感染制御 ここが知りたい!

第1
特集
感染制御
ここが知りたい!
◉プランナー
坂本 史衣 SAKAMOTO Fumie(聖路加国際病院)
感染症はあらゆる病棟で生じる危
険性があり,ときに大規模な拡大をま
ねきます.これらは初期対策・予防が
重要視されるため,病棟を管理する看
護師に期待されることは多くありま
す.
一方で,強力なエビデンスで支持さ
れる感染予防策は多くありません.そ
こで本特集では,現在得られているエ
ビデンスに臨床知を加え,最善と思わ
れる感染予防策について解説します.
※本特集のなかで紹介している「関連文献」の「ガイドライン」とエビデンスの関連については,第 2 特集「現場で活かすガイ
ドライン──より有効なケアをめざして」を参照.
第1
感染制御 ここが知りたい!
特集
感染予防に関する近年の考え方と
エビデンス
坂本史衣 SAKAMOTO Fumie(聖路加国際病院)
感染制御から感染予防へ
多剤耐性アシネトバクター,インフルエンザの集団発生など,医療関連感染に関
するニュースは後をたたない.マスコミのセンセーショナルな報道のしかたも手伝
って,これらの「事件」が起きた特定の病院を非難する声も聞こえてくる.しかし,
高齢者や重症患者など,もともと感染リスクが高い患者が多く利用する医療機関に
おいて,医療関連感染を根絶することは,現実的には不可能である.
一方で,近年,アメリカから医療関連感染に対するゼロトレランス(不寛容)と
いう考え方が発信された.これは「医療関連感染は起きてもしかたがないもの」と
受身的に捉えることをやめ,
(現実には 0〈ゼロ〉にできないものの)1 例の発生も
許すことなく,0 に近づける積極的な姿勢への転換を表す言葉として使われている.
これを受けて,従来の感染制御または管理( infection control )という言葉も,感
染予防( infectionprevention )に置き換わった.
発生率 0 に向けた取り組み
医療関連感染のうち,一部の医療器具・手技関連感染症は,有効な予防策を一度
に複数,しかも確実に実施することで,発生率 0 を達成できる可能性が高いと考え
られている.これを実証したのが,アメリカ・ミシガン州にある 108 の ICU が参
加した「キーストーン ICU プロジェクト( KIP )」である.これらの ICU では,カ
テーテル関連血流感染( catheter-related bloodstream infection:CRBSI )を予防
するために,システマティックレビューなどのエビデンスレベルの高い研究で有効
性が支持される 5 つの予防策(表 1 )を,確実に実施するという取り組みを行った.
表 1 の ①〜④ については,中心ライン挿入時にチェックリストを用いて確認し,
実施されなかった場合は,緊急時を除き,実施されるまで手技を中断した.また,
毎日の回診時に中心ラインの必要性について検討を行い,CRBSI 発生率は定期的
に ICU のスタッフにフィードバックした.その結果,CRBSI 発生率中央値は介入
前には 2.7(対 1,000 カテーテル使用日数)であったが,介入開始 3 カ月後には 0 と
なり,その状態は 36 カ月後まで維持された 1,2 ).
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表 1 KIP で実施された中心ライン*バンドル
①手指衛生
②挿入時のフルバリアプリコーション
③クロルヘキシジンによる皮膚消毒
④可能な限り大腿静脈へのカテーテル挿入を回避
⑤不要なカテーテルの抜去
*
:先端が大血管内または右心房近くにあるカテーテル.
ケアバンドルの実践と日常の疑問に対する具体策
表 1 のようなエビデンスレベルの高い複数の感染予防策は,アメリカでは「 care
bundle(ケアバンドル)」
,イギリスでは「 high-impactinterventions(複数の効果
的介入)」とよばれる.bundle を直訳すれば「束」という意味である.エビデンス
レベルの高い感染予防策は単独で実施するよりも,文字通り bundle=束にし,チ
ェックリストを用いて毎回確実に実施することが,より高い感染予防効果につなが
ると考えられており,欧米を中心に近年のトレンドとなっている.今後は,日本国
内でも実践する医療機関が増えると予想される.
一方で,bundle のように強力なエビデンスで支持される感染予防策の数は,実
はあまり多くはない.臨床現場で生じる感染予防に関するさまざまな疑問の多く
は,ガイドラインで言及すらされず,質の高い臨床研究が行われていないものが多
い.そのような疑問については,感染予防の専門家が,文献検索の結果や感染予防
に関する知識を応用して,
「こうすれば理論的におそらく正しい」という具体策を
導き出す必要がある.
本特集で取りあげる 5 つの疑問
本特集では,臨床現場の看護師がおそらくこれまでに一度は感じたことがあるで
あろう感染予防に関する 5 つの疑問を取りあげた.
1 )ガウン vs エプロン──接触予防策にはどちらが必要?
直接または間接接触で伝播する多剤耐性菌などの微生物を保菌していたり,感染
症を起こしていたりする患者には,標準予防策に加えて接触予防策を実施する.ガ
イドライン上,接触予防策では「エプロンまたはガウン」
,あるいは「ガウン」を着
用することが推奨されるが,エプロンの有用性やガウンとの使い分けについての評
価はほとんど行われていない.腕を被わないエプロンを使うことに問題はないの
か,またどのように使い分ければよいのだろうか?
2 )腕時計や指輪は感染リスクになる?
指輪の装着を禁止している病院は比較的多いと思われるが,最近では手指衛生を
妨げるという理由で腕時計の装着も禁じる病院が増えているようだ.しかし,指輪
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感染制御 ここが知りたい!
特集
や腕時計の装着にはどの程度の感染リスクがあるのだろうか?
3 )入院患者が結核を発病した場合,陰圧室がない病院ではどうすればいい?
結核病床のない病院で活動性結核患者が発生した場合,原則として結核病床のあ
る病院に転院する必要があるものの,合併症などの理由からすぐに転院できないと
きには待機する必要がある.陰圧空調の個室がない病院では,どのように空気感染
予防策を実施すれば結核感染のリスクを最小限に抑えられるのだろうか?
4 )病院環境表面はノロウイルスの伝播に関与している?
冬季に流行するノロウイルス感染症.患者の接触や便・吐物により汚染された環
境表面が,ノロウイルスの伝播に関与する可能性はあるのだろうか? また,それ
らの環境面はどのように管理(清掃,消毒)すればよいのだろうか?
5 )インフルエンザの予防接種は本当に有効?
インフルエンザワクチンを接種すると,医療従事者,妊婦・授乳中の女性,高齢
者にとって,どのような利益があるのだろうか?
執筆者はいずれも感染予防の専門家として著名な方である.これらの疑問のなか
には,回答の根拠となりうる質の高いエビデンスが限られているものもあり,関連
文献から得られた情報に,各執筆者の専門知識や経験を加味して,最善と考えられ
る回答をしていただいた.臨床現場での感染予防の実践に活用していただければ幸
いである.
◉ REFERENCES
1)
Pronovost P, Needham D, Berenholtz S, et al.:An intervention to decrease catheter-related
bloodstreaminfectionsintheICU.NEnglJMed2006;355:2725-2732.
2)
PronovostPJ,GoeschelCA,ColantuoniE,etal.:SustainingreductionsincatheterrelatedbloodstreaminfectionsinMichiganintensivecareunits:observationalstudy.BMJ2010;340:c309.
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特集
ガウンvsエプロン
─接触予防策にはどちらが必要?
工藤友子 KUDO Tomoko(静岡県立静岡がんセンター)
Answer
接触予防策を実施する際には,患者との接触の度合いに応じ
て,ガウン(袖つきの隔離用ガウン)かエプロンかを選択する.
関連文献
(総説)
Health Protection Scotland. Transmission Based Precautions-Literature ReviewsGowns
versus aprons(http://www.documents.hps.scot.nhs.uk/hai/infection-control/transmissionbased-precautions/literature-reviews/mic-lr-gowns-2008-04.pdf).
接触予防策におけるガウン装着の意義
アメリカ疾病管理予防センター( Centers for Disease
汚染が拡大する可能性が示唆された3 ).
Control and Prevention:CDC )の隔離予防策のためのガ
ガウンの種類による予防効果の違い▶血液や体液,病原体
イドライン1 )では,血液や体液による汚染を予防するため
に対するガウンの種類による予防効果の違いについて検
のガウン装着が規定されている.ガウンの装着は,環境表
討した報告では,液体防護性の高いガウンではより汚染
面からの汚染予防も含め有効な管理方法であるとされる
予防効果が高いと報告されている4 ).また,ディスポー
が,ガウンそのものについての検討は十分でない.本レビ
ザブルのガウンと再利用可能なガウンの汚染予防効果の
ューでは,接触予防策におけるガウン装着の意義を,ガウ
違いについてはまだ明らかではなく,それぞれの使用状
ンの種類や使用方法の側面から検討した.
況におけるリスクを加味したうえで選択する必要があ
ガウン装着による感染予防▶メチリシン耐性黄色ブドウ球
る5 ).
菌( Methicillin-resistant Staphylococcus aureus:
ガウン使用による経済効果▶アメリカの検討では,ガウン
MRSA )の拡大について,ガウン装着を含めた接触予防
を使用すると初期費用が高いものの,使用することによ
策を実施した群とガウンは装着せずにアルコール擦式消
り VRE の院内感染率が低下し,最終的にはコスト削減
毒薬による手指衛生を徹底した群とで比較した研究で
になると報告されている6 ).
は,両群の MRSA 検出率に有意差は認められなかった
ガウンとエプロンの比較▶今のところ,ガウンがエプロン
が,ガウン装着群で MRSA の拡大が抑えられる傾向が
よりも感染予防が高いとする報告はなく,エプロンの代
認められた2 ).また,ICU 内におけるバンコマイシン耐
わりにガウンを積極的に使用すべきだというエビデンス
性腸球菌( vancomycin - resistant Enterococcus :
は存在しない.ただし,血液や体液といった汚染源への
VRE )の拡大について,ガウンと手袋を装着した群と手
曝露が高い環境下や,小児科など,患者と接触の多いケ
袋のみ装着した群で比較したところ,手袋のみ装着した
アを必要とする場面ではガウンの使用が推奨される.
群ではガウンと手袋を装着した群に比べ,環境表面への
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解説
接触予防策では,微生物の交差感染を予防
するために,ガウンと手袋の装着を規定して
り( p<0.01 ),ガウン装着は VRE 拡大防止に有効である
と報告している3 ).同様に Srinivasan らの検討では,
いる.Grant らは,MRSA の拡大について,ガウン装着
VRE 陽性率は,ガウン装着群が 1.8 件/100 日,非装着群
を行う接触予防策とガウン装着をしない手指衛生とを比較
が 3.78 件/100 日であり( p=0.04 ),ガウン装着の効果
した.両群の MRSA 陽性率に有意差は認められなかった
が示唆されると報告している8 ).
ものの,ガウン装着群で MRSA の拡大抑制の傾向が認め
このように,現状で明らかになっているエビデンスで
られたと報告している2 ).しかし, MRSA 感染予防対策
は,対象となる微生物によりガウン装着の効果はについて
における,ガウン装着の効果はまだ明らかでない7 ).
一定の見解は得られていないうえ,エプロンとガウンの比
一方,VRE 拡大防止対策としてのガウンの装着に防止
較についてのエビデンスは存在しない.そのため,実臨床
効果があったとする研究がいくつかある.Puzniak らは, におけるエプロンとガウンの選択は,それぞれの状況に応
ICU 内における VRE の拡大防止対策においてガウン装着
じて行う必要がある.本稿では,接触予防策におけるガウ
の有効性を検討したところ, VRE 陽性率は,ガウン装着
ン・エプロン装着の意義を再確認し,その選択のポイント
群が 9.1 件/1,000 日,非装着群が 19.6 件/1,000 日であ
について解説する.
臨床での活用にあたって
接触予防策が必要な患者の病室に入る際,なぜガウン
やエプロンを装着する必要があるのですか?
接触予防策が必要な患者の病室の環境表面は,患者が保有している MRSA や VRE などの
微生物で高頻度に汚染されている.Boyce らは,MRSA 患者 38 例のリネンや病室の環境表面
350 カ所を細菌培養した結果,MRSA 汚染は病室の床,患者の使用しているリネン,患者が
装着している寝衣,オーバーテーブル,血圧計のカフ,サイドレール,浴室のドアノブ,輸液
ポンプのボタン,部屋のドアノブの順に多かったと報告している9 ).また,Zachary らは,
VRE 患者のケアに使用した手袋とガウン,聴診器の汚染を調べたところ,手袋の 63 %,ガウ
ンの 37 %,聴診器の 31 %に汚染が認められたと報告している10 ).
このように,接触予防策が必要な患者の病室の環境表面は,患者の保有している微生物で高
頻度に汚染されており,これは患者ケアの際に使用したガウンも同様である.もしガウンまた
はエプロンを装着せずに入室した場合,汚染された患者の環境表面に不用意に触れ,白衣など
が汚染される可能性があり,汚染された白衣のまま,ほかの患者のケアなどを実施すれば,微
生物の拡散につながる.そのため,接触予防策の必要な患者の病室に入る際には,ガウンまた
はエプロンを装着しなければならない.
どのような素材のガウンやエプロンを使用すればよい
のですか?
ガウンには,再利用可能な布製やポリエステル製,ディスポーザブルの不織布(ポリプロピ
レン)やプラスチック(ポリエチレン)製など,さまざまな素材の製品が販売されている.一方,
エプロンはディスポーザブルのプラスチック(ポリエチレン)製の製品が主流である.
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第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
ガウンやエプロンは,素材により防御効果が異なる.素材の違いによるガウンの性能を比較
した研究では,高い液体防護性(撥水性)と生地の孔が小さい素材のほうが,MRSA などの微
生物に対してのバリア効果が高いと報告されている4 ).したがって防御効果を高めるには,撥
水効果が高く,非透過性の素材を選択する必要がある.
ガウンやエプロンは,患者のケアごとに使い捨てにす
べきですか?
接触予防策実施時に装着したガウンやエプロンの表面は,微生物で汚染されている.また,
Leonas らは,ガウンの種類による予防効果の違いについて検討し,種類によっては,ガウン
の表面に接種した MRSA と VRE の菌株が,接種 30 分後には裏面に浸透したと報告してい
る4 ).
したがって,汚染されたガウンやエプロンを複数回使用すれば,装着した人がガウンやエプ
ロンなどに付着している微生物で汚染される可能性があるのみならず,微生物拡散の原因とな
る.これでは,本来のガウンやエプロン装着の目的を達成できないばかりか,かえって逆効果
になる.
また,Puzniak らは,VRE 感染予防対策におけるガウン装着の効果を経済的側面から検討
し,ガウンを使用すると初期費用は高いものの,使用することにより VRE の院内感染率が低
下し,最終的にはコスト削減になると報告している6 ).
以上のことから,ガウンやエプロン装着の目的を考えると,目先のコスト増にとらわれず,
ガウンやエプロンは 1 回ごとに使い捨てにする必要がある.
接触予防策では,ガウンとエプロンのどちらを装着す
ればよいのですか?
接触予防策が必要な多剤耐性菌対策におけるガウン装着の効果を検討した研究は多数存在す
るが,現在のところ,エプロン装着の効果を検討した研究や,ガウンとエプロンの効果を比較
した研究はない.
CDC の隔離予防策のためのガイドラインでは,標準予防策および感染経路別予防策におい
て,血液や体液,その他の感染性物質から医療従事者の露出した腕や衣類を守るためのガウン
装着を規定しており,装着するガウンの種類は,予測される感染性物質への接触の程度や量な
どにより選択するとしている1 ).ガウンは,腕や襟ぐりなど顔面以外の体のほとんどの部分を
保護できるという利点はあるが,着脱に時間を要する,価格が比較的高いという欠点がある.
一方,エプロンは,ガウンに比べ着脱が容易で簡便であり,価格も安価であるという利点はあ
るが,腕や襟ぐりなどを保護できない欠点がある.
接触予防策では,病室へ入室時はガウン装着をし,退室時にはガウンを脱ぐ必要がある.臨
床現場において,接触予防策が必要な患者の部屋への入室時に毎回ガウンを装着することは,
着脱にかかる時間や,コストの側面から現実的ではない.そこで,患者や患者の環境表面との
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接触が体幹に限定できると予想される場面ではエプロンを装着し,一方で,患者を抱き抱える
など,患者との接触が白衣の袖や露出している腕まで及ぶと予想される場面ではガウンを装着
するとよい.
まとめ
▶ 接触予防策においては,微生物の拡散を予防するために,ガウンまたはエプロンを装着
する
▶ ガウンやエプロンには,撥水効果が高く,非透過性の素材を選択する
▶ 接触予防策に使用するガウンやエプロンは,ディスポーザブル製品を用い,1 回ごとに
使い捨てとする
▶ 接触予防策実施時には,患者との接触の度合いに応じて,ガウンかエプロンかを選択す
る
◉ REFERENCES
1 SiegelJD,RhinehartE,JacksonM,etal.:2007GuidelineforIsolationPrecaution:PreventingTransmissionofInfectiousAgentsinHealthcareSettings.AmJInfectControl2007;35:S65-164.
2 GrantJ,Ramman-HaddedL,DendukuriN,etal.:TheroleofgownsinpreventiongnosocomialtransmissionofmethicillinresistantStapylococcusaureus(MRSA)
:gownuseinMRSAcontrol.InfectControlHospEpidemiol2006;27:191-194.
3 PuzniakLA,LeetT,MayfieldJ,etal.:Togownornottogown:theeffectonacquisitionofvancomycin-resistant
enterococci.ClinInfectDis2002;35:18-25.
4 Leonas KK, Jinkins RS:The relationship of selected fabric characteristics and thebarrier effectiveness of surgical
gownfabrics.AmJInfectControl1997;2516-23.
5 GranzowJW,SmithJW,NicholsRL,etal.:Evaluationoftheprotectivevalueofhospitalgownsagainstbloodstrikethroughandmethicillin-resistantStaphylococcusaureuspenetration.AmJInfectControl1998;26:85-93.
6 PuzniakLA,GillespieKN,LeetT,etal.:Acost-benefitanalysisofgownuseincontrollingvancomycin-resistantEnterococcustransmission:isitworththeprice?InfectControlHospEpidemiol2004;25:418-424.
7 AlcaldeJL,ConternoLO:Gloves,gownsandmasksforreducingthetransmissionofmeticillin-resistantstaphylococcusaureus(MRSA)inthehospitalsetting.
(Protocol)Cochrane Database of Systematic Reviews 2008, Issue 2. Art. No.:
CD007087.DOI:10.1002/14651858.CD007087.
8 SrinivasanA,SongX,RossT,etal.:Aprospectivestudytodeterminewhethercovergownsinadditiontogloves
decreasenosocomialtransmissionofvancomycin-resistantenterococciinanintensivecareunit.InfectControlHosp
Epidemiol2002;23:424-428.
9 BoyceJM,Potter-BynoeG,ChenevertC,etal.:EnvironmentalContaminationduetomethicillin-resistantStapylococcusaureus:possibleinfectioncontrolimplications.InfectControlHospEpidemiol1997;18:622-667.
10 ZacharyKC,BaynePS,MorrisonVJ,etal.:Contaminationofgowns,gloves,andstethoscopeswithvancomycin-resistanatenterococci.InfectControlHospEpidemiol2001;22:560-564.
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感染制御 ここが知りたい!
特集
腕時計や指輪は感染リスクになる?
坂木晴世 SAKAKI Haruyo(国立病院機構西埼玉中央病院)
Answer
腕時計や指輪を装着した医療従事者からケアを受けると感染
率が高くなるというエビデンスはない.しかし,腕時計や指輪
を装着した手指では微生物の定着が増加することは明らかで,
潜在的な感染リスクを高めると考えられる.したがって,腕時
計や指輪は可能な限り装着しないほうがよい.
関連文献
(論文)
Jeans AR, et al.:Wristwatch use and hospital-acquired infection. J Hosp Infect 2010;74:
16-21.
腕時計の使用と病院感染の関係
交差感染であることが知られている.一方,指輪の装着
は手の保菌率を増加させることが知られているものの,
腕時計の装着の影響については明確でない.本研究で
は,医療従事者における腕時計の装着が Staphylococ-
cus aureus などの細菌の保菌率にどのような影響を与
えるかを検討した.
研究デザイン▶イギリスの 1 施設における横断コホート研究
対象・方法▶本研究は連続した 2 つの横断的コホート試
験により行われた.両試験ともに,対象はイギリスの教
検出率(%)
目的▶病院感染の主な感染源は,医療従事者の手を介した
14
12
10
8
6
4
2
0
腕時計装着者
非装着者
装着側
の手指
反対側
の手指
装着側
の手首
反対側
の手首
図 1 腕時計を操作してはずした後の S.aureus 検出率
育病院において患者に直接接触する医療従事者で,試験
1 では,腕時計装着者( 52 例)と非装着者( 48 例)にお
【試験 2 】腕時計装着者の手指と手首は非装着者に比べ,
いて,まず両手指のサンプリングを行った後,引き続き
左右ともに細菌のコロニー数が有意に多かった( p <
腕時計バンドを装着した手首部分(非装着者は同じ手首
0.001 ).また,腕時計をはずした手指からの S. aureus
部分)をサンプリングし,細菌検査を実施した.試験 2
の検出率は,非装着者の手指に比べ高い傾向が認められ
では,腕時計装着者( 85 例)と非装着者( 70 例)にお
た( 10.6 % vs 1.4 %).なお,腕時計装着者の手首か
いて,腕時計をはずした直後に,両手指および手首のサ
らの S. aureus の検出率は,非装着者の手首に比べて有
ンプリングを行い,細菌検査を実施した.
意に高かった( 12.9 % vs 0 %,p < 0.003 )
(図 1 ).
結果▶【試験 1 】手指からの S. aureus 検出率は腕時計装
結論▶これらの結果より,腕時計装着による手首の細菌汚
着者で 25 %,非装着者で 22.9 %だったが,いずれの
染増大の可能性が示唆された.しかしながら,腕時計を
群も手首からは検出されなかった.腕時計を装着した手
はずすなどの操作をしない限り,手指の細菌汚染の有意
首の細菌のコロニー数は,非装着者の手首に比べ,有意
な拡大は認められなかったことから,腕時計の使用に関
に多かった( p < 0.001 ).
する感染予防策について,今後の検討が待たれる.
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解説
本研究では,腕時計装着が医療従事者の手
指と手首における細菌の定着率を高めるかに
操作によって手首の細菌が手指に伝播した可能性が考えら
れる.手指衛生を行う際,腕時計を装着している場合は,
ついて 2 つのグループで検討している.両グループとも
いったん腕時計をはずして手首まで行うことが推奨されて
に腕時計を装着した手首の細菌数は有意に多かった.これ
いるが3 ),手指衛生を行った後に腕時計を装着すると再び
は,指輪やつけ爪などの装飾品の装着が微生物汚染を増大
手指が汚染する可能性があるということは理論的に考えら
させるという先行研究と同様の結果である1, 2 ).本研究で
れる.
興味深い結果は,サンプリング手順の違いによる手指の細
本研究の結果は,腕時計装着が直接的な感染リスクにな
菌数である.2 つの試験の結果を比較すると,試験 1 では
るということを示すものではない.しかし,手指の微生物
両手指の細菌コロニー数に有意差はなかったが,試験 2
汚染の増大は,潜在的な感染リスクを高めると考えられ
では腕時計装着者の手指は非装着者よりも細菌コロニー数
る.したがって,腕時計は可能な限り装着しないほうがよ
が有意に多かった.この結果から,腕時計をはずすという
いだろう.
臨床での活用にあたって
指輪の装着は感染リスクになりますか?
腕時計と同様に,指輪を装着している手指には微生物の定着が多いことが報告されてい
る2,4 ).Trick らは,勤務時間外に指輪を装着していても勤務中ははずしている医療従事者と,
普段から指輪をしていない医療従事者では,手指の微生物汚染は同等であったと報告してい
る5 ).また,指輪による皮膚のトラブルが微生物の定着を促進させたというより,指と指輪が
密着している状態が微生物の温床となったのであろうと述べている.ただし,指輪も腕時計と
同様に,装着することで微生物が患者へより多く伝播するかどうかは明らかになっていない.
一方で,手指衛生後の手指における微生物のコロニー数を指輪装着の有無別に比較した研究
では,2 群間に有意な差はなかったと報告している4 ).
したがって,リスクを低減するために勤務中は指輪を装着しないことが推奨されるが,適切
な手指衛生を行えば指輪をしない状態と同じ程度に手指汚染を除去することは可能であると考
えられる.
つけ爪は感染リスクになりますか?
つけ爪は手指の汚染を増大させることが明らかとなっている1,6 ).つけ爪をしている医療従
事者は,微生物定着の割合が有意に高く,石鹸と流水あるいはアルコールジェルで手指衛生を
行った後も,除菌率が低い1 ).また,つけ爪は手指に装着する装飾品類のなかで,唯一,感染
のリスク因子であったことが特定されている6-8 ).したがって,医療従事者は勤務中につけ爪
をするべきではない.
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第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
爪の長さはどのくらいが適切なのですか?
アメリカ疾病管理予防センター( CentersforDiseaseControlandPrevention:CDC )は,
手指衛生のガイドラインにおいて爪の先端を 1/4 インチ( 6.35 mm )未満に保つようカテゴリ
ーⅡ*のレベルで推奨している3 ).しかし,2 mm 以上の爪でも微生物の種類とコロニー数の
増加に関連があったという報告もある2 ).また,実際に 6.35 mm という爪の長さは臨床でケ
アを行う医療従事者にとってはかなり長く感じるのではないだろうか.
微生物汚染のリスクを考慮した具体的な爪の長さは明らかとなっていないが,手術時に手指
消毒を行った後では,爪の長さと細菌のコロニー数に相関はなかったと報告されていることか
ら9 ),爪は長くなりすぎないように配慮し,爪の間はていねいに手指衛生を行う必要があるだ
ろう.
*
CDC はガイドライン中の勧告レベルを,既存の科学的データ,理論的基盤,応用可能性,経済的な影響に基づいてカテゴリーⅠA,ⅠB,ⅠC,
Ⅱ,未解決問題に分類している.カテゴリーⅡとは,示唆に富む臨床研究,疫学研究,理論的根拠により推奨される事項である.
マニキュアは感染予防のためには塗らないほうがよい
のですか?
短い健康な爪に塗られたマニキュアは微生物汚染の増大とは関連しない.しかし,マニキュ
アがはがれてくると,爪上の微生物数が増加する可能性が指摘されている9,10 ).これはマニキ
ュアがはがれてくると爪の上に段差を生じ,手指衛生において洗い残しや擦り込み残しが生じ
る可能性が高くなるためと考えられる.
まとめ
▶ 腕時計や指輪などの装飾品の装着が感染リスクになるという明確な結論は出ていない
が,装着すると手指の微生物定着が高頻度に生じる可能性がある
▶ 手指衛生の平均遵守率が約 40 %という現状を考慮すれば 3 ),手指の微生物汚染は少な
いほうが感染リスクは低減するだろう
▶ つけ爪は感染の原因となる可能性が報告されており,医療従事者は装着すべきでない
▶ 腕時計や指輪の装着を禁止することが感染率を下げるかどうかは今後の研究が待たれる
ものの,現時点では,手指に微生物の定着を増大させる装飾品は可能な限り避けるべき
である
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
23
◉ REFERENCES
1 McNeilSA,FosterCL,HedderwickSA,etal.:Effectofhandcleansingwithantimicrobialsoaporaalcohol-based
gelonmicrobialcolonizationofartificialfingernailswornbyhealthcareworkers.ClinInfectDis2001;21:367-372.
2 RuppME,FizgeraldT,PuumalaS,etal.:Prospective,controlled,cross-overtrialofalcohol-basedhandgelincriticalcareunits.InfectControlHospEpidemiol2008;29:8-15.
3 Boyce JM, Pittet D.:Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee;HICPAC/SHEA/APIC/IDSA
HandHygieneTaskForce.GuidelineforHandHygieneinHealth-CareSettings.RecommendationsoftheHealthcare Infection Control Practices Advisory Committee and the HIPAC/SHEA/APIC/IDSA Hand Hygiene Task
Force.AmJInfectControl2002;30:S1-46.
4 SalisburyDM,HutfilzP,TreenLM,etal.:Theeffectofringsonmicrobialloadofhealthcareworkers'hands.AmJ
InfectControl1997;25:24-27.
5 TrickWE,VernonMO,HayesRA,etal.:Impactofringwearingonhandcontaminationandcomparisonofhand
hygieneagentsinahospital.ClinInfectDis2003;36:1383-1390.
6 MoolenaarRL,CrutcherJM,SanJoaquinVH,etal.:AprolongedoutbreakofPseudomonasaeruginosainaneonatal
intensive care unit:did staff fingernails play a role in disease transmission? Infect Control Hosp Epidemiol 2000;
21:80-85.
7 ParryMF,GrantB,YuknaM,etal.:Candidaosteomyelitisanddiskitisafterspinalsurgery:anoutbreakthatimplicatesartificialnailuse.ClinInfectDis2001;32:352-357.
8 FocaM,JakobK,WhittierS,etal.:EndemicPseudomonasaeruginosainfectioninaneonatalintensivecareunit.N
EnglJMed2000;43:695-700.
9 Wynd CA, Samstag DE, Lapp AM.:Bacterial carriage on the fingernails of OR nurses. AORN J 1994;60:796,
799-805.
10 BaumgardnerCA,MaragosCS,WalzJ,etal.:Effectsofnailpolishonmicrobialgrowthoffingernails.Dispellingsacredcows.AORNJ1993;58:84-88.
24
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第1
感染制御 ここが知りたい!
特集
入院患者が結核を発病した場合,
陰圧室がない病院ではどうすればいい?
阿部亜矢子 ABE Ayako(秋田社会保険病院)
Answer
結核病床を有する施設へ転院するまでの間,原則として一般
的な個室に収容し,定期的に換気を行う.
関連文献
(ガイドライン)
Granich R, et al.:WHO Guidelines for the prevention of tuberculosis in health care facilities in resource-limited settings.
一般的な(結核病床のない)医療施設における結核感染予防ガイドライン
一医療施設においては,結核感染予防のために陰圧室な
気扇などの排気口により排出する.換気は 1 時間に数
どを常時設置することは難しいため,実施可能な結核感染
回行うことが好ましい.なお,空気の流れは,部屋を横
予防法を構築する必要がある.本ガイドラインでは,一般
切るように(窓と窓,窓と扉など)設定し,また,結核
的な医療施設を対象に,管理体制・環境管理・呼吸器保護
菌に汚染された排気が再度室内に取り込まれることのな
の観点から結核感染予防法を紹介している.本抄録では,
環境管理の側面から結核感染予防について紹介する.
いよう配慮する.
オープンな環境下での対応▶待合室,喀痰採取室,診察室,
環境調整のポイント▶結核感染予防において最も重要な視
病棟など,オープンな環境下においては,建物の外側に
点は,環境中の結核菌の除去/希釈である.自然換気の
接する開放部(窓)だけを開け,空気が建物外部に流れ
ほか,窓側に設置した換気扇・排気システムを用いて病
るよう調整する.天井でファンを回す場合でも,空気の
室や病棟の陰圧化を行う(図 1 ).さらに,高価ではあ
入れ替えを促進するために窓は開けたままとする.
る が 可 能 で あ れ ば , H E PA
( high efficiency particulate
air )フィルターや紫外線照射装
置を用いた殺菌・除菌システム
を用いることも効果的である.
自然換気▶一般的な医療施設の病
空調設備
気流の
排気
気流の
給気
棟や病室においては,患者の体
調や気候が許せば窓を開放し,
扉
建物の開口部を通じて,空気が
気流
流れるよう配慮する.
ベッド
機械換気▶最も重要なことは,常
ベッド
ベッド
ベッド
ベッド
時,新鮮な空気を室内に取り込
み,室外に排出するしくみを設
けることである.空調もしくは
扉の下から空気を取り込み,換
図 1 陰圧室
※図に描かれている曲線は,患者のベッドを横切り室内片側奥から排気する気流を示して
いる.
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
25
世界保健機関( World Health Organiza-
本ガイドラインでは,陰圧室などの設置が困難な医療施設
tion:WHO )は,1990 年代,開発途上国に
において,いかにして空気感染予防策を実践するかを,主
おける結核の発生の多さを危惧していた.さらに設備や費
に管理体制,環境管理,呼吸器保護の 3 つの視点から述
用などの医療資源も限られている開発途上国では,結核感
べている.
解説
染予防策が十分ではなく,医療施設内における医療従事者
日本と開発途上国では,衛生環境,設備,費用など,さ
の結核感染についてもいくつかの報告がなされている.つ
まざまな点で異なるため,本ガイドラインをそのまま日本
まり,結核感染を減少させるためにシンプルでかつ安価に
の医療現場に適用することは難しいが,結核病床のない一
行える結核感染予防策が必要とされていた.
般病院でも,ときに結核患者が発生することがあり,参考
そこで WHO は,1999 年に一般的な(結核病床のない)
になる点が多い.本稿では主に環境管理を中心に述べる.
医療施設における結核感染予防ガイドラインを発表した.
臨床での活用にあたって
一般的な個室を陰圧室にすることは可能ですか?
陰圧室とは,病室内の空気が廊下側に流出しないよう,廊下よりも病室内の気圧を低くしてあ
る部屋をいう.通常,廊下の気圧に対して,持続的陰圧( 2.5 Pa,0.01 インチ水位計)が維持され
るものであり1 ),設置には高額な費用がかかるうえ,定期的なメンテナンスが必要である.実際
には施設の構造や費用の面から,一般的な個室をこのような陰圧室にすることは容易ではない.
本ガイドラインでは,空気を空調設備から取り込み,一方向に流れをつくって建物外部に排
気させる簡易的な陰圧室について記している.さらに,安価で実現可能な代替法として,換気
扇を設置し,室内の空気を流動させ,外部に排気する方法についても述べている.つまり,病
室の換気扇が建物外部に直接通じているのであれば,室内の空気を直接外部に排気することは
可能である.
一般的な個室で行う結核感染予防で重要なことは何で
すか?
結核の感染性は,空気中に排出される菌数によって左右される.そのため,換気は病室内の
結核菌の密度を低下させるために非常に重要である.一般的な個室において実現可能な換気方
法は,窓を開放し,建物外部に直接排気する方法である.
本ガイドラインでは,病室の両側の開放された窓を通して空気を出入りさせる自然換気の方
法について述べている.
ただし,日本の医療施設の構造から考えると,病室の両側に窓があることは少なく,たとえ
あったとしても,この方法で換気することは病室外部に結核菌を飛散させてしまうため,ほか
の患者や医療従事者への感染リスクを高めることとなり,避けなければならない.実際には,
建物外部に通じる片側の窓を開け,結核菌に汚染された空気が廊下やほかの病室に漏れないよ
うに廊下側の窓や扉は常時閉鎖し,廊下側の通気口も閉鎖する.また,循環型の換気扇や空調
26
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
設備は停止して換気することも重要である.さらに,結核菌によって汚染された排気が再度建
物内に流入しないように,隣接する病室の窓が閉められているかも確認する.
換気はどの程度行ったらよいのですか? 回数の目安
はありますか?
CDC( Centers for Disease Control and Prevention:米国疾病管理予防センター)ガイド
ライン1 )では,1 時間あたりの換気回数を少なくとも 6 回以上,可能なら 12 回以上行うこと
を推奨している(表 1 )
.これを参考に患者の状態と天候に配慮しながら,換気を行う.
表 1 1 時間あたりの換気回数と室内空気中の汚染粒子を除去するのに必要な時間
除去に必要な時間(分)
1時間あたりの
換気回数
99 %除去
99.9 %除去
除去に必要な時間(分)
1時間あたりの
換気回数
99 %除去
99.9 %除去
2
138
207
12
23
35
4
69
104
15
18
28
6
46
69
20
14
21
8
35
52
50
6
8
10
28
41
(JensenPA,LambertLA,IademarcoMF,etal.:Guidelinesforpreventingthetransmissionofmycobacteriumtuberculosisinhealth-caresettings,2005.MMWRRecommRep2005;54(RR17)
:1-141.より)
紫外線の照射は結核菌の殺菌に効果がありますか?
本ガイドラインでは,紫外線照射装置の使用は,陰圧室の設置などが困難な医療施設におい
ては,比較的安価で効果のある代替法であると述べられている.通常,紫外線による殺菌は,
波長が 253.7 nm の紫外線を対象物へ照射する.細菌やウイルスなどに対して短時間で効果が
期待できるものの,人体の皮膚や目などに照射されると毒性があるため,慎重に使用する必要
がある1 ).
また,紫外線ランプの品質劣化により効果は急激に低下するため,メンテナンスが重要であ
る.これらのことから,紫外線照射装置の使用は,性能について十分理解し,使用方法を熟知
したうえで,あくまで補助的な手段として考える必要があるだろう.
HEPA フィルターは活用できますか?
粒径が 0.3μm の粒子に対して,99.97 %以上の粒子捕集効率をもつフィルターを HEPA フ
ィルターという.結核菌を含む粒子は 5μm ほどであるため,HEPA フィルターは病室内の空
気中に含まれる結核菌を減少させる効果があり2 ),個室において十分な換気を得られない場合
の補助的な手段として活用することができる.
本ガイドラインでも HEPA フィルターは,機械的換気を必要とするエリアにおいて,紫外
線照射装置の容易な代替法であるとしているが,感染制御に関する検討は十分でない2 ).
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
27
HEPA フィルターには,床に置くタイプや天井設置型,可動型がある.可動型は,家具やそ
のほか室内の設備により機能が不安定となる.一般病院でも可動型の HEPA フィルターを保
有している施設がある.一般的な個室で使用する場合は配置に留意し,適切な維持管理を行う.
まとめ
▶ 原則として,結核患者は個室に収容し,定期的に換気を行う
▶ 換気回数は,少なくとも 1 時間に 6 回以上,可能なら 12 回以上とし,建物外部に直接
排気する
▶ HEPA フィルターは適切な配置や維持管理を行い活用する
▶ 紫外線は人体への毒性があるため,紫外線照射装置はあくまで補助的な手段として使用
する
◉ REFERENCES
1 JensenP,LambertLA,IademarcoMF,etal.:GuidelinesforpreventingthetransmissionofMycobacteriumtuberculosisinhealth-caresettings,2005.MMWRRecommrep2005;54(RR17)
:1-141.
2 HinmanAR,HughesJM,RosenstockL.:GuidelineforpreventingthetransmissionofMycobacteriumtuberculosis
inhealth-carefacilities,1994.MMWRRecommrep1994;43(RR13)
:1-141.
3 森 亨:小児結核及び多剤耐性結核菌の予防,診断,治療における技術開発に関する研究 結核患者収容のための施設
基準算定に関する研究.平成 17 年厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)分担研究報告書.2005.
4 Sehulster L, Chinn RYW.:CDC;HICPAC:Guidelines for environmental infection control in health-care facilities,
2003. Recommendations of CDC and the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee. MMWR Recommrep2003;52(RR10)
:1-230.
28
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第1
感染制御 ここが知りたい!
特集
病院環境表面はノロウイルスの
伝播に関与している?
島崎 豊 SHIMAZAKI Yutaka(海南病院)
Answer
病院環境表面のノロウイルスは 21~28 日間生存し,そこに
触れた手を介して伝播する.
関連文献
(総論的論文)
Weber DJ, et al.:Role of hospital surfaces in the transmission of emerging health care-associated pathogens:Norovirus, Clostridium difficile, and Acinetobacter species. Am J Infect Control 2010;38:S25-33.
新興医療関連病原体の伝播における病院環境表面の影響
医療関連感染( HAI )の 20∼40 %は医療従事者が環境
表面に触れて媒介した交差感染が原因である.本論文で
は, HAI の原因として重要なノロウイルス,クロストリ
ジウム・ディフィシル,アシネトバクター属の特徴・疫学
表 1 新興医療関連病原体の伝播における病院環境汚
染の根拠(ノロウイルス)
ノロ
ウイルス
特徴
および環境表面を介した伝播の予防についてまとめられて
環境下で長期生存が可能
○
いる.なお,本抄録ではノロウイルスに関して紹介する
患者の病室において高頻度に環境汚染が認められる
○
環境汚染がアウトブレイクの原因となる
-
(表 1 ).
特徴・疫学▶ノロウイルスはカリシウイルス科のウイルス
で,ノロウイルス感染症は嘔吐と下痢を主徴とし,幼児
や高齢者などでは罹患率,死亡率が上昇する.主に,患
者やウイルスに汚染された環境表面に触れた手で食物な
どを扱い,ウイルスを経口摂取することにより感染す
る.一部,吐瀉物のエアロゾル化により,環境表面の汚
染や吸入感染が起こることもある.ただし培養ができな
いため,ウイルスの詳細な特徴はまだ明らかではない.
環境における生存▶ノロウイルスは環境表面のほか,生牡
医療従事者の手の汚染から起こる
-
医療従事者の手を介した病原体の伝播がヒトを対象
とした研究で確認されている
○
環境汚染のレベルは医療従事者の手の汚染頻度と関
連する
-
環境汚染頻度は患者感染頻度と関連する
-
患者が使用した病室への入室は定着/感染リスクと
関連する
-
清掃頻度を高めることが院内感染率を低下させる
-
蠣などの食品においてみられ,零下∼60 ℃でも生存が
可能である.ノロウイルスの代替ウイルスであるネコカ
すい.最も汚染がひどい環境表面は便器であり,ドアノ
リシウイルスでの検討では,乾燥した室温下では 21∼
ブや電話の受話器を介した指の汚染が主な感染源とする
28 日間生存すると報告されている.また,パソコンの
報告もある.特に,アウトブレイク発生時には環境表面
キーボードやマウス,電話のボタンや受話器などでも数
時間∼数日の生存が可能である.
の汚染を介した広い伝播が認められている.
環境表面を介した感染の予防▶一般的な予防法はすべての
院内感染と環境表面の影響▶ノロウイルスは病院内では患
患者に対する標準予防策の実施であり,ノロウイルス感
者の病室などの環境表面の汚染を介して感染が広がりや
染の疑いがある患者に対しては接触予防策も実施し,ト
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
29
イレは患者専用とするなど配慮する.手指衛生について
塩には効果がない),ドアノブや電気のスイッチなどの
はアルコールによる擦り込み式手指消毒薬よりも,水と
高頻度接触部位はシフトごとなど頻回に,病室内は 24
石鹸もしくはクロルヘキシジンなどの消毒薬を用いた手
時間ごとに清掃する.また,嘔吐や下痢のある患者の病
洗いのほうが効果は高い.また手洗いは 1 分以上行う
室を清掃する者はマスクの装着を行い,エアロゾルの吸
ことが効果的であるという報告もある.環境表面の消毒
入を予防するとよい.
は次亜塩素酸を用い(アルコールや第四級アンモニウム
解説
本論文では,ノロウイルスの特徴・疫学・
環境表面を介した予防については,アメリカ疾病管理予
環境表面を介した伝播の予防策についてさ
防センター( Centers for Disease Control and Preven-
まざまな論文を用いながら報告している.
tion:CDC )隔離予防策のガイドライン 2007 6 )では,患
ノロウイルスの代替ウイルスであるネコカリシウイルス
者のきわめて近くにある物の表面(ベッド柵,オーバーベ
での検討では,乾燥した室温下では 21∼28 日間生存する
ッドテーブル)を含む,病原体に汚染される可能性のある
ことを述べている.またパソコンのキーボードやマウス, 表面と,患者のケアを行う環境で頻回に接触する表面(ド
電話のボタンや受話器などでも数時間∼数日の生存が可能
1)
アノブ,病室のトイレの表面と周り)を,そのほかの環境
表面(待合室の水平な表面)よりも頻回かつ計画的に清拭・
である .
ベッドサイドや病室には埃が血液や排泄物で汚染され
洗浄し,消毒するように勧告している(カテゴリー IB ).
て,感染源となる.特に下痢が生じるようなウイルス性胃
また,嘔吐や下痢のある患者の病室を清掃する者はマスク
腸炎(ノロウイルス)に罹患している患者については,患
の装着を行い,エアロゾルの吸入を予防することも重要で
者周囲の環境から同様の微生物が検出されることを多くの
ある6 ).
論文を用いて明らかにしている2-5 ).
臨床での活用にあたって
環境表面の消毒に使用する消毒薬は何がよいのです
か?
患者ケアを行う環境を汚染する可能性が非常に高い病原体に対しては,アメリカ環境保護局
( Environmental Protection Agency:EPA )に登録された殺微生物効果(塩素漂白剤)のあ
6)
る消毒薬を用いて,メーカーの指示にしたがって使用する(カテゴリー IB/IC )
.
日本では,ノロウイルスに対して 0.02 %次亜塩素酸ナトリウムを用いて消毒する方法が一
般的である.
環境表面全体を消毒する必要はありますか?
床や壁などのノンクリティカルな環境表面は,HAI の伝播にはほとんど関与していないた
め,床を消毒薬で消毒した場合と,洗浄薬で洗浄した場合には HAI の発生率に差は認められ
ていない6 ).
ただし,高頻度接触部位(ベッド柵,オーバーベッドテーブル,スイッチ類,ドアノブなど)
は,0.02 %次亜塩素酸ナトリウムを使用して,定期的に消毒するのが望ましい.
30
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
環境表面に付着した吐物に対して,直接消毒をしても
いいですか?
吐物などに対して直接消毒を行っても,吐物の中まで消毒することはできない.CDC は,
「殺菌薬の最大のパフォーマンスを得るためには,きれいな表面に用いられなければならな
い」7 )と勧告している.したがって,吐物などで汚染された環境表面は,吐物を清拭除去した
後に 0.02 %次亜塩素酸ナトリウムで消毒する.
次亜塩素酸ナトリウムをかけて消毒した後は,そのま
まにしておいていいですか?
次亜塩素酸ナトリウムによる消毒は,消毒した部位の材質によっては劣化することも危惧さ
れるため,消毒薬をかけて 10〜20 分後に消毒薬を水拭して除去する必要がある.
ノロウイルスに有効な手指消毒薬はありますか?
アルコールベースの手指消毒薬はこれまでノロウイルスに無効であるとされてきたが,近年
になり,消毒用アルコールに有機酸(リン酸・乳酸・クエン酸)と亜鉛などを添加して,ノロ
ウイルスの代替ウイルスであるネコカリシウイルスに有効性が認められる手指消毒薬も販売さ
れているので,活用するとよい.
消毒をすれば環境表面を無菌化することはできますか?
環境表面を消毒すると,一時的に微生物の数は減少するが,患者ケアを行う環境表面は患者
の存在や医療従事者の入室などによって微生物の数は増加する.環境表面を無菌化するために
は頻回な消毒が必要となり,現実的には困難である.また,マンパワーと経済性も考慮するこ
とが必要である.
環境表面を無菌化することよりも,標準予防策や接触予防策を遵守することが最も重要な感
染対策である.
まとめ
▶ ノロウイルスは,乾燥した室温下の環境表面に 21~28 日間生存する
▶ 汚染された環境表面に触れた手が感染源となりうる
▶ 環境表面の清掃を行い,高頻度接触部位は次亜塩素酸ナトリウムで消毒する
▶ 環境表面を無菌化することは不可能なため,標準予防策や接触予防策を遵守することが
最も重要である
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
31
◉ REFERENCES
1 ClayS,MaherchandaniS,MalikYS,etal.:Survivalonuncommonfomitesoffelinecalicivirus,asurrogateofnoroviruses.AmJInfectControl2006;34:41-43.
2 SaidMA,PerlTM,SearsCL.Healthcareepidemiology:gastrointestinalflu:norovirusinhealthcareandlong-term
carefacilities.ClinInfectDis2008;47:1202-1208.
3 GreigJD,LeeMB.Entericoutbreakinlongtermcarefacilitiesandrecommenationsforprevention:areview.EpidemiolInfect2009;137:145-155.
4 BhallaA,PultzNJ,GriesDM,etal.:Acquisitionofnosocomialpathogensonhandsaftercontactwithenvironmental
surfacesnearhospitalizedpatients.InfectControlHospEpidemiol2004;25:164-167.
5 DonskeyCJ.:TheRoleoftheintestinaltractasareservoirandsourcefortransmissionofnosocomialpathogens.
ClinInfectDis2004;39:219-226.
6 SiegelJD,RhinehartE,JacksonM,etal.:2007Guidelineforisolationprecautions:preventingtransmissionofinfectiousagentsinhealthcaresettings.http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/isolation2007.pdf.
7 WilliamAR,WeberDJ,etal.:GuidelineforDisinfectionandSterilizationinHealthcareFacilities,2008.http://www.
cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Disinfection_Nov_2008.pdf.
32
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第1
感染制御 ここが知りたい!
特集
インフルエンザの予防接種は本当に有効?
古谷直子 FURUYA Naoko(亀田総合病院)
Answer
インフルエンザに感染することで起こる不利益(死亡や入
院)と予防接種による不利益(副作用など)を比較すると,イ
ンフルエンザの予防接種は有効である.
関連文献
(勧告)
Fiore AE, et al.:Prevention and control of influenza with vaccines recommendations of the
Advisory Committee on Immunization Practices(ACIP), 2010. MMWR 2010;59:RR-8.
ワクチンによるインフルエンザ予防
─ 2010 年の予防接種実施諮問委員会(ACIP)勧告
勧告の概要▶ 2009 年シーズンに流行した新型インフルエ
対象とした新規高用量不活化ワクチン( 180 mcg,従
ンザ A 型( H1N1 )の動向を踏まえ,2010 年シーズン
来品 45 mcg )
( Fluzone High-Dose )についての情報,
におけるワクチンを用いたインフルエンザ予防につい
⑤ 通常用量の新規ワクチンおよび従来品の適応年齢に
て,アメリカの予防接種実施諮問委員会( Advisory
ついて,である.
Committee on Immunization Practices:ACIP )が示
勧告の変更点▶本勧告で大きな変更点は,ワクチン接種対
した勧告である.ワクチン接種に関する勧告のほか,イ
象者が拡大されたことである.これまで,職業上,感染
ンフルエンザの疫学からワクチンによる有害事象への対
のリスクがなく,健康で妊娠していない 18∼49 歳の人
応まで,ワクチンに関する多岐にわたる情報を紹介して
に対しては,インフルエンザに関連する合併症のリスク
いる.
のある人と接触がないことから,毎年のワクチン定期接
ワクチン接種の主な勧告内容は,① 6 カ月以上のす
種の勧告はされていなかった.しかし,2009 年に発生
べての人にワクチンの定期接種を推奨,② 6 カ月∼8 歳
したパンデミック時に疫学調査が実施され,19∼49 歳
の子どもについては,2009 年に H1N1 ワクチンもしく
における新型インフルエンザの合併症リスクは一般的な
は季節性ワクチン未接種などの条件にあてはまる場合に
季節性インフルエンザよりも高いと報告された.そのた
は 2 回接種を実施,③ 2010 年のインフルエンザワクチ
め,6 カ月以上のすべての人がワクチン接種対象者とな
ンは A 型カリフォルニア( H1N1 )株, A 型パース
っている.
( H3N2 )株,B 型ブリスベン株を使用,④ 65 歳以上を
解説
アメリカ疾病管理予防センター( Centers
割は疾病予防のために,アメリカ食品医薬品局( Food
for Disease Control and Prevention :
and Drug Administration:FDA )によって製造許可され
CDC )では,毎年インフルエンザの予防と管理について
たワクチンや関連製剤に関して,個別の勧告を作成するこ
まとめているが,この勧告は ACIP で決定され,CDC セ
とであり,もう一つの役割は,認可されたワクチンに関し
ンター長の承認を受け掲載されている.ACIP は 1964 年
て出された勧告を遂行するために,政府の予算でワクチン
に設立され,アメリカにおける予防接種に関する諮問委員
を購入し,ワクチン接種をしにくい環境にある 18 歳まで
会のなかで最も権威がある組織である.ACIP の大きな役
の人に無料で接種することである.また,ACIP は勧告を
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
33
行うだけではなく,施行後の予防接種事業の評価やワクチ
クチンについては,日本国内で発売されていないため使用
ンの安全性を,CDC や自治体との共同調査などの結果を
することはできないことに注意する.選定されているワク
みながら常に監視,評価し,勧告を取り下げたり改訂した
チン株は異なるが,予防接種に対する考え方,副作用など
りすることもある.毎年まとめられるインフルエンザのレ
については日本でも勧告に沿って展開することができると
ポートは勧告が採択されるまでに,多くの人の多大な時間
考える.本稿ではワクチン接種対象者別に予防接種の有効
と労力が注がれている.
性を確認する.
この勧告を活用するとき,生ワクチンや高用量不活化ワ
臨床での活用にあたって
医療従事者がインフルエンザの予防接種を受けること
は有効ですか?
医療従事者は,インフルエンザに感染した場合に重症化する人と接触する機会が多く,その
ような人をインフルエンザ感染から守るために,予防接種が必要とされている.予防接種のイ
ンフルエンザ感染に対する効果は,ワクチンと流行ウイルスの相同性が高い場合,65 歳未満の
健康成人でおよそ 70〜90 %と報告されている.また,インフルエンザに感染すると,外来受診
などのために仕事を休む原因となり,0.6〜2.5 日の欠勤をもたらすことが推定されている1,2 ).
筆者の医療機関では,インフルエンザに感染した医療従事者は 3〜5 日間欠勤しており,も
う少し欠勤日数は多い印象がある.さらに,インフルエンザに感染した人が必ずしも仕事を休
むとは限らず,周囲に伝播させる可能性もある.
このようなことから,医療従事者というという視点で考えると,すべての医療従事者に医学
的禁忌がない限り,予防接種をするように本勧告では述べている.医療従事者が感染の源にな
らないためには,100 %の実施率となることが重要である.
医療従事者の接種率を上げるにはどうしたらよいです
か? また副作用にはどのようなものがありますか?
医療従事者の接種率を上げるための戦略には,予防接種へのアクセスを容易にすること,接
種費用を無料にすること,部署別に接種率を出すことなどがある.また医療従事者に対して,
ワクチンによる利益,患者や自分自身,家族に対するインフルエンザ感染の潜在的影響につい
て教育することも重要であろう.
不活化ワクチンの副作用は,一般的に接種部位の反応,疼痛,発熱,筋肉痛,頭痛である.
重篤な有害事象の発生率は 1 %未満で,一般的なものとして Guillain-Barré 症候群が確認さ
れているが,関連性については現在のところ調査中である.また,生ワクチンは日本でまだ使
用することはできないが,成人における副作用として鼻水/鼻づまり( 28〜78 %)
,頭痛( 16
〜44 %)
,喉の痛み( 15〜27 %)などが報告されており,頻度としては多い印象である.
34
EBNURSING Vol.11 No.1 2011
第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
妊婦がインフルエンザに感染すると,どのような影響
がありますか? 予防接種は行うべきですか?
ケースレポートや疫学的研究では,妊娠はの季節性インフルエンザによる合併症のリスクを
増加させ,妊娠していない女性と比べるとインフルエンザ流行期に,呼吸器系の症状で病院に
行く回数が増加するといわれている.
カナダのノバスコシア州で行われたレトロスペクティブなコホート研究 3 )は,約 13 万 4,000
人の妊婦を対象に実施され,同じ女性で妊娠前と妊婦時のカルテを比較している.その結果,
妊婦の 0.4 %が入院し,25 %が妊娠中に呼吸器系の病気のため受診している.インフルエンザ
流行期に入院する妊娠後期の妊婦の数は,妊娠前のインフルエンザ流行期に比べて 5 倍多く,
インフルエンザ流行期ではない時期よりも 2 倍以上多い.また併存疾患のある妊婦では,妊娠
後期の妊婦 10 万人あたり 1,210 人の超過入院があり,併存疾患のない妊婦では,10 万人あた
り 68 人の入院が報告されている.
最近の研究では,妊娠中に予防接種を受けていた母親から出生した子どもは,非接種の母親
から出生した子どもに比べ,インフルエンザの感染率が約 40 %少なかったと報告されてい
る4 ).
以上のように,妊婦がインフルエンザに感染すると,母体および新生児への影響が報告され
ているため,予防接種の実施が推奨される.
妊婦や授乳中の女性に対する予防接種の効果と安全性
を教えてください
2000〜2003 年に 200 万人の妊婦が予防接種を受けて,不活化ワクチンについては,わずか
20 例の有害事象がワクチン有害事象レポートシステム( vaccine adverse event reporting
system:VAERS )へ報告されているのみである.内訳は,接種部位の反応 9 例,全身性反応
(熱,頭痛,筋肉痛)8 例,流産 3 例で,流産については予防接種との関連性が明らかでない.
また,予防接種を実施した女性から胎児へ抗インフルエンザ抗体が受動的に移行し,新生児
に防御能が備えられることも報告されている.バングラディシュで行われた無作為化比較試
験 5 )では,妊娠後期の妊婦に予防接種を実施した場合,熱を伴う呼吸器症状が 29 %減少し,
誕生した生後 6 カ月までの乳児においても,熱を伴う呼吸器症状が 36 %減少している.加え
て,予防接種を実施した女性から生まれた乳児は,生後 6 カ月までの間,検査で確認されるイ
ンフルエンザ感染が 63 %減少している.ちなみに,この試験に参加した女性は全員母乳育児
を行っていた(母乳育児の平均期間は 14 週間)
,
また授乳中の人も,ほかの病状により禁忌でなければ,ワクチンを接種することができる.
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高齢者へのインフルンザの予防接種は有効ですか?
高齢者は基礎疾患をもつ人が多く,インフルエンザ感染により,死亡の割合も高まることか
ら,インフルエンザの予防接種を受けるよう本勧告でも述べられている.
通常の季節性インフルエンザ流行期間において,65 歳以上の高齢者は若年者と比較すると
入院を要する人数が増加する.1996〜2000 年のデータを用い,65 歳以上の高齢者で,基礎疾
患の有無でインフルエンザに関連する入院加療をレトロスペクティブに検討した研究では,
基礎疾患をもつ人は 10 万人あたりおよそ 560 人,基礎疾患のない人はおよそ 10 万人あたり
190 人であった.インフルエンザに関連する呼吸器や循環器系疾患により死亡する割合は,
10 万人あたり 0〜49 歳で 0.4〜0.6 人,50〜64 歳で 7.5 人,65 歳以上で 98.3 人と推定されてい
る6 ).
ナーシングホームの 65 歳以上の人に対し,インフルエンザ予防接種は治療を要する呼吸器
疾患の 20〜40 %を予防すると評価されている.また,ナーシングホームや長期ケア施設以外
の 65 歳以上の人への予防接種は,肺炎やインフルエンザによる入院を 27〜70 %低下させる
と報告されている7 ).
高齢者は,インフルエンザに関連する死亡が少なくないため,その影響を軽減できる予防接
種は有効である.
アメリカでは,65 歳以上の高齢者に対する予防接種は従来型の不活化ワクチンか新規高用
量不活化ワクチンを選ぶことができ,新規高用量不活化ワクチンは従来型のワクチンと比較す
ると高い免疫原性を誘発している8 ).日本では従来型のワクチンのみの使用となっているため
選択することはできないが,従来型のワクチンの効果がまったく期待できないわけではなく,
接種することは必要と考える.
まとめ
▶ 5 歳未満の子ども,65 歳以上の高齢者,基礎疾患をもつ人などのハイリスク者がイン
フルエンザに感染すると,関連した入院加療や死亡率が高まるが,予防接種はそのリス
クを低下させる
▶ ハイリスク者への伝播を予防する観点から,医療従事者を含めた健康成人への予防接種
は有効である
▶ 妊婦や授産婦に対するインフルエンザの予防接種は,不活化ワクチンの安全性データの
国際評価がなされており,胎児や新生児への害を示す根拠がないため実施可能である
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第 1 特集 感染制御 ここが知りたい!
◉ REFERENCES
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workingadults:Arandomizedcontrolledtrial.JAMAtheJournaloftheAmericanMedicalAssociation2000;284:
1655-1663.
2 CampbellDS,RumleyMH.Cost-effectivenessoftheinfluenzavaccineinahealthy,working-agepopulation.JOccup
EnvironMed1997;39:408-414.
3 DoddsL,McNeilSA,FellDB,etal.:Impactofinfluenzaexposureonratesofhospitaladmissionsandphysicianvisitsbecauseofrespiratoryillnessamongpregnantwomen.CMAJ2007;176:463-468.
4 Eick AA, Uyeki TM, Klimov A,et al.:Maternal Influenza Vaccination and Effect on Influenza Virus Infection in
YoungInfants.ArchPddiatrAdolescMed2010[Epubaheadofprint].
5 ZamanK,RoyE,ArifeenSE,etal.:Effectivenessofmaternalinfluenzaimmunizationinmothersandinfants.NEngl
JMed2008;359:1555-1564.
6 ThompsonWW,ShayDK,WeintraubE,etal.:Mortalityassociatedwithinfluenzaandrespiratorysyncytialvirus
intheUnitedStates.JAMA2003;289:179-186.
7 MontoAS,HornbuckleK,OhmitSE.Influenzavaccineeffectivenessamongelderlynursinghomeresidents:acohortstudy.AmJEpidemiol2001;154:155-160.
8 FalseyAR,TreanorJJ,TornieporthN,etal.:Randomized,double-blindcontrolledphase3trialcomparingtheimmunogenicity of high-dose and standard-dose influenza vaccine in adults 65 years of age and older. J Infect Dis
2009;200:172-180.
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