ラジオとジェンダー~ラジオから響く女性の声とその役割について~ 羽田

ラジオとジェンダー~ラジオから響く女性の声とその役割について~
羽田和泉
はじめに 1
第1章ラジオの前身での女性の役割
(1)電話の登場
(2)女性電話交換手の活躍
(3)ネットワーカーとしての女性電話交換手
(4)パーティーライン的な電話
(5)電話交換のマニュアル化
(6)日本の電話交換手
-1 日本の電話の誕
-2 女性交換手の登場
-3 矯正される声
「なぜラジオに関するジェンダー考察はないのか。」との疑問の提起から本論は始まる。
「見られること」を前提としない、またテレビに比べ聴取率も低いラジオであるがジェン
ダー構造はあるのではないか。
第 1 章ではまず、ラジオの前身である電話に注目する。なぜなら、電話交換手として活
躍したのは女性であるからだ。声の仕事の始まりである電話交換手に登用されたのは、“従
順で受身の忍耐強く分別のある存在”が評価された女性であった。女性が採用されるのは
当時の文化的通年が作用していたわけだが、交換手たちの活躍は交換業務の域を超えて、
地域のネットワーカーとして、また、それぞれの回線に複数の加入者が直列的につながる
パーティーライン的な電話によってパーソナリティのような役割を担うようにもなってい
った。
電話の発明の舞台はアメリカであるが、明治 10 年に日本にも輸入されるようになると、
アメリカと同様に日本でも女性交換手が活躍し、電話交換のマニュアル化はアメリカとほ
ぼ同時進行で行われていくようになる。
第 2 章パーソナリティの誕生と男性化
(1)-1 ラジオの経緯
(2)日本のラジオ放送開始と当時の
女性アナウンサーの役割
(3)民間放送開始とラジオ黄金期
(4)ラジオの衰退から復活へ
(5)ラジオ パーソナリティの誕生
(6)ラジオ パーソナリティの男性化
第 2 章では、ラジオの誕生からラジオ・パーソナリティの男性化について論じた。
1906 年にアメリカでラジオの実験放送がはじまった。1925 年には日本でラジオ放送が始
まり女性アナウンサーの活躍もあった。ラジオは大人気となったがテレビの登場で人気は
下がり始めると、ラジオ側はテレビ対策を立て始める。その結果、男性パーソナリティを
中心とする生・ワイド番組がラジオ放送の主役となっていく。
第 3 章 調査~ニュース、生・ワイド番組での女性の役割~
(1)ニュース調査
a 読み上げ量による比較
d ラジオニュースの調査の意義
(ⅰ)男女別読み上げ量の比較
(2)生・ワイド番組
(ⅱ)ニュース範疇別による読み上げ量の
a パーソナリティの男性化
比較
(ⅰ)「K ワイド」
b 番組構成
(ⅱ)「R アイランド」「Y ウォッチング」
(ⅰ)番組の進行
(ⅲ)「ニューシニアマガジンラジオ N」
(ⅱ)原稿の読み方
b 現実は・・・
(ⅲ)アナウンサー
c 女性パーソナリティの役割
c テレビとの比較
d生・ワイド番組と女性
(ⅰ) 特定営利活動法人青森県男女共同参
(3)ラジオのジェンダー
画研究所の調査との比較
~2 つの調査からわかること~
(ⅱ)1981 年 NHK『夜 7 時のニュース』と
の比較
おわりに
~ラジオにおける女性の役割と今後の展望~
第 3 章では、筆者が行った調査をもとに、ラジオにおける女性の役割について分析を
した。
(1)ニュース調査
実施した調査は 2 つある。まず 1 つ目は、「ニュースの送り手」についてである。
これまで、テレビニュースを対象とした調査はされてきたが、ラジオではその例は見ら
れない。この調査では、ラジオニュースでの女性アナウンサーと男性アナウンサーの役割
はどのようなものかを探った。
調査の対象とした番組は NHK 第 1 放送(1323kHz 福島)で毎週月曜日~金曜日の 19:00
から 19:45 に放送されている「NHK 今日のニュース」である。調査期間中、地方局を含め
男性アナウンサーが読み上げた量は、13,837 秒(230 分 37 秒)、女性アナウンサーは 8,562
秒(142 分 42 秒)であった。男性アナウンサーの声が女性アナウンサーの声を上回ってい
ることは明らかであり、その差は約 5000 秒もある。これは約2日分の男女合計読み上げ時
間に及ぶ値である。地方局を除いた値をみると、男性は 8,989 秒、女性は 7,185 秒で、そ
の差は 1,804 秒。
両者の読み上げ量からみた男性アナウンサーの割合は 61.8%、女性は 38.2%であった。放
送時間から見た割合は、表1の通りであるが、残りの 17.1%は、BGM や記者、気象予報士
のアナウンスが占めている。
一日の読み上げ量の平均時間は男性アナウンサーが約 1383 秒(23 分 3 秒)、女性アナウ
ンサーは約 856 秒(14 分 16 秒)であった。
読み上げるニュース範疇には違いが見られ、経済や政治などの硬派ニュースの読み手は
男性が中心であることがわかった。男性アナウンサーの主な担当分野を取り上げると、「経
済」(2783 秒)、「政治」(1710 秒)、「社会」(1388 秒)となっている。これは、地方局を除
いた男女合計読み上げ量の 36.4%を占めている。一方、女性アナウンサーは「経済」
(1797
秒)、「政治」
(1361 秒)、
「国際」(842 秒)であり、男女合計読み上げ量の 24.7%になる。
上位 2 つにいたっては、男女とも同じ範疇が位置しているものの、どちらも男性が上回っ
ていることがわかる。
また、番組の進行の仕方にいたっても、男女の役割が明確であった。これらの結果はこ
れまでのテレビでの調査結果の傾向と同じであった。たとえ、「声」だけのメディアであっ
ても、男女の差はリスナーに届いていたということになる。
ラジオニュース NHK2005
男性アナ
女性アナ
政治
1710 秒
1361 秒
国際
1005
842
経済
2783
1797
社会
1388
682
環境・災害
433
353
学校教育
90
45
科学・文化・芸術
383
423
スポーツ
957
819
家庭・暮らし
-
260
天気予報
-
224(1079*1)
アナウンス
240
379
地方局
4848
1377
13837 秒
8562 秒(*
は含まない)
1
*1気象予報士
(2)生・ワイド番組
2 つ目の調査は、
「生・ワイド番組における男女の役割」についてである。ラジオ復活のカ
ギともなり、現在も各放送局主流である生・ワイド番組で、女性はどのような役割を担って
いるのかを調査した。
調査の対象としたのは、地方ラジオ F 局(AM ラジオ)の番組で、男女ペアで番組が進行さ
れていくものを選定した。筆者が 2005 年 10 月 18 日、10 月 31 日に行った男性アナウンサ
ーA 氏へのインタビューと数回のスタジオ見学も参考にしている。
対象に選んだ 3 番組は、(ⅰ)K ワイド(ⅱ)R アイランド、Y ウォッチング(ⅲ)ニューシニ
アマガジンラジオ N である。どの番組も女性パーソナリティも起用されてはいるものの、
番組のメインとなるのは男性パーソナリティであり、番組タイトルに男性パーソナリティ
の名前が冠されていることからもパーソナリティの男性化が見られた。
しかし、A 氏はインタビューで、
「F 局において男女に役割の差はない」と強調している。
確かに、地方局は人手が足りず、スケジュール調整も大変でオールマイティーに仕事をこ
なしていく能力を必要としている。ニュース担当、バラエティー担当、天気予報担当、中
継担当・・・といった役割付けをしていては、とても放送が回らないため、どんな仕事もこな
せる人材が必要であると A アナウンサーは強調する。しかも、F 局では、放送業務以外にも
司会業やイベント、リスナーを連れての旅行など、幅広い活動をしている。アナウンサー
のスケジュール調整も難しく、どうしてもスケジュール作成担当でもある A アナウンサー
が犠牲者となるケースも多いようである。それほど、アナウンサー業務は忙しいというわ
けだ。
だが、現在放送されている番組は、男性パーソナリティがメインの番組が多いのが事実
なのである。
続いて、メインパーソナリティの相手役となる女性パーソナリティ、もしくは女性アナ
ウンサーがどのような存在であるのかにも注目していく。
今回女性アナウンサーへのインタビューはできなかったため、「メディアとジェンダー」
研究の中で唯一ラジオに焦点を当てて研究をしている北出真紀恵iの「ラジオにおける女性
パーソナリティの役割―女性パーソナリティへのインタビューから」(『マスコミ研究』61
号、日本マス・コミュニケーション学会)も参考に論を進めさせていただいた。
結論として、生・ワイド番組において女性パーソナリティもしくはアナウンサーの多くは、
メインパーソナリティを引き立てる「聞き役」であり、メインパーソナリティとリスナー
の間に立つ媒介役、またお世話役と言ってもいいのではないだろうか。F 局の(ⅱ)の番組は
まさにそうで、アナウンサーではない男性パーソナリティ、つまり、放送に関して勝手の
わからない相手のお世話をしながら、彼を引き下げるような発言は決してしない。なぜな
ら、その番組は、彼女以上の彼の知識やパーソナルな部分を売りにしているからである。
女性にとって開かれたフィールドと考えられてきたラジオの世界は確かに、テレビのよ
うに若さを売り物にしてしまうようなメディアではなく、音声のみのメディアであるから
テレビよりは活躍の場は広いのかもしれない。しかし、聞こえてくる放送の中のやりとり
や会話は決してそうではなく、むしろ、男性パーソナリティを相手にしかも引き立てるた
めには、女性らしさともいわれる「気遣い」や「聞き上手」という役目を果さなければな
らない。
今回インタビューに協力してくださった F 局の A アナウンサーが強調したのは、
「F 局は
男だから女だからって仕事を割り振らない」ということだったが、実際は生・ワイド番組の
中の看板番組の担当は男性であるし、番組中のニュースも男性が担当することが多い。当
事者たちは、仕事の割り振りについて意識をしたことはないかもしれないが、実際聞こえ
てくる放送には、どうしてもそれが現れてしまっている。ニュース調査でもそうであった
ように、キャリアの違いによって従属関係が生じてしまうという事実も忘れてはならない。
経験の浅いアナウンサーが実力をつけるためには、先輩アナウンサーの仕事に付いて経験
を積み、実力をつけなければならない。実際、半年ぐらい前までの「K ワイド」水曜日は B
アナウンサーと C アナウンサーが一緒に番組を担当していた。進行役は先輩の C アナウン
サー。B アナウンサーはまさに、アシスタントで相槌役兼聞き役であった。実はその時は、
「B アナが 1 人でできるようになったら 1 人でやってもらうii」という B アナウンサーの修
行期間であった。そして現在、水曜日は B アナウンサーが 1 人で、ゲストを迎えながら担
当をこなしている。今後 F 局をはじめ、ラジオ放送で期待されるのは、B アナウンサーにつ
づく看板番組を担う女性アナウンサー、パーソナリティの輩出であろう。
(3)ラジオのジェンダー~2 つの調査からわかること~
ニュース、生・ワイド番組いずれにせよ、他のメディアで指摘されているようなジェンダ
ー構造を番組内にみることができた。つまり、ラジオというメディアにも無視できない男
女の格差があるといえる。ラジオでのその格差は、読み上げ量や進行の仕方、読み上げ範
疇の違い、性別による「メイン」と「アシスタント」の決定、キャリア等に垣間見られる。
「声」の世界でも男性メインの番組が目立ち、女性は陰でそれを支える役割にあったこ
とはやはり性別の差によるものである。女性はその性別のためにおこる様々な障害、つま
りキャリアのつめない労働環境や処遇等のために、「声」の出番も制限されていることが 2
つの調査を通して明らかになった。
今回の調査を通じて、ラジオ放送はジェンダーの視点で見つめなおす必要があるという
ことがはっきりした。F 局ではラジオ放送以外にも多彩なイベントを催し、リスナーとの距
離を縮めアナウンサーやパーソナリティとリスナーが顔見知りであることも多々見受けら
れた。さらに我々の心に浸透してくる番組作りを目指していくメディアであるならば、番
組制作においてジェンダーの視点を意識した番組をラジオというメディアが先頭に立って
行っていって欲しい。
今回、筆者が行った調査はラジオにおけるジェンダー分析の序章に過ぎない。今後、ラ
ジオに焦点を当てたジェンダー研究が各地方のラジオ局を対象に研究されることを望む。
i
現在、東海学園大学人文学部講師。彼女自身ラジオ番組のアシスタントパーソナリティを
務めていたことがある。
ii A アナウンサーのインタビューより。