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【研究報告】B-5
セラピーホース活用への課題と可能性
○菅野恵子
エクウストリアン・リサーチ・オブ・ジャパン
【目的】
1980年代以降に起きた競馬ブームや乗馬クラブの大衆化により拡大された乗馬コ
ミュニティはセラピーホースにどのような接点をもつのか。乗馬クラブ会員、指導者へ
行った志向調査及び障がい者の競技スポーツ乗馬の観点からセラピーホースの活用の
可能性について考察する。
【方法】
1.調査法:自記式無記名質問紙調査を面接
調査法もしくは郵送調査法で実施した。
2.調査対象:全国乗馬倶楽部振興協会加盟
関東地区12か所の乗馬クラブに所属する
成人会員(339名)と指導者(129名)
本調査は筑波大学倫理委員会の承認を得た。口頭及び書面にて概要を説明し、回答又は
調査紙の返送にて同意を得たものとした。
3.リオオリンピック、パラリンピック馬術競技については同大会公式ホームページを
参照した。
https://www.paralympic.org/rio2016/schedule-results/info-live-results/
【結果】
入会動機として「体験乗馬・ビジター乗馬での騎乗体験」と回答した会員は75.5%
であった。所属する乗馬クラブについての回答からは乗馬クラブについて有効回答者の
95.6%が「馬や会員と楽しい時間過ごすこと」と回答し、次いで「安全面の配慮」
(78.5%)、「優れた指導技術を持つ指導者」(71.1%)や「馬の調教」(62.
2%)を評価して選択していることが示された。乗馬のメリットとして「唯一、動物と
一緒にできるスポーツ」、
「性別を問わず幅広い年代が参加できる」が90%以上の指導
者、会員に支持された。リオ大会の分析からは選手の平均年齢、男女比、強豪国はオリ
ンピックとパラリンピック間に共通の傾向がみられた。
【考察】
馬に触れる機会をもつことが参加者の増加に有効な手段であり、仲間や馬と楽しい気分
で非日常感を味わうという精神的な開放ができること、良い指導者や調教された馬から
技術を習得し上達した、という達成感や成功体験を得ることが乗馬を継続する要因であ
る可能性が示された。乗馬のメリットとして会員、指導者共に「動物と一緒にできる生
涯スポーツ」であると認識していることがわかった。
セラピーホースに求められる「忍耐強い、おとなしい、従順」という資質は、体験乗馬、
初心者、初級者が騎乗するための必須条件でもあり、多くの乗馬クラブの指導者はこう
した馬の調教の経験が豊富である。また既存の乗馬クラブ内に障がい者乗馬コースを併
設している施設もあることから、セラピーホースの安定供給には調教技術、ヘルパーの
確保等において一般乗馬クラブの指導者及び会員の理解と連携が必要かつ効率的とも
推測できる。「優れた指導技術」や「調教の良い馬」は、乗馬クラブを評価する際に重
要視される要因であることが明らかになったが、障がい者乗馬の指導者資格について国
内ではまだ確立されておらず、セラピーホースの活用を妨げる大きな課題であるとみら
れる。この点の整備が急務である理由は、2020 年のオリンピック・パラリンピックに向
け全競技団体に競技力向上が求められたことにある。日本障がい者乗馬協会ホームペー
ジによると、競技という目標ができると、騎乗者の視野が広がり達成感や馬への信頼や
愛情をより体感することができ、乗馬継続のモチベーションになると、競技を見据える
上での利点を挙げている。
パラリンピック馬術競技に使用する馬は、オリンピック選手が馬場馬術に使用する馬と
同等の能力の馬が必要となるため、更に高度な指導技術、調教技術が要求される。この
点について日本障がい者乗馬協会は、日本馬術連盟、全国乗馬倶楽部振興協会と連携し、
資格の整備にあたることを検討している。
セラピーホースとしての適性を持つ馬は、初心者、高齢者用の乗用馬として、療養乗馬
として、活動分野は少なくないが、全ての乗用馬がセラピーホースの資質を有するもの
ではなく、訓練を行っても適性を獲得できるとは限らない。障がい者乗馬に携わるイン
ストラクターからは、障がいの程度、部位等が細分化されているため、特に競走馬を引
退したサラブレッドの再調教は難しく適応外になることが多い。セラピー先進国及びパ
ラリンピック強豪国の多い欧州では乗馬用に生産された品種を用いることが多く、競走
馬からの転用は主流ではないため、この課題は我が国乗馬社会特有の問題である。また、
セラピーホースとしての活動を引退した馬の引取先を確保できなければ安易に手を出
すべきではないという問題提起もなされた。
乗馬クラブの形態は都市近郊型、郊外型など地域性を反映している。今回の調査は関東
近郊の施設を対象としたため、調査結果を全国規模に当てはめる等の一般化には限界が
ある。本研究に用いた質問紙調査は主に一般乗馬クラブに在籍する会員や指導者が対象
であり、スポーツ活動への参加、継続、離脱する際にどのような意思決定がなされてい
るかについて、障がい者乗馬参加者を対象に専門的に調査した研究が見当たらなかった。
セラピーホースを充分活用できるフィールドを整備するには、今後の知見の蓄積の必要
性が示唆された。