「インプット」重視から、次第にどれだけの
「成果」(アウトカム)を達成するかを重視するようになった。2000年に国連が開催
したミレニアム・サミットはこのような背景の下で「貧困人口の2015年までの半減」
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等を含む「ミレニアム開発目標」に合意した。リオ・サミットにおいて持続可能な開発に
は経済、社会及び環境の三つの側面があるとしつつも、当時の時代的背景から環境に焦点
が当てられたのに対し、ヨハネスブルグ・サミットでは貧困撲滅等その社会的側面に関心
が集まり、かつ、アジェンダ21の再交渉はせず、その実施に焦点を当て、とりわけ期限
付き目標の設定等行動志向型の成果が重視された背景にも、同様の事情を指摘することが
できる。(6)
第2に、第1点とも関連するが、貧困や地域紛争の問題はアフリカ地域においてとりわ
け深刻であり、国際社会はアフリカを重視するようになった。G8首脳会議は2000年
の沖縄サミット以降アフリカ首脳との会合を開催し、2002年のカナナスキス・サミッ
トにおいては、アフリカ首脳から自助努力と良き統治を基礎として示された「アフリカ開
発のための新たなパートナーシップ」に対し「G8アフリカ行動計画」によりこれを支援
することとした。WSSDがアフリカで開催されることになった背景として、このような
アフリカ重視の傾向を忘れることは出来ない。同時に、自らの努力により良き統治を目指
す途上国の取り組みを先進国が支援するという考え方(「オーナーシップ」と「パートナ
ーシップ」)が重視されるようになり、これがWSSDにも影響を及ぼすようになった。(7)
第3に、リオ後10年間の持続可能な開発を目指した取り組みにおいて、地方自治体、
産業界、NGOなど政府以外のステークホルダーが果たす役割が格段に増大した。これは、
情報化の進展、インターネット利用の普及などに伴い、他の社会的課題に対する取り組み
でも同様にみられている傾向である。WSSDの世界及び地域準備プロセスを通じ、マル
チ・ステークホルダー会合が開催され、その成果が政府間会合にインプットされた。また、
多彩な並行行事の開催、約束文書に登録するプロジェクトの形成等においてもこうしたス
テークホルダーが重要な役割を果たした。(8)
(2)WSSDの準備プロセス
WSSDの準備は、2001年のCSD第10回会合においてそのスケジュールや準備
委員会の議長を含むビューローを決定して以降本格化した(このCSD会合が第1回準備
会合とされた)。先ずアジア太平洋地域など国連の区分による世界5地域で地域準備会合が
開催された。アジア太平洋地域では、我が国を含む北東アジア準地域で準備会合が開催さ
れたのを皮切りに各準地域で会合が開かれ、これらの準地域会合を集約するアジア太平洋
地域準備会合が同年12月プノンペンで開催された。2002年からは世界レベルでの準
備プロセスが始まり、第2回及び第3回準備会合を経て、同年6月第4回閣僚級準備会合
がインドネシアのバリ島で開催された。この第2回準備会合で、WSSDにおいて目指す
べき具体的な成果について、政府間の交渉で策定する「世界実施文書」及び「政治宣言」、
並びに政府やその他の各主体がパートナーとして連携して行動する自主的なイニシアティ
ブを集大成する「約束文書」とすることが決定された。この約束文書はこれまでの地球環
境会議にはなかったWSSDのユニークな成果として決定されたものであり、実際欧米主
要国は第2回準備会合以降政府代表団への参加を含めNGOとの連携を一層密にしつつ交
渉に臨むとともに、第3回準備会合において約束文書に盛り込むプロジェクトの形成に向
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け、国際機関やNGOとも連携しつつ、数多くのサイドイベントを開催した。
(3)WSSDの成果(9)
WSSDにおいては、「ヨハネスブルグ実施計画」及び「持続可能な開発に関するヨハ
ネスブルグ宣言」が合意されるとともに、世界全体で合計200に及ぶ自主的な「タイプ
2」パートナーシップ・イニシアティブが国連に登録された。WSSDは持続可能な開発
の様々な側面にかかわる多くのテーマをとりあげたが、ここでは前記(1)で述べたサミ
ットの特徴に関連して貿易及び資金、貧困撲滅、持続不可能な生産・消費形態の変更、期
限付き目標、京都議定書、そしてガバナンスをとりあげ、それらに関するサミットの成果
を述べることにする。
①貿易・資金問題
貿易、資金の問題など実施の手段、とりわけ貿易及び資金の問題は先進国と途上国の対
立が激しく、これらがWSSDの正否を左右する重要な課題と考えられた。第4回閣僚級
準備会合において途上国は、貿易は自助努力による開発資金確保の重要な手段であり、こ
のため途上国産品の先進国市場へのアクセスを妨げている農業補助金等を撤廃するととも
に、最貧途上国産品への無税・無枠のアクセスを認めることを明確にすべきこと、及び資
金についても先進国が約束した途上国へのODAに関するGDPの0.7%目標達成の具
体的年限を明記すべきことを主張した。これに対し先進国は、貿易についてはWTOドー
ハ閣僚会議(カタール、2001年)で採択の閣僚宣言に基づく今後の貿易交渉の実施、
資金については国際開発資金会議(モンテレー、メキシコ、2002年3月)で合意され
た「途上国へのODAに関するGDP0.7%目標に向けて具体的な努力を行う」旨を実
施計画に記述すべきこと、及び同会議で米国、EUなどがODAを相当増額することを約
束しておりそれで十分であることを主張した。
このような状況下で、2002年6月G8カナナスキス・サミット(カナダ)における
アフリカ首脳との会合でのムベキ・南アフリカ大統領の呼びかけにより、南アフリカは同
年7月WSSD議長国として、フレンズ・オブ・ザ・チェア会合をニューヨークで開催し、
その結果、貿易及び資金の問題については、それぞれWTOドーハ閣僚会議及び国際開発
資金会合の合意を蒸し返さないことで歩み寄りが見られた。
WSSDでは、資金についてはほぼ先進国の主張に沿った形で実施計画に関する合意が
なされたが、ミレニアム開発目標やWSSD実施計画は資金フローの相当な増加を必要と
しており、モンテレー国際開発資金会議でODA増額にコミットした国以外の先進国に対
し「GDP0.7%目標に向けて具体的な努力を行うよう求める」旨、及び「目標達成の
方途と時間的枠組みについて検討を行うことの重要性を強調する」旨が付け加えられた。
貿易についても概ね先進国の主張が反映され、「ドーハ閣僚宣言の下で、市場アクセス
を十分改善し、輸出補助金の段階的撤廃を目指した削減、及び貿易歪曲的国内支持措置の
十分な削減を目的とした包括的交渉を行うとの約束を遂行する」旨が合意された。なお、
無税・無枠措置については、未実施の先進国に対しその実施を求める旨が盛り込まれた。
実施計画は持続可能な開発に果たす貿易の重要な役割を認識するとしており、今後市場ア
クセスの改善等を巡りWTOドーハ・ラウンドで交渉が行われることになろう。
②貧困撲滅
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貧困撲滅に関しては、飲料水、基礎的衛生、エネルギー、保健、食糧安全保障等人間ら
しい生活を送るための基本的なサービスへのアクセスを改善し、また生物多様性の利用か
ら生ずる便益を衡平に分配するといった様々な問題に関連してとりあげられた。これは、
アジェンダ21と異なるWSSD実施計画の特徴であり、貧困問題に対し所得水準に焦点
を当てるというよりもいわば「持続可能な生活」を包含する多次元的アプローチを採った
との指摘がなされている。(10)
また、途上国における貧困を削減し、社会的・人間的開発を促進するため、任意拠出を
前提に官民からの寄付に基づく世界連帯基金の設置が検討されることになった。
③持続不可能な生産・消費形態の変更
資源利用の効率と持続可能性の向上及び資源劣化の抑制、汚染の低減や廃棄物の発生抑
制を通じて経済成長と環境悪化の連関を断ち切ること等により、持続可能な生産・消費形
態への転換を加速させる各国、各地域の取り組みが重要であり、これを支援する今後10
カ年に亘る「枠組み」を作成することが合意された。国際的な10カ年計画を作成すると
いう案も提案されたが、各国の異なる事情を考慮すべきとの主張によりそれぞれの取り組
みの計画の「枠組み」を作ることに落ち着いた。
④期限付き目標
WSSDではミレニアム開発目標に加え、水に関係した基礎的衛生や再生可能エネルギ
ー等に関し合意することができるかどうかが注目された。結果的に再生可能エネルギーに
関する期限付き数値目標は合意されなかったが、ミレニアム開発目標等既に合意された目
標も含め、合計30以上に及ぶ目標が合意された。これらには、水に関連した基礎的衛生
にアクセス出来ない人口を2015年までに半減することの他、化学物質の生産と使用に
よる人と環境への顕著な悪影響を2020年までに最小化すること、生物多様性の喪失率
を2010年までに顕著に低下させること、漁業資源を緊急に、可能であれば2015年
までに最大維持可能漁獲量に維持又は回復させることなどが含まれる。
なお、再生可能エネルギーについては、各国の目標等の役割を認識しつつ、切迫感をも
ってその世界的シェアを十分に増大させることが合意され、数値目標は盛り込まれていな
いものの明確な政策の方向が示された。
今回の世界サミットが行動志向型の成果を目指してきたことは前述のとおりであるが、
実際に多くの具体的目標が合意されたほか、国連が提唱した優先5分野であるWEHAB
(水と衛生、エネルギー、保健、農業、及び生物多様性)を中心に各国政府等から多くの
約束が表明され、WSSDのユニークな成果である「タイプ2」のパートナーシップ・イ
ニシアティブとして国連に登録された。例えば水と衛生の分野では米国が9.7億ドルを
コミットしたほか、EUは「生命のための水」イニシアティブ発表したのをはじめ、合計
で2千万ドル相当、21のイニシアティブが登録された。エネルギーの分野ではEUが7
億ドル、米国が43百万ドルをそれぞれコミットしたほか、合計で26百万ドル相当、3
2のイニシアティブが登録されたと報告されている。(11)わが国も、森林、水、エネルギ
ー、教育、科学技術、保健、生物多様性の分野で合計30のプロジェクトを準備し、国連
に登録した。
⑤京都議定書
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第5回気候変動枠組条約締約国会議(COP5)以来多くの国が2002年のWSSD
までに京都議定書の発効を目指してきた。米国の離脱があったものの、2001年に開催
されたCOP7でのマラケシュ合意により我が国、EU各加盟国等が議定書を締結するこ
ととなり、その多くがWSSDまでの発効に間に合うよう手続きを進めた。そして、実施
計画においては議定書締結国が未締結国に対しタイムリーな締結を強く求める旨が盛り込
まれた。結果としてWSSDまでの発効は間に合わなかったが、サミットはそれまで議定
書締結に関する方針を明らかにしていなかったロシア及びカナダ両国首相による締結意図
表明の場となり、そのことにより京都議定書の発効と実施に向けた国際社会のモメンタム
を高めることとなった。
⑥ガバナンス
ガバナンス(統治)については、国際、地域及び国レベルのそれぞれに関して検討され
たが、特に国レベルでの「良き統治」を巡って先進国、途上国間で激しい議論が交わされ
た。先進国は「良き統治」の実現が持続可能な開発にとって必須であり、これを実現でき
た途上国に対して先進国が支援するとしたが、途上国グループの中ではこのような議論は
内政干渉であるとして強い拒否反応を示す声も強かった。しかしながら、「良き統治」に
ついては途上国のステークホルダーからもその重要性が指摘された。例えば、途上国から
の参加者が多かったアジア太平洋地域準備会合の際のマルチ・ステークホルダー会合では
「良き統治」が持続可能な開発を達成するための重要な要素であり、地方分権、汚職防止
やステークホルダーの積極的かつ意味ある参加が含まれるとする意見がまとめられ、地域
準備会合に報告された。結局WSSD実施計画においては、「良き統治は持続可能な開発
にとり極めて重要である」とし、併せて「健全な経済政策、民主的諸制度及び改善された
インフラが持続的な経済成長、貧困撲滅及び雇用創出の基礎である」旨が盛り込まれた。
8.持続可能な開発の実現に向けた我が国と世界の取り組みの現状
以上、1970年前後から2002年のWSSDに至るまでの間に地球環境保全の観点
から持続可能な開発の実現に向けた国際的行動の枠組みがどのように構築されてきたかを
概観してきた。国際社会は既に1992年の地球サミットにおいてアジェンダ21に合意
しており、2002年のWSSDにおいては実行やパートナーシップが強調され、多くの
期限付き目標を含むヨハネスブルグ実施計画が合意された。しからば、持続可能な開発に
向け、実際に我が国や世界はどのような取り組みを進めてきたのか、それらの取り組みは
地球環境の現状に照らして効果的なのだろうか?以上のような観点から、我が国と世界の
取り組みの現状を概観し、その評価を試みる。
(1)我が国の取り組み
リオ後10年間の我が国に於ける取り組みを振り返ると、地球サミットの成果を踏まえ、
持続可能な開発の理念を取り込むと共に、地球環境の保全を対象に含めた今後の環境政策
の基本的方向とその下での取り組みの枠組みを定めた環境基本法が制定された。そして、
この環境基本法の下で、環境基本計画を閣議で決定することとし、1994年には、循環、
共生、参加及び国際的取り組みを四つの柱とする最初の基本計画が策定された。その後、
この基本計画の5年間に亘る実施状況を点検し、その結果を踏まえて2000年に11の
戦略プログラムを含む新たな基本計画が策定され、各分野の政策に環境配慮を盛り込む基
9
盤が強化された。
また、廃棄物管理・リサイクル、化学物質のリスク管理、環境影響評価等の分野で取り
組みの一層の推進を図るための法制度が整備された。特に2002年には京都議定書の締
結とその実施を担保するための地球温暖化対策・省エネルギー・新エネルギー推進の法制
度が整備された。さらに、2003年には循環型社会形成推進基本法に基づく基本計画が
策定され、2010年を期限に物質フローの「入口」である資源生産性、及び物質の循環
利用率を現状から大幅に向上させ、「出口」である最終処分量を半減させる具体的な目標
を掲げ、その実現に向け取り組みを進めることとした。このように、国内においては循環
型社会づくりに向けて具体的な取り組みがさらに進められようとしているが、他方経済の
グローバル化、我が国から近隣途上国などへの生産移転の進行に伴い、生産から消費、廃
棄に至る循環の環が国境を越えるようになっており、また移転先の途上国で物質フローの
量が増大している。こうしたことから、今後先進国のみならず、途上国を含め世界的に循
環型社会構築のための制度の整備、人材の育成などが課題となるであろう。このような観
点から、2004年のG8首脳会議では我が国小泉首相がグローバルな3R推進構想を提
唱し、各国の合意を得て2005年春に我が国でこの構想を推進するための閣僚会合が開
催されることになった。以上のほか、規制基準の設定・強化、規制対象の拡大等具体的な
取り組みが進展し、全体として大気や水質の改善、廃棄物排出量の安定化、リサイクル率
の向上、最終処分量の削減などがみられた。
しかしながら、道路交通に起因する大都市地域の大気汚染、騒音等の問題や、面的汚染
源からの水質汚濁負荷削減の遅れ、内湾、湖沼の富栄養化は依然深刻であり、産業廃棄物
の不法投棄問題も深刻化した。温室効果ガスの排出量については、京都議定書の基準年に
比べ増加しており、同議定書の6%削減約束の達成に向けなお多くの課題が残されている。
政府以外の各主体による取り組みへの参加については、産業界の自主的取り組みが進め
られているが、産業界以外のステークホルダーに対する透明性の確保や自主的取り組みに
関する第三者による評価が要請されている。また政府審議会の公開や政策の立案段階での
パブリック・コメント実施などが行われているが、NGOの能力向上など市民レベルでの
効果的な参加の促進が課題である。
(2)世界の取り組みの現状
OECD(経済開発協力機構)は、2001年に発表した「世界環境白書」において、
加盟諸国の環境の状況について、産業の特定汚染源からの汚染や一部の大気汚染物質につ
いては改善され、グリーン購入、環境保全型農業、資源効率、エネルギー効率等について
は進展が見られるが、他方海洋漁業資源の乱獲、地球規模の森林減少や生物多様性の減少、
エネルギー消費と交通による温室効果ガスの排出、都市の大気汚染等が問題であるとして
いる。目を発展途上国に転ずると、中国では東部を中心にめざましい経済発展が見られ、
これに伴う大気や水の汚染問題がみられる一方、西部内陸地方を中心に貧困は依然深刻な
状況であり、近年森林伐採、過耕作、過放牧などに伴う砂漠化の進行、砂塵襲来、水不足
(黄河等の流域)、洪水(長江等の流域)などの問題が深刻化している。とりわけ、アフ
リカのサハラ以南の地域における貧困、飢餓、エイズの蔓延などは極めて深刻である。
以上のように、この10年間の様々な努力により先進国では一部の問題について改善も
10
見られるが、それにも拘わらず、全般的には持続不可能な生産と消費の形態が先進国のみ
ならず経済発展しつつある一部の途上国にも拡がっており、このことが途上国においてな
お深刻な貧困とともに、局地的、地域的、さらには地球規模の環境悪化をもたらしている
と言うことが出来る。例えば、成層圏オゾン層保護についてはモントリオール議定書に基
づくオゾン層破壊物質の削減が概ね順調に進展し、また欧州や米国では酸性降下物の前駆
物質、とりわけ硫黄酸化物の著しい排出削減が達成された。地球温暖化対策については、
とりわけ京都議定書採択後技術の顕著な進歩がみられ、我が国などで省エネルギー対策が
進展するとともに、欧州などで再生可能エネルギーへの投資が拡大し、EUなどにおいて
排出量取引制度の導入や炭素排出抑制の観点から税制改革が進められている。しかしなが
ら、地球温暖化対策の第一歩とされる京都議定書は現時点で未だ発効しておらず、また発
効しても米国が離脱し、中国、インドなど排出量が急増している開発途上国に排出枠が課
せられていないため、気候安定化のための世界排出量の削減に向け依然多くの課題が残さ
れている。森林保全、生物多様性の保護、砂漠化防止、淡水資源の保護と利用なども持続
可能な開発にとって極めて重要な課題であるが、これらの分野の取り組みについても全般
的にはなお多くの課題を残していると言わねばならない。
こうした持続可能な開発に向けての課題に共通しているのは、持続不可能な形態の消費
や生産であれ、貧困問題であれ、環境に負荷を及ぼす活動を行っている各主体(アクター)
の行動が変わらなければ効果が上がらないということである。アクターの行動を変えるた
めに、政府は規制措置、経済的措置などを講じてきた。このような政府の役割は引き続き
重要であり、とりわけ途上国や経済移行国の政府が適切な役割を果たせるよう、その能力
を強化することが重要である。同時に、持続可能な開発に向けて産業界やNGOを含む様々
なステークホルダーが果たす役割は格段に重要になっている。持続可能な開発に向けた産
業界の大きなポテンシャルに対する期待は大きく(12)、企業の社会的責任(CSR)や社
会責任投資(SRI)の動きは益々大きなものになりつつあり、企業活動に関する情報公
開や説明責任が一層求められている。また、政策決定への各ステークホルダーの効果的な
参加を確保する観点からは、参加の機会を拡充するとともに、情報へのアクセスや、環境
の状況、政策の効果などを評価するモデルのような情報分析のツールを提供することが重
要であり、特に途上国の各ステークホルダーの能力育成が課題である。
9. アジェンダ21とヨハネスブルグ実施計画の実施推進
2003年4月末から5月上旬にかけてCSD第11回会合が開催された。CSD11
では、WSSDの結果を受け、アジェンダ21やヨハネスブルグ実施計画のあらゆるレベ
ルでの実施推進に貢献すべく、CSDの今後の作業方法と多年度作業計画が決定された。
CSDの作業方法についてはレビュー会合と政策会合を含む2年間の行動志向的な「実
施サイクル」のシリーズにより作業を実施することとなった。これらの会合のうち、レビ
ュー会合はサイクル第1年目に開催して、選定されたテーマ別問題群の実施上の制約と障
害を明らかにし実施の進捗を評価するとともに、経験の交流、科学者を含む専門家との対
話、ベストプラクティスと教訓の共有を行い、実施を推進するために考えられるアプロー
チを明らかにすることとされた。また政策会合は2年目に開催し、実施を加速するための
実際的な措置やオプションに関し政策決定を行うものとされた。そして全体としてレビュ
11
ー会合及び政策会合は実施上の障害や制約を克服し、新たな挑戦と機会に対処するととも
に、教訓やベストプラクティスを共有するための更なる行動を結集すべきものとされた。
2003年以降の作業計画については、2004/2005年サイクルは水、衛生及び
人間居住を、2006/2007年は、エネルギー、運輸、気候変動などをそれぞれテー
マ別クラスターとして取り上げて検討を行うこと、2008/2009年については、持
続可能な漁業、海洋資源と生物多様性、海洋保護地域、海洋汚染などを取り上げることを
提案し、2004/2005年サイクルで確定すること、また、実施の手段等の横断的諸
問題は各サイクルでそれぞれ関連する問題、行動や約束に対応して取り上げるべきこと、
さらに、実施に関連した新たな挑戦と機会を作業計画に組み込むことが出来ることとされ
た。そして、2016/2017年にはアジェンダ21やヨハネスブルグ実施計画の実施
の全般的評価を行うこととされた。
2004年のCSD12ではこの2年サイクルの最初のテーマ別クラスターとして水、
衛生及び人間居住が取り上げられ、その第1年目となるレビュー会合が開催された。この
CSD12は、新たなCSDの作業方法と作業計画の下で、第一義的にはローカルな実施
上の諸問題をグローバルなレベルで、かつ多くのステークホルダーが参加し統合的なやり
方で討議しようとする新しい試みであった。これまでのCSD会合のような環境や開発担
当閣僚のみならず、水、人間居住、農業、財務担当の閣僚を含め100名以上の閣僚が参
加した。また技術専門家や地方自治体職員のみならず、スラム居住者団体や低コストで衛
生サービスを提供する小規模事業者など実際に現場で取り組んでいるローカル・アクター
が双方向対話に参加することにより、アイデアや経験の交流と共有、教訓の学習を通じ実
施上の障害や制約を明らかにする新たな機会がもたらされた。
「パートナーシップ・フェア」
が公式のCSDアジェンダに組み込まれたのも初めてであり、実施推進のためのこのよう
な新たなツールが用いられる時代が到来したことを示しているのかも知れないと指摘され
ている。(13)
10.今後の取り組みと課題:パートナーシップと実行
持続可能な開発の実現に向けた行動志向的な成果をあげるというWSSDの目的が達成
されたかどうかの評価は、合意された実施計画や登録された自発的なパートナーシップ・
イニシアティブの今後の実施にかかっていると言えよう。前記7のとおり、実施計画には
数多くの分野で期限付き目標が示されており、これらの達成に向け各国政府、各国際機関
がその政策やプログラムを、登録されたパートナーシップ・イニシアティブを含め、実行
に移していくことが重要である。
敢えて単純化すれば、同じ持続可能な開発をテーマにしていてもリオの地球サミットは
地球環境問題に焦点が当てられたサミットであったが、WSSDは環境問題に依然多くの
比重がおかれたものの、貧困や開発に焦点を当てた社会経済サミットであったとも言える。
その分、各国政府代表団の構成を見ても環境や外務関係省のみならず、開発協力、通商等
多くの分野に拡がっている。今後持続可能な開発の実現に向け関連政策分野において統合
的アプローチが益々重要となる。貿易や国際金融のシステムに持続可能な開発の要素を統
12
合することも極めて重要であり、その際それらの分野の関係者の役割が重要である。(14)C
SD12においても、前記9のとおり、水、衛生及び人間居住をテーマとして幅広い分野
から閣僚や現場の専門家、実践者が参加し、活発な双方向対話を行った。
WSSDの準備プロセスに政府以外のステークホルダーが重要な役割を果たしたことは
前記7のとおりであるが、サミット自体やその後のCSD会合にも産業界、NGO、議員、
地方自治体、女性、青年、科学者など多彩な分野から参加があり、WEHAB分野などテ
ーマ別に開かれたパートナーシップ会合で政府関係者との対話も行われ、その結果は政府
間の交渉プロセスにインプットされた。WSSDの成果の実行に当たって、これらのステ
ークホルダーが果たす役割は一層重要であり、その役割を強化するとともに、政府を含め、
各主体間のパートナーシップをさらに発展させることが課題である。
WSSDの準備プロセスでは、政治的意志、具体的なステップ及びパートナーシップが
強調された。すなわち、具体的な変革をもたらすためには強固な政治的意志と具体的な手
段が必要であり、それを関係するステークホルダーが連携して実施することを約束するこ
とが不可欠である。(15)CSD12における現場で実施に携わる関係者を交えた双方向対
話やパートナーシップ・フェアはアイデアや経験の交流と共有、そして教訓の学習のため
の新しいツールの萌芽と見ることも出来る。こうした様々なステークホルダーが参加した
協働の試みをグローバルなレベルだけでなく、地域、準地域、国、地方などあらゆるレベ
ルで積み重ね、持続可能な開発に向けたベストプラクティスを明らかにし、行動モデルを
示していくことが重要である。そして、このことが行動変革の具体的な手段をステークホ
ルダーが連携して実施していくことにつながり、それが政治的意志をさらに強固なものに
していくことにより、持続可能な開発に向けた変革が推進されることが期待される。
(注)
(1) 松下和夫、「ストックホルム」と「リオ」から考える、「ヨハネスブルグ・サミッ
トからの発信」、編集協力
環境省地球環境局、エネルギージャーナル社、2003、
第2部第2章
(2) 米本昌平、「地球環境問題とは何か」、岩波新書、1994
(3) 米本昌平、前掲書
(4) 松下和夫、前掲書
(5) 浜中裕徳、「ヨハネスブルグ・サミットの成果と実施」、環境研究、2003、No.128
(6) 浜中裕徳、前掲書
(7) 浜中裕徳、前掲書
(8) 浜中裕徳、前掲書
(9) 浜中裕徳、前掲書
(10) IISD, ENB, WSSD FINAL, 6 September 2002.
(11) IISD, ENB, WSSD FINAL, 6 September 2002
(12) 笹之内雅幸「持続可能な開発と企業の役割」、「ヨハネスブルグ・サミットからの
発信」、編集協力
環境省地球環境局、エネルギージャーナル社、2003、第2部第
6章
(13) IISD, ENB, CSD12 FINAL, 3 May 2004
13
(14) 浜中裕徳、前掲書
(15) 松下和夫、前掲書
14