Salon d` AALA 67号

Salon
d’ AALA
サロン
ダーラ
2015.6.1.
No.67
忘れては、ならないこと
加 藤 幸 子
今年は、敗戦後、70年(終戦と言わずに敗戦と言いたいです)夏には安倍首相が談話をだすと思います。
安倍さんに聞いてみたい。
① 日本軍「慰安婦」は? ② 할머니(ハルモニ)達への謝罪は入るのでしょうか? ③ 辺野古は?
辺野古に行ってきました。海が綺麗で「基地がなければ、戦争はこないんですよ」と10年間座り込み
を続けるおばあと握手をしてきました。その辺野古になぜ基地を作る必要があるのか?
人間は、忘れる事のできる動物ですが忘れないようにすることも可能だと私は思います。
それは日本軍「慰安婦」だった할머니、そして沖縄の人達へ思いを寄せることではないでしょうか。
さて、本題に入らさせていただきます。
「京都市会に「慰安婦」決議を求める会」で講演集会を開催します。
日時:7月20日(月・休)14時~
講師:野田正彰氏
*著書「喪の途上にて」など、
「慰安婦」関係では、
海南島の元「慰安婦」の方々への聞き取り経験
がある。
テーマ:「日本軍はなぜ性奴隷制度を必要としたか?
場所:未定、後日チラシでお知らせします。
会としては、共催団体を幅広く呼びかけています。
「AALA」もぜひ、検討をお願いします。
(特に共催負担金はもとめていません)
性奴隷とされた女性達の心の傷(野田氏は PTSD という表現はしないそうです)の深さの問題を中心に
お話してもらいます。
市議会、府議会議員の人にも参加を呼びかけていきたいのでお知り合いの議員にも、一緒に声かけをして
いただくようにお願いします。
日本軍「慰安婦」問題は、女性の人権問題だと思います。女性であるが故に背負わなければならなかった
辛さ、悲しさは言葉に表すことが出来ません。
私たちは争いのない地球をもとめていくことが大切なのではないでしょうか。
女性国際戦犯法廷ハーグ判決を実現する会(ハーグの会)
1
メキシコからのたより
~続メキシコ自動車工場事情
メキシコ市
ユルギ
昇
グァナファト州 セラヤ市にて
2015年5月5日
T自動車工場が今年の 4 月にメキシコへの進出を正式に発
表した。グァナファト州セラヤ市のすぐ近くのアパセオグランデ。
2019 年からカローラを北米市場向けに生産する予定です。M自動車工場が隣の町サラマンカ市に、
ここセラヤ市にはH自動車工場があります。セラヤ市から車で30分の圏内にこの三社の自動車工
場が隣接することになります。そして、これらの工場進出に伴い、
「日本人移民」が激増している。
自動車メーカーが進出すれば、その部品メーカーも一緒について来る。それに伴って、日本人社員
も家族連れの「民族移動」になっているというわけです。
メキシコのエル•エコノミスタ紙によると、
『メキシコに在住している日本人は 15,000 人。
日本の自動車メーカーと車部品工場が進出している
グァナファト州では、急激に日本人が増え、現在 3,800 人が
在住している』という。
この州の空港の近辺の巨大な工業団地プエルトインテリオールに
そのほとんどに日系車部品工場が連立している。
なお、日本人出向者の短期滞在者(3ヶ月以内)の何百人がここグァナファト州
のホテルに滞在しています。ここセラヤ市もホテルが足らず隣のケレタロ州のホテルも使っていま
す。
又、ここセラヤ市では駐在員も単身赴任が多く、近くに日本人学校ができれば家族共々「民族大
移動」になるでしょう。
通訳もメキシコ在住の日本人だけでは足らずメキシコ人ペルー人の通訳も採用している。更にT
自動車工場が建つとメキシコ人エンジニアクラスと通訳不足が目に見えています。
日本の大学でスペイン語学科の学生、卒業生の方々へ、メキシコに住んでみたい若者へ、
アーラの皆さん、今がいい機会です。
10年前とでは天と地のように通訳者の扱いが変わりました。
後記
日本政府は外国のどの都市でも 3000 人前後の在留邦人が生活するように
なると、領事館を設置するようになっている。日本人の急激な増加に対応 す
るために、皮と靴の町レオン市に日本領事館を今年から設置することになっ
ている。また工場の近くに日本人の為の住宅建設も進んでいるという。又、
日本レストラン(メキシコ人経営も含め)がこの州では増えている。
2
3・8国際女性デ-
左京集会に参加して
山 川
美 保
3月15日に左京区役所で開催されました。
京都府AALAの事務局長のお世話でチュニジア出身のジュイニ・ムニールさんのお話を聞き
ました。
チュニジアは地中海に面し、東はリビア、西は
アルジェリアに接しています。宗教はイスラム
教が大多数を占めています。北部は古代ローマ
帝国の遺跡が残る観光地です。多くの観光客が
訪れます。私も是非一度行きたいと思っている
国の一つです。
そんなチュニジアで 2010 年末に、一人の青年の
政府に対する抗議の焼身自殺が引き金となって アラブの春 と呼ばれる民衆の大規模な抵抗が
起きました。そして中東地域で次々と革命が拡がっていきました。
私は前に一度お話を聞いたことがあるのです。その時はすぐに故国に帰ることができないので、
家族、親族、友人知人の方たちの身を案じておられました。
さてチュニジアでは、大統領が退陣、国外退去と、その後の4年間で、民主化への第一歩となる
選挙の実施、雇用の改善、共同で新憲法を起草するなどの運動を経て大統領選挙が2014年に
行われ、続いて今年2月にチュニジア政府発足となりました。まだまだ課題が山積しています
が、他国と比べて民主化が進められているようです。良かったなと思いました。
ところが、あろうことかわずか一週間も経ないうちに、ISがチュニジアに入って来たというの
です。陸続きで国境を接している国は大変だということがわかりました。日本は島国だというこ
とを本当に感じさせられました。
京都AALAの美術班のグループ展
穎展に出品されませんか。
7月14日~19日
(陶芸) (墨彩画) (コラージュ) (FHOTO.CG) (写真) (日本画)
(版画) (ドローイング)(イラストレーション)そのほか
お問い合せは小林和弘まで(☎ 090-3870-7659)(イラストレ
ーション)
(版画)
(ドローイング) (イラストレーション)浅尾登志子(陶芸)(イラスト
レーション)ほか
3
沖縄料理 ~
第28回エスニック料理の旅
松
田 典
子
北白川のバス停近く goya に、有吉さんがお連れした 3 人の留学生と共に 14 人で
お邪魔しました。
今回のメインディッシュは豪華に 2 品、好みの沖縄料理 1 品とリュートの演奏です。
まず料理はタコライス、沖縄そば、ゴーヤチャンプルから好きなものを選びます。タコライスって
何、まだ食べたことがない人のために、念のため蛸は入っていません。メキシコ料理のタコスをご
飯にアレンジしたもので、ご飯の上にタコスと同じ具材タコミート、レタス、チーズ、トマトをト
ッピングしたものです。まあ不思議な味わいですがおいしく頂きました。次にお馴染みゴーヤチャ
ンプル、玉ねぎの甘みで苦みがなくおいしかったそうです。沖縄そばは独特のもっちりした麺が好
みではなかったという意見も。それに加えて出てきたのは定番の海ブドウ、ミミガー、もずくのて
んぷらです。
海ブドウはプチプチした食感が面白い海藻です。
ミミガーは豚の耳で、コリコリした食感はクラゲのようです。
想像せずに食べるとビールにぴったりです。
デザートとドリンクでしめとなりました。
ここでは黒紫米という石垣島でとれたもの
出しているとか、少し紫がかったご飯でした。
また料理を盛った器は沖縄の焼き物で素敵な
ものばかりでした。
お腹も満たされたところで登場したのがリュートを演奏する大石青年です。
哲学の道で弾いているのを見かけて藤本さんが興味津々、それは何という楽器なの?から始まり今
回の登場となりました。
フェルメールの絵に登場するのでアアーと思われる方も多いでしょう。
初めて聞くリュートの音に期待が高まります。24 本の弦を指の
腹を使って演奏するその音は小さく繊細でした。
質問に答えて演奏の合間に彼が話したことによると、中世のヨーロ
ッパにペルシャのウードが伝わりリュートとなり、シルクロードを
通って日本では琵琶となった。また曲はバッハと同時代の人が作曲
した。そのうちにチェンバロが出てくると鍵盤楽器に取って代わら
れ段々廃れていったということでした。
きっと中世貴族の館では、ほの暗いローソクの
明かりに人々が集い、リュートの音に魅了されたのだろ
うと思いを馳せながら、30 分程の演奏を楽しみお開きと
なりました。
<リュート>
4