ハーブブレンド剤摂取による 汎発性モルフェア様強皮症

ハーブブレンド剤摂取による
汎発性モルフェア様強皮症
浅野祐介、水川良子、塩原哲夫
杏林大学医学部皮膚科学教室
キーワード
危険度
レベル
コメント
1)症 状:皮膚硬化 , 間質性肺炎
2)健康食品:ハーブブレンド剤
判断基準Ⅰ:真正性 4
(医学的に推定)
緊急性
(重篤度)
4
(重大な症状)
重要性
(情報数)
1
(1~3)
判断基準Ⅱ:レベル5
(警告・禁止)
ハーブブレンド剤摂取を開始し、約一ヶ月後よ
り、頬部 , 躯幹 , 四肢にび慢性の色素沈着と境界明
瞭な皮膚硬化局面が出現した。間質性肺炎を併発
し、呼吸不全を呈するまで進行した。
症例報告
図 1 初診時皮膚所見
左写真:左右対称性に色素沈着とその周辺の発赤を認め
た。右写真:皮膚硬化局面の境界をマーキングした。
浅野祐介、水川良子、塩原哲夫:ハーブ類摂取の関与が
示唆された generalized morphea-like systemic clerosis
の 1 例、文献の要約および図 2a,b(p.504)、臨床皮膚、
59(6):503 ~ 506、2005
症 例
36 歳、男性
主 訴
顔面、躯幹、四肢の皮膚硬化
既往歴
輸血歴を含め特記事項なし
現病歴
半年前より両側の膝関節痛を自覚した。近医にて関節リウマチと診断され加療中に、躯幹四肢の皮膚硬化
局面を指摘された。他院にて全身性強皮症の診断で加療されるも皮膚硬化は改善せず、当院内科に紹介受診
となり、皮膚病変について当科依頼となった。なお、n - ヘキサン、トルエンなどの有機溶媒に暴露される機
会や職業歴及び、
屯用を含めた内服歴もなかった。詳細な問診の結果、
発症一ヶ月前より当院内科受診時まで、
健康食品としてハーブブレンド剤を摂取していた事が判明した。
現 症
頬部 , 躯幹 , 四肢に左右対称性に光沢を有するび慢性の色素沈着を認め、同部に一致して境界明瞭な皮膚硬
化を伴っていた(図 1)
。皮膚硬化局面及びその周辺はび慢性に発赤し、発赤部は dermography alba 陽性を
示した。両手指では浮腫性硬化を認めたが、明らかな関節の変形は見られず、関節痛は両膝のみに認められた。
検査所見
1)一般検査と病理所見:好中球優位の白血球の上昇(10300/ml)以外、末血・生化学所見に異常は見られ
なかった。IgG の高値(1813mg/ml)を認め、リウマトイド因子は RF 1314IU/ml、RAPA 2560 倍と高
値を呈していた。なお、抗核抗体、抗 Scl-70 抗体、抗セントロメア抗体、抗 RNP 抗体は陰性であった。
前胸部皮膚硬化局面の皮膚病理組織所見では、真皮全層にわたる膠原線維の増生と均質化とそれに伴う汗
腺・毛嚢などの皮膚付属器は圧排、狭小化が認められた。
2)画像所見:胸部 X 線・胸部 CT で下肺野の網状陰影・蜂窩肺影が認められた(図 2)
診 断
時間的な経過と典型的な臨床像・組織像よりハーブブレンド剤摂取による汎発性モルフェア様強皮症と診
断し、胸部 X 線・胸部 CT 所見から強皮症に伴う肺線維症の合併を考えた。
ハーブブレンド剤中止の上、プ
レドニゾロン(PSL)10mg/ 日及
びシクロスポリン(CyA)75mg/
日を行うも、間質性肺炎の急性増
悪に伴う呼吸不全を呈したため、
対応と治療 ステロイドミニパルスを行った
(メチルプレドニン 250mg/ 日×
3日間)
。その後 PSL 80mg/ 日・
CyA 150mg/ 日にて加療を続けた
ところ、呼吸不全は改善し、皮膚
硬化も徐々に軽快した。
図 2 初診時胸部 CT 所見:全肺野の蜂窩肺像
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解 説
考 察
本症例では、発症の約 1 ヶ月前よりガラナ・ネットル・エルダベリー・ペリラシードの 5 種類のハーブの
ブレンド剤摂取歴があることが判明した。残念ながら、以上 5 種類のハーブを含めハーブ類摂取に関連して
出現した強皮症の報告は、調べ得た範囲では確認できず、因果関係を明らかにすることは困難である。しか
し、
ハーブ類と線維化の関連は、
Vanherweghem らが報告した間質性腎症(Chinese herb nephropathy)や、
竹下らが発表した間質性肺炎など、他臓器では多くの報告がなされている。いずれも全身性強皮症の一連の
病態として生じる疾患であることを考えると、ハーブ類(植物抽出物)摂取により皮膚でもこうした線維化
が生じる可能性が示唆される。
またハーブ類そのものが線維化を生ずるという可能性の他に、ハーブブレンド剤に含まれていた不純物が
線維化を起こした可能性も考えられる。過去に報告されている Eosinophilia-myalgia syndrome(EMS)や
Toxic oil syndrome(TOS)のように、健康食品中に混じた不純物によって生じた皮膚の硬化例は広く知ら
れており、本症例でも同様の機序により発症に関与した可能性も否定できない。
強皮症における線維化は、血管内皮細胞の障害に始まるとされており、障害された血管内皮細胞、及び修
復過程で浸潤した血小板・リンパ球・単球などが放出する種々のサイトカインのうち、特に血管内皮細胞及
び血小板が産生する transforming growth factor-b(TGF-b)と線維化の関連が強く示唆されている。先に述
べたように、ある種の植物抽出物あるいはそれに含まれる不純物は、腎臓や肺における血管内皮細胞を傷害
し、線維化を来すと考えられており、同様の機序が皮膚の血管内皮細胞に生じれば、皮膚の硬化を来すこと
は十分に考えられる。
参考文献
1) Yamakage A、Ishikawa H:Generalized morphea-like scleroderma occurring in people exposed to organic solvents、
Dermatologica、165:186 ~ 193、1982
2)
浅野祐介、水川良子、塩原哲夫:ハーブ類摂取の関与が示唆された generalized morphea-like systemic clerosis の 1 例、臨床皮膚、
59 (6):503 ~ 506、2005
3)
Vanherweghem JL, Depierreux M, Tielemans C, Abramowicz D, Dratwa M, Jadoul M, Richard C, Vandervelde D, Verbeelen D,
Vanhaelen-Fastre R, et al.:Rapidly progressive interstitial renal fibrosis in young women: association with slimming regimen
including Chinese herbs、Lancet、341: 387 ~ 391、1993
4)
Korn JH:Immunologic aspects of scleroderma、Curr Opin Rheumatol、3:947 ~ 952、1991
安全性と健康障害(副作用、有害反応)
強皮症に用いられている健康食品・サプリメント、原材料・素材・関与成分には、DMSO(diemethyl sulfoxide)、EDTA、
γ - リ ノ レ ン 酸、PABA(para-aminobenzoic aid) が あ る。 し か し、 い ず れ も「 有 効 で な い こ と が 示 唆 さ れ て い る(possibly
ineffective)」と評価されている。
2%あるいは 70% DMSO が強皮症の局所的治療に利用されたが、開放性潰瘍に有効であったという報告もあれば、無効であった
という報告もある。EDTA を経静脈投与しても、効果が認められなかった。disodium EDTA が有益であるという逸話があるが、
臨床試験では否定されている。γ - リノレン酸を経口投与されたが、強皮症の症状は改善されなかったという報告がある。米国の
FDA は、PABA を強皮症の治療薬として承認しているが、強皮症の症状を改善しないという RCT は、いくつかある。
50% DMSO 溶液を間質性膀胱炎患者の膀胱内注入は、
「おそらく安全であると思われる(likely safe)
」と評価されている。
EDTA は、通常の食品を摂取している場合でも、経静脈、筋肉内注射の場合でも、米国では GRAS(generally recognized as
safe)とされている。γ - リノレン酸は関節リウマチには 1.1g /日、糖尿病性神経障害 360 ~ 380mg /日、高脂血症 1.5 ~ 6g /日
使用されているが、2.8g /日、1 年間の投与で安全であったことから「安全であることが示唆されている(possibly safe)」と評価
されている。PABA は、1%~ 15%のものが局所的に使用されているが、
「おそらく安全であると思われる」と評価されている。
ガラナ(guarana)は、局所的に使用されていると「おそらく安全であると思われる」
。ガラナエキスには、
カフェイン、
テオブロミン、
テオフィリン等が含まれているので、主としてカフェインによる副作用、医薬品等との相互作用が認められる。
ネットル(nettle、stinging nettle。イラクサ)は、関節炎、変形性関節症に対して局所的に用いられるが、強皮症には用いられ
ていないようである。新鮮なネットルの葉は、局所的に使用すると、発疹、瘙痒、刺痛(stinging)を起こす。
エルダベリー(elderberry。セイヨウニワトコ)は、
エキスとして経口的に摂取されていると、
「安全であることが示唆されている」
が、調理されていない果実は、吐き気、嘔吐、下痢を起こすので、
「安全でないことが示唆されている(possibly unsafe)
」とされている。
また、免疫抑制薬を干渉する可能性がある。american elder の花は、米国では GRAS(generally recognized as safe)とされている
が、葉、茎、未熟の果実には、シアソ産生配糖体が含まれているので「安全でないことが示唆されている」と評価されている。また、
動物実験で、CYP3A4 の酵素活性を阻害することが観察されている。
ペリラシードに関する科学的根拠は不十分である。
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