誘電体薄膜の形成と機能性に関する研究 -チタン酸バリウム系薄膜の

誘電体薄膜の形成と機能性に関する研究
−チタン酸バリウム系薄膜のウエットエッチング加工−
藤吉国孝 *1
山下洋子 *1
有村雅司 *2
牧野晃久 *2
向江信悟 *3
山口博文 *3
Study on Preparation and Functional Estimations of Dielectric Thin Film
− Patterning of Barium (Stronchium) Titanate Thin Films by Wet Etching Process −
Kunitaka Fujiyoshi, Yoko Yamashita, Masashi Arimura, Teruhisa Makino, Shingo Mukae, Hirofumi Yamaguchi
ゾルゲル法で合成した結晶性ナノ粒子の分散液を塗布して薄膜を作製する方法(ナノ粒子コーティング法)で作
製した薄膜を所望の形状に加工することを検討した。その結果,チタン酸バリウム系薄膜表面に半導体レジストを
パターニングし,塩酸で処理後アセトンで処理することにより,薄膜を所望の形状に加工すること(ウエットエッ
チング加工)が可能であった。また,薄膜の作製時に与えられた熱量が小さい程,塩酸処理部のチタン酸バリウム
が剥離されやすく,エッチング加工性が良好であることが明らかとなった。エッチング加工によるチタン酸バリウ
ム薄膜の特性劣化は特に無く,15μm幅までの細線が再現できた。
1
はじめに
一方,我々はこれまで,ゾルゲル法を基礎とした薄
微小な電子デバイスを構築する為には,機能性薄膜
膜形成方法について検討してきた 3)。この方法では,
を高精度で生産性良く微細加工する手法の開発が必要
まず金属アルコキシド溶液に水を添加し,エージング
だと考えられる。機能性セラミックス材料を薄膜化・
処理することにより結晶性ナノ粒子を含むゲルを合成
微細加工する方法としては,電子線誘起反応微細加工
し,得られた結晶性ナノ粒子を均一分散させた溶液を
プロセスを用いる方法
1)
や,エアロゾルデポジション
法と呼ばれる粒子衝突現象を用いる方法
2)
調製する。次に,この溶液をコーティング溶液として
が検討され
基板上に塗布し,熱処理することによって薄膜を作製
ている。これらの方法では,サブミクロンレベルの高
する方法である。我々はこの薄膜形成方法をナノ粒子
精細パターンを作製可能であったり,基板上にダイレ
コーティング法と呼んでいる。
クトに結晶構造物を形成可能であったりする利点はあ
ここで一般的なゾルゲル法と我々のナノ粒子コーテ
るが,高価で特殊な装置を用いなければならないとい
ィング法を比較してみる。一般的なゾルゲル法では,
った問題点がある。
コーティング溶液に用いる金属アルコキシド溶液は,
また,薄膜作製技術として良く知られているスパッ
大気中の水分の影響を受けやすく,溶液が不安定であ
タリング ,レーザーアブレーション等の乾式成膜法や ,
る。また,この溶液を塗布して作製した薄膜中には有
ゾルゲル法,水熱合成法等の湿式成膜法で,基板上に
機物が多く含まれるため,焼成時に体積収縮が大きく
薄膜を一旦形成し,その後ドライエッチング法やウエ
クラック等が生じやすいという問題がある。
ットエッチング法等を用いて不要部分を除去する方法
これに対して,ナノ粒子コーティング法では,金属
も検討されている。この様に,薄膜作製法および薄膜
アルコキシド溶液に既に水を添加して合成したナノ粒
のパターン加工法として種々の方法が検討されている
子を用いているため,水分の影響を受けにくく溶液が
が,生産性やコストの面を考慮すると,簡便なゾルゲ
安定である。更に,ナノ粒子の分散性も良好である。
ル法等の溶液法で成膜した後にウエットエッチング加
また,この溶液を塗布して作製した薄膜中には有機成
工するのが好ましいと考えられる。
分が少ないため,焼成してもクラック等が生じにくい
という利点がある。
*1 化学繊維研究所
そこで本研究では,成膜法としてはこれまで我々が
*2 機械電子研究所
検討してきたナノ粒子コーティング法を用い,エッチ
*3 日本タングステン株式会社
ング法では生産性やコストの面で有利なウエットエッ
チング法を用い,チタン酸バリウム薄膜の微細加工に
レジスト膜
ついて検討した。
プリベーク
BaxSr(1-x)TiO3薄膜
基板
2
研究,実験方法
2-1
レジスト塗布
チタン酸バリウム(BaTiO 3),チタン酸バリウムストロ
UV
ンチウム(Ba0.6Sr 0.4TiO 3)結晶性ナノ粒子の合成
マスク
結晶性ナノ粒子の合成は,定法 3) に従い原料の金属
現像
ポストベーク
アルコキシド溶液を加水分解・重縮合させて行った。
2-2
BaTiO 3,Ba0.6Sr 0.4TiO 3薄膜の作製
合成した結晶性ゲルを2-メトキシメタノールに投入
UV露光
後,超音波処理を行い,0.2mol / Lの結晶性ナノ粒子
分散液を調製した。この分散溶液を石英基板上または
表面を白金で被覆したシリコン基板(Pt / Ti / SiO 2
/ Si)上にスピンコーティングで塗布し,図−1の
エッチング加工
レジスト剥離
アセトンに浸漬
塩酸に浸漬
手順でプリベーク(150℃×5min ),仮焼成①(所定
温度×5min ),仮焼成②(仮焼成①と同一温度×所定
本焼成
時間)を行い,BaTiO3,Ba0.6Sr0.4TiO3薄膜を作製した。
溶液
塗布
図−1
プリ
ベーク
溶液
塗布
仮焼成
①
仮焼成
②
BaTiO3,Ba0.6Sr0.4TiO3薄膜作製方法
図−2 BaxSr(1-x)TiO3薄膜のエッチング加工方法
2-4
評価
サンプルの表面観察は,目視,光学顕微鏡(オリン
2-3
BaTiO 3,Ba0.6Sr 0.4TiO 3薄膜のエッチング加工
パス㈱製BX60)もしくは電界放射型走査型電子顕微鏡
BaTiO3,Ba0.6Sr0.4TiO3薄膜のエッチング加工は図−2
(FE-SEM;日本電子㈱製JSM-840F)を用いて行った。
に示した手順で行った。なお,現像・ポストベークま
電子線マイクロアナライザー分析は,島津製作所㈱製
では日本タングステン㈱で行い,それ以降は当センタ
EPMA-1600を用いて行った。エッチング加工性は,塩
ーにて行った。作製したBaTiO3,Ba0.6Sr0.4TiO3薄膜表面
酸処理部膜剥離性で評価した 。塩酸処理部膜剥離性は ,
にOFPR-800( 東京応化工業㈱製ポジ型感光性レジスト )
エッチング加工したサンプルの塩酸接触部をFE-SEMで
をスピンコートし,80℃で30min加熱処理してプリベ
観察し,基板の露出の程度に応じて,○(基板全面露
ークを行った。サンプル上にマスクパターン(エドモ
出 ),△(基板部分露出 ),×(基板の露出なし )の
ンド・オプティクス・ジャパン㈱製U.S.A.F.解像力テ
3段階にて評価した。薄膜の膜厚は,FE-SEMを用いて
ストターゲット)を真空密着させ,ユニオン光学㈱製
サンプルの割断面観察を行うことにより算出した。X
両面アライナーを用いてUV露光を行った。UV露光済み
線回折測定は,㈱マックサイエンス製 MXP18Aを用い
のサンプルを,NMD-W(東京100応化工業㈱製ポジ型感
て行った。電気的特性の測定は,表面を白金で被覆し
光性レジスト用現像液)で3min処理して現像を行い,
たシリコン基板(Pt / Ti / SiO 2 / Si)上に作製し
レジストパターンを作製した。 100 ℃で30min加熱処
た薄膜表面に1mmΦのアルミ電極を蒸着させ,誘電率
理してポストベークを行った後,塩酸に所定時間浸漬
測定装置 HP4192A( アジレント(株)製)に白金下
させてエッチングを行い,次いでアセトンに浸漬させ
部電極とアルミ上部電極を接続してサセプタンスBを
て3min超音波処理してレジスト除去を行った。なお,
測定し,比誘電率及び誘電損失を算出することにより
必要に応じ,エッチング加工後,所定温度で所定時間
行った。
熱処理し,本焼成を行った。
3
結果と考察
3-1
3-3
エッチング加工
エッチング加工後のアセトン処理
塩酸に浸漬(エッチング加工)後,塩酸処理部に残
チタン酸バリウム等は,塩酸や王水等の酸に溶解す
存物が存在している表−1のサンプルを,アセトンに
ることが知られている。一方,有機ポリマー等はこれ
浸漬させて超音波処理し,エッチング加工性を評価し
らの酸に溶解しにくい 。そこで ,作製したBaTiO3,Ba0.
た(表−2 )。
Sr 0 . 4 TiO 3 薄 膜表 面 に 感光 性 レジ スト を パタ ーニング
その結果,塩酸処理部膜剥離性は,BaTiO 3薄膜では
し,次いで酸に浸漬することでBaTiO3,Ba0.6Sr0.4TiO3薄
仮焼温度が650℃の場合,Ba 0.6 Sr 0.4 TiO 3 薄膜では550℃
膜をパターン加工することを検討した。
の場合良好であった(○:基板全面露出 )。また,仮
6
表−1のサンプルについてエッチング加工を行い,
塩酸処理部膜剥離性をFE-SEM観察で評価した 。すると ,
仮焼温度550℃∼750℃の全てのサンプルにおいて,塩
酸で60min処理しても,塩酸処理部に残存物が確認さ
焼温度が高くなると,塩酸処理部膜剥離性は悪化する
傾向にあった。
なおこのアセトン処理により,保護膜であったレジ
ストも除去された。
れ,エッチング加工性が不良であった。
表−2
表−1
材料
材料
仮焼温度
膜厚
塩酸処理部
(℃)
(nm)
膜剥離性
BaTiO3
650
450
○
BaTiO3
700
450
△
BaTiO3
750
620
×
×
Ba0.6Sr0.4TiO3
550
460
○
△
Ba0.6Sr0.4TiO3
650
460
△
Ba0.6Sr0.4TiO3
750
460
×
塩酸処理部膜剥離性評価結果
仮焼温度 膜厚
塩酸接触時間(min)
(℃)
(nm)
10
BaTiO3
650
450
BaTiO3
700
450
BaTiO3
750
620
×
Ba0.6Sr0.4TiO3
550
460
△
Ba0.6Sr0.4TiO3
650
460
Ba0.6Sr0.4TiO3
750
460
20
30
50
60
△
×
△
エッチング加工性評価結果
△
△
△
○(基板全面露出 ),△ (基板部分露 出 ), ×(基板
○(基板全面露出 ),△(基板部分露出 ),×( 基板
の露出なし)
の露出なし)
3-4
3-2
エッチング加工精度
エッチング加工後の残存物のEPMA分析
塩酸によるエッチング加工を検討したが,残存物が
存在し,基板の露出が不十分であった。この残存物を
除去する方法についての知見を得るために,EPMAによ
るマッピング分析を行った。なお,マッピング分析元
素は,Ti(BaTiO 3 由来 ),Si(石英基板由来 ),C(レ
ジスト由来 ),O( BaTiO3,レジスト ,石英基板由来 ),
Ba(BaTiO3由来)の5種類で行った。
その結果,残存物の二次電子像の形態に対応した分
布がCについてのみ検出され,それ以外の元素では分
100μm
析領域全面に対して一様にしか検出されなかった。ま
た,BaとTiはほとんど検出されなかった。以上の結果
図−3
BaTiO3薄膜パターンの光学顕微鏡写真
から,塩酸によるエッチング加工での残存物は,現像
色の薄い部分がBaTiO 3薄膜パターン,色の濃い部分は
時に十分除去出来なかったレジストであると考え,有
石英基板が露出している部分
機溶剤で処理することにより除去可能ではないかと考
え,次に検討した。
仮焼温度が600℃のBaTiO 3 薄膜サンプルを用いてエ
表−3
ッチング加工を行い作製したBaTiO 3薄膜パターンの表
エッチング加工前後での比誘電率と
誘電損失の変化(10KHzでの値)
面光学顕微鏡写真を図−3に示す。ライン寸法が段階
エッチング
エッチング
的に異なるマスクパターンを用いて薄膜パターンを作
加工前
加工後
製したが,図−3から,15μm幅のラインまで再現で
比誘電率
80
79
きたことが判る。図−3の薄膜パターンについて拡大
誘電損失
2.9%
2.3%
観察すると ,直線部分は2μm程度の凸凹が生じていた 。
更に,エッチング加工して作製したBaTiO 3薄膜パタ
なお,14μm幅以下のラインについては今回は再現出
来なかった。但し,エッチング溶液や処理時間の最適
ーンについて ,EPMA によるマッピング分析を行った 。
化を図ると,更に解像度が向上する可能性があると思
その結果,バリウムとチタンに特に組成の偏り等は見
われる。
られなかった。
3-5
以上の結果から,エッチング加工によるBaTiO 3薄膜
エッチング加工前後での薄膜の変化
エッチング加工前とエッチング加工した後で,X線
の特性劣化は特に無いと考えられる。
回折測定及び電気的特性測定を行い,エッチング加工
によりBaTiO 3薄膜の特性に変化が無いかどうかを確認
4
した。
まとめ
ゾルゲル法で合成した結晶性ナノ粒子の分散液を塗
X 線回折測定では,図−4に示したBaTiO3由来の回
布して薄膜を作製する方法( ナノ粒子コーティング法 )
折パターンのみが得られ,エッチング加工前後で回折
で作製したチタン酸バリウム系薄膜を所望の形状に加
パターンに特に変化は無かった。
工する方法について検討した結果,以下の知見が得ら
BaTiO3 31-174
れた。
(1)チタン酸バリウム系薄膜の表面に半導体用フォ
トレジストをパターニングし,塩酸で処理後アセトン
Intensity (a.u.)
エッチング加工前
で処理することにより,薄膜を所望の形状に加工す
ること(ウエットエッチング加工)が可能であった。
(2)薄膜の作製時に与えられた熱量が小さい程,塩
エッチング加工後
酸処理部のチタン酸バリウムが剥離されやすく,エッ
チング加工性が良好であった。
30
40
50
60
70
2θ(degree)
図−4
石英基板上に作製したBaTiO3薄膜の
エッチング加工前後でのX線回折パターン
(3)エッチング加工によるチタン酸バリウム薄膜の
特性劣化は特に無かった。
(4)エッチング加工により,15μm幅までの細線が
再現できた。エッチング条件を最適化させると,更に
解像度が向上する可能性があると思われる。
次に,表面を白金で被覆したシリコン基板(Pt / T
i / SiO2 / Si)上に熱処理温度 600 ℃ ,膜厚約 500nm
5
でBaTiO3薄膜を作製し,電気的特性を測定した。
1) 岡村総一郎,塩先忠:マテリアルインテグレーシ
その結果,エッチング加工の前後で,比誘電率と誘
電損失に大きな変化は無く,エッチング加工による誘
電特性の劣化は見られなかった(表−3 )。
ここで,必要であれば,薄膜パターン形成後, 600
℃以上の温度で本焼成することにより,これらの誘電
特性値は更に向上すると考えられる。
参考文献
ョン,12[7]31-36(1999)
2) 明渡純,Maxim Lebedev:まてりあ,41[7]459-466
(2002)
3) 桑原誠,倉田奈津子,緒方道子,山下洋子,有村
雅司:セラミックス,36[6] 415-416(2001)