災害時の住民支援のプラットフォームの現状と課題

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第 66 回大会予稿集
災害時の住民支援のプラットフォームの現状と課題
Current Situation and Problems of ICT-based Platform
for Residents Support at the Time of Disaster
兵庫県立大学 有馬 昌宏・上野 卓哉・有馬 典孝
University of Hyogo Masahiro ARIMA, Takuya Ueno and Michitaka Arima
1.はじめに
当て、ICT を活用するためのプラットフォームにな
災害大国と言われるわが国においては、地震・津
りうると考えられる現状の情報システムについて検
波や風水害などの大規模な自然災害が多発し、これ
討し、それぞれの問題・課題を明らかにして、これ
らの自然災害の発生時にいかに住民の生命を守るか、
からの情報提供プラットフォームを構築・運用して
そして発災後の住民の避難活動をいかに支援し、安
いくためには、何が必要なのかを検討する。
否確認をいかに行うかが課題となっている。1923 年
の関東大震災において住民へのリアルタイムの情報
提供の必要が認識されてラジオ放送が 1925 年に開
2.災害時の住民支援のための情報
中村[1]は、災害の進行過程を時間的に区分して、
始されて以来、災害時の情報発信や情報伝達に情報
何も起きていない「平常期」
、災害の前兆が現れてく
通信技術(ICT)が利用されてきている。ところが、
る「警戒期」
、災害が生じつつある「発災期」
、最初
ICT が発展・普及し、携帯電話及び PHS の加入契
の危機が一段落した「復旧・復興期」に分類し、情
約数は総務省調査で 2012 年 12 月には 1 億 3,836.3
報活動を行う主体を基礎自治体などの防災を担当す
万加入で全人口を上回り、
インターネットの利用に
る組織と住民に分けて、それぞれのフェーズで必要
ついては人口普及率が 79.1%に達しており(総務省
な情報を整理している。その上で、
「なかでも情報が
通信利用動向調査)
、情報通信基盤が確立され、放送
重要な役割を果たすのは、警戒期と発災期である。
と通信が融合し、情報通信機器が普及してインター
とくに期待されるのは、第一に避難に役立つことで
ネットを介してリアルタイムに様々な情報が取得で
ある。避難には災害因に関する情報、予報や警報、
きる社会となっているにもかかわらず、2011 年3月
避難勧告の伝達などが必要となる。第二に救援に役
11 日に発生した東日本大震災は、ICT を活用した災
立つことだ。効果的な救援活動には被害情報や他機
害時の住民支援が不十分であり、災害時の住民支援
関と情報を交換し活動調整をする必要がある。第三
のためのプラットフォームが構築されていないため
に安否情報を伝えることで住民の安心に役立つこと
に、住民の避難や安否確認に必要なデータが迅速か
である。
」として警戒期と発災期の情報活動の重要性
つ正確に収集されず、収集されたデータも適切に情
を指摘している。しかし、中村[1]が示した情報を
報へと変換されず、情報の流通や提供も遅れて、住
必要とする主体の分類には、災害時に情報の収集や
民の避難活動や救援活動、そして住民間の安否確認
伝達という活動を担う主体である企業や教育機関と
に大きな課題が存在することを示したと言える。
いう組織がカバーされていないという欠点が存在し
本稿では、以上の認識に基づき、災害時の住民向
ている。発災の曜日と時間帯にもよるが、発災が平
けの避難・救援・安否確認の各行動の支援に焦点を
日の昼間であれば、住民の多くは行政区域を超えた
表1 災害の時間的経過区分と主体別に必要となる情報
災害の時間的
平常期
経過区分
対策・目的 予防対策
住民
啓発情報
必
要
被害想定、避難マニュア
企業・学校
な
ル、BCP(BCM)
情
報
被害想定、地域防災計
画、災害対応マニュア
自治体
ル、自治体BCP(ICTBCPを含む)
警戒期
発災期
復旧・復興期
準備
予警報、災害因、避難準
備情報・避難勧告・避難
指示
応急対応
復旧・復興対策
災害因、避難勧告・避難
指示、被害情報、安否
生活情報、行政の災害
対応、災害・事故続報
予警報、災害因、要員招
集、従業員・児童・生徒・
学生の所在把握と帰宅/
待機指示
被害情報の収集・伝達、
要員招集、従業員・児
童・生徒・学生の安否、
家族への連絡
ライフライン等の復旧情
報、再建に向けての支援
情報、災害・事故続報
災害因、被害予測、要員
招集
被害情報の収集・伝達、
要員招集、職員の安否、
他機関への応援要請、
他機関との活動調整
ライフライン等の復旧情
報、対応策の広報
(出典)中村[1]、p.109 をもとに筆者が企業・学校の分類を追加して作成。
表2 災害に関連して伝達される主な情報とメディア
情報
メディア
避難関連
情報
市町村防災行政無線(同報系)、J-ALERT、テレビ(ワンセグ、データ放送)、ラジオ、CATV、コミュニ
ティFM、緊急警報放送、緊急告知FMラジオ、サイレン、半鐘、拡声器、口頭、緊急地震速報受信装
置、エリアメール・緊急速報メール、情報共有データベース(公共情報コモンズ)、SNS(ツイッター、
フェイスブックなど)
住
民
に
必 生活情報
要
な
情 安否情報
報
組
織
に
必
要
な
情
報
行政広報紙、ホームページ、ミニコミ紙、CATV、コミュニティFM、テレビ(ワンセグ、データ放送)、ラジ
オ、SNS(ツイッター、フェイスブックなど)
固定電話、携帯電話、携帯メール、電子メール、災害用伝言ダイヤル、J-anpi(災害用伝言板)、デー
タベース(国、自治体)、安否情報システム、新聞、テレビ、ラジオ、SNS(ツイッター、フェイスブックな
ど)、Googleパーソンファインダー
事前啓発
情報
ハザードマップ(紙、ホームページ)、避難マップ、防災マップ、行政広報紙、ダイレクトメール、表示
板、避難誘導標識、石碑、ホームページ、テレビ、口頭、防災集会、防災訓練
被害情報
119番通報、携帯電話、固定電話、防災行政無線、消防救急無線、地域防災無線、MCA無線、衛星
携帯電話、災害時優先電話、ファクシミリ、地域公共ネットワーク(当道府県情報ハイウェイ等)、ヘリコ
プターテレビ伝送システム、各種観測網、テレビ、テレビ電話、携帯メール、動画共有サービス(ユー
チューブなど)
職員招集・
携帯メール、携帯電話・スマートフォン専用ウェブサイト
安否
ライフライ
ン情報
固定電話、地域防災無線
(出典)中村[2]、p.86 をもとに筆者が加筆して作成。
通学・通勤先や商店・病院などの出先に滞在してい
3.警戒期の予警報等の伝達
る可能性が高い。その場合は、滞在先の組織から避
警戒期には、住民へ予警報を確実に伝達し、避難
難情報が提供され、滞在先を通じて救援要請や安否
行動が必要な住民に避難準備情報・避難勧告・避難
情報の連絡が行われることになる。そこで、情報活
指示を発令・伝達して避難行動を喚起することが求
動を行う主体として企業・教育機関という組織を追
められる。
加して中村[1]の整理した表を再編集したものを表
予警報や避難準備情報・避難勧告・避難指示につ
1に示す。表1に示した情報を必要なタイミングで
いては、テレビ・ラジオの放送系メディアで伝達さ
必要な主体に適切なメディアを通じて確実に伝達し
れることが多いが、2010 年5月 27 日から気象庁か
ていくことが災害情報プラットフォームには求めら
らの気象警報・注意報が市町村単位で発表されるよ
れ、住民や組織はそれらの情報に基づいて適切に意
うになり、避難準備情報・避難勧告・避難指示も市
思決定をして行動することが求められることになる。
区町村によって発令されるので、放送エリアと伝達
対象地域との間に乖離が生じるし、住民が放送を受
表3 安否情報の種類
定して送信することや、待機状態の受信機を起動さ
物的被 避難先
害情報
情報
g
i
h
j
(出典)中村[2]
せる緊急警報放送や緊急告知 FM ラジオにより、放
際に救助活動が可能なのは、近隣の無事であった住
送を受信していない時間帯でも緊急情報の伝達が可
民あるいは勤労者・学生となる。このため、地域の
能になってきている。
自治会・町内会・町会・建物の区分所有等に関する
信していない場合には情報は伝達されないという問
題が存在していた。しかし、データ放送で地域を限
個人
集団
死亡/負
傷情報
a
b
無事
情報
c
d
連絡
依頼
e
f
また、特に一刻を争う情報である地震に関連する
法律(区分所有法)に基づく管理組合や自主防災組
警報・速報の伝達に関しては、緊急警報放送や緊急
織や事業所・学校等が負傷者等を救助する共助シス
告知 FM ラジオの他に、全国瞬時警報システム(通
テムが必要となる。このためには、平時の隣保協同
称 J-ALERT)や緊急地震速報受信装置を通じて受
関係の構築が重要であるが、隣保協同関係を築けて
信でき、さらに防災行政無線(同報系)やエリアメ
いない住民や訪問者の救援を支援する情報システム
ール・緊急速報メールなどの対象地域を限定した携
の検討・構築も考えておく必要がある。
帯メールなどの通信系メディアによっても伝達でき
一方、安否情報は、中村[2]によれば、
「災害の被
るシステムが構築され、緊急情報の有効な伝達手段
害を受けている可能性が想定される個人または集団
として認識され、利用されるようになってきている。
について、無事であるか否(怪我あるいは死亡)か
さらに、災害に関連して地域でさまざまな情報が
に関する情報」であり、表3のように分類され、a
さまざまな主体から発信されるが、これらの情報を
から f までが安否情報、g から j までは安否関連情報
誰もがどこでも迅速に受信できるように災害情報等
で、a から j までが広義の安否情報であり、a と b の
の授受を共通化する仕組みとして、①情報の収集・
死亡負傷情報は被害情報として比較的伝わりやすい
配信等の機能、②データの入出力方式を同じにする
が、c と d の無事情報はなかなか伝わりにくい面が
機能、を有する災害情報基盤システムのコンセプト
あるとされている。
が総務省から「安心・安全公共コモンズ」として提
安否確認の手段としては、固定電話あるいは携帯
示され、実証実験を経て、一般財団法人マルチメデ
電話が最も手近な手段であるが、広域大規模災害時
ィア振興センターにより「公共情報コモンズ」とし
には、輻輳や停電や基地局の被災や携帯電話のバッ
て 2011 年6月 13 日より運用が開始され、いくつか
テリー切れなどで繋がらなくなってしまう。そのた
の自治体で導入が始まっている。
めに通信事業者が提供しているシステムが、NTT 東
日本と NTT 西日本が運用する「災害用伝言ダイヤ
4.発災期の救援要請と安否確認
ル」
および「災害用ブロードバンド伝言板(web171)
」
、
被災地では、発災で死亡する住民、負傷や倒壊建
携帯事業者5社が提供している「携帯・PHS 災害用
物への閉じ込めなどで救援を必要とする住民、病院
伝言板サービス」であり、
「携帯・PHS 災害用伝言
等に収容されて治療を受ける住民、無事で自宅ある
板サービス」は 2010 年 3 月 1 日より会社一括検索
いは通勤・通学先等の出先にとどまる住民、無事で
サービスが始まって安否情報を一括検索できるよう
避難所に入所する住民が生まれる。また、被災地外
になり、2012 年 8 月 30 日からは「携帯・PHS 災害
の住民にとっては、被災地内にいる家族・親戚・友
伝言板サービス」と「災害用ブロードバンド伝言板」
人・知人の安否の確認が喫緊の切実な問題となる。
に全社一括検索の機能が追加され、2012 年 10 月 1
負傷や倒壊建物への閉じ込めで救援を必要とする
日からは「J-anpi~安否情報まとめて検索~」共同
場合、平時には 119 番通報で救急車両が出動してく
サイトとして提供が開始され、2013 年4月1日から
れるが、特に大規模広域災害の場合には、通報の殺
は、3都市町、1大学、1商工会議所、1企業が連
到や輻輳で 119 番通報は機能しなくなる。また、実
携することになり、自治体のまとめる避難者名簿、
大学の学生の安否情報、商工会議所が持つ会員企業
ンダーは、発災から1ヶ月で 60 万人を超える避難
の従業員・家族の安否情報なども一括で検索できる
者の登録があり、ランダムアクセスによる検索が難
ようになり、テキスト情報(100 文字まで)が電話
しい放送系メディアの日本放送協会や活字系メディ
番号または氏名によって検索できるプラットフォー
アの毎日新聞と朝日新聞も安否情報をパーソンファ
ムとして連携の範囲を拡大しようとしている。また、
インダーに提供することになり、Google パーソンフ
大学や小・中・高校ではそれぞれが独自の安否確認
ァインダーは安否確認のデファクトのプラットフォ
システムを導入しているが、安否確認システムを整
ームとして認知され、機能するようになった。
備している大学が3分の1程度の中で、大学 ICT 推
進協議会(AXIES)は大規模災害やパンデミック発
5.おわりに-プラットフォームの課題-
生時に学生や職員への緊急連絡や安否確認が可能な
本稿では、警戒期と発災期の住民支援のための情
システムを 2013 年度に共同開発・運用していくこ
報プラットフォームの現状を紹介してきたが、これ
とを明らかにしている。一方、民間企業では、企業
らのシステムにはいくつかの課題がある。特に、安
単体あるいは商工会議所・商工会単位で安否確認シ
否確認では、機微情報を含む個人情報をどの範囲で
ステムの導入が進められており、一般社団法人日本
いつまで社会情報として検索の対象として提供する
経済団体連合会が 2011 年 10 月4日から 11 月 11 日
かの基準が明確にされていないこと、企業や学校な
にかけて、会員企業 1,300 社を対象に実施した調査
どの法人向け安否確認システムや災害時要援護者名
(回答社数は 403 社(回答率約 31%)
)では、56%
簿などでカバーされていない災害弱者や孤立しがち
の企業が安否確認システムを導入しているとしてお
な単身者の安否をどのように確認するかということ、
り、今後、企業や学校で安否確認システムが導入さ
安否の精度をあげるためのデータ品質をどのように
れて連携が広がっていくと、 J-anpi で安否がカバ
確保するかということ、などが大きな課題である。
ーされる住民数は増えていくものと期待される。
これらの課題の解決に向けて、安否データの入力媒
なお、東日本大震災では、
「災害用伝言ダイアル」
体として普及・携行率が高い携帯電話・スマートフ
と「携帯・PHS 災害用伝言板サービス」で、2つの
ォンの利用、住民基本台帳番号や社会保障・税番号
登録件数は初日の3月 11 日だけで 200 万件超(
「伝
制度によるマイナンバーの ID としての利用、個人
言ダイアル」が 367,500、
「伝言板」が 1,720,000)
、
情報の入力方法としての QR コードの利用、そして
3日目の 13 日でも 80 万件弱(
「伝言ダイアル」が
国民保護法に基づき総務省消防局により整備・運用
525,800、
「伝言板」が 240,600)の利用があり、1
されている「安否情報システム」の災害時の利用な
ヶ月の延件数は600 万
(
「伝言ダイアル」
が 2,726,300、
どが可能になると、安否確認のためのプラットフォ
「伝言板」が 3,462,000)を超えており、この登録
ームの構築が可能となるのではないかと考えられる。
数の多さは、災害に遭ったら安否を連絡する前にま
ず自分の無事を登録するという意識の浸透が進んだ
ものと考えられている(村上[3])
。また、輻輳に有
効なパケット通信を利用する「災害用音声お届けサ
ービス」が 2012 年3月1日から開始され、2013 年
4月1日からは携帯電話事業者4社間での相互利用
が可能となっている。
ところで、東日本大震災では Twitter などの SNS
(Social Networking Service)が注目を集めたが、
避難所に掲示された入所者の名簿をデジタル化して
検索できるシステムである Google パーソンファイ
謝辞
本研究は、平成 24 年度~平成 26 年度科学研究費補
助金(C)
「自治体からの効果的防災情報発信と自主防
災組織の機能化に関する研究」
(課題番号:24530417)
の一環として行われているものである。
参考文献
[1] 中村功,
「災害情報とメディア」
,
『災害社会学入門』
(大矢根淳他編)
,弘文堂,pp.108-113,2007.
[2] 中村功,
「災害情報の伝達と受容」
,
『災害情報論入
門』
(田中淳・吉井博明編)
,弘文堂,pp.86-116,2008.
[3] 村上圭子,
「東日本大震災・安否情報システムの展
開とその課題」,『NHK 放送文化研究所年報 2012』,
pp.334-349,2012