吸入酸素濃度と肺傷害,感染症: 高い吸入酸素濃度の有用性と 問題点

周術期呼吸管理
吸入酸素濃度と肺傷害,感染症:
高い吸入酸素濃度の有用性と
問題点
Contribution of Oxygen Concentration to Acute
Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory
Oxygen Concentration Helpful or Hazardous?
東京女子医科大学麻酔科学教室
佐藤暢夫
Nobuo Sato
小谷 透
Toru Kotani
麻酔中の吸入酸素濃度上昇や術後数時間の酸素投与は,低酸素イベントの回避,嘔気嘔吐の防
止,創部感染防止を期待して行なわれている.しかし,効果が得られるのは低酸素の回避のみで,
高濃度酸素投与は吸収性無気肺の発生,抜管時期の遅延,低酸素症状の発見の遅れ,重篤な低酸
素血症におちいる危険性も内包する.適切な酸素投与法について症例ごとに検討する必要がある.
吸入酸素濃度を論じるうえで
必要な基礎的事項
1. 低酸素血症について
の結合の割合は SaO2 で表され,血液中の溶解量は PaO2
で表現される.ヘモグロビン(Hb)は 4 つのヘムで構成
され,1 つが酸素を結合するとHb 全体の構造が変化し他
のヘムと酸素との結合が促進される(アロステリック効
ヒトの細胞が生きていくために酸素は不可欠である.酸
果).この結果,Hbの酸素結合状態は all or nothing の
素は肺から血液中に取り込まれ末梢組織に運搬されるの
状態となり,酸素が豊富な肺では酸素を吸収し,少ない
で,血液中の酸素含量は生命活動が維持できるかの評価
末梢組織では酸素を放出することが可能となる.つま
指標として重要である.酸素は血液中にすばやく溶解す
り SaO2 と PaO2 の関係は S 字状を描く(図 1 )1).低酸素
るがごく一部であり(溶解係数 0.0031mL/dL/mmHg),
血症とは動脈血の酸素分圧が低下している状態をいい,
大部分は血液中のヘム鉄と結合し運搬される.ヘム鉄と
組織血流が維持されていても低酸素症が発生する.低
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酸素血症の臨床症状として,PaO2 60mmHg 以下で軽度
化炭素症を生じる.麻酔薬など呼吸中枢に影響を与える
の精神機能の障害と視力の減退,軽度の過換気,40 〜
薬物や脳幹の障害などによって呼吸運動が障害される中
50mmHg 以下で頭痛,傾眠,意識混濁,頻脈,軽度高
枢性低換気と,気道が狭窄・閉塞する末梢性低換気に分
血圧が認められ,非常に重症の低酸素血症では徐脈,低
けられる.肺胞換気を増加させることで改善する.
血圧となる .組織血流が低下した場合は,低酸素血症
2)
(2)換気血流比不均等
効率的なガス交換を行なうためには,換気と血流のバ
がなくとも組織の低酸素は起こる.
ランスを常に調整する必要がある.しかし,肺内の血液
2. 低酸素血症の発生機序
は重力の影響により体下部に集中しやすく,逆にガスは
吸気運動により取り込まれた新鮮ガスは比較的太い気
体上部に集まりやすいため,換気と血流のミスマッチが
道までは速い流速で末梢領域へと広がるが,やがて流速
生じやすい.陽圧強制換気を行なうとこの状態が助長さ
を失い,その先は拡散という物理現象により肺胞に到達
れる.換気血流比を維持するために肺毛細血管は酸素分
する.拡散はガスの濃度勾配に従う.肺胞ではHbが酸
圧の低い肺胞への血流を減少させる自動調節能,低酸素
素分子を積極的に結合し持ち去るため,気道から肺胞に
性肺血管収縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction:
むけて濃度低下勾配が発生する.CO2 は口側にむけて減
HPV)を有する.HPV の機序はいまだ明らかでない.各
衰する濃度勾配に従い拡散し,あるレベルの気管支から
種病的状態や一部の血管拡張薬および麻酔薬によって抑
は呼気運動により体外に排出される.これら一連の流れ
制される.図 3 では左の肺胞の酸素分圧が高いにもかか
が損なわれるとガス交換が障害される.
わらず,右の肺胞に血流が多く流れ,HPVが抑制されて
低酸素血症を起こす生理学的機序として次の 4 つがあ
いることがわかる.HPVを促進させる,あるいは調整
る .
1)
(1)肺胞低換気
肺胞に到達する新鮮ガス量低下により生じる(図 2 ).
有効な濃度勾配が維持できなくなるため,肺胞−毛細血
全酸素含量
100
Hbと結合した酸素
80
18
14
60
10
40
6
20
0
22
溶解酸素
20
40
60
80
2
0
100 600
酸素含量(mL/100mL, vol%)
ヘモグロビンの酸素飽和度(%)
管間のガス交換が行なえなくなり,低酸素血症と高二酸
酸素分圧
(Po2)
(mmHg)
図 1 ヘモグロビン酸素解離曲線(文献 1 より引用・改変)
pH7.4,二酸化炭素分圧(Pco2 )40mmHg,37℃の条件で
の酸素解離曲線を( )示す.また,ヘモグロビン(Hb)
を15g / 血液 100mL とした場合の,全酸素含量を( )
示す.
図 2 肺胞低換気の発生模式図
肺胞への新鮮ガスの供給がなくなり,ガス交換が障害さ
れる.
O2
O2
シャント
図 3 シャントならびに換気血流比不均等の発生模式図
できる薬物は発見されていない.HPVが抑制されている
残りの 0.5 秒は予備力と考えられる.拡散量は肺胞壁の
状態で体位変換を行なうと,血流分布の変化によりミス
表面積と酸素や二酸化炭素の分圧差に比例し,拡散距離
マッチが助長され低酸素血症が悪化することがある.治
に反比例する(図 4 ).肺水腫や肺間質の炎症が代表的
療では,ミスマッチを助長する薬物があれば投与中止す
な病態である.酸素濃度上昇が対症療法である.
る以外には,対症療法として酸素濃度を上昇させ,背景
病態の改善を待つしかない.
(3)シャント
3. 酸素毒性
過剰な酸素は組織毒性をもつ.酸素毒性はフリーラジ
静脈血が換気されている肺領域をバイパスし,ガス交
カル(活性酸素)による細胞ないし,組織障害が主因と
換の機会を与えられず直接体循環系に流れ込む状態をい
考えられる.活性酸素は正常細胞の酸化還元反応により
.シャントには,気管支静脈や動静
う(図 3 右の肺胞)
産生されるため,細胞内にはフリーラジカルによる毒性
脈瘻のような構造的にガス交換に関与することのない解
効果から細胞を守る防御システムが存在しているが,活
剖学的シャントと,無気肺などのように構造的にはガス
性酸素が過形成されて防御能を超えると,タンパク質,
交換が可能であるが,その機能を失ったことによるシャ
脂質,DNA が変化して細胞傷害や細胞死に至る.酸素
ント様血流の 2 種類がある.無気肺が原因であれば肺胞
による組織傷害の病理学的変化は非特異的である.細胞
を再開通させる人工呼吸療法が有効であるが,吸入酸素
滲出期を経て終末期には肺線維化と肺高血圧などの不
濃度の上昇は効果を示さない.
可逆的変化が出現する点で急性呼吸促迫症候群(acute
(4)拡散障害
respiratory distress syndrome:ARDS) に 類 似 す る.
血液が肺胞近傍を流れている時間は約 0.75 秒といわ
この結果,生理学的な変化として残気量,拡散能,肺コ
れ,この間に肺胞から拡散してきた酸素を取り込む必要
ンプライアンスの低下がみられる(表 1 )3).酸素によ
がある.健常人では約 0.25 秒でガス交換は終了するため,
る組織傷害は細胞内代謝亢進(甲状腺ホルモン,アドレ
ナリン,テストステロン,高体温),薬物(ブレオマイ
シン,ニトロフラントイン,コルチコステロイドなど)
により増強する可能性がある 4).
O2
高濃度酸素投与の“功”
高濃度酸素投与の“功”
ここでは「高濃度酸素」を「吸入酸素分画(F I O2)0.60
以上」と定義する.
PO2
100
表 1 健常者 100%酸素吸入時の臨床所見
(文献 3 より引用・改変)
PO2 =70
吸入時間(時間)
肺機能正常
40
0∼12
0.75 秒
拡散に要する時間
図 4 拡散障害の発生模式図
臨床所見
拡散障害では酸素が血流に拡散するまでの時間が長くな
る.通常は 0.25 秒程度である( ).生体は予備力とし
て 0.75 秒までの遅延を許容するが( ),それ以上にな
ると酸素化が悪化する( ).
気管・気管支炎
胸骨下痛
12∼24
肺活量減少
肺コンプライアンス低下
24∼30
P(A-a)O2 増加
運動時 PO2 低下
30∼72
肺拡散能低下
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1. 低酸素症の予防 / 治療
肺の病理変化があったとしても高濃度酸素によるもの
Edmark らは子宮摘出術予定患者において,導入時の
か,原疾患の悪化によるものか区別しがたく評価は難し
F I O2(0.6,0.8,1.0)が高いと,肺底部の無気肺領域が
いが,高濃度酸素による組織毒性のプロフィールは曝露
増加する(それぞれ 0.3 ± 0.3,1.3 ± 1.2,9.8 ± 5.2cm2 )
期間により異なることだけは間違いないだろう.
ことを胸部 CT の解析で示した .
5)
全身麻酔後には術後低酸素血症を含む肺合併症は 2 〜
40%で発生している 6).患者要因としては喫煙や慢性閉
塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:
COPD)など呼吸機能や循環機能,免疫反応の異常があ
酸素毒性で重要なのは吸入濃度ではなく PaO2 であり,
この結果,低酸素血症患者への臨床では肺の組織学的変
化は,ほとんど起こらないと指摘する意見もある.
2. 低酸素イベント発見の遅れ
り,全身麻酔関連要因には過剰な輸液,無気肺を発生さ
Fu ら 12) は術後低換気の影響を調査するため,下腹
せるような不適切な換気設定,麻酔中に使用した薬物(麻
部あるいは下肢血管外科手術後 45 症例の分時換気量を
酔薬,筋弛緩薬,オピオイドなど)の効果残存が,手術
50%に減じたところ,F I O2 0.21 では SpO2 の低下がみら
関連要因には胸部手術や腹部手術など横隔膜に近い領域
れたが,0.25,0.3 では異常を感知できなかった.また,
に切開創がある場合が含まれる.原因に関わらず低酸素
術後回復室滞在 288 症例では,SpO2 が 90%以下に低下
血症への対症療法として酸素投与の有効性が確認されて
する割合は室内気群で 9.0%と酸素投与群の 2.3%の 4 倍
いる .急性呼吸不全治療の第一選択も酸素療法である.
であり,周術期の酸素投与が SpO2 モニターの感度を低
7)
下させ,低酸素血症の発見が遅れる危険性について警告
2. その他
している.
術後悪心・嘔吐予防や術後創感染に有効との報告が
あった(後述)
.
3. 吸収性無気肺
麻酔に関連する無気肺の原因の 1 つに吸収性無気肺が
高濃度酸素投与の“罪”
3.高濃度酸素投与の“罪”
1. 組織毒性
ある.100%酸素で脱窒素を行なうと,血液に酸素を吸
収された後,肺胞内圧を維持するガスがなくなり肺胞は
虚脱する.分圧の上昇で気体の吸収率も上がることも関
8)
与する 13).
高濃度酸素ほどフリーラジカルが増加するので,酸素
による組織傷害の危険性も高くなる.おそらくフリー
4. 換気抑制
ラジカルに対する生体防御機構〔Toll 様受容体(Toll-
COPD のように CO2 に対する換気応答を失い,低酸素
like receptor:TLR),単核貪食細胞系(mononeuclear
に対するドライブに換気を依存している場合は,高濃度
phagocyte system:MPS),NO pathway,ケモカイン
酸素投与により換気が抑制される.
など〕のレベルの違いにより ,肺組織への影響や生存
9)
期間には種差がみられる 10).ラットの研究では 100%酸
5. HPV の抑制
素吸入では 3 日以内に死亡するが,サルでは 2 週間は生
正常肺であっても肺内ガス分布は均一ではない.前述
存可能であり,おそらくヒトは,より耐性を有すると考
のとおり,肺胞内酸素分圧が低い領域では HPV により
えられる.ヒトへの高濃度酸素使用に関する限られた
肺血管が収縮し換気と血流のマッチングを調節している
臨床報告のなかでも 100%酸素の悪影響が報告されてい
が,酸素を投与することで肺胞内酸素濃度が上昇すると
る 11).一方で,100%酸素で 7 日間人工呼吸を受けた心
HPV が抑制され換気血流比不均等が増大する可能性が
臓術後症例の肺機能は 42%以下の酸素濃度の症例と違
ある 14).
いはなかった.頭部外傷症例で 31 〜 72 時間人工呼吸を
受けた症例では大気で換気された症例と比較し病理組織
上の違いはなかった.
6. 肺内シャントの増加
一般に P/F 比(= PaO2 ÷ F I O2)は F I O2 依存性に低下
する.この理由は F I O2 依存性に肺内シャント量が増加
チューブの位置異常,人工呼吸器の不適切な設定,カフ
するためといわれる 15).
漏れなどがある.肥満患者では仰臥位となっただけで低
換気となりやすいが,同時に換気血流比不均等やシャン
トも発生しやすく,複合要因が考えられる.全身麻酔中
現実的な対応策
現実的な対応策
は通常調節換気であり,その様式には従量式と従圧式が
ある.従量式換気モードでは換気量は担保されているよ
高酸素症(hyperoxia)が生体にとって安全でないと
うにみえるが,ガスの肺内分布に偏りを生じやすく,局
いっても,より危険な低酸素症の防止は常に最優先であ
所の過伸展や低換気を防止できないことがある.従圧式
る.低酸素症をみたら,酸素投与による不都合な合併症
換気モードでは気道 / チューブトラブルにより換気量が
があるとしても治療しなければならない.その際,高濃
低下する可能性があるものの,注意深くモニタリングす
度酸素による副作用を減らすために F I O2 の上限を定め
れば逆に低換気を察知しやすい.肺内ガス分布の不均一
るなら,「その患者にとって安全な」PaO2 を具体的に設
性は従量式に比べ起こしにくい.呼気終末陽圧(positive
定する必要がある.極論をいえば,ヒマラヤ山頂をめざ
end-expiratory pressure:PEEP)は機能的残気量を維
す登山家(もちろん十分訓練されており素人ではない)
持することで周術期低酸素血症の予防に役立つが,至適
にとっては PaO2 40mmHg は十分許容できるレベルであ
PEEP レベルの決定法に定説がないことが問題となる.
る
.
16)
2. 全身麻酔中の F I O2 設定
1. 全身麻酔中の低酸素血症の予防策
周術期の至適 F I O2 について結論はない.強いていう
全身麻酔中では肺胞低換気によるものが多い(表 2 ,
なら低酸素症を生じない濃度設定であるが,循環系への
3 ) .低換気の原因としては気道内の分泌物貯留,気管
影響が大きい手術では十分な予備力を作っておく必要が
17)
表 2 低酸素血症の原因と血液ガスの変化(文献 17 より引用・改変)
安静時 PaO2
(室内気吸入時)
安静時 PaO2
(酸素吸入時)
肺胞低換気
低下
正常
無変化もしくは低下
増加
換気血流比不均等
低下
正常
無変化もしくはやや増加,もしくは低下
正常
シャント
低下
低下
無変化もしくは低下
正常
拡散障害
低下
正常
小∼大で低下
正常
障害
運動時 PaO2
(室内気吸入時)
(安静時と比較)
表 3 肺疾患の違いによる低酸素血症のメカニズム(文献 17 より引用・改変)
疾患
低換気
換気血流比不均等
シャント
拡散障害
(+)
++
−
−
肺気腫
+
+++
−
++
気管支喘息
−
++
−
−
肺線維症
−
+
+
++
肺炎
−
+
++
−
無気肺
−
−
++
−
肺水腫
−
+
++
+
肺血栓・塞栓症
−
++
+
−
ARDS
−
+
+++
−
慢性気管支炎
PaCO2
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ある.予備力の少ない高齢者では低酸素血症による認知
F I O2 を極力下げることが IP の進行を防ぐために必要と
機能障害を指摘する報告がある 18).
なる 23).
3. 術後低酸素血症対策
5. 術後におけるその他の話題
人工心肺中は人工肺に問題がない限り低酸素血症にな
ることは少ないが,長時間人工呼吸を停止するために無
気肺による低酸素血症がしばしば問題となる 19).
(1)術後悪心・嘔吐
術後悪心・嘔吐(postoperative nausea and vomiting:
PONV)の頻度は 20 〜 70%といわれる 24 〜 27).PONV 発
Sinha ら 15)は冠動脈バイパス術後症例に対し,人工心
生機序として(たとえ短時間であっても)手術操作によ
肺離脱後,血行動態が安定した段階で F I O2 0.5 で投与す
る虚血が催嘔吐性物質を放出するとの説があり,PONV
る群と,30 分間 F I O2 1.0 を投与する群に分けたところ,
予防手段として F I O2 上昇が議論された 28).Greif らは腸
F I O2 0.5 群では酸素化の有意な改善を認めたのに対し
切除術予定231症例を術中F I O2 0.3 群と,F I O2 0.8 群に
て,F I O2 1.0 群は有意に酸素化の悪化を認めた.F I O2 1.0
分けた PONV 発生率を観察したところ,それぞれ 30%,
群では抜管までの時間も延長しており,離脱後 30 分間
17%と F I O2 0.8 群が少なかった 29).Goll らも婦人科腹腔
の酸素濃度の違いがアウトカムに影響を与える可能性を
鏡下手術 240 症例について F I O2 0.3 群,F I O2 0.3 +オン
示唆した.
ダンセトロン投与群,F I O2 0.8 群の 3 群に分けたところ,
これに対し,Downs は酸素供給量の増加は動脈血酸
PONV 発生率はそれぞれ 44%,30%,22%と F I O2 の上
素飽和度がわずかに上昇するのみで,Hb 濃度や,心拍
昇は制吐薬併用よりも効果的で,F I O2 0.8 とすることに
出量とは関係がなく,Fu らの研究にあるように,むし
よる無気肺などの肺合併症はなかったことから,PONV
ろ酸素投与をしない方が低換気や換気血流比不均等,肺
防止に有利と報告した 30).
内シャント,拡散障害など一次的肺傷害の発見が早く
しかし,その後は吸入酸素濃度と PONV の発生率に
なるとしており 20),周術期のルーチンの酸素投与に対
は関係がないとの報告が相次いだ 31 〜 33).Greif 論文の共著
し警鐘をならしている.心臓術後症例での術後低酸素
者でもある Sessler が加わったメタ解析では,10 論文中
血 症 は 術 中 か ら の PEEP の 使 用( い わ ゆ る open lung
8 論文で PONV 減少が確認できず,効果は期待できな
approach)により回避できるとの報告もある
.
21)
吸入酸素濃度を下げるためにはモニタリングが必須と
なり,モニターからの情報を処理するためのスタッフが
必要となる.それぞれの状況で最適な方法を選択するべ
きであろう.
いと結論している 34).Sessler が 2009 年に来日した時に
Greif 論文について尋ねたところ,即座に“That study
was wrong”と返答したことを付け加えておく.
(2)術後創感染
術後創感染(surgical site infection:SSI)の患者以外
の要因として創部の血流と酸素化が重要である.Greif
4. 全身麻酔中の特殊な状況
らは腸切除術後 500 症例について,術中から病棟帰室 2 時
(1)一側肺換気(OLV)
間後まで F I O2 0.3 と 0.8 で比較したところ,創部感染率が
OLV 中は医原性に巨大なシャントを起こしており,
それぞれ 11.2%と 5.2%であり,一般的な感染率 9 〜 27%
静脈系でガス交換されない血液が動脈系へ流れ込むた
と比較しても,F I O2 0.8 は SSI 予防に有効と報告した 35).
め,低酸素血症をきたす.HPV の反応により徐々に換
しかし,腹腔鏡下手術 1,400 症例に対して同様のプロト
気血流比不均等が改善し,酸素化が改善する .換気側
コルを用いた他の研究(PROXI trial)では,19.1%対
の肺胞虚脱を防ぐため PEEP を用いることが多いが,高
20.1%と有意差がなかった 36).さらに組織血流が悪化し
すぎる PEEP ではシャントが増大し,逆に酸素化が悪化
やすい肥満患者(BMI34)を PROXI trial のデータから
することがあるので個々の状況に合わせて適切な PEEP
抽出し同様の解析を行なったが,有効性は確認できな
1)
を用いる必要がある
.
22)
(2)低酸素血症をきたす肺病変合併例
間 質 性 肺 炎(interstitial pneumonia:IP) 患 者 で は
かった 37).この結果に対しては,肥満の程度が軽い,手
術内容にばらつきがある,という指摘があり,否定され
たとはいえないという意見もある 38).高圧酸素療法の効
果について,胸部術後の胸骨感染では感染期間に有意差
はなかったが,感染再発率,抗生剤投与期間,在院日数
まとめ
まとめ
が有意に低く 39),理論的に高濃度酸素吸入の効果は期待
できるはずである.高圧酸素療法では酸素毒性はさらに
現時点では高濃度酸素の効果を支持するデータは少な
ために,曝露時間の短縮が課題と
く,むしろ合併症のリスクもあることから,ルーチンに
短時間で発生する
40)
なる.
用いられるべき処置ではない.酸素投与の利点欠点を十
分に理解したうえで,明確な目的をもって適切な「濃度
と投与期間」を症例ごとに設定すべきである.
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