國 際 會 議 手 冊 - 淡江大學日本語文學系

淡江大學日本語文學系‧村上春樹研究室
2014 年度第 3 屆村上春樹國際學術研討會
國 際 會 議 手 冊
主辦 淡江大學日本語文學系‧村上春樹研究室
協辦 行政院國家科學委員會‧台灣日本語文學會
協力 致良出版社.瑞蘭國際出版
會議時間︰2014 年 6 月 21 日
會議場所︰淡江大學淡水校園 驚聲國際會議廳
目
次
一、會議議程..............................................................
ⅳ
二、會議內容..............................................................
ⅶ
三、議事規則..............................................................
ⅷ
四、演講大綱..............................................................
ⅸ
①交通する情報と人間
―村上春樹におけるメディウム―
②村上春樹文学におけるメディウム
柴田勝二
X
小森陽一
Xⅸ
五、論文口頭發表大綱.........................................................1
①村上春樹の描写表現の機能
落合由治
1
楊 炳菁
9
③村上春樹初期作品の内界表象
森 正人
17
④村上春樹文学のメディウムとしての「うなぎ」
曾 秋桂
25
⑤安倍政権の「誇りある日本」と村上春樹の小さな秘密
蔡 錫勲
33
劉 曉慈
41
②「象が平原に還った日」と「美しい言葉」
―村上春樹文体の背後―
⑥村上春樹『国境の南、太陽の西』における女性たち
―「四段階分け」という語り方から見て―
⑦妻の〈自立〉/「母」との相剋
―「レーダーホーゼン」、「眠り」、「ねじまき鳥クロニクル」―
⑧『ねじまき鳥クロニクル』におけるコンピュータというメディア
⑨〈他者〉〈分身〉〈メディウム〉
―『ダンス・ダンス・ダンス』から『ねじまき鳥クロニクル』へ―
⑩『スプートニクの恋人』に仕組まれているすみれの「文書」
―メディウムとしての機能―
I
山根由美恵 49
林 雪星
57
内田 康
65
范 淑文
73
⑪村上春樹『海辺のカフカ』論
葉 夌
81
葉 蕙
89
⑬語彙から見た日本語教育教材としての村上春樹「螢」の可能性
賴 錦雀
97
⑭朝日新聞社の「WEBRONZA+」で語られる「村上春樹」
許 均瑞
105
齋藤正志
113
廖 育卿
121
―甲村図書館の役割を中心に―
⑫『1Q84』における媒介者
―〈ふかえり〉の巫女としての働きを中心に―
⑮メディウムとしての「沙羅」
―『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』における光明と暗闇―
⑯村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』論
―「色彩を持たない」多崎つくると木元沙羅を中心に―
六、論文壁報發表大綱....................................................... 129
①『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」
―メディウムの井戸を手がかりにして―
②『海辺のカフカ』における「猫」の意味
③村上春樹「踊る・ダンス」関連作品群における「踊る」の異同と変貌
―トータル的な視点から見て―
④『海辺のカフカ』におけるカラスと呼ばれる少年の役割
―田村カフカの分身とされる可能性を巡って―
⑤『海辺のカフカ』における佐伯の人物像
―ギリシャ神話から見て―
⑥「踊る小人」における「欲望」
⑦『海辺のカフカ』をめぐる生霊
―生と死を中心に―
⑧『海辺のカフカ』における神社への一考察
―境内で起こった出来事を中心に―
⑨『海辺のカフカ』におけるカフカの心の葛藤
―「父親を殺し、母と姉と交わる」の予言を中心に―
劉 于涵
129
郭 雅涵
137
趙 羽涵
145
陳 羿潔
153
張 嘉雯
161
呂 函螢
169
陳 奕潔
175
黄 雅婷
183
張 維芬
191
七、圓桌論壇講稿大綱....................................................... 199
①村上春樹文学におけるメディウム
小森陽一
II
199
②村上春樹文学におけるメディウム
柴田勝二
200
③村上春樹文学におけるメディウム
楊 炳菁
201
森 正人
203
葉 蕙
204
④村上春樹文学におけるメディウム
―憑依という仕掛け―
⑤村上春樹と私
八、演講者・發表者簡歷...................................................... 205
九、主持人・評論人簡歷..................................................... 207
十、籌備委員會名單.......................................................... 208
十一、工作人員名單.......................................................... 209
十二、淡江大學日本語文學系『淡江日本論叢』30 之「村上春樹特集」徵稿章則...... 210
十三、2015 年第 4 屆村上春樹國際學術研討會徵稿啟事........................... 211
十四、淡江大學日本語文學系簡介(中文版) ..................................... 212
十五、淡江大學日本語文學系簡介(日文版) ..................................... 213
十六、台灣日本語文學會簡介(中文版)
215
十七、台灣日本語文學會簡介(日文版) .
216
III
IV
一.會議議程
淡江大學日本語文學系‧村上春樹研究室
2014 年度第 3 屆村上春樹國際學術研討會
08︰20—08︰45
08︰45—09︰00
09︰00—09︰40
報 到
【3 樓驚聲會議廳】
開 幕 式
【3 樓驚聲會議廳】
致詞人︰高 柏園(淡江大學行政副校長)
河野明子(公益財團法人交流協會文化室主任)
馬 耀輝(淡江大學副教授兼系主任)
基 調 演 講(1)
主持人︰林 水福(南台科技大學教授)
講 者︰柴田 勝二(東京外国語大学教授)
講 題︰交通する情報と人間
―村上春樹におけるメディウム―
口 譯:王 憶雲(淡江大學助理教授)
09︰40—09︰50
茶
09︰50—10︰45
09︰50—09︰55
09︰55—10︰15
第一場 論文發表
【3 樓驚聲會議廳】
主持人︰賴 錦雀(東吳大學教授兼院長)
發表者①︰落合 由治(淡江大學教授)
題
目︰村上春樹の描写表現の機能
口
譯:侯 元逵(淡江大學碩士生)
發表者②︰楊 炳菁(北京外國語大學副教授)
題
目︰「象が平原に還った日」と「美しい言葉」―村上春樹文体の背後―
口
譯: 陳 羿潔(淡江大學碩士生)
討 論 時 間
第二場 論文發表 【3 樓驚聲會議廳】 第三場 論文發表
【T311 教室】
主持人︰范 淑文
主持人︰楊 錦昌
(台灣大學教授)
(輔仁大學副教授)
發表者③︰森 正人
發表者⑤︰蔡 錫勳
(熊本大学名誉教授)
(淡江大學副教授)
題
目:村上春樹初期作品の内界
題
目︰安倍政権の「誇りある日
表象
本」と村上春樹の小さな
口
譯:陳 奕潔(淡江大學碩士生)
秘密
發表者④︰曾 秋桂
發表者⑥︰劉 曉慈
(淡江大學教授)
(熊本大学博士生)
題
目︰村上春樹文学のメディウム
題
目︰村上春樹『国境の南、太陽
としての「うなぎ」
の西』における女性たち―
口
譯:劉 于涵(淡江大學碩士生)
「四段階分け」という語り方
から見て―
討 論 時 間
討 論 時 間
10︰15—10︰35
10︰35—10︰45
10︰45—11︰40
10︰45—10︰50
10︰50—11︰10
11︰10—11︰30
11︰30—11︰40
敘
時
間
V
11︰40—13︰00
11︰50—12︰50
13︰00—14︰20
13︰00—13︰05
13︰05—13︰25
13︰25—13︰45
13:45―14:05
午
餐
第四場 論文海報發表
【驚聲大樓大廳】
發表者①:劉 于涵(淡江大學碩士生)
題
目:
『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」
―メディウムの井戸を手がかりにして―
發表者②︰郭 雅涵(淡江大學碩士生)
題
目:
『海辺のカフカ』における「猫」の意味
發表者③︰趙 羽涵(淡江大學碩士生)
題
目:村上春樹「踊る・ダンス」関連作品群における異同と変貌
―トータル的な視点から見て―
發表者④︰陳 羿潔(淡江大學碩士生)
題
目:
『海辺のカフカ』におけるカラスと呼ばれる少年の役割
―田村カフカの分身とされる可能性を巡って―
發表者⑤︰張 嘉雯(淡江大學碩士生)
題
目:
『海辺のカフカ』における佐伯の人物像
―ギリシャ神話から見て―
發表者⑥︰呂 函螢(東吳大學碩士生)
題
目:
「踊る小人」における欲望
發表者⑦︰陳 奕潔(淡江大學碩士生)
題
目:『海辺のカフカ』をめぐる生霊
―生と死を中心に―
發表者⑧:黃 雅婷(淡江大學碩士生)
題
目:『海辺のカフカ』における神社への一考察
-境内で起こった出来事を中心に-
發表者⑨:張 維芬(淡江大學碩士生)
題
目:『海辺のカフカ』におけるカフカの心の葛藤
―「父親を殺し、母と姉と交わる」の予言を中心に―
第五場 論文發表【3 樓驚聲會議廳】
第六場 論文發表
【T311 教室】
主持人︰齋藤 正志
主持人︰北嶋 徹
(中國文化大學副教授)
(開南大學教授)
發表者⑦︰山根 由美惠
發表者⑩︰范 淑文
(広島国際大学非常勤講師)
(台灣大學教授)
題
目:妻の〈自立〉/「母」との相 題
目︰『スプートニクの恋人』に
剋―「レーダーホーゼン」
、
「眠
仕組まれているすみれの
り」
、
「ねじまき鳥クロニクル」
「文書」―メディウムとし
口
譯:趙 羽涵(淡江大學碩士生)
ての機能―
發表者⑧︰林 雪星
(東吳大學副教授)
發表者⑪︰葉 夌
題
目:
『ねじまき鳥クロニクル』にお
(熊本大学博士生)
けるコンピュータというメデ 題
目︰村上春樹『海辺のカフカ』論
ィア
―甲村図書館の役割を中心に―
口
譯:張 修齊(淡江大學碩士生)
發表者⑨:內田 康
發表者⑫: 葉 蕙
(淡江大學助理教授)
(翻譯家/馬來西亞拉曼大學講師)
VI
題
14:05-14:20
14︰20—15︰15
14︰20—14︰25
14︰25—14︰45
14︰45—15︰05
15︰05—15︰15
15︰15—15︰25
15︰25—16︰05
16︰05—16︰15
16︰15—17︰20
16︰15—16︰20
16︰20—16︰25
16︰25—16︰30
16︰30—16︰35
16︰35—16︰40
16︰40—16︰45
16︰45—17︰20
17︰20—17︰30
18︰00—20︰00
目︰〈他者〉
〈分身〉
〈メディウム〉
―『ダンス・ダンス・ダンス』から
『ねじまき鳥クロニクル』へ―
口
譯:郭 雅涵(淡江大學碩士生)
討 論 時 間
第七場 論文發表 【3 樓驚聲會議廳】
主持人︰蘇 文郎
(政治大學教授)
發表者⑬︰賴 錦雀
(東吳大學教授)
題
目:語彙から見た日本語教育教材
としての村上春樹の可能性―
「蛍」を例に―
口
譯:黃 雅婷(淡江大學碩士生)
發表者⑭︰許 均瑞
(銘傳大學助理教授)
題
目:朝日新聞社の「WEBRONZA+」
で語られる「村上春樹」
口
譯:張 嘉雯(淡江大學碩士生)
題
目:
『1Q84』における媒介者
―〈ふかえり〉の巫女として
の働きを中心に―
討 論 時 間
第八場 論文發表
【T311 教室】
主持人︰邱 若山
(靜宜大學副教授)
發表者⑮︰齋藤 正志
(中國文化大學副教授)
題
目︰メディウムとしての「沙羅」
―『色彩を持たない多崎つく
ると、彼の巡礼の年』におけ
る光明と暗闇―
發表者⑯︰廖 育卿
(淡江大學助理教授)
題
目︰村上春樹『色彩を持たない
多崎つくると、彼の巡礼の
年』論―「色彩のない」多
崎つくると木元沙羅を中
心に―
討 論 時 間
討 論 時 間
茶 敘 時 間
基 調 演 講(2)
【3 樓驚聲會議廳】
主持人︰曾 秋桂(淡江大學教授)
講 者︰小森 陽一(東京大学教授)
講 題︰村上春樹文学におけるメディウム
口 譯:王 嘉臨(淡江大學助理教授)
茶 敘 時 間
第九場 圓桌會議
【3 樓驚聲會議廳】
主持人︰彭 春陽(淡江大學副教授兼主任)
主 題:村上春樹文学におけるメディウム
口 譯:李 文茹(淡江大學助理教授)
與談者①︰小森 陽一(東京大学教授)
與談者②︰柴田 勝二(東京外国語大学教授)
與談者③︰楊 炳菁(北京外國語大學副教授)
與談者④︰森 正人(熊本大学名誉教授)
與談者⑤︰葉 蕙(翻譯家/馬來西亞拉曼大學講師)
討 論 時 間
閉 幕 式
【3 樓驚聲會議廳】
主持人︰彭 春陽(淡江大學副教授兼主任)
懇 親 會
【福格大飯店 淡水區學府路 89 號】
VII
二.會議內容
主
題:第 3 屆村上春樹國際學術研討會
緣起與目的:村上春樹是在國際最受歡迎的日本作家;雖然 2013 年未能榮獲
諾貝爾文學獎,但仍是呼聲極高的日本現代著名作家。本系為
配合淡江大學張家宜校長指示規劃「形塑特色學系計畫」教學
政策,2011 年 8 月 1 日在外國語文學院吳錫德院長、馬耀輝系
主任指導之下成立「村上春樹研究室」
(曾秋桂教授負責)
,擔
任推動村上春樹研究成為淡江大學日文系(所)特色教學之一。
本次活動是繼第 1 屆村上春樹國際學術研討會(2012.06.23)
所舉辦的活動,也是「村上春樹研究室」所主力推動的一年一
度之國際盛會,外國語文學院重點發展特色之一。承蒙淡江大
學虞國興學術副校長肯定「村上春樹研究室」多年推動的卓越
成果,指示須更有計畫性跨大推展。並獲得淡江大學張家宜校
長的同意,規劃自 103 學年度成立「村上春樹研究中心」正式
營運、繼續深耕村上春樹研究以及推展。
本次會議內容含專題演講、論文發表(含口頭發表、海報發表)
、
圓桌論壇等三大部分。本會議主要使用日文發表,為了推廣台
灣對於村上春樹文學之接受度,及拓展更多村上春樹讀者群,
特地安排本系(所)研究生負責各場次的同步口譯,冀能展現本
系平日用心栽培學生口譯技能之教學成果。此外,本會議之演
講部份邀請重量級專家學者東京大學小森陽一教授、東京外國
語大學柴田勝二教授擔任講員;而論文發表部份則經由公開徵
稿作業且通過嚴格審查進行口頭發表(16 篇)
,以及海報發表(9
篇)
,共計 25 篇。圓桌論壇則有來自台灣、日本、馬來西亞、
中國大陸等 6 位村上春樹研究專家參加與談。主要針對大會主
題「村上春樹文學中的媒介」抒發見解,並和與會聽眾進行台
上台下的溝通意見,進而達到學術良性互動與學問切磋琢磨的
效益。本會議之演講者‧發表者來自日本、馬來西亞、大陸、
台灣等地,年齡層遍佈中、壯、青三代,於治學、研究經驗傳
承上,富有世代傳襲之深遠意義。期待藉由本研討會的舉辦,
能夠提昇台灣國內之村上春樹文學研究水準,並祈與國際全球
接軌,提供學術討論園地,敦親睦鄰,增進台灣與國際專家學
者之學術、友誼交流。
viii
三.議事規則
一、會議前請將手機關閉。
二、各場次時間分配:
1. 主 持 人:介紹每位講者各 2 分鐘‧發表者各 1 分鐘
2. 講 演 者:每位演講 40 分鐘
3. 海報發表:一場以 60 分鐘為限
4. 口頭發表:每位發表者以 20 分鐘為限
5. 討論時間:每位發表者各 5 分鐘
6. 圓桌論壇:每位與談人發表 5 分鐘‧學術意見交流 30 分鐘
三、鈴響規則
1. 發表結束前 3 分鐘,第 1 次按鈴(2 響)提醒。
時間到,第 2 次按鈴(3 響)
。第 2 次按鈴後,請立即結束發表。
2. 討論時間到按鈴(2 響)
。
3. 茶敘結束、演講‧發表開始時按 1 次鈴。
四、發言規則
1. 大會正式語言為中文、日文。(主會場附有同步口譯人員)
2. 擬發問者請先說出所屬單位名稱、姓名之後簡潔發問。發問時間以不超
過 1 分鐘為限。
IX
演
講
IX
X
四、演講大綱①
交通する情報と人間
―村上春樹におけるメディウム―
柴田勝二
東京外国語大学教授
1
一九七九年の出発時から現在に至るまで、村上春樹の世界はつねに異質な時間と空間を
行き交うもの――メディウムとメディア――を包摂しつつ展開してきた。
処女作の『風の歌を聴け』以来、村上の作品群においては様々な情報媒体が登場人物た
ちの生活を彩り、その変化のなかに一九七〇年代以降の時代の進み行きが映し出されてき
た。『風の歌を聴け』では、夏休みに帰郷した「僕」はディスク・ジョッキー(以下DJ
と略記)を通じてある女性からビーチ・ボーイズの曲を贈られ、その贈り主を探す行動を
始めるが、こうした〈人の声〉として主人公に届けられる聴覚情報は次の『1973年の
ピンボール』でもやはり大きな比重を占めている。『風の歌』につづいてそれを担う媒体
として機能しているのが電話であり、とくに「僕」が回想する一九七〇年の光景において
それが人と人を媒介するツールとして強く前景化されている。ここで学生の「僕」はアパ
ートの管理人室の隣の部屋に住んでいたことから、アパートに唯一ある管理人室の電話を
他の住人に何度も取り次いでいる。彼がもっとも頻繁に電話を取り次ぐ相手であった、二
階に住む少女は結局大学をやめて郷里に帰ることになるが、彼女だけでなくアパートの住
人は皆地方の出身者であり、「僕」は電話を取り次ぐことによって、しばしば彼らに郷里
の家族や友人の声をもたらす媒介者――メディウム――となる。
『1973年のピンボール』における情報は、『風の歌を聴け』を受け継ぐ形で、〈肉
声〉の感触をとどめた次元で、人間同士を結びつける聴覚情報としての性格をもっている。
けれどもこの作品を底流しているのは、
むしろそうした身体的感触をとどめた聴覚情報が、
次第に時代にそぐわないものとなっていくという感慨である。中盤で語られる、「配電盤」
の弔いはそれを象徴的に示している。一九七三年の現在における「僕」が双子の少女と暮
らすアパートを電話局の男が訪れ、古い配電盤の交換をおこない、用済みとなったこの配
電盤を「僕」は、「配電盤よ貯水池の底に安らかに眠れ」という言葉とともに貯水池に投
げ込むのだった。
配電盤とは一般的には電力を分配するための装置を指すが、ここではむしろ記号的な含
意において現れている。つまり電話局の男が、双子に配電盤とは何かと尋ねられて「電話
の回線を司る機械だよ」と答え、さらに「母犬」と「仔犬」の比喩を用いて説明するよう
に、ここでの配電盤とは、外部から届けられる情報を一手に集め、それを個々の受け手に
分配する親元的な配信者の比喩にほかならない。それはいいかえれば、「母犬」的な情報
の配信者ないし媒介者がいなければ、個々の人間が情報を手に入れることができないとい
XI
う次元のテクノロジーである。興味深いのは、回想として語られる一九七〇年の「僕」が
アパートで「配電盤」的な役割を果たしていたことで、彼は外からの電話をそれぞれの住
人に取り次ぐという形で情報の媒介者となっていた。さらに『風の歌を聴け』をふり返っ
ても、ここに登場するDJは、やはり「配電盤」として聴取者に音楽という情報をもたら
し、また自分の元に寄せられた葉書の言葉を紹介することによって、そこに盛り込まれた
情報を、聴取者に配信していたのである。
このように考えると、『1973年のピンボール』のなかで、配電盤が葬られる儀式が
語られることの意味も明瞭になるだろう。この儀式は、誰かが媒介者となって、主として
聴覚的情報を多くの個人にもたらしていくという形のコミュニケーションが過去のものと
なりつつあることの表現にほかならなかった。もちろんそこには、作品の時間である一九
七三年ではなく、
執筆時である七九年から八〇年にかけての作者の認識が込められている。
一九七三年においては、住宅用電話の普及率は世帯比でまだ五〇%に達しておらず(1)、
ラジオのDJも、音楽を主とするスタイルからトークを売り物にするスタイルに様相を変
えつつ、未だ隆盛の途上にあった。一方作者が筆を執っているのは、ワードプロセッサー
やパーソナル・コンピューターが普及し始めた時代においてであり、ラジオや電話といっ
た耳を介してもたらされる聴覚情報は、次第に主流としての位置を占めえなくなりつつあ
った。人びとの心が向かっているのは、テレビやコンピューターの画面からより早く、大
量にもたらされてくる視覚情報であり、作者はその時代に身を置くことによって、耳を介
して人と人が結びつけられていた時代の終焉を、遡及的に強める形で描いているのだとい
えよう。その意味でこの作品は、分身としての鼠に託された、六〇年代的な暗い情念に対
する距離を確立しようとする物語であると同時に、古い〈ローテク〉的な情報テクノロジ
ーを懐かしみつつ、その終焉を確認しようとする物語でもあった。
にもかかわらず、むしろ作者はその〈ローテク〉的な側面への執着を強く滲ませつつ、
作品を構築している。『1973年のピンボール』を特徴づける一つの側面は、人間の身
体的な感触を残したテクノロジーと、七〇年代以降の流れを予兆する、高度に機械化され
た、非身体的ともいえるテクノロジーの間の過渡的な段階を示唆していることである。作
品の表題をなし、一九七三年においても「僕」の心を捉えつづける「ピンボール」という
ゲーム機械も、「光がフィールドを照らし出し、電気がマグネットボールをはじき、フリ
ッパーの二本の腕がそれを投げ返した」と述べられるように、電気という近代のエネルギ
ーと、「フリッパーの二本の腕」による素朴な物理的力を融合させることによって成り立
っている。その点でピンボール・マシーンはいわば近代と前近代の出会う場であり、「僕」
がそれに執着をもちつづけるのは、それが一九七〇年という過去を喚起するからだけでな
く、基本的にこのゲーム機械が、人間の指で押されたフリッパーがボールを弾き、得点を
重ねていくという、物と身体が交わる感触をとどめた機械だからである。
そしてピンボール・マシーンが伴わせる手仕事的な感触は、何よりも「僕」が生活の手
立てとしている翻訳という仕事とつながっている。「僕」は主に非文学的な文書を扱う翻
訳事務所を友人と共同経営していて結構繁盛しているが、彼が翻訳の対象とするのは「ボ
XII
ール・ベアリングの耐圧性に関する「アメリカン・サイエンス」の記事」であったり、「一
九七二年度の全米カクテル・ブック」であったり、「安全カミソリの説明文」であったり
と「実に様々」な種別にわたっている。これらはいずれも七三年の世界を交通している雑
多な情報であり、それらを受容して日英の言語コードの間で転換させる作業をおこなうこ
とによって、「僕」は生活の糧を得ている。「僕」が相手にするのは自身の言葉に対する
感性をあまり発揮する余地のない技術的な内容の文書であり、それに携わる仕事が無機的
な性格を帯びていることを自覚している。「左手に硬貨を持つ、パタンと右手にそれを重
ねる、左手をどける、右手に硬貨が残る、それだけのことだ」と、自嘲をまじえつつ、「僕」
は自分の仕事を概括するが、にもかかわらずその翻訳の行為は機械によって遂行されるの
ではなく、彼自身の脳を活用しつつ、英語と日本語の間で極力誤差の少ない置き換えをお
こなっていく手仕事としてなされているのである。
けれども作品のなかの時間よりも六年程経過した地点から書かれたこの作品は、それ以
降進展していく、無機的で非身体的な情報テクノロジーの流れを内包している。端的な形
象としてそれを物語っているのが、「僕」がアパートで共棲する双子の少女である。川村
湊はこの双子を見分けのつかない同一性を帯びている点で、「耳」の比喩として捉えてい
る(2)が、彼女たちはむしろ、人間の元に届けられる、より画一化された視覚情報の暗喩
として受け取られる。双子の少女は「僕」がある朝「目を覚ました時」両端にいたのであ
り、彼がピンボール・マシーンの「スペース・シップ」との邂逅と別れを果たした後、「も
とのところ」に帰ると言って、「僕」の元を去っていく。この出自も帰属する場所も分か
らない双子の少女が、生身の人間でないことはいうまでもない。彼女たちは何よりも、作
品内の時間における水準よりも高度化されたメディアによって届けられる〈情報〉の謂に
ほかならず、「僕」と双子たちとの関係が、彼の情報に対する処し方を示唆しているので
ある。
2
『1973年のピンボール』の「僕」が携わっていた翻訳という仕事は、異種の言語と
いう情報間の変換行為であったが、その性格を引き継ぎつつ、脳を舞台とした情報の変換
自体を生業とする人物を主人公とするのが一九八五年の『世界の終りとハードボイルド・
ワンダーランド』であった。ここで「世界の終り」と交互に章をなす「ハードボイルド・
ワンダーランド」の語り手として現れる「私」は、計算士という職業に就き、自身の脳の
回路を活用しつつ情報を記号化する仕事に従事しているが、その主要な仕事の一つが、数
値化された情報を自分の脳に取り込み、それを固有のパスワードを用いてシャッフルする
ことによって記号化するシャフリングという作業である。「私」はこのシャフリングにつ
いて、情報を自身の「無意識のトンネルのごときもの」を通過させ、「すべては私の中を
通り抜けていくだけ」の作業であると見なしている。
これが基本的な構造において、『1973年のピンボール』における翻訳の仕事を延長
した地点に位置づけられるものであることは明らかだろう。いずれも外部からの情報を自
分の脳に取り込み、そこで一定の転換を与えて別の形態に移す作業だからだ。鍵となって
XIII
いるのは、それらがともに自己の主体的な表出を封じたところに成り立っていることで、
『ピンボール』の翻訳に含意されていたこの側面が『世界の終り』ではより際立った形で
強調されている。つまりシャフリングの作業には、翻訳におけるほどの手仕事の側面もな
く、「シャフリングの仕事に関しては、私は自分を計算士と呼ぶことさえできないような
気がする」という感慨をもらすように、与えられた情報に対して完全に受動的であるしか
ないのである。
この複雑な情報を意識の深部に取り込んでもなお、自分を自分として保持しつづける人
間として「私」が輪郭づけられているところに、この作品のアイロニーが見て取られる。
シャフリングのシステムを開発した博士の話によれば、この作業をするための処理を脳に
施された二十六人の計算士の内、五年以上経過した現在でも健常に仕事をつづけているの
は「私」だけであり、他の二十五人はすべて死んでいる。それは意識の核を一時的であれ
開放することが、脳に多大な負担をかけるからであるとされる。一方「私」の意識の核は
他の計算士と比して格段に整理されており、そのために脳が過剰な負担を受けないのでは
ないかと博士は推測している。それはいいかえれば「私」の意識の殻が異常に固いという
ことであり、そこでは「この世界に存在しているはずのものがあらかた欠落」している。
そのため博士は「私」の脳が描いているイメージに「世界の終り」という名前をつけたの
だった。博士は「私」に「あんたの意識の中で世界は終っている」と断言するが、それは
村上春樹が自身の文学世界に与えた、アイロニカルな断罪の言葉であったともいえよう。
つまりこの作品の「私」に代表される村上の主人公たちは、外部世界と情念的な交わりを
もつ回路を捨象していたのであり、それによって〈終わらされた〉世界を生きていること
が、ここで明確に語られているのである。この〈死んだ世界〉の主人であることによって、
「私」は意識の核に複雑な情報を通過させながら、自己を保持しうるのである
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の背景を成すのは、情報社会の高度
化がより進んだ近未来社会だが、重要なのがそれが人間の生活に利便をもたらすテクノロ
ジーの進展と背中合わせに、
個人の存在が無化される状況として描かれていることである。
それは『ダンス・ダンス・ダンス』で繰り返し口にされる「高度資本主義社会」の一形態
でもあるが、村上の人物たちが腐心するのは、そのシステムのなかで生きながら、そこで
どのように自己の自律性を保持するかということであり、彼らが大企業の歯車となること
なく、翻訳者や計算士といった、比較的自律性の高い技術者的な職業を選んでいること自
体がその志向を示している。アイロニカルなのは、にもかかわらず村上の主人公たちが選
んだその職業自体が、受動性を核として成立していることで、翻訳者も計算士も、いずれ
も顧客から与えられた情報にとりあえず受動的にならなければ、全うしえない職業にほか
ならない。そしてその受動性のなかで、彼らはしばしば意識せざるうちに自己を失ってい
ることに気づかされることになるのである。
『1973年のピンボール』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の間
に書かれた『羊をめぐる冒険』は、この個人の主体性を無化する情報社会の力そのものを
暗示した作品として捉えられる。友人と広告代理店を共同経営する「僕」があるPR誌で
XIV
使った写真に写っている、他とは違う特徴をもつ特殊な羊を探し出すことを「右翼の大物」
の秘書を名乗る「黒服の男」に要請され、「耳のモデル」であるガールフレンドとともに
北海道まで探索に赴くことになるこの物語は、結局目的の羊を見出すのではなく、みずか
ら命を絶った鼠の亡霊らしきものと出会うという帰結を迎えることになる。このアンチ・
クライマックス的な結末は、
「僕」が鼠の父親のもっていた別荘に到着した時点で突然「耳
のモデル」が姿を消してしまう展開と相まって、読み手に分かりにくいものとして映りが
ちである。けれどもこの帰結はむしろきわめて合理的に仮構された収束点として受け取ら
れる。つまり『羊をめぐる冒険』における「僕」の行動を動かしていたのは、初めから特
殊な羊が映っている写真をどこか公の場に出してほしいと要請してきた鼠だったのであ
り、彼が自分のファミリーのメンバーと見なされる「黒服の男」や、おそらくそこから手
配された「耳のモデル」を使って、「僕」に「羊」ではなく「鼠」を探索する旅に発たせ
たのである。
「耳のモデル」の女が「僕」に探索のヒントを与える場所は数多くあるが、もっとも明
、、、
瞭なのが、彼らが札幌で滞在先を「いるかホテル」(「ドルフィン・ホテル」)に決める
くだりである。札幌にやって来た「僕」と「耳のモデル」の女は電話帳を繰って投宿すべ
、、、
きホテルを探すが、ホテル名を読み上げる「僕」が「いるかホテル」の名を言った時に彼
女は間髪を置かず「それがいいわ」と断言する。「聞いたことがないな」と訝しがる「僕」
に対して、彼女は「でもそれ以外に泊まるべきホテルないような気がするの」と決めつけ、
、、、
結局そこに彼らは滞在することになる。ここで彼女が滞在先を「いるかホテル」に限定し
なくてはならなかった理由はいうまでもない。そこには日本の羊の事情に通じた「羊博士」
がおり、彼との邂逅によって「僕」の探索は進展を与えられるからである。おそらく「僕」
、、、
を「いるかホテル」に泊まらせるのが、「耳のモデル」の女に与えられた第一の任務であ
り、泊まるのはそこ以外にないと彼女が断言するのは必然的であった。羊博士との出会い
以降、「僕」は「羊――鼠」の居場所に急速に接近していくが、写真の光景となった牧場
に行くことになった前夜、彼女は「でもこれでやっとゴールの手前まで来たみたいね」と
言い、「僕」は「だといいけれどね」と答える。このやりとりは明らかに、「僕」の旅と
自分の役目が「ゴール」を目前にしていることを、彼女が認識していることを物語ってい
る。そして予定通り、彼女は終局的な「ゴール」であった鼠の別荘にまで「僕」を連れて
きた時点で、自分の役目を全うして姿を消すのである。
こうした解釈は決して恣意的なものではないと思われる。「耳のモデル」の女は、同時
にある組織に属するコールガールでもあり、資本家である鼠のファミリーがこの組織に手
配して、彼女に探索の案内役をさせることは容易だからだ。この解釈は、鼠をこれまでの
作品におけるような浪漫的な情念を空転させる青年ではなく、資本によって個人の生活や
行動を左右しうる力の持ち主として想定することになる。しかしもともと鼠は〈金持ちの
青年〉として村上春樹の世界に登場していたのであり、『ダンス・ダンス・ダンス』では、
「高度資本主義社会」において彼の後身である「羊男」は、「僕」と再会するためにだけ、
XV
ホテルを大規模化する際に「ドルフィン・ホテル」という名前を残したのだと語っていた。
こうした輪郭を考慮すれば、鼠のファミリーの一員として「僕」とは比較にならない情報
収集能力をもつ「黒服の男」が、それに基づくプログラムによって「僕」を北海道の鼠の
別荘にまで辿り着かせるように誘導したことが想定される。情報社会とは、いいかえれば
情報をもつ人間ともたない人間の落差を極大化しうる社会であり、『羊をめぐる冒険』の
「僕」が愚鈍な行動者にも見えるのは、この落差の下方で彼が生きているからである。
展開の後半では「僕」は次第にこの落差に気づき、自分の主体的な判断にしたがって行
動していると思っていたのが、実は何者かによってつくられたプログラムの上を動いてい
るだけではなかったのかという感覚を覚えるに至る。それは終盤の第八章で語られる、鏡
の前で口元を手の甲で拭った「僕」が、にもかかわらずその直後に「今となっては僕が本
当に自由意志で手の甲で口を拭いていたのかどうか、自身がもてなかった」というくだり
に端的に現れている.。それは北海道までみずからやって来た「黒服の男」の語る「種をあ
かせばみんな簡単なんだよ。プログラムを組むのが大変なんだ。コンピューターは人間の
、、
感情のぶれまでは計算してくれないからね、まあ手仕事だよ」という言葉によっても傍証
される。「僕」のそれまでの行動が、すべてこの「プログラム」の予測値の範囲内でなさ
れたものであったことが明らかになるのである(3)。
3
『羊をめぐる冒険』はこのように、一九七〇年代後半以降の情報社会の急速な進展を背
景として、個人がそのシステムのなかに生きることで無意識のうちにその主体性、自律性
を簒奪されていくアイロニーを機軸とする作品であった。加藤典洋は『羊をめぐる冒険』
を、はっきりとした収束を示さない展開から「去勢された物語」と表現している(3)が、
実は「去勢」こそがこの作品の焦点であり、それが主人公の帰趨と物語の展開の両方に巧
みに溶かし込まれている。つまりこの作品では、終盤に至った地点から主人公の自己認識
に罅が入れられていくとともに、それまで語られてきた展開や行動の意味が覆されていく
反転性を備えているのである。とくに大量に流通する情報を人間が活用しつつ同時にその
なかで自己を相対化され、無化されていくという両面性は、前作の『1973年のピンボ
ール』と次作の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』においてともに前景化
されており、両作品の間に生まれた『羊をめぐる冒険』がやはりそれをはらんでいると考
えることは自然である。「ハードボイルド・ワンダーランド」の「私」が計算士という情
報処理の技術者であったように、『羊をめぐる冒険』の「僕」も広告代理店という情報産
業の一角をなす業界に身を置いていたのであり、情報の流通の恩恵を一方では蒙っていた
のである。
実際彼が関わっている広告産業は、一九七〇年代にその規模を拡大させ、上位二〇社の
売り上げ総額は、七一年の四二〇〇億円弱から八〇年の一兆三七〇〇億円以上へと急増し
ていった。工場やオフィスのオートメーション化(OA化)も七〇年代半ばから本格的に
進められていき、社会や産業の情報化の流れが明確になっていった。この潮流の拡がりに
XVI
不可欠の道具となったパーソナル・コンピューターについて見れば、インテル社製のマイ
クロプロセッサ8800を装着した第一号機「アルテア」が発売されたのは一九七四年一
月であった。また一九歳であったビル・ゲイツがポール・アレンとともにマイクロソフト
社を興したのも一九七四年であり、七六年にはアップル社が創業されている。日本におけ
る出荷台数も、七八年の一万台から二年後の八〇年には一一万台へと急増していった(4)。
村上春樹はこうした潮流を鋭く捉え、そこにおいて急速に進展していった情報社会にお
ける個人のあり方をいち早く作品に盛り込んでいった作家である。『羊をめぐる冒険』が
発表された一九八二年においては、一般市民における情報化の度合いはワープロ専用機が
普及し始めた程度で、パーソナル・コンピューターを個人が気軽に活用するにはまだ時間
があっただけに、現代社会における情報と個人の関わりに対する村上の洞察の的確さと先
見性には驚かされる。
しかし情報社会における人間と情報との関わりという主題は、今眺めた作品群で一通り
探求されたと見なされたのか、それ以降の長篇の作品においてはそれとは別個の主題に比
重がかけられるようになる。それが日本が辿ってきた歴史の問題であり、ノモンハン事件
をモチーフとする『ねじまき鳥クロニクル』や、戦争末期に脳に受けた損傷を抱えて戦後
を生きていった初老の男を登場させる『海辺のカフカ』、あるいは日本人客に暴行された
中国人娼婦と交わりを持つ日本人の女子大生を中心人物とする『アフターダーク』など、
とくに日本と中国の関係、あるいはそこで起こった出来事である戦争を取り込んだ作品が
眼につくようになる。もっとも初期の『中国行きのスロウボート』にも見られたように、
中国との関係は出発時から村上が関心を寄せてきた問題性であり、九〇年代になってにわ
かに浮上してきたわけではない。それが次第に中心的な位置を占めるようになった背景の
一つとして想定されるのは、一九九五年三月のオウム真理教による地下鉄サリン事件であ
る。後に被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』を編ませることになったよう
に、この事件の首謀者である麻原彰晃という人物が露呈させた暴力への欲望が、決してこ
の特異な人物だけでなく、自分を含む人間社会に遍在するという認識が、国家単位でおこ
なわれる暴力としての戦争という問題性を喚起させることになったといえるだろう。
興味深いのはこうした作品群において、これまで社会に流通し、人間同士を関わらせる
媒体でもあった情報に代わって、人間自体が時空を交通する媒体として現れることが少な
くないことである。『ねじまき鳥クロニクル』では中盤失踪した主人公岡田トオルの妻の
分身的存在である加納クレタが、彼の元に突然全裸で姿を現し、終盤では井戸の中に降り
ていたはずのトオルが井戸の壁を抜けてホテルの中に移動し、その一室で妻のクミコと再
会することになる。『海辺のカフカ』では四国に家出をしたはずのカフカ少年によって、
東京にいる父親が殺されたらしい事態が生起し、終盤ではその追及を逃れるためもあって
四国の森に入り込んでいったカフカ少年は、太平洋戦争時の兵士たちと遭遇することにな
るのだった。
けれどもこうした時空を超える媒体――メディウム――として運動する人物たちは、一
九九〇年代になって村上作品に姿を現すようになったのではない。実は村上は出発時から
XVII
様々な時空を超えるメディウム的人物たちを登場させてきたのであり、それが六〇年代へ
の訣別や情報社会と個人の関係といった主題の色濃さの影で目立たなかっただけである。
たとえば『1973年のピンボール』の双子の少女たちは、明らかに一九七三年という作
品内の時間を生きている生身の人間ではなく、執筆時である一九八〇年から送り込まれた
形象であった。彼女たちの一人が着ているシャツに記された「208」という数字は、逆
に読めば「802」であり、それはこの作品が発表された〈一九八〇年二月〉という現在
時を示唆している。また『ノルウェイの森』の緑も、一九六九年から七〇年という作品内
の時間にはそぐわない人物であり、むしろ自殺した直子の転生者として、一九八七年とい
う執筆・発表時の時空から送り込まれたと見なす方が自然な存在であった。
執筆時の意識を、作品内の過去の時間に投影させるというのは、もちろん多くの作家に
見られる手法であり、村上に特化されるものではない。夏目漱石の『道草』では明治が終
焉した一九一五年時の意識によって、一九〇三年から〇九年にかけて自身に継起した出来
事が圧縮して語られ、有島武郎の『或る女』では、「新しい女」の登場が喧伝される大正
初期の執筆時の意識を託されたヒロインが、日論戦争前の時代を生きさせられることによ
って、周囲との軋轢を一層強めていた。また三島由紀夫の『金閣寺』でも経済成長が軌道
に乗り始めた執筆時の一九五六年の意識によって、六年前の一九五〇年というアプレゲー
ルの時代に起きた金閣焼亡事件が語られていた。村上はこの〈書く時間〉と〈書かれる時
間〉の落差を、後者に生きる人物を前者に移動させるという形でしばしば利用し、それに
よって作品世界に意識的に異質な層を混在させている。処女作の『風の歌を聴け』にして
も、執筆時の時間を担う人物は登場しないものの、一見一九七〇年の夏に展開していく物
語には一九六七年春からの三年間の時間がちりばめられ、異質な時間が混在することによ
る奇妙な拡散の感覚が独特の味わいをもたらしていた。
『ねじまき鳥クロニクル』や『海辺のカフカ』では、秘かにではなく露わな形で人物が
時空を移動するが、重要なのはその移動が時間的というよりもむしろ空間的な次元でなさ
れることである。これらの作品が村上のなかに次第にせり上がってきた歴史への問題意識
を反映させているならば、登場人物は時間的な移動をおこなうはずだとも考えられる。し
かし『ねじまき鳥クロニクル』や『海辺のカフカ』に現れる人物は異空間に移動するので
あり、後者のカフカ少年が終盤に遂げる太平洋戦争時の兵士たちとの遭遇にしても、彼が
過去の時間に遡及したというよりも、兵士たちが生きている空間に入り込んでしまう様相
を強く帯びている。またこれらの後に書かれた『1Q84』では、青豆と天吾という二人
の主人公は、それまで生きていた一九八四年という時空から、それときわめて似ていなが
ら別個のものといわざるをえない「1Q84年」というパラレルワールド的な時空に移行
する。『アフターダーク』では主人公のマリは現実とは異質な空間に入り込まないが、し
かし深夜から早朝に至る作品内の時間は、人びとが生活を営む朝から昼までとは差別化さ
れる〈もう一つの世界〉であり、そこで彼女は中国人娼婦への暴行を起点とする出来事の
なかに入っていくのだった。
村上春樹の作品世界にせり上がってくる歴史への関心と、そこで露わな形を与えられる
XVIII
ようになる人物の時空の移動の基底にあるものとして想定されるは、歴史が示す反復性で
あろう。すなわち戦争や革命、あるいは経済の繁栄や衰退といった民族の命運を左右する
大きな事象は、どの国においても時間を置いて反復されるのであり、とりわけ他国を侵犯
し、個人を無化する戦争とそこに含まれる膨大な暴力行為は、近代の歴史でとめどもなく
繰り返されてきた。この暴力の遍在性は村上の主題として比重を高めていくのであり、オ
ウム真理教による犯罪によって触発された、人間がはらんだ暴力への傾斜の普遍性、遍在
性への認識が通時的な次元で転移されれば、そこには戦争の絶え間ない生起という主題が
浮上することになる。地下鉄サリン事件にしても、カルト教団によって仕掛けられた一般
市民に対する戦争として眺めることもできるのである。
個人や集団、国家によって遂行される暴力の場面が時空を超えて遍在するという着想は
とくに『ねじまき鳥クロニクル』に明瞭で、ここでは満蒙国境で生起したノモンハン事件
という国家間の戦争が一つの核をなしながら、そこに終戦間際の満州新京における動物や
中国人への虐殺事件、あるいはトオル自身が札幌でおこなった自分を追跡する謎の男への
殴打、
さらには隣人のメイが彼を井戸の中に閉じこめて命を危うくさせる出来事など、
様々
な暴力にまつわる挿話が連ねられて物語を形成していく。そのアナロジー的な近接性を動
力として人物は時空の枠を超えて媒体――メディウム――として移動していくのである。
それはその近似性のなかでネットワークがつくられるということでもあり、トオルはそ
の網のような結びつきをはっきりと意識している。
僕はこのあざによって、シナモンの祖父(ナツメグの父)と結びついている。シナモン
の祖父と間宮中尉は、新京という街で結びついている。間宮中尉と占い師の本田さんは
満州と蒙古の国境における特殊任務で結びついて、僕とクミコは本田さんを綿谷ノボル
の家から紹介された。そして僕と間宮中尉は井戸の底によって結びついている。間宮中
尉の井戸はモンゴルにあり、僕の井戸はこの屋敷の庭にある。ここにはかつて中国派遣
軍の指揮官が住んでいた。すべては輪のように繋がり、その輪の中心にあるのは戦前の
満州であり、中国大陸であり、昭和十四年のノモンハンでの戦争だった。
(第3部 24 章)
ここには「戦前の満州」「中国大陸」「昭和十四年のノモンハンでの戦争」を「輪の中
心」として、暴力への能動的あるいは受動的な関与が時空を超えて拡散していくネットワ
ークが描かれている。こうしたネットワークのなかに生きているという感覚が、人物の現
実的な居場所を溶解させるのであり、そこから別個の世界、宇宙への移動が生起してくる
のだといえるだろう。もちろんそこには、『海辺のカフカ』でカフカ少年の父親である田
村浩一を殺害したのがおそらくナカタさんであるにもかかわらず、カフカ少年自身のシャ
ツに血がべったりと着いているといった、『源氏物語』の六条御息所を想起させるような
生霊的な運動性や、共同体の人間が「井戸」的な深層で連続しているというユング的な無
意識観が底流している。むしろそれらを基底とすることによって、こうした作品群におけ
XIX
る人物たちのメディウム的な移動が可能となっている面がある。六条御息所にしても、彼
女が無意識のうちにおこなうものは、ライバル視する光源氏の正妻葵上を死に至らしめる
暴力行為であった。
しかし作中人物たちが異質な時空を移動することが可能であり、それが展開の興趣をな
すとすれば、当然そこには所与の限定された現実世界を抜け出し、理念や理想を成就させ
る力をはらんだ別個の宇宙に移るという着想がもたらされることになる。もともと村上の
世界では当初目指された六〇年代的世界への訣別が達成されて以降、逆に非情念的で過度
に個人主義的なポストモダン社会への相対化がなされてきたのであり、登場人物たちを時
空の移動によってロマン的な世界に入り込ませることは不自然ではない。その代表的な例
として挙げられる『1Q84』では、天吾と青豆という二人の主人公たちは目立たない形
で、これまでいた「1984年」とは別個の「1Q84年」の時空に移動し、現実世界で
は起こらない事態を経験することになるのだった。
この移動が示すものは、『風の歌を聴け』に始まる初期三部作とは逆に、散文的なポス
トモダン的時空からの離脱であり、それによって十歳の時に一度だけ手を握りあった天吾
と青豆は、二十年後に邂逅を遂げ結ばれるというロマン的な帰結を迎えることになるのだ
った。その移動を端的に示しているのが「Q」というアルファベットである。この記号が
示唆するものはその形状からおそらくコンピューターの「マウス」であり、さらにそれが
日本語で意味する「鼠」である。「鼠」こそは三部作において六〇年代の残滓的な情念を
抱えて行き場を失っていった人物であり、その命運を避けるために主人公の「僕」は「鼠」
的なものを捨象する生き方を選んだのだった。しかしそれによって生きていった七〇年代
以降のポストモダンの時代が、むしろロマンや情念を欠いた空虚なものであるという認識
を村上は抱くようになり、『海辺のカフカ』の佐伯さんにはそれが集約的に託されていた。
したがって天吾と青豆が「Q」の世界に移ることは、象徴的にはポストモダンの時代か
らモダンの時代に遡行することであり、それによって八〇年代の現実世界では起こりえな
いロマン的な事態が生起するのだった。その点で二人はこのきわめて似ていながら明瞭な
差違を持つ二つの世界を交通するメディウムにほかならない。またここではそれに加えて
実際に媒体的存在が姿を現している。それがジョージ・オーウェルの『1984年』で絶
対的支配者として描かれる「ビッグ・ブラザー」と対比的な存在として現れる「リトル・
ピープル」である。やはり巫女的な存在である「ふかえり」こと深田絵里子が憑依的に言
葉を発して書かれた『空気さなぎ』という小説に登場する「リトル・ピープル」は正体の
分からない存在だが、それらは死者の身体を包む繭のような物を作り出すとされる。これ
は過ぎ去った人物や出来事を素材として作品という〈繭〉を生み出す作家の創作行為の比
喩としても受け取られる。すなわちこのロマン的な物語には、物語を生み出すというロマ
ン的行為の機構が入れ子的にはらまれており、その意味では「リトル・ピープル」は〈言
霊〉の寓意と見なすこともできるだろう。
このように村上春樹の世界では、人間同士を結びつけるツールとしての情報という媒体
――メディア――が流通するなかで、個人が自己を成り立たせると同時に失わせる両義的
XX
な様相を追求することが主要な主題をなしてきたとともに、次第に人物自体が異種の世界
を交通する媒体――メディウム――として機能するようになる。その変容の背後には、八
〇年代以降のポストモダン的な現実世界への疑問と断念がうかがわれる。『1Q84』に
そうした面があったように、その路線が強められると村上の作品世界は単にロマン的な幻
想物語に帰着してしまう恐れもあるが、近作の『色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年』
に見られるように、再び村上は現実世界への眼差しを取り戻していこうとしているようで
ある。むしろ作品自体が幻想と現実の間を交通する媒体として、両者のあわいに生み出さ
れていくことが今後期待されるところである。
〔註〕
(1)住宅用電話の普及率については、『昭和国勢総覧』(第一巻、東洋経済新報社、一
九九一)の数字から計算した。
(2)川村湊「耳の修辞学」(『批評という物語』国文社、一九八五、所収)。
(3)加藤典洋『村上春樹イエローページ』(荒地出版社、一九九六)。
(4)広告産業の動向については斉藤悦弘『広告会社の歴史』(広告経済研究所、一九九
七)に依った。またアメリカのコンピューターの歴史については、M・キャンベルーケ
リー/W・アスプレイ『コンピューター200年史』(山本菊男訳、海文堂出版、一九
九九、原著は一九九六)を、日本におけるコンピューターの普及については『昭和』第
16 巻(講談社、一九九〇)巻末の統計を参照した。
XXI
四、演講大綱②
村上春樹文学におけるメディウム
小森 陽一
東京大学 教授
今回の村上春樹国際学術研討会のテーマが、
「メディウム」というカタカナ表記であると
いうことは、
この企画を立てられた方たちが二重三重に戦略的であることを表しています。
『広辞苑』には英語読みのカタカナ表記「ミディアム」で登録されています。
「メディアム」
で引くと、
「ミディアム」への指示が出ています。
『広辞苑』における「ミディアム」の意味は、
「①中間(物)。中くらい。②顔料を溶かす
媒剤。メディウム。③ビーフ・ステーキなどの焼き加減の一つ。中心部だけピンク色で周
りは火の通った、レアとウェルダンとの中間状態。
」と示されています。つまり、今回のテ
ーマは、この②の意味であり、①と③は排除する、ということが明確になるのです。
美術あるいは芸術用語としての「メディウム」は、アルファベット表記のローマ字読み
であることに気づかされます。
「メディウム」の第一の意味は、
『広辞苑』に示されている
ように、絵具を溶く溶剤のこと、すなわち油性、絵具の各種の油や、水性絵具に用いる水
のことです。そこから転じて第二の、芸術家の表現素材としてのキャンヴァス、絵具、大
理石、木材、ブロンズなどを指す概念となり、第三の転意として絵画、彫刻、建築といっ
た芸術家の表現手段の分類を指す概念となっています。
ここで、
「メディウム」という概念は、表現主体としての表現者と、その表現を受け取
る鑑賞者とを媒介する物理的存在という意味を獲得します。物理的な意味作用の中で「メ
ディウム」を位置づけるなら、媒質あるいは媒体という概念と結合していくことになりま
す。
物理学における、近接した空間に順次影響を及ぼして、遠くに作用が伝わる近接作用の
場合、作用が伝達される物質あるいは空間を「メディウム」ととらえています。海の波の
「メディウム」は海水で、音波の場合は空気ということになります。
また生物学では、生物を取り巻く外的環境を物質として見たとき、その物質を媒質とし
ての「メディウム」ととらえています。陸生生物では空気、水生生物では水が「メディウ
ム」となります。
そしてもう一つの「メディウム」は、神霊や死者の霊と意思を通じて、現実の人間とつ
なぐ媒介者としての霊媒を意味します。日本では口寄せという民間信仰において、巫女が
よりまし
憑坐として神託を伝えるだけではなく、霊媒として神霊、生霊、死霊の心を伝えます。
この国際学術研討会の主催者である曾秋桂先生は、午前中「村上春樹文学のメディウム
としての「うなぎ」
」という論文を発表されています。残念ながらお聴きすることはできま
せんでしたが、村上春樹の最も新しい短篇集『女のいない男たち』(文藝春秋 二〇一四年
四月二〇日)の中に、
「私の前世はやつめうなぎだったの」と語る女性を中心とした小説が
ありますので、そこから話を始めます。
XXII
「やつめうなぎは実際に水草にまぎれて暮らしているの。そこにこっそり身を隠し
ている。そして頭上を鱒が通りかかると、するすると上っていってそのお腹に吸い付
くの。吸盤でね。そして蛭みたいに鱒にぴったりくっついて寄生生活を送る。吸盤の
内側には歯のついた舌のようなものがあって、それをやすりのようにごしごしと使っ
て魚の体に穴を開け、ちょっとずつ肉を食べるの」(中略)「小学生の頃、水族館で初
めてやつめうなぎを見て、その生態の説明文を読んだとき、私の前世はこれだったん
だって、はっと気がついたの」とシェエラザードは言った。
「というのは、私にははっ
きりとした記憶があるの。水底で石に吸い付いて、水草にまぎれてゆらゆら揺れてい
たり、上を通り過ぎていく太った鱒を眺めたりしていた記憶が」(P178)
「やつめうなぎには顎がないの」と、自らの「前世」を霊媒として語りはじめた女は、
水生生物である「やつめうなぎ」の、媒質としての水の中の生態を、あたかも自らの体験
のように語ります。この女の言葉の中には、幾重にも層になった「メディウム」の異なる
意味作用が組み込まれているわけです。
「顎がないの」という規定は正確です。
「やつめうなぎ」は無顎類あるいは円口類とも言
われ顎はなく、口は吸盤状になっていて、眼とその後方の七つの鰓孔が八つの目に見える
ので、この名前になっているわけです。円口類は最も原始的な脊椎動物で、四億二千万年
ほど前に海の中に現われました。同じ頃、陸上植物も登場し、空気を媒質とした生物が、
ようやく姿を表した頃です。
「やつめうなぎ」の話をする女を「シェエラザード」と、
『千夜一夜物語』の語り手にな
ぞらえているのは、作中人物としての「羽原」です。
「羽原」が北関東の地方都市の「ハウ
ス」に送られ、
「近くに住む彼女」が「連絡係」として、外に出ることのない彼のために、
「食料品や様々な雑貨の買い物」
、あるいは「読みたい本や雑誌、聞きたい CD などを彼の
希望に応じて買ってきてくれ」る「支援活動」をしてくれている中で、
「ほとんど自明のこ
ととして」
「羽原」を「ベッドに誘」い、セックスをするようになったのです。
『シェエラザード』と題された短篇小説で、重要な設定は、
「シェエラザードとの性行為
と、彼女の語る物語とが分かちがたく繋がり、一対になっている」と「羽原」が感じとっ
てしまう状態になっていることです。
短篇小説の冒頭近くで「羽原」が、
「シェエラザードは相手の心を惹きつける話術を心得
ていた。どんな種類の話であれ、彼女が話すとそれは特別な物語になった。口調や、間の
取り方や、話の進め方、すべてが完璧だった。彼女は聴き手に興味を抱かせ、意地悪くじ
らせ、考えさせ推測させ、そのあとで聴き手の求めるものを的確に与えた。
」
(P172)と感
じていたことが明らかにされています。つまり、
「シェエラザード」の芸術家としての表現
素材あるいは手段、すなわち「メディウム」は言葉であったということです。同時に「彼
女の語る物語」と「性行為」とが「分かちがたく」
、
「一対になっている」ということは、
「性行為」を行うことで、彼女の身体も同時に「メディウム」であるということにもなり
ます。
XXIII
こうした関係性の中で、
「シェエラザード」は高校二年生のときに、好きになった男子生
徒の家に、
「空き巣」に入った経験を語ることになります。このとき彼女は、
「十七歳」の
ときの記憶を想起しながら、
一つ一つの行動の細部を語っていくのですから、
「メディウム」
としての言葉を発すること自体が、彼女の身体を「十七歳」の記憶へ押し戻していくこと
になるわけです。
シェエラザードは、羽原との「性行為を終えたあと」に、
「話をする行為」を実践してい
ました。男子生徒の家の脱衣場の洗濯物の中から、彼の汗の匂いのするシャツを見つけ、
彼女は「性欲」を意識します。その話をした後、それまでになかった要求をします。
「ねえ、羽原さん、もう一度私のことを抱けるかな?」と彼女は言った。
「できると思うけど」と羽原は言った。
そして二人はもう一度抱き合った。シェエラザードの身体の様子はさっきとはずい
ぶん違っていた。柔らかく、奥の方まで深く湿っていた。肌も艶やかで、張りがあっ
た。彼女は今、同級生の家に空き巣に入ったときの体験を鮮やかにアリルに回想して
・ ・ ・
いるのだ、と羽原は推測した。というか、この女は実際に時間を遡り、十七歳の自分
自身に戻ってしまったのだ。前世に移動するのと同じように。シェエラザードには
・ ・ ・ ・ ・ ・
そういうことができる。その優れた話術の力を自分自身に及ぼすことができるのだ。
優秀な催眠術師が鏡を用いて自らに催眠術をかけられるのと同じように。
そして二人はこれまでになく激しく交わった。長い時間をかけて情熱的に。そして
彼女は最後にはっきりとしたオーガズムを迎えた。(P202)
長期間、姿を隠していなければならない、組織的犯罪を行った指名手配犯の逃亡生活を
連想させる、
「ハウス」
、
「連絡係」
、
「支援活動」といった、いわば任務としてのかかわり方
から大きく逸脱した関係性の中に、
「二人」は入っていくのです。
三十五歳の「シェエラザード」は、
「羽原」に物語る自らの「話術の力」
、すなわち「メ
ディウム」としての言葉によって、自らの身体をも「十七歳の自分自身に戻」してしまう
ことが出来たのです。
それはまた、自らの言葉によって、かつての記憶を「リアルに回想」する、身体の想像
力の力でもあります。
しかし「彼女は今、同級生の家に空き巣に入ったときの体験を鮮やかにリアルに回想し
ている」という「羽原」の「推測」は、
「シェエラザード」が「メディウム」ではなくなっ
ていることの認識であることを見逃してはなりません。
「私の前世はやつめうなぎだった」と語っていたときのシェエラザードは、
「やつめうな
ぎ」の死霊あるいは生霊としての水中で経験したことの「記憶」を、媒介者として「羽原」
に伝えていました。しかも先に引用したように、彼女は「小学生の頃、水族舘で初めてや
つめうなぎを見て、その生態の説明文を読んだとき」にそう思ったわけですから、眼の前
XXIV
の「やつめうなぎ」と、
「シェエラザード」の「記憶」を媒介しているのは「生態の説明文」
という人間の言葉なのです。
もし「シェエラザード」を巫女だとすれば、彼女は死霊あるいは生霊としての「やつめ
うなぎ」の心を、憑坐として「羽原」に伝えているということになります。
「メディウム」
である媒介者の位置は、しっかりと保たれていました。
事実、シェエラザードは、
「やつめうなぎ」であったときに「自分が考えていたことまで
思い出せる」と言い、
「その光景に入っていくこともできる」と語っていたにもかかわらず、
「水中にあるもののための考えだから」(P180)、
「その考えを地上の言葉で表すことはでき
ない」
(P180)と、媒介者としてのそして「地上の言葉」のあやつり手としての限界を「羽
原」に語ってもいました。
シェエラザードが「よその家に空巣」に入る話をはじめたとき、彼女は「他人の留守宅
に入っていちばん素敵なのは」(P184)、
「一人で床に腰を下ろしてただじっとしていると、
自分がやつめうなぎだった頃に自然に立ち戻ることができた」
(P184)と語り、媒介者とし
ての位置に身をおき、そこから言葉を発していました。つまり霊媒としての自己限定は保
持していたことになります。
また「シェエラザード」の聴き手としての「羽原」の側も、霊媒から霊の言葉を聴く人
間としての位置を保持していました。しかし、
「シェエラザード」が、同じクラスのサッカ
ー部の男子生徒の留守宅に「定期的に」
「空き巣に入らないではいられないようになってし
まった」
(P197)ことを語るあたりから、
「羽原は一刻も早く話の続きが聞きた」くて仕方
がなくなるのです。
つまり「羽原」の小説内的位置は、現実の人間から、次第に「一刻も早く」
「シェエラザ
ード」の「話の続きが聞きた」くて仕方なくなる、
『千夜一夜物語』の枠物語のシャフリヤ
ール王の位置にずらされていってしまいます。
私は『村上春樹論─『海辺のカフカ』を精読する』
(平凡社新書、二〇〇六年五月)にお
いて、カフカ少年が甲村図書館で読むことになるバートン版『千夜一夜物語』について論
じた際、次のような指摘をしました。
宮殿に戻ったシャフリヤール王は、自分を裏切った王妃の首をはねてしまいます。
その後、決して女性を信用することなく、処女を国中から集め、一夜だけ性交渉を持
ち、翌朝、その一夜妻の首をはねてしまう、という殺戮を繰り返していくことになり
ます。そしてついに、国中から処女がいなくなってしまうのです。
ミ ソ ジニー
ここが極限的な男性による女性嫌悪の逆説的表現なのです。権力と暴力による男性
による女性の支配、生殖から切り離された性行為の自己目的化、そして性浄化政策と
でも言うしかない殺戮。しかし、その結果は、王家の血筋が途絶えるばかりか、その
国の人口をなくしてしまうことにつながりかねません。当然誰かが、シャフリヤール
王を戒めなければなりません。それがシェヘラザードの役割なのです。
<中略>
XXV
「おやすみでないのなら話をしてください」とドゥンヤーザードが頼み、シェヘラ
ザードがシャフリヤール王の前で珍しくかつ不思議な話を語り続けていくことになり
ます。王は、話の続きを聴きたいために、処刑の期日を一日また一日と延ばしていき
ます。そして遂に千と一夜が過ぎ、シャフリヤール王は、それまで一夜妻を殺戮し続
けてきた罪を悔い改める告白をし、シェヘラザードは命を奪われずに済むのです。
「シェエラザード」の物語の魅力に取り憑かれたシャフリヤール王と同じ位置におかれ
た「羽原」は、
「初めて」彼女から「羽原さん」と「名前を呼」ばれ、
「もう一度抱き合」
うことになります。
もはや「シェエラザード」は「十七歳」の自分の憑坐ではなく、そのときの「体験を鮮
やかにリアルに回想している」ために「十七歳の自分自身に戻ってしまった」のです。
もはやシェエラザードは霊媒でも媒体でも媒介者でもなく、自己の身体の「体験」を「回
想」することによって、身体それ自体が「実際に時間を遡り、十七歳の自分自身に戻って
しまった」のです。
「メディウム」としての役割を自覚していたときに保たれていた、異な
るレベルの世界境界が一気に侵犯されているわけです。過去における「十七歳の自分」と
現在の自分の「身体」を自らの「優れた話術の力」で合体させて、
「メディウム」としての
あらゆる役割をかなぐり捨てて、
「十七歳」の自分と「三十五歳」の自分の「身体」が、同
時に「オーガズムを迎えた」からこそ、
「身体が何度も激しく痙攣した」のです。
そのときのシェエラザードは、顔立ちまでがらりと変わってしまったようだった。
シェエラザードが十七歳の頃どのような少女であったか、細い隙間から瞬間的に風景
を垣間見るように、羽原はその姿かたちをおおよそ思い浮かべることができた。彼が
今こうして抱いているのは、たまたま三十五歳の平凡な主婦の肉体の中に閉じ込めら
れている、問題を抱えた十七歳の少女なのだ。(P202)
羽原は「三十五歳」のシェエラザードの「肉体の中に閉じ込められている、問題を抱え
た十七歳の少女」の「姿かたち」を「思い浮かべることができ」るようになっています。
それが「シェエラザード」の言葉と身体を媒介にして、性行為のただ中で組み換えられた
「羽原」の身体的知覚感覚の変容にほかなりません。
このように、今から十八年前の「十七歳の少女」であったときの「シェエラザード」の
「姿かたち」を「思い浮かべることができる」ように羽原がなったのは、彼の身体の知覚
感覚がシェエラザードの言葉を媒介にして組み換えられていったからです。
「細い隙間から瞬間的に風景を垣間見るように」という「羽原」の意識に即した叙述は、
実はシェエラザードが、
「前世」の記憶を思い出すことについて語ったときの言語表現をな
ぞったものなのです。
「前世のことって、全部すらすらと思い出せるわけじゃないから」と彼女が言った。
XXVI
「うまくいけば、
何かの拍子にそのほんの一部だけが思い出せる。
あくまで突発的に、
小さな覗き穴から壁の向こうを覗くみたいにね。そこにある光景のほんの一画しか見
ることはできない。あなたは自分の前世のことが何か思い出せる?」(P179)
「小さな覗き穴から壁の向こうを覗くみたいにね。そこにある光景のほんの一画しか見
ることはできない」という「シェエラザード」の言葉を聞いた記憶を、
「羽原」が思い起し
て、変形させて反復している状態を、
『シェエラザード』の地の文の書き手は、
「細い隙間
から瞬間的に風景を垣間見るように」と叙述して、読者に伝達しているのです。
「シェエラザード」が「メディウム」の役割を果たさなくなったとき、決定的な役割を
担うのが、
「メディウム」としての地の文の書き手なのです。
先に述べたように「シェエラザード」と「その女」を「名付けた」のは、作中人物とし
ての「羽原」です。
「その女は自分のことを「三十五歳」で「基本的には専業主婦で(看護
婦の資格を持ち、ときどき必要に応じて仕事に呼ばれるようだったが)
、小学生の子供が二
人いた。夫は普通の会社に勤めている。家はここから車で二十分ほどのところにある。
」と
自己紹介している。それについての羽原の受けとめ方は、
「少なくともそれが彼女が羽原に
教えてくれた、自らについての情報の(ほとんど)すべてだった。それが偽りのない事実
なのかどうか、もちろん羽原に確めようはない。とはいえそれを疑わなくてはならない理
由もとくに見当らない。名前は教えてもらえなかった」とあります。つまり羽原は、
「その
女」から名前を教えてもらえなかったので「シェエラザード」と名付けたのであり、
「小さ
な日記」に「彼女がやってきた日には、
「シェエラザード」とボールペンでメモ」をしてい
るのです。
ここで「羽原」が、自ら「小さな日記」に「ボールペンで書きつけた文字には、カギ括
弧がつけられ、地の文の書き手が、読者に対して提示するカギ括弧がつけられていないシ
ェエラザードと差異化されていることがわかります。
「やつめうなぎ」の話を聴いた日、
「羽原はその日の日記には「シェエラザード、やつ
めうなぎ、前世」と記録しておいた」とあるのも、羽原のメモの括弧付きの「シェエラザ
ード」と、括弧の付かない地の文の書き手のそれとを明確に区別するための記号操作なの
です。この細部としてのタイポロジーの操作は、小説の物語世界と読者を媒介する「メデ
ィウム」としての地の文の書き手によって行われていることが前景化してくることになり
ます。
するとマル括弧で括られた「
(看護婦の資格を持ち、ときどき必要に応じて仕事に呼ば
れるようだったが)
」と「
(ほとんど)
」は、レベルの異なる認識を示していることも明確に
なります。つまり初めて会ったときの自己紹介の際には明らかにされていなかった「その
女」の生活が、事後的に羽原の知るところとなったこととして、マル括弧の中の記述が挿
入されているわけです。
微細な記号的差異表示としてのマル括弧が地の文の書き手の複数性と多層性を表象し
ていることがわかれば、
『シェエラザード』
という短編小説に書かれていることは、
この
「
(ほ
XXVII
とんど)
」以外のこととしての、
「その女」の「十七歳」のときの「空き巣」に入った経験
の物語であることにただちに気づかされます。つまり『シェエラザード』という短編小説
の地の文の書き手は、マル括弧とカギ括弧といった微細なタイポロジーによって差異的に
複層化された地の文の書き手は、小説テクストの外側の読者に対し、小説テクスト内のレ
ベルを少くとも、六つに分節化して伝達しようとしているわけです。一番外側は、地の文
の書き手の、
「羽原」の経験に即したマル括弧の中の叙述。二番目がカギ括弧で括られた、
「羽原」の「小さな日記」の中の「メモ」
。三番目が「羽原」の意識に即した地の文の書き
手の叙述。四番目がカギ括弧で括られた「羽原」と「その女」の会話文。五番目が「羽原」
が聴いた「その女」の話で語られた出来事を地の文の書き手が「その女」の意識に即して
叙述するレベル。六番目が「その女」が「空き巣」に入っていた、
「サッカーの選手」であ
った「同じクラスの男の子」とその「母親」のレベルということに、とりあえず分けるこ
とにします。
小説世界の外側から、小説世界の内側とのレベルの差異を、括弧のような印刷のタイポ
ロジーによって表象し、小説の物語構造そのものとして結実させた、日本近代文学の代表
作が、今年二〇一四年に連載百周年をむかえ、現在「朝日新聞」紙上で再連載されている、
「夏目漱石の『こころ』
」にほかなりません。
「シェエラザード」が、
「同じクラスの男の子」
の「抽斗」から「こころ」の「読書感想文」を取り出して読むのも偶然ではありません。
これは六番目のレベルのさらに内側ということは言うまでもありません。
「メディウム」の問題系は『シェエラザード』のあらゆる細部に、正確に仕込まれてい
ます。この会場にお集まりの、すぐれた読みの力をお持ちのみなさんであれば、すでにお
気づきのことと思います。これまでの論証の中で、私が引用した小説のテクスト本文の中
に、
「推測」という二字熟語が二ヶ所使われていました。
最初は「シェエラザード」の話術についての「羽原」の評価を地の文で示すところでし
た。この三番目のレベルで使われている「推測」は、実は四番目のレベルで「羽原」が彼
女のカギ括弧付きの言葉に対して実践しているところの「推測」です。つまり「推測」と
いう二字熟語は、
『シェエラザード』という短篇小説の多層化された外側から内側へのレベ
ルの、間を分離しつつ架け橋する機能を担わされているのです。
二番目の「推測」は「シェエラザード」が「メディウム」ではなくなったときに出て来
ていました。
これは第三のレベルから第六のレベルまでを、
分離しつつ架け橋しています。
だからこそ、そのときの性的交渉の身体的快楽の深さを表象しうる言葉にもなっているわ
けです。
小説テクストの外側から内側にいたる、異なったレベルの世界の「隙間」が「推測」と
いう言葉によって広げられているとも言えます。だからこそ、その直後に「羽原伸行」と
いうフルネームのもとで、彼が「シェエラザード」の「前世」であった「やつめうなぎ」
でありたいという欲望を抱くのであり、最も内側であったはずの、
「シェエラザード」の前
世のイメージが「やつめうなぎ」の、
「羽原」の意識のレベルと共有され、その小説は終わ
るのです。曾先生がおっしゃるとおり「うなぎ」は「メディウム」なのです。
XXVIII
口
頭
發
表
I
1
五、論文口頭發表大綱①
村上春樹の描写表現の機能
落合 由治
淡江大学 教授
1. はじめに
日本の近代文学の発展は今まで近代という時代に即した日本語の文学の発展あるいは
生成の過程として文学史等の中で理解されてきたが、言語史あるいは表現史という言語形
式と表現様式の変化という視点で捉えることも可能である1。言語史あるいは表現史の視点
から様々なジャンルの言語作品や資料を見る場合、それは異なる時代と社会に産まれた言
語形式と表現を結びつけることで多様化の中にそれぞれの固有性を見出すことができるよ
うな「メディウム(medium、媒体)
」として、それぞれの時代の言語表現と機能を捉えてい
く行為になる。現在、日本語研究ではコーパスを使って、歴史的な日本語の変化をさまざ
まなレベルで通時的にたどろうとする研究が次第に広がっているが、本発表では表現史の
視点で日本の近代小説と現代小説の中での描写表現の機能の変化を素描してみたい2。
そこで、今回は日本近代を代表する小説ジャンルとして「私小説」を選び、事例研究と
して、
その中で最も表現史的にも完成度が高いと考えられる志賀直哉の代表作のひとつ
「濠
端の住まひ」の描写表現の特徴を取り上げる。そして、それと極めて共通点の多い村上春
樹「レキンシントンの幽霊」の描写表現とを比較することで、近代から現代における描写
表現の機能と変化を捉えてみたい。
2.志賀直哉「濠端の住まひ」の描写表現
現在の研究では「私小説」の概念は大正時代の終わりの「私小説論争」の中で中村武羅
夫や生田長江らの西洋の近代小説に劣るという批判に対して日本固有の小説としての価値
を主張した久米正雄や宇野浩二らによって定型化されたと考えられている。3久米正雄は、
作品を超えた作家の確固とした存在や心境を作品に描かれた世界から読み取ることができ
る作品を私小説とし、その典型のひとつに志賀直哉「濠端の住まひ」を挙げている。4しか
し、久米正雄のこうした私小説の見方には現在、多くの異議が出されている。私小説をめ
1
表現史には、今まで文法形式の歴史的変化を捉える視点と文芸形式の歴史的変遷をたどる視点で研究が進め
られてきた。前者の一例として、日本語学会(2005)
「<特集>日本語における文法化・機能語化」
『日本語の研
究』1-3 があり、各種文法的範疇の歴史的変化を考察する試みが紹介されている。後者は文学史、文化史等と
相補的に発展し、河出書房新社(1986-2005)
『日本文芸史』全 8 巻、小西甚一(1985-1992)
『日本文藝史』
(全
5 巻) 講談社などの試みがある。
2
日本語研究の視点では、国立国語研究所(2012)
『近代語コーパス設計のための文献言語研究 成果報告書(国
立国語研究所共同研究報告 12-03)
』http://www.ninjal.ac.jp/corpus_center/cmj/doc/に、近代語コーパス
の制作が述べられている。現在、古典語から現代語までを網羅するコーパスの整備が進んでいる。国立国語研
究所コーパス開発センターhttp://www.ninjal.ac.jp/corpus_center/(2014 年 5 月 30 日閲覧)
。
3
樫原修(2012)
『
「私」という方法─フィクションとしての私小説』笠間書院序「私小説という問題と小説の
方法」参照。ここに私小説の成立とそれに対する各時代の見解の推移がまとめられている。また、大正時代の
文芸の社会定位と自我確立という二つの方向性について、田中祐介(2012)
「<社会>の発見は文壇に何をもた
らしたか : 一九二〇年の「文芸の社会化」論議と<人格主義的パラダイム>の行末」
『日本近代文学』87P49-64
参照。
4
私小説論争における久米正雄の見解について同上 P10-13 および P38 参照。
1
ぐる近代日本文学の変転を追求した樫原修は、志賀直哉の身辺記録と作品との比較から、
志賀直哉の実際の心境と作品に描かれた「私」の心境とが一致しえない点から、以下のよ
うに私小説を捉えている。
久米正雄はこうした小説(論者注「濠端の住まひ」
)の背後に作者の透徹した心境を見たわけだ
し、従来の緒論も大正3年に比しての志賀直哉の成熟とか、心境の安定(
「葛藤の克服」
)とかいっ
た原因からこの小説を論じてきたのであった。しかし、これは小説の書き方、方法に依存する事柄
であり、この「私」は小説から想定される「私」であって、そのまま現実の志賀直哉であるわけで
はない。繰り返せば、
「心境」は原因ではなく、結果である。5
つまり、私小説的表現形式が作品世界を超えて、確固とした「私」の存在や「心境」が
読み取られる方向に読者を誘導し、その結果として作品世界を超えたところで像を結んだ
強固な自我を持った「私」が作家と一体化されて読者の中で理解されているということで
ある。近代小説の言語表現様式を用いながら、こうした表現効果を持つ作品が作家によっ
て意図して産み出され、読者に享受されてきたのが私小説を巡る状況であり、日本の近代
小説の大きな特徴であったと言えよう。では、いったいどのような言語表現様式を用いる
ことで作家は作品の内の「私」を通じて外に強固な自我があるかのような投影ができたの
か、表現史の面から見るとこれは非常に興味深い問題である。
以下では、まず「濠端の住まひ」に見られる特徴的な冒頭と、それ以降で用いられてい
る二種の描写について、その特徴を考察する。
2.1 冒頭の機能
「濠端の住まひ」は、全体が 33 段落の短編作品で、大きく分けると前半と後半に分かれ
る。前半は以下の冒頭段落から始まり、第 12 段落までである。冒頭段落は以下のようにな
っている。段落頭の番号は段落番号、丸数字は段落内での文番号である。下線、枠囲い等
は注目点である。
1 ①一卜夏、山陰松江に暮した事がある。②町はづれの濠に臨んだささやかな家で、獨り住まひ
には申し分なかつた。③庭から石段で直ぐ濠になつて居る。④對岸は城の裏の森で、大きな木が幹
を傾け、水の上に低く枝を延ばして居る。⑤水は淺く、眞菰が生え、寂びた工合、濠と云ふより古
い池の趣があつた。⑥鳩鳥が始終、眞菰の間を啼きながら往き來した。
(下線、番号は論者。以下、
6
同様)
まず、ここで注目したいのは冒頭の文①の形式である。志賀直哉は、この「~事がある」
という文型をその多くの作品中でもよく用い、またこの文型で始める作品を他にも書いて
いる。
例 1『自轉車』
夜中、不圖眼が覺めて、そのまま眠れなくなつたやうな時とか、寒い朝、いつまでも床を離れ
られずにゐるやうな場合、よく古い事を憶ひ、それに想ひ耽ることがある。
例 2『盲龜浮木 輕石』
今から三十二三年前の夏、その頃、私は奈良に住んでゐたが、上の三人の娘、家庭教師の大富
君、それと私の五人で、淡路の洲本に海水浴に行つたことがある。
エッセイのようにこうした作品は読まれることが多い。現在の日本語教育では、
「~した
5
6
同上 P39-40。
原文は志賀直哉(1973)
『志賀直哉全集』第 3 巻岩波書店による。
2
ことがある」の文型を経験、体験を表す、
「~することがある」を可能性や発生の頻度提示
と説明しているが、志賀直哉の用法もそれと同じで、
「~したことがある」を実体験を示す
かのように読者に見せる場合に使っていると考えられる。
もう一つ、冒頭段落で注目されるのは、時と場所の提示である。ここでは、
「一ト夏」と
いう一定の期間を示す表現で具体的にいつの事かは分からないが、
「山陰松江」という固有
名詞から松江での体験と分かる。こうした表現は近代からはじまり、現代でも日常的体験
談で常に用いられている形式である。
例 3-1 インターネット掲示板「隣人注意報」
学校に登校中、刃物を振り回して交番を襲撃している女性に出会ったことある。
お巡りさんは暴風雪用の扉を押さえつけて、対応してた。
自分は反対の歩道を歩いてたが、一歩間違えば私が刺されてたのかもしれない。
例 3-2 同上
元だけど、GA 隊にいたとき、基地を襲撃した餓鬼と、抗議してきたキチママに遭遇したことがあ
る。
9.11の後でいろいろと情勢がピリピリしていた時に、周辺基地の外柵が切断されたり 車両
の突入未遂などが発生していた。当然警備体制も強化されていたある日、ふと庁舎の外を 見ると、
何か人がいるのが見えた次の瞬間、外柵が炎上!7
結局、この形式は、ある時空にあったという形で話者が何かを要約して語り始める場合
に常に用いられる形式と言えよう。時と場所の表現および「~したことがある」との組み
合わせの中で、読者はそれをある人物の、特定の時空にあった実際の体験として受け取る
ようになる。以降に続く内容は、そのある時空にあった具体的説明や時の経過に従った体
験の描写として読まれる。しかし、近代小説という表現史の中で見ると、小説をこうした
文型で始めることには、現在の私小説論の見方のように、以降の内容に「小説から想定さ
れる「私」
」を強く意識させる効果を認めることができよう。これは作品内容をある人物の
体験、経験として読むという方向に読者を誘導する表現として機能している。
2.2 恒常性に関する描写
ある時空にあったこととして話者が要約して語る「~したことがある」形式を用いたこ
とで、以降の段落は、ある人物が体験したその特定の時空の出来事として捉えられるよう
になる。その際、志賀直哉は同じ表現を冒頭段落から第 12 段落まで用いている。その特徴
は、文⑥「鳩鳥が始終、眞菰の間を啼きながら往き來した」から分かるように、その「一
ト夏」の「山陰松江」では、
「始終」そうした様子があったという形の描写である。よく似
た表現が第 12 段落まで繰り返し使われている。
例 4-1
3 夜晩く歸つて來る。入口の電燈に家守が幾疋かたかつて居る。此通りでは私の家だけが軒燈を
つけてゐる。で、近所の家守が集つて來る。私はいつも頸筋に不安を感じ、急いでその下を潜る。
(以下略)
12 縁に胡坐をかき、食事をしてゐると、きまつて、熊坂長範といふ黒い憎々しい雄鷄が五六羽の
雌鷄を引き連れ、前をうろついた。熊坂は首を延ばし、或豫期を持つて片方の眼で私の方を見て
ゐる。私がパンの片を投げてやると、熊坂は少し狼狽ながら、頻りに雌鷄を呼び、それを食はせ
7
「隣人注意報」http://blog.livedoor.jp/rinjinyabai/archives/39034050.html(2014 年 5 月 30 日閲覧)
3
る。そしてあひまに自身もその一卜片を呑み込んで、けろりとしてゐた。
第 12 段落までの内容は、冒頭の「一ト夏」の「山陰松江」でのある人物の体験の中で
「いつも」そうであり、
「きまって」そうであった体験である。これを第1種描写と呼ぶこ
とにしたい。そして、その描写を志賀直哉は「鳩鳥」
「家守」
「熊坂長範」のような登場者
に用いている。これらの描写で描かれている主体は、いわば「私」に対する他者としての
「一ト夏」の「山陰松江」の自然の一部であり、同時にそれが「始終」
「いつも」
「きまっ
て」そうであるような極めて安定して不変の特徴を持つ世界の象徴でもある。恒常性を持
つ不変の世界とその中の「私」
、そのように描かれた世界が見えるような描写表現を志賀直
哉は産み出している。
2.3 一回性に関する描写
作品の後半で第一種の描写と対照的な描写を志賀直哉は用いている。第 13 段落から始
まる後半の部分は、以下のように始まっている。
13
①或雨風の烈しい日だつた。②私は戸をたてきつた薄暗い家の中で退屈し切つてゐた。③蒸々
として氣分も惡くなる。④午後到頭思ひきつて、靴を穿き、ゴムマントを着、的もなく吹き降り
の戸外へ出て行つた。⑤歸り同じ道を歩くのは厭だつたから、私は汽車みちに添うて、次の湯町
と云ふ驛まで顏を雨に打たし、我武者羅に歩いた。⑥雨は骨まで透り、マントの間から湯氣がた
つた。⑦そして私の停滯した氣分は血の循環と共にすつかり直つた。
「一ト夏」の「山陰松江」でのある人物の体験の中で、ここからは文①「或雨風の烈し
い日」という特定の時の提示から始まり、文②「私は~退屈し切つてゐた」という形で、
主な登場者「私」の文脈を起こして、以降、文④「午後、~出て行つた」のように時の経
過に従って主な登場者の文脈が展開される。これは、いわゆる物語あるいはストーリーで
ある。後半のストーリーは、
「私」は雨の中、散歩に出た後、雨上りのよい気分で夜を過
ごしたが、その日の夜、今まで毎日見ていた一羽の雌鶏が猫に盗られ、その猫を「私」の
下宿先の大工夫婦がさらに翌日の夜、罠で捕え、明日始末することになった。その夜、猫
の悲しげな鳴き声を聞きながら、
「一ト夏」の「或雨風の烈しい日」からの一連の出来事
について考えを巡らし、第 32 段落で「私」は結局、以下のような自分の認識を語る。
32(前略)私は默つてそれを觀て居るより仕方がない。それを私は自分の無慈悲からとは考へなかつ
た。若し無慈悲とすれば神の無慈悲がかう云ふものであらうと思へた。神でもない人間―自由意思
を持つた人間が神のやうに無慈悲にそれを傍觀してゐたといふ點で或ひは非難されれば非難され
るのだが、私としてはその成行きが不可抗な運命のやうに感ぜられ、一指を加へる氣もしなかつた。
この作品後半の表現形式については、ストーリーを語る典型的形式として近代小説で確
立された形式と考えられる。恒常性を表す第一の描写に対して、これを一回性を表す第二
種の描写と呼ぶ。しかし、志賀直哉はただ一回限りのこの出来事とそれに対する「私」の
認識を、前半の「一ト夏」の「山陰松江」の自然の一部であり、同時にそれが「始終」
「い
つも」
「きまって」そうであるような極めて安定して不変の特徴を持つ世界の中に位置づ
けることで、恒常性を持った世界の「運命」への「私」の認識として読者に提示している。
大正時代の「自我」確立を重視する方向で、私小説を日本独自の近代小説と見た久米正雄
が「濠端の住まひ」に作品を超えた確固とした「私」=作者の存在を見出したのは、志賀
4
直哉が以上のような表現技法を意図的に駆使して描き出した作品構成が産出した表現上
の投影像だったと考えられる。志賀直哉は言語表現が持つフレーミング機能を十分に認識
して駆使していたのである。8
3.村上春樹「レキシントンの幽霊」の描写表現
こうした表現技法を実は、村上春樹も十二分に消化して、日本語の近代的表現から産ま
れる新しい投影像を模索している。
「レキシントンの幽霊」は、初出 1996 年でその後、増
補されて全作品版に掲載されている 17P ほどの作品であるが、現在、日本では高等学校現
代文教科書に教材として採用され、文学研究の対象としてばかりではなく教材研究の立場
からも読み込みがなされている。9ここでは、ロングバージョンで内容を見ていきたい。
3.1 冒頭の機能
村上春樹の作品ではよく見られることではあるが、冒頭の機能は非常に重要と言える。
「濠端の住まひ」で志賀直哉が、すべてが「一ト夏」の「山陰松江」での「私」の体験と
して読まれるフレームを冒頭の「~したことがある」で作ったように、村上春樹もほぼ同
じ表現を用いて、同じフレームを作っている。
1 ①これは数年前に実際に起こったことである。②事情があって、人物の名前だけは変えたけれ
ど、それ以外は事実だ。
2 ①マサチューセッツ州ケンブリッジに、二年ばかり住んでいたことがある。
「一卜夏、山陰松江に暮した事がある」と同じように、第 2 段落で「数年前」という時
期が提示され、マサチューセッツ州ケンブリッジという特定の場所でのある人物の体験と
して作品全体が定位されている。さらに第 1 段落の「これは~実際に起こったことである」
「事実だ」という体験の質に関わる説明(メタ表現)も加えられている。これらは作品内
容をある人物の実体験として読むという方向に読者を誘導する表現として機能している。
作品では「幽霊」と思しき現象の体験が中盤で語られているため、そうした現象が「小説
から想定される「私」
」の実体験だったと強く意識させる効果を認めることができよう。
2.前半の恒常性の描写と中盤の一回性の描写
第 2 段落から第 11 段落までの前半の内容は、
「僕」があるファンから手紙をもらってか
ら「初秋の午後」に訪ね、以下のように、
「一月に一度」は交流があったような「いつも」
同じ様な様子であった二人の人物に関する内容として描かれている。
7
8
①ケイシーはおしつけがましいところのない人物で、育ちもよく、教養もあった。
(1文略)③
僕は彼と親しくなり、一月に一度は彼の家に遊びに行った。④そしてその見事なレコード・コレク
フレーミング効果あるいは認知バイアスは、参照点に関する言語表現の違いによって事実としては同じ内容
が、まったく違った受け取り方をされる現象を指す。提示された条件が客観的には全く等価でも、条件提示の
表現の仕方が変わるだけで意思決定が大きく変化するという現象は社会心理学等で広く研究され、人間の意思
決定に関して非常に大きな影響を与えていることが知られている。研究は非常に多く出ているが、基本的概念
をよく紹介している研究として、佐々木 宏之(2010)
「意思決定フレーミング効果の三類型 : 幼児の発達と
保育の観点を踏まえて」
『暁星論叢』60P55-72。これは現在では、社会的事件を報道するメディアのニュース
や企業広告の方法として用いられ、多様な情報操作の問題となっている。黒沢香、米田恵美(2006)
「仮想的
テレビニュースの聴取者による責任判断への話者とフレームの効果」
『法と心理』 5-1P84-90 参照。
9
今までの研究動向のまとめとして中野和典(2009)
「物語と記憶--村上春樹「レキシントンの幽霊」論」
『九
大日文』13P119-132、山根 由美恵(2012)
「曖昧さ」という方法 : 村上春樹「レキシントンの幽霊」論」
『国
文学攷』214P1-14 を参照。本文の異同については、沼尻利通(2011)
「村上春樹『レキシントンの幽霊』の本
文異同」
『教育実践研究』19P9-16 を参照。
5
ションの恩恵にもあずからせてもらった。
8 (前略)④彼がどんな建築物を設計していたのか、僕は知らない。⑤また忙しそうにしている姿を
目にしたこともない。⑥僕の知っているケイシーは、いつも居間のソファに座ってワイン・グラス
を優雅に傾け、本を読んでいたり、ジェレミーのピアノに耳を澄ませたり、あるいはガーデン・チ
ェアに座って犬と遊んだりしていた。
志賀直哉が「一卜夏、山陰松江に暮した」
「私」の体験を前半で恒常性の描写から始め
ることで、作品に極めて安定して不変の特徴を持つ「自然」の世界での経験という参照点
を作り、それを後半の一回限りの体験と対照させて、非常に安定した世界像の中での「私」
を浮き上がらせたように、村上春樹も前半で2年間に「僕」に「一月に一度」あったこと
として「いつも」同じ様なケイシーとの交流を出し、恒常性の描写を参照点として提示し
ている。そして、中盤の第 12 段落から第 56 段落までの、その後、
「知り合ってから半年ば
かりあと」
「金曜日の昼過ぎ」にケイシーの家に泊まっていた晩に、只一回限りあった「幽
霊」の体験を描いた一回性の描写と対照させている。
12
①知り合ってから半年ばかりあとのことだが、僕は彼の家の留守番を頼まれた。
(後略)
13 (前略)③僕は着替えとマッキントッシュ・パワーブックと数冊の本を持って、金曜日の昼過ぎ
にケイシーの家に行った。④ケイシーは荷作りを終えて、今からタクシーを呼ぼうかというところ
だった。
(後略)
22 ①その夜、僕はケイシーが用意してくれたモンテプルチアーノの赤ワインを開け、クリスタルの
ワイン・グラスに注いで、何杯か飲み、昼間のソファに座って買ってきたばかりの新刊の小説を読
んだ。
(後略)
24 ①目が覚めたとき、空白の中にいた。
(後略)
25 ①ベッドの上で静かに身を起こし、小さな読書用のランプをつけた。
(中略)
41 ①僕は扉の隙間から漏れてくる会話の断片を聞き取ろうと耳をすませた。
(後略)
43 ①何かが、まるで柔らかな木槌みたいに僕の頭を打った。
44 ①─あれは幽霊なんだ。
53 ①その不思議な真夜中のパーティーが、ケイシーの家の居間で催されたのは、最初の日の夜だけ
だった。
(後略)
56 ①ケイシーが一週間後にロンドンから帰ってきたとき、僕はその夜の出来事については、とりあ
えず何も口にするまいと決めていた。
(後略)
「濠端の住まひ」の後半、
「或雨風の烈しい日」からの一連の出来事と同様に、
「レキシ
ントンの幽霊」の中盤では「金曜日の昼過ぎ」にケイシーの家に泊まっていた晩に只一回
限りあった「幽霊」の体験を時の経過に従って描いた一回性の描写が用いられている。こ
こで終わってしまうと、ただの異常な体験、怪奇な経験というだけの作品になってしまう
が、志賀直哉が「濠端の住まひ」の最後で参照点の恒常性の描写と日常の身辺的な一回性
の描写を「私」の認識に収斂させて「運命」の接受とそれを認識する「私」という焦点を
産み出したように、村上春樹は作品の後半にケイシーの談話を加えることで、
「マサチュー
セッツ州ケンブリッジ」に「二年ばかり」住んでいた時の恒常的な世界と一回限りの出来
事を「僕」にとっての「遠い」出来事として収斂させていている。
3.3 村上春樹の語りの描写
第 57 段落から第 68 段落までを「幽霊」の体験後の後半の内容とする。ここでの表現的
特徴は、
「マサチューセッツ州ケンブリッジ」に「二年ばかり」住んでいて、ケイシーの家
6
で「幽霊」を体験した前半から中盤にかけての「僕」が、以下のようにケイシーの談話の
「僕」と一体化していることであろう。後半で、ケイシーである「僕」は家族の死の経験
を語っている。
59 (前略)⑦「気の毒だね(I’m really sorry)
」と僕は言った。⑧でもいったい誰に対してそう
言っているのか、自分でもよくわからなかった。
⑨「僕の母が死んだとき、僕はまだ十歳だった」とケイシーはコーヒーカップを眺めながら静かに
切り出した。⑩「僕には兄弟がいなかったから、父と僕とが、二人きりで後に残された。
(以下略)
65 ①たぶん全部で二週間ぐらいだったと思う。②僕はその間眠って、眠って、眠って.
.
.
.
.
.時間が
腐って溶けてなくなってしまうまで眠った。
(中略)⑤そのときには、眠りの世界が僕にとってのほ
んとうの世界で、現実の世界はむなしい仮初めの世界にすぎなかった。⑥それは色彩を欠いた浅薄
な世界だった。
(中略)⑧母が亡くなったときに父が感じていたはずのことを、僕はそこでようやく
理解することができたというわけさ。
(中略)
⑩つまりある種のものごとは、
別のかたちをとるんだ。
⑪それは別の形をとらずにはいられないんだ」
66 ①ケイシーはそれからしばらく、黙って何かを考えていた。
(後略)④「僕が今ここで死んでも、
世界中の誰も、僕のためにそんなに深く眠ってはくれない」
67 ①ときどきレキシントンの幽霊を思い出す。
(後略)
68 ①これまで誰かにこの話をしたことはない。考えてみればかなり奇妙な話であるはずなのに、お
そらくはその遠さの故に、僕にはそれがちっとも奇妙なことに思えないのだ。
第 59 段落文⑦までの前半から中盤にかけての「僕」
(二重下線部)は、文⑨からは自然
にケイシーである語る「僕」
(波下線部)に引き継がれて、以下、第 65 段落まで改行を含
む長い「 」が付いた談話の中に一体化されてしまう。そのケイシーに変換された「僕」
を繰り返し談話の中に登場させていくことで、前半と中盤の「マサチューセッツ州ケンブ
リッジ」に「二年ばかり」住んでいて、ケイシーの家で「幽霊」を経験した「僕」は、結
局、私小説のような恒常性に位置づけられた確固とした「私」には収斂しないで、むしろ
ケイシーのように安定した日常にいながら、
日常では理解できない
「ある種のものごとは、
別のかたちをとる」体験をし、
「世界中の誰も、僕のためにそんなに深く眠ってはくれない」
孤立して浮動する「僕」となり、また、日常性から乖離した「その遠さの故に、僕にはそ
れがちっとも奇妙なことに思えない」存在としての「僕」として定位されることになる。
図 「濠端の住まひの」の焦点「私」
「レキシントンの幽霊」の焦点「僕」
7
「濠端の住まひ」とよく似た文章構成と表現技法が用いられているにもかかわらず、こ
の作品を読んだとき、
多くの読者が共通して体験している分かりにくさ、
割り切れなさは、
作品の最後で「僕」がケイシーである「僕」との二重性を帯びていることで「濠端の住ま
ひ」の私小説的自明性と対極に位置する世界に「レキシントンの幽霊」が読者の視線の焦
点を結ばせてしまう結果だと言える。
「濠端の住まひ」では、前半の恒常性としての自然を
参照点として後半の動物たちの死の体験をその中に位置づけることで、その死が「運命」
として受容され、それを認識する確固とした「私」が反定立の形で浮かび上がる。しかし、
「レキシントンの幽霊」
では恒常的で安定したレキシントンの資産家の平穏な日常世界は、
「レキシントン」で「二年間」過ごす中で「幽霊」の体験をした「僕」が、ケイシーであ
る「僕」の語りの中で死の経験に位置づけられることにより日常世界が無意味になる「眠
りの世界」の中に解体され、そのゆえに「遠い」異化された世界の体験と化すと言えよう。
4.おわりに
体験を語る同じ言語形式であっても村上春樹は、それによって世界への信頼とそれに対
比される確固とした私小説的「私」の安定感や信頼感を読者に提示することはしない。む
しろ、その語りの主体を二重化して置換することで確固とした存在であったはずの恒常性
の参照点を浮動させ、日常的安定性の異化とそれがもたらす静かな不安感、不透明感、不
可視性を喚起している。その意味で村上春樹は、フレーミング効果に無意識に左右される
日常的意識に対し、フレーミング効果の参照点を逆照射する形で、その作品によってフレ
ーミング=日常性を疑わせる方向に作品を書き進めていると言えるであろう。その点で、
村上春樹の作品は近代小説と日本語表現の限界を超えたところに日本語の新しい表現可能
性を解放したと言えるであろう。同時にそれは、フレーミングや認知バイアスという日常
性に埋沒した私たちの意識をその束縛あるいは自動性から解放する装置ともなっている。
志賀直哉の作品が基本的に音階の調和、安定、共鳴という方向での近代音楽のアナロジー
で捉えられるとすれば、村上春樹の作品は構成によって純粋音が浮かぶ現代音楽に相応す
るように、近代日本語の言語表現形式を純粋形式に組み替えた作品とも言える。それは、
理解しがたさ、割り切れなさという形により、世界の中で対象を志向し、
「存在する」
「表
現する」
「理解する」ことは何であるのかを私たちに問いかける方法的機構なのである。10
「異化」という語はすでに周知の用語になっているが、村上春樹がその多くの作品で試
みている企投のひとつは明らかに近代日本の文学的特質であった私小説あるいはリアリズ
ムの異化である。その企投には私小説の言語表現様式を使って私小説とは異なる焦点を結
ばせる、今回のような方向も含まれている。
「レキシントンの幽霊」は、その点で私小説を
作ってきた参照点のフレーミング効果を読者に解体する実験的試みだったと言えよう。11
10
現代音楽や現代演劇批評を参照。一例として、時田浩(2012)
「演劇の仕かけ : 自然主義からブレヒトの
異化へ」
『京都産業大学論集 人文科学系列』45P355-369。
11
異化について佐藤千登勢(2003)「
「異化」としてのメディア : シクロフスキイの映画と散文をめぐって」
『ロ
シア語ロシア文学研究』35P73-80 参照。
8
五、論文口頭發表大綱②
「象が平原に還った日」と「美しい言葉」
―村上春樹文体の背後―
楊 炳菁
北京外国語大学 副教授
1.はじめに
村上春樹の文体には、従来の日本の小説家の文体に見られない性質があるということは
すでに多くの研究者に論じられている1。一方、村上春樹もインタビュー、エッセイ等を通
じて、文体の確立過程及び文体の重要さなどについて積極的に発信している2。ここで言う
文体は無論「文章のスタイル。語彙、語法、修辞など、いかにもその作者らしい文章表現
上の特色」3を指しているが、周知のように、文体を定義するのは、なかなか簡単な作業で
はない。加藤周一は「明治初期の文体」において、次のように書いた。
「文体」を定義することは、容易でない。ここではさしあたり、文章の意味内容では
なく、その形式的な性質のなかで、文法的性質を除くものの総体を指すと考えよう。文
法的性質は、すべての文章に共通である。文体は、一つの文章と他の文章とを形式的に
区別する。この定義は、漠然としているが、包括的で、たとえば「適当な語を適当な場
所に措く」のがよき文体であるといったスウィフトの定義と、矛盾しない。また文体を
分けて「和文体・漢文体・和漢混合文体」とするわが国での慣用(英仏語にいう style
の用法とは少し違う)とも、折り合う。
文体のちがいは、多くの要因による。第一に、文章の用途により(法律、新聞記事、
文学作品など)、第二に、著者または話者により(「文は人なり」)、第三に、場所に
より(地域と社会的環境、例えば方言、また平安朝の女房ことばや徳川時代の廓ことば)、
第四に時代による。時代による文体のちがいはその時代の社会的変化の拡がりと深さに
応じるだろう。4
1
『村上春樹作品研究事典(増補版)
』
(鼎書房、2007)においては、
「文体」という項目があり、沼野充義、笠
井潔、川本三郎、千石英世、前田愛、渡辺一民、加藤典洋、芳川泰久、越川芳明、石倉美智子、小泉浩一郎の
研究をまとめた。また、淡江大学の落合由治氏は「村上春樹短編作品の文体的特徴――近代小説からの脱構築」
(
『2013 年度第 2 回村上春樹国際学術研討会 国際会議手冊』2013)において、近年村上春樹に関する文体論
の研究も紹介した。
2
1985 年、村上春樹は川本三郎のインタビューを受け、次のように自分の文体を語った。
「僕は、これを書く時
に、どう書いていいか分からないんで、最初にリアリズムでざっと書いたんです。まったく同じ筋を同じパタ
ーンで、文体だけ、普通の既成の文体というか、いわゆる普通の小説文体で書いたんですよ。で、読み直して
みたら、あまりにもひどいんで、これはどこかが間違っているはずだという気がしたんです。
(中略)それで
まず英語で少し書いて、それを翻訳したら、あ、これだったら楽に書けるな、という気がして、そのあとずっ
と、その文体で書いたんです。
」
(
「
「物語」のための冒険」
、
『文学界』1985.8 p49)
3
『広辞苑(電子版)
』
(2005)岩波書店
4
加藤周一、前田愛(1989)「明治初期の文体」
『日本近代思想大系 文体』岩波書店 P449-450
9
加藤氏の論述から分かるように、いわゆる文体は文章の形式的特徴であり、言語の基本
構造や表記法の違いによって分類でき、用途、主体、場所、時代などの要素によって違い
が現れてくるものである。これをもって村上春樹の文体を考察すれば、その文体の特異性
は確かに村上本人の個性を現しているが、と同時に時代など作者が受けた影響5も看過でき
ないだろう。しかし、時代などの要素を考慮に入れても、村上春樹という小説家に限って
文体の特異性が見られるのはなかなか興味深いことではないだろうか。これを言い換えれ
ば、つまり同時代の作家の小説に見られない文体の特異性の背後に、「村上春樹」でなけ
ればならぬ要因が存在するかどうかということになるのである。
この問題を考えるには、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」に焦点を絞りたい。デ
ビュー作であるだけに、作者の問題意識がはっきり表れているのが原因であると同時に、
「風の歌を聴け」のチャプター1 においては、“不思議な表現”が出てくるのも重大な理
由になっているのである。したがって、本稿は「風の歌を聴け」に出てきた“不思議な表
現”を契機に、村上春樹文体の背後に隠れたものを掘り出したい。
2.「象」をめぐって
デビュー作「風の歌を聴け」のチャプター1では、次のような二箇所がある。
(一)
しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われ
ることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。
例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何もかけないかもしれない。
そういうことだ。6
(二)
弁解するつもりはない。少なくともここに語られていることは現在の僕におけるベス
トだ。付け加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけ
ばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれ
ない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろ
う。7
読めば分かるように、書くことの難しさへの強調と書くことに対する希望がそれぞれ
(一)と(二)の主な内容で、「風の歌を聴け」の最初にある「完璧な文章などといった
ものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」の展開に相当すると思われる。し
かし、書くことの難しさへの強調と書くことに対する希望への描写には、極めて興味深い
5
川本三郎は「一九八〇年のノー・ジェネレーション」
(
『すばる』1980.6)において、
「風の歌を聴け」と「1973
年のピンボール」の文体を論じ、カート・ヴォネガットやハーラン・エリスンとの共通性を指摘した。
6
村上春樹(1990)
『村上春樹全作品 1979~1989①』講談社 P7
7
村上春樹(1990)
『村上春樹全作品 1979~1989①』講談社 P8(下線筆者)
10
表現があることは看過できない。それは両方とも「象」で例え、特に下線部の表現を見て
みると、「象は平原に還り」と「僕はより美しい言葉で世界を語り始める」とは並列関係
が構成されていることが分かる。この下線部の表現を別の言葉で言うと、おそらく次のよ
うになる。「象が平原に還った日は僕がより美しい言葉で世界を語り始めた時である。」
これはまさにチャプター1 における“不思議な表現”と言っていいだろう。無論、村上春
樹は動物好きのような人で、小説には象だけでなく、羊や牛なども出てきて、ここで象を
引っ張り出しても特に不思議はないと反論されるかもしれない。しかし、いくら象に関す
る表現が小説に出ることが当然であっても、象はなぜ平原に還るのか、それに「象の平原
還り」はなぜ美しい言葉と関連付けられているのかについてはいまだになぞのままで、
“不
思議な表現”と言っても妥当であろう。
前述のように、村上春樹は動物好きのような人で、象に限って言えば、小説の中、特に
初期の作品に頻出する動物の一つである。久居つばきとくわ正人は『象が平原に還った日
―キーワードで読む村上春樹』という著作で、「風の歌を聴け」から『ダンス・ダンス・
ダンス』に至る象に関する描写をまとめ、象はマイナスイメージの代表として創出された
ものだと結論を付けた8。一方、1985 年に発表された短編小説「象の消滅」をめぐって、
象に関する研究が進み、これらの研究をまとめてみれば、象は依然としてマイナスイメー
ジを持ちつつあり、時代遅れの象徴と言っていいだろう9。
久居つばきとくわ正人の著書及び「象の消滅」に関する諸研究は、村上春樹小説に出て
きた象を取り立て、各角度から解読を試みたが、しかし、象は「村上作品最初に現れる不
思議な記号、概念であると同時に、今日にいたるまで依然解決されていないナゾ」10であ
り、これらの解釈をもって上記二箇所に出てきた象を解釈できるどころか、かえって象の
平原還りと美しい言葉との関係の解明が難しくなる一方であろう。
3.「象」という文字
1986 年、村上春樹は「PLAYBOY」誌のインタビューを受け、象について、次のような発
言を残した。
PB 象というのが何かの象徴ってわけじゃない。
村上 ないです。だから、象なら、「象」というでかい字がポカッと檻の中にあって
もいいわけですよ。ああ、象だなと思って、象という字を見る。そうすると、何か書
けるとかね。龍(村上)と話すと、龍は、アフリカに行かなくちゃだめだと言う。象
がブルブル鼻を振ってウンコしてるのを見ないと納得しない男だから。ただ、彼の場
合は、そういう生のバイタリティーを入れて、それを出すタイプだからね。僕は一種
8
久居つばき、くわ正人(1991)『象が平原に還った日―キーワードで読む村上春樹-』新潮社 P131
関氷氷、楊炳菁(2013)
「“我”与“象的失踪”——论村上春树短篇小说《象的失踪》中的“我”」
『浙江外国
語学院学報』5 p72
10
久居つばき、くわ正人(1991)『象が平原に還った日―キーワードで読む村上春樹-』新潮社 P112
11
9
の記号としてとらえているから、生じゃなくても全然かまわないわけですよ。11
村上春樹の発言においては、極めて重要なメッセジーが二つ含まれていると思う。まず
第一、いわゆる象は村上春樹にとって生の動物でなくてもいい、
「象という字を見る」と、
「何か書ける」と思われる存在である。村上春樹の発言はある意味では、今まで象に関す
る研究の方向性の問題を指摘したと言ってよかろう。というのは、これまでの象研究は象
を生の動物として研究し、その象徴的意味を掘り出してきたのである。無論、象は体が巨
大な生物であり、便宜的世界に適応しないものとみなしても妥当であるが、しかしそれは
村上春樹にとって、一部の意味でしかないだろう。象は生の動物であると同時に、「でか
い文字」でもある。この示唆的な発言から筆者は『字通』、『大漢語林』、『大漢和辞典』
にある象という文字の意味を考察した。このうち、『大漢和辞典』の解釈は最も多く、計
十七項目ある。
一、ざう。きさ。獣の名。二、ざうげ。象の牙。三、かたち。像に通ず。四、こよみ。
暦。五、のり。みち。道理。おきて。六、かたどる。にせる。七、門闕。宮門外の両旁
に設けた二箇の薹。八、楽の名。九、武舞の名。十、酒樽の名。十一、通訳の官。又、
外国に使する官。十二、たくみ。つくる。匠に通ず。十三、とちの木。十四、易経の爻、
又は卦の解釈。十五、人名。十六、古、象につくる。十七、姓。12
以上の十七項目のうち、三冊の辞書に共通して出たのは一、三、五と十一の解釈である。
上記結果を分析してみれば、象という文字の基本的な意味は二つの部分に分けられること
が分かる。つまり、獣、動物としての象の意味と、象という動物の巨大さから派生する抽
象的な意味である。実際に現代日本語を考察してみれば分かるように、抽象的な意味とし
て使われるのは「かたち」、「すがた」という意味で、「現象」、「森羅万象」などがそ
の典型的用例であろう。したがって、もし村上春樹の言った象が生の象、すなわち動物と
しての象でなくてもよければ、「でかい文字」としての象は「かたち」、「すがた」を意
味しているのではないかと推測できる。
村上春樹の発言に含まれたもう一つ重要なメッセージは下線部、つまり「「象」という
でかい字がポカッと檻の中にあってもいいわけですよ」という文にあり、「象という字が
檻の中にある」と簡略されるだろう。こういう言い方も極めて不思議で、象という字はな
ぜ檻のなかにあるのかという疑問が自然に涌いてくると思われる。しかし、檻の意味はと
もかくとして、この表現から「風の歌を聴け」にある象の平原還りを解釈できるのではな
いだろうか。つまり、前述したように、象は動物でなくてもいい、「でかい文字」である
11
村上春樹(1986)
「PLAYBOY インタビュー村上春樹」
「PLAYBOY」5P47(下線筆者)
諸橋徹次など(2000)
『大漢和辞典』大修館書店 p657~658
12
12
から、象は「かたち」、「すがた」を意味しているのである。村上春樹の発言は今日のこ
と、現時点だとすれば、あらゆる物事のかたち、すがた、いわゆる「でかい文字の象」は
今檻の中に存在しているという意味になる。したがって、デビュー作「風の歌を聴け」に
出てきた「象の平原還り」は「何年か何十年か先に」、檻から脱出し、自由を獲得した物
事のことと言えよう。
4.檻からの脱出と美しい言葉
前述のように、村上春樹の発言における象は巨大な動物というより、むしろ「かたち」、
「すがた」という抽象的意味を持つ文字のほうが妥当である。そして、今日では「象」が
檻の中にあるけれど、何年か何十年か先に、檻から脱出し、平原に還ることができると意
味している。檻からの脱出はある意味では自由を獲得できるということの例えであるが、
肝心なのは「檻」は一体何を指していて、何故檻から脱出することによって「美しい言葉
で世界を語り始め」られるのだろうか。
この質問に答えるには野家啓一の『物語の哲学』を引用したい。
過去に生起した「出来事」は、このような物語行為によって語り出された事柄の中に
しか存在しない。現前しつつある知覚的体験は、物語行為を通じた「解釈学的変形」を
被ることによって、想起のコンテクストの中に過去の「出来事」として再現される。い
や、「再現」という言葉は誤解を招きやすい。過去の想起は知覚的現在の忠実な「写し」
ではないからである。もし忠実に模写されるべき知覚的現在がどこかに存在していると
すれば、それは記憶の中にあるほかはないであろう。しかし、記憶の中にあるのは解釈
学的変形を受けた過去の経験だけである。(中略)思い出された事柄のみが「過去の経
験」と呼ばれるのである。それゆえ、過去の経験、常に記憶の中に「解釈学的経験」と
して存在するほかはない。われわれは過ぎ去った知覚的体験そのものについて語ってい
るのではなく、想起された解釈学的経験について過去形という言語形式を通じて語って
いるのである。
「知覚的体験」を「解釈学的経験」へと変容させるこのような解釈学的
変形の操作こそ、
「物語る」という原初的言語行為、すなわち「物語行為」を支える基
盤にほかならない。
人間の経験は、一方では身体的習慣や儀式として伝承され、また他方では「物語」と
して蓄積され語り伝えられる。人間が「物語る動物」であるということは、それが無慈
悲な時間の流れを「物語る」ことによってせき止め、記憶と歴史(共同体の記憶)の厚
みの中で自己確認を行いつつ生きている動物であるということを意味している。13
野家氏は歴史哲学を論述するために以上のように書いたが、そこに「象」と「檻」を理
解するヒントが含まれていると言えよう。「過去の想起は知覚的現在の忠実な「写し」で
13
野家啓一(2005)
『物語の哲学』岩波書店 p17~18
13
はない」、「過去の経験、常に記憶の中に「解釈学的経験」として存在するほかはない」、
この二つの文に現れたように、もし「象」が「かたち」、「すがた」の意味として使われ、
換言すれば、「象」はあらゆる物事を意味する「万象」のことであるなら、それは人間の
認識であり、決して物事のそのままの「かたち」、「すがた」ではない。無論、ここで「か
たち」、「すがた」という言葉を使うだけで、人間の目から見たことが明らかになり、人
間的要素が入っているわけである。人間的要素が入っているため、いわゆる「象」は決し
て自由に行動できるものではなく、何か束縛を受けて、檻の中にしか存在しないものであ
ろう。
一方、「知覚的体験」を「解釈学的経験」へ変容させる解釈学的な変形は人間の「物語
行為」を支える基盤であり、その物語行為は「記憶と歴史(共同体の記憶)の厚みの中で
自己確認を行いつつ」ある行為でもあるから、
「知覚的体験」から「解釈学的経験」への変
形作業は人為的意志によって勝手に行われるものではないことが当然である。つまり、そ
ういう作業は記憶と歴史の厚みにおける自己確認であり、伝承された経験というコンテク
ストにおいて行われる作業でもある。実は歴史というのは、野家氏が括弧で解釈したよう
に「共同体の記憶」であり、歴史叙述は記憶の「共同化」と「構造化」がなされた言語行
為とも言えよう。したがって、もし「知覚的体験」から「解釈学的経験」への変形は「か
たち」
、
「すがた」としての象だとしたら、その変形作業が行われるコンテクストはまさに
それを限定する檻のようなもので、
「檻の中の象」はつまり共同化と構造化された記憶にし
か存在しない人間の認識と言ってよかろう。
以上の論述から分かるように、もし象の平原還りが、象の檻からの脱出を意味している
のなら、人間の認識行為を限定するコンテクストの解消を意味しており、言葉14があらゆ
る物事の一つであるゆえに、その時当然自由を獲得し、より「美し」くなるのだろう。
5.村上春樹文体の背後
以上は村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」のチャプター1 における“不思議な表現”
を契機に、象の平原還りと美しい言葉との関係を考察した。これを前提に、再び村上春樹
の文体を見てみたい。
前述したように、村上春樹の文体の特異性は村上文学を研究する際、重要なテーマの一
つであり、それに関する指摘もデビューから続けられてきた。例えば、第二十二回群像新
人賞の選評で、選考委員の佐々木基一は次のように言った。「この作品を入選したのは、
14
山梨正明は『認知文法論』
(1995、ひつじ書房、pⅱ)で次のように「言葉」を論じている。
「言葉は、主体
が外部世界を認識し、この世界との相互作用による経験的な基盤を動機付けとして発展してきた記号系の一種
である。言葉の背後には、言語主体の外部世界にたいする認識のモード、外部世界のカテゴリ化、概念化のプ
ロセスが、何らかの形で反映されている。この観点から見るならば、むしろ形式・構造の背後に存在する言語
主体の認知的な制約との関連で、言葉の形式・構造の側面を捉え直していく方向がみえてくる。このことは、
決して言葉の形式・構造の側面を軽視することを意味するわけではない。むしろ、形式・構造にかかわる制約
の一部は、根源的に意味・運用にかかわる制約、言語主体の認知的な制約によって動機付けられている観点に
立つことを意味する。
」
14
第一にすらすら読めて、後味が爽やかだったからである。(中略)ただポップアートみた
いな印象を受けた。しかもそれがたんに流行を追うというのでなく、かなり身についたも
のとしてでてきているように感じた。非常に軽い書き方だが、これはかなり意識的に作ら
れた文体で、したがって、軽くて軽薄ならず、シャレていてキザならずといった作品にな
っているところがいいと思った。」15また、沼野充義は「ドーナツ、ビール、スパゲッテ
ィ」で、「日本文学の伝統から完全にふっきれた外国風の作家というのが、圧倒的な第一
印象だった」16と述べ、「センテンスが全般に、かなり短い」、「難しい漢字があまり使
われていない反面、カタカナがかなり多い」、「数字を書くときに、よくアラビア数字を
使う」、「「僕」を一貫して使う」など具体的に文体の特徴を説明した。沼野氏から見れ
ば、「自然な口語体を基盤にして成り立っているように見える村上春樹の文章は、じつは
かなり人工的要素を含む、独特の文章語になっている」17のである。一方、中国大陸の村
上春樹小説の翻訳家林少華は村上春樹のことを「文体家」と位置づけ、その文体の特徴を
「簡潔さ」、「リズム感」、「ユーモア」と「異質性」にまとめた。そして、村上春樹の
文体を簡単に言えば、つまり「日本語でありながら、日本語らしくない、つまり伝統的日
本語ではなく、英文から翻訳されたような日本語」18ということである。
以上のまとめから分かるように、村上春樹の文体の特異性は定評があり、その小説の特
徴の一つと言ってもいいだろう。しかし、このような文章の外的形式の特徴は果たして村
上春樹の個性から来たのだろうか、それとも彼が現代アメリカ文学の熱心な模倣者である
ことから来たのだろうか、さらに他に原因があるのだろうか、再考察する必要があると思
う。
村上春樹は 1985 年、川本三郎のインタビューを受けたとき、次のように言ったことがあ
る。「僕はいろんな言葉のまわりについていた附属物を洗い流しちゃって、それを洗い流
、、
したままで抛りだしたような気がする。(中略)あかを洗い落として、裸の形にして、そ
れなりに並べかえて抛りだしたというところじゃないですか?」19村上春樹の発言に出て
きた「言葉のまわりついていた付属物を洗い流」すとか、「あかを洗い落とし、裸の形に
して、それなりに並べかえ」るとか、これらの作業は勿論新しい文体作りの試みであるが、
と同時に、もしデビュー作に出てきた象の平原還りと美しい言葉との関係を前提に考えれ
ば、これも意識的に「檻」から脱出しようとし、より美しい言葉を追求しているのではな
いだろうか。つまり、村上春樹の文体の特異性は単なる異質性などの表象ではなく、文体
を手段として、人間の認識を束縛する枠組を破壊する試みでもあると言えよう。勿論、こ
のような試みはおそらく結局不毛な戦いになるかもしれない。記憶と歴史における「言葉」
15
佐々木基一(1979)
「軽くて軽薄ならず」
『群像』6p115
沼野充義(1989)
「ドーナツ、ビール、スパゲッティ」『ユリイカ』6 増 p114
17
沼野充義(1989)
「ドーナツ、ビール、スパゲッティ」『ユリイカ』6 増 P153
18
林少華(2009)「文体的翻译和翻译的文体」『日语学习与研究』1P120
19
村上春樹(1985)
「
「物語」のための冒険」
『文学界』8 P55(傍点原文)
15
16
で創作する以上、完全にそのコンテクストを離れることは出来ない。これはまさに柄谷行
人が言った「球体」20のようなもので、例え「球体」のことを意識していても、そこから
でることも無理だろう。村上春樹が「羊をめぐる冒険」から言葉の先鋭性より「物語」を
重視するようになるのも、創作方法の調整というより、完全に「檻」から脱出することが
不可能であるのを認めたからではないだろうか。
6.おわりに
本大会の主題は「村上春樹文学におけるメディウム」で、「現実の世界と他界・異界と
繋ぐ人物や動物や、物体・映像・音楽」の意味で「メディウム」を理解すれば、村上春樹
文学においては実にたくさんの「メディウム」が登場し、それぞれの小説において、他界
と現実の世界を結んだ。一方、「メディウム」は「メディア」の単数形で、一般的には「媒
体」と訳されるが、そういう意味から見てみれば、文体・言葉は「檻」から脱出しようと
する手段として、村上春樹文学における根本的な「メディウム」と言えよう。
参考文献
村上春樹研究会(2007)
『村上春樹作品研究事典(増補版)
』鼎書房
野家啓一(2005)
『物語の哲学』岩波書店
柄谷行人は(2008)
『定本 日本近代文学の起源』岩波書店
20
柄谷行人は『定本日本近代文学の起源』
(2008、岩波書店、p40)において、小林秀雄の文章を論じ、次のよ
うに書いた。
「私がここなそうとするのは、しかし風景という球体からでることではない。そのものの起源を
明らかにすることである。
」
16
五、論文口頭發表大綱③
村上春樹初期作品の内界表象
森 正人
熊本大学 名誉教授
1.はじめに
村上春樹の小説には「影」あるいはその関連語が多く用いられる。本論文はそのことに
注目して、初期作品(いわゆる青春三部作に『ダンス・ダンス・ダンス』を加えた四部作)
を中心に、人間の内部世界をどのように表現しているか、その方法を検討しようとするも
のである。
ただし、日本語の「影」という言葉が多義的であることはよく知られていよう。いま『日
本国語大辞典 第二版』によれば、その語義が次のように分類されて記述されている。
一日、月、星や、ともし火、電灯などの光。
二光を反射したことによって見える物体の姿。①目に映ずる実際の物の姿や形。②鏡や
水の面などに物の形や色が映って見えるもの。③心に思い浮かべた目の前にいない人
の姿。おもかげ。
三光を吸収したことによってうつし出される物体の輪郭。また、実体のうつしとりと見
なされるもの。①物体が光をさえぎった結果、光と反対側にできる、その物体の黒い
形。投影。影法師。②いつも付き添っていて離れないもの。③和歌、連歌、能などで
作品の持つ含蓄、奥深さなどをいう。④やせ細った姿。やつれた姿。朝蔭。⑤実体が
なくて薄くぼんやりと見えるもの。⑥死者の霊。魂。⑦実物によく似せて作ったり描
いたりしたもの。模造品。肖像画。⑧ある心理状態や内面の様子などが表にちらとあ
らわれたもの。⑨空想などによって心に思い描く、実体のないもの。⑩以前に経験し
たことの影響として見えたり、感じたりするもの。
四特殊な対象に限った用法。
(以下省略)
このように多彩な用法を持つことによって、
「影」
の関連語が多くなるのは当然であろう。
村上春樹の小説における「影」とその関連語およびそれを喚起する素材、あるいはモチー
フもまたおのずと多様性を増す。それらはたとえば夜、闇、睡眠、夢、あるいは鏡であり
鏡に映る像である。さらには幽霊、双子、姉妹、親友同士(たとえば「僕」と「鼠」
)等で
ある。
2.青春三部作および短編「鏡」における鏡と鏡像
鏡の像に対する主人公の拘泥は、初期三部作または青春三部作とよばれる作品に、始め
は断片的かつ暗示的に、やがて顕著に現れる。
『風の歌を聴け』
(1979年)
。悩みを抱えていて相談したがっているらしい友人の鼠
がなかなかそのことを切り出さないことに関して、
「僕」が、ジェイズバーでそこの経営者
17
のジェイから「優しい子なのにね、あんたにはなんていうか、どっか悟り切ったような部
分があるよ」と指摘された後の場面である。
僕は席を立って洗面所に入り、手を洗うついでに鏡に顔を映してみた。そしてうんざ
りした気分でもう一本ビールを飲んだ。
[29]
鏡に自分の顔がどのように映ったかは語られていないけれども、他者と容易に共有しえな
い何かが自己の内部にわだかまっていることを、苦い諦念をもってみずからの顔に認めな
いわけにはいかなかったのである。
第二作の『1973年のピンボール』
(1981年)
。仕事帰りに立ち寄った喫茶店のガ
ラス窓に映る自分の顔を見ながら、
「僕の顔も僕の心も、誰にとっても意味のない亡骸にす
ぎなかった。僕の心と誰かの心がすれ違う」
[7]と述懐する。これは前作の「うんざりし
た気分」の解説になっていると言ってもよい。
鏡に映る自己像に対する違和感は、
『羊をめぐる冒険』
(1982年)にさらに大きく具
体的に取り上げられる。鼠の父の北海道の別荘で鼠を待つ「僕」は、鏡に映っている像と
本体であるはずの「僕」の意識とが混乱し、二つが入れ替わり、もしかすると、逆に本体
の方が鏡の像の動きに従って動かされているのではないかという感覚が味わう。
それは僕が鏡に映った僕を眺めているというよりは、まるで僕が鏡に映った像で、像
としての平板な僕が本物の僕を眺めているように見えた。僕は右手を顔の前にあげて
口もとを手の甲で拭ってみた。鏡の向こうの僕もまったく同じ動作をした。しかしそ
れは鏡の向こうの僕がやったことを僕がくりかえしたのかもしれなかった。今となっ
ては僕が本当に自由意志で手の甲で口もとを拭いたのかどうか、
確信がもてなかった。
[第八章 9 鏡に映るもの・鏡に映らないもの]
村上春樹の作品の重要な場面に見られるこのような鏡像体験については、発達心理学か
らする検討もある。1さらに、このような人間の主体性の不安定さ、曖昧さを認識する、あ
るいは鏡像を介して自己の内部に他者あるいは見知らぬ自己を発見するという営為は、日
本の文学に貫流する伝統であった。2
このような自己像の分裂という内的経験を経て、この作品では自己の統合と確立が実現
する。すなわち「僕」の呼びかけに応じてようやく鼠が訪れる。ただし、鼠は自分の体内
に入り込んだ特殊な力を持つ危険な羊の霊(
「羊の影」3とも呼ばれる)を抹殺するために、
羊が油断している隙に自ら縊れて死んだのであった。したがって「僕」が迎えたのは死ん
だ鼠の霊魂であった。二人は昔のようにビールを飲みながら語り合い、
「僕」は鼠の遺志を
完全なものにするための仕事を引き受ける。鼠が去った後、悪寒と高熱が襲い、そして過
1
加藤義信「村上春樹の小説にみる鏡像体験の諸相」
(
『あいち国文』第1号 2007年1月)
。
森正人「鏡にうつる他者としての自己―夏目漱石・芥川龍之介・遠藤周作・村上春樹―」
(
『国語国文学研究』
第46号 2011年2月)
。
3
「結局のところ、俺が羊の影から逃げ切れなかったのもその弱さのせいなんだよ」
[第8章 12]と鼠は
語る。
18
2
去のさまざまの経験のイメージがわき起こる。この時恐らく「僕」と鼠の魂とは一体化し、
「僕」の内部の統一が遂げられたのである。4そのことを示唆するのが、鼠の指示通りの仕
事を終えて別荘を離れる場面である。
僕は柱時計をもとに戻してから、鏡の前に立って僕自身に最後のあいさつをした。/
「うまくいくといいね」と僕は言った。
「うまくいくといいね」と相手は言った。
[第
8章 14]
ここには「僕」の本体と鏡の像の調和が示されている。
鼠と「僕」の企ては成功し、
「僕」は北海道を去る。ただし、東京では飛行機を乗り換え
るだけで、ただちに故郷の街に帰り、ジェイズバーに行き、ジェイに「僕」と鼠をバーの
共同経営者に加えてほしいと申し出る。この時ジェイに鼠の死は報告されない。これから
は「僕」が死者と共に生きていくことの証しであると言えよう。
もう一人の自分を鏡の中に発見するモチーフは、短編「鏡」
(1983年2月、1983
年刊『カンガルー日和』に収録)に再度取り上げられる。
この作品は、かつて学校の夜警をしていた時に「僕」の経験した怪異を回想し、自分よ
り若い者たちに披露するという構成をそなえている。午前三時の見回りの時に、あるはず
のない鏡を見つけてそこに映る自分の像が
「僕以外の僕」
「そうであるべきでない形での僕」
であることに気づく。その像はおもむろに動き始める。
やがて奴の手が動き出した。右手の指先がゆっくり顎に触れ、それから少しずつ、ま
るで虫みたいに顔を這いあがっていた。気がつくと僕も同じことをしていた。まるで
僕の方が鏡の中の像であるみたいにさ。つまり奴の方が僕を支配しようとしていたん
だね。
みずからの手が首を絞めるという危機は鏡を割ることによって脱することができたけれど
も、
「僕」は今なお鏡を見ることができないと告白する。
このような自己の分裂あるいは自己のなかに潜む他者を発見するモチーフは、村上の小
説に繰り返し語られる。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
(1985年)
、
「6 世界の終わり(影)
」で街に入る時に門番に「影」を預けなければならない。門番に
剥ぎ取られた「影」は本体から自立して活動する。これらには数々の欧米の文学や映画の
趣向が踏まえられているであろう。
3.
『ダンス・ダンス・ダンス』における「影」
『羊をめぐる冒険』を継承する『ダンス・ダンス・ダンス』
(1988年)には「影」が
新たな展開を見せている。
4
なお、三部作の『風の歌を聴け』
『1973年のピンボール』における鼠は、
「僕」の分身として読まれてき
た。定説と認められる。とすれば、本来同体であって分離して後引かれあう二人が再会し、一体化することに
よって完全性を回復したことになる。なお、鼠を「僕」の〈影〉と規定する解釈は、山根由美惠『村上春樹〈物
語〉の認識システム』
(若草書房 2007年)第一部第一章第一節 物語の構成と〈影〉の存在―『風の歌
を聴け』―。分身については、酒井英行「
〈分身〉たちの呼応」
(
『村上春樹 テーマ・装置・キャラクター 国
文学解釈と鑑賞 別冊』2008年1月)等。
19
「僕」の中学の同級生で俳優の五反田5と久しぶりに会った時、五反田は次のように訴え
る。
すごく疲れる。頭痛がする。本当の自分というものがわからなくなる。どれが自分自
身でどれがペルソナかがね。自分を見失うことがある。自分と自分の影の境界が見え
なくなってくる[18]
そして、ついに「僕」に高級娼婦のキキを殺したことを次のように告白する。
僕は彼女が好きだった。
(中略)何故僕が彼女を殺さなくちゃいけない?でも殺したん
だよ、この手で。殺意なんてなかった。僕は自分の影を殺すみたいに彼女を絞め殺し
たんだ。僕は彼女を絞めてるあいだ、これは自分の影なんだと思っていた。この影を
殺せば上手くいくんだと思っていた。でもそれは僕の影じゃなかった。キキだった。
[39]
五反田は、自分では抑制することのできないこのような衝動を「ある種の自己破壊本能だ
ろう」
[39]と説明し、また「無意味で卑劣なことをやることによって自分自身が取り戻
せるような気がする」と言い、その衝動は「演技する僕と、根源的な僕との溝が埋まらな
いかぎり、それはいつまでも続く」と述べる。その説明は論理的でなく、この時は「僕」
もその告白を十分には受けとめきれない。ただ少なくとも、
「自分の影」と「根源的な僕」
とはほぼ同じものを指し、
「影」は「根源的な僕」を構成する一部あるいは「根源的な僕」
がほのかに現前したものということが示唆されている。
五反田はこのように告白した後みずから命を断つ。
「影」だけを都合よく抹殺することは
できなかったということであり、本体と「影」との統合に失敗したということを意味する。
これら一連の叙述を通して注目すべきは、根源的な自己を「影」という言葉で捉えてい
ることであろう。
「影」とは本体があって生まれ、本体に付属するものであるが、
『羊をめ
ぐる冒険』および短編「鏡」において、鏡に映る像が本体以上に現実性をそなえ、むしろ
本体に先立って存在し、本体を左右するという関係と相同する。日本語では鏡像が「影」
と呼ばれることからもその関係は理解しやすい。
五反田にあっては、自己の「影」と思われるものと闘争する(現実にはキキを絞め殺す)
ところを、
みずからはそれが闇の世界で起こったことであって、
「こことは違う世界なんだ」
、
「それはここの世界で起こっていることじゃないからだ」
[39]
(どちらも原文はゴチッ
ク体)と説明する。このように繰り返し強調されるここではない世界とは、
「僕」がドルフ
ィンホテル(新いるかホテル)の十六階のエレベーターホールから入り込んだ異空間と無
関係ではないらしい。そこは「完璧な暗闇」
[10]であり、
「僕」はその闇を手探りで進
みながら、
「映画俳優をやっている僕のかつての同級生」
(つまり五反田)と「彼女」
(ドル
フィンホテルの従業員)とが寝ているところを想像し、やがてその「彼女」はキキである
ことが分かる。その時「ジクウガコンランシテイル」
(原文はゴチック体)
[11]と叙述
5
五反田もまた「僕」の分身と見なされている。
20
される。
「僕」はこの異空間で羊男と会う。
『羊をめぐる冒険』以来四年ぶりであった。羊男のい
るここはどのような空間であるか。羊男の説明によれば、
「ここからすべてが始まるし、こ
こですべてが終わる」
「あんたはここに繋がっている。ここがみんなに繋がっている。ここ
があんたの結び目なんだよ」
[11]という。また、
「僕」自身にも「自分がここに含まれ
ているように感じる」
[11]という。これらの説明は比喩的で抽象的すぎて要領を得ない
けれども、人間が存立する根源的なところであるとは了解されよう。羊男のもとにたどり
着く前に五反田の映像が「僕」の心に浮かび、
「みんなに繋がっている」と言うからには、
五反田の「影」もまたここに繋がっていると言わなければならない。
そして、この異空間にかかわっては「影」という言葉が繰り返される。まず、
いるかホテルに戻ることは、過去の影ともう一度相対することを意味しているのだ。
[1]
羊男の大きな影がしみのある壁の上で揺れていた。拡大され誇張された影だった。
[1
1]
さらに羊男について、
僕はこれまでの人生の中でずっと君のことを求めてきたような気がするんだ。そして
いろんな場所で君の影を見てきたような気がする。
[11]
とも言う。いるかホテルの異空間が、現実世界に生きる「僕」自身、あるいは羊男の変移
したところのさまざまの「影」の由来する世界であり、端的に言えば「僕」自身の内界で
あると解されよう。6
さらに、いるかホテルの異空間の意味するものは、
〈キキの夢〉と題された[42]に明
示的に語られる。
かつて六体の白骨を見た部屋に、キキが闇の中から現れて光の領域と闇の領域との中間
のあたりに立つ。キキは、ここは「あなたの部屋」であると告げ、羊男の住んでいるドル
フィンホテルの異空間もまた「あなたの部屋」であると言う。こうして、これらの異空間
が「僕」の内界であることは明白であろう。
さらに僕の「君が僕を導いたんだろう?」という問いかけに、キキは次のように答える。
そうじゃない。あなたを呼んでいたのはあなた自身なのよ。私はあなた自身の投影に
過ぎないのよ。私を通してあなた自身があなたを呼び、あなたを導いていたのよ。あ
なたは自分の影法師をパートナーとして踊っていたのよ。私はあなたの影に過ぎない
のよ。
この説明と、ドルフィンホテルでの「いろんな場所で君(羊男)の影を見てきたような気
6
ここから、山﨑眞紀子「
「羊男」論―「羊をめぐる冒険」
「ダンス・ダンス・ダンス」
(
『村上春樹 テーマ・
装置・キャラクター 解釈と鑑賞 別冊』2008年1月)が、
「
「羊男」は「僕」の「影」であったのだ」と
導くのは短絡で一面的であるが、後述する通りおおむねそこに帰着する。
21
がする」とを関連づけると、羊男は「僕」自身であり、
「僕」の内界そのものである。しか
も、それは「僕」だけの内界でなく、五反田を含めて他者と共有する内界であり、自他の
「影」を統合する存在である。
4.
「影」の由来するところ
ここに、村上春樹は自己あるいは自我の表出の方法に関して大きな跳躍、それが言い過
ぎとすれば明瞭な転換を果たしたことが知られる。それは、鏡像、分身を用いて表現する
ことに加えて「影」という言葉と概念を新たに得たということにほかならない。こうして、
「影」という言葉はたとえば光の単なる対義語ではなくなる。
短編「眠り」
(1989年1月)では、平穏な日常生活を送っている歯科医の妻が三十歳
になって不眠に陥り、自らの人生を顧みながら次第に不安と恐怖にとりつかれ、ついに危
機的な事態を迎える。不眠のきっかけは、ある夜嫌な夢を見て目覚めた後にまた幻覚ある
いは夢を見たことであった。足元に「黒い影」のようなものが見え、それは黒い服の痩せ
た老人で、陶製の水差しで「私」の足に水を注ぐのである。声にならない悲鳴をあげると
「私の中で何かが死に、何かが溶け」
「私の存在に関わっている多くのものを、根こそぎ理
不尽に焼きはらってしまった」という。
この奇妙な夢は、平安時代のかげろふ日記・中、天禄元年七月に作者道綱の母が石山寺
に参籠した時に見た夢を参考にしていることは疑問の余地がない。その夢は、
「この寺の別
当とおぼしき法師、銚子に水を入れて持て来て、右のかたの膝にいかくと見る(石山寺の
別当と思われる僧が、銚子に水を入れて持ってきて右の膝に注ぐと見る)
」7というもので
あった。道綱の母は、本尊の観音が見せてくださったのであろうと感動している。これに
対して、小説における夢は「私」自身を解体してしまうほどのものであったというが、し
かしこの恐ろしい力は外部から加えられたとは考えがたい。これを契機に始まった「私」
の不眠について、次のように表現されているのは見逃しがたい。
覚醒がいつも私のそばにいる。私はその冷ややかな影を感じ続ける。それは私自身の
影だ。
(中略)私は私自身の影の中にいるのだ。
あの夜に見た夢の「黒い影」すなわち黒服の老人こそ「私自身の影」であったらしい。こ
の解釈に沿って読めば、作品の末尾、
「私」が駐めて乗っている車を襲う男たちの「黒い影」
もまた「私自身の影」ということになろう。したがって、男たちが車を揺さぶり続けて倒
そうとする行為は「私」の心的な活動であり、要するに自己破壊の衝動である。さらに、
「私は私自身の影の中にいる」という記述は重要である。このことは、
『ダンス・ダンス・
ダンス』の「僕」が、ドルフィンホテルの異空間について「あの奇妙で致命的な場所に含
まれることを」
[1]望み、
「自分がここに含まれているように感じる」ことと同義である。
異空間つまり「影」の由来する場所が「僕」や「私」を根拠づけ、
「影」が「僕」や「私」
の本体に先行することを意味する。
7
日本古典文学全集『土佐日記 蜻蛉日記』
(小学館 1973年)p.241。
22
こうして『ダンス・ダンス・ダンス』以降、
「影」は村上春樹の小説において特別な意味
を持つようになったと認められる。では、村上春樹にこのような転換あるいは拡充あるい
は深化をもたらした契機は何であったのか。
柘植光彦8は、村上の小説において現実世界と異界をつなぐものを「メディウム」として
捉え直し、それらをユングの〈元型〉とも関連づけて説明する。一方、フロイトの心理学
との関係を重視する小林正明9は、
『ダンス・ダンス・ダンス』の「影」をめぐってユング
派の影論とペルソナ論に言及するけれども、村上春樹の小説との関係についてはこれを退
けている。
しかし、村上春樹の「影」の諸相と機能は、やはりユングの「影」およびそれに関連す
る種々の概念と符合するところが多い。人格化される「影」
、
「影」に支配される自己、
「影」
に向けられる否定的な視線、
「影」の集合性・普遍性、これらは河合隼雄の著作からたやす
く引き出すことができる。
①ユングが影をどのように定義しているかは、
簡単なようで案外解りにくい。
たとえば、
彼の言葉を引用すると、
「影はその主体が自分自身について認めることを拒否している
が、それでも常に、直接または間接に自分の上に押しつけられてくるすべてのこと―
たとえば、性格の劣等な傾向やその他の両立し難い傾向―を人格化したものである」
と述べている。
(河合隼雄『影の現象学』
[思索社 1976年]第1章 影)
②心の中に層的な構造を仮定し、無意識の存在を強調することは、フロイトをはじめと
して、深層心理学のあらゆる学派の特徴である。ここで、ユングは一歩進めて、その
無意識を個人的無意識と普遍的無意識の層に分けて考えるのである。
(河合隼雄『母性
社会日本の病理』
[中央公論社 1976年]
「ユング理論の再認識」
)
③実際、われわれは自分の行動がむしろ影によって律せられているとさえ、感じさせら
れるようなことも経験するのだ。
(河合隼雄『昔話の深層』
[福音館書店 1977年]
第5章 影の自覚)
④ユングは影にも個人的な影と普遍的な影があると考える。ある個人にとって、その性
格と反対にあるような傾向として個人的な影が存在するが、普遍的影は万人に共通な
ものとしてすべての人の受け容れ難い悪と同義のことになってくるのである。
(同上)
⑤ここで影の力が強くなり自我がそれに圧倒されるときは、完全な破滅があるだけであ
る。ある個人がみすみす自分を死地に追いやるような無謀な行為をするとき、その背
後に影の力がはたらいていることが多い。
(
『影の現象学』第5章 影との対決)
村上は、ユングの心理学を紹介し解説し、それの展開を図った河合隼雄を通じて多くを学
び、摂取したのではないかと見られる。小嶋洋輔は、1990年代の村上の転換を河合と
8
柘植光彦「メディウム(巫者・霊媒)としての村上春樹―「世界的」であることの意味」
(
『村上春樹 テー
マ・装置・キャラクター 解釈と鑑賞 別冊』2008年1月)
。
9
小林正明『村上春樹・塔と海の彼方に』
(森話社 1998年)09影と自己破壊、同「影の村上春樹・あ
まりに精神分析学的な」
(
『村上春樹 テーマ・装置・キャラクター 解釈と鑑賞 別冊』2008年1月)
。
23
関連づけて説明する10が、河合隼雄と村上春樹の小説の関係は両人が直接接触を持つ以前
の1980年代後半にさかのぼるであろう。
始めに述べた通り日本語の「影」という言葉は多様な用法を持ち、またユング―河合も
「影」は多様な姿で出現すると説く。この多義的で多様な「影」概念こそ村上春樹の小説
の着想と展開に必要であり、有効であった。
10
小林洋輔「村上春樹と「救い」
」
(
『村上春樹 テーマ・装置・キャラクター 解釈と鑑賞 別冊』2008
年1月)
。
24
五、論文口頭發表大綱④
村上春樹文学のメディウムとしての「うなぎ」
曾 秋桂
淡江大学 教授
1.はじめに
柴田元幸のインタービューを受けた 2003 年1に村上春樹は、小説の創作について、
「三者
協議。僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がい
ますね。でもその二人でだけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。そこにはうなぎ
が必要なんですよ。うなきなるもの」2と表明した。この発言から考えると、村上春樹が書
く小説においては、書き手と読者との間に関連づけさせるには、メディウム3としての「う
なぎ」の媒介者がどうしても必要のように思われる。メディウムとは、村上春樹文学にお
けるメディウム研究で名高い柘植光彦によって「シャーマン」の意味内容に近いもの4とさ
れているが、本発表ではメディウムを、単純に「媒体」
・
「媒介者」として使いたい。
書き手と読者との関係と言えば、ロラン・バルトが主張した「作者の死」5を思い出さず
にはいられない。バルトの「テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の
織物である」6と言った論調は、作品が背景となる時代や社会の諸関係の引用であって、そ
れらの諸関係から独立して作品を独自に創作する作者はないと、広く一般的に理解されて
いる。そうすると、村上春樹が主張した自分の小説創作には、
「うなぎが必要なんですよ」
の「うなぎ」とは、
「作者の死」のパラダイムとは逆の方向に、パラダイムシフトを変換し
たのではないかと推測されよう。内田樹は村上春樹の「うなぎ説」を読んで「面白い」7と
推奨し、
「うなぎ」を「喚起的なメタファー」8として見ている。しかし、内田樹の発言だ
けでは「うなぎ説」の正体が十分に掴めたとは言い難い。従って、本発表では「うなぎ説」
の意味の解明ではなく、まず村上春樹文学における「うなぎ」の用法の側面から、その正
体に迫っていくことにする。
2.村上春樹の「うなぎ論」の由来
村上春樹の「うなぎ説」は『ナイン・インタビューズ柴田元幸と 9 人の作家たち』に初
めて見られる発言である。その特徴に注意しながら、その意味を検討してみよう。
1
柴田元幸(2004)「Preface」柴田元幸編訳『ナイン・インタビューズ柴田元幸と 9 人の作家たち』アルク P4
柴田元幸編訳(2004)『ナイン・インタビューズ柴田元幸と 9 人の作家たち』アルク P278
3
柘植光彦「メディウム(巫女・霊媒)としての村上春樹「世界的」であることの意味」(2008)『別冊国文学解釈と鑑賞村上
春樹テーマ・装置・キャラクター』至文堂 P87 では、メディウムについて、
「
「メディアム」(medium)とはメデイア(media)
の単数形で、
「媒体」
「媒介者」を指す。フランスの批評理論の一つであるメディオロジーの中心をになう概念だ」と説明
している。
4
柘植光彦「メディウム(巫女・霊媒)としての村上春樹「世界的」であることの意味」(2008)『別冊国文学解釈と鑑賞村上
春樹テーマ・装置・キャラクター』至文堂 P87-99
5
ロラン・バルト著渡辺淳・沢村昂一訳(1985・初 1971)
『零度のエクリチュール』みすず書房 P85
6
ロラン・バルト著渡辺淳・沢村昂一訳(1985・初 1971)
『零度のエクリチュール』みすず書房 P85
7
内田樹(2010)『もういちど村上春樹にご用心』アルテスバブリッシング P174
8
内田樹(2010)『もういちど村上春樹にご用心』アルテスバブリッシング P178
2
25
2.1「第三者」としてのうなぎ
「うなぎ説」に関する柴田元幸との対話を以下のように抜粋する。下線部分と網掛けは、
論者による。以下は同様である。
村上:小説というのは三者協議じゃなくちやいけないと言うんですよ。
柴田:三者?
村上:三者協議。僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がいます
ね。でもその二人でだけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。そこにはうなぎが必要なんで
すよ。うなぎなるもの。
柴田:はあ
村上:いや、別にうなぎじゃくてもいいんだけれどね(笑)。たまたま僕の場合、うなぎなんです。何でも
いいんだけれど、うなぎが好きだから。だから僕は自分と読者との関係にうまくうなぎを呼んでき
て、僕とうなぎと読者で、3 人でひざをつき合わせて、いろいろと話しあうわけですよ。そうする
と、小説というものがうまく立ち上がってくるんです。
柴田:それはあれですか、自分のことを書くのは大変だから、コロッケについて思うことを書きなさいっ
ていうのと同じですか。
村上:同じです。コロッケでも、うなぎでも、牡蠣フライでも、何でもいいんですけど(笑)。
柴田:三者協議っていうのに表意つかれました(笑)。
村上:必要なんですよ、そういうのが。でもそういう発想が、これまでの既成の小説って、あんまりなか
ったような気がするな。みんな読者と作家とのあいだだけで、ある場合には批評家も入るかもしれ
ないけど、やりとりが行なわれていて、それで煮詰まっちゃうんですよね。そうすると「お文学」
になっちやう。でも、三人いると、二人でわからなければ、
「じゃあ、ちょっとうなぎに訊いてみ
ようか」ということになります。するとうなぎが答えてくれるんだけど、おかげで謎がよけいに深
まったりする。そういう感じで小説書かないと、書いてても面白くないですよ(笑)。インターネッ
トなんかやっていると、読者から小説についての質問が来るわけです。村上さん、これはどういう
意味ですかって。でもそんなの、僕にだってよくわからないから、わかりませんって言うしかない
ですよね。そんなのうなぎに訊いてくれよって(笑)。
柴田:で、でもその場合うなぎって何なんですかね(笑)。
村上:わかんないけど、たとえば、第三者として設定するんですよ、適当に。それは共有されたオルター
エゴのようなものかもしれない。簡単に言ってちゃえば。僕としては、あまり簡単に言っちゃいた
くなくて、ほんとはうなぎのままでおいておきたいんだけど、それではたぶん難解すぎるかもしれ
ないから。
柴田:難解ですよ。それは(笑)。(P278-279)
以上は、所謂「うなぎ説」の始まりである。村上春樹の主張によれば、小説を成立させ
るには、書き手と読者との間に、三者協議に立ち会うものを、便宜上自分の好きなうなぎ
と名指し、登場させたという。また、書き手と読者との意思疎通をうまくするために働い
てくれるうなぎとは、
「第三者」
、
「共有されたオルターエゴ」だと付注されている。
2.2 メディウムとしてうなぎを見ることの可能性
また、インタービューの中で、小説を書くことについて、
「うなぎ説」により詳しく触れ
た対話を以下に引用しよう。
柴田:うんうん。
村上:これもねえ、メタファーのレベルで、漠然としかい言えなくて。非常に説明しづらいんだけど、小
説書いていると実感的にわかるんです。
「うん、そうなんだ」と。
柴田:じゃ、小説を読んでいるとわかるかもしれない。
村上:うん、それがまあ、小説を書くことの目的の一つですね。うまくそうなればいい、うまくその実感
が伝わればいい、と。あのですね、僕は別に人の心を癒すことを目的として小説を書いているわけ
じゃないんです。どちらかというと、僕は何をするにしても、ほとんど自分のことしか考えてない
26
んです。でも小説を書くとなると、小説を立体的に書くとなると、どうしてもうなぎを引き込んで
こなくてはならないし、いったんうなぎが出てくると、他者と視点を共有するということが、必須
になってくるんです。そして結果的に、他者と何かを共有するというのは、何かを交換しあうこと
であり、それは多かれ少なかれ治癒行為につながります。というか、もっと正確に言えば、自己治
癒の可能性みたいなものを、スペースとして示唆することになります。僕がうなぎが大事だという
のは、
そういうことでもあるんです。
というか、
やっぱりわかりにくいかもしれないけど。
(P282-283)
村上春樹の発言では、小説を立体的に書くに際して、うなぎの登場が必要となり、そこ
で他者と視点を共用することの必要性も増してくるし、何かを交換し合うことにより、結
果的に「治癒行為」につながり、自己治癒を可能にさせることにもなるそうである。要す
るに、小説を書く際に引き込んで来なければならないうなぎとは、他者との視点を共有す
る架け橋のようなもの、いわば、メディウムであり、そのような意味でうなぎを見ること
の可能性が示唆されているのである。村上春樹がうなぎをどのように表象したかを、具体
的に作品から探ってみよう。
3.村上春樹文学における「うなぎ」の作品群
今までの村上春樹小説を見る限り、
「シェエラザード」(最新短編集『女のいない男たち』
に収録、2014)ほど、
「うなぎ」(やつめうなぎ)を明確な装置として小説に導入したことは
ない。これ以前の「うなぎ」(1986)、
『ノルウェイの森』(1987)、
『海辺のカフカ』(2002)
で触れた「うなぎ」と比べれば、その意図的な装置がさら目立つように見える。
4.「シェエラザード」(2014)における「うなぎ」(やつめうなぎ)の形象
まず、
「うなぎ」を明確な装置として導入した「シェエラザード」の粗筋から見よう。第
3 人称によって語られた「シェエラザード」の登場人物は、31 歳(P172)の男・羽原と、羽
原に『千夜一夜物語』9(P63)の王妃の名前に因んで、名をシェエラザードと呼ばれた 35 歳
(P172)で夫と二児を有する「専業主婦」(P172)の 2 人である。羽原が送られてきた「ハウ
ス」10(P174)を「週に二度」(P174)訪問する「看護師の資格」(P172)を持っているシェエ
ラザードは、
「連絡係」(P181)として羽原の世話を担当している。羽原のために生活用品を
買出し、用事を片付けた後、
「二人は自然に寝室へと移動し」(P174)、セックスをするよう
になった。セックスの後、
「ベッドの中で男性と親密に話をする行為」(P171)の好きなシェ
エラザードが「興味深い、不思議な話を聞かせてくれ」る(P171)。その話は「まったくの
創作なのか、それとも部分的に事実で部分的に作り話なのか」(P172)、羽原には見当がつ
かない。それにしても、シェエラザードが去ってしまえば、
「彼女の話が聞けなくな」(P209)
り、
「親密な時間を共有することができなくなってしまう」(P209)とまで羽原が心配するよ
うになった。共有する親密な時間で、シェエラザードは、
「私の前世はやつめうなぎだった」
(P176)と何回も触れていた。
ここでは、断っておきたいが、生物学的概念からすると、生物種が違うやつめうなぎを
9
『海辺のカフカ』(上 P63)では、カフカが甲村図書館に行って、最初に取り出して読んだのは、
『千夜一夜物語』であった。
「ハウス」については、ただ「外界との連絡を一切絶たれ」(P175)、
「外に出ることのできない」(P181)、
「すべての自由
を取上げられ」(P209)と言ったぐらいで、どんな所かよく分からない。また「アルコールは一切にしない」(P715)が仄か
される飲酒禁止から、事件を起こした原因は多分飲酒と関係するに違いない。
10
27
うなぎ11と同一視することは、あまり適切ではないが、
「やつめうなぎには顎がないの。そ
こが普通のうなぎとは大きく違っている」(P177)と作品で述べている点から、生物種の概
念上、魚類のうなぎと「最も原始的な脊椎動物の一群」12として知られるやつめうなぎを
厳密に区別して書いているようには思われない。そこで、本発表では、原文の記述を尊重
し、やつめうなぎをうなぎの類縁者として扱い、同一視することにする。
4.1 やつめうなぎが持つ「生」
・
「性」
・
「静」のイメージ
シェエラザードは、
「小学生の頃、水族館で初めてやつめうなぎを見て、その生態の説明
文を読んだとき、私の前世はこれだったんだって、はっと気がついたの」(P178)と最初に
言った後、
「というのは、私にははっきりとした記憶があるの。水底で石に吸い付いて、水
草にまぎれてゆらゆら揺れていたり、上を通り過ぎていく太った鱒を眺めたりしていた記
憶が」(P178)と理由に挙げた。このようにシェエラザードは水族館で読んだやつめうなぎ
の生態の説明をきっかけに、自分の前世がやつめうなぎだと思うようになった。さらにシ
ェエラザード流の生態説明に従えば、
「やつめうなぎは実際に水草にまぎれて暮らしている
の。そこにこっそり身を隠している。そして頭上を鱒が通りかかると、するすると上って
いってそのお腹に吸い付くの。吸盤でね。そして蛭みたいに鱒にぴったりくっついて寄生
生活を送る。吸盤の内側には歯のついた舌のようなものがあって、それをやすりのように
ごしごしと使って魚の体に穴を開け、ちょっとずつ肉を食べるの」(P177-178)となる。こ
こには、やつめうなぎが生きていくために営む鱒に寄「生」する姿が示されている。
次は「性」のことであるが、シェエラザード流の説明で何回も強調された鱒という魚は、
やつめうなぎを専門的に研究した報告13では、あまり見られない。そこで、鱒を強調した
シェエラザードの意図を考えてみるべきであろう。鱒(ます)の発音といえば、マスタベー
ションの発音に似ており、
「マス」はマスタベーションの略語として使われているようであ
る。いわば、実物の鱒を超え、マスタベーションのような性的イメージを持つメタファー
的なものとなったのである。これは、羽原がシェエラザードと「これまでになく激しく交
わ」り(P202)、
「最後にはっきりとしたオーガズムを迎えた」(P202)シェエラザードが帰っ
た後、
「石に吸い付き、水草に隠れて、ゆらゆらと揺れている顎を持たないやつめうなぎた
ちを」(P210)思い、
「彼らの一員とな」った(P210)場面からも説明できる。何故なら、シェ
エラザードと激しくセックスした後、やつめうなぎに同化した羽原が待っているのは、
「鱒
がやってくる」(P210)ことだからである。
11
「写真家八木直哉×『どうぶつのくに』による「世界遺産 知床と北海道のどうぶつたち」
」では、
「目の後に続く七つの
エラ穴を目に模して八つ目、が名前の由来に違いない、妖怪みたいだ。
」と述べられている。
http://www.doubutsu-no-kuni.net/?cat=63(2014 年 5 月 25 日閲覧)
12
富山大学理学部生物学科 山崎研究室「やつめうなぎの種分化」
http://www.sci.u-toyama.ac.jp/bio/yamazaki-lab/lamprey/speciation.html(2014 年 5 月 25 日閲覧)
13
富山大学理学部生物学科 山崎研究室が作った「やつめうなぎの一生」では、
「魚などに吸い付き、いわゆる寄生生活を
送ります。この時、唾液腺と呼ばれる器官から消化液を出し、魚の肉を溶かして、それを吸い込みます。また、やつめう
なぎの口の奥には、歯の付いた舌のような器官があり、これを使って魚の肉をえぐって食べることもします。ですから寄
生というよりも捕食と言った方がいいかもしれません」と紹介されている。
http://www.sci.u-toyama.ac.jp/bio/yamazaki-lab/lamprey/lifehistory.html(2014 年 5 月 25 日閲覧)
28
「性」だけではなく、やつめうなぎも「静」のイメージを持っている。シェエラザード
が羽原に語った空き巣に入った体験では、
「他人の留守宅に入って一番素敵なのは、なんと
いっても静かなことね。なぜかはわからないけど、本当にひっそりしているのよ。そこは
世界中で一番静かな場所かもしれない。(中略)自分がやつめうなぎだった頃に自然に立ち
戻ることができた」
(P184)と語ったシェエラザードの言葉からは、
やつめうなぎが持つ
「静」
のイメージが付加された。その「静」はシェエラザードが前世のやつめうなぎだった時、
「あたりは本当に静かで、物音は何ひとつ聞こえない。(中略)私は何も考えていない。と
いうか、やつめうなぎ的な考えしか持っていない(中略)私は私でありながら、私ではない」
(P184)ことに相通じるようである。それもまたやつめうなぎに同化した羽原が鱒を待つ結
末の場面からも見られる。
「しかしどれだけ待っても、一匹の鱒も通りかからなかった。(中
略)どのようなものも。
そしてやがて日が落ち、
あたりは深い暗闇に包まれていった」
(P210)
のように、通りかかるものはない状況は、一層「静」を浮き彫りにしたのである。やつめ
うなぎが持つ「生」
・
「性」
・
「静」のイメージが以上から判明した。
4.2 シェエラザードが空き巣に入った体験--17 歳の「報われない恋」
高校 2 年生 17 歳の時にシェエラザードは学校を休んで、
「恋をしていた」(P185)同じク
ラスの男の家へ 4 回空き巣に行った。そして、
「呪術的な儀式みたい」(P190)な物物交換を
もした。空き巣に入った 4 回のうち、特に注目したいのは、3 回目である。それは、シェ
エラザードが 17 歳のことを語っている途中、一度 35 歳の現実に立ち戻り、再度羽原に性
行為を求め、
「これまでになく激しく交わった」
(P202)のである。
空き巣に行った 3 回目に、
シェエラザードは好きな彼の「ベッドに横になった。そしてシャツに顔を埋め、その汗の
匂いを飽きることなく嗅ぎ続けた」(P200)。すると、
「腰のあたりにだるい感覚を覚えた。
乳首が硬くなる感覚もあった。(中略)こうなるのは性欲のせいだろう」(P200)と反応し、
脱いだパンツの「股の部分が温かく湿っている」(P201)と分かり、自分の「性欲」(P201)
に目覚めた。彼の汗の匂いがするシャツを貰う代わりに、
「性欲で汚れてしまったものを彼
の部屋に残していくわけにはいかない。そんなことをしたら自分を卑しめてしまうことに
なる」(P201)と思い、何も置いていなかった。この状況を語っている真っ最中のシェエラ
ザードは、一度 35 歳の現実に立ち戻り、羽原に再度性行為を求め、
「最後にはっきりとし
たオーガズムを迎えた」(P202)のである。このように、その 17 歳の「報われない恋」(P185)
を羽原に再度性行為を求める形で成就したと思われる。
4.3 やつめうなぎに同化したシェエラザード--35 歳で果たせた 17 歳の「報われない恋」
羽原に再度性行為をする場面については、2 例を挙げてシェエラザードの様子を見よう。
例① 柔らかく、奥の方まで深く湿っていた。肌も艶やかで、張りがあった。彼女が今、同級生の家に空き
巣に入ったときの体験を鮮やかにリアルに回想しているのだ、と羽原は推測した。というか、この女
は実際に時間を遡り、十七歳の自分自身に戻ってしまったのだ。前世に移動するのと同じように。シ
ェエラザードがそういうことができる。
」(P202)
例②彼が今こうして抱いているのは、またまた三十五歳の平凡な主婦の肉体の中に閉じ込められている、問
題を抱えた十七歳の少女なのだ。羽原にはそれがよくわかった。彼女はその中で目を閉じ、身体を細か
29
く震わせながら、汗の染み込んだ男のシャツの匂いを無心に嗅ぎ続けている。
」(P202-203)
上例からすると、現実上 35 歳のシェエラザードが 17 歳の少女に戻れたのは、とりもな
おさずやつめうなぎに同化したためである。言い換えれば、35 歳の肉体に閉じ込められた
17 歳の少女を甦らせるのは、やつめうなぎに同化した力であり、やつめうなぎが同一人物
の体に共存している 35 歳と 17 歳の両者の間で、メディウムとしての働きを発揮したので
ある。このように、
「生」
・
「性」
・
「静」を兼ね備えたやつめうなぎは、
「シェエラザード」
においては、メディウムとしての働きを発揮したのである。ちなみに、若き時代に立ち戻
り、セックスを通して恋を成就したといった手法の先蹤は、
「50 をこえている」(下 P113)
佐伯の 15 歳が 15 歳のカフカと交わった14ことを描いた『海辺のカフカ』に求められる。
5.他の小説における「うなぎ」の形象との比較対照
「シェエラザード」で「生」
・
「性」
・
「静」を兼ね備え、メディウムとしての働きを持つ
「やつめうなぎ」を更に遡り、
「うなぎ」(1986)、
『ノルウェイの森』(1987)と『海辺のカ
フカ』(2002)に出た類縁者「うなぎ」の形象を見てみよう。
5.1「うなぎ」(198615)における熟睡状態仲間とする友好的なうなぎ
「うなぎ」では、夜中に「三十七歳で、酔払いで、人にあまり好かれることのない僕」
(P147)が、
「ふわふわする温かい眠りの泥の中にうなぎやらゴム長靴やらと一緒にすっぽり
もぐりこんで」(P147)、
「熟睡」(P147)している中、間違え電話で起されたが、再び「眠り
の泥の中にあの友好的なうなぎたちの姿を求めた」
(P148)。
人にあまり好かれていないが、
熟睡中、うなぎを仲間とする心の温まる用例だと理解されよう。
5.2『ノルウェイの森』(1987)において「性」
・
「生」のイメージを持つうなぎ
11 章で構成された『ノルウェイの森』では、古くからスタミナ食16とされたうなぎが「僕
と緑は鰻屋に入って鰻を食べ、それから新宿でも有数のうらさびれた映画館に入って、成
人映画三本立てを見た」(P324)とポルノ映画に関連し、性的イメージを持って登場した。
以下 2 つの側面から「うなぎ」の持つ「生」のイメージを検討しよう。
一つは、緑の存在のことである。第 4 章に始めて登場した緑について、舘野日出男が「緑
は、直子が死の象徴であるとすれば、それに対蹠的な生を象徴する存在として考えられる」
17
としている。主人公ワタナベが第 9 章で一緒に鰻を食べる人が生を象徴する緑に限られ
ることは、第 11 章の結末で「世界中に君以外に求めるものは何もない。君と会って話した
い。何もかもを君と二人で最初から始めたい」とワタナベが緑に愛の告白をしたセリフと
呼応している。いわば、緑がワタナベと一緒に鰻を食べてから、
「女の客はいないよう」
14
『海辺のカフカ』(下 P290)では、
「私はその部屋でもう一度 15 歳の少女に戻り、彼と交わりました」と佐伯がナカタに告
白した通りである。
15
(2002)『村上春樹全作品 1990-2000①短篇集Ⅰ』講談社に収録、初出一覧では創作時期が明確に書かれていない。村上春
樹が 1949 年に生まれたことから推定して、作品中明記された「37 歳」が 1986 年のはずである。
16
西角井正慶編(1987・初 1958)『年中行事事典』東京堂出版 P546 では大伴家持の「痩人を嗤咲歌二首」(『万葉集』一六の
「痩す痩すも生けらばあらむをはたやはたむなぎをとると河に流るな」を引用した。田辺貞之助(1962)『古川柳風俗事典』
青蛙房 P343 に挙げた「鰻屋に囲われの下女今日も居る」について、
「鰻は精をつくからということもあるが、旦那は坊主
なので、寺ではくえないから妾のところ来てくう。というわけで、来るたびに下女を鰻屋へやる」と説明している。
17
舘野日出男(2004)「村上春樹と三島由紀夫」今井清人編(2005)『村上春樹スタディーズ 2000-2004』若草書房 P108-109
30
(P325)な「ばりばりいやらしい SM」(P324)を見に行くことが象徴する「性」的イメージに
は、共に強く「生」きていくことの意味も付け加えられているのである。
もう一つは、食事する場面である。
『ノルウェイの森』の中では、ワタナベが緑に会うた
びによく食事をする。これも「生」を象徴する手法だと認められる。例えば、第 4 章で 2
人が最初に会った学生食堂では、ワタナベは「マッシュルーム・オムレツとグリーンピー
スのサラダ」(P76)を食べ、緑は「マカロニ・グラタン」(P76)を注文した。そして、四つ
谷で「日変り弁当」(4 章 P88)を、緑の自宅で「鯵の酢のもの」(4 章 P101)などの手作り料
理を食べた。また、喫茶店で「カレー」を食べる(7 章 P243)緑にワタナベは付き合ってい
る。そして、緑の父が入院する病院の食堂で、二人で「クリーム・コロッケとポテト・サ
ラダ」(7 章 P270)の定食を食べた。
「鰻」を食べた第 9 章に引き続いて、第 10 章では、
「幕
の内弁当」(P373)を一緒に食べた。それと比べて、直子と一緒に食事を取る場面は少ない18。
従来、直子と対蹠的に「生」を象徴している緑だが、
『ノルウェイの森』では、食事の場面
に多く登場し、女の客がいないポルノ映画に敢えて行くことにした緑としか、うなぎを食
べない設定からも、うなぎの持つ「性」
・
「生」のイメージが一層クローズアップされよう。
5.3『海辺のカフカ』(2002)における「性」を滲み出させるようなうなぎ
49 章で構成された『海辺のカフカ』(上、下)では、うなぎが第 6 章に初めて登場したナ
カタに触れられている。ナカタは「もう 60 をとっくに過ぎ」(上 P86)たが、
「9 歳の時に事
故にあった」(上 P85)ため、
「頭が悪い」(上 P80)。このようなナカタは、猫と対話する力
を持つようになり、猫のオオツカに「世の中にはかわりのある食べ物もありますが、ウナ
ギのかわりというのは、ナカタの知りますかぎりどこにもありません」(上 P81)と、うな
ぎを最高のものと位置づけている。ナカタの大好物のうなぎだが、自分より立派になった
二人の弟も「大きな家に住んで、ウナギを食べております」(上 P80)と言い、謝礼にもら
った僅かな収入だが、
「たまにはウナギを食べることもできます。ナカタはウナギが好きな
のです」(上 P81)と、うなぎの高価な一面を強調している。
それに対して、聞き手の猫・オオツカは、
「ウナギはオレ(猫オオツカのこと・論者注)
も好きだよ。ずっと昔に一回食べたきりで、どんな味だったかよく思い出せないけどな」
と感懐を述べた。ここでうなぎの話題は切れ、猫が迷子になった理由の一つである性欲に
変わった。性欲が理解できていないナカタは、
「経験はありませんが、だいたいのところは
つかんでおります。おちんちんのことでありますね」(上 P83)とオオツカに確認した後、
うなぎを食べたことのある猫オオツカが若かった時、性欲のために迷子になったことを振
り返って、
「性欲というのは、まったく困っものなんだ。でもそのときには、とにかくその
ことしか考えられない。あとさきのことなんてなんにも考えられないんだ。それが…性欲
ってもんだ」(上 P84)と感慨を漏らした。性欲のことがよく分かっていないナカタだが、
18
第 5 章で直子が入っている阿美療を訪ねた時、そこの食堂で夕食に「魚フライと野菜サラダ」(P155)を、第 6 章で翌日の
夕食に「大豆のハンバーグ・ステーキ」(P215)を直子と一緒に食べた。そして、直子の死後、レイコが訪ねて来た時に、
「す
き焼き」(11 章 P407)を作って食べた。なお、第 8 章では永沢とハツミと「鱸」(P295)、
「鴨」(P295)を食べた。
31
ナカタが四国で佐伯に対面し「私はその部屋でもういちど 15 歳の少女に戻り、彼(カフカ
のこと・論者注)と交わりました。それが正しいことであれ正しくないことであれ、私はそ
うしないわけにはいかなかったのです」(下 P290)と言われた時に、
「正しいことであれ、
正しくないことであれ、すべての起こったことをそのままに受け入れて、それによって今
ナカタがあるのです」(下 P290)と返事した。性欲の功罪を論ずるより、起こってしまった
事である以上、そのまま受け入れるべきだと、性欲に詳しくないナカタが性欲について結
論を下したことは、基本的には欲望を肯定したと言える。
『海辺のカフカ』においては、う
なぎの高価な一面と大好物という一面が強調されるだけで、直接の性的イメージは描かれ
ていないが、うなぎの話題に続く性欲の話題や、うなぎを食べたことのある猫オオツカが
性欲のため迷子になったこと、また性欲に詳しくないが、ナカタが性欲について評論した
ことは、間接的にうなぎの持つ性的なイメージを滲み出させるように感じられよう。
5.4「うなぎ」が持つメディウム的意味
熟睡状態を、仲間とするうなぎとの友好を述べた「うなぎ」(1986)はさておき、
『ノルウ
ェイの森』(1987)においては、うなぎは「性」
・
「生」のイメージを持って登場した。
『海辺
のカフカ』(2002)では、高価な一面と、性欲が分からないナカタの大好物な一面が強調さ
れたうなぎを、その後猫オオツカと交わした性欲の話題、佐伯にアドバイスした性欲の話
と一緒に考えると、顕在的な性的イメージで登場した『ノルウェイの森』のアンチテーゼ
として、潜在的な欲望のイメージで『海辺のカフカ』に登場したと言えよう。
その 1 年後、村上春樹が「うなぎ説」(2003)を披露した。
「うなぎ説」で強調した、必須
不可欠の第三者、他者と視点を共有することを指標に、
『ノルウェイの森』と『海辺のカフ
カ』において共通に見られるうなぎの持つ「性」のイメージに注目すると、そこには「オ
ルターエゴ」としての生命欲や性欲が浮かび上がってくる。とはいえ、
『ノルウェイの森』
と『海辺のカフカ』のうなぎが持つメディウム的意味は、まだ十分明確に形象化されたと
は言えない。しかし、
「うなぎ説」発表から 11 年後の「シェエラザード」(2014)では、う
なぎが持つメディウム的意味がより明確な形で表現されている。描き方により、うなぎの
持つメディウム的意味は潜在化されたり、顕在化されたりするが、その根本では人間の持
つ根源的な生命欲、性欲を描くという点では、変わりはない。
6.おわりに――村上春樹文学のメディウムとしての「うなぎ」
今までの村上春樹作品の中で、
「シェエラザード」ほどうなぎが持つメディウム的性格は
顕在的に稼動してはいない。村上春樹の言う第三者、他者と共有する視点を含めて言う「う
なぎ説」と照応させて考えてみると、人間の持つ根源的な「オルターエゴ」の生命欲や性
欲を普遍的メディウムとして、
「治癒行為」または自己治癒を可能にさせる構造の形象化を
目指す村上春樹の作品は、世界へと羽ばたき、広がり、相互に結びつけていくに違いない。
テキスト
村上春樹(2014)『女のいない男たち』文藝春秋
32
五、論文口頭發表大綱⑤
安倍政権の「誇りある日本」と村上春樹の小さな秘密
蔡 錫勲
淡江大学 副教授
はじめに
「誇りある日本」は、安倍政権が目指す新しい国のかたちである 1。野田前政権も
2011 年 12 月 24 日に閣議決定された『日本再生の基本戦略~危機の克服とフロンティアへの
挑戦』で、
「誇りある日本」
(p.1)を取り戻す意欲を示した。ジャパン・アズ・ナンバーワン
は日本の誇りを示す代名詞である。野党時代だった自民党の 2010 年版マニフェストは「いち
ばん」をキーワードとして、
「いちばんがあふれる日本」を取り戻そうとしている。外国人か
ら見ると、日本人のこれまでの悲観的な反応はあまり過剰である。バブル崩壊前の経済成長
シンドロームで国の名声を判断する傾向が強すぎる。ここまで多くの誇りを造り上げて、ど
うして悲観論に陥ってしまうか。
いわゆる贅沢な悩みである。
誇りへの判断基準においては、
経済成長だけではなく、社会の進歩も重要な要素である。
『ジャパン・アズ・ナンバーワン―アメリカへの教訓』は日本経済が世界一だと主張して
いるとよく誤解されてしまう。仔細に読み返してみると、その内容は第 1 部 日本の挑戦(ア
メリカの「鏡」
、日本の奇跡)
、第 2 部 日本の成功(知識―集団としての知識追求、政府―実
力に基づく指導と民間の自主性、政治―総合利益と公正な分配、大企業―社員の一体感と業
績、基礎教育―質の高さと機会均等、福祉、犯罪のコントロール)
、第 3 部 アメリカの対応
(教訓―西洋は東洋から何を学ぶべきか)などである。同書は日本が世界一の経済大国だと
主張したのではなく、むしろ日本は数多くの分野で成功を収めており、その成果はアメリカ
への教訓であると論じたものである。
現在日本で起きていることも重要であるが、日本人の気質、文化、思考回路、こういった
ものを深く理解すべきである。多くの人工物は、時間が経つと消えてなくなるが、古き良き
「日本らしさ」は日本社会からは簡単に消えない。普段の暮らしではあまり意識していない
けれども、まだまだ多くの良さが存在する。多くの「当たり前」には脱帽するしかない。し
かし、日本の誇りを議論する時に、ナショナリスト2の主張に捉われがちである。例えば、藤
原正彦教授の『国家の品格』は、すべての日本人に自信と誇りを与える日本論であり、日本
に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であると主張
している。
ここでは、過度なナショナリズムを排除して、固定観念に捉われずに、過去、現在、そし
て遠い将来をつなぐ日本の誇りの深み、醍醐味をしっかり見極めていく。千思万考の結論を
先取りすれば、
「誇りある日本」を取り戻すよりも、
「古き良きもの、新しき良きもの」に
1
詳しくは、自民党の 2012 年版と 2013 年版マニフェスト、2014 年 1 月 1 日の安倍晋三首相の年頭所感を参照のこと。
菅直人元首相は 2014 年 2 月 22 日、安倍政権の政治姿勢について「保守政権というよりは、ナショナリスト政権だ」と批判
した。詳しくは、
「菅元首相『安倍政権はナショナリスト政権』 維新・みんなにも批判の矢先」
『MSN 産経ニュース』
、2014 年
2 月 22 日付を参照のこと。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140222/stt14022215540004-n1.htm (2014 年 2 月 22 日アクセス)
2
33
対して、意識・維持・発信することこそが正論である。
日本の誇りとは何か
環境、微妙に保たれる秩序ある社会、老舗大国、日本人のおもてなしの心、礼儀正しく親
切な人々、多くの文化遺産と自然遺産、繊細な伝統文化、細かな技術や職人芸的なもの、美
意識、温泉旅館、新幹線、東京の鉄道網、電車の定時運行、教育水準、街中の清潔、治安の
良さ、長寿社会、四季の恵み、豊富な清潔な水、安心・安全な食べ物、東京のミシュランの
星付きレストランの多さ、ハイテク自動販売機、エキナカが外国人に高く評価されている。
図 1 台湾人の日本に対する主なイメージ(複数回答可)
%
100
80
60
40
20
0
2012
2011
2009
2008
(出所)交流協会の各年度の「台湾における対日世論調査」に基づき、著者作成。
公益財団法人交流協会の4回の
「台湾における対日世論調査」
によると、
自然の美しい国は、
いつも高得点の項目である。2012年度の調査結果によると、自然の美しい国(75%)、経済
力・技術力の高い国(72%)、豊かな伝統と文化を持つ国(71%)、決まりを守る国(71%)、
民主的な国(51%)、平和な国(44%)、影響力を失いつつある国(37%)、クール・おし
ゃれな国(36%)、傲慢な国(29%)が台湾人の日本に対する主なイメージである(図1)。
また、
「第二の戦後復興」と言われる東日本大震災において、日本人の秩序ある対応は世界
の人々を驚嘆させた。国際社会がこぞって賞賛したのはあの悲しみと瓦礫の中で何の騒乱も
起こさず並び、待つ被災者の姿であった。ここでは、この二点を取り上げ、分析する。
(1)自然の美しい国
台湾の観光客は北海道の自然が好きであり、富良野のラベンダー畑を絶賛している。台湾
はある程度脱工業化した後、環境を重視する余裕を持つ。都市や工業地域に住んでいる方々
は、休暇は自然の美しいところに出掛けたいと考える。だから、環境保全は観光産業を支え
る。人間は自然の中での構成要素にすぎない。自然があってこそ、私たちは暮らしていける
のである。
戦後、台湾の川には魚がたくさんいた。その後、工業化を目指し、工場の建設ラッシュが
起こり、製品をアメリカなどの先進国に輸出し外貨を稼いだ。台湾は経済発展を遂げたが、
周りの環境はずいぶん破壊された。代償として環境汚染のために80年代から90年代までに川
から魚の姿は消えてしまったのである。
90年代から、
台湾は工業廃水を徐々に厳しく規制し、
汚染源になる工場を中国に移転し、台湾本土から工場の廃水と煙突が消えつつある。近年川
34
には魚の姿は戻ってきている。その種類も増えている。しかし、大部分の川がセメントで作
られたので、魚の生息のための水草は足りない。
台湾工業化のプロセスのように、
今や中国と東南アジア諸国は経済発展を優先するために、
急速な工業化による大気と川の汚染問題に悩まされている。肺炎患者が多い。食の安全問題
も多発している。安心・安全な食べ物=高価というモデルが形成されてしまう。大気汚染の
悪影響を受けて、北京への観光客は遠慮する。
日本は台湾より先に工業化したから、高度経済成長期には、環境汚染の問題も深刻であっ
た。日本は見事に汚染問題を克服し、アジアのモデルとして課題解決先進国になった。現在、
日本の環境技術はアジアの公共財として、中国と東南アジア諸国に輸出し、現地の汚染問題
対策になる。この成果は環境版のジャパン・アズ・ナンバーワンである。
アメリカのアル・ゴア(Al Gore)元副大統領は『不都合な真実(An Inconvenient Truth)
』
というドキュメンタリー映画で地球温暖化の問題を取り上げ、瀕死の状態にある地球の現状
を訴え、世界的な反響と反省を呼び起こした。ゴア元副大統領は北極の氷が解け始め、渡り
鳥が減少し、米大陸に牙をむく巨大ハリケーンなどの自然災害が増え続けていることを警告
し、地球を愛し子供達を愛する全ての人へ「地球の裏切りか?人類が地球を裏切ったのか?」
という疑問を投げかけた。これら一連の活動は、環境問題に関する大きな配慮を人類に求め
ている。2013 年、ゴア元副大統領は The Future: Six Drivers of Global Change で、水、
土地、ゴミなどの環境問題を改めて指摘している。
地球規模の気候変動問題が懸念され、環境の問題を議論する際に、サステイナビリティ(持
続可能性)は多用される言葉である。東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)3
は地球温暖化対策と経済成長の両立に関する世界的な研究拠点である。
IR3Sの主張によると、
過去の百年間、地球は小さくなった。20世紀の無限の地球は21世紀の有限の地球になってし
まう。世界の人口は増えつつある中、食料問題はまだ解決されておらず、解決への確かな方
法も未確定である。気候変動は寒波、干ばつ、洪水、超大型台風をもたらし、食料の問題を
悪化させている。
異常気象はどこまで悪化するか。
先進国と途上国の二極化を避けるために、
ともに発展していくことは欠かせない。サステイナビリティを議論する際に、先進国と途上
国の相互利益及び行動が求められており、そのためのインセンティブが欠かせない。実際の
利益を生み出せば、それに反応し人々は素早く動く。工業生産と地球環境の変化には不均衡
が深刻さを増している。その不均衡を解消するために、ビジネスチャンスが生じる。環境技
術の市場価値が高まってくる。
(2)東日本大震災の中の秩序
歴史上、日本は色々な災害に見舞われてきたにもかかわらず、その都度見事に立ち直って
きた。日本社会の秩序の根幹が東日本大震災によって再び証明された。日本人がこの歴史的
災禍で略奪や暴動を起こさず、
相互に助け合うことは全世界でも少ない優れた国民性である。
それは被災者というだけではなく、日本人が日常的に志向する行為や態度でもあったわけで
あるが、それが極限状態で、より鮮明に強く現れた、ということである。社会はいい意味で
3
著者は 2008 年 7-8 月、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構に研究員として在籍する機会を得た。
35
の秩序志向やバランス感覚、民意の高さがある4。
2011 年 3 月 11 日(金)午後 2 時 46 分、国内観測史上最大のマグニチュード 9.0 の東日本
大震災が発生し、大津波が押し寄せた。東北太平洋沿岸地域は壊滅的な打撃を受け、町一つ
が丸ごとなくなってしまうほどの被害が出た。何より、想定を超える大津波によって福島第
一原発が制御不能に陥り、問題が深刻化した。それにより、放射性物質の汚染が拡大し、国
内外で風評被害が広がった。日本はこの多面的な前代未聞の危機で甚大な被害を受けた。福
島第一原発の周辺は不思議なほど静寂な世界になった。
この大震災が日本国民の最たる美徳を見せてくれた。この災禍は人の命を奪い、住所や働
く場所を奪い、一時期は食料から水までも奪い去ったのだが、日本人の魂を奪うことはでき
なかった。被害状況が日々明らかになる中、被災者は礼節を忘れず、絞り出すような言葉は
強く、謙虚で、美しくすらある。救助されたお年寄りが「すみません。お世話になります」と
丁寧に挨拶していた。避難場所の人々は食料や水を求めていても、整然と列を作った。もの
を盗んだり争ったりする人々は皆無に近い。福島第一原発の周辺住民は避難する時に、交通
渋滞に巻き込まれても交通ルールを守って、ガラガラの対向車線に進入しなかった。
3 月 11 日の大震災は金曜日であったから、翌日の土・日は休みであった。3 月 14 日の月曜
日、皆は相変わらず職場に向かった。首都圏では、計画停電と電車運行の乱れがあっても、
彼らは長い行列を作って電車を待ち、会社に向かった。計画停電を受けて、運休となった路
線駅のバス停やタクシー乗り場も行列が作られるなど、出勤難民の状況が見られた。暫くの
間、鉄道各社の減便も続いた。停電となった地域では信号のライトが消灯されたので、警察
官は手信号で対応した。
『ジャパン・アズ・ナンバーワン―アメリカへの教訓』が賞賛する「公正な分配」は、今
回の大震災でも生きている。結果平等を重視する日本では、全員平等に入手できることが保
証され、秩序は保たれた。被災地の秩序には、日本人の道徳心の高さだけではなく、公正な
分配が保証されていることがあった。分配者に対する信頼が、大震災でも秩序を維持したの
である。この結果、平等のシステムは日本を覆い尽くしている暗澹たる状況に差す一条の光
であった。日本人の基本的な性格として、誰もがそうだというわけではないが、傾向的には、
秩序こそ安心・安全というものがある5。
なぜ、日本の被災者はこんなに冷静に、他者への配慮にあふれた行動を取れるのかという
多くの外国人の疑問に対しては、「それは日本人だから」と返事するしかない。今回の大震災
には、
「絆」とか「コミュニティ」とか、一致協力する運命共同体の姿勢が出てきている。連
帯感を持つ強靭な民力は日本社会の強さである。
外国人が日本の底力に感嘆した所以である。
外からでは分からない、マスコミが報じない誇りのある被災者の行動がまだたくさんある。
「中確幸」という新しき良きもの
人間は物心両面の幸福を追求する。どちらかが欠けていては、それは人間にとって幸せで
はない。構想日本の加藤秀樹代表は、団塊世代の幸せについて以下のように主張している6。
4
5
6
2014 年 1 月 14 日、筑波大学の菱山謙二名誉教授の指摘に基づき、著者整理。
2012 年 3 月 1 日、筑波大学の菱山謙二名誉教授の指摘に基づき、著者整理。
2013 年 12 月 26 日、構想日本という政策シンクタンクからのメールマガジン。
36
「国としての成長至上主義が頭をもたげてきている。経済の成長が国民の生活を支えるた
めに重要な条件であるが、社会は実は一人ひとりの個人から成り立っている。国民の関心事
が消費税のような生活に直結するものであり、物質的なものに傾いている。団塊世代の子ど
も頃、
決して今のように豊かではなかったが、
国民の一人ひとりが幸せだった時代があった。
一人ひとりが、お互いに助け合いながら、前を向いて明るく生きていた。一日一日を生きる
人々の顔に輝きがあった。
」
1970 年代には、日本人はエコノミックアニマルと揶揄されていたが、今や日本はもはや経
済覇権を狙う存在ではない。2010 年、経済大国二位の座を中国に譲っても、文化大国と呼ば
れたほうがいい。
台湾における日本語学科の学生数の多さは、
日本の文学は文化産業として、
海外に展開する日本の誇りであると証明した。
かつて台湾の国民党政府は、
長い間日本に関する情報流入に対して制限を設けていた。
1980
年代以前に日本語専攻の学科を設置していたのは淡江大学、輔仁大学、東呉大学、中国文化
大学の四つの私立大学のみであった。1980 年、対日貿易赤字を改善するため、政府の戦略的
な梃子入れによって、国公立大学としては初めて国立台中商業専科学校7に応用外国語学科が
設置され、知日派人材が育成されることとなった。これは国公立学校で日本語学科を設立で
きないというタブーを打ち破ったものの、
「日本」を学科名に出してなかった。1990 年代に
は、多くの大学に日本語学科が設けられた。なおかつ、IT 革命とともに、若者の間で日本文
化への人気が一気に広まった。
村上春樹は、日本の作家の中でノーベル文学賞の最有力候補と見なされている。
『色彩を持
たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、2013 年の書籍の年間ベストセラーの第一位になっ
た。東京大学では、
「村上春樹研究会」が作られた。淡江大学日本語文学科でも、
「村上春樹
研究室」が設置された。村上の「小確幸(しょうかっこう)
」は、台湾の新しい外来語になっ
た。
NHK は 2013 年 10 月 8 日、
「東アジアで人気 村上春樹の“小確幸”」と題した解説を行っ
た。
「小確幸」の意味は「小さいけれども、確かな幸福」ということである。村上に影響を受
けて小説を書いている「村上チルドレン」も現れた。この NHK 解説は、
「小確幸」の人気の秘
密について以下のように解析している8。
「東アジアの若者たちは、今、あたかも高度経済成長当時の日本のように、激しく経済成
長が進む中で、社会に揉まれながら学び、働いている。
『村上春樹研究会』の留学生は、そう
した社会に翻弄される東アジアの若者たちが、村上さんの小説の主人公や村上さん自身のよ
うに、大きな社会の動きと一線を画したところに、ほっとするひと時を感じたい、日々の暮
らしの中で自分なりの『小確幸』を見つけたい。
」
「小確幸」は心を癒す効果が効き、不景気の時代には、その効果がもっと大きい。ただし、
台湾では「小確幸」はやや暗いイメージを持ち、政府の不能を揶揄するとして、使われてい
る。本来なら、政府は国民のために、大きな目標と幸福の「大確幸」を創造するはずである。
7
国立台中科技大学の前身。
詳しくは、菊地夏也の「東アジアで人気 村上春樹の“小確幸”」という NHK 解説を参照のこと。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/169611.html (2014 年 2 月 4 日アクセス)
8
37
それは無理だから、
「小確幸」をしか追求できない。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、
「中確幸」という夢と希望を読者に与
える。
「色彩を持たない」に加えて、
「大学 2 年生の 7 月から、翌年の 1 月にかけて、多崎つ
くるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた」
(p.3)は、ストーリーの最初の言葉であ
る。この内容は長引く不況と東日本大震災に強いられる多くの方々の苦境を反映している。
「彼の巡礼の年」は、アベノミクスが 2013 年、希望を国民に与えた姿勢と重なっている。
「良いニュースと悪いニュースがある」は、この本の帯のキャッチフレーズである。帯の
キャッチフレーズは、読者が思わず手に取りたくなる日本的やり方である。また、帯には「多
崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。ある
ポイントまでは……」と書かれている。読者は主人公になることを想像して、夢のような暮
らしと旅を享受するため、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、読者の心を世
界につなぐ駅だと言える。
このストーリーは大きく三つ分けられる。第 1 章や第 2 章の代わりに、村上は「1」
、
「2」
の書き方を採用する。
「1-13」は東京暮らしと国内旅行である。
「14-17」は海外旅行と国際結
婚の家庭生活を描く。最後の「18」と「19」には帰国の雰囲気と世界一の JR 新宿駅がある。
各章のはじめには、ある特定のキーワードで主人公の居場所を描写する。具体的には以下の
通りである。
「1」には、
「生卵をひとつ呑む」
(p.3)は日本の食文化である。新鮮な生卵ではないと、
そのまま食べられない。鳥インフルエンザが発生する現在、日本の生卵は安心・安全な食べ
物であると感じられる。
「2」には、
「新幹線」
(p.29)がある。日本新幹線の安全性と快適さ
は世界一である。新型車両9が次々と営業運転を始める。乗客や鉄道ファンは最新鋭の技術を
搭載した最高の新幹線に乗るのが楽しんでいる。日本政府は新幹線や鉄道などのパッケージ
型インフラの海外展開を積極的に推進している。特に、地震大国でも長期間かつ安全に運転
できている実績は日本の強みである。台湾への初の新幹線輸出はインフラ整備の国際展開の
里程標である。
「3」には、
「水鳥」
(p.44)がある。自然環境がいいから、水鳥がいる。
「4」
には、
「駅」
(p.52)がある。日本の鉄道は世界最先端である。東京の地下鉄は世界一である。
エキナカはとても便利であり、世界のどこにも見られないものである。これは日本の鉄道を
タイに輸出する時に、使われた日本の強みである。日本は日本式生活インフラを新たな稼ぐ
力として輸出している10。
「5」には、
「東京の大学」
(p.73)がある。東京は世界的な大都会
である。日本人にとっては、上京の言葉がある。新幹線や鉄道において、
「上り」
「下り」の
表現が用いられる。
「上り」は、主に東京方面に向かうことで、
「下り」はその逆方向に向か
う電車を指す。
「6」には、東京の「恵比寿のバー」
(p.97)がある。居酒屋より、バーは外国
の雰囲気がある。
「7」からは国内旅行の内容である。
「7」には、
「九州の山中の温泉」
(p.112)がある。温
9
「北陸新幹線の新型車両、東京―長野間でデビュー」
『読売新聞』
、2014 年 3 月 15 日付。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20140315-OYT1T00334.htm?from=main9 (2014 年 3 月 15 日アクセス)
「足湯付き『とれいゆ』…山形新幹線デザイン一新」
『読売新聞』
、2014 年 3 月 22 日付。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20140321-OYT1T00156.htm?from=navlp (2014 年 3 月 22 日アクセス)
10
詳しくは、2014 年 1 月 12 日の NHK『シリーズ“ジャパンブランド” 第 2 回“日本式”生活インフラを輸出せよ』を参照の
こと。
38
泉は日本暮らしの一部である。箱根温泉、熱海温泉、有馬温泉などの老舗旅館において、女
将は先人からの伝統を受け継いで、日本の宿文化・旅文化を守っている。大女将と若女将は
代々継がれ、おもてなしで旅人の心身を癒す。小さな気配り、心配りを重ねることがおもて
なしの基本である。老舗旅館は一期一会の感動と、感謝の気持ちを大事にする。和室で日本
茶を飲んだり温泉に入ったりすることによって、旅人の疲れが癒されていく。生け花は老舗
旅館の魅力の一部である。池坊は生け花の 1,400 年の伝統と文化を受け継いでいる。
「百聞は
一見に如かず」がおもてなしの醍醐味である。魅力的な顧客体験が何より重要である。外国
人は毎日のように大量の日本の情報を、メディアを通して入手できる。実際に日本に足を運
ばなくても知識は得られるという風潮があることも事実である。自分の目で見たこと、体験
は一生の宝物である。
おもてなしは、2013 年 9 月 7 日(日本時間 8 日朝)
、2020 年オリンピックを決める IOC
(International Olympic Committee)総会の最終プレゼンテーションにおける滝川クリス
テルの演説でも、東京の優位性のキーワードとして使われた。昔からおもてなしの概念が存
在し、それは普段の暮らしに根づいている。おもてなしは特別に意識することなく提供され
るサービスである。おもてなしは、歓待、細やかな心遣い、気前の良さ、無私無欲の深い意
味合いを持つ言葉である。それは先祖から受け継がれ、現代の日本の文化にまでしっかり根
付いているものである。その背景には日本独特の風土があるため、外国人には簡単に真似の
できない文化である。このおもてなしの精神は、なぜ日本人が顧客にその思いやりで接して
いるのかを説明するものである。レストランの店員はセレブや庶民を区別せず、笑顔で顧客
を迎えている。
「8」には、
「灰田は秋田に帰郷した」
(p.127)は、日本の田舎を映す。秋田美人という言
い方があるが、東北には侘び・寂びの美意識もある。
「9」には、
「銀座」
(p.135)がある。銀
座は高級ブランドと老舗の街である。いわゆる大人の街といったイメージがある。その魅力
は増している。買い物客は多様化しつつある。キーワードは訪日観光客の富裕層である。と
りわけ、中国からの観光客である。その結果、銀座は日本の銀座からアジアの銀座へと変身
している。
「10」には、
「名古屋の実家に戻った」
(p.151)がある。名古屋の近くには、トヨ
タ自動車の本社と工場がある。
トヨタ自動車の高収益のおかげで、
従業員の給料が高くなり、
名古屋の経済も比較的に元気である。
東京品川-名古屋間のリニア新幹線の建設が決定された。
完成した後、最高時速 500km で東京-名古屋を最短 40 分で結ぶ。
「11」には、
「レクサスのシ
ョールーム」
(p.178)がある。レクサスはトヨタ自動車の高級車である。
「12」には、
「東京
のすまいに戻った」
(p.208)がある。
「13」には、
「週末、つくるはジムのプールに行く」
(p.230)
がある。長引く不況では、主人公は優雅な生活を暮らしているようである。
「14」には、
「ヘルシンキの空港で降りる」
(p.247)と「メルセデス・ベンツに乗り込み」
(p.247)は、ゴージャスな「初めての海外旅行」
(p.247)である。ヘルシンキ空港はフィン
ランドにある。初めての海外旅行なのに、いきなりヨーロッパである。しかもフランスやイ
ギリスのような観光大国ではなく、自然が満喫できる北欧諸国である。一般的な観光客はあ
まり行けないから、読者が夢の世界に引き連れられていく。
「15」には、
「七時にウェイクア
ップ・コールがかかってきて」
(p.263)がある。これはホテルに泊まる風景である。
39
「16」には、
「
『コーヒーをいれようか?』と夫が日本語で妻に尋ねた」
(p.281)はラブス
トーリーのように、
女性の心に沁みるセリフである。
女性の読者は日本男性の亭主関白より、
外国人夫の優しさに抵抗できない。逆に、
「お~いお茶」は日本の伊藤園飲料のキャッチフレ
ーズだけではなく、亭主関白の一言とも言える。旦那は妻の名前の代わりに、
「お~い」と呼
んで、
「お茶」を入れてもらいたい。
「17」には、
「エドヴァルトと結婚し、フィンランドまで
やってきた」
(p.311)がある。これは西洋人との国際結婚の暮らしを記述するものである。
「18」には、
「余った二日間、つくるはヘルシンキの街をただあてもなく歩いて過ごした」
(p.331)がある。主人公はツアーに参加していないようである。一般的な観光客は、観光バ
スに乗って、観光名所を見たり買い物をしたりする、というハードなスケジュールがある。
主人公はのんびりしていた。
「東京に戻る前に」
(p.331)は、海外旅行から帰国するイメージ
である。
「駅から携帯電話でオルガに電話をかけ、礼を言った」
(p.331)は、国際電話をかけ
ることである。主人公は国際派である。最後の「19」には、
「新宿駅は巨大な駅だ。一日に延
べ 350 万に近い数の人々がこの駅を通過していく。ギネスブックは JR 新宿駅を『世界で最も
乗降客の多い駅』と公式に認定している」
(p.348)がある。JR 新宿駅は世界一だというのは、
読者に日本の駅への誇りを意識・発信するようである。
むすび
誇りの価値は金銭で測りきれないものであり、金銭で買えない部分もある。経済成長に偏
る選択的注意は、他の誇りの存在を無視しがちである。社会の進歩は、経済成長で表される
ような量的なものだけでなく、日々の暮らしの質的なものもある。再びジャパン・アズ・ナ
ンバーワンの時代のように、日本は世界を舞台に活躍する夢を持つ。夢があるからこそ、人
間は生き生きする。夢を実現した人には夢はない。彼はすでに夢の中に住んでいるからであ
る。実は豊かすぎる日本社会で生活している日本人は、一部の古き良き夢の中に住んでいて
も、気が付かない。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、安倍政権が目指す「誇りある日本」
のアプローチとほぼ同じである。夢と希望は両方の共通キーワードである。安倍首相はかつ
てのジャパン・アズ・ナンバーワンの輝きを取り戻そうとして、2013 年の世相を漢字ひと文
字で表す「今年の漢字」は「夢」がふさわしいと主張している。
「小確幸」の代わりに、この
小説は「中確幸」という夢と希望を訴えている。
参考文献
エズラ・F・ヴォーゲル(1979)
『ジャパン・アズ・ナンバーワン―アメリカへの教訓』
(広中和歌子・木本彰子訳)ティビーエ
ス・ブリタニカ。
閣議決定(2011 年 12 月 24 日)
『日本再生の基本戦略~危機の克服とフロンティアへの挑戦』首相官邸。交流協会(各年版)
「台
湾における対日世論調査」交流協会台北事務所。
自民党(各年版)
『マニフェスト』自民党。
ジョセフ・S・ナイ(2011)
『スマート・パワー―21 世紀を支配する新しい力』
(山岡洋一・藤島京子訳)日本経済新聞出版社。
藤原正彦(2005)
『国家の品格』新潮社。
村上春樹(2013)
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋。Gore, Al (2013), The Future: Six Drivers of Global Change,
Random House.
40
五、論文口頭發表大綱⑥
村上春樹『国境の南、太陽の西』における女性たち
―「四段階分け」という語り方から見て―
劉 曉慈
熊本大学大学院 博士後期課程
はじめに
1988 年の『ダンス・ダンス・ダンス』以来、村上春樹は 4 年ぶりに 1992 年に『国境の
南、太陽の西』を発表した。
『国境の南、太陽の西』は、村上春樹の 90 年代の最初の長編
小説として、90 年代のスタートを切ったとも言えるだろう。この作品が発表された後、村
上はインタビューで、
「90 年代は村上さんにとってどんな時代になりそうでしょうか」と
尋ねられると、
「自己回復の時代ですね。いろんなものを小説的に一通り抜けてきて、だん
だん大事なものをしぼりこんでいって、自己をもう一度確立する時代」と語っている1。
この小説の語り手は一人称の「僕」であり、始(ハジメ)という男である。始は自分の
今までの人生を四段階に分けて、時間順に語っていく。
「第一段階」は生まれから中学校卒
業までであり、
「第二段階」は高校時代である。
「第三段階」は大学入学から妻の有紀子と
結婚する 30 歳までであり、
「第四段階」は 30 歳から 37 歳までである。このような「段階
分け」という語り方は、従来の村上作品には見られない手法であり、何かを示唆している
のではないかと考えられよう。
一方、初期三部作の「鼠」
、
『ノルウェイの森』の永沢、
『ダンス・ダンス・ダンス』の
五反田など、個性的な男性がたびたび登場すること対して、
『国境の南、太陽の西』には多
くの女性が登場し、男性の登場人物は少ない。それだけではなく、始はほとんどこれらの
女性をめぐって人生の四つの段階を語る。彼女たちは相次いで始の人生の四つの段階に現
れ、始にいろいろな体験をさせていく。これらの女性たちは「四段階分け」という語り方
とは、どのような形で共存しているのであろうか。
本稿では、
『国境の南、太陽の西』における女性たちに着眼し、各女性が始にもたらす
影響を解明し、本作品の「四段階分け」という語り方を中心として分析し、村上の 90 年代
のスタートとしての『国境の南、太陽の西』の作品世界に迫っていく。
一、島本さんの属する「別の世界」
始は自分の人生の「第一段階」を「一人っ子」の話から語る。始は一人っ子であるが、
周りの人は一人の例外もなく兄弟がいるため、少年時代の彼は、たびたび自分がみんなと
異なることで悩み、
「一人っ子」という言葉が「いやでたまらなかった」
(P.8)という。
このような始が、転校生の島本さんに出会う。島本さんは始と同じく一人っ子であった
ため、二人は親しくなり、
「心を通いあわせた」
(P.9)友達になる。始は「話をしてみると、
1
(1993)
「村上春樹への 18 の質問」
『広告批評』1993 年 2 月号 マドラ出版 P.18
41
僕らの間にはずいぶんたくさんの共通点があることがわかった」
(P.11)と言い、島本さん
からいろいろな自分との共通点が見つかり、自分は島本さんと「驚くほどよく似ていた」
(P.12)と語る。
しかし、始は自分と島本さんとの共通点を語りながら、島本さんの異質性も唱える。始
はレコードを聴くために頻繁に島本さんの家に遊びに行く。そこで始は普段聴いているロ
ック音楽に対して、島本さんの家で初めてライト・クラシック音楽とジャズに触れ、心を
惹かれる。彼は島本さんの家で聴いたライト・クラシック音楽を「別の世界の音楽」
(P.14)
と称し、自分が「それに引かれたのはおそらくその「別の世界」に島本さんが属していた
から」
(P.14)と言い、島本さんを「別の世界の人」としている。始は、何故島本さんの異
質性を強調するのか。ここで始の言う「別の世界」とは一体何のことであろうか。
少年時代の始と島本さんとは、互いに異性としての好意を抱いているが、始はその好意
を「いったいどう扱えばいいのかわからなかった」
(P.20)と言っている。
彼女と会っていた頃、僕はまだ十二歳で、正確な意味での性欲というものを持た
なかった。彼女のスカートの下にあるものに対して漠然として興味を持つようにな
ってはいた。しかしそれが具体的に何を意味するのか知らなかったし、それが僕を
具体的にどのような地点へ導いていくのかということも知らなかった。
(P.22-P.23、
下線は論者による、以下同)
以上の引用文から見ると、12 歳の始は島本さんに好意を持っているが、性欲をはっきり
捉えられないことが分かる。性欲は始にとって未知なものであり、好奇心を引き起こして
しまう。
一方、島本さんは始をどこかに案内するときに、
「こっちに早くいらっしゃいよ」
(P.20)
と言いながら始の手を握る。島本さんの手の感触は始の心を「温め」
(P.21)るとともに、
「混乱」
(P. 21)させる。さらに、島本さんは 36 歳の時に始に再会した後、始に「十二歳
のときからもう、裸になってあなたと抱き合いたいと思っていたのよ」
(P.199)と言い、
その時には始に性の衝動をもっていたと告白する。これは、始の当時の自分は「正確な意
味での性欲というものをもたなかった」
(P.22)という語りと比べれば、非常に対照的に表
現しているとも言える。
12 歳の「性」と言えば、思春期が想起されよう。何故ならば、思春期と言えば、女子な
ら初潮、男子なら精通の体験により始まると言われ2、
「性」と深く関っているからである。
周知の通り、女子の思春期は、男子より早く来るのである。
「正確な意味での性欲というも
のをもたなかった」
始に対して、
自分の異性に対する性の衝動を理解していた島本さんは、
始より一歩早く思春期に入っていたと考えられる。
2
福島章(1992)
『青年期の心――精神医学からみた若者』講談社 P.21
42
始にとって、思春期にすでに入って、性の衝動というものを理解している島本さんは異
質な存在であり、
「別の世界」に属している人という存在であろう。思春期は始にとって「別
の世界」であるうえ、島本さんが始の手を握って、
「こっちに早くいらっしゃいよ」と言う
エピソードは、島本さんが始を「別の世界」としての思春期へ招待し、導いていく象徴と
も見られよう。
二、12 歳の島本さんと「渦」
島本さんの家で「別の世界の音楽」を聞くたび、12 歳の始は「渦」を見る。
目を閉じてじっと意識を集中していると、その音楽の響きの中にいくつかの渦が巻
いているのを見ることができた。
(P.15)
この「渦」は、音楽だけでなく、島本さんを通しても見られる。島本さんが手をスカー
トの膝の上に置いて、指でスカートの格子柄をゆっくりとなぞる情景を見ると、始は再び
「渦」の話に触れる。
目を閉じると、その暗闇のなかに渦が浮ぶのが見えた。幾つかの渦が生まれ、そ
して音もなく消えていった。ナット・キング・コールが『国境の南』を歌っている
のが遠くのほうから聞こえた。
(P.19)
始は「別の世界の音楽」と「別の世界の人」を通して渦を見る。始にとって「思春期」
が「別の世界」であるうえ、彼の見る「渦」は、思春期と関っていることが分かる。それ
だけでなく、
「渦」が消えていくとともに、まるで結びついているように、ナット・キング・
コールの『国境の南』という曲が遠くの方から聞こえてくる。この「渦」は一体何であろ
うか。ここでは、
「渦」と『国境の南』との関わりに注目したい。
『国境の南』の冒頭には、
「South of the border - down Mexico way. That’s where I
fell in love」とある。この歌詞から考えてみれば、
「South of the border(国境の南・
筆者訳、以下同)
」は、
「fell in love(恋に落ちた)
」の場所であり、始と島本さんと互い
に抱いていた好意と呼応しているのではないか。
そして、
「国境の南」
という言葉について、
始は次のように語る。
もちろんナット・キング・コールはメキシコについて歌っていたのだ。でもその
当時、僕にはそんなことはわからなかった。国境の南という言葉には何か不思議な
響きがあると感じていただけだった。その曲を聴くたびにいつも、国境の南にはい
ったい何があるんだろうと思った。
(P.19-P.20)
43
当時まだ小学生であった始は、
「国境の南」がメキシコであるということが分からなか
った。
「国境の南に何があるんだろう」と思い、
「国境の南という言葉には何か不思議な響
きがある」
と感じつつある始の姿から見ると、
「国境の南」
は始にとって未知の世界であり、
彼の好奇心を引き起こしているのが分かる。これは、当時の始の「性欲」に対する姿勢と
ほぼ重なっているのではないか。
「国境の南」という言葉が始にもたらした情緒が、始の性
欲に対する姿勢と共通するところからみると、その曲が始の思春期とつながっていること
も明白であろう。
音楽は「異界」に繋がる装置として村上春樹の作品の中にたびたび登場するが3、
「国境
の南」とは一体何なのであろうか。それは、12 歳の始にとって、
「別の世界」としての思
春期の象徴であろう。そこにあるのは、始がはっきり捉えられない性欲であろう。
『国境の
南』に結びついていく「渦」は、始を思春期に繋げる前触れのような存在ではないか。こ
のように、
「渦」は始の思春期に入る前、島本さんを通して感じる性欲の兆しであり、芽生
えた性欲のメタファーとして見ても良いだろう。
三、イズミの従姉と「竜巻」
違う中学校に通うことになり、始と島本さんはだんだん疎遠になってしまうため、二人
が互いに抱き合っていた好意は実らなかった。始は島本さんのことを懐かしく思い出しな
がら、
「第二段階」の高校時代へ進んでいく。
始は自分の人生の「第二段階」を「新しい世界」
(P.29)と呼んでいる。この「新しい
世界」というのは、12 歳の時の始にとっての「別の世界」
、つまり思春期のことと考えら
れる。その段階で、始は「イズミ」という名前のガールフレンドを作る。彼は自分の求め
ているのは「イズミをまず裸に」
(P.30)して、
「彼女と性交する」ことだと述べる。彼は
イズミとキスしたり、イズミの裸の体を抱いたりし、これらの行為を通して、
「大人になろ
うと」
(P.39)する。言い換えれば、始はイズミとの性的関係、恋愛関係を「大人へのイニ
シエーション」にしようとしている。
しかし、イズミは始との性交を拒んで、二人は性的な関係においては最後の段階まで行
、、、、、、、
かなかった。
始はこれについて、
「僕がイズミの中にいつも僕のためのもの
(傍点原文ママ、
、、
以下同)を発見できない」
(P.37)
、
「もし彼女の中にその何かを見出せたなら、僕はたぶん
彼女と寝ていただろう。僕は絶対に我慢なんかしていなかっただろう」
(P.37)と言い、イ
、、
ズミから自分のための「何か」を感じられないと主張し、二人の性交は絶対に必要なもの
ではないと説いている。
それに対して、始はイズミの従姉から「吸引力」
(P.50)を感じる。土居豊は、この「吸
3
鈴木淳史(2010)は「まずは音楽、お次に文学?――春樹作品とクラシックの関係を深読みする」で、鈴木
淳史は、
『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭で、
「僕」がロッシーニ「泥棒かささぎ」序曲を聞いた後、異界から
奇妙な電話を貰うと述べ、
『1Q84』で、ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」は青豆が「1984 年」から「1Q84
年」に移行する前触れであると指摘し、クラシック音楽と村上作品の中の「異界」との関りを示唆している。
『村上音楽を音楽で読み解く』日本文芸社 P.56
44
引力」を「性的吸引力」としている4。始は最初にその従姉と顔を合わせたときから、
「こ
の女と寝なくてはいけない」
(P.49)
と感じ、
彼女と性交する必要性があるのだと認識する。
そのため、イズミの非常に親密な従姉にも関らず、始は彼女と性交する。始たちは神戸に、
その従姉は京都に住んでいるが、始は毎週ごとに京都に通うようになり、京都で異常な性
欲に駆られ、不思議な性的体験をする。
始は彼女を「愛しては」
(P.52)おらず、彼女も始のことを愛してはいない。二人は恋
人でもなく、長くやっていける気もせず、二人の間は「性」しかないように、
「脳味噌が溶
けてなくなるくらい激しくセックス」
(P.50)し、
「会うたびに四度か五度は性交」
(P.51)
し、
「精液が尽きるまで彼女と交わ」
(P.51)る。始は、二人の「性」への渇きを「竜巻の
、、
、、
ようなもの」
(P.52)とし、自分は「何かに激しく巻き込まれていて、その何かの中には僕
にとって重要なものが含まれている」
(P.52)というふうに語る。つまり、イズミから感じ
、、
られず、イズミの従姉から感じられる「何か」は、思春期に入った男子の精神生活を根底
から揺るがす「性の衝動」であろう。
「僕にとって重要なものが含まれている」とあるのは、
「性」の思春期の男子に対する重要性と繋がるのではないか。
ここで、
「竜巻」という言葉に注目したい。始が 12 歳に見た音もなく消えていった「渦」
に対して、彼はイズミの従姉と「竜巻」に激しく巻き込まれている。この「渦」と「竜巻」
という言葉使いは、偶然ではないであろう。
「渦」が思春期に入る前の性欲の兆しであるな
らば、
「竜巻」は思春期に入った始を翻弄する性の衝動を象徴するのではないか。
「渦」か
ら「竜巻」へという変化は、思春期に入ってから、性欲の芽生えから爆発への過程と考え
られよう。
一方、イズミの従姉とのことがイズミに知られた後、始は自分の感じた本能とそのこと
の必然性をイズミに説明しようとするが、イズミには全く理解してもらえなかった。平居
謙は、現実世界としての「東京」に対し、村上春樹が描く「京都」を「魔界」と述べてい
る5。このように、村上作品における「京都」の異界性は看過できない。京都で異常な性の
衝動に駆られた始の思春期体験は、日常的な体験とも言えないだろう。
四、36 歳の島本さんと「雨」
高校卒業後から 30 代を迎えるまでの 12 年間は始の人生の「第三段階」である。始は「失
望と孤独と沈黙のうちに過ご」
(P.58)す。この 12 年間、始は何人かの女性と寝たが、彼
女たちの中に「僕のために用意された何かを見いだすことができな」
(P.58)かった。30
歳になる始は、旅行中に急に大雨に降られ、雨宿りをしている時に有紀子という女性に出
会う。始は大雨の中で、有紀子から久しぶりの「吸引力」を感じて、彼女と結婚し、人生
の「第四段階」に入っていく。
4
土居豊(2010)
『村上春樹のエロス』KK ロングセラーズ P.77
平居謙(2009)
「残存としての「京都」―村上春樹『ノルウェイの森』
『国境の南、太陽の西』を中心として
―」
『平安女学院大学研究年報』2009 年第 10 号 P.56
45
5
その後、始は義父の援助を受け、青山で二軒のジャズバーを経営する。始が 36 歳の時
に島本さんが始の店にやって来て、二人は再会する。始はある女性を見て、
「吸引力」を感
じ、後にその女性が島本さんだったと分かる。
島本さんは何故か雨の日に限って姿を現す。彼女が初めて店に来たとき、
「外にはまだ
雨が降りつづいて」
(P.108)いる。また、二回目も同じく雨の日で、
「彼女の髪は雨に濡れ
ていた。湿った前髪が額に幾筋か張りつ」
(P.112)いている。次に二人で一緒に石川県に
行ったときも、
雪が降っている。
それから春が来るまで始は島本さんに毎週のように会う。
直接的な雨の描写はないが、始の「不思議なことに、彼女はいつも静かな雨の降る夜にや
ってくるのだ」
(P.180)という語りを見ると、始と島本さんと会うたび、
「雨」は二人を媒
介するように降っている。
再会した後、36 歳の島本さんと始は相変わらず 12 歳の時の呼び名で呼び合っている。
始は島本さんのことを「島本さん」と呼び、島本さんは始のことを「ハジメくん」と呼ん
でいる。二人の時間は、まるで小学校時代から止まっているかのようである。また、島本
さんは勤務経験が全くなく、お金の使い方しか知らない。このような島本さんは、社会性
がない上に、まるで子供のようである。それに、島本さんは現在の自分のことについて始
に何もふれさせない。最後に、島本さんと箱根の別荘の中で性交している時、始は島本さ
んに「僕は君のことを知りたいんだ」
(P.204)と要求し、島本さんは「明日になったらね、
何もかも話してあげるわ」
(P.204)と答えたが、翌日、島本さんは姿を消して、二度と始
の前に姿を現さない。物語の中で、島本さんは始にとって、
「過去の島本さん」として存在
している。つまり、
『国境の南』を流し、始に「渦」を見させた日々の島本さんである。
また、始は島本さんに会うたびに、島本さんに対する欲求が高まっていく。始は最初「島
本さんと寝るつもりはない」
(P.123)と言ったが、島本さんが 12 歳のときに二人で聴いて
いたナット・キング・コールのレコードを始に贈り、二人で箱根の別荘で『国境の南』を
聴いている時に、始は島本さんに「僕は君のことを愛している」
(P.194)と告白する。そ
の後、二人は「その床の上で何度か交わ」
(P.203)る。
ここの「何度か」の性交から、始がイズミの従姉と「会うたびに四度か五度は性交」し
ていたことが想起されよう。また、前述のとおり、
『国境の南』は始にとって思春期に繋が
る装置である。二人の交際は思春期の間が空白であり、再会した二人は、時間がまるで 25
年前から止まっているようである一方、互いに性の衝動を我慢するも、始の思春期の入り
口を象徴する『国境の南』が流れた後に性交する。このように、36 歳の二人の再会は、
「象
徴的思春期」と考えられて、二人の激しい性交は、12 歳のときに実らなかった好意を昇華
したものであろう。
有紀子との出会いも島本さんとの再会も雨の中であったことから見ると、
「雨」が 30 代
の始の感じた「吸引力」と関っていることが分かる。それだけでなく、島本さんとの媒介
として、始の「象徴的思春期」をも引き起こす。しかし、島本さんの消失によって、二人
46
の「象徴的思春期」も終焉を迎える。
一方、島本さんと会うたびに、始がいつも「あるいは僕は幻のようなものを見ていたの
かもしれない」
(P.108)
「世界が一瞬がらんどうになってしまったような気がした」
、
(P.139)
、
「現実を歪め、時間を狂わせた」
(P.218)と感じる。それで、島本さんに関する先行研究
は、よくその実在性を論じている。斉藤英治は『国境の南、太陽の西』を「現代のゴース
トストーリー」と呼んで、
「幽霊的な雰囲気を漂わせている」と言っている6。横尾和博は、
島本さん「黄泉の国」から来たものであり、彼女を通して死という世界が始に開示された
と示唆している7。同じ「幽霊説」であるが、加藤典洋は島本さんがイズミの幽霊であると
指摘している8。
始と島本さんが再会した後、島本さんと「死」との繋がりはいくつかのところで見られ
る。二人が石川県に行った時、急に発作を起こした島本さんについて、
「瞳の奥は死そのも
ののように暗く冷たかった」
(P.131)とある。二人が箱根の別荘で性交している時、始は
島本さんの瞳を見て、それを「生まれて初めて目にした死の光景」
(P.201)と言い、島本
さんを通して、始は「死」に近づいていく。そして、二人が始の箱根にある別荘に着いた
時、島本さんは「ヒステリア・シベリアナ」という病気のことを始に語る。それは、シベ
リアの農夫が飲まず食わずで休むこともせずに西へ西へと歩いていく奇病で、その結果、
地面に倒れて死んでしまうというところから見れば、島本さんが話す「太陽の西」は、
「死
に向う」方角であることが分かる。また、箱根への車の中で、島本さんは運転している始
に、
「手を伸ばしてそのハンドルを思い切りぐっと回したくなる」
(P.190)と言い、
「私と
一緒にここで死ぬのは嫌?」
(P.190)と聞く。
「私もたぶんあなたの全部をとってしまうわ」
とも言う。始が後になって考えてみれば、その時の島本さんは自分の命を求めていたこと
が分かる。
これらの始と島本さんとのふれあいから見ると、始は島本さんに会うたびに、
「死」と
いう異界を彷徨っていると考えられる。まとめていえば、始は、島本さんを通して「死」
という異界を体験したのではないか。36 歳の島本さんとの再会が「象徴的思春期」である
ならば、ここの島本さんによる異界体験は、本稿の「三」で既に論じたイズミの従姉によ
る起こった非日常的体験と呼応しているのではないか。
五、
『国境の南、太陽の西』における女性たち――「渦」から「砂漠」へ
以上、12 歳の島本さん、イズミ、イズミの従姉、有紀子、36 歳の島本さんなど、
『国境
の南、太陽の西』における女性たちを始との関わりに着眼し、
「四段階」という時間順に従
って論じてきた。これらの女性たちは、
「渦」
、
「竜巻」
、
「雨」などの言葉を通して、始の「思
春期」と深く関わっている。順に沿って言えば、
「第一段階」で、始は島本さんによって性
6
斉藤英治(1993)
「現代のゴーストストーリー――村上春樹『国境の南、太陽の西』
」
『新潮』1993 年 2 月号
新潮社
7
横尾和博(1994)
『村上春樹×九〇年代』第三書館 P.28
8
加藤典洋(1996)
『村上春樹イエローページ』三秀舎 P.168
47
欲の芽生えとしての「渦」を見た。
「第二段階」で、
「渦」は思春期になって拡大していき、
性的衝動としての「竜巻」になり、上昇していく。
「第三段階」で孤独な 12 年間を過ごし
た後、
「雨」は 30 代の始の感じる「吸引力」として、上から降ってくると、始を有紀子に
出会わせ、
「第四段階」で島本さんを連れてくる。そして、
「象徴的思春期」を引き起こす。
島本さんの消失をはじめとし、始の思春期と関わるものが相次いで失われていく。思春
期に始に非日常的体験を与えたイズミの従姉が死に、
『国境の南』が収録されているナッ
ト・キング・コールのレコードは島本さんの消失と共に消えてしまった。それだけでなく、
始の友人は始に「雨が降れば花が咲くし、雨が降らなければそれが枯れる」
(P.89)
、
「あと
には砂漠だけが残る」
(P.89)と言い、
「雨」の消失を予告している。
一方、
「島本さん」の「島」から、海が想起される。
「イズミ」を漢字にすれば「泉」で
あり、妻の「有紀子(ゆきこ)
」の「ゆき」は「雪」と連想される。これらの女性の「水」
との関係も看過することはできまい。さらに一歩踏み込んで論じるならば、
「砂漠」は、始
の「象徴的思春期」の終焉を意味しているのではないか。
「渦から砂漠へ」という変化から
見ると、
「思春期の芽生えから象徴的な終焉へ」というプロセスが内包されていることが分
かる。
また、これらの女性によって起こった思春期体験としての非日常的体験も際立っている。
ここで、始がこれらの体験をした後、どのような反応を表したかに注目したい。
「第二段階」
で、イズミの従姉を通して非日常的体験をして、イズミを失った後、始は上京する。東京
に向う新幹線の中で、始は「ここにいる俺という人間はいったいなんだろう」
(P.54)と思
って、
「自分の成り立ち」について考える。そして、36 歳の島本さんを通して「死の世界」
という異界体験をし、
「象徴的思春期」が終った後、始は自分の存在について「僕はどこま
でいっても僕でしかなかった。僕が抱えていた欠落は、どこまでいってもあいかわらず同
じ欠落でしかなかった」
(P.229)というふうに語り、自分のことを見つめなおす。言い換
えれば、始はこれらの女性によって起こった思春期体験によって、
「自分」というものをも
う一度確認し、確立していくことができたのである。
おわりに
「ラブストーリー」として認識されている『国境の南、太陽の西』を、
「四段階分け」
という語り方を視点に、作中の女性たちが始にもたらす影響を分析していけば、
「思春期」
に関する喪失の描写によって、その底部に漂う深い虚無感が明らかになる。そして、これ
らの虚無感を通して、主人公が改めて自己を確立していく姿が見えてくるのである。これ
は 90 年代を「自己をもう一度確立する時代」とする作者、村上の話と呼応している。
以上の論述から『国境の南、太陽の西』が、単なる「ラブストーリー」ではなく、村上
の 90 年代のスタートとして、村上春樹の「変容」を表す作品であることが分かるだろう。
※作品の引用は、
『村上春樹全作品 1990~2000』
(2003、講談社)に拠る。
48
五、論文口頭發表大綱⑦
妻の〈自立〉/「母」との相剋
―「レーダーホーゼン」、「眠り」、「ねじまき鳥クロニクル」―
山根 由美恵
広島国際大学 非常勤講師
はじめに
「ねじまき鳥クロニクル」(1994〜95:以下「クロニクル」と記す)は、主人公岡田亨
の物語ではなく、妻・久美子の〈自立〉の物語ではなかろうか。山崎眞紀子氏1は「夫の愛
を借りて本来の自分を取り戻すために自身が闘った女性の物語」という「闘う女」として
の久美子像を考察している。説得力ある論考だが、山崎氏の考察には妻の〈自立〉に関わ
る「母」という視点が欠けているようである。本発表では、「レーダーホーゼン」(1985)、
「眠り」(1989)、「ねじまき鳥クロニクル」という三人の妻の物語を考察し、妻の〈自
立〉の過程を明らかにする。妻の〈自立〉は容易には進まず、そこには「母」という存在
が障害となっている。この「母」という問題領域は、男性一人称設定の多い村上文学にお
いて、「海辺のカフカ」を除いて看過されてきたテーマであり、そこには「マトロフォビ
ア」という問題が深く関わっている。「マトロフォビア」とは、アドリエンヌ・リッチが
提唱した母親恐怖症のことである2。「クロニクル」の久美子の〈自立〉には、「妻」と「母」
の相剋、マトロフォビアを乗り越えた一つの達成があると考えられ、そしてそれはその後
「妻」から「母」へ問題領域が移ってゆく道程と重なることとなる。
一、「レーダーホーゼン」―母の〈自立〉と娘の葛藤─
「レーダーホーゼン」は、作家「僕」が妻の友人から母の離婚理由が半ズボン(レーダ
ーホーゼン)であったという話を聞く物語である。母は「長く英語の教師をして」おり、
35 歳前後で一人っ子らしい彼女を生み、育てていた。〈自立〉した女性のように思えるが、
母は父の女性関係を何十年も「想像力がいささか不足しているのではないかと思えるくら
い我慢強く」堪え忍んできた。娘への愛と家庭という型を守ろうとする世間体のために自
己を過剰に抑圧してきたのである。その母が一人でドイツ旅行をする機会を得、父が土産
にリクエストしたレーダーホーゼンを買おうとする。しかし、職人気質の店は調整をする
ため、本人でないと売らないと断る。母は機転をきかせ、父の体型によく似た男性を連れ
てきて、採寸してもらう。
「母にわかることは、そのレーダーホーゼンをはいた男をじっと見ているうちに父親に
対する耐えがたいほどの嫌悪感が体の芯から泡のように湧きおこってきたということだけ
1
2
「
『ねじまき鳥クロニクル論』─火曜日の女から金曜日の女へ─」
(
『村上春樹と女性、北海道…。
』彩流社、2013・10)
「
「マトロフォビア」
(母親恐怖症)という言葉は、詩人のリン・スーケニックがつくったものだが、自分の母親とか母性
を恐れるのではなく、自分が母親になるのを恐れることだ」
、
「マトロフォビアになるほど母親を憎むということは、心
の奥深くで母親にひきつけられていて、防御をゆるめると母親とまったくおなじであることがわかってしまうという恐
怖があるのかもしれない」
『女から生まれる』(晶文社、1990・2)
49
なの」
、
「母はその人の姿を見ているうちに自分の中でこれまで漠然としていたひとつの思
いが少しずつ明確になり固まっていくのを感じることができたの。そして母は自分がどれ
ほど激しく夫を憎んでいるかということをはじめて知ったのよ」
。
積み重なっていった夫へ
の憎しみを認識する過程を〈レーダーホーゼン〉という非日常かつ牧歌的なアイテムに投
影させることで、逆にその憎しみの深さにリアリティを持たせている。このレーダーホー
ゼンこそ、村上文学の特徴であるメディウムに他ならない。
酒井英行氏3は、レーダーホーゼンを母自身の生とみなしている(
「細かい調整をするこ
とによって、夫、娘、そして世間という「お客様」の体型(期待、価値観)におのれをあ
わせてきた」
)
。加藤典洋氏4は「女性器」の象徴と捉えている。双方とも夫に「調整」され
るものとしての妻(父権制下の女性)として捉えていることには変わりない。
そもそもなぜレーダーホーゼンだったのだろうか。レーダーホーゼンはドイツの民族衣
装であり、主として、ハレの場である祭りや結婚式で使用する。ドイツ人は宗教との関わ
りが強く、宗教的行事の際には普段着ではなく古くから継承されてきたその地域の宗教と
密接に関わった民族衣装を着用する。5父は日本人としては似合う体型であったと設定され
ているが、中年の日本人が日本で日常や祭りに着るのはやはり滑稽だろう。その姿を外か
ら見る妻は、レーダーホーゼンを欲しがる夫の本質を冷静に見たと言える。鷲田清一6が「ひ
とはこれまで衣服のことを《第二の皮膚》と呼んできた」と言うように、服は身にまとう
物以上の意味をもつことがある。拙稿7で述べたが、
「トニー滝谷」のトニーの妻は自らの
存在の空白を埋めるためにブランド物の「服」を身にまとい、自身の実存を支えていた。
村上文学における「服」は、その人間以上にその人の本質を表すことに使われている。レ
ーダーホーゼンは、
「妻」のみの表象ではなく「父」その人の存在が卑小であること、その
卑小な父に合わせて自らを抑圧してきた自らの滑稽さを明確に表すアイテムであり、
「耐え
がたいほどの嫌悪感」が生まれるに相応しいメディウムである。8
ただ、レーダーホーゼンは母の〈自立〉だけではなく、娘の生をも決定してしまった。
母は父と離婚するが、娘も一緒に絶縁する。そのことに娘は深く傷つき、母を恨んでいた。
しかし、離婚後三年経って、母からレーダーホーゼンについての話を聞くことで、彼女は
母を憎みきることができなくなる。最後、
「僕」は「さっきの話から半ズボンの部分を抜き
にして、一人の女性が旅先で自立を獲得するというだけの話だったとしたら、君はお母さ
んが君を捨てたことを許せただろうか?」と問うが、娘は「駄目ね」
、
「この話のポイント
3
4
5
6
7
8
『村上春樹 分身との戯れ』
(翰林書房、2001・4)
『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』
(講談社、2011・8)
『世界の民族衣装の事典』
(東京堂出版、2006・9)
『ひとはなぜ服を着るのか』(NHK ライブラリー、1998・11)
「絶対的孤独の物語─村上春樹『トニー滝谷』
『氷男』におけるジェンダー意識 ─」
(
『国文学攷』2010・3)
安藤宏氏は次のように述べている。
「問題は最も身近であると信じられていた「家族」関係の内部に、ほとんど当人たち
ですら無自覚な空洞ができているということ、そしてそれが〈半ズボン〉という、一個のモノのカタチを通して初めて
浮き彫りにされてくる不気味さにこそ潜んでいたのではなかったか」
(
『国文學』1998・2 臨時増刊号)
50
は半ズボンにあるのよ」と語る。
「それは私たち二人が女だからだと思う」と彼女は母の〈自
立〉に共感したのである。
子供として自分を捨てた母を許すことはできないが、夫からの〈自立〉を同じ女性とい
う立場から共感してしまった娘は、その後、恋愛はするが、結婚まで至らない。自己を抑
圧することで成り立ち、それが娘を捨てるまでの深い憎しみを生み出した母の結婚生活を
見てしまったことで、結婚に踏み切る決心がつかないでいる。これは、アドリエンヌ・リ
ッチの言うマトロフォビア9、自分の母そっくりの母になることへの恐怖である。
彼女は独身生活に不満を持っていない設定だが、友人である妻ではなく、
「僕」に「レー
ダーホーゼン」の話をした。この話は、自分が結婚をしない理由(トラウマ)の吐露であ
り、
「僕」に異性としての何らかの救いを求めたと言える。しかし、
「僕」は共感しても、
それ以上のことは何もできない。なぜなら、彼女は「妻の友人」だからである。短編集『回
転木馬のデットヒート』は「はじめに」において、
「我々はどこにもいけないというのがこ
の無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむこことのできる我々の人生という運行シス
テムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している」
、
「メリー・
ゴーラウンド」と語られている。短編集のテーマはメリー・ゴーラウンドのように同じ所
をぐるぐる回るかに見える〈どこにもいけない我々の人生〉の諸相である。冒頭作である
「レーダーホーゼン」は、このテーマを最も色濃く映し出しており、娘はこの後も「どこ
にもいけない」ことが想像される。
「レーダーホーゼン」は、母の〈自立〉の物語であると
ともに、その母に捨てられた娘がマトロフォビアで苦しみ、その先の救いが見いだせない
葛藤の物語である。
二、「眠り」―脅かされる〈自立〉/「母」の否定─
「レーダーホーゼン」の母は〈自立〉できたが、娘はマトロフォビアとなって母の生に
捕らわれ、
〈自立〉できないで苦しんでいた。
「眠り」も妻の〈自立〉をめぐる物語である
が、マトロフォビアとは違った、母自身の「母」否定というテーマが描かれている。専業
主婦の「私」はある夜、悪夢を見たことがきっかけで「不眠」となる。この「不眠」は体
調不良を起こさず、逆に生命力が溢れる状態となる。
「私」は誰にも相談せず、時間が拡大
されたと捉える。しかし、今までの生活から微妙なズレが生まれ始め、最後破滅を予想さ
せる結末を迎える。作中には『アンナ・カレーニナ』
(以下『アンナ』と記す)が間テクス
ト性をもって登場する。
「眠り」と『アンナ』には、1、妻の覚醒、2、
「母」の否定がもた
らす悲劇、という構造上の重要な共通点がある。10
1、妻の覚醒 ─結婚生活の無意味さの自覚─
9
10
『女から生まれる』(晶文社、1990・2)
リヴィア・モネ氏は『アンナ』との関係において、悪夢の共通点について指摘している(
「村上のテクストにおける悪夢
がアンナの夢をシミュレートしたものであることが分かる」
)
。
『アンナ』の場合、悲劇の予兆だが、
「眠り」では世界の
変換(覚醒)と位置づけられており、二作の悪夢の方向性は異なっている。
(
『国文學』1998・2 臨時増刊)
51
『アンナ』は、ヴロンスキーへの愛の自覚ともに、愛することができない夫との結婚生
活の無意味さや社交界の偽善に気づき、
次第に耐えられなくなるという設定である。
「眠り」
では、夫への不信と現在の自分の生活が何も生み出していないことを「不眠」という出来
事を通して気づかされる。双方とも妻の覚醒であるが、
「眠り」は「不眠」というメディウ
ムを使っていることで、比較対照が異なり、別の問題提起になっている。つまり、
『アンナ』
では、ヴロンスキー(恋人)とカレーニン(夫)とが比較され、そこでは「愛」の有無が
問題となっていた。
「眠り」では「不眠」と夫(結婚生活)が対照となっていることで、
「不
眠」がもたらすもの、つまり自分自身の問題が浮かび上がってくるのである。
「不眠」が訪れる前まで「私」は夫への不信を、夫の顔が「捉えどころがな」く、特に
気に入ってはいないと考えていた。
「不眠」後、結婚生活で諦めたこと(読書・甘いおかし
を食べること)に気づき、自らが枠の中に閉じ込められていたことを自覚する。そして、
結婚生活がただの「傾向」に過ぎないことに気づく(
「私が無感動に機械的につづけている
様々な家事作業。料理や買い物や洗濯や育児、それらはまさに傾向以外の何ものでもなか
った」
)
。その後、私は義務として買い物・料理・掃除・育児・セックスをするが、
「頭と肉
体のコネクションを切ればいい」で、
「現実というのは何とたやすいのだろう」
、
「ただの繰
り返し」と考えるようになる。
「不眠」でもたらされた自分自身の問題は、作中の心理学者の言葉で浮き彫りになる。
「人というものは知らず知らずのうちに自分の行動・思考の傾向を作り上げてしまうもの
だし、一度作り上げられたそのような傾向はよほどのことがないかぎり二度と消えない。
つまり人はそのような傾向の檻に閉じ込められて生きている」
、
「眠りがそのかたよりを調
整し、治癒する」
、
「そのようにして人はクールダウンされる」
。
「私」はこの「傾向」を日々
の家事をする生活と捉え、主婦としての自分は本来の自分ではないと反撥する。本来、
「傾
向」とは自分らしさ(アイデンティティー)であるはずだが、彼女は家事労働ですり減ら
される自分自身と捉えたことに問題があった。
「私」は「不眠」で与えられた時間を娘時代
に夢中になった読書などに費やし、現状維持のまま、現在の立場からの自分らしさ(アイ
デンティティー)を見つけようとはしなかった。
作中の心理学者は、
「眠り」は「人というシステムに宿命的にプログラムされた行為」
、
「誰もそこから外れることはできない」
、
「もしそこから外れたら、存在そのものが存在基
盤を失ってしまうことになる」と著書で警告しているが、
「私」は自らを「進化のサンプル」
と捉え、無視する。これが後の悲劇と結びついてゆく。
2、「母」の否定のもたらす悲劇
太田鈴子氏11は「私」が「妻として、母としては許されない朦朧とした」「娘時代」の
時間を手に入れたかったと分析しているが、テクストにおいて最も重要な意味合いを持つ
のが、「母」の否定がもたらす悲劇という構造と思われる。アンナはカレーニンとヴロン
11
「妻・母を演じる専業主婦─村上春樹『TV ピープル』の女性たち─(
『学苑』2004・3)
52
スキーとの子供が一人ずついるが、それぞれに「母」の否定をしている。アンナは夫を捨
てヴロンスキーの元へ行った際、カレーニンとの子セリョージャを夫の元に置きざりにす
る(そのことで後に後悔し、苦悩の一つとなる)。また、ヴロンスキーとの子(アンナ)
に対して、どうしても愛情を持つことができず、ヴロンスキーとの子供をそれ以上作ろう
としない。アンナは「母」ではなく、「女」であることを第一に望んだ。『アンナ』では
リョービン・キチイ夫婦がヴロンスキー・アンナと対照的に描かれている。リョービン・
キチイ夫妻は第一子の出産・子育てを戸惑いながらも誠実に対応し、幸福が訪れているこ
とを考えると、『アンナ』の「母」の否定は、最後嫉妬に狂った錯乱状態の中、鉄道自殺
をしてしまう悲劇と密接に結びついている。
「眠り」においても「母」の否定がある。「私」は息子の寝顔を見て、夫側の人間(血
統的なかたくなさ、自己充足制)であることを認識し、「結局は他人なんだ」、「この子
は大きくなったって、私の気持ちなんか絶対に理解しないだろうなと私は思った。夫が今
私の気持ちをほとんど理解できていないように」、「将来、この息子のことを自分はそん
なに真剣に愛せないようになるだろうという予感がした」と考える。
夫・息子が自らとは関わらない絶対的な他者だと認識した後、私は〈自立〉を脅かされ
る。「私」は自らの心を落ち着けようとし、深夜のドライブに出かけ、停車する。その後、
「私」は二人の男に暴力的に車を揺すぶられ、「車を倒そうとしている」場面で終わる。
「私」は「何かが間違っている」と思いながら絶望し、生命の危機を予想させる結末とな
っている。先行研究では、結末の悲劇は女性の〈自立〉と関わっていたが、「母」との関
係に言及したものはない。しかし、息子を絶対的な他者と認識した後、そのことが悲しく
なって深夜のドライブに出、男たちに襲われるという展開は、「母」の否定と密接に関わ
っていると思われるのである。「眠り」は「不眠」によって妻が覚醒するが、自己を確立
できないまま息子を絶対的な他者と認識した後に悲劇が訪れている。つまり、妻の〈自立〉
には自己の確立が不可欠であり、それを獲得できないまま「母」の否定を行うと〈自立〉
が脅かされるという構造となっている。
これまで二作において、妻の〈自立〉の難しさが描かれていた。母が「母」であること
を否定すると娘がマトロフォビアとなり、自身が「母」の否定をすると自身の破滅となる。
加藤典洋氏12は「女性の──ジェンダーとしての──社会に生きる「きつさ」、「生きが
たさ」が、主人公ないし書き手の──個人としての──生存の条件の「きつさ」、「生き
がたさ」を表現するよすがとして、使われている。つまり、村上の場合、ジェンダー問題
への関心からというより、人間存在のきつさ、という観点から、きわめて個人的な孤立の
諸相が、ジェンダー性の孤立の外貌をいくぶん虚構的な枠組みとして──隠れ蓑として─
─身にまとって採用されている」と「虚構的な枠組み」として論じている。しかし、妻の
〈自立〉に「母」が障害となっていることを考えると、二作には、産み・育てる性として
12
『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』
(講談社、2011・8)
53
の女の「生きがたさ」、つまり男性中心社会における妻の〈自立〉の困難さというジェン
ダー問題がリアルに描かれていると言える。そして、これら短編群を通して描かれてきた
「生きがたい」存在としての女性は、「クロニクル」で「人間存在のきつさ」を自ら乗り
越え、一つの〈自立〉をしているように思われる。
三、「ねじまき鳥クロニクル」─妻の〈自立〉/「母」への移行─
「クロニクル」は、主人公岡田亨が失踪した妻・久美子を探し求める典型的な
〈seek-and-find〉の物語である。この久美子の失踪には「レーダーホーゼン」のテーマ・
マトロフォビアと、「眠り」のテーマ・「母」の否定が生み出す悲劇が重なっている。短
篇群で考察してきたように、これらは悲劇をもたらすが、その悲劇から出発した妻の〈自
立〉と、岡田亨の〈seek-and-find〉との呼応が「クロニクル」の重要な特徴である。
1 「母」の否定から始まる悲劇 ─綿谷家の問題─
テクストにおける最も重要な鍵は、久美子の妊娠と堕胎である。結婚して三年目に久美
子は妊娠するが、「綿谷家の血筋にはある種の傾向が遺伝的にあった」ため、恐怖に駆ら
れ堕胎する。「妊娠した時にパニックにおちいったのは、それが自分の子供の中に現れて
くることが不安だったからだ。でも君は僕に秘密を打ち明けることはできなかった。話は
そこから始まるんだ」。「レーダーホーゼン」の娘は「母のような母」になりたくないマ
トロフォビアの典型であったが、久美子は「自分が母になること」に恐怖している。
久美子に「母」の否定をさせた綿谷家の「傾向」が「クロニクル」の本質である。綿谷
家の嫁姑問題に関わり、祖母の家で育てられていた久美子は、ある日実家に戻される。既
に父母と距離を感じていた久美子は家になじめないでいた。唯一信頼できる姉だけが支え
だったが、兄の闇の力の影響で姉は自殺してしまう。幼い久美子は全てを理解はできなか
ったが、兄には邪悪な力があることだけは理解し、綿谷家を恐れていた。久美子にとって
は姉が自分の「母」のような存在であり、兄によって姉と同じように破滅してしまうこと
を恐れている。これも母のような姉(の運命と同じ)になりたくないというマトロフォビ
アと言える。大学卒業後、亨と殆ど駆け落ち同然で結婚するが、自らの血・家族に対する
恐怖を夫に伝えることができなかった。
この綿谷家の問題を亨に伝えられなかったことが、
第一部・第二部のメインテーマである夫婦の齟齬と関わっている。
久美子の不安の核である昇の力は、ノモンハンにおける凄惨な拷問場面を筆頭に暴力の
象徴となっている。昇は「ある段階で何かのきっかけでその暴力的な能力を飛躍的に強め
た。TVやいろんなメディアを通して、その拡大された力を広く社会に向けることができ
るようになった。そして彼は今その力を使って、不特定多数の人々が暗闇の中に無意識に
隠しているものを、外に引き出そうとしている」、「彼の引きずりだすものは、暴力と血
にまみれている。そしてそれは歴史の奥にあるいちばん深い暗闇までまっすぐ結びついて
いる。それは多くの人を結果的に損ない、失わせるものだ」。先行研究で多く取り上げら
れてきたが、昇の力が歴史的な暴力と関わる点を是とするか非とするかで「クロニクル」
54
の評価の差が生まれている。私はこの邪悪さが久美子の母の否定と結びつく点を強調して
おきたい。昇はこの力をより強固なものとするために久美子を必要としていた(「かつて
お姉さんが果たしていた役割の継承を、綿谷ノボルは君に求めていた」)。久美子は兄と
同じような暴力と血にまみれた「傾向」を持つ子が生まれることを恐れていた。それは自
らが綿谷家という「家」と「兄」に縛られていることでもあった。軟禁状態の久美子は「兄
はもっと強い鎖と見張りで私をそこに繋いでいたのです」、「私自身が私の足を繋ぐ鎖で
あり、眠り込むことのない厳しい見張りでした」と自分自身の意識が自らの呪縛であった
と語っている。
久美子は堕胎という「母」の否定により、大事にしていた亨との生活の破綻を迎えてい
る。ここには「母」の否定がもたらす悲劇という構図が繰り返されている。久美子は無念
さを「私とあなたとのあいだには、そもそもの最初から何かとても親密で微妙なものがあ
りました」、「このような結果をもたらしたものの存在を、私は強く憎みます。どれほど
私がそのようなものを強く憎んでいるか、あなたにはわからないでしょう」と語る。
2 久美子の〈自立〉─〈兄を葬る者〉というアイデンティティーの確立─
しかし、「クロニクル」は「母」の否定の悲劇のみでは終わらない。久美子は自らの意
識が呪縛であることを自覚しているが、それを打破する意志をも見せている。「私はそれ
(注 夫婦の関係を破綻させたもの)が正確に何であるのかを知りたいと思います。私は
それをどうしても知らなくてはならないと思うのです。そしてその根のようなものを探っ
て、それを処断し、罰しなくてはならないと思うのです」。ここには、久美子が兄を処断
する結末との呼応がある。戸惑いながらも久美子は〈自立〉の意思を見せている。この意
思がこれまでの短編群とは異なった点である。
亨は様々な困難を伴いながら井戸の壁を抜け、207 号室にいる謎の女に「君は久美子だ」、
「君を連れて帰る」と宣言する。その後、亨は久美子を奪われまいと近づいてきた昇のメ
ディウムをバットで絶命させる。しかし、亨の攻撃は現実世界の昇の命までは奪えず、昇
は植物状態になっていた。久美子は兄の生命維持装置を外し、絶命させることを決意する。
私はこれから病院に出かけなくてはなりません。私はそこで兄を殺し、そして罰せら
れなくてはなりません。不思議なことですが、私はもう兄のことを憎んではいません。
今の私はただあの人の命を、この世界から消し去らなくてはならないと静かに感じて
いるだけです。あの人自身のためにもそうしなくてはならないと思うのです。それは
私が、私の命を意味あるものにするためにも、どうしてもやらなくてはならないこと
なのです。
久美子の境地が冷静な言葉で語られている。この段階で、兄への憎しみを超え、邪悪な
力を発現させる兄の命を奪うことが自身の使命であると感じている。そして、この使命こ
55
そが「私の命を意味あるものにするために」必要なことであると考えている。つまり、綿
谷家は邪悪な力を有するが、それを消滅させるのも綿谷家の人間なのである。自らの「血」
の邪悪さに怯え、自分自身の意識で自身を呪縛していた久美子は、ここで自己の「血」を
〈邪悪な力を葬る者〉というアイデンティティーとして確立させたといえる。
この〈自立〉を成立させたのは、亨の愛であった。「クロニクル」の長大な物語は、夫
が艱難を乗り越えて妻を愛する気持ちが本物であることを示すという単純なテーマを、現
代の物語として成立させるために必要なものであった。久美子は亨が自分を探す夢を何度
も見ていた。「あなたは全力を尽くして私のそばまで近づいて来てくれているのだと感じ
ました。いつかあなたはそこで私をみつけだしてくれるかもしれない」、「私は出口のな
い冷ややかな暗闇の中で、
かすかな希望の炎をなんとかともし続けることができたのです。
私は私自身の声をわずかにでも保ち続けることができたのです」。「レーダーホーゼン」
「眠り」において描かれなかった、夫からの愛が、妻の〈自立〉の成立と関わっている。
更に、久美子が「母」になる可能性を残して物語は終わっていることは看過できない。
亨は久美子のメディウムとしてのクレタが、亨と亨のメディウムとしての間宮中尉との子
を妊娠し、「コルシカ」という名の子を産んで、広島で間宮中尉と育てていると告げる夢
を見る。そして亨は笠原メイに「もし僕とクミコとのあいだに子供が生まれたら、コルシ
カという名前にしようと思っているんだ」と語る。これは、綿谷家の血を引いた久美子が、
自らの出自の恐怖を超え、自身を〈兄を葬る者〉として確立させ、その後新しい命を育む
可能性を表している。もちろん、昇が象徴していた暴力が発現する可能性はゼロではない
が、もしそれが現れた時は、亨と久美子の力でそれを止めることができるという自信の表
れであろう。
「クロニクル」は、自らの出自からの恐怖で「母」の拒否をした結果、邪悪な力に流さ
れた久美子が、夫の愛を信じ、自ら自己の〈自立〉を果たし、「母」となる用意ができた
物語と言える。「クロニクル」は、妻が自身のマトロフォビアを超え〈自立〉したという
意味においても、画期的なテクストであると考えられる。
おわりに
「海辺のカフカ」は父母と息子の物語であり、「スプートニクの恋人」「アフターダー
ク」、「1Q84」、「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」も主人公は夫婦ではない。
短編群も夫婦の齟齬といったものに重きを置いていない。「クロニクル」は、夫婦の齟齬
に関わるマトロフォビアを超えた妻の〈自立〉物語の集大成であると言える。しかし、
「母」
という問題領域は未だ残っている。「レーダーホーゼン」は母に捨てられた娘の物語であ
ったが、「海辺のカフカ」は母に捨てられた息子の物語である。「母」という問題系はこ
れからもっと深く探求されてゆく。
* テキストは『回転木馬のデット・ヒート』(講談社、1985・10)、『TVピープル』(文藝春秋、1990・1)、
『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社、1994・4〈第一部・第二部〉、1995・8〈第三部〉)を使用した。
56
五、論文口頭發表大綱⑧
『ねじまき鳥クロニクル』におけるコンピュータというメディア
林 雪星
東呉大学 副教授
一、はじめに
『ねじまき鳥クロニクル』は村上春樹が 1994 年から 1995 年にかけて発表した長編小説
である。物語の最初は主人公の岡田トオル家の猫が失踪し、妻のクミコも理由もなく行方
不明になった。岡田トオルが妻の行方を探すことがこの物語のスタートである。東京のあ
る法律事務所の勤めを辞めた岡田は、主夫としてのんびりと暮らしているうち、失踪した
猫を探すプロセスで、不思議な人々に出会った。それは隣人の高校生笠原メイ、予知能力
のある加納姉妹、及び元中尉の間宮老人であり、それぞれ岡田の妻クミコとかかわる。
クミコの失踪は何を訴えているのか。そして、クミコの兄綿谷ノボルは、クミコ失踪事
件にどのような役割を果たしているか。失踪したクミコは手紙を通して、夫の岡田に心の
中の抑えられない性の衝動や、兄に犯された姉と自分のことを告白した。さらに、コンピ
ュータの画面を通して、クミコは自分が「だめになった」
「
(Ⅲ.p.269)と訴えてきた。コ
ンピュータからクミコの「助けを求めている」メッセージを岡田は認めたが、コンピュー
タは岡田がクミコを救助するプロセスで、どのような役割を果たしているか。本発表では、
「コンピュータ」というメディアの物語における役割を明らかにしたいと思う。
二、先行研究
まず、岡田トオルとクミコとの夫婦関係を究明したい。第二部の7の「妊娠についての
回想との対話」ではクミコの堕胎に触れている。
「僕らには子供を産んで育てるほどの経済
的余裕はなかった」
(Ⅱ、p.118)
、
「しかし、僕はクミコに堕胎手術を受けてほしくなかっ
た」
(Ⅱ、p.119)という会話から伺えるのは、クミコの妊娠した子は、岡田トオルにとっ
ては、それがクミコと自分の子として疑わなかった。結局クミコは岡田が北海道の出張中
に無断で堕胎してしまった。経済的な理由で結婚三年の若い夫婦は、経済の基盤がまだ定
着していないとき、子を産むかどうかそれは悩みの一つになったはずである。しかし、ク
ミコが無断に堕胎という行為をしたのは、やはり夫婦の間に何かあったようである。山崎
真紀子1によれば「このことが少なからずその後のクミコの失踪に関わってくることを考え
れば、夫婦関係の転換点を示す象徴的な大きな出来事」
(p.236)であろうと指摘した。ク
ミコの不意な妊娠、そして無断で堕胎したことは岡田にとっては大きな衝撃を与えたに違
いない。クミコは「私にはときどきいろんなことがわからなくなってくるのよ。何が本当
で、何が本当じゃないのか。何が実際に起こったことで、何が実際に起こったことじゃな
1
山崎真紀子(2012.10)
「村上春樹と北海道―『羊をめぐる冒険』
『ノルウェイの森』
、
『ねじまき鳥クロニクル』
『UFO が釧路に降りる』を中心にー」札幌大学総合論叢 第三十四号 p.236
57
いのか。
」
(Ⅱp.124)と述べていたことから、クミコの精神には何か変わったところが存
在することが暗示されている。
岡田夫婦関係を明らかにするために、猫はひとつの大きなキーワードになる。岡田家の
猫は「ワタヤ・ノボル」と名付けられる。それはクミコの兄「ワタヤ・ノボル」と同じ名
前である。猫に自分の兄と同じような名前を付けるのは、二つの理由が推測できよう。一
つはその人を大事にしているので、側にずっといてほしいという欲望があり、猫をその大
事な人と同じ名を付けるであろう。もう一つはその人を特別な存在としてずっとそばにい
て、警戒するように注意する役であろう。テキストによれば、クミコより九歳年上の兄綿
谷ノボルは、クミコに無関心な男である。クミコは母と祖母との嫁姑の戦争に巻き込まれ
て人質のように、三歳から六歳まで新潟の祖母に育てられた。六歳以後両親、兄、姉がい
る家へ帰って、全く新しい環境のなかで、
「無口で、気むずかしい少女」になった。そのと
き、兄の綿谷ノボルはその時から「彼女が存在することにすらほとんど注意を払わなかっ
た」
(Ⅰ、p.132)
。よって、兄はクミコにとっては大事な人であるとは言えないであろう。
二つ目は警戒すべき人だったら、
なぜ警戒すべきか。
その理由ははっきり言っていないが、
第一部の 10 節には綿谷ノボルの「マスタベーション」の場面をクミコがみたと描かれる。
それはクミコの姉が食中毒でなくなって三年ぐらい後、ノボルは姉の服をいれた段ボール
箱をとりだして、
「匂いをかいだりしながらそれをしていた」
(Ⅰ、p.230)と。ノボルの怪
異な行為は小学四年生のクミコには理解できなかったが、夫の岡田トオルにそれを語ると
き、
「彼は何かがあったし、多分彼はその何かを離れることができないじゃないか」とノボ
ルが精神的トラブルを抱えているとクミコは思っていた。以上の情報から見れば、クミコ
にとっては、兄のノボルには何か精神的異常さや異常な習癖がある存在である。綿谷ノボ
ルについては次の節に譲って討論する。
また、猫の失踪に戻ると、それについて野村廣之2は以下のように指摘する。
猫の失踪は、語り手夫婦の日常生活の綻びを意味している。猫が失踪する以前に語り
手は自分の意志で職を辞め失業しており、語り手の日常生活に何らかの破綻があるのは
間違いない。しかし、語り手にはそれが何であるのか認識されていない。
(p.56)
第一部の「泥棒かささぎ編」に岡田トオルは猫に対する態度は、クミコと違う。
「猫がいな
くなったら、それは猫がどこからかに行きたくなったことだ。腹が減ってくたくたに疲れ
たらいつか帰ってくる」
(Ⅰ、p.18)と積極的に猫を探す気はなかった。しかし、クミコは
仕事の隙間を生かして、岡田に「猫探し」を催促した。ワタヤノボルという猫を通して、
兄のワタヤ・ノボルと関連する働きが存在しているようである。これは兄の綿谷ノボルと
2
野村廣之(2013)
『ねじまき鳥クロニクル』第1部・第2部における「マクガフィン」北里大学一般教育紀要
p.56
58
クミコとの特別な関係を暗示しているのではないか。岡田トオルはクミコと知り合ってか
ら 9 年、新婚してから 7 年であるにもかかわらず、彼女を理解しているとは言えない。例
えば「青いテイッシュペーパーと花柄がついたトイレットペーパー」
(Ⅰ、p.51)は、クミ
コが六年の結婚生活には一度も使ったことはない。さらに、
「牛肉とピーマンといっしょに
炒める」
(Ⅰ、p.53)ことが好きではないということを岡田は全然知らなかった。クミコは
「あなたは私といっしょに暮らしていても、本当は私のことなんかほとんど気にとめても
いなかったんじゃないの?あなたは自分のことだけを考えて生きていたのよ、
きっと」
(Ⅰ、
p.53)と不平不満を溢した。クミコは夫岡田トオルに日常生活の自分を理解してもらいた
いが、岡田には全然認識されていない。岡田夫婦には何らかの齟齬があり、岡田は自分の
本心もよく分からず、同時にクミコの苦悩も理解していない。
次に綿谷ノボル、クミコ、岡田トオルの関係について見てみよう
三、クミコ、綿谷ノボル、岡田トオルとの関係
岡田トオルが初めて綿谷ノボルに会ったのは、クミコとの結婚を決めたときであった。
クミコの両親の許可を得るより、兄の綿谷ノボルと前もって話したら、いい結果があるか
もと便宜の策をとったが、実際に綿谷ノボルの態度は無関心であった。岡田トオルは彼に
対しては「不快な気持ちになってきた」
(Ⅰ、p.145)
「すえた臭いを放つ異物が少しずつ腹
の底にたまっていく」
(p.145)
「この男の顔は何か別のものに覆われている」
(p.145)とい
うマイナスのイメージを持っている。そして、綿谷ノボルはクミコと岡田との結婚に「よ
く理解できない」し、
「あまり興味ももてない」という意思を伝えてくれた。しかし、クミ
コが失踪したあと、クミコの代わりに岡田に離婚を提起したのは綿谷ノボルであった。テ
キストには岡田トオルがノボルと言い争うのは、加納マルタ、ノボル、トオルが鼎談する
場面である。綿谷ノボルはクミコの失踪について話し合うために、三人の鼎談を開いたの
である。ノボルは最初に「あまり時間がないからできるだけ簡単に、率直に話しをしまし
ょう」
(Ⅱ、p.52)と言ったが、それに対して、トオルは「簡単に、率直に何の話をするん
ですか?」
(Ⅱ、p.53)と拒絶する。
「クミコが他に男を作って出ていって」
「これ以上結婚
生活を続ける意味はない」
「弁護士の用意した書類にサイインして、判を押して、それでお
しまいだ」
「私の言っていることは、綿谷家の最終的な意見でもある」
(Ⅱ、p.55)と綿谷
ノボルは「離婚」のことを高圧的な態度で一方的にトオルに宣言した。クミコは兄のノボ
ルと兄妹の仲がそれほどいいとは言えないはずなに、なぜ、クミコは「離婚」を兄のノボ
ルを通して夫のトオルに告げたのか。また、ノボルは最初クミコの結婚に無関心であった
が、なぜ今度はクミコの代わりにトオルに面会してその意思を伝えたのか。ノボルのトオ
ルに対するメッセージは以下の引用文の通りである。
君という人間の中には、何かきちんとなし遂げたり、あるいは君自身をまともな人間
に育てあげるような前向きな要素というものがまるで見当たらなかった。
(中略)君た
ちが結婚してから六年経った。そのあいだ、君はいったい何をした?何もしてないーそ
59
うだろう。君がこの六年の間にやったことといえば、勤めている会社をやめたことと、
クミコの人生を余計に面倒なものにしたことだけだ。今の君には仕事もなく、これから
何をしたいというような計画もない。はっきり言ってしまえば、君の頭の中にあるのは、
ほとんどゴミや石ころみたいなものなんだよ。
(Ⅱ、pp56―57)
トオルは六年勤めてから小さな会社をやめて、失業してしまった。
「前向き」という積
極性が欠けているとノボルはそう断定した。言い換えれば、綿谷ノボルの価値観から見れ
ば、トオルはただの人生の敗者であり、頭には「ゴミや石ころ」しか入っていない、この
世から排除されるべき無用の存在である。綿谷ノボルの価値観はその父親の価値観から鏡
像のように反映されているのである。岡田トオルによれば、綿谷ノボルは父親の教育を素
直に受けた男である。ノボルの父親は「日本という社会の中でまっとうな生活を送るため
に少しでも優秀な成績を取って、一人でも多くの人間を押しのけていくしかないという信
念」
(Ⅰ、p.135)を持ち、
「人間はそもそも平等なんか作られてはいない」
(Ⅰ、p.135)
「人
間が平等であるというのは、学校で建前として教えられるだけのことであって、そんなも
のはただの寝言だ」
。日本という国は構造的には民主国家ではあるけれど、同時にそれは熾
烈な弱肉強食の階級社会であり、エリートにならなければ、この国でいきている意味など
ほとんど何もない。だから人は一段でも上の梯子に上がろうとする。それは健全な欲望な
のだ。
人々がもしその欲望をなくしてしまったなら、
この国は滅びるしかないだろう。
」
(Ⅰ、
p.135)と考える男である。父親は、極端な世界観を徹底的にノボルに叩き込んだ。ノボル
は父親の意向通りに優秀な成績で私立高校から東大の経済学部に進み、優等に近い成績で
卒業後、イエールの大学院に二年間留学し、さらに東大の大学院に戻り、大学に残って学
者の道を選んだ。すでに、一冊の経済専門書を出版して有名になり、雑誌に評論を書き、
テレビの討論番組にレギュラー出演するようになった。このように育てられてきた綿谷ノ
ボルは、自分の立場だけに立って考える男である。だから、三人鼎談の最後に「我々がこ
こにいるのは、君に通告するためだ」
「クミコも大人なんだから、好きなように行動する。
あるいはたとえどこにいるか知っていても君にそんなことを教えるつもりはない」
(Ⅱ、
p.61)と居丈高な態度でトオルを扱う。
大塚英志によると、綿谷ノボルは「妻」を奪って去った妖魔のような人物である。以下
の引用文を見てみよう。
〈館もの〉の物語の枠組は『ねじまき鳥』にそっくり当てはまる。
(中略)失踪した
妻クミコは、
「館」に囚われ「呪い」に侵されたお姫様であり、(だからこそ彼女と「僕」
は屋敷の中のコンピュータの端末によってかろうじて会話ができる)、他方、
「僕」を館
から追い出そうとする妻の兄・綿谷ノボルは、館の呪いのいわば「正体」である何か禍々
60
しい妖魔を手にいれて何かをたくらむ魔道士のごとき存在である3。
クミコはどこにいるか、
兄の綿谷にはわかるはずであるが、
それをトオルに教えないのは、
やはりクミコに対する何らか企みが潜んでいるためと思われる。
トオルが「井戸」から出て家に戻ると、クミコからの手紙が届いている。その手紙の内
容は綿谷ノボルが語ったことと同じである。
クミコには男がいたという告白の手紙である。
私はあなたのことを愛していました。あなたと結婚してほんとうによかったとずっと
思っていました。今でもそう思っています。じゃどうして浮気なんかして、その挙げ句
家を出ていったりしなくてはならないのかとあなたは尋ねるでしょうね。私も自分に向
かって何度もそう問いかけました。どうしてこんなことをしなくちゃならないのだろう、
と。
(Ⅱ、p.190)
私が彼と寝ることになったのは、ただ私が彼と寝たかったからです。私にはそのとき
我慢することができなかったのです。自分の性欲を抑制することができなかったのです。
(Ⅱ、p.191)
私のこころはあなたとの生活を求めていました。あなたとの家庭が私が戻っていくべき
場所でした。そこが私の属するべき世界でした。でも、私のからだはその人との性的な
関係を激しく求めていました。半分の私はこちらにあって、半分の私はあちらにありま
した。
(Ⅱ、p.193)
即ち、クミコは不倫して他の男と性的関係を結んでいると告げた一方、自分はノボルとの
結婚は幸せだと思いながら、なぜ浮気をしたかそれについて、自分も分からなかった。そ
れはクミコの述べたとおり「私にはときどきいろんなことがわからなくなってくるのよ。
」
(Ⅱp.124)と。クミコは精神的に何か欠陥があるように想像できる。クミコからの手紙
はノボルとの離婚を要求する内容である。それに対して、トオルはなぜクミコが「どこか
で助けを求めている」と感じるのか。それが分かるのは、第三部でシナモンが外部からコ
ンピュータを操作して通信ソフトを通じて、トオルがクミコとコンピュータの画面を隔て
て会話ができるようになってからである。
四、
『ねじまき鳥クロニクル』におけるコンピュータ
『ねじまき鳥クロニクル』の第三部で岡田は町で会った中年女性に導かれて、秘密の館
のようなところで、
上流階級の女性たち相手の超能力の仕事に関わることになる。
そこは、
一切口を利かない青年シナモンにコントロールされた密室である。一方、クミコは政治家
となった兄のもとでとらわれの状態になっている。
それぞれの密室にいる岡田とクミコが、
3
大塚英志(2006.7)
「
〈ぼく〉と国家とねじまき鳥のの呪い」
『村上春樹論―サブカルチャーと倫理』若草書
房 p.30
61
コンピューターを通して会話を試みる。第三部のテクストにコンピュータが出た場面は、
一つはオトオルとクミコとの会話である。もう一つはトオルとノボルとの会話である。コ
ンピュータは、
作品が書かれた 1990 年代はじめには今のように自由にインターネットで相
互連結される状態にはなかったので、
作品では旧式な文字 Chat ソフトで通信したように描
かれている。主人公の岡田トオルはその操作にも慣れていないし、コンピュータの画面を
隔てて、向こう側でキーボードをたたいているのが本当に自分の妻クミコかどうかさえも
疑っている。まず、コンピュータを通してのクミコとの会話の内容を見てみよう。トオル
は指定された時間にシナモンのコンピュータの前に座り、クミコと意思疎通をする。その
パソコンの画面に文字が出てクミコの考えが伝わってくる。最初にクミコの意思が伝わっ
てくるのは、前の手紙の内容と同じように「正式に離婚をして、あなたが新しい別の人生
を歩んでいくことが、私たち二人にとって最良の道なのです」
(p.267)という内容であっ
た。その理由はクミコはすでに以前のクミコではないし、もう「駄目になってしまうもの
です」
(Ⅲ、p.267)といことである。さらに
〈駄目になった〉というのは、もっと長い時間のことです。それは前もってどこかの真
っ暗な部屋の中で、私とはかかわりなく誰かの手によって決定されたことです。しかし
あなたと知り合って結婚したとき、そこには新しい別の可能性があるように見えたので
す。このままどこかの出口にうまくすっと抜けられるのではないかと私は思いました。
でもそれはやはりただの幻影にすぎなかったようです。すべてにはしるしというものが
あるし、だから私はあのときになんとかいなくなった私たちの猫を探したそうとしてい
たのです。
(p.269)
すなわち、クミコは結婚する前に自分の運命が誰かの手で決められたかのように捉えてお
り、孤独であった。しかし、岡田トオルに知り合ってから、その暗闇の部屋からうまく抜
けられる可能性があると思いトオルと結婚をする。しかし結局、すべては幻影であるとい
う兆候が出たとき、猫の失踪を通してトオルに暗示を与えようとしたクミコの意思は、ト
オルには理解できなかった。トオルはなぜ「綿谷ノボルのところに行かなくてはならなか
ったのだろう。どうしてここに残って僕と一緒にいないのだろう?」
(p.270)とクミコに
質問した。クミコからの答えにはここが「私のいなくてはならない場所だ」
「選り好みをす
る権利はない」
(p.271)と、クミコの返事はトオルにとってはやはり「謎」ばかりである
が、クミコの意志でそこを抜けることができないことも窺われる。クミコを掌握している
のは、兄綿谷ノボルであると同時に、クミコのこころの奥の世界に何か絡んでいるとも示
されている。トオルはクミコが自分の所に戻してもらうなら、綿谷ノボルと交渉しなけれ
ばならないと思う。
「ねじまき鳥クロニクル」第三部には「首吊り屋敷」という神秘の館のような空間が存
62
在している。綿谷ノボルはその屋敷について「牛河」という人に調査を委託した。それを
きっかけに一年半ぐらい岡田は綿谷とコンピュータを通して、いつくかの問題を提出して
やりとりをする。一つ目は「クミコを求める」こと。二つ目は「屋敷」を綿谷が買い取る
ように譲ること。三つ目はクミコの姉の死と綿谷ノボルとの関係についての話である。ノ
ボルはクミコを監禁していることを認めなかったし、
「屋敷」のことを買い取る企みもメデ
ィァの騒ぎで一時中止すると言ったが、クミコの姉の死をトオルがいまごろ「見当がつい
ている」
(p.310)と言った時、綿谷は通信を打ち切った。言い換えれば、綿谷は現在では
国会議員になったが、前述のように姉の服を嗅ぎながらマスタベーションしていた行動や
実の妹の離婚と絡んだ幽閉事件が表に出ると政治家の命が縮まるに違いないと怖がって、
トオルとの話をやめたと思われる。
綿谷ノボルはクミコの居場所を知っているはずであり、綿谷ノボルのことをより詳しく
知ることができるなら、自然にクミコの居場所もわかるはずである。しかし、トオルは綿
谷ノボルの身辺調査をしたり、彼を尾行したりすることはなく、
「井戸」に潜り、今までと
同じように自分自身の
「意識の中核」
に到達しようとすることで問題を解決しようとした。
加藤典洋が指摘するとおり「語り手は「井戸」に潜り、自分自身の「意識の中核」に到達
し、そこで出会えるかもしれない自己の分身としての綿谷昇を知ろうとするのだ」4。実は、
綿谷ノボルは岡田の分身でもあるのである。
井戸に潜りながらトオルは顔のない男に案内されながら208号室に来た。そこで、電
話をかけてきた謎の女をクミコだと察知したトオルは、クミコを連れ戻そうと場所を聞い
たところ、ノックの音が聞こた。
「逃げて」
「いまならまだあなたは壁をぬけることができ
る」とクミコは、はっきりした声で警告した。その後の出来事はまるで『古事記』にある
イザナギの「黄泉の国訪問」と似たシーンに描かれている。
「それを見ちゃいけない」
、誰が大声で僕を押しとどめた。奥の部屋の闇の中からク
ミコの声がそう叫んでいた。
(中略)僕はそれが何なのかを知りたかった。この闇の
中心にいたモノの姿を、僕がいまここで叩き潰したものの姿を、自分の目で見てみた
かった。
(中略)
「お願い、やめて!」と彼女がもう一度大きな声で叫んだ。
「私を連
れて帰りたいのなら、見ないで!」
(p.471)
引用文から見れば、トオルはすでにクミコがいるところを見つけた。同時に、綿谷ノボル
という悪を象徴する力との戦闘を決意した。トオルは誰かをバットで叩き潰した意識があ
った。クミコは傍らでトオルに命じるように働いている。結局あたりに漂うのは「脳味噌
の臭い」
「、暴力の臭い」
、
「死の臭」だった。クミコは「私を連れて帰りたいのなら、見な
4
加藤典洋(1996)
「自分の中にもある悪、自分の井戸の底を掘りぬいてぶつかる悪」p.220
63
いで」と叫んだ、その理由は何なのか。さらに「これでもう終わった、一緒に家に帰ろう」
(p.472)とトオルの言ったことに返事はせず、クミコの姿は消えた。トオルは「あのゼリ
ーの壁の中をとおり抜けて」別の世界から現実の世界に戻ってきた。しかし、クミコは戻
ってはこなかった。言い換えれば、クミコの救出はイザナギの「黄泉の国訪問」のように
失敗に終わったとも言える。
五、終わりに
コンピュータの画面を通して、岡田トオルは妻クミコの意思を確かめながら、クミコの
矛盾した心情がわかった。クミコはトオルに「助けを求め」ながら、自分もこれまでのク
ミコではないと思っているので、夫に受け入れられるかという自信がなくなった。また、
兄綿谷ノボルに引き出された性欲の乱れや精神的欠陥は、どうしてもトオルとの家庭を維
持するのに支障となってきた。一方、コンピュータを通して、綿谷ノボルの弱点―性的で
性格的な欠陥が明らかに窺われる。クミコの姉を死に至らしめ、さらにクミコをトオルか
ら奪って自分のそばにいさせようとした歪んだ行動には、綿谷ノボルの政治家としての存
在に致命的要素がひそんでいることが推測できよう。コンピュータは日常的なモラルの世
界が厳しく拒絶しているような、クミコの複雑で病的な性心理、さらにノボルの歪んだ性
格を理解する媒介的仕掛け=メディウムの役割を果たすものだと言っても過言ではないと
思う。こうしたメディウムがあって初めて、直接には語り出せないような、また読者にも
受け入れがたい、作品に暗示されている人間心理の深くどす黒い無明の暗黒も、はじめて
受容できる内容で提示されたと言える。
直接には認識できない、あるいは受容しがたい人間意識の深層を村上作品はさまざまな
メディウムによって顕在化させている、そうした装置とみることができよう。
テキスト:
『ねじまき鳥クロニクル』第一部、第二部、第三部
新潮社出版 1997 年 10 月
参考文献は脚注に記載。
64
五、論文口頭發表大綱⑨
〈他者〉〈分身〉〈メディウム〉
―『ダンス・ダンス・ダンス』から『ねじまき鳥クロニクル』へ―
内田 康
淡江大学 助理教授
1.村上春樹作品におけるキャラクター類型について
村上春樹の諸作品には、しばしば固定的な役割を演じるキャラクターが繰り返し登場し
てくる。例えば男性であれば、初期の所謂〈四部作〉
(
『風の歌を聴け』~『ダンス・ダンス・
ダンス』
)の世界に登場する友人「鼠」や、
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
の偶数章「世界の終り」のパートに出てくる「影」のような、語り手「僕」の〈分身〉的
な存在が重要な働きを担う。また女性であれば、村上自身、
「昔、僕の小説に出てくる女の
人は、失われていくものか、あるいは巫女的な導くものか、どちらかというケースが多か
った。
『1Q84』でも、ふかえりや安達クミは「導くもの」的な役目が強く、年上のガー
ルフレンドは消えていくものですね。その描き方は、前よりも少し重層的になっていると
は思うけれど、そういうキャラクターはいまでもある程度出てきて、小説的にいえば同じ
ように機能しています1」
(下線引用者、以下同)と自覚的であることを示しているとおり
である。但し、この女性たちの類型について、村上が一旦「失われていくもの」と述べて
から、それを「消えていくもの」と言い換えている点に注目したい。この点は大塚英志が、
「そもそも村上作品においては、まず、
「失われた女の子」は二つに大別できる」として、
更に「第一群が「死者」となってしまった女の子で、これは『ノルウェイの森』の直子が
代表するように自死したガールフレンドとしてしばしば反復されるもの」
、
「第二の「失わ
れた女の子」の類型が「妻」に代表される失踪する女性たちである。これは【中略】
「僕」
の母親離れであり、ある種のファミリーロマンス、孤児物語の発動である2」と指摘してい
るように、村上の所謂「失われていくもの」は、二つに分けて考えるのがより正確であろ
う。
このような村上作品の登場人物たち、および彼らの行動によって展開する物語に見られ
る類型性は、民俗学を背景としてその手の分析に誰よりも長けた論客である大塚自身が、
例えば上で引用した『物語で読む村上春樹と宮崎駿』において、柄谷行人の「構造しかな
い」との指摘や、蓮實重彦『小説から遠く離れて』
(日本文芸社、1989 年)などを引き合
いに出しつつ批判しているように、否定的に論われることがよくある。しかしながら、発
表者が本シンポジウムの一昨年第一回で『1Q84』
、また昨年第二回でも『羊をめぐる冒
険』についての分析で指摘したように3、村上春樹は、神話や物語の構造を引用しつつも、
1
「村上春樹ロングインタビュー」
(
『考える人』新潮社、2010 年 7 月)43 頁。
大塚(2009)
『物語論で読む村上春樹と宮崎駿―構造しかない日本』角川 one テーマ 21、81~82 頁。
3
その成果は、拙稿(2012.12) 「村上春樹『1Q84』論―神話と歴史を紡ぐ者たち―」
(
(
『淡江日本論叢』
26)
、および同(2013.12) 「回避される「通過儀礼」―村上春樹『羊をめぐる冒険』論―」
(
『台灣日本語文學
65
2
時にそれらと批評的に向き合い、人と物語との関係のありようを読者に提示してくれる。
そしてその作品群は、物語の枠組を反復するかに見えながらも、少しずつズレを生じつつ
また別の物語を紡いでゆく。そうしたあり方を、石倉美智子の顰に倣って「村上春樹サー
カス団4」と呼ぶことができるとするならば、登場する類型的キャラクターたちは、まさに
そこの〈団員〉ということになるだろう。したがって、この〈団員〉への注目は、まさに
彼らによって支えられているところの物語の枠組の、組み換えプロセスを解明することに
繋がるものと思われる。
さて、そこで上記の女性類型をめぐる議論に戻るが、村上自身が述べる「失われていく
ものか、あるいは巫女的な導くものか、どちらか」という分類、さらに大塚英志が提示す
る「失われた女の子」の「死者」か「失踪」かという二分割などは、言うまでもなく大い
に示唆的であるが、私見によれば、これには以下のような問題があると考えられる。例え
ば、
『羊をめぐる冒険』
(1982 年)に登場する「耳のモデル」は明らかに「巫女的な導くも
の」でありながら、作品の途中で「失われて」しまう。また、彼女は大塚の分類に従うな
ら「失踪する女性」になるわけだが、
〈四部作〉の最後である『ダンス・ダンス・ダンス』
(1988
年)に至ると、
「死者」として語り手「僕」の前に姿を現すことになる。つまり、登場人物
の類型を単一のキャラクターに固定した場合、作品中での、もしくは作品を跨いだ類型の
変化に対応できなくなってしまうのである。
そのため発表者は、以前村上の初期作品分析に際して、①〈伴走者〉、②〈表層的喪失〉、
③〈深層的喪失〉という三分類を提案した。次の図1はその時の拙稿による5。
【図1】
『風の歌を聴け』
『1973 年のピンボール』
①〈伴走者〉
小指のない女の子
双子の女の子
②〈表層的喪失〉
ビーチ・ボーイズの女の子
ピンボール
③〈深層的喪失〉
事務所の女の子
「髪の長い少女」
三番目に寝た女の子(=「直子」α)
そして今回、〈四部作〉系列でこれらに続く二作について同様に整理したのが次の図2
である。本発表では新たに〈分身〉とも関わる男性についても組み入れてみた6。
【図2】
『羊をめぐる冒険』
①
妻
「誰
「耳のモデル」
②
とでも
③
寝る女の子」
「鼠」
『ダンス・ダンス・ダンス』
「羊男」
(=「キキ」)
ユキ
ユミヨシさん
五反田君
妻 /電話局の彼女
メイ/ディック・ノース
報』34)として発表した。
4
石倉美智子(1998)
『村上春樹サーカス団の行方』専修大学出版局。特に 58 頁を参照。
5
拙稿(2011.6) 「村上春樹初期作品における〈喪失〉の構造化―「直子」から、
「直子」へ―」
(
『淡江日本論
叢』23)
。表1は 94 頁から引用。なお『ノルウェイの森』の「直子」は仮に「直子」βと称する。
6
「羊男」については最終的消息は不明ながら、その死が推測されていることから③にも組み込んだ。
66
こうすることで、作品の展開に伴って各キャラクターの担う役割が如何に変化していく
かが一目瞭然となろう。就中、〈分身〉としての「鼠」や「巫女的な導くもの」としての
「耳のモデル(=「キキ」)」などは、当初〈伴走者〉として登場しながら、やがて作品
を跨いで「死者」としての〈深層的喪失〉へと移行していき、それによって物語が推し進
められていく様相が容易に見て取れる。この点は、〈四部作〉の前二作の女性たちが、あ
る程度固定的な役割を演じていた姿とは対照的だと言えよう。
2.
〈他者〉
〈分身〉
〈メディウム〉―あるいは村上春樹作品における「妻」の経歴
ところで、これら〈四部作〉に全て顔を出しながら、不思議と作品中での描かれ方が少
ないのが、語り手「僕」の「妻」である。『1973 年のピンボール』の第 12 章や第 20 章等
において、「僕」が友人と共同経営する翻訳事務所に勤める女の子として結婚前の「僕」
との関わりが比較的長く描写されていた彼女は、『風の歌を聴け』終盤の第 39 章で「僕」
とのささやかな結婚生活が、そして『羊をめぐる冒険』の第二章で「僕」との離婚が語ら
れ、また『ダンス・ダンス・ダンス』の第2章では彼に別の男との再婚を知らせる手紙を寄
こした以外、物語の進行に対してほとんど関与していない。『1973 年のピンボール』にお
ける「事務所の女の子」という立場では、『ダンス・ダンス・ダンス』で最終的に「僕」と
結ばれる「ユミヨシさん」同様に〈伴走者〉の役割を果たしながら、その「ユミヨシさん」
はもとより、「双子の女の子」「耳のモデル(=「キキ」)」「ユキ」等の、超常能力を
発揮する他の〈伴走者〉ほどには焦点化されず、また「僕」との離婚後も、例えば「ビー
チ・ボーイズの女の子」「ピンボール」「鼠」「キキ」等のように積極的な探索の対象にな
ることもない。因みに柘植光彦は、上掲の〈伴走者〉たちの多くを「メディウム」という
概念で捉え、その重要性に注目しているが7、この中に「妻(=「事務所の女の子」)」は
含まれていない。柘植(2008.1b)の規定によれば、「「メディウム」(medium)とは、メ
ディア(media)の単数形で、今は一般に「媒体」というふうに訳されるが、ここではその
古代的な意味である「巫女」「霊媒」という意味で使う。すなわち、現実のこの世界と、
別の世界(他界、異界)とをつなぐ人物や動物や、物体・映像・音楽のことを指す。村上
春樹の作品にはきわめて多くの「メディウム」が登場する」(280 頁)とのことで、さし
あたり 1980 年代に至るまでの長篇作品と関わる〔女性メディウム〕に限ってピックアップ
すると、以下のようになる。(長篇と関わる範囲で短篇の登場人物も含め、私に番号を付
した。)
①小指のない女の子(風の歌を聴け)、②直子(または親友の恋人)(1973 年のピン
ボール/蛍/ノルウェイの森)、③双子の女の子(風の歌を聴け/1973 年のピンボー
ル/双子と沈んだ大陸/羊男のクリスマス)、④耳のきれいな女の子(羊をめぐる冒
険/ねじまき鳥と火曜日の女たち)、⑤図書館の女の子(図書館奇譚/世界の終りと
ハードボイルド・ワンダーランド)、⑥少女ユキ、キキ(ダンス・ダンス・ダンス)、⑦
7
柘植(2008.1a)
「メディウム(巫者・霊媒)としての村上春樹―「世界的」であることの意味」
(柘植光彦
編『
〔国文学解釈と鑑賞〕別冊 村上春樹―テーマ・装置・キャラクター』至文堂)および同(2008.1b)
「あふれ
るメディウムたち―メディウムリスト」
(同上)参照。
67
ユミヨシさん(ダンス・ダンス・ダンス)8
このうちで発表者の所謂〈伴走者〉と重なるものに下線を施した。また更に補足すると、
②の「直子」のうち『1973 年のピンボール』に登場する例は、本発表における【図1】の
③〈深層的喪失〉の「三番目に寝た女の子(=「直子」α)」に相当する9。そして⑤の「図
書館の女の子」は、
〈四部作〉とは関わりがないため今回の考察では省いてよいだろう。④
の「耳のきれいな女の子」は、柘植(2008.1b)の「発表順リスト」
(260~261 頁)による
と『羊をめぐる冒険』の「耳のモデルの女の子」と短篇「ねじまき鳥と火曜日の女たち」
の「耳の娘」
(
『ねじまき鳥クロニクル』で「笠原メイ」という名を与えられる)の双方を
指している。⑥で「少女ユキ」と「キキ」を一括した柘植の意図は不明だが、この「キキ」
は即ち「耳のモデルの女の子」であるので、彼女については④と併せて考えるべきかと思
われる。
さて、柘植の提唱した「メディウム」なる概念は、村上作品を分析する上で確かに有効
な視点を提示してくれるものであるようだ。だが柘植の取り上げる「メディウム」は、や
や範囲が広すぎる上に、時に「メディウム」ならざる者との境界が曖昧な印象を受ける。
例えば、
『羊をめぐる冒険』の終盤の闇の中で「僕」に語りかける死んだ「鼠」が何故「メ
ディウム」であってはいけないのか、発表者には理解できない。更に柘植(2008.1a)にお
いて、
「この作品には「メディウム」があふれている」
(95 頁)とされる『ねじまき鳥クロ
ニクル』では、
「女性では「電話の女」
「岡田クミコ」
「加納マルタ」
「加納クレタ」
「笠原メ
イ」
」
(同上)が挙げられているが10、例えば「加納クレタ」と「笠原メイ」とでは、確か
にどちらも〈伴走者〉と呼べるであろうにせよ、前者における濃厚な非現実性の強調から
考えて、その性格は異なっている。そこで本研究では、柘植の提案に大いに触発されなが
らも、彼の見解から範囲をより狭く限定し、基本的に発表者の所謂〈伴走者〉に相当する
中で、「双子の女の子」「耳のモデル(=「キキ」)」「ユキ」「電話の女」
「加納マルタ」
「加納クレタ」
「赤坂ナツメグ」等の女性、そして男性では「羊男」や「赤坂シナモン」ら、
予言など明らかに超常的な能力を発揮する些か非現実的なキャラクターを、
〈メディウム〉
と称することにしたい。
このように考えれば、
「ユミヨシさん」や「笠原メイ」のほか、柘植が最初から目を向け
ていない〈四部作〉の「妻」も、当然〈メディウム〉からは外れることになる。但し、
〈四
部作〉においては殆んど顧られることのなかったこの〈伴走者〉としての、また〈表層的
喪失〉としての「妻」というモティーフは、長篇作品では 1990 年代に入り、
『国境の南、
太陽の西』
(1992 年)および『ねじまき鳥クロニクル』
(1994~95 年)で、より重要性を増
していくことになる。その点を追究するのが、まさに本研究でのポイントの一つとなるわ
8
前掲注7柘植(2008.1b)262~263 頁を参考に作成。
この少女に関しては、すでに前掲注5拙稿で詳述した。
10
柘植(2008.1b)の「メディウムリスト」261 頁・263 頁では、更に「赤坂ナツメグ」が加わっている。
68
9
けだが、そのために発表者はここで、
〈他者〉なる概念を導入しようと思う。例えば舘野日
出男は、
『1973 年のピンボール』における「僕」とピンボールとの再会場面を評して、
「
「僕」
はこの時直子という絶対的な他者に出会ったのだといえる11」と述べているが、
〈四部作〉
、
とりわけ前二作において、理由もわからずに自殺した「直子」という〈深層的喪失〉の存
在は、その理解不可能性という点で〈他者〉と呼ぶに相応しい。但し、本研究の立場から
すれば、
「絶対的な他者」とは、そうやすやすと出会ったり了解し合ったりできないが故に
「絶対的」なのであって、ここでのピンボールは、喪われて二度と戻らない「直子」の代
償として「僕」に見出されたところの、
〈表層的喪失〉の対象と見るべきだと考える12。そ
してこの〈他者〉は、
〈四部作〉の世界においては専ら「直子」のような「死者」に代表さ
れると見てよかろう。しかるに 90 年代になると、
『国境の南、太陽の西』では〈他者〉は
以前と同様に、
(おそらく)
〈深層的喪失〉に相当するであろう「島本さん」がその役割を
担っていると思われるが、これが『ねじまき鳥クロニクル』に至ると、
〈他者〉は〈伴走者〉
から〈表層的喪失〉に移行していく、
「妻」としての「クミコ」によって引き受けられるよ
うになるかの如くなのである。このように、主人公「僕」が向き合うべき〈他者〉が、
〈深
層的喪失〉から〈表層的喪失〉へと対象をシフトしてゆく様は、特に長篇作品に注目して
見た場合、
村上春樹の80年代から90年代にかけての大きな変化と見ることができそうだ。
更に本研究では、以上の〈メディウム〉
〈他者〉に加えて、
「僕」の〈分身〉の果たす役割
をも、同時に視野に入れつつ考察を続けていくことにしたい。というのも、
「僕」の〈分身〉
については、
〈四部作〉世界においてその典型と考えられる「鼠」と「五反田君」を、柘植
が共に彼の「メディウムリスト」に含めていないことから、また独自の考察が必要である
と考えられるためである。
3.
「妻」という〈他者〉―『国境の南、太陽の西』から『ねじまき鳥クロニクル』へ
それでは次に、上記の問題を検証するべく、
『国境の南、太陽の西』ならびに『ねじまき
鳥クロニクル』における登場人物たちの役割を、図3として示してみる。
【図3】
『国境の南、太陽の西』
①〈伴走者〉
②〈表層的喪失〉
③〈深層的喪失〉
④〈敵対者〉
有紀子(妻)
イズミ
『ねじまき鳥クロニクル』
笠原メイ
クミコ(妻)
加納クレタ
⇒
赤坂シナモン
(=) 電話の女 =
208 号室の女
島本さん
綿谷ノボル
ギターケースの男 ⇒ ナイフの男
さて、周知のように、
『国境の南、太陽の西』という作品は、本来その核心部分が、
『ね
じまき鳥クロニクル』の一部として組み込まれていた13。おそらくそのことと関わりがあ
11
舘野(2004)
「死への誘惑と人間の愛しさ―『1973 年のピンボール』論―」
(
『ロマン派から現代へ―村上春
樹、三島由紀夫、ドイツ・ロマン派―』鳥影社)70 頁。
12
この点については、前掲注5拙稿 96 頁を参照。
13
例えば『村上春樹全作品 1990~2000②』
(講談社、2003 年)の村上による「解題」
、480 頁以下を参照。
69
ろうが、このように図示してみると、両作品の相補的な関係が浮かび上がってくる。即ち、
『国境の南、太陽の西』で「島本さん」に代表されていた〈深層的喪失〉をめぐる物語は
『ねじまき鳥クロニクル』には存在せず、またその『ねじまき鳥クロニクル』において新
たに浮上した④〈敵対者〉の系譜は、
『国境の南、太陽の西』には登場しないのである。こ
の第四の要素については、
〈分身〉をめぐる問題と関わるので、次節であらためて触れるこ
とにしよう。そこで前者についてだが、この「島本さん」という女性の非実在性は、語り
手「僕(=始〔ハジメ〕
)
」が、彼女との想い出の品として屢々引き合いに出す、ナット・
キング・コールの歌う『国境の南』のレコードの非実在性と、テクストの上で緊密に結びつ
いている14。もちろんこの記述を、村上のケアレスミスの所産と断じるのはたやすいが、
彼が「でも―強弁するわけではないけれど―結果的には、むしろその方が(=そんな
レコードは実在しない方が:引用者注)
よかったんじゃないかという気がしないでもない。
、、、、、、、、
小説を読むというのは結局のところ、どこにもない世界の空気を、そこにあるものとして
吸い込む作業だからだ15」
(133 頁、圏点原文)と述べるとおり、この実在しないはずのレ
、、、、、、、、
コードは、
「島本さん」が纏う「どこにもない世界の空気」を、結果的に読者に伝える機能
を果たしているのである。そしてハジメが彼女に逢うという設定は、ある意味で、作家が
自ら「失敗作」と称する中篇「街と、その不確かな壁」
(1980 年)において処理しきれず、
これを改作した『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
(1985 年)でも巧みに回
避された、
〈他者〉としての〈深層的喪失〉の対象との邂逅というモティーフに、再度挑戦
した結果として描き出されたものと捉えることができると思われる16。
更に、
『国境の南、太陽の西』が『ねじまき鳥クロニクル』と分離していく過程において
注目すべきは、
〈表層的喪失〉としての「大原イズミ」の存在である。
『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭でかかってくる正体不明の電話は、基本的にはイズ
ミからかかってきた電話だということになる。つまり現実の空気の中に唐突に切り込
んでくる過去の響きである。
(村上春樹「解題」485 頁)17
14
「
「国境の南(South of the Border)
」も彼(=ナット・キング・コール:引用者注)の歌で聴いた覚えがあ
って、その記憶をもとに『国境の南、太陽の西』という小説を書いたのだけれど、あとになってナット・キン
グ・コールは「国境の南」を歌っていない(少なくともレコード録音はしていない)という指摘を受けた。
「ま
さか」と思ってディスコグラフィーを調べてみたのだが、驚いたことにほんとうに歌っていない。
【中略】と
いうことは、現実に存在しないものをもとにして、僕は一冊の本を書いてしまったわけだ」
(和田誠・村上春樹
『ポートレイト・イン・ジャズ』新潮文庫、2004 年、133 頁)
。因みに、
『羊をめぐる冒険』における北海道の山
の上の「鼠」の別荘の場面にも、
「レコード」で「ナット・キング・コールが「国境の南」を唄っていた」
(
『村
上春樹全作品 1979~1989②』版、303 頁)という記述があるが、これも同様に解釈することが可能であろう。
なお村上自身はこの「島本さん」の非実在性について、
「彼女が実在するかどうかというのは、あなたと島本
さん(あるいはあなたにとっての島本さん的なるもの)のあいだで決定されるべき個別的な問題なのだ」
(前
掲注 13「解題」487 頁)と述べている。
15
前掲注 14 の『ポートレイト・イン・ジャズ』に拠る。
16
この点については、前掲注5拙稿 99~100 頁で述べた。
17
前掲注 13 に同じ。
70
これは、当該二作品の初稿段階での設定に関する村上の発話である。我々が作品を解釈
するに当たり、作家自身の意図がもはや第一義的な根拠になりえないことは言うまでもな
い。だが、村上のこの証言が本研究における〈表層的喪失〉の〈他者〉化という問題と符
合する点も看過できない。我々が現在目にすることのできる『ねじまき鳥クロニクル』で
は、
「電話の女」の正体が語り手「僕(=岡田亨〔オカダ・トオル〕
)
」の妻「クミコ」であ
ったことを、彼自身が第2部の末尾で気づくことになっている。ところが村上によれば、
当初この「電話の女」は、
『国境の南、太陽の西』で「イズミ」となる女性だったのだとい
う。このことから、村上が初期の構想において、
〈四部作〉の世界までと同様の〈深層的喪
失〉としての「島本さん」のみならず、
〈表層的喪失〉としての「イズミ」=「電話の女」
をも〈他者〉として描こうとしていた方針を窺うことができる。そして最終的に、
『ねじま
き鳥クロニクル』で〈他者〉たる「電話の女」の立場に滑り込んできたのは、おそらく『国
境の南、太陽の西』での語り手・ハジメの妻「有紀子」と本来同一人物だったと考えられる、
岡田トオルの失踪する妻「クミコ」であった18。この〈他者〉としての「妻」というモテ
ィーフが浮上してくるのは、村上が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』刊行
後に発表した短篇、
「パン屋再襲撃」
(1985 年 8 月)や「ねじまき鳥と火曜日の女たち」
(1986
年 1 月)あたりからではないかと思われる。これと関連して石倉美智子は、
「パン屋再襲撃」
に関する論考で、
「村上作品の中では、現実の女性は理解不能な他者として存在し、ヴァー
チャルな世界に属する女性が憧憬として存在する傾向がある19」ことを指摘、更に「ねじ
まき鳥と火曜日の女たち」論においては、
「電話の女、女子高生は、形を変えた「妻」であ
ろう。
「妻」はさまざまなスタイルで「僕」を個から引きずり出そうとするのだ。―さらに
言うならば、この〝「妻」的なる者〟たちは、他者であり外部の世界が姿を変えたものだ
といってよいだろう20」
、
「夫婦という原初的なユニットに、現代の他者との不調和という
テーマを仮託した物語なのである21」と述べ、この短篇がやがて『ねじまき鳥クロニクル』
へと書き改められることを指して、
「それは他者のいる世界への帰還を果たしたい、という
作者の志向性をあらわすものであると思われる22」と評している。概ね妥当な見解だが、
またこれと同時に、
『ダンス・ダンス・ダンス』以降の短篇が、
「TV ピープル」
(1989 年 6 月)
、
「トニー滝谷」
(1990 年 6 月)のように、
〈失われる「妻」
〉の物語を辿るようになること
と相俟って、作家が長篇『ねじまき鳥クロニクル』執筆に当たり、
〈他者〉としての「妻」
を、
〈伴走者〉としてではなく〈
(表層的)喪失〉の対象として求めるという方向で物語を
展開させる結果になった点にも、併せて注意を向けるべきだろう。詳細は別稿に譲るが、
村上が〈他者〉としての〈伴走者〉に直接向き合おうという姿勢を焦点化した物語を紡ぎ
18
「この『国境の南、太陽の西』の主人公であるハジメ君は、
『ねじまき鳥クロニクル』の主人公である岡田
トオルともともとは同一人物だった」
(前掲注 13、村上春樹「解題」
、484~485 頁)
。
19
前掲注4石倉(1998)103 頁。石倉はここで「理解不能な他者としての女性キャラクター」として、
『羊を
めぐる冒険』
「TV ピープル」
『ねじまき鳥クロニクル』にそれぞれ登場する「妻」たちを挙げる。
20
前掲注4石倉(1998)129 頁。
21
前掲注4石倉(1998)132 頁。
22
前掲注4石倉(1998)133 頁。
71
出すのは、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
(2013 年)を待たねばならなか
ったようである23。
4.変貌する〈分身〉たち―〈他者〉
(および〈メディウム〉
)をめぐる物語との拮抗
以上、
〈四部作〉の世界から『ねじまき鳥クロニクル』に至るまでの〈他者〉の位置づけ
の変化に注目して考察してきた。そして村上春樹における〈メディウム〉とは、基本的に
主人公がこの〈他者〉
(もしくはその代替者)にアクセスを試みる上での媒体として機能す
る者たちである、と考えて大過あるまい(ex.双子の女の子-ピンボール、ユキ-キキ、加
納クレタ/赤坂シナモン-クミコ、等々)
。ところで甚だ興味深いのは、村上作品で頻繁に
登場するところの、主人公とその〈分身〉と関わる物語が、これら〈他者〉-〈メディウ
ム〉
をめぐるストーリーと、
屢々対抗関係を見せる点である。
そもそもその起点となる
『1973
年のピンボール』においてからが、
「鼠」の物語は双子とピンボールおよび「直子」の物語
と全く交差するところがなかった。
(その原型を、
『風の歌を聴け』における「鼠」と、
「僕」
をめぐる女の子たちとの表面的な交わりのなさに求めることも可能だろう。
)
続いて
「街と、
その不確かな壁」
およびその改作版である
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
になると、語り手「僕」は、結末は正反対であるものの、
「影」と「図書館の女の子」のど
ちらを取るかという二者択一を迫られることになる。
『羊をめぐる冒険』では更に露骨に、
「耳のモデル」は「羊男」というもう一人の〈メディウム〉に追い払われ、
「僕」はその後
でようやく〈分身〉としての「鼠」の幽霊と対面するに至る。
『ノルウェイの森』の場合は、
有り体に言えばこれを、
「僕」と、
〈分身〉としての死者「キズキ」との間における「直子」
の奪い合いとも見ることができる。そして『ダンス・ダンス・ダンス』ともなれば、かつて
の〈メディウム〉である「キキ(=耳のモデル)
」は「僕」の〈分身〉たる「五反田君」に
殺され、それを新〈メディウム〉の「ユキ」が見破る、という構図になっている。このよ
うに村上は、デビュー以来かかる〈他者〉-〈メディウム〉/〈分身〉という二つの系列
の絡み合いの物語を、一貫して描き続けてきたと言っても過言ではない。但し、80 年代か
ら 90 年代にかけての村上の変化として無視できないのは、
〈分身〉と〈悪の系譜〉24との
交差という問題である。それは長篇では、愛すべき「鼠」の死後、
『ノルウェイの森』での
「キズキ」と「永沢さん」の並立あたりから始まり、
『ダンス・ダンス・ダンス』において無
意識の殺人者「五反田君」として形象されながら、まだ「僕」の共感の対象に留まってい
た。それが『国境の南、太陽の西』のハジメの内面の悪の発見を経て如何に「綿谷ノボル」
を産み落とすに至るか、その考察は今後に委ねたい。
23
24
この長篇刊行の直前に、改作版として『パン屋を襲う』を出しているのも、同じ文脈で捉えられよう。
加藤典洋(2009)
『村上春樹 イエローページ3』幻冬舎文庫、276~277 頁「綿谷ノボルの系譜」参照。
72
五、論文口頭發表大綱⑩
『スプートニクの恋人』に仕組まれているすみれの「文書」
―メディウムとしての機能―
范 淑文
台湾大学 教授
1.『スプートニクの恋人』に散在するメディウム
ある目標か目的に達するには、何かまたは誰かを通さなければならない場合、その何か
或いは誰かが即ち、その目標(目的)達成のメディウム(medium)と考えられる。勿論、
そのメディウムは能動的な場合があれば、受動的な場合もある。
『スプートニクの恋人』など村上春樹の小説に織り込まれているメディウムについて、
柘植光彦は次のように述べている。
村上春樹の小説には、さまざまな内部メディア(inner medium)が存在し、その代表
が「井戸」だったわけだが、ここではミュウが本来の意味でのメディア(medium=巫
女)としての役割を果たしている。
(P35)すみれは、
「こちら側」と「あちら側」に「同
時に密接に含まれ、存在している」と自分を定義していた。…こうして、すみれと「ぼ
く」は重なり合い、小説家として同時に誕生したのだ。…それは、作家が自分自身を
メディア(medium)として自覚的に設定したということだ。これまでの村上春樹は、
優れたメディエーターではあったと思うけれども、決してメディアそれ自体ではなっ
た。…(P36)…それは作家がかかわるのは言語行為の全体ではなくて、そこから派生
した文字行為であるにすぎないということの新たな確認だ。読者にとって作家は、つ
ねに文字の向こう側にしか存在しないという自明なことの、
意識的な再確認でもある。
1
(P37)
氏の指摘の通り、
『ノルウェイの森』や『風の歌を聴け』
『ねじまき鳥クロニクル』など
の作品には「井戸」が散在し、一つの通路やメディウム(柘植氏の論文には「メディア」
と表記している)と捉えられるが、
『スプートニクの恋人』では、失踪したすみれはうっか
りして井戸に落ちたのではないかという「ぼく」の疑いに対して、
「この島では誰も井戸を
掘りません。そんな必要がないからです。わき水が多く、いくつかの涸れない泉がありま
す。それに岩盤が固くて、穴を掘るのは大変な作業になります」という島の警察官の答え
によって、
「井戸」の存在が完全に否定される。そして、氏の言う「ミュウが本来の意味で
1
柘植光彦「円環/他界/メディア――『スプートニクの恋人』からの展望」
『村上春樹スタディーず』05 栗坪
良樹・柘植光彦編 1999.10 若草書房 P35.37
73
のメディア(medium=巫女)としての役割を果たしている」というメディウム説、つまり
ミュウというメディウムを通して、すみれは「こちら側」と「あちら側」の存在に気付き、
その境界に足を踏み入れる氏の説にも全く賛同する。それより、すみれがなぜ文書 1 と文
書 2 を残して「消えて」しまったのか、その文書はどんな意味を持っているのかなどの点
に疑問を持たずにはいられない。
よって、本稿は、すみれが書いた文書は誰に宛てたものであろうか、その文書1と2を
一つのメディウムとして考えることは可能であろうか、更にストーリーの中で文書1と 2
はどのような働きを果しているのかなどの問題を明らかにし、作品のモチーフにアプロー
チすることを試みる。
2.
「文書1」と「文書2」
すみれが失踪したギリシャの小さな島に「ぼく」が日本から飛んできた。そこで、ミュ
ウとすみれ二人がこの島にやって来た経緯や、四日間二人でどのように過ごしたか、二人
の間でどのような話やハップニングがあったのかについて、
ミュウが詳しく説明したあと、
「ぼく」に「すみれが、つまり……どこかで自殺をしたとは考えられない?」とたずねた。
その質問に対して、
「ぼく」は「もちろん自殺をする可能性がまったくないとは言いきれま
せん。でももしここですみれが自殺しようと決心したとしたら、必ずメッセージを残しま
す。こんな風にすべてを放ったらかしにして、あなたに迷惑をかけるようなことはしませ
ん。
」2(P184)とすみれの性格に触れながら答えた。そのような「僕」のはっきりした答
・ ・ ・
えを聴いても、ミュウは「本当にそう思う?」
(傍点テクスト)と念を押したら、
「間違い
ありません。そういう性格なんです」と「ぼく」は更に動揺しない考えを示した。しかし、
ミュウが捜査願いのためアテネの領事館に行っている間に、
「ぼく」はすみれのスーツケー
スにあるディスクに文書 1 と文書 2 が入っていることを発見しました。
「文書 1」と「文書
2」以外に、タイトルも何もついていない。この二つの文書は誰に宛てたのかは重要な問題
である。
2.1「ぼく」が読者という設定
まず、その答えにつながるもっとも有力な根拠と思われるのはディスクが入っているス
ーツケースにロックされていた四桁のナンバーである。
「ぼくはすみれが暗証にしそうな番
号をいくつかためしてみた。彼女の誕生日、住所、電話番号、郵便番号……どれもうまく
いかなかった」あげくに、
「国立の――つまりぼくの――市外局番にあわせてみた。0425。
ロックは音をたてて開いた」
。
(P195)
「ぼく」の住所の市外局番は「ぼく」とすみれ以外の
人間は恐らく誰も思いつかないだろう。もちろん、すみれが命をかけて恋をしている相手
2
テクスト『スプートニクの恋人』2008.9(2001.4 第一刷り)講談社文庫
74
であるミュウすらも知る由がなかろう。つまり、この「文書」の宛て先はミュウの可能性
が薄いと言えよう。そして、
「ものを考えようとするたびにいちいちそんなことをしていた
ら、結論を出すのに時間がかかって仕方ないだろうとあなたは言うかもしれない。言わな
いかもしれない」
(P199)という「文書1」にある内容から、
「あなた」に向かって話しか
けていることはあきらかであろう。さらに、
「しかしミュウに出会ってからは、わたしは文
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
章というものをほとんど書かなくなってしまった。どうしてだろう?K の言うフィクショ
ン=トランスミッション説はなかなか説得的だった。
」
(P200)という K に触れている一節
がある。この K がいう「フィクション=トランスミッション説」とは、第5章にミュウの
会社に助手として勤め始めたすみれが親友の「ぼく」と会っているときの会話に出ている
内容の一部である。つまり、K とは「ぼく」を指しているのは言うまでもない。また、手
の関節を鳴らす癖があり、それを自慢していたすみれには、
「大学に入ってしばらくして、
それがあまりほめられた特技ではないということを、K がこっそりと教えてくれた」
(203)
と、K に触れる一節もある。大学に入っていてもすみれには、
「ぼく」以外に話やコミュニ
ケーションのできる相手は一人もいない状況からも、K=「ぼく」=「文書1」と「文書2」
の宛先であることは自明であろう。
2.2 すみれの姿――「子猫」の姿を彷彿させる
「文書1」と「文書 2」はすみれによって書かれたものであるが、その前の 8 章と 9 章
は、すみれが失踪するまでの二人が交わされた会話の内容や、その晩すみれの不思議な行
いなどは、ミュウの口を通して、語られている。その中で、失踪する前夜にミュウの部屋
に現れたすみれの姿の叙述がもっとも注目すべき点であり、すみれの失踪の原因などを解
く手がかりとも見做せよう。その場面のすみれの様子と、すみれがミュウに話した子供の
頃体験した「子猫」の失踪する前の姿の特徴を次の表のように並べて、比較してみよう。
――――――すみれ―――――――――
―――――――子猫――――――――
・ ・
それは背が低く、ずんぐりと丸まった何かだった
背中を丸めて飛びはねる
虫のように身体を丸めてしゃがみこんでいた
遥か上の枝の隙間から顔を小さくのぞいていた。
身動きひとつしない。息づかいも聞こえない
まるで何かに取り憑かれたみたいに
目は開かれていたが、なにも見ていなかった
鳴き声すら聞こえない
口にピンク色のハンドタオルだった
猫の目にはわたしには見えないものの姿が映って
すみれは強い力で噛みしめていた
いて、それが猫を異常に興奮させている
さびしくて怯えて、誰かの温もりをほしがっている
松の木から下りてこなかった
まだ子供なんだ
人なつこい子猫だった
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
行方不明になって、煙のように消えてしまった
そのまま消えてしまったの。まるで煙みたいに
75
松の枝にしがみついている子猫のように
――――――――――――――――――――――――――
一部はそれほど表現が一致していないかもしれないが、全体の雰囲気や状況はほぼ重な
っているのは明らかであろう。まとめて見れば、まだ幼い存在であるが、何か目の前のあ
るものに刺激を受けてショック――自分さえも意識せず、コントロールができない異常な
精神状態――になっているのである。そして、周りのあらゆるものと距離をおき、更に姿
を見せなくなったのである。
「子猫」の話は失踪する前日、つまりミュウの部屋にすみれが
失神状態で現れた日の昼間に、すみれがミュウに語った話である。
「子猫」の話をこのタイ
ミングで持ち出されたのはすみれが一つのメッセージとして送ったと捉えられよう。ミュ
ウへの愛を告白して、応えられず、そのショックで姿を消してしまうというメッセージを
ミュウにはその時点では感づいていなかった。
「心がどれだけそう感じても」
「身体は彼女
を拒否していた」のである。そのメッセージのとおりにすみれが「煙のように消えてしま
った」のである。
2.3「シャム双子のような」ミュウとすみれ
「文書1」にはすみれが最近時々見る夢が書かれている。自分が三歳の時に亡くなった
母に会いに行く夢である。
「文書2」には 14 年前にミュウの身に起こった「観覧車事件」
が書かれている。片方が夢であり、片方が事実のように語られているミュウが経験した事
件であり、一見は何の関連もないように見えるが、当時のそれぞれの状況を並べてみれば
意外に似通ってている点が多い。
―――-―夢の中のすみれ―――――
――――観覧車事件のミュウ――――
彼女は高い塔のてっぺんにいた
観覧車の一番高い位置の籠
自分をここから助け出してくれるように頼んだ
思い切って叫んでみる「助けて!」
彼女の方に誰も顔を向けようとはしなかった
真夏の夜には何の反応もない
病院で着せられる、長くて白いガウンを着ていた
白い病院のガウンを着せられている
彼女はその服を脱ぎすてて、裸になった
裸の身体に
風に乗ってさまよい、遠くに消えていった
ミュウは失われる
――――――――――――――――――
ミュウの「観覧車事件」とは、14 年前にスイスの小さな町で、夜、遊園地にある観覧車
に何かの手違いで閉じ込められ、暫しの眠りから目が醒めたミュウが双眼鏡(偶然にも双
眼鏡を持っているのは一寸不自然であろうが)で自分の部屋でもう一人の自分がフェルデ
ィナンドという 50 歳前後のラテン系のハンサムな男性と激しい性行為を交わしている様
子をしっかりと眺めた翌朝、観覧車で怪我だらけのミュウが発見され、病院に運ばれ、そ
76
して半分の自分が「あちら側に移って行ってしまった」という話である。一方、すみれの
夢は、顔も覚えていないお母さんに会いに行こうとして長い階段をのぼり、漸くそのてっ
ぺんに着き、
「美しく、若々し」いお母さんに会えたが、言葉を交わす前に、
「換気口のよ
うな丸い穴に」に押し込まれたお母さんは奥の方に引っ込まれてしまった。広場に一人残
されているすみれの様子は上掲の表に並べてあるとおり、その状況は「観覧車事件」当時
のミュウのとぴったり一致しているのは明らかであろう。のみならず、
「観覧車事件」を話
した後、
「たとえば本当のわたしとは、フェルディナンドを受け入れているわたしなのか、
それともフェルディナンドを嫌悪しているわたしなのか。そんな混沌をもう一度呑み込め
るという自信がわたしには持てない」というミュウの心境叙述の中にある「混沌」という
表現は、
「文書1」にも「
「知っていること」と「知らないこと」は実はシャム双子のよう
に宿命的にわかちがたく、混沌として存在している。混沌、混沌」
(P202)と、繰り返され
ている。
ここまで、すみれが何回も見た夢にある自分の状況とミュウの経験した「観覧車事件」
のそれと重なっているのは何を意味しているのか、興味深い問題である。
まず、
「観覧車事件」の不思議さや事件失神したことについては、
「文書 2」には「彼は、
そのフェルディナンドは、あっち側のわたしに対してあらゆることをした。
」
(P236)
「そし
て最後には(中略)でもとにかくそれはフェルディナンドではなくなっている。あるいは
それは最初からフェルディナンドではなかったのかもしれない。
」
(P237)
「ある意味ではわ
たし自身がつくり出したことなのかもしれないわね。ときどきそう思うの」
(P242)とミュ
ウが回想している。そして、13 章には、二つの文書を読んだ「ぼく」は、それらの内容を
整理したあと、
「一晩観覧車の中に閉じこめられ、双眼鏡で自分の部屋の中にいるもう一人
の自己の姿を見る。ドッペルゲンガーだ。そしてその体験はミュウという人間を破壊して
しまう(あるいはその破壊性を顕在化する)
」
(P249)と仮説を立てている3。
この「観覧車事件」について、石原千秋は「ミュウはす(P061)みれの父であり母でも
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
あったのだ。父はすみれの性欲の象徴でり、母はすみれの愛情の象徴である。
(P062)……
ミュウはまちがいなくすみれを「あちら側」に誘っていたのだ。
」4という見解を示してい
3
ウィキペディアによれば、
「同じ人物が同時に複数の場所に姿を現す現象、という意味の用語ではバイロケ
ーションと重なるところがあるが、バイロケーションのほうは自分の意思でそれを行う能力、というニュアン
スが強い。つまり「ドッペルゲンガー」のほうは本人の意思とは無関係におきている、というニュアンスを含
んでいる。
」と思われている。ドッペルゲンがーは本人の意思的行為ではないと見なされている。となれば、
ミュウの「ドッペルゲンがー」は自分の意志とは無関係であるが、体中が傷だらけという「破壊性」の強烈さ
からではミュウの内面の葛藤が相当なものであるのがうかがえよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%8
3%BC#cite_note-hani-2(2014.06054)
4
石原千秋「書き出しの美学(最終回)
「こちら側」の自分はいつも孤独―村上春樹『スプートニクの恋人』
」
77
る。一方、中西亜梨沙は、
「50 歳前後のハンサムなラテン系の男」で「背が高く、鼻のか
たちが特徴的に美しい」フェルディナンドの特徴からすみれの「父」を連想する松本常彦
説を踏まえて、次のように「観覧車事件」をすみれの身に置き換え、その関連性を見い出
している。
「観覧車事件」によるフェルディナンドとミュウに、両親の関係の象徴を見い出した
すみれは、自身の根本的問題の原因が「父」にあることをはっきりと意識する。
(中略)
「あちら側」の世界は、自分自身の心の中の、気づいてはいないが、真の問題が露呈
する場であった。すみれにとってそれは母を喪失しているということであり、そのこ
とを彼女自身が自覚し、
「あちら側」の世界へ向かうことによってそれに直面し、克服
する。従って母とのつながりを回復し、再獲得するということになるのである5。
ミュウに焦点を据え、ミュウの中には父と母は対等的な位置にあるという石原氏の見解
と異なり、中西氏は、ミュウの「観覧車事件」を通して、すみれは自分自身が抱えていた
問題の根源が即ち「母の喪失」に帰し、
「あちら側」の世界へ行くことによって母親との「つ
ながりを回復」することが成り立つと主張している。すみれの実母はすみれが三歳の時に
亡くなり、実母についての思い出を父が殆んど語らなかった。義母からの愛情をたっぷり
受けていたが、すみれにとっては、実母の愛は変えられないもので、その実母の愛に飢え
たまま恋をする年頃を迎えてしまった。自分の恋の相手を求める時、無意識にその実母不
在という一種の欠陥のような存在の補いの心理がすみれの内面に働きかけたと考えられる。
そこへ、実母が亡くなった年と同じくらいのミュウが現れたのは実にタイミングがよかっ
た。
「わたしはミュウを愛している!」
(P213)と「文書1」にも何回も繰り返されている
し、一方、ミュウのほうも「わたしはすみれのことが好きだったし」
(P177)と語られてい
る以上、中西氏のいう「母とのつながり」の「再獲得」で片付けられなくなる。
わたしは、むしろ加藤典洋の「これは二つの恋(=片恋)の物語なんだと言いたい。一
つはすみれのミュウへの恋で」
「もう一つの恋が「ぼく」のすみれに対する恋で、それはこ
の世にとどまろうといういわば"超越しない、恋"なのです。
」6という恋説に従いたい。
つまり、一般の男女の恋ではなく、すみれは実母の愛情が重なっている恋をすみれがミュ
ウに求めたが、
「観覧車事件」での自己省察で自分の一部を失ったミュウの拒否でその恋は
成就できなかった。
「わたしたちは一枚の鏡によって、隔てられているだけのことなの。で
『本が好き』37 号 2009.7 光文社、P063
5
中西亜梨沙「村上春樹『スプートニクの恋び』論――新たに始まる「ぼく」とすみれの物語――」
『福岡大
学日本語日本文学 22』2013、P50.52.53
6
加藤典洋「行く者と行かれる者の連帯――村上春樹『スプートニクの恋人』
」
『村上春樹論集②』2006.2、若
草書房、P168
78
もそのガラス一枚の隔たりを、わたしはどうしても越えることができない。永遠に」
(P239)
と、
「文書2」にミュウがすみれに語っているように、
「こちら側」に残っているミュウは
魂がないからである。
ミュウとの恋を成就するには、
「あちら側」に行けば会えるだろうというミュウからの
提案にすみれは従うしかない。
「あちら側」にいくのはどのように理解できるのかは尤もの
難解であろう。
「鏡によって、隔てられている」というミュウの言葉を一つの暗示と捉えら
れるなら、ミュウの会社への通勤の便を図るために会社の近くに引っ越した時に、ミュウ
から贈られた「等身大の鏡」の引っ越し祝いがすでに「あちら側」にいく通路がすみれの
ために用意されたと見なすことも出来よう。ここでは「わたしたちはいつかどこかで再会
して、またひとつに融合することがあるかもしれない。
」
(P239)というミュウの言葉は興
味深い。
「ぼく」が島を離れ、ミュウに分かれようとする場面の描写に注目しよう。
ミュウは最後にぼくを抱擁した。とても自然な抱擁だった。
(ぼくの背中に回した手)
その手のひらを通じて、ミュウはぼくになにかを伝えようとしていた。ぼくはそれを
感じることができた。ぼくは目を閉じてその言葉に耳を澄ませた。でもそれは言葉と
いうかたちをとらない何かだった。おそらくは言葉というかたちをとるべきではない
なにかだった。ぼくとミュウは沈黙の中でいくつかのものごとを交換した。
(264)
(中
略)ミュウはぼくを求めていたと思うし、ぼくもある意味では彼女を求めていた。ミ
ュウはぼくの心を不思議な強さで惹きつけていた。
(中略)それを恋愛感情とは呼ぶこ
とはできなかっただろうが、かなり似かよったものだった。…ミュウの小さな手のひ
らの感触が、まるで魂の影のように、ぼくの背中にいつまでも残っていた。
(P263.267)
ある意味では、最愛のすみれが「消えてしまった」ことはミュウも責任を問われるはず
である。にもかかわらず、そのようなミュウを憎むどころか、別れる寸前にミュウからの
「抱擁」を「ぼく」が拒まなかったからでもあろうか、それは「とても自然な抱擁」にな
った。こうした「ぼく」のミュウへの好感や、また、
「その手のひらを通じて、ミュウはぼ
くになにかを伝えようとしていた。
」という描写からでは、
「ぼく」の前にいるのは鏡を越
えたすみれと「融合」したミュウと捉えられないこともない7。14 年間もずっと一人で抱
えていた秘密をすみれにはなしたことで「わたしとあなたはこれからずっとその話を二人
で共有することになる」
(P218)というミュウの言葉の通り、ミュウのどこかにすみれが入
っているかもしれないだろう。
7
9 章には、すみれが自分の部屋に戻る前に「すみれはわたしに向かって耳もとでなにかをささやいたような
気がした。でもとても小さな声だったので、わたしには聞き取れなかった。
」
(P179)という描写はミュウの「ぼ
く」にささやくシーンとそっくりである。
79
3.メディウムとしての「文書1」
「文書2」の働き
加藤典洋は、終盤にあるすみれから電話が掛かってきたシーンについて、
「すみれは、
人工衛星のように異界を〝ぐるりと回〝り、逆のほうから、にんじんにうがたれた回路を
経由して、ぼくの世界に、帰ってくるのである。
」8と、
「消えてしまった」すみれが帰って
くることの暗示だと捉えている。すみれはもう帰って来ないとわたしは考えたい。なぜな
ら、
「文書1」
「文書2」を発見する前に、ミュウに「すみれが自殺しようと決心したとし
たら、必ずメッセージを残します。こんな風にすべてを放ったらかしにして、あなたに迷
惑をかけるようなことはしません。
」と「ぼく」がはっきり言ったからである。残しておい
た「文書」は、一種の遺書のようなものであり、
「この文章は自分自身にあてたメッセージ」
であると共に、
「ぼく」に宛てたメッセージでもあるのである。となると、この二つの「文
書」はテクストの中でメディウムとして以下のようにその働きを纏めることができる。
(1)他者を通しての自己認識―
言葉を並べることによって、
「知っていること」を改めて確認し、
「知らないこと」をこ
こで認識できるのである。ミュウの「観覧車事件」やその後の心の深層の解剖の語りを通
して、すみれはそれまで「知らな」かった自分の一面を冷徹に見詰め、向き合うことがで
きたのである。
(2)他者への理解
「ぼく」が自分を愛していることをすみれは、うすうすと感じていた筈である。が、小
さい頃から抱えていた実母不在の問題で、
「ぼく」の気持ちに応えられなかった。
「文書」
というメディウム――読むこと、並べられている言葉への解釈――を通して、他者の内面
を見詰め、的確に掴むことができる。そこで、
「夢を見る」
「夢を見つづける」方法で、す
みれに会えること、すみれと愛を交わすことを読み手である「ぼく」はキャッチできたの
であろう。
『スプートニクの恋人』を恋物語として読めるなら、すみれへの「ぼく」の恋は
成就できたのであろう。
8
加藤典洋『村上春樹論 イエローページ PART2』荒地出版社、2004.5、P098
80
五、論文口頭發表大綱⑪
村上春樹『海辺のカフカ』論
―甲村図書館の役割を中心に―
葉 夌
熊本大学大学院 博士後期課程
一、はじめに
『海辺のカフカ』
(2002 年、新潮社)は物語が一人称語りの奇数章と三人称語りの偶数
章に分けられて並行的に発展している。冒頭では無関係のように見える二つのストーリー
が、実は相互に影響しあい同じ方向に進行している。
奇数章は、
「僕」と自称する語り手の田村カフカが 15 歳の誕生日に家出をするという展
開である。一方、偶数章の視点はナカタサトルという 60 歳すぎの男に据える。
『世界の終
りとハードボイルド・ワンダーランド』と同様に、二つのストーリーは並行的に進行して
いく。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と違って、
『海辺のカフカ』の二
つのストーリーは甲村図書館で交差する。しかし、田村カフカとナカタは直接会うことは
ない。二人の接点は四国にある甲村図書館の館長である佐伯という 50 代の女性である。佐
伯という設定について、須浪敏子は以下のように論じている。
「仮説」の母親としてカフカ少年を死から再生させるサエキさんが、弘法大師と同
じ佐伯氏を名乗っているのは、単なる偶然だろうか。作者によってなにげなく置かれ
た意味深いインデックスなのではないだろうか1。
『海辺のカフカ』には『源氏物語』
、
『雨月物語』
、
『流刑地にて』
、
『坑夫』などの書籍名
が見られるほか、ジョニー・ウォーカー、カーネル・サンダーズを名乗る人物も登場して
いる。これらの固有名詞は記号として読者に何かを想起させる装置ではないだろうか。引
用文では「佐伯」が記号として弘法大師に関連する設定と指摘されている。甲村図書館が
「弘法大師」
、
「白峰」と関わる讃岐、つまり現在の香川県の県庁所在地である高松市にあ
るという設定は、物語の舞台である四国の死と再生のイメージをいっそう際立たせる。甲
村図書館が四国にあるという設定について、平野芳信は次のように述べている。
甲村記念図書館が四国にあるという設定はいうまでもなく、そこが死国(黄泉の国)
であるということだろうが、おそらくはそれゆえにカフカ少年は時空を越えて父を殺
1
須浪敏子(2008)
「
『海辺のカフカ』の佐伯さん」
『国文学解釈と鑑賞 別冊 村上春樹テーマ・装置・キャ
ラクター』至文堂 p224
81
し母に再会し交わる。あまつさえ姉を犯すことができたのだ2。
オイディプス神話を下敷きにして「父を殺し、母と姉を犯す」という呪いをかけられる
田村カフカは、実際には父を殺すわけでもなく、母と姉を犯すでもない。しかし、それを
象徴的に成立させたのは、甲村図書館が四国にあるという設定だという論点である。そし
て、オイディプス神話と『海辺のカフカ』との関係について、芳川泰久は以下のように指
摘している。
オイディプスと「僕」のあいだに隠喩的構造が成り立っている、と言っているのだ。
そう考えれば、
「僕」はオイディプスとのあいだで隠喩関係を結んでいる。もちろん、
「僕」は〈喩えられるもの〉であり、オイディプスは〈喩えるもの〉である3。
オイディプス王のように父を殺す運命にあるという予言を受ける田村カフカが、神託を
受けるライオス王とは違って、予言は父親によるものである。しかも、田村カフカは自分
の手で父親を殺すわけではない。田村浩一を殺害する人物はもう一人の主人公・ナカタで
ある。三人の関係について、清水良典は次のように説明している。
殺された佐伯の恋人の霊が、カフカに憑いているのだ。
(中略)つまり佐伯の恋人の
「魂の闇」のエネルギーはカフカの内部の「魂の闇」と結合して「生き霊」となり、
ジョニー・ウォーカーの姿でナカタの前に現れ、彼を用いてカフカの父を殺させた4。
「生き霊」とは『源氏物語』に出てくる、生きている人間の魂のことである。田村カフ
カが甲村図書館で 15 歳の佐伯の幽霊を目撃する。生きている人間の幽霊を説明するため、
甲村図書館の司書・大島は『源氏物語』や『雨月物語』を例にして田村カフカに「生き霊」
のことを述べる。
「生き霊」はネガティブな感情によるものだと言う。それはあたかも田村
カフカが父親に抱く感情である。
以上のように、先行研究で甲村図書館が四国にあるという設定は注目されている。甲村
図書館に行ったからこそオイディプス神話における父殺しのテーマが成り立つと指摘され
ている。本稿では、甲村図書館という空間の特殊性に重点を置きながら『海辺のカフカ』
を考察してみよう。
二、甲村図書館とオイディプス神話
『海辺のカフカ』は第 1 章が主人公である田村カフカの家出から始まっている。
「行く先
は四国ときめている。四国でなくてはならないという理由はない。でも地図帳を眺めてい
2
3
4
平野芳信(2008)
「君は暗い図書館の奥にひっそりと生き続ける」
『国文学解釈と鑑賞 別冊 村上春樹テー
マ・装置・キャラクター』至文堂 p159
芳川泰久(2010)
『村上春樹とハルキムラカミ――精神分析する作家――』ミネルヴァ書房 p166-167
清水良典(2006)
『村上春樹はくせになる』朝日新聞社 p82
82
ると、四国はなぜか僕が向かうべき土地であるように思える」
(上・p24)と語る田村カフ
カは自分にも四国に行く理由が分からない。一方、
「図書館で夕方まで時間をつぶすことに
する。高松市の近辺にどんな図書館があるのか、あらかじめ調べておいた」
(上・p68)と
目的地である四国の高松市に着いたばかりの田村カフカが言うように、家出をする前に彼
はあらかじめ高松市の図書館を調べてから行く先を決めている。田村カフカは自分が選ん
だ図書館について以下のように紹介している。
高松市の郊外に、旧家のお金持ちが自宅の書庫を改築してつくった私立図書館があ
る。
(中略)その図書館を雑誌『太陽』の写真で見たことがある。
(中略)その写真を
見たとき、僕は不思議なほど強く心をひかれた。
(中略)
「甲村記念図書館」というの
が図書館の名前だった。
(上・p69)
あらかじめ高松市にどんな図書館があるかと調べておいた田村カフカは、結局甲村図書
館に行くことにする。彼が「向かうべき土地」は四国というよりむしろ「甲村図書館」だ
と考えられる。甲村図書館に着いたとき、田村カフカは次のように甲村図書館の外観を語
る。
甲村記念図書館の堂々とした門の手前には、清楚なかたちをした梅の木が二本生え
ている。門を入ると曲がりくねった砂利道がつづき、庭の樹木は美しく手を入れられ
て、落ち葉ひとつない。松と木蓮、山吹。植え込みのあいだに大きな古い灯籠がいく
つかあり、小さな池も見える。
(中略)それは僕の知っているどんな図書館とも違って
いる。
(上・p72)
日本式の庭がついているのは甲村図書館の特徴である。しかし、田村カフカにとって、
他の図書館と違うのはその外観だけではない。4 歳のとき、母親が姉を連れて家を出て父
親との関係もうまく行かない田村カフカは、
「図書館は僕の第二の家のようなものだった。
というかじっさいには、むしろ図書館のほうが僕にとってのほんとうの我が家のようなも
のだったかもしれない」
(上・p69)と言って、図書館に自分の居場所を求める。甲村図書
館の閲覧室に入った田村カフカは、探し続けた居場所にようやくたどり着いたように、
「そ
の部屋こそが僕が長いあいだ探し求めていた場所であることに気づく」と言う。また、
「ま
るで誰か親しい人の家に遊びに来たような気持ちになる」
(上・p77)と言うように、田村
カフカは甲村図書館に他の図書館に感じられない親近感を抱く。以上を整理すれば、田村
カフカは家出をして四国に向かい甲村図書館に行く必然性があったと考えられる。
そして、甲村図書館で田村カフカは司書の大島と責任者の佐伯に出会う。
「嘘をついたこ
とについては心が痛まないではないけど、しょうがない。生き残るためにはいろんなこと
をしなくちゃならないのだ」
(上・p117)と言う田村カフカは、大島ひとりだけに何もかも
83
打ち明けて「まだほかの誰にも話したことがない」
(上・p425)父親からの予言まで大島に
教える。その予言について、田村カフカは以下のように言う。
予言というよりは、呪いに近いかもしれないな。父は何度も何度も、それを繰り返
し僕に聞かせた。まるで僕の意識に鑿でその一字一字を刻みこむみたいにね。
(中略)
、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、
お前はいつかその手で父親を殺し、いつか母親と交わることになる(上・p426)
それを聞いた大島が「それはオイディプス王が受けた予言とまったく同じだ」
(上・p427)
と言うが、オイディプス神話と違うのは、それが神託ではなくて直接自分の父親から受け
るところである。
「彫刻家、田村浩一氏刺殺される」
(上・p413)というタイトルの父親が
死亡した新聞記事を読む田村カフカは次のように大島に言う。
「僕が殺したわけじゃない」
(と田村カフカは言う・筆者注)
「もちろんわかっているよ(中略)どうみても時間的に不可能だ」
(と大島は言う・筆
者注)
でも僕にはそれほど確信がもてない。父が殺されたのは、
(中略)ちょうど僕のシャ
ツにべったりと血がついていた日なのだ。
(上・p416)
父親が刺殺された日、田村カフカは夕方まで甲村図書館にいたから、大島は四国と東京
を往復するのは「時間的に不可能」という。物理的な距離において父親を殺害するのが無
理だというアリバイをもつのに、田村カフカが「確信がもてない」と言うのは、小学生の
頃から受けた予言が意識に刻み込まれているためだけではない。
「僕が僕の意識と離ればな
れになっていたのはせいぜい数時間のことだ。たぶん 4 時間くらいのものだろう」
(上・
p141)とあるように、その日に田村カフカは 4 時間ぐらい意識不明になる。
「神社の本殿の
裏側にある小さな林の中で、僕は意識を失っていたのだ」
(上・p143)と言う田村カフカが
神社で意識をとり戻したのは、
「午後 11 時 26 分。5 月 28 日」
(上・p141)である。彼はそ
の 4 時間の間の記憶がなくなったと言う。意識をとり戻した田村カフカは以下のようなこ
とに気づく。
白い T シャツの胸のあたりに、なにか黒いものがついていることに僕は気づく。
(中
略)そこに染みついているのが赤黒い血であることを知る。血は新しいもので、まだ
乾いてもいない。量もずいぶんある。
(中略)爪の中にまで血はしみこんでいる。
(上・
p144-145)
大島がいうように、
田村カフカは父親を殺すには時間的に不可能というアリバイを持つ。
しかし、シャツに大量の血がついていたのも事実である。その血について、田村カフカは
84
以下のように言う。
その血を僕がどこでつけてきたのか、それが誰の血なのか、まったくわからない。
(中略)でもね、メタファーとかそんなんじゃなく、僕がこの手でじっさいに父を殺
したのかもしれない。
(中略)僕は夢をとおして父を殺したかもしれない。とくべつな
夢の回路みたいなのをとおって、父を殺しにいったのかもしれない。
(上・p431)
田村カフカが自分が父親を殺したかもしれないと考えるのは、実際に血がついていたか
らであろう。では、田村カフカがいう「とくべつな夢の回路」はどんなものであろうか。
以下のように、大島が田村カフカに『源氏物語』の生き霊について説明する一節がある。
六条御息所は自分が生き霊になっていることにまったく気がついていないというと
ころにある。悪夢に苛まれて目を覚ますと、長い黒髪に覚えのない護摩の匂いが染み
ついているので、彼女はわけがわからず混乱する。それは葵上のための祈祷に使われ
ている護摩の匂いだった。
(上・p475)
意識をとり戻して血がついていることに気づいた田村カフカは、まさに目覚めて護摩の
匂いが染み付いることに気づく六条御息所のようである。田村カフカがいう「とくべつな
夢の回路」は「生き霊」に関連するものに違いない。
『源氏物語』について大島はまた次の
ように述べている。
そのような生き霊はほとんどすべて、ネガティブな感情から生みだされているよう
だ。人間が抱く激しい感情はだいたいにおいて、個人的なものでありネガティブなも
のなんだ。そして生き霊というものは、激しい感情から自然発生的に生みだされる。
(上・p477)
生き霊になるためには、ネガティブな感情が欠かすことができないという。田村カフカ
が父親に抱くのはネガティブな感情にほかならない。こうして、田村浩一の死は田村カフ
カのネガティブな感情に由来する生き霊に関わると考えられる。しかし、実際に田村浩一
を殺したのは決して田村カフカではない。田村浩一の死亡記事に「世界的に知られる彫刻
家、田村浩一氏(5*歳)が東京都中野区の自宅の書斎で死亡している」
(上・p413)という
一節がある。一方、偶数章の主人公・ナカタは自分が中野区で誰かを殺したと言う。
ナカタは中野区でひとりのひとを殺しもしました。ナカタはひとを殺したくはあり
ませんでした。しかしジョニー・ウォーカーさんに導かれて、ナカタはそこにいたは
ずの 15 歳の少年のかわりに、ひとりのひとを殺したのであります。ナカタはそれを引
85
き受けないわけにはいかなかったのであります。
(下・p356)
実際にナカタが誰を殺したか作中には明らかにされていないが、そこにいたはずの「15
歳の少年」は田村カフカだと考えられる。以上を整理して言えば、田村カフカに自分が「夢
の回路」を通して父を殺したことを信じさせるのは、大島が彼に教えた『源氏物語』にお
ける「生き霊」だと見なされよう。こうして、田村カフカの象徴的な父殺しには『源氏物
語』がなければ成立できないと言えよう。
三、甲村図書館と『源氏物語』
本節ではオイディプス神話における「母と交わる」ことを中心に分析を進める。T シャ
ツに血がついて自分が何かの事件に巻き込まれたと思う田村カフカは、大島に「僕には今
夜泊まる場所がないんです」
(上・p223)と相談を持ち出す。結局、田村カフカは甲村図書
館のスタッフの一員になり図書館の一室に泊まることになった。
甲村図書館に泊まって二日目の夜、田村カフカは「その夜に僕は幽霊を見る」
(上・p434)
という。その「幽霊」は以下のように書かれている。
僕が昨夜この部屋で目にしたのは、まちがいなく 15 歳のときの佐伯さんの姿だった。
本物の佐伯さんはもちろん生きている。50 歳を過ぎた女性としてこの現実の世界で、
現実の生活を送っている。
(中略)でもある場合にはそれは起こりうるのだ。僕はその
ことを確信する。人は生きながら幽霊になることがある。
(上・p472)
、
その夜、田村カフカの目の前に姿を現すのは 15 歳の佐伯である。
「それは生きている実
、
体ではない。この現実の世界のものではない」
(上・459)と思われる 15 歳の佐伯少女は、
田村カフカに幽霊と見なされる。生きる人の幽霊について聞かれた大島は、以下のように
『源氏物語』における「生き霊」のことを田村カフカに教える。
『源氏物語』の世界は生き霊で満ちている。平安時代には、少なくとも平安時代の
人々の心的世界にあっては、人はある場合には生きたまま霊になって空間を移動し、
その思いを果たすことができた。
(上・p474)
平安時代において、人間の魂は身体という殻を離れ「生き霊」になって別の場所に移動
することが信じられていたという。しかし、田村カフカの前に姿を表した 15 歳の佐伯少女
は、決して生き霊ではない。なぜかというと、大島の『源氏物語』と『雨月物語』に対す
る発言が示唆的だからである。
人は信義や親愛や友情のためにはなかなか生き霊にはなれないみたいだ。
(中略)生
きたまま霊になることを可能にするのは、僕の知る限りでは、やはり悪しき心だ。ネ
86
ガティブな想いだ。
(上・p479)
15 歳の佐伯少女が田村カフカの前に現れるのは決してネガティブな感情によるもので
はない。彼女は三回田村カフカの泊まる部屋に出る。その場面は以下の通りである。
彼女は机の前に座って頬杖をつき、壁のどこかを見ている。
(上・p460)
でも気づいたときには、少女はすでに昨夜と同じ椅子の上にいる。枕元に置いた時
計の夜光針は 3 時少し過ぎをさしている。
(中略)少女は机の上に頬杖をつき、壁にか
かった油絵を見ている。
(下・p25)
彼女はいつものように淡いブルーのワンピースを着ている。そして机に頬杖をつい
て『海辺のカフカ』の絵をひっそりと眺め、僕は息をひそめてじっとその姿を眺める。
(下・p73)
以上のように、
『海辺のカフカ』という絵を見ることをくり返す佐伯少女は、決して悪意
を持って田村カフカの前に出るわけではない。なぜか彼女がいつも同じ行動をするかとい
うと、
「記憶は私たちとはべつに、図書館があずかることなの」
(下・p463)という台詞に
説明される。同じ場所で同じ行動をする佐伯少女は甲村図書館が預かる「佐伯の 15 歳のと
きの記憶」だと見なされる。
一方、
「僕が恋をしている相手が 15 歳の少女としての佐伯さんなのか、それとも現在の
50 歳を過ぎた佐伯さんなのか、だんだんわからなくなってくる」
(下・p89)と言って佐伯
に恋を覚える田村カフカは、
「僕は自分が絵の中の少年に嫉妬していることに気がつく」
(下・p29)と言う。絵の中の少年とは『海辺のカフカ』に描かれる佐伯の死んだ恋人のこ
とである。少年に対する嫉妬について、田村カフカのもう一人の人格である「カラスと呼
ばれる少年」は以下のように述べている。
君が誰かに対して嫉妬めいた感情を抱くなんて、生まれて初めてのことだ。
(中略)
君は生まれてこのかた、誰かをうらやましいと思ったことは一度もなかったし、ほか
の誰かになりたいと考えたこともない。でも君は今、その少年のことを心からうらや
ましいと思う。もしできることなら、その少年になりかわりたいと考えている。
(下・
p29)
田村カフカが嫉妬という感情を体験するのは生まれて初めだという。その少年、つまり
佐伯の死んだ恋人になりかわりたいとまで考えているほどの嫉妬である。また、
「僕のこと
を、ずっと昔に死んでしまった恋人の少年だと思いこんでいる」
(下・p112)佐伯は「夢を
87
見たまま」
(下・p112)田村カフカとセックスする。そして、その日の夜、佐伯と話しなが
、、、、、、、、、、、、
ら、田村カフカは「僕は彼女の肩に手をまわす。/君は彼女の肩に手をまわす」
(下・p153)
と言う。それ以後、
「君」という二人称を使って自分のすることを語るようになった。語り
手の田村カフカが自分のことを「君」という二人称で称するのは、
「その少年」になりかわ
ったためと考えられる。それを知っているように、佐伯は「あなたはどうして死んでしま
ったの?」
(下・p154)と「君」になった田村カフカに聞く。
そして、
「僕は『海辺のカフカ』です。あなたの恋人であり、あなたの息子です」
(下・
p199)と佐伯に教えるように、田村カフカは佐伯の恋人として息子として彼女と交わる。
それはまるでオイディプス神話のようなものであろう。
「夢と現実の境界線をみつけることはできない。事実と可能性の境界線さえみつからな
い」
(下・p113)という田村カフカと佐伯のセックスを成り立たせるのは、
「外なる物理的
な闇と、内なる闇は境界線なくひとつに混じり合い、まさに直結していた」
(上・p476)と
いう境界線のない『源氏物語』なのではないか。そして、甲村図書館は『源氏物語』や『雨
月物語』などの古典的な世界観を現在によみがえらせる不思議な場所だと見なされる。こ
うして、作中に『源氏物語』と『雨月物語』を引用するのは、幽霊のような 15 歳の佐伯少
女の出現を合理化するというより、オイディプス神話を下敷きにする「父親の予言」を成
立させるためだと言えよう。
四、おわりに
オイディプスは予言から逃れようとするが、予言通りになった運命である。それに対し
て、田村カフカが受けた予言は父親から聞かされたものである。さらに言えば、田村カフ
カは自ら予言を成就させる。そのため、実際に父親を殺したわけでもないのに、田村カフ
カは自分が「夢の回路」を通して父を殺しにいったと考える。そして、佐伯に恋を覚えた
田村カフカは自分が彼女の息子と名乗って、母と交わることを成立させる。要するに、田
村カフカが予言通りになったというより、彼は予言をなし遂げたかのように身の周りに起
きた物事を解釈するのである。こうして、時間的に往復が不可能、物理的な距離などのア
リバイを無効にするのは、古今東西の書物を集めて時間と空間の秩序を超える場所として
の図書館が必要となる。
『源氏物語』
、
『雨月物語』がもつ曖昧な境界線という世界観は、ま
さに田村カフカの解釈を合理化するための最良の手段であろう。村上春樹は『源氏物語』
や『雨月物語』を利用して、田村カフカが受けた予言を成り立たせたと考えられる。そし
て、
『源氏物語』や『雨月物語』における古典的な考え方を現代の読者に受け入れさせるた
め、甲村図書館が用意されていると言えよう。
88
五、論文口頭發表大綱⑫
『1Q84』における媒介者
―〈ふかえり〉の巫女としての働きを中心に―
葉 蕙
マレーシア・拉曼大学 講師
1、スピリチュアルな世界の女性たち
村上春樹小説の中に登場する女性は、主に現実世界の女性とスピリチュアルな世界の女
性に分類される1。そのスピリチュアルな世界の女性たちは、ほとんどの場合「霊媒的」あ
るいは「巫女」的役割を果たしている。例えば、
『羊をめぐる冒険』の「耳の女」
(キキ)
や『ダンス・ダンス・ダンス』の少女ユキ、
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダー
ランド』の図書館の女の子、
『ねじまき鳥クロニクル』の加納マルタとクレタ姉妹、
『1Q84』
の〈ふかえり〉などは、いずれも霊的な存在だと言えよう。
『羊をめぐる冒険』における〈耳の女〉が耳の開放をすると、
「予言」を聞くことがで
き、それなりに「耳」を媒介として主人公を異界へ導いている。
『世界の終わりとハード
ボイルド・ワンダーランド』という並行した物語において、
「僕」は「世界の終わり」
(表
層の意識的な部分)という現実の世界で〈太った娘〉に先導される一方、
「私」は「ハード
ボイルド・ワンダーランド」
(真相の無意識的な部分)というスピリチュアルな世界で「図
書館の女の子」を通じて一つに繋がっていた。
『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる加納
マルタは「水」を媒介に使う占い師であるが、その妹 加納クレタも姉と同じように霊的
素質を持つ女性で、ある意味では二人とも霊の力を持つ女だと言える。そして『ダンス・
ダンス・ダンス』に登場した 13 歳の少女ユキは霊感能力を持っていて、主人公の「僕」が
求め続けてきた「耳の女」キキが親友の五反田君によって殺されたということを解き明か
してくれたのである。
とはいえ、ユキを除いて、主人公はその霊的な女性たちとある程度の肉体関係を持つ。
「セックス」とは村上小説の主人公とこの世とのつなぎ方であり、常に売春や不倫などの
形によって、女性の身体を具象化、記号化、性徴化させる。特に『1Q84』において、
〈ふか
えり〉は主人公の天吾と「オハライ」と呼ぶ宗教的儀式で行われる性行為によって、女主
人公の青豆を「処女懐胎」させ、いっそう神話的要素を加えたのである。
本稿では、とりわけ〈ふかえり〉に焦点を当てて、彼女の巫女としての働きがどのよう
に物語の展開との関連性に焦点を絞って考察を試みたい。
2.
「アニマ」的存在:ふかえり
村上春樹は2009年インタビューを受けて語ったことであるが、
「
『風の歌を聴け』と『1973
1
金子久美(2011)村上春樹研究~『羊をめぐる冒険』における「僕」と〈耳の女〉をめぐって~ 岩手大学
語文学会 64-54 頁 URL:http://ir.iwate-u.ac.jp/dspace/handle/10140/4894
89
年のピンボール』には出てこなかった暴力と性が、作品を重ねるにつれて僕にとって大事
な問題になってきている。
」2。そこから、
『1Q84』が暴力と性を重要なモチーフとして書か
れた作品であり、中でも〈ふかえり〉の人物像はまさにユングのいう男性の無意識の中の
女性像「アニマ」3であると言ってもよい。
心理学者の河合俊雄は『1Q84』を夢テキストと見なして、ユング心理学の手法でこの作
品を解釈した4。それは『1Q84』の主な登場人物をユングの「四位一体性」5の概念と対応
づける論脈である。
「四位一体性」という概念は、ユングが錬金術の研究から抽出された考
え方である。簡単に言うと、錬金術師はソロル(妹)と呼ばれる助手との関係を通じて、聖なる王と王妃の関係を実現する
6
。王様と王妃様と、この二人がそれぞれ持っている元型であるアニマ・アニムスとの四者
が結合するという考え方で、錬金術の最終的なプロセスである。そして、河合俊雄は青豆
と天吾との運命的な出会いをこの四位一体性で分析する。
2.1「四位一体性」とは何か
河合によれば、
「四位一体性」とは現実の意識的な男女の関係の上に、互いに持つ無意識
的な異性像(アニマ像・アニムス像)が投影されており、二人の想像上の異性像が関係し
ているので、あたかも男女四人の関係のように構成されている7という。
『1Q84』の人物構造は極めて複雑であるが、ここでは主な登場人物の天吾、青豆、
「さき
がけ」のリーダー(深田保)
、そして〈ふかえり〉
(深田絵里子)の四人の関係をユングの
「四人一体性」という概念に基づいて、次のような表1にまとめて見る。
表1:
『1Q84』における「四位一体性」の関係図
現実の世界
(生身の人間のカップル)
 天吾
レシヴァ=受け入れるもの
作家を志す数学教師
 青豆
レシヴァ=受け入れるもの
スポーツ・インストラクター
暗殺者
(ドウタ)
2
超越的世界
(神聖なカップル)
 「さきがけ」のリーダー
レシヴァ
=預言者の役割を果たす
 ふかえり
パシヴァ
=巫女の役割を果たす
(マザ)
『1Q84』への 30 年―― 村上春樹氏インタビュー、読売新聞、2009 年 6 月 17 日
松岡正剛の書評サイト「千夜千冊」
(
『心理学と錬金術』
)より:
「アニマ」とは、男がその内なる女性性を、
①肉体的なアニマ、②ロマンティックなアニマ、③スピリチュアルなアニマ(たとえば聖母マリア志向や女神
志向)
、④知的なアニマ(モノセクシャルな女性)というふうに変容させる。これに対して、女は自身の内な
る男性を、①力のアニムス、②行為のアニムス(行動力としての男性感覚)
、③言葉のアニムス(表現された
男性性)
、④意味のアニムス(意味の指導への憧れ)というふうに変化させていくという。
http://1000ya.isis.ne.jp/0830.html を参照。2014 年 5 月7日閲覧。
4
河合俊雄(2011)
『村上春樹の「物語」夢テキストとして読み解く』新潮社
5
ユングは、一般のキリスト教がいう三位一体(御父、息子、聖霊)としての神(Triune God)のモチーフか
らまとめて、悪魔を加えた四位一体の概念を主張している。
6
大澤真幸『1Q84 』の「色即是空」と「空即是色」
、
『波』2011 年 9 月号 38 頁
7河合俊雄『村上春樹の「物語」夢テキストとして読み解く』145 頁
90
3
表1に示したように、天吾がふかえりに、青豆がリーダーに同時に関わることで、四位一
体が形成されている。雷鳴の中での青豆によるリーダーの殺害と天吾とふかえりの交わり
が同時に起こったことは一つの密議であると見なされている8。
四人の関係は互いに交差するし、その中で〈ふかえり〉はパシヴァ=「巫女」という重
要な役割を担っている。この17歳の美少女は『空気さなぎ』という小説を仲介して、主人
公の天吾を1Q84年の世界(天吾は『猫の町』と名づける)へ導き、20年も離れ離れに生活
している青豆と運命的な再会を成し遂げたのである。
要するに、
「さきがけ」なる教団のリーダーとその娘ふかえりの関係が超越で聖なるカッ
プルに、主人公の天吾と青豆が現実で生身の人間のカップルであり、天吾がふかえりに、
青豆がリーダーに同時に関わることで、四位一体が形成されている。
ここでは、主人公の天吾と青豆、
「さきがけ」のリーダーとふかえりとの四人の対立の構
図をユングが取り上げている「四位一体性」という概念に問題を切り込み、テキストに描
かれている四人の役割をより具体的に解明したい。
2.2 『1Q84』の物語の原点
『1Q84』において、主人公の天吾は現実世界の青豆とスピリチュアルな世界の〈ふかえ
り〉という二人の女性によって支えられていると言える。そのふかえりは実は天吾と青豆
の運命の糸を握っている人物でもある。
そもそも『1Q84』の物語の原点は、小学生時代に、天吾は同級生の青豆をいじめから救
うが,放課後の教室で,青豆は天吾の左手を堅く握り締め,黙って姿を消した。
(BookⅠ、
275-276頁)あれは二人が10歳9の初冬のある日に起こった出来事である。そして20年後、
天吾と青豆がそれぞれ空に二つ月の浮かぶ「1Q84」という物語世界に引き込まれてゆく。
天吾がふかえりの『空気さなぎ』を書き直したことを契機に物語が起動して、二人を10歳
の記憶の原点へ向かって遡及させる物語の力(浅利文子、2011)10、ひいてはふかえりの
巫女としての働きで動き出したのである。
ふかえりは「さきがけ」というカルト教団のリーダー・深田保の実娘であり、父親から
性的虐待を強要される故に、教団から逃げ出して、父親の友人で元人類学者の戎野に匿っ
てもらっている。彼女は識字障害(ディスレクシア)のため、口述で自分が「さきがけ」
にいた間の経験を戎野先生の娘アザミに筆記し、
『空気さなぎ』という小説にまとめて新人
賞に応募した。
(Book I、179 頁)そして作家を志す天吾が小松という編集者に『空気さな
ぎ』を書き直すことに依頼される。
8
河合俊雄『村上春樹の「物語」夢テキストとして読み解く』146、154 頁
河合俊雄は「10 歳」という年齢について、自分で自分を意識するという自己意識が確立される年だという。
また、臨床心理士で島根大学教授の岩宮恵子も 10 歳は子供としての完成に近づいている年齢であり、第二次
性徴を初めとする思春期のさまざまな混乱を迎える直前の臨界点にある年齢という。岩宮恵子(2009)
『十歳
を生きるということーー封印された十歳の印としてのふかえり』
、載『1Q84』をどう読むか、河出書房新社、
113-118 頁
10
浅利文子(2011)
『1Q84――青豆の身体』
、法政大学レポシトリ、108 頁
91
9
天吾ははじめて新宿の木村屋でふかえりと会ったときの印象は次の通りである。
「ふかえりは小柄で全体的に造りが小さく、写真で見るより更に美しい顔立ちをしてい
た。
」
「印象的な、奥行きのある目だ。ほっそりとした体つきだったが、そのバランスから
すれば胸の大きさはいやでも人目を惹いた。かたちもとても美しい。
」
(Book I
、83 頁)天吾は「その潤いのある漆黒の一対の瞳で見つめられると、落ち着かない気持ち
になった」
、
「そちら(胸)に目を向けないように注意しなくてはならなかった」
。しかし「そ
う思いながら、つい胸に視線がいってしまう。大きな渦巻きの中心につい目がいってしま
うのと同じように」
。
(Book I、88 頁)その上、
〈ふかえり〉は『羊をめぐる冒険』の「耳
の女」キキと同じような魅力的な耳をしている。
天吾は「ふかえりの胸に目が行かないように注意しなくてはいけない」
、というところか
ら見れば、17 歳のふかえりがまさに「アニマ」的性の魅力ある女である。
天吾については、
「図体はでかい。心優しい目をしている」
、
「運動も得意」だった。
(Book
I、83 頁)彼は小さい時から「数学の神童」
(314 頁)と見なされていた。筑波大学の出身
で,文芸誌編集を手伝いながら作家をめざす予備校で数学講師をしている。大学を出るま
で柔道選手で,年上のガールフレンド安田恭子と週一度セックスを楽しんでいる。明らか
に、青豆と再会する前に、天吾の世界では、愛とセックスはかかわりのないものとして存
在する。天吾と年上のガールフレンドとの関係は、
「そこに自分の責務がない」
、
「自分が完
全にコミットする必要がない」という対人関係は世界自体の解離であり、その極めが 1984
年と区別された 1Q84 年という世界だと河合が解釈した。11
2.3 ふかえりはエロスを超越する存在
古代ギリシアにおいて愛の概念は三つある。
それはフィリア(Philia、
友情)、
エロス(Eros、
男女の愛)とアガペー(Agape、精神的な愛)である。12明らかに、天吾と〈ふかえり〉は一
度のみの肉体関係を持っても、エロスを超越したものである。
また、天吾が『空気さなぎ』の書き直し時点で、既にふかえりと「ひとつになっている」
。
その雷鳴の夜、ふかえりは天吾と「オハライ」と呼ぶ性行為は、天吾自身をレシヴァに変
えた。そのことは青豆がリーダーを殺すことが同時に生じる。ふかえりとつながることに
よって、二人は超越性とつながることになるのであろう。実際上、ふかえりは自分の体験
を世に知らせることによって、
「反リトル・ピープル」の行動を立ち上げて、天吾を助けた
のである。
いずれにせよ、天吾が書き直した小説『空気さなぎ』は新人賞を獲得しベストセラーに
なる。その結果として、天吾はふかえりに導かれて、青豆と二十年ぶりに再会することが
できたのである。
11
河合俊雄(2011)
『村上春樹の「物語」夢テキストとして読み解く』新潮社、78 頁
Irving Singer, The Nature of Love: Plato to Luther, Chicago: University of Chicago Press, 2009,
pp.160-232, 268- 311.
92
12
3、もう一つのアニマ元型:青豆
高級なスポーツクラブのインストラクターである青豆は、もうひとつのアニマ元型と言
えよう。彼女は「身長は 168 センチ、贅肉はほとんどひとかけらもなく、すべての筋肉に
念入りに鍛えられている」
。
「唇はまっすぐ一文字に閉じられ、何によらず簡単に馴染まな
い性格を示唆している。細かい小さな鼻と、いくぶん突き出した頬骨と、広い額と、長い
直線的な眉」
。
「おおむね整った卵形の顔立ちである。いちおう美人といってかまわない」
。
(BookⅠ、25 頁)
しかし、そんな青豆はあるとき、まるで般若のような顔に変わる。
「ところが何があって顔をしかめると、青豆のそんなクールな顔立ちは、劇的なまでに
一変した。顔の筋肉が思い思いの方向に力強くひきつり、造作の左右のいびつさが極端な
までに強調され、あちこちに深いしわが寄り、目が素早く奥にひっこみ、鼻と口が暴力的
に歪み、顎がよじれ、唇がまくれあがって白い大きな歯がむき出しになった。
」
(Book I、
26 頁)これは青豆のスポーツ・インストラクターという表の身分と暗殺者という裏の身分
を対照的にするためであろう。
3.1 幼いごろのトラウマ
なぜ青豆の顔がこんなふうに劇的に変化するか。それは幼いごろのトラウマが原因と考
えられる。青豆は天吾と同じように、幼い時豊かな環境を与えられなかった。10 歳ごろま
でに、天吾は日曜日になると、NHKの集金人である父親の仕事で連れまわされたことが
嫌で苦痛以外の何者でもなかった。青豆もカルト宗教「証人会」
(原型は「エホバの証人(も
のみの塔)
」である)を深く信仰する両親の布教活動に連れられて、日曜日がつぶれてしま
うという共通点があった。しかし、彼女は 10 歳になる時点で信仰を離れ、両親と縁を切る
ことを決断して、自分の道を切り開こうとしたのである。
(BookⅠ、402 頁)このように、
彼女は「証人会」の被害者でありながら,女性を虐待するDV男性たちの暗殺者になると
いう二重生活をしている。
物語の中で、青豆はふかえりと顔を合わせたことが一度もなかった。リーダーを殺害し
た時、その後「麻布の老婦人」が用意された隠れ家に暮らしていた時、
『空気さなぎ』を読
むことによって、青豆はふかえりや「リトル・ピープル」のことをより詳しく知ることに
なる(Book Ⅱ、第19章)
。そして「これは〈ふかえり〉が体験した現実だ」
、と青豆は確信
する。
小説『空気さなぎ』では、主人公の少女の分身のようなドウタがその中にあった。その
少女は青豆であり、ふかえりの分身と言ってもいいであろう13。言い換えれば、
『空気さな
13
「マザ」と「ドウタ」との関係について、Book3の第 18 章で、小松と天吾の対話で明らかになった。天吾
は病院にいる父親のベッドの上に空気さなぎが現れ、少女としての青豆がその中に収められていた。ふかえり
によれば、空気さなぎという装置(システム)を通してドウタ(分身)を生み出せる。そしてドウタを作り出
すには正しいマザが必要とされる。ふかえりの父親は「声を聴くもの」パシヴァ=預言者で、天吾や青豆はレ
シヴァのような役割を果たしていた。
93
ぎ』が仲介になり、青豆とふかえりは実体の「マザ」
(パシヴァ)と分身の「ドウタ」
(レ
シヴァ)という生命共同体である。
その上、青豆はリーダーを殺した夜、物理的空間を隔ても、性行為抜きで天吾の子供を
身ごもったのである。それは小松が語ったように、
「ふかえりの分身は、本体から遠く離れ
ていても巫女として機能することができた」のだ。
(Book Ⅲ、365頁)いくぶん神話的な話
が、ふかえりは超越性を持っている巫女であるからこそできる。
3.2 青豆の子宮:もう一つの「空気さなぎ」
青豆の受胎はある意味で、聖母マリアは聖霊から身ごもった14と同じようなことになる。
すなわち、青豆の「子宮」はもう一つの「空気さなぎ」になっている。15(葉蕙、2010)
「処
女懐胎」というのは『1Q84』において一番不思議な仕組みであるが、最後に〈ふかえり〉
の身体を通じて、青豆と天吾の純愛物語で結論づけられるのである。
語学研究者の塩田勉氏が指摘したように、
青豆と天吾が不思議な絆で結ばれていくのは,
二人の生い立ちに共通点があったからである。そして、エロスに導かれて互いに求め合う
二人は,プラトン的「二つに引き裂かれたの譬え」に当てはまる16。つまり、人間が男女
という二つの半身に引き裂かれたため,合体して完全体に復帰しようとするエロスであろ
う。青豆の内面には、ユングの言うアニマの元型が注入されている。天吾がたった一度だ
け小学5年生のときに誰もいない教室で突然手を握られた青豆のことを忘れないでいる。
彼がよく性的な幻想をしたりするのはアニマが作用すると言えよう。結果として、孤独な
人生を歩んできた天吾と青豆は〈ふかえり〉の霊的働きで結ばれて、愛によって救われた
のである。
4、ふかえりと「リーダー」の超越的な関係
『1Q84』をめぐって、多くの議論を巻き起こしたのは「さきがけ」のリーダー・深田保
(明らかにオウム真理教の麻原彰晃をモデルにしている)と〈ふかえり〉との関係であろ
う。
4.1 神聖的なカップルという概念
カルト教団「さきがけ」のリーダーは〈ふかえり〉の父親である。彼は自分の娘を「宗
教的儀式」という名目でレイプしたが、
「多義的交わり」と弁解した。
(Book Ⅱ、277頁)
一般的に、あれは近親相姦になるが、死ぬ直前にリーダーの説明によると、それによって
「むこう側の声」を聴き、向こう側とつながるための神聖なカップルを形成したでもある17。
ユングの図式に当てはめていると、この二人は超越的な密議の関係になる。
リトル・ピープルが巫女である〈ふかえり〉を通じて自分の意思を実現しようとする。
14
新約聖書『マタイによる福音書』第一章 18-23 節より
葉蕙『檢視《1Q84》!是曠世之作還是劣作?』文匯報,2010 年 4 月 26 日,
http://paper.wenweipo.com/2010/04/26/OT1004260008.htm
16
塩田勉(2009)
「村上春樹『1Q84』1 を読み解く―連想複合の文体論的解明―」 (早稲田大学国際教養学部
紀要. 第 6 号) 注 4
17
河合俊雄(2011)
『村上春樹の「物語」夢テキストとして読み解く』新潮社、154 頁
94
15
彼女は霊媒として働き、その言葉をリーダーが実現するという構図である。彼は娘のおか
げで霊的な力を持つようになり、
それによってカルト集団のパワフルなリーダーになった。
したがって、青豆とリーダー、天吾とふかえりの関係はその神聖なカップルから派生して
いる超越性のある概念とも言えよう。
『1Q84』の中で、
「リトル・ピープル」は邪悪で抽象的なもので、
「システム」と解釈さ
れる説が多い。リーダーの深田はリトル・ピープルの代弁者として命を捨てるが,ふかえ
りが描いた『空気さなぎ』を公表して,リトル・ピープルの存在を暴露し影響力を削ごう
としているのが天吾である18。
4.2 「多義的に交わる」について
前述のように、
「多義的に交わる」とは,深田が青豆に殺害した前に言った言葉である。
「そしてあなたは自分の娘をレイプした」
「交わった 」と彼は言った。
「わたしが交わったのはあくまで観念としての娘だ。交わ
るというのは多義的な言葉なのだ。要点はわたしたちがひとつになることだった。パシヴ
ァとレシヴァとして」
(Book Ⅱ、 277頁)
青豆は「多義的に交わる」という言葉をこう理解する。
「複数のドウタたちがリトル・ピープルのためのパシヴァ=知覚するものとなり,巫女
の役割を果たすことになった。
」
「リーダーが性的な関係を結んだのは少女たちの実体(マ
ザ)ではなく,彼女たちの分身(ドウタ)であると考えれば,
「多義的に交わった」という
リーダーの表現も腑に落ちる。
」
(Book Ⅱ、419頁)
また、ドウタたちはリーダーの子供を受胎することを求めていたが、実体ではない彼女
に生理はないからできない。ふかえりもその一人である。
リーダーは死ぬ寸前、青豆にこう言った。
「君の愛する人物とわたしの娘が力を合わせてそのような作業を成し遂げた。つまり君
と天吾くんとは、この世界において文字通り踵を接していることになる」
(BookⅡ、279頁)
青豆はこの言葉を「私は何らかのかたちある意思に導かれてこの世にやってきた」と受
けていた。それは青豆と天吾が互いに強く引き寄せ合っていたから、二人はあの「1Q84」
年の世界に導かれることを意味する。
(Book Ⅱ、280頁)この「多義的に交わる」という言
葉は一つのモチーフとして反復して立論している。終わりにあたって、青豆、ふかえり、
天吾と深田の四人は,相手を交互に変え「多義的に交わる」ことによって、
「四人一体性」
が成り立っているのであろう。これにより、青豆と天吾は、
「1Q84年」という物語世界、初
めて自分自身の深層にわだかまるトラウマの原点に向き合い19、
「小さなもの」とともに生
きるため、1984 年に帰還するのである。
18
塩田勉(2009)
「村上春樹『1Q84』1 を読み解く―連想複合の文体論的解明―」 (早稲田大学国際教養学部
紀要. 第 6 号) 241-264 頁
19
浅利文子(2011)
『1Q84――青豆の身体』
、法政大学レポシトリ、110 頁
95
5.おわりに
そもそも『1Q84』は宗教の色が濃い小説である。村上研究者である于桂玲(中国黒竜江
大学副教授)は天吾と青豆の愛の物語を「宗教的な愛」と例えている20。実際上、ふかえ
りという媒介者=巫女を通じて、二人は愛の救済によって救われた。
ユングでは、現実の男女の関係を通して、超越的な無意識の関係を構成することが目指
されている。
『1Q84』では、四位一体性という概念から見ると、リーダーは死亡し、ふかえ
りは「行方不明」という結末となった。言い換えれば、聖なる関係の方が棄却され、人間
的な男女関係の恋愛が成就される。これは本書が超越と現実の両方を肯定されることにな
る。
精神科医で評論家の斎藤環は精神学的視点21で分析したように、ふかえりは「現実」と
「超越」両方の要素を兼ね備えている両義性的存在である。
『1Q84』において、さまざまな
身体描写が見られるが、中でもふかえりは世俗のエロスを超越し、
「1Q84」年におけるシス
テム(リトル・ピープル)に対抗する天吾と青豆を現実の1984年の世界に連れ戻された媒
介者である。現実と超越という両義的な側面は、村上が一貫して扱っていた暴力と性とい
う主題に表れている。
〈ふかえり〉は「1Q84」という不思議な世界の扉を開く鍵だと言えよ
う。
参考文献
1. 村上春樹(2009)
『1Q84』Book Ⅰと BookⅡ、新潮社
2. 村上春樹(2010)
『1Q84』Book Ⅲ、新潮社
3. 河合俊雄(2011)
『村上春樹の「物語」
:夢テキストとして読み解く』新潮社
4. 河出書房新社編編集部・編(2009)村上春樹『1Q84』をどう読むか 河出書房新社
20
于桂玲(2013)
『1Q84』中的宗教式爱情——兼论村上春树的情愛叙事 《名作欣賞》第 23 期 112-114 頁
斉藤環(2009)
『ディスレクシアの巫女はギリヤーク人の夢を見るのか』 載『1Q84』をどう読むか、河出
書房新社 73-80 頁
21
96
五、論文口頭發表大綱⑬
語彙から見た日本語教育教材としての村上春樹「螢」の可能性
賴 錦雀
東呉大学 教授
1.はじめに
日本語教育の目標は学習者の、日本語による異文化交流能力育成にあると思われるが、
その教育プロセスにおいて、学習者に受容、産出、やりとりというコミュニケーション言
語活動ができるように教師がいろいろな教材を利用し、
多くの指導法を駆使して努力する。
但し、そのコミュニケーション言語活動がうまく営まれるには語用能力、社会言語能力の
ほかに、言語構造的能力が基本である。いわゆる「言語構造的能力」とは使える言語の範
囲、使用語彙領域、語彙の使いこなし、文法の的確さ、音素の把握、正書法の把握、意味
的能力、読字能力のことをさす151。
時々、「もう大学三年生なのにまだこのような単語も分からないのか?」とか「教師は
学習者に単語を一つずつ提示する必要があるのか?」というような日本語教師の声が聞か
れる。また、本土化の教材を手にして、「この教科書は学習者の生活と密接な関係にある
ので使いたいが、語彙が足りない嫌いがあるようですね。」というような声も聞かれる。
このように語彙指導は台湾の日本語教育においてまだいろいろ問題点があると思われる。
基本語彙についての論考152も教材関係の先行研究も少なくない。但し、文学作品を語彙指
導の立場から考察したものはそれほど多くないようである。例えば、総合型教材、技能型
教材、言語要素型教材を含めた教科書及び絵教材、スライド、音声テープ、映像教材、コ
ンピューター教材などの視聴覚教材 120 余点の教材を一貫した分析方法で概観した河原崎
幹夫・吉川武時・吉岡英幸共編『日本語教材概説』(1992、北星堂書店)、吉岡英幸編著
『徹底ガイド日本語教材』(2008、凡人社)は日本語教材研究の代表だといえるが、その
考察対象の教材には小説などのような生の日本語は見当たらなかった。日本語教材といえ
ば日本語教師によって編纂されたものを指す、と思われるのが普通である。しかし、異文
化交流の観点及び日本文化理解の視点から考えてみれば日本の小説も日本語教育教材のい
い選択肢の一つではないだろうか。
村上春樹が中国語圏にデビューしたのは台湾翻訳者賴明珠女史による 1985 年の翻訳で
151
コミュニケーション言語能力とコミュニケーション言語活動のカテゴリーについて詳しくは国際交流基金
で発表された「JF スタンダードの木」を参照されたい(http://jfstandard.jp/summary/ja/render.do)
。
152
日本ではイギリスの C.K.Ogden の考案した Basic English の影響で作られた土居光居(1933)
「基礎日本語」
が提出されて以来、国語教育のために多くの基本語彙関係の調査結果が発表された。留学生に対する日本語教
育のための基本語彙として最初に提出されたのは、国立国語研究所(1964)
『分類語彙表』を基本度判定の材
料として用いる専門家判定方式でまとめられた「基本語二千」
「基本語六千」である。台湾で初めて発表され
た日本語教育のための基本語彙表は大学入試中心(2008)
「第二外語日語考科基礎語彙表」
「第二外語日語考科
進階語彙表」である。
97
あった153。台湾において<村上春樹現象>を引き起こしたのは 1987 年に日本でベストセラ
ーとなり、1989 年に台北で中国語訳《挪威的森林》が出された『ノルウェイの森』である。
<非常村上>という流行語まで生まれた。その『ノルウェイの森』のプロトタイプは「螢」
である。日本語教育の場合、長編小説を教材にしては長さで困難度が高まるが、短編小説
なら少し時間をかければ完読できるし、ついでに生の日本文学作品鑑賞もできる、という
理由で本稿では「螢」を取り上げる。
村上春樹著「螢」は 1983 年 1 月に『中央公論』に発表されたが、1984 年 7 月に新潮社
より短編集『螢•納屋を焼く•その他の短編』に収録され、発表された。
「僕」の学生寮生活
の描写、高校時代自殺した親友「彼」のガールフレンドである「彼女」と中央線の中で再
会し、四谷から飯田橋へのお濠端を歩く描写などのような「螢」のあらすじは前述した『ノ
ルウェイの森』の第二章、第三章とほぼ同じであるが、構成としては独立した短編小説で
あり、その描写も大分違っている。具体的には表されていないが、山根(2002、2007)で
指摘されたように、
「螢」の根底には「僕」と「彼」
「彼女」の三角関係及びその三角関係
に対する「僕」と「彼女」の罪意識が潜んでいる。一般的に言えば語彙指導の項目として
は音声、表記、語構成、文法、意味、位相などがよく取り上げられるが、本稿では枚数制
限のために、この「螢」を読むことによって学習者が触れる日本語彙の量、語種、品詞、
意味、使用範囲などを考察し、日本語教材としての村上春樹の可能性を考えてみたい。
2.語の認定
本稿は日本語教育の立場から文学作品「螢」の、語彙指導の教材としての可能性を考え
るものなので、日本語能力試験における語彙との関連をも考慮に入れたい。それなら旧日
本語能力試験の級別が分かるような「日本語読解支援システムリーディングチュウ太」を
利用すれば一番便利であろうが、しかし、それを使った場合、「巨大なけやきの木」のこ
とが「巨大/なけ/やき/の/木」のような誤判定になることもあるので、一つずつ確認し、
判定することにした。また、日本語における語の認定は目的や認定基準によって分れてい
る。日本の国立国語研究所で行われた語彙調査で使われた「単位」は長い単位のものと短
い単位のものがあるが、長い単位には α 単位、W単位、長い単位、短い単位には β 単位、
M単位がある154。各々の語の認定基準はそれぞれ一理あるが、ここではできるだけ日本語
の語彙を学ぶ学習者の立場に立って言語現象を的確に処理できるようにしたいので、語の
本質的な議論を控えて、原則として(イ)助詞や助動詞を 1 語とする、(ロ)「にとって」
「にたいして」のような連語を 1 語とする、(ハ)旧日本語能力試験の各級語彙表にある
語を 1 語とする、(ニ)意味を重視するので「入学金」「学生寮」などの複合語を 1 語と
する、(ホ)中国語話者の読字力と表記理解度の視点から「ひとこと」と「一言」のよう
153
藤井(2007)によれば『新書月刊』1985 年 8 月号「村上春樹的世界 賴明珠選譯』は世界最初の村上春樹
文学翻訳でもある。
154
国立国語研究所『現代日本語書き言葉均衡コーパス』利用の手引を参照。
98
な表記の違った言葉を別々に1語とすることもある、というように単語の認定をする。
3.考察と分析
日本語力とは何か、人によって定義が分かれていると思われる。考えてみれば、前述し
た「JF 日本語教育スタンダード」で提出された「言語構造的能力」における使用言語の範
囲、使用語彙領域、語彙の使いこなし、文法の的確さ、音素の把握、正書法の把握、意味
的能力、読字能力などはすべて語彙力に関係してる。本節では「螢」の語彙を日本語教育
学的に語彙量、語種、品詞、意味と使用範囲について解析してみる。
3.1 量的考察
2で述べた認定基準によって考察した結果、「螢」の語彙構成は次の表1、表 2 のよう
である。助動詞、助詞を入れた場合、全体の異なり語数は 1811、延べ語数は 10549 である
が、助動詞、助詞を除いた場合、異なり語数は 1744、延べ語数は 5798 である。旧日本語
能力試験の級別から見た場合、異なり語数では助詞は 43 語、助動詞は 24 語、4 級語彙は
373、3 級語彙は 223 語、2 級語彙は 486 語、1 級語彙は 117 語、級外語彙は 545 語ある。4
級語彙と 3 級語彙を合わせれば異なり語数 596 あり、全体の 32.87%を占めている。2 級語
彙を合わせれば 1082 語あり、全体の 62.02%になる。1 級の 117 語も合わせれば 1199 語に
なり、68.73%になる。級別から見れば 1810 語のうち、級外語彙が 545 語もあるが、その
漢字表記を見れば、中国語話者がその意味を類推できるのは 187 語(延べ 308 語)ある。
それを除けば、級外語彙は全体の 20%の 358 語になる。つまり、語彙理解の観点から見れ
ば、3級語彙、4級語彙が理解できれば、「螢」の三分の一の語彙が意味理解できるが、2
級語彙も意味が分かれば、「螢」の 6 割の語彙が理解できるといえる。そして、1 級語彙
と級外漢字表記語の類推可能な語を入れれば、8割の「螢」の語彙が意味理解可能になる
わけである。見方を換えれば、「螢」を読むことによって、普通の日本語教科書であまり
触れられない単語に接することができるのである。
延べ語数から見た場合、助詞と助動詞は「螢」の全体語彙の 4.5 割を占めている。助詞
と助動詞を除いた場合、4級語彙、3級語彙、2級語彙、1級語彙はそれぞれ 40.82%、21.13%、
19.14%、3.67%、15.23%であるが、4級語彙語彙と3級語彙が分かれば、「螢」の 6 割以上
の語彙が理解できる。2 級語彙を入れれば 8 割以上の語彙が理解可能になるので日本語能
力試験 2 級能力者には難しいものではないといえる。漢字表記級外語彙における中国語話
者の理解可能の語を除いたら、いわゆる級外語彙で理解度が低い「螢」の語彙は1割しか
ない。2 級の日本語能力者にとって「螢」語彙はそれほど難しくないといえる。
日本語において正書法があるかどうか、その見方は人によって違う。同じ意味と同じ読
みの語であるが、表記法が違った場合、それを同一語と見なすか見なさないかによって、
語数の数え方が変わるようになる。形が違えばその表すものも違う、という考えでは異な
った語になるが、意味が同じであればどんな外形でも同一だと言われても弁解できないだ
ろう。しかし、日本語学習者の負担を考えてみれば、違った表記の場合は別々に覚えなけ
99
ればならないことになるので同一語ではなく、違った語として取り扱うべきである。本稿
における語の認定基準は、日本語教育的見地から中国語話者の日本語学習者の漢字読解力
のことを考慮に入れて便宜を図ったものなので、「込む」「混む」「こむ」のような、表
記の違ったものを別々の語として見なすこともある。但し、「終わる」「終る」、「食べ
終る」「食べ終わる」のように、送り仮名の数の違いだけで意味理解に差支えがないと判
断された場合、同一語と見なしてもいいと思われる。このような認定基準の変更によって
語数が変わることも考えられることを断っておきたい。
3.2 語種的考察
「螢」の語彙を語種から考察した結果、一番多いのは和語で、異なり語数は 1065、全体の
61.10%をを占めている。延べ語数は 4383 で、全体の 75.60%である。漢語は異なり語数
は 477(27.37%)、延べ語数は 1086(18.72%)である。アメリカ文学に多く影響された
といわれる村上文学ではあるが、外来語は考えたより多くないようである。異なり語数は
127(7.29%)、延べ語数は 214(3.69%)である。混種語はあわせて 74 語(延べ 115 語)
あり、全体の 4.25%(延べ 1.98%)しかない。「螢」語彙において異なり語数でも延べ語
数でも和語が一番多い。
漢語か漢字表記語は台湾人学習者にとって理解しやすいだろうが、
その読み方は問題になるのが少なくない。とくに漢字表記が付いている和語は意味理解が
できても読み方ができるとは限らないので学習注意点になる。但し、日本人の言語生活で
多く使われている和語のことなので、小説講読によって触れる機会が増えれば親しみが生
じて自然に身に付くようになると思われる。
3.3 品詞的考察
品詞の考察にあたり、助詞、助動詞、名詞、動詞、形容詞、形容動詞、連体詞、副詞、
接続詞、感動詞のほかに、接辞、連語の部門を設けた。「お-」「-きり」「-ぶり」「-っ
ぱばし」「-がたい」などを接辞の部門、「こういう」「どれも」「なにも」「について」
「にとって」「に対して」「多かれ少なかれ」のような類は連語の部門に入れて考察した
結果、「螢」における語彙において助詞、助動詞はそれぞれ 43 語(延べ 3677 語)、24 語
(延べ 1074 語)ある。助詞、助動詞を除いた場合、異なり語数における語数の順は名詞、
動詞、副詞、形容動詞、形容詞、接続詞、感動詞、連体詞である。延べ語数でも一番多い
のは名詞であり、次は動詞、副詞、形容詞、形容動詞、接続詞、感動詞、連体詞の順であ
る。名詞と動詞はあわせて延べ語数全体の 76.85%を占めているので、「螢」の内容を理
解するには名詞理解と動詞理解が重要な鍵になる。そして副詞は形容詞、形容動詞より多
いが、その殆んどが仮名表記語なので中国語話者の初級学習者にとっては理解度が低いも
のである。
ちなみに「螢」では「至れり尽くせり、多かれ少なかれ、かもしれない、のような連語
が用いられている。このような語は複数の語が共起して一まとまりの意味を表すものであ
るが、いわゆる品詞別では分類されないので「連語」という部門にした。
100
日本語を品詞によって分類する際、その分類基準が問題になる。文における職能を基準
に語の品詞を判定する英語とは違って、日本語では形容詞連用形を外し、活用のない連用
修飾語だけを副詞とする。しかし、「よい」の連用形「よく」、「恐ろしい」の連用形「恐
ろしく」は形容詞としても、副詞としても用いられる。日本の学校文法ではその形容詞の
連用形用法を副詞的用法として外の品詞として見なさないので、職能的に副詞として用い
られる場合も形容詞と同一語と見なすのが普通であるが、機能から見れば、「彼女はその
日は珍しくよくしゃべった。
」
(螢 529)における「珍しく」
「よく」
、
「男ばかりの部屋だか
ら大体はおそろしく汚ない。
」
(螢 87)における「おそろしく」は形容詞よりも副詞と見な
すべきである。渡辺(1971)は形態中心の学校文法における品詞分類を批判しながら「今
朝は珍しく鳥が鳴いている」における「珍しく」を「珍しい」の活用形として誘導形と呼
んでいる。日本語教育現場では動詞と共起する形容詞ク形は普通、形容詞の副詞的用法と
称されるが、仁田(2002)は「小さくちぎる」における「小さく」を結果の副詞と称して
いる。日本語における品詞転換には有標的な品詞転換と無標的なゼロ派生の品詞転換が見
られるが、
「珍しい」の活用形「珍しく」
、
「よい」の活用形「よく」がそのまま副詞に転換
するのは無標的なゼロ派生の品詞転換である。無標的なゼロ派生の品詞転換とはある品詞
の語が接辞が付加されることなく、他の品詞に転換する現象である。ある品詞から外の品
詞に転換するのはメトニミーによるカテゴリの変化であるが、こういうような副詞に品詞
転換した形容詞ク形のことを辞書にはっきり記載し、日本語教育現場における語彙指導で
も文法指導でも提示するように提言したい1。
3.4 意味的考察
(表)「螢」語彙の意味分類
1
形容詞から副詞への転成について詳しくは頼(2013)を参照されたい。
101
文学作品を講読することによって日本語語彙の習得を文脈で把握し、意味分類の形でそ
の使用範囲を身に付けることが考えられる。国立国語研究所『分類語彙表』中項目を参照
に分類すれば、
「螢」の語彙は上の表のように分けられる。この表を見て分かるように「螢」
語彙において体の類は 927 語(延べ 2682 語)、用の類は 452 語(延べ 1699 語)、相の類
は 315 語(延べ 1185 語)、その他は 50 語(延べ 232 語)ある。そして、一番多く用いら
れたのは抽象的関係を表す語彙である。異なり語数は 846、延べ語数は 3068 ある。体の類、
用の類、相の類の類別で見れば、異なり語数はそれぞれ 366、248、232、延べ語数はそれ
ぞれ 1056、996、1016 である。
3.5 使用範囲的考察
「螢」における語彙は使用範囲から考えてみればいろいろな項目に分けられる。まず、
回想、東京、登場人物、主人公の寮、主人公の大学生活、僕と彼女、蛍という大項目に分
けられるが、それぞれの大項目はまた次のように分類される。
(一)回想:高校時代(課外活動、親友、親友の葬式、警察の取調室など)
(二)東京:地理(四ツ谷、市ヶ谷、飯田橋、お堀端、神保町、交差点、お茶の水、坂、
本郷、駒込)、交通機関(中央線、都電、電車)、政治(右翼、左翼)、初夏の風
景(雨、雲、日射し、鬱陶しい灰色の雲、南からの風、緑の桜の葉瑞々しい初夏の
匂い、セーターや上着を肩にかける、テニス、ラケット、金属の縁、きらきら輝く、
ショットパンツ、ベンチ、修道尼、黒い冬の制服、汗がにじむなど)
(三)登場人物:僕(大学一年生、18 歳、単位を落とす、演劇、小説家、友達など)、
彼女(親友の恋人、痩せている、長距離の選手、山登り、ミッション系の女子校、
女子大の学生、東京の郊外、アパート、目が透明だなど)、親友(親切、公平、幼
馴染みの恋人、ビリヤード、自殺、遺書、動機、ガレージ、赤い車、排気パイプ、
ゴムホース、カーラジオ、ワイパー、ガソリンスタンド、領収証、新聞、記事、教
室、机、花など)、中野学校(東棟の寮長、国旗掲揚の役目、背が高い、目が鋭い、
五十歳前後、髪が固い、日焼けした首筋、長い傷跡
、陸軍、中野学校など)、
学生服(国旗掲揚の助手、丸刈り、学生服、背が低い、色が白いなど)
(四)主人公の寮:位置、環境、経営者、構内、部屋、国旗掲揚式、「僕」の寮生活など
(五)主人公の大学生活:費用、専攻、交友など
(六)僕と彼女:高校時代、親友の恋人、共通の話題、葬式、東京での再会、デート、誕
生日、別れ、手紙、休学、京都、山の中、療養
(七)蛍:外見(黒い)、居場所(寮の近く、ホテル、インスタントコーヒーの瓶、ガラ
スの壁、瓶の底)、様子(客寄せ、放す、寮に紛れ込む、微かに光る、飛び去る)、
僕との接触(7 月の終わり、同居人からもらう)、僕の取り扱い方(久しぶりに間
近に見る、寮の屋上に持っていく、瓶の蓋を開ける、蛍を取り出す、給水塔、縁、
102
手すり、光の軌跡、留まる、目を閉じる、厚い闇、ささやかな光、行き場を失う、
魂、さまよう、そっと手を伸ばす、指、触れるなど)
日本語学習者が「螢」を読むことによって内容に対する理解が深まるだけではなく、テ
キストの背景にある 1960 年代の東京の風景や社会事情について考えるようになることが
想像される。それから、その思考活動は日本文化への理解、台湾文化と日本文化の比較を
もたらし、人文的素養の高まりに繋がると思われる。
4.まとめ
日本語教育現場において教科書が主な教材であるので、その比重が大きい。しかし、短
期間で日本語力を身につけるには教科書の不足を補ういろいろな教材の重要性が増してい
る。本研究の考察で分かるように、
「螢」における日本語の使用語彙は日本語能力検定試験
の語彙と比べて差があまりないが、その使用範囲は教科書よりバラエティに富んでいる。
文型との関連から見た場合、
「螢」語彙は日本語の基本文型を構成するための必要な語彙で
あり、大学生活、寮生活、恋愛関係などの提出場面は若者の興味のあることなので学習項
目に入れる必要性がある。また、内容の場面は読者から共感をもらえるものなので日本語
教育の教材としても有意義で可能性があると思われる。意味理解から見れば言語表現にコ
ンテクストを加えたものなので、語用論的意味の学習のプラスになる2。
異文化交流能力育成において日本語による理解力育成、発信力育成が重要であるが、一
般の言語学習教科書だけでは効果が限られるので小説講読などの多読活動を営めば、語彙
力、文法力、文化理解力の向上にも繋がる。縫部(2001)によれば、日本語教育は言語と
文化、文化と心理、心理と教育、文化と教育、心理と言語といったような「学際的領域」
がある。
「螢」のような文学作品を日本語教育の読み物として使えば、日本語教育のために
編纂された教科書よりもっと日本の社会的要素を理解することができる。そして、語彙の
数、意味のことを考えれば、
「螢」は大学で日本語を専攻する二年生には難しいだろうが、
三年生には適切だと思う。
教科書の理想と現実を「コンビニ教科書」と「田舎暮らし教科書」に例えた説3がある。
「コンビニ教科書」は便利さへの欲望を満たしてくれるが、
「田舎暮らし教科書」は便利さ
への欲望を満たしてくれないし、必要なものもすぐには揃わない。自給自足が基本である
が、それに見合う成果が得られるとは限らない。言い換えれば無用の用のようなものであ
る。文学作品講読は「コンビニ教科書」のような語学的学習とともに「田舎暮らし教科書」
のような日本文学も楽しめるし、日本語による産出の基礎を築く日本語の受容、日本文化
の理解もできるのでぜひ日本語教育関係者にお薦めしたいものである。
2
3
語用論的意味について詳しくは今井‧西山(2012)を参照されたい。
須貝(2003)を参照。
103
テキスト
村上春樹 1984「螢」
『螢•納屋を焼く•その他の短編』新潮社
主な参考文献
今井邦彦‧西山祐司2012『ことばの意味とはなんだろう 意味論と語用論の役割』岩波書店
岡崎敏雄1989『日本語教育の教材』アルク
門倉正美 2011「コミュニケーションを<見る>―言語教育におけるビューイングと視読解」
『早稲田日本語教育学』
門倉正美 2013「
「視読解」という教育研究領域について」2013 年度国際学術シンポジウム、
台湾日本語教育学会
国際交流基金 日本国際教育協会 2002『日本語能力試験出題基準』
(改訂版)凡人社
国際交流基金 2012『JF 日本語教育スタンダード 2010』第二版
国立国語研究所 1984『日本語教育のために基本語彙調査』秀英出版
国立国語研究所2004『分類語彙表 増補改訂版』大日本図書
柴田勝二2011『村上春樹と夏目漱石―二人の国民作家が描いた〈日本〉』祥伝社
柴田武1993「教科書の日本語」『日本語学』12巻第2号、明治書院
須貝千里 2003「コンビに」教科書と「田舎暮らし」教科書-国語教科書における「倫理」
の問題」
『日本語学』第 22 巻第 7 号、明治書院
趙順文•賴錦雀•他 2008『九十六年度第二外語日語考科試題研發計畫』(報告)大學入學考試
中心
玉村文郎 1985「国語教育-内容と方法」
『語彙の研究と教育(下)
』国立国語研究所
縫部義憲 2001「言語文化教育学における日本語教育学の学的構築」
『広島大学日本語教育
研究』
日本語読解支援システムリーディングチュウ太 http://language.tiu.ac.jp/
馬場重行 佐野正俊2011『〈教室〉の中の村上春樹』ひつじ書房
平野芳信2011『村上春樹
人と文学』勉誠出版
藤井省三2007『村上春樹のなかの中国』朝日新聞社
山内博之編著 2008『日本語教育スタンダード試案 語彙』ひつじ書房
山内博之編 2013『実践日本語教育スタンダード』ひつじ書房
山根由美恵 2002『村上春樹研究-物語不在の時代の<物語>-』広島大学大学院文学研究
科博士学位論文
山根由美恵 2007「「螢」に見る三角関係の構図―村上春樹の対漱石意識―」
『国文学攷』
第 195 号、広島大学国語国文学会
賴錦雀 2013「日本語の程度表現-形容詞の非典型的用法を中心に」『台灣日本語文學報』
第 36 号、台灣日本語文學會
104
五、論文口頭發表大綱⑭
朝日新聞社の「WEBRONZA+」で語られる「村上春樹」
許 均瑞
銘伝大学 助理教授
1. はじめに
村上春樹は 1979 年のデビュー以来ミリオンセラーを連発、日本国内だけでなく海外で
も有名作家として広く認知されている。
「ハルキスト」と呼ばれる熱狂的な読者が存在する
など、いわゆる純文学作家としては超のつく有名人である。その中心である村上春樹の名
声は、文壇で論じられるのみならず、彼にまつわる様々な言説などが社会や時代性から生
成され、さらに再生成され、波及が波及を呼ぶことで形成されたものだといえよう。
その中でインターネットでの「村上春樹」の存在形態は興味深い。それもネット空間で
の言説生成に関して最も簡単な図式をあげれば、無料の情報の「垂れ流し」がまず想起さ
れる。村上春樹の文体(いわゆる村上スタイル)の絶えることなき再生産が見られるほか、
情報なども匿名記事の生産と摂取は無数の再生産を生み出している。本発表はそのような
言説空間とは違う方向性を見せているネット空間に注目し、村上春樹への注目が提示され
るにあたって、匿名ではなく「文責」の所在が重要視され、それをアピールしているメデ
ィア空間での有名性の構図を見ていきたいと思う。
2. 「WEBRONZA+」
図 1:
「WEBRONZA+」のロゴ
(http://webronza.asahi.com/about.html、2014 年 5 月 12 日取得)
朝日新聞社がウェブ上に開設している言論サイト「WEBRONZA+」は、かつて紙媒体の形で
出版されていた「月刊朝日」
「論座」のコンセプトを引き継いだ有料コンテンツである。
「W
EBRONZA+」では、全ジャンルの執筆者が顔写真・学歴・経歴などを含むプロフィールと共
に一覧できる。そして、執筆者が公開した論評にも執筆者一覧からアクセスできるように
なっている。朝日新聞社の関係者が多く見られるものの、有名な評論家への執筆依頼も目
立つ。この有料コンテンツについて、編集長はこう述べている。
WEBRONZA のロゴでは「R」の文字が力強く目立ちます。単なるデザインではなく、
様々なジャンルの多彩な「論」を扱っているからです。その「R」にいま、3 つの意
味合いを込めていくことがとりわけ大切だと考えています。まずは、Radical です。
分からないことが多すぎる今日だからこそ、ものごとの本質を根源的に考えていき
たい。次は、Rational。安易に情緒や感情に流されず、理性的に理非曲直をとらえ
ていく。そして、いつも Relax。適度に緩く、良い意味での「遊び」を忘れない。
105
ウェブメディアの特性を生かした、しなやかな論の座、WEBRONZA が少しでもみなさ
んのお役に立つことができれば。心からそう願っています。/2012 年 1 月 10 日 W
EBRONZA 編集長 矢田義一
(http://webronza.asahi.com/about.html、2014 年 5 月 12 日取得)
図 1 「WEBRONZA+」のトップページ(http://webronza.asahi.com/)
106
ここでは、ネット空間での情報に匿名から文責を求める転換を見出すことができる。す
なわち、オピニオンリーダーの存在を求め、ニュースからもたらされた同時代社会の様々
な出来事の意味とその解釈を提供することが、新しい言論空間の生成として見られる。そ
れを考えてみると、新聞購読(記者がまとめたものを読者が受け取る)とある種同様な意
味合いを持っている一方、ネット空間という場で言論に透明性を持たせることで、有名論
、、 、、
者の論評が「
「意味」の創出と転換という「作用」から成る」
(中野 2001:158、傍点筆者)
従来のメディアとは違う、ネット上の「意味作用」として見られ、コンテンツと購読者の
間における「内的メカニズム」
(中野 2001:158)となっているのである。
そこで本発表では、上述「WEBRONZA+」における村上春樹について検証した。無尽蔵な
情報の提供が要求される現在、その視点の正しさが逆に「売り」になっている現象の表れ
として、
「WEBRONZA+」のような有料コンテンツでは、社会現象をいかに「正確に」描き出
し、論評するかは、購読者の信頼を勝ち取れるか否かに関わる死活問題となる。したがっ
て、論評者自身の有名性(名声)も必須条件となっている中で、村上春樹とメディアの関
係において、その名声がどのように再生産され、相乗効果を引き起こすかについて、ひと
つの視点を提供することになると思われる。
3. 「WEBRONZA+」における村上春樹とそのテーマ
2014 年 5 月現在、
「WEBRONZA+」では、村上春樹と関連するテーマは表 1 に掲げた 6 つが
提供されている。
表 1 「WEBRONZA+」における村上 関連テーマ一覧(2014 年 5 月現在)
A.
B.
C.
D.
E.
F.
テーマ
村上春樹『1Q84』の BOOK4 はあるのか
村上春樹氏の演説から考える核と日本人の関係
あなたにとって、村上春樹とは?
村上春樹『海辺のカフカ』と蜷川幸雄
村上春樹が気になる理由
村上春樹の新作は 100 万部に値するか?
記事数と掲載期間
3、20100831-0901
5、20110807-1008
10、20110708-20121015
2、20120512-0620
11、20111006-20130424
7、20121015-20130517
テーマに関する簡単な前文があり、その下に記事群があり、各々の表題をクリックすると
当該記事が読める。同じ記事が複数テーマに重複掲載されることもある(言い方を換えれ
ば、複数の「タグ」がついている)
。重複の有無が分かるよう構成した一覧表を以下に示す。
表 2 村上春樹を中心に組まれたテーマに分類された記事一覧
1.
A
2.
A
記事名
オウムという時代の子だった青
豆と天吾
村上春樹と高円寺の深いつなが
り
日付
20100831
著者
川本裕司
20100831
三浦展
107
所属
朝日新聞編集委員
分野
社会・メ
ディア
消費社会研究家、マ 文化・エ
ーケティングアナ ンタメ
3.
4.
5.
6.
A
これはまだ「プロローグ」にすぎ 20100901
ない
B、C 被害者論ではない村上スピーチ
20110708
の奥行き
B、C “マドンナ”の歌う「村上春樹つ 20111006
まらない」
宇野常寛
B、C ネズミと名乗る男の話
20111008
鈴木繁
20111008
四ノ原恒
憲
佐久間文
子
小野登志
郎
近藤康太
郎
7.
B、C 村上春樹をめぐる暴論に固執し
て
8. B、C 短編に生々しく残された村上春
樹の思い
9. C
「暴力団組員」である一人の青年
「カフカ君」
10. C
ノーベル文学賞、ボブ・ディラン
にやっとけや!
20111008
20111008
20111018
武田徹
近藤康太
郎
11. C、D 村上春樹『海辺のカフカ』と蜷川 20120512
幸雄の物語空間とは?
小山内伸
12. D
村上春樹の声望と文学者の「政
20121015
治」言説
13. C、E 村上春樹が文壇・出版界に与えて 20121015
[ママ]続けてきた衝撃とは?
14. D
ミュージカル・ファン待望の日本 20120620
初演「サンセット大通り」
櫻田淳
15. E、F 何だか拍子抜けして、気持ち悪か 20130420
った村上春樹の新作
16. E、F 村上春樹氏の新作に、トラウマに 20130420
向き合う初の積極性を見た
古賀太
17. E、F 邪推・暴論――村上春樹新作の
20130424
「多崎つくる」は 3・11 の被災地
や被災者そのものだ
18. F
電子書籍への違和感(上)
20130516
大西若人
19. F
福嶋聡
電子書籍への違和感(下)
20130517
鷲尾賢也
小山内伸
小山内伸
福嶋聡
リスト
批評家、批評誌
〈PLANETS〉編集長
評論家
文化・エ
ンタメ
文化・エ
ンタメ
朝日新聞朝刊文化 文化・エ
面、読書面、夕刊音 ンタメ
楽面担当
朝日新聞編集委員 文化・エ
ンタメ
朝日新聞読書面担 文化・エ
当
ンタメ
朝日新聞社元読書 文化・エ
編集長・編集委員 ンタメ
ノンフィクション 文化・エ
ライター
ンタメ
朝日新聞朝刊文化 文化・エ
面、読書面、夕刊音 ンタメ
楽面担当
評論家・専修大学准 文化・エ
教授(現代演劇・現 ンタメ
代文学)
東洋学園大学現代 文化・エ
経営学部教授
ンタメ
評論家(20140210 文化・エ
死去)
ンタメ
評論家・専修大学准 文化・エ
教授(現代演劇・現 ンタメ
代文学)
日本大学芸術学部 文化・エ
映画学科教授
ンタメ
評論家・専修大学准 文化・エ
教授(現代演劇・現 ンタメ
代文学)
朝日新聞編集委員 文化・エ
ンタメ
ジュンク堂書店難
波店店長
ジュンク堂書店難
波店店長
文化・エ
ンタメ
文化・エ
ンタメ
表 2 からわかることは、ほぼ全ての記事が「文化・エンタメ」に分類され、それ以外に属
している分類項目は「社会・メディア」の記事のみ(一本)だということである。
6 つのテーマでは、半数は疑問を投じる形で提示されており、E「村上春樹が気になる理
由」まで加算すると、村上春樹の存在が自明なものとして扱われていないようにみえる。3
108
0 年以上にわたり文壇で不動の位置を維持し続けてきている一人の作家として、村上春樹
の名声がいかに興味深いものなのかがわかる。内容から分類すると、
『1Q84』と『色彩を持
たない多崎つくると、彼の巡礼の年』について、時代背景との関連性から論じるものから
村上春樹の原発についての発言をめぐる議論、
そして彼の社会へのコミットメントに触れ、
執筆者個々の社会論を展開していくなどのパターンが観察できる。
そして、これまで日本の文壇において数多くの伝説を作ってきた村上春樹について、な
おその衝撃を論じられ続けてきたこともまた異例である。その市場への影響、文学作品の
スタイル、そして読者の期待など、繰り返し投げかけられてきたその「有名性」への疑問
は、村上春樹の時代性を語るどころか、彼とメディアとの微妙な関係も語っているように
思われる。齋藤美奈子『文壇アイドル論』
(2002)では村上春樹にまつわる社会現象につい
て、こう語っている。
シロウト読者が村上春樹を買うのは当然でしょう。消費者は放っておいても、気
持ちのいいもの、楽しいものに流れます。ハルキランドの全盛期、街中のカフェバ
ーに人が群がり「ドラゴン・クエスト」の新作が出るたびに電気屋に行列ができた
のといっしょ。彼らは謎解きゲームに参画こそしませんが、読書中の脳はゲーム中
のそれと酷似しているはずです。頭がゲームモードに入ってしまった人間はマスタ
ベーション中のサルと同じで、スイッチが切れなくなってしまう。
クロウト読者が村上春樹を論じるのも当然でしょう。消費者の親分=パワーユー
ザーである彼らは、謎の解読に手を出さずにはいられないし、解読してしまった以
上は「ファミコン通信」に手紙を書かずにはいれらない[原文ママ]
。わたしだって
そうだったのだから、よーくわかります。
(29 頁)
ここで注目したいのは、一般評論家の中でも、そのような「ゲームの解読」が繰り返さ
れることである。ただ、ゲームそのものは作品の中ではなく一般社会への語り掛けが重要
である。
青豆と天吾が再会したあとのストーリーは『1Q84』の隠されたテーマと思われる
「失われた 20 年の時代精神」ではなく、その後を描くことになる。しかし、その未
来予想図の一端さえ村上をふくめ誰からもまだ示されていない。したがって、BOOK
4 はない、と考える。
(記事 1)
[
『1Q84』が三冊にわたる大部の作品であることについて:筆者注]
「父」になるこ
とへのためらいこそが、春樹の文学をこれまで支えてきたことは疑いようがない。
だからこそ、春樹が新しい問題を扱うための新しい文学を獲得するためにはこれだ
けの分量が必要だったのではないか……と期待を込め、最大限に好意的な表現をこ
こでは選択しようと思う。
『1Q84』の BOOK4 はおそらく、ある。いや、あるべきなのだと思う。春樹が新し
い文学を、それも世界視点で獲得しようと思うのなら。
(記事 3)
15 のガキの考えてることはおっさんには分からないし、分からなくっていい。彼
109
らには彼らの苦悩があり、団塊世代には団塊世代の闘いがあり、おれにはおれの地
獄がある。ただ、分からないこと、想像力の欠如を、ご都合主義の鋳型に流し込ん
でカフカみたいな少年を造形するのは、昔の狂信的ファンには、悲しい。
(記事 5)
〈彼〉の書くものは「ポップの国」の福音になったんだ。そこでは光あれと言え
ば光がある。枯れろと言えば無花果は枯れる。
〈彼〉の名前のついた本は聖書みた
いに売れた。あるいはコカ・コーラみたいに。
だからこそ、オウム真理教の事件は〈彼〉にとって深刻な問題だった。大震災も
あったのに、
〈彼〉はオウムを気にした。無理もない。尊師は個々の人間に夢想を
与えた。信徒は家族や歴史とのくびきを捨てた。
(中略)けれど、
〈彼〉がポップか
ら離れようとしても、ポップの方で〈彼〉を離してくれないだろう。そう思わない
かい。
〈彼〉がポップなのか、ポップが〈彼〉なのか、区別できなくなっているか
ら。世界中に散らばったリトル・ピープルたちは〈彼〉の居場所をロック・オンし
ようと耳を澄ませるだろう。
(記事 6)
[村上春樹は同時代で呼吸した者にしか理解できないという思いがあるが:筆者
注]でもね。そうすると変なんですよ。年を経るに連れて、
「60 年代なんていつの
話」という世代の人々が、春樹をどんどん読み始める。まして、世界の人々まで。
専門家の読み解きは、あまた読んだが、素人は、先の自らの暴論に固執してみたい。
いつの時代にも、多くの人間が、大人になるまでに経験する問いや苦悩のコアをす
くい上げた「青春小説」だからだと。本当か?(記事 7)
村上のデビューは 1979 年、ソニーのウオークマンが発売された年である。他者の
声を遮断し、自分だけの世界へ沈潜する姿と、村上の作風は二重写しになったかも
しれない。だがそれは、モラルや価値観といったものが消滅した現実世界で、いま
ある言葉、既成の思想に頼らず、自分の言葉、自前の表現方法を獲得するという宣
言だったのだ。
(記事 8)
この小説[
『多崎つくる』
:筆者注]は、失われた青春への挽歌と、それでもなお「今」
を生き続ける意志をたたえている。喪失から回復へと踏み出す結構からは、今の日
本に共振する思いが伝わってくる。村上氏の長編で、もっとも前向きな物語だと感
じられた。
(記事 16)
かくして、多くの村上論は社会へのコミットメントから出発し、村上の時代性に着目し
て何らかの意味を付与する内容であった。作品中の記号を仔細に分析することはないもの
の、村上と自分の歴史との関連性を出発点として、社会的な意味合いへもっていくという
展開は、コンテンツ購読者への期待に応えているともいえよう。すなわち、それぞれの評
論家が村上の名声の理由について何かを語るためには、
「一般市民」の観点を取り入れる必
要があると思われる。したがって、ここでは匿名世界と違い、無意味な文章の羅列はなく、
村上の価値が反復・強調されると同時に、小説の域外に独り立ちして歩き出す名声の生産
と再生産が繰り返され増幅されていく。同時代に生きてきた人間なら分かるのだが、今時
の読者にもその時代性との合致が明快に解読できるようになっているプロセスでもある。
110
4. 個人化するメディア空間:有名人というイメージの増強
村上の有名性について、彼のノーベル賞受賞や原子力/核に関する発言または作品の驚
異的な売れ行きなどを導入として各人が論点を展開している。そこでは有名人が有名人の
イメージをメディア空間で再生産し、
各人の言論世界を構築していることが明らかになる。
大江健三郎と異なり、
「核」のような「大文字」のテーマを好まなかった村上だが、
『羊をめぐる冒険』あたりから人間存在の深奥に潜む邪悪さを扱う傾向を強めてき
た。筆者は、そんな村上もまた人間に不可避な「原罪」を描こうとして来たのでは
ないかと考えている。そうした作風と今回のスピーチは深い部分で水脈を通じてい
るのであり、村上は原発事故の被害者たる「無垢な市民」の立場から無責任に脱原
発や、代替エネルギーへのシフトを主張するのではないはずだ。
(中略)村上もまた
ファンサービスのつもりだったのか、原発に〈ノー〉を告げる宣言と共に戦後日本
社会の効率主義への反省の必要を指摘したため、大量消費社会批判という表層的な
解釈を許してしまう危険を帯びているが、そこは誤読に注意すべきだろう。村上が
今こそ「倫理と規範の再構築を」と述べているのは、核エネルギー利用の封印を解
くに至る宿命の中で生きてきた人類が、その「人間としての本性」をいかに制御で
きるかという根源的な問いかけなのだろう。
(記事 4)
[随筆「魂の行き来する道筋」を発表した村上について:筆者注]何故、村上は、
中国政府の姿勢に異を唱えないのか。村上には、是非、北京に乗り込んで、現下の
「愛国無罪」の風潮を鎮めるべく、呼びかけてもらいたいものである。
(中略)普段、
秀逸な人間描写で名を馳せる作家が、
「政治」に絡んだ言説を披露し始めた途端に、
その議論が陳腐になる。しかも、その言説は、作家としての名声に支えられて一定
の「権威」を持ちながら世に広まるのだから、余計に始末が悪い。こうしたことは、
現代日本の作家の特性なのであろうか。
(記事 12)
海外に向けてのナショナルな側面の表現がかつての日本文学であったのかもしれ
ない(川端康成、大江健三郎にはその気配が濃厚だ)
。しかし、村上にはそういう意
識や区別は存在しない。それも、作品が世界の各地で共時的に迎えられる背景であ
ろう。こう考えると、文壇も、文芸編集者も、文芸誌もすっかり役割を終えている
旧制度のように見えてくる。
(記事 13)
[
『多崎つくる』のテーマ、青年の内省と自立について]今回の村上の普遍性への志
向は、まさかノーベル賞が目の前にぶら下がっているからではないかとさえ勘ぐり
たくなるほど、個人的には拍子抜けをした。
それにしても村上作品の主人公はいつも若いし、つきあう女性は美人ばかりで主
人公を助ける存在なんだと改めて思った。
(記事 15)
だが、もし仮に『多崎つくる』が電子書籍として流通し、配本不足や売り切れの
心配がまったく無かったとしたら、即ちその気になればいつでも入手できるとした
ら、発売 3 日で 30 万部がほぼ売り切れ、1 週間で 100 万部を刷らなければならない
ような事態が発生しただろうか?
実際の『多崎つくる』はモノであり、うかうかしていたら入手できなくなる可能
性があるからこそ、いわばモノである以上どこまでもついてくる「希少性」故に、
111
「お祭」は発生したのではないだろうか?(記事 18)
ここでは、村上は作家であると同時に有名人としての目線が強く、村上自身が「ブランド」
とみなされ、彼が意味するものはベストセラーを続々世に送り続ける作家というだけでは
なく、彼自身がその名声に拠って立つオピニオンリーダーとなる。したがって、その「ブ
ランド」の最新動向が流行最前線を示すような役割を果たし、それをどのようにみるのか
もまた評論家自身の「ブランド志向」を示している。
「ブランド志向」は狭く定義された消費経済システムで支配的な要因のひとつにな
るのだけれど、人間の一般的な「もの意識」に必ず含まれているものでもある。こ
れが、広義の経済行為になんらかのインパクトを与えないわけがない。…メディア
、、、
や情報にかかわる行為は、何かのためにあるのであり、独立の社会・文化的人間行
為とみなされることなどまずなかった。
(中野収 2001:139-140、傍点原著者)
村上と言えば、まずはその作品世界をどのように解釈するかが大事だが、それと違うと
ころでの論評は消費行動の端緒という結果をもたらすと思われる。言い換えれば、村上の
政治性や核への理念は決して独善的なものではなく、それを社会と国家との関連性から説
明することによって有識者の見識を示すことになり、
「WEBRONZA+」のような有料コンテン
ツに対する消費行動をさらに引き出すことになる。その構造は、有名人をことさらに有名
と煽るのではなく、その論評する人々自身が名声を立てていく構図である。
5. 結論に代えて:村上春樹とメディア空間
石田佐恵子(1998:254-255)は現代における文化空間についてこう述べている。
…現代文化におけるメディアとは、ある特権性をもった〈主体〉と〈場〉とを生成
し、維持するものである。…ここでは、メディアとその〈制度〉を、ある社会にお
いて統制され、選択され、組織化された言説生産の〈場〉
、言説編成権力空間として
の〈制度〉としてとらえておくことにしよう。
ネット空間では絶えず名声が生産される。それも誰かの何らかの名声の上にさらに有名性
が生まれ、言説文化が構築されていくという構造になっている。本発表で検証を行った「W
EBRONZA+」における村上春樹も同様で、その言説の繰り返しがその名声を強化していくの
みならず、論者たちの名声もそれに担がれることとなる。村上とその論評は現代の有名性
の文化空間のシステムの、一つの表現体なのである。
主要参考文献
石田佐恵子 1998『有名性という文化装置』勁草書房
齋藤美奈子 2002『文壇アイドル論』岩波書店
中野収 2001『メディア空間:コミュニケーション革命の構造』勁草書房
P.D.マーシャル(石田佐恵子訳)2002『有名人と権力:現代文化における名声』勁草書房
112
五、論文口頭發表大綱⑮
メディウムとしての「沙羅」
―『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』における光明と暗闇―
齋藤 正志
中國文化大學 副教授
1.薄暮の中の沙羅
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で、主人公の多崎作は、結婚を意識し
始めた恋人である(と彼が認識している)木元沙羅の勧奨に従い、自らの過去を清算する
旅に出た。故郷の名古屋で二人の旧友と会い、新聞記事で旧友の浜松での殺人事件を確認
し、そして最後の旧友に会うためにフィンランドに出発する。彼はフィンランドで自分が
親密なグループから追放された出来事の真相を知り、帰国する。帰国した彼は出国直前に
目撃した次の場面によって提出された問題に直面することになる。
ちょうどそのとき、沙羅の姿がつくるの視野に入った。彼女はこの前に会ったとき
と同じミントグリーンの半袖のワンピースを着て、薄茶色のパンプスを履き、青山通
りから神宮前に向けて緩やかな坂を下っていた。
【中略】
彼女の隣には中年の男がいた。
がっしりした体格の中背の男で、
濃い色合いのジャケットを着て、
ブルーのシャツに、
小さなドットの入った紺のネクタイを締めていた。きれいに整えられた髪には、いく
らか白いもの
が混じっている。
たぶん五十代前半だろう。
顎が少し尖っているが、
感じの良い顔立ちだった。表情には、その年代のある種の男たちが身につけている、
無駄のない物静かな余裕がうかがえた。二人は仲よさそうに手を繋で通りを歩いてい
た。つくるは口を軽く開いたまま、二人の姿をガラス越しに目で追った。まるで形作
りかけていた言葉を途中で失ってしまった人のように。彼らはつくるのすぐ前をゆっ
くり歩いて通り過ぎたが、沙羅は彼の方にはまったく目を向けなかった。彼女はその
男と話をするのに夢中で、まわりのものごとはまるで目に入らないようだった。男が
短く何かを言い、沙羅は口を開けて笑った。歯並びがはっきり見えるくらい。/そし
て二人は薄暮の人混みの中に呑み込まれていった[村上 2013:240‐241/131]
。
この場面はフィンランドに住む旧友の黒埜恵理への手土産を買うため、
「ヘルシンキ行き
の飛行機に乗る数日前」の夕方に青山へ行った際、表参道のカフェで「夕暮れの光に染ま
った通りの風景」として出現した[村上 2013:239/13]
。
文中の「この前」とは、名古屋での青海悦夫と赤松慶との対面に関する詳報のため広尾
1
原文引用は村上(2013)に依拠し、
「240‐241」は頁数、
「/13」は章を意味する。本稿では以下このように表記
する。
113
で会った時のことである。その夜、彼の部屋でベッドに入った際、彼女が着ていたのが「ミ
ントグリーンのワンピース[村上 2013:225]
」だった。その日から何日が経過したのか、
ということは明記されていない。ただ、第 10 章で「五月の終わり頃」に「週末に繋げて」
取った休暇を利用し、3 日間、彼は帰省し、土曜日に実家で亡父の法事を終え、日曜日に
青海悦夫に会い、第 11 章で月曜日に赤松慶と会って、第 12 章で、赤松との会見当日の夜
7 時に帰宅している。
ここで全く仮定の話だが、2013 年 5 月 5 日に実施された第 2 回村上春樹国際学術シンポ
ジウムでの(基調)講演の見解に従って、作中時間が 2010 年だ2と仮定すれば、休暇を取
ったのは月曜日と思われるので、まさに「五月の終わり頃」の 5 月 29 日(土)から 5 月
31 日(月)まで名古屋に滞在していたことになる。彼が 30 歳の時に亡くなった、当時 64
歳3の父の利夫の死が何月何日であるか、ということは明記されていないが、それが 5 月
29 日前後であってはならない、ということも言えない。したがって、この仮定のまま続け
ると、彼が名古屋から帰った翌日(6 月 1 日)の昼に沙羅から電話が来て、明後日の夜を
約束した。それが前述の広尾デートである。だから、
「この前」は 6 月 3 日(木)だったと
いうことになる。
「週末」は土曜日だろうから 6 月 5 日で、彼はプールで学生時代の友人だ
った灰田文紹に似た男を見つけ、週明けの月曜日(6 月 7 日)に有給休暇を申請し、2 週間
後のフィンランド旅行 4 泊 5 日(ヘルシンキ到着翌日に黒埜恵理と会見し[村上 2013:261
‐330/15・16・17]
、その後 2 日間余って[村上 2013:331/18]
、
「東京に戻ったのが土曜
日の朝[村上 2013:332/18]
」
、
「日曜日の昼前」に起きて、沙羅の自宅に電話したが、
「留
守番モード」で、夜 9 時前に沙羅から電話があった[村上 2013:332‐333/18]
)を終えて、
土曜の朝に帰宅しているので、ヘルシンキ・東京間のフライト所要時間を 10 時間程度とし
て、6 月 21 日(月)出発、22・23・24 までの 4 泊の翌日 25 日(金)帰国便の機内泊で 26
日(土)到着と仮定すると、彼らの電話での会話は 6 月 27 日(日)ということになる。彼
は、この電話で沙羅に「君には僕のほかに誰か、つきあっている男の人がいるような気が
する」と言うことになるのだが[村上 2013:337/18]
、前述の「数日前」ということは 6
月 18 日(金)と推測できる。金曜の夕刻、沙羅と手を繋いで歩いていた「がっしりした体
格の中背の男で、濃い色合いのジャケットを着て、ブルーのシャツに、小さなドットの入
った紺のネクタイを締めていた。きれいに整えられた髪には、いくらか白いものが混じっ
ている。たぶん五十代前半だろう。顎が少し尖っているが、感じの良い顔立ちだった。表
情には、その年代のある種の男たちが身につけている、無駄のない物静かな余裕がうかが
えた」という「中年の男」は誰か?
2.光明としての沙羅
さて、
第 2 回村上春樹国際学術シンポジウムにおいて筆者は 2000 年に刊行された短篇集
2
3
小森(2013:15)。ただし、実際の頁数は「ⅩⅤ」と表記されている。
村上(2013:60)。
114
『神の子どもたちはみな踊る』巻末の「蜂蜜パイ」の淳平が 2005 年に刊行された短篇集『東
京奇譚集』の中の「日々移動する腎臓のかたちをした石」の淳平とが同一人物であると述
べた。その際、木元沙羅という名が「蜂蜜パイ」の作中人物である高槻沙羅と関係するの
かどうか、という点についての明言を避けた。
だが、
「蜂蜜パイ」が 1995 年 1 月の阪神・淡路大震災を題材として、
「夜が明けて小夜子
が目を覚ましたら、すぐに結婚を申し込もう」と淳平が決め、
「夜が明けてあたりが明るく
なり、その光の中で愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびて
いるような」小説を書くと決心する結末であったように、
『色彩を持たない多崎つくると、
彼の巡礼の年』巻末での「駅」にまつわる回想が 1995 年 3 月の地下鉄サリン事件を暗示し
ており、
「いずれにせよすべては明日のことだ。もし沙羅がおれを選び、受け入れてくれる
なら、
すぐにでも結婚を申し込もう」
と決意し、
「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、
何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく
消えてしまうことはない」と考えながら眠りにつく結末であることを考慮すれば、淳平と
小夜子が結婚して育てられた沙羅が成長して、多崎作と出会ったのであると考えてみるこ
とも可能なのではないだろうか。すなわち沙羅は二つの作品を繋ぐメディウムそのものな
のである。
もちろん、両者を「時間的には合わないので、象徴的な意味」において、高槻沙羅が「成
長した後身」が木元沙羅だという見方4もあるが、しかし、1995 年に起きた阪神・淡路大
震災の頃に 4 歳であった高槻沙羅が 38 歳になった時点が『色彩を持たない多崎つくると、
彼の巡礼の年』と看做した場合、作中時間は 2029 年ということになる。2029 年だとすれ
ば、5 月から 6 月にかけての前述の推定日時は少し変わることになるが、その場合は一週
ほど前倒しすればいい。
したがって、1991 年に生まれた高槻沙羅は、両親の離婚後はともかく、淳平と小夜子が
再婚した段階で淳平の姓を名乗ったはずで、それが木元沙羅である、と考えることは可能
である。何故なら、
「蜂蜜パイ」にせよ、
「日々移動する腎臓のかたちをした石」にせよ、
淳平の名字は叙述されていないからである。したがって、彼女が手を繋いでいた「中年の
男」は、この淳平だと考えてみることにすると、1995 年に 36 歳だった淳平は 70 歳という
ことになる。つまり、彼女は男と手を繋いでいたのではなく、男の手を牽いていたのでは
ないだろうか。本稿冒頭の引用において、沙羅は「緩やかな坂を下っていた」のであり、
「ゆっくり歩いて」いたのだから、彼女は養父を気遣って歩いていたことになる。ただし、
多崎作は男を「中年」だと判断していたわけだが、頭髪の色などは染めることもできるし、
個人差もあって、外見だけで「中年」と看做すことは必ずしも可能ではないし、そもそも
作中の表現での「五十代前半」が「中年」だということも筆者の個人的見解では疑わしい。
したがって、彼の目撃による推測的判断は誤りであり、彼女と男とは娘と養父という関係
4
加藤(2013:29)。
115
だと考えることができる。
このように考えるならば、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、そのまま
「蜂蜜パイ」の引用創造であって、多崎作が眠りから目覚め、木元沙羅に話を聴くと、結
果的に「光の中で愛する人をしっかりと抱きしめる」ことができて、沙羅は多崎作の光明
として存在したことになるのである。
3.暗闇としての沙羅
ところで、以上のような解釈を提示しながら、沙羅について、別の観点から考えてみた
い。ここで 2029 年ではなく、前述のように 2010 年だとすれば、名古屋から帰った推定 5
月 30 日(月)の夜に沙羅の携帯の留守番電話に連絡を入れ、返事を待ったが、結局、電話
は鳴らなかった。翌日の火曜の昼休みに彼女から電話が来て、名古屋での詳報のため彼女
に予定を尋ねた。
二人は待ち合わせの場所を決め、
会話を終えた。
携帯電話のスイッチを切ったあと、
胸に微かな異物感が残っていることに気がついた。
【中略】沙羅と話をする前にはなか
った感触だ。間違いなく。でもそれが何を意味しているのか、あるいはそもそも何か
を意味しているものなのか、うまく見定められなかった。/沙羅と交わした会話を頭
の中に、できるだけ正確に再現してみた。話の内容、彼女の声の印象、間合いの取り
方……そこに何
かいつもと違う点があるとは思えなかった[村上 2013:209/12]
。
名古屋から帰って直ちに連絡したのに翌日の昼まで連絡がなかったことに起因する違和
感に過ぎないのかもしれないが、彼が沙羅との会話で残った「微かな異物感」を分析して
も、それを解明することはできなかった。そして推定 6 月 3 日(木)の夜、二人は広尾の
「住宅街の奥まったところにある小さなビストロ」で食事をしながら、名古屋での経緯と
会話内容を話し合った。
この時、
「沙羅は東京のあちこちに、数多くの奥まった小さな飲食店を知っていた[村上
2013:216/12]
」と叙述されている。このような沙羅の知識については、既に「恵比寿の外
れにある小さなバー」
・
「彼女が知っている小さな日本料理の店[村上 2013:17/1]
」とあ
り、前者は明確ではないが、おそらく「彼女が知っている」店の一つと思われ、この 4 度
目のデートから 5 日後に彼が食事に誘うと 3 日後の土曜の夕刻を約束し、
「南青山のビルの
地下にあるフランス料理店(
「それも沙羅の知っている店」で「気取った店ではな」く、
「ワ
インも料理もそれほど高くな」くて、
「カジュアルなビストロに近い」店[村上 2013:100
/6]で食事をしている。さらに 5 日後の木曜日に沙羅が連絡してきて、
「七時から会食の
予定」なので食事はできないが、その前に「銀座」で話をしたい、と連絡が来たので、5
時半に銀座四丁目交差点近くの喫茶店で会うことになった。このように、恵比寿のバー、
小さな日本料理店、広尾のビストロ、銀座の喫茶店と僅か 4 店しか叙述されないが、主人
116
公がデートに誘っても会食の場を指定する場面はなく、
いずれも沙羅が指定した店であり、
このように彼女は確かに「東京のあちこちに、数多くの奥まった小さな飲食店を知ってい
た」のである。このことは彼女が「大手の旅行会社」で「海外パッケージ旅行のプランニ
ング」を専門とすることと無縁ではあるまいが、デートの際に彼女が店を選定する、とい
う点に疑問を感じないわけではない。とはいえ、この場合、彼女の知識の背景に前述の「中
年の男」の存在を想起することは容易である。この男が誰であるか、ということを 2010
年の話としては全く不明だが、そうした店を彼女に教えた、とすると、やはり主人公の推
測通り「恋人[村上 2013:333/18]
」なのであろう。それでは、この男の存在を窺わせる
叙述が他にあったであろうか?
そこで想起できるのが銀座四丁目での出来事である。
「遠くまで呼び出してごめんなさい」と沙羅は言った。
「たまには銀座に出て来るのもいい」とつくるは言った。
「ついでにどこかで一緒にゆ
っくり食事ができたらよかったんだけどね」
沙羅は唇をすぼめ、ため息をついた。
「そうできるとよかったんだけど、今日はビジ
ネス・ディナーがあるの。フランスから来た偉い人を懐石料理の店に招いて、接待し
なくちゃならない。気が張るし、料理を味わう余裕だってないし、こういうのは苦手
なんだけど」
彼女はたしかに普段以上に気を配った服装をしていた。仕立ての良いコーヒーブラ
ウンのスーツを着て、襟元につけたブローチの中心には小粒のダイアモンドが眩しく
光っていた。スカートは短く、その下にスーツと同色の、細かい模様の入ったストッ
キングが見えた[村上 2013:136/9]
。
この時の沙羅は「ビジネス・ディナー」のための服装、ということになっている。その
客は「フランスから来た偉い人」だが、食事は「懐石料理」である。この場合、フランス
人だから椅子席という可能性もあるだろう。しかし、
「懐石料理」なのだから、座敷と考え
るべきではないだろうか。座敷だとしたら、通常、正座をするのが常識である。正座とい
う座り方ならば、
「スカートは短く」あるべきではない。すなわち彼女の服装は、彼女の話
通りならば、決して相応しいとは言えないのである。なぜ彼女は VIP との会食に短いスカ
ートで臨むのであろうか?
そこで、この時の食事の相手が問題の「中年の男」だと考えれば、服装への疑義は解決
できる。相手が「表情」の中に「その年代のある種の男たちが身につけている、無駄のな
い物静かな余裕がうかがえ」るような男であり、その店が懐石料理であろうが、そうでな
かろうが、銀座での会食なのだから、
「普段以上に気を配った服装」であるのは言うまでも
ない。しかも「恋人」であればこそ「スカートは短く」てよい、ということになるだろう。
117
つまり、沙羅は別の男性と食事をする予定だったのであり、この時の会見で彼女は彼に
「巡礼」を提案したのだから、この日は二重の意味で重要な日になったわけである。すな
わち、彼女は 50 代前半の「中年の男」と交際しながら、同時に 2 歳年下の多崎作とも交際
していたのであり、その意味で多崎作にとっては言わば暗闇のような存在として機能して
いるのである。
4.両義性を持つ沙羅
このような話は珍しいことではない。もちろん彼女は「とりあえず片付けなくてはなら
ないことも、いくつかある[村上 2013:227/12]
」と語っており、
「私もあなたに対して正
直になりたいと思う[村上 2013:339/18]
」とも語っているから、彼が期待しているよう
に「もし沙羅がおれを選び、受け入れてくれる」可能性があることは確かである。それな
ら巻末で眠りについた彼が暗闇に取り残されることはあるまいが、しかし、ここで巻頭の
叙述を想起する必要がある。
つくるが実際に自殺を試みなかったのはあるいは、死への想いがあまりにも純粋で
強烈すぎて、それに見合う死の手段が、具体的な像を心中に結べなかったからかもし
れない。
【中略】あのとき死んでおけばよかったのかもしれない、と多崎つくるはよく
考える。そうすれば今ここにある世界は存在しなかったのだ。それは魅惑的なことに
思える。ここにある世界が存在せず、ここでリアリティーと見なされているものがリ
アルではなくなっ
てしまうこと。この世界にとって自分がもはや存在しないのと
同じ理由によって、自分にとってこの世界もまた存在しないこと[村上 2013:3‐4/1]
。
この叙述の際の「今」は二十歳の時の追放事件解決前だった、と考え、それが一応の解
決を見た結末以後であると看做すのが素直な読み方かもしれないが、この「今」を不明確
だとする指摘がある。
語る起点としての「今」はその後何度か繰り返されている。しかし、物語はその「今」
に到達しないのだ。
「今」が宙吊りになっている。だから、多崎つくるが「今」どうし
ているかもわからないし、シロが多崎つくるにレイプされたと色を名前に含む四人の
友人に「告白」し、それが原因で多崎つくるがある夏突然のけ者にされ、その後、シ
ロが絞殺された事件の真偽もわからないままなのである5。
この見解を利用して、さらに解釈を拡張すると、叙述の起点となる「今」は沙羅を失っ
た「今」ということになるのではないだろうか。つまり、彼女が彼を選ばず、
「中年の男」
のほうを選んでしまったならば、彼は絶望の中にいて、おそらく事実上、死んでいること
5
石原(2013:15)。
118
となる(
「いずれにせよもし明日、沙羅がおれを選ばなかったなら、おれは本当に死んでし
まうだろう、と彼は思う。現実的に死ぬか、あるいは比喩的に死ぬか、どちらにしてもた
いした変わりはない[村上 2013:368/19]
」
)
。だから、作品冒頭で、二十歳の時の追放事
件に際して自殺してしまっておけば、沙羅を失った絶望の中の「今ここにある世界」の中
で生きる必要はなかったのだ、と後悔しているのだ。
ゆえに沙羅は多崎作にとっての光明ではなく、ただし、作中世界の現在と過去を繋ぐ暗
闇のメディウムとして機能しているということはできるだろう。
このように、本稿では光明としての沙羅は多崎作を選び、彼の輝かしい未来を保証する
存在となったという解釈と、もう一つの暗闇としての沙羅は「中年の男」を選んで、多崎
作を捨てた、と解釈する未来の世界を想定した。
私見では、木元沙羅は「ギリシア語で毒と薬の両義性」を有するパルマコン6的存在とし
て『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という作品の中で明暗両義的に魅了さ
れる存在なのである。
依拠本文
村上春樹(2013)
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋。
参考文献
石原千秋(2013)
「
『今』を探す旅へ」
、
『村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡
礼の年』をどう読むか』
、河出書房新社編集部編、東京、河出書房新社。
今村仁司(1988)
「パルマコン(ファルマコン)
」
、
『現代思想を読む事典』
、講談社現代新書
921、東京、講談社。
加藤典洋(2013)
「一つの新しい徴候―村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼
の年』について、河出書房新社編集部編、東京、河出書房新社。
小森陽一(2013)
「村上春樹の最新長篇小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
論―『通過儀礼』を視座として―」
、曽秋桂・馬耀輝編、台北、致良出版社有限公司。
6
今村(1988:489)。
119
120
五、論文口頭發表大綱⑯
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』論
―「色彩を持たない」多崎つくると木元沙羅を中心に―
廖 育卿
淡江大学 助理教授
1. はじめに
村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』1(以下、『色彩』作)は、出版
された 2013 年 4 月以来、98.5 万部の売り上げにも上っている2。書名のとおり、
『色彩』
作は名字に色彩という要素が入っていない多崎つくるを中心に語っている物語である。
「色
彩を持つ」四人――アオ(青海悦夫)、アカ(赤松慶)、シロ(白根柚木)とクロ(黑埜恵理)――
は、
「色彩を持たない」多崎つくる(以下、多崎)との間に、
「正五角形が長さの等しい五辺
によって成立しているのと同じように」
(p.14)
「乱れなく調和する共同体みたいもの」
(p.20)ができていた。多崎が大学二年生になった夏休みに、突然に他の四人から絶交を
言い渡されたことによって、この「調和のとれた完璧な共同体」
(p.221)は、崩れてしま
った。それ以来、多崎は毎日死ぬことばかり考える辛い生活をしてきた。現在 36 歳の多崎
は、旅行会社に勤める 2 歳年上の木元沙羅(以下、沙羅)とは、恋人のような間柄である。
彼女のお勧めにより、多崎は 16 年間にわたった謎を解くための旅を始めた。
「色彩を持つ」四人の登場人物に対して、
「色彩を持たない」登場人物は多崎つくるは
もちろん、木元沙羅というヒロインも挙げられる。
「調和のとれた完璧な共同体」に属する
メンバーではないが、絶交と宣言された多崎にとっては、木元沙羅は五人グループから外
された過去に対面させ、未来に再び希望を持たせる重要な存在である。そして、たった 3
回のデートと 1 回のセックスだけの関係を持っている二人が、交際を続ける中で、彼女は
「何かしらの問題を心に抱えている」
(p.106)つくるに、二人の間に入っている「よく正
、、
体のわからない何か」
(p.106)
(傍点原文、以下同)を解明・解決しないと、二人の付き合い
、、
が深まることができないと宣言した。このように、その「何か」はきっと「調和のとれた
完璧な共同体」と深く結びづいているに違いない。
、、
ここで問わざるを得ないのは、この二人の関係を邪魔した「正体のわからない何か」は、
、、
いったいどのようなものだろうか。また、その「何か」の正体の解明は、多崎にどのよう
、、
に影響したのだろうか。そこで、本稿は「何か」の正体を解明するために、
「乱れなく調和
する共同体」が多崎つくるに与えた影響に着目し、多崎の生活に現れた木元沙羅が果たし
1
初出は 2013 年 4 月。文芸春秋によって出版された。
「オリコンは 12 月 2 日、ウェブ通販を含む全国書店 1,941 店舗からの売上データをもとに集計した「オリコ
ン 2013 年年間“本”ランキング」
(集計期間:2012 年 11 月 19 日~2013 年 11 月 17 日)を発表した。総合部門
にあたる BOOK 部門は、98.5 万部を売り上げた、村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
(今年 4 月発売・文藝春秋)が年間 1 位を獲得している。
」http://www.narinari.com/Nd/20131223941.html(2014
年 4 月 18 日閱覽)
121
2
た役割と、
「巡礼」の持つ意味を究明することを目的とする。考察手順としては、まず多崎
、、
、、
の女性遍歴から「何か」の正体を明らかにする。次に、
「何か」の正体と、沙羅の気掛かり
の「乱れなく調和する共同体」との関連性を考察しながら、多崎と沙羅の交際という視点
から「青春小説」3と見なされる『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』における「巡
礼」の意味を試みる。
、、
2. 多崎つくるの女性遍歴から見た「何か」
、、
交際相手である沙羅との間に存在していた「何か」の正体を探究するためには、まず多
崎の女性遍歴から見ていく。38 歳の木元沙羅に出会う前に、多崎は数名の女性と付き合う
ことがあった。
最初の相手は大学三年生の多崎が実習の職場で出会った 4 歳年上の女性で、
実は彼女が多崎と付き合っていると同時に、幼なじみの恋人もいた。大学卒業直前、故郷
の恋人と結婚することによって、彼女から二人の関係を絶たれたが、8 ヵ月程続ける関係
の中で、多崎が彼女に感じられたのは、
「穏やかな好意と健康的な肉欲」
(p.134)のみであ
る。
そして、沙羅に出会う 10 年ほどの間に、三人か四人かの女性と付き合った。どの場合
、、、、、、、、、、、、、、
も、
「それほど真剣には心を惹かれなかった女の人たちと、わりに長く真剣につきあってい
、
た」
(p.108)ことである。すなわち、沙羅まで付き合った女性のいずれに対しては、多崎
は「精神的抑制」の働きによって、
「意識的にせよ無意識的にせよ、相手とのあいだに適当
な距離を置くようにしていた」
(p.109)
。その原因は、
「誰かを真剣に愛するようになり、
必要とするようになり、そのあげくある日突然、何の前置きもなくその相手がどこかに姿
を消して、一人で後に取り残されること」
(p.109)と怯える多崎自身にあるのである。つ
まり、
「いつか捨てられるかどうかわからない」という不安感である。それと同時に、
「も
ともとが社交的なタイプ」
(p.21)でない多崎は、一度傷付かれた心を守るために他の人間
に不信感を抱くようになったのである。
むろん多崎自身はこの不安感と人間不信が内在化されたことに気付いていなかったが、
、、
多崎に出会った時点で既に彼の心に深く潜んでいるそれらに気付いた沙羅は、
「何か」と名
づけたのである。この「いつか捨てられるかどうか分からない」ことから生まれた不安感
は、16 年前に四人に絶交を言い渡される場合に類似しているのではないか。
絶交と言い渡された後の多崎は、絶大な疑惑に苦しんでいた。そのような苦しみにいた
自分について、多崎は以下のように述べている。
そんなとき彼は自分でありながら、自分ではなかった。多崎つくるでありながら、
多崎つくるではなかった。我慢できないほどの痛みを感じると、彼は自分の肉体を離
れた。そして少し離れた無痛の場所から、痛みに耐えている多崎つくるの姿を観察し
た。意識を強く集中すればそれは不可能なことではなかった。
3
重里徹也(2013)
『村上春樹で世界を読む』P.238
122
その感覚は今でもふとした機会に彼の中に蘇る。自分を離れること。自らの痛みを
他者のものとして眺めること。
(p.41)
(傍線部論者、以下同)
巨大な痛みと悲しみを乗り越えるために、多崎は自分の精神や魂を身体から離れ、苦し
んでいる自分の肉体を見つめていた。これはおそらく、一時的な麻痺によって、心の苦し
みを離脱させる行為を、多崎自身への自己治療と言えよう。換言すれば、多崎は、肉体を
〈他者〉
、精神的意識を〈われ〉
、という形のように分け、
「乱れなく調和する共同体」の崩
壊による苦痛を耐えながら、自己治療をしていたのである。
、、
3. 「乱れなく調和する共同体」から生まれた「何か」
言うまでもなく、多崎を苦しませたのは「乱れなく調和する共同体」である。しかし、
なぜこの「乱れなく調和する共同体」の崩壊が彼を莫大な苦痛に陥らせたのであろうか。
、、
また、沙羅が気になる「何か」との関連性も探究していく。
3.1 共同体による多崎の疎外感
グループ・共同体の結成には必ずいくつか、何らかの共通点を持っている。
「乱れなく調
和する共同体」にも例外はない。五人全員は「大都市郊外「中の上」クラスの家庭の子供
たちだった」
(p.8)
。五人の両親はいわゆる団塊の世代で、父親は専門職に就いているか、
あるいは一流企業に勤めていたことで、
母親はおおむね家にいたという点が共通している。
受験校に通っていた五人は成績のレベルも総じて高い。一見共通点が多く、親しいグルー
プになっているようであるが、実は彼らの間にある相違点はかなり多い。
ほぼ同じレベルの生活条件の下で育てられてきた五人グループに対して、名前に色彩を
持たない多崎は妙な「疎外感」を持っていた。それは「色とは無縁」
(p.8)ということだ
けだけではなく、彼の性格はカラフルな四人のようにはっきりしていなかった。多崎の性
格については、次の引用から分かる。
目立った個性や特質を持ち合わせないにもかかわらず、そして常に中庸を志向する
傾向があるにもかかわらず、周囲の人々とは少し違う、あまり普通とは言えない部分
が自分にある(らしい)
。そのような矛盾を含んだ自己認識は、少年時代から三十六歳
の現在に至るまで、人生のあちこちで彼に戸惑いと混乱をもたらすことになった。あ
るときには微妙に、あるときにはそれなりに深く強く。
」
(p.14)
多崎自身も気づいたように、自分の体には「あまり普通とは言えない部分」がある。そ
の部分は、
「乱れなく調和する共同体」
には違和感がある。
大学進学を決める時点になると、
その「疎外感」はさらに明らかに現れてきた。カラフルな四人が地元の名古屋に留まるこ
とに対し、多崎だけが東京に進学した。距離によって生まれた「疎外感」が拡大されない
ように、多崎は、手紙を書いたり、休みの時に実家に帰ったりして、共同体のバランスを
崩さないことを努めていた。
123
3.2「乱れなく調和する」必要条件
アオ、アカ、シロ、クロと多崎との間に構成された「乱れなく調和する共同体」には、
「可能な限り五人で一緒に行動しよう」
(p.20)というような、
「いくつかの無言の取り決
めがある」
(p.20)
。
「乱れなく調和する共同体」の特徴については、ここで重里徹也の論を
借りて説明していこう。
この五人の共同体の特長は三つあります。一つは、存続が自己目的化している共同
マ
マ
体であることです。組織を維持し続けることが最大の目的になっている。二つ目は、
つまずいた子供たちのためのボランティア活動の共同体ということです。つまり、
「正
しい」や「善意」にもとづいた共同体です。他人がなかなか批判しにくい共同体とい
ってもいい。三つ目はセックス抜きの共同体だということです。エコイズムを否定し
ているのだから、セックスは法度になる。グループ内で男女の対をつくることは、自
己抑制的に忌避されています。そういうタブーを持った共同体です。4(p.241)
「誰かと二人だけで何かをしたりするのは、できるだけ避け」
(p.20)るというふうに、
「乱れなく調和する共同体」には、口に出されないルールがある。つまり、五人グループ
内の異性の関係やさらなる小さいグループの存在が許されないという意味がこのルールに
包摂されているのである。グループ内の誰も口にされていなかったが、皆は「異性の関係
を持ち込まないように注意し、努めていた」
(p.22)というルールを意識的に守っていた。
よって、このような「暗黙の了解」は「乱れなく調和する共同体」を維持する必要条件と
なっていた。多崎自身もそれを当然のことだと思いながら、この「乱れなく調和する共同
体」自体が崩壊される寸前まで、この「暗黙の了解」
(=私情の持ち込み禁止)を守ってい
たのである。
なぜ多崎はこのようにルールを厳守していたかというと、名前には色彩を持たないこと
から生まれた、一種の差別感(彼自身からの)によったものからかもしれない。
「もともと
社交的なタイプ」ではない多崎の性格には、ある程度以上の安定性があるので、この「乱
れなく調和する共同体」のカラフルな四人にとっては、多崎は安心できる、ぴったりした
存在だと考えられる。しかし、思春期に際して、多崎の心はもちろん異性であるシロ、ク
ロに惹かれていた。異性と交際する欲望がその「暗黙の了解」に抑制されていたため、多
崎は彼女らのことを考えるときに、
「二人を一組にとして考えるようにしていた」
(p.22)
。
言い換えれば、多崎の心の奥には、個人の私欲を捨て、共同体の調和を優先にするという
意識が働いていた。その時の多崎にとって、性への関心より、
「乱れなく調和する共同体」
からの認可はなにより重要なのであろう。
4
重里徹也×三輪太郎(2013)
『村上春樹で世界を読む』
124
3.3 多崎の女性への性欲不在か
「乱れなく調和する共同体」の崩壊が多崎にもたらしたのは、ショック、混乱、疑惑な
どが混在した複雑な気持ちばかりであった。そして、多崎に「死ぬことだけを考え」させ
たのは、共同体の崩壊による価値観の転倒である。それは、前述した「暗黙の了解」から
切り離すことはできない。
36 歳の多崎が現在の交際相手である沙羅とセックスしたのは、わずか 1 回である。そし
て、初めて異性を求める性欲が現れたのは、
「乱れなく調和する共同体」に外された後で、
しかもある夜の夢の中である。それは決して異性への関心がないわけではなく、深層意識
では「乱れなく調和する共同体」への未練が残っていたのである。特に、夢の中で十六、
七歳の時のシロ、クロとセックスした場面は、指標的な出来事である。シロとクロとの性
夢は、思春期の多崎は「乱れなく調和する共同体」の女性に好感を持っている事実を示し
ているのに違いない。それと同時に、彼の異性への関心が共同体の価値観に抑制されるこ
とを露呈している。にもかかわらず、性夢5を見たのは、多崎がそれまで動かされない信念
に挑んでいる象徴である。
ところが、
「乱れなく調和する共同体」の四人の友達から突然交際を絶たれた時点から、
共同体と共存する価値観も変化が起ってしまった。その内実を知らない多崎であるが、三
輪太郎は『村上春樹で世界を読む』
(2013)で次の見方を示している。
五人組の共同体は乱れなく調和を保っているような外観をとりつつも、内実はボロボロ
だった。調和を維持するためのルール・ナンバー・ワンは、私情を持ち込むな、です。に
もかかわらず、こっそり私情を持ち込んでいた。最初はクロ。
(中略)クロが多崎に懸想す
ることが、クロと一心同体であるはずのシロの嫉妬を掻きたて、シロはクロと多崎の関係
を遮断しようとする。
(p.268)
三輪の論点を踏まえてみれば、その内実を知らない多崎は、これまで一途に見守ってき
た「ルール・ナンバー・ワン」への固い信念が動揺することもありうる。そして、しっか
りとルールを守っているのに、このようなひどい目に遭わせたことは、そもそも多崎を理
解不能の状態に陥らせているのに違いない。
また、
このような価値観の転倒や混乱などは、
さらに多崎が自己不信の境地に押し付けると言っても無理はなかろう。このように、
「乱れ
なく調和する共同体」の崩壊を境にし、共同体の調和維持に対する多崎の立場から激しい
変化が見られる。
従って、
「乱れなく調和する共同体」から疎外された孤絶感に対抗するために、多崎の
自分自身への信頼感覚の喪失は、彼の精神と身体を二分化した。それは、多崎なりの自己
治療法であろう。よく回復すればするほど、自体への自己感覚の能力喪失と彼自身に対す
る不信感が深まっていった。そのため、このような「自己不信
5
『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』
(2013)p.117、p.128。
125
自己治療」という悪循
、、
環が繰り返した結果、沙羅が言葉にできない「何か」に収束してしまったのである。そし
、、
て、この「何か」は、多崎と沙羅との間の壁になってしまったのである。
4. 「色彩を持たない」多崎と沙羅における「巡礼」の意味
多崎は深い心の傷を抱いたまま、16 年間生きてきた。これまで封印されていた「乱れな
く調和する共同体」への記憶が、沙羅に喚起された。二人の関係を先に進めるには、二人
、、
の間に挟んだ「乱れなく調和する共同体」から生まれた「何か」をまず解決しなければな
、、
らない、と沙羅が主張した。そのため、多崎は「何か」の生成の原因を追求し、禁錮され
た過去の思い出から解放されたのである。
4.1 沙羅の役割
では、多崎を「自己不信
自己治療」という悪循環から救出したのは、なぜ沙羅でな
ければならないのあろうか。
沙羅の「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしかっり沈めたとしても、
それがもたらした歴史を消すことはできない」
(p.40)という一言で、多崎は過去の謎を解
く旅を始めた。それ以来、終始多崎の側で支えている沙羅は彼にとって、心に抱えた問題
について相談できる親友でもあれば、心から信頼できる導き手でもある存在だと捉えてよ
かろう。そして、このような安心感は、これまでの交際相手が多崎にくれないものである。
多崎は沙羅の支援を得て、フィンランドへの旅を立つ数日前に、彼女が他の男と「手を
繋いで通りを歩いている」
(p.241)という衝撃的な場面を目撃した。これは、疑いようも
なく二人の信頼感への裏切りである。その時の多崎が「感じている心の痛みは嫉妬のもた
らすものではな」
(p.242)
く、
「沙羅がそのとき心から嬉しそうな顔をしていたこと」
(p.243)
である。沙羅は多崎との将来に自信がないので、他の男性と同時に付き合うことになった
かもしれないが、
多崎が気になるのは彼女本人のみで、
心も体も全て沙羅に惹かれている。
なぜなら、彼女がそばにいるだけで、多少多崎が自己感覚の能力を少しずつ取り戻してく
るからである。沙羅は多崎自身の過去を対面させる勇気を与えてくれた相手だからこそ、
どこかに消えていた真の自己感覚が徐々に蘇ってきたのである。このように、沙羅は多崎
にとって、
肉体の安心感をもたらすだけではなく、
心のオアシスとも言える存在であろう。
4.2 多崎と沙羅にとっての「巡礼」の意味
多崎の「巡礼」は、二人にとってどのような意味を持っているのであろう。沙羅は精神
的に、物質的に多崎の強い後ろ盾であり、彼には欠かせない存在である。多崎との付き合
いに行き詰まり悩んでいた彼女には、
もう一人の付き合っている相手がいるかもしれない。
にもかかわらず、二人の間の戸惑いを感じた彼女は、きっと多崎との将来を考えており、
多崎の帰国と精神的成長を待ち望んでいるのでしあろう。
多崎の場合は、まず挙げられるのは、正直に過去のことを正視できたころである。また
それによって、一度消えてしまった自己感覚の能力を取り戻すことができた。嫉妬の世界
に「幽閉されていることを知る者は、この世界に誰一人いない。もちろん出ていこうと本
人が決心さえすれば、
そこから出ていける。
その牢獄は彼の心の中にあるのだから。
」
(p.48)
126
6
と、多崎自身が述べた。多崎は嫉妬がもたらした辛さに打ち勝ち、
「君のことが好きだし、
君をほしいと思っている」
(p.345、p.346)と、作品の結末に三回も強調し、自分の本当の
気持ちを沙羅に打ち明けた。それで、自分の感覚を隠さずに、そしてそれを信じ込んだ多
崎が持つ勇気こそ、過去に囚われた囹圄から抜け出す鍵だと思われる。この鍵は言うまで
もなく、沙羅が与えたのである。
この「巡礼」は多崎にとって、過去を振り返ったり、謎を解明したりした重要な変わり
目でもあれば、沙羅との二人の現在と将来を見直す絶好な機会でもある。つまり、
「乱れな
く調和する共同体」に関する思い出の巡礼は、多崎と沙羅の関係が深まる巡礼である。そ
の意味は、以下の引用から窺える。
人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によっ
て深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているの
だ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失
を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。
」
(p.307)
多崎が求めているのは、共同体だけではなく、個人の内的な調和である。一度沙羅の裏
切りの場面を目撃した多崎は、
「痛切な喪失」を通り抜けたうえで、沙羅の全てを受け入れ
るようになったのではないか。端的に言えば、彼女のまなざしを通して、多崎は共同体に
よって苦しんできた諸々を乗り越えたのだけではなく、彼女の裏切りによって彼の中にあ
る調和を獲得できたのである。
それで、
多崎は沙羅との穏やかな関係を築くことによって、
二人なりの「乱れなく調和する共同体」を「創る」7ことに向っている。過去からの再生と
今後の人生の再開という面から見れば、
「巡礼」が持つ意味はいっそう深まったのではない
か。それで、この点から強いて言えば、
「色彩を持たない」と思われる多崎つくると木元沙
羅は、実は自らの色彩を持っているのである。それは、生命力に満ちている森林が持つ「緑
色」だと考えられよう。
5. おわりに
、
本研究では、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に関する「何
、
か」の正体を検討しながら、
「色彩を持たない」多崎つくると木元沙羅における「巡礼」の
6
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
(2013)
「嫉妬とは――つくるが夢の中で理解したところで
は――世界で最も絶望的な牢獄だった。なぜならそれは囚人が自らを閉じ込められた牢獄であるからだ。誰か
に力尽くで入れられたわけではない。自らそこに入り、内側から鍵をかけ、その鍵を自ら鉄格子の外に投げ捨
てたのだ。そして彼がそこに幽閉されていることを知る者は、この世界に誰一人いない。もちろん出ていこう
と本人が決心さえすれば、そこから出ていける。その牢獄は彼の心の中にあるのだから。しかしその決心がで
きない。彼の心は石壁のように硬くなっている。それこそがまさに嫉妬の本質なのだ。
」
(p.48)
7
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
(2013)
「
「つくる」という名前にあてる漢字を「創」にする
か「作」にするかでは、父親はずいぶん迷ったらしい。同じ読みでも字によってそのたたずまいは大きく違っ
てくる。
」
(p.59)
「
『創』みたいな名前を与えられると、人生の荷がいささか重くなるんじゃないかとお父さん
、、、
は言っていた。
『作』の方が同じつくるでも、本人は気楽でいいだろうって。
」
(p.59-60)
127
意味について考察してきた。その結果を改めて整理すれば、次のようである。
、、
まず、沙羅が言及した「何か」は、かつての「乱れなく調和する共同体」を維持するた
めの「暗黙の了解」であり、私情を抜けること(=「禁欲」
)に由来しているのである。そ
して、この「暗黙の了解」が正当化され、メンバー全員がそのルールを守っていた。一見
共同体のバランスが取れていたように見えるが、実はシロがクロへの嫉妬に掻き立てられ
ることで、最後共同体を崩壊させることに至った。その一方、内実を知らなかった多崎は
これまで信じ込んだルールに裏切られ、彼の中にある価値観が混乱になり、自己不信の境
地に追い込まれてしまった。所詮、多崎は自分の精神を肉体から離脱させることによって、
「乱れなく調和する共同体」の崩壊による痛みを抑えて、自己治療をしていた。それは、
多崎自身なりの治療法とも言えよう。このような「自己不信
自己治療」という循環か
、、
ら生まれたのは、沙羅が感じていた「何か」に変貌してしまったものである。
また、これまで心に埋められた過去の疑惑の解明によって、多崎つくるは「乱れなく調
和する共同体」から解放されたのである。それゆえ、自己感覚の取り戻しのおかげで、沙
羅への思いが生々しく感じられ、彼女に赤裸々に伝えられたのである。このように、五人
の青春時代に持っていた共同体の崩壊をめぐる「巡礼」は、沙羅との二人の関係を見直す
「巡礼」とも言えよう。過去からの再生と今後の人生の再開という視点から見てくれば、
「色彩を持たない」と思われる多崎つくると木元沙羅が持つ色彩は、生命力に満ちている
「緑色」だと言ってよかろう。
【テキスト】村上春樹(2013)
『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』
、文芸春秋
【参考文献】河出書房新社編集部編(2013)
『村上春樹『色彩を持たない多崎つくると彼の
巡礼の年』をどう読むか』
、河出書房新社
重里徹也×三輪太郎(2013)
『村上春樹で世界を読む』
、祥伝社
頼明珠譯(2013)
『沒有色彩的多崎作 和他的巡禮之年』
、時報出版
河合俊雄(2011)
『村上春樹の「物語」―夢テキストとして読み解く―』
、新
潮社
128
海
報
發
表
128
128
六、論文壁報發表大綱①
『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」
―メディウムの井戸を手がかりにして―
劉 于涵
淡江大学 修士 3 年生
1.はじめに
『ねじまき鳥クロニクル』は、
「第 1 部 泥棒かささぎ編」
(1992 年 10 月-1993 年 8 月
『新潮』にて連載)
、
「第 2 部 予言する鳥編」
(1994 年)
、
「第 3 部 鳥刺し男編」
(1995
年)1の 3 部によって構成された長編小説であり、第 3 部が出版するまで、4 年半の歳月も
費やされている。村上春樹の大作の一つとも言える『ねじまき鳥クロニクル』は、名を岡
田亨2とした語り手の「僕」と妻のクミコ3との日常生活から展開されていき、間宮中尉と
赤坂ナツメグが語ったノモンハン事変などの複数のエピソードを踏まえて構成されている。
確かに、村上春樹文学の文脈において『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」を考
察してみると、宮脇俊文の指摘のように、
『ねじまき鳥クロニクル』は、
「現実の転換を作
品に描き出している」4作品だと言ってもよい。ここで転換した「現実」とは、
「テクノロ
ジーによって新たなタイプの現実」5を意味し、
「再生が無限に可能となっている」6ように
捉えられよう。それによって、
『ねじまき鳥クロニクル』では、
「現実の中にさらに無限の
現実が存在していることを知った主人公が喪失感に苛まれる」7とともに、
「主人公はさら
に深いところへ降りていき、何か失われたのかを模索しなければならない。井戸の底に降
りていくことは、つまり、自身の意識の中に入り込むことなのである」8と論述されている。
言い換えれば、
『ねじまき鳥クロニクル』に見せた「現実」は、
「再生」という新たな可
能性を備えている一方で、
井戸を通して意識との繋がりが重要視すべきだと論述できよう。
この論説において考えれば、意識によって「現実」を立て直した『ねじまき鳥クロニクル』
は、作品に描かれた「現実」への読み方も改めて見直すべきである。その上、井戸を通し
て意識と結びつけた「現実」は、
『ねじまき鳥クロニクル』を考察する際に、考えなければ
ならないのであろう。
本発表は、村上春樹文学における「現実」の系譜をテーマに書こうとした修士論文の一
1
紙幅の関係で、以下は、第 1 部を「Ⅰ」
、第 2 部を「Ⅱ」
、第 3 部を「Ⅲ」で表記する。
先行研究では、主人公の名前を「岡田亨」や「岡田トオル」のように表記されているが、本発表でテキスト
に従い、
「岡田亨」で統一し、
「僕」と称する。
3
先行研究では、
「僕」の妻の名前を「久美子」や「クミコ」のように表記されているが、本発表でテキスト
に従い、クミコを統一に称する。
4
宮脇俊文(2006)
「村上春樹は SF 作家である」
『村上春樹ワンダーランド』いそっぶ社 p58
5
宮脇俊文(2006)同前掲書 p58
6
宮脇俊文(2006)同前掲書 p58
7
宮脇俊文(2006)同前掲書 p63
8
宮脇俊文(2006)同前掲書 p63
129
2
環として、
『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」への究明を目的としたものである。
研究手順として、まず、間宮中尉の井戸体験に注目し、
「僕」が反復した体験を比較しなが
ら考察する。それから、
「僕」が言った井戸で肉体と意識が分離できるプロセスによって、
井戸を辿った「現実」を解明する。最後に、
『ねじまき鳥クロニクル』における「現実」を
究明して解きたい。
2.反復された井戸体験から見て
笠原メイの案内で、
「僕」は宮脇の空き家にある「水がない井戸」
」
(Ⅰp105)を始めて
知った。本田から井戸の話を聞いた「僕」は、井戸によって「圧倒的な無感覚」
(Ⅰp104)
が感じられ、
「下に行くべきときには、いちばん深い井戸をみつけてその底に下りればよろ
しい」
(Ⅰp84)と連想された。それに、
「僕」の観察によると、空き家にある井戸は、
「ま
わりにある他のものたちよりはずっと古い時代に作られたものであるらしい」
(p104)よう
に見られる。その一方、亡くなった本田に頼まれた間宮中尉は、
「空っぽの箱」
(Ⅰp257)
を「僕」に渡すため東京に行き、ノモンハン事件を言及した。特殊任務で本田と知り合い
になった間宮中尉は、本田に「日本で死なれます」
(p225)と予言されたが、蒙古兵に捕ま
れた。本田の話に対して半信半疑と思った間宮中尉は、蒙古兵が銃で「撃たれる」
(Ⅰp244)
と、深い井戸に「飛び込む」
(Ⅰp244)という要求の間に、後者を選んだ。深い井戸に飛び
込んだ奇遇によって、間宮中尉は、
「私は何度も、自分が井戸の底で生きたまま朽ち果てて
いく夢を見ました。ときにはそれが本当の現実で、こうしている私の人生の方が夢なので
はないかと思いました」
(Ⅰp256)と「僕」に説明した。それによって、クミコが失踪した
後、
「僕」は、
「僕にはやらなくてはならないことがあるのだ」
(Ⅱp323)と気づき、井戸に
降りることにする。言うまでもなく、
『ねじまき鳥クロニクル』における井戸というと、
「僕」
の日常生活と関わっている空き家の井戸と、間宮中尉の回想によって語られた井戸との関
連性を注目しなければならないであろう。
実際、
『ねじまき鳥クロニクル』では、井戸に入ることがある人物は、
「僕」以外に、間
宮中尉と加納クレタという 2 人がいる。
ともあれ、
井戸に入ったことがある加納クレタは、
井戸に入る体験を語ったことがないため、本発表では、加納クレタを譲り、間宮中尉と「僕」
の体験を中心に考察する。まずは、間宮中尉の井戸体験を触れておきたい。それを図 1 の
ように示す。
図 1 間宮中尉の井戸体験について
130
図 1 に示したように、井戸に飛び込んだ間宮中尉は、地面に当たるまでに「長い時間」
(Ⅱp244)をかけて、遠い故郷のことを思い出した。井戸に飛び込んだことに対して、間
宮中尉は、
「それは私の目には何かしらひどく非現実的なものに見えました。それはまるで
麻薬を飲んだとき起こる幻覚のように私に感じられました。でもそれは現実でした」
(Ⅰ
p245)ように気がした。言わば、間宮中尉によると、井戸に飛び込んだことは、
「非現実的」
(Ⅰp245)な「現実」なのである。長い時間につれ、怪我をした間宮中尉は、
「深い暗闇」
(Ⅰp245)で「意識と肉体がうまく結びついていない」
(Ⅰp246)と気づき、
「孤独」
(Ⅰp246)
と「絶望」
(Ⅰp246)をも感じられた。その時点で、間宮中尉の語りによると、
「時折風の
音が聞こえました。風が地表を吹き渡るときに、井戸の入り口で不思議な音を立てるので
す(中略)そのどこか遠くの世界とここの世界とが、細い穴でつながっていて、その声が
こちらに聞こえてくるので」
(Ⅱp247)ある。それによって、井戸の「深い暗闇」
(Ⅰp245)
にいる間宮中尉は、
「遠くの世界」
(Ⅱp247)と「ここの世界」
(Ⅱp247)の存在を感じるよ
うになった。
しかし、闇の中にいる間宮中尉は、それからの井戸に射しこんだ「太陽の光」
(Ⅰp248)
によって、
「痛みさえもが、その太陽の光に祝福された」
(Ⅰp248)ように感じ、無意識の
うちには「その太陽の光」
(Ⅰp248)の到来を待っている。その上、再び射し込んだ「太陽
の光」
(Ⅰp248)を通して、間宮中尉は「この見事な光の至福の中でなら死んでもいい」
(Ⅰ
p250)と感じ、本田に救い出されても、
「私はあの井戸の底の、一日のうちに十秒か十五秒
だけ射しこんでくる強烈な光の中で、生命の核のようなものをすっかり焼きつくしてしま
ったような気がするのです」
(Ⅰp255)と確信してきた。そこから見ると、間宮中尉は井戸
を通して、
「太陽の光」
(Ⅰp248)に「遠くの世界」
(Ⅱp247)と「ここの世界」
(Ⅱp247)
との間に引いている境界線を感じた上で、井戸から救い出されても、井戸の「ここの世界」
(Ⅱp247)に「私の中のある何かはもう既に死んでいた」
(Ⅰp255)ように思われる。そこ
から見ると、
「ここの世界」
(Ⅱp247)はまさに井戸を通して入られた「あちら側」であろ
う。それに反して、
「遠くの世界」
(Ⅱp247)は恐らく元の「こちら側」だと推測できよう。
では、間宮中尉の体験は「僕」と関わりを見てみよう。川村湊は、
「
『ねじまき鳥』で〈間
宮中尉〉が涸れた井戸の中へ飛び込ませるという場面がある。この“井戸の底でうずくま
る”というこを、
『ねじまき鳥』の主人公である〈僕〉
(=岡田トオル)が反復することに
よって、半世紀以上前のノモンハンでの事件と、今の〈僕〉の物語とが連係していること
が暗示される」9と論述している。一言で言えば、
「僕」は空き家の家にある井戸を通して、
間宮中尉の井戸体験を反復しようとすると思われよう。確かに、物語を読んで「僕」の井
戸の初体験に注目すれば、間宮中尉の体験と通じ合うところが少なくない。以下は、
「僕」
の井戸の初体験を中心に考察し、それを図 2 のように示す。
9
川村湊(1999)
「ハルハ河に架かる橋―現代史としての物語―」
『村上春樹スタディーズ 04』若草書房 p33
131
図 2「僕」の井戸の初体験について
図 2 に示したように、
「僕」の井戸の初体験では、間宮中尉と同じように、
「僕」は井戸
に入ってから、
「闇」
(Ⅱp330)で昔の記憶を思い出しつつある。そして、
「現実について考
えるには、現実からなるべく多く離れた方がいいように」
(Ⅱp344)と考えた「僕」は、不
意に意識で加納クレタと交わった 208 号室に入った。しかし、慌てて電話の女に「壁抜け」
させられ、気づいたら「壁のこちら側に――深い井戸の底に」
(Ⅱp367)いた。
それに関して、沼野充義は『ねじまき鳥クロニクル』における井戸について、
「井戸の
モチーフはまた、作品テキスト全体にしかけられた「
(目に見える)表層」対「
(隠された)
深層」という対立を構造的に支える要になっている」10と主張し、
「特に主人公とその妻の
関係の中で次第にはっきりと形をとっていくのは、表層の戯れに過ぎないものと見えてい
た一番身近な世界の中に、測り知れない闇(深み)がじつは秘められているのだという発
見である」11と論述している。言わば、沼野充義の説によると、
『ねじまき鳥クロニクル』
では、井戸を通して浮上されたのは、
「僕」が回想したクミコとの結婚生活という「表層」
の一面が備えている一方で、
〈電話の女=クミコ〉と繋がっている闇の「深層」という一面
も含まれている。ここで触れた「深層」とは、沼野充義は「正確なこと、本当のこと」12だ
と指し、クミコが「人間が抱えていた闇の深さ」13を意味している。とはいえ、このよう
な「人間が抱えていた闇の深さ」は、クミコの「あちら側」の自分に潜んでいるものであ
り、クミコが思った「現実」として存在している。
10
沼野充義(1999)
「村上春樹は世界の「いま」に立ち向かう-『ねじまき鳥クロニクル』を読み解く」
『村
上春樹スタディーズ 04』若草書房 p21
11
沼野充義(1999)同前掲書 p21
12
沼野充義(1999)同前掲書 p21
13
沼野充義(1999)同前掲書 p22
132
それに関連して、鈴木智之の指摘では、
「井戸の底に広がる「闇」は、
「僕」の意識を現
在への配慮から解放し、過去へと集中させる実験室として機能する」14と提出されている。
その論点において考えれば、
「僕」が言ったように、クミコを探し求めるには、井戸へ降り
ることが「僕にはやらなくてはならないことがあるのだ」
(Ⅱp323)と呼応できよう。その
上、鈴木智之は、
「
「僕」は、二人がその何かを「封印」し、
「忘却」することで、新しい「自
分」に生まれ変わろうとしていた、という認識を得る」15ため、
「新しい現実」16を創出し
ようとしてきたと論じている。すなわち、
「僕」は井戸の初体験を通して、
「こちら側」を
属した過去の記憶を呼び出されたため、
「あちら側」のクミコに対面するようになったと考
えられよう。そこから敷衍して説明すれば、
「僕」は井戸を通して、クミコとの結婚生活の
「こちら側」の「表層」だけではなく、クミコの「あちら側」の自分に潜んでいる「深層」
を結びつけるようになったと言ってもよかろう。よって、井戸は「僕」に「こちら側」と
「あちら側」の「現実」を意識させたメディウムだと考えてもよかろう。
それだけではなく、
「僕」は井戸での「暗闇」で自分の意識と肉体との変化について、
「僕
の肉体は、水の流れにさらわれていく砂のように、少しずつその密度と重さをなくしてい
った。まるで僕の中で無言の熾烈な綱引きのようにことが行われていて、僕の意識が少し
ずつ僕の肉体を自分の領域に引きずり込みつつあるようだった」
(Ⅱp344)と語っている。
それは、間宮中尉が「意識と肉体がうまく結びついていない」
(Ⅰp246)と言った体験と類
似していると窺えよう。そこで、
「僕」と間宮中尉の体験を合わせてみると、井戸に入って
から、意識が肉体との分離は通じ合うところであろう。そこで、次に、
「僕」が語った肉体
と意識が分離できるプロセスに注目し、井戸を辿った「現実」を究明したい。
3.井戸を通して辿った「現実」
「僕」は井戸を通して感じた肉体と意識が分離できたプロセスを触れ、
「現実」との関
係について、以下のように語っている。
肉体などというものは結局のところ、意識を中に収めるために用意された、ただの
かりそめの殻に過ぎない(中略)その肉体を合成している染色体の記号が並べかえら
れてしまえば、僕は今度は前と違った肉体に入ることになるのだろう。
(中略)僕ら(加
納クレタとの性交を指す・論者注)は意識で交わり、現実の中に射精することだってでき
る。
(中略)意識について考えるのはもうやめよう。
(中略)肉体が属している現実の
世界について考えよう。そのために僕はここ(井戸を指す・論者注)にやってきた。
現実について考えるために。現実について考えるには、現実からなるべく多く離れた
方がいいように僕には思えたのだ。
(Ⅱp344)
14
鈴木智之(2009)
「他者の同一性=正体をめぐる物語」
『村上春樹と物語の条件 『ノルウェイの森』から
『ねじまき鳥クロニクル』へ』青弓社 p162
15
鈴木智之(2009)同前掲書 p169
16
鈴木智之(2009)同前掲書 p169
133
下線の如く、
「僕」は井戸を通して、加納クレタが言った「僕」と交わる時感じた肉体と
意識のという分離を理解してきた。
それによって、
「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)
を考え直そうとする「僕」は、クミコとの結婚生活を考えつつある。簡単に言えば、
「僕」
の解釈によると、
「深い暗闇の中ではいろん奇妙なことが可能になる」
(Ⅱp344)井戸では、
肉体と意識との分離を感じられる。だからこそ、このように肉体が分離できる井戸は、必
ずしも「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)を属していないだ確信している。よって、
「僕」が「現実について考えるには、現実からなるべく多く離れた方がいい」
(Ⅱp344)と
強調した。と同時に、
「奇妙なことが可能になる」
(Ⅱp344)井戸は、あくまで「肉体が属
している現実の世界」
(Ⅱp344)と隔絶した空間として使われている。そのため、井戸を通
して、
「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)に専念することができると信じている。
それに加えて、鈴木智之は、
「
「体から自由な意識」の出現は、限られた状況―例えば「井
戸」―のなかでだけ語られる」17と示唆している。つまり、
『ねじまき鳥クロニクル』では、
肉体と意識が分離できる空間は、
「奇妙なことが可能になる」
(Ⅱp344)井戸しか限られな
い。その点において解釈すると、
『ねじまき鳥クロニクル』における井戸の重要性は、
「現
実」との関わりによって一層明らかになったと分析できよう。
よって、井戸を辿った「現実」は、
「僕」が再び 208 号室に入ろうとする場面を通して
一層明らかになるのである。実際、クミコを探し出すために「二度とその世界に帰りつく」
(Ⅲp86)と思い続けている「僕」は、井戸の初体験以後、何回も井戸に降りた。
「僕」が
語ったように、井戸を通して、
「その世界に帰りつ」
(Ⅲp86)いている途中で、
「現実感が
次第に薄れ、それにかわって井戸の親密さが僕を包んだいく」
(Ⅲp86)ように感じられる。
その時点で、肉体と意識が分離した「僕」は、意識が「違うスピードの現実に乗り移ろう
とする」
(Ⅲp88)ようになる。その間に、
「少しずつそこに繋がりのある現実が形作られて
いく」
(Ⅲp89)ように気がしたが、
「鋭いノックの音が鳴く」
(Ⅲp89-90)ため、
「僕は再び
僕の肉体の中の僕であり、深い井戸の底に座っている。壁にもたれ、手はバットを握りし
めている。像が次第に焦点を結ぶように、こちら側の世界の感触が手のひらに戻ってくる」
(Ⅲp90)
。
このように、上述した意識が肉体と分離したプロセスは、
「僕」が井戸を通して「こち
ら側」という「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)から、
「あちら側」へ移していく
プロセスであろう。そして、
「その肉体を合成している染色体の記号が並べかえられてしま
えば、
僕は今度は前と違った肉体に入ることになるのだろう」
(Ⅱp344)
と説明された通り、
意識は「違った肉体に入ることになる」
(Ⅱp344)ように、肉体から分離する。具体的に言
うと、井戸の暗闇で、
「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)に感じられた「現実感が
次第に薄れ」
(Ⅲp86)るようになった「僕」は、分離した意識が「あちら側」の「違うス
ピードの現実」
(Ⅲp88)に乗り移ろうとしていると同時に、
「少しずつそこに繋がりのある
17
鈴木智之(2009)同前掲書 p202
134
現実が形作られていく」
(Ⅲp89)ように感じられる。言い換えれば、このプロセスが上手
く行けば、
「僕」は「違うスピードの現実」
(Ⅲp88)にある「あちら側」に入られると推測
できよう。しかし、分離した意識は、
「あちら側」から「鋭いノックの音」
(Ⅲp89-90)に
よって遮断されたため、
「僕」が「こちら側の世界の感触」
(Ⅲp90)を感じられると同時に、
肉体と再び結び付けられ、
「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)に戻り、結局失敗で
あった。
そこから考えると、
「僕」は「こちら側」から「あちら側」へ移していくプロセスによ
って、
「現実」をより一層理解しあうようになったのであろう。その上、
「こちら側」は「肉
体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)である一方で、
「あちら側」は意識によって通じら
れた「違うスピードの現実」
(Ⅲp88)にある世界だと立論できよう。ここで「僕」が井戸
に入る必要性と結びつけられよう。和田博文は井戸の必要性について、
「可視的な現実世界
を遮断する」18と提示し、
「もしも地上で目の機能を遮断するなら、他の身体器官の機能が
捉える現実が前景化するだろう。それは世界イメージの修正を意味する」19と示唆してい
る。確かに、
「僕」が笠原メイに説明したように、井戸に閉じこもることが、
「べつに現実
から逃げだして隠れているじゃないんだ。前に言ったように、一人になって静かに集中し
てものを考えることのできる場所が必要だった」
(Ⅱp387)
。簡単に言えば、クミコとの結
婚生活という「肉体が属している現実の世界」
(Ⅱp344)を理解しようとするため、
「こち
ら側」の肉体への遮断を求めようとする。と同時に、
「違うスピードの現実」
(Ⅲp88)にあ
る「あちら側」を考え直すことができる。
とはいっても、意識と肉体がうまく分離した「僕」は、
「たまたま夢というかたちを取
っている何か」
(Ⅱp358)によって、クミコが閉じこまれた「あちら側」に入った。
「僕」
は電話の女と会話している途中で、
「ノック」
(Ⅱp366)を聞いた電話の女に「引かれるま
ま暗闇の中を進んだ」
(Ⅱp366)
。それによって、壁抜けで 208 号室から出た「僕」は、壁
の「こちら側」の井戸に戻ったと気づいた時点で、208 号室の「あちら側」という存在を
確認できた。中村三春は、
「僕」が体験する壁ぬけについて、以下のように分析している。
『ねじまき鳥クロニクル』の場合には、はるか爆発的に拡充し転成を遂げている。
その基底にあるのが、この現実世界と、井戸の底で「僕」が体験する<壁抜け>の先に
現れた、ホテルの 208 室に擬縮された異世界とのパラレル・ワールドであることは確
かだろう。だが、そのパラレル・ワールドと越境の体験は、時空を異にする多数の物
語に共通に秘められたメカニズムであり、さらにその異世界での出来事は、迂遠な形
で、しかし明瞭に現実世界と連続し、その仕方で現実世界の構築に寄与する20
18
和田博文(1998)
「
『ねじまき鳥クロニクル』のコード 「身体」としての個人」
『國文學:解釈と教材の研究
特集 ハイパーテクスト・村上春樹』43 巻 3 号學燈社 p120
19
和田博文(1998)同前掲書 p120
20
中村三春(1998)同前掲書 p109
135
中村三春が分析した通り、
「僕」が体験した壁ぬけを通して、作品の基底とした「パラ
レル・ワールド」は明確的に浮かんできた。と同時に、
「僕」が右の頬の上に激しい熱を感
じることから見ると、
「僕」が 208 号室に行ったという「あちら側」の「現実」は確かに存
在している。それによって、
「こちら側」の「肉体が属している現実」
(Ⅱp344)にせよ、
「あちら側」の 208 号室にあるホテルの「現実」にせよ、両方とも通時的に存在している
とも言える一方で、その間には互いに影響しつつあると窺えよう。
故に、加納クレタに救い出された「僕」は、
「井戸の中にいた何日かのあいだに、それ
までにあった現実を別の現実が押し退けてそのまま居すわってしまったみたいな違和感が
あった。それは井戸を出て家に戻ったときからずっと心の底で感じつづけていたことだっ
た」
(Ⅱp422)と感じるようになった。ここで「僕」が言った「それまでにあった現実」
(Ⅱ
p422)とは、確かに「こちら側」の「現実」であり、208 室に入った「あちら側」の「現
実」によって、
「別の現実」
(Ⅱp422)として感じられ、その間に違和感が生じるようにな
ったと論述できよう。
4.おわりに
本発表の考察の通り、
「現実」に対して混乱を感じた「僕」は、
「現実」を更なる認識す
るために井戸に降り、肉体と意識との分離によって「現実」を把握してきた。それに基づ
き、間宮中尉の井戸体験との共通性を糸口にして、井戸を辿った「現実」を考察してきた。
つまり、亡き本田に頼まれて会いに来た間宮中尉を通して、ノモンハン事件と繋がって
いる過去を引き継いだ「僕」は、間宮中尉の井戸体験を反復した上で、
「現実について考え
るには、現実からなるべく多く離れた方がいい」
(Ⅱp344)と明白してきた。その上、
「僕」
は井戸の暗闇によって、
肉体と意識の分離ができたと同時に、
「現実」
を考え直そうとする。
言わば、
「僕」はクミコとの結婚生活への回想によって、
「あちら側」へ前に一歩を出して、
クミコが閉じこもられた「あちら側」の「現実」に気づくようになった。その一方で、加
納クレタの声で射精しようとする肉体反応を通して、
「僕」は「肉体が属している現実の世
界」
(Ⅱp344)の「こちら側」を確認してきた。
言い換えれば、
『ねじまき鳥クロニクル』では、メディウムとした井戸を通して、
「こち
ら側」と「あちら側」を繋がっていると窺えよう。その上、
「こちら側」と「あちら側」に
よって構築された『ねじまき鳥クロニクル』では、
「現実」はその両側に通時的に存在して
いると同時に、その両側世界を左右される重要な役割を果たしていると立論できよう。そ
れに加えて、間宮中尉から井戸体験を引き継いだ「僕」は、クミコを連れ戻る決心を契機
に、井戸を通して両側の「現実」への認識を明白されたとともに、
「あちら側」の「現実」
から「こちら側」の「現実」へ帰還してきたと窺えよう。
テキスト 村上春樹(2003)
『村上春樹全作品 1990~2000④ ねじまき鳥クロニクル1・2』講談社
村上春樹(2003)
『村上春樹全作品 1990~2000⑤ ねじまき鳥クロニクル 3』講談社
(紙幅の関係で、参考文献は脚注に示す通りである。
)
136
六、論文壁報發表大綱②
『海辺のカフカ』における「猫」の意味
郭 雅涵
淡江大学 修士 3 年生
1.はじめに
『海辺のカフカ』(2002・新潮社)は、
「僕」=田村カフカの物語を描く奇数の章とナカ
タサトル(以下はナカタと略称する)の物語を描く偶数の章によって構成される物語である。
清水典良はその複雑な構造である物語の中で「さまざまな象徴的な話題や不思議なキャラ
クターが出てくる」1と述べている。確かに、偶数の章には、ナカタは「猫」と話せる不思
議な老人として登場される。9 歳の時、
「事故」2のために、ナカタは全部のことを「すっ
かり忘れ」
(上、P85)
、読み書きもできなくなるが、
「猫と話ができるようになった」
(上、
P86)
。それ故、迷子猫の探しを頼まれたナカタは多くの「猫」と出会い、話し合った。そ
の後、ナカタは「猫とり男」(上、P209)のジョニー・ウォーカーに会った。ジョニー・ウ
ォーカーは、
「私を殺」(上、P244)せとナカタに要求した。彼を殺した後、ナカタは「猫」
の話が「理解できな」(上、P282) くなった。故に、作品の全体を見ると、
「猫」は一つの
重要なキーワードで、ナカタに深く関わっていると推測できよう。また、ナカタだけでは
なく、物語の結末に、ナカタに神戸まで送ってくれた運転手の星野も突然に「猫」と話が
できるようになった。よって、本発表では、ナカタを中心とし、
「猫」を考察したい。また、
ジョニー・ウォーカーをめぐる「猫」を究明し、星野をめぐる「猫」を見出したい。
考察手順としては、時間軸に沿い、まず、ナカタが「猫」との会話能力を研究する。ま
た、
「猫」探しを始めたナカタにとって、
「猫」はどのような意味を持つのかを探求する。
それから、ジョニー・ウォーカーの「猫」殺しを考察する。その上、ナカタはなぜジョニ
ー・ウォーカーを殺してから、
「猫」との会話能力も喪失してしまったかを究明する。次に、
星野が突然に「猫」と話ができるようになる原因とナカタとの関連性を探求する。最後に、
『海辺のカフカ』における「猫」の持つ意味を見出したい。
2.ナカタをめぐる「猫」との会話能力
本節では「事故」を境にして、ナカタをめぐる「猫」との会話能力を論述していこう。
2.1「事故」前のナカタ
ナカタの担任先生である岡持節子の手紙によって、ナカタの家族像が分かった。父親は
「大学の先生」(上、P176)で、母親も、
「高い教養を備えた方」(上、P176)で、
「都会のエ
リートの家庭」(上、P176)である。しかし、岡持節子はナカタの中に「暴力の影」(上、P176)
が潜んでいると気づいた。エリートの家庭で育ち、長男であるナカタは家庭内の暴力を心
1
清水典良(2006)「メタファーの森『海辺のカフカ』
」
『村上春樹はくせになる』朝日新聞社 P70
1944.11.7 に起こった山梨県のお椀山の児童集団失神事件を指す。ナカタ自身はこれを「事故」(上、P85)
と呼ぶ。そこで、以下は「事故」と称す。
137
2
におさめて、口に出さなかった。実際、
「事故」の後、ナカタが「お父さんはなくなりまし
たので、もうぶたれることはありません」(上、P86)と言ったことがある。それを援用して、
担任先生の岡持節子の手紙と対照すれば、ナカタがエリートの家庭に父親に暴力を振られ
たことは確かであろう。そして、東京から梨山に疎開してきたナカタは、一時期親元の暴
力を離れ、
「新しい環境」(上、P177)に入った。一方、昏睡状態に陥っていたナカタに対す
る治療から見ると、彼の「事故」前の生活も窺われる。昏睡状態に陥ったナカタに対して、
「家で飼っていた猫も連れてきました」 (上、P114)。それはナカタが「可愛がっていた猫
でした」(上、P114)。いわば、ナカタは元々「猫」に対し、関心を持っており、更に「猫」
を可愛がっていた。これは、
「事故」後のナカタが「猫」と話ができると関わっていること
と予想されよう。
2.2「事故」後のナカタ
「事故」の三週間の後、意識が戻ってきたナカタは「頭からすべての記憶が失われてい
る」(P115)と判明した。ナカタは「事故」の後で、
「白紙の状態でこの世界に戻ってきた」
(P115)。その「事故」について、ナカタ自身は「熱病」(上、P85)が原因だと思っている。
意識を失っていた期間、ナカタは頭がふわふわして、
「どこからずっと遠いところにいて、
べつのことをしていたような気が」する(下、P42-43)。そして、
「こちらに戻って」(下、
P42-43)、頭が悪くなった。ナカタが「ここから出ていって、また戻ってきた」(下、P139)
と語ったように、自分が存在している「こちら」3(下、P42)の以外に、
「どこからずっと遠
いところ」(下、P42-43)の存在はあると分かった。
「事故」から三週間後、意識が回復したナカタは東京で再登校したが、友だちもできな
かった。
そのようなナカタは学校で動物や植物の世話をすることに夢中になった。
その後、
両親に長野の実家に送られたナカタは長野の農業学校に通ったが、
同級生にいじめられて、
学校をやめた。その時、ナカタは「猫」と親しい友達になり、
「猫」と「話ができるように
なった」
(P367)
。この点について、小森陽一が「ナカタさんは、(中略)猫を相手にして独
語的な口承世界にのみ自分を開いていた人だった」4と論述しているように、読み書き能力
を失ったナカタは、
「独語的な口承世界」5に入った。また、ナカタが読み書き能力を失っ
た理由について、小森陽一は「<代理母>のようになりつつあった岡持先生が、突然「識字
を中心とする学校教育は、岡持先生という<代理母>のような存在に象徴され、彼女からの
暴力によって、一切「欠落」してしまった(中略)強い女性(母なるもの)への恐怖によって、
「中田君」は二度と識字能力を回復することはなかった」6と論述している。小森陽一の論
述に従えば、ずっと家庭内の父親の暴力に囲まれたナカタは、山梨に疎開してきて、
「新し
い環境」(上、P177)に入り、
「少しずつ心を開こうと準備していた」(上、P177)。だが、
「代
3
作品では「ここ」
、
「こちら」
、
「この世界」などの言い方がある。ここで、統一をするために、
「こちら」を用
いる。
4
小森陽一(2006)『村上春樹論『海辺のカフカを精読する』
』平凡社 P185
5
同前掲小森陽一書 P185
6
同前掲小森陽一書 P190-191
138
理母」7とされる担任先生に暴力を振られたナカタは、
「致命的に損な」(上、P177)れ、自
分を守ってくれる対象を失い、
「どこからずっと遠いところ」(下、P42-43)に行ってしまっ
た。その後、ナカタはすべての記憶を失い、他人との繋がりを失い、徐々に動物や植物の
世話をすることに夢中になり、
「猫」と話すことができるようになった。
なお、ここで注目すべきは、ナカタが「事故」から回復した直後、
「猫」と話ができるわ
けではなく、中学をやめ、祖父母の家で手伝いをした時からである。ナカタが「事故」か
ら回復したから、
「猫」と話ができるようになったのは、この間には、少なくとも二年以上
の時間がある。では、その原因は何であろうか。次に述べていこう。
「事故」のため、読み
書きができなくなったナカタは、学校に戻っても、
「読み書きの能力はどうしても戻ってこ
なかった」(上、P365)。つまり、学校をやめたナカタは、本格的に読み書きの重視される
「こちら」(下、P42)を遠さげたと言えよう。即ち、読み書きができなくなったナカタが他
人とのコミュニケーションする能力は、<話す>という手段しかない。しかし、
「普通の人は
ナカタさんと 10 分も話をすると、話題が尽きてしまう」(上、P368)。そこで、ナカタは「猫」
と話ができるようになった。
また、
「猫たちと話すときには話題は尽きなかった」
(上、
P368)。
そのため、ナカタは人間より「猫」と話すのが楽であることが確認できよう。
3.
「猫」探しの旅
本節では、
「猫」を名付ける行為と「猫」との会話に分けて、述べよう。
3.1「猫」に名前をつける行為について
ナカタは出会った多くの「猫」を名前8をつけた。ナカタが命名した「猫」たちの名前は
普通の日本の苗字である。一方、元々名前を持っている「猫」たちは飼い主に固有名詞で
名前をつけられた。では、なぜナカタは「猫」を日本の苗字で名前をつけるのでしょうか。
ここで、第 2 節の考察結果を合わせて見れば、ナカタは、読み書きができなくなったナカ
タが他人とのコミュニケーションする能力を失い、
「猫」に心を開き、さらに、
「猫」を人
間のように接すると言っても過言ではなかろう。ナカタは一人称ではなく、三人称のナカ
タで自分のことと呼ぶ9。
「猫」に心を開き、
「猫」を人間のように接したナカタは、
「猫」
に名前をつけた。ここで、ナカタは「猫」の命名を通して、<自我>と<他人>という意識を
持つようになったと言ってもよかろう。このように、ナカタにとって、
「猫」の命名は、<
自我>のアイデンティティの形成だと判断できよう。
一方、名前に注目すれば、
「事故」で、
「自分の名前さえ思い出すことができない」(上、
P115)ナカタは両親、住んでいる所、
「日本が何であり、地球が何であるということ」(上、
P115)などさっぱり忘れ、記憶を失った。すなわち、名前を忘れたナカタは自分に関する一
切の物事の記憶を失った。その後、迷子の「猫」を探す時、ナカタは彼らに名前を与えた。
ナカタが
「名前がないと覚えるのに困りますので、
適当な名前をつけただけであります」
(上、
7
同前掲小森陽一書 P190-191
オオツカ、カワムラ、オオカワなどの名前である。
9
ナカタはいつも三人称のナカタで自分のことを呼ぶ。例えば、ナカタは「猫」のオオツカと話している時、
「必
要のないものはすぐ忘れるものであります。それはナカタも同じであります」(上、P77)と言った。
139
8
P78)と言ったように、ナカタは名前をつける理由は自分が「ものごとをわかりやすく整理
することができ」(上、P78)るからである。また、ナカタは「いろんなことを覚えておくた
めに、日付とか名前がどうしても必要になって参ります」(上、P78)と言った。よって、ナ
カタは知事やバスを忘れないように、
「知事さんの名前」(上、P79)や「バスの番号」(P79)
を覚える。言い換えれば、名前自体は特別な意味を持っていないが、
「猫さんの一人ひとり
を覚えるために」(P130)必要なものである。ここで、過去の記憶を失ったナカタは「猫」
を名付けることを通して、現在の記憶を頭に刻んでいるとも言えよう。
3.2「猫」との会話を通して
ナカタはゴマを探すために、
「猫」たちと話しかけた。ナカタが出会った「猫」たちは自
分のことをナカタに伝えた。また、
「猫」が語ったこととナカタの遭遇を照合すれば、重な
っている部分が窺われる。例をあげると、ナカタは「猫」のオオツカと同じように元々は
名前も持っているが、途中で「事故」に出遭ったから、自分の名前を忘れてしまった。ま
た、
「猫」のオオツカが「ただあるものを受け入れればいいだけだ。それでとくに不自由な
い」(上、P78)と述べているように、
「事故」で白紙の状態になったナカタも「すべての起
こったことをそのままに受け入れて」(下、P290)、特に不便なこともなく、50 年近く暮ら
してきた。そして、
「猫」の習慣性に注目すれば、
「猫」が「だいだいにおいて規則正しく
暮らしている」(上、P83)。それに対して、ナカタも「猫や犬と同じように自分が自由に動
けるエリアを設定し、よほどのことがないかぎりそこを離れなかった。そこにいる限り彼
は安心して日々を送ることができた」 (上、P371) 。それから、茶色の縞猫のカワムラは
「小さい頃」(上、P132)に「事故」で、
「筋立てて口をきくことができ」(上、P132-133) な
くなった。一方、ナカタも子供の頃、
「事故」の関係で、
「変わったしゃべり方をする」(上、
P79)ようになった。それに、シャム「猫」のミミは「ここはとてもとても暴力的な世界で
す。誰でも暴力から逃れることはできません」(上、P141)と言った 。
「猫」にせよ、人間
にせよ、このような「暴力的な世界」(上、P141)にいて、
「痛めつけられ」た(上、P139)。
これもナカタの遭遇に合ったと言えよう。戦争の時、疎開で、暫時的に家庭内の暴力から
逃れたナカタは、その後、先生の「暴力を振る」(上、P177)ことにより、
「致命的に損な」
(上、P177)われた。最後に、耳のちぎれた白黒のぶち猫のオオカワとナカタとの共通点と
言えば、ナカタも苛められ、
「肩の耳たぶはそのとき(農業学校を通ったときを指す)につ
ぶされてしまった」(上、P367)。
以上のことから、ナカタが「いつでも、そのような猫さんとでもしゃべるというのでは
ありませんが、いろんなことがうまくいけば、なんとかこのようにお話をすることができ
ます」(上、P77)と述べているように、
「猫」と共通した辛い経験があったこそ、
「猫」たち
と共通した言語を使うようになったと言っても過言ではなかろう。また、共通している経
験があるからこそ、
「猫」との会話を通して、親近感が感じられた。よって、
「猫さんたち
とお話をしております方が、ナカタとしてはずっと楽しい」(上、P140)と言えよう。
次に、ナカタが「猫」たちと話した後の心境や状態に注目したい。まず、ナカタは「猫」
140
のオオツカと話した後、一人で、
「何も考えずにすぐに短い眠りの中に落ちていた」 (上、
P89) 。また、
「猫」のミミとカワムラと話した後のナカタは、蝶のように「意識の周辺の
縁」(上、P144)をはみ出した。また、
「意識の周辺の縁」(上、P144)を渡ると、広くて暗い
深淵である「向こう側」(上、P144)がある。また、そこには文字も時間もない。ここで、
それを前節で述べた「どこからずっと遠いところ」(下、P42-43)の存在と合わせて見れば、
2 つは同じく、ナカタが存在している「こちら」(下、P42) の以外に、別の存在であると
、 、 、
言ってもよかろう。そこでナカタは「むずかしいことは考えず、すべての中に身を浸せ (中
略)ときどき彼はまどろみの中に落ちた」(上、P144-145) 。そして、
「猫」のオオカワと話
した後、ナカタは「まどろみ」(上、P209)に落ちてしまった。このように、
「猫」と話した
後、ナカタが「何も考えずにすぐに短い眠り」 (上、P89)、あるいは「まどろみ」(上、P209)
に落ちてしまったのは共通点である。ナカタ自身はそれを「通電状態」(上、P144)と呼ん
だ。以上のように、ここで、ナカタは親近感が感じられる「猫」との会話を通し、
「何も考
えず」(上、P89)に、
「身体の力を抜き、頭のスイッチを切」(上、P144)ることができ、
「通
電状態」(上、P144)に達すると判断できよう。つまり、小さい頃、
「事故」で「こちら」(下、
P42)から「向こう側」(上、P144)に行った経験がある。その後、ナカタも常に「猫」を通
し、
「通電状態」(上、P144)に達し、
「意識の周辺の縁」(上、P144)に立ち、
「向こう側」(上、
P144)に近づこうとしていると言ってよかろう。では、ナカタにとって「向こう側」(上、
P144)は何であろうか。それは恐らく暴力に振られた、あるいは人間とのコミュニケーショ
ンがうまくできなかったナカタにとっての<逃げ場>ではなかろうか。
以上を見てきたように、ナカタは自分と共通した部分のある「猫」との会話を通し、
「猫」
との繋がりの緊密さが感じられた。また、
「猫」を通して、
「こちら」(下、P42)の「意識の
周辺の縁」(上、P144)を経て、
「向こう側」(上、P144)に近づくようになった。と同時に、
ナカタにとって、
「猫」は「向こう側」(上、P144)への<導き手>だと判断できよう。
4.「猫」殺しに直面したナカタ
本節では、ジョニー・ウォーカーの「猫」殺しの事件を整理し、それに直面したナカタ
が「猫」との会話能力の喪失との繋がりを分析していきたい。
4.1「猫」殺しのジョニー・ウォーカー
空き地で見張った一週間後、ナカタは犬に導かれ、ジョニー・ウォーカーの所に行った。
「有名な猫殺し」(上、P241)のジョニー・ウォーカーは「猫」を殺し、
「その魂を集めるた
め」(上、P242)である。また、集めた「猫」の魂を「とくべつな笛を作」(上、P242) り、
それによって、
「もっと大きな魂を集め」(上、P242)、最後に、宇宙的に大きな笛ができあ
がる。しかし、
「猫を殺すのにもいささか飽きた」(上、P244)ジョニー・ウォーカーはナカ
タに「殺してほしい」(上、P244)と言った。彼は「私が猫たちを殺すか、それとも君が私
を殺すか」(上、P246)とナカタを脅迫した。その後、彼は彷徨ったナカタの目の前で、次々
と「猫」を殺し始めた。それについて、西川智之はジョニー・ウォーカーが「暴力の集約
141
されたような人物」10と論述している。ここで、西川智之の説を援用し、前節で触れた暴
力を受けたことがあるナカタと対照して、論述すれば、ナカタと「猫」が同じく暴力を受
けた<客体>である一方、ジョニー・ウォーカーが暴力を振った<主体>であろう。
4.2「猫」との会話能力の喪失
「猫」が殺された場面を目撃したナカタは、
「彼の中で、(中略)何かが起こり始めていた」
(中略)これ以上続けば、ナカタはおかしくなってしまいそうです。ナカタはもうナカタで
はないような気が」(上、P252-256)し、
「机の上に置いてあったナイフのひとつを迷うこと
なくつかんだ」(上、P257)。ナカタが「事故」で白紙状態になって以来、初めて「中で、
何かが起こり始めていた」(上、P252)と感じ、自分を失ったように暴力を振った。
では、なぜナカタは暴力を振って、ジョニー・ウォーカーにやり返したであろうか。そ
れは恐らくナカタにとって、
「猫」は何よりも親しい存在だからである。また、第 3 節で触
れたように、ナカタにとって、
「猫」は「向こう側」(上、P144)に近づく<導き手>という意
味を持っている。それ故、ナカタはそのような重要な意味を持っている「猫」を守ろうと
思って、暴力を振ることにしたと推測できよう。
しかし、ジョニー・ウォーカーを殺した後、ナカタ「意識が薄れ、そのまま無明の暗闇
の中に沈み込んでいった」(下、P258)。意識が回復した時に、
「2匹の猫は何かを訴えるよ
うに、口々に鳴いた。しかしナカタさんはその言葉を聞き取ることができなかった」(下、
P282) 。ナカタにとって、
「猫」の声は「ただの猫の鳴き声にしか聞こえなかった」(下、
P282)。ジョニー・ウォーカーを殺した後、ナカタは「猫」との会話能力を失った。では、
なぜナカタは暴力を振ったことで、
「猫」との会話能力を失ったであろうか。ナカタは同じ
く暴力を受けた<客体>である「猫」を共通点を持っている。そのため、ナカタは「猫」と
会話することができる。そして、ナカタは「猫」話し始めてから、
「猫」を通し、
「向こう
側」(上、P144)に近づいている。一方、ジョニー・ウォーカーを殺したことで、ナカタは
暴力を受けた<客体>から暴力を振った<主体>になった。それによって、ナカタは「猫」と
の共通点もなくなり、
「猫」との会話もできなくなった。そこで、ナカタに対して、
「猫」
の「向こう側」(上、P144)への<導き手>の意味もなくなったのである。
5.星野をめぐる「猫」との会話
本節では星野とナカタとの交際を究明し、星野が「猫」との会話能力を明らかにしたい。
5.1 星野とナカタとの出来事
星野はナカタが自分の「じいちゃんに似てる」
(上、P334)ので、神戸まで乗せていって
くれた運転手である。ナカタに会った星野は自分の仕事をやめ、ナカタとともに「これか
ら四国に行く」
(上、P374)ことにした。徳島に着いた後、ナカタは「ホシノさんの骨はい
ささかずれております」(下、P13)と言い、それを「もとのようにしておきました」(下、
P14)。その後の星野は「新しい人間になれたみていだ」(下、P15)。その後、二人はナカタ
10
西川智之(2007)「村上春樹の『海辺のカフカ』
」
『言語文化研究叢書 v.6』名古屋大学大学院国際言語文化研
究科 P108
142
の言った「入り口の石」を探している。
「入り口の石」を探している期間、星野は喫茶店で
「大公トリオ」に「耳に澄ませ」(下、P168)た。クラシック音楽を聴いたことはほとんど
なかった星野にとって、その音楽は「心を落ち着かせてくれた。内省的にした」(下、P168)。
音楽を聞きながら、
「自分というものの存在について考えた」
(下、P168)
。ナカタに「ナカ
タは頭が悪いばかりではありません。ナカタは空っぽなのです」(下、P136)と言われて、
星野は「俺たちはみんな多かれ少なかれ空っぽなんじゃないのかい」(下、P136)と言った。
つまり、ナカタの言ったことを契機に、星野は自分の過去を考え直した。
そして、
「入り口の石」と話しかけたナカタは、
「話し合うことは大事だ。相手が誰であ
っても (中略)注意して耳を澄ませていると、
いろんなことが聞き取れるものだ」
と言った。
ナカタと出会った後、星野は「音楽を自然に受け入れる」(下、P227)ようになった。それ
は彼にとって、
「取得した新しい能力」(下、P227)のようなものである。ここで、星野はナ
カタが「猫」
、あるいは「入り口の石」に対して、
「耳を澄ませ」(下、P226)、話ができる
ようになったように、物事に「耳を澄ませ」(下、P226)るという「新しい能力」(下、P227)
を獲得したと言えよう。星野が「1 週間前だったら、俺はこんな音楽を聴いても、たぶん
ただの一切れも理解できなかった」(下、P226)が言ったように、星野が「新しい能力」(下、
P227)を獲得したのは、
間違いなくナカタと出会ってから影響されたのであろう。
星野は
「お
じさんは俺という人間を変えちまった」(下、P320)と感じ、
「カタさんの目を通してものを
見るようにな」り(下、P320)、物事に「耳を澄ませ」(下、P226)るようになった。
以上のように、ナカタが腰にずれているものを直したことよって、星野は「新しい人間」
(下、P15)になった。また、ナカタと一緒にいる間、ナカタに変えられ、物事を見方を変え、
「耳を澄ませ」(下、P226)るようになったのである。その後、星野が「入り口の石」と「猫」
に「耳を澄ませ」(下、P226)るようになり、話ができるようになった。なお、星野が「入
り口の石」と「猫」との話は次節に譲りたい。
5.2 星野をめぐる「猫」との会話
星野と「猫」との会話に入る前、まず星野が「入り口の石」と話しかけることから述べ
よう。最初の時、
「入り口の石」と話しかけるのはナカタである。ナカタは「まるで眠って
いる大きな猫にさわるときのよう」
(下、P126)に「入り口の石」を撫でた。さらに、ナカ
タは「入り口の石」から何かを聞き取れようとしている。
「猫」との会話能力を失ったナカ
タは、
「猫」に続き、
「入り口の石」と話すようになった。ナカタが死んだ後、星野は自分
が「石の近くにいて素早く対応する必要がある。それは彼に割り当てられた責任のような
ものだった。ナカタさんの割り当てを、そのまま引き継いだのだ」(下、P351)と思った。
星野はナカタがした通り、
「入り口の石」を撫でて、話しかけるようになった。星野は「耳
を澄ませて」(下、P353)、
「入り口の石」から意見を教えてもらいたいと思い、話しかける。
このように、ナカタが死んだから、星野がナカタの<引き継ぐ者 >になると言っても過言で
はなかろう。だが、星野は「入り口の石」に話しようとしているが、結局できなかった。
その後、星野の「猫」と話ができるようになった。
「猫」から「入り口の石」の扱い方を教
143
、 、
えてもらった。
「猫」の話によると、星野と「猫」は互いに「世界の境めに立って共通の言
葉をしゃべって」
(下、P390)るのである。第 4 節で述べたように、ナカタは「猫」と同じ
く暴力に振られた<客体>という共通点を持っているので、
「猫」と会話能力を持っている。
星野は「猫」とは共通点を持っていないが、5.1 で述べたように、星野はナカタと出会っ
てから、
「耳を澄ませ」(下、P353)るという「取得した新しい能力」(下、P227)を獲得した。
つまり、星野はナカタの<引き継ぐ者 >として、
「猫」との話ができると言ってもよかろう。
星野はナカタの<引き継ぐ者 >として、
「猫」と話ができるようになり、
「猫」から意見を教
えてもらった。星野は「あいつを殺」 (下、P393)した後、
「入り口の石」をひっくり返し、
「入り口」を閉めた。以上のように、星野はナカタの<引き継ぐ者 >とし、
「猫」との会話
能力だけではなく、ナカタの「入り口の石」をひっくり返す役目をも引き継いだと論述で
きよう。
6.おわりに
本発表は、
『海辺のカフカ』における「猫」の意味を解明したものである。
『海辺のカフ
カ』にナカタを描く偶数の章の中では、ナカタが生きている「こちら」(下、P42)及び「底
の見えない無明の世界」(上、P144)の「向こう側」(上、P144)が存在している。9 歳のと
き、先生に暴力に振られたことにより、ナカタは「向こう側」に入ってしまった。その後、
帰ってきたナカタは白紙の状態になった。学校をやめ、
「猫」と話ができたから、ナカタは
同じく暴力を受けた<客体>の「猫」を通して、
「向こう側」(上、P144)に近づいている。し
かし、ジョニー・ウォーカーを殺した後、ナカタは暴力を受けた<客体>から暴力を振った<
主体>になった。よって、
「猫」との共通点を失ったと同時に、
「猫」が持つ「向こう側」(上、
P144)への<導き手>の意味もなくなった。それ故、その後、ナカタは何かに引き寄せられる
ように、街を出て、四国へ出発した。また、
「向こう側」(上、P144)への「入り口の石」
(下、
P18)を見つけようとしている。つまり、ナカタは「猫」に続き、他の「向こう側」(上、
P144)への<導き手>を探していると判断できよう。
一方、ナカタとの付き合いにつれ、星野は「カタさんの目を通してものを見るようにな」
り(下、P320)、物事に「耳を澄ませ」(下、P226)るようになった。また、ナカタが死んだ
後、ナカタの<引き継ぐ者 >として、
「入り口の石」に「耳を澄ませ」(下、P226)、さらに、
ナカタのように「猫」と話すようになったのである。
以上のように、
『海辺のカフカ』で、
「猫」は最初から、ナカタを「向こう側」へ導いて
いる<導き手>の意味を持っている。従って、結末では、
「猫」はナカタの<引き継ぐ者 >の
星野を「向こう側」へ導いて、
「向こう側」の「入り口の石」を閉めさせたのである。
テキスト
村上春樹(2002)『海辺のカフカ(上)』新潮社
村上春樹(2002)『海辺のカフカ(下)』新潮社
参考文献は脚注に示した通りである。
144
六、論文壁報發表大綱③
村上春樹「踊る・ダンス」関連作品群における「踊る」の異同と変貌
―トータル的な視点から見て―
趙 羽涵
淡江大学 修士 3 年生
1、はじめに
「踊る小人」(1984 年)、
『ダンス』
(1988 年)
、
「神の子ども」
(1999 年)
(以下は「神の
子ども」と略称する。論者注)は「踊る・ダンス」に関連した作品である。本発表では、
論者が過去発表した考察結果1に基づき、三作品における「踊る」を比較し、その異同を整
理した上、村上春樹文学における「踊る」の変貌の究明を目的としている。
三作品の物語から見れば、
「踊る」人物は主人公のみならず、他の登場人物も「踊る」
を通し、主人公との繋がりを持ち、主人公に影響を与えたと窺える。そこで、三作品にお
ける「踊る」の主体と客体にも焦点を当てて、客体の「踊る」が主体との関わり、主体に
与えた影響について考察する。
また、
「踊る」の主体と客体の問題以外に、三作品における視点人物・人称の変化にも
注目すべきである。村上春樹自身は『神の子どもたちはみな踊る』の解題で、
「これまで僕
が書いてきた作品の多くは一人称で書かれてきたわけだが(中略)ここ(
『神の子どもたち
はみな踊る』を指す。論者注)では作品の成り立ちからして、どうしても全部三人称で通
さなくてはならなかった」2と語ったように、
「踊る小人」と『ダンス』の視点人物は一人
称であるが、
「神の子ども」に至って、視点人物は三人称へと転換した。このような視点人
物の転換は、作家の村上春樹と如何に関連性を持つのかを解明する。以上の考察を踏まえ
た上、村上春樹文学における「踊る」の変貌を究明したい。
研究手順としては、まず、三作品における「踊る」の共通点と相違点を整理する。次に、
三作品の中の「踊る」の主体と客体に注目し、相互の影響を考察する。それから、三作品
の視点人物・人称の違いを究明する。最後、村上春樹の作品構成および作家の村上春樹と
の関わりを明確にさせた上、村上春樹文学における「踊る・ダンス」関連作品群の「踊る」
の変貌を全般的に明らかにする。
2、三作品における「踊る」の異同
本節では、
「踊る・ダンス」に関連する三作品における「踊る」の意味、主体と客体、視
1
発表者は 2012 年度 第一回村上春樹國際研討會ポスター發表で、
「
『ダンス・ダンス・ダンス』における「踊
る」への一考察―「僕」に与える影響をめぐって―」
、2012 年度 台灣日本語文學國際學術研討會ポスター發
表で、
「村上春樹「踊る小人」試論 ―〈踊り〉の持つ意味を中心に―」
、2013 年度 第二回村上春樹國際研討
會ポスター發表で、
「村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』における「踊る」の意味―善也の抱える人間の
根源的な暗闇をめぐって―」
、2013 年度 台灣日本語文學國際學術研討會 ポスター發表で、
「村上春樹文学に
おける「ダンス」と「踊る」の用語の一考察―『ダンス・ダンス・ダンス』を中心に―」を発表した。
2
村上春樹(2003)『村上春樹全作品 1990~2000③ 短編集Ⅱ』解題 P272
145
点人物・人称の各角度から、三作品における「踊る」の異同を分析する。三作品の異同に
ついて、表を用いて説明すると、以下の表 4-1 になる。
表 4-1 三作品における「踊る」の異同
作品名
出版年代
「踊る
小人」
『ダン
ス』
1984 年
「神の
子ど
も」
1999 年
1988 年
「踊る」の意味
自己存在の意識の喚
起
自己存在の意識を取
り戻した上、他者との
繋がりの獲得
自己の内なる暗闇に
直面した上、個人と世
界とは一体だと意識
したことを通して、暗
闇への超越
「踊る」の主体 「踊る」の客体 視点人物・人称
作品種類
「僕」
、小人
女の子
「僕」
「僕」
、女の子
一人称の「僕」
短編
なし
一人称の「僕」
長編
善也
なし
三人称の善也
短編
表 4-1 に示したように、三作品における「踊る」の意味は同様に主人公の自己と深い関
連性を持ち、一手段として用いられている。だが、三作品の「踊る」は自己と関連する一
手段であるが、時期的に見れば、後期になればなるほど、単なる自己存在の意識に拘るの
みならず、他者または世界との繋がりが注目されている。それに加え、個人と世界との連
結を意識した上で、自己の抱える内なる暗闇を乗り越えた。
一方、他の相違点について、まず、
「踊る」の主体・客体に関して、三作品では、
「踊る」
の主体は主人公の「僕」
、善也である。だが、
「踊る小人」の「踊る」の主体は「僕」だけ
ではなく、
「踊る」小人と女の子も「踊る」の主体である。また、三作品では、
「踊る」の
客体は「踊る小人」のみである。
『ダンス』と「神の子ども」は「踊る」の客体はない。次
に、視点人物・人称から見て、
「踊る小人」と『ダンス』は一人称の「僕」を用いているが、
「神の子ども」は三人称の善也を用いている。それから、
「踊る・ダンス」に関連する三作
品は短編の「踊る小人」
、
「神の子ども」および長編の『ダンス』である。何故上述した異
同があるのか、次節では、三作品における「踊る」の主体と客体、視点人物・人称の角度
から、その理由を分析し、そして作品構成、作家の村上春樹との関わりから、さらに「踊
る・ダンス」に関連する三作品における「踊る」の変貌を究明する。
3、三作品における「踊る」の主体と客体
本節では、三作品における「踊る」の主体と客体に注目する。表 4-1 から見ると、
『ダ
ンス』と「神の子ども」の中に、
「踊る」の主体は主人公であり、
「踊る」の客体はない。
しかし、
「踊る小人」は他の両作品とは違い、
「踊る」のは主人公の「僕」のみならず、他
の登場人物である「踊る」小人と女の子も「踊る」という場面がある。
「踊る小人」では、自己が欠如した「僕」は、無意識の中に自分のために踊っている「踊
る」小人と女の子を生み出した。また、この二つの登場人物の「踊る」を見た後、
「僕」は
自己の存在意識の問題に直面し始めた。そして、
「踊る」小人が「僕」の体内に入った後、
「僕」は「踊る」を通し、自己を喚起しようとした。一方、女の子が「僕」の「踊る」を
146
見て、
「僕」に心を引かれて、
「僕」は女の子を手に入れた。
以上のように、
「踊る小人」では、最初「僕」は「踊る」小人と女の子の「踊る」を見
ている客体であったが、
「踊る」小人を体内に入った後、
「僕」は「踊る」の主体になった
と見られる。だが、
「僕」は「踊る」の主体になったが、実際に「踊る」のは「僕」の体内
にいる「踊る」小人である。そこで、
「踊る小人」の「僕」は終始他人の影響を受け続けて
いると考えられる。
そして、
『ダンス』では、主人公の「僕」は本来自己存在の意識があり、自信を持ってい
る人間である。だが、周りの人々から離れていったため、
「僕」は自信を失い、混乱の状況
に陥っていた。その上、
「僕」は自分を部屋に籠っていて、外界のことに対しては無関心で
あった。羊男と再会するまで、
「僕」は羊男に心を開き、
「踊る」のヒントを得た。それか
ら、
「僕」は「踊る」を実践し、生きている「現実の世界」に戻ってきた。ここから見て、
「僕」は終始「踊る」の主体であったが、羊男の協力を受けたり、他人との繋がりを持っ
たりしたからこそ、少しずつ自己存在の意識を取り戻してきた。それ故、
『ダンス』の「踊
る」の主体は「僕」一人であったが、他者からの影響も無視できないと考えられる。
続いて、
「神の子ども」では、主人公の善也は物語の最後の場面において、野球場で「踊
る」を通し、自分が世界との連結を感じた上、長い間以来抱えている暗闇を乗り越えた。
ここから見て、善也の「踊る」は『ダンス』の「僕」の「踊る」とは違っていると窺われ
る。何故かというと、それは善也の「踊る」は自分の心から生じて始めたからである。言
い換えれば、善也は自分の「踊る」を通し、他人からの助けをなしに自分の抱えている暗
闇から抜き出して、乗り越えた。そこで、
「神の子ども」の「踊る」の主体は確かに善也一
人だと確認できた。また、三作品における主体と客体との関連性及び変化について、次の
図 4-1 のように示す。
図 4-1 三作品における「踊る」の主体と客体との関連性および変化
147
図 4-1 から見れば分かるように、三作品における「踊る小人」から、
『ダンス』を経て、
「神の子ども」に至るまで、作中における「踊る」の主体は他人からの影響が次第に薄れ
た上、個人的な内部から他人または世界という外部との連結が増えてきたと判明した。
4、三作品における視点人物・人称
本節では、三作品の年代順に従い、三作品の視点人物・人称について考察する。表 4-1
から見ると、
「踊る小人」と『ダンス』における視点人物は一人称の「僕」である。それに
対して、
「神の子ども」の視点人物は三人称の善也である。村上春樹の作品の視点人物は、
主に一人称を使っている。その理由について、村上は「僕が好きな小説はほとんどみんな
一人称で書かれていたから。
(中略)一人称で書いている小説のほうが自由にものごとが動
いている気がする」3と語っている。また、
「こういうふうに動いていくだろうという目線
があり、その作業がとても自然にできたわけです。
(中略)読者も一人称の目線で、つまり
「僕」と同化するかたちで、目の前に現れるものごとを目撃し、体験する」4と村上は述べ
ている。これによると、村上は一人称で小説を書かれた理由は、主に村上自身の目線で動
いていけたり、読者も一人称の目線で作中の「僕」と共に物語を体験したりすることがで
きたからである。
ところが、1995 年に阪神大震災と地下鉄サリン事件が起こって以来、村上が執筆した『神
の子どもたちはみな踊る』で、
「初めて全面的な三人称の世界になりました」5。こういう
転換に対して、村上は「インタビューして人の話を聞くというのはつまり、人の物語に耳
を澄ませることだから。
自分が無色になり、
人の物語を自分の中に受け入れていく作業は、
結果的にはということですが、三人称の物語を立ち上げていくきっかけになったと思いま
す」6と語っている。ここから見ると、地震とオウム事件の起こりは村上自身が『神の子ど
もたちはみな踊る』の解題で述べたように、
「ぼくは地震のことについても、オウムのこと
についても、
何かひとつの転換点、
そういうものとして非常に興味を持っているのです。
(中
略)それらを契機として、ワザワイを転じて福となす、というか、何かが開けていくという
予感がするんです」7。そこで、村上は「これまで僕が書いてきた作品の多くは一人称で書
かれてきたわけだが(中略)ここでは作品の成り立ちからして、どうしても全部三人称で
通さなくてはならなかった」8と言った通りに、
『神の子どもたちはみな踊る』のすべての
視点人物を従来の一人称を三人称に変えた。このような人称の書き方の変化が村上に「視
点を大きく散らしていくことによって、これまでにない新しい書き方ができたし、新しい
作風のようなものがそこに生まれたと思うからだ」9という思いを帯び出した。
3
4
5
6
7
8
9
(2010)
『考える人 特集 村上春樹ロングインタビュー』季刊誌 2010 年夏号 新潮社 P21
同前掲(2010)
『考える人 特集 村上春樹ロングインタビュー』雑誌 P21
同前掲(2010)
『考える人 特集 村上春樹ロングインタビュー』雑誌 P29
同前掲(2010)
『考える人 特集 村上春樹ロングインタビュー』雑誌 P30
河合隼雄・村上春樹(1998・初 1996)『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』岩波書店 P71-72
同前掲村上春樹作品『短編集Ⅱ』P272
同前掲村上春樹作品『短編集Ⅱ』P272
148
それに、
「その世界を一人称だけでしめくくることは、現実的にもほとんど不可能にな
っていた」10と村上が意識した。すなわち、村上の人称の形式の変化は、坂上秋成が語っ
ているように、
「村上春樹の三人称への転向は意味を持つのであり、同時に、彼が宣言した
「デタッチメントからコミットメントへ」という言葉の文体レベルでの証明となるのだ」11。
このように、内部から外部へと転換するのは作中の主人公のみならず、作家の村上春樹も
視点人物・人称の変化を通して、作品の傾向がデタッチメントからコミットメントへと転
換したと窺われよう。
5、村上春樹文学における「踊る」の変貌
本節は第二節から第四節の考察に続き、村上の作品構成および作家の村上春樹との関わ
りから村上春樹文学における「踊る」の変貌をまとめて系統的に明らかにしていきたい。
5.1 作品構成から見た「踊る」の変貌
本発表の研究対象とした「踊る・ダンス」に関連する三作品は、短編の「踊る小人」
、
「神
の子ども」と長編の『ダンス』である。また、三作品の長編と短編の「踊る」について、
前三章の考察結果から見れば、短編の「踊る」は主人公の実際な身動きであることに対し、
長編の「踊る」は比喩的な言葉またはメタファーとして用いられている。だが、三作品を
長編と短編に分けて個別に考察してきたが、短編と長編における「踊る」は、実際の身動
きと比喩的なメタファーという違い以外に、他の異なりを持っていない。それゆえ、三作
品を長編と短編に分けて比較するより、むしろ村上の作品時期を合わせて見れば、更に「踊
る」の変貌を全面的に見えてくる。
加藤典洋が 1996 年に提出した『風の歌を聴け』~『ねじまき鳥クロニクル』の作品特
徴の変化に注目すると、次のように示している。
主人公が失われたものを探す「喪失感」の物語の第一期12から、
『羊をめぐる冒険』
をへて、自分という前提が消え、自分をめぐる内閉の物語という色合いを強める第二
期へと移り、そこから自我との対決、内閉からの回復という主題が浮上してくる。し
かし、
『ダンス・ダンス・ダンス』を過ぎて、今度は世界がそれ自体、一個の内閉世界
のようなものと感じられはじめると、そこからの脱出、そこからの回復という主題自
身が変容を余儀なくされることになる13。
上記の引用に注目したいのは、第二期14の特徴である。第二期は「自分をめぐる内閉」
10
同前掲村上春樹作品『短編集Ⅱ』P272
坂上秋成「
「浄化の物語」を願いながら 三人称・コミットメント・反サプリメント」山本充編(2010)『ユ
リイカ 1 月臨時増刊号 総特集 村上春樹―『1Q84』へ至るまで、そしてこれから…』第 42 巻第 15 号(通巻
590 号)青土社 P144
12
ここで提起した第一期は『風の歌を聴け』から『1973 年のピンボール』までの作品を指す。
13
同前掲加藤典洋(2005・初 1996)書 P147
14
『羊をめぐる冒険』(1982 年)から『ノルウェイの森』(1987 年)まで。
149
11
という特徴を持ち、自我との対決を通し、内閉からの回復へ移行している。そこで、1984
年に刊行された「僕」の無意識に作り出された「踊る小人」の物語は「自分をめぐる内閉」
という特徴が一致すると窺われよう。
その上、過渡期15の『ダンス』に至るまで、
「僕」は確かに「踊る」を通して、自己を閉
鎖している状況から、脱出して「現実の世界」に回復した。故に、作品の構成から見て、
「踊る小人」から『ダンス』への転換は内閉から外界への変化だと確認された。
そして、1995 年の転換点を境に、加藤典洋は村上春樹が「日本の小説家から世界の小説
家へと変貌する。
(中略)これまでのデタッチメントからコミットメントへの、社会に対す
る基本姿勢の転換である」16と示唆されている。そこで、第二期の「神の子ども」
(1999 年)
では、善也の心境に注目するのみならず、社会的な要素も作中に見られる。その上、善也
は個人的、内的なことから抜き出し、社会または世界との連結へと移行している。それ故、
村上春樹の作品構成に従い、三作品における「踊る」の意味も内部から外部へと変化した
と究明した。
5.2 作家の村上春樹との関わり
竹田青嗣は村上の小説の世界に対して、
「ある意味で極度に自閉した世界の物語である
(中略)村上春樹はむしろその病の深さにおいて現代的作家と言われるにふさわしい」17と
分析している。
ここから見て分かるように、
初期の村上作品は極めて自閉的な物語である。
それにもかかわらず、村上の作品は現代社会の人間の心境を反映したため、現代的作家と
して肯定されている。
そして、村上春樹は 1986 年から 1989 年まで、ギリシアに渡り、ヨーロッパ各地を転々
と移った。1988 年刊行した『ダンス』を執筆している時、村上は外国にいたが、柴田勝二
の論述では、
「表題の「ダンス・ダンス・ダンス」とは、
「無駄」な消費によって支えられ
る「高度資本主義社会」と歩調を合わせて〈踊り〉つづける生き方を含意していますが、
こうしたイメージが、作品の発表当時に進行していった「バブル景気」を反映するもので
あることはいうまでもありません」18という。柴田勝二の論述によれば、
『ダンス』の背景
は当時の日本社会を反映している。その上、
『ダンス』の「踊る」は初期の「踊る小人」の
内閉的な「踊る」とは異なり、当時の社会状況を反映し、
「高度資本主義社会」の中で踊り
続けて生きていく意味を持っている。すなわち、
『ダンス』に至って、単なる個人的な意識
のみならず、社会との連結も見逃せないと考えられよう。
その後、村上は河合隼雄との対談集で、コミットメントの問題に次のように触れている。
15
『ダンス』
(1988 年)から『ねじまき鳥クロニクル』(1995 年)まで。
同前掲加藤典洋(2004)書 P17
17
竹田青嗣(1995)「リリシズムの条件を問うこと」
『國文学解釈と教材の研究 村上春樹―予知する文学』第
40 巻 4 号 学燈社 P34-35
18
同前掲柴田勝二(2011)書 P253
150
16
僕が小説家になって最初のうち、デタッチメント的なものに主に目を向けていたの
は、単純に「コミットメントの不在」みたいな文脈での「コミットメントの不在」を
描こうとしていたのではなくて、個人的なデタッチメントの側面をどんどん追求して
いくことによって、いろんな外部的価値(それは多くの部分で一般的に「小説的価値」
と考えられているものでもあったわけだけれど)を取り払って、
(後略)19。
上述の通りに、村上が最初主にデタッチメントに目を向けていたのは、個人的なデタッ
チメントの側面であった。こういった側面への追求を通して、一般的な外部の小説の価値
を取り除いた。その後、1995 年に阪神大震災と地下鉄サリン事件が相継いで起こり、
「村
上春樹が「地下鉄サリン事件」に並々ならぬ興味を抱いたのも、自らの創作がデタッチメ
ントからコミットメントへと「転換」する時期と重なっていた」20。
さて、1995 年の阪神大震災と地下鉄サリン事件で啓発され、執筆した『神の子どもたち
はみな踊る』
(1999 年)について、清水良典は「象徴や寓意の働き21を通して、社会的な事
件や出来事と、個人の心の深層の複雑ななりたちがつながりを持つようになるのである。
いいかえれば、一人の人間の心の内部の探究を通して、作家は社会とコミットできるよう
になるのだ」22と論述している。清水良典の論説のように、
『ねじまき鳥クロニクル』を執
筆した時期から、作風がデタッチメントからコミットメントへと転換する村上は、1995 年
に起こった社会的事件により、個人的な心的内部と社会との繋がりを探究し、社会とのコ
ミットメントが顕著に見られる。従って、
「神の子ども」の物語から見て、吉田春生は「シ
ニシズムと孤絶の時代から、生への肯定性の意志を他者との関係性の中で樹立できた充実
の転換を経て、さらにコミットメントへの志向性を経た村上春樹は回帰してしまったの」23
だそうである。なお、
『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は村上春樹にとって「内
面の真摯な決算報告であり、もう一つの社会復帰でもあるといえる」24と清水良典が示唆
されている。このように、初期の「踊る小人」から、過渡期の『ダンス』を経て、後期の
「神の子ども」に至って、村上春樹が作家としての「転換」が見られ、従来の社会に背を
向けていた態度から、社会と向き合うようになったのである。
6、おわりに
本発表では、
「踊る・ダンス」に関連する三作品における「踊る」に焦点を当てて、
「踊
る」の主体と客体、視点人物・人称、作品構成の角度から「踊る」の相違点を解明した。
19
同前掲河合隼雄・村上春樹(1998・初 1996)書 P13-14
同前掲黒古一夫(2007)書 P221
21
清水良典(2006)『村上春樹はくせになる』朝日新聞社 P62 では、
『神の子どもたちはみな踊る』の場合、
「地
震」すらも現実の震災のリアルな被害を超えた、人間の深層の憎悪や否定、破壊のエネルギーという象徴を与
えられていたと書いている。
22
同前掲清水良典(2006)書 P62
23
吉田春生(2001)『村上春樹とアメリカ―暴力性の由来』彩流社 P223
24
同前掲清水良典(2006)書 P66
151
20
また、作家の村上春樹との関わりに注目し、村上春樹文学における「踊る」の変貌を全般
的に明らかにした。その結果は以下のようにまとめられる。
まず、三作品における「踊る」の共通点は、同様に主人公の自己と深い関連性を持ち、
一手段として用いられる。だが、作品の時期によって、後期になればなるほど、作中の「踊
る」は単なる主人公の自己に関連するだけではなく、次第に他者または世界と繋がるよう
になった。また、他の相違点について、三作品における「踊る」の主体と客体、視点人物・
人称、作品構成も異なっていると見られた。
次に、
「踊る」の主体と客体に関して、
「踊る小人」の「僕」は最初「踊る」の客体であ
ったが、
「踊る」小人と女の子という主体の影響を受け、主体になった。だが、
「僕」は主
体または客体としても、無意識の内部に限られ、自己存在の意識が欠けたため、他人の影
響を受け続けていた。また、
『ダンス』の「踊る」の主体は「僕」だけであるが、羊男の語
った「踊る」のヒントの影響を受けたので、他人との繋がりを持つようになり、
「踊る」の
主体として続けていった。それから、
「神の子ども」に至って、善也は「踊る」の主体の個
体として、世界との連結へと移行した。それに、初期の「踊る小人」
、過渡期の『ダンス』
は一人称であるが、後期の「神の子ども」に至って、三人称になった。従って、三作品の
視点人物・人称の変化と合わせて見れば、
「踊る」の主体は他人からの影響が次第に薄れた
上、内部から外部への連結が増えてきた一方、作家の村上春樹も視点人物・人称の変化を
通して、作品の傾向がデタッチメントからコミットメントへと転換したと解明した。
それから、作品構成から見て、
「踊る小人」から『ダンス』への転換は内閉から外界へ
の変容だと確認された。1995 年の転換点を境に、
「神の子ども」に至るまで、個人的な心
境に注目したのみならず、社会または世界との連結を持つようになるからこそ、内的な暗
闇から抜き出せたと見られる。なお、村上春樹の作風や主題の転換から見ると、村上は個
人的な心的内部と社会との繋がりを探究し、社会と向き合うようになって、コミットメン
トへと転向したと窺えた。
以上のように、三作品の物語における「踊る」の意味および主体と客体を始め、外部的
な視点人物・人称、作品構成、作家との関連性という構造に至るまで、村上春樹文学にお
ける「踊る」は、本来の自己を保ちながら、自分なりの歩調を確実に踏んだ上、外部との
連結が次第に重要視してきた。だが、
「踊る」は内部から外部への繋がりを持っていたと見
えるが、実際に、外部との連結は個人的な暗闇を乗り越えるためのである。要するに、村
上春樹文学における「踊る」は、内的な自己を保ちながら、外的要素の変化と共に、内部
から外部との繋がりへと転換した一方、改めて外部との繋がりによって、現代社会の人々
の抱える個人的な心の闇を乗り越えると言えよう。
152
六、論文壁報發表大綱④
『海辺のカフカ』におけるカラスと呼ばれる少年の役割
―田村カフカの分身とされる可能性を巡って―
陳 羿潔
淡江大学 修士 1 年生
一、 はじめに
『海辺のカフカ』には 15 歳の家出少年の田村カフカ(以下はカフカと略称する)と文字
が読めない「60 をとっくに過ぎ」
(上P86)た老人のタナカをめぐる物語である。本作品
で奇数章はカフカの物語で、偶数章はナカタの物語である。奇数章の主人公のカフカは父
、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
が言った―「お前はいつかその手で父親を殺し、いつか母親と交わることになるって」
(上
P348。傍点は原文のまま、以下同様)という予言から逃れるために、15 歳の誕生日に家
出をする。旅に出て、四国に短期間滞在し、物語の最後の東京に戻るまで、カフカのそば
に常に「カラスと呼ばれる少年」
(以下はカラスと略称する)がいる。しかし、本作品では
カラスについての描写があまり描かれていない。また、カラスという少年は『村上春樹全
小説外ガイドブック』の中では、石井みゆきは「謎の存在」1とされている。カラスはどの
ような存在であるのか、カラスの存在は主人公のカフカにとって何の意味を持っているも
のかを考察していきたい。
そこで、本発表では『海辺のカフカ』におけるカフカとカラスとの関係を考察し、カラ
スの役割を研究する。研究手順としては、まずカラスとカフカとの関連性を究明し、それ
に基づいて、カラスの役割を明白にさせる。
二、 カラスとカフカとの関連性
本節では、カラスとカフカとの関連性について考察する。
本作品では、物語の始りには、カフカとカラスは父親の書斎にいる時に、カラスは「い
つものゲームをやろう」
(上P6)と言った。そして、カフカは「いつものように僕と少年
は、父の書斎の古い革の長椅子の上でそのものごとを共有する」
(P7。下線の部分は論者
による。以下同様。
)と述べた。このような記述からカラスは前からずっとカフカのそばに
いると考えられる。さら遡及すれば、カフカが四歳の時のある日に、
「母親が姉をつれてそ
こから去っていった」
(下P302)
。カフカは「ひとりで縁側に座って見てい」
(下P302)て、
「家の中には僕しかいな」
(下P302)く、
「自分がすでに捨てられ、そこにひとりで残され
たこと」
(下P303)と感じていた。そのことについては、
「彼女は君のことをとても深く愛
していた」
(下P304)
、
「君の母の中にもやはり激しい恐怖と怒りあったんだ」
(下P305)
、
「たとえ君を愛していたとしても、君を捨てないわけにはいかなかったんだ」
(下P305)
と述べたカラスは母親から捨てられたカフカの過去をよく知っているようである。それに
1
洋泉社編集部編(2013)
『村上春樹全小説外ガイドブック』洋泉社 P69
153
よって、
カラスの現れた時点は、
少なくともカフカが捨てられた時点の前後と推測できる。
次に、カラスとカフカとの関係を探求する。
物語の始まりで、カフカは「僕らはいつものように父の書斎の古い革のソファの上に、
並んで座っている」
(上P6)
。それに、四国に着いた二日目に、カフカはホテルで朝食を食
べるとき、カラスは「テーブルの向かい側の席に座っている」
(上P90)
。また、三回目で
森に行くとき、カフカはカラスが「彼はすぐ背後にいる。彼は僕と一緒に森の中をあるん
でいる」
(下P280)と述べた。それによると、一見するとカラスは実体がありそうに見え
る。しかし、四国行きのバスに乗っているカフカは「乗客の大半は僕と同じように一人旅」
だ(上P18)と言ったことによって、どうしてもカラスは目に見える存在ではなさそうで
ある。また、四国にいた時のカフカと佐伯との対話で誰も助けてくれない境遇にいる。
誰も助けてくれない。少なくともこれまでは誰も助けてはくれなかった。だから自
分の力でやっていくしかなかった。そのためには強くなることが必要です。はぐれた
カラスと同じです。だから僕は自分にカフカという名前をつけた。カフカというのは
チェコ語でカラスのことです。
(下P155)
以上の引用を見て分かるように、カフカという名前はカラスの意味であり、自分がカラ
スのように強くなりたいということである。また、佐伯が「それで、あなたはカラスなの
ね」
(P155)と確認した時、カフカは「そうです」
(P155)とはっきりと答えた。更に、
カラスにも「そうです」
(P155。太字は原文のまま、以下同様)と返事した。これによる
と、カラスは実体があるとはどうしても考えにくい、むしろカラスの実体はカフカが想像
したものだと見た方がより適切であろう。また、名前については、カフカはオーストリア
=ハンガリー帝国(現在の)チェコ出身の作家のフランツ・カフカ(Franz Kafka)と同名で
あるが、Kafka(カフカ)は英語である。チェコ語のカフカは Kavka(カフカ)であり、フ
ルネームは Kavka obecná(日本語:ニシコクマルガラス、英語:Jackdaw)である。また、
チェコ語の翻訳者のユルコヴィッチは「からすには似ていますが、少し背が小さくて、色
もちょっと違う鳥の名前です。しかし大きく言えばからすの一種ではある」2と解釈する。
それに、カラスは「スズメ目カラス科カラス属の鳥」3の総称である。そして、ニシコクマ
ルガラスはカラス属の一つである。
名前から見ると、
カラス=カフカということが分かる。
更に、物語の始まりに、カフカは「いつものように僕と少年は、父の書斎の古い革の長椅
子の上でそのものごとを共有する」
(上P7)と話した。もし、カラス=カフカという仮説
が成立すれば、ここでの共有とは意識上の共有と理解されよう。
2
柴田元幸・藤井省三・四方田犬彦・沼野充義 編集(2009)
『世界は村上春樹をどう読むか』文藝春秋P222
デジタル大辞泉 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/45743/m0u/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9/
(2014/05/25 閲覧)
154
3
また、大島さんに「君はお母さんの顔を覚えていないの?」
(下P30)と尋ねられたカフ
カは、
「どうしても思い出せないんだ。
(中略)僕の記憶の中では、母の顔の部分だけが暗
く、影みたいに塗りつぶされている」
(下P30)と返事した。これによると、母親に捨てら
れたことはカフカにとって深刻なトラウマであろう。その深刻なトラウマを抱えているカ
フカは自分を守るためにカラスという自我のカラスを作りだしたと推測する。フロイトに
よると、自我とは「自分が意識している自分自身」4、
「自分を保全するため、さまざまな
働きを」5するということである。
今まで見てきたように、カラスはカフカであるといえる。一つの身体の中にカフカとカ
ラスという別々の二人が同時に存在していることが分かる。また、この二人はそれぞれ全
く違った個性を持っていて、カラスは身体の持ち主のカフカから独立し、カフカをリード
することもある。それは以下の引用から見られる。
中学の授業で教えられる知識やら技術やらが、現実生活で約にたつとはあまり思え
ないよ、たしかに。教師だって、ほとんどはろくでもない連中だ。それはわかる。で
もいいかい、君は家出をするんだ。そうなれば、これから先学校に行く機会といって
もたぶんないだろうし、教室で教わることは好き嫌いもひとつ残らず、しっかりと頭
の中に吸収しておいたほうがいいぜ。君はただの吸い取り紙になるんだ。なにを残し
てなにを捨てるかは、あとになって決めればいいんだからさ。
(上P14)
以上の引用文から分かるようにカラスは、学校は役の立たない場所だと感じたことを言
っている。また、金のことについて話す時に、カラスは「お金はいつかなくなる」
(上P4)
と心配している。逆に、カフカは「そのときはそのときで考える」
(上P4)と返事した。
カラスはカフカとはまた違った感受性をもち物事をとらえているといえる。言わばカラス
はカフカの中で生きているもう一人のカフカなのである。
また、
「僕はその忠告に従った」
(上P15)という文節でカフカはカラスの意見を受け入
れている。このことから分かるようにカフカはカラスをもう一人の別の存在として認め、
彼の言う意見に従っている。さらに、カフカがカラスの忠告に従ったことから互いに信頼
しあっており、二人の絆は強いと覗える。以上のことから、カフカとカラスとは一人の人
間でありながら、二つ以上の性格があると推測できよう。言い換えれば、カラスはカフカ
の分身なのである。
4
5
立木康介(2006)
『面白いほどよくわかるフロイトの精神分析―思想界の巨人が遺した 20 世紀最大の「難解
な理論」がスラスラ頭に入る』日本文芸社 P209
立木康介(2006)
『面白いほどよくわかるフロイトの精神分析―思想界の巨人が遺した 20 世紀最大の「難解
な理論」がスラスラ頭に入る』日本文芸社 P210
155
三、 カラスの役割
本節では、カラスがカフカに与えた影響について考察していきたい。
作品中、カラスが登場する場面を二つに分けることができる。一つはカラスの独言する
場面であり、一つはカフカとカラスと対話する場面である。まず、カラスの独言する内容
を分析する。カラスの独言する内容については、当時点にできた事を基に、カフカが話す
内容また考え方を整理する。それに、カフカの反応及び返事について抽出し、下記の表 1
のように示す。
表 1 カラスの話し内容とカフカの反応及び返事
出来事
カラスの話
カラスの話の意味
砂嵐のゲーム
その嵐からから出てきた君は、そこに足を踏みいれ
カフカの反応/返事
成長の意味
なし
アドバイス
僕はその忠告に従っ
たときの君じゃないっていうことだ。
(上P18)
学校の授業を
これから先学校に行く機会といってもたぶんない
受けるように
だろうし、(中略)しっかりと頭の中に吸収しておい
強く勧めるこ
たほうがいいぜ。
(上P14)
た。
(上P15)
と
予言のこと
予言はくらい秘密のみずのようにいつもそこにあ
世界観を教える
る。世界にこれほど広い空間があるのに、君を受け
なし
入れてくれるだけの空間は-それはほんのささや
かな空間でいいのだけれど-どこにも見当たらな
い。
(上P16)
神社の小さい
そんなに心配しなくてもいい。怖がらなくてもい
諭し、導き
林で意識を戻
い。
(中略)さあ行動にかかるんだ。やるべきこと
を整える。
(中略)歩
し、
T シャツの
はひとつしかない。行くべき場所はひとつしかな
きながら精いっぱい
血に混乱して
い。
(中略)君にはわかるはずだ。
(上P120-121)
頭を働かせる。
いるとき
僕は深呼吸をして息
(上P121)
高知の小屋に
君はずっと自分のことをタフだと思ってきた。で
皮肉
僕は彼のざけりの言
いる。恐怖感
も、ほんとうはそうじゃないみたいだな。今の君は
葉をやりすごす。
(上
を感じること
泣きだしたくてしょうがないみたいだ。
(上P223)
P224)
について
性欲の問題
それは飽きることのない獣のようにきみをどこま
性欲の解釈と諭し
僕はベッドで横にな
でも追いかけてくるだろう。
(中略)君は想像力を
って、ヘッドフォン
恐れる。そしてそれ以上に夢を恐れる。夢の中開始
でプリンスの音楽を
されるはずの責任を恐れる。
(上P238)
行く。
(P238)
156
お父さんの呪
距離みたいなものにはあまり期待しないほうがい
皮肉と逃げるなと
いから逃げれ
いような気がするね。
(上P353)
いう意見。
絵の中の少年
君が誰かに対して嫉妬めいた感情を抱くなんて、生
嫉妬についての説
に嫉妬するこ
まれて初めてのことだ。君は嫉妬というのがどうい
明
と
うものなのか、今ようやく理解することになる。
なし
ること
なし
(下P22-23)
佐伯さんが初
そして君自身、時間の歪みの中に呑みこまれてい
夢と現実の分別、
めてカフカが
く。意識の視野の白濁をぬぐいとりながら、君は懸
及び現状を述べ
泊まる部屋に
命に現在の位置を見いだそうとする。
(中略君にわ
る。
行くとき
かるのは、自分が今とても微妙ま場所にいるという
なし
ことだけだ。微妙で同時に危険な場所だ。
(下P91)
四国を離れる
君はここから出て行くことはできない。君は自由で
カフカを諭し、本
僕は二両連結の小さ
ことについて
はない。でも君はほんとうに自由になりたいんだろ
心を気づかせよう
な電車に乗り、図書
考えている時
う?
としている
館に戻る。
(下P152)
(下P151)
カフカは誰な
僕は『海辺のカフカ』です。あなたの恋人であり、 予言、カフカ、そ
のかと佐伯さ
あなたの息子です。カラスと呼ばれる少年です。そ
して自分たちの立
んが尋ねる
して僕らは二人とも自由にはなれない。僕らは大き
場の説明
なし
な渦の中にいる。ときには時間の外側にいる。
(下
P160)
第二回小屋に
彼女は君とはずいぶんちがう。
(下P221)
諭し、カフカの人
泊まる。佐伯
新しい世界の新しい局面の中で、君はやはり途方に
生における経験の
さんのことを
くらてしまうことになる。それらのものは君が始め
少なさ、佐伯さん
考えること
て経験することからだ。
(下P221)
と比較し力不足を
なし
説明する
夢の中でさく
君がそうきめたからだよ。
(下P251)
予言から脱出。本
僕は射精する。
らさんと交る
一刻も早くその重荷を背中からおろして、その後は
心を諭している
(下P252)
こと
誰かの思惑の中に巻きこまれた誰かとしてではな
く、まったくの君自身として生きていく。それが君
の望んでいることだ。
(下P251)
夢の中でさく
君の中でそのなにかは、今では姿をはっきりと現し
らさんと交っ
ている。
(中略)君は手を目の前にかざす。しかし
た後
なにかを見るには、明かりの量が足りない。内側も
外側もあまりにも暗すぎる。
(下P253)
157
現状の説明
なし
予言からの脱
君は予言をひととおり実行した。君のつもりでは、 現状を説明し、教
出
それで父親が君にかけた呪いは終わってしまうは
えている
ずだった。でもじっさいはなにひとつとして終わっ
なし
ちゃいない。乗り越えられてもいない。
(下P281)
佐伯さんがカ
お母さん、と君は言う、僕はあなたをゆるします。 状況の説明、解釈
フカの許しを
そして君の心の中で、凍っていたなにかが音をたて
求めること
る。
なし
(下P382)
佐伯さんのこ
たとえ世界の縁までいっても、君はそんな時間から
時間の流れには逆
とを思い出す
逃れることはできないだろう。
(中略)君はやはり
らえない、導きと
こと
世界の縁まで行かないわけにはいかない。世界の縁
教え
なし
まで行かないことにはできないことだってあるの
だから。
(下P428)
(表 1 の作成は論者による、以下同様)
表 1 から見て分かるように、
、カフカに「混乱」
、
「恐怖感」
、
「自分の思いが方向性がない」
、
「逃避」などのマイナス的な感情が出るたびに、カラスが現れる。その時のカラスは、皮
肉を言ったり、導いたりする。その時のカフカも反応を示したり、返事を出したりする。
しかし、すべてはカラスの言う意見に従うわけではない。偶には無視することもある。カ
ラスとカフカとの対話内容を下記の表 2 のように示した。
表 2 カラスとカフカとの会話内容の整理
出来事
カラスの話内容
カフカの返事/反応
朝ごはん
君は好きなものだけ食べられる環境に
言われたとおり立ち上
が少ない
はもういないんだ。
がり、次の行動に移る。
こと
さっさと次の行動に移ろうじゃない
(上P91)
カラスの再回答
なし
か。
(上P90)
父親の予
戦いを終わらせるための戦いというよ
僕はどうすればいいだ
君の中にある恐怖と怒りを乗
言をすで
うなものはどこでもないんだよう。戦
ろう。
(下P282)
り越えていく。
(下P282)
に実行し
いは戦い自体の中で成長していく。
たこと
(下P282)
自分が捨
君の母の中にもやはり激しい恐怖と怒
たとえ僕のことを愛し
たとえ君を愛していたとして
てられた
りあったんだ。
(下P304)
ていたとしても?
も、君を捨てないわけにはい
(下P305)
かなかったんだ。
(下P305)
こと
158
生きる意
君はいちばん正しいことをした。他の
でも僕にはまだ生きる
絵を眺めるんだ。風の音を聞
味
誰をもってしても、君ほどうまくでき
ということの意味がわ
くんだ。君は新しい世界の一
なかったはずだ。だって君はほんもの
からない。
(下P429)
部になっている。
(下P429)
の世界で一番タフな15歳の少年なん
だからね。
(下P429)
表 2 のように、カラスの独言とは違って、会話内容は一問一答形式によって、直接的に
にカフカの迷い、質問などを解決することになる。また、表 1 と表 2 を見て分かるように、
カラスが現れる時点はマイナス的な感情が出てくるだけではなく、
次の共通点も見られる。
まずは、予言のことである。カフカは父親の予言を思い出し、影響された時に、カラスは
必ず声を出す。このことから、父親の予言、カフカ、カラスの三つは綱引きのようになっ
た。カフカは予言のため、落ち込んでいる時、カラスの言葉はカフカの迷いを消し目覚め
させる。次に、佐伯のことである。カラスはカフカの目を通して、カフカと佐伯との付き
合う場面を見て、状況を分析する。さらに、新たな知識である。表 1 と表 2 では、カフカ
は物事を体験し、成長の意味、世界観、性欲、初めての嫉妬、生きる意味などの知識が分
からない時、カラスはその新しい知識を教える。また、カラスは当時の現状のことについ
て、冷静的に分析し、コメントすることができる。
また、第二節から分かるように、カラスはカフカの分身である。カラスとカフカの関係
では、カラスはカフカのことよく知っているが、カフカはカラスのことを全く知らない。
それに、分身であるカラスはカフカの保護者ともいえる。そして、表 1 と表 2 を分析する
と、一つの体に、カラスとカフカが同時にいるが、実際に生物として動くのはカフカの方
である。心の主体は一見カラスであるが、カラスが意見、導きなどを言った時、カフカは
その話に、意見も出したりするから、両者とも思考の主体と考えられる。
また、カフカはカラスの話は「僕の心に濃いブールの文字で、入れ墨として書きこむみ
たい」
(上P8)と述べた。カラスの存在はカフカにとって重要な存在と考えられる。また、
内容から見ると、カラスは物語の始まりから、最後まで上から物事を言う習慣を垣間見る
ことができる。つまり、カラスは意見の提供者で、カフカは意見を聞き入れるということ
である。これによると、カラスの話はカフカにとって磁石のような、彼に方向を指すよう
なものである。更に、物語の始まりにカラスは「君はこれから世界で一番タフな15歳の
少年にならなくちゃいけないんだ」
(上P8)と述べた。旅を始めてから、結局、物語の最
後に、カラスは「君は新しい世界の一部になっている」と話した。これにより、四国への
旅はカフカの自己成長のための旅である。それに、カラスの諭し、導き、知識の伝授など
は、カフカをして成長させる重要な鍵一つであろう。村上春樹がかつてインタービューで
「人々の中には〝本来あるべきであったものみたいな第二の自己が隠れていることが多い
159
〞」6と語っているように、カラスの存在は恰もカフカの隠れた第二の自己のようである。
四、 おわりに
本発表は、
『海辺のカフカ』におけるカラスの役割をテーマに、カフカとカラスとの関
連性を考察したものである。考察結果については、まず、カラスとカフカは一人の人間の
中にある二つの違う存在であることから、同じ存在といえるが、違う存在ともいえるとい
うことである。それに、カラスの役割について、太字の内容はカフカにとって、自己反省、
深い現状分析の内容で、細字の内容については、一問一答形式を通して、カフカの迷いを
解決することである。また、両方とも、カラスはカフカへの助言者とも言える。更に、カ
ラスはカフカにとって、自分のことを映し出す鏡のようなものであり、方向性を示してく
れる存在である。そして、カラスはカフカをして成長させる重要な役割を持っている。
カラスはカフカの意識の中での、理性的なもうひとつの自我と見ることができる。と同
時に、意識の中での対話者としてカフカの内的なパートナーともなっている。
テキスト
村上春樹(2004・初版 2002)
『海辺のカフカ(上)』新潮社
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(下)』新潮社
参考文献(年代順)
立木康介(2006)『面白いほどよくわかるフロイトの精神分析―思想界の巨人が遺した 20
世紀最大の「難解な理論」がスラスラ頭に入る』日本文芸社
柴田元幸・藤井省三・ 四方田犬彦・沼野充義 編集(2009)
『世界は村上春樹をどう読む
か』文藝春秋
村上春樹(2013)『村上春樹全小説ガイドブック』洋泉社
インターネット
デジタル大辞泉
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/45743/m0u/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9/
(2014/05/25 閲覧)
6
村上春樹(2013)『村上春樹全小説ガイドブック』洋泉社 P72
160
六、論文壁報發表大綱⑤
『海辺のカフカ』における佐伯の人物像
―ギリシャ神話から見て―
張 嘉雯
淡江大学 修士 1 年生
1. はじめに
『海辺のカフカ』は村上春樹の長編として、読者に伝えようとしているものが多くある。
清水典良が「さまざまな象徴的な話題や不思議なキャラクターが出てくる」1と論じたよう
に本作品は趣のあると言える小説である。しかし、物語が交差して進んでいくという配置
がされるだけではなく、登場人物らは「別の世界」
(上 p365)と「現実の世界」
(下 p86)
の間を行ったり来たりするほか、
「意識」
、
「夢」
、
「幽霊」
、
「魂」といった非実現的なことの
用語が多用されることで、読み終わると混乱してしまう。だが、Auggie という読者のレビ
ューが示唆を与えてくれた。そのレビューについては下記のように示す。
古代ギリシア語で「魂」を意味する「プシューケー」には、
「幽霊」
、
「影」
、
「蝶」と
いう意味もある。
『海辺のカフカ』では、これらが同じ場面で実に印象的に使われてい
る2 (下線部分は論者による。以下同様)
引用から分かるように、
「プシューケー」という名前は、ギリシャ神話に登場する「蝶
の羽を持った少女」3である。さらに、言葉として=「魂」=「幽霊」=「影」=「蝶」
、
あとは4=「心」=「息」=「生命」である。それ故、
「幽霊」
(上 p175)
、
「生き霊」
(上 p387)
、
「魂」
(上 p218)といった存在である 15 歳の少女の佐伯と、ナカタと同じように「半分し
か影が」
(下 p289)ない 50 歳の佐伯のことが心に浮かんできた。こんな多くの共通点があ
るため、佐伯は「幽霊」
、
「生き霊」
、
「魂」であるのみならず、ある意味で、例えば、
「夢の
中で」
、
「メタファーの中で」
、
「アレゴリーの中で」
、
「アナロジーの中で」
(この四つは、上
p353 による)
、もしくは「象徴的な意味で」
(下 p65)
「プシューケー」である可能性がある
かに疑問を抱いている。
そこで、本発表では佐伯の人物像に注目し、ギリシャ神話の視点から探求する。研究手
順として、まず、ギリシャ神話に登場する「プシューケー」の存在について捉え、物語を
把握しながら佐伯のストーリーと比較して分析する。次に、
「プシューケー」という言葉が
1
清水典良(2006)
「メタファーの森『海辺のカフカ』
」
『村上春樹はくせになる』朝日新聞社 p70
『海辺のカフカ』
、
『村上春樹編集長少年カフカ』
、村上春樹(2)- Auggie の文化放談-
http://d.hatena.ne.jp/Auggie/20060411/1145533028 (2014 年 5 月 20 日閲覧)
2
3
原隨園(1970)
『ギリシヤ神話』清水弘文堂 p249
4
『スーパー大辞林 3.0』によるもの
161
当てはまる蝶や心などに関する場面を考察し、表にまとめてから、佐伯との関連性を解明
する。最後に、佐伯の人物像を明らかにする。
2.ギリシャ神話における「プシューケー」
『海辺のカフカ』で言及されているギリシャ神話は二つあり、トロイの王女「カッサン
ダ」
(上 p266)および「オイディプス王」
(上 p343)の悲劇である。そして、その「オイデ
のろ
ィプス王」という物語は、カフカのかけられた「呪い」
(上 p347)や運命と呼応している
と思われる。他の登場人物に対してそのようなセットでは描いてないようである。しかし
「幽霊」
、
「生き霊」
、
「魂」と描写された佐伯はギリシャ神話に登場する「プシューケー」
と共通点があると思われる。対応できるかどうかを確かめたい。そこで、本節では、
「プシ
ューケー」という人物の名前から考察した上、佐伯の物語と比べてみる。
まず、
「プシューケー」という名前から論じよう。Weblio 辞書5によって以下のように示
している。
ププシューケー(古希: Ψυχή, Psȳchē)とは、ギリシア神話に登場する人間の
娘の名で、この言葉は古代ギリシア語で心・魂を意味する。日本語では、長母音を省
略してプシュケ、または俗ラテン語読みでプシケーとも言う。児童向けの本では英語
読みでサイキと表記される事もある。
引用文の通り、異なる国ではプシューケーという言葉の発音はほぼ同じ、ただ長音の部
分が少しだけ違うと分った。しかし、気になったのは英語の読み方「サイキ」である。文
字のままで辞書を引いたら、漢字では地名とされる「佐伯」6と書き込まれてある。それは
本作品の登場人物、佐伯(サエキ)と同じ音で、ただやや異なる読み方で表示される。ち
なみに、名前について、主人公である「僕」は「自分にカフカという名前をつけた。カフ
カというのはチョコ語でカラスのことで」
(下 p155)
「その名前を新しくなった自分につけ
る」
(上 p274)ということである。それを基に考えると、名前は本作品では重要な機能が
あるであろう。従って、佐伯という名前は設定によるもので、純粋な偶然ではないと推定
することができ、
「佐伯≒プシューケー」という仮定が成立する可能性が高くなると言えよ
プシケ
う。次に、
「プシューケー」の物語から見てみる。彼女は「 心 」7とも呼ばれ、
「エロスの
性格を抽象したものだといわれ、蝶の羽をもっ少女としてあらわされる」8。どのような人
物であるかについて多様な言い方があり、本発表では『ギリシア・ローマ神話辞典』9、
『ギ
5
Weblio 辞書(2014 年 5 月 19 日閲覧)
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%BC
6
スーパー大辞林 3.0 によるもの
7
原隨園(1970)
『ギリシヤ神話』清水弘文堂 p249
8
原隨園(1970)
『ギリシヤ神話』清水弘文堂 p249
9
高津春繁(1960)
『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店
162
リシヤ神話』10、L-Thr - So-net11といった資料を参照し、以下のようにまとめている。
プシュケは王の娘で三人姉妹の末っ子、絶世の美女。あまり美しいゆえ、美の女神
ウェヌス(アフロディーテ)は嫉妬して愛の神である息子のエロス(クピド)に醜い
男と結婚させよと言いつけた。しかしエロス自身がプシュケの美しさにひかれ、彼女
を自分の楽園に引き入れ一緒に暮らしたかった。そのため、アポロに頼んでプシュケ
の親が神託を伺ったとき、
「彼女に花嫁の衣装を着せ、山の上に置いておけば世の中で
一番恐ろしい怪物の嫁になろう」と答えさせた。よって、プシュケは西風(ゼピュロ
ス)に山の上にある宮殿へ運ばれて、姿を見られてはならない「怪物」と夫婦になっ
た。宮殿に人の姿はなかったが、彼女が望むことはすべてその通りになり、幸福に暮
らしていた。しかしプシュケが幸せであることを妬んだ姉たちは、彼女に夫の顔を灯
りで確認することをそそのかした。そのようにしたところ、隣で眠っていたのは美し
い青年エロスだと分ったと同時に、きのあまり蠟をひとしずく落としてしまった。起
こされたエロスは「愛は信頼のないところでは生きていられないのだ」と言って去っ
た。プシュケは後悔し、世界中を探し回るうち、エロスの母アプロディテに捕らえら
れる。そして様々な難題を命じられる。エロスや動物たちの協力でそれらをこなし、
最後に冥界のペルセポネから美の函を受け取ってくることになる。帰り道、プシュケ
はその函を開けてしまった。函には美ではなく、眠りが入っており、プシュケは深い
眠りにつく。心配したエロスが彼女を探し出し、その矢でつついて起こす。そしてオ
リュムポスに上り、ゼウスの許可を得て、改めて彼女と結婚する。
以上の物語から見ると、
「プシュケ」という少女は『海辺のカフカ』における佐伯と似た
ようなところが多く見られる。まず、美しさである。カフカが初めで 15 歳の佐伯を見る際
に「彼女は美しすぎる。顔立ちそのものが美しいというだけじゃない。彼女ぜんたいのあ
りかたが、現実のものであるにはあまりにも整いすぎているのだ」
(上 p376)と述べたこ
とから、その美しさは「絶世の美女」だと思われるプシュケと同じ点がある。次いで、佐
伯が下記のように述べていることによって、二人の恋話にも、共通する部分があるような
気がする。
これ以上深くは愛せないほど愛しました。彼も私のことを同じように愛してくれま
した。私たちは完全な円の中に生きていました。しかしもちろんそんなことはいつま
でも続きません。
(中略)円はあちこちでほころびて、外のものが楽園の内側に入り込
10
原隨園(1970)
『ギリシヤ神話』清水弘文堂 p249-251
11
L-Thr - So-net (2014 年 5 月 22 日閲覧)
http://www005.upp.so-net.ne.jp/itchan/legend/psyuke.htm
163
み、内側のものが外に出て行こうとしていました。
(中略)だから私はそのような侵入
や流出を防ぐために入り口の石を開きました。
(中略)私は報いを受けました(上
p290-291)
引用の如く、佐伯にとって、プシュケがエロスと共に幸せに暮らす「楽園」とされる宮
殿という場所も存在している。それは「甲村の書庫」
(上 p279)すなわち甲村図書館の一
部である。誰にも妨げられないまま、二人でその完全な円の中で過ぎていった。しかし、
物事が変わり「外のものが楽園の内側に入り込」
(上 p291)んだ。この描写は、プシュケ
が姉たちに来られて、そそのかされた結果と繋がるだろう。そして、
「内側のものが外に出
て行こう」
(上 p291)という意味は、佐伯の恋人が「18 歳になって東京の大学に進んだ」
(上 p271)
、または、
「20 歳のとき」
(上 p275)殴られて死んだことを指すと推測できる。
さらに、
「そのような侵入や流出を防ぐために入り口の石を開」
(上 p291)いたということ
からいうと、信頼関係が足りないため、そのような行動をしたと考えられよう。そうであ
れば、佐伯の恋人はエロスが「愛は信頼のないところでは生きていられないのだ」と言っ
たように彼氏が東京へ行ったこと、また死んだという形で佐伯のそばを去っていった。そ
の以降、
「ずいぶん人生をすり減らして」
(下 p115)いき、ある意味で佐伯にとって「恋人」
(下 p160)であるカフカと出会うまで、円は破れたままであろう。それから、カフカと交
わり、間もなく亡くなってから「円はもう一度完結した」
(下 p294)進み方から、プシュ
ケと同じく、多くの苦難にあって最後に恋人と再び会えた結果になった。
のろ
要するに、もし、カフカが父に言われた「予言というよりは、呪いに近い」
(上 p347)
ことに従い、実行しそうな動きがギリシャ悲劇「オイディプス王」の話と対応できれば、
佐伯が自分自身で「今その報いを受けているの。呪いと言っていい」
(下 p115)と言及し
た呪いは「
「エロースとプシューケー」
、すなわち「愛とこころ」の物語」12というギリシ
ャ神話に対応できると言っても過言ではない。
3.
「プシューケー」を言葉とする蝶が出てくる場面
第 1 節から述べたように、
「プシューケー」は単語として=「魂」=「幽霊」=「影」
=「蝶」=「心」=「息」=「生命」のように多義語である。どれに焦点を当てたほうが
いいか迷うところがある。しかし、河合隼雄が「プシューケー」について論述したところ
から受けた示唆を以下引用する。
ギリシャ語の「プシケ」には、蝶々という意味と心という両方の意味があります。
ギリシャでいう「プシケ」という言葉は、われわれがいまいっている心も魂も含んで
いるものですけれども、そういう象徴性が日本語の「蝶」の場合にも昔から込められ
12
呉茂一 (1979)
『ギリシア神話〈上〉
』p224
164
ていました。13
上記に示したように、河合隼雄は「プシューケー」から「蝶」と「心」という二つ意味
を抽出し論じる。それに加え、蝶は日本においても、本発表が注目する「象徴的な意味」
(下 p65)を持つことが分った。よって。本節では、多義から蝶を取り上げ考察しようと
する。
まず、蝶が出る場面に関わる人物は、三人いる。例えば、奇数章に登場する主人公「僕」
は「蝶になって世界の周辺をひらひら飛んでいる」
(下 p336)場面があり、またもう一人
の主人公で偶数章に出てくるナカタは「意識の周辺の縁を蝶と同じようにふらふらと」
(上
p144)さまようことを小さい頃からやっている描写がある。さらに、中野区から出発し、
「運命にひきつけられるように」
(下 p30)甲村記念図書館まで行こうとした二人の主人公
は結局、
互いに出会わなかったが、
かえって対面した人である佐伯も、
「宙を飛んでいる蝶々
の羽をやさしくつまんで捕まえるみたいに」
(下 p25)象徴性のある歌詞を作成した。この
三人の関係が出会い、蝶に比喩される点を通して、微妙的に繋がると言えよう。
しかし、本発表は佐伯を中心に「プシューケー」と結びつくものに加えて、カフカは「メ
タフォリカルに」
(上 p124)佐伯の恋人であることを前提とした故、考察する際に、佐伯
とカフカ二人だけに絞ることにする。ナカタとの関係は、今後の課題に譲りたい。では、
蝶が出てくる場面によって蝶と佐伯との関連性を見よう。まず、カフカと佐伯に関わる蝶
が出てくる場面は表 1 のようにまとめられる。
表 1 蝶が出てくる場面ごと
登場人物
No.
出来事
時間
カフカ
1
白い T シャツの胸のあたりに、なにか黒いものが付いていることに僕
第 10 章
、、、
は気付く。そのなにかは羽を広げた大きな蝶のようなかたちをしてい
2
る。
(中略)そこに染みついているのが赤黒い血であることを知る。
5 月 28 日
(上 p119)
23:26
僕の息づかいが耳もとで妙に大きく聞こえる。それは世界の隅っこか
第 39 章
ら吹きわたってくるすきま風のようだ。手のひらくらいの大きさの真
っ黒な蝶が、ひらひらと僕の視界を横切っていく。そのかたちは、僕
6月9日
14:00 発
の白いシャツについていた血の跡に似ている。蝶の姿が見えなくなっ
てしまうと、あたりの気配りはいっそう重々しくなり、空気がいちだ
んと冷ややかになる。
(中略)いくつかの影が背後をすばやく移動す
13
河合隼雄(2013)『こころの最終講義』新潮文庫 p154
165
る気配みたいなのがある。でもさっと振りかえると、彼らはすでにど
こかに身を隠している。
(下 p246)
3
僕は蝶になって世界の周辺をひらひら飛んでいる。周辺の外側には、 第 45 章
空白と実体がぴったりとひとつにかさなりあった空間がある。過去と
未来が切れ目のない無限のループをつくっている。そこには誰にも読
6 月 10 日
まれたことのない記号が、誰も聞かれたことのない和音がさまよって
いる。
(下 p336)
佐伯
4
「象徴性と意味性とはべつのものだからね。彼女はおそらく意味や論
第 25 章
理といった冗長な手続きをバスして、そこにあるべき正しい言葉を手
に入れることができたんだ。宙を飛んでいる蝶々の羽をやさしくつま
1969 年
佐伯 19 歳
んで捕まえるみたいに、夢の中で言葉をとらえるんだ。
」
(下 p25)
(表 1 の作成は論者による)
まず、佐伯の部分を見よう。大島の語りである No.4 から見てみると、佐伯が『海辺の
カフカ』という歌を作った姿を想像でき、また、宙=夢の中、蝶々の羽=言葉のように理
解してよかろう。それに対して、歌を作る場合について佐伯自分が「二つのコードを、と
ても遠くにある古い部屋の中で見つけたの、そのときにはその部屋のドアは開いていた」
(下 p117)と述べた。この話から見られる要点が 2 点に分けられる。一つ目は、コードす
なわち和音を見つけたことである。それはカフカが「別の世界」に入ると、
「誰も聞かれた
ことのない和音がさまよっている」
(下 p336)出来事と連想できる。二つ目は、ドアが開
いていた状況を強調することで、それによって別の世界への「入り口」を指すと推論でき
よう。
以上を合わせて見ると、
佐伯は夢の中いわば別の世界でコードや言葉などを見つけ、
歌を作成したと言えるだろう。つまり、ある意味では夢の中は別の世界であり、蝶は別の
世界の主体のようなものであろう。
続いて、カフカの場合に入ろう。まず、5 月 28 日にカフカは意識を失い、目が覚めると
「神社の本殿の裏側にある小さな林の中で」
(上 p119)服に「羽を広げた大きな蝶のよう
な」
「黒いもの」すなわち「赤黒い血」が付いていることに気づいた。あいにく同じ日、父
が殺された。両方の出来事はどのような関連性があるかについて小島基洋ら14は以下のよ
うに論じられている。
ジョン・コルトレーンが象徴する「森」の緑と、プリンスが象徴する「呪い」の赤
(=血液・ハナミズキの色)
。これらの二色は補色関係になり、あわせると黒になる。
ジョン・コルトレーンとプリンス双方共に黒人ミュージシャンであるということも偶
14
小島基洋・青柳槇平(2009)
「
『海辺のカフカ』論――迷宮のカフカ」札幌大学外国語学部紀要 70p21-33
166
然ではないだろう。
(中略)加藤は、
「column」06.色の物語」
『村上春樹 イエローペ
ージ 2』p59 において、
『ノルウェイの森』のブックカバーに用いられた赤と緑は補色
の関係になり、混ぜると黒――喪の色――になることを指摘している。
引用のように、出来事は、林という色、血という色、亡くなる人という三つに分けて分
析できる。
「林」の緑と服に付いた「血」の赤黒い色、二色が共に描写されたのはある象徴
があるはずである。血の色は、主人公がいる林の緑と混ぜると黒という「喪の色」になり、
形では、
「蝶」であり、それについて解釈のし方が二つある。まず、先ほど考察したように
蝶は別の世界のものという象徴である。
そして、
「プシューケー」
のコンセプトに基づいて、
蝶は人間が死ぬとなる「魂」や「幽霊」に対応できる。要するに、その服に付いた蝶は、
別の世界に存在する「魂」などの投影であり、蝶という形でカフカの服に付いたと理解で
きよう。また、
「魂」や「幽霊」は誰かというと、言うまでもなく血が付いた日と同じ日に
死んだ父と結び付けることができる。つまり、その赤黒い蝶、血の跡はカフカの父の死の
象徴と言ってよかろう。
それから、山の中で過ごしていった2日目、6 月 9 日、
「午後 2 時に―ちょうど図書館の
ツアーの時間」
(下 p244)であり、カフカ「はまた森の中に入る」
(下 p244)
。何時間がか
かるか分らないが、その後、真っ黒な蝶と出会った。不思議なことに、この日、佐伯はナ
カタと接したら、なくなった。大島がなくなった佐伯を気づいたのは「午後の4時35分」
(下 p298)である。もし、ここでは「佐伯≒ププシューケー=蝶」の論点から見て、また、
「蝶」=「魂」と解釈すると、カフカが会った「喪の色」とされる真っ黒の蝶は死んだ佐
伯だと言っても過言ではない。
最後は、6 月 10 日、
「森のいちばん奥の部分」
(下 p333)に入る前に、カフカは「自分の
身を捨てる」
(下 p306)
。着いたところ、
「蝶になって世界の周辺をひらひら飛んでいる。
」
(上 p119)つまり、カフカはしばらく自分の身を捨てて、
「魂」
(=「蝶」
)になって、
「世
界の周辺」すなわち「森の奥」
(また=15リンボすなわち生と死の世界のあいだに横たわる
中間地点)にいると推論できる。なお、そうであれば、別の世界へ入ったことのあるナカ
タと対応できると思われる。なぜかというと、この場面は 9 歳のナカタと同じように、体
を現実の世界において、別の世界へ入って何かをして、帰ってからも、
「考えもせずに日常
的にやって(中略)意識の周辺を、蝶と同じようにふらふらとさ迷」
(上 p144)う、と表
現される。言わば、森の奥=世界の周辺=リンボ=別の世界と言ってもよかろう。
要するに、考察した内容からすると、
「蝶」=「魂」で、佐伯と繋がることができる。さ
らに、蝶のほか、佐伯は「ある意味では心を病んでいる」
(上 p280)こと、
「魂の機能が普
15
リンボとも言える。それは死んだジョニー・ウォーカーが「リンボというのは、生と死の世界のあいだに横
たわる中間地点だ。
(中略)それがつまり、私が今いるところだ。今とところはこの森が。
」
(下 p366)と述べ
たことから推論できる。
167
通の人とはちがった動きかたをしているといっていいかもしれない」
(上 p281)こと、少
女は佐伯「の心の森の中にだまし絵みたいに潜み、こっそりと眠っている。
」
(下 p34)と
いったププシューケーの語に関係がある描写から見ると、やはり「佐伯≒ププシューケー」
という仮説が支持される。
4.おわりに
本発表はギリシャ神話から見て『海辺のカフカ』における佐伯の人物像を解明したもの
である。考察結果は二点に分けられる。まず、ギリシャ神話には蝶を持った「プシューケ
ー」と呼ばれる少女がいる。その人の名前の翻訳、物語の内容、言葉の意味、どれも佐伯
と関連しているため、
「佐伯≒ププシューケー」という仮設が可能である。その仮説を踏ま
えて、
『海辺のカフカ』における蝶に関する出来事と合わせてみれば、蝶の意味が明らかに
なった。カフカは、まず、5 月 28 日に死んで蝶という形の魂になった父と、ある意味で接
した。そして、6 月 9 日、死んで蝶になり森の奥(=世界の周辺=リンボ=別の世界)に
飛び込んだ佐伯と擦れ違った。6 月 10 日、自分の身を捨てて、やっと森の奥に着いた。何
日かが過ぎてから、すでに森の奥に着いた、すでにこの世のものではない佐伯と出合った
ということである。そこで、カフカが外国語に由来するように佐伯にも対応できるギリシ
ャ神話の人物が存在している。その原型は「プシューケー」であると分った。
テキスト
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ 上』新潮社
村上春樹(2004・初版 2002)
『海辺のカフカ 下』新潮社
参考文献(年代順)
(一)書籍・論文
高津 春繁(1960)
『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店
原隨園(1970)
『ギリシヤ神話』清水弘文堂
呉 茂一(1979)
『ギリシア神話〈上〉
』新潮文庫
清水典良(2006)
「メタファーの森『海辺のカフカ』
」
『村上春樹はくせになる』朝日新聞社
小島基洋・青柳槇平(2009)
「
『海辺のカフカ』論――迷宮のカフカ」札幌大学外国語学部紀要 70
河合隼雄(2013)『こころの最終講義』新潮文庫
(二)インターネットとその他
『海辺のカフカ』
、
『村上春樹編集長少年カフカ』
、村上春樹(2)- Auggie の文化放談-
http://d.hatena.ne.jp/Auggie/20060411/1145533028
weblio 辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%BC
So-net
http://www005.upp.so-net.ne.jp/itchan/legend/psyuke.htm
スーパー大辞林 3.0 電子辞書
168
六、論文壁報發表大綱⑥
「踊る小人」における「欲望」
呂 函螢
東呉大学 修士 2 年生
1、はじめに
「踊る小人」1は 1984 年 1 月の『新潮』に掲載され、1987 年 9 月に『蛍・納屋を焼く・
その他の短編』
(新潮社)に収録された短篇小説である。夢の中で「小人」に出会った「僕」
は老人から「小人」に関するうわさを聞いた。そのうわさは「小人」の踊りが上手なこと
である。そして、
「僕」は好きな第八工程に入った若い女の子を手に入れるために、
「小人」
のわなに落ちた。その後、
「僕」は不思議な場面を見てしまった。それは美しい女の子の顔
がどこまで蛆を出続けるという怖い場面である。
「僕」が「こんなことが本当に起るわけは
ないと思った」
(P.347)
。したがって、彼は声を出さなかった。その後、
「小人」は「僕」
の体から抜け出した。
「僕」の踊っている姿が「小人」に似ていたため、警官に「僕」を追
われることと「小人」は毎晩「僕」の夢に現れて、脅かされる結果になった。
作品には「小人」を通して、主人公の「欲望」を映す。同時に、
「僕」を通して、
「小人」
の望みも反映する。
「踊る小人」の主人公である「僕」は「小人」が夢の中にしか存在する
者だと思わなかった。したがって、
「小人」は「僕」に影響されなかった。その後、
「僕」
は「小人」が自分の心を読めることが知り、
「小人」を警戒にした。また、
「小人」は自分
の踊りを通し、自分の望みが叶えることを期待する。
本稿では、まず、
「小人」が「僕」に与える影響を抽出し、
「僕」について分析したい。
次は「小人」の個性と行為を取り上げ、
「小人」の願望を考察したい。そして、作中で「僕」
と「小人」は各自の媒介を通し、
「欲望」を映し出し、彼らの心境変化を明らかにする。
2、
「小人」によって引き出された「欲望」
「踊る小人」の冒頭は私が夢の中で「小人」に出会うところから始る。僕には「それが
夢だということはちゃんとわかっていた」
(P.322)という意識がある。また、
「夢の中の僕
も、そのときの現実の僕と同じくらい疲れていた」
(P.322)という叙述から、現実と夢の
中の二つ空間が分けられる。言い換え、夢の空間は非現実と認められる。本稿では「僕」
が生活する世界を現実とし、夢の中を非現実とする。したがって、
「僕」にとって「小人」
は非現実的な存在であった。即ち、現実で暮らしている僕にとって、
「小人」には影響され
なかったし、怖くない。
しかし、
「僕」は「小人」の上手な踊りが見たことと伴い、
「僕」と周りにやや変化が次
第に訪れる。その変化は鳥の姿が変わったことをはじめ、相棒の態度の変化であり、
「僕」
が老人に話しかけたことである。四つ目、普段は綺麗といわれる女の子が実は綺麗ではな
1
テキスト 村上春樹『
「象の消滅」 短篇選集 1980-1991』
、2005.03、新潮社、PP.322-349
169
いが、小人と会った後新しい女の子は本当の美人である。まず、
「鳥はいつものように見え
なかった」
(P.325)という文は「小人」と出会った後、
「僕」の生活が変わっていった前奏
であろう。毎日工場では象を作っていた生活がやや変わった。まず、相棒との話し合いの
場合で、
いつも答えない相棒は珍しく考え、
「小人」
に関する足がかりを伝える状況である。
次は相棒の態度の変化について説明したい。
僕は夢に出てきた踊る小人のことを相棒に話した。僕はその夢の中の情景を隅々ま
でしっかりと覚えていたので、
どうでもいいような細かいところまで克明に説明した。
ことばで足りないところは実際に首を振ってみたり、手をまわしたり、足を踏んだり
して示した。
(中略)しかし相棒は、彼にしては珍しくそのあとも長いあいだ一人で考
えこんでいた。
「どうかしたの?」と僕は訪ねてみた。
「どこかで前にも一度小人の話
を聞いたような気がするんだ」と彼は言った。
(PP.327-328。下線の部分、引用者より。
)
「僕」は「小人」に関わる情景を詳しく説明することから、
「僕」が「小人」の踊りと
話しが気になると見られる。また、
「僕」はわざと「小人」の踊りを暗記することから見れ
ば、羨ましくて、期待する気持ちを含んでいると思われる可能性がある。
「僕と相棒はどち
らもだらだら働くのが性にあわなかったので、朝のうちにまとめて仕事を済ませ、午後は
世間話をしたり本をよんだり、それぞれ好きなことをして過すことにしていた」
(P.327)
。
前述した文は「僕」と相棒の生活の描写である。特に相棒は工場のルールを守り、疑いが
なくて考えも少ない人であろう。しかし、
「小人」の話題で相棒の反応が変わった。
「ええ」と僕は言った。その老人なら酒場で何度か見かけたことがある。
(中略)
「ど
んな話だったんですか」と僕は訊ねてみた。
「そうさなあ、何しろ昔のことだから……」
と言って相棒は腕を組み、また考え込んだ。でもそれ以上のことは何も思い出せなか
った。やがて彼はむっくりと体を起こして、
「いや、思い出せん」と言った。
「やはり
あんたが実際にじいさんに会って、自分の耳で話を聞いてみる方がよかろうよ」僕は
そうすることにした。
(P.329)
「僕」は老人を見たことがあるが、話したことはない。しかし、相棒の話のために、
「僕」
は関係のない老人に話しかけた。
「僕」が老人との話し合いによって、
「小人」の経歴と噂
が分かった。その話の中では、
「小人」は現実に存在した人と今、行方不明だという事実を
知った。そのうわさを聞いた後、それきり「小人」とずっと会ってなかった「僕」は気に
なる女の子と一面識になった。そして、
「僕」はまた「小人」と夢の中で出会った。その女
の子と一面識になった「僕」にとって、欲望を引き出すきっかけが見える。
夢の中に現れた「小人」は「今日は踊らない」
(P.338)と言い、
「僕」の注意を引き出
170
した。次に、
「小人」は突然「僕」に「女の子のことだよ。あの子が欲しいんじゃないのか?」
(P.339)と聞き、
「僕」の心の中に潜んでいる「欲望」を引っ張るつもりである。そして、
「小人」は質問を通して「僕」が女の子に対する肉体がほしい「欲望」を引き出された。
一方、
「僕」は「小人」が人の心を読めるという力に気付き、注意した。しかしながら、
「僕」
は「やってみることにしよう」
(P.342)と答えた際に、
「小人」の作ったわなに落ちた。
「僕」
がわなに落ちたのは自分の「欲望」のために任せる理由である。
他に、
「小人」の力を借りることには条件があった。その条件は踊りの力を借りる期間
で、
「僕」は話さなかった。もし、声を出したら、
「僕」の体は永遠に「小人」のものにな
った。そして、
「僕」と女の子は舞踏場から草原へ行く時、彼女の顔が変わった。彼女の顔
から蛆が続けて出てきて、死臭があたりを覆った。しかし、
「僕」の耳に「小人」の笑い声
が聞こえた。言い換えれば、女の子の顔は「小人」の力で変わったまやかしなのである。
その時、
「僕」は「誰でもいいから、誰かにこの地獄からひっぱり出して欲しかった」
(P.347)
という考えがあった。それ故に、彼の「欲望」を感じていた。このとき、女の子が欲しい
欲望より生きいたい欲望が強くなった。
それは、
「僕」にとって、
「小人」は彼の心に潜んでいる欲望を鏡のように映す媒介のよ
うな存在である。また、
「僕」の欲望の他に、
「小人」はもう一つを反映する。
「小人」は「僕」
の体に潜んで踊った時間に、
「僕」は「もし僕がひとつの夢のために別の夢を利用している
のだとしたら、本当の僕はいったいどこにいるのだろう」
(P.344)という疑問があった。
その時、
「僕」は本当の自分がどこにいるかということを意識した。作品の冒頭で「僕」は
毎日象を作ることに勤め、生活と仕事に疑いがないのを守っていたことと比べると、現在
の「僕」は「自我」に関する独立という思考能力があった。本当の自分を探求する概念も
「小人」を通して映し出すことを示すようであろう。それ故に、
「小人」が作ったわなに落
ちた「僕」は警官に追われているうちに、
「小人」からの脅かしが「どちらかを選ぶことな
んてできない」
(P.349)という結果を導いた。言い換えれば、
「小人」に誘われたから、
「僕」
は最後の道を選んだ。即ち、逃げる道路であった。この道は「僕」が自分の本音によって、
選んだ道である。他の外力を受けなく、自分が決めた選びである。そこで、
「小人」は「僕」
にとって、自我を発見する媒介になった。
3、踊りから反映する「小人」の望み
この節は「小人」の個性を探求する際に、彼の望みが窺える。作中で、
「小人」は常に
踊り、一回だけ踊らなかった。それは、
「小人」と「僕」の二回目の出会いのことである。
まず、踊る状況で、
「小人」の個性が強く、以下の段落のようである。
「北の国から来たんだ」と小人は僕の返事を待たずに勝手にしゃべりはじめ、指を
ぱちんと鳴らした。
「北の人間は誰も踊らない。誰も踊り方を知らない。誰も踊りな
んてものがあることじたいを知らない。でもあたしは踊りたかった。足を踏み、手を
171
まわし、首を振り、ぐるりと回りたかった。こんな風にね」
(PP.323-324)
「僕の返事を待たずに勝手にしゃべり」から見れば、
「小人」の個性は自分がやりたい場
合で、勝手にやる自我の人である。また、北の国で、誰でも踊らないが、
「小人」は「踊り
たかった」理由で、完璧な踊りを学んだ。ここから見れば、
「小人」は気迫がある人である。
しかし、
「小人」は踊りができることに満足ではなく、
「皇帝の前でも踊った」
(P.324)こ
ともあった。さらに、
「小人」は自分の踊りで何か影響したと考えられ、証拠は以下のよう
である。
小人はこの酒場で約半年踊っていた。
酒場はいつもあふれんばかりの客でうまった。
みんな小人の踊りを見に来た客だった。客たちは小人の踊りを見ては限りのない至福
に浸り、限りのない悲嘆に暮れた。小人はその頃から踊り方ひとつで人々の感情を自
由にあやつるやり方を身につけることになった。
(P.322)
「小人」は酒場で踊り、自分の踊りの力を展示し、
「人々の感情を自由にあやつるやり
方」を見つけた。その時から、彼は欲張りになる可能性を露呈する。人気がある「小人」
の話しは皇帝の耳に入った。その故に、
「小人」は宮廷に行き、皇帝と貴族のために踊っ
た。
「小人」の踊りの魔力は皇帝と貴族にとって有効である。
「小人」の踊りを見たとき、
皆の反応は以下のようである。
人々は息をのんで小人をみつめた。誰も一言も口をきくことができなかった。何人か
の貴婦人は気を失って倒れた。皇帝は金粉酒の入ったクリスタル・グラスを思わず床
に落としてしまったが、その砕けちる音にも誰一人として気づかないほどだった。
(P.333)
以上の内容によると、
「小人」の魅力的な踊りが理解できる。宮廷の踊り子になったら、
生活は豊かになることが想像できる。しかしながら、
「小人」はそれだけ満たさない。
「小
人が宮廷に入ってからすぐに革命が起ったん」
(P.333)言説からみれば、
「小人」は革命を
促成するきっかけかもしれない。さらに、
「革命軍がずっと血まなこになって小人の行方を
捜しておったということ」(P.334)と「小人は宮廷でよくない力を使ったということ」
(P.334)で、
「小人」と革命の繋がりが強くなった。また、
「小人」は皇帝に何か影響する
ことがあるのを推測できる。ここまで、
「小人」は自分の踊りを通し、権力を把握しようと
する。しかし、皇帝が殺され、
「小人」も逃げた結果で、
「小人」の願望を叶わなかった。
常に強さを表現する「小人」と比べると、自分の弱さを示す「小人」は異常なことが推
測できる。
「僕」はこのような「小人」を見たとき、
「踊っていない時の小人はとても弱々
172
しくて、気の毒な感じがした。かつて宮廷で権勢を誇ったとか、そういう風にはまるで見
えな」
(P.338)く感じをした。そして、
「小人」は「活力が必要なんだ。体にみなぎる新し
い活力がね。いつまでも踊りつづけることができて、雨に濡れても風邪をひかなくて、野
山を駆けまわることのできる新しい活力がね。それが要るんだ」
(P.339)と明らかに自分
の望みを言った。
「小人」は弱さを示し、
「僕」の警戒が弱くなる際に、自分の要求を言っ
た。また、
「小人」は「僕」の同情を得ながら、自分の意図を伝達した。本当に欲しいのは
「僕」の体である事実を隠した「小人」は踊りの力で「僕」と条件を交換した。彼は「僕」
の心を読める能力を表現し、
「あんたの力じゃなんともならんさ」
(P.339)と言い、
「僕」
の能力を否定した。そして、
「小人」は自分の踊る能力の強さを強調したことで、
「僕」と
相談する場面は以下のようである。
「でもね、あたしがちょっと力を貸せばなんとかなるかもしれんよ」と小人はそっ
と囁いた。
「どんな力?」と僕は好奇心に駆られてたずねてみた。
「踊りだよ。あの子
は踊りが好きだ。だからあの子の前でうまく踊りさえすれば、あの子はもうお前さん
のものだよ。あんたはあとは木の下に立って果実が勝手に落ちてくるのをじいっと待
ってりゃいいのさ」
(P.340)
この段落を見れば、
「小人」は自分の踊りに誇り、
「僕」の欲望を利用し、自分の目的を
達成するつもりである。その目的は「僕」が勝ったとき明らかに見える。
「小人」は自分の
力で第八工場の女の子の顔が怖く変わらせ、
「僕」に発声させるつもりである。にもかかわ
らず、
「僕」は我慢し、勝った。その後、
「小人」は以下の内容を言った。
「あんたは何度も何度も勝つことができる。しかし負けるのはたった一度だ。あんた
が一度負けたらすべては終り。
そしてあんたはいつか必ず負ける。
それでおしまいさ。
いいかい、あたしはそれをずっとずっと待っているんだ」
(P.348)
「小人」の叙述から見ると、彼は個性が我慢強く、自分の願望に対する執着する態度も
明確に見える。また、
「小人」は結局のところで毎日「僕」の夢に現れ、
「僕」の体に入れ
ろと言うことから、
「小人」の願望は「僕」の体を奪うことが分かる。そして、普段の通り、
「小人」が「人々の感情を自由にあやつるやり方」
(P.322)は「僕」にとって、無用にな
った。言い換えれば、今まで、
「小人」は自分の踊りを通し、権力であり、名利であり、自
分が欲しいものを簡単に手に入れた状況が破られた。
「小人」にとって勝つ道へ行く媒介で
ある踊りは無効になった。
173
4、おわりに
作品の中には、人の「欲望」が表現されている。
「欲望」は人の心の暗闇に潜んでいる
ものである。
「踊る小人」の中で、もし「僕」は女の子に対して何も考えなかったら、
「小
人」のわなに落ちるはずはない。また、
「僕」は「小人」の脅かしに落ちない、警官に追わ
れてない、森で踊ることと死亡に対することを選択しなかった。
また、北国で生活する「小人」は踊りができないなら、
「小人」は欲張りではなかろう。
そうすると、
「小人」は森の中で一人で踊る生活をしない。さらに、彼は「僕」のような体
に必要がないかもしれない。
今回、
「小人」と「踊り」を媒介として、人の心に潜んでいる「欲望」の表現について
考察した。
「踊る小人」は最初から「僕」の「欲望」を表現し、
「小人」は手がかりのよう
な存在であり、
「僕」の「欲望」をだんだん引き出された。しかし、作品が進むにつれて、
「小人」の力は踊りから、
「小人」の願望も明らかに浮かぶ。即ち、
「小人」にとって、踊
りを媒介として、
「小人」の欲張りを露呈することである。
テキスト
村上春樹『
「象の消滅」 短篇選集 1980-1991』
、2005.03、新潮社
174
六、論文壁報發表大綱⑦
『海辺のカフカ』をめぐる生霊
―生と死を中心に―
陳 奕潔
淡江大学 修士 2 年生
一、はじめに
『海辺のカフカ』
(2002 年・新潮社)の主人公である田村カフカ(以下はカフカと称す、
以下同様)は、4 歳の時に母と姉が家出してから父と二人暮らしてきた。そして、カフカ
は 15 歳の誕生日に家出して、東京から四国に向かって、高松にある甲村図書館に行った。
カフカは甲村図書館で小説を読んで、最初に読み始めるのはバートン版の『千夜一夜物
語』である。また、ほかにカフカが読んだ小説は『流刑地にて』などで、それぞれ『海辺
のカフカ』にヒントを出して、物語と繋がっている。しかし、
『海辺のカフカ』に出現した
小説はカフカ自身が読んだ何冊の小説だけではなくて、大島が例としてあげた『源氏物語』
や『雨月物語』も『海辺のカフカ』に繋がっている。
『海辺のカフカ』の先行研究はほとんど『千夜一夜物語』や『流刑地にて』など西洋の
物語に関している。また、村上春樹における先行研究にも西洋の物語と関わっている研究
が多いようである。そこで、論者は『海辺のカフカ』の中に出現した東洋物語の『源氏物
語』や『雨月物語』がどんな役割があるか、またどんな繋がりがあるかを研究したい。
研究手順としては、まず『海辺のカフカ』の謎として認められている殺人事件の真相を
解明する。次に、
『源氏物語』や『雨月物語』との繋がり、関連性を探す。最後に、殺人事
件の真相と以上二つの東洋物語に何関連性があるかを研究して、物語のもう一種の読み方
を提供したい。
二、殺された死者の正体
『海辺のカフカ』の中で「殺され」という手段で死んだのは二人がいる。一人は「世界
的に知られる彫刻家、田村浩一氏」
(上 P337)で、もう一人は「猫殺しのジョニー・ウォ
ーカー」
(上 P241)である。
「殺され」という手段で死んだのは二人もいるが、
『海辺のカ
フカ』の中で「殺す」という動作を実行したのは「猫さん探しの」
(上 P82)ナカタだけで
ある。確かにカフカは「どこかで誰かを傷つけたかもしれない」
(上 P150)とさくらに自
首した、しかしカフカは自分のこの行動について「自分がなにをしたかまったく覚えてい
ない」
(上 P150)と言った。ここではまず、カフカは誰かを傷つけたかを探究してみよう。
カフカは「午後 11 時 26 分。5 月 28 日。
」
(上 P117)に「神社の本殿の裏側にある小さな
林の中で、僕は意識を失っていたのだ。
」
(上 P119)と述べた。カフカの意識が戻ったとき、
彼は「深い茂みの中にいる」
(上 P116)とカフカは述べた。カフカは「たぶん 4 時間くら
い」
(上 P117)意識を失った。カフカの意識が戻った後、彼の白い T シャツに「赤黒い血」
175
(上 P119)が染み付いていることに気付いた。一体カフカは意識を失っていた四時間の中
で何をしたのか、また彼は誰かを傷つけたのかは、小説の中で残された謎である。
、、、、、、、、、
カフカは生まれつきの「呪い」
(上 P347)に呪った。その呪いは「お前はいつかその手
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
で父親を殺し、いつか母親と交わることになるって」
(上 P348、傍点は原文のまま、以下
同様)父から何度も繰り返しカフカに聞かせたのである。もしカフカは誰かを傷つけたの
は事実であったら、
呪いにかかったカフカとして、
その人は彼の父親である可能性が高い。
ここではまず、もしカフカは誰かを傷つけたのは事実であったら、その人は彼の父親とひ
とまず仮定しよう。
また、カフカと大島との会話から見ると、刺殺された田村浩一はカフカの父親であるこ
とが分かる。
「そこにある田村浩一というのは、ひょっとして君のお父さんじゃないかと思
った」
(上 P339)と大島はカフカに尋ねた。そして、カフカは「僕はうなずく。
」
(上 P339)
と大島の疑問を暗黙した。ここで田村浩一はカフカの父親であることは証明され、残され
た謎は田村浩一を殺したのは息子であるカフカかである。カフカは父親である田村浩一を
刺殺する可能性はあるのかと、論者はその可能性はないと思う。まず、大島は「君はその
日、夕方までこの図書館にいて本を読んでいた。それから東京に帰ってお父さんを殺し、
その足でまた高松に戻ってくるのは、どうみても時間的に不可能だ」
(上 P340)や「だっ
て君はお父さんを殺してはいない。君はそのときこの高松にいた。誰か別の人間が東京で
お父さんを殺した。
」
(上 P351)とカフカが犯人である可能性はないとはっきりと証明した。
カフカには強力なアリバイが持っている。そこで、論者は田村浩一を殺したのはカフカで
はないと推論した。
一方、
「ナカタはさきほど人を殺しました」
(上 P286)と警官に自首したナカタは、確か
に彼の手でジョニー・ウォーカーを殺した。しかし、ジョニー・ウォーカーは現実世界の
人ではなく、別の世界の人であろう。どうしてジョニー・ウォーカーは現実世界の人では
ないと推測したかというと、ナカタが自首したときに、警官はナカタに「あんた、人を殺
して血まみれになったというわりには、服に何もついていないですね」
(上 P290)とナカ
タが述べたことに感想を付け加えた。そしてナカタは「たしかナカタ自身もずいぶん血ま
みれになっていたはずなのですが、気がついたときにはそれはなくなっていました。不思
議です」
(上 P290)と返事した。そこで、論者はナカタは自分の意識の中でどこかの世界
でジョニー・ウォーカーという現実ではない人物を殺したと推論する。
ところで、ジョニー・ウォーカーを殺したナカタは警官に自首したときに、変なことを
言った。
「明日の夕方」
(上 P290)に「空から雨が降るみたいに魚が降ってきます。たくさ
んの魚です。たぶんイワシだと思います。中にはアジも少しは混じっているかもしれませ
ん」
(上 P291)と予言した。一方、大島が新聞でこの記事をカフカに知らせた。
「29 日の夕
方 6 時頃、中野区野方*丁目におよそ 2000 匹のイワシをアジが空から降ってきて」
(上
P345)と書かれた。上述した二つ事件の共通点は単なる偶然ではないであれば、ナカタが
176
予言したことは記事で書かれた事件である。そこで、ナカタが警官に自首した期日は 28
日と推測できる。また、ナカタが自首するときに言った「さきほど人を殺しました」
(上
P286)と推論すると、ジョニー・ウォーカーが殺されたのは 5 月 28 日である。
ジョニー・ウォーカーが殺されたのは 5 月 28 日と同時に、田村浩一が殺されたの期日
も 5 月 28 日で、
「警察が発表した死亡推定時刻は 28 日の夕刻」
(上 P337)と新聞に明確に
書かれている。これは単なる偶然か、またはジョニー・ウォーカーと田村浩一とは実は同
一人物であるか。また、他の共通点もあると論者は気付いた。ジョニー・ウォーカーと田
村浩一との死亡描写について共通点を整理し、以下の表 1 のように示す。
表 1 ジョニー・ウォーカーと田村浩一との死亡共通点
ジョニー・ウォーカー
田村浩一
死亡期日
5 月 28 日(上 P286)
5 月 28 日(上 P337)
凶器
ステーキナイフのような形
犯行に使用された刃物は、台所から持ち
をした大型のナイフだった
出されたもの(上 P337)
(上 P257)
肉を切るための鋭いナイフ(上 P337)
胸に根もと(上 P257)
胸の数カ所(上 P337)
刺された部分
(表 1 の作成は論者による。
)
表 1 に示したように、ジョニー・ウォーカーと田村浩一の死亡描写について、共通点は
少なくとも三つある。これは単なるな偶然ではないと論者は思う。ナカタは確かにジョニ
ー・ウォーカーを殺した。しかし現実世界で本当に死んだのは田村浩一である。そこで、
ジョニー・ウォーカーと田村浩一は同一人物であると推測できよう。
『海辺のカフカ』の中
で殺された人はジョニー・ウォーカーであり、田村浩一である。
三、生き霊と死霊
『海辺のカフカ』の中でよく出てくるのは幽霊である。カフカは何回も 15 歳の佐伯の幽
霊を見た。生きていながら幽霊になった佐伯について、カフカは大島に質問をした。
「ねえ
大島さん、妙なことをきくみたいだけど、人が生きながら幽霊になることってあるの?」
(上 P387)とカフカは尋ねた。そして大島は『源氏物語』を例として取り上げて説明した。
大島の説明によると生き霊は存在している。どうしてここで生き霊を取り上げたのかは次
の部分で説明する。
(一)カフカの正体
まず、田村カフカとカラスと呼ばれる少年の関係と謎について、加藤典洋は田村カフカ
は三人もいると『イエローページ村上春樹 PART21』の中で解釈している。論者は原文の重
点を取り上げ整理し、以下の表 2 のように示す。
1
加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P162-163
177
表 2 加藤典洋による三人のカフカ
第一人格
田村少年
基体存在
田村浩一氏の息子
第二人格
カラスと呼ばれる 別人格の守護神的人格
少年
第三人格
折りたたみ式ナイフ
僕
(=田村カフカ) 「田村少年」の多重人格のうちの一人
守護人格に守られる存在として生み出した
(表 2 の作成は加藤典洋の論点2を参考しながら作成したものである。
)
上述のように、加藤典洋によると、田村カフカは三人の人格を持っている。それを基づ
いて、田村少年(第一人格)が 5 月 18 日に家出した際に、父を殺害し、そして十日後に、
ナカタは「ジョニー・ウォーカーさんに導かれて、ナカタはそこにいたはずの 15 歳の少年
のかわりに、ひとりのひとを殺した」
(下 P288)
。ナカタは田村少年の父を「殺し直す」こ
とで、いわば最初の田村カフカの父殺しを「打ち消す」3。
加藤典洋のこの論点の中で、田村カフカは三人の人格を持っている部分は大変納得のい
くものである。とくに彼が注目して引用した「僕はうなずく。僕はうなずく。僕はうなず
く。
」
(上 P39、太字は原文のまま、以下同様。
)部分はよい着目点だと思う。奇数章の太字
の文章は「カラスと呼ばれる少年」の語り部分である4。
しかし、加藤典洋自身も言ったように、彼のこの解釈の最大の障害は新聞報道が述べて
いた殺害推定日付である5。彼はこの解釈の障害について、
「この小説は、これを田村カフ
カ少年の内側から眺めるなら、少年が父を殺害し、それから家出している。しかし、これ
を外から見るなら、少年の父は少年の家出時に殺害されておらず、それから一○日後、書
斎で全裸のまま、ナイフで刺し殺されているのだ。
」6と説明した。
以上の引用を見てわかるように、日付のことに関しては加藤典洋は上述のように「誤読
7
」と説明した。しかし、彼の解釈はこの部分については、十分に究明されたとは言いがた
い。また、前節でも推論したように、田村浩一を殺したのはナカタである。しかし加藤典
洋の論述によると、田村浩一を殺したのは田村少年である。この解釈について一番の障害
「日付」について、彼の答えは「誤読」だと論者はこの点について疑問を持っている。そ
して、
「カラスと呼ばれる少年」は折りたたみ式ナイフであるという解釈も不十分だと論者
は思う。もしカラスと呼ばれる少年は本当にナイフであれば、ナイフは生き物ではないの
でどうして話せるのかは二つ目の疑問である。
2
加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社
3加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P193
4
加藤典洋(2004)
「
『海辺のカフカ』―注[太字の謎]」
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P163
5
加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P169
6
加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P189
7
加藤典洋(2004)
「
『海辺のカフカ』―権利ある誤読」
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社 P189
178
一方、論者は田村カフカは三人もいるという論説に賛成する。しかし、それは前に整理
した加藤典洋が分類した三人ではない。そして、村上春樹自身が『海辺のカフカ』につい
てのインタビュー8で論者は三人のカフカの正体についてのポイントを気付いた。村上春樹
のインタビューを参照しながら、論者は三人の田村カフカを表 3 のように説明する。
表 3 論者による三人のカフカ
田村カフカ(僕)
カラスと呼ばれる少年
田村カフカの生き霊(影)
普通の意識
心の中の意識
父に呪われて父に殺意を抱い
心の内面世界の描写
ている生き霊
二階建ての家の一階
二階建ての家の二階
二階建ての家の地下室
人がみんなで集まってご
個室や寝室があって、一人に 暗闇の中をめぐって、普通の
飯を食べたり、テレビ見
なって本読んだり、一人で音 家の中では見られないものを
たり、話したり
楽聴いたり
人は体験する
(表 3 の作成は村上春樹インタビュー集9を参考しながら作成したものである。
)
表 3 のように、論者は田村カフカの中で、彼自分自身が意識している意識は二つしかい
ないと思う。そして、もう一人は大島が『源氏物語』を例として説明した生き霊である。
第三人目は生き霊であるからこそ彼らの意識は繋がっていない。
「六条御息所は自分が生き
霊になっていることにまったく気がついていない」
(上 P388)と大島は『源氏物語』の中
で生き霊は本人との意識は繋がっていないと示した。もし三人目のカフカは生き霊である
説は正しいならば、彼の生き霊はナカタに憑依して、ナカタの体を通して父親である田村
浩一を殺したという解釈もできよう。
ところで、ナカタはどうして憑依されられるかは次節で説明する。ここはまず第三人目
のカフカは生き霊と推論する。また、生き霊を通して父を殺して、自分の服も血が染みつ
いていることも説明される。大島が述べた『源氏物語』のように、六条御息所は「悪夢に
苛まれて目を覚ますと、長い黒髪に覚えのない護摩の匂いが染みついているので、彼女は
わけがわからず混乱する。
それは葵上のための祈禱に使われている護摩の匂いだった。
(上
」
P388、下線は論者による、以下同様。
)そこで注目すべきところはある。六条御息所の生き
霊は葵上の寝所に通っていたで、彼女の本体にも葵上のための祈禱に使われている護摩の
匂いが染みついていた。そして、カフカの生き霊はナカタを通して、父を殺して、自分の
服も赤黒い血が「染みついている」
(上 P119)
。そこで、カフカの服に染みついている血の
謎は解けた。それは彼の父親田村浩一の血である。彼の生き霊が自分の父親を殺した。
一方、田村カフカはどうして生き霊になったのか。原因はおそらく、父親による呪いで
あるネガティブな感情であろう。大島は生き霊になる原因について、
「生き霊はほとんどす
8
村上春樹(2010)
「
『海辺のカフカ』を中心に」
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビ
ュー集 1997-2009』文芸春秋 P98
9
村上春樹(2010)
「
『海辺のカフカ』を中心に」
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビ
ュー集 1997-2009』文芸春秋
179
べて、ネガティブな感情からうみだされているようだ」
(上 P389)と述べている。カフカ
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
は「僕が父から引き継いでいるのは遺伝子だけだ」
(上 P341)や「その予言は時限装置み
たいに僕の遺伝子の中に埋め込まれていて、なにをしようとそれを変更することはできな
いんだって」
(上 P348)と呪いをこのように述べた。父親がその呪いを呪った原因は、カ
フカは「あるいは父は、自分を捨てて出ていった母と姉に復讐をしたかったのかもしれな
い。
」と推測した。もし父が呪いをかけた理由は母と姉に復讐しようだとしたら、どうして
自分を殺すという呪いをかけたのか。この疑問の答えは次節で説明する。
(二)影の正体
『海辺のカフカ』の中で「影」が半分しかない人は二人もいる。一人目は「地面に落ち
ている影が普通の人の半分くらいの濃さしかない」
(上 P87)ナカタである。二人目は「ナ
カタには半分しか影がありません。サエキと同じようにです」
(下 P289)とナカタの言葉
について「はい」と答えた佐伯である。
「影」が半分しかない人は二人もいる、それは単な
る偶然ではないと論者は思う。この点も『海辺のカフカ』の中で一つの謎である。そこで、
ここでは半分しかない「影」について探究しよう。
影の濃さが半分しかない佐伯といえば、物語の中で彼女最大の特徴(または特別なとこ
ろ)は、彼女には時々15 歳の生き霊になるのである。
一方、影の濃さが半分しかないナカタはカフカの生き霊に憑依された。その原因は前節
ではまだ深く説明していない。ここでその原因を説明する。ナカタの「影」が普通の人の
半分しかないと提示した猫オオツカとの会話で、ナカタは自分に 9 歳の時に遭った事故に
ついて「頭の中がきれいさっぱりからっぽになっておりました」と述べた。また、猫オオ
ツカは「でもね、影のこともちょっとは考えてやった方がいいんじゃないかね。影として
も肩身が狭いかもしれないよ。もしオレが影だったら、あんまり……半分のままでいたく
ないよな」とナカタに忠告した。そこで、もともとからっぽであるナカタは、からっぽで
半分の影しかない、何かに憑依されやすい体質であると論者は推測する。従って、カフカ
の生き霊はナカタに憑依した。
しかし、ナカタとカフカは物語の中で会ったことはない。どうしてカフカはちょうどナ
カタに憑依したのか。そこで、ナカタとカフカとの関連性について論者は一つの糸口を見
出した。彼ら二人とも『海辺のカフカ』の少年である。
「ずいぶん昔からあなたを知っているような気がするんです」と佐伯さんは言った。
、、、
「あなたはあの絵の中にいませんでしたか?海辺の背景にいる人として。白いズボンを
たくしあげて、足を海につけている人として」
(下 P293)
引用のように、ナカタは『海辺のカフカ』の少年である。そして、そこにいるナカタは
ナカタが失った半部の影、ナカタの正体である。また、カフカと『海辺のカフカ』との描
180
写は以下のように、カラスと呼ばれる少年はカフカに言う。
僕が誰なのか、それは佐伯さんにもきっとわかっているはずだ、と君は言う。僕は『海
辺のカフカ』です。あなたの恋人であり、あなたの息子です。カラスと呼ばれる少年で
す。そして僕らは二人とも自由にはなれない。僕らは大きな渦の中にいる。ときには時
間の外側にいる。僕らはどこかげ雷に打たれたんです。音もなく姿も見えない雷に。
(下
P160)
、、、、、、
さらにまた、佐伯はんは「あの絵はもともとあなたのものだったのよ」
(下 P380)とカ
フカに言った。カフカは「僕のもの?」
(下 P380)と尋ねると、佐伯はうなずく。
「たって
あなたはそこにいたのよ。そして私はそのとなりにいて、あなたを見ていた。
」
(下 P380)
と説明した。
以上の引用からみてわかるように、佐伯の話によると、ナカタとカフカは二人とも『海
辺のカフカ』の少年である。
『海辺のカフカ』の世界で二人は同じ体を持っている。それは
彼らの絆である。その世界で二人は同じ体を持っているので、物語の世界でカフカはナカ
タに憑依することができると推論する。
一方、死んだナカタの口から「白いもの」
(下 P401)が出た。その「白いもの」の正体
は何か。この点について、星野は「それともこれはナカタさんの魂みたいなものなんだろ
うか?いや、そうじゃあるまい。そんなことがあるはずはない。
(中略)こんな気色の悪い
やつがあのナカタさんの中にいたわけがないんだ。
」
(下 P401)と述べた。このように、そ
の白いものはナカタの魂ではない。そこで、論者はその「白いもの」は田村浩一の死霊だ
と推測する。ナカタはカフカに憑依されて田村浩一を刺殺した。カフカが田村浩一を殺し
たことによってカフカの生霊はカフカ本体に戻った。しかし、そのときのナカタまたから
っぽになった。そこで、田村浩一の死霊はナカタに憑依したと論者は推測する。
四、おわりに
『海辺のカフカ』の物語のもう一つの読み方は以下のように提供したい。
まず、田村カフカの体内には三人のカフカもいる。一人目は「僕」
、つまり田村カフカで
ある。二人目は「カラスと呼ばれる少年」
、カフカの内面という存在である。三人目は、父
の呪いによって生まれた「生き霊」
、この生霊はからっぽであったナカタを憑依して、田村
浩一、つまりジョニー・ウォーカーを殺した。田村浩一が殺されたときに、彼は死霊にな
って、またからっぽになったナカタに憑依した。
そして、
『海辺のカフカ』の中で、生き霊をもっている人は三人もいる。一人目は田村カ
フカ、二人目は佐伯、彼女は15歳の生き霊を持っている。三人目はからっぽであるナカ
タ、彼の生き霊は『海辺のカフカ』という絵の中にいる。また、死霊になったのは田村浩
一である。
181
どうして田村浩一は死霊になったのか。原因はおそらく、彼はもう一度佐伯に会いたが
っているであろう。ナカタは田村浩一を殺してからすぐに旅を出た。その旅の最後は佐伯
と会った、佐伯と会うのはこの旅の目的だと推測する。そのからっぽであるナカタを通し
て佐伯を探したのは田村浩一の死霊であろう。
このように『海辺のカフカ』の中で隠されている謎を解きながら読みを楽しめる物語と
なった。
テキスト
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(上)
』新潮社
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(下)
』新潮社
参考文献
加藤典洋(2004)
『イエローページ村上春樹 PART2』荒地出版社
村上春樹(2010)
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集
1997-2009』文芸春秋
182
六、論文壁報發表大綱⑧
『海辺のカフカ』における神社への一考察
―境内で起こった出来事を中心に―
黄 雅婷
淡江大学 修士 1 年生
1.はじめに
『海辺のカフカ』
(2002 年・新潮社)において、
「神社」
(上 P119)は物語の舞台の重要
な一つとして登場している。
「神社」で起こった出来事は二つがある。一つ目は主人公の田
村カフカ(以下はカフカ)が「神社の本殿の裏側にある小さな林の中」
(上 P119)で意識
を失い、シャツに血のあとが付き、
「田村浩一氏刺殺」
(上 P337)事件と関わったことであ
り、二つ目は星野がカーネル・サンダーズに導かれて、
「暗い林の中の小径(中略)太い樫
の木の下に小さな祠」
(下 P98)で「入り口の石」
(上 P18)を見つけたことである。
上述した二つの出来事の共通点は、起こった場所はどちらも神社の境内の林の中にある
点である。この二つの出来事が起こった神社は同じ場所かどうかは明白に書かれていない
が、少なくとも同じく高松にある神社だと確信できる。
そして、
「神社は垣を巡らして俗世間から聖別された1」場所であり、
「鳥居」(上 P124)
は「神の神域へ入る『人間のための入り口』を表し、ここから先が神域であることを示め
してい2」るということから見ると、即ち、
「神社」は「神域」
「聖域」と見なされていて、
人間が暮らしているのとは異なる場所である。
そこで、村上春樹はなぜ神社を物語の舞台の一つとして登場させたのかは、実に興味深
い。本発表では、上述した二つの出来事において「神社」の働きを考察していきたい。
研究手順として、まずは上述した二つの出来事を整理し、作品の流れとの繋がりを考察
する。次に出来事に関する謎を解明してから、神社の文化的意義との繋がりを見出す。最
後に、物語の二つの出来事においての「神社」の働きを明らかにしたい。
2.「神社の境内」で起こった二つの出来事
2-1. カフカが神社の境内の林で意識を失ったこと
まず、カフカの神社での出来事を見ていきたい。
表 1 カフカは神社の境内の林で意識を失ったことの要点
章節
出来事
1
上・第 9 章
カフカは「神社の本殿の裏側にある小さな林」(上 P119)の中で意識を失
った(「4 時間くらい」(上 P117))
少年社(星野斉・本田不二雄)
・後藤然・渡辺裕之・羽上田昌彦編(1992)
『神道の本 八百万の神々がつど
う秘教的祭祀の世界』株式会社学習研究社 P18
2
同前 P47
183
人物
カフカ
時間
「午後 11 時 26 分。5 月 28 日」(上 P117)
①「神社の本殿の裏側にある小さな林」(上 P119)
②カフカは携帯でさくらと連絡を取り、神社の名前を言ったが、さくらは「そ
場所
の神社を知らない」(上 P123)。そしてカフカは神社は高松市内にあると
推定し、さくらは高松のある地点で二人の待ち合わせ場所を決め、カフカは
神社の鳥居をくぐり大きな通りに出て、タクシーで「1000 円もかからない」
(上 P124)値段で約束の場所に到着した
①「左肩の内側の一点」(上 P118)に痛みがあるが、服は破れてないし、
傷口も腫れもない
②「青く頬がこけて、首筋に泥がついている。髪はあちこちに飛び跳ねてい
人物状態 る」というひどい姿を見た。次に自分の T シャツの胸のあたりに血のあとが
あると気づいて、そのあとは「大きな蝶のようなかたち」(上 P119)で、
「新しいもので、まだ乾いてもいない。量もずいぶんある」(上 P119)そ
して「匂いはない」
カラスはカフカに「君はあるいは知らないうちになにか犯罪に巻きこまれて
セリフ
しまったのかもしれない。というか、君自身が犯罪者であるという可能性だ
ってなくはないのだ」(上 P121)と指摘した
(表 1 の作成は発表者による。以下は同様。
)
表 1 から見ると、カフカが意識を失ったのは「4 時間くらい」(上 P117)で、意識を失
う前は高松にいて、「夕方に駅前で食事をした。(中略)そのあとが思い出せない」(上
P117)状態である。ここからはまだ高松にいると判断できた。そして神社の名前を高松に
住んでいるさくらに言ったが、さくらは「その神社を知らない」(上 P123)と返事した。
しかしその後カフカはさくらとの待ち合わせ場所へタクシーで向い、「1000 円もかからな
い」(上 P124)という値段で到着したのは、やはりカフカがいた神社は高松市内にあるは
ずである。さくらがそれを知らないのはおそらく、地元の住民にあまり知られているよう
な大きな神社ではない。もう一つは、この神社は特定された人物しか入らないという可能
性もあろう。そして、カラスはカフカに「君はあるいは知らないうちになにか犯罪に巻き
こまれてしまったのかもしれない。というか、君自身が犯罪者であるという可能性だって
なくはないのだ」(上 P121)と指摘したことから見ると、カフカが「神域」「聖域」であ
る神社を犯すような犯罪者であるということを暗示しているかもしれない。
2-2. 星野が「神社の境内」で入り口の石を見つけたこと
次に、表 2 で星野はカーネル・サンダーズに導かれて、神社の境内の祠で入り口の石を
見つけたことの要点をまとめる。
184
表 2 星野は「神社の境内」で入り口の石を見つけたことの要点
章節
出来事
人物
下・第 26、28、30 章
星野はカーネル・サンダーズに導かれて、「暗い林の中の小径(中略)太い
樫の木の下に小さな祠」(下 P98)で「入り口の石」(上 P18)を見つけた
星野、カーネル・サンダーズ、女の子
①星野はカーネル・サンダーズに出会い、場所は高松の「裏通り」(下 P52)
である。
②女遊びの商売を乗ったら「入り口の石」の居場所を星野に教えるとカーネ
ル・サンダーズは星野に言い、星野はそれを承知した
流れ
③二人は「路地を抜け、信号を無視して大きな通りを渡り、またしばらく歩
いた。それから橋を渡り、神社の中に入っていった」そして女の子を待った
④女の子が来て星野と神社を出てホテルに行って、事を終えたらまた星野は
神社に帰った
⑤二人は「暗い林の中の小径(中略)太い樫の木の下に小さな祠」(下 P98)
で「入り口の石」(上 P18)を見つけた
「私がポンビキをしていたのは、(中略)一種の儀式としてな」(下 P98)
セリフ
「この石自体には意味はない。状況にとって何か必要であって、それがたま
たまこの石だったんだ」(下 P102)
表 2 から見ると、まず神社の場所について、高松の「裏通り」(下 P52)から「路地を
抜け、信号を無視して大きな通りを渡り、またしばらく歩いた。それから橋を渡り、神社
の中に入っていった」と神社の場所が書かれている、2-1 の神社と同じく高松にあると推
定できよう。
次に、カーネル・サンダーズは「私がポンビキをしていたのは、
(中略)一種の儀式と
してな」
(下 P98)と述べ、わざわざ神社の境内で女の子を待ったというのは、おそらく「儀
式」は「神社の境内」でしか行えないためかもしれない。最後に、カーネル・サンダーズ
は「入り口の石」について「この石自体には意味はない。状況にとって何か必要であって、
それがたまたまこの石だったんだ」
(下 P102)と言い、つまり重要なのは石自体ではなく、
石が置かれていた「神社の境内」或いは石を動かす行動である。
星野の場合も、カーネル・サンダーズに遭ったのが神社でなくてはならない理由は、そ
の場所に重要な意味があるためと考えられる。
185
3. 出来事に関する謎の分析
3-1.田村浩一とジョニー・ウォーカーの関係
カフカが神社の境内で倒れたシーンを分析するには二つ重要なポイントがあり、一つ目
は田村浩一=ジョニー・ウォーカーかどうか、二つ目はジョニーウォーカーを殺した真犯
人は誰という二つの謎を解明することである。
表 3 田村浩一とジョニー・ウォーカーの死
ジョニー・ウォーカーの死
田村浩一の死
「29 日の夕方 6 時頃、中野区野
方*町目におよそ 2000 匹のイワ
シとアジが空から降ってきて」
時間
(上 P345)「その犬がナカタさ
んの前に姿を現したのは夕方近
「警察が発表した死亡推定時刻は 28 日の夕
刻」(上 P337)→28 日の夕刻
くだった」(上 P209)
→28 日の夕方ぐらい
「途中までは見られた中野区の
住宅地だったのだが、ある角を曲 「田村浩一氏(5*歳)が東京都中野区野方
場所
がったところから突然見覚えが の自宅の書斎で死亡している」(上 P337)→
なくなってしまった」(上 P213)中野区
→中野区あるいはその近く
「胸の根もと近くまで、躊躇なく 「田村さんは全裸で床にうつ伏せに倒れて
突き立てた。黒いヴェストの上か おり、床に血だらけで、争ったおとがあり、
ら一度突き立て、それを引き抜 他殺と見られている。犯行に使用された刃物
き、また別の場所に思い切り突き は台所から持ち出されたもので、死体の脇に
立てた」(上 P257)→胸の根元 残されていた(中略)田村さんは肉を切るた
状態
に何個かの傷口
めの鋭いナイフで胸の数ヵ所を深く刺され
「ステーキナイフのような形を て、心臓と肺からの出血量によってほぼ即死
した大型のナイフ」(上 P257) したものと見られている。肋骨も何本か折れ
→肉を切るナイフ
ており、かなり強い力を加えられたらしい。」
「板張りの血だまりが広がり」 (上 P337)→胸の数ヵ所を深く刺され、肉を
(上 P258)→床に血だらけ
切るナイフ、床に血だらけ
(下線部分は発表者による。以下は同様。
)
まずは一つ目、二人の死者は同一人物かどうかを考察する。死亡時間について、ナカタ
はジョニー・ウォーカーを殺して、当日の夜に交番まで行って自首し、そして翌日に魚の
雨が降ると予言した。翌日に予言通りに魚の雨が降った。新聞記事に「29 日」に魚の雨が
降ったとあり、つまり 29 日の前日の 28 日は、ジョニー・ウォーカーの死亡した日である。
186
ちなみにナカタは犬に連れられた時間も「夕方近く」だった。つまりジョニー・ウォーカ
ーの死亡時間は 28 日の夕方ぐらいである。田村浩一の死は新聞に掲載された通りに 28 日
の夕刻である。二人はほぼ同じ時間に死亡したと推定できる。
次は場所である。ナカタは中野区から犬に連れ出され、しかし歩くだけで時間もあまり
かからなかったので、ジョニー・ウォーカーに会ったのは中野区あるいはその近くだと推
測でき、そして新聞によると田村浩一は中野区の自宅で死亡した。したがって、二人とも
中野で殺されたと判断できる。
最後は死体の状態である。ジョニー・ウォーカーはナカタに刺されて胸の根元に何個か
の傷口があって、田村浩一は「胸の数ヵ所を深く刺され」とのことで、そして床の血にし
ろ凶器のとほぼ同じであると言えよう。ただし一つ気になる点は、田村浩一の死体は全裸
で、ジョニー・ウォーカーはきちんと服を着ていたとのことで、この部分についての推測
については次の段落で述べる。
以上から、死亡した二人、田村浩一は=ジョニー・ウォーカーだと見てもよかろう。
3-2.ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダーズの類似点
続いて二人の謎人物について語らなければならない。それはジョニー・ウォーカーとカ
ーネル・サンダーズである。何故かというと、ナカタはジョニー・ウォーカー(田村浩一)
の死(カフカが神社の境内で倒れたことに繋がる)で「入り口の石」を探し始めたのであ
り、そしてカーネル・サンダーズは「入り口の石」探しを手伝った役で、今回考察する二
つの出来事に深く関わっているからである。表 2 は二人の類似点について整理したもので
ある。
表 4 ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダーズの類似点
ジョニー・ウォーカー
カーネル・サンダーズ
類似点
「とはいえ、私は本物の
ジョニー・ウォーカーで
はない。英国の酒造会社
とは何の関係もない。と 「カーネル・サンダーズのかっ
①
りあえずラベルにあるそ こうをしておるだけだ(中略)、
姿を借りている
の格好と名前を無断で拝 もともと名前もないし、かたち
借して使っているだけ
もない」(下 P95)
だ。格好と名前というの
はなんといっても必要だ
からね」(上 P217)
ナカタを猫を探すときに
②
ついて些細なこと、たと
えば猫の名前や、どの猫
星野たちは石を探していること 知るはずのないこと
を知っているなどである
187
をよく知っている
を探しているのかなどを
知っている
「猫を殺さないわけには
③
いかない。(中略)それ
は決まりだから」(上
P245)
「私はポンビキをしていたのは
(中略)一種の儀式としてな」
(下 P98)
何らかのルールを従
う
田村浩一の死はカフカは 星野を導いて神社で入り口の石 神社の境内での出来
④
神社の境内で倒れたこと を探した。主に神社にしか出番 事と密接に関わって
に繋がる
はない
いる
表 4 から見ると、ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダーズの類似点は四つある。
一つ目は、ジョニー・ウォーカーは「格好と名前というのはなんといっても必要だからね」
(上 P217)と言い、つまりジョニー・ウォーカーはもともと「格好と名前」を持っておら
ず、或いは持ち合わせているが、他の「格好と名前」を必要としていると考えられる。そ
して、カーネル・サンダーズは自分のことを「カーネル・サンダーズのかっこうをしてお
るだけだ(中略)
、もともと名前もないし、かたちもない」
(下 P95)と述べた。つまりカ
ーネル・サンダーズは「名前とかたち」を持ち合わせていない。ジョニー・ウォーカーは
「英国の酒造会社」
(上 P217)のメーカを借りていて、カーネル・サンダーズはアメリカ
の「フライド・チキン」
(下 P53)で有名な店のイメージ人物――「カーネル・サンダーズ」
(下 P53)の外見を使っている。したがって、二人とも「自分ではない他の姿を借りてい
る」と見られる。
二つ目は、ジョニー・ウォーカーはナカタが猫を探すときについて些細なこと、たとえ
ば猫の名前や、どの猫を探しているのかなどを知っている。カーネル・サンダーズは星野
たちは石を探していることを知っている。したがって、二人は「知るはずのないことをよ
く知っている」と見られる。
三つ目は、ジョニー・ウォーカーは「猫を殺さないわけにはいかない。
(中略)それは
決まりだから」
(上 P245)と述べ、カーネル・サンダーズは「私はポンビキをしていたの
は(中略)一種の儀式としてな」
(下 P98)と説明した。二人は自分を動かす「何らかのル
ールに従う」と見られる。
四つ目は、3-1 でジョニー・ウォーカーと田村浩一は同一人物と推測した上での考えで
あり、それは、ジョニー・ウォーカーは田村浩一の死を通じて、カフカが神社の境内で意
識を失ったことと繋がるということである。そして、カーネル・サンダーズは星野を導い
て神社で入り口の石を探した人物で、ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダーズは二
人とも「神社の境内での出来事と密接に関わっている」と考えよう。
以上の四つの類似点から見ると、ジョニー・ウォーカーとカーネル・サンダーズはある
程度、性質の近い存在だと見られよう。
188
3-3. ジョニー・ウォーカーを殺した真犯人について
続いてはジョニー・ウォーカーを殺した真犯人について、上述した部分ではナカタだと
述べたが、ナカタはただ媒介として使われたと発表者は考えている。以下はその証拠であ
る。
カフカは最初に父親が死んだことを知ったときに、大島に「僕は夢をとおして父を殺し
たかもしれない。とくべつな夢の回路みたいなのをとおって、父を殺しにいったのかもし
てない」
(上 P352)と言った。それから、自分は父が死んだ日に神社の境内で倒れて服に
血が付けたことを考えていたからだろう。そして準備を整えて二度目に高知の山の森に入
ったとき、
「僕はすでに父を殺した」
(下 P280)と自分に言った。
そして、ナカタは甲村図書館で「ジョニー・ウォーカーさんに導かれて、ナカタはそこ
にいたはずの 15 歳の少年のかわりに、ひとりのひとを殺した」
(下 P288)と佐伯に言った。
そこで、発表者はもしカフカが真犯人なら、彼はどのようにジョニー・ウォーカーを殺
したのかを考えた。ジョニー・ウォーカーはカラスに言った、
「私は私の意志によって進ん
で死んだ」
(下 P366)と、ジョニー・ウォーカーは適合者(ナカタ)を探してカフカの代
わりに自分を殺させたのは間違いないだろう。では、カフカはどうやって高松で中野にい
るジョニー・ウォーカーを殺したのか、発表者は今回考察した出来事に基づき、以下のよ
うな推測をした。
まず、神社の境内には特別な空間的な力があると仮定する。つまりカフカが言った「夢
の回路」
(上 P352)を作り出せる空間である。そもそも、ジョニー・ウォーカーが殺され
た場所は現実の中野ではなく、
「夢の回路」のような作られた仮想世界であると推測する。
何故かというと、死者の「田村さんは全裸で床にうつ伏せに倒れており」
(上 P337)と新
聞に載っていて、しかしジョニー・ウォーカーはナカタに刺された時きちんと「黒いヴェ
スト」
(上 P.257)を着ていた。
それは恐らく、ジョニー・ウォーカーは田村浩一が仮想世界で使う借りた姿だから、現
実に戻ると、ジョニー・ウォーカーの痕跡(服など)は消えてしまい、
「結果」
(田村浩一
の死体)だけが残されたと考えられよう。
このように考えると、殺人事件の流れは、5 月 28 日の夕方にカフカが「夢の回路」を通
して、ナカタを通じで、ジョニー・ウォーカーを殺した。しかし「夢の回路」を作らせた
のはおそらくジョニー・ウォーカー自身であると考える。それは、ジョニー・ウォーカー
には十分動機があって、
「私は私の意志によって進んで死んだ」
(下 P366)と述べたことも
あり、それに 3-2 で考察した結果でもある。それでジョニー・ウォーカーは特質的にカー
ネル・サンダーズに近く、神社の空間的な力を扱うと言った方が適切であろう。したがっ
て、ジョニー・ウォーカーを殺したカフカは、記憶を夢に残し、現実に帰って、
「血のあと」
と「左肩の痛み」という「実際に殺人を行った証拠」が残された。ナカタの体には血はな
かったのも、実際に殺人を行ったのはカフカだからである。
「血のあと」はもちろん、
「胸
189
の根もと近くまで、躊躇なく突き立てた。黒いヴェストの上から一度突き立て、それを引
き抜き、また別の場所に思い切り突き立てた」
(上 P257)とあるように、
「左肩の痛み」は
おそらく、ナイフで刺さったときに短時間に力を入れすぎたせいだと推測する。これでジ
ョニー・ウォーカーの死が解明された。
ここから言えば、カーネル・サンダースはこの世でカフカに殺されるという形で自ら死
を選んだ田村浩一=ジョニー・ウォーカーかもしれない。カーネル・サンダースは、実体
がないことを自ら述べている。
紙数が尽きたので、
この部分の考察は改めておこないたい。
4. おわりに
上述の内容により、
「神社の境内」での出来事に対して、
「神社」の働きをまとめる。
。
「神社の境内」と人間が暮らしているところとは異なるところであるという見方から出
来事をまとめると、一つ目は、カフカは「神社の境内」で、
「高松にある神社」と「中野に
ある田村浩一の自宅」を「夢の回路」で繋げて、ジョニー・ウォーカーをナカタを通じて
殺し、
「形のないもの」
(記憶)を夢に残し、
「形のないもの」
(実際に殺人を行った証拠)
を現実にまで持ち帰った。ここでの「神社」の働きは、上述した二つの場所を「神社の境
内」で繋がるということである。二つ目は、
「神社の境内」はカーネル・サンダーズが星野
を導いて「入り口の石」を動かして、入り口を開くために必要とされる「場所」であると
推測できよう。この神社の場所は、カフカが入っていった「森」への入り口の鍵になって
いる。
神社という空間は、日本社会で特別な意味、つまり異界の存在とこの世の人とが交感、
交流する場所とされている。この物語りでも、そうした二つの世界の鍵になる場所として
用いられていると言えよう。
テキスト
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(上)
』新潮社
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(下)
』新潮社
参考文献
少年社(星野斉・本田不二雄)
・後藤然・渡辺裕之・羽上田昌彦編(1992)
『神道の本 八
百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界』学習研究社
190
六、論文壁報發表大綱⑨
『海辺のカフカ』におけるカフカの心の葛藤
―「父親を殺し、母と姉と交わる」の予言を中心に―
張 維芬
淡江大学 修士 1 年生
1、はじめに
『海辺のカフカ』の主人公の田村カフカは十五歳の少年である。カフカの父親はカフカ
に「父親を殺し、母と姉と交わる」
(上、p348)と予言した。カフカは父親の予言から逃
げ出すために、家出を決心した。そして、これまで生活にしても、この家出のことにして
も「カラスと呼ばれる少年の与えてくれる忠告には従うことにしていた」
(上、p15)カフ
カである。更に家出をする前に、カラスはカフカに以下のように語りかけている。
ある場合には運命っていうのは、絶えまなく進行方向を変える。そうすると、嵐も
君にあわせるように足どりを変える。
(中略)その嵐はどこか遠くからやってきた無関
係ななにかじゃないからだ。そいつはつまり、君自身のことなんだ。だから君にでき
ることといえば、あきらめてその嵐の中にまっすぐ足を踏みいれ、砂が入らないよう
に目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩とおり抜けて行くことだけだ。
(上、p7)
(下線
部は論者による。以下同様。
)
上述の通り、カフカはカラスに支配され、予言された運命、つまり「父親を殺し、母と
姉と交わる」
(上、p348)ことを避けようとして、予言に抵抗する行動を取った。最初か
ら父親の予言に抵抗しようとしたカフカは、最後に「父親を殺し、母と姉と交わる」
(上、
p348)ことを別な形でやり遂げた。ここでは、父の予言に抵抗していたカフカはなぜ物語
の最後、予言の通りやり遂げたのかという点に興味がある。そして、
「父親を殺し、母と姉
と交わる」
(上、p348)という行為に至った根本的な原因はカフカにあるか。それとも父
親にあるか。そこで、本研究では父親の予言がカフカにとってどのような意味を持ってい
るかを明らかにすることを目的とする。
研究手順としては、まず、
「父親を殺す」
、
「母と交わる」
、
「姉と交わる」の三つを考察
する。次にカフカが予言を実行する過程でその心境変化を分析する。最後にカフカにとっ
て予言の意味をもとめる。
2、カフカとカラスの関連性
カフカは「カラスと呼ばれる少年の与えてくれる忠告には従うことにしていた」
(上、
p15)カフカのアドバイザーである。カフカ自分も「そのためには強くなることが必要で
す。はぐれたカラスと同じです。だから僕は自分にカフカ名前をつけた。カフカというの
191
チエコ語でカラスのことです」(下、p155)と述べている。カフカは自分の名前をカラスと
呼ぶことによって、カラスはカフカの分身で。同一人物だと推測される。それは遠藤伸治
が「
〈カラス〉とは、その〈僕〉
(カフカと指す)に〈父〉から逃れて本来自分の居るべき
場所に至るために為すべきことを教えるもう一人の自分なのだ」 と主張した通りである。
と同時にカフカが父親の予言に抵抗するためにカフカより強いカラスという分身を作った
とも推測できる。
3、「父親を殺す」の予言について
父殺しに対するカフカの心境を、4 段階に分けて見出すことができる。それは「家出を
する前」
、
「四国に家出した八日目」
、
「父親が刺殺された新聞を見せられる時」
「大島さんに
告白した後」の 4 段階である。以下その 4 段階からカフカの心境変化を見よう。それを【表
一】に整理した。
【表一 父殺しに関するカフカの心境変化】
段階
1
時間
意識に
無意識的に
引用文(主語はカフカ)
家出をする前
父殺しの予言を
父殺しの予言を
そうしようと思えば父親を殺すことはできる
逃げ出せる
向き合う
(現在の僕の力をとってすれば決してむずか
しことじゃない)
(上、p17)
2
3
四国に家出し
自分の衣服に血
夢の中で父を殺
記憶を奪いとられているその4時間のうち
た八日目
が付着していた
した行為が実現
に、僕はとこかで誰かを傷つけたかもしらな
ので誰かを傷つ
した
い。
(上、p150)
けたかもしれな
僕は夢をとおして父を殺したかもしれない
い。
(上、p352)
父親が刺殺さ
ずっと父親の死
れた新聞を見
を期待していた
父を憎悪した
でも本当な気持ちを言えば、むしろ残念なの
は、もっと早く死んでくれなかったことだよ。
せられる時
(上、p342)
母が僕を置いて出ていったのも、そのせいか
もしれない。不吉な源泉から生まれたものと
して、汚れたもの、損なわらたものとして僕
を切り捨てたんじゃないのかな(上、p350)
4
大島さんに告
父親の予言をや
父の遺伝子を受
ねえ大島さん、僕はそんなことをしたくない
白した後
りたくない
け継して予言を
んだ。父を殺したくなんかなかった。母とも
遂行する
姉とも交わりたくなんかない。
(上、p353)
(表一の作成は論者による。以下同様。
)
5 月 28 日、すなわちカフカが家出した八日目の夜、
「神社の本殿の裏側にある小さな林
の中で」
(上、p117)四時間くらい意識を失っていた。気がついたらシャツは血だらけに
なっている。同日に、カフカの父親である田村浩一が誰かに殺された。大島は「君はその
192
日、夕方までこの図書館にいて本を読んでいた。それから東京に帰ってお父さんを殺し、
その足でまた高松に戻ってくるのは、どうみても時間的に不可能だ」
(上、p352)と述べ
たように、時間上、四国にいるカフカが東京にいる父親を直接、殺すことはほぼ不可能に
近い。しかし、カフカ自身は「僕は夢をとおして父を殺したかもしれない」
(上、p352)
と疑っている。物理的に父親を殺すことは不可能だが、心の中で自分が夢をとおして父を
殺したと疑ったことについて、遠藤伸治は以下のように論述している。
〈僕〉
(カフカと指す)が〈父〉から早く逃れるために体を鍛えても、それは〈僕〉
の意識に過ぎず、
〈無意識〉的に〈父殺し〉の準備をしていたのだ、と解釈を反転する
ことは容易である。1
上述の通りに、カフカが無意識に父を殺したいと見られる。何故かというと、カフカは
体を鍛えて父を殺すことを計画したからである。カフカは無意識に〈父殺し〉ということ
をいつの間にか深く心に刻み込んだ。それで大島から、父親である田村浩一が刺殺された
新聞記事を見せられたとき、カフカは自分が違いなく犯人だと思った。更にカフカは「こ
うなって残念だとは思う。なんといっても血の繋がった父親だからね。でも本当な気持ち
を言えば、むしろ残念なのは、もっと早く死んでくれなかったことだよ」
(上、p342)と
訴える。すなわちカフカは早くからずっと父親の死を期待していたのである。
大島に、カフカは「父は自分のまわりにいる人間をすべて汚して、損なっていた。父が
求めてそうしていたのかどうか、僕は知らない。ただそうしないわけにはいかなかったと
いうことなのかもしれない。
」
(上、p350)と言った。カフカにとって、父の存在は家族と
自分を損なって傷つけるための悪人である。
これこそはカフカが父を憎悪した証拠である。
また、もう一つ父を怨む理由はカフカは自分の中にある父親の遺伝子を捨てることができ
ないということである。これについてカフカは以下のように述べる。
そして僕はその遺伝子を半分受け継している。母が僕を置いて出ていったのも、そ
のせいかもしれない。不吉な源泉から生まれたものとして、汚れたもの、損なわらた
ものとして僕を切り捨てたんじゃないのかな(上、P350)
引用の通り、カフカは自分が汚れたものだということが、母が彼を置いて出ていった原
因である。それを父親のせいにして母が自分を切り捨てたと思い込んでいる。これもカフ
カは父に対する憎悪を抱きずっと父親の死を期待していたことの証明である。従って父親
を殺す行為を遂げた原因は、父親の予言の影響ではなく、カフカ自身の怨恨によるものだ
1
遠藤伸治(2008)「村上春樹『海辺のカフカ』論 : 性と暴力をめぐる現代の神話」
『国文学攷』(199) 広島大
学国語国文学会 P3
193
と言えよう。
そして、大島に「父親の予言をやりたくない」
(上、p352)と言ったカフカは逆に母と
交わることを果たした。続いて、第 4 節では母と交わったカフカの心境を考察する。
4、母と交わる予言について
カフカは甲村図書館の責任者である五十歳の佐伯に初対面した時、カフカは「この人が
僕の母親だといいのにな、と僕は思う。僕は美しい(あるいは感じのいい)中年の女の人
を目にするたびにそう考えてしまう。
」
(上、p67)と思った。すなわち、カフカは五十代
の佐伯に自身の母を投射したのである。その上カフカは大島に「佐伯さんが僕のお母さん
であるという可能性はないかな?」
(下、p27)
、また「僕と佐伯さんとのあいだには、符
合するものがびっくりするほどたくさんある。
」
(下、p30)と言った。ここからカフカは
意識に佐伯を自分の母に擬したことが分かった。佐伯がカフカの母であるかどうかについ
て柴田勝二は以下のように述べている。
もちろん佐伯さんがカフカ少年の母であることが証し立てられるわけではなく、そ
の点では彼に与えられた予言の後半部分が成就されたとは客観的にいうことはできな
い。2
柴田勝二が述べたように、佐伯はカフカの母であることを立証するのは難しいため、
「父
親を殺し、母と姉と交わる」
(上、p348)という予言が成就したかどうか、はっきりとは
言い切れない。とは言え、カフカが佐伯に異性愛を抱き、死んでしまった少年すなわち佐
伯の恋人を嫉妬していた。そしてカフカが佐伯に異性愛を抱いたことは大島との対話から
判明する。それについて、カフカは以下のように述べている。今話主の標記は論者による。
(カフカ)
「うまく説明することができないんだ」と僕は言う。
「とても入り組んで
いて、僕にもいろんなことがまだよくわかっていない」
(大島)
「でも君はたぶん佐伯さんにたぶん恋をしている?」
(カフカ)
「そう」と僕は言う。
「とても強く」
(大島)
「たぶんだけれど、とても強く」僕はうなずく。
(大島)
「同時に、彼女が君の伯母さんかもしれないという可能性も残されている」
僕はもう一度うなずく。
(下、p31)
上述の通り、カフカは自分自身が佐伯を恋をしていることにだんだんに気づいてきた。
その後、
カフカは佐伯の生霊と交わる。
「彼女は裸になると、
狭いベットの中に入ってくる。
白い腕が僕の身体に廻される」
(下、p90)とあるように次の引用はカフカが佐伯の生霊と
2
柴田勝二(2008)「殺し、交わる相手 ―『海辺のカフカ』における過去」
『東京外国語大学論集』(76) P271
194
交わる場面である。
佐伯さんをなんとか起さなくてはと僕は思う。
(中略)でもすべてはあまりにも速い
スピードで前に進んでいく。僕にはその流れをおしとどめる力はない。僕はひどく混
乱しているし、そして僕自身、時間の歪みの中に吞みこまれていく。
(下、p90)
引用の如く、カフカは母だと思っている佐伯と交わった。しかし、自分自身をコントロ
ールできないカフカは実に自分が佐伯に対する性愛の欲望を実現したい。故にカフカは運
命つまり父親の予言を利用したのである。そしてカラスが現れて、
「君にはなにかを選ぶこ
とができない。彼女がそれを選ぶ。
」
(下、p92)と言ってカフカを説得した。そして、翌
日は、カフカは佐伯に 求めてたいことを告白した。次の引用はカフカが佐伯と対話する
場面である。
(佐伯)
「なぜあなたの父さんは、そんな呪いをあなたにかけなくてはならなかったの
かしら?」
(カフカ)
「たぶん自分の意志を僕に引き継がせたかったからだと思います」と僕は言
う。
(佐伯)
「つまり、私を求めることを?」
(カフカ)
「そうです」僕は言う。
(佐伯)
「それで――あなたは、私を求めているの?」
僕は一度だけはっきりとうなずく。
(下、p112)
引用の如く、カフカは「たぶん自分(カフカの父と指す論者注)の意志を僕に引き継が
せたかったからだと思います」
(下、p112)と言う。すなわち彼が佐伯を求めることはた
だ父の意志に引っ張られるだけである。父の予言を避けないように佐伯を追求している。
それによって最初から父の予言に抵抗していたカフカは佐伯の生霊と交わった後、カフカ
は父の予言を避けないように受け入れ、そして対話を続けていくにつれてカフカは自分自
身が佐伯に対する異性愛の欲望が現れた。次の引用はカフカが佐伯と対話する場面である
(佐伯)
「仮説にしたがって、ということ?」
(カフカ)
「仮説には関係なく、です。僕はあなたを求めているし、それはすでに仮説
をこえたものです。
」
(佐伯)
「あなたは私とセックスをしたいの?」
僕はうなずく。
(下、p113)
195
引用の如く、カフカは「仮説には関係なく、です。僕はあなたを求めているし、それは
すでに仮説をこえたものです」と言ったように、佐伯に異性の感情を抱いている。そして
カフカは佐伯とセックスをしたいと告白した。その後、佐伯は生霊てはなく、カフカと繰
り返し交わることになる。論者は母と交わることに関する出来事から見るカフカの心境を
整理し、図一に示す。
図一 カフカと母と交わることに関する出来事の分析
カフカが五十歳の佐伯に初対面する時
(五十代の女性に自身の母を投射していた。
)
佐伯に対する異性愛の欲望を避ける
カフカが絵の中の少年を見る時
(佐伯の恋人に嫉妬して佐伯を恋をしていることに気づいた。
)
佐伯に対する異性愛の欲望を気づく
カフカが佐伯の生霊と交わる時
(自分をコントロールできないカフカが父親の予言を避けないようにした。
)
佐伯に対する異性愛の欲望を受け入れる
カフカが佐伯の生霊と交わった翌日、佐伯に恋を求めていたと告白する時
(佐伯とセックスをしたくて佐伯に異性の感情を抱えることを明らかにした。
)
佐伯に対する異性愛の欲望を達成した
佐伯は生霊てはなく、カフカと繰り返し交わることになる
(図一の作成は論者による。以下同様。
)
図一の如く、母と交わることによってカフカの心境は最初から佐伯に対する異性愛の欲
望を避けていたが、だんだん自分の欲望に気づき、自分の欲望を受け入れるようになり、
最後に佐伯に対する異性愛の欲望を達成したというように四つの段階を見出すことができ
る。父親の予言の中で「母と交わる」のことを実現した方式は自分の母に擬した佐伯と交
わった形で実現した。次の節で「姉と交わる」ことについてカフカの心境を考察する。
5、「姉と交わる」予言について
さくらはカフカが四国の高松に家出した時バスで知り合った女の子である。さくらはカ
フカに「なんかさ、うまく言えないけど、本当の弟みたいな気がしてるんだ」
(下、p89)
と言ったので、カフカはさくらが自分の姉だと思っている。佐伯と交わることを成し遂げ
たカフカは更にさくらを夢の中で犯した。性交している時カフカは「僕は決心する。
」
(下、
p251)
「僕がそうきめたからだよ」
(下、p251)と言った。そしてカラスは以下のように
語っている。
君はもういろんなものに好き勝手に振りまわされたくない。
混乱させられたくない。
196
君はすでに父なるものを殺した。すでに母なるものを犯した。そしてこうして姉なる
ものの中に入っている。もしそこに呪いがあるのなら、それを進んで引き受けようと
思う。
(中略)そのあとは誰かの思惑の中に巻き込まれた誰かとしてではなく、まった
くの君自身として生きていく。
(下、p251)
上述のように、カラスが「もしそこに呪いがあるのなら、それを進んで引き受けようと
思う。
」
(下、p251)という言葉から見ると、カフカは自分の運命を遂げた根本的な原因は
父親の予言ではなく、
カフカの分身に影響されたためである。
カフカは自分が父親を殺し、
母及び姉と交わると言った不道徳な自分をコントロールできないことを恐れて、予言を避
けていた。しかし混乱させられたカフカは不道徳な自分を受け入れた。そして姉と交わっ
てから自分として生きていることを望んでいる。これは西川智之が「
『海辺のカフカ』で描
かれるのは、そうした運命をさっさと成就させてしまい、その後はその運命から自由に生
きたいという主人公の利己心である」3と述べたことと同様である。カフカは「父親を殺し、
母と姉と交わる」
(上、p348)という運命を成就した後、運命から自由に生きていくこと
になった。
しかし運命を成し遂げた後のカラスは「そうだな、君がやらなくちゃならないのは、た
ぶん君の中にある恐怖と怒りを乗り越えていくことだ」
(下、p281)と言った。カフカに
とってあるべき姿は運命を成就したことだけではなくて、心の中にある恐怖を乗り越えて
いくこともある。
最後に、カフカは自分の運命を逃げない勇気を取り戻し、自分の運命に向き合うように
する。彼は「僕はうつろな人間なのだ。僕は実体を食い破っていく空白なんだ。だからこ
そもう、そこには恐れなくちゃならないものはないんだ。なにひとつ」
(下、p284)と思
い、森の中に足を踏み入れていったのである。
6、おわりに
本論は父親を殺し、母及び姉と交わる行動についてカフカの心の葛藤を究明したもので
ある。上述の考察を踏まえて。最初は父親の予言に反抗したカフカが、最後に「父親を殺
し、母と姉と交わる」ことを果たした理由を以下の図二のように整理した。
3
西川智之(2007)
「村上春樹の『海辺のカフカ』
」
『言語文化研究叢書』第 6 号(恐怖を
読み解く)
、名古屋大学大学院国際言語文化研究科、P118
197
図二「父親を殺し、母と姉と交わる」ことを果たした過程
図二に示すように、まずカフカは父を憎悪していたので、自分は父殺しの担い手として
の位置を占める。父親を殺す行為を遂げた原因は父親の予言の影響ではなく、カフカ自身
の父に対する怨恨にある。そして父を意識的に殺した後、カフカは母と思っている佐伯と
交わることを続けている原因は佐伯に対して異性愛の感情を持っているからである。最初
にカフカは自分の性愛の欲望を避けたが、その感情を認めたカフカは、最後には自分の欲
望を受け入れて達成した。その後カフカは自分の姉だと思っているさくらと夢の中で交わ
った。カフカは夢の中で自分の決心が見せた。不道徳な自分がコントロールできないこと
を恐れるので、予言を利用したカフカは最後に自分の運命を受け入れて成就した。
上述の通り、カフカは自分の運命を成就した後、運命から自由に生きていくことができ
る。しかし、運命を成し遂げたカフカの中に抱いてきた不道徳な自分に対する恐怖も怒り
も不安感も、消え去ってはいない。カフカは自分があるべき姿は心の中にある恐怖を乗り
越えていくことだと気づいた。
そして、
カフカは自分の運命から逃げない勇気を取り戻し、
自分の運命を向き合うようにする。もう一つの旅を実践するために結局、森の中に足を踏
み入ることにしたのである。
テキスト
村上春樹(2004・初版 2002)
『海辺のカフカ(上)
』新潮社
村上春樹(2002)
『海辺のカフカ(下)
』新潮社
参考資料(年代順)
西川智之(2007)
「村上春樹の『海辺のカフカ』
」
『言語文化研究叢書』
(6)
「恐怖
を読み解く――日々の生活から国際政治まで」
、名古屋大学大学院国際言語文化研
究、103-126
遠藤伸治(2008)「村上春樹『海辺のカフカ』論 :性と暴力をめぐる現代の神話」
『国
文学攷』(199) 広島大学国語国文学会、1-16
柴田勝二(2008)「殺し、交わる相手 ―『海辺のカフカ』における過去」
『東京外国語
大学論集』(76) 251 - 273
198
圓
桌
會
議
199
198
七、圓桌論壇講稿大綱①
村上春樹におけるメディウム
小森 陽一
東京大学 教授
199
七、圓桌論壇講稿大綱②
村上春樹文学におけるメディウム
柴田 勝二
東京外国語大学 教授
村上春樹の世界には様々なメディアとメディウムが満ちている。処女作の『風の歌を聴
け』に始まる作品群には、一九七〇年代以降の社会を流通する聴覚的、視覚的情報が、そ
のメディアとしてのテクノロジー的な進展にともなう変容とともに主人公の生活や表現に
関わり、三部作の後に書かれた『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では近
未来の高度化した情報社会を背景として、情報の流通と確保に携わる人物が、情念的自我
の無化と引き換えにその職務を遂行する様相が描かれていた。
そこには膨大な情報の交通とともに生きることで、その利便性を享受しつつ同時にその
中で自己を失っていくという、現代の情報社会における人間の二面的なあり方が、時代を
先取りする形で探求されており、そこに現代を描く作家としての村上の鋭い予見性を見る
こともできた。しかし情報社会における個人と情報の関係という主題はこの『世界の終り』
を集大成としてひとつの区切りがつけられたと見なされたのか、
『ねじまき鳥クロニクル』
『海辺のカフカ』を中心とするそれ以降の作品では別個の主題が顕在化されていく。それ
が近代の歴史、あるいはそこで国家間、個人間の間で繰り返されてきた暴力の遍在性とい
う主題であり、そこでは登場人物自身が異質な時空の間で移動する、いいかえれば異なっ
た時空を結びつける媒体――メディウム――として機能することが珍しくない。
その背後に想定されるものは、人間の暴力が発現する場が時間空間を超えて遍在し、反
復されるという認識であろう。そこに日本古典的な霊魂の跳梁やユング的な無意識の通底
性が重ねられる形で、人物の媒体性が物語を織りなす動力を付与しているのである。また
それは散文的な現実世界から幻想的なロマン世界への移動という主題をもたらすことにな
り、
『1Q84』はその着想によって構築された作品であった。しかしこの着想はともする
と現実逃避的な世界を生み出す危惧もあり、
『1Q84』にはそれが浮上していた。今後の
村上は物語本来のロマン性を肯定しつつ、現実の社会や歴史にどのように向き合うかとい
う、
ある意味では文学の本質的な問題に直面しつつ作品を世に送り出すことになるだろう。
200
七、圓桌論壇講稿大綱③
村上春樹文学におけるメディウム
楊 炳菁
北京外国語大学 副教授
村上春樹文学においては、実に多くの「メディウム」が登場した。拓植光彦氏は『村上
春樹テーマ・装置・キャラクター』
(
『国文学解釈と鑑賞別冊』2008)において、村上春樹
文学に出てきたメディウムのリストを作成し、その中に短編小説「中国行きのスロウ・ボ
ート」
(以下「中」と略す)に出てきた三人の中国人も入っている。したがって、ここで「中」
に登場した三人の中国人を通じて、村上春樹文学におけるメディウムを考えたい。
「中」は五つの章から構成され、主人公の「僕」と三人の在日中国人との出来事が描か
れた。小説のタイトルに「中国」があり、主人公の回想も中国人と関わっているためか、
この短編は特に中国人読者の注目を集めた。実は、この短編は単なる中国人読者の注目の
的だけでなく、中国ならびに中国人に対する感情を表す作品として読む日本人研究者もい
る。例えば藤井省三氏は『村上春樹のなかの中国』
(朝日新聞社 2007)で、魯迅の「藤野
先生」との関連性からこの短編を分析し、三人の中国人に対し「僕」の「背信」行為があ
り、
「中国」への背信と原罪がこの短編の主題だと論じている。また、加藤典洋氏も『村上
春樹の短編を英語で読む 1979~2011』
(講談社 2011)で、三人の中国人が伝えたことをそ
れぞれ詳しく論じたこともある。藤井氏と加藤氏は違う角度から「中」を論じているが、
小説に出てきた中国人を「実」のものとして捉える点では同じであろう。所謂「実」のも
のとは、中国人を「中国」という国家と結びつける、換言すれば、中国人は「中国」とい
う国の代表だということなのである。一方、
「中」に出てきた中国人に対し、日本人研究者
の中には違う意見を持つ方もいる。1983 年、青木保氏は「六〇年代に固執する村上春樹が
なぜ八〇年代の若者に支持されるのだろう」という文章で、次のように書いた。
「ここまで
くると、読むがわにとっては、中国人のことはもうどうでもよくなってしまって、語られ
ようとするのは六〇年代から八〇年代へかけての「僕」の辿った道筋の里程標であること
がわかる。
」また、黒古一夫氏も『村上春樹「喪失」の物語から「転換」の物語へ』
(勉誠
出版 2007)において、
「ここに示されているのは民族や人種は人間と人間の関係にとって
何の意味も持たないとする、徹底した個人主義思想である。
」と論じていた。青木氏と黒古
氏の共通点と言えば、小説における中国人を「虚」のものとして捉え、つまり、
「中国」と
いう国家とは何も関係を持たない存在で、単なる記号のようなものなのである。以上のま
とめからわかるように、もしこの短編に出てきた中国人を「実」のものとして捉えれば、
「僕」と三人の中国人はそれぞれ「日本」と「中国」の代表で、
「僕」と彼らとの出来事は
そのまま日中関係の暗示になる可能性が高いと思われるが、逆に中国人のことを「虚」の
201
ものとして捉えれば、
「中」は完全に「僕」を中心とした物語となり、中国人は何か役に立
つ存在、いわば「人生の里程標」のようなものになるかもしれない。
「中」への解読は、小
説に出てきた中国人をいかに捉えるかによって、大きく左右されると言えよう。
実は「中」の構造を分析すれば分かるように、
「1」と「5」に挟まれた三章は「僕」の人
生思考となり、その思考はまさに中国人に頼っているのである。そういう中国人の役割か
ら言えば、小説に出てきた中国人は「虚」のものであり、メディウムのリストに入っても
よかろう。しかし、
「中」は村上春樹の小さい時の経験に基づいて書かれた小説だし、その
三人の中国人も日本という異国で「中国人」のラベルを貼られたまま生きているから、簡
単に「虚」のものとして捉えるわけにはいかないだろう。
筆者から見れば、村上春樹は「中」において、
「中国」という国の代表である「実」の中
国人を登場させながら、中国人の役割を転換し、結局「中国」と無関係にある「虚」の中
国人を描き出した。このように「実」の中に「虚」があり、
「虚」と「実」の両方とも備え
た独特な創作方法は、
「中」の最大な特徴であると同時に、村上春樹文学におけるメディウ
ムの特徴の一つと言えよう。
202
七、圓桌論壇講稿大綱④
村上春樹文学におけるメディウム
―憑依という仕掛け―
森 正人
熊本大学 名誉教授
たとえば、
『海辺のカフカ』
(2002年)第23章、田村カフカの「人が生きながら幽
霊になることってあるの」という質問に対して、甲村図書館職員の大島は、源氏物語「葵」
巻の六条御息所が生き霊として葵上にとりつく事例を引きつつ、
「深層意識のトンネルをく
ぐって、葵上の寝所に通っていた」と近代の深層心理学と関連づけて説明する。
ここには村上春樹が作品世界を超現実に導いていく時の方法が示唆されている。大島は
「紫式部の生きていた時代にあっては、生き霊というのは怪奇現象であると同時に、すぐ
そこにあるごく自然な心の状態だった」が、現代においてはその「乖離が、ある場合には
僕らの中に深い矛盾と混乱を生み出す」と言う。文学の使命は、人間の心や魂と怪奇現象
とを再び関連づけ、
「矛盾と混乱」のありかを指し示すことにあると言いたげである。
源氏物語「葵」巻において、六条御息所が「生き霊」として葵上にとりついていること
が明らかになるのは、葵上の口を通して六条御息所の霊が光源氏に痛切な思いを訴えたか
らである。霊媒が必要であった。村上春樹の小説にも霊媒(メディウム)が必要とされる。
ただし、その憑依の仕掛け(関連づけ)は複雑であり、作家は憑依の仕掛けの整合性を第
一義的には考えていない。多様な論評が生まれるゆえんである。
203
七、圓桌論壇講稿大綱⑤
村上春樹と私
葉 蕙
マレーシア・拉曼大学 講師
周知の通り、村上春樹現象は『ノルウェイの森』がきっかけで、東アジアをはじめ世界
中に広まっています。中国語圏の台湾・香港・中国においては時間的に 10 年ぐらいのずれ
があるが、これには文化的なギャップがあるためだと思われます。
私は村上春樹の作品を翻訳するきっかけは次の通りです。1987 年から香港で二年間暮ら
しました。そのとき、香港の博益出版社(2008 年に閉業した)から、日本の小説を翻訳し
て香港で出版したいという話がありました。その後出版社の契約翻訳者となり、正式に日
本小説を翻訳する仕事に着手しました。その頃翻訳したのは主に推理小説でした。1990 年
頃、台湾で『ノルウェイの森』ブームが起こり、それが香港でも話題になり始めました。
そこで、香港版を出版しようという話が私のところに来て、初めて『ノルウェイの森』を
読み、それで村上を翻訳し始めました。
1991 年5月に香港版『ノルウェイの森』が出版されました。予想通り香港でも『ノルウ
ェイの森』ブームが巻き起こしました。
実は 1980 年代後半から、私は香港やマレーシアの中国語メディアを通じて、現代日本文
学や文化を紹介してきました。特に 90 年代以降、村上春樹の『ノルウェイの森』
、
『羊をめ
ぐる冒険』
、
『ダンス・ダンス・ダンス』の三つの作品を翻訳したことをきっかけに、村上
文学に関連するエッセイを執筆したり、
村上文学の受容研究に取り組んだりしてきました。
中国語圏において、中国や台湾では村上作品が安定した人気を保っているのに対し、香港
ではこの数年間、ブームが冷めているような感じです。最近の村上作品は、例えば『1Q84』
の内容が難解すぎて最後まで読み通せないという声もあります。
それにしても、村上文学は今でも世界中で読み継がれています。
「村上春樹」は一つの文
化的アイコンになると言っても過言ではありません。
デビューしてから 35 年目になります
が、彼の新鮮なレトリック、ユニークな言葉遣いや比喩表現、作中の人物のおしゃれなラ
イフスタイルがいまだに世界中の若者を魅了させています。
今度のシンポジウムの主題に相応しく、村上の作品はメディアとして読者の心と繋がっ
ています。彼の作品を通して、外国文学に興味を持ったり、文章を書き始めたり、ジャス
音楽が好きになったり、マラソンをし始めたりする人が少なくありません。そして、ささ
やかな日常生活の風景に気付けるようになり、日々の暮らしの中で自分なりの「小確幸」
を見つけたいという思いがあり、一種の流行語にさえなりつつあります。
今回のシンポジウムに参加させていただき、まことに光栄です。私はこの作家と同時代
に生まれたことを幸いに思います。
204
八.演講者‧發表者簡歷
(依場次順序・省略敬稱)
基調講演
柴田 勝二
日本大阪大学博士・東京外国語大学教授
小森 陽一
日本北海道大学博士課程単位取得・東京大学教授
論文口頭發表
落合 由治
日本安田女子大学博士・淡江大學教授
楊 炳菁
中國吉林大學博士・北京外國語大學副教授
森 正人
東京大学博士課程単位取得・日本熊本大学名誉教授
曾 秋桂
日本広島大学博士・淡江大學教授
蔡 錫勳
日本東北大学博士・淡江大學副教授
劉 曉慈
日本熊本大学博士課程後期在籍
山根 由美惠 日本広島大学博士・広島国際大学非常勤講師
林 雪星
東吳大學博士・東吳大學副教授
內田 康
日本筑波大学博士・淡江大學助理教授
范 淑文
日本御茶水女子大学博士・台灣大學教授
葉 夌
日本熊本大学博士課程後期在籍
葉 蕙
日本筑波大学博士課程単位取得・馬來西亞拉曼大學講師
賴 錦雀
東吳大學博士・東吳大學教授兼院長
許 均瑞
日本大阪大学博士・銘傳大學助理教授
齋藤 正志
日本二松学舍大学博士・中國文化大學副教授
廖 育卿
日本熊本大学博士・淡江大學助理教授
205
論文壁報發表(依場次順序)
劉 于涵
淡江大學修士 3 年生
趙 羽涵
淡江大學修士 3 年生
郭 雅涵
淡江大學修士 3 年生
陳 羿潔
淡江大學修士 1 年生
張 嘉雯
淡江大學修士 1 年生
呂 函螢
東吳大學修士 2 年生
陳 奕潔
淡江大學修士 2 年生
黃 雅婷
淡江大學修士 1 年生
張 維芬
淡江大學修士 1 年生
圓桌論壇
小森 陽一
日本北海道大學博士課程單位取得・東京大學教授
柴田 勝二
日本大阪大学博士・東京外国語大学教授
楊 炳菁
中國吉林大學博士・北京外國語大學副教授
森 正人
東京大学博士課程単位取得・日本熊本大学名誉教授
葉 蕙
日本筑波大学博士課程単位取得・馬來西亞拉曼大學講師
206
九.主持人・評論人簡歷
(按場次順序‧省略敬稱)
林 水福
日本東北大學博士・南台科技大學教授
賴 錦雀
東吳大學博士・東吳大學教授兼院長・台灣日語教育學會理事長・
台灣日本語文學會理事
范 淑文
日本御茶水女子大学博士・台灣大學教授・台灣日本語文學會候補理事
楊 錦昌
輔仁大學博士・輔仁大學副教授・台灣日本語文學會理事・
台灣日語教育學會理事
齋藤 正志
日本二松学舍大学博士・中國文化大學副教授・台灣日本語文學會監事
北嶋 徹
日本関西学院大学博士課程単位取得・開南大學教授
蘇 文郎
東吳大學博士・政治大學教授
邱 若山
日本筑波大学博士課程単位單位取得・靜宜大學副教授任・
台灣日本語文學會理事・台灣日語教育學會理事
曾 秋桂
日本広島大学博士・淡江大學教授
彭 春陽
日本中央大學博士課程單位取得・淡江大學副教授兼主任
207
十.籌備委員會名單
(按姓氏筆劃順序‧省略敬稱)
執 行 長 曽秋桂(淡江大學教授・台灣日本語文學會理事長・台灣日語教育學會理事)
馬耀輝(淡江大學副教授兼系主任)
委
員 中村香苗(淡江大學助理教授)
王美玲(淡江大學助理教授)
王天保(淡江大學助理教授)
王憶雲(淡江大學助理教授)
王嘉臨(淡江大學助理教授)
內田康(淡江大學助理教授・台灣日本語文學會監事・台灣日語教育學會監事)
田世民(淡江大學助理教授)
江雯薰(淡江大學副教授)
李文茹(淡江大學助理教授)
林青樺(淡江大學助理教授・台灣日本語文學會理事)
林寄雯(淡江大學助理教授)
河村裕之(淡江大學講師)
施信余(淡江大學助理教授・台灣日本語文學會秘書長)
周躍原(淡江大學講師)
孫寅華(淡江大學副教授・台灣日本語文學會理事・台灣日語教育學會理事)
徐佩伶(淡江大學助理教授)
張瓊玲(淡江大學副教授)
堀越和男(淡江大學副教授)
富田哲(淡江大學助理教授)
彭春陽(淡江大學副教授兼主任)
黃淑靜(淡江大學副教授)
落合由治(淡江大學教授・台灣日本語文學會理事・台灣日語教育學會理事)
廖育卿 (淡江大學助理教授)
劉長輝(淡江大學副教授)
鍾芳珍(淡江大學副教授)
鍾慈馨(淡江大學講師)
齋藤司良(淡江大學副教授)
闕百華(淡江大學副教授)
顧錦芬(淡江大學講師)
助
理 劉于涵(淡江大學修士 3 年生・台灣日本語文學會助理)
208
十一.工作人員名單
執行長 曾秋桂 馬耀輝
公關組 彭春陽 劉長輝 孫寅華 河村裕之 齋藤司良 堀越和男 中村香苗
宣傳組 鍾芳珍 落合由治 張瓊玲 黃淑靜 江雯薰 田世民 冨田哲 廖育卿
會議組 闕百華 顧錦芬 鍾慈馨 林青樺 內田康 施信余 王美玲 徐佩伶 王天保
司 儀 郭雅涵 陳奕潔 張嘉雯 蕭敏媚 鄭羽辰 劉仲葳 陳妤安
招待組 謝依彣 王宣舒 張修齊 曹瑞軒 呂芩 李維敏 鄭詩蓓 謝政宏 何偉達
大會報到處 葉欣妮 顏嘉慧 陳羿潔 周子軒 黃馨誼 余家蓁 涂雅涵 林怡彤
林俐雅 黃敬雅
議事組 張維芬 廖妍媛 黃靖茹 潘映禎 姚家鈴 張家倫
總務組 施惠娜 王存方 楊琇媚 黃如萍 廖倫凱 趙羽涵
庶務組 侯元逵 陳偉鈞 鄭代弦 賴亮廷 邱銘華
會議論文集組 落合由治 劉于涵
口譯組 林寄雯 周躍原 王憶雲 王嘉臨 李文茹 侯元逵 陳羿潔 陳奕潔 劉于涵
趙羽涵 張修齊 郭雅涵 黃雅婷 張嘉雯
209
十二.
『淡江日本論叢』30(村上春樹特輯)徵稿章則
99 學年度第二學期第 1 次系務會議修訂通過〈100 年 2 月 23 日〉/ 98 學年度第 2 次系務會議追認(98 年 12 月 16 日)
98 學年度第一學期第 1 次系務會議修訂通過(98 年 9 月 4 日)/ 96 學年度第一學期第 2 次系務會議通過( 96 年 12 月 17 日)
一、 一年出刊兩期(第一期 6 月 30 日出刊、第二期 12 月 31 日出刊)
。
1 學術論文及○
2
二、 論文內容:以日本語學、日本文學、日語教育學、日本文化等與日本相關之未發表○
教學‧研究報告為限。恕不接受碩、博士論文及論文譯稿。
三、 投稿資格:歡迎校內外研究者踴躍投稿。
四、 論文格式:
1、 Word98 以上,以橫寫為限。
2、 使用文字:以中、日文為限。
3、 紙張:A4
4、 字體:MS Mincho,明朝粗體 14(論文名)
,明朝 12(本文)
,明朝 10(註解)
。
5、 邊界:上 5.35 公分,下 4.35 公分,左 3.5 公分,右 3.5 公分。
6、 字數:30 字(橫)×30 行(縱)
7、 頁數:含中、英、日文摘要暨全文(包括圖、表及參考文獻、資料等)至多 25 頁。
8、 摘要:500 字以內之中、英、日文摘要(各摘要含論文題目、作者姓名、所屬單位。字體大小
如上。中文採標楷體、英文採 Times New Roman 體、日文採明朝體)及 5 個以內之關鍵詞。
9、 論文標題置中,題目上,姓名中,所屬單位下。專任者不寫「專任」
,兼任者要寫「兼
任」
。研究生要寫「碩士生」或「博士生」
。
10、正文章節使用阿拉伯數字 1.2.3.(下位分類為 2.1 2.2 2.3)
,請勿以〞0〞開始。
11、註解採隨頁註,以 1.2.3.方式置於該頁下方。
12、參考文獻:如係以日文書寫,參考文獻之排列為日(五十音順序)中(依漢字讀音順序)英(abc
順序)
。如以中文書寫,參考文獻之排列為中、日、英其順序同前。專書按著者或編者名、出
版年代、書名、版、出版地、出版社、頁數排列。論文按著者、出版年代、論文名、刊載書名、
卷號、出版地、出版社、頁數排列。論文集亦視同專書。
13、著作權同意書
六、 審稿辦法:
1、所有稿件,均須由本系及校外之專家組成審查委員會審查通過後方能刊登。
2、審查意見分為三種:
「a.可刊登」
「b.修改後刊登」
「c.不宜刊登」
3、審稿費每人次 1000 元(共計 2000 元)由投稿者自付。第三人審稿時,由投稿者負擔。
七、 投稿辦法:請將符合論文格式之稿件三份、光碟片一份及個人資料表、著作授權同意書〈個人資料
表以及同意書表格,自日文系網頁 http://jpweb.jp.tku.edu.tw 上列印〉
,當年度第一期於 4 月 30 日前,
第二期於 10 月 31 日前,以掛號郵寄至「251 新北市淡水區英專路 151 號 淡江大學淡江日本論叢編
輯委員會」
。
審稿費用 2000 元請以郵局現金袋掛號寄送。
八、刊登於本論叢之論文版權均屬本系、本校所有,著作權屬於作者。
九、審稿後之修改論文,本編輯委員會有權保留刊登權。投稿論文如因審查或作業流程延宕,不及於當
期刊登,則順延至次期刊登。
210
十三・淡江大學‧村上春樹研究中心
2015 年度「第 4 屆村上春樹國際學術研討會」徵稿啟事
1. 宗
旨 :為促進世界知名村上春樹相關研究之全球化學術交流及精闢研究成果分享,期以語學、文
學、教育學、文化人類學、社會學、翻譯學等角度來宏觀村上春樹文學意義。淡江大學成
立的台灣第一所「村上春樹研究中心」
(2014 年 8 月)
,繼續肩負定期舉辦 1 年 1 度「村
上春樹國際學術研討會」的任務,更是首次跨海登陸日本本土舉辦村上春樹國際研討會。
2. 主
題 : 村上春樹文学における両義性(pharmakon)(日文)
村上春樹文學的雙義性(中文)
3. 論文內容 : 以語學、文學、教育學、文化人類學、社會學、翻譯學等角度撰寫上述主題之未發表①
學術論文②教學‧研究報告為限,嚴禁一稿多投,每人以一篇為限。亦歡迎其他主題之
投稿。
4. 主辦單位:淡江大學‧村上春樹研究中心
5. 地
點:日本北九州市國際會議廳(日本九州小倉)
6. 時
間:2015 年 7 月 25 日、26 日(週六、週日)
7. 使用語言:中文、英文、日文皆可(日文尤佳)
8. 發表時間:①口頭發表 20 分鐘,討論 5-10 分鐘
②海報發表 依規定時間、場所內展示。展示期間,發表者務必在場。
以上兩項發表內容,將依序編列頁碼,收錄於當天之大會會議論文集當中。兩者學術
具有等同價值。
9. 投稿方法:投稿時註明發表方式為①口頭發表或②海報發表。發表內容為①學術論文或②教學‧研
究報告。備妥以下資料於 2014 年 8 月 15 日前寄達。若未註明者發表方式以及發表內容
者,由籌備委員會酌情處理。資料不齊或逾期者恕不受理。所需資料如下:
(1) 中、英、日文摘要各 1 頁(各摘要含論文題目、所屬單位、作者姓名。中文採標楷體、
英文採 Times New Roman 體、日文採明朝體。A4 紙‧橫寫‧40 字×30 行‧關鍵詞 5 字
以內)
。
(2) 申請單(載明作者姓名、服務機構、聯絡電話、傳真、電子信箱、通訊處)及五年內(2010
年起)之研究業績等乙份。
(3) 上述資料之紙本與光碟片各乙份。
(4) 掛號郵寄達「25137 新北市淡水區英專路 151 號
淡江大學村上春樹研究中心 FL619」
。
10. 審稿辦法:論文摘要經籌備委員會審查之後,決定接受論文之篇數以及發表者人數。
11. 論文接受通知:評審結果於 2014 年 9 月 15 日前寄出。
12. 論文全文截稿:2015 年 5 月 30 日。逾期者將視同放棄參加。
13. 不論接受與否,所有投稿資料恕不奉還。
14. 詢 問 處:淡江大學村上春樹研究中心 02-26215656
分機 2958
陳 羿潔助理
分機 2340
淡江日文系系辦
電子郵件:[email protected](曾秋桂老師)
211
十四・淡江大學日本語文學系簡介
創系(1966 年)達 40 多載的淡江大學日本語文學系,正朝向全新的方位邁進。淡江大學日文系正
適時適地地在各方面(諸如系務、師資、教學、研究等)多所調整、努力創新,以便在既有的基礎上保
持優良的傳統,展現新的風貌,達成精質教育及培養符合國際化時代需求之優秀日語人才的目標。此外,
近年來淡江大學日文系更藉由國際學術會議的召開與留學生的派遣,大力推動國際學術交流。
壹、本系沿革
淡江大學日文系以貫徹既定教育目標,為國家培育五育並進,術德兼修之優秀日本語文人才為宗旨。
民國 55 年 7 月:本系成立,原名「東方語文學系」
,主授日本語學、文學及有關日本社會、文化、法政、
經貿等課程。
民國 74 年:由原「東方語文學系」正名為「日本語文學系」
。
民國 86 年:配合教育部之夜間部轉型政策,停止夜間部招生,而將日間部增為 4 班(約 240 名)
。
民國 95 年:設立日本語文學系碩士班。
民國 100 年:設立日本語文學系碩士班在職專班。
貳、教學目標與特色
一、目標:培養 21 世紀宏觀之國際視野、能掌握應用資訊、具解決問題能力、有自主判斷力、創造力、
專業基礎能力的日語人材。
二、特色:
(一)大力推動國際交流
(二)首創國內大三學生出國留學學分制
(三)每年另有日本早稻田、青山學院、亞細亞、津田塾、中央學院、駒澤大學等各提供數名
之交換留學生員額供本校學生申請。
(四)舉辦「特別講座」課程
參、願景及策略
一、課程:本系課程以日本語文聽、說、寫、讀、譯五種能力之培養為中軸,除奠定良好之語文基礎外,
並加深學生對日本文學、語學、法政、經貿、社會人文等之基礎學識,以期能銜接研究所教
育或具豐富之學能,投入就業市場。
二、教學:初、中、高日等讀本課程及語法、名著、日語修辭學等必修課採原班上課,其餘會話、作文、
翻譯與口譯、語練、應用文等則採小班分組教學,增高學習效果,至於各領域之選修課程則
依學生興趣自由選課,除加深學生對日本之認識與社會人文素養外,更與其未來之研究方向
產生直接連繫,奠定良好基礎。學生在學期間,積極鼓勵並輔導學生參加相關之日語能力檢
定考試、大三出國留學、交換生甄試、赴日青年訪問團、青年之船活動等外,並為欲於國內
外深造之同學舉行讀書會、留學升學獎學金考試輔導及留學資訊服務等。並於 2011 年 8 月成
立「村上春樹研究室」推展特色教學。
三、師資:本系 101 學年度〈2014.6〉共有專任教師 31 名,其中 21 名擁有博士學位。另有兼任教師 54
名。所有專任教師皆學有專精,專攻領域涵蓋日本語學、日本文學、日本社會文化、日本思
想、史學、日本語教育、日語口譯教學,以及日本法政、經貿、社會、人文之區域研究。
四、奉行本校國際化、資訊化、未來化之政策,以培育國內日語方面之專才
為達此一目標,除加強語文訓練,厚植學識基礎,質量並重地積極拓展大三出國留學員額外,並
實施日文電腦文書處理專業課程訓練,教導學生廣泛運用資訊,另本系不定時敦請外國學者前來參與
國際性研討會,並邀請日本法政、經貿、社會、人文等相關領域之學者專長前來作專題演講,議題上
力求有助於未來發展為方針。與會內容以光碟媒體儲存並與刊載於網上,以利資訊傳輸與擷取。
212
十五・淡江大学日本語文学科紹介
創立 40 年あまりの淡江大学日本語文学科は、現在まさに全く新しい方位に邁進している。本学科は時
流に合わせて学科事務、教師陣容、教育、研究など多くの分野を調整し、革新に努め、既にある基礎の
上に優良な伝統を保ちながら、新たな風貌を生みだし、緻密な教育を実現し国際化時代の需求に応える
優秀な日本語人才の育成を目標にしている。この他、近年、本学科は国際学術会議の開催や留学生の派
遣などにより、大きく国際学術交流を推進している。
Ⅰ、本学科の沿革
淡江大学日本語文学科は政府の教育政策に従い、国家のために五(知、徳、体、群、美)育をともに
重んじる教育を進め、知識技術精神ともに優秀な日本語人才の育成を目標にしている。
民国 55(1966)年 7 月:
「東方語文学科」として成立、主に日本語学、文学および関連する日本社会、
文化、法律政治、経済貿易の課程を設けた。
民国 74(1985)年:
「東方語文学科」を「日本語文学科」に改称。
民国 86(1997)年:教育部の夜間部転換政策により、夜間部の募集を停止し、日間部を 4 クラス(約
240 名)に増設。
民国 95(2006)年:大学院日本語文学科修士課程を設立。
Ⅱ、教育目標と特色
一、目標:21 世紀の広い国際的視野に立ち、情報をよく把握理解して、問題解決能力を備え、自主的判
断力、創造力をもった、專門的基礎能力をもつ日本語人材の育成。
二、特色:
(一)国際交流を強力に推進
(二)大学三年生出国留学単位取得制度を台湾で初めて創設
(三)毎年、日本の早稻田、青山学院、亜細亜、津田塾、中央学院、駒澤大学などに数名の
交換留学生定員に本校学生が申請
(四)
「特別講座」課程を開催
Ⅲ、見通しと戦略
一、カリキュラム:本学科のカリキュラムは日本語の聴力、会話、作文、読解、翻訳の五種の能力の育
成を中軸としており、しっかりした語学的基礎の形成と同時に、学生の日本文学、
語学、法律政治、経済貿易、社会文化などの基礎的知識を深め、大学院教育への接
続や豊かな学識を活かした実業界での就職に繋げている。
二、教育:初、中、上級の読解課程および文法、名著、日本語修辞学などの必修科目ではクラス制授業
を実施し、その他の会話、作文、翻訳、通訳、言語練習、応用文などでは小クラス編成での
教育をおこなって、学習効果を高めている。各領域の選択科目では学生の興味により自由選
択ができ、学生の日本への認識と社会人文的教養を深めるほか、将来の研究に直接繋がる方
向を与えられるよう、基礎を固めている。また、学生が在学期間中、積極的に日本語能力検
定、大学三年生出国留学、交換学生試験、渡日青年訪問団、青年の船活動などに参加するよ
うに促すほか、在学生の読書会、留学進学奨学金試験指導および留学情報提供サービスなど
をおこなっている。2011 年に 8 月「村上春樹研究室」の成立により、教学特色を出しいる。
三、教員:本学科には 101(2014.6)学年度専任教員 31 名が所属、その中の 21 名は博士号取得者である。
兼任教師 54 名が在籍している。専任教員の専攻領域は日本語学、日本文学、日本社会文化、
日本思想、日本史、日本語教育、日本語通訳教育から日本の法律政治、経済貿易、社会、人
213
文の地域研究に及んでいる。
四、本校国際化、情報化、未来化の戦略にのっとり日本語専門人材を育成
この大目標のため、日本語の訓練と学識の基礎の充実に加え、積極的に大学三年生出国留学定員の量
質両面の充実に努め、日本語コンピューター文書作製専門課程の訓練により、学生の情報運用能力を広
げている。さらに、本学科は機会を見つけて国外研究者を招聘しての国際的研究会を開くとともに、日
本の法律政治、経済貿易、社会、人文など相関領域の研究者に専門的講演を依頼し、将来的発展の方針
を追求する助けにしている。研究会の内容は CD に保存し、インターネット上でも公開している。
214
十六.台灣日本語文學會(中文)
JAPANESE LANGUAGE & LITERATURE ASSOCIATION OF TAIWAN
設 立 宗 旨 本會以從事日本語文研究為宗旨。
沿
革 本會成立於 1989 年 3 月,原名「台灣日本語文研究會」,1992 年 10 月申請立案名
為「中華民國日本語文學會」,2001 年更名為「台灣日本語文學會」。每月舉行例
會或演講會,至 2014 年 6 月止已屆 307 次。本會學報及電子版《台灣日本語文學
報》至 2014 年 6 月止已出版 35 期。2007 年 12 月 15 日與「韓國日本語學會」、2008
年 5 月 3 日與韓國「東亞日本學會」、2008 年 9 月 5 日與「日本比較文化學會」2010
年 4 月 24 日與「韓國日本文化學會」締結姉妹會。本學會正式成為國際性之組織。
入 會 方 法 凡贊同本會宗旨,年滿 20 歲,對日本語文研究有興趣者,經本會會員 2 人以上介紹,
填具入會申請書並繳納入會費及年費後,得成為本會個人會員。凡贊同本會宗旨之
團體,填具入會申請書並繳納入會費及年費後,得成為本會團體會員。
會
費 個人會員:入會費NT1000 元、常年年費NT1000 元。
會
費 團體會員:入會費NT3000 元、常年年費NT3000 元。
會 費 繳 納 方 法 郵局劃撥:帳號「17007419 台灣日本語文學會」
例 會 會 場 台北市許昌街 19 號 YMCA城中會場
例 會 時 間 原則上毎月第三個星期六上午 10:00-12:00
例 會 方 式 1、每次由 2~3 名會員發表論文或心得報告後,進行討論或交換意見。
2、邀請國內外相關知名學者演講。
2013-2014(民國 102-103)年度理監事會工作人員(當選順):
理 事 長 曾秋桂(淡江大學教授)
副 理 事 長 林雪星(東吳大學副教授、論文編輯)
理
事 落合由治(淡江大學教授、海外公關) 邱若山(靜宜大學副教授、中南部公關)
王世和(東吳大學副教授、北部公關) 孫寅華(淡江大學副教授、北部公關)
楊錦昌(輔仁大學副教授、論文編輯) 林青樺(淡江大學助理教授、會計)
賴錦雀(東吳大學教授、北部公關)
候 補 理 事 吉田妙子(政治大學教授、論文編輯) 范淑文(台灣大學教授、北部公關)
許均瑞(銘傳大學助理教授、文書)
常 務 監 事 羅曉勤(銘傳大學副教授、中南部公關)
監
事 內田康(淡江大學助理教授、海外公關)
齋藤正志(中國文化大學副教授、海外公關)
事 務 局 長 施信余(淡江大學助理教授、統籌一般會務)[email protected]
黃如萍(高雄餐旅大學助理教授、活動經費申請)[email protected]
理事長特別助理 楊琇媚(南台科技大學助理教授、南部公關)
事 務 局 助 理 劉于涵(淡江大學碩士生)[email protected]
會址:〒251 新北市淡水區英専路 151 號淡江大學日本語文學系内 台灣日本語文學會事務局
電話:(+886)02-2621-5656 分機 2958(理事長)/2963(事務局長)
FAX:(+886)02-2620-9915
E-Mail:[email protected] 網址:http://taiwannichigo.greater.jp/
215
十七.台湾日本語文学会(日本語)
JAPANESE LANGUAGE & LITERATURE ASSOCIATION OF TAIWAN
設 立 主 旨 本学会は日本語・日本文学を研究することを目的として創設されたものである。
沿
革 本学会は当初「台灣日本語文研究會」として 1989 年 3 月に設立された。1992 年
10 月に「中華民國日本語文学會」の名称で学会として認可される。2001 年には
「台灣日本語文学會」と名称変更される。
本学会は設立当初より毎月例会を行っており、2014 年 6 月現在までに 307 回を
数える。また毎年論文集及び電子版『台灣日本語文学報』を発行している(2014
年 6 月現在までに 35 号発行)。2007 年 12 月 15 日に「韓国日本語学会」、2008
年 5 月 3 日に、韓国の「東アジア日本学会」、2008 年 9 月 5 日に、「日本比較
文化学会」、2010 年 4 月 24 日に、「韓国日本文化学会」と姉妹学会として提携
を結ぶことになった。
入 会 方 法 本会の主旨に賛同する、満 20 歳以上で、日本語文に習熟し日本語・日本文学に関
する研究を行っている者で、会員 2 名の推薦を受け、入会金 1000 元及び年会費
1000 元を納入する。団体会員は入会金 3000 元及び年会費 3000 元を納入する。会
費納入が確認された時点から会員となる(以前あった永久会員は 2006 年 12 月の
年度大会で 2007 年から募集停止となりました)。
会
費 個人会員:入会金NT1000 元、年会費NT1000 元。
会
費 団体会員:入会金NT3000 元、年会費NT3000 元。
会 費 納 入 方 法 郵便振込「17007419 台灣日本語文学會」
例 会 場 所 台北市許昌街 19 號 台北市YMCA城中会場
例 会 時 間 原則として毎月第 3 土曜日 午前 10:00-12:00
例 会 方 式 1、会員 2~3 名による研究発表または実践報告と質疑応答。
例 会 方 式 2、国内外の学者を招いての講演会。
2013-2014(民國 102-103)年度理監事會工作人員 (當選順):
理 事 長 曾秋桂(淡江大學教授)
副 理 事 長 林雪星(東呉大學副教授、論文編輯)
理
事 落合由治(淡江大學教授、海外公關) 邱若山(靜宜大學副教授、中南部公關)
王世和(東呉大學副教授、北部公關) 孫寅華(淡江大學副教授、北部公關)
楊錦昌(輔仁大學副教授、論文編輯) 林青樺(淡江大學助理教授、会計)
賴錦雀(東呉大學教授、北部公關)
候 補 理 事 吉田妙子(政治大學教授、論文編輯) 范淑文(台灣大學教授、北部公關)
許均瑞(銘傳大學助理教授、文書)
常 務 監 事 羅曉勤(銘傳大學副教授、中南部公關)
監
事 內田康(淡江大學助理教授、海外公關)
齋藤正志(中國文化大學副教授、海外公關)
事 務 局 長 施信余(淡江大學助理教授、統籌一般會務)[email protected]
黃如萍(高雄餐旅大學助理教授、活動經費申請)[email protected]
理事長特別助理楊琇媚(南台科技大學助理教授、南部公關)
事 務 局 助 理 劉于涵(淡江大學碩士生)[email protected]
會址:〒25137 新北市淡水區英専路 151 號淡江大學日本語文學系内 台灣日本語文學會事務局
電話:(+886)02-2621-5656 分機 2958(理事長)/2963(事務局長)
FAX:(+886)02-2620-9915
E-mail:[email protected] (通訊會址)網址:http://taiwannichigo.greater.jp/
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淡江大學日本語文學系˙村上春樹研究室
2014 年度第 3 屆村上春樹國際學術研討會
編集委員會
發 行 人:曾 秋桂˙馬 耀輝
執行編輯:落合 由治˙劉 于涵
校
編
正:劉 于涵
者:曾 秋桂˙馬 耀輝
主辦單位 淡江大學日本語文學系˙村上春樹研究室
校 址:25137 新北市淡水區英專路 151 號 淡江大學日本語文學系
傳 眞:
(+886)02-2620-9915
網 站:http://www.tfjx.tku.edu.tw/main.php
會議時間 2014 年 6 月 21 日
出版日期 2014 年 6 月 21 日(第四版)
出版者 致良出版社有限公司
臺北市南京西路 12 巷 9 號 5 樓
著作権所有 ISBN
978-957-786-767-4
定價:300 元整