第11回世界ホルスタイン・フリージアン会議にて

解 説
第11回世界
ホルスタイン・
フリージアン
会議にて(その1)
日本の牛個体識別実施を報告
独立行政法人家畜改良センター新冠牧場 場長
酒井 豊
始 はじめに
世界ホルスタイン・フリージアン会議(以下「世界
会議」)は、ホルスタイン種などの登録及び改良に係
わる調査・情報交換等を担う国際機関である、「世界
ホルスタイン・フリージアン連盟(The World Holstein
Friesian Federation:WHFF)」が開催する、世界の著名な
リーダー・関係者等が一堂に会する最も権威のある4
年に1度の国際会議です。第1回は1964年(昭和39
年:東京オリンピックの年)にホルスタイン種の原産
国とされるオランダで開催され、第9回は1996年(平
成8年)9月にはアジアでは始めて札幌市にて開催さ
セッション6:「発展途上国における挑戦」
れています。このたび、(社)日本ホルスタイン登録
セッション7:「WHFFワーキンググループの
協会からの依頼を受け、第11回世界会議に参加し報告
検討結果」
する機会を得ましたので、その概要を報告します。
セッション8:「普及啓発」
第4日目(3月1日(月))
Ⅰ 第11回世界会議日程
午前:WHFF通常総会
午後:ホルスタインショー視察
今回の世界会議(以下「会議」)は、フランス国の
プリム・ホルスタイン(Prim'Holstein Farance)が現地
夕刻:レセプション
第5日目(3月2日(火))
事務局となって、「21世紀における登録の使命とはな
午前:近隣酪農家視察
にか?」をメインテーマに、2月27日から3月2日ま
筆者は参加機会はなかったが、その他、近郊ツ
で開催されたが、その日程は以下のとおりであった。
アー、オプショナル・ツアーも現地事務局のご
第1日目(2月27日(金))
配慮により実施された。
参加登録、歓迎レセプション
第2日目(2月28日(土))
Ⅱ 会議の概要
セッション1:「フランス・ホルスタイン種の
遺伝概要」
セッション2:「個体識別と登録」
間が与えられ、セッションの最後に25∼30分の質疑応
セッション3:「データの測定と記録」
答の時間をとるという形式で進められた。しかし実際
セッション4:「育種目標」
には報告に熱が入り与えられた時間を超過することも
第3日目(2月29日(日))
セッション5:「育種管理のツール」
7
各セッションでは、報告者それぞれに20分の報告時
しばしばあり、コーヒーブレイク等で時間調整が図ら
れた。時系列的に各セッションの概要について述べる。
解 説
(1)第2日目午前
セッション1では、「フランス・ホルスタインの
遺伝概要」(議長国フランス)という主題で、フラ
通常総会では、ワーキンググループにおける技術
活動の報告が行われ活発な議論を経て基本的に了承
された。
ンスの3機関の報告者から、「フランス方式の登録
検討内容について若干触れると、機能的体型につ
原簿」、「ブリーダーによるホルスタインの遺伝改
いては、ロコモーション(歩様)について新しいデ
良」、「ホルスタイン育種計画における研究機関の役
ータを採用すること、後乳房幅については、将来国
割」という3題の報告が行われた。
際標準形質に取り入れる可能性について検討するた
セッション2では、議長の日本ホルスタイン登録
め情報を有する国に対しデータ提供を求めること等
協会の稲継専務理事の進行により、「個体識別と登
が方向付けられた。さらに、劣性遺伝の表示方法に
録」という主題で、筆者が「日本における牛個体識
ついて、国際間の統一に向けて取り組みを進めるこ
別の実施状況(日本における個体識別はいかに実施
とが、電子的なデータ交換については、EUの一部
されたか?)」と題して報告を行った後、、オースト
の国では既にデータ交換が可能となっていることか
ラリア・ホル協から「個体識別と登録の有用性」、
ら、様式(フォーマット)の統一を図ること等が議
メキシコから「ラテンアメリカにおける登録促進」
論された。ぺーパーレス登録については、RFID(電
という2題の報告が行われた。
子タグ等)を用いた方法の紹介があったものの、個
(2)第2日目午後
体識別番号が登録番号も含めて生涯唯一の番号とす
セッション3では、「データの測定と記録」(議長
ることを基本とすべきという意見が多数を占めた。
国ドイツ)という主題で、英国から「Web利用の簡
ホルスタイン・ショーは、世界会議期間中にパリ
易(1 stop)記録」、カナダとオランダからは、搾乳
市内の国際展示場にて開催された「全フランス農
ロボットの泌乳記録に関する報告が行われた。
業/畜産ナショナルショー」の一環として実施され、
セッション4では、
「育種目標」
(議長国オランダ)
世界中から多数の見学者があり大変な賑わいであっ
という主題で、カナダから「育種目標の各国の相違」、
た。また国民の祭典としての歴史があり社会的な位
フランスから選抜指数と機能的形質に関する報告が
置づけもされていることから、パリ市内や近郊から
行われた。
も多くの一般市民が見学に来ていた。大きな会場で
(3)第3日目午前
は、様々なチーズなどの乳製品や食肉加工品の展
セッション5では、「育種管理のツール」(議長国
示・販売や地域特産物の販売コーナー、農業機械・
米国)という主題で、米国から繁殖プログラムの利
機器の展示販売、遊戯施設等が配置され、来場者の
用、スイスからインターネット利用交配計画等の報
興味を引く工夫がされていた。さらに、いろいろな
告が行われた。
品種の牛、豚、羊、山羊が繋養・展示され大変な活
セッション6では、「発展途上国における挑戦」
気に溢れていた。
(議長国南アフリカ)という主題で、アルゼンチン
フランスではAOC(原産地呼称認定)制度に見ら
から南米における登録システム間の連携、イランか
れるように原産地の特徴を活かしながら農業振興が
らイランにおけるホルスタイン産業の歴史等の報告
図られきたので、乳用牛の品種も23種類を数えると
が行われた。
いう。AOCチーズを生産する条件として、乳成分を
(4)第3日目午後
維持するため乳量5千kg以下でなければならない
セッション7では、「WHFFのワーキンググループ
としている品種もある。しかしながらEU統合の進
の検討結果」(議長国カナダ)という主題で、ワー
行による産地間競争の激化を背景として、プリム・
キンググループ議長から線形形質と体型得点形質の
ホルスタイン、ノルマンディー種、モンペリアルド
国際的な統一に関する報告等が行われた。
種の3品種が大きなシェアを占めるようになってい
セッション8では、
「普及啓発」
(議長国ベルギー)
る。プリム・ホルスタインとは、1960年代まで主流
という主題で、ハンガリーから「中西部における品
であったフレンチ・フリージアン種に北米の遺伝子
種の普及」に関する発表が、イランからはショウが
を交配することによりホルスタインを図ったもの
酪農経営に与える影響等に関する報告が行われた。
で、フレンチ・フリージアン種と区別するために、
(5)第4日目
Prim'Holstein(ラテン語のPrimus=最上の意)と呼ばれ
8
解 説
ている。聞き取りでは、プリム・ホルスタインは約
策、流通対策、知識普及等の各種の施策が講じたが、
3,000千頭(フランスの乳用経産牛頭数は4,133千頭
生産対策における主要な柱となったのが、牛の個体識
(前年比△5.1%):Eurostat2002)となっており、牛
群検定頭数はうち約2,000千頭である。
別事業である。
実は、牛の個体識別の基本システムについては、E
Uでの取り組みを参考に、日本ホルスタイン登録協会
Ⅲ 日本からの報告の概要
が主体となって1997年より5カ年計画で、研究開発を
進めていた。この準備があったことから、2001年12月
日本からの報告は残念ながら筆者の1題だけであっ
(BSE確認後3ヶ月目)から2002年5月のわずが半
た。演題として「日本における牛個体識別の実施状況」
年間で、日本に現存する牛全頭、約450万頭(黒毛和
(英題名:HOW DOES JAPAN IDENTIFY CATTLE?)
種、ホルスタイン種、ジャージー種等の成・育・子)
として、平成13年度後半に実施した「家畜個体識別シ
に、耳標(ISO準拠15桁のうち下10桁番号を表示)
ステム緊急整備事業」の実施状況について報告を行っ
を両耳に装着するとともに、生年月日、品種、性別、
た。
飼養されている場所、管理者名等のデータベースを構
セッション2の議長は、WHFFの評議員でもある稲
継専務理事が務めた。議長の的確な進行の下、パワー
築することができた。
2003年12月、本制度が法律により義務化され、デー
ポイント(Microsoft社)の英文スライドを29枚使って、
タ報告を怠った場合等には罰則が課せられることにな
順次解説を行った。
った。また、インターネットによる情報公開も規定さ
れており、2004年12月からは、牛肉のラベルに表示さ
れる10桁の個体識別番号でデータベースを検索するこ
とにより、すべての牛の飼養場所の履歴や一部の牛の
飼料給与歴、治療歴等が検索可能となる。
日本にとってBSEの発生は大変不幸なできごとで
はあったが、比較的短期間のうちに国民の信頼に応え
るシステムが構築できたのは、酪農・畜産農家や支援
組織等の危機感を背景とする懸命な努力、それを支え
た行政等の一体的な取り組みがあったものである。
最後に、日本の牛の個体識別事業の推進に当たり、
基本システムのノウハウの提供、耳標の緊急な供給等
報告の要旨は次のとおりである。
を快く受けていただいた関係各位に深く感謝申し上げ
日本では、2001年9月に最初のBSE感染牛が確認
たい。そしてこの困難な事業を短期間で成し遂げ、消
された。本疾病に対する国民の理解不足と、いわゆる
費者の信頼を取り戻した、日本の酪農家、肉用牛農家、
リスクマネージメントの不備等が主な原因で、畜産分
関係団体職員を始めとする関係者の方々を大変誇りに
野に大きな混乱が生じた。このため、緊急に、生産対
思う。……次号に続く.
9