レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会報告最終版2015

レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会報告書
―新産業創成を目指すレーザー中性子源開発計画―
平成 22 年 2 月
IFE フォーラム
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
光産業創成大学院大学
序
本報告書は、IFE フォーラム、大阪大学レーザーエネルギー学研究センターならびに光
産業創成大学院大学の協力により実施した共同事業「レーザー中性子源による新産業創成
調査研究委員会」(2008 年 4 月から 2009 年 3 月)の検討結果をまとめたものである。
本委員会は、レーザー核融合研究の成果の産業応用を前提として、高強度レーザーによ
る低コストかつコンパクトな強力中性子源実現の可能性並びにそれによって飛躍的に進展
するであろう科学技術及び産業におけるニーズを調査した。
近年、科学技術・学術の多方面の分野において光科学はますます重要となりつつあり、
文部科学省の「光科学技術に関する懇談会」の中間報告書
(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/08/07081406.htm)にも述べられているように、技術革新に
繋がる強い取り組みが必要とされている。一方、最近のレーザー技術、とりわけ、パワー
半導体レーザーを励起源とした固体レーザー(DPSSL)の進歩には目覚ましいものがあり、
DPSSL を用いた高効率、高繰り返しの高強度レーザーによって生成されるプラズマからの
量子線の利用が期待されている。量子ビームの研究開発並びに利用に関しては、先端産業
を刷新するビーム利用の方策が求められている。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/010/houkoku/06011702.htm)。
特に、大強度陽子加速器機構(J-PARC
http://j-parc.jp/MatLife/ja/index.html)の中性子ステーショ
ンの建設に見られる様に、中性子ビームを物理的、工学的に活用しようとする新しい研究
分野が急速に開けつつあり、産業技術においても中性子の利用が注目を集めている。
この様な状況に鑑み、急速に進展しつつある高出力レーザーの開発を推進するとともに、
具体的な産業応用に新たな途を拓くために、
「レーザー中性子源」のコンセプトに的を絞り、
ニーズの調査とそれを実現する技術分析と評価を行うことを目的として本委員会が発足し
た。
委員会は、
「レーザー技術」、
「レーザー中性子発生」、
「レーザー中性子制御」、
「レーザー
中性子新産業」の 4 つの分科会によって構成され、レーザー中性子源の特徴を生かしたニ
ーズを模索し、中性子制御の観点から、望ましい発生原理、レーザー仕様をまとめた。
本委員会の活動に当たっては、多くの専門家の方々にご協力を頂いた。ここに深く感謝
の意を表する次第である。
平成 22 年 2 月
レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会委員長
光産業創成大学院大学特任教授
三間
圀興
目
次
頁
1章
はじめに
1
••••••••••••••••••••••••••
レーザー中性子源による新産業創成調査委員会
―設立趣旨と活動方針―
2章
中性子産業応用
4
•••••••••••••••••••••••••••
概要
2.1
はじめに
2.2
中性子線の特徴
2.3
基盤となる計測
2.3.1
画像計測
2.3.2
物性計測
2.3.3
産業
2.3.4
ホウ素中性子捕捉療法
2.3.5
産業
2.3.6
核融合材料(IFMIF)
2.3.7
核融合•核分裂混合(ハイブリッド)炉
2.4
3章
燃料電池
シリコンドープ
まとめ
レーザー中性子源
••••••••••••••••••••••••••
52
概要
3.1
はじめに
3.2
クラスターターゲットを用いた中性子源
3.2.1
クラスターターゲット中性子発生の現状
3.2.2
レーザー・クラスター相互作用による高エネルギーイオンの発生
3.2.3 クラスターのクーロン爆発による中性子発生の比例則
3.3
レーザーイオン源を用いた中性子源
3.3.1
レーザーイオン源を用いた中性子源開発の現状
3.3.2
レーザーイオン加速
3.3.3
陽子ビームの発生効率と中性子発生率
3.4
熱核融合反応中性子源
3.4.1
熱核融合と中性子発生
3.4.2
種々のレーザー核融合方式
i
3.4.3
Stagnation-free implosion
3.4.4
高速点火方式
3.4.5
まとめ
3.5
4章
レーザー中性子源まとめ
中性子制御技術
•••••••••••••••••••••••••
80
概要
4.1
はじめに
4.2
中性子源の基本原理と中性子発生機構
4.2.1
はじめに
4.2.2
中性子はどこにある?
4.2.3
中性子の発生源の種類
4.2.4
中性子発生の効率
4.2.5
中性子減速材(モデレータ)
4.2.6
核破砕ターゲット
4.2.7
J-PARC 核破砕中性子源
4.2.8
中性子源の発展と世界の現状
4.2.9
まとめ
4.3
中性子ビ-ム制御技術
4.3.1 中性子光学とビ-ム制御の重要性
4.3.2
中性子反射光学系の開発
4.3.3
中性子屈折光学系の開発
4.3.4
まとめ
4.4
レーザー駆動MeV陽子を用いたBeおよびLiを標的の中性子源概念検討
4.1.1
中性子源概念
4.4.2
基本性能の評価
(1)Beターゲット
(2)Be と Li の比較
(3)線源集合体構成の決定
5章
4.5
レーザー中性子源用線源集合体の概念検討
4.6
まとめ
レーザー技術の新展開
••••••••••••••••••••••••••
概要
5.1
はじめに
5.2
レーザー技術の進歩
ii
114
5.2.1
高機能レーザーの極限性能
5.2.2
パワー半導体レーザー
5.2.3
半導体レーザー励起固体レーザー
5.2.4
超短パルス・超高強度レーザー
5.3
6章
玄武レーザー(中性子源用レーザーの設計例)
レーザー中性子源が拓く新産業
••••••••••••••••••••••••••••
126
概要
6.1
レーザー中性子源による2次電池開発に向けた新計測手法の開発
6.1.1
はじめに
6.1.2
研究課題
6.1.3
研究開発の動向
6.1.4
想定される研究開発計画
6.2
レーザー強力中性子源に関する今後の展開
委員名簿
••••••••••••••••••••••••••••
134
委員会活動記録(会合日時リスト)
••••••••••••••••••••••••••••
137
iii
1章
はじめに
レーザー中性子源による新産業創成調査委員会
―設立趣旨と活動方針―
中性子の透過性の大きさ、磁気特性、原子核散乱・反応特性などから、半導体加工や原
子炉燃料の再処理、癌治療等の医療応用、生体高分子や燃料電池の中の水素等の軽元素の
挙動の計測手段として、中性子の利用は急速に広がっている。例えば、パワー半導体素子
のための大型シリコン結晶中への中性子入射・核変換によるリンドープやガソリンエンジ
ンの動作状態の検査・診断・分析などでは、自動車産業などへの応用が期待されている。
我が国に置ける強力中性子源には、J-PARC や原子炉施設がある。しかし、これらの大規模
中性子源の装置の利用は限定的(例えば、リンドープのための中性子照射の国内比率はわ
ずか 3%)であり、利用者の要望に十分答えられず海外の施設利用に頼っているのが現状
である。一方、高強度レーザー生成高温高密度プラズマ中で起きる各種の核融合反応生成
の高密度の中性子利用が注目される。レーザー駆動中性子源は、長期的には強力かつコン
パクトな照射装置になると期待される。以上の背景のもとに、レーザー駆動中性子源の利
用による新産業創成の可能性とその具体的な方策を明らかにするため、本調査委員会を設
立した。
超高強度レーザーの研究開発の進展は目覚ましく、高強度場科学や相対論レーザープラ
ズマ物理学が開拓されるとともに、加速器科学との融合分野が形成されつつある。国内で
は大阪大学、日本原子力研究開発機構関西光科学研究所、理化学研究所等で、テラワット
からペタワットに達するレーザーが稼働しており、高エネルギー粒子ビーム発生のシミュ
レーション研究[1]や、高速点火核融合実験[2]がすすんでいる。海外においては、フランス
の CNRS や CEA の支援によるエコールポリテクニーク、LOA やボルドー研究所、イギリ
スのラザフォード研究所、米国の LLNL, ロチェスター大学、テキサス大学オースチン校、
ミシガン大学並びに中国の上海光机所や北京の物理学研究所、インドのタータ研究所
(TIFR)、RRCAT やバーバ原子力研究所(BARC)等においてレーザー核融合、相対論レ
ーザープラズマやレーザー粒子加速の研究が進められている。
このような高出力レーザー関連科学技術の発展が、多様なレーザー駆動中性子発生手法
の実用化を可能にしつつある。具体的には、(a)加速された陽子を原子核に衝突させるビ
ーム核融合による中性子発生:すなわち、極短パルス超高強度レーザーの効率的イオン加
速と指向性高輝度中性子発生[3]、(b)レーザーによるクーロン爆発による中性子発生[4]、
[5]、[6]、[7]、
(c)爆縮による高強度のパルス中性子の発生:すなわち、中空の核融合ペレ
ットに高強度レーザーを周辺から照射し爆発的に圧縮することによる核融合中性子発生
[8], [9]、等が考えられる。
特に、レーザー中性子源がコンパクトになる特徴を生かす上で、閾値エネルギー近傍の
ビーム核反応中性子(例えば、Li7 (p, n)Be 反応)では、MeV 以下の指向性中性子となるこ
とが着目される。
1
本委員会は、
「レーザー技術」、
「レーザー中性子発生」、
「レーザー中性子制御」、
「レーザ
ー中性子新産業利用」の 4 つの分科会によって構成され、上記の様に、平成 20 年 3 月の発
足以来 3 回の全体会議と 4 回の分科会会合を開催した。第一回全体会議では、基調講演と
して、茨城県企画部の林眞琴氏に「中性子の産業利用における茨城県の取り組み」と題し
て中性子の種々の産業応用の現状を紹介いただいた。また、三間委員長より「レーザー核
融合研究の世界の現状」が報告された。第二回目の全体会議では、各分科会からの講演発
表と進捗報告があり、報告書の骨子が議論された。第三回全体会議が本委員会の最終報告
会であり、報告書作成に向かっての各分科会の活動状況が報告されるとともに、最近
physics today にも取り上げられた核分裂•核融合ハイブリッド炉をめぐる最近の動きが紹
介された。各分科会の活動は以下の通りであった。
中性子制御、新産業利用分科会は合同で会合を持ち、レーザー中性子源の特長を十分に
生かした新しい応用展開を模索するとともに、産業界の利用しやすい中性子源を提供する
ために、レーザー中性子を制御する方法をとりまとめている。まず、中性子発生数とコス
ト等の観点から現状の原子炉型、および加速器型中性子源のレビューを行った。加速器型
に関してはリチウムやベリリウムを標的とした陽子ビーム入射による中性子発生方式の特
徴を取りまとめた。産業応用に関しては、中性子イメージング、ホウ素補足がん治療、核
変換ドーピングなどの具体的な応用課題ごとにレビューを行い、中性子源の仕様と市場規
模を検討し、利用者サイドからの要求仕様を整理していた。
レーザー中性子発生分科会ではレーザーによる種々の中性子発生手法の特徴を、整理す
ると共に発生機構ごとに最適化の可能性が定量的に検討された。具体的には、熱核融合を
利用する慣性核融合の種々の爆縮方式、レーザーによるイオン加速並びにクーロン爆発を
利用したビーム核融合反応方式のモデリングが検討された。爆縮方式では、高速点火方式
等の高利得の点火燃焼方式に加え、慣性核融合方式としては高利得にはなりえないが、タ
ーゲット形状やレーザーへの要求仕様が容易で、10 kJ クラスのレーザーによってパルス当
たり中性子発生数 1013 個の実績のある LHART 方式の可能性も提案されている。クラスタ
ーターゲットのクーロン爆発を用いた中性子発生源に関しては、水素クラスターのイオン
加速実験並びに計算機シミュレーションの結果をもとに、d(d,n)He 並びに Li(p,n)Be 反応で
の投射エネルギースケーリングがまとめられた。
レーザー分科会はこれまでの成果をもとに、制御・新産業利用分科会に於いて、レーザ
ー中性子源用高出力レーザーの見通しを報告した。高出力レーザー開発の原動力であるレ
ーザー核融合用高出力レーザー開発の歴史を俯瞰し、ここ数年めざましく進歩している半
導体レーザー励起固体レーザー(DPSSL)、超短パルス技術(CPL)、新材料(冷却 Yb-YAG)、
ファイバー技術、
(波面補正)を紹介した。また、現在、中性子発生用レーザーとして十分
な性能を有していると想定される 1 kJ、100 Hz レーザー装置「玄武(GENBU)」の概念設計
並びにその開発の現状(GENBU-Kid)を報告した。建設期間 3 年、コスト 20 億円程度が
想定されている。
2
参考文献
[1] Sentoku, Y., Mima.K., etal , Phys. Rev. E 65, (2002)046408
[2] Kodama,R., etal,
Nature,432 (2001)1005, and 418 (2002)933
[3] Izumi, N., etal, Phys. Rev. E 65, 036413 (2002)
[4] Ditmeyer, T., etal, Nature ,398 (1999)489
[5]Sakabe, S., etal, PFR, 4 (2009) 041
[6]Taguchi, T. etal Phy.Rev. Lett. hys. Rev. Lett. 92 (2004) 205003
[7]Murakami, M. and Mima, K.,
Phys. of Plasmas, 16, (2009)103108
[8]Yamanaka, C., etal, Nature, 319 (1986) 757
[9]Johzaki, T., Phy. of Plasmas, 16 (2009)06
3
2章
中性子産業応用
概要
強力中性子源がいま新しい科学技術、産業技術を拓くものとして大きな注目を集めてい
る。電荷をもたない中性子と物質との相互作用は、これまでエネルギー媒体として用いら
れてきた電磁波(赤外線、可視光、紫外線、X線、γ線)、あるいは電子ビームやイオンビ
ームとは全く異なる特徴をもっている。このことおよび中性子の発生技術が飛躍的に進歩
したことが新展開の源である。
相互作用では、物質を構成する原子核に直接的に作用を及ぼし核種によって、吸収、散
乱、核変換等において特徴的な振舞いをすることである。発生技術としては、これまでの
原子炉、加速器ベースの中性子源等に加え、レーザー中性子源がコンパクトで強力な中性
子源となることが見込まれるようになってきた。これはレーザー核融合の研究成果とレー
ザー技術の進歩によるものである。
本委員会の作業において調査・検討を行った産業応用としては、中性子による物性・構
造の計測・診断、中性子の医療応用、同位体製造や核変換による物質改変、核エネルギー
システム(核分裂、核融合)における放射能消滅やエネルギー生成、炉材料開発における
中性子照射源等である。
リチウムイオン電池や燃料電池は、環境エネルギー技術の中心となる要素技術であり、
その開発には電池を構成する材料の物性、構造や、動作時のリチウムイオンや水素等のダ
イナミックスを計測し、評価する必要がある。リチウムや水素のような低電荷の軽い元素
には、中性子ビームによる診断・計測が必須である。産業用計測機器としてのレーザー中
性子源への期待は大きい。
ほう素は効率よく中性子を吸収し、核分裂により荷電粒子を発生する。ほう素はまた生
体との相性もよく、ある種の薬剤と結合してガン細胞に選択的に沈着させることが出来る。
熱中性子、あるいは熱外中性子をこのような細胞に照射すると核分裂により発生した荷電
粒子により、ほう素を含んだ細胞のみを殺すことが出来る。研究用原子炉からの中性子を
利用した治験では、極めてすぐれた結果が得られており、医療用のコンパクトな中性子源
への期待は大きい。
電気エネルギーを基盤としている現代社会において省エネルギー技術の中心的課題は電
力制御技術である。これから普及が見込まれる電気自動車における重要基幹技術でもある。
リン
電力制御に使用されるパワーエレクトロニクス素子には燐ドープシリコンが用いられる。
シリコンウェハーに中性子を照射し、Si の核変換によりウェハー中にリンを均一に生成す
14
15
る方法が、最も特性の優れた Si 素材が得られる。このための中性子源としては 10 ~10 n/s
の中性子源が必要と思われるが、レーザー技術、核融合技術の進歩により、レーザー駆動
中性子源を用いる可能性が評価しうる状況となってきた。
4
高エネルギー中性子に対する物質の応答の解明は核融合炉材料開発に必須の研究課題で
ある。使用済み核燃料の放射能消滅処理にも利用できる。この際中性子駆動の核分裂発生
エネルギーを利用することも可能である。米国では NIF による核融合点火・燃焼・エネル
ギー利得実証を数年後に控え、レーザー核融合エネルギーの利用とともに、その発生する
14 MeV 中性子による放射能消滅処理とエネルギー増倍とを同時におこなわせるハイブリ
ッドシステムの設計検討が始められている。最も大規模なレーザー駆動中性子源の産業応
用といえよう。
2.1
はじめに
この章では、中性子を用いた計測、医療応用、産業応用を対象に、これまで用いられて
きた手法を概観し、それらをレーザー中性子源に適用する可能性を検討する。2 年以内に
米国においてレーザー核融合点火実験がデモンストレーションされると、100 ミクロン径
程度の点源から 14 MeV のパルス中性子が 1018 個以上発生する。また、超高強度レーザー
装置の開発が進み、光圧力の電子加速から誘起されるポテンシャルにより 10 MeV 程度の
プロトン発生(5x1010/J 以上)が可能で、このプロトンビームをベリリウムなどに照射する
ことでエネルギーの低い中性子の発生が可能となる。[1]
こうした状況下、中性子産業応用分科会では、J-PARC やその他の中性子産業応用に関し
て、中性発生・制御の状況と併せて調査を行った。零次オーダーの見積もりでは、毎秒、
単位面積あたり 106 個程度の熱中性子がさまざまな応用に必要となる。そうした条件を確
保した上で、可能となる新産業応用の可能性に関して中性子に関わる専門家による中性子
委員会における発表をベースにまとめたものを以下に記す。
2.2
中性子線の特徴
中性子は、レーザーや磁場核融合炉の場合、重水素・三重水素の核融合反応で、14.1 MeV
のエネルギーを持つ中性子が反応回数に応じて発生する。重水素・重水素の核融合反応か
らは、2.45 MeV の中性子が発生する。こうした高いエネルギーを持つ中性子は、これまで
原子炉や J-PARC で使われてきた熱中性子などと比べると、
エネルギーを落とさないと様々
な計測に使えないと考えられている。高性能レーザーを使うとレーザーの光圧力を用いて、
プロトンを数 MeV に加速することが出来、広がりの少ないレーザー伝搬方向へのプロトン
ビームとして取り出すことが出来る。これをベリリウムやリチウムに打ち込むと核反応を
起こして比較的エネルギーの低い数百 eV の中性子が得られる。このように、レーザー光
線を使った中性子発生は、従来の中性子発生とは異なる特徴を持つが、こうした特徴を踏
まえた上で、どのような応用が展開されるかに興味がもたれる。
中性子ビームには、よく言われるように「見る、極める、創る」という機能があり、
「見
る」とは、中性子の高い透過能力を利用して物質の内部構造を詳細に観測するものである。
直接画像計測する場合は、中性子が水素などの軽元素で強く散乱されるため、X 線ビーム
5
とは全く異なる特徴をとらえる画像計測が可能となる。さらに中性子の波としての特徴を
透過計測に使うと、物質の結晶構造で散乱された中性子のパターンからその物質構造を解
析することが出来る。
「極める」とは、中性子の分析能力を用いて、微量の元素などを即発
ガンマー線や、放射化分布を用いて非破壊で計測するものである。
「創る」とは、中性子を
シリコンに注入し、そこで起こる核変換から半導体を生成したりするものである。[2]
2.3
2.3.1
基盤となる計測
画像計測
(1) 中性子による画像計測の特徴
画像計測を概観し、レーザー中性子画像計測手法の特徴を探る。
中性子イメージングには、x線フィルムを用いる従来手法、シンチレーターとCCDカ
メラを組み合わせた手法、イメージングプレートによる手法、アモルファスシリコンの平
板パネルによる手法、CMOS ピクセル検出器を用いる手法に分けることが出来る。
シンチレーターとCCDカメラを使う場合、シンチレータから出た光をミラーで 90 度に
曲げCCDカメラでイメージングを行うセットアップが通常とられる。この場合、光強度
が、弱い為にカメラの感度をできるだけ上げる必要に迫られる事になる。しかしこの手法
は、もっともよく使われている設定の一つである。空間分解能力は、カメラよりもシンチ
レータで決まるのが通常である。カメラの感度を上げるために MCP(Micro Channel Plate)
をもちいる場合もある。ダイナミックレンジは、シンチレーター、カメラ両方から決まり
3~4 桁程度である。[3]
イメージングプレートによる検出手法は輝尽性発光現象を利用する。これは、プラスチ
ックのシートに蛍光体層をコートし、此処に中性子を入射させ、輝尽性発光体を準安定状
態まで励起して、その後 1 時間程度後に、読み取り装置にて赤色レーザーを表面にスキャ
ンし、準安定状態から電子・正孔対を開放する事で出てくる発光を二次元画像に置き換え
るものである。ダイナミックレンジが 5 桁程度とれるなど優れた点がある。[4]
アモルファスシリコンのフラットパネルをもちいる手法では、アモルファス状態が放射
線耐久性に優れていることが利点となる。このため、シリコンの光検出器と共に中性子ビ
ームの軸上に据えることも可能となる。これは先のCCDカメラでは、許されない設定で
ある。現段階では、ダイナミックレンジが 12~14 ビットしかとれていないが、今後改善さ
れると考えられている。[5]
CMOS ピクセル検出器をもちいる手法では、5 mm 程度の厚みの Gd-157 層を中性子反応
層として持つ CMOS センサーが開発されている。それぞれのピクセルは、増幅器とデジタ
イザーを個別にもっているため完全に独立に読み取りとアドレス情報を識別できる。読み
取り時のノイズが発生しないために、同じフレームを重ね合わせてダイナミックレンジを
拡大する事が可能となる。画像のエッジ部分が潰れる現象(smearing effect)の克服が課題
である。[6]表 2.3.1 にこうした仕様をまとめた。
6
表 2.3.1
各種中性子イメージング手法の特徴
(2) Imaging Plate(IP)による中性子イメージング
イメージングプレートを用いる場合、輝尽(Photostimulated Luminescence: PSL)性現象
を利用したイメージングプレートを用いる。通常IPは、支持体、BaX:Eu2+(X=Br, I)輝尽
性蛍光体層、表面保護層から構成されている。検出効率を向上させるために、10B, 6Li, Gd
などの中性子コンバーターを蛍光体層に導入する。蛍光体層の厚みは 50~300 mm 程度であ
り高分子素材によりバインドされている。
IP に放射線を照射すると蛍光体結晶中に吸収放射線エネルギーに比例して電子・正孔対
が多数形成される。このうち、電子は、蛍光体中に形成されているF+中心にトラップされ
準安定状態F中心を生成する。次にF中心の吸収波長である赤色レーザーで IP 面上を二次
元的にスキャンすると電子は、開放されて Eu2+にトラップされた正孔と再結合して Eu2+の
励起状態から発光する。この光を電子増倍管により電気信号に変換しデジタル画像を得る。
此処では、波長 1~2 Å の熱中性子を対象とした場合を紹介する。中性子そのものは、電離
作用を持たないので、入射中性子を何らかの放射線に変換して上記の電子・正孔対を生成
しなければならない。こうした物質をコンバータと言うが、中性子に対する吸収係数が大
きい、Gd などが用いられる。こうしたコンバータからの放射線は、粒子、電子、陽子な
どであり、蛍光体層での飛程は、数 10 µm でありこの程度の空間分解能をもつ位置検出装
置として機能する事が出来る。図 2.3.1 には、Gd と Li をコンバータとして使用したイメー
ジングプレートに波長 2.3 Å の中性子を入射した場合の信号量の比較を示す。図では、コ
ンバータの含有率が低いほど信号強度が高くなる傾向が示されており、これは、コンバー
タ含有率が高いとコンバータから発生する放射線の吸収が無視できなくなる事を意味して
いる。富士写真フィルムでは、こうした IP を製品化しており、BAS-ND と呼んでいる。
7
図 2.3.1
Gd と Li をコンバータとして使用したイメージングプレートに対する信号量の比較
この構造は、図 2.3.2 にしめすような層構造になっており、Gd2O3 を蛍光体の BaFBr:Eu2+と
モル比が同じになるように(Ba:Gd = 1:1)混合した層を 135 mm 設けている。
この表面には、保護層として PET 6 µm がコートされている。蛍光体層の下部には、支持
体として 190 µm の黒色の PET 及び、磁気吸着層として 135 µm の PET 層が設けられている。
磁気吸着層は、ソフトフェライトであり、BAS5000 という機種の読み取り装置を用いる事
が出来る。この装置は、下敷き状の IP を磁石で吸着して固定しスライドステージに載せて
二次元スキャンを行わせるものである。
図 2.3.3
中性子イメージングプレートの空間
分 解 能 デ ー タ Modulational Transfer Function
図 2.3.2
中性使用イメージングプレートの層構造
(MTF) 中性用 1 mm あたり 10~15 本の線が
10~20%のコントラスト比で、識別が可能であ
ることを示している。
8
このイメージングプレートの空間分解能力を表す Modulational Transfer Function (MTF)の
データを図 2.3.3 に示す。ここでは、10 本の線が 1 mm に配置されている場合、約 20%のコ
ントラストで識別が可能であることを示しており、約 100 µm の空間分解能力があることに
相当する。こうした中性子イメージングプレートは、従来のx線フィルムを中性子検出に
用いる場合に比較して 10 倍の感度向上となる。こうした検出の応用としては、航空関係、
宇宙工業、自動車工業、原子力工業、芸術美術、医学分野ときわめて広い分野に展開が可
能である。[7]
(3) シンチレータとカメラの組み合わせによるイメージング
この場合、高感度カメラを用いることで或程度の時間分解能力を持たせることも可能と
なる。図 2.3.4 にシンチレターを用いた場合の撮像システムの例を示す。
[8]シンチレータ
を用いることで、熱中性子に対して 50%の検出効率が、大面積(50x50 cm2)で得られる。
空間分解能力は、0.5 mm 程度。
中性子を用いるイメージングには、通常 ZnS(Ag)蛍光体に中性子と反応する無色透明な
6
LiF 結晶を混ぜたものが使われる。反応物質としては、他に 10BN, 10 B2O3 なども使われる。
このメカニズムでは、中性子反応物質の粒径内やバインダー内で反応して放出されるα線
が蛍光体に到達する前に吸収されるため、発光の効率が悪くなる。また、発光光が蛍光粒
子や反応粒子で散乱され、シンチレーターの厚みが厚くなると光は、自己吸収されて効率
が落ちる。
この手法と同様の考え方で、熱中性子ではなく、核融合反応から出る 14 MeV のエネル
ギーを持つ中性子のイメージング計測も開発されている。これは、最初にも記したとおり
図 2.3.4
中性子によるシンチレーターを用いたイメージング
9
図 2.3.5
図 2.3.6
核融合中性子の線源イメージ
シンチレータ出力の転送
ングのセットアップ
2010 年以降、
米国においてレーザー核融合国家プロジェクトである National Ignition Facility
が稼働し、核融合点火実験に関するものである。
[8]この手法では、図 2.3.5 に示すように
ピンホールコリメータを通して中性子の線源の画像をシンチレータファイバーバンドル上
に転送する。シンチレータの出力面は、縦に多数のスリット画像の積分でなりたっている
としてシリンドリカルレンズにより縦に並んだ多数のスリット画像を多数のファイバーバ
ンドルに送り込む(図 2.3.6)。この時ファイバーの開口f値で決まる立体角内のスリット情
報が全て一本のファイバー内に送り込まれる。ファイバーは、一次元のアレイに纏められ
て、時間ストリークカメラに接続される。核融合中性子線源イメージを時間分解するため、
図 2.3.6 が示すように画像を多数の縦のスリット状に分解して多数のファイバーバンドル
を通して時間掃引ストリークカメラへ送り込む。ファイバーの出力は、ストリークカメラ
に送られ、得られた出力をPC処理して二次元の時間フレーム画像に再構築する。これに
より、核融合中性子の時間分解二次元画像が取得できる。時間幅は、中性子の温度に対応
しており、核融合点火温度である 10 keV 程度の温度であれば時間広がりが 400 ピコ秒程度
となると予想され、シンチレーターの時間分解能である 200 ピコ秒よりも十分に長いので、
十分な時間分解能が確保出来る。
図 2.3.7
イメージングプレートを用いた
(a)X 線透過画像と
(b)中性子透過画像
10
イメージングプレートで撮像された X 線と中性子による画像を図 2.3.7 に示す。明らか
に浮かび挙がる詳細部分が異なっており、こうした特性から、水素など軽元素の燃料電池
内での分布、輸送状態などの計測に役立つと考えられている。
最近では、さらにダイナミックレンジを拡大するために、カラーイメージ・インテンシ
ファイア技術が開発された。このシステムでは、中性子入力蛍光面は、Gd2O2S:Eu を第一
層に、Gd2O2S:Tb を第二層にしている。第一層は、中性子のみに反応し、第二層は、ガン
マ線にも反応する。出力蛍光面は、電子レンズにて加速収束された光電子のエネルギーを
可視光に変換させる。1~2 ミクロンのシンチレータ粉末を 4~8 ミクロンの厚みに均一に塗布してお
り、光を一方方向に反射させるためのアルミニウムが表面に塗布されている。シンチレー
タは、Y2O2S:Eu を Eu の濃度を調整して塗布してある。このシンチレータは、Cd や Gd を
含まないので中性子に反応しない。発光スペクトルは、赤領域から青領域に渡っており、
カメラの分光感度特性とシンチレータの発光特性を最適化すると、ダイナミックレンジの
拡大が可能となる。図 2.3.8 に出力蛍光面の波長出力特性を示す。Eu の濃度により、スペ
クトルを制御できることが判る。これにより約 60 倍のダイナミックレンジ拡大が可能とな
っている。[10]
図 2.3.8
Eu 濃度によって変化するシンチレータ発光スペクトル。これにより赤色、緑色、
青色で撮像した中性子像は、異なる濃度を示し、実質的なダイナミックレンジ拡大が可能
となる。
11
2.3.2
物性計測
タンパク質の構造強度の評価
において中性子散乱が用いられ
る。タンパク質は、低温度におい
て非常に固い性質を持つが、生理
的温度になると途端に柔らかい
性質を表し始めます。こうしたメ
カニズムを探るために、中性子散
乱が用いられる。低温度では、原
子の熱的運動は、熱平衡状態にお
ける対称振動として観測される。
温度があがり生理的温度になる
とこうした振動は、調和振動か
ら外れて、原子が隣の構造に移
図 2.3.9
中性子散乱により計測されたタンパク質
の柔らかさの度合い(縦軸)と温度の関係
動したりし始める。
このことがタンパク質の柔らかさに関係する。図 2.3.9 は、myoglobin タンパク質が、重水
(D2O)か Trehalose 溶液でどのように温度ともに変化するかをしめしたものである。重水
中の場合、明らかに柔らかさが閾値である 200 度近辺から立ち上がっているのが観測され
ている。[11]
(元素分析)
中性子即発ガンマ線分析(PGA)は、熱中性子を利用する一般的な放射化分析(NAA)と
同様に非破壊的に多元素定量が可能である。 NAA では定量困難な元素線分析でも PGA は
感度の高いホウ素を対象元素として、 畜産関連試料(植物および動物性)の測定に適用さ
れている。ホウ素の含有量が飼料(牧草・配合飼料)で高く、臓器・血漿等では低いこと
などが確認されている。 代謝動態の研究のため、羊 3 頭にアルファルファヘイキューブ
(1,100g/日/頭)とホウ素添加水(ホウ酸ナトリウム添加、ホウ素濃度 100ppm)を 18 日間
給与し、血漿、尿および糞中のホウ素濃度は、ホウ素添加水給与開始後急速に上昇し、3
~5 日でほぼ一定レベルとなり、ホウ素添加水を給与しない対照区では低値で推移した事
などが計測されている。[12]
参考文献
[1]https://lasers.llnl.gov/
[2]中性子産業応用事例集、平成 18 年 1 月、茨城県企画部企画課、茨城県水戸市笠原町
978—6
[3]H. Pleinert et al., Nucl. Inst. and Meth. A 399 (1997)382.
12
[4]K. Takahashi et al., Nucl. Inst. and Meth. A 377 (1996)119.
[5]M. Estermann et al., Proc. 7th Wolrd Conf Nutron Rad., Rome, 2002.
[6]C. Bronnimann et al., Nucl. Instr. And Meth A 477 (2002)531.
[7] 中 性 子 イ メ ー ジ ン グ プ レ ー ト BAS-ND の 開 発 、 高 橋 健 治 ら 、 FUJIFILM
RESEARCH&DEVELOPMENT (No. 43-1998) p.41
[8](特許公開
2000−1807、原子力研究所中性子利用センター
片桐政樹)
[9]GP Grim et al., Rev. Sci. Instr., 79, 10E537 (2008).
[10]持木幸一、日塔光一、応用物理、75、11,1349(2006); Koichi Nittoh et al., Nucl. Instr.
Meth.A., 501, 615 (2003); Koichi Nittoh et al., Nucl. Instr. Meth., 428, 583 (1999).
[11]Giuseppe Zaccai, et al., Science 288, 1604 (2000)
[12]農林水産省 畜産試験場 宮本 進
(http://rrsys.tokai-sc.jaea.go.jp/rrsys/html/hiroba/No14/index06-01.html)
2.3.3
産業
燃料電池
(1) 燃料電池の現状と市場規模
燃料電池は 1839 年にイギリスのグローブ卿が希硫酸水溶液と白金電極を用い、水素と酸
素による発電実験により原理確認がされた。それ以来、第一次開発ブームは米国の宇宙開
発における電源としての研究・開発が 1960 年代から 70 年代にかけて進められ、現在実用
化が進められている燃料電池およびその構成材料の原形が出来上がった。さらに 1983 年の
バラード社の提案に端を発して、家庭用発電機や自動車用などのいわゆる民生用の研究開
発が 1990 年代から 2000 年代にかけて第二次開発ブームがあった。これらの研究開発の結
果、自動車や家庭に設置を検討しうる大きさや重量にまで出力密度が飛躍的に向上した。
表 2.3.2表1.燃料電池の市場規模
燃料電池の市場規模
用途別
業務用・産業用
コジェネレーション
家庭用
コジェネレーション
自動車用
携帯機器用
市場別
飲食店・病院
宿泊施設・工場
戸建住宅
店舗
二輪車・乗用車
バス、トラック
携帯電話
ノートPC
カメラ
出力
数kW~300kW
3~5kW
0.5~250kW
0.1~数W
SOFC
PEFC
直接メタノール型
(DMFC)
PEFC
DMFC
PEFC
3,075億円
9,000億円
144億円
発電
方式
2020年
市場規模*
リン酸塩型
(PAFC)
溶融炭酸塩型(MCFC)
固体酸化物型(SOFC)
固体高分子型(PEFC)
671億円
*;富士経済 2005年度版 燃料電池関連技術の将来展望
13
これらの研究・開発成果を踏まえて、コスト・信頼性
あるいは耐久性などの課題解決し、産業化を目指して
企業間での商品開発競争になっている。これらの燃料
電池は表1に示したように、2020 年には約 1.3 兆円程
度の市場規模になると期待されている。飲食店・病院・
宿泊施設あるいは各種工場への導入を目指した。数k
W から数百kW の大型のものから、携帯電話電源用な
どの数百mW クラスの小型のものまで、その発電規模
図 2.3.10
燃料電池の構成要素
や使用環境に応じた種々の燃料電池の方式による開発
が進められている。発電方式別では固体高分子型
(PEFC)と固体高分子型(SOFC)で全体の 90%以上を占めると予想されている。このよ
うな燃料電池による発電システムの価格は現状の家庭用では一台あたり 1,000 万円程度と
想定されており、本格普及のためには 100 万円から 200 万円程度にする必要がある。
燃料電池の例えば固体高分子型(PMFC)では図 2.3.10 に示したように水素ガスを燃料
とし、その水素原子から電子(e-)を開放しプロトン(H+)を生成するための触媒を含んだア
ノード(燃料)極と電解質膜を通過してきた H+、外部回路を通過してきた e-と外気から供
給された酸素とを反応させて水を発生させる触媒とカソード(空気)極、および H+を通過
させ水素や酸素ガスおよび e-を遮断する電解質膜とで燃料電池発電要素;PEM(polymer
electrolyte membrane ポリマー電解質膜)を構成し、さらに燃料ガスや空気を供給し反応生
成物である水蒸気を排出するためのガス拡散層を加えた燃料電池セル;MEGA(Membrene
Electrode Gas-Diffusion Assembly)をセパレーターで挟んで直列に必要枚数積層したスタッ
クで燃料電池発電システムが構築されている。表 2.3.2 に示したように、使用環境や出力規
模に応じて、燃料、移動するイオンの種類が異なるシステムに適した電解質を用いた燃料
電池セルが開発されている。これらの燃料電池システムに付随する補機類、評価装置の市
場規模は 2020 年には約 500 億円と予測されている。さらに、燃料として有望視されている
水素の製造、輸送および貯蔵技術のためのインフラ整備およびその周辺機器の新たな市場
が生み出される。
原子番号 1
6
8
22
26
28
82
(2) 中性子を用いた観察・解析への期待。
X線の
散乱
元素
H
C
O
Ti
質量数
46
1
2
Fe
Ni
54
58
47
55
48
49
57
60
61
62
Pb
燃料電池ではその構成要素およびそれ
らに必要な候補材料はかなり絞り込まれ
中性子の
散乱
ている。しかし、上述の家庭用燃料電池
のコストの例に見られるように、商品と
して社会に供給するには現状と目標の間
50
に大きな乖離があり、そこを埋めるため
中性子の
吸収
の構造設計、材料開発が不可欠である。
図 2.3.11図2.中性子の主な元素に対する散乱・吸収能
中性子の主な元素に対する散乱・吸収能
14
そのためには、材料の構造解析、触媒
や反応分子の電子構造解析、拡散や運
動や移動の解析・観察が不可欠である。
特に、燃料電池反応では水素を中心と
する燃料が使われ、生成する H+や水を
含む物質の構造や、これらのイオンや
水の排出がスムースで
詰まりが無い例
分子などの運動・移動の解析・観察が
必要である。水素をふくむ物質の解析
や観察には従来用いられていた X 線や
γ線ではほとんどその感度がなく、図
2.3.11 に示したように中性子の水素原
水の停滞(白い部分)
がある例
図 2.3.12
燃料電子の生成水の排出路の中性子
図3.燃料電池の生成水の排出路の
中性子ラジオグラフによる観察結果。
ラジオグラフィーによる観察結果(茨城県企画
(茨城県企画部;中性子産業利用事例集より転載)
部;中性子産業利用事例集より転載)
子やイオンに対する散乱能が特に大きいため中性子を利用した観察・解析が有効であると
期待されている。
(2-1) 中性子ラジオグラフによる水の観察
中性子は図 2 に示したように、鉄などの金属に対する透過能が高く、しかも水素に対する
吸収能が大きいため水などの分布を観察手法として、中性子ラジオグラフが有効である。
図 2.3.12 は発電中の燃料電池の生成水の排出状況を中性子ラジオグラフで直接観察した例
を示した。図の右側のように液体水の詰まりが生じると、空気などの電極触媒表面への供
給が阻害されるため発電ができない状態になる。このような状況になりにくいセル設計や
運転条件の設定が必要であり、運転中の直接観察は極めて有効な観察手段であり、空間分
解能や時間分解能の高いラジオグラフ装置の開発が望まれている。
(2-2) 中性子回折による材料構造解析
図 2.3.11 に示したように、重水素の中性子に対する散乱能が大きいため、水素を含む材
CaSiH1.3の電荷分布
CaSiD1.1の中性子回折
料の構造解析には特に適している。
図 2.3.13 には水素吸蔵材料の構造解
析例を示した。この例では、基材が
Ca-Si 系のような比較的軽元素であ
るため、X 線回折でもある程度の構
造解析が可能であるが、中性子回折
CaSiH1.3の結晶構造
CaSiH1.3のX線回折
も組み合わせ、より精密な水素位置
(SPring-8)
の解析が可能となった。基材がバナ
ジウムなどの重金属の場合には X 線
では水素からの散乱が母材元素から
の散乱の中に埋もれてしまうため解
図 2.3.13
水素吸蔵材料の X 線および中性子
図4.水素吸蔵材料のX線および中性子回折による構造解析例
回折による構造解析例
析が不可能であるが、重水素置換材
料による中性子回折により水素位置
15
が強調された回折像が得られる。
このような、水素吸脱着に伴う水素位置の情報を含む構造変化
の解析が耐久性のある水素吸蔵材料の開発に不可欠であると
考える。
(2-3) 中性子小角散乱による材料構造解析/同位体置換による
解析の可能性
電解質膜は図 2.3.14 に示すように有機高分子が水で膨潤した
状態になっている。この相は数 nm~数十 nm の大きさでの相
分離構造であると推測されている。このような構造は X 線ある
図図5.電解質膜の
2.3.14 電解質膜の
相分離構造モデル
相分離構造モデル
いは中性子線の小角散乱で解析が可能である。しかし、燃料電
池用電解質膜では高分子を構成する炭化水素と、その隙間の水との X 線に対する散乱能の
差がほとんど無いため小角散乱による構造解析は不可能に近い。しかし、中性子では図
2.3.11 に示すように軽水素と重水素の散乱能の差が大きいため、一方を重水素化(重水利
用)により両者のコントラストをつけて構造解析することが可能となる。
このような、相分離構造の解析とそれに基づく材料設計は、H+などのイオンを通し易く、
水素や酸素の対極へのガスのリークの少ない、しかも耐久性の高い低コスト電解質膜を開
発するために有効な解析手法となることが期待されている。
(2-4) 非弾性による触媒解析
中性子は材料の構造解析に適した X 線と同等の波長
H+
O
H
O
O
H
を持つと同時に、物質中の分子の振動を解析するのに
適した赤外線や可視光と同等のエネルギーを持った粒
子線である。そのため赤外吸収スペクトルや可視光を
用いたラマン散乱と同様な情報を非弾性散乱により得
O
O
H+
触媒
e- カーボン eカーボン
カーボン
図6.電極触媒上での反応モデル
図 2.3.15
ることができる。
図 2.3.15 に示したように酸素分子を解離して活性な
電極触媒上での反応モデル
酸素の状態で触媒表面に吸着し、その結果酸素の還元
反応による水生成反応の活性化エネルギーを下げる働きを触媒がしていると考えられてい
る。したがって、触媒表面上の酸素や酸素分子振動は赤外吸収では検出できないため一酸
化炭素分子をモデルとして、触媒金属に吸着した分子の状態を赤外吸収スペクトルなどの
解析が触媒開発に利用されている。しかし、燃料電池の電極触媒担体には炭素が用いられ
ることが多く、炭素は可視光や赤外線を吸収してしまうため同様な解析ができなかった。
これに対して、中性子は炭素による吸収の影響が受けにくく、しかも赤外線およびラマ
ン散乱活性の振動モードいずれにも活性のため、炭素担体上の貴金属と酸素との相互作用
が直接解析できる。これまでには図 2.3.16 に示したような欧州のグループによる予備的な
実験例が報告されているのみであるが、触媒・電極材料開発や設計に有効な手段となると
期待される。
16
S(Q,)
On-top Site
; C3v Symetry
Twofold bridge ; C2v Symetry
Threefold bridge ; C3v Symetry
Fourfold bridge ; C3v Symetry
1000
2000
Energy Transfer / cm-1
図 2.3.6
図7.炭素担体上に分散した白金粒子表面吸着した水素の中性子非弾性散乱
による解析
Degussa, Germany & Ratherford Lab.; J. Catalysis 2000
(2-5) 中性子準弾性散乱による拡散解析
中性子は質量を持ち、熱中性子線は材料中の原子や分子の拡散運動との相互作用を持つ。
そのため、核磁気共鳴(NMR)と同様な分子の拡散や回転などの分子運動の情報を準弾性
散乱法により解析することができる。NMR では数μm以上の比較的長距離の拡散情報が得
られるのに対して、中性子準弾性法では数nm程度の短距離の運動情報が得られる。した
がって、電解質膜や電極あるいは水素吸蔵材料中での水素や H+イオンあるいは水の拡散を
解析する有効な手段となる。
図 2.3.17 には数 nm の大きさの細孔内の水分子の拡散を中性子準弾性散乱で解析した例
を示した。表面に近い吸着水でも普通の液体水よりは動きにくいがある程度動き回ること
が可能であることをこの結果は示唆しており、電解質膜の相分離構造の設計に有効な情報
が得られている。
(3) まとめ
それらの具体的データをもとに燃料電地開発に有効と思われる中性子解析の適用例を示
した。ここで示した例の
Full-Layer
1
ほかにも反射率、残留応
-1
ln(D/10-10 ) (m2 /s)
力、磁気散乱など他の手
FSM16
Full
(0.7g/g)
Mono-layer (0.2g/g)
As prepared
Dry
vanadium
Intensity
法も含め、水素や水に特
に有効である中性子線
の特徴を生かした解析
が可能である。燃料電池
の本当の意味での実用
0
-2
3.0
(including monolayer Water)
Bulk Water
2.0
Mono Layer
-1
0
1
2
1.0
3.0
E (meV)
3.2
3.4
3.6
3.8
4.0
103 /T (1/K)
化には上述のように大
幅なコストダウンなど
4.0
q = 1.6 Å
roomTemp.(T = 27 °C)
図 2.3.17 中性子準弾性散乱による吸着水の拡散解析例
図8.中性子準弾性散乱による吸着水の拡散解析例
既存材料の組み合わせ
の範囲を逸脱した材料・システム開発がなお必要である。競争力のある商品開発には、結
17
晶構造などの基本的物性の解明などの基礎研究が必須であり、中性子を用いた解析は燃料
電池開発にとって特に重要な位置を占めている。
2.3.4 ホウ素中性子捕捉療法
中性子の利用としては最近、ホウ素中性子捕捉療法が脚光を浴びてきた。これは、図 2.3.18
に示すとおり、腫瘍細胞にホウ素薬剤を蓄積させ、中性子を照射することで荷電粒子放出
反応を起こさせる。その荷電粒子により腫瘍細胞を死滅させるものであり、ホウ素薬剤を
蓄積させた領域のみを選択的に治療できるため、これまでの量子線治療などよりも有効で
あると考えられている。しかし、中性子源への要求が厳しく、現状は原子炉での試験的治
療に限定されている。近年、このような状況を受けて、加速器による中性子源の構築を目
指した研究が盛んに行われるようになってきた。そのような中性子源の一つとして、加速
器 DT 中性子源も研究されている。レーザー核融合炉で発生する中性子も発生核反応が同
じであることから、ホウ素中性子捕捉療法のための中性子源になりえると考えられる。
以下では、量子線による癌治療を外観し、ホウ素中性子捕捉療法の詳細、中性子源につ
いての問題点や現在進められている研究、そして将来の展望について述べる。なお、参考
文献は、多数あるが ICNCT-13 の論文集[1]が最近の成果を全てまとめた包括的な参考書と
して役立つと思われる。
腫瘍細胞
(10Bを腫瘍細胞内に
蓄積させておく)
n
n
+ n → α + 7Li + 2.79MeV (6%)
→ α + 7Li* + 2.31MeV (94%) + γ
の核反応が起こる
10B
n
n
n
α
n
++
10B
人体
7Li
+
反応により荷電粒子(αと7Li)が生成し、
ホウ素が存在する場所に存在する細胞のみ、
つまり、腫瘍細胞のみが殺される。
10B(n,α)7Li
図 2.3.18
2.3.4.1
ホウ素中性子捕捉療法の概念図
量子線を利用した癌治療
ガン治療には、手術と化学療法のほか、放射線治療がある。これは、一般的に低侵襲で
あることが知られており、以前から盛んに行われてきた。中でも、ガンマ線や X 線を使用
18
するガンマナイフやサイバーナイフは、極めて
良く知られた方法である。最近では、軽核の荷
電粒子を使用する粒子線治療も用いられるよ
うになってきた。そして現在研究が進められて
いて、放射線治療法として極めて将来性が高い
と考えられている治療法に、ホウ素中性子捕捉
療法(Boron Neutron Capture Therapy(BNCT))が
ある。
ガンマナイフは古くからある手法で、 図
2.3.19 のように、ヘルメット状の線源から腫瘍
のみを照射できるような仕組みになっており、
正常細胞への影響が抑えられるような照射法
である。しかし、脳腫瘍に限定されるし、場所
により照射器材の構造を変える必要があるな
図 2.3.19
ガンマナイフの概念図
ど、少し面倒な部分があった。これに対して、
サイバーナイフは、比較的最近用いられるよう
になったもので、ガンマナイフの欠点を取り除いたものである。図 2.3.20 の照射概念図に
示すとおり、X 線を腫瘍の周りの様々な方向から照射する。照射装置が患者の周りを自由
に稼動できるようになっており、正常細胞への影響を最小限にしながら腫瘍を破壊する、
最適照射手順を計算で求め治療を実施する。
一方、粒子線治療は、近年盛んになりつつあ
る治療法である。加速器により炭素などの軽核
を数 100 MeV 程度まで加速し、皮膚表面から
腫瘍に向かって打ち込む。荷電粒子は、固体内
でブラッグピークを持つため、皮膚表面から腫
瘍までの距離を考慮し、粒子のエネルギーを適
切に決定することで、有効に治療ができるよう
工夫がなされている。前立腺がんの治療によく
図 2.3.20
サイバーナイフによる治療
用いられているが、それ以外のガンにも適用可
能である。
2.3.4.2
ホウ素中性子捕捉療法
粒子線治療は、ブラッグピークを利用するため、正常細胞への影響は比較的少ない。し
かし、やはり荷電粒子であるため、固体内の透過の際にはその阻止能に従ってエネルギー
を付与してしまう。ガンマ線の場合には、非荷電粒子であるため、その問題はないが、そ
もそも正常細胞も腫瘍細胞へも同様な照射効果しかないため、腫瘍細胞を殺すほど照射し
19
た場合、正常細胞もある程度死滅させてしまうことになる。これらの欠点を避けることが
出来る治療法がホウ素中性子捕捉療法である。
ホウ素中性子捕捉療法はホウ素(10B)を使用する。図 2.3.18 に示すとおり、10B を薬剤(DDS
薬剤と呼ばれる)に載せる形で腫瘍に運び込み蓄積させる。薬剤としては、BPA や BSH が
知られている。それらにより、腫瘍部分に
10
B を蓄積させることができる。その後、適当
な時間経過の後、中性子を照射する。中性子はホウ素と以下の核反応を起こし 7Li とα粒
子が放出される。
10B + n → α + 7Li + 2.79MeV (6%)
→ α + 7Li* + 2.31MeV (94%)
核反応の結果放出される粒子は全て、電荷を帯びているため、µm のオーダーしか移動せ
ず全てエネルギーをその場所に存在する物質(腫瘍細胞)に与える。その結果、腫瘍が死滅
することになる。つまり、10B が蓄積されている場所に存在する細胞のみを破壊することが
できるため、もし
10
B を腫瘍のみに蓄積させることができれば、腫瘍のみを死滅させるこ
とが原理的に可能である。現在、BPA や BSH を用いることで、かなり集中的に腫瘍に 10B
を蓄積させることが実現できている。
なお、10B を用いる理由は以下のようである。
まず医学的な面から見ると、
・ターゲット核種(ホウ素)が多く含まれる化合物が存在すること。
・それが腫瘍に(均等に)蓄積されること。
・人体に影響が少ないこと。
が必要である。
一方、工学的には、中性子との核反応断面積が大きく、荷電粒子を放出することが必要
になる。それに該当する反応は、以下の4つであり、それぞれ右に記載されたような特長
がある。
・3He(n,p)t:
化合物をつくりづらく、ガスなので使用は困難。
・10B(n,α)7Li:断面積が大きく、都合の良い化合物がある(BPA や BSH)。
・6Li(n,α)t: 断面積が少し小さい。トリチウムができてしまう。
・235U(n,f):
ウランを用いることは実際上不可能である。
以上のことから、10B が選択されている。10B の中性子との核反応断面積を図 2.3.21 に示
す。
ホウ素中性子捕捉療法は、Chadwick による中性子の発見後すぐに、その原理が Locher
により指摘されている。1950 年代には米国で試験的な治療が開始されたが、当時ホウ素薬
剤の問題や、米国における法令上の問題もあり、米国自身は一度撤退している。日本では、
1960 年代に治療が始められるようになった。そのころ BSH が開発されたためである。そ
の後 1990 年代に入り、米国で熱外中性子治療が始まり、日本もそれに追随していった。
20
2.3.4.3
中性子源への要求
中性子源への要求は、図 2.3.21
からも明らかな通り、まずはエネ
~3837 b
at thermal
ルギーが低いことが必要である。
いわゆる熱中性子(En=0.025 eV)
が必要である。このエネルギーで
通常の反応断面積の 1,000 倍以上
の反応断面積を持つ。10B(n,α)7Li
10B+n
→7Li+α+2.792MeV
→7Li*+α+2.310MeV
反応の場合、熱中性子で約 3800
バーンある。次の節で詳しく述べ
るが、熱外中性子も使用可能であ
り、強度はいずれにしても~
図 2.3.21 10B の中性子反応断面積図
10 9 n/sec/cm 2 程度必要と言われ
ている。この条件が達成できれば、概ね 30 分~1 時間程度の照射で治療が終了する。
中性子源については、歴史的に原子炉が使用されてきたが、それはつまり、基本的に研
究用原子炉での試験的な治療に限られてきたことを意味する。原子炉は中性子強度が安定
で、エネルギーも揃っており、極めて使いやすい。加速器の利用についても長年研究が行
われてきたが、20 年以上前にヨーロッパのグループにより、工学的に困難である、という
結論が導かれている。もちろん、現在は工学的技術が進歩しており、状況は一転し実現可
能性は十分に出てきている。
11
なお、特に加速器 DT 中性子源を使用するとした場合、発生量が 10 n/sec/(mA-d)の場合、
2
最適な減速材設計を行っても、φthermal=(発生量/104) n/sec/cm 程度であることが知られ
ており、現状でも相当に難しいことが知られている。
現在、日本において用いられている中性子源は、京都大学の研究用原子炉 KUR(大阪府)
と日本原子力研究開発機構の研究用原子炉 JRR-4(茨城県)である。両方とも研究用原子
炉であるため、治療に当たっては様々な制約が存在する。それについては後述する。
2.3.4.4
熱外中性子の利用
熱中性子を用いることは、図 2.3.21 の断面積の問題から治療効果を高めるために不可欠
である。しかし、皮膚表面から深い箇所にある腫瘍の場合、どうしてもその間に存在する
組織により中性子が減衰されてしまう問題がある。米国では、開頭した状態での照射が認
められていなかったことから、熱中性子による脳腫瘍の治療の断念を余儀なくされた時期
もあった。ホウ素中性子捕捉療法は、メラノーマなど表層ガンに対しては極めて効果的で
あるが、皮膚内部に対しては、若干問題があると見られてきた。しかし、1990 年代に入り、
米国で、熱外中性子を用いる新しい手法が提案された。熱外中性子そのものでは、反応断
面積が小さく、あまり殺細胞効果を見込めない。しかし、人体は主として水で構成されて
21
いるため、熱外中性子を照射し、正常組織で適当に減速ざせ、腫瘍付近に到達するまでに
熱中性子に変換した上で 10B(n,α)7Li 反応を起こさせ治療することは可能である。ここで言
う熱外中性子とは、0.5 eV~10 keV 程度であり、数 cm 程度の深さに存在するガンにとても
有効であることが知られている。このため、米国では、再びホウ素中性子捕捉療法が用い
られるようになってきた。開頭しないで治療ができるようになったためである。熱外中性
子を用いることで、ホウ素中性子捕捉療法は、極めて低侵襲性が高く、QOL の維持と言う
観点からもとてもすぐれた治療法になったといえる。
2.3.4.5
加速器中性子源へ
原子炉を用いたホウ素中性子捕捉療法には重大な課題がある。専用の中性子源がない、
ということである。現在は、既に述べたとおり、研究用原子炉である京都大学の KUR と日
本原子力研究開発機構の JRR-4 を利用しているが、これらはいずれも研究用であり、予め
のマシンタイム予約が必要である。このため、緊急の治療には対応不可となる。しかも、
地理的に遠方からの利用は極めてしづらいという事情もある。患者は一般的に数か月以上
治療を待つ必要があり、中々有効な治療として計画しづらい。治療を行う場所が 2 箇所し
かないということは、現在多くの患者が治療待ちの状態になっていることを意味している。
以上のように、治療自体とは異なる部分に問題があると言えるが、だからといって、原
子炉を病院に隣接して設置できるかというと、それはほぼ不可能と言わざるを得ない。医
療用の原子炉といえども、通常の原子炉と同じであり、PA 上極めて深刻な問題が発生する
からである。
以上のことから、加速器を用いた BNCT 用中性子源を開発しようという流れが、日本を
中心に世界で起きている。以下に、加速器中性子源の問題点やそれに対する対策などにつ
いて詳しく見て行く。
(1) 加速器 BNCT 中性子源とは
加速器 BNCT 中性子源の最大の要件は、熱/熱外中性子を~109 n/sec/cm2 程度の強度で
取り出すことである。また、その時に不必要なバックグラウンドが十分少ない、というこ
とも重要である。加速器を用いる場合、一般的には加速された荷電粒子をターゲットに入
射させ、核反応により中性子をつくり出す。この場合、その中性子のエネルギーは通常 MeV
オーダー以上になる。これを、約 7 桁エネルギーを落として熱中性子とするか、もしくは
keV オーダーまで落として熱外中性子にするか、ということが必要になってくる。熱中性
子の場合は、室温エネルギー化することと等価なため、単に減速性能が良く、吸収が少な
い物質に入射させればよい。十分に中性子が散乱すると自動的に熱エネルギーを持つよう
になる。しかし、熱外中性子の場合は、減速途中の中性子を用いるため簡単ではない。通
常は、Mg や F などの比較的軽い核種からなる材料(例えば、Fluental 等が知られている)を
用いることで、熱中性子をあまり作り出さないようにしながら有効に減速し熱外中性子を
22
取り出す、ということが行える。
(2) なぜ実現が困難なのか
しかし、その実現には困難な問題が多い。根本的なものとしては、加速器性能の問題が
ある。原子炉と同程度の強度を得るにはかなりの大きな加速器が必要であり、そのような
大きな施設は治療のためには非現実的だということがある。このため、比較的小さな、す
でに病院設置が実現している、ベビーサイクロトロン程度の加速器で中性子をつくり出そ
うと試みられているが、それでは、どうしても強度の上限は 1013 n/sec 程度になる。そのエ
ネルギーを 7 桁減速し、しかも 109 n/sec/cm2 の強度を得ることは容易ではない。そもそも、
1013 n/sec の強度を得るためには mA 以上の電流が必要であり、それが 10 MeV の入射エネ
ルギーを持つとすると、数 10 kW の発熱になるため、ターゲットを冷却することにも大き
な問題が生じる。また、たとえ 1013 n/sec の強度が得られたとしても、それから 109 n/sec/cm2
を得ることは極めて大変であり、通常は、患者からターゲットまでの距離を 1m 程度まで
近づける必要がある。実は原子炉の場合、線源強度は、炉心部分で既に 1013 n/sec/cm2 ある
ため全く問題がなく、患者までの距離は数 m 以上離すことが可能になる。中性子は、患者
とは別の方向に引き出して減速し熱化させ、更に別の方向に導き出し治療に供するため、
原子炉から透過してくる高エネルギー中性子やガンマ線を十分に遮へいしてその影響を減
らすことができる。これが、原子炉がホウ素中性子捕捉療法に極めて理想的な線源である
と言われる理由である。しかし、加速器の場合、患者がターゲットまで 1m 程度のところ
まで近づいているため、たとえ 109 n/sec/cm2 の強度が得られたとしても、それ以外の高速
中性子や二次ガンマ線を十分に遮へいできず、それらバックグラウンド粒子による患者へ
の効果が大きすぎる、という問題がある。これらを完全に解決する方策がないかぎり、加
速器を用いたホウ素中性子捕捉療法の実現は難しいといわざるを得ない。
(3) 現在考えられている可能性
可能性のある加速器はほぼ全てであるといえる。決定版は現在もない状態である。特に
粒子線治療施設規模の加速器を作ることを考えれば、加速器自体に困難性はない。しかし、
各病院に設置し、通常の癌治療の手段とすることを目指す場合、適当に小さくコストも安
いものが必要になってくる。その辺りについてもいろいろな工夫があるが、後ほど p-Li 反
応について述べるにとどめる。しかし、中性子を発生させる核反応には実はいろいろな可
能性があり、それぞれが様々な特徴を有している。以下、現在考えられているものの内、
代表的な反応についてまとめる。
○p-Li 反応
この反応が現在最も可能性が高いと考えられている。その理由は、この反応の場合、図
2.3.22 に示すとおり、中性子を減速する必要がなくなる可能性があるからである。この反
応のしきいエネルギーは 1.88 MeV であり 2.3 MeV に共鳴がある。このため、しきい直後の
23
立 ち 上 が り が 早 く 、 1.9
MeV で十分な中性子の発
共鳴=2.3MeV
生が見込める。つまり、そ
7Li(p,n)
の時の発生中性子エネルギ
ーは数 10 keV に調整する
ことが可能であり、減速す
ることなく熱外中性子とし
て使用できる。しかし、問
題が全くないわけではない。
入射粒子のエネルギーが小
さい場合、一般的に中性子
の出る効率が悪いことが知
られており、十分な中性子
を発生させるためには、数
しきいエネルギー=1.88MeV
10 mA の電流が必要となる。
図 2.3.22
このためターゲットでの発
7
Li(p,n)反応断面積
熱が数 10 kW とかなり大きくなり、除熱は難しくなる。特にこの反応の場合、ターゲット
がリチウムであるため十分な冷却は困難である。また、入射陽子の非弾性散乱による
478 keVのガンマ線を遮へいする必要もあり、そのための遮へい体を置く必要も生じる。し
かし、遮へい体を設置すると中性子のエネルギーが変わる、という問題も発生する。現在
は、ターゲットの除熱の問題をどのようにクリアするか、ということが考えられているが、
実現のためには今しばらく時間を要すると思われる。
○p-Be、d-Be 反応
これらの反応で、実質的に利用可能な十分な量の中性子を出すためには、陽子のエネル
ギーを 10MeV 程度まで引き上げなければならないことが知られている。しかし、もしそれ
が実現できた場合、十分な量の中性子の発生が期待される。電流値もそれほど高くなく 1mA
程度で十分である。発生する中性子のエネルギーは、入射陽子のエネルギー付近までテー
ルを引くことになるため、適切に減速することが必要になる。また、特に d-Be 反応は一次
反応によりかなりのガンマ線が出ることが知られている。高エネルギー中性子が回りの物
質に入射して 2 次的にガンマ線を出すことも問題であり、かなり厳重に遮へいをしながら、
適切に中性子を減速し熱中性子を作り出すことが必要であり、患者からターゲットまでの
距離が短いことを考えると、かなりの困難が予想されている。p-Be については、京都大学
で定磁場強収束型 (Fixed Field Alternating Gradient:FFAG)加速器 が完成しており、更にサイ
クロトロンによる BNCT 用中性子源の建設も現在進められている。しかし、実用化のため
にはまだかなりの検討が必要と考えられる。
24
○d-d、d-t 反応
これらはいわゆる核融合反応であるが、図 2.3.23 に示すとおり、特に DT 反応の場合、
極めて断面積が大きく、中性子の生成の観点からは有利である。しかし、トリチウムが気
体の RI であることは問題であり、既に述べたとおり、ホウ素中性子捕捉療法に使用するに
は、強度的に少し難しいことが知られている。しかし、回転ターゲットを用いる方法があ
り、1012 n/sec を超える強度を発生させることも可能である。ロシアには、それを越える強
度を有する SNEG-13 という DT 中性子源も存在し、熱中性子強度で 109 n/sec/cm2 を達成で
きる可能性もある。しかし、そのためには大量のトリチウムを取り扱う施設が必要であり、
病院に設置できるかどうかは簡単な問題ではない。なお、ガスターゲットを用いる方法も
知られており、かなりの強度の中性子を出すことが可能である。
○Spallation 反応
これは、例えば、陽子などの軽核を GeV オーダーまで加速し、Hg などの重核に入射さ
せると起こる反応として知られる。このとき、ターゲット核はほぼ完全に破砕され多量の
中性子が 1 回の反応で放出される。エネルギーあたりの中性子の生成効率は最も高く、除
熱の問題はほぼクリアできる。しかし、核破砕生成物が問題であり、極めて高い放射性の
同位元素が大量につくり出され、それによる被曝が大きな問題となることが知られてい
る。Spallation 反応を用いたホウ素中性子捕捉療法については、東北大学での広範な研究が
ある。
DDとDT
101
FENDL/C-2.0
Cross section (b)
100
10-1
10-2
: DT
: DD
10-3 3
10
104
105
106
107
Incident particle energy (eV)
図 2.3.23 DD 及び DT 反応断面積
2.3.4.6 将来の展望
これまでの研究によりようやく 109 n/sec/cm2 の強度がギリギリ達成できそうな段階まで
来たといえる。しかし、実際の治療に使用するにはまだ解決すべき問題も多い。最大の問
25
題は、不要な二次粒子の線量寄与をどうやって抑えるかである。加速器を用いる場合、ど
うしても患者がターゲットに近づく必要があり、バックグラウンド放射線強度が高くなっ
てしまう。問題は、中性子の品質管理の問題と言え、恐らく将来的なゴールは、原子炉条
件に近づけるということと思われる。つまり、今よりも中性子源強度を 1 桁以上強くし、
余裕を持って不必要な粒子を遮へいし、そして、適切に中性子を減速するということが重
要課題になると思われる。
しかし、この 1 桁というゴールは遠く、その前に薬剤の改良が行われる可能性も高い。
例えば大阪大学のグループでは、風邪のウイルスを不活性化し、ホウ素の DDS 薬剤として
使用するという研究が進んでおり、現在マウスレベルでは 10 倍以上のホウ素蓄積量を達成
できている。もし、これが人に対しても有効なら、加速器性能を 1/10 に落とせることにな
る。薬剤研究と加速器開発研究の連携による実現も可能性がないわけではない。
加速器を用いる場合、既に述べたとおり、p-Li の優位性が高いといわれている。この場
合の最大の問題点は除熱であるが、この除熱については、世界的には液体リチウムを使う、
という流れになっている。これは、核融合炉研究における IFMIF(材料照射施設)の要素技術
として液体リチウムターゲットが考えられているためであり、その技術をホウ素中性子捕
捉療法に応用しようということである。これが実現できるとホウ素中性子捕捉療法の普及
が一気に加速することも期待できるが、問題がないわけではない。まだしばらく時間がか
かると考えられる。
加速器を用いる場合に、実用上問題になると予想されることに安定性の問題がある。原
子炉の場合は極めて安定であり、1 時間程度なら原子炉がダウンすることはもちろん、強
度が不安定になることもほとんどない。しかし、加速器の場合は、1 時間でさえも安定的
に運転することは難しい場合が多い。この点は、実用化段階では十分に考慮される必要が
あると思われる。
最後に、レーザー核融合炉を用いる場合について少し考察する。レーザー核融合炉の場
合も大きな問題としては、109 n/sec/cm2 が達成できるかということがある。なぜなら、どう
しても、ブランケットまでの距離が遠いため中性子束が低下し、減速後の熱中性子束強度
を稼ぐことが難しくなるからである。治療に用いる場合には、ある程度患者を線源に近づ
けるような仕組みが必要と思われるが、4π方向に中性子が発生するため、回り込みの問題
も深刻になると思われる。4π積分の総発生量は相当に多いからである。そして、やはり、
1 時間程度の安定な運転ができるかどうか、という点は十分な考察が必要である。これら
は、今後の課題と考えられる。
参考文献
[1] A. Zonta et al.(Ed.), Proc. 13th Int. Cong. on Neutron Capture Therapy (13th ICNCT), Nov. 2-7,
2008, Florence, Italy (2008).
26
2.3.5 産業 シリコンドープ
(1) NED-Si への中性子照射
省エネ化を継続的に推進していくために、将来にわたって堅調に Si パワーデバイスを提
供していくことは重要である。パワーデバイスには絶縁ゲートバイポーラトランジスタ
(IGBT)が各種インバータに使用されており、なかでも高耐圧で作動するものに中性子照
射によって製造された中性子ドーピングシリコン(NTD-Si)ウェーハが用いられている。
省エネ化を背景に NTD-Si の需要は急速に延びており、その供給容量を越える勢いで拡大
している。しかし、パワーデバイス用シリコンの需要の増大に対し、現状の日本の NTD-Si
の生産量はすでに頭打ち状態になっているのが現状である。こうしたことから、NTD-Si
の増産を図るべく、我々は現行 6 インチ径シリコン照射装置の改良に取り組んでいる。中
性子転換ドーピング法について概説し、現在、取り組んでいる 10 年から 20 年先に必要と
なる大口径 12 インチ径 NTD-Si の照射技術の開発の状況について報告する。
シリコン半導体を内蔵するエレクトロニクス製品によって我々は豊かな社会を築き上げ
てきた。将来的にエネルギーを循環的に利用していくためには、発電量を増やすだけでな
く、消費電力を減らしていくことも大切である。特にモータなどの動力源の省エネ化が効
果的であり、インバータの技術が重要であるといえる。例えば、ハイブリット車や電気自
動車が良い例で、インバータの性能如何で車の動作性能を変えることができる。したがっ
て、省エネ化を継続的に推進していくためには、将来にあってもパワーデバイス用の素子
を提供していくことは重要である。パワーデバイスにあっては、民生部門、産業部門及び
運輸部門と横断的な技術であり、その高効率化による省エネ効果並びに二酸化炭素削減効
果は大きいと想像できる。資源エネルギー庁が取りまとめている「省エネルギー技術戦略
2007」[1]では、パワーデバイスの鍵となる技術を重要技術として、Si ウェーハの口径の拡
大と薄ウェーハを用いた絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT:Insulated Gate Bipolar
(300 V〜8 kV)の開発を具体的に挙げている。もちろん、バンドギャップが広
Transistor)
く、熱的に安定な SiC を用いた素子も開発が急がれているが、現時点では非常に高価な素
子となり、普及にはまだまだ時間がかかりそうである。しかし、シリコンを用いた IGBT
は 1983 年に GE 社が行った寄生サイリスターのラッチアップ現象の抑制とデバイス電圧の
スケーリングに成功して以来[2]、今日まで多種多様な改良がなされ、目覚ましく発展を遂
げてきている。初期の IGBT はコレクター側に n+バッファー層を有するパンチスルー型
IGBT と呼ばれており、パンチスルー型は表面に n-エピタキシャル成長させたウェーハ上
に形成する。これに対し n+バッファー層がないノンパンチスルー型 IGBT は薄い n-ウェー
ハ基板上に直接形成するのが一般的である[3]。1994 年には絶縁構造を縦に差し込んだトレ
ンチ型 IGBT が開発され、従来のプレーナ型のオン電圧を 2/3 までに改善することに成功し
た。スーパージャンクション構造となり、それまでにシリコンの耐圧限界として知られて
いたシリコンリミットを越える性能を出せるように進化している。最近の高性能な IGBT
の n-バッファ層には、FZ-Si 単結晶が用いられており、P のドーピング方法として、ガスド
27
ープ法と中性子核変換ドーピング(Neutron Transmutation Doping : NTD)法が用いられている。
省エネ化の推進とともにパワーデバイスの中心を担う IGBT の需要は約 10%/年で成長して
おり、高性能な IGBT が要求する FZ-Si 薄ウェーハの需要が世界の NTD-Si 市場を刺激し始
めている。本報告では、国内外の NTD-Si ドーピング技術を紹介するとともに、我々の
NTD-Si の増産にかかる取り組み状況について報告する。
(2) 中性子ドーピングの原理
原子炉で製造される NTD-Si は、現在、一般産業分野のパワーデバイス用のシリコン基
板として使用されており、将来広い分野において使用されることが期待されている。中性
子ドーピング法の特徴はガスドープ法に比べ、リン添加量が低くても均一性が高く、古く
から検出器や高耐圧素子に使用されてきた。この抵抗率の均一性は耐圧不良、オン抵抗の
バラツキ、素子間の抵抗値のバラツキ等を低く抑えることが可能であり、高い信頼性を要
求する素子には不可欠な要件となっている。他の方法によって製造されたウェーハよりも
NTD-Si ウェーハは高価ではあるが、高圧動作を要求する分野だけでなく、最近では高信頼
性を要求するエレベータなどの制御や自動車の制御ならびにハイブリッド車のモータ制御
にまでその応用範囲を広げている。まず、その NTD-Si の原理と照射方法などについて説
明することとする。
1)中性子核変換ドーピングの原理
天然のシリコンは 28Si(92.2297%)
、29Si(4.6832%)、30Si(3.0872%)の 3 つの同位体で
構成されている。NTD 法ではこのうち 30Si に中性子(主に熱中性子)を照射することによ
って、30Si をリン(31P)に核変換することで、シリコン中にリンを添加するものである[4]。
以下に主要な核反応と示す。
30
30
Si(n,γ)31Si →31P+β-
31
P(n,γ)32P →32S+β-
28
Si(n,2n)27Si →27Al+β+
28
Si(n,α)25Mg
29
Si(n,α)26Mg
Si に中性子が捕獲され、放射性の 31Si が生成されるが、これは 2.62 h の半減期で β-崩
壊し、ドーパントであるリンがシリコン中に導入される。しかし、原子炉からの中性子は
高速中性子を含んでいるために、不純物である
27
Al、25Mg 及び
26
Mg も同時に生成されて
しまう。また、高速中性子によって、シリコンの原子核が反跳され、格子欠損を引き起こ
す。したがって、NTD-S の製造は高速中性子をできるだけ排除した照射場が求められる。
重水で十分減速された中性子スペクトルによって照射された場合には、約 800℃のアニー
リング処理を行うことで、ほぼ完全に回復することができるが、軽水減速の場合は相対的
28
に高速中性子の線量が高くなるために、1200℃の高温アニーリングが必要となる。さらに
高速中性子の線量が高くなるとライフタイムが短くなり、IGBT などの素子には向かない半
導体となってしまう。
2)ドーパント量と照射時間
上記のとおりリン原子が微視的及び巨視的に均一にシリコン中にドープされることによ
って、電子ドナーとして働く n 型半導体を生成することができる。そのドーパントの量を
決定するのは、中性子の量、すなわち、中性子フルエンス(中性子束 φ×照射時間 t)であ
り、これを制御することによって、任意の抵抗率の半導体を高精度で生産することができ
る。リンの中性子捕獲反応は次の式で表される。
[ 31P]  N 30   a ( E ) (r , E , t )dEdt
(1)
ここで、N30 は 30Si の原子数密度、σa は 30Si の中性子吸収断面、φ は中性子束である。次
に、高純度シリコンにリン不純物が添加されると、抵抗率 ρ に低下する。そのリン濃度[31P]
と抵抗率 ρ(Ωcm)との関係は、次のようになる。

1
q e  e [ 31P]
(2)
ここで、μe はシリコン単結晶の電子移動度(=約 1400 cm2Vsec-1)、qe は電荷素量である。(1)
式に代入すると、

1
(3)
q e  e N 30   a (r , E , t )dEdt
が得られる。実際には初期抵抗値が存在し、十分熱化された中性子で照射するため、(3)式
を書き換えて、次式を得る。
 1
1



q e  e amx N 30th   f  i
ここで、ρi:初期抵抗率(Ωcm)
1
t 




(4)
ρf:目標とする照射後の抵抗率(Ωcm)
Δt:照射時間(s)
φth:熱中性子束(n/cm2s)
σamx:300 K マクスウェル分布平均の実効吸収断面積(barn)
である。さらに、定数を K を定義することによって、以下の関係式にまとめることができ
る[5]。
K  1
1


th   f  i
1
K
q e  e amx N 30
t 




(5)
(6)
29
係数 K は物理的に決定できるが、実際には実効吸収断面積は中性子スペクトルによって
左右され、また、電子移動度は不純物の量と評価時の温度によっても変化するため、研究
炉の中性子モニターのデータとシリコンメーカが測定する抵抗率の評価値をもとに、係数
K が決定されている。
3)照射方法
ドーピングの原理で説明したとおり、NTD-Si を生産するには、高純度シリコン単結晶に
熱中性子を注入する必要がある。均一に熱中性子を導入することができれば、上述のごと
く高精度な半導体を生産することができる。均一に中性子を導入するために採用される照
射方法は以下の 3 つに分類できる。
・反転法
・フィルター法
・スルー法
半径方向分布を改善させるために数 rpm で回転させることは共通であるが、それぞれ軸
方向の分布を改善さるための方法が異なる。
(a)反転法
反転法は日本の研究炉で採用されている方法で、原子炉の上面から重水タンクに据付け
た照射筒に試料を吊り下げ、炉心中心高さ付近で、回転させながら照射を行う方法である。
目標とする照射時間の半分になったときに試料を取り出し、上下反転させ、残りの時間、
再度照射する。この方法では、使用する中性子束の高さ方向の分布がシリコンを反転する
ことで均一になるような反転中心を見出すことが重要となる。反転中心は、炉心中心にと
る場合もあるが、炉心中心より高い位置に生ずる熱中性子分布の変曲点を用いた方が均一
度が向上する[6]。照射の機構は単純であるが、反転作業が伴うこととなり、照射効率を挙
げることが難しいとされる。
JRR-3 の場合、Si 照射装置内で約 42 時間の放射能減衰を行い、
人が上下反転させている。現在、反転法の自動化の検討[7]がなされているが、実現してい
ない。
(b)フィルター法(スクリーン法[8]とも呼ぶ)
フィルター法ではシリコンに中性子束を均一に入射させるために、ホルダに中性子吸収
体または軽水ジャケットを組み込むことで、一番低い中性子束に合わせるように高い部分
の中性子束を遮蔽し、入射する中性子の分布を均一にする方法である。フランスでは
DIODON というシリコン照射システムが知られており、OSIRIS では中性子吸収材に Ni を、
ORPHEE では軽水ジャケットをそれぞれ採用している。
「反転」
・
「再照射」
・
「冷却」の工程
が省略されるので、反転法と比較して照射効率が約 1.5 倍向上することが可能となる。し
かし、原子炉の中性子束分布は制御棒位置、燃料の燃焼によって絶えず変化しており、一
つの均一分布を強制するのに最適化されたフィルターではその平坦化が不十分となり、結
果的に均一度の低下を引き起こす。このため、DIODON では半分照射したところで、結晶
30
を上下反転し、均一度を改善している[8]ものと考えられる。以上のとおり、フィルター方
法の実現は照射効率の向上できるが、原子炉の運転状況に応じたフィルターの設計、検証
などが不可欠となる。
(c)スルー法(定速移動法)
反転法やフィルター法では照射中に試料の照射位置を変化させることはなかったが、ス
ルー法は試料をシリコン単結晶の軸方向に一定速度で動かすことで、均質化を図るもので
ある。ベルギーの BR2 やデンマークの DR3[9] で採用されている方法である。 BR2 の
SHIDONIE システムは、炉心上部から試料を挿入し、平均 1.8 mm/s の速度で往復するよう
になっている[8]。実際には最後の照射横断工程では、目標の照射量になるよう速度が変更
されるようになっていて、炉心領域の外で照射を終了できるようにコンピュータ制御され
ている。このスルー法の場合、照射筒の両端に試料を中性子束の低い領域を設ける必要が
あり、原子炉の設計時点で、炉心領域を突き抜ける照射筒を考慮しておかなくてはならず、
既存の原子炉の簡単な改造では対応できない設備である。反転法やフィルター法で見られ
た中性子束の分布形状変化に対して、大きな誤差を伴うことはないと考えられてきた。し
かし、K.Heydorn と N.Hedaard が DR3 において抵抗率の評価と中性子束モニターの評価の
誤差について、多変量データ解析を行うことで、i)運転開始からの照射開始までの日数と、
ii)制御棒位置に相関があることを報告している[10]。
(3) 世界の照射炉の現状
1)世界の生産量
実用規模で NTD-Si の生産が行われ
日 本 企業 製造
るようになったのは、1974 年デンマー
70%
クのトプシル社が世界に先駆け自国の
HANARO(韓 )
10%
研究用原子炉 (DR-2) を用いて実施した
HFETR/etc (中 )
15%
のが最初である。さらに同年、西独の
OPAL(豪 )
20%
MURR(米 )
8%
MIT R-Ⅱ (米 )
BR2etc(他 )
10%
ワッカー社が英国のハーウエル研究所
6%
SAFARI-1(南 ア )
8%
と組んで生産に乗り出し、日本への売
り込みを開始してきた。これと競うか
HFR(EU)
7%
OSIRIS(仏 )
6%
ORPHE(仏 )
7%
総製造量:200 Ton (2007年推定)
のごとく、同時期に米国においてもモ
ンサント社がミズリー大学の研究炉
JRR-3(日 )
3%
図 2.3.24図1 各国の原子炉における
NED-Si
各国の原子炉におけるNTD-Si生産量
生産量.
(MURR)を用いた生産に着手している。
まさに 1974 年は NTD-Si の実用化にとって草創の年となった。当初、FZ 単結晶インゴット
のサイズ径は 2 インチと小口径であったが、その後、FZ 単結晶の製造開発が進み、今では
6 インチ径が市場の主流となっている。世界では約 30 基の研究炉が NTD-Si 生産を手がけ
ている。各炉の年間生産量は公表されておらず、その実績を知ることは極めて難しいが、
推測によると 2007 年度の NTD-Si の総生産量は約 200 トンと推定されている。その内訳を
31
図 2.3.24 に示す。中国の 30 トンは専ら国内供給を目的としており、これを差し引いた残り
約 170 トンが国際市場の流通量である。このうちの 7 割(約 120 トン)が、実に日本のシ
リコン製造メーカからの要求に基づくものである。しかし、残念ながら我が国の研究炉の
生産能力は年間僅か 5 トンにとどまり、需要の殆どを海外の研究炉に依存せざるを得ない
状況にある。
280
2)将来の動向
NTD-Si の国内需要量は、図 2.3.25 の実
線で示すよう毎年安定的に約 10%強の伸
びを示している。そこには資源の有効利用
化に向けた電気エネルギーへの関心の高
まりを背景に、変換損失の低減化や高速動
250
A:総生産量(B+H)
210
B:ベース生産量
H:ハイブリッド車用
200
170
180
145
150
作化に対応した電力制御素子の需要が伺
える。2007 年までが実績で、それ以降は伸
245
国内需要量(Ton)
100
80 90
100 110
120
世界総供給能力
(170Ton*)
165
135
150
び率を基に外挿した国内需要量である。
2008 年から枝分かれする点線は、新たな
50
NTD-Si のニーズとして注目されるハイブ
0
リット車用に予測される需要を上乗せし
た予測量である。問題は、急速に増加する
NTD-Si 需要に対し、世界の研究炉の供給
2004 05 06 07 08 09 10 11 12
図2 NED-Si
NTD-Siの国内需要予測
図 2.3.25
の国内需要予測
能力がいつまで追従できるかであり、早晩、世界の総供給能力の限界に達することが懸念
される。
3) 8 インチ照射可能な研究炉
シリコンウェハーの大口径化への流れにあって、近年 8 インチ径 FZ 単結晶の製造化が
実現し、車載用途の需要の増加と相俟って 8 インチ品の実用照射が昨年来開始されたとこ
ろである。しかし、8 インチ径大口径のシリコン単結晶を照射できる研究炉は、2007 年オ
ーストラリアが新設した研究炉 OPAL のみであったが、韓国の HANARO、ドイツの FRMⅡ、そしてベルギーBR-2 にも 8 インチ照射装置が整備され、まもなく市場に供給されるも
のと期待されている。また、中国の CARR と日本の JMTR についても8インチ照射装置を
検討段階にある。しかし、全ての研究炉が稼働できれば年間約 100 トンの増産が見込める
が、その一方で老朽化の進む研究炉の廃炉が計画されており、2014 年以降の総供給能力の
先行きは決して明るくはない。
(4) 日本の NTD-Si
表 2.3.3 で示すように 1975 年、シリコン製造メーカから依頼を受け、日本原子力研究開
32
発機構(当時、日本原子力研究所)では研究炉における NTD-Si の製造に関する照射実験
を開始した。世界が NTD-Si 草創年に遅れること 3 年、わが国では 1977 年 8 月に、文部科
学省(当時、科学技術庁)、原子力機構、関連企業、関連協会の間で、NTD-Si の国産体制
について検討され、それぞれ必要となる取り決め手続き等を完了した。同年、これを受け
て、放射線利用振興協会(当時、放射線照射振興協会)は日本原子力機構の JRR-4(3.5MW、
東海)の D パイプを用いた NTD-Si の実用照射を開始した。日本初の照射筒の D パイプの
サイズは、直径最大 66 mm(約 2.5 インチ径)で、長さが最長 300 mm のものであった。そ
の翌年 1 月には JRR-4 に直径 105 mm(約 4 インチ径)までの照射が可能な L パイプの設
備が増設された。1970 年代は、各照射孔とも、その利用率はほぼ 100%という好調な状況
が続き、両照射孔を合わせ総照射量は毎年約1トンに達した。しかし、D パイプを用いた
2.5 インチ径ロッド照射は、メーカの大口径化に向けた合理化策を受け、1985 年を境に次
第に減少しはじめ、1991 年でその需要は全くなくなった。一方、1983 年には JRR-2
(10 MW、
東海)の VT-9 照射孔に NTD-Si 照射設備が設置された。最大径は 78 mm(約 3 インチ径)
であるが、運転中に 15 本までの照射 Si の自動交換ができるように設計された。この増設
により年間総照射量は向上し、翌 1984 年には約 1.8 トンを達成した。しかし、口径が小さ
かったことで、その後 JRR-4 の D パイプと同じ運命をたどり需要は急減した。そこで大口
径化の動向に即し、1995 年には JRR-3 に 6 インチ径 SI 孔設備(最長 600 mm)を、また、
2001 年には JRR-4 改造工事の機に L パイプを改造して 5 インチ径 N パイプ(最長 400 mm)
がそれぞれ設置され、両炉併せて年間約 4.5 トンの供給体制が整い、現在に至っている。
33
表 2.3.3 NTD-Si 関係の歴史
年
出来事
J.W.Cleland らが Ge 半導体検出器の中性子によるダ
メージを研究
K.L.Horowitz が半導体の中性子ドーピングの原理
を提唱
1950
1951
1955
1961
1964
1965
1971
1973
1974
日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)発
足
ベル研究所の Tanenbaum と Mills が NTD の小サン
プルを作製
高性能サーキットデバイス、高比抵抗検出器の製作
(財)放射線照射振興協会の設立
高品位 NTD 半導体製造技術の確立
商業化への展開が開始
デンマークのトプシル社と RISO 国立研究所の DR2
炉で開始
西ドイツのワッカー社とハーウェル研究所(英
国)で開始
1975
1977
1983
1996
1998
現在
米国のモンサント社とミズリー大学の MURR 炉
で開始
電力用整流器の実用化
国内のシリコンメーカが新金属協会をとおして日
本原子力研究所に要請
JRR-4 にて放射線照射振興協会が試験照射を開始
JRR-4 で 2.5 インチ照射を開始
JRR-2 で 3 インチ照射を開始
JRR-3 で 6 インチ照射を開始
JRR-4 で 5 インチ照射を開始
OPAL(豪)が 8 インチ供給、
FMR-II(独)、HANARO(韓)もまもなく供給開
始予定
34
1)日本の研究炉の現状
ton/y
現在、国内のシリコン製造メーカ 2 社が
5,000
原子力機構の研究炉を利用している。しか
4,500
し、シリコン製造メーカにとって、国産の
4,000
NTD-Si にかかる照射料金が海外炉の平均
3,500
水準に比べると約 5 割高であることに加
3,000
J RR- 2
J RR- 4
J RR- 3
え、さらに海外炉のような複数炉の連携体
2,500
制が不整備であり、年間を通した安定供給
が望めないことから、あくまでも海外炉の
2,000
補完的な位置づけとしてしか国内の研究
1,500
炉を見ていないのが現実でる。しかし、冒
1,000
頭で述べたとおり、汎用性の非常に高い
500
IGBT が高品質の n-型薄ウェーハを必要と
0
1980 1986 1992 1998 2004
1977 1983 1989 1995 2001 2007
しており、その需要は世界の NTD-Si の生
産能力を越える勢いで急成長している。こ
図3 国内炉におけるNTD-Si制線量の推移
図 2.3.26
国内炉における NED-Si
れらを背景に高コスト、供給不安定の国産
生産量の推移
NTD-Si ではあるが、現在、JRR-3 及び JRR-4
ともにフル稼働で生産しており、将来の設備投資に向けて、照射装置の自動化[9]、大口径
化[11][12]の検討が行われるようになった。
(a) JRR-3 の照射設備
JRR-3 は大改造が行われ、1992 年に直径 5 インチ、長さ 30cm のシリコン単結晶を均一
度 6%で照射できる SI 照射装置が設置された。その後、照射精度向上と 6 インチ径対応の
ために 1995 年に改造が行われた。照射筒は重水タンク内に設置されており試料を軽水で強
制冷却できるようになっている。照射筒の中にアルミ製の照射ホルダーが挿入され、その
ホルダーは炉頂から鎖で吊り下げられた状態で、回転(2 rpm)しながら照射できる構造と
なっている。照射位置での平均熱中性子束は約 2.0×1013n/cm2s で、照射精度は径方向 3%、
垂直方向 5%である[13]。炉心上部の置かれた照射装置は最大 6 体のシリコンを内臓するこ
とができ、3 本ずつ 2 バッチで管理できるように遮蔽体で中央に仕切られている。これに
より、照射直後のシリコンをキャスク内に冷却中であっても、もう一方で挿入取出作業が
行えるようになっている。照射中のシリコンの平均中性子照射量は、自己出力型中性子検
出器(SPND)を用いて測定しており、時間積分すること照射量を見積もっている。
(b) JRR-4 の照射設備
JRR-4 も 1998 年に改造を終え、2000 年から 5 インチ径に対応した N パイプでの照射開
始している。JRR-4 は大きな原子炉プールを持っており、照射されたシリコンはホルダー
ごとプールで保管することができる。そのため、照射装置の構造は、試料の回転(2.5 rpm)
と、ストローク 70 cm の挿入取出の機能があるだけで、炉外への取り出しは人が行ってい
35
る。熱中性子束は 6×1012 n/cm2s で、径方向の均一度は約 3%である[14]。
2)生産量の推移と増産の計画
国内の生産量の推移を図 2.3.26 に示す。現在の国産 NTD-Si は JRR-3、JRR-4 の 2 基で製
造しているが、1998 年から 2004 年までは右肩上がりで製造量を伸ばしてきたが、2004 年
以降は年間 4.5 トン付近で伸び悩んでいる。両原子炉の照射装置はともにフル稼働であり、
現状の照射方法ではこれ以上伸びないことが分かっている。これでは国内の半導体メーカ
の NTD-Si ウェーハの需要(推定、年間約 90 トン)を満足できない。省エネのハイテクを支
える高性能材料である NTD-Si ウェーハの輸入依存(95%)は、非常に危険な状況にあり、
さらに中国が NTD-Si に関心を寄せていることから、至急、改善しなければならない。こ
のため、放射線利用振興協会と共同研究を立ち上げ、生産量を増やす方法について検討し
ており、既存装置の自動化することにより、照射効率を 17%から 50%まで引き上げれるフ
ィルター法を用いた照射設備の自動化が有望視されている [15] 。原子力機構としては、
JRR-3 の計画とは別に、JMTR(50 MW、大洗)の産業利用を盛り込んだ改造計画を進めて
おり、その中で 6 インチ径及び 8 インチ径の照射筒の整備が検討されいる[16]。2012 年か
ら JMTR は運転再開し、これら装置が順調に稼働すれば年間 30 トンの生産が可能となり、
自給率を大幅に改善するものと期待される。さらに、NTD-Si の世界市場が年 10%で成長を
続けると、おそらく 300 mm ウェーハの要求が高まるものと考えられ、我々は 2007 年から
12 インチ径照射に対応した技術開発に着手した[11][12]。
(5) 研究課題
12 インチ径 Si インゴットの照射できれば低コスト化につながるが、エッジ効果と径方向
の均一性が問題となるとされている。現在、エッジ効果については両端に 5 cm 程度のダミ
ーシリコンを付加することで解決しているが、12 インチ径になった場合に、うまく回避で
きるかどうか検討しなければならない。また、半径方向の分布の均一化はこれまでは回転
することで数%に抑えることができたが、12 インチ径になると中性子を内部まで到達させ
ることが困難となる。これを解決するためには、これまでにない照射方法が必要となる。
そこでフィルターの設計、反射材の選定などを組み合わせることで要求される均一性を達
成できる条件を解析により明らかにし、得られた条件を実現できる照射実験装置を JRR-4
の No.1 プールに設置して、新しい照射方法を確証する。本実験から新しい照射方法の実現
に見通しが得られれば、JRR-3 に適応できる 12 インチ対応の照射装置を具体化する。これ
には JRR-3 の炉心及び重水タンクを含めた改造計画となるため、安全審査を踏まえた安全
設計を行う。以下、それぞれの研究課題について説明する。
1)JRR-4 を用いた実証試験
我々は反射材及び熱中性子フィルターの核設計を行い、シリコンの径方向の中心に対す
36
る外周における熱中性子束比を 1.09 に
する照射条件を解析的に導くことに成
功している。この方法はフィルター法と
スルー法を兼ねた備えた方法であり、シ
リコン単結晶は中性子吸収材を含んだ
ホルダーとともに、炉心領域を回転しな
がら往復させるものである。この条件を
達成できる照射実験装置(図 2.3.27 参照)
を設計、製作し、現在 JRR-4 に据え付け
中にある。今年度内には実際のシリコン
照射実験を開始する予定で計画が進め
られている。照射実験に用いるシリコン
は FZ 単結晶が得られないことから MCZ
単結晶を用いることにしており、試験と
して熱中性子分布及び抵抗率分布(半径
方向、軸方向)の測定を予定している。
図 2.3.27
図4
JRR-4 に設置される 12 インチ
JRR-4に設置される12インチNTD-Si照射実験装置
NED-Si 照射実験装置.
2)JRR-3 への適用
上記の JRR-4 の試験照射設備では本格的な生産が望めないため、本技術を導入して低コ
スト化及び量産化を図るために、JRR-4 より出力が高く、炉心の周りに重水タンクを有し
ている JRR-3 に本技術を適用する。2013 年時点で、国内のハイブリッド車のインバータに
用いられる IGBT がすべて NTD-Si に移行したことを想定し、これを相応する NTD-Si ウェ
ーハを JRR-3 がすべて提供するとなると、おそらく 12 インチ径対応の照射筒が 2 本必要と
なる。そこで、JRR-3 に 2 本の照射筒を挿入した場合の炉心の核特性に及ぼす影響、他の
利用設備への影響等を考慮し、照射筒の最適な位置を選定する。これまでの解析では、新
しい照射方法により JRR-4 と同様か、それ以上の性能が得られることが分かった。改造範
囲が炉心及び重水タンクの交換に及ぶことから、その改造方法についても目下検討中であ
る。
3)照射専用炉への期待
さらに自動車への適用を前提に、現在の四輪車新車販売台数 574 万台を基準に考えるが、
これら全てに NTD-Si が使用されると仮定すると、JRR-3 と同等の能力(72 万台/年・基)を
有する 12 インチ径シリコン照射設備が 6 基以上必要となる。12 インチ径シリコン照射設
備を装備した専用の原子炉を考えた場合、これまでの日本の研究炉の設計概念、経営思想
では実現できない。研究炉は、元来、研究者が研究目的のために利用するものであって、
その研究分野にあった照射筒についても多目的利用できるよう最適な設計が行われる。し
37
かし、シリコン生産炉の場合、シリコンを高精度に、しかも大量生産が必要があり、これ
までの皆で共有するという研究炉の設計思想ではなく、いわば化学プラントや製造工場の
設計に似た観点からの設計が求められる。また、経営概念として、研究者が顧客ではなく
なり、シリコン製造メーカやデバイスメーカが顧客となることから、原子炉施設の建設費、
維持管理費、そして解体費を確保しつつ、低コスト化を求めてくるであろう。この条件で
NTD-Si の製造、販売を行い、十分な収益を得なければならない。日本の研究炉ではこうし
た運営経験もなく、経済的側面も視野に入れて解決していかなければならないものお考え
られる。こうした夢のような話ではあるが、原子炉建造に 10 年余り要するため、10 年後
の NTD-Si のニーズを推測しながら、そのシリコン照射専用炉の事業性について検討し、
本格的な拡大期に備えることが賢明であろう。こうしたことから我々は、シリコン照射専
用炉事業性検討会を立ち上げ、本原子炉コンセプトの技術的な成立性はもちろんのこと、
その事業性について現在議論しているところである。
(6) レーザー駆動パルス中性子源使用の可能性
レーザー駆動パルス中性子源の開発が進められており、原子炉では発生させることので
きない高中性子密度が得られ、中性子科学のさらなる進展に期待されている。しかし、
NTD-Si の生産を考えた場合、現状のレーザー駆動パルス中性子源は小さなスポットにレー
ザーを集光させ、核融合反応させるか、あるいは高エネルギー2 次粒子をターゲット材料
と反応させることによって高速中性子を発生させるものであり、低エネルギーの熱中性子
をボーリュムで必要とする NTD-Si の生産には、残念ながら厳しいのではないかと考えら
れる。20 MW 級の JRR-3 では、核分裂反応で発生した高速中性子を重水で減速させて使用
しているが、その中性子発生量は、核分裂中性子で約 2×1018n/s であり、NTD-Si を生産す
るには同程度の中性子発生数が必要となるであろう。レーザー駆動パルス中性子源の場合、
線源の配置に自由度があるため、従来の照射方法にとらわれない効率的な中性子照射場が
設計される可能性もあり、今後の開発に期待したいところである。ただし、産業利用させ
るためには、低コスト化が求められるため、研究炉と比較して同程度かそれ以下でなけれ
ば、レーザー駆動パルス中性子源を用いた NTD-Si の生産方法は普及しないであろう。
(7) シリコンドープのまとめ
NTD-Si の原理を総説し、NTD-Si の草創期から今日の NTD-Si の急成長を振り返り、将
来に向けて必要となる技術的課題として、大口径化シリコンの均一照射を挙げ、300 mm ウ
ェーハに対応するために、新しい照射方法の検討していることを述べた。径方向の均一性
を向上にとられてきた回転方法による改善だけでは不十分であり、フィルター法とスルー
法を混在した新しい照射方法が考案され、この照射法を実証すべく、我々は大型 NTD-Si
照射実験装置を JRR-4 に設置し、これを用いた実証試験を計画している。また、これと並
行して本格的量産が可能な大型 NTD-Si 照射装置の実用化に向けて JRR-3 に適用した場合
38
を考え、JRR-3 重水タンク改造計画も進めている。急成長している NTD-Si のニーズに応え
るためには、既存の技術を用いたシリコン照射専用炉の建設が現実的であり、早期に安定
供給体制を整えるためにも、まず、シリコン照射専用炉の事業性について十分検討してお
くことが大切である。
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40
2.3.6 核融合材料(IFMIF)
(1) IFMIF の役割
核融合炉材料開発の最重要課題は、耐中性子照射性の向上である。特にブランケットの
構造材料は、交換頻度が炉全体の経済性に直結するので、できるだけ長寿命の材料を開発
する必要があり、中性子照射効果の評価と長寿命化に世界の多くの研究者が長年取り組ん
できた。
中性子照射効果の研究には、照射施設が不可欠であるが、核融合反応による中性子(D-T
中性子)を、寿命評価が可能なほど大量に照射する装置は無く、核分裂炉照射により代用
して照射研究が進められてきた。しか
し、D-T 中性子と核分裂中性子ではそ
のスペクトルの違いにより、材料損傷
の質が異なり、核分裂中性子照射によ
る結果が核融合中性子照射効果への
評価へと直接結びつかないと言う難
点がある。核分裂炉を用いた研究の最
大の問題点は、核変換ヘリウムの効果
である。図 2.3.28 に示すように、多く
の材料構成元素の(n,α) 反応は10 MeV
付近で急上昇し、従ってヘリウムの発
生量(一般に損傷量 dpa との比で示す)
は図 2.3.28 に示すように核融合と核分
裂で大きく異なる。ヘリウムは材料中
でほとんど固溶しないので、集合しバ
図 2.3.28 (nα)反応断面積の中性子
ブルを作る、あるいは他の欠陥との複
エネルギー依存性
合体を作るなど、材料の強度、寸法安
定性に大きな影響を及ぼす。
IFMIF (International Fusion Materials
Irradiation Facility) は、D-T 中性子近似
スペクトルの中性子を大量に発生さ
せる材料照射装置で、重水素イオンを
金属リチウムに照射し、重水素から水
素がリチウムに奪われて、残った中性
子が高速で材料に照射される仕組み
となっている。発生する中性子のエネ
図 2.3.29 ヘリウム発生量の
ルギーは重水素イオンのエネルギー
損傷率(dpa)依存性
に依存し、約 40 MeV のエネルギーで
41
ほぼ 14 MeVにピークを持つ中性子が発生する。図 2・3・30 は、IFMIF と核融合炉(ブラ
ンケットでの散乱等を考慮した)、HFIR(軽水炉)、EBR-II(高速炉)、核破砕中性子源のス
ペクトルを比べたものである。IFMIF の高フラックステストモジュール(HFTM)では14 MeV
にピークを持ったスペクトルとなり、図 2.3.29 に示したように、ほぼ核融合炉と同等のヘ
Neutron Flux
(n/m2/s/Lethargy )
リウムの発生を可能とした。
HFIR
IFMIF
Fusion reactor
18
(HFTM)
10
1017
IFMIF
(MFTM)
1016
W+C
Reflector
15
Spallation Source
10
(LASREF)
14
10
EBR-II
1013
10-3
10-2
10-1
100
101
102
Neutron Energy (MeV)
図 2.3.30 中性子エネルギースペクトルの比較
(2) 強力中性子源に関わる歴史と今後の計画
材料開発には一般に長期間を要し、照射試験を必要とする研究は特に長いリードタイム
を要するので、核融合開発の早い時期から、材料照射用強力中性子源の必要性が認識され
ていた。図 2.3.31 は、強力中性子源の検討の歴史を年表形式で示したものである。1970 年
台後半から、FMIT(Fusion Materials Irradiation Test facility)の設計、R&Dが行なわれ、1980
年代前半にはアメリカのハンフォードで建設寸前まで進んだ。その後計画の見直しがあり、
国内計画 ESNIT (Energy Selective Neutron Irradiation Test facility)の検討を経て、IFMIF の概念
設計(CDA)、設計評価(CDE)、要素技術開発(KEP)を経て、EVEDA (Engineering Validation and
Engineering Design Activity)が 2007 年より開始している[1]。
42
図 2.3.31 核融合濾材両商社用強力中性子源開発の歴史
このうち KEP までは、IAEA 協定の下で各国のボランタリーベースで進められた。KEP
においては、日本原子力研究所(当時)と大学(核融合科学研究所の共同研究)がテーマを
分担して技術開発を進めるという新しい協力体制が構築された[2,3]。EVEDA は、「幅広い
アプローチ」活動の一環として進められているが、このような経緯に基づき、大学の多く
の研究者が研究開発に参加している。
図 2.3.32 は、IFMIF のこれまでの経過と今後想定される計画を示したもので、EVEDA の
後は、建設判断を行い、建設、運転、材料試験、と進む予定で、DEMO 用照射データを 2020
年代に取得する計画である。
図 2.3.32 IFMIF のこれまでの経過と今後の計画
(3) IFMIF の構造と EVEDA における技術課題
図 2.3.33 は、IFMIF の構成を示したもので、「重水素加速器」「液体金属リチウムターゲ
ット」
「照射テストセル」が主要要素である。加速器は、2 台から構成され、最終的には 250
mA の安定した 40 MeV 重水素ビームを発生することが課題であり、EVEDA では、それを
実証するためのプロトタイプ加速器の設置と運転を行なう予定である。
43
図 2.3.33 IFMIF の構成
液体金属リチウムターゲットは、これまで阪大のループを用いた計測法開発試験などを
行ってきたが、新たに 1/2 サイズのループ試験装置を大洗に設置する予定である。本ルー
プは、液体リチウム自由表面流の安定形成と長時間連続運転の実証、自由表面流の計測技
術の実証、液体リチウム中の酸素窒素不純物、水素(同位体)不純物の制御性の実証、など
を行なう予定である。
テストセルにおいては、照射用のリグのモックアップ設計製作を行なう予定である。照
射リグには、日本の設計と EU の設計の 2 案があり、日本の設計はより高温照射に適して
いる。両者を当面比較検討しながら試作開発を進めていく計画になっている。
これら実証試験を行うとともに、工学設計を進め、2013-2014 年に、最終設計報告書を
作成する予定である。これらの計画(EVEDA 事業計画)を図 2.3.34 に示す。
図 2.3.34
IFMIF-EVEDA の年次計画
(現在は、1 年延長し 2014 年最終設計報告の予定になっている)
(4) IFMIF への取り組み方
炉材料開発においては IFMIF の最大限有効利用という視点がますます重要になっている。
IFMIF は現在想定できる最適な材料照射試験装置であるが、それでも核融合炉環境を完全
に再現したものではなく、また、照射強度と体積に大きな制約がある。IFMIF を最大限利
44
用するとともに、この限界をどうカバーしていくかということが議論の焦点である。
IFMIF の照射データが原型炉材料開発の切り札となるには、(a)IFMIF が材料開発に必
要なデータを供給するための仕様を満たす装置になっていることと、(b)IFMIF で得られ
るデータを有効に利用して原型炉材料開発に繋げる環境が整備されていること、が特に重
要である。(a)は当然のことと思われるかもしれないが、装置設計・製作側と材料開発側
の緊密な協力が無いと材料照射試験にとって不可欠な条件が欠落していたり、逆にオーバ
ースペックに陥る可能性があることは、これまでの検討の経験で充分予想される。装置側
と材料開発側の協力は、これまで IEA が国際協力も含めてその舞台となっていたが、二極
間協力の「幅広いアプローチ」で工学設計が始まった現在、設計上の判断が必要になる場
面が頻繁に訪れると予想され、そのような場面に迅速に対応できる協力体制の確立が急務
である。(b)に関しては、候補材の絞込み、試験項目条件の絞込みを行う必要がある。し
かし低放射化フェライト鋼を例に上げると ITER 参加国の増加に呼応するように国別に候
補材料の種類も増えつつあり、高い戦略性を持った候補材絞込みに関する国際協力が必要
である。
試験項目の絞込みについては、標準化への道筋作り、IFMIF 以外の試験による補完、モ
デリングによる予測信頼性の向上などの課題が密接に関連しあい、これだけをとっても材
料分野を広く跨る一大プロジェクトである。このプロジェクトを主導する組織を早急に整
備する必要がる。現在提案されている候補材は、どれも歴史は浅く、非照射の特性確認が
まだ不十分である。特に時効効果、疲労、高温クリープなど長期に亘る試験は、照射デー
タと合わせて設計に寄与できるよう計画的に進める必要がある。IFMIF の照射体積は、コ
ンポーネント照射試験に大きな制限を与えるので、ブランケット部材製作工程を明確にし、
IFMIF で確認する必要のある試験項目を絞り込んでおく必要がある。
次に日本の進み方という点では、IFMIF の装置設計製作と材料開発両方で日本は国際的
なリーダーシップを取る充分なポテンシャルを持っている。装置の設計製作におけるリー
ダーシップは利用計画におけるリーダーシップに直接影響するので重要である。IFMIF の
設計に関しては要素技術確証試験期 (KEP) に全日本的な実施体制が出来、多くの先進的な
技術開発を進めてきた。EVEDA では、液体リチウムターゲット以外に、加速器やテストセ
ルの開発においても積極的な参画により主導権を確保しなければならない。材料開発にお
いては、低放射化フェライト鋼、バナジウム合金、SiC/SiC 複合材のどれも最高品質の候補
材が日本で製作されていることは特筆すべき点であり、また、損傷基礎研究やモデリング
でも高い研究アクティビティーを有する。この「優位性」を積極的に主張し試験計画立案
を主導するための戦略が重要である。
「優位性」の裏づけとしては、照射試験、照射後試験
技術も含まれ、これまで行なってきた、国内照射施設を利用した先駆的な照射研究などを
さらに発展させることが重要である。
(5) その他の中性子源の核融合材料照射への適用の可能性
核分裂炉照射は、今後も材料のスクリーニング、照射挙動の基礎研究などへの活用が
45
見込まれる。特に上記の「IFMIF 試験項目の絞込み」のための核分裂炉の役割は大きい。
核破砕中性子源は、図 2.3.30 に示すように、核分裂炉と核融合炉どちらとも異なるスペク
トルを有し、相関にあたっては新たな問題点が生じる可能性があり、注意を要する。しか
し、核破砕中性子により核分裂炉よりも多くの核変換ヘリウムを発生させることが可能で
あり、また加速器ベース特有のアクセス性、制御性を有し、さらに、照射体積を確保する
ことも可能なので、テーマを絞れば特徴的な研究を行なうことができると期待される。
ITER を照射テストベッドとして用いる計画は、テストブランケットモジュール(TBM)計
画として、国際協力により検討が進められている。ブランケットの総合機能試験としての
役割が期待されるが、材料照射試験設備としても、照射量は少ないものの(a)純正 D-T
中性子照射であり、(b)大きな照射体積が確保できる、と言う特徴がある。特に後者につ
いては、数 10 cm ~1m 規模領域の中性子照射は、原子炉ではほぼ不可能であることを考え
ると貴重な部材照射試験の機会である。
レーザー中性子源については、その仕様など検討しなければならない点が多いが、装置
が小型化されれば、特徴ある試験装置となる可能性がある。ただし、材料試験への適用に
おいては照射環境の制御性が極めて重要であり、照射温度制御、照射フラックス制御、各
種計測手段の整備が不可欠である。また、レーザー中性子源においては、パルス照射デー
タをどのように広く活用していくかという課題があり、パルス効果に関するモデリングや
基礎研究を合わせて推進することが必要である。
(6) IFMIF まとめ
「幅広いアプローチ」活動の一環として IFMIF-EVEDA が進められ、材料照射用強力中
性子源が現実性を増してきた。ただし、二極間の事業で進められることによる限界を補う
努力、日本が長い将来リーダーシップを発揮するための方策が現在極めて重要である。
IFMIF は大型装置であるがそれでも可能な試験は極めて限られているので、結果を効率的
に活用するための手当てが重要である。その中には、IFMIF 以外の照射施設との責任分担
も重要な課題であり、幅広く中性子照射施設の活用を考えることは引き続き重要な検討項
目である。
参考文献
[1] P. Garin : Start of Engineering Validation and Design of IFMIF, J. Nucl. Mater. 386-388 (2009)
944.
[2] 核融合炉材料照射試験装置要素技術開発共同研究(大学-核融合科学研究所共同研究)
最終成果報告書
平成 16 年 12 月
核融合科学研究所.
[3] 小特集 国際核融合材料照射施設(IFMIF)の設計と開発の現状 プラズマ・核融合学
会誌 2006 年 1 月号.
46
2.3.7 核融合・核分裂混合(ハイブリッド)炉
米国の国立点火施設(NIF)での実験開始を控え、米国では、50 年来の核分裂・核融合混合
炉のアイデアが見直されている。核融合反応で発生する中性子を用いて、核分裂燃料を生
成、燃焼させようという考えは、Andre Sakharov らによって 1951 年ころから検討されてき
た様である。当初は、高速炉の燃料生成に核融合中性子を用いると言うものであったが、
Nikolai Basov らが、レーザー核融合中性子で核分裂反応を誘起し、熱出力を取り出する方
法を提案、加速器ベースの中性子源を用いる提案も含め、核燃料廃棄物を中性子源によっ
て燃焼させ、発電する種々の方法が考えられてきた。これまでは、理論的な検討の域を出
なかったが、NIF 建設での開発成果と高出力固体レーザー開発の進展を背景に、米国ロー
レンス・リバモア国立研究所では、核融合・核分裂ハイブリッドによって商業炉に至る次
期計画 LIFE(Laser Inertial Fusion Energy)の検討が進んでいる。彼らの計画では、2020 年
代には実証炉を作り、2030 年代には商業炉の運転を開始し、2100 年までに 1 兆ワット(10
億キロワット;米国の総電力需要の凡そ 1/3)を供給することが考えられている。ここでは、
ネット上で公開されている LIFE の概要を紹介する。(図 2.3.35-37 参照)
LIFE 発電施設は半導体レーザー励起固体レーザーシステム、未臨界核分裂燃料ブランケ
ットで覆われた核融合反応炉、熱交換器並びに発電設備、その他付帯設備(トリチウム回
収設備並びに核融合ターゲット工場など)から構成される。半導体励起固体レーザーは、
10-15 Hz で 1.4 MJ のレーザー出力を半径 2.5 m の核融合反応炉内に供給する。DT 燃料ター
ゲットを用い、核融合利得 25-30 を実現、パルス当たり 30-50 MJ、350-500 MW の核融合出
力を発生する。そのうち 80%のエネルギーが凡そ 1019 個/パルス(約 2×1014 個/ cm2/秒)の
中性子として放出される。中性子は炉心を取り巻く真空隔壁、Be モデレーターを経て減速、
増倍され核分裂燃料層(ブランケット)に入る。核分裂燃料層は、使用済み核燃料、劣化
ウラン、天然ウランなど 40 トンのペレット状燃料が詰め込まれ、熱回収並びにトリチウム
再生産のために溶融塩(2LiF+BeF2)が流されている。Be モデレーターで減速された中性
子は、効率よく核分裂反応を起こし、2000-4000 MW の熱出力を出す。40 トンの燃料はほ
ぼ40年間定常的に燃焼し、数年の冷却運転期間で 99%を燃やしつくすことになる。高い
燃料利用率を実現することによって、最終的に蓄積される放射線廃棄物の量は、既存の軽
水炉から排出される放射線廃棄物のおよそ 5%に減少する。
既存の原子炉の主燃料は天然ウラン中に微量に(0.72%)に含まれている
235
U である。
これを濃縮し(4%程度)燃料としている。ウランの可採埋蔵量は 500 万トン程度であり、
世界の年間の需要量が現状の 7 万トン(2006 年)程度であったとしても、その可採年数は 70
年程度である。(図 2.3.38 参照)2008 年 9 月に発表された IAEA 報告では、2030 年までに
新たに 23 カ国が原子力発電を導入し、少なくとも 30%の伸びが見込まれている。そうする
と、およそ半世紀で消費しつくしてしまうことになる。それ故、238U(これを核変換して
239
Pu とする)やウランの 3 倍の埋蔵量があると言われる 232Th(これを核変換して 233U とす
る)を用いて燃料を増殖することができれば、実質的に燃料の問題は解決する。
47
100 万キロワットの軽水炉の場合、凡そ年間 25 トンのウラン燃料を消費する。1200 kg の
235
U のうち 1000 kg 程度が燃え、4 トンほどの非放射性の反応生成物と 21 トンほどのウラ
ン及び放射性廃棄物が排出される。放射性廃棄物は、燃え残りの 235U、200 kg 程度のプル
トニウム、21 kg のその他のアクチノイド(ネプツニウム、アメリシウム、キュリウム)と
760 kg の放射性の分裂片である。放射性分裂片としては、ほとんどが半減期 30 年以下であ
るが、99Tc(18 kg)、93Zr(16 kg)、135Ce(9 kg)、107Pd(5 kg)、129I(3 kg)と 10 万年以上の半減期を
ゆうするものも含まれている。使用済み燃料は、多くの場合、発電所内の貯蔵プールで 3-5
年保管されたのち、高レベル放射性廃棄物処理場に貯蔵される。再処理施設に於いて、有
用なプルトニウムや未反応のウランを抽出することが考えられるが、再処理に要するコス
トと核兵器の主要燃料であるプルトニウムを扱う(輸送、貯蔵)ことによる核拡散のリス
クに配慮して、実際に処理されている量は多くない。
核融合・核分裂ハイブリッドシステムは、従来の核分裂炉の問題点を解決すると共に、
核融合エネルギーの応用を加速する。つまり、
1.核融合炉ほど、高い核融合利得を要求しないため、工学的、物理的に容易である。
2.多様な核分裂を利用し、燃料の再処理をすることなく高い燃料利用率を実現できる。
そのため、排出される放射性廃棄物も少ない。
3.未臨界燃料を使用するため原理的に安全である。
LIFE の核融合炉心設計は、NIF の点火実験によって検証される。また、工学的な課題は、
それとは独立に研究展開が可能である。特に高平均出力の半導体励起固体レーザーの開発
については、その多くの部分が Mercury レーザー開発によって実施されており、現実的な
解決の見通しが得られている。LIFE 計画は、最終的な核融合開発への非常に魅力的で、現
実的なマイルストーンともなっている。
参考文献
[1] https://lasers.llnl.gov/missions/energy_for_the_future/life/
[2] A. Sakharov, Memiors, (Vintage Books, New York, 1990, p.142).
[3] H .A. Bethe, Phys. Today 32(5), 44 (1979).
[4] N. G. Basov et al., Power Engineering - Academy of Sciences of the USSR, v 13, n 6, p 1-13,
1975.
[5] W. Manheimer, J. Fusion Energy, 23, 223(2004).
[6] M. I. Hoffert et al., Science 298, 98(2002).
[7] 資源エネルギー庁 エネルギー白書2009
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/index.htm
48
図2.3.35 LIFE発電施設の概念図
図2.3.36 核融合・核分裂ハイブリッドの概念設計
49
図2.3.37 LIFEの核融合・核分裂炉の概念図
図2.3.38 世界のウランの埋蔵量
(エネルギー白書2009、147ページ)
50
2. 4 まとめ
本章では、中性子の計測手法、産業応用、研究開発に関して概説した。産業応用では、
燃料電池、ホウ素中性子捕獲治療、中性子によるシリコンドープに触れました。研究開発
では、IFMIF (International Fusion Materials Irradiation Facility)と LIFE(Laser Inertial Fusion
Energy)について触れた。
中性子画像計測では、イメージングプレートなど汎用性のある手法を紹介しました。物
性計測では、中性子散乱によりタンパク質構造強度計測例を示しました。
燃料電池では、その市場規模が 2020 年には、1 兆 3 千億円程度となる予想であり、中性
子画像計測を用いて、水の電池内分布を観測するなどの応用が考えられる。
ホウ素中性子補足療法では、腫瘍細胞にホウ素薬剤を蓄積させ、中性子を照射すること
で荷電粒子放出反応を起こさせ、その荷電粒子により腫瘍細胞を死滅させるものです。課
題は、熱中性子の十分な個数を確保することであり、原子炉や加速器などの利用が考えら
れている。
シリコンドーピングに関しては、現在既に6インチウェハーの中性子照射施設は、世界的に
見て限界に達しており、早急に効率の高い中性子施設が求められるとともに、将来の12イ
ンチ技術への対応も必要となっている。
IFMIF では、炉材料への中性子負荷試験を行うため、準備段階のEVEDA計画が2007年よ
り進行しており、1/2サイズのプロトタイプの加速器が2014年までにテストされる予定であ
る。IFMIFの運転は、2022年以降と考えられている。
上記応用に対してレーザー核融合炉から発生する中性子を用いる可能性については、4
π方向に放出される点源からの熱核融合中性子(14 MeV)が炉壁の外に導かれても計測や
応用に使えるだけの熱中性子量が十分に確保出来るのかが共通の課題となっていると言え
る。
LIFE は、米国ローレンスリヴァモア国立研究所から提案された、核融合・核分裂ハイ
ブリッド炉構想である。2010年~2011年に計画されているNational Ignition Facility (NIF)で
のレーザー核融合点火実験が成功することを前提に核融合エネルギー生成を2020年代に実
施するというものである。ただこの計画には、高繰り返しレーザー装置開発や核分裂燃料
容器の材料などの技術課題も残されており、今後米国が予定通りこの計画を実施するかど
うかは注視する必要がある。
51
3 章 レーザー中性子源
概要
レーザー中性子源の特徴は、レーザービームの操作性が高いことを生かした多様性であ
る。例えば、時間的、空間的に局在した中性子源になることより、それを生かした利用の
広がりが期待される。
レーザー核融合の研究開発に伴い、高出力レーザーやターゲット製造の技術開発ととも
に、超高密度でかつ高温のプラズマ物理分野が急速に進展してきた。その結果として、高
強度レーザーによる荷電粒子(電子、イオン)の加速、強力な X 線放射、爆縮による超高
温・高密度の発生と熱核融合反応に関する知見が成熟して来た。本章では、図 3.1.1 にまと
められているように、実用性の観点から、超短パルスレーザー照射による高エネルギーイ
オン発生による中性子発生と熱核融合反応による中性子発生の現状分析と将来展望をおこ
なった。
前者に関しては、固体ターゲット表面に発生するシース電界やレーザー光圧による加速
とクラスター(乃至はナノ微粒子)のクーロン爆発による加速で発生するイオンを二次タ
ーゲットに照射し、中性子を発生する可能性を検討した。平板ターゲットの等温膨張モデ
ルによれば、1020 W/cm2 以下の領域では照射強度依存性が大きく、逆にこれ以上の照射強
度で、107 個/J 以上の中性子発生数が期待されることが示された。図 3.1.1 に示すように大
型レーザー(Vulcam) による実験では、230 J のレーザー照射で 5×1010 個(2×108 個/J)
の中性子発生が報告されている。一方、クラスターターゲットについては、実験的には、
JanUSP の DD クラスターを用いた 2×106 個/10 J(2×105 個/J)が報告されている最大値
であるが、潜在的には、最適化された条件下で、1011 個/100 J(109 個/J)以上が期待で
きることが阪部等のモデル計算で示唆されており、今後の大型クラスターを用いた、高強
度照射実験の結果が期待される。
熱核融合反応については、新たに提案されている超短パルスレーザーによる exploding 型
並びに多段衝撃波圧縮(LHART)により投射レーザー光強度 1-10 kJ の領域で、109 個/J
が期待される。さらに、それ以上の領域では、自己加熱によるさらなる効率の向上が期待
される。特に、より、低いエネルギーで点火燃焼を実現するためには、高速点火方式が有
望である。ただし、これらの熱核融合中性子源は DT 反応を用いるものであり、DD 反応或
いは、Li(p,n)Be の様な吸熱反応を用いて発生する中性子より、エネルギーが大きく(14
MeV)熱中性子を利用する応用のためには、より大型の制御機構が必要になる。
52
図 3.1.1
種々のレーザー中性子源による中性子発生
(対
レーザーパルスエネルギー)
3.1 はじめに
レーザー光を用いることによってエネルギーを光の波長程度の空間に集中することが可
能となる。これによって、1 千万度を超える高温度のプラズマを容易に作り出すことがで
きる。1960 年に Maiman[1]がルビーレーザーを発明し、その直後にレーザー核融合の可能
性が E.Tetter や A.Sakarov により指摘され、早くも 1964 年には、Basov らが、核融合反応
による中性子の発生に成功している[2]。以来、エネルギー開発としての熱核融合研究が進
められ、中性子源としての熱核融合炉の開発の可能性が検討されている。一方、チャープ
パルス増幅(CPA)法の発明によって、レーザー光の高強度化が加速され、1020 W/cm2 を
超える高強度場が実現されるようになった。この様な高強度場によって加速される高エネ
ルギー電子を利用することによって、MeV 以上の高エネルギーのイオンや光子が容易に生
成される。これらの高エネルギー量子を用いることによって、従来の重厚長大な加速器を
用いることなく、種々の核反応を誘起することが可能となり、新たな中性子源として期待
される。
53
レーザーによる中性子発生には以下の様な方法が考えられる。
1)熱核融合による中性子発生[3]
核融合燃料プラズマをレーザーによって生成、加熱することによって核融合反応を起こ
す。反応によって発生するエネルギーにより周辺部を加熱し、核融合自己点火を起こすこ
とができると、初期に付与されたエネルギーを上回るエネルギーを得る(点火燃焼)、高い
エネルギー効率で中性子を発生することが可能となる。点火燃焼により、高効率の中性子
源となる。しかし、そのためには十分に大きなサイズのプラズマが必要となるが、必ずし
も点火燃焼に至らずとも、発生したエネルギー利用することによって、高い中性子発生効
率を達成することが期待される。
2)イオンビーム核反応[4]
超高強度レーザーによって生成される高エネルギーのイオンビームを標的に入射し、核
反応を起こさせる。原理的には加速器を用いた中性子源の加速器をレーザー生成イオン源
に置き変えることが考えられている。高繰り返しの超短パルスレーザーを用いたイオンビ
ーム源を用いることによって、コンパクトで、綺麗な(他の放射線種の少ない)中性子源
を実現することが期待される。イオン源の加速機構によって、a) クラスターターゲットの
様に、レーザー照射微小ターゲットのクーロン爆発を利用した等方的な中性子源と、b) 薄
膜ターゲットによって生成されるイオンビームを独立の標的に衝突させることによって中
性子を発生させる、方向分布のある中性子源、c) 固体核反応燃料ターゲットを直接照射し
て発生する高速イオンのターゲットプラズマ内部での核反応で中性子を発生させる方法が
考えられる。1022 W/cm2 を超える超高強度のレーザー照射では、電子の相対論的効果によ
って、レーザー光は遮断密度の 100 倍の固体密度のプラズマまで侵入し、レーザーの強い
電磁場で電子とイオンを加速する。固体内で超高強度の静電場によって加速されるイオン
同士の直接衝突による核反応が期待されるが、この様な超高強度レーザーによる実験研究
は、今後の大型レーザーでの実験結果をまつことになる。
3)光核反応[5][6]
高速電子によって発生する高エネルギー光子による核反応を利用する。高速電子のエネ
ルギーを巨大双極子共鳴(giant dipole resonance)領域(10-30 MeV)のガンマ線に変換し、光
核反応を誘起する。レーザーエネルギーから、所望のガンマ線への変換率は1%程度であ
り、光誘起核反応の反応断面積も小さく、プロトン加速によるイオンビーム源型より中性
子発生効率は 1 桁位低いと考えられる。また、比較的高原子番号の標的を用い、本質的に
ガンマ線など他の放射線種が混在することや放射線同位元素の生成が問題となる。
本調査では、まず、比較的小型のレーザーによる展開が期待される 2)についてクラスタ
ーターゲットによるクーロン爆発型と固体ターゲットシース加速型に分けて報告し、その
後、より大規模な装置を必要とする 1)についてまとめ、3)については触れない。
54
参考文献
[1] T.H. Maiman, Nature 187, 493(1960).
[2] N.G. Basov and O.H. Krokihin, JETP. 19, 123(1964).
N.G. Basov et al., IEEE J. Quant. Elect. QE-4, 864(1968).
[3] L. J. perkins, B. G. Logan, M. D. Rosen, M. D. Perry, T. Diaz de la Rubia, N. M. Ghoniem, T.
Ditmire, P. T. Springer, and S. C. Wilks, “The investigation of high intensity laser driven micro
neutron sources for fusion materials research at high fluence”, Nuclear Fusion 40, 1(2000).
[4] T. Zagar, J. Galy, and J. Magill, “Pulsed Neutron Sources with Tabletop Laser-Accelerated
Protons”, pp.109-128, in “Lasers and Nuclei” eds. by H. Scwoerer, J. Magill, and B. Beleites
(Springer, 2006).
[5] J. Galy, M. Maucec, D. J. Hamilton, R. Edwards, and J. Magill, “Bremsstrahlung production
with high-intensity laser matter interactions and applications”, New J. of Phys. 9, 23 (2997).
[6] A. Giulietti et al., “Intense
-Ray Source in the Giant-Dipole-Resonance Range Driven by
10-TW Laser Pulses”, Phys. Rev. Lett. 101, 105002 (2009).
55
図 3.2.1 DD クラスターによる中性子発生
図 3.2.2 中性子発生数のクラスターサイズ
(T. Ditmire, Nature 398, 489 (1999).)
依存性(J. Zweiback et al., Physics of Plasams
9, 3108(2002).)
3.2 クラスターターゲットを用いた中性子源
3.2.1 クラスターターゲット中性子発生の現状
クラスターターゲットを用いた中性子発生は、Ditmire らにより、初めて実証された。
(T.
Ditmire, Nature 398, 489 (1999))。図 3.2.1 に Ditmire らの行った実験装置を示す。実験では、
0.1 J, 35 fs, 10 Hz のチタンサファイアレーザー(Falcon)を重水素クラスターターゲットに照
射し、2.45 MeV の中性子を 104 個/パルスの割合で発生させた。この実験によりテーブルト
ップレーザーを用いた中性子源の可能性が実証され、その後の超短パルスレーザーとクラ
スターターゲットの相互作用に関する研究や中性子発生実験が活性化されたと言える。
Ditmire [1]らは、レーザーエネルギー依存性を調べるとともに、中性子発生数が、クラスタ
ーサイズや、レーザーのパルス幅に依存することを示した(図 3.2.2、図 3.2.3)[2]。米国
のローレンス・リバモア国立研究所の JanUSP レーザーを用いた実験では、更に大きなエ
ネルギー領域でのレーザーエネルギー依存性が調べられ、10 J/pulse で 2 x 106 の中性子発
生が報告されている[3]。これらの結果は粒子シミュレーションで解釈できるということで
あるが、より大きなエネルギー領域での実験結果は報告されておらず、スケーリングがど
こまで外挿できるかは明確ではない。クラスターとの相互作用がクーロン爆発であるので
あれば、発生イオンのエネルギー分布はクラスターサイズに依存するのであるが、より大
きなクラスター、より高強度のレーザー照射で、予想通りの結果が得られるのかは今後の
実験を待たなければいけない。本稿では、クラスターのクーロン爆発を初めて実験的に検
証した阪部らのグループが提案しているクラスター・ターゲットによる中性子発生のスケ
ーリングと中性子源としての可能性を紹介する。[4]
56
図 3.2.3 中性子発生数のパルス
図 3.2.4 DD クラスター中性子発生数の照射レ
幅依存性.(J. Zweiback et al.,
ーザーエネルギー依存性.●はレーザーパルス
Physics of Plasams 9,
幅 1 ps, ■は 100 fs. (K. W. Madison et al.,
3108(2002).
Phys. Rev. A70, 053201(2004).)
3.2.2 レーザー・クラスター相互作用による高エネルギーイオンの発生[5]
高強度の超短パルスレーザー光がナノ・スケールの粒子に照射されると電子がポンデロ
モーティブ力によって剥ぎ取られ、残されたイオンが静電気力によって爆発的に膨張する。
初期半径R、イオン密度 n の球状粒子を考えると、クーロン爆発によって加速される価数
Zのイオンの最大エネルギー Emax は、
4
E max  ZZ e 2 nR 2
3
n

 300 ZZ 
22
-3
 5  10 cm
 R 
 MeV ,

 1m 
(3.2.1)
で与えられ、加速イオンのエネルギー分布は
3
dN

dE 4ZZ e 2
3E
n
っとなる。これを摸式的に書くと図 3.2.5 の様にな
り、高エネルギー側に寄った分布となる。ここで、
Z はイオンの平均電荷量である。また、電離に必
図 3.2.5 クーロン爆発によるイオン
要なレーザー照射強度 I L は、レーザーの(ポンデ
加速のエネルギー分布
ロモーティブ力)によって電子に与えられる進行
57
方向の運動エネルギーが、球状クラスターが完全電離した場合の表面電位より大きくなら
なければいけないという条件から、


1/ 2
1/ 2

 I L W/cm 2
 8Z e 2 n 

 R 
Zn
  34


L μm  
(3.2.2)
a0  
18
2 
22
-3 
 5  10 cm  1m 
 3mc 

 1.37  10
と与えられる。従って、欲しいイオンの最大エネルギーを決めると、それを実現するため
の最小粒子サイズが決定し、必要なレーザー照射強度の下限も決まってしまう。
3.2.3 クラスターのクーロン爆発による中性子発生の比例則
クラスター・ターゲットを用いた中性子源を考える場合、Ditmire らが行った様にガス燃
料として扱い安い重水素を用いた核融合反応 D(D,n)He が現実的な選択になるが、この反応
によって生成される中性子は 2.45 MeV 以上のエネルギーを有することになる。一方、クー
ロン爆発によって生成されるイオンのエネルギー分布をみると、高エネルギー端を選択的
に利用する可能性が考えられる。p(Li,n)Be 反応の様な反応断面積の大きな吸熱反応の閾値
に高エネルギ端を合わせることによって発生時のエネルギーを低く抑え、中性子の減速を
容易にすることによってよりコンパクトな中性子源を構成することが可能となる。ここで
は、1)重水素雰囲気中の重水素クラスターによる中性子発生(D(D,n)He)と 2)水素クラ
スターによって生成さらた陽子ビームのリチウムターゲットによる中性子発生( Li
(p,n)Be)、3)水素雰囲気中のリチウムクラスターによって生成されたリチウムビームによ
る中性子発生(p(Li,n)Be)とを考える。
計算モデルとしては図 3.2.6 の様な系を想定する。レーザーの照射領域としては、集光点
付近の直径 d、長さ d(つまり、集光ビームのスポット径並びにレーリー長がこの程度)の
円筒を考え、半形 Rc のクラスターが波長程度の間隔(λL、クラスタの密度 ns=(1/λL)3 で一
様に分布しているものとする。この領域内
でレーザーの照射強度は一定(IL)とし、
レーザーのパルス幅はτL とする。加速さ
れた、重水素並びにリチウムは雰囲気であ
る重水素あるいは水素内で、水素は近接し
て設置されたリチウムターゲット内で十
分減速される(あるいは反応する)ものと
する。中性子発生数は、加速イオンのエネ
ルギーを E1、密度 n1、雰囲気或いはリチウ
ムターゲット原子の密度 n2 並びに阻止能
を  2 (E)  
と,
dE
、反応断面積をσ(E)とする
dx
図 3.2.6 計算モデル
半径 Rc のクラスターが波長λL 間隔で配置さ
れているとする。表面からΔRc 程度のイオン
が反応に寄与すると考える。相互作用領域は
半径 d、奥行き d。
58
  d  2  E1   E )
N n  n1 n2    d 
dE
  2   0  ( E )
(3.2.3)
で求められる。簡単化のために実行的に Emax から Emax-E のエネルギー領域のイオンが反
応に寄与するとすると、有効な加速イオン密度は
3
4Rc2 Rc
n1  n s
4 / 3Rc3
3
 Rc 
3E  Rc 
   n s
 
(3.2.4)
2 E max   L 
 L 
となる。各反応の反応断面積のピークに Emax を合わせると、前項で見たように、各反応ご
とに必要なレーザー照射強度(IL)とクラスターサイズ(Rc)が決まる。必要となるレーザーの
エネルギーを EL とすると。 E L   d / 2  I L L であるから、パルス幅(τL)を装置パラメー
2
タとして固定すると、照射エネルギーに対する最適化された照射スポットサイズ d が決ま
り、これを、(3.2.3)式に代入することによって、エネルギースケーリング
 2
n1 n 2
N n  
3/ 2
  I L L 

3

  I 2 
L L
L



E1
0
 
3/ 2
  E )  3 / 2
dE  E
 ( E ) 
E
E max
 Rc

 L



3

E1
0
n2  E )  3 / 2
dE  E

 (E)

(3.2.5)
を得る。表 3.2.1 に、E/ Emax=0.1、τL=100 fs とした場合のケース1)D(D,n)He、2)Li (p,n)Be、
3)p(Li,n)Be のそれぞれに対する、Emax、(Emax)、IL、Rc 並びにスケーリング式を示す。表
式(3.2.5) には、簡単なモデル化によって結果的にレーザー波長並びにターゲットの密度依
存性は陽に表れず、レーザーのパルス幅とエネルギー依存性のみが議論できるようになっ
ている。比較的高効率のケース 1)と 3)の照射エネルギー依存性を図 3.2.7 に示す。
表 3.2.1 クラスターのクーロン爆発による中性子生成の最適化パラメータ
反応
D(D,n)He
2 MeV
衝突エネルギー:Emax
レーザー照射強度:IL(W/cm2)
1.6×1019
クラスター直径:Rc(nm)
162
ピーク反応断面積:(Emax)(barn)
スケール則
Li (p,n)Be
90 m
2.1×108 EL3/2
59
2.25 MeV
1.9×1019
172
0.5
2.1×106 EL3/2
p(Li,n)Be
2.25×7 MeV
1.3×1020
455
0.5
2.2×109 EL3/2
図 3.2.7 では、レーザーのショット・レートをパラメータとして、期待される中性子発生
率(個/秒)のパルスエネルギー依存性を示した。表式 (3.2.5) でわかるとおり、同じパ
ワーなら、パルスエネルギーの大きな繰り返しの低いレーザーが有利である。
Li クラスターに関しては一価電離と仮定したので、高い衝突エネルギーを実現するため
に大きなクラスターが必要となっている。結果的に反応粒子数も多くなり高い中性子発生
数が期待される。100 J のレーザーパルスで、2×1012 個の中性子発生というのは非常に魅
力的な数値であるが、このような波長オーダーの大きなリチウム粒子を波長程度の間隔で
配置するというのは技術的にかなり難しい。また、大きな粒子の高強度レーザーとの相互
作用については理論的にも実験的にも解析されておらず、実際に期待されるような高エネ
ルギーのイオンを効率よく発生できるかどうかは、今後の研究をまたなければならない。
技術的には、ケース1)並びに 2)の方が現実的で、水素の微粒子としては、プラスチッ
クなどの水素を多数含んだ化合物の微粒子であれば、サイズの揃ったものが準備できる。
従来のガスジェットに粒子径の揃った微粒子を混入して噴霧することで、本モデルで仮定
された環境をつくることができそう
である。何れにせよ、従来のクラス
ターより大きな微粒子(直径 100 nm
以上)のレーザー相互作用を実験的
に検証しなければならない。
参考文献
[1] T. Ditmire et al., Nature 398,
489(1999).
[2] J. Zweiback et al., Physics of
Plasams 9, 3108(2002).
[3] K. W. Madison et al., Phys. Rev.
A70, 053201(2004).
[4] S. Sakabe et al., Plasma and Fusion
Res. 4, 041(2009).
[5] K. Nishihara et al., Nucl. Instrum.
Methods Phys. Res. A464, 98(2001).
図 3.2.7
中性子発生のレーザーエネルギー依
存性(計算モデル
図 3.2.6、計算パラメータ
表 3.2.1)
60
3.3
レーザーイオン源を用いた
中性子源
3.3.1
レーザーイオン源を用い
た中性子源開発の現状
中性子を発生させるためのビ
ーム・ターゲット型の核反応を
誘起するためには、最大でも核
子あたり 10 MeV 程度のエネル
ギーがあれば十分である。ミシ
ガン大学では、6 ミクロン程度の
図3.3.1 ミシガン大学で行われたレーザー
薄膜ターゲットにレーザーを照
イオン源を用いたビームターゲット型の核反応
射し、水素および重水素の高速
による中性子発生。
イオンを発生させ、この高速イ
オンをボロン 10 を濃縮したターゲットに照射することで、11C を生成している。
(図 3.3.1)。このターゲットでは、10B(d,n)11C および 11B(p,n)11C の反応が誘起される。実験
では中性子を直接計測するのではなく、生成した 11C をカウントした。11C は半減期が 20.4
分であり、11B に崩壊時する際に陽電子を放出する。陽電子は消滅時に特性ガンマ線(511
keV)を発生するため、容易に計測することができる。(図 3.3.2)。4J, 400fs のレーザーを
用いて 105 個/パルスの中性子を発生させている。
また、9Be(p,n)9B および 7Li(p,n)7Be 反応を利
用した中性子源の研究も行われている。
11
B(p,n)11C 反応が 10 MeV 付近に 0.4 barns 程
度の断面積のピークを持つのに対し、
7
Li(p,n)8Be は 2 MeV 付近に 0.6 barns のエネル
ギー広がりの狭いピークを持つ。このため 1
MeV 以下の単色に近い中性子のビーム生成が
可能となるという特徴を持つ。7Li(p,n)7Be 反
応を利用した中性子生成実験がレーザーエネ
ルギー学研究センターやイギリスのラザフォ
ード研究所、アメリカのリバモア国立研究所
などの数百 J を超えるエネルギーの大型レー
ザーを用いて行われており、108/pulse/sr 以上
の高輝度な中性子ビームが観測されている。
レーザーイオン源を用いる場合には、イオン
ビーム発生の効率と特性の制御が重要な開発
課題となる。それゆえ、本項ではレーザーイ
61
図 3.3.2 陽電子放出数の計測による
炭素 11 の検出
オン源の開発を中心に検討を行った。
3.3.2 レーザーイオン加速
3.3.2.1
レーザーイオン加速の概
要
レーザーイオン加速とは、図 3.3.3
に示すように超短パルスレーザー
を薄膜ターゲットに照射するとタ
ーゲット裏面よりプロトン(水素イ
オン)ビームなどの高速イオンが加
速されるもので、非常にコンパクト
なレーザーイオン源を実現できる
可能性がある。また、図 3.3.4 にミ
シガン大学で行われたレーザーイ
オン加速実験の初期の頃の装置構
図3.3.3 レーザーイオンの原理:厚さ数ミクロン程
成例を示す。この写真から分かるよ
度の薄膜に超短パルスレーザーを照射すると、①照
うに、レーザーイオン加速装置の基
射面からレーザーとプラズマの相互作用により高速
本的な構成素子は、レーザービーム、 電子が加速され、これが薄膜の裏面に突き抜ける。
レーザーを集光する光学素子、薄膜
この時、②薄膜の裏面表面に存在する水素原子など
テープターゲット、および真空チャ
がイオン化される。この時、③裏面に突き抜けた高
ンバー程度であり、非常に簡単な構
速電子と薄膜ターゲットのつくる電界により、プロ
成になっている。
トン(水素イオン)などのイオンが加速される。
レーザーイオン加速による最大加速エネル
ギーとしては、レーザーのエネルギーが数百
ジュールという大型のレーザーを用いて最大
50 MeV 以上のエネルギーのプロトンビーム
が得られている[8,9]。後述するように、レー
ザーイオン加速において加速されるイオンの
エネルギーはレーザー照射により発生する高
速電子の運動エネルギーに依存する。また、
高速電子のエネルギーはレーザーの集光強度
に依存する。このため、レーザー光を小さく
集光し、レーザー強度(W/cm2 )を高めるこ
とで、同じレーザーエネルギーでもより高い
運動エネルギーを得ることが可能となる。実
際に電中研では、理論限界近くまでレーザー
62
図3.3.4レーザーイオン加速の
初期の実験配置例(ミシガン大学)
を集光し、エネルギー30 mJ、パルス巾 80 fs
のレーザーを厚さ 7.5 µm のポリイミドテ
ープに照射した時、最大プロトンエネルギ
ーとして 1.1±0.3 MeV を得た[10]。この時
はデフォーマブルミラー(表面形状可変
鏡)という特殊な鏡を用いて収差を補正す
ることで、理論限界近くまでの集光を行っ
ている。
3.3.2.2 レーザーイオン加速のメカニズム
レーザー照射によるイオン加速は、図
3.3.6 に示される以下の3つのプロセスに
よると考えられている。[11-16]
①高速電子の加速:薄膜ターゲットにレー
ザーを照射するとレーザーとプラズマの
図3.3.5 レーザーイオン加速の
スケーリング
(等温的プラズマ膨張スキーム領域)[16]
相互作用により、レーザーを照射した側のターゲット表面から高速の電子が、ターゲット
の裏面へと加速される。この加速をもたらす力は、ポンデアモーティブ力と呼ばれ、レー
ザー光強度の勾配に依存する。レーザーパルスが照射された時にターゲットのプラズマ化
が進んでいると、様々なレーザー・プラズマ相互作用により、さらに高いエネルギーまで
電子が加速されることがある。これらの加速はターゲット照射裏面の極近傍の微小な空間
で行われる。
②イオンの発生:ターゲットの裏面まで突き抜けた高速電子は、ターゲット裏面の表面に
ある原子を電離し、イオンを作り出す。発生した様々なイオンの内で、加速されるイオン
種としては軽量である水素イオン(プロトン)が主であり、ターゲットの材質にはあまり
依存しない。この水素原子はターゲット表面に自然に付着した水分や油分に含まれるもの
である。炭素などのより質量の大きいイオンを加速するためには、加熱して水分などをタ
ーゲット裏面から除去することが有効である。
③電荷分離による加速電界の形成:ターゲット裏面まで突き抜けた高速電子はターゲット
から離れる一方で、ターゲットを構成していたイオン類は慣性が大きいためにそのままの
位置に留まるため、電荷の分離が起こる。また、ターゲットは正に帯電し、それにより静
電界が生じる。この電界によりプロトンが加速される。より詳細には、プラズマ膨張モデ
ルによる説明がなされている。プラズマ膨張モデルではレーザーの照射時間などにより、
次に述べる等温的プラズマ膨張モデル(Isothermal Plasma Expansion Model)[11-14]と断熱的
プラズマ膨張モデル(Adiabatic Plasma Expansion Model)17)が提案されている。
63
3.3.2.3 レーザーイオン源により加速されるイオンのエネルギー
レーザーイオン加速を応用するには、まずは十分な加速エネルギーを達成する必要があ
り、このための研究開発には、レーザー照射強度に対するイオンの加速エネルギーなど、
まずはスケーリングを求めることが重要となる。これまでの実験結果により得られたプロ
トンの最大エネルギーのスケーリングや、加速モデルは、レーザー照射強度により以下の
様に整理される。
1) 低~中照射強度領域(<1019 W/cm2)
筆者らは、レーザーパルス幅 55~400 フェムト秒、レーザー強度 8.5×1017~1.1×1019 W/cm2
の領域での実験に基づき、イオンエネルギーをポンデアモーティブ・ポテンシャルにより
無次元化することで、レーザーパルス幅に対する最大イオンエネルギーの加速スケーリン
グを見出している。[14] この中で、等温的プラズマ膨張モデルが比較的近い近似を与える
ことを報告している。等温的プラズマ膨張モデルでは、プラズマが膨張する際、電子の方
が速く膨張し、その電子に引き出されるような形でイオンが加速される。この際、レーザ
ー照射の間は高速電子の温度が一定に保たれ、また、加速時間はレーザー照射時間と同じ
とする。この時、プロトンの最大エネルギーは以下の式で表せる。

E p max  kT h ln 2 t / t 0  t 2 / t 02  1

(3.3.1)
ここで Th は高速電子の等価温度、k はボルツマン定数、t はイオンの加速時間であり、筆者
らの研究ではレーザーのパルス幅(FWHM)と同じものとした時に、実験に近い最大加速
エネルギーの予測値が得られている。t0 は加速領域をイオンがその音速で通過する時間で
ある。一方、高速電子の等価温度は


Te  mc 2 1  I2 / 1.37  1018  1
(3.3.2)
で与えられることが知られている[18]。従って、最大のプロトンエネルギーはレーザー照
射強度とレーザーパルス幅でスケーリングできることがわかる。ここで m は電子の静止質
量、c は光速、I はレーザー照射強度 W/cm2、λはレーザー光の波長である。また、このス
ケーリングからレーザーパルス幅がある程度長いほうが良いことが分かった。これはプロ
トンや他のイオンは電子に比べると質量が大きいので、直ぐには加速されず、ある程度の
加速時間が必要となるためである。このことから、レーザーイオン源用のレーザーとして
は数 10 フェムト秒程度までの短パルス発生が可能なチタンサファイアレーザーのみでは
なく、半導体レーザー励起が可能なため高効率、小型化が期待できる Yb 系レーザーなど
も有望であることが判った。
さらに、Fucks らは、パルス幅 0.15~10 ピコ秒、レーザー照射強度 1018~6×1019 W/cm2
の領域でのスケーリング則を求めた。[15] この領域でも、等温的プラズマ膨張モデルは有
効であり、加速時間 t をレーザーパルス幅の 1.3 倍とすると最大のプロトンエネルギーの良
い近似を与えることを見出している。また、PIC シミュレーションなどとの比較により、
64
1.3 倍という数値の妥当性を示している。さらに、このスケーリングを基にガン治療に必要
な 200 MeV の陽子を発生させる条件として、パルス幅 0.5 ピコ秒、レーザー照射強度 8×1020
W/cm2 と推定している。これは次に紹介する Robson らの高照射強度領域の実験に基づく値
の数分の1である。
2) 高照射強度領域(>1019 W/cm2)
さらに最近、Robson らが、パルス幅 1~8 ピコ秒、レーザー照射強度 4×1019~6×1020 W/cm2
の領域でスケーリング則を求めている。プロトンの最大エネルギーとしては 4×1019 W/cm2
では 10 MeV、6×1020 W/cm2 では 55 MeV を達成している。[16] この領域になると、実際に
得られるプロトンエネルギーは等温的プラズマ膨張モデルで期待されるよりも低くなり、
また、パルス幅への依存度がなくなるという結果を得ている。この結果を基に、Robson ら
は改良した等温的プラズマ膨張モデルを提案し、図 3.3.5 に示すように高いレーザー照射強
度領域において実験との良い一致を得ている。ここでの加速モデルの改良点は次の二つで
ある。①加速は二つの段階からなり、第1フェーズでは、電子温度がレーザーパルス幅程
度の間は線形に上昇し、その後は断熱的に減少する。最初の段階ではターゲット裏面にプ
ラズマの密度勾配が生じ、それによる加速効率が低下する。②等温的プラズマ膨張モデル
は一次元のモデルであるが、実際にはターゲット裏面のプラズマは3次元的に膨張し、レ
ーザー照射時間が長くなるとその影響は無視できなくなる。このため、第2フェーズにお
ける加速エネルギーの見積もりでは、プラズマのターゲット鉛直方向の膨張が、イオンの
加速を行なうプラズマシースの横方向の幅の計算値の 2 倍になったら終了するものとして
いる。
3.3.2.4 イオンビームの制御性
実際の応用の際には、イオンエネルギーやイオン照射密度などを制御することが必要と
なる。また、プロトン以外のイオン種(炭素、Li など)の加速が望まれることも想定され
る。ここではレーザーイオン加速におけるイオンビームの制御に関する研究状況を紹介す
る。
1) 加速イオン種の制御:重イオンビームの発生と加速
粒子線によるガン治療などでは、炭素イオンなど、プロトン以外のイオンも用いられる。
プロトン以外のイオンは、レーザーを照射する前にターゲットを加熱し、表面から水分を
除去することで加速することが可能である。[9] また、筆者らの経験ではターゲットを加
熱しなくともターゲット表面の油分付着が著しい場合には陽子のみならず炭素イオンの加
速も起こることを確認している。[19] 多価イオンでは最大のエネルギーとしてパラジウム
イオンで 225 MeV が報告されている。[20]
2) 加速エネルギー分布の制御
ここまで紹介した例においてはほとんどがエネルギースペクトル的にはボルツマン分布
に近いものであった。実際の応用では、エネルギーの揃ったビームが望まれる。イオンビ
65
ームのエネルギー分布を制御する方法としては以下の 3 つの方法が実験的に試みられてい
る。
[レーザー照射ターゲット構造による制御]
レーザーを照射するターゲ
ットを工夫することで、イオ
ンのエネルギー分布に変化を
与えることができる。
Schwoerer らは 5 µm 厚のチタ
ン薄膜の裏面に 20 µm 角の
PMMA(メタクリル酸メチル
樹脂)を 0.5 µm 堆積させたも
のをレーザー照射ターゲット
として用い、3×1019 W/cm2 の
照射強度で 1.2 MeV にピーク
を有するエネルギースペクト
ルを得ている。[21] これは加
速領域をレーザー照射領域に
対して制限することでイオン
のエネルギーの制御性を高め
図3.3.6 円筒にレーザーを照射すると円筒の内側にプラ
ズマが生成され、その電荷分布が陽子ビームに対してイ
オンレンズとして作用し、イオンを焦点の位置に集める
ことができる。円筒を照射するタイミングを調整するこ
とで、集める陽子のエネルギーを調整できる。[22]
ることができることを示めしている。また、Hegelich らはターゲットを加熱することで、
エネルギー広がり 17%で 3 MeV の C+5 を得ている。[9]
[ゲート型プラズマレンズによる制御]
Tonican らは、図 3.3.6 に示すような小さな円筒を用いて、イオンエネルギーの選別と集
光を行なっている。円筒にレーザーを照射すると円筒の内側にプラズマが生成され、その
電荷分布が陽子に対してイオンレンズとして作用し、イオンを焦点の位置に集めることが
できる。[22] 円筒を照射するタイミングを調整することで、集める陽子のエネルギーを調
整できるというものである。この円筒は1ショットしか用いることができないが、イオン
エネルギーの選別とイオン密度を上げることができる点が魅力である。
[高周波電界を用いる方法]
京都大学と原子力研究開発機構では、超短パルスレーザー照射により発生させたブロー
ドなエネルギースペクトルの陽子ビームに高周波を印加することにより、エネルギー広が
りを減じた準単色陽子ビームの繰返し発生に成功した[23]。これは、ブロードなエネルギ
ースペクトルの陽子線に高周波電場をかけることにより、ある速度より速い陽子について
は減速させ、またそれより遅い速度の陽子は加速することで、速度、すなわち運動エネル
ギーを揃える。これは従来型の加速器との連結が可能であることを実証したものであり、
66
図 3.3.7 ターゲット裏面の表面形状によるイオンビームの収束(a)と、ターゲットと一体化
したターゲットホルダー形状によるイオンビームの発散角の制御(b)
実用上重要である。
3) イオンビーム発散角の制御
プロトンビームはターゲットの形状を工夫することで、ビームの発散角などを制御する
ことができる。図 3.3.7(a)に示すように、レーザーイオン加速では、イオンビームはターゲ
ット裏面に対してほぼ垂直に加速されるため、裏面を凹面にすることでイオンビームを収
束させることができる。また、図 3.3.7(b)に示すように、レーザー照射ターゲットとなる薄
膜を円筒の端面に取り付けると、レーザー照射により薄膜および円筒から電子が追い出さ
れることにより薄膜と円筒が高い電位になるため、円筒体が静電レンズとして作用する。
この静電レンズによりイオンビームの発散角を小さくすることができる。Kar らは 300 J、
500-600 フェムト秒のレーザーを用い、109 V/m の電界を発生させ、17 MeV 程度のエネル
ギーのプロトンビームの発散角を低減させている。[24] これは、先に述べた Tonican らに
よるプラズマレンズによるものである。イオン加速とプラズマレンズの形成は同じレーザ
ーパルスで行うために、エネルギー選別は出来ないが、レーザーシステムは簡単になる。
3.3.2.5 より長い時間のイオン加速によるイオン加速性能の向上
これまでのレーザーイオン加速に関する実験および理論的研究のほとんどはプラズマシ
ース内の電界による加速(target normal sheath acceleration:TNSA)、すなわち等電子温度プラ
ズマ膨張による加速によるものであった。前に述べたように、この場合にはイオンの最大
エネルギーはレーザー照射強度とレーザーパルス幅により決定される。
Yin らの提案する方法もこの「断熱的加速」の一種と言えるかもしれない。Yin らは従来
の TNSA に加えて、その後に enhanced TNSA と”Laser Breakout Afterburner:BOA”と呼ぶとこ
ろの、追加の加速を実現することでイオン加速エネルギーを一桁向上できるとするシミュ
67
レーション結果を報告している。[24] TNSA フェーズに続く enhanced TNSA フェーズでは、
電子がレーザーにより十分加熱されて、ターゲットの厚さが表皮深さとほぼ同じになる。
結果として、減衰するレーザー光の電界によりターゲット内の電子をいっぺんに加熱し、
それにより軸方向の電界強度が著しく増加する。この enhanced TNSA フェーズは直ぐに
BOA に移行する。この段階ではレーザー光がターゲット裏面まで貫通し、また軸方向の電
界ピークはイオンとともに移動する。電子はレーザー光のポンデラモーティブ力により相
対論的電子ビームが斜め方向に生成される。この相対論的電子ビームは相対論的 Buneman
不安定性と呼ばれる不安定性を引起し易いとしている。相対論的 Buneman 不安定性はイオ
ンと共鳴する波を誘起するため、電子の運動エネルギーはイオンへと急激に移乗する。こ
れによりイオンの最大加速エネルギーが増すとともに加速効率も向上される。ただし、こ
のスキームを実現するには、プレパルスの抑制と数 10 nm 程度の超薄膜ターゲットが必要
となるため、イオン数を稼ぐために高繰返し運転が必要とされる応用には課題がある。な
お、TNSAにおいてはターゲット裏面に発生した磁界の電荷分離への寄与についても検
討がなされている。[25]
3.3.3 陽子ビームの発生効率と中性子発生率
レーザーイオン源を用いて中性子を発生する場合、その効率は、レーザーからイオンビ
ームへの変換効率とイオンビームが中性子生成反応を起こす効率の積になり、イオンビー
ムのスペクトルに依存する。種々の実験条件によるイオンの発生スペクトル並びに発生量
の総括的な理解は未だ得られていない。ここでは、いくつかの基本的な実験データをもと
に、中性子の発生効率を見積もる。
十分に厚いターゲット(粒子密度 n の単体とする)にエネルギーE0 のイオンビームが入
射され、ある反応を起こす確率 p(E)は、その反応の反応断面積を σ(E)、ターゲット中での
イオンの阻止能を ε(E)とすると、
p ( E0 )  
xE  0
0
0
n  E )dx   n  E )
E0
E0   E )
dx
dE  n 
dE
0  (E)
dE
但し、ここでは、阻止能は、  ( E )  
ここで、 R ( E0 )  
E0
0
1
dE ,
 (E)
dE
dx
で与えられる。
とした。
E0 n   E )
1
1

dE

 ( E0 ) R ( E0 ) 0  ( E )
と置くと、 p ( E0 ) 
R ( E0 )
とな
 ( E0 )
り、反応率は、イオンのターゲット中での飛程 R(E0)とこの反応による平均自由行程 Λ(E0)
の比で表わされる。図 3.3.8 に陽子ビームによる、7Li(p,n)7Be、natPb(p,xn)Bi、並びに 238U(p,f)
反応に対する Žagar らの計算結果を示す。[27] 2 MeV から 10 MeV にかけての比較的低
いエネルギー領域では、Li 反応が p~5×10-4 であるのに対し、10 MeV 以上の領域では、Pb
反応やウランの分裂反応が高い確率を示すことが見て取れる。
68
図 3.3.8 イオンビームによる反応確率(参考文献[27])
陽子のリチウム、鉛、ウラン中での飛程と中性子発生反応の平均自由行程並
びにその比の入射エネルギー依存性を示す。飛程と平均自由行程の比は、陽子
―中性子変換効率に対応する。飛程は SRIM-2003 を、反応断面積データは
IAEA-NDS Database on Experimental Nuclear Research Data(EXFOR)を参照。
陽子の発生効率に関しては、レーザ
ー照射強度が、1020 W/cm2 以下の所
では、等温膨張モデルで良く記述され
る と の Fuchs らの報告がある。図
3.3.9 は、陽子の発生量(陽子エネル
ギー:10 MeV で、幅 1 MeV の領域の
数)に関する比較的実験条件の近い
種々の研究所の実験結果を照射レー
ザー強度に対してプロットしたもの
である。等温膨張モデルの平均的な予
測値とおおよそ近い値を示している。 図 3.3.9 10 MeV 近傍の陽子収量(参考文献[28])
彼らのモデルでは、イオンのエネルギ 比較的条件の近い種々の研究所の実験データか
ら 10 MeV 陽子の数(エネルギー幅 1 MeV)を照
ー分布は、
dN
E
1
 Ni 
exp( 2
),
dE
Thot
2 EThot
N i  ne 0 c s t acc S  N e
c s t acc
c L
射強度に対してプロットした。実線は等温膨張モ
デルで、ターゲット厚:20 m、レーザー集光径:
10 m、パルス幅:0.5 ps として求めた結果。
69
で与えられる。ここで、cs はイオンの音速、c は光速である。高エネルギー電子の温度 Thot
と総量 Ne は、理論式、
#
&
I L λL2
Thot = mec 2 %(1+
)1/2 −1( 18
-2
$ 1.37 ×10 Wcm µ m
'
並びに、実験式
N e = fEL / Thot , f = 1.2 ×10 −15 ( I L (Wcm -2 )) 0.74
を用いて与えている。また、イオンの加速時間 tacc としては、レーザーのパルス幅(τL)程
度( t acc ≈ 1.3 τ L )と見積もっている。結局のところ、
€
1
dN fEL cs
E
exp(− 2
)
≈
⋅
dE Thot c
Thot
2 EThot
となり、発生するイオンの最高エネルギーは、パルス幅、ターゲット厚み等のパラメータ
によって変化するにもかかわらず、そのエネルギー分布の基本的な部分は、発生する高速
電子の総数と温度でほぼ決まってしまう。 また、投射エネルギー当たりのイオン発生数
は、ほとんど、照射強度のみで決まってしまうことが予想される。
1
ΔN
=
EL EL
∞
∫
Emax
E$
dN
f cs
E
E$
dE ≈−
⋅ exp(− 2
) ∝ f Thot ⋅ exp(− 2
) = function(IL )
dE
Thot c
Thot E$
Thot
図 3.3.5 で紹介した様に、L. Robson の
€
報告[29]では、1020 W/cm2 以上の照射強
度では、単純な等温膨張モデルでは、最
大イオンエネルギーを過大評価してしま
うため、モデルの改良が必要であった。
超短パルスに先行する微弱なレーザー光
によるターゲットの膨張効果や、膨張に
伴う冷却、3 次元的な膨張の効果を取り
入れる必要があるということであるが、
先に述べたように、高速電子によって引
き出されるイオンのエネルギー分布の基
本的な部分が、結局のところ、発生する
電子の総量と温度で決定されているとす
ると、それらの高強度領域での付加的な
図 3.3.10 投射エネルギー当たりの陽子発生
効果が高エネルギーカット以下のイオン
数.
のスペクトル形状に及ぼす影響はそれほ
等温膨張モデル[28]による計算値(実線:4
ど大きくないのではないかと予想される。 MeV 以上陽子、破線:20 MeV 以上の陽子発生
図 3.3.10 は、投射レーザー光強度(Wcm-2) 数)と実験値[29](○)。実験値は、RAL の変
に対し、投射エネルギー当たりのイオン 換率のデータをもとに算出)。 70
の発生量(個/J)を示している。実線は、図 3.3.9 の計算条件のもとで、等温膨張モデルを
用い 4 MeV 以上のイオンの発生量を求めた結果である。○は、Robson らのエネルギー変換
率のデータを元に算出した値をであるが、単純な等温膨張めでるの結果とほとんど差異は
ない 4×1019 W/cm2 以上の照射強度で 1010 個/J 以上の発生効率が期待されることが見受けら
れる。この領域では、図 3.3.8 に見られるように、7Li(p,n)7Be 反応の確率は 5×10-4 程度と期
待され、7Li ターゲットを用いることによって、5×106 個/J の中性子発生が期待できる。ま
た、破線は同じ計算で、20 MeV 以上のイオンの発生率を計算したもので、3×1020 W/cm2 で
5×109 個/J に達している。20 MeV 以上の陽子に対して、natPb(p,xn)Bi の反応率は、3×10-3 以
上であり、これによって、107 個/J 以上の中性子発生が期待できる。
参考文献
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Nature physics 2, 48(2006).
[29] L. Robson et al., “ Scaling of proton acceleration driven by petawatt-laser-plasma
interactions”, Nature physics 3, 58(2007).
72
3.4 熱核融合反応中性子源
3.4.1 熱核融合と中性子発生
核融合反応を利用する中性子源としては、先に取り上げたクーロン爆発やレーザー生成
イオンビームを用いた手法も考えられるが、融合反応によるエネルギーをより有効に利用
するには熱核融合による手法が、反応率を上げ、高効率の中性子源を得るうえで、効果的
である。核融合燃料プラズマをレーザーによって生成、加熱することによって核融合反応
を起こす。体積 V のDT燃料プラズマから発生する中性子数 Nn は、プラズマの半径を R、
D及びTの数密度を nT, nD とすると、反応率<σv>と大凡の反応時間 R/Cs(Cs:プラズマ
中の音速)を用いて、
Nn 
nD nT
v VR / 4Cs
4
と見積もられる。DT反応の場合、反応率<σv>は図 3.4.1 に示す
ように温度と共に急峻に増大し 60 keV 付近にピークを持つ。それ故、燃料の圧縮によって
プラズマの密度を上げ、反応によって発生するエネルギーを周辺部の加熱に利用し、持続
的に核融合反応を起こすことができると、初期に付与されたエネルギーを上回るエネルギ
ーを得る(点火燃焼)ことができ、高いエネルギー効率によって中性子を発生することが
可能となる。点火燃焼を実現できれば、最も効率の良い中性子源となるが、そのためには
十分に大きなサイズのプラズマが必要となるが、必ずしも点火燃焼に至らずとも、発生し
たエネルギーを利用することによって、高い中性子発生効率を達成することが期待できる。
3.4.2 種々のレーザー核融合方式
レーザーを用いた熱核融合の主な方式はペレット構造とレーザー照射方法から、
1)直接駆動(或いはレーザー直接照射)
2)間接駆動(或いは間接照射)
の 2 種に大別できる。1)の直接駆動は文字
通り、駆動レーザー光を直接燃料ペレットに
照射し、ペレット表面を加熱する。一方、2)
の間接駆動では、レーザー光を2重殻ターゲ
ットの外殻内面に照射し、そこから輻射され
る軟X線によって内殻燃料球を照射する。い
ずれの場合にも、レーザー光或いは軟X線は、
燃料球表面で吸収され表面を加熱する。燃料
球表面のプラズマは、外向きに膨張(アブレ
ーション)し、その反作用として、内面(高
密度側に残された)のプラズマは、内向きに
加速される。間接駆動方式の場合、レーザー
光が一度X線に変換されるため、エネルギー
図 3.4.1 <σv>の温度依存性
効率が低くなる。それ故、本報告では、直接照射のみを取り上げる。
73
図 3.4.2 種々の爆縮方式の特徴
直接駆動方式の中でも、歴史的には、高強度のパルスレーザーで多量の高速電子を生成
し、短時間で、燃料球表面の一部(「プッシャー」と呼ばれる)を加熱し、その膨張の反作
用で燃料部分を加速する”exploding pusher” 型が初期の実験に使われた。しかし、この方式
では、高い燃料密度が実現できず、高利得ターゲットにはなり得ないと考えられている。
それ故、実用炉を目指す核融合炉設計では、アブレーションによって加速される比較的低
温度で、高密度のプッシャー(圧縮層)によって燃料を圧縮する”ablative implosion” 型が
採用されている。
アブレーティブ爆縮の燃料ターゲットは典型的には、球殻状の燃料殻とそれを保持し、
レーザー光に直接曝される「アブレーター」と呼ばれる外層部からなり、必要に応じて適
度なガス燃料が内部に封入されている。爆縮ターゲットは、爆縮の最終段階では、高温度
で比較的低密度の中心部(「ホット・スパーク」と呼ばれる)とそれを取り巻く高密度の主
燃料部からなる構造をもつ。十分な密度と大きさをもったホット・スパーク部を生成する
ことができれば、核融合反応はこのホット・スパーク部から点火され、周辺の主燃料部に
伝播していくことになり、不必要に主燃料部を加熱することなく、高い燃焼率、従って高
い利得を上げることができる。
この様な慣性核融合の基本的なシナリオにおいて、最も大きな障害となるのは、圧縮機
構の非対称性並びに流体力学的不安定性によって圧縮の球対称性が崩れてしまうことであ
る。圧縮コアの変形は、最終到達密度の低下のみならず、ホット・スパーク部の生成を阻
害する。それ故、燃料コア部の圧縮を多段の衝撃波による圧縮のみでとどめ、不安定性の
74
成長を逃れようとする”stagnation-free“方式や、ホット・スパークの自己生成を諦め、外部
加熱によって点火する”fast-ignition”方式が考えられた。前者は、高い圧縮率を期待できな
いため、核融合炉設計上必要とされる利得 100 以上の高利得爆縮は実現できないが、比較
的安易な道具立てによる効率的な中性子源あるいはハイブリッド炉心としての可能性が考
えられる。後者は、一様に高密度の燃料プラズマを生成することによって、ホット・スパ
ーク部を生成する従来の方式よりも低エネルギーで高効率の熱核融合炉を実現することが
できる方式として大阪大学レーザーエネルギー学研究センターの主計画として研究が進め
られている。本項では、この 2 つの方式について、シミュレーションによるスケーリング
を紹介する。
3.4.3 Stagnation-free implosion
従来のアブレーティブ圧縮では、プッシャー
に蓄えられた運動エネルギー(動圧)を爆縮の
最終段階(減速相)で燃料層を断熱的に圧縮する
ことによって、燃料部の内部エネルギー(靜圧)
に効率的に転化をすることが期待されていた。
Stagnation-free implosion では、プッシャーを高
速に加速し続けることによって駆動される多段
の求心衝撃波によって燃料を圧縮、加熱する。
最終的な圧縮率は高くないが、減速時の不安定
性を問題にする必要がなく、強い衝撃波加熱に
よって高い温度が実現できるため、低エネルギ
ーでの点火が期待される。図 3.4.3 は、プラスチ
ック球殻の内面に固体燃料層とガス燃料を封入
7
したターゲットを用い、最大爆縮速度 5x10
図 3.4.3 Stagnation free 爆縮による
点火シナリオ
cm/s を実現するように最適化した流体シミュ
中性子発生数の照射レーザーエネ
レーションコード(ILESTA-1D)の結果を示す。
ルギー依存性を1次元流体コードで
ガス充填のみの計算結果は、激光 XII 号での実
計算。実線並びに●は固定燃料層、
図
3.4.3 Stagnation free 爆縮による点
験結果を良く再現している。ガス燃料のみでも、 火シナリオ
○はガス燃料のみの場合を示す。空
14
100 kJ レーザーで 10 以上、固体燃料ターゲッ
間モード 10 の吸収不均一を 3%与え
トを用いれば、1017 n/pulse の中性子生成が期待
た場合の中性子発生数が星印で示さ
される。
れている。
75
3.4.4 高速点火方式
超高強度レーザー技術の進展により、ペタ・ワット以上のパワーをミクロン・サイズの
空間に注入することが可能となった。それにより、レーザー核融合の新たな点火方式(高
速点火)の実現の可能性が見えてきた。レーザーを用いた直接駆動方式では、中心部にホ
ット・スポットを生成し、自己点火するという従来の方式(「中心点火」)の技術的な難し
さが、明らかになってくる一方、ホット・スポットの無い高密度プラズマの生成が実証さ
れたことによって、高速点火方式への期待が高まっている。現実的な核融合反応による点
火・燃焼を実現するためには、核融合反応で生成されるアルファー粒子のエネルギーが効
率よくプラズマに付与されなければいけない。そのためには、アルファー粒子の飛程程度
のプラズマの厚みが必要になる。球状のプラズマを考えると、密度が高いほど必要な質量
は小さくて済む。従って、中心部に低密度のホット・コアを想定している従来方式での燃
料プラズマより、ホット・スポットを必要としない高速点火方式の燃料プラズマの方が点
火に必要とされる燃料の量は小さく、したがって、圧縮に必要なエネルギーも小さくて良
い。このことは、図 3.4.4 の利得のシミュレーション予測に明確に表れている。
図 3.4.4 高速点火方式により、小型、高効率の爆縮核融合が可能
76
表 3.4.1 高速点火レーザー核融合発電プラント(KOYO-Fast)基本設計仕様
正味電気出力(炉 4 基)
1283 MWe (320 MWe x 4)
炉モジュール1基の電気出力
320 MWe
ターゲット利得
167
核融合パルス出力
200 MJ
レーザーエネルギー/ビーム数
1.2 MJ(爆縮 1.1MJ/32 ビーム, 加熱 100kJ 1 ビーム)
レーザー材料/パルス繰り返し率
低温冷却 Yb:YAG セラミクス 150~220K 冷却 /16 Hz
炉チェンバー方式/炉パルス繰り返し率
LiPb 自由落下カスケード液体壁 /4 Hz
炉モジュール1基の核融合出力
800 MWth
ブランケットエネルギー増倍率
〜1.2(設計目標値)
炉モジュール1基の総熱出力
916 MWth
プラント総熱出力
3664 MWth (916 MWth x 4 )
熱電気変換効率
41.5 %(LiPb Temperature 500℃)
プラント総電気出力
1519 MWe
レーザー効率
13.1% (爆縮), 5.4% (加熱)、総合効率 11.8%(含冷却)
レーザー循環エネルギー
164 MWe(1.2 MJ x 16 Hz / 0.118)
正味電気出力
1283 MWe(1519 MWe - 164 MWe - 72 MWe Aux.)
高速点火方式により、従来の中心点火方式より 1 桁小さなレーザーエネルギーによって、
点火・燃焼が実現される。2006 年にまとめられたレーザー核融合炉設計委員会報告書では、
高速点火方式による発電プラント KOYO-Fast が提案された。
表1に基本仕様を示す。
1.2 MJ
のパルス出力のレーザーによって、ターゲット利得 167、核融合パルス出力 200 MJ を発生
する。中性子発生数にすると、7x1019 n/pulse である。
3.4.5 まとめ
種々の方式による中性子発生数を投射レーザーエネルギーに対してプロットすると、
図5の様になる。100 J から 1 kJ の領域の implosion のデータ(■)は、米国ローレンスリ
バモア国立研究所 Argus、 Shiva レーザー装置での Exploding pusher targets での実験結果で
ある。また、10 kJ, 30 kJ の点(■)は、激光 XII 号並びに米国ロチェスター大学 OMEGA
レーザー装置でのガス充填ターゲットによる stagnation-free 爆縮実験(LHART)の結果で
ある。その一桁うえから右上に伸びている曲線は、図3のシミュレーション予測であり、
固体重水素燃料ターゲットと 100 kJ 程度のレーザーによってQ=1(核融合反応生成エネ
ルギーが投射レーザーエネルギーを上回る)が達成され、パルス当たり、1016 以上の中性
子発生が期待されることがわかる。また、大阪大学レーザーエネルギー学研究センターの
高速点火実証実験計画の第 2 での目標(FIREX)では、同じレーザー光強度で、約一桁大きな
出力を取り出すことが期待されている。
77
図 3.4.5 種々のレーザー中性子源による中性子発生(対レーザーパルスエネルギー)
この様に、最終的には核融合炉を志向した道具立てで非常に効率の良い中性子源が期待
されるのであるが、ターゲット供給やレーザー装置などの技術的な開発要素がまだまだ多
く、その点では、LHART が当面の現実的な目標となる。LHART で用いられるターゲット
は、重水素ガスを封入したガラス球殻である。ガラス球殻の製造手法はすでに確立されて
おり、燃料充填にも極低温施設を用意する必要もない。10 kJ/pulse 程度のエネルギーで 1013
n/pulse が実現されているので、現在勢力的に開発が進められている 100 J/pulse の高繰り返
し半導体励起固体レーザーを 100 台程度用意すれば良い。パルス幅は 1-2 ナノ秒で良い。
核融合反応を用いた小型中性子源の構想としては、先に上げた、クーロン爆発やイオン
源利用も含め Perkins[1]らの検討が報告されている。その中で、exploding pusher target の可
能性も検討されており、図 3.4.5 中、レーザーエネルギー1 kJ で 1012 中性子の点(田)がそ
れに相当する。1-D シミュレーション並びにモデルによって最適化された結果であるが、
高速電子による加熱効率や、照射配位に関する検討が必要で、実験的な検証が望まれる。
とは言え、exploding pusher targets で、1 ビーム乃至は数ビームを、100 Hz 程度の繰り返し
動作をさせることによって、1013 n/s の中性子源が得られるのは魅力的である。
78
3.5
レーザー中性子源まとめ
図 3.4.5 には、3.2 節で検討した阪部らのクラスター中性子源の最適化モデル計算と 3.3
節で検討したイオン加速型の中性子源の半経験的比例則がベルト状の領域で示されている。
後者はほぼ実験データ点を再現しており、むしろ、実験値の下限を与えている。3.3 節では、
実験データと対比しながら、もっとも基本的な等温膨張モデルによる加速機構をもとに予
測した結果であり、1019 W/cm2 以上の照射強度では過少評価になっているからである。今
後、この領域でのより詳細な解析が進み、最適化された条件で、より高い中性子発生数が
期待される比例則が導出されることを期待する。
一方、3.2 節の阪部らの比例則は、初期の LLNL のグループの実験値よりはるかに高い値
を算出している。DD 反応を利用したこれらの実験では、発生するイオンのエネルギーは
100 keV 程度であり、反応断面積の低い最適条件からかなり隔たった領域での実験になっ
ている。それ故に、エネルギー依存性も、エネルギー増大によるイオンエネルギーの増大
による反応断面積の増大に起因したより急峻な傾きを示すことになる(∝EL2.2)。阪部らの
モデルでも、クラスターのサイズを小さくすることによって Falcon での実験を再現するこ
とができている。只、最適化モデルで、期待されているような大きなクラスターで、MeV
領域のイオンが本当に期待通りに発生するのかどうかは今後の実験的検証をまたなければ
ならない。
図 3.4.5 を見ると、パルスエネルギーが 10 kJ 以上の領域では、利得の期待できる熱核融
合がやはり有利で、発生源で 1019 個以上の中性子数が必要であれば、高速点火実験炉クラ
スの施設が望ましい。それ以下のエネルギー領域では、クラスター・クーロン爆発が非常
に魅力的な方法と考えられる。技術的な面から考えると、ターゲットが簡単で、実験的に
も実績のある平板ターゲットを用いたイオン加速型が現実的な最速の開発目標となる。次
章では、このタイプの発生源を想定して、制御面の課題を検討するが、クラスターターゲ
ットを用いた場合も本質的には同様のシステムを想定することができる。 図 3.2.7 で見た
ように、DD クラスターによって、100 J/100 Hz, 100 fs のレーザーシステムで、発生源で
1013 個/秒の中性子源が可能であると期待される。中性子利用の立場からは、これらのコ
ンパクトな中性子源から、どのように、低損失で、指向性のある低エネルギーの中性子線
束を取り出すかが課題となる。
参考文献
[1] L. J. Perkins et al., Nuclear Fusion 40, 1(2000).
[2] 高部
他、プラズマ核融合学会誌
79
4 章 中性子制御技術
概要
レーザー中性子源の特長を十分に生かした新し応用展開を模索するとともに、産業界の
利用しやすい中性子源を提供するために、レーザー中性子を制御する方法をとりまとめた。
まず、中性子発生数とコスト等の観点から現状の原子炉型、および加速器型中性子源のレ
ビューを行った。これらの中性子源で発生される中性子のエネルギーは凡そ数 MeV である。
中性子散乱実験への応用を考えると、何れの方法であっても中性子のエネルギーを meV 程
度に落とす必要がある。J-PARC などの実際の加速器型発生源の構造を紹介することによっ
て、減速材料やモデレーターの構造に関する基本的な設計概念を示した。
中性子ビームは空間的にも、ビーム発散の点からもエミッタンスの大きなビームである。
実験に不適なビーム成分を単純に削り取ってしまうと、ビーム強度は極端に低下してしま
うため、光源の強度増強に加え、光学系の応用が重要である。現在、日本は、中性子ミラ
ーや磁気レンズの基礎的分野で世界的にも先進的な役割を果たしている。ここでは、スー
パーミラーの高性能化などの最新の成果を含め、今後導入が期待される中性子光学系によ
るビーム制御技術を概観した。
レーザー中性子源の概念設計例としては、1)Be(p,n)反応を主とするレーザーイオン源を
用いた中性子源と 2)熱核融合中性子源について、基本的な線源集合体モデルを用い、期
待される熱中性子のフラックスを算出した。コンパクトな Be(p,n)線源から 10 cm 程度離れ
たサンプルに対し、陽子一個当たり 10-6 個程度の熱中性子(5×10-8 n/cm2/p)が期待される
ことが分かった。イオンの発生効率を 1010/J と仮定すると、100J/100Hz のレーザーを用意
すれば、5×106 n/cm2/s の熱中性子源となる。また、1013 n/pulse の DT 熱核融合炉の場合、
6×107 n/cm2/pulse の照射ポート設計が可能であることが示された。これは、10 kJ の LHART
型の直接照射爆縮で実現される値である。従って、10 kJ/ 10 Hz 程度のレーザー核融合繰り
返し工学試験装置を利用すれば、6×108 n/cm2/s 程度の照射試験装置になることが分かる。
4.1 はじめに
核融合エネルギーの有力な選択肢としてレーザー慣性核融合炉の開発が進む中、大出力
レーザー技術の飛躍的な進展が著しい。この技術は、エネルギーのみならず、様々な利用
分野の次世代ドライバーとして、社会インフラのパラダイムを変革する潜在的ポテンシャ
ルを秘めているものとして近年特に注目を集めている。中でも、MeV エネルギー陽子の放
出現象の解明と実験的実証が飛躍的進み、レーザーの高出力化により、大出力陽子が既存
の電磁的加速器に肩を並べる可能性についての議論が始まりつつある。技術的課題は多々
あるであろうが、システムとしての簡明さがあり、既存中性子制御技術との組み合わせに
よる中性子源を検討する価値がある。本章では、中性子源としての成立要件である中性子
の特性と発生機構及び利用に供される中性子の制御の既存技術の現状を概観し、レーザー
80
が生成する陽子ビームを小型加速器と置き換え、十分な競争力を持つための中性子発生強
度を確保するレーザー出力条件の導出を試みた。
一方、中性子の利用については、J-PARC、JRR3 などの主として中性子散乱装置の幅広
い利用ニーズがあり、パルスレーザー中性子源は、直接的な利用形態の一つとして有力で
あるため、中性子散乱研究を当面の基準目標とした。一方、中性子利用では研究及び市場
需要が高い、材料開発における照射、シリコンドーピングなどで代表される核変換応用、
医療用を含む有用 RI 製造、ラジオグラフィー、さらに BNCT 医療照射など、広くニーズ
が認識されている。熱核融合の実証をめざしたレーザー核融合中性子をそれらの分野に幅
広く適用することは、当然視野に入れるが、既に、様々な利用応用調査検討があり、本調
査検討では、照射場としてのレーザー炉の魅力については方向性を言及するにとどめる。
4.2 中性子源の基本原理と中性子発生機構
4.2.1 はじめに
中性子は、1932 年にイギリスのチャドウィックにより発見された。中性子には、
(1) 電荷を持たず、物質に対する透過力がある、
(2)低いエネルギーの中性子のド・ブロイ波長(中性子が波の性質を示すときの波長)が
固体の原子間距離に近い、
(3) 磁気モーメントを持っているため、物質の磁気的性質を調べる道具となり得る、
等の特徴がある。これらの特徴を生かし、中性子はこれまでに多くの分野で活用されてき
た。中性子散乱の研究は特に重要で、物質科学、材料科学、生命科学等の分野における科
学技術の発展に多大な貢献を果たしてきた。その他、分析、半導体製造、医療等の分野に
おいても特色のある貢献を果たしてきた。中性子利用は、21 世紀の科学技術の発展にとっ
て無くてはならない手段であることは、間違いない。
本稿では、中性子を利用した研究開発に不可欠な「中性子源」について、その原理や実
際について具体例を挙げながら解説する。
4.2.2 中性子はどこにある?
日常生活において中性子を意識することはなく、ほとんどの人は高校の授業で学習し、
初めてその存在を知るであろう。しかし、中性子という存在は気が付かないだけであり、
実は世の中に溢れている。つまり、物体の質量の大部分は原子核が占めていて、水素-1 を
除くすべての原子核は陽子と中性子で構成されているからである。気が付いてみれば、自
分自身の体重の約半分は、中性子で占められている。
世の中にはこれだけ中性子があるのに、なぜ我々は日常生活で中性子に接することがな
いのか?
それは、中性子が通常原子核の構成要素として原子核内に閉じ込められており、
単独では存在しないからである。仮に中性子単独で存在したとしても、動き回るうちにす
ぐに周囲の原子核に吸収されてしまう。
81
図 4.2.1 は、原子核中の核子(陽子と中性子)1 つあたりの結合エネルギーを、原子核の
質量数(陽子数と中性子数の和)の関数としてプロットしたものである。質量数に対する
依存性はあるが、結合エネルギーは概ね 8 MeV である。つまり、8 MeV 以上のエネルギー
を原子核に与えないと、原子核から中性子は取り出せない。エネルギーと温度は等価であ
るが、室温が約 25 meV に相当す
ることを考えると、8 MeV という
のはその 8 桁以上も高いエネルギ
ーである。
中性子源を作るには、原子核に
図 4.2.1 以上のエネルギーを与え
ればいいのである。これには、発
熱反応である核反応を起こすか、
あるいは大きな運動エネルギー
を持った粒子を原子核に衝突さ
せることにより結合エネルギー以
図 4.2.1 原子核中の核子(陽子及び中性子)の
結合エネルギー.
上の大きなエネルギーを原子核に
与えてやればよい。
4.2.3 中性子の発生源の種類
1) 放射性同位元素(RI)による方法 [1]
1932 年にチャドウィックが中性子を発見したときの原理が、今でも中性子源として利用
されている。彼は
210
Po から放出されるα線をベリリウム(9Be)にあて、発生する粒子が中
性子であることを突き止めた。これは、以下の核反応を利用している。
9
Be + 4He(α) →
12
C + n (+5.71 MeV)
中性子の発生量は落ちるが、ベリリウムの他にホウ素(B)、フッ素(F)、リチウム(Li)も使用
できる。また、α放射能は他のものでも構わない。現在日本で最も良く用いられているも
のは、241Am-Be 線源であろう。平均 5 MeV の比較的高いエネルギーの中性子が得られる、
随伴γ線が少ない、241Am の半減期が 433 年と長く長期間使用できる、等の特徴を有する。
一方で、α粒子が上記反応を起こす確率が小さいため、放射能 106Bq(α線 106 個)あたり
の中性子収率が約 70 個と低く、ある程度の中性子強度を得ようとすると 241Am としての放
射能が高くなる欠点がある。
ウランを原子炉で燃焼すると、中性子を吸収して超ウラン元素が出来る。238U が中性子
を 14 回吸収し、その間に 6 回β崩壊して出来るのが 252Cf で、これを分離したものがよく
使われる
252
Cf 中性子源となる。252Cf は 96.9%の確率でα崩壊、残り 3.1%の確率で自発核
分裂を起こし、1 核分裂あたり 3.76 個の中性子を放出する。放射能 1 Bq あたりの発生中性
子数にすると、252Cf は 241Am-Be 線源の約 2000 倍に達するため、例えば 10 MBq で約 1×106 n/s
82
の中性子発生量となる。あるいは、1 g の試料から 2.30×106 n/s の中性子が発生するため、
コンパクトな線源となる。252Cf の半減期は 2.65 年とやや短めだが、管理の上では手頃な値
である。中性子の平均エネルギーは約 2 MeV で、典型的な核分裂スペクトルを有するため、
検出器のエネルギー依存感度の校正にも使われる。
次にあまり一般的ではないが、(γ,n)反応を利用した中性子源を紹介する。9Be や 2H(重
水素)は (,n)反応の Q 値がそれぞれ-1.666 MeV、-2.226 MeV と小さく、高いエネルギーの
γ線を放出する RI との組み合わせで(γ,n)反応を起こし、中性子源とすることができる。
最も一般的なものは 124Sb-Be 線源である。124Sb は半減期 60 日で 1.691 MeV のγ線を放出
し、次の反応を起こす。
9
Be +γ → 8Be + n (-1.666 MeV)
中性子エネルギーがほぼ単色の 23 keV であることが特徴である。ただし、124Sb の放射能
50,000 Bq あたりに約 1 個しか中性子を生成しないため、γ線バックグラウンドが高い。124Sb
は半減期 60 日で減衰してしまうが、線源自体を原子炉で照射して、123Sb から 124Sb を作る
ことが可能である。
2) 原子炉
235
U に中性子が入射すると、核分裂反応を起こす。この時、1 核分裂あたり平均約 2.5 個
の中性子が発生する。そのうちの 1 個は次の核分裂を起こすのに必要であり、残り 1.5 個
から吸収等によるロス分を除いた約 1 個が利用可能な中性子となる。核分裂反応の Q 値は
約 200 MeV であり、非常に大きな発熱を伴う。発生する中性子の平均エネルギーは約 2 MeV
で、いわゆる核分裂スペクトルである。
1942 年に米国シカゴ郊外でフェルミにより最初の原子炉 CP-1 が建設されて以来、原子
炉の出力は急速に上昇を続け、その後 10 年余りで実効熱中性子束 1015 n/cm2s という現在の
水準に達するに至った。現在、原子炉の大半は電力生産を目的とする商業炉であるが、そ
の他に研究炉と呼ばれるものがある。研究炉は、中性子利用を支える中性子源としての主
役であり続け、中性子散乱実験、材料照射、RI 製造等、多数の成果を生み出して来た。現
在国内において中性子ビームを供給する原子炉は、原子力機構の JRR-3M[2]と京大炉の 2
つである。京大炉は現在ウランの低濃縮化のために一時休止中であるが、平成 21 年度から
出力 1MW で運転を再開する予定である。
JRR-3M は出力 20 MW、最大熱中性子束 3×1014 n/cm2s の国内最強の低濃縮ウラン軽水減速
冷却プール型研究炉である。図 4.2.2 に JRR-3M の鳥瞰図を示す。炉室中心に設置された炉
心周りに多数の中性子ビームラインが設置されている。ビームホールへは、中性子導管に
より中性子が導かれる。炉室内では 109 n/cm2s、ビームホール内では 108 n/cm2s 程度の中性
子束が得らる。図 4.2.3 に炉心の水平断面図を示す。炉心から熱中性子を取り出すビームチ
ューブは、直接炉心中心を見込むのではなく、炉心周りの軽水減速材領域を見るように配
置されている。これは、この部分で熱中性子束が高いことに加え、炉心を直接見た場合に
83
ビームに混入する高エネルギー中性子やγ線を低減するためである。
図 4.2.2 JRR-3M 鳥瞰図.
図 4.2.3 JRR-3M 炉心の水平断面図.
3) 軽荷電粒子加速による方法
100 keV〜数 10 MeV 程度の荷電粒子を物質に入射すると中性子が発生するが、軽核同士
の以下の反応が、中性子生成によく使われる。
2
H + 2H → 3He + n (+3.27 MeV)
d-d 反応
2
H + 3H → 4He + n (+17.6 MeV)
d-t 反応
d-d、d-t 反応は、いわゆる核融合反応である。水素同士であるためにクーロン障壁が小
さく、重陽子を比較的低いエネルギーに加速するだけで中性子を発生することが出来る。
1mA の重水素イオンを数 100 keV に加速して重水素ターゲットに当てた場合、約 3 MeV の
単色中性子が毎秒 109 個、またトリチウムターゲットに当てた場合、約 14 MeV の単色中性
子が毎秒 1011 個生成される。JAEA の核融合中性子源 FNS[3]では、40 mA の重陽子ビーム
により全立体角に向けてほぼ等方に毎秒 7×1012 個の 14 MeV 中性子を生成できる。また、
84
同じく JAEA の放射線標準施設 FRS[4]でも d-d、d-t 中性子を利用でき、検出器校正等が行
なえる。
9
Be + 2H →
10
B + n (+4.36 MeV)
d-Be 反応
7
Li + 2H → 8Be + n (+15.0 MeV)
d-Li 反応
数 10 MeV の重陽子ビームを Be や Li ターゲットに入射することにより d-Be あるいは d-Li
反応が起こり、数 10 MeV エネルギー領域の様々なエネルギーを含んだ白色中性子が生成
される。特に d-Li 反応は、核融合材料照射のための中性子源として国際協力で進められて
いる IFMIF (International Fusion Materials Irradiation Facility)計画[5]で使われる。これは、電
流 250 mA の 40 MeV 重陽子ビームを 20 m/s で流れる液体リチウムに当て、14 MeV 付近に
ピークを持つ 4.5x1013 n/cm2s の疑似 14 MeV 中性子場を実現して、核融合炉材料の照射効果
を研究するものである。
7
Li + 1H → 7Be + n (-1.64 MeV)
p-Li 反応
陽子ビームをリチウムターゲットに入射すると p-Li 反応が起こり、入射陽子エネルギー
よりも数 MeV 低いエネルギーにピークを有する準単色中性子を生成することが出来る。
「準」とあるのは、ピークエネルギーから下のエネルギーの中性子も同時に生成してしま
うからである。それにも関わらず、14 MeV 以上のエネルギー領域では単色中性子源が得に
くいことから、p-Li 反応は貴重な準単色中性子源として検出器校正等の用途で利用される。
[6]
4) 電子線加速器による光中性子源
数 10 MeV 以上の電子ビームを重金属に入射すると、制動 X 線が生成され、この X 線の
エネルギーが原子核中の核子の結合エネルギーよりも高い場合、中性子が原子核から取り
出せる。電子が直接原子核と反応することはないが、電磁波(光)の一種である X 線を介在
させて、 (γ,n)反応により中性子を発生させるものである。中性子発生量は入射電子 100
個につき約 1 個で、強い X 線バックグラウンドが存在する。国内では、京大や北大等の電
子線加速器施設で、中性子を発生させた実験が行なわれている。
5)核破砕反応による方法 [7]
物質に GeV オーダーの高エネルギー粒子を入射して原子核と反応されると、持ち込まれ
たエネルギーが原子核中の核子の結合エネルギーよりも格段に大きいため、もとの原子核
から多数の粒子(n,p,d 等)が生成される。これを核破砕反応という。図 4.2.4 は、この過程を
模式的に表したものである。J-PARC の例で説明すると、まず 3 GeV の陽子ビームが水銀タ
ーゲットに入射する。陽子は水銀原子のイオン化や軌道電子とのクーロン相互作用により
そのエネルギーを失っていき、その過程で水銀の原子核と核反応を起こす。水銀の原子核
に入射した陽子は、原子核を構成する核子と衝突し、はじき出された核子がさらに原子核
内の他の核子をはじき出す、いわゆる核内カスケードを起こし、中性子や陽子等の粒子を
85
発生する。入射陽子が通り過ぎた後も残留原子核は励起状態にあるため、脱励起過程にお
いて原子核から低エネルギーの核子等が蒸発する。原子核を通過した陽子、及び核内カス
ケードで発生した高エネルギー粒子はさらに水銀中を進行し、他の原子核と核反応を起こ
すこと(核外カスケード)により、さらに粒子が発生する。生成中性子エネルギーは数 MeV
あたりで最も強度が高く、強度は次第に弱くなるが、入射粒子エネルギー近傍まで高エネ
ルギーに向けてスペクトルが延びる。
核破砕反応は今後の大強度中性子源を駆動する重要な反応であり、以下で詳細を述べる。
図 4.2.4 核破砕反応プロセス
4.2.4 中性子発生の効率
大強度中性子ビームを目指して中性子源強度を上げていくと、そのうち限界に達する。
中性子の発生方法にはいろいろあるが、ほとんどの場合、限界を決める要因は発熱にある。
発熱を適切に除去できなければ、温度が上昇して線源が溶けてしまう。そこで、主な中性
子生成反応について、発生中性子 1 個あたりのエネルギー生成(エネルギーコスト)につ
いて、表 4.2.1 にまとめた。総発熱量を一定とした場合、エネルギーコストが小さいほど、
多くの中性子を発生できる。
表の最右欄のエネルギーコストについて、加速器型の d-t 核融合中性子源は 10,000 MeV
と悪い一方、プラズマ核融合は最も小さく 3.5 MeV である。ただしプラズマ核融合は、レ
ーザー核融合にしろミュオン触媒核融合にしろ、中性子源として成立するまでに至ってお
らず、国際熱核融合実験炉 ITER のようなトカマク型の場合には線源密度が希薄であるた
めに大強度中性子源には適していない。d-Be 反応、電子線加速器を利用した中性子源はど
ちらも、エネルギーコストが 1,000 MeV 以上と高い。核分裂のエネルギーコストは 180 MeV
と比較的低い。その核分裂よりもさらにエネルギーコストが 1/5 の 35 MeV と低いのが核破
砕反応であり、核破砕中性子源は原子炉中性子源を超える潜在的な資質を有している。最
近の大強度加速器の開発と相まって、大強度核破砕中性子源の建設が世界的に進められて
いる。
86
表 4.2.1 中性子発生反応の発生効率とエネルギーコスト.
反応 または 線源タイプ
核分裂 235U(n,f)
d-t 核 融 合 ( 加 速 器 型 、
Ed=0.35MeV)
d-t プラズマ核融合
d-Be (Ed=15MeV)
W ターゲット電子線入射
(Ee=35MeV)
水 銀 タ ー ゲ ッ ト 核 破 砕
(Ep=3GeV)
1 n/fission
エネルギーコスト:
中性子 1 個あたり
の
エネルギー生成
(MeV)
180
3×10-5 n/d
10,000
発生効率:
入射粒子 1 個あたり、ま
たは
反応あたりの中性子収量
1 n/fusion
1.2×10-2 n/d
3.5
1,200
1.7×10-2 n/e
2,000
75 n/p
35
4.2.5 中性子減速材(モデレータ)
1.3 節で様々な中性子の発生方法について述べたが、どの方法であっても原子核中の中性
子を核反応により取り出すことに変わりはなく、その結果として発生する中性子は MeV の
オーダーである。一方、中性子散乱実験で必要な中性子は、その波長が対象物質の原子間
距離程度であるという条件から、meV オーダーである。つまり、中性子のエネルギーを
MeV→keV→eV→meV へと約 9 桁も落とす(減速する)必要がある。中性子を減速させる
材料を減速材またはモデレータと呼び、中性子源の性能を左右する重要な構成要素である。
表 4.4.2 に、各種材料の中性子減速特性をまとめた。
中性子は、モデレータ中の原子核との弾性散乱を通じてそのエネルギーを原子核に与え
ることにより、自身が減速する。散乱相手の原子核の質量が軽いほど中性子は減速されや
すい。質量数 1 の 1H を含む水素(H2)、軽水(H2O)、メタン(CH4)では、2 MeV から 0.4 eV ま
で減速するのに 15 回の散乱で良いが、質量数 9 のベリリウムで 75 回、質量数 208 の鉛に
至っては 1600 回もの散乱が必要である。散乱回数が多いと、中性子が発生点から周囲に散
逸して強度低下の要因となり、また吸収される確率も増えるため、散乱回数の少ない 1H を
含む材料が減速材として適している。また、散乱回数が増えるに従って減速に要する時間
も増加する。定常的な中性子ビームを供給する原子炉の場合には問題ないが、核破砕反応
を利用したパルス中性子源の場合、減速時間が長いとパルス幅が広がってしまう。この点
でも、水素を含む材料が、モデレータとして適している。
表 4.2.2 に載せた、モデレータとして良く使われる 3 種の水素含有材料(水素、メタン、
軽水)を比較する。図 4.2.5 左は、温度の異なるメタンモデレータから取り出した中性子の
エネルギー分布を示す。中性子はメタンモデレータ中で熱的にほぼ平衡に達し、そのエネ
87
表 4.2.2 各種材料の中性子減速特性. 水素、軽水、メタンの原子数密度と熱中性子散
断面積の値は、1H の値で代表している.
0.07
0.51
4.2×1022
7.7×1022
20.5
20.5
15
15
減速時間
[μs]
(2 MeV→0.4
eV)
4.0
2.2
1.00
1.84
1.80
7.86
11.34
6.7×1022
12.3×1022
9.0×1022
8.4×1022
3.3×1022
20.5
6.2
4.7
11.4
11.1
15
75
98
440
1600
2.5
16
35
68
650
原子数密
密度
度
[g/cm3]
[atoms/cm3]
水素 (H2, 20K)
メタン (CH4, 20K,
固体)
軽水 (H2O, 300K)
ベリリウム
黒鉛
鉄
鉛
熱中性子
散乱
断面積 [b]
散乱回数
(2 MeV→
0.4 eV)
ルギー分布はマックスウェル分布に近い。メタン温度 20 K のときには 3〜10 meV あたり
に中性子強度のピークがあり、このエネルギー領域は多くの中性子散乱実験に適している。
一方、温度が 112 K に上がるとピークエネルギーが数 10 meV にまで上昇し、同時に 10 meV
以下の中性子強度が下がってしまう。図 4.2.5 右は、横軸にモデレータ温度、縦軸に中性子
の平均温度をとり、3 種のモデレータ(軽水、エタン、メタン)について比較したもので
ある。低温度領域でモデレータ材料の個性が出るが、高温度領域ではほとんど材料の差は
ない。表 4.2.2 に示したとおり、常温(約 300 K)の軽水モデレータは水素密度が高く減速
時間が速い点で有利ではあるが、温度が高いために 10 meV 以下の中性子強度が弱い。し
かし手軽な材料であるため、モデレータとしてよく使われている。
図 4.2.5 モデレータ温度の違いによる中性子スペクトルの変化(左)、モデレータ温度と
中性子温度の関係(右)
88
一方、メタンは水素密度が高く、低温での使用も可能なため、優れたモデレータ材料と
して多くの中性子源で使われて来た。ただし、メタンは中性子源ターゲット近傍の高放射
線場で分解するという欠点がある。このため、現存する 100 kW クラスの核破砕中性子源
では、液体メタンを循環させて固化した物質を連続的に取り除く努力を行なっても、次第
にモデレータ容器中に固化物が蓄積するという問題が生じている。この理由により、MW
クラスの核破砕中性子源ではメタンモデレータの使用は困難であると考えられている。以
上の理由により、最近の MW クラス核破砕中性子源では、約 20 K の液体または超臨界状
態の水素がモデレータ材料としてよく選択されている。さらにモデレータ寸法、形状等の
最適化を行なうことにより、メタンモデレータと比べて遜色のない性能を得るまでに至っ
ている。
4.2.6 核破砕ターゲット
図 4.2.6 に、各種材料に 0.5〜1.5 GeV 陽子を入射したときの、陽子 1 個あたりの中性子収
量を示す。Be→Sn→Pb→U と、原子番号が大きくなるに従って収量も増加することが分か
る。このため、核破砕ターゲットには通常重金属が使われる。ウランは通常の核破砕反応
に加え核分裂反応による中性子発生もあるため中性子収量が特に高いが、核燃料物質であ
るために取扱いにくく、利用は限られている。表 4.2.3 は、各種核破砕ターゲット材料の特
性をまとめたものである。一般に、原子量が大きく、密度が高く、中性子吸収断面積が小
さく、熱伝導率と融点が高い方がターゲットとして優れており、タングステン(W)が良く使
われる。しかし、出力が数 100 kW を超すようになると固体ターゲットでは熱除去が困難
になるため、MW クラスの中性子源
では液体金属ターゲットが必然とな
る。表 4.2.3 では常温で液体の Hg、及
び 通 常 は 融 点 ( 125 ℃ ) 以 上 の 約
150 ℃で使う Pb-Bi が、液体ターゲッ
トである。Pb-Bi は吸収断面積が小さ
く核変換炉用ターゲットとしての使
用が有望視されている。核破砕中性子
源では吸収断面積の大きさはあまり
問題にならないため、常温でも固化す
ることがなく取扱いが容易な水銀が
図 4.2.6 各種材料の陽子ビームエネルギーの
良く使われる。
関数としてみた中性子収量[7]
89
表 4.2.3 各種核破砕ターゲット材料の特性.
材 料
Ta
W
Hg
Pb
Pb-Bi(423K)
U
原子量
[g/mol]
180.9
183.9
200.6
207.2
207.2/209.0
238.0
中性子吸収
断面積 [b]
21
19
372
0.17
0.10
7.59
密度
[g/cm3]
16.6
19.1
13.5
11.34
10.5
18.7
熱伝導率
[W/m.K]
54
180
7.8
35
9.3
25
融点
[K]
3,270
3,382
234
600
398
1,406
図 4.2.6 から分かるように中性子収量は陽子エネルギーにほぼ比例して増加するが、最
適なエネルギーが存在する。図 4.2.7 には、最適エネルギーを探るためのエネルギーコスト
eP(中性子 1 個を発生させるのに必要なエネルギー)を示したものである。エネルギーコ
ストは 1〜1.5 GeV あたりで極小となるため、このエネルギーが最も効率良く中性子を発生
できる。このため、多くの核破砕中性子源では陽子ビームの加速エネルギーを 1〜1.5 GeV
あたりに選んでいる。
これ以上のエネルギーでエネルギーコストが上昇するのは、π中間子等の他の粒子生成
にエネルギーが消費されてしまうからである。核破砕反応で生成する中性子の典型的なエ
ネルギースペクトルを図 4.2.8 に示す。10 MeV 以上の中性子は主に核内カスケード過程で
生成したものであり、陽子ビーム入射方向に対して前方ほど、強度が高い。一方、10 MeV
以下の中性子は励起した残留核からの蒸発過程で発生した成分であり、角度依存性がほと
んどない。10 MeV 以上の高エネルギー中性子は物質中の透過距離が長く、その存在は遮蔽
上の問題となることがある。
図 4.2.7 直径 20 cm、長さ 60 cm の鉛ターゲ
ットの中性子収量実験値 yp とエネルギーコ 図 4.2.8 薄い鉛ターゲットで
発生した核破砕中性子の
ストεp の陽子エネルギー依存性。[7]
エネルギースペクトル
90
10m
図 4.2.9 J-PARC 1MW パルス核破砕中性子源の全体像と中心部の拡大図.
結合型
結合型
中性子パルス
非結合型
非結合型
ポイズン型
ポイズン型
時間積分強度
結合型
結合型
非結合型
非結合型
ポイズン型
パルス半値幅
パルスピーク強度
ポイズン型
図 4.2.10 J-PARC 中性子源の 3 台のモデレータ性能比較. [10]
4.2.7 J-PARC 核破砕中性子源 [9]
図 4.2.9 に、J-PARC 1MW パルス核破砕中性子源を示す。3 GeV、1 MW、25 Hz の陽子ビ
ームを水平に水銀ターゲットに入射する。モデレータはターゲットの下に 1 台(結合型)、
上に 2 台(非結合型、ポイズン型)の計 3 台あり、その中を 1.5 MPa、20 K の超臨界水素
が循環している。モデレータは周囲をベリリウム及び鉄の反射体で取り囲まれ、その外側
はさらに鉄鋼やコンクリートの遮蔽体で取り囲まれ、生体遮蔽体の外側まで全体で直径
15m ほどの大きさである。中性子ビームポートは 23 本あり、各ポートはいずれか 1 台のモ
デレータを見込むように設置され、中性子ビームが水平に引き出される。
91
図 4.2.10 は、3 台のモデレータ性能を比較したものである。水銀ターゲットで発生した
中性子は、モデレータや反射体の中で減速され、10 秒程度で熱中性子になる。ベリリウ
ムは中性子の吸収断面積が非常に小さいため、中性子はその後も長時間にわたり反射体の
中で動き回り、モデレータに中性子を供給し続ける。図 4.2.10 左上のグラフで結合型モデ
レータの中性子パルスが 1,000 秒経ってもまだ十分に減衰せず、テイル成分が残っている
のはこのためである。
しかし、実験によってはこのテイル成分が邪魔で、時間的に鋭いパルスが必要な場合が
ある。そこで、図 4.2.11 左に示すように、モデレータ容器の中性子ビーム取出面以外を中
性子吸収材で覆う。J-PARC の場合、Ag-In-Cd 合金という材料(AIC デカップラと呼ぶ)を
使用しているが、これにより 1 eV よりも低エネルギーの中性子は、反射体からモデレータ
に入ろうとした瞬間にデカップラに吸収される。
つまり、反射体からモデレータに中性子が供給されるのが最初の約 10 秒に限定される
ため、パルス幅が狭くなる。このモデレータを非結合型と呼ぶ。ただし、パルス幅を狭く
するために中性子源中心に中性子吸収材を持ち込むため、その代償として中性子強度は結
合型のものよりも低くなる。
「結合型」、
「非結合型」というのは、熱中性子から見て反射体
とモデレータの間を自由に行き来できる(結合している)か、デカップラにより非結合状
態にあるのかの違いから、名付けられている。
パルス中性子を使う実験では、モデレータ-試料間の中性子の飛行時間を測定することに
より、中性子のエネルギー(速さ=距離/飛行時間)を決定する。このため、中性子ビーム
方向に対してモデレータが厚いと、モデレータの厚さ方向のどこで中性子が放出されたか
によってモデレータ-試料間の距離にばらつきが生じ、これが時間分解能を劣化させる原因
となる。そこで、非結合型のパルスよりもさらに鋭いパルスが必要な場合、図 4.2.11 右に
示すように非結合型モデレータの中心にポイズン板(1.3 mm 厚の Cd)を挿入する(ポイ
ズン型)。Cd は 0.4 eV 以下の中性子を吸収するため、0.4 eV 以上の中性子にとっては非結
合型モデレータ厚さ(6.2 cm)とほぼ同じであるが、それ以下のエネルギーの中性子にと
ってはモデレータの厚さが急に 2.5 cm まで薄くなったことになる。これにより、非結合型
よりもさらに鋭いパルスを得ることができる(図 4.2.10)。
図 4.2.11 非結合型モデレータとポイズン型モデレータ
92
なお、図 4.2.10 においてポイズン型の
カーブが 2 つあるのは、ポイズン板がモ
デレータ容器の中心から少しずれた位置
に入っており、片側が 2.5 cm、もう片側
JRR-3M
が 3.5 cm であるためである。
4.2.8 中性子源の発展と世界の現状
図 4.2.12 は世界の中性子源の運転開始
年を横軸に、実効熱中性子束を縦軸にプ
ロットしたものである。原子炉による中
性子源は 1950 年代には既に 1015 n/cm2s
図 4.2.12 世界の中性子源の発展. [11]
のレベルに到達し、飽和に達した。連続
ビーム(CW)の核破砕中性子源は現在、原子炉よりも 1 桁低い中性子束レベルである。
一方、パルス核破砕中性子源は 1970 年代から急速に発達し、1990 年代に英国の中性子
源 ISIS(160 kW)が、パルスピーク瞬間の中性子強度で原子炉を上回った。2006 年には米国
SNS(1.4 MW)が運転を開始し、2008 年には J-PARC の中性子源 JSNS(1.0 MW) が運転を開
始した。両中性子源共に出力上昇には数年を要するが、世界で初めての MW 級パルス核破
砕中性子源となる。原子炉型中性子源と比較して時間平均強度では肩を並べそうな勢いで
あり、パルスピークでは約 30 倍の中性子強度に達する。
4.2.9 まとめ
本章では、様々な中性子源の概要を紹介すると共に、2008 年に運転開始した J-PARC 核
破砕中性子源 JSNS について少し詳しく解説した。
中性子の発生には様々な方法があるが、
発生した中性子のエネルギーはおおよそ数 MeV 近傍である。中性子散乱実験用への応用を
考える場合、いずれの中性子発生方法であっても中性子エネルギーを meV エネルギーまで
10 桁近く落とす必要があり、この技術は中性子発生の方法によらず共通である。今後、斬
新な中性子発生原理に基づく中性子源を考える場合に置いても、これまでに JRR-3 や JSNS
の開発で培われて来た技術が大いに役に立つであろう。
参考文献
[1]
G. F. Knoll(著), 木村逸郎, 坂井英次(訳), 放射線計測ハンドブック第 3 版, 日刊工業新
聞社 (2001).
[2] ホームページ http://www3.tokai-sc.jaea.go.jp/sangaku/3-facility/04-facility/11-jrr3-1.html.
[3]
ホームページ http://fnshp.tokai-sc.jaea.go.jp/index.html.
[4] ホームページ http://www3.tokai-sc.jaea.go.jp/sangaku/3-facility/04-facility/61-frs-1.html.
[5]
ホームページ http://insdell.tokai-sc.jaea.go.jp/IFMIFHOME/.
93
[6]
H. Nakashima, et al., Nucl. Sci. Eng. 124, 243 (1996).
[7]
渡辺昇, 核破砕中性子源工学概論, JAERI-Review 2000-031 (2001).
[8]
S. Cierjacks, et al., Phys. Rev. 36, 1976 (1987).
[9]
ホームページ http://j-parc.jp/MatLife/ja/index.html.
[10] 原田正英, 23 本の中性子ビームポートに対するパルスデータの提供 Ver.2,
http://j-parc.jp/MatLife/ja/source/data/Pulse_0310_mod.pdf.
[11] K.Clausen et al, in press.
94
4.3 中性子ビ-ム制御技術
4.3.1 中性子光学とビ-ム制御の重要性
中性子ビーム実験のための中性子源としては、加速器や研究用原子炉が用いられる。中
性子線は、Ⅹ線や荷電粒子線に比して独特の特徴をもつ放射線であり、研究上必要不可欠
であるが、その線源が高価であるにもかかわらず、得られる中性子線の強度が低いという
大きな制約がある。従って、その有効利用をはかることはとくに重要である。
中性子源の有効性は、それと中性子ビーム実験装置群の間を媒介する中性子導管などの中性
子ビーム制御機器の性能に強く依存する。集光や分光を含むビーム制御も,測定効率や測定精
度を大きく左右する.中性子ビームは空間的にもビーム発散の点からも広がったエミッタンス
の大きなビームであり,ビーム輝度は低い.したがって実験に不適なビーム成分を単純に削り
取ってしまうと,ビーム強度は極端に低下してしまうため,光源の強度増強に加えて,光学系
の巧みな応用がとても重要となる.これら中性子の光学的ビーム制御機器の高性能化により、
利用可能な中性子強度の増大をはかること、および利用できるビームポートの数を増やすこと
が可能となるだけでなく、新しい実験手法を提供する機器となる可能性もある。
ビーム制御系には大きく分けて反射光学系と屈折光学系がある。反射光学系は中性子ミラー
により中性子を偏向させたり、単色化したりするもの全般を指し、既存の中性子光学素子の多
くは反射光学系に属する。また、広がったビーム全体を制御する手段として、屈折光学系の研
究と実用化が進められている。以下、中性子反射光学系として中性子導管、スーパーミラー、
磁気ミラー、キヤピラリー中性子レンズの開発の現状を、また、中性子屈折光学系として、中
性子磁気レンズと中性子物質レンズを記述する。
4.3.2 中性子反射光学系の開発
(i)中性子導管の役割と多層膜ミラー開発の重要性
中性子導管は、強度を落とすことなく中性子源から離れたところに中性子を導くための
ものである。中性子導管には二つの大きな利点がある。一つは、熱中性子源あるいは冷中
性子源に多数の導管を設置することにより、一つの中性子源に非常に多数の装置を結びつ
けることを可能にする。このことにより大型中性子源の利用効率の飛躍的な増大が実現さ
れる。もう一つは、中性子源からのガンマ線や高速の中性子線等のバックグラウンドを減
少させることである。このことは研究者および維持管理者の被曝防止だけでなく、実験装
置の取り扱いを容易にする点で大きな利点をもたらす。
(ⅱ)スーパーミラー
中性子導管には、従来ニッケルの全反射ミラーが用いられてきた。しかし、中性子強度
の増大や導管を適切な長さに抑える観点から、スーパーミラーが考案されその高性能化の
ための開発が行われている。スーパーミラーは、図4.3.1に示すとおり、中性子に対する屈
折率の異なる物質(例えばNiおよびTi等)を対層とする金属多層膜であり、これが模擬す
95
る人工結晶格子の膜周期間隔を可変とすることで、広い運動量領域の中性子をプラッグ反
射するものである。ニッケル表面の全反射臨界角(1Åの中性子では約0.1度)に対するス
ーパーミラーの全反射臨界角の比はm値と呼ばれ、スーパーミラーを中性子導管に応用す
れば、ニッケルミラーの全反射臨界角をm倍に増加させることができ、導管出口ではm2の
中性子強度の増加が見込まれ、中性子利用実験において飛躍的な中性子強度の増加が可能
となる。
高性能スーパーミラーの性能は、全反射臨界角と中性子反射率で表され、その高性能化
のためには金属多層膜を原子層オーダーでいかに精度良く成膜するか、という作成技術に
かかっている。この際、成膜に必要な膜層数はm4に比例するため、例えばニッケルの4倍の
全反射臨界角をもつNi/Tiスーパーミラーの場合、1対層あたりの最小多層膜周期は約70Å
となり、1対層あたりの中性子反射係数が極度に小さくなるために、必要膜層数は急激に増
加し、総膜層数は約1200層に達する。近年、成膜手法として従来の電子ビーム蒸着法やマ
グネトロンスパッタ法に比べて、膜厚制御精度が高く、良質で緻密な多層膜が形成できる
イオンビームスパッタリング法を用いて、高m値の高性能スーパーミラーの開発がなされ
た(図4.3.1 )。
図4.3.1 スーパーミラーの原理と近年開発された高mスーパーミラー
スーパーミラーの中性子反射率は、理想的には立ちあがりで1に近いことが望ましいが、
Niの結晶粒成長に伴う界面租さやNi/Ti間の界面拡散による多層膜構造の乱れ、ミラー基
板表面粗さなどが中性子反射率を低下させることが問題となる。中性子ビームラインにお
けるガイド管の用途のうち、反射回数が多くなるような場合では,この立ちあがり反射率
が高くないと実質的に臨界角が小さくなったのと同じことになる。例えば反射率0.8では10
回の反射後0.11になるが,0.95だと0.60で収まる。ということは,曲導管などの場合には特
に立ちあがり反射率が高いものを選ばないと意味が無いことになる。逆に直導管で波長の
短い中性子が欲しいような場合には,たとえ立ちあがり反射率が0.5程度になっても臨界角
の大きなスーパーミラーが欲しい事もありえる。
ガイド管の応用例を図4.3.1 に示す。原子力機構JRR-3の熱中性子ガイド管(T1,60 m)の高
度化においてニッケル全反射ミラーから、スーパーミラー(m=2)に置換した際の中性子
束の増加を示した。本ガイド管は、矩形ガイド管(長さ85 cm、ビーム面積2 cm×20 cm)
96
を曲率3.3 kmの円弧状に配置した曲導管で,線源からの高エネルギー中性子やガンマ線な
どのバックグランドを除去する目的でも使用される.ガイド管の m値は中性子回折実験に
最適に決められており、m値よりも反射率が重視されている。本高度化の結果中性子強度
は6倍に増加した。
一方、J-PARCの4次元中性子探査装置「四季」
(BL01)のガイド管は、全長約10 mの直導
管で測定試料に向けて中性子を集束する配置をとるため、m=4 などのスーパーミラーガイ
ド管を楕円形状に配置するよう設計された。この際、ガイド管の m値は高エネルギー中性
子を用いた中性子非弾性散乱実験に最適に設計されており、m値が重視された設計となっ
ている。
(ⅲ) 中性子ベンダー、多層膜モノクロメータ
中性子源に設置されているビームラインの内,白色中性子が利用できるビームポートは,
基本的には導管の端末に限られており数が少なく,これらのビームラインを増加させるた
めに,中性子ベンダーが考案された.中性子ベンダーは,曲導管を相似形のまま縮小し,
ビームに対する面積を確保するために多重化した中性子分岐機器である。例えば.基板と
して、Siウエハ(基板厚さ0.3 mm)を利用しビームチャネル径を0.3 mmとして,m=3 の
スーパーミラーを成膜することによって,5Åの冷中性子を約1 mという曲率半径で湾曲さ
せることが出来る。しかしこの際,基板による中性子の散乱と吸収による損失と,スーパ
ーミラーの反射率が1より小さいため,中性子反射率が高いスーパーミラーを用いないと輸
送効率が極端に小さくなるので注意が必要である。
単色中性子を得るためのビームベンダーとしては、熱中性子用には単結晶モノクロメー
ターが用いられるが、冷中性子用には多層膜モノクロメーターが用いられる。後者では、
利用中性子強度の増大あるいは大きなベント角の実現のために多層膜ミラーの高性能化が
極めて重要である。冷中性子用の分光器では、中性子の偏極化や単色化のために多層膜ミ
ラーが用いられる。この場合でも、利用できる中性子強度あるいは偏極解析や波長解析の
実験精度は、多層膜ミラーの高性能化によって大幅に改善される。
(ⅳ) 中性子集束導管、中性子集束ベンダー
導管から出た中性子ビームは、導管から離れるに従って発散によってその強度は減少す
る。しかし、中性子光学的方法を用いてビームの発散を抑制ないし収束させることにより、
利用可能なビーム強度を増大させることが可能である。例えばニッケル導管で導かれた中
性子をより大きな臨界角をもつスーパーミラーで反射,集束させることによって,小面積
でのビーム強度を増加させる集光機器として、逆トランペット型のテーパー形状導管、中
性子ベンダーの各ビームチャネルの長さを変化させた集束ベンダーなどがあり、数倍の中
性子強度の増加に役立っている。この際、Liouvilleの定理に従って位相空間での中性子強
度の増加はなく、中性子の角度発散が増加するが、これを許容できる範囲内で超高圧下で
97
の微小試料の中性子回折実験や,非弾性散乱実験などでは非常に有効である。(図4.3.2)
図4.3.2 集光型ベンダーとその超高圧実験への応用
(ⅴ) 曲面集光ミラー
近年、ミラー基板の曲面形状創成技術の高精度化に伴い、楕円面、放物面などの一部を
有した曲面ミラーの開発が進められている。これらの光学系には、1次元又は2次元楕円面
ミラーのほか、より結像性能の高いKBミラーや、Wolterミラーなどの開発が行われている。
この際の開発課題の一つは、如何にしてスーパーミラーが成膜できる基板表面粗さを保ち
つつ、形状精度の高い曲面基板を構築するか、さらに曲面基板に如何に均一で高精度なス
ーパーミラーを成膜するかであり、金型からレプリカ法によって目的形状ミラーを形成す
る方法や、中性子ミラーに直接荷重をかけて理想形状に変形させる方法、さらに微細加工
技術によって直接理想形状を創成する方法などが精力的に開発されている。(図4.3.3)
図 4.3.3 Kirkpatrick-Baez (KB)ミラーとエッチング微細加工法による楕円ミラー水平面
内、垂直面内それぞれに異なる円筒ミラーで同一結像面内に結像される。F1, F2 はそれ
ぞれ垂直結像(p)、水平結像(s)ミラーの対象物―ミラー間距離、ミラーー結像面間距離
を示す。縦横の結像倍率は異なる。
98
(ⅵ)磁気スーパーミラーの開発
Ni と Ti の対層によるスーパーミラーは、その散乱が個々の原子核の核散乱による非磁性散乱
で,Ni の中性子散乱長が正で、Ti の中性子散乱長が負であることからブラッグ反射が生じる.
一方,対層のうち片方の物質に鉄などの遷移金属や希土類金属をもちいると片方のスピン状態
の中性子のみを反射する磁気ミラーとなる。最近、高精度で良質な膜が形成できるイオンビー
ムスパッタ装置を用いて Fe/SiGe を用いた m=5 の磁気スーパーミラーの開発が成功しており実
機への応用が期待されている。J-PARC などにおける中性子ビーム実験では、磁気記憶材料の積
層磁性膜の磁気構造解析、高分子材料からの水素散乱の核スピン解析、ほか幅広く中性子偏極
及び検極素子の利用が計画されており、広角ビームの偏極解析に適した 3He 偏極フィルターと
ともに開発が期待されている。(図 4.3.4)
図4.3.4 高m磁気スーパーミラーの開発
(ⅶ)その他の反射光学系(キヤピラリー中性子レンズ)
キヤピラリー・ファイバは、中空の毛細管ガラスの集合体で、中性子がガラス管内面で
全反射することを応用したものである。ガラスファイバの全反射臨界角1.1 mrad/ÅとNiの
1.7 mrad/Åに比べて小さいが反射率はNiとほぼ同じでほとんど1に近い。ファイバをある曲
率で曲げておけば、中性子は何度も全反射しながら中空管の中を曲がりながら輸送される。
多数のファイバーが焦点に向かうように配置すれば、中性子ビームを微小領域に集束させ
ることができる。また、単体のキャピラリーファイバをテーパー状に構築したモノリシッ
クキャピラリーファイバも開発され、数百ミクロン径のビーム形成に用いられている。マ
ルチキヤピラリー・ファイバーの断面を写真2に示す。写真内のファイバーの有効直径は1.2
mmでファイバー内にはチャネル内径15 mの中空孔が約1000個開いている。ファイバーの
有効直径を0.1 mm程度まで減少させた極微小ビームの開発とこれを利用した即発γ線放射
99
化分析などへの応用が検討されている。(図4.3.5)
図4.3.5 マルチキャピラリーファイバと中性子レンズ
4.3.3 中性子屈折光学系の開発
(i)磁気レンズ
中性子は電荷をもたないが、スピンに反平行な磁気双極子能率によって磁場と相互作用
する。その結果中性子は磁場勾配に沿って加速度を得て、磁場と平行なスピンをもつ中性
子は磁場が弱いところに集まる傾向をもっている。ちなみにこの性質を利用して磁気双極
子能率をもつ中性粒子ビームを制御する方法は、中性原子ビームの場合にごく一般的に用
いられている手法である。ただし中性子の場合には磁気双極子能率に比べて質量が大きい
ために加速度が小さく、そのため超冷中性子のように極めて遅い中性子など、限られた範
囲で議論されるにとどまっていた。確かに熱中性子や冷中性子のもつ運動量自体を変化さ
せるような大きな加速度を得ることは容易でないが、ビーム制御のようにビーム軸に垂直
な方向の小さな運動量を変化させるだけなら十分に応用できる。
ここでは、近年開発された磁気レンズを紹介する。使用している磁石は六極永久磁石で
ある。六極磁石は中心軸上では磁場が0で、軸から離れるに従って磁場が強くなるので、ス
ピンが磁場に平行な中性子は軸上に集まる傾向をもっている。長さ50 mmのアルミニウム
のブロックに放電加工で穴を開け、永久磁石を6個配置して六極磁石を構成した。このブロ
ックを40個つなげて全体として長さ2 mの永久六極磁石とした。中心部の口径は9 mmで、
中性子はここを通る。非偏極の中性子が入射すると中性子スピンが磁場の入り口で量子化
され、半数のスピンが磁場に平行、半数のスピンは磁場に反平行になる。その後、中性子
の運動に伴って中性子が感じる磁場は徐々に変化し、磁場の方向も回転する。中性子スピ
ンは磁場を軸に歳差運動をしているが、歳差運動の角速度が、中性子が感じる磁場の方向
の回転の角速度に比べて十分速い場合には、中性子スピンは磁場に絡み付くように運動し
磁場の方向を向き続け、最初スピンが平行だったものはそのまま平行であり続ける。その
結果、中性子は六極磁場内部では正弦曲線を描きながら軸の周りを振動する。ビーム軸に
交わるところで磁場が終了するように磁石の長さを設計しておくと、中性子ビームを収束
100
することができる。ちなみにスピンが磁場に反平行なものは軸から離れる方向に掃き出さ
れ、磁石などにあたって失われる。
磁気レンズの収束作用の実証実験では、磁石の入り口に直径 2 mmの穴の空いたカドミ
ウムを置き、磁石を通過した中性子をもう一つの直径 2 mmの穴の空いたカドミウム・ス
リットを取り付けた中性子検出器で計数した。全く同じ構成で着磁していないセットを用
意して同様に測定を行い、着磁の場合と未着磁の場合の中性子の計数率の比を中性子の波
長に従って評価した。なお実験ではパルス中性子源を用い、中性子波長は中性子の飛行時
間法で求めた。波長 14Å付近で顕著な増幅が観測され、磁場がなかった場合のおよそ35
倍のビーム密度になっていることが分かっている。この実験構成では、磁石の入り口に点
中性子源が配置された場合に近くなっており、磁石に平行中性子ビームが入射した場合に
はおよそ1 mの距離で焦点を結ぶことに相当している。
磁気レンズの応用が、集光小角散乱実験を目指して原子力機構JRR-3の冷中性子ビームラ
インに設置されている小角散乱装置で行われた。実験は、発展型ハルバッハ型六極永久磁
石(長さ1.2 m、口径30 mm、G=10,810 Tm-2)を用いて0.65 nmの中性子を集光し、磁性体の
マイクロメートルスケールの磁気構造を決定した。
磁気レンズは、定常磁場を作用させている状態では、色収差のある光学系で単一波長の
中性子のみを集束させるが、パルス磁場を作用させることによって幅広いスペクトルの中
性子を集束する実験が成功している。実験は、45 MeVの電子線ライナックによるパルス中
性子源を用いて行われた。パルス中性子に対して2台のパルス変圧器を用いて六極電磁石
(有効長さ2 m、口径26 mm)を動作させ、速い中性子には遅い中性子に比べて強い磁場傾
斜を作用させた。その際のピーク磁場は60 kAで12,000 Tm-2である。その結果、全長10 mの
ビームラインにおいて、入射位置に8 mmのピンホールを設置し、0.8 nm~約1.1 nmの中性
子を10 mmに集束することに成功している。(図4.3.6)
図 4.3.6 磁気光学系.左はビーム集光のための六極磁石,右は
中性子偏極子としての四極磁石.
101
(ⅱ)物質レンズ
低速中性子と物質との相互作用は、物質中に含まれる原子核との相互作用がほとんどで
ある。原子核によるポテンシャルを物質中の体積で平均したものを有効ポテンシャルと呼
ぶ。原子核が物質中で占める体積はとても小さなものなので、平均した後の有効ポテンシ
ャルの値は大変小さい。Beは元素中で最大の値を示すが、それでもおよそ250 neVである。
有効ポテンシャルは多くの場合は正である。元素の中で負のポテンシャルをもつものはMn、
Ti、Li、V、Hで、それ以外の元素の有効ポテンシャルは正である。有効ポテンシャルが正
であれば、入射中性子は物質中に入る際に運動エネルギーの一部を有効ポテンシャルに奪
われ、境界面に垂直な方向に減速を受ける。したがって境界面に斜めに入射した中性子は
屈折を受ける。これは1よりも小さな屈折率に対応し、有効ポテンシャルが負の場合には1
よりも大きな屈所率に対応する。
レンズの素材として要求される性質は、屈折率が1から大きくずれていて、より大きく中
性子を曲げられること、レンズによる中性子の透過率が高いことである。この要求をみた
す候補は、自然同位体存在比の元素では0、C、Be、Fで、濃縮同位体では重水素Dが適して
いる。これらの中でBeは安全上の観点から除かれる。
例えば、材料入手の容易さと加工の容易さが特徴であるPTFE(ポリテトラフルオロエチレ
ン(テフロン))の場合、PTFEの有効ポテンシャルは(112+i3.9×10-5)neVで、14Åの
中性子は境界面がある軌こ0.14 mrad曲げられる。図4.3.7に示したようにフレネルレンズの
ような断面をもつ薄い板を積み上げて凸レンズを構成する。屈折率が1よりも小さいため、
光学レンズで凹レンズと呼ばれている形状が凸レンズとして作用する。このレンズに平行
中性子が入射した場合、およそ3 mで焦点を結ぶ。従ってこのレンズを2枚使うと1.5 m、3
枚使うとおよそ1 mという短い距離で焦点を結ぶ。ただし、レンズを重ねると透過率が減少
するので、物質レンズの場合には全体としての物質量が制限を受けることになる。実際に
MgF2を用いて製作した中性子集光レンズが米国NISTやJRR-3の小角散乱装置で使用されて
いる。
図4.3.7 MgF2レンズ(2 mmのピンホール、波長:10Å、焦点距離.5.2 m)
102
4.3.4 まとめ
このように、中性子光学を応用したビーム制御機器は、中性子源の効率的な利用と密接
に関係しており、スーパーミラーの高性能化は中性子源の利用効率を高めるために極めて
重要である。日本は、現在中性子ミラーや磁気レンズの基礎的分野において世界的にも先
進的な役割を果たし、JRR-3などの研究炉において独自の利用がはかられてきた。現在、大
型加速器中性子源であるJ-PARCの始動に当たっても、それらの成果が実機への応用が実現
している。今後、とくにその有効利用の観点から、中性子光学素子開発の重要性と緊急性
も増大している。以上、特に中性子散乱実験用中性子ビーム制御技術の現状を概観したが、
ここで取り上げたすべての項目と技術はそのまま小型中性子源に適用されるものである。
したがって、今後レーザー駆動の陽子ビーム入射中性子源のみならず、慣性核融合中性子
を利用した中性子源が将来できたとしても、すべてが基本的な中性子ビーム制御技術とし
て応用できるものである。
103
4.4 レーザー駆動MeV陽子を用いたBeおよびLiを標的の中性子源概念検討
4.4.1 中性子源概念
高出力レーザーで陽子を加速する方式に関する物理実証とともに技術検討が着実に進み、
レーザーが持つ本質的な簡便さや小型化に関する魅力は大きく、すでに医療照射施設への
応用の具体的な検討が始まろうとしている。最初のレーザー中性子源の実現に最も近いで
あろうMeV陽子入射を導入概念として、中性子源効率の観点からBeおよびLiを中性子発生
ターゲット系を出発点とする単純モデルを用いた検討を行うこととした。この検討の狙い
は、
中性子散乱研究に使える中性子ビーム強度を提供する中性子発生を実現できる陽子ビーム
強度を算定し、その陽子エネルギーをMeVから最大20 MeVまで変化させたときのBeとLi
の中性子発生効率を概略求め、レーザー出力の目標を提示することにある。以下、技術的
Beを標準ターゲット、より技術的成立性が難しいLiを2次候補ターゲットとして検討結果
を示す。
4.4.2 基本性能の評価
(1) Beターゲット
レーザー中性子源の有力候補である Be ターゲットの特性について検討した。以下にその
結果を示す。
まず、図 4.4.1 に、陽子及び中性子と Be の反応断面積を示す。Be は、中性子のエネルギ
ーが 2 MeV から中性子と Be(n,2n)反応や、陽子と Be(p,n)反応のチャンネルが開き、中性子
を生成する。陽子入射では、5 MeV 程度のエネルギーにより、入射させると反応断面積が
高い。また、5 MeV 以上の中性子を発生する体系では、断面積が大きい Be(n,2n)反応によ
り、中性子を増加させることが期待でできる。この反応断面積が示すように、入射陽子は
必ずしも単色である必要がなく数 MeV に分布する陽子が十分な強度としてビーム状に Be
ターゲットに入射すればよいため、医療照射のように準単色の要求ハードルは基本的にな
い。また、レーザーターゲットから出射される陽子ビームの広がりも Be ターゲットの受け
入れ面積を十分大きく取ることが可能であり、要求技術レベルはかなり低く設定できる魅
力的なシステム構成で構築可能である。
まず、図 4.4.2 に示す計算体系を仮定し、入射陽子のエネルギーを変えた場合の中性子発
生量の計算を行った。その結果を図 4.4.3 に示す。5 MeV 以下では、中性子発生量は低いが、
5 MeV を超えると、陽子エネルギーの増加量に緩やかに比例して、中性子の発生量が増加
する。発生量の絶対値は、ターゲット直近で、10-4 n/p 程度になる。
104
0.6
Cross Section (barns)
0.5
Be(n,2n)
0.4
0.3
0.2
Be(p,n)
0.1
0
0
5
10
E or E (MeV)
p
15
20
n
図 4.4.1 MeV 領域の中性子および陽子と Be の反応断面積
3cm 厚さのBe
検出器(φ10cm )
陽子ビーム
距離1m
直近
Neutron at Detector (/p)
図 4.4.2 評価に用いた単純な計算体系1
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
直近
1m
0
5
10
E (MeV)
15
20
p
図 4.4.3 中性子発生量の入射陽子エネルギー依存性
105
(2) Be と Li の比較
レーザー中性子源のターゲット候補である Be と陽子エネルギー2 MeV 近傍で共鳴反応
を持つ中性子発生に対する熱負荷が比較的小さくかつ発生中性子エネルギーが低く生体遮
蔽の負荷が小さいとされる Li ターゲットについて、中性子源性能の比較を行った。図 4.4.4
に、計算体系を示す。ターゲットは、Be もしくは Li(濃縮 7Li)とし、モデレータは軽水、反
射体材質は、Be とした。反射体出口での熱中性子強度で、比較した。この計算モデルが単
純化されているものの本質的な幾何学形状、サイズ、構成材料は最適なものと考えられる
ので、核計算の値の信頼性はそれほど悪くないと考えられる。
図 4.4.5 に、入射陽子のエネルギー、ターゲットの厚さ、ターゲット材質を変えた場合の
熱中性子強度を示す。横軸は、ターゲット厚さを示す。入射陽子エネルギーが小さい場合、
ターゲットが薄い方が、熱中性子強度が高くなる。しかし、エネルギーが高くなるとある
程度ターゲットの厚さがあった方が、熱中性子強度が高くなる。この計算の範囲では、入
射陽子エネルギーが大きくなるほど中性子の収量は飛躍的に増大する。
図 4.4.4 簡易中性子源評価の計算体系 2
106
10
Laser Neutron Source
-4
Thermal Neutron Yield (n/p)
Be(p,n), Ep=100MeV
10
-5
Be(p,n), Ep=20MeV
Li(p,n), Ep=10MeV
10
-6
Li(p,n), Ep=5MeV
Be(p,n), Ep=5MeV
10
-7
0
5
10
15
20
Li or Be Thickness (cm)
25
図 4.4.5 熱中性子収量のエネルギー、ターゲット厚さ、ターゲット材質依存性
10
Li & Be
-4
Thermal Neutron Yield (n/p)
T=10cm
10
-5
Be(p,n)
Li(p,n)
10
-6
10
-7
1
10
Ep (MeV)
100
図 4.4.6 熱中性子収量のエネルギー、ターゲット材質依存性。
ターゲット厚さは、10cm に固定
(3) 線源集合体構成の決定
線源集合体の構成を毛一定するために、図 4.4.7 に示すスラブ形状と図 4.4.8 に示すウイ
ング形状の線源集合体を想定し、その中性子収量を観測した。ターゲット及び反射体には
107
Be を用い、モデレータには、軽水を用いた。
図 4.4.9 に、反射体の半径を変えた場合の熱中性子の強度変化を示す。反射体半径に対し
て、緩やかに強度が変化している。また、スラブ形状の方がウイング形状よりも、若干強
度が高い。
図 4.4.10 に、モデレータ厚さを変えた場合の熱中性子の強度変化を示す。スラブ形状、
ウイング形状とも、厚さ 5cm が最適であることがわかる。
スラブ形状は、ウイング形状よりも中性子強度を稼げるが、高エネルギー中性子は 50 倍
以上強い。そのため、高エネルギーを低減するという観点からは、ウイング形状を採用す
べきである。
図 4.4.7 標準モデルの計算形状3(スラブ形状)
図 4.4.8 標準モデルの計算形状4(スラブ形状)
108
Thermal Neturon Intensity (n/dcos/p)
2 10
-5
Wing geometry
1.5 10
-5
1 10
-5
5 10
-6
Slab geometry
0
25
30
35
40
T
45
50
(cm)
55
60
65
ref
図 4.4.9 熱中性子収量の反射体半径依存性
Thermal Neturon Intensity (n/dcos/p)
2 10
-5
Wing geometry
1.5 10
-5
1 10
-5
5 10
-6
Slab geometry
0
0
2
4
T
6
(cm)
8
10
12
mod
図 4.4.10 熱中性子収量のモデレータ厚さ依存性
109
4.5 レーザー中性子源用線源集合体の概念検討
レーザー慣性核融合の 14 MeV 中性子を様々な照射用途のための照射場に利用すること
を想定し、基準の核融合出力にたいして実現できる熱中性子場の強度を評価してみた。
検討を進めるために、図 4.5.1 に示す「高速点火レーザー核融合炉発電プラントの概念設
計」の報告書から参照したレーザー核融合炉発電プラントの概念図を基にして、図 4.5.2 に
示すようにな球状のレーザー中性子源を仮定した。計算形状は、球殻状 Be 反射体で囲まれ
た線源集合体の中央に、14 MeV 中性子を発生させ、軽水モデレータから中性子を放出する
ものである。14 MeV 中性子は、等方的に 1013 n/ pulse 発生し、そのときの中性子壁付加は、
1.78 J/pulse/m2 である。球殻状内側には、ターゲットとしての第 1 壁があり、第 1 壁と反射
体の間には、冷却用の重水層を想定した。
観測する中性子収量としては、実験に用いられる熱中性子と、不必要な 14 MeV 中性子
に着目した。基本構造を決定するために、以下に示すように、いくつかのパラメータを振
って、中性子収量の変化をみた。
まず、中性子収量の第 1 壁厚さ依存性の検討を行った。第 1 壁材質は、Be とした。その
結果を表 4.5.1~5 に示す。第 1 壁厚さを厚くすると、熱中性子強度は緩やかに変化するが、
14 MeV 中性子は、急激に減少する。そのため、第 1 壁の最適な厚さは、熱中性子強度の観
点からは 10cm くらいであるが、14MeV 中性子を低減するためには、15cm の厚さでよい。
次に、中性子収量の第 1 壁材質依存性の検討を行った。第 1 壁厚さは、5cm とした。そ
の結果を表 2 に示す。Be と Li17Pb83 とでは、Be の方が 14 MeV 中性子が多いが熱中性子
も多いという結果になった。
第 1 壁に、厚さ 5cm の Be を用いたとき、反射体材質としては、表 3 に示すように、C
に比べ、Be のほうが優れていることがわかった。
そして、内部空間の大きさは、小さい方が、14 MeV 中性子が増加するが、熱中性子も大
きく増加することがわかった。なお、半径 30 cm のときの中性子壁付加は、19.8 J/pulse/m2
である。
このような検討から、14 MeV 中性子源を用いた場合、線源集合体の第 1 壁は Be 15cm 程
度で、反射体は、Be、内部空間はできるだけ小さくするべきである。なお、線源集合体の
概念は、工学的な成立性を考慮する必要がある。
最後に、照射ポートとしての、性能評価をするために、図 4.5.3 に示す計算形状にて、照
射ポートでの中性子束を評価した。その結果を表 5 に示す。このように、熱中性子で、6.1x107
n/cm2/pulse 程度の強度を持つことがわかった。
110
図 4.5.1 レーザー核融合炉発電プラントの構造
報告書「高速点火レーザー核融合炉発電プラントの概念設計」より抜粋
R=1m
Rinner
L=2.4m
拡大図
D2O
T=1cm
Be
第1壁
T=5cm
T1stW
14MeV中性子:1013n/pulse
中性子壁負荷:1.78J/pulse/m2
Be
反射体
T=35cm
SUS
T=1cm
タリー位置
R=1.4m
タリー位置
全体図
(球状)
中性子
ビーム孔
10x10cm2
H2O
10x10x5t cm2
図 4.5.2
核融合炉の熱中性子場モデルの計算形状5
111
1m
表 4.5.1 熱中性子及び 14 MeV 中性子収量の第 1 壁厚さ依存性
第1壁厚さ
T1stW
(cm)
5
10
15
熱中性子
14MeV
(x106n/cm2/pulse)
1.41
3.39
1.46
1.56
1.27
0.699
表 4.5.2 熱中性子及び 14 MeV 中性子収量の第 1 壁材質依存性
第1壁
材質
Be
Li17Pb83
熱中性子
14MeV
6
(x10 n/cm2/pulse)
1.41
3.39
0.472
1.56
表 4.5.3 熱中性子及び 14 MeV 中性子収量の反射体材質依存性
第1壁
材質
Be
C
熱中性子
14MeV
6
(x10 n/cm2/pulse)
1.41
3.39
0.874
3.38
表 4.5.4 熱中性子及び 14 MeV 中性子収量の内部空間半径依存性
内部空間
半径
(cm)
30
100
熱中性子
6
14MeV
(x10 n/cm2/pulse)
3.39
8.22
0.472
3.97
112
中性子ビーム引き出しポート付
照射ポート付
Be
Be
照射
ポート
Be
Be
図 4.5.3 熱中性子場モデルの計算形状6
表 4.5.5 照射ポートの空間平均熱中性子、14 MeV 中性子、全中性子束強度
熱中性子
14MeV
全中性子
6
(x10 n/cm2/pulse)
61
7.1
91
4.6 まとめ
レーザーを中性子発生の駆動源とする小型、高効率な中性子源(レーザー中性子源)を
実現しその利用を展開することを将来ビジョンとして、レーザー高出力化技術展望を基に、
これまでの中性子発生制御技術を概観するとともに、利用分野として有望でかつ成熟して
いる中性子散乱を想定したパルス中性子源概念の予備的な検討を行った。さらに、レーザ
ー慣性核融合で発生する 14 MeV 中性子を利用した熱中性子照射場検討で必要なレーザー
出力に対する熱中性子場の想定強度の導出をここ見た。これらは、本分科会の調査をより
有効なものとするために、あえて短い時間で、仮定条件も十分な吟味がなされていないに
もかかわらず行ったもので、正確さについて全く不十分なものである。しかしながら、今
後、レーザー中性子源の実現に向けて検討を深めてゆくときの一つのアプローチを示すも
のとしての一助となれば幸いである。
113
5 章 レーザー技術の新展開
概要
レーザー技術はいま急速な展開を見せている。1960 年メイマンによるルビーレーザー誕
生以来 50 年を経て、パルス当たりの出力エネルギーが数メガジュール、ピーク強度がペタ
ワットという核融合研究用固体レーザーが完成し、レーザー爆縮により核融合点火・燃焼・
エネルギー利得の実証が 2010~2012 年には実現されようとしている。単にエネルギーが大き
く、強度が高いというだけでなく、精密な波形制御や波面制御がなされ、高効率で波長変換
が可能な、高精度システムである。
レーザー技術の進歩とともに、医療・健康、農林水産、製造業、土木建築等広範な産業
分野においてレーザーの応用が進み、それぞれの分野における基盤技術になろうとしてい
る。まさに 21 世紀は光の時代といわれてきたことが現実のものとなろうとしている。産業
応用の立場からレーザーを見た場合、種々のプロセスに必要な物理的な特性仕様を満たす
ことはもちろんのこと、さらにコスト、寿命、メンテの容易さ、強じん性、効率等が決定
的な要因となる。これらに関し、最近のパワー半導体レーザー(LD)およびこれを励起源
とした LD 励起固体レーザー(Diode Pump Solid State Laser: DPSSL)の進歩が著しい。これ
により、CW、パルスとも高効率、高出力の産業用機器としてのレーザー装置が実現されつ
つある。
特にレーザー核融合によるエネルギー利得の実証を 2〜3 年後に控え、動力炉に必須の高
ピーク(TW~PW)出力でかつ高繰返し(10〜100Hz)の効率のよい(>10%)産業機器仕
様のレーザー開発が世界各国で着手されることになってきた。その基盤となるレーザー・
光要素技術が大きな進歩を見せ、システム開発の戦略が立てられることによるものである。
このようなレーザー技術の進歩と、レーザー核融合に関連した超高エネルギー密度物理の
進歩と相まって、レーザー中性子源の産業機器としての高強度化、高効率化、高性能化が
進むものと期待される。
5.1. はじめに
レーザー技術の進歩とともにレーザーパワーは止まるところを知らずに伸びている。そ
れも単に放出エネルギーが大きいというだけでなく、空間的に強く絞ることができ(超高
強度)、かつ時間的にも圧縮しうる(超短パルス)制御性を整えているのである。さらに単
色性、波長可変性、短波長化等周波数領域での制御性、特性も向上してきた。実用的なレ
ーザーとしては炭酸ガスレーザー、YAG、ガラス等の固体レーザー、KrF 等のエキシマー
レーザー、自由電子レーザー等がそれぞれの特徴を生かした高機能レーザーとして定着し
つつある。中でも最近進歩が著しい半導体レーザーは、赤外から可視紫外へと波長域を拡
大するとともに、その高出力化は目覚ましく、各種固体レーザーの励起源としての利用を
含め、21 世紀におけるレーザー・フォトにクスの中心的デバイスとして応用分野を拡張し
114
てゆくことになろう。
5.2 レーザー技術の進歩
5.2.1 高機能レーザーの極限性能
レーザーの最もレーザーらしい特性についてこれまで実現されているパラメータと、そ
のレーザーの種類をとりまとめて表 5.2.1 に示す。1 ペタワット(1015 W)のレーザーが建
設され、これを集光することにより 1020 W/cm2 以上の超高強度が得られるようになった。
励起・電離やプラズマ生成等原子・分子過程から、さらには核変換・制御も可能な物理領
域が実現され、実用に供されようとしている。連続出力 100 kW のレーザー光を波長程度
まで絞ることが出来るため、通常の溶接、切断、穴あけのみならず、造船、鉄鋼などの重
工業から土木建築まで新しい技術体系を構築しうる状況となってきた。
周波数領域の特性に関しては、ほとんど単一周波数での発振が実現され、高精度干渉計
によるシフトを利用した同位体分離技術が開発され、実用域に達している。波長可変性と
ともに原子・分子物理や光化学プロセス制御にユニークな利用法が拓けつつある。
表 5.2.1 高出力レーザーの典型例と性能
115
X 線領域への短波長化や、高強度レーザーによるγ線発生、フェムト秒からさらにはア
ト秒へといたる超短パルス発生は、これまでの技術で実現し得なかった未踏の物理領域、
物理現象を実現しており、科学技術の全く新しい知見が得られるものと期待されている。
これらの高機能レーザーが、使用条件、環境条件に対して強じんで、かつ低コスト、メ
ンテナンスも容易なシステムとして実現されると、科学技術のみならず産業技術としても
重要な基盤技術となる。電力からレーザー光への変換効率が 50%以上と高く、かつ長時間
安定動作が可能なパワー半導体レーザーを基盤技術として産業用レーザー・フォトにクス
の分野が拓かれつつある。
5.2.2 パワー半導体レーザー
半導体レーザーの出力増強の歴史とその基盤となる技術を図 5.2.1 に示す。1 チップから
の出力が数 mW から 100 mW 程度まで向上し、出力・寿命の安定性向上と相まって光通信、
CD、DVD 等への応用が拓けた。成膜技術の向上によりワイドストライプのチップが開発
され、出力が一気に数ワットまで向上した。これをアレイ化することにより 1 cm 程度の長
さの基盤上のマルチチップから 10〜100 ワット程度の出力が得られている。このようなア
レイをさらに積み上げるスタッキングにより 1 cm2 の面から数 kW の出力が得られるまで
になった。
図 5.2.1 高出力半導体レーザーの進展 (AlGaAs)
半導体レーザーが 21 世紀のレーザー・フォトにクスの基盤技術として注目されている要
因は、このような高出力化とともに、電力からレーザー光への変換効率の高いこと、チッ
プの量子設計により広範囲な波長域で発振可能なことである。図 5.2.2 に各種チップ構成に
よる発振波長域、出力、効率をまとめて示す。量子素子の設計技術、製作技術の進歩によ
り波長域、出力、効率ともその特性が急速に向上しつつある。
116
図 5.2.2 ダイオードアレイ性能の典型例
(Qusai-CW, 室温)
高出力半導体レーザーの実用上の観点から重要なことは、チップからの除熱である。熱
伝導冷却、マイクロチャンネルにクーラントを流す方式等いろんなタイプが製作されてい
る。図 5.2.3 は水ジェットをレーザーチップの直近に吹き付ける噴流冷却タイプの 1 cm バ
ーからの出力特性を示す。cw で 1 cm のバーから 100 W の出力が得られている。
図 5.2.3
噴流冷却型 AlGaAs LD バーの電流-光出力特性
5.2.3 半導体レーザー励起固体レーザー
固体レーザーの励起にフラッシュランプに替えて大出力半導体レーザー(LD)を用いる
ことにより、固体レーザーとしての性能が大幅に改善される。その最大の理由は図 5.2.4 に
示すように LD の発振波長を最適化することにより、固体レーザー媒質に余分な熱負荷を
与えることなく、したがって高効率、高繰返し動作が可能なことである。さらに LD から
の出力光がレーザー媒質の励起に適したように一方向にコリメートしていること、LD がコ
ンパクトかつ長寿命であること等、励起源としては極めて適している。図 5.2.5 に主要な高
出力固体レーザーの LD 励起方式を示す。
117
図 5.2.4 Nd:ガラスのエネルギー準位、レーザー遷移(1054 nm)及び
LD 励起波長(803 nm)の関係
図 5.2.5 LD 励起の主な方法. (a): 端面励起,(b), (c): 側面励起, (d), (e): 表面励起.
(a)端面励起のロッドあるいはディスク、
(b)側面励起ロッド、
(c)側面励起のジグザ
グスラブ、(d)表面励起ディスク、(e)表面励起のアクティブミラー型薄ディスク等であ
118
る。これら以外にも LD 出力を光ファイバーでレーザー媒質まで導いて励起したり、ファ
イバーそのものをレーザー媒質としたファイバーレーザー等多彩なレーザーが構築され、
それぞれに特徴を出している。
LD をベースとしたレーザーシステムの例としてジグザグスラブ型 DPSSL を図 5.2.6 に示
す。DPSSL からの高出力レーザー光を集光してターゲットに照射することにより、プラズ
マ源、X 線源が得られている。高調波変換により強力な紫外線を発生することが出来る。
次節に述べられているパルス圧縮技術によりフェムト秒高強度レーザー光を発生できる。
LD の高出力化、集光性能の向上により、LD の直接利用が大きく展開されようとしている。
電力から 50%以上の高効率でレーザー光を発生し、これを集光することにより種々のレー
ザー加工が可能になる。電力とほとんど同じフォトンコストでレーザー光が使えるのであ
る。連続出力、パルスエネルギーは小さいが kHz から MHz という高繰返しのレーザー、
核融合用レーザーとして設計されている低繰り返し(10Hz)だがパルスエネルギーの極端
に大きいレーザー等、それぞれ用途に応じて用いられる。
DPSSL
半導体レーザー励起固体レーザー
図 5.2.6 DPSSL の例(ジグザグスラブ型)
5.2.4 超短パルス・超高強度レーザー
短パルス・高強度レーザーの典型的なものは核融合用レーザーである。直径 1〜10 mm
程度の燃料を動的に圧縮するため、投射するレーザー光のパルス幅は 1〜10 ns 程度は必要
である。これでピーク強度を上げるためには発振器から所定のパルス幅のレーザー光をパ
ワー増幅する。このような方式を MOPA(Master Oscillator Power Apmlifier)システムとい
う。光学材料の非線形効果や光誘起損傷を避けるため、核融合用のような超高強度レーザ
ーでは増幅にともなってビーム口径を大きくするとともに、さらにビーム数を増やす。阪
大レーザー研の激光 XII 号はビーム数 12 本で最終口径 35 cm である。爆縮による核融合点
火・燃焼をおこし、エネルギー利得を実証するため米国リバモア研で建設が進められてい
る出力 1.8 MJ の NIF (National Ignition Facility)システムはビーム数 192 本で最終口径は
119
40 cm×40 cm である。図 5.2.7 に NIF の完成図を示す。アメリカンフットボール場 2 面位
の大きさの、クリーンルーム仕様のビルに収容・展開されている。これで全ビームを合わ
せたピーク強度は 1015 W(ペタワット)程度である。
図 5.2.7 192 ビームを有する NIF (National Ignition Facility) 装置
ピーク強度 P は P=Ep/Tp(Ep:レーザーパルスエネルギー、Tp:パルス幅)で与えられる
ゆえ、パルス幅 Tp を 3 桁せまくすれば、同じピーク強度を得るためのエネルギーは 3 桁小
さくてよいことになる。1 ペタワットのピーク強度を得るのにパルス巾が 1 ps では 1 kJ、
100 fs では 100 J でよい。したがって小型のシステムで TW から PW のピーク強度が得られ
ることになる。
これにさらに LD 励起を採用すれば、よりコンパクトになるとともに、余分な熱負荷の
ない、したがって高効率な超高強度レーザーシステムを構築することが出来る。
図 5.2.8 にレーザー出現以来のピーク強度の増強とブレークスルーをもたらした新技術
を示す。Q スイッチ、モードロッキング、チタンサファイヤ等超短パルス発生、増幅に必
須の広帯域レーザー媒質の開発等である。
図 5.2.8 小型 (開口 1 cm2) レーザーにおけるピーク強度と集光強度の増大
最近急激なピーク強度の向上と超短パルス化をもたらしている技術は CPA
(Chirped Pulse
Amplification)といわれるものである。この原理を図 5.2.9 に示す。発振器からの超短パル
120
スレーザー光はパルス幅の逆数に比例してスペクトル幅が広い。これを回析格子等を用い
て分光し、スペクトル幅に応じたパルス幅の光に引き伸ばす。これをパルスストレッチャ
ーという。このようにスペクトル(波長)分解して拡げられたパルスは、パルスの前から
後にかけ波長(周波数)が変化している。小鳥のさえずりの周波数変化に似ていることか
らチャープパルスと呼ばれている。このようにしてピーク強度を低くしたパルスを広帯域
のレーザー増幅媒質を通してエネルギーを増強した後にパルスストレッチャーと逆の方法
でパルスを圧縮する。これによりピーク強度が高くなる。
Chirped Pulse Amplification
stretcher
compressor
MOPA=
Master Oscillator and
Power Amplifiers
stretched
amplified
compressed
100fsec
100fsec
pow er density ( W/cm 2 )
図 5.2.9 CPA-MOPA システムの構成例
図 5.2.10 に阪大レーザー研において、レーザー核融合における高速点火実験のために建
設された PW レーザーを示す。500 J/500 fs で 1 PW の出力を得ている。図 5.2.11 に世界の
超短パルスレーザーの例を示す。出力数 J でもパルス幅を数 10 fs とすることによりテーブ
ルトップサイズで数十テラワットのシステムを構築するこ
とが出来る。新しい物理研究のツールとして世界各国で用い
られており。市販品も増えてきた。これを更にコンパクトに
かつ複雑な調整やメンテナンスを不要とした装置にするこ
とにより、レーザーの新しい産業応用が拓けるものと期待さ
れている。
図 5.2.10 大阪大学レーザー核融合研究センター
における PW レーザー装置
121
NIF
LMJ
1P
W
1MJ
1kJ
LLNL
W
ILE-Osaka
1T
Energy
Rutherford
Appleton L.
JAERI
LULI, France
T6
1J
size acceptable to
industrial
applications
1mJ
1as
1fs
commercial
and others
1ps
1ns
Pulse duration
図 5.2.11 主要な超短パルス高強度レーザーのパルス幅と出力エネルギー
5.3 玄武レーザー(中性子源用レーザーの設計例)
阪大レーザー研と浜松フォトにクスの共同開発によって、これまで核融合用レーザーと
しては図 5.3.1 に示す「HALNA」(High Average power Laser for Nuclear Application)を、リ
ソグラフィー用 EUV 光源に用いることを目的とした Nd:YAG セラミックレーザー(図
5.3.2)を試作し、実用機開発への技術課題を解明、分析してきた。これらの成果にもとづ
き中性子源用レーザーとしての柔軟性、発展性等を考慮した GENBU(玄武)レーザーの
設計を行っている。その設計仕様、構成等を図 5.3.3 から図 5.3.6 に、効率、出力特性等を
まとめて表 5.3.1 に示す。これまでの HALNA 及び EUV 光源用レーザーの開発成果及び励
起用半導体レーザー、レーザー新材料等の要素技術の進歩、成熟度よりみて、中性子源用
レーザー開発の基盤は整ったと言える。
図 5.3.1 HALNA
122
図 5.3.2 EUV 光源用 Nd:YAG セラミックレーザー
図 5.3.3 高パルスエネルギー化と高平均出力化
123
図 5.3.4 新材料低温冷却型レーザー材料
図 5.3.5“GENBU(玄武)”レーザーの構成
124
図 5.3.6 1-kJ 主レーザーの増幅ヘッド
表 5.3.1 効率と所要電力
125
6 章 レーザー中性子源が拓く新産業
概要
本委員会ではレーザー中性子源が開く新産業について関連する物理、技術、産業応用分
野について現状が全体的かつ総合的に見渡せるような調査研究を行うとともに、特に重要
と思われる産業分野についてできるだけ具体的かつ定量的に検討・評価を行うこととした。
そのためまず委員会に以下の 4 つの専門家よりなる分科会を設置した。
①レーザー技術分科会、②レーザー中性子発生分科会
③レーザー中性子制御分科会、④レーザー中性子新産業利用分科会
である。
それぞれの分科会において物理技術及び応用例について現状をサーベイするとともに本委
員会でとり上げた具体的な応用例について必要仕様の具体的検討を行った。さらに、それ
ぞれの結果をつき合せ、相互間の整合性をとる作業を行った。その結果をまとめて表 6-1
に示す。そのうちリチウムイオン電池開発への応用については 6.1 節にまとめて報告する。
14 MeV 中性子による放射能消滅処理、核融合・核分裂ハイブリッドシステム等について
は新しい作業委員会を編成し、長期的な視点で検討することとした。
表 6.1 レーザー中性子源による新産業分野の創成
分野
計測・分析
医療応用
物質改変
目的
リチウムイオン電池開発
中性子ガン治療
パワーエレクトロニク
ス用 Si 製造
水素エネルギーシステム (BNCT)
開発
10
12
12
中性子発生数
10 ~10 n/s
レーザー仕様
(A)100 J (10 ) ×
13
10
15
10 ~10 n/s
11
13
1 kJ (10 ) ×
(10~100) Hz
(中性子数/パルス)
14
10 ~10 n/s
10 kJ (10 ) ×
(10~100) Hz
(10~100) Hz
10
(B) 10J (10 ) × 1 kHz
中性子発生機構
(A) ビームターゲット
ビームターゲット
ペレット爆縮
(B) クラスターターゲッ
ト
5
2
サンプル上中性 >10 n/s・cm
9
2
>10 n/s・cm
照射形状による
中性子エネルギ 熱中性子
熱中性子
照射ウエハサイズによ
ー
熱外中性子
る
減速・ガイド・収束
減速・照射形状設計
子束
中性子制御
減速・ガイド・収束
126
6.1 レーザー中性子源による2次電池開発に向けた新計測手法の開発
6.1.1 はじめに
炭素の排出を削減し地球温暖化を抑制するには、効率的な電気エネルギーの発生や貯蔵
のための新技術を開発することが重要である。例えば、電気自動車やハイブリッド車技術
の革新が必要であり,それには水素貯蔵、燃料電池、リチウムイオン電池の新技術が必要
である。燃料電池やリチウムイオン電池の研究開発には、システム中の電極の損傷、水素
やリチウムの挙動を計測することが必要である。中性子、イオンや硬 X 線はこのような現
象を診断するのに適した手段である。しかしながら、通常の照射装置は巨大で遠隔地に有
る等不便であるため、材料開発の速度は限定的である。レーザーにより誘起される中性子
源や高 Z のレーザープラズマからの X 線源はこの目的にそったコンパクトで多様なビーム
計測を実現するシステムであり、高い角度分解能の実現が可能である等ユニークな特徴を
持っている。この様に、レーザーによって駆動される中性子や X 線源を利用する可能性を
実証するとともに、電極や、リチウムや水素を観測するための方策を明らかにすることが
期待されている。(図 6.1.1 参照)
コンパクトなレーザー駆動の短パルス硬 X 線や中性子源を実現し、水素エネルギーシス
テムとリチウムイオン電池の診断に利用することによって、先進的電気自動車やハイブリ
ッド車の研究開発に寄与し、地球温暖化の抑制に貢献することが可能となる。
図 6.1.1 レーザー駆動中性子、イオン、X 線計測システムの概念図
6.1.2 研究課題
現状のリチウムイオン電池や燃料電池では、エネルギー密度の高さが十分でなく、かつ
寿命も長くない。そのため、電極と電解質のよりよい材料の組み合わせを探索することが
求められている。
(図 6.1.2 と図 6.1.3 を参照) そのような材料を探索するため、電池を構
成する要素の時間発展を観測し使われている材料を評価しなければならない。この目的を
達成するためには、効率的で便利な計測システムの開発が不可欠である。
127
陽極材料
(Li-Me-O-P)
(陰極材料)
(電解質)
放電
図 6.1.2 リチウムイオン電池の機構と電極の劣化
グラファイト等の陰極材料とコバルト等の陽極材料、及び、その間の Li イオンを伝導す
る電解質材料を探索することが重要。各材料は充電と放電の過程で Li イオンの出入り等で
劣化してゆく。
図 6.1.3 Co, O, P に対する Li の配向の仕方で
酸素の電子状態が変化し材料の伸縮が起きる。
この電子状態を X 線や 6Li による中性子吸収や
イオン誘起蛍光により診断する。
1)
燃料電池の場合には、水素分子の分解に用いられる触媒に白金以外の物質を見つけ
ることが求められている。この目的のため、白金電極表面での水素分子の解離過程を明ら
かにすることが必要である。そのために、中性子、イオン及びX線診断と UPM にける MD
シミュレーションが有効である。
2)
水素貯蔵において、研究対象の一つは重量比で十分な水素を貯蔵することの出来る
物質を探査することである。水素貯蔵物質の探索において、中性子もしくはイオンによる
診断が本質的に重要な役割を演じる。
上述のように、高輝度 X 線、中性子もしくはイオンの発生,ならびにそれらのビームを
用いた新しい診断法を開発することが急務となっている。
128
6.1.3 研究開発の動向
6.1.3.1 国内の研究グループ
G.Muorou により超高強度短パルスレーザーが発明されて間もなくより、加藤教授の指導
のもと大阪大学のグループは世界最高級の出力を持つ GMII レーザーの開発に着手した。
完成したレーザーは我が国では最高出力の短パルスレーザーとなり、相対論的なレーザー
プラズマ相互作用研究の先導的役割を果たした。GMII 実験の成果をもとに、ペタワットレ
ーザーやチタンサファイアレーザーが大阪大学、東京大学や日本原子力研究開発機構にお
いて建設され、高速点火核融合や相対論レーザープラズマの更なる研究が推進された。一
方、2003 年~2007 年の間、極端紫外線によるリソグラフィーのプロジェクトが開始され、
高平均出力の極端紫外線源が開発され、波長 13.5 nm の極端紫外線へ非常に高い変換効率
を達成した。以上の成果は、中性子、イオン、X 線源の開発とそれを道いる診断技術の開
拓の基盤となるものである。
このプロジェクトでは、高平均出力レーザーが 大阪大学、浜松フォトにクス、GPI の間
での共同研究により開発される。KW 級のナノ秒レーザーが EUV プロジェクトで開発され
ており、その成果を発展させて高いフラックスの中性子や X 線の発生に用いられる。極端
紫外線プロジェクトでは、ターゲット製造や高繰り返しターゲットの入射が開発されてい
るが,それは中性子,イオン、X 線の発生においても重要な技術である。
1970 年代半ばより、レーザープラズマを解析するためのいろいろなシミュレーションコ
ードが大阪大学において開発されている。相対論的レーザープラズマ相互作用に関し、統
合シミュレーションコード
来
FI3( Fast Ignition Integrated Interconnected Code) が 2003 年以
「ペタワットレーザーによる高エネルギーレーザープラズマの研究」のもとで開発が
進められた。このコードは、放射流体コード(PINOCO)、相対論レーザープラズマ相互作用
を記述する PIC コード、相対論電子の輸送や高密度プラズマ中での核反応記述するための
ホッカープランクコードを含んでいる。これらのコードはレーザープラズマ中での中性子、
イオン、X 線の発生過程の解析や、それらの発生駆動用レーザーならびにターゲットの設
計に利用されることが期待される。
中性子の輸送、減速及び診断に関しては、J-PARC プロジェクトの一環として日本原子力
研究開発機構の池田とそのグループが研究を進めてきた。彼らは我が国におけるこの分野
をリードするグループである。
リチウムイオン電池や燃料電池および水素貯蔵に関して、京都大学の小久見、内本教授
ならびに豊田中央研究所が研究の最前線を開拓している。最近(2009 年 6 月)経済産業省
(NEDO)の支援により先進的リチウムイオン電池の開発プロジェクトが開始された。このプ
ロジェクトは京都大学の小久見教授の主導によるものである。このプロジェクトでは、
J-PARC の中性子源と Spring-8 の X 線源が リチウムイオン電池の電極や電解質の診断に使
われる予定である。この診断グループは内本教授により指導されている。
129
6.1.3.2 世界的な研究動向
この分野では、いくつかの国家プロジェクトが進行中もしくは計画されている。しかし,
国際協力はまだ未成熟で有り、唯一の国際プロジェクトは IAEA-CRP であるが,これは研
究情報交換の範囲にとどまっている。以下3つの類似プロジェクト/計画を列挙する。
1)IAEA-CRP
これは、今年秋より 3 年計画で実施予定で、タイトルは“Applications of Laser Neutron Source
for Lithium Battery and Hydrogen Energy Technology “である、このプロジェクトのゴールは各
国で定めた目標に対して国別に独自に取り組むことが求められている。CRP の目標は、燃
料電池や水素貯蔵のための材料評価のために原子核工学に診断技術を選択的に利用するこ
とが目的である。
2)NEDO プロジェクト: http://www.nedo.go.jp/activities/portal/gaiyou/p07001/kihon
「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発」基本計画
研究開発の目的・目標・内容
石油依存度を低減し、多様なエネルギーでかつ低環境負荷で走行することができる燃料電
池自動車、電気自動車、プラグインハイブリッド自動車等の次世代クリーンエネルギー自
動車の開発、普及が期待されている。 本研究開発は、ハイブリッド車、電気自動車、燃料
電池自動車等の早期実用化に資するために、高性能かつ低コストな二次電池及びその周辺
機器の開発を行うことを目的とする。
〔最終目標〕(平成 23 年度末)
本研究開発においては、高性能な蓄電システムの要素技術開発、現状のリチウムイオン電
池等の技術レベルをブレークスルーするための新材料等の次世代技術開発、耐久性評価・
安全性試験方法の確立等の基盤技術開発を実施することにより、2015 年において現状の蓄
電池性能(注)の概ね 1.5 倍以上、コスト 1/7 を可能とする次世代クリーンエネルギー自動
車の実用化を促進すること。及び 2030 年を目処に、現状の蓄電池性能(注)の概ね 7 倍を
見通す革新的蓄電池技術への基礎確立を目標とする。
3)米国エネルギー省の取り組み
(http://www.internationalbatteryinc.com/news_june_11_2009.php)
オバマ政権は環境に優しい自動車を開発するため予算の投入を決めた。それに基づき,
エネルギー省は 24 億ドルを電池の開発に投入することを決定した。2008 年の試算によると、
年間 90 億ドルの市場が有り、その他の電池も合わせると 2030 年には 1500 億ドルの市場に
なると予測している。
6.1.3.3 他の学術分野との関連
本開発研究は 6 つの分野、すなわちビーム科学、レーザープラズマ、核融合科学、化学、
材料学、システム工学(環境に優しい自動車設計)から構成される。最近の相対論レーザ
ープラズマ研究の進歩は「光量子ビーム科学」とも呼ばれる新分野を開きつつ有る。これ
130
により、極端紫外線リソグラフィー、X 線源、ガン治療のための陽子ビーム発生、中性子
源等クリーンでコンパクトな放射線源が提供されると期待さる。このプロジェクトでは,
さらに、化学、材料学、自動車産業 を巻き込んでいる。この意味で、懇提案はユニーク且
つかつて提案されたことのないものである。
6.1.4 想定される研究開発計画
第一段階
高出力レーザーによる中性子、イオン、X 線パルスを高繰り返しで発生する手法に関
する実証研究がこのプロジェクト第一段階である。実証研究ではレーザー生成の中性子や
数十 keV の X 線の輝度を検証する必要がある。さらに、レーザー中性子や X 線を燃料電池
やリチウムイオン電池の計測に適用する。特に、レーザービーム駆動の中性子もしくはイ
オンの計測への利用可能性を色々なターゲッットに対し評価する必要が有る。
高出力レーザーによる中性子の発生手法が探索され、評価されるが、大阪大学レーザー
エネルギー学研究センターや光産業創成大学院大学では、シングルショットでは広範な X
線やイオン発生研究が進められてきた。高強度短パルスレーザーによる中性子発生手法と
して:1) D-D, 2) P-Li, 3) P-Be, 4) 重イオンの e-n, g-n 反応が調査される。(図 1 参照)これ
らの核反応を誘起するため、数 MeV のプロトンを 1)クーロン爆発や 2)薄膜と短パルス
レーザーの相互作用での発生、高 Z プラズマ中での数 10 MeV の電子やガンマ線の発生が、
既存のレーザーによる実験や理論シミュレーションにより大阪大学や光産業創成大学で実
施される。また、これらに関連する共同実験や研究が日本スペイン双方で計画されている。
さらに、リチウムイオン電池、燃料電池、水素貯蔵の診断に向けて、短パルスレーザーで
発生した X 線の利用方法が並行して研究される。
第二段階
既設の超高強度高繰り返しレーザーにより、K-X 線の吸収、蛍光スペクトルやイメージ
ング、中性子画像計測、中性子のリチウム 6 による吸収イメージングなどの先進的診断法
を開発する。これらのデータを理論シミュレーションにより解析することで、有機電極等
の新電極材料、電極と非反応の有機電解質等の新電解質材料、燃料電池や水素貯蔵材料の
探索に応用する。(APS NEWS, 2009 May 参照)。上記の応用において、京都大学(内本教
授、小久見教授:NEDO プロジェクト)や豊田中央研究所(福嶋特別研究員)との産学の
共同研究が期待される。X 線計測の研究に関してはスペイン、サラマンカ大学、中性子イ
オン計測に関してはマドリッド工科大学等との国際的な共同研究の可能性も考えられてい
る。
第三段階
131
燃料電池、リチウムイオン電池、水素貯蔵のための新材料探索の視点より、レーザー
生成中性子、イオン、X 線による診断のメリットとデメリットを評価する。その結果とし
て、レーザー駆動の中性子、イオン、X 線の利用に関するデータベースが整備される。こ
れを基に、レーザー駆動の中性子、イオン、X 線測装置の工学設計が実施される。また、
その性能は現在進行中のリチウムイオン電池や燃料電池のプロジェクトで検証される。設
計には、10 J 数 100 Hz のレーザー設計と高繰り返しのターゲット導入装置、中性子の制御
装置、中性子等の計測装置設計が含まれる。
以上をもって、新しい計測システムの開発が完了する。
6.2 レーザー強力中性子源に関する今後の展開
これまで実験的に実現された最高の中性子発生数は爆縮による熱核融合反応を利用して、
13
14
10 kJ レーザーによる 10 n/ショット、30 kJ レーザーによる 10 n/ショット。いづれも D-T
封入ガラスマイクロバルーンの球対称爆縮で、再現性もよく、爆縮ダイナミックスも計算
機シュミレーションにより精度よく解明されている。これを 10~100 Hz で繰返し動作させ
14
16
ることにより、10 ~10 n/秒の中性子源が再現出来ることになる。
レーザーエネルギーが 100 kJ(高速点火)から 1 MJ(中心点火)レベルになると核融合
点火・燃焼が可能となり、核融合反応数は飛躍的に上昇し、強力な中性子源が可能となる。
米国ローレンスリバモア研究所における NIF(National Ignition Facility)装置は 2009 年に完
成し、8 月には試運転に成功し、2010 年から 2012 年にかけて点火実証実験を実施すること
になっている。これまで 40 年にわたる研究成果の蓄積よりみて、点火・燃焼・エネルギー
利得の実証は成功するものと信じられている。高速点火方式も実験研究が順調に進展して
おり、大阪大学レーザーエネルギー学研究センターにおける FIREX 計画により 2010 年か
ら 2015 年にかけて、超短パルス高強度レーザーによる爆縮コアの加熱から点火実証実験を
実施することとしている。
17
19
100 kJ クラスのレーザーによる高速点火により 10 ~10 n/ショット、MJ クラスの中心
18
20
点火により 10 ~10 n/ショットの中性子発生が見込まれている。これを 10 Hz で繰返すこ
18
20
19
21
とにより高速点火で 10 ~10 n/秒、中心点火で 10 ~10 n/秒の平均中性子発生数となる。
1 kJ クラスのレーザーでは、レーザー加速イオンビームによるビームターゲット反応で
10
12
10 n/ショット、エキスプローディングプッシャー型の爆縮で 10 n/ショットが可能であり、
12
14
これを 10~100Hz で動作させることにより 10 ~10 n/秒の中性子源が可能となる。
このような中性子源が産業応用のための中性子源となるか否かは、ひとえに 10~100 Hz
の繰返しで、高効率(~10%)かつ低コストで産業機器としての強靭性を備えた高平均出
力レーザー建設にかかっている。レーザー分科会での検討・評価によると、パワー半導体
レーザー励起の固体レーザーにより、技術的には充分可能であるとの見通しが得られてい
る。
以上に述べた強力中性子源が得られれば、新しい産業応用が展開しうる。医療応用にお
132
けるガン治療(BNCT)、PET 用短寿命放射性物質の製造、パワーエレクトロニクス用のリ
ンドープシリコンの製造(NTD)、原子炉からの高濃度放射性廃棄物の放射能消滅処理、炉
材料開発等々、すでに産業応用分科会においてサーベイしてきた通りである。
レーザー核融合研究は、いまや物理実証のための研究から動力炉へ向けての技術開発へ
と、歴史的な転換点を迎えようとしている。これと並行して進められるべき強力レーザー
中性子源はその産業応用を視野に入れて、新しい産業の創成を計るべきである。
133
委員名簿
委員長
三間
圀興
光産業創成大学院大学
委
中島
信昭
大阪市立大学大学院理学研究科
飯田
敏行
大阪大学大学院工学研究科
教授
兒玉
了祐
大阪大学大学院工学研究科
教授
田中
和夫
大阪大学大学院工学研究科
教授
疇地
宏
井澤
靖和
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
客員教授
河仲
準二
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
准教授
猿倉
信彦
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
教授
實野
孝久
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
特任教授
椿本
孝治
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
助教
中井
光男
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
准教授
中田
芳樹
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
准教授
西村
博明
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
教授
乗松
孝好
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
教授
萩行
正憲
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
教授
藤田
尚徳
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
准教授
藤本
靖
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
助教
宮永
憲明
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
教授
吉田
英次
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
技術専門職員
吉田
弘樹
岐阜大学工学部
中尾
安幸
九州大学大学院工学研究科
小西
哲之
京都大学エネルギー理工学研究所
阪部
周二
京都大学化学研究所
清水
裕彦
高エネルギー加速器研究機構
奥野
健二
静岡大学理学部
西村
新
自然科学研究機構
松村
明
筑波大学大学院人間総合科学研究科
教授
山本
哲哉
筑波大学大学院人間総合科学研究科
講師
植田
憲一
電気通信大学レーザー新世代研究センター長
西岡
一
岡野
邦彦
(財)電力中央研究所
原子力技術研究所
根本
孝七
(財)電力中央研究所
電力技術研究所
長井
圭治
東京工業大学資源化学研究所
員
特任教授
教授
大阪大学レーザーエネルギー学研究センター長
准教授
教授
教授
教授
物質構造科学研究所
教授
教授
核融合科学研究所
教授
電気通信大学レーザー新世代研究センター
134
准教授
上席研究員
上席研究員
集積分子工学部門
准教授
小川
雄一
東京大学大学院新領域創成科学研究科
熊田
博明
(独)日本原子力研究開発機構
教授
原子力科学研究所研究炉加速器
管理部
大井川宏之
(独)日本原子力研究開発機構
原子力基礎工学研究部門
グループリーダー
池田裕二郎
(独)日本原子力研究開発機構
J-PARC センター
物質・生命科学ディビジョン長
曽山
和彦
(独)日本原子力研究開発機構
J-PARC センター
物質・生命科学ディビジョン中性子基盤セクションリーダー
大山
幸夫
(独)日本原子力研究開発機構
原子力科学研究所
東海研究開発センター
副所長
藤井
保彦
(独)日本原子力研究開発機構
量子ビーム応用研究部門長
近藤
公伯
(独)日本原子力研究開発機構
量子ビーム応用研究部門
次世代レーザー開発研究グループ
山川
考一
(独)日本原子力研究開発機構
光量子融合研究グループ
研究主幹
量子ビーム応用研究部門
研究主幹
北川
米喜
光産業創成大学院大学光産業創成科
教授
瀧口
義浩
光産業創成大学院大学光産業創成科
教授
花山
良平
光産業創成大学院大学光産業創成科
助教
森
芳孝
光産業創成大学院大学光産業創成科
助教
山中
正宣
光産業創成大学院大学光産業創成科
教授
遠藤
琢磨
広島大学大学院工学研究科
准教授
金邉
忠
福井大学大学院工学研究科
准教授
鬼柳
善明
北海道大学大学院工学研究科
緑川
克美
理化学研究所
今崎
一夫
(財)レーザー技術総合研究所
主席研究員
藤田
雅之
(財)レーザー技術総合研究所
主席研究員
古河
裕之
(財)レーザー技術総合研究所
副主任研究員
来馬
克美
(財)若狭湾エネルギー研究センター
中山
隆幸
(株)IHI
土屋
昇
中央研究所
教授
主任研究員
常務理事
技術開発本部管理部技術企画グループ
(株)NHV コーポレーション
エネルギー環境機器事業部
事業部長
小川
公一
(有)岡本光学加工所
工藤
秀悦
オムロンレーザーフロント(株)
鈴木
良和
オムロンレーザーフロント(株)
135
課長
技術企画顧問
執行役員
横山
稔
川崎重工業(株)
研究三課
技術開発本部技術研究所機械システム研究部
課長
松久
光儀
関西電力(株)
研究開発室研究推進グル−プ
柳谷
高公
神島化学工業(株)
山村
史彦
昭和オプトロニクス(株)
福岡
善房
中部電力(株)
佐野
雄二
(株)東芝電力システム社
セラミクス部材料開発課
リーダー
第 1 製造部
次長
部長
発電本部原子力部業務グル−プ
電力・社会システム技術開発センター
課長
技監
福嶋
喜章
(株)豊田中央研究所
横川
元洋
伯東(株)
菅
博文
浜松ホトニクス(株)
中央研究所
川嶋
利幸
浜松ホトニクス(株)
中央研究所材料研究室
主任部員
久保村浩之
浜松ホトニクス(株)
中央研究所材料研究室
研究主査
三木
義郎
浜松ホトニクス(株)
顧問
惣万
芳人
三菱重工業(株)
神戸造船所新型炉プラント設計課
石井
伸也
三菱重工業(株)
先進技術研究センター先進技術・
電子グループ
主席研究員
西前
順一
福嶋特別研究室長・シニアフェロー
関西支店電子機器営業部
三菱電機(株)
部長
先端技術総合研究所
取締役
主席
レーザ・電気加工技術部
主席技師長
江崎
豊
三菱電機(株)
システム課
顧問
通信機製作所インフラ情報システム部観測
チームリーダー
(総括アドバイザー)
山中千代衛
(財)レーザー技術総合研究所
晝馬
輝夫
浜松ホトニクス(株)
中井
貞雄
光産業創成大学院大学
特任教授
加藤
義章
光産業創成大学院大学
学長
136
副理事長
会長
委員会活動記録(会合日時リスト)
□準備会
○第1回レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会設立準備会
日時:平成 19 年 10 月 2 日(火)13:30~17:00 頃
場所:大阪大学レーザーエネルギー学研究センター(吹田市山田丘 2-6)
研究棟3F
大会議室
議事:
1.ご講演
・中性子エネルギーシステム
三島嘉一郎 (京大原子炉実験所)
・中性子の産業応用
藤井保彦 (JAEA 量子ビーム応用研究部門)
2.委員会設置に関する議論
○第2回レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会設立準備会
日時:平成 19 年 11 月 9 日(金)12:30~13:30
場所:浜松ホトニクス産業開発研究所
イベントホール
議事:
1.挨拶
「レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会」
設立趣旨説明
2.委員会構成について
シンポジウム参加
9:00~12:25 「レーザー粒子加速が拓く新技術・新産業」
13:30~17:15 「中性子が拓く新技術・新産業」
□ 本委員会
○第1回レーザー中性子源による新産業創成調査委員会
「レーザープラズマにおける原子核過程の研究とその応用」研究会
日時:平成 20 年 3 月 13 日(木)14:00~17:00
場所:千里ライフサイエンスセンター
9F 903.4.5 号室
議事:
1.〔基調講演〕
(1)中性子の産業利用における茨城県の取り組み 林 眞琴(茨城県企画部)
(2)レーザー核融合研究の世界の現況
三間圀興(阪大レーザー研)
2.「レーザー核融合中性子源による新産業創成調査委員会」の活動について
(1)レーザー技術
宮永憲明(阪大レーザー研)
(2)レーザー中性子発生
疇地 宏(阪大レーザー研)
137
(3)中性子制御
池田裕二郎(原子力機構)
(4)中性子新産業
田中和夫(阪大レーザー研)
3.今後の進め方について
○第2回
自由討論
レーザー中性子源による新産業創成調査専門委員会
日時:平成 20 年 9 月 17 日
本委員会
13:30~17:00
見学会
17:20~18:30
場所:大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
研究棟4階大 ホール
議事:
1.委員長挨拶並びに今回出席者自己紹介
2.講演
(1) 加速器中性子源からみた魅力的中性子源の提案
清水
(2) レーザーによるイオンビーム加速
裕彦(高エネルギー加速器研究機構)
根本 孝七(電力中央研究所)
(3) ユーザーサイドからのレーザー中性子源に対する要求性能
福嶋
喜章(豊田中央研究所)
3.各分科会からの報告 他 (活動報告及び検討事項報告)
(1) レーザー技術分科
宮永 憲明 (阪大レーザー研)
(2) レーザー中性子発生分科
中井 光男 (阪大レーザー研)
(3) 中性子制御分科
池田裕二郎(原子力機構)
(4) 中性子新産業分科
田中 和夫 (阪大レーザー研)
(5) IAEA 水素技術への核技術応用委員会報告
中井貞雄(光産創大)
4.報告書案検討並びに今後の予定
アウトラインの検討と執筆分担
5.見学会
LFEX レーザー装置見学
○第 3 回レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会
日時:平成 21 年 4 月 21 日(火)午後1時 00 分~午後 4 時 30 分
場所:大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
研究棟 4 階大 ホール
議事:
1.委員長挨拶
疇地(レーザーエネルギー学研究センター長)挨拶
2.報告書作成について
(1) ハイブリッド炉をめぐる動き
中井貞雄(光産創大)
(2) 報告書の体裁について
三間
138
圀興(委員長)
3.各分科会の報告 (活動報告並びに報告書作成状況)
(1) 中性子新産業分科
田中 和夫 (阪大レーザー研)
(2) レーザー中性子発生分科
中井 光男 (阪大レーザー研)
(3) 中性子制御分科
池田裕二郎(原子力機構)
4.今後の対応
□ 分科会
■レーザー分科会
単独では開催されていない。
■中性子発生分科会
○第一回発生分科会
日時:平成 20 年 12 月 9 日
10:30~12:30
場所:大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
研究棟4階
セミナー室
出席者(敬称略):中井貞雄(光産創大)、三間圀興(光産創大)、疇地宏(阪大レー
ザー研)、宮永憲明(阪大レーザー研)、乗松孝好(阪大レーザー
研)、阪部周二(京大化研)、吉田弘樹(岐阜大)、城崎知至(阪大
レーザー研)、砂原淳(阪大レーザー研)、長友英夫(阪大レーザ
ー研)、白神宏之(阪大レーザー研)、中井光男(阪大レーザー研)
議事:
1.爆縮核融合反応中性子での可能性(LHART でどこまでいけるのか?)中井
2.「高強度短パルスレーザークラスター相互作用生成高エネルギーイオンを利用
した中性子源の可能性」
阪部
3.「Fusion Power Associate」での議論 三間
4.報告書構成案の検討
○第二回発生分科会
(第三回中性子制御・新産業利用及び第二回中性子発生合同分科会)
■制御・新産業合同分科会
○第一回中性子制御・新産業利用合同分科会
開催日時:平成 20 年 6 月 4 日(水)13:00~17:00
開催場所:学術総合センター
特別会議室
101
出席者:池田裕二郎(原子力機構)、鬼柳善明(北海道大学)
、清水裕彦(高
エネ研)、
曽山和彦(原子力機構)、前川藤夫(原子力機構)
以上中性子制御委員
田中和夫(阪大院工)、長井圭治(阪大レーザー研)記録
会
139
以上新産業委員
議事:
1.新産業利用分科会幹事の J-PARC 訪問報告(長井)
2.レーザープロトン加速レビュー(田中)
3.レーザー駆動 MeV 陽子入射中性子源の概念と成立の条件(池田)
4.加速器パルス中性子源の中性子発生について(前川)
5.Li(p,n)反応を利用する中性子発生に関するリチウムターゲットに関する考察
(鬼柳)
6.今後の進め方に関して(全体)
○第二回中性子制御・新産業利用合同分科会
開催日時:平成 20 年 9 月 10 日(水)10:00~15:15
開催場所:学術総合センター 特別会議室 101
(東京都千代田区一ツ橋 2 丁目 1 番 2 号 TEL 03-4212-6000)
出席者:池田裕二郎(原子力機構)、鬼柳善明(北海道大学)
、清水裕彦(高エネ研)、
曽山和彦(原子力機構)、前川藤夫(原子力機構)
、原田正英(原子力機構)
以上中性子制御委員、
田中和夫(阪大院工)
、福嶋喜章(豊田中研)
、長井圭治(阪大レーザー研)
記録 以上新産業委員会、 河仲準二、三間圀興、中井貞夫、疇地宏
議事:
1.第一回中性子制御・新産業利用合同分科会(6 月 4 日)議事録確認
2.レーザー技術レビュー(河仲)
3.小型加速器中性子源の検討状況(清水)
4.今後の進め方に関して(全体)
○第三回中性子制御・新産業利用及び第二回中性子発生合同分科会
開催日時:平成 21 年 1 月 9 日(金)13:00~17:00
開催場所:キャンパス・イノベーションセンター(東京)
多目的室6
(東京都港区芝浦 3-3-6(東京工業大学附属科学技術高等学校 内))
出席者:池田裕二郎(原子力機構)、前川藤夫(原子力機構)
、原田正英(原子力機構)
以上中性子制御委員、疇地宏(阪大レーザー)
、乗松孝好(阪大レーザー)
、
中井光男(阪大レーザー)、阪部周二(京大化研)(以上中性子発生委員)
田中和夫(阪大院工)
、惣万芳人(三菱重工業)
、長井圭治(阪大レーザー)
記録
以上新産業委員会、村田勲(阪大院工)、山本和喜(原子力機構)
以上講師
三間圀興、中井貞雄
以上オブザーバ
議事:
1.第二回中性子制御・新産業利用合同分科会 議事録確認(長井)
2.ホウ素中性子捕捉(BNCT)治療、新しいガン治療法の現状と認識
140
(村田勲
阪大)
3.中性子入射トランスミューテーションについて(山本和喜原子力機構)
4.クラスター核融合中性子源(阪部周二 京大)
5.レーザー爆縮中性子の発生に関して(中井光男 阪大)
6.今後の進め方に関して(全体)
□ 主査幹事会
○第一回レーザー中性子源による新産業創成調査委員会幹事会
日時:平成 20 年 6 月9日
13:00~16:10
場所:大阪大学レーザーエネルギー学研究センター
慣性核融合実験棟
3 階 実験統括室
出席者(敬称略):三間委員長、中井副委員長
発生分科会:疇地宏(阪大レーザー研)、中井光男(阪大レーザー研)
(記録)
制御分科会:池田
レーザー分科会:宮永憲明(阪大レーザー研)、藤本(阪大レーザー研)
新産業応用:長井圭二(東京工業大学)
議事:
1.委員長挨拶(三間)
2.作業班の進捗報告
3.IAEA 燃料電池水素サイクルの会合の報告(中井)
4.報告書原案作成に関して
5.今後の予定
141
「レーザー中性子源による新産業創成調査研究委員会」
報告書
平成 22 年 2 月発行
財団法人レーザー技術総合研究所
IFE フォーラム/レーザー核融合技術振興会
事務局
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TEL
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