高齢者の呼吸器感染症 その予防のために 2003 年 12 月 18 日(木) 18

高齢者の呼吸器感染症 その予防のために
2003 年 12 月 18 日(木) 18:30〜20:30 鳥栖市 医療福祉専門学校 緑生館にて
国立療養所東佐賀病院 呼吸器科 小江俊行
はじめに
若年者の肺炎による死亡率は抗生剤の発達で激減したが、老年者の肺炎の死亡率は
オスラーが「肺炎は老人の友」といった 100 年前と余り変わっていないといわれる。肺炎の
治療は原因菌を特定しそれに効果のある抗菌剤を選択するという診療は、これから見ると、
十分な効果をあげていない。一般成人の肺炎は外因性のものが多いが、老人性肺炎の多
くが、脳血管障害からくる不顕性誤嚥を生じている。100 年前にオスラーが言った名言「肺
炎は老人の友」に対して、「肺炎は脳の疾患である」というあらたな理解が必要となってきて
いる。
高齢者肺炎の実態
死因の第 1 位は40歳以上では
がんでありこれは高齢者でも同じだが、
肺炎による死亡は60歳代の30倍と
高くなっている。
85歳以上の高齢者では10万人あた
り、年間2,200人が肺炎で死亡し、
毎日200人が肺炎で医療を受けて
いることになる。
不顕性誤嚥
食べ物は口から入り、空気は鼻か
口から入りのどの喉頭に達し、空気が
通るときは喉頭蓋が開き気管へとおり、嚥下の時には喉頭蓋が気道をふさぎ声門も閉じて
食べ物を食道へ運ぶ。これがうまくいかないと誤嚥となる。気管支には線毛運動などにより
運ばれ痰として、咳により排出される。これら、嚥下反射や咳反射やうまくいかないと誤嚥
を来たす。
大脳基底核に脳血管性障害があると、ドーパミンの
合成能が低下してくる。ドーパミンの合成能が低下すると、舌因神経あるいは迷走神経の
知覚枝の頸部神経節で作られるサブスタンス P の合成能も低下する。
サブスタンス P は嚥下反射や咳反射を正常に保つように働いているがこのサブスタンス P
が少ないと、嚥下反射や咳反射が低下し、本人が知らないうちに口腔内の雑菌を含んだ唾
液を気管に誤嚥する。この不顕性誤嚥の繰り返しが肺炎の原因となる。誤嚥性肺炎という
のは食事の誤嚥によるのでなく、大多数がこの不顕性誤嚥による。
高齢者肺炎の特徴
肺炎の主症状は一般には、発熱、咳、痰、呼吸困難、胸痛などであるが高齢者の場合、
これらの訴えが少なかったり、咳も痰も自覚しないものが2割くらいあるといわれている。
それに対して、食欲不振、下痢などの消化器症状が比較的多くみられ、脱水や血液中の酸
素不足のため意識障害を来たす例もすくなくない。高齢者の場合、発熱をみないか、あって
も微熱程度のものがある。高齢者の肺炎は、臨床症状がでにくいわけですから、軽い咳や
痰、微熱、元気がなく食欲がないという事だけの時もあり早めに診察を受ける必要がある。
高齢者は、肺炎にかかる前にすでに肺の予備能力が低下していて、また、慢性気管支
炎、肺気腫などの呼吸器の病気や高血圧、心臓病、糖尿病、脳卒中などの基礎疾患を持
つものも多く、高齢者が肺炎になるとこれらの基礎疾患が治療を困難にし、肺炎の慢性化、
難治化を引き起こす。抗生物質の発達にもかかわらず老人性肺炎は今でも老人において、、
その死亡率は 30 年前とほとんど変わっていない重要な疾患である。
高齢者肺炎の原因菌
市 中 肺 炎 ( 外 来 患 者 の 肺 市中肺炎の起炎微生物
69歳以下
70歳以上
炎)の二大原因菌は若年者で
マイコプラズマ
31
嫌気性菌
12
も高齢者でも肺炎球菌とイン 肺炎球菌
23
肺炎球菌
10
フルエンザ桿菌であるが、若 インフルエンザ桿菌 17
インフルエンザ桿菌
6
年者ではマイコプラズマやク ブドウ球菌
10
ブドウ球菌
6
8
緑膿菌
5
ラミジアなど外因性の非定型 嫌気性菌
緑膿菌
6
肺炎桿菌
4
性肺炎が多いのにたいし、老
肺炎桿菌
4
γ‑連鎖球菌
3
人では口腔内雑菌の不顕性 クラミジア
5
GNF‑GFR
2
誤嚥によっておこるグラム陰 γ‑連鎖球菌
3
X.maltophilla
1
性桿菌が多いのも特徴であ GNF‑GFR
2
大腸菌
1
レジオネーラ
2
K.oxyytoka
1
る。
その他
3
その他
8
高齢者肺炎の治療
GNF‑GFR ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌 (中田)
肺炎の原因菌は球菌であ
ったり、桿菌であったり、グラ
ム陽性菌であったり、陰性菌であったり様々であり、原因菌に有効な抗生物質を選ばねば
ならない。不適切な抗生物質の使用はMRSAなどの耐性菌を生み出す。抗生物質の使用
の前に喀痰検査や血液培養を行い原因菌特定の努力をしなければならない。
高齢者では複数菌感染もあるため、それに対する対処や基礎疾患、特に抗菌剤排泄臓器
(特に腎)の機能低下を考慮した使用量、使用間隔に注意しなければならない。 アミノ配
糖体やグリコペプチド系の高齢者への投与は特に注意が必要となる。
老齢者肺炎の予防
唾液の役割 非経口栄養群では経口栄養群に比べグラム陰性桿菌やMRSAが高頻度
で定着し感染のエピソードも多く、抗菌薬の使用の多いことが報告されている。唾液は消化
液の一つで、一日当たり 0.5-1.5 リットル分泌される。唾液腺は耳下腺、顎下腺、舌下腺の3
つがあって口腔の粘膜に開口し、味覚などの刺激が分泌を促す。唾液の消化作用としての
役割は、食物を溶かし、味覚を刺激し、食欲を増進させ、唾液アミラーゼは糖質を二炭糖に
分解し粘稠な唾液は、口の粘膜および食物の表面を覆い食物を通過しやすいようにする。
唾液の防御作用として、歯の間にある食物を溶かし洗い出して、細菌の繁殖や腐敗による
口臭の発生を防ぎ、リゾチームには細菌を溶かす働きがあり、免疫グロブリンの IgA は細菌
やウイルスを不活化しラクトヘリンにも抗菌作用がある。唾液腺から分泌されるフッ素が虫
歯の発生を予防し、唾液中のリン酸カルシウムは歯の基質をつくる。唾液は毒性あるいは
刺激性物質を薄めるので、口腔の粘膜の損傷を防ぎます。 高齢になって唾液の分泌が悪
くなるのと、味が分かりにくくなったり、食物がつかえやすくる。経口摂取をしなくなると唾液
の分泌も少なくなり肺炎になりやすくなる。
不顕性誤嚥の予防 老人性肺炎の多くが、夜間などに口腔内分泌物や胃液が少量ずつ
肺内へ吸引される不顕性誤嚥によって惹き起こされる。脳梗塞などで大腦基底核に障害が
あると嚥下反射や咳反射に重要な役割をはたすサブスタンス P の合成能が低下し不顕性
誤嚥がおこりやすくなる。日頃から高脂血症や血圧の管理を行い脳血管障害を予防するこ
とが重要と」なってきます。
唐辛子に含まれるカプサイシンはサブスタンス P を強力に放出する作用を持つ、お年寄
りといえども時にはカプサイシンの入った辛いものを食べて嚥下反射あるいは咳反射を正
常にしてしておくことが不顕性誤嚥の予防になる。レニベースやカプトリル、タナトリルなど
高血圧の治療に用いられるACE(アンギオテンシン変換酵素)阻害薬は副作用として咳が
出る人があるが、ACE 阻害薬は ACE だけでなくサブスタンス P の分解酵素も阻害し嚥下反
射と咳反射の落ちた人には有用である。ACE 阻害剤を 2 年間投与した患者さんの肺炎の
発生率を、投与しない群より約 1/3 に減らすことができたという報告もある。
パーキンソン症候群や A 型インフルエンザの治療に用いられるアマンタジンは、ドーパミ
ンの合成能を促す作用を持っております。アマンタジンを 3 年間にわたり投与した群のほう
が、投与しない群に比べて老人の肺炎を1/5 に減らしたという成績もみられ、このような薬
物を用いる事により、老人性肺炎の発生率をかなり減らす事ができる。
強い睡眠剤は、ドーパミンの阻害剤でもあり、夜間の嚥下反射が極端に落ち不顕性誤嚥
による肺炎を起こしやすくなる。老人の睡眠剤の使用は薬の習慣性を心配する以上に、こ
のような注意をしなければならない。咳は大事な異物排除作用であり強い咳止めの使用も
不顕性誤嚥からみれば有害となる。
口腔ケア
ヒトには約700種類の細菌が棲みつき
口腔にも約300種類の細菌が常在して
いる。老人性肺炎の大きな原因は不顕
性誤嚥による口腔内の細菌の肺内への
吸引による。誤嚥を完全には防げないと
しても、口腔内雑菌を減らすことは肺炎
になるのを少なく出来る。事実、口腔衛
生を 2 年間行った群と全く行わなかった
群とを比較した報告は、口腔ケアを行っ
た群では発熱患者や肺炎患者の発生が
減少し、肺炎による死亡率が減少し、口
腔衛生の改善が老人性肺炎の予防に有用である事を示している。口腔ケアはブラッシング
と含嗽剤によるうがいが基本となる。
寝たきりの防止 食後は胃食道の逆流現象が生じやすくなる。寝たきりの老人でも食後
2 時間はできるだけ坐位に保つことにより肺炎の発生率を半分に減らすことができたという
報告もり、このような看護が日常生活において大事なこととなってくる。
インフルエンザワクチン イ
ンフルエンザの流行年には
老人の死亡率が上昇するこ
とがしられていて、その数(超
過死亡)は1〜2 万人とされて
いる。
インフルエンザによる気道
の炎症が抵抗力の減弱をま
ねき細菌の進入、感染をゆる
し肺炎を起こしたものと思わ
れる。老齢者こそインフルエ
ンザワクチンの効果が期待さ
れるゆえんです。
接種は 1 回で十分とされてい
る。
肺炎球菌ワクチン 老人性肺炎の原因菌として肺炎球菌は重要だが、現在日本で検出さ
れる肺炎球菌の 30〜50%にはペニシリンに耐性を示す、ペニシリンだけでなくマクロライド
系にも耐性を示す。肺炎球菌には 80 種類以上の型があるが、全ての肺炎球菌による感染
症の 8 割はそのうち 23 種類の型起こっており、これら 23 種の肺炎球菌に対して免疫をつ
けるワクチンが市販されてい
る。1回の接種でこの免疫は
5 年以上続き、高齢者、心疾
患、慢性呼吸器疾患、腎不
全や肝臓障害、糖尿病など
肺炎にかかりやすい人や、か
かったら重症化しやすい人に
推奨される。
おわりに
高齢者の肺炎は、今日でも
重要な課題です。予防にまさ
る治療はありません。脳血管
障害の予防と口腔ケアの重
要性を述べておわりとしま
す。