電子カルテ情報通信技術とデータの 洪水

時事
電子カルテ情報通信技術とデータの
洪水
府医ニュース 2014年6月4日 第2714号
日常診療に必要な所見の集約を
2003年度以降、経済産業省の地域連携型電子カルテ推進事業や、厚
生労働省の地域医療再生基金を活用した多くの情報連携が試みられた。
しかし多くの試行錯誤は、助成金終了後に実用化されることはなかった。一
方で、みやぎ医療福祉情報ネットワーク(宮城県)、あじさいネット(長崎
県)、柏プロジェクト(千葉県柏市)などは、公共性のある連携として、中規
模の運用実績を示しており、学ぶべき点は多い。また、同一医療経済圏で
は成功例も散見されるが、地域を越えた大規模プロジェクトはいまだ報告
がない。
このような実情から政府は、産業競争力会議において、医療の成長エン
ジンとして、「医療介護のICT(Information and Communication
Technology:情報通信技術)化」を積極的に進めようと議論している。①各
地で独自で行われている医療情報システムの標準化、②国民的理解を得
た後の医療情報への番号制度導入、③電子処方箋実現、④自治体条例の
整備――を経て、統一的なICT化を官製で進める。つまり行き着く先は、医
療情報連携の延長線上にある「医療の効率化」である。電子カルテは我々
の日常診療に深く関係し、また医師会の協力が得られることによってのみ、
全国的な地域医療ICT化が可能なため、大いに提言していかなければなら
ない領域である。
しかし、電子カルテの共有化により治療成績が向上したとか、費用対効果
が証明されたエビデンスは何ひとつ存在しない。欧米などでは検査項目や
処方箋に絞った大規模連携があるようだが、電子カルテ自体の共有が大
規模化した先例はない。実際我々が日常診療で感じている問題が、電子共
有化時に効率低下を起こすのである。
最近、ある患者の8年前の紙カルテを取り寄せる機会があった。その中の
診療情報提供書の情報が知りたかったのである。掌に載せた紙カルテをパ
ラパラとめくったが、情報を探し出すのに、ほんの数秒しかかからなかっ
た。紙カルテは鳥瞰視や情報場所把握では優位性を失っていない。ちょう
ど電子辞書と紙の辞書のような関係である。電子カルテの利便性は、その
情報量の豊富さであるが、多くの患者を診なければならない外来診療で
は、アダになる。他方、投薬は圧倒的に便利になった。これは諸外国でも、
また産業競争力会議でも、電子処方箋の共有化が最も実現性があるとさ
れている所以である。投薬数の多い処方箋でも、瞬時に「処方完了」とな
り、診療時間短縮に大いに貢献している。しかし簡単処方故に、投薬量が
多くなった弊害を生んできた。紙カルテの時代は、書き写すのが大変だった
こともあり、必要最低限の投薬に努めたものである。
更に膨大な画像蓄積数も、かえって診療を妨げることがある。主治医でな
ければ、目的画像の検出に皆目見当がつかず、時間を浪費する。紙カルテ
時代なら、貼り付けられた放射線科の所見の日付を見て、必要なフィルム
を取り寄せるというテクニックもあった。現在は、その放射線科の所見を探
すのにも苦労する。電子カルテの検査データの時系列やグラフを書かせる
機能は非常に良い。データ変化を視覚的に捉えることが可能である。とは
言え、主治医以外の医師にとっては画像と同様、膨大なデータの山にしか
見えないこともある。更に、病院では医療関係者全員が書き込むため、文
字量も多く重厚感が増す。特にコメディカルの方々は、熱心に記述されるこ
とが多く、希薄な医師の記述を探すのに苦労する。昔は一瞥で前回記述し
た内容が良く分かった。
電子カルテの共有化に際して、「データ」なのか、あるいは「疾患概念」を
共有するのかがあいまいなまま議論が進んでいる。我々が医療情報連携
を考えるとき、ビッグデータである電子カルテそのものを、直接電気的につ
ないでも、羅列された蓄積データのみ送られるところに問題がある。回線を
つないだ瞬間に文字の洪水に溺れてしまう。日常診療で重要なのは、患者
一人ひとり丁寧にまとめられたサマリーに記載された「疾患概念」であり、
巨大なデータの山ではないのだ。
ICT化では、疾患概念や投薬内容を伝達する小規模回線と、詳細な検討
ができる画像データや検査値データ等の大規模回線に分けるべきである。
普段は小規模回線だけで事足りると思われるのであるが、これでは紙ベー
スで行われるクリティカルパスやお薬手帳に他ならない。(晴)