2008 No.4 JUL - 公益社団法人 日本航空機操縦士協会

ISSN 0389-5254
2008 No.4 JUL
JAPAN AIRCRAFT PILOT ASSOCIATION
操縦士協会のめざすもの
(第204回理事会決議)
1. 私達の活動の目的は、 定款に定められた通り 「航空技術の向上を図り、 航空の安全確保
につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を行い、 もって我が国航空の健全な発展を促
進する」 ことです。
2. 私達は、 定款の目的を踏まえ、 将来のあるべき姿として 「安全で誰からも信頼され、 愛
される航空を実現する」 というビジョンを描いています。
3. 私達は、 目的・ビジョンを達成するために下記を基本的指針に掲げて活動して行きます。
航空の安全文化を構築する。 (組織と個人が安全を最優先する気風や習慣を育て、
社会全体で安全意識を高めて行くこと)
地球環境と航空の発展との調和を図る。
航空に携わるものどうしが心を通わせ共存共栄を図る。
第44期 (平成20年度) 重点施策
操縦士協会の目指すもの
を達成するために次のスローガンを掲げて取り組みます。
SAFETY
ECOLOGY
HUMANITY
航空の 「健全な発展と活力」 は、 操縦士だけでは維持できません。 社会とりわけ航空
関係者の理解が必要です。 操縦士が集い航空の現状と課題を幅広く伝え、 情報の共有化
を促進させます。 国際活動は、 参加目的を交流と情報収集の段階から一歩進め、 これま
で以上に操縦士協会の存在を印象付けていきます。
・操縦士組織の PR 活動
・航空関連情報・知識の提供と技能支援
・操縦士の専門知識と経験を活かす
・社会的な信頼の構築
・関係団体との協力と交流
・財務の健全化
操縦士協会は会員を募集しています。
JAPAは公益法人として国土交通大臣の認可を受けた日本唯一の操縦士団体です。
目的
本協会は、 航空技術の向上を図り、 航空の安全確保につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を
行い、 もってわが国航空の健全な発展を促進することを目的とする。
協会の会員は、 下記のように分かれます。
正 会 員;協会の目的に賛同して入会された方で、 原則として操縦士技能証明をお持ちの方です。
賛助会員;協会の事業を賛助するため入会した個人または法人です。 個人賛助会員は、 満16歳以上の操
縦士技能証明を持たない方で、 法人賛助会員の資格は、 特に定めはありません。
正会員の会費;60歳未満:月額
1,700円
(内訳1,500円:協会運営費、 200円:共済費)
60歳以上:月額
1,500円:協会運営費
個人賛助会員;
月額
1,500円:協会運営費
法人賛助会員:
一口年額 50,000円:協会運営費
入会すると?
①協会機関誌 (AIM・PILOT誌など) の無償入手
②航空関連商品 (書籍等) の割引購入
③会員向け、 空港施設見学や講習会への参加
④協会契約割引施設の利用
お申し込みは別途 「入会申込書」 をお送り致しますので、 事務局までご連絡下さい。
皆様のご入会をお待ち致しております!
社団法人 日本航空機操縦士協会 JAPAN AIRCRAFT PILOT ASSOSIATION
TEL03-3501-0433 FAX03-3501-0435 E-Mail [email protected]
Home page URL http://www.japa.or.jp/
日石三菱●
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りそな銀行
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至東京
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新
橋
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烏森口
キムラヤ●
至品川
CONTENTS
No.309
4
2008 No.4 JUL
第44期活動体制のスタートにあたって
会長
6
萩尾
80
裕康
空の交差点
ブラジル国日本人移民
100周年記念出前講談
第43回通常総会特別講演会 (2008-5-22)
鈴木
晴夫
青木
美和
「脱化石燃料航空機の展望」
岡井
敬一
82
I Aviation
―アメリカの空から想う―
17
特集
シニア・パイロットのエピソード (第20回)
雲無心
―大空翔けた我が人生−
三堀
29
39
85
奥貫
88
地球環境問題関連用語の解説
第3回 (最終回)
運航技術委員会地球環境問題分科会
89
FAI ニュース
特別寄稿
90
17
奥貫
開催予告
淳
91
GA:ジェネアビ情報
開催報告
R/T (レジオ/テレフォニング) Meeting
30周年記念パーティー報告
小型プロペラ機の機外騒音
奥貫
博
93
World Safety Report
CALLBACK
博
コウノトリ但馬空港フェスティバル '08
「視界良好! 希望の翼 テイクオフ」
前編
安田
51
博
美男
航空機運航と地球環境問題座談会
中国の航空交通管制と安全保障
―「三亜飛行情報区」 を例にして
45
ホンダ エアポートフェスティバル 2008
開催報告
第29回
ATS シンポジウム
Number341
ATS 委員会
西日本支部だより
61
航空気象
西日本支部
雷とTAF
航空気象委員会
65
94
青少年航空教室
夢は叶う! Yes, I can
航空業界を目指すあなたに贈る先輩からのメッセージ
根本 裕一
齋藤 幸雄
航空医学適性のQ&A
第6回
参加報告
Aerospace Medical Association
79th Annual Scientific Meeting
AMDA Annual Meeting
池田
丹後
晃二
方成
96
103
68
開催報告
緊急航空安全シンポジウム
航空の安全とヒューマンエラー 参加報告
白石
オススメ!情報ボックス
書籍 & Goods 紹介
107
ニアミスの刑事裁判について
航空界の今を考える!
JAPA 通信
JAPA で飛行訓練を!
JAPA のシミュレーター
Flight Training Device
豊樹
FTD 訓練室
71
航空史曼陀羅
その24. 飛行適性と観相師
徳田
77
108
JAPA Aerial Photo Exhibition
110
編集後記
忠成
パイロットへの道
ドゥゴベール・アラン
社団
法人
日本航空機操縦士協会
JAPAN AIRCRAFT PILOT ASSOCIATION
第44期活動体制の
スタートにあたって
日本航空機操縦士協会会長
萩
去る5月22日、 羽田第一ターミナル6階のギャ
ラクシーホールにて、 第244回理事会ならびに
第43回となる通常総会が開催されました。
そして総会において平成19年度の事業報告お
よび決算報告、 平成20年度事業計画および予算
が承認され、 また、 続く第245回理事会におい
て新たに選出された理事の互選により新役員体
制が決まり、 ここに第44期の事業遂行体制がス
タート致しました。
5月号の本誌に添付された議案書の報告をご
覧いただいてお分かりの通り、 私たちは定款に
定められた目的に沿って様々な委員会を設置し
ており、 各委員会はそれぞれ方針を定め、 理事
会の承認を得た上で活動する、 ということを基
本としています。 加えて全国6支部において、
支部活動として関係委員会と連携しつつ地域に
密着した活動を行っているわけです。
従って内情をお話すれば、 ご多分に漏れず予
算策定の時期になるといつも、 各担務からの事
業予定と予算要求を調整するのに大わらわとな
ります。 多いとはいえない事業収益を除き、 会
員の皆さまからの貴重な会費収入が主たる事業
遂行原資というわけですから、 この調整には細
心の注意を払っているところです。 それでも、
今年度も昨年度に引き続き若干の赤字予算を策
定せざるを得ない状況となりました。 ご理解い
ただきたいのは、 これも前述のとおり、 各委員
の積極的な取り組み姿勢の現れでもある、 とい
うことです。
ただこのようなやり方を続けていけば、 繰越
金が目減りしていくことは明白であり、 今後は
施策の設定に、 相当程度重点を絞ったやり方を
4
2008 JUL
尾
裕
康
せざるを得ないだろうと考えています。
会員増強の必要性については、 上述のように
予算上から現実的な課題ですが、 一方社会にお
ける協会の認知度を高めていくために大変重要
なことです。 ところが最近では、 大変残念なこ
とに団塊の世代の大量退職に伴い、 退職と同時
に退会される方が増えてきています。 協会には
終身会員という制度がありますが、 更に移行し
やすく、 退職後も長く在籍していただくために
この制度の見直しに着手しました。
また新たに東海大、 桜美林大、 法政大に法人
会員として参加いただき、 従来の航大、 自社養
成に加え、 これら大学の学生の皆さんにも準会
員として入会いただくなど、 できるだけ門戸を
広げる努力もしております。
もちろん、 このこと以前に、 わが協会が公益
団体として、 その活動の意義を広く外部に認識
してもらうことが最も重要であることは、 理事
一同肝に深く銘じているところです。 地道に長
く活動を継続して、 一歩一歩信頼を築き上げて
いく以外に方法はありません。 各位の絶大なる
ご支援をお願いする次第です。
ご存知の通り平成18年6月に公布された公益
法人制度改革の関連三法が、 本年12月に施行に
移され、 この夏以降に逐次詳細が明らかになっ
てくるものと思われます。 この制度改革に対す
る対応が当然のことながら喫緊の課題ですが、
この機会を捉え、 私たちのいままでの事業の進
め方について、 よりシビアな目でレビューする
ために 「協会制度のあり方検討会」 を再度スター
トさせました。 当然、 定款の改定も必要となる
ような抜本的な改革もありうる、 と考えていま
す。
今年3月、 協会創立50周年の記念誌を発行い
たしました。 50年は、 すなわち戦後民間航空の
歴史にほぼ重ね合わせることができます。 一年
毎の年表をひもとく時、 科学技術の進歩や経済
の発展とともに、 我が国航空の発展を築き上げ
てこられた多くの先輩航空人のご努力には、 感
動を禁じられないところです。 また一方、 その
過程で損なわれた安全も少なからずあったこと
に思いを至らせざるを得ません。
私たちは、 この身近なる歴史に学びつつ、 と
くに航空安全の最終的な担い手として伝統を引
き継ぐべき義務があります。 航空の発展に操縦
士として寄与したい、 と考える人がエアライン
からジェネラルアビエーションを含め広く協会
に集まって活動しています。 会員の皆さま、 ま
た日頃より協会を支援してくださっている皆様
の、 更なるご理解ご支援を切にお願いする次第
です。
2008 JUL
5
第43回通常総会特別講演会 (2008-5-22)
「脱化石燃料航空機の展望」
JAXA (宇宙航空研究開発機構) 研究開発本部
主任研究員 岡井 敬一
講師略歴:(司会担当岩瀬紹介)
東京大学工学部航空宇宙工学科卒、 平成13年3月東京大学大学院博士課程修了、 同年4月独立
行政法人航空宇宙技術研究所 (当時) に研究員として入所。 現在、 独立行政法人宇宙航空研究開
発機構 (JAXA) 航空プログラムグループ事業推進部主任。 アメリカ航空宇宙学会 (AIAA) 地
上エネルギーシステム技術委員会委員、 日本燃焼学会誌編集委員などを務める。 ここでは、 2月
末まで所属の JAXA 研究開発本部の立場でお話をしていただきます。
ただ今ご紹介いただきました、 JAXA 宇宙
航空研究開発機構の岡井です。 操縦士協会の皆
様に講演させていただく機会を頂戴し大変光栄
に存じます。 水素を燃料とした将来の極超音速
機 (音速の5倍で飛行) の推進系をはじめとす
る高速航空機に関連する研究開発や、 環境適合
性を考慮した電動の航空機推進系に関する基盤
研究などに従事しております。 本講演について
打診を下さった貴協会の岩瀬様から、 四半世紀
前からの水素燃料航空機に対する熱い想いにつ
いてお話くださり私も大いに共感したのですが、
ここではもう少し広い視点からのお話をさせて
いただきます。 一言お断りさせていただきたい
のですが、 JAXA として地球環境保全に向け
た取り組みは重点的な課題として掲げているも
のの、 本講演でご紹介する JAXA の取り組み
は、 研究開発本部の本部レベルの基盤的な研究
として行われていることとご理解下さい。 また、
検討内容の一部は、 日航財団、 東京大学、 日本
大学との間でなされた検討調査からなります。
この検討調査に引き続き、 今回パイロットの方々
のご意見を伺うことが出来ることは、 大変あり
がたいことで是非今後の研究開発に活かして参
りたいと存じます。
導入とアウトライン
最近、 脱化石燃料に関する議論が盛んに行わ
6
2008 JUL
れており、 航空機への適用性についても興味が
持たれています。 航空機への適用を想定した代
替燃料のあり方について、 いくつかの事例をご
紹介いたします。 地球温暖化対策として低炭素
社会が提唱されていますが、 輸送機関において
燃料を消費する立場からは2通りの考え方があ
ります:
①カーボンニュートラル:植物を原料にした
燃料であれば光合成で植物は CO2 を取り
込むので、 1つの循環社会になる
②炭素含有量の少ないあるいはない燃料の利
用・排気による低炭素化
水素燃料の利用は②に、 最近話題のバイオ燃
料は①にあたります。 持続可能で地球環境の保
全にとっても好ましい燃料選択は、 太陽エネル
ギや核融合などエネルギ利用による水素循環社
会ですが、 すぐには実現出来ないことです。
航空燃料の価格高騰はエアラインにとって大
問題です。 石油関連製品の価格高騰は全般的に
言えることですが、 航空燃料の価格の高止まり
傾向が継続的に見られることに対して、 「技術
革新によりエネルギ源の転換がすでに行われる
つつある自動車と異なり航空機について新たな
燃料が開発されつつあるとの情報がない」 こと
に関連する可能性がある 、 という意見もあり
ます。 原油価格には多くの要因があるので一概
に言えませんが、 航空機にこそ代替燃料の可能
性が見出されるべきとは言えるでしょう。 航空
機にとって代替燃料が求められることは、 地球
環境保全の観点からでもあります。 運輸部門に
おける CO2 の部門別排出割合の中で、 航空は
約5%です。 たしかに、 約50%を占めている自
家用乗用車と比較すると小さい割合です。 しか
し一方で自家用自動車は様々な技術革新が急速
に進み CO2 排出の割合が減少しているのに対
して、 航空は当面は割合が増大する傾向にあり
ます。 現状の航空機・エンジンにおいても、 多
くの技術革新がなされ、 年々燃料消費が改善し
ていますが航空の需要拡大の速さのために当面
は航空の CO2 排出割合は増大するものと見ら
れています。 加えて、 航空は高高度で空気密度
が小さい環境に直接高温の燃焼生成物を排気す
るため、 より真剣に地球環境保全を目的とした
取り組みがなされるべきです。
脱化石燃料の展開の概要
脱化石燃料は代替燃料の内、 化石燃料とは異
なる燃料を用いるものであり、 バイオ燃料はそ
の内生物を原料にした燃料を指します。 つまり、
包含関係で言うと、
(ジェット燃料の) 代替燃料 →
脱化石燃料 → バイオ燃料
となります。 ここでは、 航空機用に検討され
ている代替燃料の代表として、 エタノール、 液
体水素燃料、 合成ジェット燃料およびバイオジェッ
ト燃料、 の3者を比較してみましょう (航空機
燃料としては、 水素燃料はほぼ液体水素を搭載
すると見てよいといえます)。
図1に示されるように、 液体水素燃料はジェッ
ト燃料と比較した場合、 利点・欠点がともにはっ
きりしています。 つまり、 単位重量あたりのエ
ネルギ (発熱量) が非常に大きい (=搭載燃料
が軽い) 一方で、 単位体積あたりのエネルギが
非常に小さい (=燃料タンクが大型化する) と
いうことです。 水素燃料航空機については、 長
年、 はっきりした利点および欠点のために有効
性についての評価が極端に分かれるものとなっ
ています。 ただ、 質量あたりのエネルギーが大
きいという利点は大きく、 また排気物が主に水
であるということから、 水素燃料航空機が環境
適合性の高いものとして大きな期待を寄せられ
ています。
次に、 エタノール燃料航空機の場合はどうで
しょうか?ジェット燃料と比べた場合、 エタノー
ルは質量あたり、 体積あたりエネルギいずれも
燃料性状として“良くない”ということがわか
ります。 エタノールは、 既に自動車用代替燃料
として普及しつつあります。 化石燃料資源に乏
しく農業生産量の多い国では、 戦略的にエタノー
ル燃料自動車の導入が図られてきた経緯があり
ます。 自動車用燃料としてエタノールには利点
だけでなく欠点もありますが、 現に10%程度ま
でのガソリンに対する混合ではエンジン換装な
しに利用可能であり、 100%エタノール燃料対
応車も存在しています。 エタノールを航空機に
適用する場合、 やはり相対的にエネルギ含有量
の小さいことがネックになります。 中型機を対
象にした検討の一例からは、 機体が大型化し燃
料消費も増大するなど機体構成としては好まし
くない結果が得られています。 航空向けにはエ
タノールは現実的ではないようです。
続いて、 最近話題となっている、 いわゆる
“バイオジェット燃料”についての現状をご紹
介します。 最近では、 エンジンなどの変更を最
小もしくは無い条件で代替燃料さらにはバイオ
燃料を導入しようという研究が活発に行われて
います。 ジェット燃料に混合することを志向し
たバイオジェット燃料は、 重量や体積あたりの
エネルギ含有量はジェット燃料相当のものを実
現できるものの、 航空用燃料として求められる
性質 (高空での液体状態、 高温での粘性など)
を満たすことは価格収支的にも容易ではないよ
うです。 この観点から、 高品質が求められる航
空用燃料については、 代替燃料としてバイオ燃
料ではなく、 石炭や天然ガスなどを原料にした
合成燃料 (合成ジェット燃料) が当面は望まし
いとされています 。 昨年と今年は、 航空関係
でバイオ燃料の実証が相次いで行われ、 引き続
き行われる予定があるという意味で重要な年と
言えます。 昨年には SnecmaCFM56-7B を用い
た、 バイオジェット混合燃料 (メチルエステル
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7
30%とジェット燃料の混合燃料) のエンジン運
転試験が行われました。 また、 最近 Virgin
Atlantic と Boeing の共同による Boeing747を
用いた飛行試験が実施されました。 ココナッツ
等を原料にしたブタノール60%とジェット燃料
の混合燃料を使用したものです。 これらの実証
で用いられたバイオ燃料は、 人類の食生活に係
る可能性を侵食するという意味で第一世代バイ
オ燃料と呼ばれます。 最近の農作物の価格高騰
はバイオ燃料に一因がある可能性があると報道
されているのは、 このためです。 燃料供給のた
めに食料供給の可能性が閉ざされるというのは
本末転倒です。 最近では人類の食生活に係る領
域に抵触しない第二世代バイオ燃料が活発に研
究されており、 とりわけ航空機適用としては藻
の利用が有望視されています。 それでも、 航空
機需要を満たす作付面積はベルギー全土相当程
度とされており、 そのままジェット燃料に置き
換えできるという状況ではありません。 第二世
代バイオ燃料が航空燃料が満たすべき要件を満
足するようになれば、 航空用燃料としてバイオ
燃料が実用化されるようになると思われます。
Boeing による資料によれば、 航空用燃料の代
替燃料導入のプロセスとして、 短期的には石炭
や天然ガスなどを原料にした合成燃料とジェッ
ト燃料の混合燃料、 中期的にはバイオ燃料と合
成燃料の混合燃料、 そして長期的にはメタン燃
料や次にご紹介する水素燃料が導入されると予
測しています。
水素燃料の大きな特徴は、 先に図1に示した
ようになります。 これに加えての特徴は、 ジェッ
ト燃料と比較する形で次頁の表に示すようにな
ります。 新たにわかる大きな特徴は、 CO2を排
出しないということです。 一方で、 技術的ハー
ドルが高い事項として、 密度が小さいためにタ
ンクが大きくなり勝ちなことと、 タンクに貯蔵
する形態の液体水素が極低温状態 (−250℃程
度) で管理に注意が必要だということです。 比
熱が大きく、 極低温状態であることから冷却能
力が高いことは、 エンジンの性能向上に大きく
寄与しますし、 極超音速で高速飛行する機体に
とっては機体やエンジン入口空気の冷却への積
極活用が期待されています。 水素は可燃範囲が
広いことが危険性の一つの要因と捉えられてい
水素の物性表 (航空用燃料との比較)
組成
分子量
低位発熱量
[kJ/g]
(液体) [kJ/L]
密度
[kg/cm3]
比熱
[kJ/kg-K]
沸点(大気圧)
融点
蒸発熱(大気圧)
冷却能
[K]
[K]
[J/g]
[kJ/g]
(液体) (気体)
Jet A
航空機構造等への影響 (Jet A との比較)
(航空用燃料)
水素
H2
CH1.93
・Cを含まないことによる低公害性
2.016
16.8
・漏洩可能性
120
42.8
・エンジン小型化、 性能向上
8.5
34.6
・騒音低減
71
0.090
811
9.69
14.3
1.98
20.27
14.4
446
440−539
233
360
>16.9
0.39
14−250
52−400
(限界温度までの上限)
可燃範囲
[%]
(理論混合比に対して)
8
2008 JUL
・タンク容積増大(低揚抗比、 離陸時の翼面荷重の
低減)
燃料によるエンジン冷却に有効(タービン入口温度
と圧縮比増大の余地、 燃料消費率低下、 重量低減)
・熱交換によるエンジン性能向上、 (極超音速機に
おいては機体冷却の役割)→極低温であることに
よって、 絶縁性要求、 タンクと燃料供給系の重量
増大および複雑化、 燃料供給およびベントに関わ
る安全要求、 ボイルオフ防止のための一定加圧要
求
・エンジン性能向上(環境適合性増大)
ますが一方で燃焼学の観点からは非常によく素
性が知られている燃料であり、 希薄燃焼が安定
して可能であるため、 燃焼温度の低下が容易で
あり、 CO2 を排出しないばかりでなく NOX 排
出量低減も可能となっています。 水素は純粋燃
料として用いられることが想定されているので、
硫黄分などが入っていません。 水素脆性などの
特性もありますが、 不純物を含まないことから
水素燃料ジェットエンジンはジェット燃料エン
ジンに比べ寿命を長くすることが出来ます。 こ
れらを踏まえると、 エンジンを小型化すること
も容易になります。 エンジンにとっては、 以上
のように水素燃料の導入は良いことづくめです
が、 世間一般に思われていることと異なり、 水
素燃料航空機を開発する難しさは、 実はエンジ
ン以外にあるのです。 続いて、 水素燃料に絞っ
て水素燃料航空機の可能性について現状と課題
を示します。
クト Cryoplaneが行われていますが、 主な結
論はこうです:
水素燃料航空機は技術的には2015年頃に実現
可能であり、 水素燃料の価格面での入手性など
を考慮すると実用化は2040年頃である。
最近の原油価格の高騰を見るとこの2040年と
いうターニングポイントはあるいは早まるかも
しれません。 いずれにせよ、 水素燃料航空機が
多くの技術革新を必要とするものではなくなっ
てきています。 先に示した水素燃料の航空機適
用の際のこの利点・欠点は、 航空機設計におい
て相反する特性といえます。 燃料消費の指標か
らは、 水素燃料のジェット燃料に対する優位性
は明らかですが、 液体水素の密度はジェット燃
料より一桁以上小さいため、 同一のエネルギに
対して4倍の容積が必要になります。 また、 極
低温燃料である液体水素燃料は、 ジェット燃料
では必要とならなかった断熱システムなどが必
要となり、 Boiloff を防ぐため表面積の小さい
水素燃料航空機の可能性
結論から申しますと、 水素燃料航空機は飛ば
すだけならば現時点で可能ですし、 既に飛んで
います。 スライド (図2) には、 諸外国におけ
る水素燃料航空機技術の研究開発状況をまとめ
たものを示します。 水素を燃料とした航空機と
しては、 第一段階として内燃機関によるジェッ
ト航空機、 その先に第二段階として燃料電池な
どを用いた電動航空機があると考えていますが、
左側に前者、 右側に後者について示してありま
す。 電動航空機に関する事項は後ほど改めてご
紹介します。 水素は燃料としては扱いやすいと
申しましたが、 最初に実証されたターボジェッ
トエンジンはその扱いやすさから水素を燃料と
していました。 水素ジェットエンジンを部分搭
載した航空機の飛翔試験は1957年に米国で、
1988年に旧ソ連で実施されており、 小型機と用
いた水素エンジンによる完全自律飛行は短時間
ではありますが1988年に米国で成功しています。
運航に供する航空機として完成させるには、 タ
ンク構造や燃料供給管理などが重要な課題になっ
ています。
最近では欧州の水素燃料航空機検討プロジェ
円筒形タンクが必要となります。 これらの特性
が、 水素燃料航空機の機体設計において主要な
検討項目となります。 タンク形状の要求から、
従来の航空機のように翼内に燃料タンクを設け
ることは現実的でなく、 胴体に燃料タンクを配
することとなります。 同一ミッションで比較し
た場合に、 ケロシン燃料機に比べ胴体が非常に
大きくなり、 翼面積が同等または小さくなる水
素燃料機では、 相対的に翼面に対する胴体のぬ
れ面積が大きくなります (機体形状イメージは
図2に見られるようになります)。 そのことの
帰結が、 揚力−抗力比 (L/D) の低下です。 断
熱システムやタンク構造によって重量も増大し、
さ ら な る L/D の 低 下 と 機 体 の 空 虚 重 量 率
(EWF) の増大をもたらします。 こうした欠点
もある反面で、 液体水素燃料の密度が小さいた
め、 結果的に最大離陸重量 (MTOW) の低減
に寄与することが可能という解析結果が出てい
ます。 いずれにせよ、 液体水素燃料の機体設計
においては、 これらの利点と欠点のトレードオ
フの関係を考慮し如何に効率のよい設計をする
かに関わってきます。 先にもお話したように、
Cryoplane の検討では、 こうした機体システ
2008 JUL
9
ム解析や周辺技術の検討を行った上で、 技術的
には2015年くらいに水素燃料航空機は実現可能
と結論付けています。
海外の検討例ばかりお示ししましたが、 日本
での検討はどうなっているでしょうか?日本で
も、 サンシャイン計画の頃から水素燃料航空機
の 可 能 性 検 討 は 行 わ れ て き て い ま す 。 WENET では水素−酸素ガスタービンの開発研究
が行われています。 いわゆる水素ジェットエン
ジンとしては、 極超音速機の推進系として活発
に研究開発が進められました。 我が国初の液体
水素ジェットエンジンは、 旧宇宙科学研究所
(現 JAXA 宇宙科学研究本部) で1988年に開
発が始められた ATREX エンジンです。 現在
開発中の極超音速ターボジェットエンジンは、
この技術蓄積の上に成り立っているもので、 そ
の点、 我が国には液体水素燃料エンジンの技術
蓄積が多いといえるでしょう。
以上のように、 システム検討からは、 液体水
素燃料航空機の実現は可能という見通しが得ら
れているようです。 液体水素燃料航空機の実現
のために取り組むべき主な技術的課題として3
点挙げられると考えます:
第一がタンクの構成です。 大型の極低温燃料
向き軽量タンクを導入する必要があります。 付
随して翼構造にも留意が必要です。 極低温燃料
タンクとしては、 我が国としてもロケットでの
経験や、 再使用宇宙往還機のための技術研究開
発の経験があり、 航空機向けの研究開発を行う
ための素地があるといえます。 ただし、 水素燃
料航空機を実現するためには、 宇宙機とは大き
く環境条件が異なることに留意する必要があり
ます。 宇宙機は基本的にタンクは使いきりであ
る一方で、 航空機として使用する場合には、 多
数回の始動停止や飛行経路 (環境) の多様な変
化が求められる上にオーバーホールまでの使用
時間が非常に長く、 また実運用上では、 ターン
アラウンド時間がロケットでは日のオーダなの
に対して航空機はせいぜい1時間以内となり、
燃料タンクが求められる機能が大きく異なると
いえます。 我が国での複合材をはじめとする航
空機軽量材料・構造技術は非常に高いレベルで
10
2008 JUL
進展しているため、 水素燃料航空機の実現に向
けて着実に技術進歩は進んでいるといえます。
第二に、 極低温水素燃料の管理・供給技術で
す。 極低温燃料である液体水素を管理・供給す
ることは、 技術面、 保安面でもより注意が必要
です。 水素燃料は、 燃焼学的には素性がよく分
かっていると申しましたが、 気体の水素であれ
ばガソリンや灯油よりも安全といえる側面があ
るといえる一方で、 液体水素が閉空間で滞留し
た場合の安全性や、 現状で適切な消火器がない
(燃料供給を絶つ必要がある) ことなどは、 と
りわけ旅客機として導入する際には克服すべき
ことだと思います。 極低温推進系の燃料タンク
や液体から気体への変換過程を含む技術は、 後
にご紹介する極超音速ターボジェットエンジン
の研究開発の中に含まれる事項なので、 この研
究開発の成果を用いることが有効だと考えてい
ます。
第三は、 環境影響評価です。 確かに水素燃料
航空機は CO2 を排出しませんが、 ジェット燃
料に比べ (2倍強の) 大量の水蒸気を排出しま
す。 水蒸気、 さらにいえば飛行機雲は最近、 地
球温暖化効果を持つものとして調査検討が進め
られているところです。 最新の環境シミュレー
ションの予測からは、 水素燃料航空機の導入に
よって地球環境の保全は図られる可能性があり、
少なくとも状況を悪化させることはないという
結論が出されています。 また、 Cryoplane の
解析からは、 水素燃料航空機の場合、 燃料消費
の多少の犠牲を払うことになるが飛行高度を低
下させることで地球温暖化効果の抑制に寄与す
ることが示唆されています。 いずれにしても、
水素燃料航空機導入に際しての地球温暖化効果
については、 更なる研究が必要な分野となって
います。
以上が水素燃料航空機を実現するに当たって
の主要な技術課題ですが、 たとえば空港設備改
修など運航に関ること、 安全性確保、 基準の問
題、 航空分野に限らない水素インフラの普及な
どが前提条件になります。 水素燃料航空機は、
これまでも繰り返し提案されては実現に至って
いないものですが、 昨今の原油価格高騰や地球
環境保全に対する認識の高まり、 水素社会に向
けた取り組みを見ると、 水素燃料航空機に実現
に向けた環境は非常に整ってきているのではな
いか、 少なくともこれまでとは違う段階にきて
いるものと感じています。
ここでせっかくの機会ですので、 パイロット
の方ならどのように考えられるだろうかという
ことに触れたいと思います。 私の研究者仲間の
一人で、 米国人ですが、 研究者であると同時に
パイロットでもある方にパイロットとしての
(あくまで個人的) 立場からの水素燃料航空機
に対する印象を尋ねました。 抜粋をスライド
(図3) に示します。 このコメントをご覧になっ
て、 さらに皆様のご意見をお聞かせいただけれ
ばありがたく存じます。
水素燃料を代表とする脱化石燃料航空機の長
期的な展開としては、 まず既存の航空機機体と
大きく形態を変えることなく燃料を液体水素に
置き換えた航空機が実現し、 その上で燃料電池
を搭載した電動の航空機や、 液体水素の特性を
活かした極超音速機への展開が考えられます。
水素電動航空機については先に (図2) お示し
したように、 燃料電池の搭載可能性が真剣に検
討されています。 電池と電動モータを組み合わ
せた飛行機は、 模型飛行機に見られるように、
小型であれば容易に実現できます。 これまでの
検討では、 航空機に燃料電池推進系を適用した
場合は、 主に重量の観点から成立性に課題があ
ることが分かっています。 最近では、 今年4月
に Boeing が小型有人の航空機の飛翔試験に成
功しています。 Boeing やエアバスなどは、 旅
客機への燃料電池の適用を真剣に検討していま
すが、 推進系ではなく、 APU 適用など新型機
で増大する電力要求に対応すること、 また、 電
力要求と従来機での電力生成能力の不適合を解
消すること、 などを目的としての研究開発が当
面は主体となっています。 後にご説明するよう
に、 電動航空機を実現することは、 小型機に比
べ大型機は格段に難しくなっていきます。
続いて、 水素燃料航空機の未来形として
JAXA が取り組む2例をご紹介いたします。
水素を用いることを想定した
航空機の検討例
一例目としては、 液体水素を燃料とした極超
音速機の推進系に関する研究開発をご紹介しま
す。 スライド (図4) には、 極超音速機の概念
図を示します。 2時間で太平洋を横断すること
を可能にする技術として、 推進系を中心に研究
開発が進められています 。 ATREX の研究開
発蓄積を元に、 地上から音速の5倍の飛行速度
まで単一のエンジンサイクルで運転することが
可能な予冷ターボエンジンを実証試験するため
に、 小型のエンジンを製作してきました。 スラ
イド (図5) には、 製作エンジンのあらましを
示しています。 極超音速飛行用に研究開発が進
められている予冷ターボエンジンは (亜音速)
水素燃料航空機用ジェットエンジンに比べ高い
技術が要求されるものですが、 JAXA は、 昨
年11月にこの予冷ターボエンジンの地上でのサ
イクル実証試験を世界で初めて成功させました。
一連の研究開発で蓄えられる技術は、 幅広い水
素燃料航空機に適用可能と期待しています。
第二の例として、 電動航空機用推進系に関す
る研究をご紹介いたします。 電池や燃料電池を
用いた航空機推進系は効率が高く環境適合性が
高いものと予想されますが、 中型以上の航空機
が実現しない理由は、 端的には現状技術では推
進系の重量が重過ぎるためです。 航空機の推進
系として燃料電池を使用するには、 現状よりエ
ンジンシステムの重量当りの出力が飛躍的に増
大する必要があります 。 こうした検討を踏ま
え、 少なくとも燃料電池そのものの技術革新は
市場や専門分野の方の研究開発を待つとして、
航空機特有の求められる技術課題は何かを考え
てみたところ、 大きくかつ軽量な電動モータの
実現となりました。 モータは鉄心を用いること
が多いのですが、 サイズの増大に対応して、
(ガスタービンなどの傾向と比べ) 出力に対す
る重量が非常に過大になってしまいます。 我々
は、 大口径でも軽量のモータ概念の案出こそが
電動航空機の実現につながると考え、 新しい電
動ファン形式の提案 を行っています (図6)。
機構の詳細までは踏み込みませんが、 電動の軽
2008 JUL
11
量モータが実現すれば、 スライド (図7) に示
すような可変機構・折りたたみ機構の実現によっ
て航空機としてより効率的な運用が望めますし、
機体概念として最近脚光を浴びている BWB
(翼胴一体型形態) 機体で翼面上に推進器を分
布させることも容易となってきます (図8に例
として英国 Cranfield 大学の検討する機体イメー
ジを示します)。 Cryoplane でも BWB は簡単
な検討が行われましたが、 構造評価に関する知
見が十分でないということと、 緊急時の旅客の
脱出に適応できないのではないかという観点で
想定外としています。 ただ、 BWB については
活発な研究が進み構造に関する情報も蓄積され
ており、 また中型機より小さい機体では、 緊急
時避難の困難もないのではないかと考えられ、
検討の余地は十分あるといえます。 BWB が典
型的な例ですが、 電動の航空機が実現する場合
には、 機体の形状を従来の形にこだわらず大き
く変えることもありうることです。
まとめ
まとめとして要点をここで繰り返しさせてい
ただきます。
第一点として、 脱化石燃料として注目を集め
ているバイオ燃料ですが、 航空機利用に限らず
生産において食料資源を確保することを大前提
として進める必要があります。
第二点として、 水素燃料航空機は、 安全性な
どの観点からやや地上の諸機関より遅れて実用
化されるようになるでしょう。 今活躍されてい
るパイロットの方々が現役の間に水素燃料航空
機を操縦されることになるかと問われれば、 や
や望みは薄いといわざるを得ません。 水素燃料
ジェット航空機の実用化のための主要な課題は、
燃料タンク設計、 極低温燃料の扱い、 環境への
影響の見極め、 そして製造から捉えた水素燃料
の優位性の確保です。
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2008 JUL
最後に第三点として、 水素燃料航空機の展開
にあたって環境適合性と効率の向上を踏まえた
道筋としては、 水素ジェット航空機を経て電動
航空機に到ることと期待されます。
以上で終わりとさせていただきます。 ご清聴
ありがとうございました。
参考文献
水素燃料航空機検討調査会、 水素燃料航空
機の国内外検討調査、 宇宙航空研究開発機構
特別資料、 発刊準備中.
航空輸送産業に与える燃油価格高騰の構造
的な影響について4. 原油精製製品における
航空燃油の独歩高傾向と高止まり見通し、 h
ttp://www.jal.com/ja/corporate/claim/ke
y12/index5.html、 2005年.
Daggett,D. et al., Alternative Fuels and
Their Potential Impact on Aviation,
NASA/TM-2006-214365 (ICAS-2006-5.8.2),
2006.
Westenberger, A., "Hydrogen Fuelled
Aircraft," AIAA 2003-2880, American Institute of Aeronautics and Astronautics,
Reston, Virgina, 2003年. ならびに、 Final
Technical Report CRYOPLANE Systems
Analysis (Publishable version).
宇宙航空研究開発機構航空プログラムグルー
プ極超音速機研究委員会、 極超音速機の研究
開発構想、 宇宙航空研究開発機構特別資料、
JAXA-SP-06-025、 2007年.
Kohout, L. and Schmitz, P., Fuel Cell
Propulsion Systems for an All-Electric
Personal Air Vehicle, AIAA 2003-2867.
岡井敬一、 野村浩司、 田頭剛、 柳良二、 航
空機推進用外周駆動ファンに関する実験およ
び解析、 日本航空宇宙学会誌論文集、 Vol.
56, No. 650, pp. 131-142, 2008年.
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特集
(第20回)
―大空翔けた我が人生−
元日本航空機長
昭和18年
はじめに
今回は、 インタビュー担当の岩瀬が、 最も影
響を受けた日本人機長の一人、 三堀美男キャプ
テンのエピソードを紹介します。 千葉県佐倉市
のご自宅で、 平成20年6月5日午後、 数時間に
わたり伺った話と、 準備していただいた詳細な
ご経歴も参考にさせていただきましたが、 誌面の
都合で相当割愛せざるを得ませんでした。 (タ
イトルと文中の写真は、 平成7年に出された自
分史からの転載です。 文責;PILOT 誌編集委
員 岩瀬健祐)
………………………………………………………
映画を見て 「民間パイロットだ、 これだ!」
岩瀬:きょうは、 取材にご協力下さいまして誠
に有難うございます。 昔を思いだしていただき
ながら貴重な体験談をご紹介いただければ幸い
です。 まず、 パイロットを目指されたきっかけ
は、 何だったのでしょうか。
三堀:太平洋戦争が勃発した昭和16年末、 当時
通っていた聖橋高等工学校を卒業間近となり、
針路選択で迷っていた頃、 たまたま池袋の映画
館で見た 「燃ゆる大空」 と併映の 「航空局乗員
養成所操縦生の生活」 を見て大変興奮し、 「民
間パイロットだ、 これだ!」 と決断しました。
早速航空局へ願書を貰いに行き受験手続を行
いました。 学科試験から身体検査、 適性検査と
無事通過し、 合格通知を受けたのは、 聖橋高等
工学校機械科を卒業する直前だったと記憶して
います。
三堀
美男
昭和60年
岩瀬:ご両親は反対されなかったのですか?
三堀:あのようなご時世ですから、 特に反対は
なかったですね。 多分、 次男坊であったことも
隠れた理由だったかもしれません。
逓信省航空局第11期操縦生となる
岩瀬:何処の乗員養成所ですか。
三堀:当時、 乗員養成所は、 米子、 仙台、 印旛、
古河、 熊本の5ヶ所あり、 昭和17年印旛地方航
空機乗員養成所へ入所しました。
教育は午前中飛行訓練、 午後学科という日が
1週間続き、 次の週は午前・午後の訓練が入れ
替わりました。 飛行訓練や学科は、 きついこと
苦しいこともありましたが、 全般的には楽しい
1年でした。
機種は95式3型初級練習機で次が95式1型中
級練習機 「赤とんぼ」 と呼ばれていました。 入
所後1ヶ月半で、 同期生50名中最初に単独飛行
が許可され、 それまでの飛行時間は約20時間で
した。
卒業前は99式高等練習機で、 1年間で約200
時間訓練しました。
95式3型
初級練習機
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95式1型中級練習機 「赤とんぼ」
99式高等練習機
岩瀬:卒業時の席次も1番だと聞きました。
三堀:昭和18年3月が卒業式でした。 卒業飛行
は、 優等生 (1番、 2番) 以外は、 編隊で飛行
場上空を旋回し、 優等生の2機は、 それぞれ単
独で、 編隊飛行の上空で、 宙返りをはじめ特殊
飛行を実施し、 航空局からの賓客、 卒業生父兄、
近隣町村の招待客、 乗員養成所役職員と後輩た
ちの大喝采を浴びました。 私は成績1番でその
特殊飛行を行う優等生に選ばれる栄誉に欲しま
した。 そして、 卒業飛行後の式典で航空局長よ
り逓信大臣賞 (銀の懐中時計) を授与され、 式
の後2等操縦士の免許をいただきました。
岩瀬:卒業後の進路は決まっていたのですか。
三堀:民間航空のパイロットになる予定でした。
当時の民間航空には、 大日本航空、 中華航空、
満州航空、 南方航空の4つの航空会社があり、
その他には朝日、 毎日、 読売などの新聞社の航
空部もありました。 しかし、 戦時下でもあり、
5つの乗員養成所の約250名全員が水戸陸軍飛
行学校に入校することになりました。
水戸陸軍飛行学校
三堀:水戸陸軍飛行学校は、 水戸の本校、 千葉
県の横芝分教所、 神奈川県の相模分教所に分か
れ、 私は横芝分教所 (生まれ故郷蓮沼村まで約
2.5km) で偵察戦技の教育を受けました。 戦技
訓練は、 直接協同偵察機 (98式直協:立川キ−
36) を使い、
・布盤的射撃 (対地射撃)
・吹流し射撃
・爆撃 (急降下爆撃、 水平爆撃)
・偵察
・通信筒吊り取り、 及び投下
18
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等々でしたが、 実弾を使う実戦さながらの訓練
なので、 真剣にならざるを得ず、 半日の訓練で
くたくたになったものでした。 午前に布盤的射
撃訓練の場合、 午後は立ち入り禁止区域の警戒
勤務ということが繰り返され、 その場所が実家
から非常に近く、 地の利を得て母からの 「ぼた
餅」 の差し入れで同僚たちには大変喜んでもらっ
たものです。
岩瀬:恵まれた環境ですね。
三堀:そうですね、 ただ、 軍隊なので軍人勅諭
の暗唱や、 軍人精神というものの押し付けには
全く閉口しました。
陸軍航空輸送部
岩瀬:卒業後は民間航空でしたか。
三堀:いいえ、 昭和18年10月卒業と同時に、 予
備役に任命され、 即日招集で同僚約30名ととも
に、 陸軍航空本部直轄の陸軍航空輸送部立川飛
行部へ配属されました。 任務は、
①外地第一線部隊に対する補充飛行機の空輸:
工場から出てきた飛行機をテストフライト
し、 10機前後の編隊を組み、 嚮導機に誘導
され、 目的地に空輸する。 納機後、 嚮導機
に全員搭乗し、 基地へ帰還する。 (嚮導;
キョウドウ、 編隊を誘導することを言う。)
②特別任務輸送:特別命令により2機ないし
3機の輸送機 (主として爆撃機) で、 人員、
武器、 弾薬等を空輸する。
概略以上ですが、 当時の航空輸送部は、 立川
飛行部と各務原飛行部 (小牧) の2飛行部で構
成されていました。 出来たてほやほやの新鋭機
を空輸できる喜びでいっぱいでしたが、 11月に
は、 陸軍航空本部が、 熊本の大日本航空の乗員
訓練所に、 嚮導機の機長要員の養成委託契約を
結び、 その第一期生として、 軍籍のまま派遣さ
れることになりました。
岩瀬:軍から民間へ訓練委託というのは珍しい
ことではありませんか。
大日本航空熊本訓練所
三堀:そうですね。 これが初めてだったようで
す。 立川から10名、 各務原から20名、 計30名で
した。 所長は、 逓信省航空局から軍への委託学
生第一期生の中尾純利さんでした。
岩瀬:教官にはどなたがいらっしゃいましたか。
三堀:教官陣は、 中尾さんを長として片山 (久)
さん、 森田 (武) さん、 土井さん、 柴垣さん、
斉藤 (羊) さんと、 全員が当時の大日本航空の
大キャプテンであり、 まさに雲の上の先輩たち
でした。 他に、 「ニッポン号」 の通信士であっ
た佐藤 (信) さんが、 無線航法の教官でした。
岩瀬:一部の方は存じ上げています。 訓練の内
容をご紹介ください。
三堀:熊本訓練所が使用する熊本健軍飛行場が
出来上がるまでの1ヶ月間は、 大阪伊丹空港で
訓練が始まりました。 訓練科目は大別下記のと
おりでした。
①未経験である双発大型機の操縦習得 (未修
訓練)
②計器飛行
③航法 (推測航法、 無線航法)
97式重爆2型の訓練は、 伊丹から熊本に移っ
てもしばらく続き、 その後、 当時最新鋭重爆機
の100式重爆撃爆 「呑龍」 の操縦訓練と計器飛
行がたたきこまれました。
それに加えて、 主目的であった推測航法と無
100式重爆撃機 (呑龍)
線航法訓練と、 実地の洋上航法訓練が手とり足
とりで行われました。 残念ながら、 3ヶ月の訓
練中、 「呑龍」 で2件の事故が発生し、 死亡3
名、 重傷者2名でした。
昭和19年1月、 3ヶ月の訓練が終了し、 陸軍
航空輸送部長 (中将) の臨席のもと卒業式が行
われ、 私は成績1番で部長賞 (軍刀一振) を授
与されました。 この間に、 陸軍航空輸送部は、
組織替えにより立川と各務原両飛行部が解散と
なり、 第1∼第10飛行隊に編成されました。
陸軍航空輸送部第9飛行隊
三堀:卒業後は、 私と樋口氏、 石田氏、 北原氏
の4人が、 次期委託生の助教として残ることに
なりました。 昭和19年4月、 第2期委託生の卒
業と同時に私と石田氏は、 陸軍航空輸送部第9
飛行隊へ配属されました。
両名は、 訓練使用機の 「呑龍」 を1機ずつ空
輸しながら、 所沢へ赴任しました。 そこでの最
初の任務は、 操縦下士官10名の 「呑龍」 の操縦
教育でした。 これは2ヶ月で終わり、 その後は、
戦闘機の空輸編隊の嚮導機として、 あるいは、
人員、 物資等の特別任務輸送を97式重爆撃機を
使用して、 機長として南方戦線へ幾度となく往
復しました。
岩瀬:その中で、 強く印象に残っている出来事
があったとのことですが。
田んぼへの不時着
三堀:忘れもしない昭和19年9月のことでした。
当時、 私は日本で印刷された中華民国の紙幣の
空輸を担当していました。 上海から雁ノ巣へ帰
る飛行中、 97式重爆撃機の左エンジンが突然止
まりました。 雁ノ巣の飛行場の近くまで来てい
たので、 すぐに雁ノ巣に下りればよかったので
すが、 雁ノ巣では修理ができない。 同乗の航空
機関士とも相談して、 修理可能な航空廠のある
太刀洗飛行場まで飛行することにしました。 そ
こには少年航空兵の学校があり、 私たちの飛行
機が着陸態勢に入った時、 真正面から赤トンボ
2008 JUL
19
が近づいてくるのが目に入り、 とっさにこの中
に降りたら危険だと判断し、 上空ぐるりと回り
再度着陸しようと滑走路に機首を向けた途端に、
なんと残っていたもうひとつのエンジンも止まっ
てしまいました。 機は急速に降下しあっという
間に地上が近づいて、 目の前に小学校の校庭に
生徒たちが大勢いるのが見えました。 このまま
では 「あぶない!」 と無意識に左足でラダーを
思い切り蹴飛ばしたと同時に、 飛行機は左に急
旋回し、 間一髪うまい具合に学校の裏の田んぼ
に不時着しました。 田んぼはメチャメチャになっ
たけれども、 誰もケガもなく切り抜けることが
でき幸運としか言いようがありません。 機体も
腹をすりむく程度ですみ、 輪切りにして航空廠
まで運び、 修理しました。 この間本隊から 「飛
行機が修理できるまでそこにいろ!」 との命令
で、 太刀洗に滞在し、 約1ヵ月後本隊所沢に空
輸して帰りました。 瞬間ラダーを蹴飛ばした左
脚に感謝したい思い出です。
1式戦闘機 「隼」 の10機編隊空輸の嚮導
岩瀬:1式戦闘機 「隼」 の10機編隊空輸の嚮導
機任務もされたとか。
三堀:2組の5機編隊を所沢から九州新田原、
沖縄那覇、 台湾併東経由フィリピンのクラーク
飛行場へと誘導したことがあります。 併東まで
は全機順調に飛行し、 昭和20年1月2日、 併東
を出発しクラーク飛行場へと、 敵機を警戒しつ
つバシー海峡を渡りおえようとした時、 左につ
いていた5機編隊がいなくなったことに気付き
ました。 多分故障機が出たため台湾へ引き返し
たものと思い、 そのままクラーク飛行場へ向か
い、 無事に5機を納機後、 編隊員を全員収容し、
空襲を避けるためリンガエン湾岸にあるバンバ
ン飛行場まで引き返し1泊し、 翌朝暗い中を離
陸、 併東に帰還して5機の消息を待つも行方知
れずで、 大変心配しました。 5日になって初め
て消息がつかめ、 予想通り長機のエンジン故障
のため、 全機を連れてアバリ飛行場に着陸し、
修理の後全機クラーク飛行場に飛び無事に納機
したとのことで一安心でした。 その後いろいろ
20
2008 JUL
な経過をたどり、 そのときの編隊長は台湾嘉義
飛行場で私の目の前で着陸時、 2回目の着陸復
行の際、 墜落し死亡してしまいました。 親友で
あっただけに残念至極で、 一晩中泣きかつ飲み
明かしたものです。
串本節の思い出
三堀:満州の奉天まで、 97式重爆機の故障が直っ
たから引取りに行くようにとの命令を受けたの
は、 昭和20年2月のことでした。 所沢の飛行場
から別の飛行機に便乗し、 帰りは故障が直った
機体を操縦して帰る予定でした。 便乗した機体
は、 当時満州航空の嘱託パイロットが操縦する
99式高練で、 私は後部座席に座り所沢を離陸、
途中から雲の中を飛行するうちに、 多分鈴鹿山
脈の上空あたりだと思っていたころ、 着氷が始
まりました。
満州航空のパイロットは、 下に降りようと雲
の穴を見つけ降下を開始し、 やっと雲から脱出
したとき、 下には湾のような水面が見えました。
ちょっと安心をしたのもつかの間、 今度はパイ
ロットが自機の位置がわからず、 ノコギリのよ
うな湾と陸地を近づいたり離れたりの蛇行飛行
を続けるうちに、 「ああ、 ダメだ、 不時着しま
す!」 と自信のない声で叫びました。 「ちょっ
と待て!操縦を代わろう。 後は俺に任せろ。」
といって、 ふと下を見ると巡航船が走っている
のが見えました。 ∼ここは串本向いは大島、 仲
を取り持つ巡航船∼私の脳裏にとっさにこの歌
が浮かび、 「ヨシ、 ここは串本に間違いない。
近くの飛行場は高知県の土佐だ!」
運よく土佐の飛行場上空に来たのは、 それか
らしばらくしてからでした。 無事着陸し地上滑
走の途中で突然エンジンが止まってしまいまし
た。
あと5分遅れていたら、 串本の巡航船が見え
なかったら、 自分と操縦を替わらなかったら、
等と思うと握った操縦桿の手がじっとりと汗で
ぬれていました。 何と幸運なことだろう。 今で
も串本節を聞くたびにこの出来事を思い出しま
す。
岩瀬:われわれ戦後派パイロットとの飲み会で、
串本節をよく歌われた原点がこのエピソーにあ
るわけですね。 終戦までの、 その他のエピソー
ドをもうすこしお願いします。
鬼界ケ島夜間救出作戦
三堀:昭和20年5月、 沖縄への特攻機の多くが、
天候や機材故障で奄美大島東の鬼界ケ島へ不時
着し、 その乗員の救出と島への弾薬・食料の補
給とを兼ねた作戦が、 所属する所沢の第9飛行
隊へ下命され、 福岡の第6航空軍の指揮下に入っ
た。
第6航空軍担当参謀からは、 今回の出撃は陸
海軍協同のもとに、 総勢100機であり、 1番隊
は戦闘機隊、 2番隊は爆撃隊、 3番隊は特攻隊、
4番隊は諸君たちの輸送部隊で、 鬼界ケ島救出
隊の成功を祈る、 との非常に楽観的訓示があり、
S編隊長からの指令は、 当然のことながら具体
的でした。
①最終出発基地は鹿之屋海軍飛行場で、 出発
時刻は午前2時、 夜間低空飛行にて鬼界ケ
島へ。 板付帰還は、 夜明けの予定。
②編隊の離陸に際しては、 敵機からの補足を
避けるため、 長機、 2番機、 3番機は編隊
を組まず、 5分間隔で離陸すること。
③鬼界ケ島飛行場は、 昼間空襲により滑走路
に大穴多数あり、 夜に入ってから穴埋め補
修。 また夜間着陸灯火設備もままならず、
もし着陸不可能と判断したら、 物資のみ投
下して帰還すること。
この作戦は予定通り決行されましたが、 担当
参謀の訓示の内容とは全く逆の結果になりまし
た。 1番隊から3番隊は全滅、 4番隊も編隊長
機も撃墜されてしまうという惨憺たる結果に終
わりました。 その後は4番隊の2番機 (三堀)、
3番機 (樋口) の2機で、 救出作戦を敢行し、
2番機は2回で40名、 3番機は3回で60名、 計
100名を救出できました。 (鬼界ケ島:現在は喜
界ケ島)
夜間特別攻撃隊の訓練
岩瀬:その後、 終戦まで続いた任務が、 非常に
珍しい特攻隊のパイロット訓練だったそうです
が。
三堀:終戦直前の昭和20年7月、 夜間攻撃の特
攻隊乗員の訓練を、 前橋飛行場で実施する任務
を与えられました。 訓練生は乗員養成所本科2
期生で、 教官も訓練生も当然のこととしてこの
任務を遂行する雰囲気でした。 2枚翼の赤トン
ボを使用しての夜間体当たり訓練もようやく終
わりに近づき、 いよいよ攻撃命令が出る頃、 運
命の原子爆弾が広島、 長崎に投下され、 昭和20
年8月15日終戦となりました。 敗戦という無念
さと、 死なずに済んだという安堵感とが入り混
じり、 泣いたり、 ほっとしたりの状態になった
ことが強く記憶に残っています。
岩瀬:終戦までのこれらの体験を、 どのように
思っておられるか、 総括していただけますか。
戦前の飛行体験の総括
三堀:社会情勢が若者にチャンスをくれたと思っ
ています。 飛行機の空輸、 人員・機材の輸送等々、
20歳前に1本立ちの機長として主として東南ア
ジア方面に、 平均して月2回程度の飛行を実施
しましたが、 すべて機長の判断がものをいう時
代でした。 気象判断、 飛行計画、 高度もルート
もすべてパイロットの判断、 与圧装置が無いの
で長時間の高高度飛行は不可能でした。 目的地
の地形を考慮しながら高度を下げ、 地上 (海上)
を這いながら着陸するという具合でした。 日本
から台北へ行く場合、 陸軍機は九州から沖縄経
由で島伝いに飛行するのが普通でしたが、 我々
は福岡から台北へ直行する航路を、 推測航法、
無線航法で飛び、 到着1時間前に雲の下へ出て
コース上の尖閣島を発見確認し、 ヨシヨシと一
人で自己満足し、 またほっとしたものです。 航
空交通管制が全く無い時代なので、 自由といえ
ば自由に飛べた時代ですが、 危険と苦労が重な
りあい、 大変であったのも事実です。 しかし、
若さと冒険心と、 それに恰好良さが加わり、 毎
2008 JUL
21
日楽しく飛んだものです。
この時期、 空輸における死亡及び行方不明の
事故の中で、 航法の誤りによるものが約70%∼
80%、 残りが離着陸と戦死となっており、 終戦
まで生きながらえてフライト出来たことは幸運
もあるけれども、 日本航空熊本訓練所で受けた
計器飛行と航法の訓練のお蔭であり、 今でも感
謝しています。 加えて不断の研究努力にもよる
ものと自画自賛しています。 若くして操縦訓練
を担当させてもらったことも、 後の日本航空で
の教官業務に大いに役立ちました。
………………………………………………………
中尾純利先輩からの手紙
岩瀬:終戦後のエピソードに移りたいと思いま
す。 朝鮮戦争の真只中、 米極東空軍で飛行訓練
を受けられたお話をぜひご紹介ください。
三堀:復員後、 網元の家業を手伝い、 結婚し、
食糧難の時代を、 何とか一家が生活出来るよう
懸命に働きました。 兄と叔父の戦死が判ってか
らは、 跡継ぎとして家業の切り盛りをすること
になっていました。
そんな或る日、 大日本航空熊本訓練所でお世
話になった中尾純利さんから、 突然思いがけな
い手紙が届き、 飛行機に乗りたければチャンス
があるから、 英語を勉強しながら後便を待てと
ありました。 昭和27年2月、 中尾さんに呼ばれ、
将来の民間航空の要員になるため、 米空軍で訓
練を受けないかとの信じられない話がありまし
た。
また飛べるという魅力には勝てず、 強く反対
した父を説得し、 現在のこと将来のことをよく
話し合い、 弟に実家を譲ることにして、 やっと
了承を得、 昭和27年10月、 米極東空軍に入りま
した。
使用機種は、 4発大型機の B-17 で別名 「空
の要塞」 といわれ、 中国大陸から日本本土を空
襲した最初の飛行機です。 宿舎で学科、 立川飛
行場では飛行訓練があり、 先ず B-17 の操縦を
習得し、 次に、 福岡、 千歳と航空路飛行訓練、
ADF アプローチや、 GCA 等々の計器飛行方
22
2008 JUL
B-17 「空の要塞」
法の実地訓練、 英語での航空交通管制の管制指
示や誘導にびっくりしたり感心したりの連続で
した。 さらに、 将来に備えて、 定期運送用操縦
士 (ATR) の学科試験科目のひとつであるフ
ライトプランの練習、 及び航空級無線通信士の
国家試験の勉強も行い、 無事学科試験に合格し
ました。 民間航空会社へ入社する上で、 有利な
準備が出来、 中尾さんの推薦により日本航空へ
入社することになりました。
米空軍での訓練は、 戦後の新しい飛行方式な
ど、 本当によい勉強をさせていただきました。
中尾さんや米軍の教官に心から感謝をしていま
す。
日本航空入社
岩瀬:日本航空に入社後のいろいろなエピソー
ドをご紹介ください。
三堀:日本航空入社は、 昭和29年5月19日でし
た。 定期運送用操縦士の学科試験と航空級無線
通信士の試験に合格していたので、 佐竹さんと
私の2人は、 正式な入社試験を受けて入社した
パイロット4期生を飛び越えて、 パイロット3
期生へ編入入社となりました。 日本航空パイロッ
トの内、 パイロット1期生は全員米国で ATR
ライセンスを現地で取得、 2期生、 3期生は学
科試験合格者から順次実地試験の訓練に投入さ
れていました。 いまだ半数以上が学科試験に合
格していなかったため、 私は3期生の最後の入
社にもかかわらず、 比較的早く双発のビーチク
ラフトで実地試験訓練を受けることができまし
た。
岩瀬:実用機でない機材で ATR の実地試験が
行われていたとは意外でした。 局の試験管はど
なたでしたか。
三堀:宮本さんです。
DC-4 副操縦士に昇格
岩瀬:DC-4 の座学と実地試験はいつごろ受け
られましたか。
三堀:先輩方で、 実地試験に不合格になる方が
多く、 私は、 思ったより早く DC-4 の副操縦士
昇格訓練に投入され、 入社半年後の12月にチェッ
クアウト出来ました。
当時、 日本航空では、 国際線運航のために
DC-6B を購入し、 昭和29年2月東京―ホノル
ル―サンフランシスコ線を開設していました。
私は、 機長になるための飛行時間2,000時間が
不足していたので、 時間稼ぎをするため昭和30
年5月 DC-6B の副操縦士となり、 国際線に乗
務しました。
機長訓練 (OJT:On the Job Training)
三 堀 : 昭 和 31 年 2 月 、 機 長 資 格 の 飛 行 時 間
2,000時間が近づいたということで、 国内線
DC-4 に帰り OJT に入りました。 当時も、 機
長養成は、 2人のセイフティ・キャプテンの
OK サインにより訓練終了となり国家試験を受
けることになっていました。 一人目のセイフティ・
キャプテンは、 2期生の後藤さんで、 1ヶ月で
OK がでました。 2人目は1期生の富田さんと
なり、 半月で OK がでました。 昭和29年入社
後、 丁度2年目で DC-4 型機の機長となりまし
た。
岩瀬:さて、 DC-4 機長となられてから、 立川
飛行場でのオーバーラン事故がありましたが、
経緯をご紹介いただけますか。
立川飛行場でのオーバーラン事故
三堀:昭和32年6月、 その日は関東地方に大風
大雨警報が出ている悪天候下、 大阪空港から羽
田空港へのフライトで、 大島上空まで来たとき
羽田空港が悪天候で閉鎖となり、 大阪へ引き返
すことになりました。 その時、 スチュアーデス
より乗客の70歳位のおばあちゃんが、 心筋梗塞
で苦しんでいるとの報告があり、 一刻も早く入
院させなければと、 いくらか天候のよい立川飛
行場へ向かいました。 GCA で着陸したが、 滑
走路が大雨による水溜りとなっていてブレーキ
がほとんど効かず、 止まりかかりながらも滑走
路をオーバーランして、 飛行機を壊してしまい
ました。 まことに申し訳ないことになってしま
いましたが、 乗客乗員全員無事で、 心筋梗塞の
おばあちゃんも早く入院でき、 命を取り止めた
と聞き、 せめてもの慰めとなりました。 航空局、
会社両者の事故調査の結果、 原因は濡れた滑走
路上でのハイドロプレーニングの結果であると、
無罪放免となりました。 社長へ挨拶にいったと
ころ、 当時の柳田社長から 「一人のお客様のた
め、 他の大勢の生命を危険に持ち込まないよう、
今後注意して欲しい」 との言葉がありました。
もっともではありますが、 何か割り切れなさの
残る感じを抱いたものです。
DC-6B 型機機長/DC-7C 型機機長
岩瀬:国際線機長乗務はいつごろからですか。
三堀:昭和33年1月、 DC-6B の機長となり、
ホノルル、 サンフランシスコ路線と、 香港から、
マニラ、 バンコク、 シンガポールと路線が拡張
されていきました。 戦時中から約12年ぶりの東
南アジアで、 懐かしく感無量でした。 中でも香
港空港は滑走路も短く、 山と山の間を縫って着
陸する最も難しい空港のひとつでした。
そして、 昭和34年4月新型機 DC-7C が導入
され、 その機長となりました。 何より良かった
ことは、 航続距離が伸びたことで、 今までウエー
キ島経由でホノルルへ飛んでいったのが、 東京―
ホノルル直行フライトが可能となったこと、 お
よびウエザー・レーダーの装備により、 悪天候
を回避することが容易となり助かりました。 ま
た、 ホノルル―ロスアンジェルスの路線開設便
の機長を務め、 現地で大歓迎を受けました。 た
だ、 DC-7C は、 エンジン (P & W3350) がよ
2008 JUL
23
く故障したため稼働率が悪く、 約6年後の昭和
40年10月には退役してしまいました。 当時は、
DC-6B と DC-7C 両機とも機長として乗務する
ことができました。
DC-8型機機長
岩瀬:昭和35年に日本航空は最初のジェット輸
送機 DC-8 型機を導入したわけですが、 日本航
空では、 受け入れ準備のために航空自衛隊の協
力を仰いだと聞きましたが、 どのようなことだっ
たのですか。
三堀:乗員の予備教育として、 昭和35年に入っ
て早々に、 ジェット・エンジンと諸システムの
勉強のために、 浜松の航空自衛隊へ約10日間ず
つ順次派遣されました。 その後、 引き続き
DC-8 導入済みのパンナムとユナイテッドと、
製造元のダグラスの3社に、 パイロットとエン
ジニア夫々3∼4組ずつが派遣され、 委託訓練
を受けました。 私はダグラス組でした。 昭和35
年10月、 DC-8 型機の機長となりました。
赤トンボから18年目、 入社して6年目でした
が、 航空機の発展は何と目覚しいものかと驚嘆
せざるを得ませんでした。
ピュアー・ジェットの DC-8-30 から、 ファ
ン・エンジンが装備された50シリーズ、 胴体を
伸ばした61シリーズ、 さらに米国西海岸までノ
ンストップで飛べる62シリーズへと発展型が出
現し、 いずれも日本航空は導入しました。
岩瀬:DC-8でのエピソードをいくつかご紹介
ください。
DC-8 型機
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2008 JUL
主輪タイヤパンクによる緊急着陸
三堀:昭和36年6月、 ホノルルへ向けて羽田を
離陸したとき、 左タイヤがパンクした様なので、
引き返しローパスをして地上から点検してもらっ
たところ、 左側メインタイヤの一つがパンクし
ていることが確認され、 緊急着陸をすることに
なりました。 地上の準備にかかる時間も考慮し、
房総沖で着陸重量になるまで燃料を棄て、 乗客
に食事のサービスをし、 着陸時火災となった場
合の全乗員の持ち場の確認を行い、 離陸して約
2時間後、 消防自動車が待機する中を無事着陸
しました。
DC-8導入間もない頃のトラブルなので大騒
ぎとなり、 テレビやラジオで報じられました。
DC-8操縦教官
岩瀬:乗員訓練部の教官になられたのはいつで
したか。
三堀:昭和37年3月、 DC-8 の操縦教官となり
ました。 所長は、 瀬川さんでしたね。 当時、 日
本国内では DC-8 の訓練ができる飛行場が無かっ
たために、 訓練量に応じて1機又は2機をアメ
リカまでもって行き、 サンフランシスコを基地
に、 サクラメントおよびシアトル等を渡り歩く
ジプシー訓練を実施したものです。 冬のある日、
朝真っ暗いうちから、 エア・ワークでのストー
ルの課目を実施中、 失速警報が鳴る前に 「ガタッ、
ガタッ」 とコンプリート・ストールに入ってし
まいました。 あわてて操縦を替わり、 機を立て
直しながら、 アイシングだと気が付き、 翼の照
明灯をつけチェックしたところ、 翼の前縁に氷
がびっちりと付いていました。 ディアイスのス
イッチをいれて氷を溶かし始めた頃、 エンジン
のカウリングについていた氷の塊がエンジンの
中に飛び込み、 エンジンを1発坊主にしてしま
いました。 幸いにも他の3つのエンジンは無事
で、 早々に基地であるサンフランシスコに引き
返しました。 壊れたエンジンは交換、 その日の
訓練はすべて中止となりました。
DC-8 STP の作成と外人パイロット教育
三堀:日本人の DC-8 操縦教官も自分たちが受
けた異なった会社の訓練の影響を受け、 JAL
自前の訓練になっても教官によって、 細かい部
分で操作手順の違いがあり訓練生が戸惑うこと
が多くなりました。 そこで前島主席と相談し、
DC-8 用 の STP (Standard Training Procedures) の教材を作成することになり、 10日間
で完成させ、 その後の訓練方式の統一を図りま
した。
岩瀬:その STP にはお世話になりました。 英
文のB5版だと記憶しています。 IASCO (International Airmen Service Company) 所属
の外人キャプテンと、 フライト・エンジニアの
第1組が訓練を受ける頃で、 私たち同期生も、
同じ時期にサンフランシスコで実機訓練をうけ
ました。
三堀:IASCO のセニヨリティの上位から、 キャ
プテン4人と、 3人のエンジニアだったとおも
います。 岩瀬君の教官とチェッカーは誰だった
ですか。
岩瀬:教官は、 ダグラスのマッケイブ、 チェッ
カーは、 CAB が広田さん、 会社は木本キャプ
テンでした。 あれ!逆にインタビューを受けて
いますネ。
三堀:IASCO の1番バッターは出来が悪くぎ
りぎりの合格、 2番、 3番は、 操縦技量は申し
分なし、 4番は条件付合格となりました。 マッ
ケイブは良い教官だったでしょう。
岩瀬:非常に細かくメモをとるキャプテンでし
た。 ブリーフィングもデブリーフィングも時間
を十分かけて、 若い日本人のパイロットを指導
してくれました。 13年後、 DC-10 の領収・訓
練のときに再会し、 昔 DC-8 のときのブリーフィ
ングもデブリーフィングも長かった話をしたら、
「今はもっと長いよ!」 と笑っていました。
さて、 あの奇跡の生還の話をお願いします。
フラット・スピンからの奇跡の生還
三堀:忘れもしない昭和38年12月30日、 やっと
米軍から OK のでた沖縄訓練の初日で、 機材
は早朝空輸されてきた JA8002 でした。 私は第
2ラウンドの担当でしたが、 エアーワーク・エ
リアや場周経路などの確認もあり、 第1ラウン
ドに同乗しました。 12,000フィートで2人目の
エア・ワークの時のことでした。 Vmca2 の訓
練中、 誤ってフラット・スピンに入ってしまい
ました。
岩瀬:旋転の方向は右ですか左ですか。
三堀:右だったと思います。 フラット・スピン
に入れば脱出不可能が常識です。 ところが、 2
旋転目のとき、 遠心力で外側のエンジンがもぎ
取られ、 2個編隊で落ちていきました。 その結
果重心位置が前方に移動したため、 徐々に機首
下げとなり、 OFF になっていたラダー・パワー
を ON とするようアドバイスし、 4回目のス
ピンがスローペースとなり、 高度7,000フィー
トで無事脱出できました。 不幸中の幸いは、 操
縦に必要な油圧系統を持っている2番3番エン
ジンが残ったことでした。 死を覚悟した直前に
は、 家族の顔などが走馬灯のように浮かんでく
るといわれているが、 われわれ教官連はそれど
ころではなく、 スピン脱出に精一杯でした。 私
は、 ここで訓練生と代わって機長席に着き、 右
席の教官と操縦を交代し、 那覇コントロールに
緊急着陸を要求しました。
高度7,000ft を維持しつつ、 那覇空港へ向か
う帰投フライト中、 次のことが判明しました。
落下して無くなっている No.4エンジンの
ファイヤー・ウオーニングが点灯。
翼先端の燃料パイプの破損による燃料の噴
出。
No.4エンジン落下のとき、 No.3エンジン
のパイロンにぶつかったらしく、 No.3エ
ンジンはグラグラしているがしぶとく回っ
ている。
落下エンジンに繋がっていた電気配線が吹
きさらしになって、 翼の上でパチパチ火花
を散らしていた。
翼先端の流出燃料に火がついたら空中火災だ
と心配したが、 フライト・エンジニア教官の必
2008 JUL
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死の努力で燃料の流出が止まり火災にはならな
かったのは幸いでした。 は無視することにし、
No.3 エンジンは回っている限り使用すると決
断し、 No.3 エンジンが止まってシングル・エ
ンジンになっても、 着陸できるよう、 那覇と嘉
手納の中間地点まで、 高度7,000ft をキープし
てフライトし、 那覇空港へ無事に着陸したのは、
フラット・スピンにはいってから、 約40分後で
した。
岩瀬:すごい体験ですね。
三堀:No.1 と No.4 エンジンを失い、 No.3 エ
ンジンもマウントボルト1本でかろうじて支え
られている状態それに翼の前縁がかなり剥がれ、
骨格である第一スパーがむき出しになっている
下の写真のような姿で、 那覇空港に無事着陸し
たときは、 日航関係者はもとより、 緊急体制で
待機してくれていた米軍も、 奇跡の生還として
歓声をあげ迎えてくれました。
沖縄での訓練は中止となり、 大晦日に帰宅、
昭和39年の新年を生きて元気に迎えることが出
来ました。 その後は、 またアメリカでのジプシー
訓練が再開されました。
No.1 と No.4 エンジンを失った DC-8 型機
主席操縦教官 (DC-8 機長兼 B-727 機長)
三堀:その後、 主席操縦教官となり、 DC-8 と
CV-880 の教官たちのまとめ役となりました。
DC-8 の実機訓練はサンフランシスコで、 ま
た CV-880 の訓練がロスアンジェルスで実施さ
れました。
この頃教官心得として強調したことは、
①5つ教えて3つ褒め、 2つ叱って、 指導せ
よ。
②飛行前のブリーフィングは十分に。
という2つでした。
岩瀬:2機種の教官を束ねておられたとは知り
ませんでした。 昭和40年に B-727 が導入され
た頃のお話をお願いします。
三堀:昭和40年6月の国内線就航に先立ち、 基
幹要員が指名されました。 訓練部から2名、 査
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2008 JUL
察乗員室から2名計4名のパイロットと航空機
関士が4名選ばれ、 シアトル・レントン飛行場
で座学、 シミュレーター、 実機訓練と一連の訓
練を受けました。 昭和40年4月に B-727 機長
に発令され、 機長移行訓練に没頭しました。 当
時 は 、 DC-6B と DC-7C の よ う に DC-8 と
B-727 も2機種乗務が許されている時代でした。
B-727 型機
JAL のパイロットや航空機関士の B727 の
実機訓練は、 当初は米国サンフランシスコで集
中的におこなわれ、 一時期アリゾナ州のツーサ
ン (Tucson) を基地にしました。 岩瀬君はど
こで訓練を受けましたか。
岩瀬:副操縦士移行訓練はサンフランシスコで、
教官はボーイングの Adams キャプテンだった
と記憶しています。
教官から査察操縦士へ
三堀:昭和42年に査察乗員室に配属となり、 担
当する機種は、 メインが B-727、 副が DC-8 で
した。 ここでもチェックの標準化を図るべく、
訓練部時代の STP と同じように、 他の査察操
縦士と協力して、 審査基準書を完成させました。
昭和43年11月、 サンフランシスコで ILS ア
プローチ中に DC-8-62 が不時着水する事故が
発生しました。 原因はパイロットの新しい FD
(Flight Director) に対する理解不足とされ、
全 DC-8 のパイロットに、 再訓練が義務付けら
れ東京での座学訓練を担当しました。
岩瀬:当時、 実機訓練にわざわざサンフランシ
スコに出向いた記憶があります。
運航技術部試験飛行室
三堀:昭和44年4月、 運航技術部が新設され、
その中に試験飛行室が誕生し、 各機種から1∼
4名のキャプテンおよび航空機関士が任命され
ました。 パイロットが大川室長・三堀・小谷野・
桜庭・岩瀬、 航空士の山下、 航空機関士として
早野・河野・小酒井・数ヶ月おくれで阪谷・井
出の各氏でした。 試験飛行室での最初の仕事は、
DC-8-62 の領収検査飛行でした。
岩瀬:私はまだ B-727 のキャプテンで、 オー
バーホール後の耐空検査を主に担当しました。
B-747 受け入れ準備と1号機領収検査飛行
B-747型機
(Specific Behavioral Objectives) という概念
を暗中模索で勉強しながら、 AOM の作成に全
力を注ぎました。 その年の12月、 機長15名と航
空 機 関 士 10 名 が 、 第 1 陣 と し て シ ア ト ル で
B-747 の訓練に入りました。 1月末で Ground
School を終わり、 2月からシミュレーター訓
練が続き、 その間に領収飛行検査マニュアルを
まとめ上げ、 4月にはいって、 大川試験飛行室
長を主席領収飛行審査員として、 私も加わり1
号機の領収飛行が始まりました。 実機訓練は未
実施の段階だったので、 ライセンス無しで飛ん
だわけです。 1号機は3回のフライトで OK
となりました。
B-747型機
機長
三堀:この機体 (JA8101) はシアトルで訓練
に使用されました。 訓練時間は2回で4時間、
3回目はチェックというスケジュールでした。
ボーイング・フィールドを離陸し、 エア・ワー
クをしながら、 モーゼスレークに行き、 アプロー
チ、 ランディングの訓練をし、 ボーイング空港
へ帰るというパターンで行われました。 私は前
島さんとペアを組み、 グループの最初の合格者
でした。 帰国後、 5月に B-747 型機の機長発
令を受け、 2号機のために再度シアトルを訪れ、
領収飛行を終え羽田へ空輸しました。
岩瀬:まだまだ沢山のエピソードをお持ちです
が、 これでインタビューを終わります。 長い間
本当に有難うございました。
三堀:どういたしまして。
三堀:昭和44年7月より、 B-747 の受け入れ準
備 に 取 り 掛 か り 、 Boeing が 採 用 し た SBO
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航空経歴:
大正14年10月:千葉県生まれ
昭和17年4月:逓信省航空局第11期操縦生
印旛地方航空機乗員養成所
昭和18年4月:水戸陸軍飛行学校横芝分教所
昭和18年10月:陸軍航空輸送部
昭和18年11月:大日本航空熊本訓練所
昭和19年4月:陸軍航空輸送部第9飛行隊
昭和20年8月:敗戦復員
DC-4 型機
昭和27年10月:米極東空軍
昭和29年5月:日本航空株式会社
昭和29年12月:DC-4型機
昭和30年5月:DC-6B 型機
昭和31年4月:DC-4型機
昭和33年1月:DC-6B 型機
昭和34年4月:DC-7C 型機
昭和35年10月:DC-8型機
副操縦士
副操縦士
機長
機長
機長
機長
昭和37年3月:運航乗員訓練部 DC-8操縦教官
昭和39年3月:運航乗員訓練部主席操縦教官
昭和40年4月:B-727型機
DC-6B 型機
機長
昭和42年3月:査察運航乗員室査察操縦士
昭和44年4月:運航技術部試験飛行室
昭和45年5月:B-747型機
機長
昭和48年2月:運航乗員部 DC-8 第1乗員室長
昭和50年7月:運航技術部次長・試験飛行室長
昭和55年1月:B-747運航乗員部長
昭和60年10月:定年退職
操縦経験機種:20機種
総飛行時間:19,500時間
DC-7C 型機
……………………………………………………………………………………………………………………
インタビューを終わって;
一人のエピソードを10∼12頁以内にまとめ、
・OSA で着陸時尻餅事故を起こした機体の、
1回で掲載するとの編集委員会の内規で、 三堀
整備後の羽田への Ferry Flight を実施。
キャプテンの40数年の波乱に満ちた航空人生が
途中で終わってしまいました。 省略したその後
「雲無心」 は、 ご自分史のタイトルでもあり、
のエピソードの一部を項目だけで紹介します。
座右の銘とされているそうです。 その心を解
・田中角栄総理の VIP 機の機長を数回務める。
説していただきました。
・DC-10初号機の領収飛行検査団長として、 領
「雲無心」 ;大空を雲が静かに流れていくさま
収飛行 (担当岩瀬) に立ち会う。
を表わしたものであり、 その心は;
・ANC の貨物機 (DC-8 F) の事故調査飛行を
「物事にこだわらず、 素直な気持ちで 悠々と
担当。
人生を歩いて行く」
28
2008 JUL
航空機運航
と
(最終回)
地球環境問題座談会
3
主催:運航技術委員会地球環境問題分科会 2008年3月24日開催 JAPA会議室
Descent Phase
岩瀬:それでは、 End of Cruise (Top of Descent) をどのように考えているか、 という
ところからスタートしたいと思います。 北村
さんから。
【Cost Index を変えると?】
北村:B777 では Cost Index を変えると特に
Descent Speed が大きく変化します。 弊社で
は通常80を使っていますが、 例えば40にする
と多分 M.81/270kt 位、 Cost Index 0では
250kt 位になってしまいます。 ですから追い
風の時はとても効率的な Descent になるの
ですが、 やはり遅すぎて他の Traffic に迷惑
をかけてしまう恐れがあります。 そのあたり
は過渡期ということでしょうか。
岩瀬:Cost Index は Pilot が変えていいこと
になったのですか?
北村:最近、 変わりました。 定時性が確保でき
るのであれば、 状況に合わせて Cost Index
を変える Pilot は増えていると思います。
【一番良い Descent Speed は?】
中村:将来的には航空機側の速度 (IAS)、 Top
of Descent (TOD) の情報、 並びに到着順
位 や 到 着 時 刻 な ど の 様 々 な 情 報 を VHF
Data Link で ATC と航空機間でやりとりし
ながら運用するという時代になると考えられ
ています。
増田:そうなると、 無駄がないですね。 現状は
Speed を出して追い越す方がいいのか、 その
●文責 大塚
ままでいった方がいいのか、 非常に迷うケー
スが多いですね。 機種が色々あって Speed
がバラバラですからね。
中島:以前あるグループで各機種の Speed が
どれくらいで降りてくるのか、 ということを
調査して、 ECON の Descent Speed として
は280kt くらいが、 全機種共通の IAS とし
てはいいだろう、 とした経緯があります。 そ
うすると、 Separation との関係で管制もあ
まり困らないだろう、 ということです。
北村:管制官から Speed を指示されれば、 私
達は当然それを維持します。 しかし、 いつで
も280kt というのは、 合理的でないと思いま
す。 遅れていればお客様のために1分でも取
り戻したい場合もあります。
岩瀬:今年は洞爺湖サミットの関係で、 地球環
境問題が世間の関心事となっていますが、 航
空界も地球環境を優先させた Operation を
します、 という Policy を大々的に PR すれ
ば、 お客様に多少のご迷惑をかけても納得し
ていただけるのではないでしょうか。
中島:以前、 時間と燃料の消費量を、 在来ジャ
ンボで計算したことがあるのですけれど、
30,000ft 以上の巡航高度から High Speed で
降りると280kt と比べて、 違いは10,000ft/
250kt まで−1.5分。 燃料にして+300lbs く
らいなんですね。 B747-400で FMS に計算さ
せても−1分なにがしか、 という値で燃料も
+300lbs。 計算上、 FMS も同じようなもの
です。 ですから Speed を速くしても、 時間
はたかだか−1分くらいなんですね。 燃料は
ドラム缶で+1本くらいになります。
敬久
2008 JUL
29
【時刻表についての Policy】
北村:話が戻りますが、 国内線の Time Table
をもう少し時間的に余裕をもって設定して欲
しいですね。 例えば出発が遅れてそれを取り
戻そうとすれば、 Pilot は時間のストレスに
さらされるだけでなく、 Speed を上げて燃料
を使わざるを得ません。
堂園:そうですね。 今の時期ですと、 例えば沖
縄・東京で2時間20分が標準なのですが、
B747/B767/B737 どの機種で飛ぼうがスケ
ジュールは変わらないので、 B737 で飛ぶと
絶対間に合わない。 B737 だからといって、
Time Table の時間を伸ばすということはやっ
ていません。
岩瀬:そこは、 いろいろな要素の妥協の産物で
すが、 これからは、 航空界も地球環境への対
応を厳しく問われると思います。
堂園:弊社では遅れを取り戻すことを理由とし
て High Speed を使う、 ということはあまり
ありません。 いくら遅れていたとしても基本
的には ECON で Plan されてきますし、 そ
の Speed で飛ぶ。 結果的にそれによって接
続便に影響があるだとか、 Curfew にひっか
か っ て し ま う 、 と い っ た 場 合 に は High
Speed で飛ぶことはありますけれども、 それ
以外は ECON で飛ぶことになっています。
増田:Speed に 関 し て な ん で す が 、 Block
Time の見直しはされています。 例えば、 東
京・大阪で以前は1時間だったのものが1時
間10分になったり、 1時間5分になったり。
季節などによって見直しはしていますので、
ある程度、 以前よりは余裕ができるようなシ
ステムにはなっています。
ただ、 ある一定期間はその時間で飛びます
から、 当然カバーできない時も出てきますが、
そこは会社としても Pilot に負担をかけない、
というような方策は採りつつあります。
会社間で、 ということになりますと、 やは
り営業的なことがあるので、 それぞれの事情
があって、 それぞれが決めてしまっている、
というのが実態ではないでしょうか。
全体的な地球環境を考えると、 そういう枠
30
2008 JUL
を乗り越えて、 こういう時間でいきましょう、
というような状況ができれば一番いいのでしょ
うね。
北村:京都議定書で日本は、 温室効果ガスの排
出量を6%削減することになっていますが、
現実には各企業などの自主的な努力だけでは
目標達成はほぼ絶望的です。 そこで高いお金
を払って外国から CO2 の排出権を買うなん
てことになるようです。 私は法の規制という
のはあまり好きではありませんが、 やはり国
が主導して、 航空会社に消費燃料を削減する
ためのアイディアを出させ、 それに基づいて
緩やかな規制をかける段階にきているのでは
ないでしょうか。 目標を達成できないという
ことは、 環境的にも国家財政でも、 自分の子
孫に非常に重い負の財産を残すことになりま
す。
【将来の 4D-RNAV】
中村:将来の ATC の最終ゴールのひとつは、
高性能な FMS を使った 4D RNAV!例えば
福岡−羽田便で言えば、 福岡を離陸する航空
機の離陸時刻から、 各ウェイポイントの通過
時刻、 羽田到着時刻をデータリンクの活用に
より秒単位で管理することにより、 レーダー
誘導を極力せず、 空域の有効活用と運航の効
率性を上げましょうと言うコンセプトです。
ですから、 仮にパイロットの皆さんが、 到着
が遅れるから少しでも急ぎたい、 となっても
全体の交通流から不可能な場合も起こりうる
でしょう。 一方、 羽田から地方空港へ離陸す
る場合は交通量が分散するわけですから、 ほ
とんど制限がないという運用になりそうです。
ただし、 これは諸外国の動向も考えれば2025
年以降になりそうなので、 私を含めて、 皆さ
んも現役ではないでしょうが (笑)。
中島:秒単位というのはスゴイですね。
中村:システム上はまだ分単位での管理しか出
来なくて、 秒単位は非常に難しいので、 機上
側の精度の高い GPS 時計や FMC、 地上側
の管制システム整備の重要性が議論されてい
ます。
【Pilot の苦悩?】
増田:Optimum Speed での降下に際して、 減
速してから降下する、 ということがあるので
すが、 Descent の時期が Pilot にまかされる
Pilot's Discretion のときには良いのですが、
「すぐに降りろ」 という指示があったときの
対応が Pilot によって分かれる。 FMS にま
かせて降りると管制官から見れば 「中々、 降
りてくれない」。 こういうことが起こり得ま
す。
岩瀬:Autoflight で も そ れ は Override し て
Descend することはできるわけですよね。 遅
いようであれば管制官から 「速く降りてくだ
さい」 と言われるのでしょうけれどね。 (笑)
増田:それは Pilot としてはなるべく Cruise
を長くとりたい、 という心理もあるからでしょ
うが、 1機だけで飛んでいるわけではないこ
とを忘れてはいけないということですね。
日本の空港は大きなところは、 空域の
Gate を通過するために早めに降りないとい
けないですね。 一番顕著なのが中部と関西で
すが、 そこが整理されるといいですね。 中部
なんかは10,000ft くらいでズット飛んでいま
すよね。 このあたりの無駄は、 Top of Descent への影響がかなり大きいと思います。
岩瀬:Descent の途中で Level Off をせざるを
得ないときに、 どの速度で飛んでいますか。
増田:中途の Level Off の時間が長いときには、
そこでまた ECON で計算しなおして、 再度
Cruise を作り直すことはありますけれど、
ほんの数分でまた降りるのであれば、 そのま
まの Speed ですね。
【Radar Vector と Speed Control】
岩瀬:Descent 中は Radar Vector がいいので
すか、 Speed を Adjust するのがいいのです
か、 ということが管制サイドから質問が出た
ことがありますが、 現在も両方、 あるわけで
すね?
中村:そうですね。
北村:管制官は Radar Vector の方がやりやす
いですか?
中村:う∼ん。 長年の議論であり、 ACC とター
ミナルでは好みの違いもありますが、 一般的
にはレーダー誘導の方が好きな管制官が多い
のではないでしょうか?
簡単に言えば、 レーダー誘導の方が、 管制
官が主体的に管制間隔を設定できるところが
ありますし、 レーダーに表示されるのは
Ground Speed なので、 指示した IAS との
相違が分りにくいという問題もあるようです。
中島:Pilot からすると、 いま TCAS があって、
ある程度 Separation は読めてしまうので、
もし遠回りさせられそうだな、 となったとき
は Speed を減らしてしまう。 前の飛行機と
詰まってもしょうがないから、 Flap を出さ
ない程度に、 Clean Configuration の Maneuvering Speed まで減速して、 なるべく遠
回りさせられないような配慮は考えますけれ
どね。
中村:進入管制区のように限られた空域内で境
界線を超えることなく、 空域容量を最大限使
用するのならば、 やはり速度調整とレーダー
誘導の双方を組み合わせた運用ということに
なるかと思います。 ACC のセクター内だと、
速度調整のみで対応可能な場合、 または速度
調整の方がより効率的な場合もあるかと思い
ます。
増田:Top of Descent 近辺だと、 早めに Speed
で Adjust していただいた方が、 飛ぶほうと
してはやりやすいですかね。
【CDA:Continuous Descent & Approach】
中村:将来的な話では、 例えば CDA は効率的
だと思います。 これを行うためには、 レーダー
誘導をしてしまうと効果がないので、 レーダー
誘導をしないような運用を如何にして行うか
ということが課題です。 欧米の一部空域では
既に運用されているこの方式ですが、 サンフ
ランシスコなどと同様に日本でも洋上部分か
ら成田到着機には導入できそうに思います。
(必要なハード、 ソフト整備は不可欠です。)
国内線の羽田に導入するためには、 特に高度
なシステムの構築と運用手法の開発が必要で、
2008 JUL
31
今の空域形状と Operation では昼間帯にお
ける CDA というのはなかなか難しいなぁと
いう気がしています。
また、 スキポール空港の到着機は、 昼間は
交通流が輻輳していますが、 これが夜間にな
ると交通量が減少し、 CDA により RNAV
経路上をレーダー誘導されることなく降下で
きるという運用が行われているようです。 航
空機にとっては Idle で降りられて、 管制官
はほとんど何も喋らない。 ですから、 羽田空
港においても夜間経路の運用は CDA Opera-
すね。 それは多分管制側からすれば理由があ
るのでしょうけれども。
中島:空港デザインは、 例えば神戸のように隣
接する空港や周辺の空域の規制に大きく影響
を受けますよね。
中村:空域の形状の制限がなければないほど、
効率的な飛行経路が設定出来るわけですね。
日本の狭い空域の中で自衛隊も含めると100
以上の飛行場があって、 高高度の訓練空域も
多数存在します。 だからといって、 民航サイ
ドとしては自衛隊の空域がなければいいな、
tion を導入するメリットがあるのではない
かと思います。
中島:そういう経路がある程度決められている
と、 パイロットとしては Tracking に対する
Distance でプランが非常に立てやすい、 と
いう利点がありますね。
中村:そうですね。 如何にレーダー誘導を無く
すかが将来の目標だと思うんですね。 レーダー
誘導をしないということになると、 例えば福
岡−羽田便も最短の経路で設定でき、 燃料も
少なくてすむ。 CO2も削減できる。 騒音も軽
減できるので、 良いことづくめなんですね。
とも思われるでしょうけれども、 その一方で
国防の重要性の観点からすると、 そういうわ
けにもいかない。 そういう中でいかに効率的
な空域を設定するか、 運用するか、 という
ASM (空域管理) は長年の懸案事項ですね。
北村:千歳の空域をもう少し整理して頂けない
かと思います。 RW19 の場合、 MKE VOR
の北13nm に設定された ALT Constraint に
合わせて降りていきますが、 それがただでさ
え通常の降下 Path よりかなり高い12,000ft
or Above です。 千歳 Approach に移管され
て、 「Visual Approach available」 なんて言
われたらさあ大変 (笑)。 もちろん Visual
Approach は大歓迎なのですが、 そこから
10,000ft 近い高度処理をしなくてはなりませ
ん。 予めカンパニーに Visual の可能性を聞
いて早めに降りたらそれが裏目に出て、 北か
らの Traffic で VORDME APCH になった
こ と も あ り ま す 。 RW19 の 場 合 、 MWE
VOR あ た り か ら 東 に 迂 回 さ せ る よ う な
STAR は設定できないのでしょうか。 RW19
の TOBBY Departure で は 、 以 前 10,000ft
or below の 制 限 が あ り ま し た が 、 そ れ が
11,000ft になって Speed が出せるようになり、
本当に助かっているのですが。
中島:最 近 は CDR (Conditional Route : 調
整経路) がいいですね。
中村:そうですね。 大昔は自衛隊の訓練空域の
中に経路を引くなんていうのは、 10年かかっ
ても1本も設定できなかったようですね。 そ
れが最近は CDR によって、 訓練がない時は
【日本の課題】
中島:そうすると、 前提条件はある Gate に集
ま っ て 来 る 飛 行 機 を Enroute か ら Speed
Control を活用して、 上手く Separation を
作って載せることなんですね。
中村:Waypoint の通過時刻を将来は指定する、
あるいは Waypoint での Speed、 高度を指
定して経路を設定するということでしょうか。
ただ、 如何せん日本の空港、 羽田、 成田な
どは到着機、 出発機が重なってしまい、 管制
間隔設定の必要性から途中でレーダー誘導を
開始したり、 水平飛行を指示したりする。 こ
れでは CDA は運用できないので、 空域形状
をどうするかが課題ですね。
岩瀬:我々、 国際線も飛んでいると、 日本は空
域の作り方が下手だと言うと言い過ぎかもし
れませんが、 パイロットから見ると、 もっと
どうにかならないのかなぁ、 という気がしま
32
2008 JUL
訓練空域を通る経路を運用するようにしよう
というコンセプトに変わってきました。
アトランタの空域などは、 きれいな正八角
形のような形状なんですね。 こういう効率的
な空域で ATC ができればいいなぁと思って
います。 アトランタの管制官は Departure
については 「Radar Contact」 で終わりです。
それ以降はほとんど何も喋らない 「Silent
ATC」。 RNAV が揃っていて Operation が
できるような空域形状になっているわけです
ね。 ですから、 レーダー卓には一人しか着席
していません。 日本では必ず、 対空席、 調整
席と最低2人以上でないととても運用できな
い。 アトランタは対空席のみで Strip (運航
票) を並べるような時間的な余裕もあるんで
すね。 レーダー誘導はほとんどありませんの
で、 パイロットも管制官もワークロードが非
常に少ない。 だからアトランタは世界でもトッ
プレベルの Traffic 量が扱えるわけです。
ところが羽田の管制官は、 空域形状、 騒音
の問題による運用の制約が多いので、 東京湾
の上でしか勝負ができない。 FAA の管制官
が羽田を視察に来たときは 「これはクレイジー
だ。」 と言っていましたね。
北村:羽田の RW16 の Departure では、 管制
官が上手に Radar Vector して下さいますね。
例えば北へ行く時に、 高度が1,000ft にも達
し な い う ち に Left Turn を く れ ま す 。
VORDME C 16L のコースを横切るわけで
すが、 到着機との高度差を見極めて上手くやっ
て下さるのは有難いです。 我々も TCAS を
鳴らさないように、 上昇率を多少調節するこ
ともあります。
【ELDG (Estimated Landing Time:
予測着陸時刻) の活用】
岩瀬:お話を聞いていると Descent に関して
は、 昔に比べるとパイロット的に見れば楽に
なっているかなぁ、 という気がします。
堂園:Approach の Sequence に関してなんで
すが、 つい先日海外でのフライトでのことな
の で す が 、 Top of Descent の 少 し 手 前 で
ATC から 「Your touchdown time XXXX」
という通知があり、 FMS で計算させると、
15分以上待たなくてはならない時間だったん
です。 その場ですぐ減速しました。
そういった形で Approach Area ではなく
て、 Enroute にいる間に Sequencing が行わ
れていて、 着陸予定時刻も与えられると、
Pilot としての計画が立てやすいですね。 ずっ
と Idle で飛んで、 高度も高くとれるので燃
料セーブにもなる。 将来の CDA などに行く
までの過程の中で日本でも何かできないか、
と思います。
中島:確かにそうですね。 Track Distance や
Touch Down の時間が与えられると作戦が
立ちますよね。 急いで降りることもないし、
燃料も食わない。
岩瀬:Flight Plan の時間で降りられる空港と
そうでない空港が当然あって、 そのあたりは
管制官の方々との協力になるわけですね。
中村:ELDG については、 ATMC から各航空
会社 (OCC 等) にも配信されているので、
運航管理者経由で利用されてはいかがでしょ
うか?ELDG は ETA と違い、 レーダー誘導
等の時間も加味した着陸時刻を ATM シス
テムが計算して配信しているもので、 どの程
度余計に誘導されるか、 待機しなければなら
ないかの目安になると思います。 ただし、 い
ろいろな精度の問題からある程度の誤差は生
じており、 この精度を上げることがフローコ
ントロールの最大の課題です。
全員:ELDG が配信されているとは、 知りま
せんでした。
堂園:そういった情報は ACC の方も持ってい
るわけですか。
中村:ACC、 羽田、 成田などの ATC は持って
いますが、 管制官が即答できる対応にはなっ
ていませんので、 現在は会社経由で利用をお
願いしています。
増田:羽田なのですが、 西からと北からのメイ
ンの Approach がありますけれど、 セクター
が違うと、 Delay が発生した場合に北と西の
どちらを先にするかという調整は別のセクター
2008 JUL
33
の方とできるのですか?
中村:ど ち ら が 先 に 着 陸 す る か は Approach
の管制官が決めます。 ただし、 最近は ATM
システム等により一般的な到着順位が把握で
きますので、 これを利用することも多いので
はないでしょうか。 結果として、 システムが
計算したものと1機ぐらいは着陸順位が前後
することはよくあると思います。
増田:そうですか。 ちょっと思ったのは、 社内
だけで、 その到着時刻の情報の連絡をして、
それに合わせてやっていて良いのか、 それと
もやはり、 他社の飛行機を含めた全体的の流
れの中で見た方がいいのか。 全体的な流れを
見ることができるのは管制官の方ですから、
管制官の方から 「あなたは何番目」 といった
順番の指定か時刻の指定をしてもらうという
ことでしょうか。
よく羽田で感じるのは西から入って、 だい
たい順番が 「あの後かな」 と思っているとき
に、 突然、 北から入ってきてしまうことがあ
る。 (笑) そういったことを Top of Descent
あたりまでに知りたいとなると、 ATC が把
握している Enroute のことなので、 益々、
知りようがない。 そういった時に先ほどのよ
うな時間なり順番なりが分かる手段があると
非常に良いですね。
中村:運航者と ATC が一緒に共通の情報を保
有し意志の決定をしようではありませんか!
というコンセプト (CDM:協調的意思決定)
が始まった ATMC ですが、 今後、 さらにシ
ステムによる情報共有を進めて、 地上と空中
の情報共有が進むと思います。
増田:やはり全体的に見ないといけないことが
よく判りました。 トータルでの国の CO2 の
削減には年数がかかりますね。
【管制官の苦悩?】
中島:降下中の燃料セーブについてですが、 低
い高度で飛ばないことが一番ですよね。 そう
すると、 着陸するにあたって、 意図的に位置
エネルギーを上手く使うとしたら、 下の方で
Radar Vector、 Holding がない方がいい。
34
2008 JUL
そのためには Enroute 管制から Speration
を作るために Speed Control を上手くして
いただくと、 一番理想的ですね。
中村:その背景は管制官もよく理解していると
ころなのですが、 その一方で、 狭い空域でた
くさんの航空機を管制するためには、 速度の
遅い航空機の方が有利であるという気持ちも
あります。 全機が低高度で200ノット程度で
あれば楽なんですけどね。 (笑)
岩瀬:Descent では我々パイロットは管制官に
おんぶに抱っこ、 という感じですね。
北村:例えば羽田で、 東京 Approach にいつ
もより早めに移管されると、 「これは空いて
いるのかも知れない」 との、 我々が状況を把
握するための Cue の一つになります。 それ
まで280kt で降りていたとすると、 「Short
Cut の可能性がありそうだから310kt に加速
しようか」 なんてこともあります。 ですから
空いていれば早めに移管して頂くと良いと思
います。
Approach Phase
【空いているとき】
岩瀬:その他 Landing Configuration にする
前までの Phase で留意していることがあれ
ばお願いします。
北村:私は後輩にこんな話をすることがありま
す。 進入管制の Radar Vector は飛行場の雲
底や地上視程によって、 Approach Gate の
何マイル以遠でコースに会合させると規定さ
れている。 しかし、 先行機との間隔が空いて
いるなら、 こちらから Short Cut を要求し
てよいのではなかろうか。 例えば羽田なら
Direct MICKY をもらって、 LNAV Mode
を 利 用 す れ ば 風 が 強 か っ た り Intercept
Angle が大きかったりしても、 コースに上
手く乗せてくれる。 こんなことをしても燃料
や時間の Save における実質的な効果はわず
かですが、 早く着陸すれば後続の Traffic も
早く下りられます。 管制官は管制方式基準に
則ってやるわけですから、“Direct MICKY,
then cleared for ILS”なんて Clearance は、
我々が要求しなければ出せませんよね。 そう
いうことを理解した上で Pilot 側から要求し
てもよいのではないかと考えるのですが、 お
かしいでしょうか。
中村:私も物理的には可能であるし、 そのよう
な運用がいいなぁとは思います。 ただ、
Regulation があるので、 確信をもって OK
といえる人は少ないでしょうね。 気象状態に
もよりますけれど。
もう一点は GPS がターミナルモードから
アプローチモードに切り替わるのが FAF の
思います。
岩瀬:そうですか。 それは良い傾向ですね。
中島:ずいぶん、 そのあたりの意識は変わって
いると思いますね。
増田:空港ごとに Noise Abatement で要求さ
れているところもありますからね。 我々とし
てもそれに則った方式でなるべくやっていま
す。
中島:日本の場合は、 Noise Abatement Procedure で空港によって Reduced Flap、 Delayed Flap という規制が書かれていますけ
れども、 アメリカだと FAR の中に Mini-
2マイル手前なんですね。 それで LNAV が
外れたり、 GNSS 進入の場合は RNP 値が変
わったりするので、 FAF に直接あてるので
はなくて、 2マイルくらいは FAF の手前で
Stabilize す る 区 間 が 必 要 だ ろ う 、 と い う
Regulation のもとに管制官は Operation を
しているので、 それが本当に必要かどうかと
いう議論はもう少し必要だと思いますね。
増田:例えば、 そういう Approach をしたい
時に、 天候が良くて、 先行機もいない、 とい
う状況でも、 今は大体、 言われるがままに
ILS でやっていますが、 Visual Approach
を Request すれば、 MICKY へ直接向かっ
てもいいですし、 もっと内側へ行っても良い
わけですよね。
中島:以前は羽田では千歳のほうから来ると、
よくありましたね。 管制官の方からくれるこ
ともありましたし。
mum Certified Flap を優先する、 というこ
とがありますので、 空港毎の取り決めはあり
ません。
北村:これまで ILS では、 Outer Marker な
り Final Approach Fix の手前で水平飛行し
ながら減速して、 Glide Slope を下から Capture するのが基本的な Operation というこ
と で や っ て き ま し た 。 し か し 、 DME で
Runway までの距離は分かりますし、 最近
は VNAV Deviation はもちろん、 それを修
正するための Vertical Bearing まで教えて
くれます。 そろそろ、 そのこだわりを止めて
もよいのではないかと私は思います。 成田、
関空、 ヨーロッパの空港などでは RW から
4nm 位まで160kt を維持させるなど、 Speed
Control が厳しくなっています。 10nm も手
前から Final Flap まで降ろすようなことに
慣れてしまうと、 そういう難しい状況への対
応が苦手になってしまうでしょうね。
岩瀬:ILS で10nm から Glide Slope になんて
いうのは Amateur Operation に近いのでは
ないですか。
中島:いま、 北村さんが言われたことと近いと
思うのですが、 個人的には2,000ft AGL、
6nm の ILS を基準にしています。 というの
はシカゴでは7,000ft で Intercept する ILS
もあるのですが、 7,000ft で Gear Down す
るのではなく、 2,000ft AGL、 6nm で Gear
Down、 Landing Flap で丁度1,000ft AGL
までに全部終わるタイミングになる。
【Delayed Flap/Gear】
岩瀬:Minimum Drag 、 あ る い は Reduced
Flap 、 そ れ か ら Delayed Flap 、 Delayed
Gear といった一連の流れは、 指定された空
港ではやっているけれども、 できるだけ、 そ
ういう Operation をやろう、 というふうに
浸透していますか?それとも、 指定されてい
なかったら、 何もやらない、 という方向です
か。
堂園:私が感じている限りでは、 空港によらず、
基本が Delayed、 という動きになっていると
2008 JUL
35
中村:Gear Down の場所は、 Outer Marker
等の位置で決められているのですか?
全員:特にないです。
北村:訓練では Glide Slope が1 Dot か、 1 Dot
Half で Gear Down していくと、 丁度いい
具 合 に Configuration が Set さ れ て Glide
Slope に乗っていける、 という Timing では
あるんです。
岩瀬:カンパニーおよび JCAB のチェッカー
が、 ある種の応用的な Operation を許容し
ていく気持ちをもって欲しいと思っています。
そうすると、 皆、 工夫していくと思いますよ。
せっかく設定しても、 VNAV をやらない機
体、 やれない会社もあるみたいですね。
VORDME 進入でも VNAV 機能がある航空
機というのは、 VNAV 運航を行うのですか?
堂園:今の非精密進入における VNAV を使っ
た運航というのは MDA が100ft 上がってし
まうこと、 運航承認を取得した上で機種毎に
訓練を受けなくてはならないこと、 およびそ
れぞれの進入方式ごと会社で検証をして別の
チャートを持たなくてはならないという、 エ
アラインにとってはやりにくさがあります。
中村:MDA が100ft 上がる理由は VNAV Op-
Pilot の地球環境への理解力が現れる Flight
Phase ですね。
中村:もちろん、 Gear を早く出すと、 騒音上
はよくないでしょうし、 Optimum の ILS は
5nm となっていますので、 羽田が特殊なん
ですね。 騒音軽減のため、 及び陸上自衛隊の
管制圏の関係で3,000ft になっています。
堂園:確かに羽田は3,000ft なんですけれども、
関 空 で や っ て い る よ う な 2,500ft で Gear
Down 、 1,500ft で Landing Flap 、 と い う
Operation を設定できないんですかね。
中島:成田の RW34 の Gear Down の問題も
結局、 成田の空港当局の問題なので、 難しい
らしいですね。
増田:も っ と 民 家 が 多 い RW16 に な く て 、
RW34 にあるのも、 変な話ですよね。
eration の精度 (オフセット運航) からなん
ですね。 一方、 GNSS 進入に併設されてい
る Baro-VNAV 進入は、 より信頼性が高い
ということで、 LNAV MDA と同等ですか
ら、 より効率的な運航が可能だと思います。
総合的な運航方式を言えば、 騒音軽減と
CO2 の削減で言うと、 CDA+CDFA なんで
すね。 エンルートから着陸までアイドリング
による VNAV 運航ができれば理想的です。
増田:CDFA でなるべく Step-Down しない方
が燃料のセーブにもつながりますし、 Stabilized Approach もできる、 ということで一
石二鳥ですね。 ただ、 今の決まりでは Visibility の悪いときは、 早めに降りて探しましょ
う、 ということなんですね。 世界的には 「な
んでそんな不安定な Approach をやるんだ」
ということになってしまうんですが。 (笑)
堂園:新 し い 飛 行 方 式 設 定 基 準 の NonPrecision Approach のチャートでは、 StepDown で飛行するようには記載されていませ
ん。 それにも拘らず、 Step-Down をやろう
としているところを見ると、 Operation 側が
チャートの変化についていってない、 という
気がします。 VNAV を持っていない飛行機
でも CDA ができるように 1nm ごとの Procedural Altitude が出ていますので、 それを
見ることによって、 高度を参照しながら3度
パスで降りることができます。
【VNAV Approach】
中村:Approach について先ほどの CDA と同
じような用語で CDFA というものがありま
す 。 Constant Descent Final Approach 。
CDA は運航方法、 CDFA は進入方式であり、
少し違いはありますが、 要は3度の VNAV
での降下方式ということです。 これは騒音軽
減、 CFIT 事故防止、 燃料削減、 ワークロー
ド軽減という観点から進められています。
GNSS 進入からの Baro-VNAV がこれにあ
たります。 また、 VORDME 進入でも、 相
当 以 前 か ら FMS を 使 っ た VNAV Operation が実施されているところです。 ただ、
36
2008 JUL
Landing Phase
【どこまでに Gear Down?】
岩瀬:Landing Configuration はどこを Minimum にして Set されていますか?
北村:Stabilized Approach の観点から AOM
に 「HAT 1,000ft までに Landing Checklist
を終了すること」 となっています。
話は違いますが、 例えば天気が Marginal
で Autoland をする時に、 「天気が悪いので
早めに Final Flap を Set します」 と言った
副操縦士がいて苦笑しました。 (笑)
「Autopilot は文句言わないから大丈夫だよ」
と言いましたが。 (大笑) その昔、 DC-8は
Autoland が出来なかったし、 Autopilot も
上等ではなかったので、 「天気が悪い時は早
めに Configuration を Set」 が常識でした。
その頃の考え方が脈々と残っているような気
もします。 飛行機がこれだけ良くなって、 素
晴らしい Autoland をしてくれる時代なので
すから、 このあたりの意識は変えてもよいと
思います。
【HUD (Head Up Display)】
岩瀬:HUD ですが、 地球環境の燃料セーブに
つながりますか? Go-Around、 Missed Approach が減る、 ということはあるかもしれ
ませんが。
堂園:Approach にだけ関して言うと、 余分な
Power を使うことが無くなります。 という
のは、 現在の Command Speed に対してど
の程度の Thrust の修正が必要なのか、 とい
うことが表示されていますので、 良い悪い、
は別にしてN1を見ることが少なくなります
ね。 その指示に対して上手くコントロールで
き れ ば Minimum の Adjustment で Speed
を Keep できます。 非常に狭い範囲の中で
Control できる、 ということでしょうか。
岩瀬:これから B787 も入ってくるわけですが、
HUD Operation に慣れている Pilot ほど、
質のいい、 安定した Approach をしていく
ことになるのでしょうね。
中島:あれはどこまで使えるのですか?
堂園:CAT- a までの承認を取れますので、
Manual で Touchdown までできます。
After Landing Phase
【Landing 後の Reverse】
岩瀬:Landing 後の Reverse を使う、 使わな
い、 はどういう基準でやられていますか?
中島:個人的にはよほどの事がない限り、 Reverse Idle にしています。
岩瀬:Reverse Idle まで、 といいながら、 Full
Reverse に入れちゃう人もいますね。
中島:騒音プラス、 燃料もありますよね。
増田:ANA では Reverse Idle をできるだけ使
おう、 ということでやっています。 B747-400
で言えば、 Actual の Landing Distance が
6,000ft く ら い だ っ た ら 、 Reverse Idle 。
Autobrake の Set は3まで。 Pilot の判断に
任されてはいますが、 そういった判断基準は
出しています。
岩瀬:着陸の Reverse で、 Slippery 時の一番
の問題は、 Forward Idle にして Overrun に
つながる可能性があることです。 Slippery
の 性 能 で は 「 Reverse Idle to Complete
Stop」 が条件として書いてあるはずです。
ところで、 大阪の他にはどこが規制されてい
ますか?
増田:羽田の夜間ですね。 22と 34L ですかね。
岩瀬:ヨーロッパは?
北村:チューリッヒなどは昼間も制限していま
すね。
中島:余談ですけれど、 昔大阪で Landing し
て Reverse Idle にして Lever を戻したのに、
#2 Engine が Forward Idle に戻らなかった
ことがありました。 意識としては、 全部
Forward Idle にあると思っていたのですが、
Taxi Speed が減ってきたことでおかしいと
気付きました。 ですから、 4つとも Forward Idle では、 かなりの Thrust が出てい
る、 ということですよね。
岩瀬:Reverse Idle と Brake Wear の話なの
2008 JUL
37
ですが、 Reverse を一杯かけて、 Brake をか
わいがっている、 という事がある一方、
Reverser の Maintenance Cost もある。
北村:B777 の Carbon Brake は高価なので、
米国のある航空会社は Brake Wear をなる
べく少なくするための検証を行ったそうです。
その結果は Autobrake 3で Reverse Idle。
Full Reverse まで引くと、 Deceleration
Rate を一定にするために、 Autobrake は
Brake Pressure を Release してしまうこと
がある、 と聞いたことがあります。 Carbon
近代化を計ることが、 航空業界としての最も効
果的な地球環境問題への取り組みと言えるので
はないでしょうか。
Brake の Wear は Brake をかけた回数に比
例するそうですから、 その点も注意したいと
思います。 Runway が Slippery でなければ
Landing Distance にあまり差は生じないは
ずです。
【Spot-In 後の GPU】
岩瀬:Spot-In の前に APU をかける、 という
Procedure ですか、 それとも GPU ですか?
中島:ほとんど、 GPU じゃないでしょうかね。
外国ではまだ一部ですけれど。
岩瀬:GPU が Connect されるまで時間的な無
駄はないですか。
増田:Connect されて Available になるまでに
人、 Spot によって、 長短はどうしてもあり
ますね。 基本的には GPU がスタンダードで
す。 Open Spot は別ですけれど。
岩瀬:ではこの辺で座談会を終わりたいと思い
ます。 有難うございました。
以上
【感想】
Pilot も地球環境問題を理解してオペレーショ
ンをしている実態が見えた座談会になったと思
います。 国のレベルで見れば、 航空交通管制の
38
2008 JUL
*この座談会記事の書き起こしをしてくれた、
大塚キャプテンには、 大変なワークロード
をかけてしまいました。 多謝!多謝!
*北村キャプテンの見つけてくれたアメリカ
原住民の格言の一つを紹介します。
“Treat the earth well. We did not inherit it
from our ancestors; rather we have borrowed it from our children.”
「大地 (地球) は丁寧に扱え。 大地は先祖か
らもらったものではない。 子供たちから借
りているだけだ。」 (意訳)
地球環境問題へ取り組む上での精神あるい
は哲学が読み取れます。
Airplane Strike に悩む鳥たちの言葉:
ぜんちょうれん
“空はわれわれのものだ”(全 鳥 連)
運航技術委員会地球環境問題分科会
岩瀬
◎ 特別寄稿
中国の航空交通管制と安全保障
―「三亜飛行情報区」 を例にして
前編
慶應義塾大学法学部教授
1. はじめに
2006年12月3日、 冬柴国土交通大臣は北京で
中国の唐家国務委員及び楊元元中国民用航空
総局長と会談し、 2007年早々に日中航空交渉を
再開することで合意した。 この交渉においては、
日本側が強く希望する羽田空港と上海虹橋空港
とを結ぶいわゆるシャトル便運航の実現が最大
の焦点になるといわれ、 中国側も実現に強い意
欲を示したと報道された。 当時、 膠着した日中
政治関係がようやく動き出した中で、 両国の経
済関係を活性化させるこうした航空便の利便性
確保は好ましい動きであると捉えられた。
しかしその2日前の12月1日、 成田空港から
上海浦東空港へ向かった日本航空の定期便2便
(旅客便及び貨物便) が、 突然の空域通過拒否
のため着陸できず成田空港へ引き返した。 報道
によれば、 中国側航空交通管制当局は同日10:
00から17:00 (いずれも日本時間) まで一部空
域の飛行を制限していたが、 日本航空では事前
に飛行計画を提出していたにもかかわらず、 上
海浦東空港まで約25分の地点で飛行を拒否され
たとして困惑しているという注1。
実はこれに類似したことが、 2005年11月25日に
も生じている。 成田空港からアモイ空港へ向かっ
た日本航空の定期旅客便が軍事演習によって着
陸できず、 成田空港へ引き返した。 この際、 事
前の通告はなかったといわれる。 その際の報道
によれば、 「こうしたトラブルは年に数回ある」
とされた注2。
そして2007年9月29日午前9時20分、 東京の
安 田
淳
羽田空港から中国上海の虹橋空港へ向けて全日
空の B777型機が出発した。 ともに国内線空港
である羽田−虹橋間のチャーター便の初便であ
る。 以後、 日中双方の航空会社によって毎日4
往復が運航されている。 これは、 2007年6月25
日に北京で行われた、 冬柴国土交通相と楊国慶
中国民用航空総局副局長との会談で、 正式に路
線開設が合意されたことに基づいている。 羽田
空港は東京都心から近く、 また虹橋空港も上海
市街から近いという利点を生かそうというわけ
である。 東京−上海間の移動は、 成田国際空港−
上海浦東国際空港間の便を利用するのに比べて
1時間も短縮されるという。 この6月の合意の
際には、 10月8日頃から運航開始すると伝えら
れていたのだが、 実際にはそれより10日も前倒
しとなった。 そしてまさに日中国交正常化35周
年という記念日に運航が開始されたということ
からも、 日中双方の路線開設に向けた熱意がう
かがわれる。 小泉政権において日中政治関係は
膠着したが、 続く安倍政権がこれを打開すべく
さまざまな努力を重ねたことは間違いない。 ま
してこの新路線開設は、 かつて 「政冷経熱」 と
いわれたように、 政治関係に比して日中経済関
係が活発化している状況下では、 実質的に日中
関係を深化させるものとして期待されてきた。
だが国家関係を進展させ、 経済活動を活性化
させるような政策が取られる一方で、 冒頭で記
したように航空交通の原則を阻害するかのよう
な措置が一方的に取られ、 それがしかも軍事的
要因に基づくならば、 安全保障問題の一つとし
て中国の航空交通、 とりわけ航空路や空域の設
2008 JUL
39
定、 運用に目を向け、 詳細にその実態や特質を
解明する必要があると思われる。 本稿は今号と
次号の2回にわたって、 そうした視点により、
中国の航空路や空域における若干の特質や問題
を試論的に考察するものである。
かつて筆者は2001年4月1日の米中軍用機衝
突事件と中国の南シナ海の空域再編成について
考察したことがある 注3 。 同事件は南シナ海の
空域再編成の一つの契機になったと思われたが、
しかし空域再編成は中国と東南アジア周辺地域
との関係や中国の海洋進出、 中国空軍の近代化
とも密接に関連するきわめて複合的な問題であ
ると推察される。 まず今号では、 この南シナ海
上空の空域再編成がその後どのように進展し、
しかし、 そこにはどのような特異性があるのか
を概観する。
なお周知の通り、 航空路や空域についてはし
ばしば変更が加えられ、 状況は必ずしも固定さ
れたものではない。 本稿で言及する状況につい
ても、 執筆の時点のものであり、 継続的に検討
されるべきものであるので、 会員各位のご叱正、
ご教示をお願いしたい。
2. 南シナ海の空域再編成
2006年6月8日0:01 (国際協定時) から、
中国の海南島を含む南シナ海上空の航空交通管
制空域であった三亜 「責任区」 (以下、 AORArea of Responsibility) は 三 亜 飛 行 情 報 区
(以下、 FIR-Flight Information Region注4 )
として運用され始めた。
三亜 「責任区」 は2001年11月1日19:30 (国
際協定時) に設定された空域であった。 同空域
設定の経緯は、 1975年に南ベトナムが崩壊した
ことにまで遡ることができる。 それまで南ベト
ナムが担当していた空域のうちの洋上部分の航
空管制を香港、 シンガポール、 タイに暫定移管
したことから、 この空域の変則的な運用が始まっ
たのである。 シンガポールとタイは1995年に暫
定管制空域をベトナムへ返還したが、 中国はそ
の後も返還に応じず、 香港 AOR として運用し
た。 それはベトナム側の航空管制技術が遅れて
40
2008 JUL
いたということ以外に、 南シナ海の領有権問題
が複雑化して実際に中越間の武力紛争が生じた
ことや、 香港が中国に返還された後の航空管制
をどのように再編するか、 といった問題があっ
たからであると考えられる。 香港返還の1997年
以降、 国際民間航空機関 (以下、 ICAO) にお
いて調整が図られ、 2001年9月、 香港 AOR の
うち島嶼を含まない南部海域上空はベトナムの
ホーチミン FIR に返還し、 島嶼を含む北部に
は三亜 AOR を設定して、 ベトナムが引き続き
中国へ管制を委任するという妥協案が中越両国
間で合意されたのである 注5 。 もとよりこの措
置は、 民間航空交通の安全かつ円滑な流れを促
進するものとして関係諸国間で調整が図られた
結果であり、 中国による一方的な措置ではない。
FIR とは、 民間航空交通の流れを促進するた
めに国際的な協議と合意によって設けられてい
るものだが、 その下部概念ともいえる AOR は、
当該関係各国の協議によって設定され運用され
る民間航空交通のための便宜的な空域である。
しかし三亜 AOR の設置は、 単なる民間航空交
通の円滑化や、 中国の航空行政における技術的
な改善を目的とする措置であったとは思われな
い。 ベトナム側の真意はわからないが、 少なく
とも中国側の思惑にとって、 南シナ海島嶼を含
む海域上空の管制権を確保できたことは十分有
意義であったと容易に想像される。 南シナ海で
はその島嶼の領有権をめぐって中国と周辺国と
が対立し、 また海洋権益をめぐって中国の海軍
力を主とするそのプレゼンスの増大が注目され
て久しいからである。 すなわち中国がその海域
への進出と確保を企図する以上、 当該海域の上
空域をも自らの支配と統制の下に置こうとする
ことはいわば必然のなりゆきであると思われる。
したがって三亜 AOR 設置は、 南シナ海空域確
定の実質的かつ大きな前進であった。 中国はこ
の空域をある程度監視し管制する能力を獲得し
たと考えられるのである。
さらには、 厳密に見れば三亜 AOR の設定は、
それまでの香港 AOR のおよそ北半分が名称を
変更しただけということではない。 そこには、
それまで広州 FIR に含まれていた海南島上空
部分と既存の香港 FIR の一部分、 そしてホー
チミン FIR の一部分も新たに加わったのであ
る。 大きさから見れば、 三亜 AOR は香港 FIR
や台北 FIR とほぼ同程度となった。 香港 FIR
はそれまでの現実からしても、 あるいは香港返
還後の状況からしても、 明らかに香港、 マカオ
を中心とする民間航空交通を安全かつ効率的に
管制するためのものであるといえる。 それに対
して、 南シナ海島嶼上空域が中国海空軍の軍事
的拠点の一つである海南島や広東省の一部上空
を包含して、 三亜 AOR として一体化されたと
いうことは、 そこに中国による軍事的配慮がは
たらいていると見ないわけにはいかない。 この
空域における軍事活動を偵察する目的があった
と推察される米軍機と中国軍機との衝突事件
(2001年4月1日) によって、 中国はこの空域
の一元的で軍事的な支配と統制の必要性をより
切実に感じたのであろう。 米軍機がこの空域に
まで進出して偵察飛行を行っているという事実
と、 中国軍がそれに対して警戒感や不快感を有
していることが公になったことから、 中国はむ
しろ公然と空域を再編成する機会を得たとも言
える。
この三亜 AOR は2001年11月1日から3年間
の時限的な試行として始まった 注6 。 ちなみに
AOR とは ICAO によって定義された略語では
なく、 中国もそのことを 航行資料彙編 注7
で断っていた。 その概念は曖昧であり、 必ずし
も航空管制の分野で確立されたものではないよ
うである。 領有権という係争問題を抱えたこの
地域において、 航空管制を運用する際の便宜的
な方法として、 関係国の協議により設定され用
いられているといえよう。
だがこの三亜 AOR は、 完全な同意を得て完
備されたものとして運用が始まったわけではな
かった。 三亜 AOR の北西端と西側に隣接する
ハノイ FIR との一部境界線は 「定義されてい
ない」 と、 中国民用航空総局が発行するエンルー
トチャート (航空路図) に明示された。 さらに、
ベトナム当局が発行する AIP Vietnam (航
空路誌注8) 付属エンルートチャートには、 ホー
チミン FIR やハノイ FIR、 広州 FIR や香港
FIR は明示されていたが、 三亜 AOR は全く記
されていなかった。 このチャートによれば、 た
とえば海南島上空は依然として広州 FIR に含
まれており、 西沙諸島上空はホーチミン FIR
に含まれていることになっていた。
ただし、 中国のエンルートチャート第28版
(2000年12月1日) における南シナ海全域の縮
小付図の注意書きには、 こう記されていたので
ある。 すなわち、 「南シナ海上空の飛行情報区
(FIR) に関する現行の区分は不当であり、 そ
れゆえ中国にとって受け入れられるものではな
い。 これに対する必要な調整が行われるべきで
ある。 中国民用航空総局はすでにそうした調整
を提案し、 南シナ海上空の空域において FIR
を設置する権利を留保すると声明した」 と。 こ
のことから、 中国はゆくゆく南シナ海上空に
FIR を設定し、 その管制権を掌握することに
よって、 南シナ海をより実効的に支配しようと
企図していると考えられた。 だが三亜 AOR 設
置と同時に改定された同チャート第30版 (2001
年11月1日) では三亜 AOR の境界線が新たに
明記されるとともに、 上述のような但し書きは
記されなくなった。 三亜 AOR 設置をもって中
国が南シナ海全体の空域実効支配を完了させた
とは到底思われず、 しかもこれが AOR であっ
て3年間の期限付きであったことから、 今後も
中国はこの空域の確立や拡大を求めてくるかも
しれないと考えられた。
この空域の有効期限は前述したように3年間
であったが、 2004年11月、 2005年5月、 同年10
月にそれぞれ期限延長された。 その際の理由は
いずれも 「三亜 AOR 内の国際航空便の安全で
秩序ある飛行を確保するため」 とされた 注9 。
そして2006年6月8日から三亜 AOR が三亜
FIR と し て 運 用 さ れ る こ と に な っ た の で あ
る 注10 。 三亜 FIR の運用開始に当って、 これま
で画定していなかったホーチミン FIR と三亜
AOR との境界線が明確となり、 三亜 FIR 及び
広州 FIR とホーチミン FIR との境界線が告示
された。 詳細はまだわからないが、 中越関係の
進展に伴って、 空域分担が合意に達したのであ
ろう。
2008 JUL
41
3. 三亜 FIR−航空交通の利便性促進
三亜 FIR は 「海南島内空域」 (原文では 「島
内空域」) と 「洋上空域」 (原文では 「洋区空域」)
に分けられている。 その境界線は明確に定義さ
れておらず、 そのまま解釈すれば、 海南島陸地
部分上空とそれ以外の海洋上空を意味するので
あろう。 「海南島内空域」 には 「中華人民共和
国飛行基本規則」 等の国内規定が適用され、 高
度、 距離、 速度には中国が公用とするメートル
法が用いられている。 しかし 「洋上空域」 には
ICAO の基準が適用され、 ヤード・ポンド法が
用いられている。 つまりこの 「洋上空域」 のみ
を飛行する航空機は、 中国やロシア上空を飛行
する際に必要な高度の換算や高度変更は必要な
いことになる。
また中国は ICAO の定めた基準を適用しな
い項目の一つとして、 米国が制定した測地系で
ある WGS84を当面採用しないと公示している
が、 この三亜 FIR の境界や洋上空域の管制移
管地点の座標にはそれを適用している。 後述す
るように、 実際には米国の GPS (全地球測位
システム) を利用した広域航法がこの空域で実
施されていることから、 事実上世界測地系になっ
ているといえる WGS84を、 この空域のみに適
用するという例外措置を採っているのである。
こうしたことから、 この洋上空域設定には国際
間の航空交通の発展に寄与するという企図があ
ることは間違いない。 (付図参照)
同様に、 三亜 FIR の 「洋上空域」 には国際
航空交通に利する目的があることを示すものと
して、 空域通過許可が挙げられる。 この空域に
おける航空路である A1、 L642、 M771、 N892
を飛行する定期航空会社は、 2ヶ月前に運航ス
ケジュールを管制当局へ提出すれば、 事前承認
は必要ない。 また不定期便も事前の申請と承認
を必要としない。 これらの航空路はいずれもこ
の三亜 FIR の洋上空域を通過するだけのもの
であるので、 どのような運航形態にも都合よく
できている。 ただしこの空域の A202という航
空路は、 海南島上空とベトナムを結ぶものであ
る。 したがってこの A202を飛行する定期航空
42
2008 JUL
便は2ヶ月前に、 不定期航空便は3日前に申請
し、 承認を受けなければならない。 中国の領土
上空を飛行するのであるから、 当然の措置とい
えよう。
4. 三亜 FIR の特異性 注11
洋上空域のうち管制空域は14,000フィート以
上であり、 13,000フィート以下は 「管制空域以
外の空域」 とされる。 したがって14,000フィー
トと13,000フィートをそれぞれの下限と上限と
するならば、 この間の1,000フィートはどのよ
うな扱いを受けるのか不明である。 ただし
13,000フィート以下は 「管制空域以外の空域」
( 英 文 で は airspace outside controlled airspace) と表現されているだけで、 それが管制
を行わない空域 (uncontrolled airspace) を
意味するのかどうかは必ずしも明確でない。
洋上空域の一部に 「海洋低空空域」 が設定さ
れており、 その高度上限は前述の 「管制空域以
外の空域」 と同じく13,000フィートであるから、
この 「海洋低空空域」 は洋上における 「管制空
域以外の空域」 の一部であることがわかる。 そ
して 「海洋低空空域」 は緯度経度によって告示
され、 エンルートチャートでは三亜 FIR の境
界線と無線交信周波数を切り替える境界線によっ
て囲まれた空域であることが読み取れる。 海南
島からおよそ20∼30マイルまでが 「海洋低空空
域」 となっている。
三亜 FIR を飛行する全ての航空機は、 離陸
60分前までに飛行計画を三亜管制センター、 中
国民航中南管理局管理調整室、 中国民用航空総
局航空交通管制局運航管理センターへ提出しな
ければならない。 その上で三亜 FIR に進入す
る際には、 指定された位置通報点到着5分前に
三亜管制センターと無線交信を確立しなければ
ならない。 これらの規定はとりわけ特異なもの
ではない。
他方、 三亜 FIR 海洋低空空域に出入りする
航空機は、 三亜管制センターとの無線交信を確
立し、 その旨を報告しなければならないが、 さ
らに同海洋低空空域から洋上 (管制) 空域に進
入する (すなわち14,000フィート以上へ上昇す
る) 場合には、 その10分前に三亜管制センター
へその旨の許可を要求しなければならない。 ま
た 「海洋低空空域」 内の航空機は、 三亜管制セ
ンターと無線交信を確立し、 管制許可を取得し
てはじめて海南島内管制空域の境界から20マイ
ルの範囲内を飛行できるとされる。 前述したよ
うに、 海南島内管制空域の境界線が明確でない
が、 それは海南島陸地部分上空であるとすると、
陸地から20マイル以内の洋上を飛行する場合に
も、 管制当局から許可を得なければならないと
いうことである。 海南島へ接近する航空機の監
視と管制を目的とした措置であると考えられる。
なお、 「海洋低空空域」 を計器飛行方式によっ
て飛行する航空機は三亜管制センターと無線交
信を確立しなければならないとされていること
は、 計器飛行方式である以上当然である 注12 。
しかしおかしなことに、 「三亜管制センターは
三亜 FIR 海洋低空空域内を飛行する航空機に
対して、 航空交通管制業務を提供しない。 すな
わち、 管制間隔と管制許可を発出しないという
ことである」 と告示されている。 さらに 「もし
航空機の乗員が必要ならば、 三亜管制センター
に要求することで関係する飛行情報業務と警告
業務を受けることができる」 とされている。 そ
もそも計器飛行方式とは、 当該航空機による飛
行の全過程において管制当局とのコンタクトが
保持され、 管制当局は他機との管制間隔を確保
して飛行の安全性と効率性を保障する仕組みで
ある。 そうでありながら 「海洋低空空域」 では
航空交通管制業務を提供しないということでは、
それはそもそも計器飛行方式とは言えない。 告
示には、 「海洋低空空域」 に入った計器飛行方
式による航空機は、 その時点で計器飛行方式が
取り消される (キャンセルされる) とは書かれ
ていないので、 国際的な管制方式基準から逸脱
することになる。
(次号へつづく)
註
1
2
3
神奈川新聞 、 2006年12月2日。
共同通信 、 2005年11月25日。
「中国の安全保障と航空管制」、 国際安全保障
(国際安全保障学会) 第30巻第4号 (2003年3月)、
35∼55頁。
4 世界の空域は、 ICAO 非加盟国の領域と公海の
一部上空を除いてほぼ全域が FIR に指定されてい
る。 FIR は航空交通の流れを促進するよう考慮さ
れており、 必ずしも各国の領空とは一致しない。
つまり航空管制のため世界の空域を便宜上区分し
てそれぞれの航空路管制センターが担当するしく
みであり、 必ずしも各国の領空とは一致せず、
FIR の名称は国名でなく、 これら管制センター名
がつけられている。 AIM-JAPAN 編纂委員会編
Aeronautical Information Manual JAPAN
第37号 、 日本航空機操縦士協会、 2002年、 2−
1頁。 航空管制用語解説編集委員会編 航空管制
用語解説 、 航空交通管制協会、 1985年、 I−28頁。
5
読売新聞 、 2001年12月13日。
6 「関於三亜責任区試運行及修改的南中国海空中
交通服務航路結構三亜責任区與河内、 胡志明、 香
港及馬尼拉飛行情報区之間空中交通活動的応急安
排 」 、 航 行 資 料 彙 編 (AIP CHINA) Supplement, Nr.01/03, Oct 1, 2002. なお 航行資料彙
編 については、 次の註7を参照。
7 この 航行資料彙編 は、 一般に AIP (Aeronautical Information Publication) といわれる
もので、 ICAO に加盟する各国はその基準に則っ
て各々発行している。 中国では中国民用航空総局
が発行する。 わが国では 航空路誌 といわれ、
国土交通省航空局が編集発行する。
8 上記註7参照。
9
た と え ば NOTAM A1984/04, Summary
NOTAM Series A, People's Republic of China,
March, 2006, p.6. NOTAM (Notice to Airman:
ノータム) とは、 AIP によってカバーしきれなかっ
た航空情報で、 一般にテレタイプ回線等によって
配布される。 中国の場合、 その主要なものが印刷
配布もされる。
10 NOTAM A1806/06, Summary NOTAM Series
A, People's Republic of China, August 06, 2006,
p.12.
11 本節の記述は、 主として 「ENR 2.1.1 三亜飛行
情報区、 管制区飛行規程」、 前掲 中国航行資料
彙編 (AIP CHINA)、 ENR 2.1-41∼46等の該当
箇所に基づく。
12 これに対してこの空域を有視界飛行方式によっ
て飛行する航空機は、 三亜管制センターの指定す
る無線周波数をモニターし、 必要なときには無線
交信を確立しなければならないとされている。 前掲
中国航行資料彙編 (AIP CHINA)、 ENR2.1-43。
2008 JUL
43
中国飛行情報区
三亜 FIR
44
2008 JUL
GA:ジェネアビ情報
小型プロペラ機の機外騒音
奥貫
小型プロペラ機の機外騒音につきましては、
Pilot 誌2003年7月号の ジェネアビ情報 に
掲載をさせていただきましたが、 早いもので、
それから既に5年が経過しました。
今回の掲載にあたり、 内容の多くは重複する
のですが、 小型機の運用にとって機外騒音問題
の深刻さは増大するばかりです。 また、 騒音低
減に対する積極的な動きもありますので、 改め
て小型プロペラ機の機外騒音の問題を掲載させ
ていただくことにしました。
航空機の運航において、 機外騒音の問題は避
けては通れません。 小型機の分野において、 そ
れは、 近隣からの騒音苦情として深刻な問題と
なります。 新しい飛行場や、 場外離着陸場にお
いては、 先ずこの騒音問題をクリアーすること
が必要になります。
航空法においても、 耐空証明の際の必要事項
として、 機外騒音の基準値が定められています。
しかし、 実際の飛行における、 対地騒音を配慮
した飛び方の話は、 殆ど聞いたことがありませ
ん。 騒音問題が発生しますと、 騒音苦情地域の
情報を気にして避ける程度で、 空に上がってし
まいますと、 地上騒音への配慮がおろそかにな
りがちです。
この狭い国土では、 飛行場周辺の住宅化と共
に、 離陸すれば必ず人家の上を飛ばなければな
らないのですから、 安全と共に、 地上騒音への
配慮も重要な要素となります。 そのような訳で、
小型プロペラ機の機外騒音の問題に対する理解
を深めることが大切です。
博
騒音基準適合証明
航空機の機外騒音については、 ICAO (国際
民間航空機構) において、 世界的に共通した基
準が定められ、 それに適合することが必要とさ
れています。 日本の航空法においても、 ICAO
に従った、 航空法施行規則付属書第2 「航空機
の騒音基準」 の項があり、 ジェット機、 回転翼
航空機から小型のプロペラ機まで、 機外騒音の
基準値が定められています。
この航空法施行規則の、 小型プロペラ機の騒
音基準は、 機体の重量によって機外騒音の許容
最大値を定めたもので、 ICAO の付属書16-1-6
に従ったものです。 重量8,618kg 以下のプロペ
ラ機に対しては、 最大離陸重量600Kg までは
68dB (A)、 1,500Kg を超えるものは80dB (A)、
600Kg から1,500Kg の間は、 直線変化として
います。
飛行規程の性能の項には、 証明された機外騒
音の値が記載されています。 この基準値を超え
ている場合は、 航空の用に供することはできま
せん。 また、 騒音に影響するような整備、 修理、
改造も厳格な管理が要求されます。
この騒音基準値は、 モーターグライダーにも
適用となります。 また ICAO の基準に従い、
曲技用、 農業用、 及び、 消防用の航空機は適用
外とされていますが、 これらの機体においても
騒音に配慮した運航が望ましいことは、 言うま
でもありません。
2008 JUL
45
機外騒音の構成要素
飛行機の機外騒音の基準では、 離陸経路にお
ける、 以下の3要素が配慮されています。
・音の大きさ
・音のやかましさ (不快感)
・音の持続時間
音の大きさは、 文字通り、 最も基本的な要件
となるものです。 音源が発する音の大きさと、
音源からの距離が影響します。
次は、 音のやかましさですが、 これは、 人間
が感じる音の不快感は周波数帯毎の構成による
影響を受けるため、 測定した騒音を、 人が 「や
かましい」 とする感覚の周波数特性を模した方
法で評価することが必要とされています。 詳細
については省略しますが、 その結果得られた騒
音値を dB (A) と表記します。
次は、 音の持続時間です。 これは、 機体の速
度や、 経路による影響を受けます。
機外騒音値は、 これらを全て評価するもので
すから、 本来であれば、 離陸経路直下で測定す
れば良いのですが、 測定の技術が難しく、 また、
測定値のばらつきも大きいため、 実施には難し
い面があります。
そこで、 小型プロペラ機の騒音適合性の証明
では、 対地1000FT の高度を最大離陸重量、 離
陸出力で水平飛行したときの騒音値を測定し、
それを周波数分析して前述の dB (A) の値と
し、 離陸騒音影響を配慮した性能補正値を加え
て、 最終的な騒音値としています。
この性能補正値は、 離陸距離、 離陸後の上昇
率及び、 上昇速度から構成されます。
離陸距離が短く、 上昇率が良ければ、 離陸経
路の高度は高くなりますから、 音源の大きさが
同じでも、 対地騒音は軽減されます。 また、 上
昇速度が速ければ、 騒音影響の大きい時間が短
縮されますので、 これまた、 対地騒音軽減の効
果があるということになります。
グライダー曳航の場合は、 これらがいずれも
不利な状況になりますので、 騒音対策は深刻な
問題となります。
46
2008 JUL
プロペラ小型機の機外騒音源
プロペラ小型機の機外騒音源は、 以下の2つ
に大別されます。
・エンジンからの騒音
・プロペラからの騒音
機体にもよりますが、 通常は、 エンジン騒音
とプロペラ騒音は、 大体同じようなレベルにな
るように設計されていると考えて良いと思いま
す。 従って、 有効な騒音対策とするには、 この
両方に対し、 同時に対策をすることが必要とな
ります。
先ずはエンジンですが、 エンジンからの騒音
は、 排気管から出てくる排気ノイズが主成分で
す。 一般的な量産機にもマフラーが装備されて
いて、 絶対的な音圧を下げると共に、 排気音を
標準仕様のマフラー
機外マフラーの装備例
機外騒音値の例 (米国 AC36-1H Appendix-7)
機体
メーカー
Aviat
Beech
Bellanca
Cessna
Cessna
Cessna
Cessna
Fuji
Maule
Piper
Piper
Piper
Robin
Socata
Socata
型式
Husky A-1
A36
8KCAB
210R
182R
172P
152
FA-200-180
M-7-235
PA-28R-200
PA-28-161
PA-18-150
DR400
TB20
TB10
最大離陸
重量(Lbs)
1800
3600
1800
3850
3100
2400
1670
2540
2500
2650
2330
1750
2430
3090
2540
エンジン
馬力
180
260
180
285
230
160
110
180
235
200
160
150
180
250
180
プロペラ
直径(in.)
枚数
76
2
80
3
74
2
80
3
82
2
75
2
69
2
74
2
78
2
74
2
74
2
74
2
76
2
80
2
74
2
離陸最大
回転(RPM)
2700
2700
2900
2700
2400
2700
2550
2700
2400
2700
2700
2700
2600
2575
2700
騒音値
dB(A)
65.9
78.2
67.2
79.0
69.1
73.8
64.8
73.6
72.3
75.5
72.0
65.9
73.1
74.0
70.7
機外騒音の制限値と機外騒音値の例
ソフトなものにしています。 また、 グライダー
曳航機等において、 更にエンジン排気騒音を下
げるために、 機外に別な外付けマフラーを装備
した例もあります。
ターボチャージャー付きのエンジンは、 そこ
で音のエネルギーが吸収されますから、 排気音
は、 よりソフトになる傾向があります。
プロペラからの騒音
次にプロペラノイズですが、 これは、 プロペ
ラの先端速度が大きく影響します。
エンジンのクランクシャフトとプロペラが直
結式のライカミングエンジン等の場合、 180−
200馬力前後のエンジンでは、 最大回転数が
2700RPM というのが殆どですが、 これと組み
合わせるプロペラは、 2枚ブレードで、 直径は、
2008 JUL
47
大体、 74-76 inch 程度となります。
この場合、 地上静止時のプロペラの先端速度
はマッハ0.8程度になりますから、 この高速度
で空気を切り裂く音が大きなノイズとなるので
す。
そのため、 プロペラノイズは、 プロペラの先
端形状の影響を受けます。 先端が丸い形状のも
のは、 四角のものよりも多少騒音が軽減されま
す。 最近では、 プロペラ先端部に若干の後退角
を与えたような形状のプロペラも現れています。
固定ピッチプロペラの場合、 離陸上昇中は速
度が遅いので、 最大回転数が出ません。 従って、
その分、 騒音値も低くなります。 しかし、 最大
回転が出ない分、 離陸位置は先に伸び、 上昇率
も低くなりますから、 その結果上昇経路が低く
なり、 地上で測った騒音値は逆に大きくなるこ
とがあります。
定速プロペラの場合は、 離陸時も最大回転数
を出せますから、 プロペラノイズは大きくなり
ます。 しかし、 速やかな加速と上昇が可能です
から、 上昇経路の高度を高くして、 対地騒音影
響を軽減させることが可能です。
これらのことを考慮して、 例えば FA200の
場合は、 同じ180馬力のエンジンであっても、
定速プロペラの場合は直径74inch、 固定ピッチ
プロペラの場合は、 直径76inch のプロペラと
しています。
同じエンジン馬力で、 プロペラブレードの数
が増えれば、 各ブレードのサイズを小さくして
も、 エンジンの馬力を有効に吸収できるように
なります。 このため、 低騒音を目指した4枚ブ
レードのプロペラも開発されています。 ブレー
ド数が4枚になれば、 2枚ブレードのプロペラ
と比較して、 ブレード1枚あたりが受け持つ馬
力は半分になりますから、 それに見合うサイズ
で良いことになるのです。 従って、 同じ回転数
でも先端速度が下がり、 その結果、 機外騒音の
低下が得られます。
単発機では、 プロペラ直後の太い胴体のこと
もありますから、 プロペラ直径は大きい方が効
率は良く、 単純にはいかないのですが、 きちん
とした検討を実施すれば、 低騒音で効率の良い
48
2008 JUL
4枚ブレードプロペラを装備した機体
(MT Propeller 社資料より)
4枚ブレードのプロペラを手に入れることも可
能でしょう。
運航における騒音低減の配慮
既に述べましたように、 離陸経路周辺の地上
騒音は、 音の大きさ、 やかましさと、 その持続
時間の影響を受けます。 即ち、
1. 機体の機外騒音値
2. 離陸距離
3. 離陸後の上昇率
4. 離陸後の上昇速度
の影響を受けます。
機外騒音値は、 音源の発する音の大きさと、
そこからの距離が関係しますから、 速やかに離
陸し、 高度を獲得すれば、 同じ騒音源であって、
離陸経路の地上騒音は低くなります。
連続離着陸訓練のような場合は、 通常よりも
離陸位置が先に伸び、 上昇経路が低くなって、
離陸経路直下への (対地) 騒音の影響が大きく
なります。 それに繰り返し実施の要素も加わり
ますから、 騒音の問題が発生しやすい状況にな
ります。 従って、 出来るだけ機体が軽い状態で
実施するといった配慮も大切になります。
音の持続時間は、 離陸後の上昇速度が影響し
ますが、 これは機体毎に定められた最良上昇速
度を守るしかありません。
うな着陸はしないことです。 特に、 直径の大き
いプロペラの場合は、 回転数を上げた時の騒音
値が大きくなりますので、 注意が必要です。
また、 定速プロペラを装備した機体の場合は、
着陸前に、 プロペラレバーを高回転位置にする
操作がありますが、 エンジン出力が大きい状態
でこの操作をしますと、 プロペラ回転数が上が
り、 対地騒音が増大しますので、 注意が必要で
す。 ベース又はファイナルで、 速度も低下し、
スロットルを十分に絞った状態でピッチレバー
をフル・インクリーズにすれば、 プロペラ回転
数の増大を防ぐことが出来ます。
音源の数による対地騒音の変化
では、 180馬力、 4人乗り (最大離陸重量1
トン程度) の機体を例に、 エンジン回転数や、
重量の影響を見てみますと、 離陸重量を150Kg
減らせば、 離陸経路直下の地上騒音影響を約3
dB (A) 下げる程度の効果があります。 機体
の重量を軽くすることによって、 離陸滑走距離
が短くなり、 また、 離陸後の上昇率もよい方向
に変化するので、 離陸経路直下の地上との距離
が大きくなり、 その分、 地上騒音が変化すると
いう訳です。
この3dB (A) の差は、 同じ機体が1機で
飛行している時と、 2機編隊飛行している場合
との差、 即ち、 音源の数が2倍になったことに
相当しますから、 結構大きな差になります。
次に、 エンジン (プロペラ) 回転数の差150
RPM は、 これまた、 対地騒音約3dB (A) に
相当するレベルになります。 これは、 前述の、
プロペラの先端が高速で空気を切り裂くことに
よるノイズが、 回転を下げることによって減少
するためです。
従って、 飛行場内ではフルパワー2700RPM
で、 出来るだけ高度を稼ぎ、 飛行場の境界を越
えたら、 エンジン回転数を2500RPM に下げて、
騒音の低減を図るといった配慮も効果的となり
ます。
着陸に際しても、 騒音影響を少なくするには、
回転数を低く保つことが効果的です。
間違っても、 低めの高度で、 パワーで吊るよ
おわりに
「エンジン付きなので、 騒音は出るもの」 と
言ってしまえばそれまでなのですが、 住宅の上
を飛ばさせていただいているのですから、 騒音
軽減に対する努力はしなければなりません。 ま
た、 機外騒音は、 運用の配慮によっても、 かな
り軽減されるものであることを理解する必要が
あります。
特に離着陸は最も騒音影響の大きなところで
すから、 離陸時は、 滑走路の一番手前で、 パワー
を入れてからブレーキを離し、 効率の良い諸元
で速やかに離陸して高度を獲得し、 また、 着陸
は、 パワーアイドルの滑空着陸にする等、 きち
んと計画し、 地上の人のことを配慮したフライ
トを心がけることが必要であろうかと思います。
また、 飛行経路をわずかにずらすだけでも、 大
きな効果があります。
騒音に配慮した飛び方をまとめて言いますと、
以下のようになります。
・離陸は滑走路の端から開始
・パワーを入れてからブレーキを離して加速
・効率の良い諸元で速やかに離陸
・飛行場境界内で、 できるだけ高度を獲得
・飛行場境界外では上昇パワーに調整
・騒音影響の出来るだけ少ない経路を飛行
・着陸は、 パスを高く、 パワーは少なく
・目的に応じ、 最小限の重量で飛行
2008 JUL
49
「機外騒音に配慮した飛行の例」 の図
要は、 基本に沿った飛行を心がければ良いと
いうことにもなります。
エアワーク等は、 可能な範囲で、 高い高度の
方が良いことは言うまでもありません。 また、
高度の低いパイロン系の課目は、 実施場所を時々
変える等の配慮も必要であろうかと思います。
これまでの経験においても、 例えばアクロの
練習や、 グライダー曳航等においては、 限られ
た場所で飛ぶことが多くなりがちですが、 微妙
に場所を変え、 同じ所で3回続けて飛ばないよ
うにする、 と言った配慮も大切です。 そうしま
せんと
1回目:「飛行機が来た」
2回目:「また来た、 うるさいなぁ」
3回目:「いいかげんにしろ!」
と言った反応が考えられるのです。
一度機外騒音が問題になりますと、 その解決
は容易ではありません。 特に飛行場外離着陸場
として、 航空法但し書き許可を得て飛行してい
る環境の場合は、 離着陸場の存続にも係わる問
題になりかねません。 また、 周辺の住宅化には、
特に敏感になる必要があります。
小型機の飛行場の多くは、 騒音を配慮した運
用が必要な状況にあります。 従って、 不慣れな
飛行場の場合は、 予め情報を得て、 騒音に敏感
なエリアを避ける等の配慮が必要です。 お互の
ためですから、 必ず実行しましょう。
小型機用の飛行場あるいは場外離着陸場は貴
重な存在です。 利用に際しては、 改めて機外騒
音の問題をよく考え、 対地騒音を考慮したフラ
イトを心がける必要があります。
離陸経路の騒音は操作により大きく変化する
河川敷の近傍にも民家は散在している
50
2008 JUL
World Safety Report
編集委員
佐藤
裕
知っていましたか?”
ATC とエマージェンシー
“私たちは ATC にエマージェンシーを宣告
しました”と言う内容のインシデント・リポー
ト、 おそらくこれと似たケースを含むと、
ASRS データベース・オンライン (DBOL) に
は数千近くあるはずです。
そして、 これら多くのリポートは、 エマージェ
ンシーを宣告した後、 ATC から、 スタンダー
ドとでも言うんでしょうか、 次の2つのことを
聞かれた、 と話します。
・残っている燃料の量は?”
・機内には何名搭乗していますか?”
ATC は何でこんなことを聞くんでしょう?
あるリポーターは、 コクピット内に煙が充満
しているエマージェンシー状態に陥っていると
言うのに、 この質問のおかげで混乱してしまっ
た上、 注意力も散漫な状態になってしまいまし
た、 と書いてくれます:ASRS 編集部
"We declared an emergency with ATC." Thousands of incident reports in the ASRS Database Online (DBOL) contain this, or similar, phrasing. Many of these reports also describe two standard
questions that ATC asked pilots following an emergency declaration:
・"What is your fuel remaining?"
・"How many souls are on board?"
Why does ATC request this information? For one ASRS reporter, these questions created confusion and distraction during a smoke-in-the-cockpit emergency.
・機体を他の空港へ空輸しているときの事です……
17,000フィート MSL から IMC の中を降下
していました、 モデレイト程度のライムアイ
スの着氷だったのでアンチ・アイスを全てオ
ンに、 そして10,000フィートを通過したころ、
コクピット内に煙が立ち込め始めてしまいま
2008 JUL
51
した。
センターに指示されたとおり、 アプローチに
周波数を切り替えている最中、 まだ交信を開
始していなかったんですが、 私の前の計器盤
から異臭と煙が発生していることに気づいた
んです。
9,000フィートまで降下する指示を貰ってい
た、 と信じきっていました……とにかく混乱
した状態でした、 ATC にエマージェンシー
の送信をし、 彼らの問いかけに答え、 自分の
手で機体を操縦し、 このような状態の中で煙
と異臭の発生源を探しているうち、 先ほど指
示された高度以下に降下してしまいました……。
7,800フィート付近で、 空調装置とウィンド
シールド・ヒートのスイッチをオフにし、 やっ
と煙の発生を抑えることが出来ました。
何とかこのトラブルを解決した私は ATC に、
先ほどどの高度まで降下するように指示して
くれたんですか?と尋ねてみます。
すると、 高度4,000フィートまで降下するよ
うに、 との指示が……。
混乱していたとはいえ、 私が指示された高度
を守らなかったこと、 そしてクリアランスに
従わなかったことについて、 特に ATC から
の注意はありません……これ以降は時に何事
も起こらず、 無事に着陸できました、 幾分震
えながらですが、 再び無事に地上に降り立つ
ことが出来ました。
思い出してみると、 確かにエマージェンシー
状態にある私をなんとか救おうと‘機内には
何名搭乗していますか?燃料はどのぐらい残っ
ていますか?’と言った質問をしてくれてい
るんでしょうが、 私を窮地に追い込み続けて
いるトラブルを、 何とか解消しようとしてい
る私の注意力をそいでしまうだけだったんで
す……。
何であんなことを聞いて来たのか、 今でも疑
問に思っています。
私の置かれている状況を切りぬける手助けに
はならなかったし、 トラブルの解決にも役立
たなかったんです。
なにしろ私を混乱させ、 注意力を散漫にする
だけでしたから……。
・While repositioning aircraft...and descending from 17,000 feet MSL in IMC and moderate
rime icing conditions, with all anti-icing equipment selected on, I experienced smoke in the
cockpit while passing through approximately 10,000 feet. When I changed frequencies to Approach, as requested by Center, but before checking in, I first smelled and then observed
smoke coming from behind the instrument panel directly in front of me. I believe that I was
cleared to descend to 9,000 feet...but in all the ensuing confusion, trying to communicate my
emergency to ATC, responding to their requests, hand fly the aircraft, while trying to determine and isolate the source of the problem, I may have descended through the altitude that
I was previously cleared to....
At around 7,800 feet, I managed to stop the smoke by turning off the environmental control
switch and the windshield heat. After collecting my wits, I queried ATC and asked them what
altitude they wanted me at. They responded by authorizing me to descend to 4,000 feet. They
did not indicate that I had busted my altitude or violated my clearance in any way, but I believe in all the confusion I may have...I continued to my destination and landed without further incident, somewhat shaken but nevertheless relieved to be safely on the ground....
Thinking back, I seriously doubt that being asked for 'number of souls on board and fuel
52
2008 JUL
remaining' did anything to help me deal with the emergency, but rather only served to distract me from the task at hand and increased my concern about my predicament...It certainly had no bearing on my situation and did nothing to help me resolve the problem. At
best, it only served to contribute to the confusion and provided an unnecessary distraction....
ATC は、 空港に待機している消火救助隊
(CFR:Crash Fire Rescue) に一報を伝えるた
め、 まず最初に燃料/搭乗者の数を聞きます。
CFR は次の状態を想定して出動態勢を整え
るためです:
・何名の人々を救助するのか?
・溢れ出したり、 燃え上がる可能性のある燃
料の量は?
く知るため、 CFR は航空機の型式、 搭乗者の
総数に関する情報を求めます。
このような情報があれば、 最良かつ効果的な
消火体制を取る事ができるからです。
ですから、 エマージェンシー状態に陥ってい
る状態であるにもかかわらず、 ATC からこの
ように質問されたとしても……この問いかけは、
緊急着陸しようとしている航空機を助ける
CFR にとっては、 最良かつ有効な情報になる
んですから…:ASRS 編集部
機内のどの位置に乗客たちがいるのかを詳し
ATC requests fuel/passenger information primarily so that it can be forwarded to Crash Fire
Rescue (CFR) personnel at the airport where an emergency landing might take place. CFR is very
anxious to have this information, as it allows them to act on an informed basis regarding:
・How many people are to be accounted for
・How much (or little) fuel will potentially be spilled, or burning
CFR also has detailed information on equipment types and passenger loads that can predict
where passengers will be exiting an aircraft. This allows them to concentrate their fire suppression efforts where they will do the most good.
So if you are involved in an emergency, remember that ATC is asking these questions for a good
reason−to be able to provide optimal Crash Fire Rescue assistance following an emergency landing.
ATC がエマージェンシーの宣告をしてしまう理由は?
さて、 次の ASRS リポーターからです、 単
なるオイル圧力計の指示不良に過ぎなかったと
言うのに、 ATC はエマージェンシー宣告をし
てしまいました、 と話してくれます:ASRS 編
集部
・センターに、 オイル圧力計の指示が不安定に
なってしまったので ZZZ 空港へダイバート
したい、 と連絡しました。
他の計器の指示は正常なので、 計器だけの問
題かも知れないので、 空港に着陸して確認し
たいんですが、 とも伝えます。
ZZZ 空港へ向かう許可を貰った上、 ZZZ ア
プローチの周波数を切り替えるように、 との
2008 JUL
53
指示ももらいました。
ZZZ アプローチから、 航空機には何名搭乗
していますか?残っている燃料の量は?と聞
かれたので、 搭乗者は2名、 数時間飛行でき
る燃料が残っています、 と私は答えた上、 圧
力計の指示以外は全て正常なので、 エマージェ
ンシーの宣告はしません、 とも伝えます……
アプローチはファイナルへストレート・イン
できるように誘導してくれ、 ランウェイ YY
への着陸許可をくれます。
消防車がすでに待機していました。
私個人の意見なんですが、 大げさすぎるし無
駄なことだ、 と思っています。
多分、 計器の指示だけの問題で、 他には異常
ありません、 という私の送信を信じてもらえ
なかったのでは、 と思っています……FAA
から連絡があり、 このインシデントに関する
質問を受けました……自分の置かれている状
況を正確に伝えたつもりですが、 この結果私
の得たものは?……消防車と FAA からの電
話です……。
航空交通管制官はオーダー7110.65S (エアー・
トラフィック・コントロール・マニュアル) の
規定に従って管制業務を行っています。
このマニュアルのセクション10-1-1-d には“…
エマージェンシー状態が発生しているか、 ある
いは発生の予想されるような場合には、 このマ
ニュアルに示す指示に従い、 この状態を解決す
るために最も適している、 と考え得る全ての行
動を取らなくてはならない”と書いてあります。
管制官は、 緊急状態にある航空機に対し“最
大限の援助”を行わなくてはならない、 とこの
マニュアルに指示されていますし、“パイロッ
トから要求があった場合、 そして管制官自身が
必要”と思われる救難消防隊及び救難用施設の
体制を整えなくてはなりません。
別の言い方をすると、 管制官は最良の判断を
したうえで、 そのパイロットに対し、 あなたは
危険な状態なんですよ、 とエマージェンシーを
宣告しなければなりませんし、 エアー・トラフィッ
ク・コントロール・マニュアル、 セクション102-5に示すよう、 管制官、 パイロットに限らず
次の方々もエマージェンシーを宣告することが
出来るんです:
・航空機の運航に責任のある者が (例えば、 ディ
スパッチャー) ATC にエマージェンシーの
宣告をした場合。
・予期せぬ VFR あるいは IFR 飛行している航
空機のレーダー識別、 あるいは無線交信が失
われた場合。
・航空機から不時着した旨の通報を受けた場合、
あるいは不時着するとか飛行不能になりつつ
あるため、 これから不時着を行う旨の通報を
受けた場合。
・クルーが航空機を放棄した、 あるいは放棄し
ようとしている旨の通報を受けた場合。
・エマージェンシー・ロケーター・トランスミッ
ターの発射した信号をレーダーが受信した場
合。
ではリポートを寄せてくれた方の話、 つまり
オイル圧力計の指示が不安定になったと言う件
ですが、 このパイロットがどの様に考えていよ
うとも、 不時着に結びついてしまう危険性を秘
めていることは事実です。
このような状態において、 ATC がエマージェ
ンシーを宣告した件に関しては、 十分理解でき
ます:ASRS 編集部
For another ASRS reporter, erratic oil pressure readings led to an ATC declaration of an emergency.
54
2008 JUL
・I told Center that I wanted to divert to ZZZ because of erratic oil pressure readings. I explained that I was pretty sure it was the gauge and wanted to land just to be sure and that
all else was fine. They cleared me to ZZZ and put me over to ZZZ Approach. ZZZ Approach
asked me, how many souls on board? And, how much fuel? I replied '2 on board and a couple
hours of fuel and that I did not declare an emergency and was fine.'... They vectored me in
for straight-in final and cleared me to land on Runway YY. They had a fire truck waiting for
me. This, in my opinion, was overkill and a waste. Maybe they didn't believe that I was fine...
Now the FAA has contacted me asking about the incident...I was straight [forward] with the
situation and what did I get?−Fire trucks and a call from the FAA....
Air traffic controllers operate under the instructions provided in Order 7110.65S (Air Traffic Control Manual). Section 10-1-1-d of this manual states, "... When you believe an emergency exists
or is imminent, select and pursue a course of action which appears to be most appropriate under
the circumstances and which most nearly conforms to the instructions in this manual."
Controllers are further instructed to "provide maximum assistance" to aircraft in distress, and to
enlist emergency services and facilities "when the pilot requests or when you deem necessary."
Controllers, in other words, must rely on their best judgement of when to declare an emergency
for a pilot. Situations that merit an ATC emergency declaration include, but are not limited to,
the following [Section 10-2-5 of the Air Traffic Control Manual] :
・Officials responsible for the operation of the aircraft [dispatchers, for example] inform ATC
of an emergency
・There is an unexpected loss of radar contact and radio communications with any IFR or VFR
aircraft.
・Reports indicate an aircraft has made a forced landing, is about to do so, or its operating efficiency is so impaired that a forced landing will be necessary.
・Reports indicate the crew has abandoned the aircraft or is about to do so.
・An emergency radar beacon response is received.
To return to our report example, erratic oil pressure readings may be symptomatic of a situation
that could lead to a forced landing, whether or not the pilot thinks that is likely. ATC's declaration of an emergency was understandable in this situation.
2008 JUL
55
ハイポキシャと一酸化炭素が
パイロットの能力に及ぼす悪影響
エアロノーティカル・インフォメーション・
マニュアル (AIM)、 チャプター8“パイロッ
トに必要な航空医学の知識”には、 飛行中して
いるパイロットの能力及び体調に悪影響を及ぼ
す要因が説明してあり、 これらはとても役に立
つ知識になる、 と言えます。
ハイポキシャと一酸化炭素 (CO) の毒性に
犯されたな、 と思える ASRS へのインシデン
ト・リポートを2つ紹介しましょう。
今月は ASRS へリポートを寄せてくれた方
の目を通して、 これら“常に存在している”危
険性について、 考えてみましょう:ASRS 編集
部
Chapter 8 of the Aeronautical Information Manual, "Medical Facts for Pilots," contains a wealth
of information on conditions that can adversely affect pilot performance and fitness for flight.
Among these are two conditions that are amply illustrated by ASRS incident reports−hypoxia
and carbon monoxide (CO) poisoning. This month we look more closely at these conditions
through the eyes of ASRS reporters who have "been there."
ハイポキシャ
ハイポキシャとは、 酸素が不足してしまい、
脳とか他の器官の働きが低下してしまう状態を
言います。
ハイポキシャは、 高度が増加するにつれ、 大
気の圧力が低下してしまうと牙をむき出し始め
ます。
この厄介なハイポキシャに対する最良の防護
策としては、 連邦航空規則パート91の運航を行
うパイロットなら、 日中、 10,000フィート以上
の高度で飛行する場合、 及び夜間ならば5,000
56
2008 JUL
フィート (夜間の錯覚を防止するため) を飛行
する場合、 補助酸素を使用することを強く勧め
ます。
パート121の運航を行うパイロットは、 規則
どおりに酸素装置を使用すべきです。
12,500フィート MSL で数時間飛行したこの
BE35航空機のパイロットは、 ハイポキシャに
ついて“体験学習をしました”と書いてくれま
す:ASRS 編集部
・振り返ってみると、 VFR で降下している最
中、 私はかなりハイポキシャの影響を受けて
いたんだ、 と実感しています。
^4時間ほど12,500フィートで巡航しましたが、
特に問題はありません。
センターに VFR で降下すると告げると、 次
のセクターと交信するように、 とハンド・オ
フされました。
このときすでにハイポキシャの影響は出てい
たんです。
指示された周波数を聴き間違えた上、 違う周
波数に切り替えてしまったんだ、 と思ってい
たんですが、 先ほどまで交信していたセンター
の周波数に戻したつもりでしたがどの局から
も応答はありません。
この周波数も間違えてセットしていたんでしょ
うね。
私と同じ程度の飛行経験を持つパイロットは、
信じられない、 と言う気持ちを持たれるでしょ
うが、 飛行している間、 特に問題はなかった
ものの、 周波数を替えるといった簡単な操作
すら出来ない状態に陥っていたんです。
そして、 あろうことか許可を得ぬままクラス
Bエアスペースに侵入してしまいました。
私自身…健康には自信を持っていました、 タ
バコなど吸った事もありませんし、 アルコー
ル類だって口にしたこともありません。
でも、 航空規則に違反していないものの、
12,500フィートの高度を長時間飛行し続ける
と、 人間の能力は著しく低下してしまうんだ…
この事実を実感させられました…まさに体験
学習をしたわけで…真っ先に思いついたのは、
これからはポータブル式の酸素吸入装置を備
えておこう、 と言うことです。
連邦航空規則 FAR91.211は、 キャビン高度
12,500フィート以上を飛行する場合、 及び高度
14,000フィート以上の高度で30分以上飛行する
場合に、 補助酸素吸入装置の使用を義務付けて
います:ASRS 編集部
Hypoxia is a state of oxygen deficiency sufficient to impair functioning of the brain and other organs. Hypoxia from exposure to altitude is due to the reduced barometric pressure encountered
at altitude. For optimum protection against hypoxia, Part 91 pilots are encouraged to use supplemental oxygen above 10,000 feet during the day, and above 5,000 feet at night (to prevent deterioration of night vision). Part 121 pilots must comply with more stringent regulations.
This BE35 pilot received a "real education" about hypoxia after flying for hours at 12,500 feet
MSL
・In retrospect, it is clear to me that I encountered an advanced case of hypoxia in my VFR descent. I had been cruising for about 4 hours with flight following at 12,500 feet, and the flight
at that altitude had been progressing uneventfully. When I announced to Center that I would
commence a VFR descent, I was handed off to another sector. This is when things went
awry. I think I may have heard wrong or selected a wrong frequency, but my attempts at
contact went nowhere, and somehow I was unable to return to my previous controller. This
seems incredible for a pilot with my level of experience, but, while flying the airplane was no
problem, handling even the most simple mental tasks became almost impossible. As a result,
I entered Class B airspace without a clearance. I...am in excellent health, have never smoked,
and do not drink alcohol. But I realize now that...prolonged flight, even at the legal altitude
of 12,500 feet, can have a very detrimental effect on one's mental capacity...I received a real
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education, and one of the first things I will invest in will be portable oxygen equipment.
FAR 91.211 requires the use of supplemental oxygen at cabin pressure altitudes above 12,500 feet
MSL up to and including 14,000 feet MSL for flight durations of more than 30 minutes.
一酸化炭素 (CO) 中毒
一酸化炭素は無色無臭、 もちろんいやな味も
しない気体で、 排気に含まれています。
小型航空機の多くは、 排気マニュフォールド
周囲の熱をヒーターに利用しています。
このマニュフォールドにクラックが発生して
いるとか、 シールが不良だと、 排気は容易にコ
クピットに侵入してしまいます。
ヒーターを使用しながら飛行している最中、
パイロットが頭痛、 あるいは眠気とかぼんやり
しているような感覚に気付いたなら、 一酸化炭
素の悪影響に冒されているせいかもしれません、
すぐヒーターをオフにしてベントを開き外の空
気を取り入れましょう。
ヘッド・アップ、 つまりなんだか変だな、 と
感じたフライト・インストラクターの行動は、
一酸化炭素によるインシデントを重大な結果と
なる前に防ぎます:ASRS 編集部
・訓練空域でステューデントの訓練飛行を行っ
ている最中、 私自身の視覚とグラス・コクピッ
トがボンヤリし、 見えにくくなったことに気
付きました。
この変調が始まりで、 少しですが頭痛もし始
めます。
たぶん一日中コンタクト・レンズを着けてい
るとこんな症状を感じると言うし、 きっとこ
のせいだろう、 と思っていました。
でも自分自身、 ハイポキシャあるいは一酸化
炭素に冒されているんじゃないかな、 と疑い
始めます。
空港に戻り着陸しよう、 と言う段階で私のス
テューデントは、 眠気がします、 なんだか変
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2008 JUL
な感じがするし、 頭痛もするんでヒーターの
温度を下げて外気を取り入れるベントを開い
てくれませんか?そうしてもらえれば、 少し
はスッキリすると思うんで、 と私に。
ハッとしました、 私たち2人は一酸化炭素に
冒されているんだ、 と!
すぐヒーターをオフにし、 機内の空気を入れ
替えるため、 全てのベントを開きました。
なるべく早く空港へ戻ろうと訓練空域を離れ、
これ以上症状が進行しないように、 低い高度
へと降下します。
外気を取り入れたせいでしょうか、 私たち2
人の症状は治まってきます。
早い時期に一酸化炭素による影響に気付き、
症状がこれ以上進行しないよう、 何とか防ぐ
ことができました…。
エアー・ラインのフライト・クルーも排気の
洗礼、 つまり一酸化炭素の影響を受けてしまう
ケースがあります…あるキャプテンからのリポー
トです:ASRS 編集部
・巡航中のことです、 キャプテンである私はひ
どく咳き込み始めてしまったんです。
何か嫌な感じはしないか?とファースト・オ
フィサーに聞きました。
頭痛がするし、 しかもボンヤリするんだ、 と
も彼に。
ファースト・オフィサーも、 同じように感じ
ています、 と話します。
そして彼に酸素マスクを使用するようにと指
示し、 私も使用し、 嫌な感覚に陥っている原
因を突き止め始めました。
コクピット内には、 自動車の排気とよく似た
臭いが立ち込めています。
何が原因なのか判らないままだったので、
ATC には連絡していません。
コクピットに空気を送ってくる右エンジンの
LP ブリード・エアーが疑わしい、 という結
論に達した私達はこれをオフに。
左エンジンの LP ブリード・エアーだけでも、
機体は与圧できることを知っていました。
右エンジンの LP ブリード・エアーをシャッ
ト・オフした10分ほど後、 排気のような臭い
の消え去ったことに気づきます。
この後は特に何事も無く、 飛行し続けること
が出来ました...。
整備士は、 現地の航空機用品のショップに
CO 感知器を買いに行きました。
コクピットに CO 感知器を取り付け、 エンジ
ンを始動すると、 先ほど取り付けた CO 感知
器は、 コクピット内の CO 濃度上昇の警報を
発したんです!
今になって振り返ってみると、 巡航中、 私と
ファースト・オフィサーとも、 一酸化炭素中
毒の症状に見舞われていたんだな、 と実感す
るばかりです。
後日このリポーターから、 一酸化炭素がどこ
から侵入したのか突き止められなかったので、
この航空機の右エンジンを交換しました、 との
連絡がありました。
Carbon monoxide is a colorless, odorless, and tasteless gas contained in exhaust fumes. Most
heaters in light aircraft work by air flowing over the exhaust manifold. Exhaust gases can escape
through manifold cracks and seals, and enter the cockpit. A pilot who experiences symptoms of
headache, drowsiness, or dizziness while using the heater should suspect carbon monoxide poisoning and immediately turn off the heater and open air vents.
Heads-up action by a flight instructor prevented a carbon monoxide poisoning incident from becoming worse.
・While working in the practice area with my student, I noticed my vision of the glass cockpit
getting slightly fuzzy. After this started, I also noticed I was getting a slight headache. I
blamed this on the fact that I had been wearing my contacts all day and they've been known
to do this. But I also started to watch myself for any further symptoms of hypoxia/carbon
monoxide. While doing landings, my student complained of feeling dizziness, slightly sick,
and a headache, and asked me if I could turn the heat down to see if cold air could make him
feel better. I immediately realized that we were both experiencing symptoms of carbon monoxide poisoning. I immediately turned off the heater and opened all the fresh air vents in the
aircraft to full. We departed [practice area] and returned to [airport] as fast as possible and
at low altitude to combat any further symptoms...Both of us felt better once the fresh air
started flowing. I was glad that I had recognized the symptoms early enough that neither of
us had severe symptoms....
Air carrier flight crews can also be exposed to exhaust fumes−and carbon monoxide poisoning−
as this Captain's report describes.
2008 JUL
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・During cruise flight, I, the Captain, began to experience the necessity to cough a lot. I questioned the First Officer as to how he was feeling. I expressed that I had a headache and was
[nauseous]. The First Officer expressed the same feelings. I told him to use the oxygen mask
and that I would do the same until we figured out why we were feeling this way. There was
an odor in the cockpit that could be compared to the exhaust of an automobile. We did not
advise ATC due to the uncertainty of what was going on. We were quite confused. I had suggested that we shut off the LP bleed air from the right engine since that was where the majority of the air supply to the cockpit was coming from. I did this knowing that the aircraft
would remain pressurized with the left engine LP bleed. About 10 minutes after shutting off
the right engine LP bleed we noticed the exhaust smell dissipate. The rest of the flight was
uneventful....
Maintenance...went to a local hardware store to buy a CO detector. After placing the CO detector in the cockpit and running the engine, the purchased CO detector experienced a CO
alarm reflecting the presence of CO in the cockpit...I can only deduce that the First Officer
and myself experienced CO poisoning during cruise flight.
The reporter later learned that the right engine of this aircraft was replaced because the precise
source of the carbon monoxide could not be determined.
60
2008 JUL
象
気
航空 C
TE H
雷と TA F
Ta l k
航空気象委員会
梅雨も末期にさしかかり、 台風の季節が間近
に迫ってきました。 大気が不安定となり、 集中
豪雨・雷雨・竜巻などが発生しやすい季節です。
今回は運航にとって大きな障害となる雷雨とそ
の予報について考えみましょう。
●雷は何故危険なのか?
航空・鉄道事故調査委員会のホームページを
検索しても、 落雷が航空事故の直接の原因となっ
た事例は見つかりません。 1967年の PAN AM
B707 の墜落事故の要因として、 被雷による燃
料タンクの爆発の可能性が述べられている程度
です。 (諸外国においては、 航空事故の原因は
可能性のあるものを並列的に述べるのが一般的
で、 一つに特定することはほとんどないようで
す)
軍用機では1976年イラク空軍 B747、 1969年
航空自衛隊 F-104J の事故の原因が被雷と考え
られていますが、 件数自体が多くありません。
それでは雷の何が問題なのでしょうか?
第一に、 雷は発達した積乱雲から発生します。
つまり Turbulence・Icing・ガストフロント・
マイクロバースト・竜巻などに遭遇する可能性
が高いのです。
第二に、 航空機が被雷した場合の危険性です。
それが墜落の直接の原因とならないまでも、 大
きな被害となることがあります。
雷の高熱によってアルミ合金の機体外板が溶
けて、 入口と出口になった少なくとも2箇所に
※ 大西
伸幸
※
傷が残ります。 その傷が深ければ、 整備規程に
則って修理が必要です。 機首のレドームは
Lightening Arrester によって保護されていま
すが、 もし壊れるようなことでもあれば、 空気
の流れが乱されて速度計や高度計が不正確にな
るでしょう。
また、 高電圧の大電流によって電気・電子機
器が不調となることもしばしばで、 オートパイ
ロットが外れてしまうこともあるようです。 進
入中に被雷した B747 の Anti-skid が INOP に
なり、 着陸時に何本ものタイヤがパンクして、
長時間にわたって滑走路が閉鎖されたこともあ
りました。
機内の乗客・乗員が負傷することはほとんど
ありません。 しかし、 夜間の飛行では、 閃光に
よって乗員の視力が一時的ではあっても失われ
てしまえば操縦ができません。
今後機体の素材として炭素繊維複合材が主流
になると思われますが、 これは金属よりも電気
抵抗値が高いので、 被雷した場合にどのような
影響を受けるかの研究が進められていると聞き
ます。
そして第三に、 地上での被雷です。 空港は開
けた地形にあり、 航空機は背も高く、 良導体で
すから、 雷神にとっては格好の餌食といえましょ
う。
1988 年 那 覇 空 港 、 1989 年 東 京 国 際 空 港 、
1990年には大阪国際空港で、 駐機中の航空機が
被雷し、 周辺で作業をしていた職員が重傷を負っ
た事例もあります。
会社によって基準は異なりますが、 空港周辺
で雷が予報されたり観測されたりすると、 ハン
2008 JUL
61
ドリング作業は中断されるようになりました。
このように、 積乱雲が空港の上空にかかれば
離着陸だけでなく地上の作業もできなくなりま
す。 また出発・進入コース上にあれば迂回が必
要であり、 空中待機やダイバートを発生させ、
航空交通流に大きな影響を与えます。
●気象情報
パイロットのみならず運航に関わる人々の一
日は、 「今日の天気はどうだろう?」 で始まる
のではないでしょうか?
気象に関する情報はテレビなどの天気予報が
一般的ですが、 昨今はインターネットによって
多くの詳細な情報が得られるようになりました。
携帯のメールやフラッシュを活用されている方
も多いことでしょう。
それほどの情報化社会ですが、 いざコクピッ
トに入ってしまうと、 最新の情報、 特に視覚的
に理解しやすい情報は全くと言っていいほど入
手できなくなります。 飛行中に得られる情報の
質においては、 最新鋭の大型機も自家用の小型
機と大きな差はありません。 やはり昔も今も、
パイロットにとっては TAF や METAR が最
も頼りになる情報であることに変わりはないと
言えましょうか。
●雷は予報できるのか?
雷が発生する時刻や場所を正確に予想するこ
とは、 気象予報官にとっても、 とても難しいの
だそうです。
その実際を2007年7月29∼30日の事例で見て
みましょう。
地上天気図だけでは分かりにくいのですが、
500hPa の高層天気図を見ると、 日本海に寒冷
渦があります。 その南東にあたる関東地方は、
大気の状態が不安定となっていて、 積乱雲の発
達しやすい状況でした。 00UTC 頃のレーダー
エコー図には、 駿河湾に発達した雷雲があって
東進しています。 (巻末 P106カラーページの図
2参照)
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2008 JUL
図1
上:30日 00UTC 500hPa 高層天気図
下:30日 00UTC 地上天気図
TAF RJTT 292338Z 300009 05014KT 9000 FEW
008 SCT015 BKN025 TEMPO 0609 4000 TSRA
FEW008 SCT010 BKN020 FEW020CB=
00UTC の TAF です。
国内線の場合、 沖縄線を除けば飛行時間はほ
とんど2時間以内です。 Dispatch Room での準
備から離陸まで時間を考慮すると、 約2時間30
分後の目的地の気象の予測がカギとなるでしょう。
気象庁ホームページなどで“解析雨量・降水短
時間予報”を見れば、 降水域が6時間前から現
在までにどのように推移したかと、 これから6時
間後までの予想が確認できます。 TAF で予想さ
れている気象を容易にイメージするのに役立つで
しょう。 (巻末 P106カラーページの図3参照)
下段の“降水短時間予報”では、 02UTC 前
から羽田空港付近まで降水域がかかるが、 その
後は東京湾より東へ進まないとの予想になって
います。 このように、 降水域がなかなか関東全
域に広がらないパターンは、 関東の850hPa や
700hPa で強い南西風が吹いている場合によく
見られます。 雨雲が伊豆半島を越えられない、
つまり地形の影響が考えられます。 当日も850
hPa の風は弱かったのですが、 700hPa では西
南西の風が15kt から20kt の予想でした。 この
ことから予報官は、 雨雲は伊豆半島を越えない
か 衰 弱 す る も の と 予 想 し て 、 TEMPO 0609
かったために、 0126UTC に AMD
が出されました。
修正報
4000 TSRA と表現したものと考えられます。
ところが、 実際の雨雲は衰弱せず、 動きも早
空港に到着する航空機は、 既に離陸して飛行中
です。
TAF AMD RJTT 300126Z 300109 05016KT 8000
FEW008 SCT015 BKN025
TEMPO 0205 3000 TSRA FEW004 BKN008
FEW015CB
TEMPO 0509 4000 TSRA FEW008 SCT010
BKN020 FEW020CB=
この TAF AMD が出された時点から、 航空
交通流制御が始まり、 羽田に向かう航空機数は
制限されました。 しかし、 0230UTC 頃に羽田
RJTT METAR & SPECI
300211Z 07022KT 15KM TS SCT008ST BKN010CU FEW020CB 23/20 Q1007/A2976
RMK FBL TS 15KM SW MOV NE CB 15KM S-SW MOV NE=
300230Z 08019KT 3000M TSRA SCT008ST BKN010CU FEW020CB 22/20
Q1009/A2980 WS RWY34L RMK FBL TS 5KM S MOV E P/RR=
300232Z 08019KT 2000M +TSRA SCT008ST BKN010CU SCT020CB 22/20
Q1009/A2979 RMK FBL TS 5KM SE MOV E=
300235Z 09019KT 2000M R34L/1200D R22/1700D R34R/1700D M/1800D
E/1800D +TSRA SCT008ST BKN010CU SCT020CB 22/21 Q1007/A2976
RMK MOD TS OHD MOV E RI++=
300238Z 09020KT 2000M R34L/1100D R22/1200D R34R/1500D M/1500D
E/1400D +TSRA SCT008ST BKN010CU SCT020CB 22/20 Q1007/A2975
RMK MOD TS OHD MOV E RI++=
300242Z 08022KT 3500M R34L/1200U R22/1100U R34R/1400U M/1400N
TAF RJTT 300249Z 300312 05016KT 6000-SHRA
FEW008 SCT010 BKN020
TEMPO 0305 2000 +TSRA FEW004 BKN008
SCT015CB
TEMPO 0512 4000 TSRA FEW008 SCT010
BKN020 SCT020CB=
TAF RJTT 300552Z 300615 05014KT 9000 FEW
010 SCT030
TEMPO 1215 3000 TSRA FEW008 SCT010
FEW015CB BKN020=
0245UTC 頃には降水強度約50mm/hr とな
り、 RWY34L の RVR が700m となったため、
0245∼0310UTC は RWY34R への着陸となり、
単位時間当たりの着陸数が減りました。
Go Around や到着機の Weather Deviation
による混雑などが重なり、 かなりの便が Holding を余儀なくされたのです。
雷雨が予想される場合には、 先に挙げた他に
も、 強雨による RVR の低下や RWY Condition (Standing Water 、 時 に は Flooded) 、
CAT-, の横風制限、 着陸機数の減少も考
慮する必要がありそうです。
2008 JUL
63
このような事例は極端な例だと思われるかも
しれませんが、 たとえ年に数回にしても予報が
外れてしまうことがあります。
TAF を細かく読むことが必要な場合もあり
ますが、 こと雷雨に関しては“ポテンシャル”
を把握することが重要です。
今回の事例でも“TEMPO 0609 4000 TSRA”
として、 雷雨そのものは予報されていましたが、
発生時刻が早くなってしまいました。 寒冷渦の
ように、 上空に寒気が入って大気が不安定にな
る状態の予想は、 数値予報の進歩によって数日
前からかなり当たるようになっています。 ある
地方に雷雨が発生する可能性が高いとの“ポテ
ンシャル”の予想はできるようになってきまし
た。 しかし、 TAF が予報するのは飛行場の標
点から半径20km 以内に発生する気象現象であ
り、 このように狭い地域に積乱雲が発生するか
否か、 そしてその時刻や継続時間となると、 現
在の科学や予報技術をもってしてもかなり難し
いことです。 飛行の前日に天気予報が 「所によっ
て雷雨 (あるいはにわか雨) などと言っていた
ら、 それは“ポテンシャル”があるからなので
要注意です。 寒冷渦に関してさらに知識を深め
るためには、 PILOT 誌2001年3月号の 「寒冷
低気圧付近の悪天にご用心」 が良い参考になる
でしょう。 TAF に雷雨の予報が出ていたら、
発生時刻が前後にずれる可能性も十分にあると
考えて、 それなりの対処をするのが賢明かもし
れません。
●もし大きく外れたら、 外れるようなら……
航空機への通信方法がさらに発達し、 また
EFB (Electronic Flight Bag) などの利用に
よ っ て 、 将 来 的 に は 操 縦 室 で も Dispatch
Room で見慣れているような、 ヴィジュアル情
報を入手できるようになるでしょう。 しかし現
時点では、 目的地付近の前線の移動や雷雲の発
達・減衰などを想像しようとする時の、 主な情
報は最新の TAF・METAR だけです。 ACARS
64
2008 JUL
によって送られてくる文字情報はとても有効で
すが、 ACARS Message は往々にして忙しい
時には“保留”される運命にあります。 また、
VHF 無線も緊急周波数のモニターが優先する
ために、 他機とカンパニーの交信を常時モニター
できないのが現状です。
このような状況で頼りになるのが地上からの
支援です。 パイロットが望むのは、“何がどれ
だけ変わったか”をキーとして、 これから30分・
1時間先の見通しを運航管理者の意見として、
短くできるだけタイムリーに伝えて欲しいとい
うことです。
長距離国際線では、 視覚的な情報は、 15時間
以上も前に見たものを最新ということになりか
ねません。 また燃料に関しては、 気象は予報か
ら大きく外れないことを前提に搭載されるでしょ
う。 外れてしまったら粛々とダイバートするの
みです。
一方、 国内線・短距離国際線においては、 約
2時間後が予想できればよいことになります。
雷雨のようなメソスケール現象 (規模・継続
時間とも小さいもの) は、 6時間先の予報は困
難であっても、 レーダーエコーなどを活用した
ナウキャストによって、 1、 2時間先ならばあ
る程度の精度で予想できる場合もあります。
どのような手段で何を伝えるかは会社や機材、
設備、 運航管理者によって異なるでしょうが、
大切なことをできるだけ簡潔に伝えることで、
お互いのワークロードの範囲で対応できること
でしょう。
完璧な情報を伝えることは困難ですが、 「何
かが変化したこと」 をパイロットに気付かせる
ことができれば、 あらかじめ心の準備をして取
り組むことができ、 安全性の向上に大いに貢献
することでしょう。
お互いに信頼し合って仕事をするためにもパ
イロットとディスパッチャーは普段からコミュ
ニケーションを図るべきであり、 お互いに気象
の知識を高めあう機会が必要だと思います。
航空医学適性のQ&A
第6回
参加報告
Aerospace Medical Association
79th Annual Scientific Meeting
AMDA Annual Meeting
航空医学委員会委員
宇宙航空医学会の年次総会が5月10∼15日に
BOSTON Massachusetts で開催され、 前半13
日までの会議に出席する機会を得たので報告し
ます。 参加の目的は、 ICAO 及び FAA が加齢
乗員の年齢制限を65歳まで延長させた現在、 医
学関係者とくに航空に関わる専門医が、 加齢の
流れをどの様に受け止めているのかを知るため
でした。
まず、 AsMA と AMDA について、 解説し
ます。
The Aerospace Medical Association
(AsMA) は航空宇宙医学分野における世界で
最も大きな、 権威ある専門的組織です。 航空宇
宙医学とは、 航空や宇宙といった特殊な環境に
て働く、 またはそこを移動する人の健康、 安全、
能力の判定と維持にかかわる医学です。 AsMA
は航空宇宙医学の発展のため、 Annual meeting や出版物を通じた問題提起や知識の共有、
人的交流と情報交換の場を提供しています。 民
間に限らず政府や軍に対し、 同分野における専
門的助言を今までにも纏めてきました。
1929年に29名の航空身体検査判定医によって
設立され、 今や70カ国を超える3,200名以上の
団体となりました。 構成員の4分の1は米国以
外のメンバーであり、 航空・宇宙医師、 心理学
者、 生理学者、 ヒューマン・ファクター専門家、
それぞれの分野の研究家などで構成され、 航空
産業、 軍、 エアライン、 宇宙関連、 大学からの
参加者が多数を占めています。
池田 晃二
丹後 方成
私が参加した79回目の2008年次総会は、 4日
間で約80種ものミーティングが行われ、 発表や
プレゼンテ-ションの総数は約600という大規模
なものとなりました。
また FAA 主催の航空身体検査判定医のため
のセミナーも同会場にて開催されていました。
次 に Airlines Medical Directors Association (AMDA) ですが、 世界各国のエアライ
ン・ドクターの情報交換の場として機能してい
ます。
設立は1944年、 14名の米国エアライン勤務医
の集りに始まり、 現在は米国だけでなく世界各
国のエアラインドクター100名以上で構成され
ています。 AsMA の下部組織であり、 航空宇
宙医学の中でもエアラインに特化した医学的研
究、 問題提起、 情報交換が行われています。
目的を、
① エアラインにおける航空産業医学の発展
② 同分野における医学的問題点の研究と
調査の促進
③ 同じ目的を持った団体の援助
を置き、 活動のメインは、 毎年開催される
AsMA 年次総会にあわせて行われる、 年次ミー
ティングです。 通常月曜日に始まる AsMA 年
次総会の前週末土曜日に開かれます。 もうひと
つの活動の柱は、 ネットワークを通じた情報交
換にあります。
年次総会の内容は、 Scientific Program (航
空医学に関したプレゼンテーション)、 ビジネ
2008 JUL
65
ス・ミーティング (会員のみ参加可)、 交流会
からなり、 Scientific Program は AsMA 会員
保有者であれば誰でも参加できますが、
AMDA を積極的情報交換の場として活用する
のであれば、 会員 (エアライン勤務医が条件)
となる事が必要といえます。
両方の会議に参加し、 3名の航空医学の専門
家に彼らの加齢に関する意見を伺う事ができま
した。 Dr. Anthony D.B. Evans は ICAO の
担当者 (Chief, Aviation Medicine Section)
であり、 彼自身パイロットのライセンスを持ち、
3000hr 程度の飛行経験を有しています。 Dr.
Richard Jones は、 FAA (連邦航空局 Federal
Aviation Administration) 医学関係の教育担
当者で今回も FAA セミナーの主催者兼講師で
した。 そして Dr. John D. Hastings は、 この
学会 AsMA 会長です。 私達は、“あなたは60歳
以上のパイロットの運航に不安に感じますか?”
単刀直入に伺いました。
お話の内容は、
① 医学的な見地で、 65歳制限を否定する
理由が見つからなかった。
② 二人編成により、 もし一人の操縦士が
機能喪失になっても安全性は確保されて
いる。
③ 社会環境の変化、、 湾岸戦争・同時多
発テロ・原油高に伴う雇用不安等により
生活の担保 (60歳時の経済的側面) が影
響している。
④ パイロットにとっては有利な条件とい
える。
に要約できると思います。
66
2008 JUL
今回は ANA 産業医の五味氏より日本に於け
る加齢乗員のシステムについて、 また航医研の
各務氏より TIA/STROKES IN CIVIL AVIATION PILOTS IN JAPAN (一過性脳虚血発
作および脳卒中) についての発表がありました。
また日本航空インターナショナルから1件、 航
空自衛隊からは4件の発表があり人員派遣およ
び発表は増加傾向にあります。
私達は航医研の各務氏のアドバイスもあり
FAA セミナーのメディカル・プログラム、 ポ
リシー&スタンダードと 「AME (指定航空身
体検査医 Authorized Medical Examiner) プ
ログラムの概要」 に参加しました。 FAA セミ
ナーは米国の航空身体検査指定医が定期的に受
講しないとライセンスが下りないセミナーであ
り、 講義と簡単な TEST があります。 今回は
医学的専門分野ではなく USA の航空身体検査
制度の最近の傾向について知識を深める事がで
きました。
セミナーでのメディカル・プログラム、 ポリ
シー&スタンダードの講義中にも講師より加齢
乗員のことに触れた部分がありましたが加齢乗
員に対して明確な不安全である証拠が無いとい
うことは安全であるとした見解が示されていま
した。 このことは、 米国では医学的見地に加え
社会環境と経済情勢が、 制度変更に影響したと
考えられます。
ANA 五味氏の AGED PILOT SYSTEM IN
JAPAN (加齢乗員のシステム) の発表に対し、
質問が数件ありました。 質問の内容は以下の内
容でした。
・付加検査の MRI は 「単純」 撮影か 「造
影」 撮影か?
・MRI の検査料は誰が払うのか?
・60歳前に会社が事前に Check するよう
な Policy はあるか?
・頭部 MRI で見つかった脳梗塞の比率は
一般の人に比べて高率なのか?
・頭部 MRI で異常が見つかった時 (特に
脳梗塞)、 身体的に異常があるかなど神
経学的所見などを併せて判断しないの
か?
そ の 後 、 航 医 研 の 各 務 氏 に よ る TIA/
前回の調査では具体的な質問には踏み込めな
かった訳ですが、 今回は加齢乗員の部分につい
てある程度の情報収集が出来たと思われます。
日本は世界に先駆けて、 60歳以上の操縦士に
よる運航を認めてきました。 経験と実績を持つ
我国は、 世界で一番豊富な判断材料が整ってい
る国と言えます。 年齢制限の緩和は制度に於け
る原則の変更を意味します。 鋭い環境変化を受
けて過渡期を迎えている現在、 如何に適切な対
応ができるのか、 大切な課題です。
最後になりましたが、 今回の調査に当り、 加
STROKES IN CIVIL AVIATION PILOTS IN
JAPAN (一過性脳虚血発作および脳卒中) に
ついて日本の事例紹介と発表がありました。
地正伸氏 (JAL インターナショナル、 医学博
士) に関係者の方々を紹介して頂きました。 お
力添えに改めて御礼を申上げます。
2008 JUL
67
緊急航空安全シンポジウム
航空の安全とヒューマンエラー 参加報告
ニアミスの刑事裁判について
航空界の今を考える!
専務理事
白
石
豊
樹
去る6月16日、 緊急航空安全シンポジウム (主催:緊急航空安全シンポジウム実行委員会、 代表
世話人:黒田勲、 柳田邦男) が開催されました。 幸い参加する機会を得ましたのでその概要を報告
します。 柳田邦男氏の 「管制ミスに対する東京高裁判決の問題点」 基調報告と問題提起に続き、 黒
田勲氏 (空中衝突防止のシステムデザイン)、 池田良彦氏 (システム事故における刑事裁判の過失
認定)、 桑野偕紀氏 (ヒューマンエラーの捉え方)、 河野龍太郎氏 (管制における情報と意思決定)、
パネリスト4名が講演しました。 主題に沿って、 柳田氏がパネルディスカッションの進行役を務め、
掘り下げた意見交換が行われました。 詳しい内容を全て網羅できませんが、 先ずシンポジウムの題
材になった焼津沖のニアミス事故についてレビューします。
−2001年1月31日、 2機の航空機が静岡県焼津上空で異常接近を起こし、 57人の乗客が負傷しま
した。 高度差による安全間隔を保つために管制官が発信した管制指示が便名を呼び間違えたため、
結果として管制指示と衝突防止装置の指示が逆になり、 高度に関する指揮命令系統に混乱を生じ
ました。 幸い両機のパイロットが目視による衝突回避操作を行い、 空中衝突の大事を免れた出来
事でした。 業務上過失傷害罪に問われた管制官は、 逆転有罪とした東京高裁判決 (一審無罪判決)
を不服として、 最高裁に上告しました。
「航空界の今を考える!」 ために、 柳田邦男氏の基調報告 (準備資料に掲載) を紹介します。
基調報告、 講演、 パネル・ディスカッションの内容は、 現在実行委員会が作成中の 「シンポジウ
ム記録」 に掲載される予定です。 詳細はそちらを、 ご一読下さい。
進行役を務められた柳田氏は作家で、 1966年の連続航空事故以来、 40年以上にわたり事故・災害
の取材活動を続けられ、 主な著書に 「マッハの恐怖」 「航空事故」 「事故調査」 「この国の失敗の本
質」 などがあります。
基調報告
「管制ミスに対する東京高裁判決の問題点」
−柳田邦男−
1. 報告の趣旨
判決は、 複雑なシステムの中で起こるヒューマンエラーについて、 その捉え方の基本さえ理解し
ていないという、 重大な事実誤認にも相当するような認識をベースにして、 ミスをした当事者 (管
制官) の罪罰の議論にほとんど終始し、 事故の再発防止と航空の安全のためには何をこの事故から
読み取らなければならないかという分析と議論をほとんどしていない。 このような高裁の判決が、
そのまま最高裁で確定し判例となるならば、 日本の公共交通機関をはじめ広く産業界における安全
対策の前提となるヒューマンエラーの捉え方とその対策が揺るがされるばかりか、 現場の作業者は
「ミスは刑罰」 という恐怖心と過度の緊張感にとらわれて、 かえってミスの罠に陥り、 事故を誘発
68
2008 JUL
するという恐れさえある。 そこで、 高裁判決をシステムの安全論と法律適用論の両面から徹底的に
分析し、 安全文化のあり方を社会に提示するとともに、 最高裁に対し判断を誤ることのないように
アピールしたい。
2. 高裁判決の問題点
ヒューマンエラー論の基本に関する驚くべき認識不足
高裁判決は、 ヒューマンエラー論の基本を認識していないばかりか、 今後の安全確立のための事
故の構造的な分析をしないで、 狭義の刑事責任追及にのみ議論を集中している。
象徴的な表現
「(便名の言い違いと、 言い間違いに気づかないのは) 初歩的な単純ミスであって、 その刑事責
任を追及することが、 なんら特異なこととは思われない。」 (P50)
「便名を間違えて管制指示をだすという初歩的誤りを犯したものである」 (P70)
「便名の言い間違いという決してあってはならない誤りを犯している」 (P71)
その問題性
ミスには 「初歩的ミス」 と 「専門的ミス」 とか、 「単純ミス」 と 「複雑ミス」 といった区別は
ない。 「初歩的ミスというのは、 単なる通俗的で主観的な非難用語でしかない。 刑事裁判のよう
に被告の責任の有無を厳格に判断しなければならない場では、 このような主観的な非難用語は使
うべきではない。 「決してあってはならない誤り」 という表現は、 現場の作業者への指導や本人
の心得という次元では当然のことであるが、 複雑な技術システムの中では、 ヒューマンエラーを
絶対に許されないものということを前提にして安全対策を考えたのでは、 そのシステムは必ず崩
壊する。 しばしば 「1000に3つ」 と言われるように、 ベテランのタイピストでも1000ワード打つ
中で3つくらいのタッチミスが起こるのは避けられない。 そういう人間の不可避的な特性を前提
にして、 フールプルーフ、 フェイルセーフ、 あるいはフェイルオペレーショなると言ったエラー
トレラントなシステムを設定するのが、 安全工学や安全心理学の視点からの安全対策である。 裁
判は最後に 「システムには、 管制官とヒューマンエラーを事故に結び付けないようにすると言う
視点から見て、 不備な点があったことは否めない」 と一言ふれて、 情状酌量の条件にしているだ
けである。
事故調査における関係者証言の重要性に対する認識不足
①判決文中の、 管制官の弁明に対する、 問題とすべき表現
「被告人 (訓練中の管制官) は捜査段階でこそ一応反省の情を示していたものの、 原審及び当公
判では (中略) 不合理な弁解を行うなど、 開き直りともいえるような態度に終始している。」
②その問題性
事故の真実を明らかにするには、 関係者がありのままを証言することが不可欠である。 刑事事
件では、 容疑者や被告人に自己に不利益になる事柄については黙秘権が認められているため、 ヒュー
マンエラーの分析が困難になる。 この事件の訓練中の管制官は、 黙秘権を使わないで、 懸命に自
分なりの状況説明 (システムの複雑さや作業の困難さなど) をしたのに対し、 判決は 「不合理な
弁解」 「開き直り」 と言う捉え方をして、 管制官の言い分を封じ込めている。 こういう威圧的な
姿勢では、 ヒューマンエラーの正しい分析は不可能になる。 ICAO の 「事故調査マニュアル」 で
は、 関係者が処罰されることなく、 自由にありのままを供述することが真相解明に不可欠である
とされているが、 このような国際的ルールを判決はまったく理解していない。 ただひたすら道徳
論的な見地から、 現場の作業者を責めることで終始している。 国際的に恥ずかしい判決である。
2008 JUL
69
現場調査の欠落
事故調査の構造的な解明のためには、 特に管制業務のように複雑なシステムで、 しかも秒刻で多
数の航空機の管制をしなければならない業務の場合は、 ヒューマンエラーがどういう状況下で起き、
どのようなバックアップが必要であったかとか、 そのヒューマンエラーは通常の刑事罰の対称にし
て良いものかどうかという点について把握することが不可欠の要素になる。 そのためには、 作業の
実態をじっくりと観察するとともに、 作業員たちの生の声を聞くことが重要である。 ところが高裁
の裁判官は、 そういう 「現場調査を一度もしないで、 つまり現場を見ることもなく、 書類を法廷内
で審理しただけで一審の無罪判決をひっくり返す判決を下している。
再発防止と安全対策の視点からの疑問
①過失責任追及は、 安全に寄与しない
過度の責任追及は、 現場の作業者たちを不必要に緊張させて、 ストレス要因となりミス誘発の
リスクを高める。 管理者に対し、 責任回避のために現場への締め付けを強化する方向に傾かせそ
れが現場のストレス要因に加重される。 厳罰によってミスを防げるなら、 すでにこの世の中から
ミスはなくなっているはずである。
②刑事罰優先は、 事故の構造的な解明を阻害する
当事者が自己の権利を守るために、 真実をさらけ出して語ることをしなくなる。 現場のミスを
した当事者だけが責任を負わされる傾向が極めて強い。 しかも、 凶悪犯罪と同様に道徳律に理非
が問われている。 刑法、 航空法などの関係罪責の有無の議論が焦点となり、 それ以外の要素は情
状酌量などの参考データにされるだけとなる。 組織事故の視点による事故の構造的な調査分析を
しない。 従って、 問題点を洗い出して、 多角的に安全の提言をするに至らない。
被害者感情にどう対処すべきか
被害者・被害者家族の支援体制を確立することが必要である。
航空の置かれた環境は、 国際基準でカバーされている世界です。 この分野で個性を発揮できると
したら、 それは航空各社の機体塗装ぐらいでしょう。 鳥と違い、 人間が安全に空を飛ぶためには、
国境を越えた関係者全ての努力と研究に支えられています。 従って、 国際民間航空機関 (ICAO)
の定めた原則その総てを適用していく事は、 長い経験に基づく英知の結晶を学ぶ事でもあります。
我国は、 航空機製造、 飛行方式、 機体整備、 航空保安施設、 管制方式、 何れも国際基準に準拠させ
ています。 しかし、 事故調査の分野については不十分な面を否めません。 事故原因の究明を最優先
にするためには、 事故調査は原則として犯罪捜査としての刑事捜査から隔離されるべきです。 解明
に当たっては、 航空の専門家が、 事故調査マニュアルに則り実施されることが重要です。 事実の解
明は、 悲惨な事故が残した掛け替えの無い教訓を受け継ぐことなのです。 私たちは再発防止に向け
て弛まぬ努力を続けなければなりませし、 このことが世論に反映されることを期待します。
−白石 記−
ICAO:International Civil Aviation Organization
第二次世界大戦における民間機の発展に伴って1944年に締結された国際民間航空条約 (通称シカ
ゴ条約) に基づき、 1947年4月4日に発足した。 国際民間航空に関する原則と技術を開発・制定
し、 その健全な発達を目的とする。 日本は1953年に、 シカゴ条約を批准するとともに、 ICAO へ
加盟した。 シカゴ条約は国際航空運送の原則 (輸送権、 領空主権、 空港使用、 関税、 航空機の国
籍、 事故調査等) について定めている。
70
2008 JUL
連
載
航
空
●
曼
史
●
陀
その24. 飛行適性と観相師
羅
飛行適性、 つまりパイロット適性は、 時代に
関係なく、 プロ・パイロットを志す者にとって
も、 採用する側にとっても、 最大の難物かもし
れない。 この機関誌の読者のほとんどはパイロッ
トだろうから、 誰でも精密な身体検査にくわえ、
クレペリン検査やロールシャッハ・テスト、
徳田
忠成
も、 戦時は源田サーカスの異名をとったほどの
人だったが、 激しい性格の故か、 操縦はむしろ
荒かった。
手元に面白いデータがある。 第二次大戦直前
に書かれた立川陸軍航空技術研究所のテスト・
パイロットだった藤田雄蔵中佐の遺稿 「航空の
YG 検査といわれる性格判断などの心理適性検
技術と精神」 にある 「操縦者に適する性質」 に
査、 さらに飛行機による実地適性検査等々、 さ
よると、 自信と決断力、 そして注意力の三つが
まざまな検査をされた受験
もっとも重要な要素だとし
時のことが、 懐かしく思い
ている。 なお、 この当時の
出されることでしょう。
軍医による現役操縦将校
今でも飛行適性検査ほど
100名へのアンケートの結
不可思議なものはないと、
果では、 優先順位的に 「意
つくづく思う。 最初の適性
志堅固」 「沈着」 「決断力」
検査で適性抜群といわれた
「忍耐力」 「機敏」 「責任観
者が、 実際の飛行訓練では
念」 「細心」 「勇気大胆」 の
思わしくなく、 いつの間に
8項目を挙げており、 とく
か脱落していたり、 逆の場
に最初の3項目は重要と答
「ウーム、 パイロット不適じゃよ!」
合も結構あるからだ。 航空
えている。
「ダメですか???」
自衛隊出身の私の周囲を見
ここで藤田中佐は、 決断
渡しても、 第1、 第2、 第3操縦学校と、 初め
力に通じる直感を身につけるためには、 素直な
から終わりまで、 問題なく訓練を消化していっ
性格が必要で、 欲があったり、 自惚れがあると、
た者は皆無であり、 一般に右上がりの凹凸のあ
正しい決断が生まれないし、 又、 冷静を欠くこ
る株価のようなプログレスをたどっている。
とは判断を誤ることになる、 としている。 彼は
終戦直前に源田実大佐率いる松山基地の第
飛行訓練を受ける最適年齢にも言及しており、
343航空隊 「剣」 部隊に所属し、 紫電改で大活
22歳から25歳が最適、 そして、 一般に若すぎる
なおし
躍した菅野直大尉 (海兵70期) は、 敵機に体当
と進歩は早いがムラがあり、 年長の者は進歩は
たりして生還するほどの猛者だった。 単独撃墜
遅いが、 ムラが少ないのが特長としている。
48機という記録があるが、 訓練生時代、 あまり
最後に藤田中佐は、 百人の操縦志願者のうち、
の下手くそで一期遅れて卒業している。 他人と
2∼3名は最適者、 20∼30名は操縦者不適と結
違っていたところは、 小兵ながら肝っ玉の塊だっ
論づけているが、 この率は今でも変わらないよ
たらしい。 源田実 (戦後、 空幕長、 参議院議員)
うだ。
2008 JUL
71
航空自衛隊の操縦適性検査についてみると、
自衛隊創設当初から、 いろいろと試行錯誤の歴
史がうかがえる。 導入当初は泥縄式に米軍の心
理 適 性 検 査 を 借 用 し て い た 。 AFOQT (Air
Force Officer Quarifying Test) という操縦
適性検査と AQE (Air Man Quarifying Examination)、 つまり空士職域分類検査である。
昭和31年度からは、 これに改訂を加えたもの
に、 操縦適性検査種目として知能検査が採用さ
れた。 そして昭和33年度からは、 入隊後に実際
に飛行して操縦適性検査が実施されている。
この飛行適性検査は10時間にもなり、 16回に
わたって実施された。 さすがにこれは厖大な費
用がかかり、 パイロットを熱望する者は、 事前
に何時間かプライベートで飛行して実地試験に
臨んだから、 効果が疑問視され、 その後徐々に
縮小されていった。 しかも自衛隊入隊後の検査
だったから、 適性不良によりパイロットを諦め
ざるをえなくなった者たちが、 別の進路へ行く
場合の負担を軽くすべく、 更に検討がくわえら
れた。
まさに諸々の試行錯誤の苦悩が伺える。 空幕
のパイロット・コースとして航空学生制度があ
る。 この10期生は、 試行錯誤の渦中にあった昭
和33年6月に94名が入隊しているが、 最終的に
パイロットとして残ったのは10名であり、 ほぼ
90%もの学生が淘汰された。 これは、 どう考え
てもやり過ぎであり、 試験担当者の過剰反応と
しかいいようがない。 これは最もひどいケース
だが、 それでも初期のころの平均淘汰率は約
飛行適性検査に使用される T-7 初等練習機
(山口県防府北基地)
72
2008 JUL
55%とたかい。
昭和47年以降の飛行適性検査は、 採用試験の
一環として、 入隊前に1回につき40∼50分で計
4回実施しており、 現在に至っている。 この方
法を採用することで、 入隊後のパイロット不適
格者は激減した。 といっても淘汰率は2割から
3割であり、 決して低いとはいえない。
宮崎にある航空大学校の現在は、 実機による
審査にかかる費用ないし時間的制約などの理由
から、 Simulator に30分程度乗せて、 飛行適性
を判断するに止まっている。 入校後の淘汰率は
1割程度である。 日航や全日空の自社養成パイ
ロット要員採用にあたっては、 かつては約1時
間の実地審査がおこなわれていた。 しかし、 航
大と同様の理由から、 現在は、 ゲームコーナー
でのゲームをモディファイしたような、 専用の
航空適性検査器材によって、 一人当たり2時間
ないし3時間かけて飛行適性を判断している。
大正中期頃までの陸軍は、 飛行任務が偵察だっ
たこともあり、 偵察将校として陸大出のエリー
トが投入され、 操縦将校も陸士出身の士官であっ
た。 海軍もほぼ同様な考えだったが、 先進の機
械を操作するには、 頭脳明晰な者という考えか
らである。 飛行適性検査などは無く、 身体強健
であればよい。 やがて戦力としての航空機が見
直されると共に、 大正14年5月に航空兵科が独
立したが、 ここで組織的な問題もあり、 試験的
に下士官操縦士養成をおこなっている。 ところ
が当時の飛行機はよく事故を起こしたことから、
ようやく訓練投入前の飛行適性の必要性が芽生
えてきた。
昭和初期の飛行適性検査は、 比較的簡単だっ
た。 身長、 体重、 胸囲にくわえ、 握力、 視力、
識色力、 聴力、 肺活量、 内部疾患の有無、 平衡
感覚によって身体的適格性を判断し、 この後に
適性飛行を実施して決めていた。 しかし、 陸海
軍ともに、 訓練中の航空事故の多発によって厳
しくなり、 開戦直前には、 3日から4日間を費
やして適性検査が実施された。 キャリアの陸士
海兵組でも例外ではなく、 合格者は4、 5人に
1人の割合ときびしい。
もっとも飛行適性検査に合格しても、 実際の
飛行訓練での適性判定が待っていた。 しかし、
今のような整備された教育マニュアルなどはな
いから、 教官の教育手法によって大きな差が出
たし、 それだけに教官の裁量の幅が大きく、 教
え方のヘタな教官についた訓練生は、 運が悪い
ことになる。 訓練生は教官流の操縦を覚えると
いわれた時代だった。
適性検査については、 検査ツールが違ってい
るだけで、 運動神経、 反射神経、 過集中、 それ
に過剰刺激の中での作業等々、 基本的には今と
同じである。 その頃の適性検査の一例をご紹介
する。
その1−目の遠近検査。 細い棒を目の前50cm
くらいのところに3本並べ、 真ん中の
棒を前後に動かして、 元の位置と思わ
れるところで止め、 その誤差の大きさ
をみる。 この検査は現在でもおこなわ
れている。
その2−スピード感覚検査。 ベルト様のものを、
しばらく一定の早さで回転後ストップ
し、 次に回転を加減速して、 最初の回
転にきたときにストップをかけて、 そ
の誤差をみる。
その3−回転椅子に座らせ、 相当な早さで回転
した直後、 受験者を立たせて真っ直ぐ
歩行させる。 さらに一定の時間内に目
が正常な状態になることの検査。
その4−地上練習機による検査。 あらかじめ簡
単に操縦方法を説明し、 今のモック
アップ用の操縦席に乗せて疑似操縦を
させて検査する。
その5−悪気流への対応。 受験者は操縦席もど
きのシートに座る。 シートは8ッに区
切られた空気入りのゴム風船でできて
おり、 この風船の空気が不規則に抜け
たり入ったりして、 激しい操縦席の前
後左右の揺れへの対応能力を検査する。
その6−片足直立試験。 目をつむり、 片足を上
げた姿勢で直立不動をおこない、 一定
時間保持する。 この検査方法も、 現在、
ユングマン練習機
実施されている。
その他、 当時考えられるあらゆる検査が実施
された。 実機による試験は、 ドイツのユングマ
ン練習機 (ハインケル社テスト・パイロットの
ビュッカー製作) で、 教官同乗でおこなわれた
が、 これは地上での適性検査不良者が対象だっ
たというから面白い。 このように厳しい検査に
合格した訓練生でも、 飛行訓練中の事故を減ら
すことはできなかった。 この頃の飛行機はすべ
て尾輪式なので、 着陸時、 技量未熟や滑走路の
整備不良で、 よく逆立ちしたり、 ひっくり返っ
てしまう事故が多かった。 それで訓練生はショッ
クで失神してしまい、 火災が発生しても脱出で
きずに重傷を負ったり、 最悪の場合は死亡して
しまうケースが多発した。 思いあまった学校当
局は、 ハンマーで頭を殴って失神させ、 15秒以
内に意識を恢復すれば 「適性あり」 としたとい
う、 ウソのような本当の話がある。
まもる
陸軍航空本部の教育課に、 望月衛という東大
出身の心理学者が勤務していた。 大戦末期、 操
縦者の大量且つ短期養成の必要から、 彼は独特
のメンタルテストを即席でつくり、 一定のレベ
ル以上は操縦適として、 実地試験をすることな
く訓練に投入した。 さらに彼の助言を参考にし
て、 陸軍当局は初練・中練・高練を飛び越えて、
いきなり実用機の訓練をおこなって、 大いに効
果を挙げた事実がある。 これは多少なりとも科
学的根拠の跡がみられるが、 これから述べる海
軍での話は今では考えられないもので、 当事者
の苦悩の跡が忍ばれて大変興味深い。
2008 JUL
73
霞ヶ浦海軍航空隊本庁舎
(現・陸上自衛隊武器学校)
桑原虎雄中将
海軍練習航空隊のメッカである茨城県の霞ヶ
浦海軍航空隊で、 事故の多発に悩まされた当事
者は、 苦悩のすえ、 ある観相師をかつぎだした。
昭和11年頃、 航空本部長だった山本五十六中将
のもとで教育部長をしていた大西瀧治郎少将
(のち中将、 特攻の生みの親といわれ、 終戦時
に自刃) から、 霞ヶ浦航空隊副長の桑原虎雄中
佐 (海軍の技術開発の先覚者、 のち中将、 戦後
は新明和工業顧問) に電話がかかってきた。 桑
原中佐といえば、 飛行機からの魚雷発射の基礎
を確立したり、 空母への離発着を成功に導いた、
日本海軍航空のパイオニア的存在の人である。
「私の家内の父親は順天堂中学の校長をして
いるが、 その学校の卒業生で水野義人という男
74
2008 JUL
現存している霞ヶ浦海軍航空隊の水上機の離発着場。
左側が格納庫
がおり、 手相、 骨相を占って評判になっている
が、 一度会ってみませんか?」
桑原副長は、 相次ぐ事故や殉職で、 その対策
に頭を悩ませていた矢先だった。 とにかくこの
年だけで、 年間100人もの犠牲者がでていた。
彼は日頃、 先輩の大西少将に事故対策の悩みを
相談していたのだった。
「よろしい、 会ってみましょう」 という訳で、
さっそく藁をも掴む思いで水野に会った。 彼は
24、 5才の痩せぎすの頼りなげな青年にみえた。
水野の経歴をみると、 和歌山市出身で日本大学
ふと まに
文学部史学科を卒業、 卒業時の論文は、 「太占
について」 と変わっている。 太占とは、 原始宗
教の一種で、 神代の時代にシカの肩骨を焼き、
その裂けかたによって吉凶を占ったという。
あまり期待をしなかった桑原だったが、 水野
は航空事故が続発するのは、 搭乗員の均衡方法
が間違っているからで、 飛行機操縦適性のある
人は、 手相、 骨相に出ている筈だという、 自信
ありげに話す態度に興味をそそられた。 そこで
桑原は、 早速、 あらかじめ飛行適性の良い順に
甲、 乙、 丙の3段階に分けられた教員約120名
を集め、 パイロット適性の評価を試してみたの
である。
水野は1人あたり5、 6秒ほど、 じっと被験
者の顔を見つめたあと、 つぎつぎに甲、 乙、 丙
の評価をおこなった。 その結果と航空隊の評価
表とを比較すると、 なんと87%が的中していた
から、 桑原はすっかり水野を信用してしまった。
早速、 桑原は大西と共に海軍省人事局や軍務局
に出向き、 水野の採用を陳情したが、 「海軍に
人相見を採用するって、 本気でか…?」 という
訳で、 てんで相手にしてくれない。 諦めきれな
い2人は、 この話を山本航空本部長のところへ
持ちこんだ。
大西、 桑原といえば、 山本の最も信頼する子
飼いの部下であり、 山本はニヤリとしながらも、
二つ返事で水野に会うことになった。 山本は水
野からいろいろと手相、 骨相についての基本的
な説明を受けたあと、 その場に居合わせた士官
の中で、 操縦士を当ててみるように指示した。
水野は即座に2人を言い当てたので、 周囲の者
は驚いたという。 しかも彼らの適性や経歴まで、
詳細にわたって説明した。 山本は驚きと同時に
納得し、 ただちに彼は海軍省航空本部嘱託とし
て採用され、 霞ヶ浦航空隊で働くようになった。
このとき水野は山本の手相を見る機会があっ
たが、 山本のそれは俗に天下線という太閤秀吉
のものと同じ線が、 中指のつけ根までハッキリ
と一直線に延びており、 将来その道の最高位に
つく人相だと言いきったらしい。
彼の観相学、 後に 「形態性格学」 と呼ばれる
ようになった概略を、 海軍航空本部編 「操縦員
適性検査に対する相学的研究」 から、 観相によ
る適性の一部を拾ってみる。 (「月刊・予科連」
より抜粋)
1. 前頭部:発達せし者は、 直観的判断が優れ
ている。 成績がよい者に発達不良の者が多
いが、 操縦に起因する事故も多い。
2. 後頭部:突出している者は鈍だが確実……
戦闘機適性。
平坦なる者は敏感……艦爆適性。
左右高低がある者は技量にむらがあり、 成
績良好なる者に後部左低の者が多いが、 操
縦に起因する事故が多い。
左底の者……艦上攻撃機・陸攻適性。
右底の者……飛行艇適性。
3. 眼瞼:一重、 二重、 左右不同とあり、 左右
不同の者は、 感情にむらがある。 成績不良
者に左一重が多く、 且つ、 操縦に起因する
事故が多い。
4. 鼻骨:鼻骨が隆起している者は性急である。
成績不良の者は隆起していることが多く、
殉職者が多い。
5. 拇指根:大なる者は、 作業力、 耐久力共に
大きい。 成績不良の者は小であり、 操縦に
起因する事故が多い。
水野は霞ヶ浦航空隊で練習生、 予備学生の採
用試験に立ち会うことになったが、 これが大い
に役立ち、 航空事故が激減した。 ただ最初のこ
ろは誰も信用せず、 彼の意見を無視して飛行し、
事故を起こしたり死亡したりしたので、 だんだ
ん信用されるようになったという。
撃墜王・坂井三郎も霞ヶ浦での操縦士要員採
用試験で、 手相、 人相、 骨相を観てもらい、 時
代の先端をいく飛行機と人相学との組み合わせ
に、 なんとも奇妙な気持になったとベスト・セ
ラー 「大空のサムライ」 に書いている。 この頃
は、 事故が多発していたから、 彼らは約一週間
もかかって徹底的に空中テストを受けた。
水野は航空適性検査や心理適性検査について、
「各人は内心の性格が外面の相に表れており、
統計上の傾向で、 上・中・下の三段階に分けて、
上は操縦に適、 中は普通、 下はなるべく操縦を
避けた方がよい」 と評価していた。
終戦までに約23万人の相を観たといわれるが、
時々、 余人には理解不能なことを指摘したらし
い。
「あと一年もすると戦争が始まりますよ」 と
水野が言う。
「オン・コース!」 「オン・グライドパス!」
2008 JUL
75
「どうして分かるのですか?」
「最近、 銀座を歩いている女性の顔を見ると、
後家の相が多くなっている」
「それでは、 戦局の先行きはどうですか?」
「初めは順調にいきますが、 あとはどうも良
くありません」
「何を根拠でそう言うのですか?」
「廊下を歩いている軍令部の人たちをみてい
ると、 どうも顔の相がよくありません」
こんな話が日常茶飯事で、 周囲を驚かせたら
しい。
しげよし
最後の海軍大将だった井上成美も手相に大変
関心をもっており、 昭和20年4月のある晩、 井
上の肝入りで大臣官邸に水野を招いた。 米内光
政海軍大臣や、 終戦時、 マニラ派遣軍使を務め
た横山一郎少将も同席していた。
この席上、 米内の手のひらは、 一般の人のよ
うな細かい線が一つもなく、 太くて深い線が数
本走っているだけの、 滅多に見かけない異形だっ
たらしい。 また横山は水野によって、 生まれた
環境や性格を正確に当てられ、 すっかり占いの
虜になってしまった。 早速その場で勉強したい
と訴えると、 後日、 水野は英語の本二冊を送っ
てきたので、 占いは中国が元祖だとばっかり思っ
ていた彼は、 二度ビックリしたという。
井上の方はすでに山本を介して水野から占い
の伝授を受けていた。 だから時折、 パーティな
どの余興のときに、 出席者の手相を観て得意に
なっていた。 彼の手相の知識はプロ並みで、 い
つも次官室で、 厚さ5センチもある手相に関す
る英語の原書を読み耽っていたという。 彼の死
後に残された書籍の中には、 日英両文で綴った
図解入りの 「掌紋学」 という、 自筆のノートが
でてきた。
そうにんかん
水野は昭和17年1月に奏任官待遇 (勅任官の
次位で佐官クラス) で、 終戦時には海軍教授に
までなったが、 敗戦直前になって終戦を予言し
76
2008 JUL
井上成美大将
ている。
「戦争の行く末はこれからどうなると思いま
すか?」
「来月中に終わりますよ」
昭和20年7月頃、 桑原が水野に尋ねたとき、
水野はこともなげに言った。
「それはまたどうして?」
「最近、 特攻基地を回ってみましたが、 特攻
隊員たちの顔から、 どんどん死相が消えていま
す。 これは戦争が終わる兆候ですよ」
戦後、 第二復員省に横須賀地方復員局人事部
東京支部が開設されたときに、 支部長の詫間力
平は水野を起用した。 観相の適用によって、 終
戦の混乱期に途方にくれている若い復員者の相
談にのっていたという。
その後は司法省嘱託として調布刑務所におい
て、 犯罪人の人相の研究などをしていたが、
GHQ (連合軍司令部) の命令で免職になった。
昭和26年に小松ストア社長の知遇をうけて、 系
列のフェアモント・ホテルの取締役や相談役を
していたが、 昭和47年で没した。 享年61才であっ
た。
(参考文献:岩崎剛二著 太平洋戦争海藻録 )
パイロットへの道
D e g o b e rt A l a i n
Bonjour!
3月号の パイロットになりたい に引き続
き、 今回はライセンスを取得した後の、 飛行機
の楽しみ方について書こうと思います。
ライセンスを取得したら、
その後は何が出来る?
ライセンスを取得したとしても、 費用も時間
も要する長距離のフライトを体験出来る機会は
なかなかありません。
フランスでは、 ライセンスを取得した後、 長
距離飛行や、 飛行機に乗る機会の少ない若者で
も、 パイロットとしての経験を楽しく体験出来
るよう、 様々なイベントを企画しています。 こ
れらの企画は基本的に FFA (フランス航空機
クラブ協会) がそれぞれのクラブと連動して行っ
ています。
その中で最も人気があるイベントを紹介しま
す。
Tour Ae
rien des jeunes pilotes
若いパイロットのツール・ドゥ・フランス
ツール・ドゥ・フランスと聞くと、 ほとんど
の人が自転車の大会を想像すると思いますが、
フランスには、 飛行機のツール・ドゥ・フラン
スがあります。
1953年に始まったイベントで、 コンセプトは
自転車のツール・ドゥ・フランスと同じ、 小型
飛行機でフランスを一周することです。 フラン
ドゥゴベール・アラン
スの航空局、 FFA、 空軍、 エールフランス、
エアバスなど、 様々な団体や大手企業がスポン
サーになっています。
選考会により40人の若い男女のパイロット
(自家用操縦士) が選ばれ、 そのイベントに参
加します。
選考会に参加するための条件
−年齢:18歳∼24歳
−有効な自家用操縦士 (JAA) のライセン
スを持っていること
−第2種航空身体検査証明書が有効であるこ
と
−事業用操縦士のライセンスや教官のライセ
ンスが無いこと
−有効な FFA のライセンスを持っているこ
と
−FFA に参加しているクラブの紹介である
こと
選考会の内容
−1時間40分程度のナビゲーション
−自家用操縦士レベルの学科試験
−操縦技術の試験 (アプローチ、 着陸、 フレ
アー、 タッチアンドゴー)
−燃費計算の試験
−選考の Nav log とブリーフィング・チェッ
ク
2008 JUL
77
どんな大会?
このイベントは、 若いパイロットの育成、 ラ
イセンス取得者にとっての飛行機の楽しみ方や
可能性を広げると同時に、 一般の人にも、 自家
用操縦士についての国の教育機関の取り組みな
どをアピールすることを目的としています。
このイベントに参加している若いパイロット
は、 教官とボランティアの教師が作成した学科
試験と実地のプログラムに挑戦します。
フランスの素晴らしい風景を楽しみながら
VFR で飛ぶ難しさを体験し、 山で飛ぶ際の特
徴と注意点を学びます。 少し変わった滑走路で
の離着陸を経験し、 空軍の滑走路を使い、 戦闘
機の隣に自分の飛行機を止めるなど、 全部で30
時間近くのフライトを体験します。 それは一生
忘れられない思い出になるはずです。
78
2008 JUL
ある1日のスケジュール
実地競技
−ブリーフィングにて当日のルート、 気象、
NOTAM などを確認
−10時半 ファーストテイクオフ
−13時 離陸開始の順番でフライトデータレ
コーダーを大会の審査員に渡す
−フライト終了後 ディブリーフィングと翌
日のフライト準備
(平均フライト時間は1時間半から2時間)
審査員が決めた場所の上空を飛ばなければ
ならない。 どのくらい正確にルートを飛べ
たかによって、 点数が加算される。
学科競技
自家用操縦士の学科試験レベルの質問、 4科
目各20問。
a.
b.
c.
d.
法規、 人間の限界
工学
フライトの準備、 航法、 通信
気象
2007年の Tour Ae
rien のルートと追加イベン
トは図のとおりでした。
イベント成功のカギ
このイベントは毎回大盛況となり、 パイロッ
トだけでなく多くのフランス人がこのイベント
を楽しみにしています。
イベントが成功していることには、 いくつか
のカギがあると考えられます。
1、 ボランティアスタッフ
53年間このイベントを続けられたのは、 大き
くボランティアのおかげです。
FFA に協力しているクラブ、 インストラク
ター、 メンバーのボランティアサポートの存在
があってこそ、 若いパイロットたちは自由に安
全に、 この Tour Aerien に参加することが出
来るのです。
2、 エアーショーとスポンサー
このイベントは大きなコミュニケーションの
場となるため、 スポンサーが協力し合い、 2つ
のエアーショーが同時に行われています。 スポ
ンサーにとっても大きなメリットがありますし、
また航空局と FFA にとっても、 一般の人が自
家用ライセンスに興味を持つ大きなきっかけを
作ると同時に、 良いパイロットを育てるための
教育システムをつくり上げてきたことを、 アピー
ル出来る場でもあります。
飛行機の楽しさを伝えること
歴史を振り返ると、 どんな分野でも、 人間は
自分の情熱を次の世代の子供達や若い人に感じ
てもらいたい、 育ててもらいたいという想いか
ら、 教育が生まれ、 それが後世まで伝えられて
います。
私は子供の頃から、 飛行機の楽しさ、 面白さ
に触れてきました。 フランスの航空業界があっ
たからこそ、 私はパイロットへの夢に導かれ、
現在それを実現することが出来ました。 パイロッ
トになることを遠い夢ではなく、 現実のものに
するために、 フランスには様々な教育やイベン
ト、 プログラムがあり、 その楽しさや安全性を
常に子供たちや若い世代に伝えようとしている
のです。
私も是非、 飛行機の楽しさを日本の子供たち
や皆さんに伝えていきたいと思っています。 一
緒に、 日本の空を楽しくしましょう!
フランスの Robin DR400-140B F-GGXY
2008 JUL
79
ブラジル国日本人移民
100周年記念出前講談
空の交差点は航空に携わるもの同士が
「空の仲間」 として相互理解を図る場です。
元 NTT 千葉支社長
皆様の投稿をお待ちします。
今年2008年 (平成20年) はブラジル国への日
本人移民が始まって100周年にあたる年であり、
一年を通じて日本・ブラジル両国において種々
の記念行事が予定されています。
講談協会・常務理事の宝井琴梅さんと渥美講
談塾 (千葉においてアマチュアによる講談の勉
強会を開催) は、 サンパウロ新聞社 (ブラジル
の邦字新聞) とJインテル (JAL 関係会社)
の後援を得て、 「100周年記念」 をお祝いしたい
ものと 「出前講談」 なるものを企画しました。
総勢14人からなるチームを編成し、 サンパウ
ロ新聞社の手配により、 ブラジル国内6都市を
訪ねる 「講談」 の公演旅行ですが、 企画の途中
において、 「講談はブラジル語で演じるのか」
「赤穂義士伝だと云っても、 分かって貰えるの
か」 等々、 いろんな質問に遭遇しました。
勿論 「日本語」 で演じるのですが、 3世・4
世は別として、 昭和初期に移住をされた方々は、
当時幼少であった人も相当の年令に達しておら
れ、 昔の日本を懐かしく感じ、 「久しく講談は
聴いたことがない。 楽しみにしているよ」 と企
画担当者が逆に励まされる有様です。
2月6日一行は、 成田空港から JAL48便に
乗って、 2週間の旅に出発をしました。 一昨年
には 「パラグアイ移民70周年記念行事」 の一環
として、 同国を訪ねたこともある琴梅さんは既
に旅慣れたもので、 24時間の機中生活も何のそ
の、 座席の小型テレビで将棋を指しています。
同行するメンバー (14人) は多種多様な人の集
まりで、 その賑やかなこと。
80
2008 JUL
鈴木
晴夫
(渥美講談塾塾長代理)
琴梅師匠以下の参加者は
・講談の演者
7人
(うち6人は渥美講談塾塾生)
・幕間に童謡を歌おうというコーラス隊
5人 (自称昔の少女合唱団)
・記録写真を撮ろうとする人 1人
(旅行中に5,000枚の写真を撮る)
・お医者さん 1人
という構成である。
出発前から 「初めてのブラジルであるから、
イグアスの滝を見たい」 「アマゾンのクルージ
ングをしたい」 「パンタナール湿原へ行きたい」
と、 いろんな注文が出ること出ること、 ブラジ
ルが四国くらいの大きさと思っているのではな
いかと疑われます。 そこで、 全体を3班に分け
て、 それぞれの希望を叶えながら、 8回の公演
をこなすという旅程案を作り上げ、 その切符の
手配をJインテル社にお願いしました。 さすが
はプロである、 全ての注文をとり入れた航空切
符を渡されたのには感激しました。 この切符を
説明する旅行会社の方が混乱をして、 汗を掻く
という複雑な組み合わせとなってしまいました。
幹事役の私も、 「講談」 を演じると同時に、 途
中で分かれたり合流したりする旅程案を手に、
合流してくるメンバーの到着を確認する、 現地
の方と夕食会の打合せをする、 その内ブラジル
の空港では、 出発ゲートが突然変更になること
もあるということを聞くと、 しまいには支離滅
裂に陥りそう。 でも、 公演のあと 「面白かった」
「懐かしさに涙が出そうであった」 と云ってい
ただくと、 そんなことは全部どこかに飛んでし
まい、 あっと云う間の2週間でした。
空の交差点
行く先々では、 現地日系人会の婦人部による
手料理の接待を受けるのですから、 腹の具合も
まことに順調で、 体調を崩す者は一人も出ない。
しかし、 連日この心尽くしの料理をいただいた
メンバーからは 「ブラジルは和食の国なのか」
との不満が出される有様で、 ブラジル名物の
「シュラスコ」 と 「ピンガ」 をとり入れること
に。
サンパウロ、 モジダスクルーゼス、 ベレン、
リンガ、 プレジデンテ、 マリンガと地元の飛行
機で飛んで走って講談を演じたのですが、 ブラ
ジルは本当に広い。 これを鉄道でとなると、 ど
のくらいの日数が必要なのか想像もつかない。
しかし、 地図で見てみると、 日本人の入植地域
だけに限っても、 まだほんの一部を廻ったに過
ぎない。
ベレンの街では 「来年はアマゾン流域への入
植80年であるから、 もう一度来てくれないか」
との申し入れがあり、 これを聴いた琴梅先生、
スッカリその気で受け答えをしてしまいます。
「24時間の空の旅」 も今回で3度目、 「さあ槍で
も鉄砲でも持って来い」 です。 これからも 「出
前講談」 と称してどこへでも出かけたいと考え
ている 「渥美講談塾」 ですから、 お声さえかけ
て下されば、 その気になって準備をします。
しかし、 エコノミークラスの座席に座ってい
ると、 脚はこわばる、 お尻は痛い。 立ってウロ
ウロしようにも、 中央の座席から通路に出るに
は、 眠っている人を起こさねばならない、 とい
うことになります。 頭上の荷物入れの底に吊革
をつけていただけると、 体操選手よろしくヒョ
イと跳び越せるかも知れない。 講談に出てくる
「猿飛佐助」 でもあるまい、 馬鹿なことと一笑
に付されるかも知れませんが、 考えてみてはい
ただけないでしょうか。
講談は歴史上の事実 (若干の誇張は避けられ
ませんが) を語りますので、 勉強になります。
演じるのが 「好男子」 (講談師) ばかりです。
「聴いて楽しく、 教養がつく」 これが講談の取
柄でございます。
「ブラジル移民100周年記念・出前講談の由
来」 と題しました一席の読みきり。
2008 JUL
81
連
載
I Aviation
―アメリカの空から想う―
第1回
G i r l s b e a m b i t i o u s!
H o r i zo n A i r l i n e s
青木
美和
私は今、 40,000Feet 上空、 シアトル南東150km にある4,400m のレニア山を左窓から眺めながら
シアトル発ロサンゼルス行きの CRJ700 機のコックピットの中にいます。
富士山と姉妹と言われているレニア山は優雅かつ広大で威厳があり、 私なりに言わせて貰えば富
士山の男性バージョン。
機体が Cruise に入ると同時に、 客席への PA を行います。 「Ladies and gentlemen! This is
First officer Aoki speaking! 今日は天気がとても良いので、 左窓側からはレニア山がとっても
よく見えます。 どうぞ景色をお楽しみください」 のような意味のことを言いながら、 自分も何気な
く外界を見ていました。
そんな時、 ふと14年前の今頃、 ふるさと豊橋を出発し
てアメリカ留学に飛び立った自分を思い出します。 「そ
うだ! 5月21日!”そうかー14年前の今頃だった
なー!」 と瞬時に18歳の時の夢と希望とやる気に満ちた
自分を振り返り、 懐かしさがいっぱいこみ上げてきまし
た。
と同時に今ここで、 こうして Horizon Airlines のパ
イロットとして CRJ700 機のコックピットでロサンジェ
ルスに向かっている自分、 「夢をかなえた自分 !! 」 がい
ることに改めて満足と感動が満ちてきます。
CRJ700フライトデッキの筆者
そのように自分に浸ってるのもつかの間、 いつものよ
うにフライトアテンダントから 「機内寒いですよー!温度上げてくれません?それから、 次の便シア
トル行きの乗客は何人ぐらいの予定ですか?」 との質問が来て、 私を現実に呼び戻してくれました。
そしてまた回想は続き、 私はこのロサンジェルス行きの2時間のあいだ、 心の中でこの14年間の
自分の足跡をたどり続けます。
そして、 ふと苦笑いをしてしまっていたようです。
Captain から 「気持ち悪いなあ!なに苦笑いの表情作っているんだ?」 と茶化されました。
「昔、 トレーニング中や教官時代にやってしまったミスを思い出してヒヤッとした時のこと、 思
い出してたの!」 と答えます。
確かに14年も Aviation の中に居たら、 いろんなエピソードがいっぱい出来てきます。
でも私は自分の失敗を思い出しながら、 改めて私みたいなのがよくここまでやってきたな!と実
感しました。 今こうして生きていて、 Pilot を仕事としてがんばれることに感謝しています。
82
2008 JUL
現実に戻った私は、 母の私への口癖である 「初心を忘れるべからず!」 と自分に言い聞かせ、 計
器をスキャンしながら、 目的地であるロサンジェルス ATIS の聞き取りを始めます。
目的地までまだ1時間ほどある時でした。
あまり口数の多くない Captain がふと 「君はどこの国から来たの?、 パイロットは君にとって
昔からの夢だったのかい?」 と話しかけてきます。
新入社員の私は、 まだ一度も一緒に飛んだことのない Captain が会社にはたくさんいます。
アメリカで日本人女性としてコックピットに入ると、 いろんな人から質問が来ます。
「どうしてパイロットになりたかったの?どうしてアメリカに来たの?」 珍しさと好奇心からで
しょうか、 最近はお客さんにまで聞かれます。
私は久しぶりに自分の生い立ちや経歴を (Captain の質問がきっかけで)、 振り返ってみること
にしました。
私の航空業界への憧れは月日をさかのぼり、 3歳になるかならないかのうちからもうすでに始まっ
ていたようです。
「飛行機さん、 私もドイツに連れてって!」 と3歳になるころの私は、 家の庭先に出ては豊橋上
空を飛ぶ B747 を眺め見ては叫んでいました。
親戚の栄子おばさんがドイツに暮らしていたため、 子供ながら飛行機が私もドイツに連れて行っ
てくれると思い、 お願いしていたようです。
今思い起こせば、 私はいつも飛行機を見るのが好きでした。
飛行機自体が好きだったのではなく、 飛行機の持つロマンにあこがれていたのだと思います。
飛行機は出会いと別れを運びます。
飛行機は希望と憧れをもたらします。
飛行機は私に夢を与えてくれたようです。
飛行機はいろいろな所で、 いろいろな人と出会えるロマンが芽生える。
飛行機ってすごいね!私はそんな業界で生きて行きたい、 と思い始めていました。
高校の進路診断のとき、 担任の先生に将来の夢は?と聞かれました。
私は迷わず 「パイロットになりたい!」 と言いました。
先生は 「何を言ってるの、 人生まじめに考えなさい」 との言葉でした。 私の回りにパイロットの
知人はいません。
質問や相談ができる人もいなく、 友達、 先生、 家族に私の夢を語っても、 真剣に受けとってくれ
る人もほとんどいません。 そんな中、 行動力だけには自信があった私は、 当時日本で始めての女性
パイロット、 と言われていた人が中日本航空という会社にいると聞き、 高校の制服を着たまま、 学
校をサボって会いに行きました。
彼女は 「この仕事はあまり勧めない」 と言い、 彼女が自分自身どんなに男性社会で生きて行くの
に大変か、 を私に話してくれました。
17歳の夢に燃えていた私は、 彼女の言葉を聞いた時一瞬くじけてしまいました。 でも、 帰りのバ
スから見えた、 滑走路から飛び立つ幾つものジャンボ機を見ると、 ますます Aviation への熱い思
いは私の中で膨らんでいったのです。
2008 JUL
83
家に帰って早速、 九州にある航空大学へ電話しました。
「もしもし、 私パイロットになりたいのですが!」 緊張していて声が震えていました。
電話に出た係員は、 ぶっきらぼうに、 「え?何、 エーと!ここに女性更衣室あったかな?」 と言
うような感じの返事が返ってきました。
17歳の私は言われるままを鵜呑みにして 「そうですか。 ありがとうございました」 と言って電話
を切ってしまいました。
どうしよう! どうしたら Pilot になれるんだろう? そんな気分で、 祖父に相談しました。
私の祖父はとても視野の広い人でした。 すぐさま祖父が言ったのは 「America には女性パイロッ
トがいっぱいいるぞ!」 という言葉でした。
アメリカ?????? 新たな夢が私の中で芽生えます! 「私はアメリカに行って Pilot になる!」
当時高校2年の私は英語が大の苦手、 成績は2でした。 そんな私が、 夢にも見なかった America
留学を心に決めたのです。
当時、 なんとなく進路希望を北大に決めていた私はふと、 クラーク博士の 「Boys be ambitious!」
と言う言葉が心によぎったのです。
そして私は 「Girls be ambitious だ!」 と自分に言い聞かせていました。
これから始まる連載を 「I Aviation」 と言うタイトルにします。
私は Aviation からいろんなことを学び、 今の自分がいます。
アメリカ大陸の空を飛びながら、 この連載を通して皆さんに、 私の14年間の Aviation 奮闘記を
お届けします。
次回は私の留学奮闘記です。
高校時代の英語の成績は2だった私です。 それは大変だったのですよ!
つづく
編集委員より
執筆者青木美和氏のプロファイルを、 ワシントン州シアトル地区の日本語タウン紙“Soy
Source”からの転載により紹介します (転載にあたり Soy Source の許諾を得ました)
青木 美和
愛知県豊橋市出身。 高校卒業後、 米国東部にある大学の ESL
で1年学んだ後、 航空学を学べるワシントン州のグリーンリバー・
コミュニティーカレッジを経て、 1997年、 セントラルワシン
トン大学航空学科に転入。 航空学で学士、 修士号、 工業エンジ
ニアリングで修士号を取得。 卒業と同時に同大学の操縦教官に
なる。 7年間教官を務め、 その間、 個人用ビジネスジェット機
のパイロット等を務めた後、 2008年1月、 ホライゾン航空の
副操縦士として正式採用される。 2007年、 アジアの女性パイ
ロット・ネットワーク 「Aviation for Women in Asia」 を発足。
84
2008 JUL
編集委員
奥貫
博
今年も人気の遊覧飛行
関東地方には、 遊覧飛行、 離着陸訓練、 航法
途中の立寄り等、 小型機が自由に利用できる公
共飛行場がありません。
信じられないような話ですが、 現実です。 そ
のような訳で、 首都圏の小型機のパイロットは、
この埼玉県のホンダ・エアポートにお世話にな
ることが多いのです。
そのホンダ・エアポートでは、 今年も5月の
3日、 4日に、 エアポート・フェスティバルが
開催されました。 小型機の飛行場ですので、 参
加は小型の飛行機及び、 ヘリコプターのみです。
朝日新聞のサイテーション・ジェット機の飛行
展示もありましたが、 600m 滑走路への着陸は
不可能ですから、 羽田空港から飛来し、 数度の
ローパスを実施した後、 羽田へ戻られました。
このイベントの特徴は、 終日、 飛行機又はヘ
リコプターの遊覧飛行が楽しめる等、 航空機を
ごく身近に感じられることでしょう。
のどかなプロペラの音が響き、 ジェット機の
轟音の無い、 このようなイベントは、 貴重な存
在なのです。
埼玉県荒川河川敷のホンダエアポート
遊覧飛行は、 今年も4機のセスナ172と、 ヘ
リコプターを使用して飛行展示の合間に実施さ
れ、 終日大盛況でした。 航空機を理解するには、
実際に飛んでみるのが一番です。
連休ですから、 子供さん連れが目立ちました
が、 こうして、 空の思い出を残された子供さん
達から、 将来、 小型機の世界を目指す人々が育
つことを願わずにいられません。
飛行展示
2日間にわたり、 10時のオープニング飛行か
ら16時まで、 以下の順で休みのない展示飛行が
行われました。
①モーターパラグライダー展示飛行
②自家用オーナー機低空飛行
③埼玉県防災ヘリコプター展示飛行 (2回)
④モーターグライダー展示飛行
⑤ラジコン機デモフライト
⑥コカ・コーラ ヘリコプター展示飛行
⑦中型ビジネスジェット機ローパス
⑧スカイダイビング デモジャンプ
⑨自作飛行機展示飛行
⑩FA200アクロバットフライト
⑪セスナ (C172) 4機編隊飛行
その合間を前述の遊覧飛行が飛び、 また、 地
上には、 航空機の展示の他、 航空関係を初めと
する様々なブースや、 お店などもあって、 終日
楽しめます。 では、 その主なものを以下に紹介
させていただきます。
2008 JUL
85
モーターグライダーは、 大利根飛行場から飛
来されました。 今回はタイミングが悪く、 飛行
展示はしていただけなかったのですが、 次回は
ぜひ、 その優雅な飛行姿を見せていただきたい
と思います。
自家用オーナー機低空ローパス
先ずは、 このホンダ・エアポートで飛行する
オーナー機の飛行です、 夜間飛行も可能なこの
飛行場は、 オーナー機のパイロットに、 とって、
無くてはならない存在なのです。
コカ・コーラ ヘリコプター展示飛行
遊覧飛行にも大活躍の、 コカ・コーラ ヘリ
コプターが、 軽快な飛行を披露されました。
機敏で小回りの効いたヘリコプターならでは
の飛行を見事に表現された、 魅力あふれる飛行
展示でした。
埼玉県防災ヘリコプターの展示飛行
このホンダ・エアポートでは、 埼玉県防災航
空隊の2機の防災ヘリコプターが24時間の出動
態勢を整えています。 遭難者の吊上等、 日頃の
厳しい鍛錬の成果が披露されました。
セスナ・サイテーションのローパス
モーターグライダーの飛行
86
2008 JUL
朝日新聞社の、 セスナ・サイテーション、 ビ
ジネスジェット機は、 羽田空港から飛来され、
観客の前をローパスされました。
超低空を通過する機体は、 プロペラ機よりも
静かと思うほどで、 この滑走路がもう少し長け
れば、 ここにも降りられるのに、 と思わずには
いられませんでした。
自作飛行機展示飛行
セスナ (C172) 4機編隊飛行
ビジネスジェットが飛ぶと思えば、 自作の飛
行機も飛びます。
一人乗りのこの機体は、 普通の家庭内で手作
りされたことが話題を呼び、 良く知られていま
す。 いかにも軽快に、 楽しそうに、 会場内を飛
行されていました。
最後は本田航空のベテラン教官が、 セスナ
172の見事な編隊飛行を披露されました。
2日間のエアポート・フェスティバルでした
が、 空を見て楽しみ、 飛びたくなったら、 遊園
地の乗り物のように、 切符を買って遊覧飛行機
に乗るといった楽しみ方が出来るのは、 他に例
がありません。 中には、 飛行機と、 ヘリコプター
の両方に乗った親子連れもいらっしゃいました。
見るも良し。 飛ぶも良し。 また飛行展示は、
は小型機の飛行場ならではの、 楽しいものであっ
たと思います。
FA200アクロバットフライト
お客さんからの要望が多かったと言うことで、
今年は、 FA200のアクロバットフライトが復活
しました。
使用機体はホンダ・エアポートに常駐する、
元航空大学校の FA-200-180 JA3628です。
背面飛行装置、 スモーク装置等のアクロ用専
用装置を持たない、 FA200としては全くのノー
マル仕様の機体ですが、 ゆったりとした優雅な
アクロの演技が好評でした。
地上展示されたゼロ戦の自作機
今年は地上展示のみであったゼロ戦の自作機
も、 間もなくこの地で初飛行を迎えることでしょ
う。 来年は飛行展示が見られるかもしれません。
大いに期待をしたいと思います。
2008 JUL
87
地球環境問題関連用語の解説 17
69. Jet Stream
71. Delayed Flap/Delayed Gear
風が飛行に対して大きな影響を与えることは、
パイロットなら誰でも理解できますが、 それが
地球環境にも大なり小なり影響を与えているこ
とを、 日常のフライトの中で感じているパイロッ
トは、 地球環境問題を真剣に考えているからで
しょう。 Jet Stream は、 地球規模の気象に影
響を与えるだけでなく、 場合によっては、 個々
の フ ラ イ ト に 重 大 な 影 響 を 与 え ま す 。 Jet
Stream の特性を理解し、 有効に利用する飛行
計画を立案するのは、 運航管理者やパイロット
の責務といえます。 異常気象のためか、 最近の
Jet Stream の蛇行は激しく、 最大風速は逆に
小さくなっているように感じます。
(読者諸兄の最近の経験からの Jet Stream に
関する投稿をお待ちしています。)
地球環境の騒音軽減と CO2 排出を少しでも
減らす目的で、 航空機運航の最終段階で、 Flap
の使用および Landing Gear を Extend する
Timing を遅らせる方式は、 いまやエアライン
では常識です。 特別な理由がない限り浅い
Landing Flap を使用することも強調されてい
ます。
70. Speed Brake
ほとんどの最近のジェット旅客機では、
Speed Brake は 翼 面 上 に 装 備 さ れ た Flight
Spoiler を利用する機構となっており、 Aileron
と連動して横 (bank) の操縦の効きを向上さ
せる目的と、 抵抗を増やして Speed を減じる
Speed Brake の役割を担っています。 例外的
に、 BAe146では、 胴体後部の両側にとりつけ
られ、 純粋に Speed Brake の役割のみのシス
テムになっています。 この Speed Brake は機
体の振動も伴わず、 Pitch 姿勢への影響も全く
ないので、 不必要になったにもかかわらず、 レ
バーを戻すことを忘れる可能性があります。 さ
て、 空中で Speed Brake を使用して減速し、
その後推力を増加して飛行する結果となること
は、 CO2を余分に排出することにつながります。
フライト全体で見れば、 Speed Brake を使用
しない通常操作がもっとも地球環境に優しいプ
ロフェッショナルなオペレーションといえるで
しょう。 BAe146では、 Speed Brake を使用し
ても、 機体の揚力が減ることにはなりません。
Drag が 増 え 、 速 度 が 減 る か 、 Path が 変 化
(降下角が増える) することになるのです。
88
2008 JUL
72. CDA(Continuous Descent & Approach)
降下から最終進入まで、 Idle Thrust のまま
Continuous に降下をつづけ、 着陸形態にする
段階で釣り合いの取れた推力にセットする
CDA 方式が、 地球環境的にみれば最も好まし
いオペレーションだと言えます。 現在は、 特定
の空港の特定の滑走路に対してのみ、 天候が良
好なときに可能な方式のようですが、 今後は、
RNAV との組み合わせでそのチャンスは増え
ると予想されます。
73. Tail Wind Landing Capability
現在、 多くの機種で15kts の Tail Wind でも、
着陸が可能となっていますが、 滑走路長に余裕
があれば、 周回進入をせずに着陸するほうが、
CO2排出量が少ないのは当然のこととして、 す
べてのパイロットが理解していますが、 対地速
度が速く降下率が多くなり、 Flare の Timing
を ほ ん の 少 し 早 く す る 等 の Landing Technique が若干難しくなるのも事実です。 地球環
境に配慮した運航には、 機材プラス、 パイロッ
トの知識とよりハイレベルな操縦操作を必要と
しているのです。
第16回掲載用語 (フライト関連)
66. 巡航高度
67. 巡航速度
68. Winglet の効用
ews
FAI N
FA I ニュース
Federation Aeronautique Internationale
7月から8月にかけて、 FAI 航空スポーツ
の選手権に、 日本の代表選手がエントリーして
います。 それぞれ、 海外での競技経験がある方
ですので、 結果が期待されます。
これらの競技会は、 諸外国では盛んに実施さ
れているのですが、 日本ではまだ、 その実施基
盤が確立していません。 飛行環境などがその背
景にあるのでしょうが、 日本でもその環境を、
FAI からの情報を得ながら、 徐々に整えて行
ければと思います。 では今月の報告です。
ロータークラフト (ヘリコプター)
ロータークラフトの13th FAI World Helicopter Championship がドイツの Eisenach で
8月13日から18日まで行われる予定です。 申込
み締切りの6月15日の時点で、 日本からは、 オー
ストリア大会のフリースタイルで優勝実績のあ
る青山デリゲートが再び参加する予定です。 今
回も優勝をめざして新しい技を開発中とのこと。
茂木の FAI エアロバティックスグランプリの
エキシビションでも人気のある演技ですが、 今
回はどんな新しい技を見せてくれるのか、 期待
されます。 ある筋の情報によれば、 今回は激し
い曲に合わせて大きく激しく動くようです。 速
度70ノットの高速バック飛行からの540度上昇
回転、 半宙返り、 エンジン停止、 速度60ノット
のバックオートロテーション、 垂直スピニング・
オートロテーション等々ご期待です。
やはり、 大敵はロシアです。 ロシアの機体は
ミル2ですがゆったりと音楽に合わせて飛び、
芸術そのものです。 ロシアを抜けば優勝です。
今年も頑張ってください。
ジェネラルアビエーション (飛行機)
ロータークラフトも、 エアロバティックスも、
FAI チャンピオンシップへの参加で盛り上がっ
奥貫
博
ていますが、 ジェネラルアビエーション競技に
は、 残念ながら、 まだその動きがありません。
着陸競技のみは試行的に実施されているものの、
本来の航法競技の方はまだ手がついていない状
況です。 実施環境等、 様々な問題はあると思い
ますが、 考え方によっては、 フライト・シミュ
レータを使っての練習や試行も、 不可能ではな
いでしょう。
FAI ラリー飛行の航法競技は10∼16レグの
80∼120nm のコースで行われます。 コースへ
の地上目視ターゲットの設置等は、 シミュレー
タなら、 任意に実施可能でしょう。 場所や条件
等を様々に設定すれば、 ゲーム的な感覚で、
FAI 航法競技の練習が出来るかもしれません。
この辺のところから手がつけられれば、 楽しめ
る内容になるのでは、 と思います。
エアロバティックス (FAI-CIVA)
今シーズン開催される各チャンピオンシップ
については、 例年1∼2月頃にその概要が
Web 上で公開され、 4月半ばにプレ・エント
リーの締め切りがあり、 その後開催日程に合わ
せて4∼6月までにファイナル・エントリーの
締め切りがあるというスケジュールになります。
出場申請手続きは、 JAPA を経由して 日本
航空協会に書類を提出し、 そこから各チャンピ
オンシップのオーガナイザーに日本代表として
エントリー手続きをしてもらうというのが普通
ですが、 今年の第8回アドバンスド世界選手権
(飛行機) のように、 個人単位で Web 上だけ
でエントリー手続きをするという、 変則的な形
もあります。
今年ヨーロッパ選手権に出場予定の室屋義秀
氏とアドバンスド世界選手権に出場予定の内海
昌浩氏は、 いずれもエントリーを無事済ませ、
本番に向けて準備に余念がありません。
2008 JUL
89
開催予告
コウノトリ但馬空港フェスティバル '08
「視界良好! 希望の翼 テイクオフ」
平成20年7月26日 ∼ 27日 入場無料
1995年の初回以来、 毎年開催を重ねてきました 「コウノトリ但馬空港フェスティバル」 が、 今年
も開催されます。 このイベントは、 航空スポーツの安全性や楽しさの理解を深め、 さらには、 参加・
体験型のイベントを実施し、 「空」 を身近なものとして親しみを深めていただくことを目的として
います。 また、 空港の利活用を通じ、 但馬地域の振興・活性化を目指すもので、 地域と空港が一体
となった、 活気あふれるイベントです。
特に、 ヘリコプターによる、 FAI 競技種目の飛行展示、 同じく FAI エアロバティックス選手権
参加選手による、 飛行機のエアロバティックス演技、 等々、 スポーツ航空分野の飛行展示の充実は、
大きな特徴です。 夏休み最初の週末に、 お子様連れでいかがでしょうか。 では、 その内容を以下に
紹介させていただきます。
■ スカイイベント
・アルファー・アビエィション・ヘリコプター・チャンピオンシップ競技 (FAI ヘリコプター
世界選手権参加者による演技)
・ディープブルース・エアロバティックス (FAI エアロバティックス世界選手権参加者による演技)
・エアロック・エアロバティックス
・スーパーウィングス FA200編隊飛行
・エアロスバル FA200・エアロバティックス
・ドリームエアー WACO 複葉機デモフライト
・但馬飛行クラブ・デモフライト
・モーターパラグライダー・デモフライト
■ 体験イベント
空に関するフィールドイベントにより、 空への関心を高めていただくことを目指します。
・航空機地上展示…演技に使用した機体や、 展示用の各種航空機材の一般公開
・紙飛行機工作教室等…日本紙飛行機但馬支部の指導による、 子どもを対象とした工作教室
・プレイランド…子どもに人気の大遊具などを設置
・テントブースコーナー…但馬観光、 空港インフォメーション、 スカイイベント出演団体 PR ブースなど
・YS-11機内公開展示…普段開放していないコックピットなどの一般公開
■ ステージイベント…テレビで人気のキャラクターショー 郷土芸能 音楽演奏 その他
■ 但馬グルメまつり…但馬地域の特産品の展示・即売や美
味いものコーナーの設置
お問合せ先:
コウノトリ但馬空港フェスティバル実行委員会
http://www.tajima.or.jp/taf/
〒668 8666 兵庫県豊岡市中央町2 4 (豊岡市役所内)
TEL:0796 23 1401 FAX:0796 22 3872
E-MAIL:[email protected]
90
2008 JUL
開催報告
R/T (レジオ/テレフォニング) Meeting
30周年記念パーティー報告
4月12日 (土) 午後6時から新橋航空会館のスエヒロにおいて、 「R/T Meeting 30周年記念パー
ティー」 が開催されました。 総勢39名の方々にご参加頂き、 盛大なパーティーとなりました。
Party は羽田の Carlos 堀井氏の司会で進行され、 まず日本航空機操縦士協会・萩尾会長から
ご挨拶を頂戴し、 続いて航空交通管制協会・中野副会長の御発声により乾杯の音頭をとって頂き、
和やかなうちにパーティーが始まりました。 中野副会長のご挨拶の中では、 ちょうど前日の JAL
907便事故に係る高裁判決のことが話題となり、 真の航空安全を追求し、 管制協会として揺るぎな
い活動を続けていくことが紹介されました。
しばらくの歓談の後、 谷口義昌氏 (元日本航空機長) と高橋英昌氏 (岩沼研修センター管制科長)
に、 「R/T の想い出」 についてお話して頂きました。 お二方とも R/T Meeting 設立直後から活動
されており、 その当時の懐かしい話題を交えながらお話しされていました。
続いて R/T Meeting 30周年を記念して、 創始者であり又長年にわたり R/T Meeting を主導し
てこられた石原敬三氏 (元日本航空機長) に対し、 操縦士協会及び管制協会から連名で感謝状と記
念品が贈られました。 石原氏からのご挨拶では、 過去360回開催された Meeting の内で、 たった1
回お休みした時のエピソード (実はクラシック・カーのレースに参加していた!) 等が紹介されました。
私自身の話で大変恐縮ですが、 皆様からの懐かしいお話を伺っていると、 今から20数年前、 まだ
羽田で訓練生だった頃、 旧ターミナルビルの奥の奥にあったB会議室という窓一つ無い、 まるで倉
庫のような会議室で、 わずか10人前後で会議していた頃のことを、 ついこの間のことのように思い
出していました。 その頃の石原氏は、 まさに油がのりきった第一線のパイロット、 この業界に出た
ての私にとってはあこがれの存在で、 とても輝いて見えたものです。 とりわけ Meeting では、 今
と全く変わらない口調でてきぱきと進行され、 なぜ管制官でもないのに管制官より黒本 (管制方式
基準) のことをよく知っているのだろうと、 不思議に思うとともに尊敬の念を抱いたものでした。
石原氏におかれましては、 益々元気に末永く R/T Meeting をご指導いただきますことを心から願っ
ております。
さて宴もたけなわとなった頃、 恒例?ビンゴ大会が行われました。 「おじさんばかりでビンゴを
やってどうするの?」 という Cool な声も聞かれましたが、 いざ始めてみると、 プロと見紛うばか
りの名進行役の渋谷寿子さん (海上自衛隊 P-3 パイロット) のおかげで、 ビンゴ大会は大変な盛
り上がりとなりました。 両協会のご協力により、 提供頂きました数多くの景品 (AIM-J 英語版は
やや人気薄でしたが……) は、 めでたくほぼ参加者全員の手に渡すことができました。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、 最後に管制協会・田崎専務理事による三本締めならず 「航空
一本締め」 で R/T Meeting の今後の更なる発展を祈念し、 パーティーはお開きとなりました。
30周年とひとことで言っても、 その間360回を超える Meeting が開催され、 様々な議論が繰り返
されています。 当初数名からスタートした R/T Meeting も、 今では全国から毎回40名前後の関係
者が参加されるまでになりました。 これまで継続的に携わってこられた方々のご苦労にあらためて
敬意を表するとともに、 これからも40周年、 50周年へと決して活動を止めることなく、 日本の空に
おける 「心の通い合った航空管制」 を合い言葉に、 ひきつづき取り組んでいくことが重要ではない
かと痛感しました。
(那覇航空交通管制部 井本 岳史)
2008 JUL
91
Party 会場
JAPA 萩尾会長
ATCA 中野副会長
石原氏
高橋氏
ATCA 田崎専務理事
谷口氏
渋谷さん
(写真提供:工藤
92
2008 JUL
俊樹)
開催報告
第29回
ATS シンポジウム
ATS 委員会
昨年10月13日、 第29回 ATS シンポジウムが以下内容にて開催されました。
□
□
□
講 演
今後の管制の課題
解 説
航空法施行規則の改正
研究発表
管制方式基準改正に向けて〈飛行場管制方式への提言〉
① Runway Incursion
② Anticipating Separation
③ Go Around と Missed Approach
これまでは、 研究発表等のレジュメを PILOT 誌にてご紹介しておりましたが、 今回は紙面の都
合上、 上記内容のうち 「研究発表 (管制方式基準改正に向けて〈飛行場管制方式への提言〉)」
* Runway Incursion
* Anticipating Separation
* Go Around と Missed Approach
については、 JAPA ホームページに内容を掲載します。
次回第30回は、 10月開催予定です。 詳細については9月号にてご案内します。
西日本支部だより
西日本支部
・八尾市内で航空安全講習会を開催予定
通達に基づく航空安全講習会を、 平成20年10月5日 (日) に八尾市文化会館プリズムホールで開
催します。 日曜日の開催と、 近鉄八尾駅に近い会場ということで、 八尾空港で飛行されている方に
とっても、 さらに参加しやすいのではないかと思います。 詳細は追って航空安全講習会 WEB ペー
ジ等でお知らせいたします。
また、 平成20年9月13日 (土) には、 高松空港で航空安全講習会の開催が予定されています。 あ
わせて多数のご参加をお待ちいたしています。
https://www.japa-seminar.com/
・飛行神社参拝
西日本支部委員が4月29日に飛行神社を参拝しました。
・西日本支部 WEB ページ公開
西日本支部の WEB ページを公開しました。 講習会、 セミナー、 運航に関する情報等を掲載して
います。 パソコン、 携帯電話とも同じ URL でご覧いただけます。
http://japawest.exblog.jp/
2008 JUL
93
開催報告
青少年航空教室
夢は叶う! Yes, I can
航空業界を目指すあなたに贈る先輩からのメッセージ
理事 根本裕一 / 事務局
88回と一口に言うけれど……
2008年6月22日 (日)、 大阪国際空港ターミ
ナルビル 「星の間」 にて60名程の参加者を迎え、
第88回青少年航空教室が開催されました。
突然ですが、 皆さんご存知でしたか?
航空教室を初めて開催したのは、 日本航空機
操縦士協会 (JAPA) だったことを !?
関係者各位の多大なる協力のもと、 二十数年
前に沖縄で開催した第1回をスタートに、 今回
で88回目を迎えました。
従来の青少年航空教室は、 対象者が小学生か
ら大学生までと幅広く、 また同様の教室を昨今
多くの団体・企業等が開催していることもあり、
「独自色の強化!」 の方針を持ち、 昨年度から
方針をリクルートに特化しました。
その結果、 就職試験をまじかに控えた学生や
進路相談を受けている高校生の参加が増加し、
そして、 参加者も真剣そのもの!
毎回多くの高校生、 専門学生、 大学生の皆さ
んに集まって頂くことができ、 学生の皆さんの
ハートを !? 掴んだ次第です。
講師も真剣・親身に
講話を担当する航空従事者の皆さんも対象が
明確ですので、 話す内容も全体的にレベルが高
く、 そして熱く語り、 その熱気が参加者に伝わ
り、 また講師に還ってくるという好循環。
参加者全員を対象とした講話に加え、 新たに
職種別のグループミーティングを企画したとこ
ろ、 講師との距離がより近くなり、 参加者の質
問攻めにあっている光景が、 あちらこちらに見
られました。
94
2008 JUL
齋藤幸雄
プログラム内容
10:00
受付開始
10:15
オリエンテーション及び夢は叶う
Yes I Can
10:40
航空機操縦士による講話
11:25
航空整備士による講話
12:00
昼
13:00
客室乗務員による講話
13:45
グランドスタッフによる講話
14:40
航空従事者との交流
16:40
閉会の辞
食
25年前のあ・の・と・き
今回の講話担当は、 JAL 機長、 JAL 整備士、
JEX 客室乗務員、 JAL スカイ大阪 GH 及び質
疑応答では ANA 機長、 整備士、 客室乗務員、
ANA スカイパル GH の方々にも加わっていた
だきました。
なんと!講話を担当された機長は、 25年前に
航空教室に参加されていたとのこと!
ご本人も、 この場でまさか自分が講話すると
は、 夢にもおもっていなかったご様子でした。
夢を叶えられた本人からの言葉が、 若人にしっ
かりと伝わったことでしょう。
今期も6回の 「青少年航空教室」 を計画して
います。 (北海道、 福岡、 沖縄、 東京、 鹿児島)
団塊の世代、 少子化などと向き合う時代、 学
生の皆さんに多くを伝え、 より良い人材が航空
業界を目指してくれるよう、 新たに船出した青
少年航空教室をさらに充実したものにすべく、
今後も関係者一同熱意を持って運営にあたりた
いと思っております。
最後になりましたが、 協賛頂きました各企業
の皆様に、 この場をお借りしてお礼申し上げま
す。
参加者の声から……
●
本日のプログラムに参加をし、 空港で働きたいという気持ちが高まりました。
夢を諦めず頑張りたいと思います。
●
普段はお目にかかれない方々とお話しすることができ、 貴重な体験となりました。
とても楽しく、 学ぶことが出来ました。 また、 他の業種にも興味を持つことができた、 と思っております。
そして、 リクルートのお話を中心にしていただき、 来年私にとって、 とても役に立つことは間違いな
いと感じております。 是非、 機会がありましたら来年も参加させていただきたいです。
●
今日は現役の航空業界の方々の話が聞けて、 大変良い経験をしたのではないかと思います。
この先私達に必要とすることが何なのか、 またそのためへのキーワードを教えていただいて、 自分の
将来を深く考えることが出来ました。
●
今回この航空教室 (福岡空港) の参加は、 私にとって大変刺激的な経験になりました。
実際のパイロットの方や、 整備士、 CA さん、 GH さんの話を聞けて、 職業別に日々どのように働い
ているかなど、 将来就職の時期を迎えていくにあたって参考になりました。
●
私自身はパイロット志望で現高校三年生ですが、 この航空教室によって、 自己の将来を見つめなおす
ことができました。 今では、 絶対パイロットになってやる !! という強い想いは誰にも負けません。 こ
れからの大学生活に向けて、 この想いを絶やすことなく自分を向上させていこうと思います。 5年後、
絶対自社養成に受かってみせます !!
●
私はハンドリング希望ですが、 他の職種にしようか迷ってしまうぐらい為になる話を頂きました。 あ
りがとうございました。
2008 JUL
95
通信
開催報告
第43回通常総会開催報告
平成20年5月22日 (木) 14:00から羽田空港第1旅客ターミナルビル 「ガレリア6F」 のギャラクシーホー
ルで、 第43回通常総会を開催致しました。
白石専務理事が開会を宣言し、 事務局から総会運営規程第10条による議長委任を含め、 過半数を超えてお
り第43回通常総会が成立していることが報告され
ました。
冒頭、 萩尾会長から協会事業について総括する
とともに公益法人制度改革新法が平成20年度中に
施行されるに当たり、 今後とも効率的な協会運営
に専念していきたい等の趣旨が述べられたあと、
白石専務理事が議長選出につき会員に諮り一任さ
れたので、 福元俊雄会員を議長に推薦し満場一致
の賛成を得ました。 福元議長は、 定款第28条第2
項による書記 佐野克彦会員、 議事録署名人に藤
井勝昭会員、 染谷正史会員を指名し了承を得たの
ち、 議案の審議に入りました。
第1号議案
平成19年度事業報告及び決算報告について
原案通り承認されました。
第2号議案
平成20年度事業計画及び予算案について
原案通り承認されました。
第3号議案
役員の選任について
原案どおり承認されました。
以上をもって議案全部の審議が終了し、 議長は議事が終了したことを宣言し、 最後に白石専務理事より閉
会の挨拶がなされました。
総会終了後、 JAXA (宇宙航空研究開発機構) 研究開発本部主任研究員の岡井敬一博士による記念講演
「脱化石燃料航空機の展望」 が行われ、 盛会に実施されました。 (講演概要は6ページを参照下さい。)
引き続き懇親パーティーが開催され、 萩尾会長、 谷
寧久航空局技術部長の挨拶の後、 平成19年度表彰の
表彰式が挙行され、 下記の8名の会員が表彰されました。
96
2008 JUL
萩尾会長挨拶
谷寧久航空局技術部長挨拶
臼井
一朗
(セコ・インターナショナル)
井上
博
樋口
俊樹
(全日本空輸)
福元
俊雄
(日本航空インターナショナル)
大城
淳良
(朝日航洋)
江崎
裕文
(全日本空輸)
渡邉
正照
(海上保安庁)
渡邉
吉之
(三菱重工)
(日本トランスオーシャン航空)
(順不同)
表彰者7名
第43回通常総会第3号議案にて承認された新理事により第245回理事会が総会同日開催され、 互選の結果次
の役職 (会長・副会長・専務理事・常務理事) が決定しました。
第44期役員一覧
会
長
副 会 長
副 会 長
副 会 長
専務理事
常務理事
常務理事
常務理事
常務理事
常務理事
理
事
理
事
理
事
理
事
理
事
理
事
理
事
萩尾 裕康
増田 奉和
薬師寺 進
大畑
隆
白石 豊樹
楠本 晋一
高岡 憲一
中島 清一
大和 茂夫
吉田
徹
有野 達也
池内
宏
池羽 啓次
石井
清
宇田川雅之
大久保 高
大澤 一朗
(新任)
(新任)
(新任)
(新任)
(新任)
理
理
理
理
理
理
理
理
理
理
理
理
理
監
監
監
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
事
大関 春樹
蔵岡 賢治
越田 善彦
管
聖
菅野 和廣
菅原 弘行
鈴木 英明
田頭
勝
高橋
眞
千葉 博茂
根本 裕一
野口 義博
平山 開偉
志鳥 學修
橋本百合博
矢後 三雄
(新任)
(新任)
(新任)
(新任)
(新任)
2008 JUL
97
新役員紹介:新役員の方々からご挨拶をいただきました。
副会長
大畑
隆 (GA)
この度、 第43回通常総会にて副会長に就任いたしました大畑でございます。
日本航空機操縦士協会は、 会員の皆様、 そして歴代の会長をはじめ、 役員の方々のご
努力により、 日本のパイロット界の確固たる礎を築きあげてまいりました。 今改めて、
長い歴史と伝統のある団体の副会長に就任し、 その重責を痛感している所でございます。
組織の運営にあたりましては、 公益法人としての役割を十分に認識し、 持続的発展可
能な協会となるよう改革を推進してまいります。 また、 関係業界のみならず、 一般社会
への社会貢献活動や広報活動、 海外との国際交流も積極的に展開し、 更なる知名度の向
上に取り組んでまいりたいと存じます。
航空に携わるもの同士が心を通わせ共存共栄を図る、 と協会の指針にも掲げられてお
りますが、 これを理念といたしまして、 協会の発展向上と航空の安全のために微力なが
ら尽力していく所存でございますので、 皆様方にはどうぞ力強いご支援、 ご協力を賜り
ます様、 宜しくお願い申し上げます。
常務理事
高岡
憲一 (日本航空インターナショナル)
航空業界に身を投じて三十数年が経ちましたがこの間、 JAPA に対しては真面目に会
費を納めるだけの会員でありました。 今般、 常務理事に就任することになり、 大急ぎで
JAPA の HOME PAGE にアクセスしましたが、 その活動範囲の広さと責任の重大さに
驚いています。 今後は微力ではありますが会員、 そして航空の発展のために 「操縦士協
会のめざすもの」 に向かって少しでも具現化できるよう努力していくつもりです。
常務理事
大和
茂夫 (全日本空輸)
今回、 常務理事にご指名いただき、 いささか戸惑いをおぼえております。 一方で50年
以上にわたる操縦士協会の歴史の中、 我々の先達が営々と航空の発展に尽力されてきた
歴史を思うと、 身の引き締まる思いを感じています。 航空機がどんなに進化しても 「飛
ぶということは、 危険と背中合わせ」 ということには変わりないと思います。 やはりキ
チンとした 「エアーマンシップ」 の伝承は歴史のうねりの中で、 重要なことと思います。
今後は協会員の皆様とともに、 共通の思いである 「空を飛ぶことのすばらしさ」 を原点
に、 航空の発展に微力ながらも貢献できればと、 考えています。 宜しくお願い致します。
理事
有野
達也
私は、 協会会員歴は長いのですが、 現役の時には協会の活動に全くタッチしてきませ
んでした。 定年退職を機に、 シニア・グループ・プロジェクト・チームに参加致しまし
た。 その縁で FTD の教官、 編集委員で協会のお手伝いをしております。 この度、 理事に
就任致しましたが、 お世話になった航空界に少しでも恩返しが出来ればと思っています。
98
2008 JUL
理事
池羽
啓次 (日本航空インターナショナル)
再度ご推薦を賜り、 理事を務めさせて頂くことになりました。 よろしくお願い申し上
げます。 「安全で誰からも信頼され愛される航空を実現する」 ために、 また、 現在公益法
人制度改革が進められておりますが、 操縦士協会が引き続き公益法人として活動して行
けるように、 そして、 社団法人の原点である会員数の確保に向け、 一人でも多くの仲間
に協会に加入して頂けるように、 微力ではございますが力を尽くして参りたいと存じま
す。 よろしくご支援下さいます様お願い申し上げます。
理事
大関
春樹 (札幌市消防局航空隊)
北海道支部枠での理事の任を務めさせていただく事になりました大関春樹です。 北海
道支部長を兼務しております。 これまで、 航空自衛隊航空救難団で約15年間救難ヘリコ
プターの運航に携わり、 平成3年1月から札幌市消防局航空隊で消防ヘリコプターの運
航を担当しております。 JAPA は、 平成3年から北海道支部委員、 平成18年からは支部
長を拝命しております。 今回、 理事の拝命にあたり、 会員の皆様と協会の橋渡し役が務
まればと思っております。 皆様のご支援を頂きながら、 より一層の協会活動に励んでま
いりますので、 宜しくお願い致します。
理事
菅野
和廣 (富士重工業)
皆さん初めまして。 この度、 協会理事を仰せつかった菅野と申します。 私は現在、 富
士重工業航空宇宙カンパニーのテスト・パイロットで、 新造機や定期修理を終えた航
空機、 あるいは新たに開発された航空機等の飛行試験業務を行っております。 同協会の
会員歴は7年で、 これまでフライト・テスト委員会でいろいろと活動をしてきました。
これからは立場が変わり、 同協会の理事及び同委員会の委員長ということで、 その緊張
は計り知れないものがありますが、 皆様のご協力を得つつ2年間精一杯努めて参りたい
と思いますので、 よろしくお願い致します。
理事
菅原
弘行 (東京消防庁航空隊)
このたび、 新しく協会の理事に就任いたしました菅原です。 私は、 東京消防庁航空隊
に勤務しヘリコプターのパイロットをしていると共に操縦士協会歴は20年になります。
昨年まで理事をされていた警視庁航空隊の小暮氏から引継ぎをいたしました。 航空機を
扱う組織としては非常に小さな組織であり、 限られた業界の方々としか交流がない者で
すが、 これを機に先に理事になられた方々と交流を深め知識を吸収し、 ヘリ業界の皆様
の御力添えになれますよう努力したいと思いますのでよろしくお願い致します。
理事
高橋
眞 (GA)
この度、 理事に就任いたしました高橋
眞と申します。 平成14年より、 故相原常務理
事からの依頼で、 自家用操縦士の安全のために、 技量維持連絡会、 技量維持安全講習会、
今後の技量維持制度のあり方などに関わってまいりました。 また、 FAI の GAC デリゲー
トとして、 FAI GAC ミーティングに参加し、 商業航空優先のゆがんだ我国の航空環境を
痛感しております。 自家用パイロットとしての視点からの諸問題、 ジェネラルアビエー
ションとスポーツ航空という文化を我国に根付かせる為に微力ではありますが、 全力を
注いで行きたいと思います。 どうぞよろしくお願い致します。
2008 JUL
99
監事
矢後
三雄
今日は、 平成17年9月に朝日航洋を退職し、 今回監事に就任しました矢後でございま
す。 現在電気、 空調、 消防設備、 ボイラー等のビル設備管理に必要なライセンスを取得
し、 週4日程度ビル設備の会社に勤務しております。 久し振りに協会の監事という大役
を仰せつかり、 微力ではありますが誠心誠意業務を遂行いたす所存です。 ところで5月22
日の総会、 懇親会に出席させて頂きましたが、 参加者の多くは、 年配の方々でした。 こ
れからは、 若い人が多く参加できるような仕組みや雰囲気作りにもお役にたちたいと思っ
ております。
理事会通信
5月22日に開かれた第43回通常総会で、 平成19年度の事業報告と決算及び平成20年度の事業方針と予算が
承認されました。 今回は役員交替をお知らせします。
新しい役員 (敬称略) は有野達也・池羽啓次・大畑隆・大関春樹・菅野和廣・菅原弘行・高岡健一・高橋
眞・大和茂夫 (理事9名)・橋本百合博・矢後三雄 (監事2名) の方々が選任されました。 退任された役員
(敬称略) は川久保剛・金沢和夫・小暮義昭・後藤達也・花田孝順・樋口永徳・山本秀生・田古里利民・馬場
信行の方々でした。 お疲れ様でした。
第44期も引き続き萩尾会長を中心に理事会体制を組み協会運営と事業を進めていきます。 Safety! Ecology!
Humanity! をスローガンに掲げ、 本協会の役割を果たすとともに活動の中身を広く紹介し、 存在を今以上に
アピールします。“日本航空機操縦士協会って、 どんな団体なの?”といった素朴な疑問に Pilot 誌などを通
じた情報提供活動の活性化を図り応えていきたいと思います。
6月13日の第246回理事会で、 各理事の担当業務と航空関係の団体が主催する外部委員会の委員などを確認
しました。 各委員会の委員長は、 次の人達です。
ATS (Air Traffic Service) 委員会
中島
清一
航空安全委員会
根本
裕一
運航技術委員会
池羽
啓次
法務委員会
熊坂
洋二
航空医学委員会
白石
豊樹
航空気象委員会
山本
秀生
FT (Flight Test) 委員会
菅野
和廣
GA (General Aviation) 委員会
藤
賢二
乗員養成検討委員会
鈴木
英明
ヘリコプター委員会
楠本
晋一
協会の委員会には操縦士に加え航空関係者が集い、 課題について共通の情報を持った上で適切な認識作り
に力を注ぎ、 地道な改善を目指して取組んでいます。 航空に資す環境作りと安全文化の裾野を広げる活動に、
皆様方の参加を切にお願いします。
協会顧問メンバーにも交代がありました。 長期間、 協会活動を支えて下さった石原顧問・石橋顧問・有働
顧問が勇退されました。 お世話になりました。 田古里利民さん・馬場信行さんが新任顧問となりました。 公
益法人制度変更に対する諸準備にお力添え頂くことになると思います。 引き続きご指導の程お願いします。
スローガンにある、 Humanity! は先ず、 Communication の促進を目指します。 航空に係わる多くの方々
100
2008 JUL
と、 各種イベント・事業・検討会・委員会等を通じ、 情報の共有と意見交換の場を確保していきます。 皆様
の参加をお願いします。
[活動報告]
−平成20年5月−
5月1日
5月10日
FTD 定期検査
認定講師研修会 (仙台)
ATS 委員会
5月13日
6月10日
法務委員会
6月12日
技量維持連絡会
ASInet 担当者意見交換会
航空身体検査証明審査会
航空医学委員会
5月14日 航空保安大学校講義 (訓練教官養成研修)
5月16日
航空交通管制協会理事会
黄綬褒章伝達式
6月13日
第246回理事会
航空安全委員会
6月14日
ATS 委員会
GA 委員会 (TAKE-OFF 編集会議)
5月17日
認定講師研修会 (名古屋)
5月21日
ヘリコプター委員会
6月15日
認定講師研修会 (東京)
5月22日
第43回通常総会 (第244、 245回理事会)
6月16日
編集委員会
5月23日
日本航空協会評議員会
5月24日
航空気象委員会
6月17日
航空機安全運航支援センター評議員会
5月26日
航空振興財団理事会
6月18日
航空保安大講義 (レーダー研修)
5月28日
航空保安協会理事会
6月19日
GA 委員会
航空管制定期連絡会議
6月20日
航空安全委員会
SLJ08静岡第1回運航委員会
GA 委員会 (新田原基地交流会)
運航技術委員会
5月29日
GA 委員会 (FAI 分科会)
6月22日
航空教室 (大阪)
航空医学研究センター理事会・評議員会
6月23日
航空保安無線システム協会評議員会
航空輸送技術研究センター評議員会
航空保安大講義 (レーダー研修)
クランフィールド大学講義打ち合わせ
6月25日
SP 会幹事会
編集委員会
−平成20年6月−
ヘリコプター委員会
6月3日
運航技術委員会
6月7日
航空身体検査証明審査会
航空安全情報ネットワーク運営委員会
6月26日
協会制度のあり方検討会・経理委員会
認定講師研修会 (熊本)
6月27日
FT 委員会 (海自岩国基地研修)
航空安全講習会 (東京)
6月28日
航空気象委員会
航空クラブ総会
6月30日
西表島航空教室 (沖縄支部)
乗員養成検討委員会
[今後の主な予定]
7月8日
航空安全情報分析委員会
−平成20年7月−
7月10日
航空保安研究センター理事会
7月1日
7月11日
第192回常務理事会・支部長会議・顧問
航空身体検査証明審査会
編集委員会
7月4日
FT 委員会
7月5日
航空安全講習会 (東京)
会議
7月12日
航空安全講習会 (広島)
ATS 委員会
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7月17日
航空保安大学校講義 (訓練監督者養成研
7月23日 ASI-NET 会議
修)
ヘリコプター委員会
7月18日
航空安全委員会
7月26日
航空気象委員会
7月20日
航空教室 (千歳)
7月28日
JAPA 創立記念日
事務局だより
PILOT・AIM-J 等確実にお届けするために、 自宅・勤務地・mail box 等、 変更された場合は速やかに協
会事務局までご連絡下さい。 また郵便振替にて会費を納入いただいております会員の皆様には、 便利な口座
自動引落による納入についてご案内致しますので、 協会事務局までご連絡下さい。 申込書をお送りさせてい
ただきます。
∼結婚祝金を給付しております∼
正会員の皆様 (会費月額1,700円 (共済費200円を含む) を納入いただいている60歳未満の方) が対 象となりますが、 結婚祝金を給付しております。 給付額は20,000円です。 給付申請には戸籍抄本、 振 込口座の書類提出が必要となりますので事務局までご連絡下さい。 なお、 婚姻届の届出より3ヶ月以 内 に 申 請 い た だ く こ と と な っ て お り ま す の で 、 予 め ご 了 承 願 い ま す 。 JAPA ホ ー ム ペ ー ジ (http://www.japa.or.jp)
の会員サポート
(共済規程)
をご参照下さい。
お知らせ
任意加入の団体長期所得補償保険につきましては、 現在損保ジャパン、 東京海上日動火災の2社が運営し
ておりますが、 損保ジャパン (長期インカムプラン) につきましては、 損害率改善等制度の安定運用を図る
ため、 本年の新規募集を停止しております。
今後の予定につきましては、 改めてご案内させていただきます。
東京海上日動火災では、 これまでどおり募集しております。
お問い合わせ等は、 下記までお願い致します。
【損保ジャパン】
損害保険ジャパン航空宇宙保険室営業課
TEL
03-3349-4033
FAX
03-3348-0395
E-Mail:[email protected]
【東京海上日動火災】取扱代理店
アドバンテッジインシュアランスサービスサービス
TEL
102
0120-921-387 (フリーダイヤル)
2008 JUL
オススメ! 情報ボックス
書籍&Goods紹介
編集委員会
このコーナーでは、 書籍紹介を始めとして航空に関するお勧めGoods等を紹介していきます。 読者の
皆さんも、 是非、 フライトで使用している便利グッズや、 パイロット仲間に紹介したいグッズ、 書籍な
どの情報を、 編集委員会までお知らせください。 もちろん、 ステイ先などでの飲食店情報などもお待ち
しています。
VFR 計器航法
Operations of Instrument Navigation Under VFR
著者:土屋正興
発行:鳳文書林出版販売株式会社
〒105-0004東京都港区新橋3 7 3
COI 新橋ウェストビル2F
TEL :03−3591−0909
FAX:03−3591−0709
E-Mail:[email protected]
定価:本体価格3,800円+税
春先の濃い霞、 夏の洋上飛行や雲上飛行、 冬
の一面の雪景色等、 地形判読のみに頼る航法で
は、 どうにもならない状況がある。
また、 経路上の予想外の視程障害、 気象悪化
への遭遇や、 雲に囲まれて、 進退窮まる場面も
ある。 このような場合に、 計器を参照して航空
機を安定させ、 位置と進路を把握し、 何とか生
還、 あるいは、 目的地にたどり着いた経験は、
VFR の小型機のパイロットであれば、 一度な
らずとも、 あることと思う。
このような状況があるので、 計器飛行証明を持
たない VFR パイロットであっても、 計器のみを参
照した飛行の技量が要求されているのである。
最近の小型機には、 必要最小限とはいえ、 姿
勢及び航法計器が装備されている。 これらの計
器を有効活用して安全な飛行と航法を行うこと
は全てのパイロットの責務であり、 その技量は
常に維持していなくてはならない。
本書は、 このような背景に立ち、 計器による
姿勢の維持から、 計器航法の運航技術の細部ま
でが、 わかりやすくまとめられている。
内容は筆者の長年にわたる飛行経験、 飛行教
育経験等を反映して、 実際的で、 VFR パイロッ
トにとって、 解りやすいものとなっている。
その構成は以下のものとなっている。
第1章. VFR 姿勢制御飛行
第2章. 統合飛行
第3章. 計器航法
第4章. 計器航法の基本操作
第5章. 計器航法の実際
第6章. 計器航法計画の細部
ここ数年、 自家用操縦士の技量維持が大きな
問題となっていて、 その中には、 基本計器飛行
が安全確実に実行できる技量も求められている。
本書によって、 計器を参照して行う飛行と航法
の基本的な内容を再確認し、 明日の飛行の安全
へと役立てることが可能であり、 その意味から、
全ての VFR パイロットに本書をお勧めしたい
と思うものである。
2008 JUL 103
104
2008 JUL
航空画家
神谷
國夫 原画展
元中央美術協会会員
JAPA シニア会員
元日本航空機長
元二科支部準同人
2008年10月20日(月)∼10月25日(土)
1100∼1830
※25日(土)は1700まで
羽田空港離発着の飛行機を主体とした
パイロットのパイロットによる
パイロットのための航空画です。
http://www.ikaros.jp/
定価:1,905円+税
ヒコーキ写真テクニック
発行:イカロス出版株式会社
〒162-8616 東京都新宿区市谷
本村町2 3
TEL:03−3267−2766 (販売部)
03−3267−2734 (編集部)
飛行機の写真を撮りたいなら、 この1冊で全
てが足りる。 デジタルカメラ、 フィルムカメラ、
それぞれに合わせた解説とテクニックの紹介、
また、 プロが実際に使って評価した、 ニコン、
キヤノン、 その他カメラの最新情報は、 飛行機
の写真に興味のある人、 あるいは、 新しい機材
を考える人にとって、 かけがえのないものとな
ることであろう。
その他、 構図、 露出、 フォーカス、 またデジ
タルワーク等、 撮影に役立つありとあらゆる情
報が述べられているのもありがたい。
それにしても、 プロの手になる作例写真の精
緻な迫力にはただ驚くばかりである。 これらの
写真を見るだけでも本誌を求める価値があると
いえるだろう。 飛行機写真に興味のある全ての
人に、 本誌をお勧めしたい。
2008 JUL 105
図2
図3
30日 0010UTC のレーダーエコー強度
上段:レーダーエコー強度の1時間毎の表示
下段:MSM 29日 21UTC を初期値とする予想図 (地上気圧、 地上風、 1時間降水量)
106
2008 JUL
FTD
SS21
P
3
Flight Log Book
A
Flight Log Book
180
60
30
B
5,000
Flight Log Book
2008 JUL 107
JAPA Aerial Photo Exhibition
本田航空のアエロスパシアル AS350B
埼玉県防災航空隊のアエロスパシアル AS365N3×2
108
2008 JUL
あなたが写した
航空機の写真が
表紙 に!
編集委員会では、 PILOT 誌の表紙を飾る皆様からの航空機の写真を
募集します。 現在も読者からの投稿が表紙を飾っています。
応募写真の掲載は、 編集委員会で審査の上掲載の予定です。
下記応募要領をご了承の上、 ふるってご応募ください。
・写真はカラー・白黒・Digital Data を問いませんが、 原則として
投稿者が撮影されたものに限ります。 撮影日時・場所・説明等の
添書きも添付してください。
尚、 Digital 写真の場合はできるだけ大きな画素数で撮影したも
のとして下さい。
・応募写真の取り扱いは日本航空機操縦士協会に属し、 お返しでき
ませんのでご了承ください。
・PILOT 誌の表紙に採用させて頂いた場合、 謝礼として3万円
(複数写真で表紙構成となった場合は分割)、 表紙に掲載とならな
かった場合でも優秀な写真は本誌に掲載し薄謝を進呈いたします。
・住所、 氏名、 年齢、 職業、 電話番号、 E-Mail Address 等を明記
してください。
※個人情報に関しては当協会で厳重な秘守扱いと致します。
送付・お問合せ先
社団法人 日本航空機操縦士協会
編集委員会
〒1050003 東京都港区西新橋1−18−14
TEL 03 (3501) 0433 FAX 03 (3501) 0435
E-mail:[email protected]
JAPAN AIRCRAFT PILOT ASSOCIATION
2008 JUL 109
編集後記
●飛行適性、 われわれパイロットにとってもっ
とも不可解なるもの、 観相師を担ぎ出した帝
国海軍の苦悩が偲ばれる。 はたして貴方は適
性あり?!
(徳田)
●今月号のジェネアビ情報は、 小型機の機外騒
音を取り上げてみました。 5年前に一度掲載
したテーマですが、 このような内容のものは、
繰り返し情報発信することも重要ですし、 ま
た、 自分自身の明日のフライトにも役立てた
いと思っています。
(奥貫)
●54年前に英国から輸入され、 48時間しか飛ば
ず、 パーツ状態になって香港を経由し豪州に
渡ったチップマンク機 (2007年9月号既報)
にシドニー郊外で体験操縦する機会を得た。
不遇な機体ではあったが、 みごとに修復され
立派なパフォーマンスを見せた。 スピン離脱
用のストレーキにはマホガニー材が、 これは
もう立派な工芸品でもあった。 近々にK氏執
筆による探訪記を掲載予定です
(カレン)
●JAXA の宇宙飛行士星出彰彦さんが、 国際
宇宙ステーションに日本の実験棟の取り付け
を終え無事地球に帰還しました。 来春若田光
一さんの約3ヶ月の長期宇宙滞在が予定され
ています。 飛行安全を最大の目標とする協会
ですが、 航空宇宙の飛行安全も大きな関心事
です。 近い将来 JAXA の協力を得て、 日本
人宇宙飛行士による講演会等の実現を考えて
います。
(KEN)
●天知る地知る我知る人知る+カメラ知る。 わ
が身の振る舞いをただしたい。
(RYU)
●海上保安庁は創立60年を迎えた。 イスラエル
は国家が出来て60年を迎えた。 一方、 パレス
チナ人は国を失って60年経った。 人間の還暦
は60年、 ……いろいろな60年。
(K. A)
●以前 BKK→NRT 便はダナンを通過後ポジ
ションリポートは HF でホンコンラジオに行っ
今月の表紙はパイパー社の最高級ターボプロッ
プ機、 シャイアンです。 エンジン出力は1000馬
力×2、 運用限界高度 FL410、 巡航速度350Kt
の高性能はプロペラ機の頂点となるもので、 エ
アラインの訓練機として多用されています。 日
本では九州方面からの帰途に GS430Kt といっ
た体験をすることも少なくありません。 (奥貫)
ていた。 それがある時から VHF で SANYA
CONTROL に行うようになった。 何も考え
ずに、 チャートの指示に従ってやってきたの
だが、“中国の航空交通管制”でその背景が
分かってきた。
(T. A)
●寄せられる原稿の多さに有難く思いつつ編集
に大わらわ!
(編集長 蔵岡)
No.309 2008年 7 月号/平成20年7月発行
発行
社団法人 日本航空機操縦士協会
(Japan Aircraft Pilot Association)
〒105-0003
東京都港区西新橋1−18−14
TEL 03 3501 0433 (代)
ホームページ
FAX 03 3501 0435
E-Mail:[email protected]
振替口座/00180 9 88490
110
2008 JUL
URL http://www.japa.or.jp/
禁無断転載
落丁・乱丁本がありましたら
お取替えいたします
編集人
蔵
岡
賢
治
発行人
白
石
豊
樹
定価
印
刷
800円 (税込)
株式会社プリカ