無接点充電器から電磁誘導を理解させる指導展開

中学第一分野
無接点充電器から電磁誘導を理解させる指導展開
愛知県西尾市立鶴城中学校 三 浦 真 一
目 的
*
教材・教具の製作方法
本教材は、中学 2 年の電磁気単元のまとめの追究活
動で用いる。そこでは、金属接点がないのに通電する
「無接点充電」の不思議さや巧みさを生徒に直感的に
理解させ、既習事項(電流がつくる磁界、電磁誘導、
交流)を活用してその仕組みを生徒に解明させてい
く。この追究活動と指導展開により、生徒に学習内容
を深く理解させ、理科を学ぶ楽しさや問題解決の喜び
を味わわせる。さらに、この無接点充電と同じ技術が
応用されている身近な製品の仕組みを生徒自らが考え
ることで、実生活・実社会における科学の重要性を認
識できるようにする。
概 要
Ⅰ.電動歯ブラシの無接点充電器
充電器は、軸に導線を巻きつけやすい形状が適して
いる。ただし、歯ブラシ側のコイルを検知するセン
サーが付いた(高価な)ものは、十数回の巻き数では
通電しないために使えない。
ブラウン社製「オーラルBすみずみクリーン」(型
番:D 12013、写真 2 左、量販店や薬局で ¥2,500 程度、
通販で ¥2,000 程度)の充電器は、導線を巻きつけや
すい形状である。ただし、歯ブラシにランプ等がなく、
歯ブラシ側への通電が確認できない。
オーム電機社製「充電式電動歯ブラシ」
(型番:
OYD- 02 W、写真 2 右)は、通販で ¥1,500 と安価で
あるが、充電器は導線を巻きつけにくい形状である。
歯ブラシは LED ランプ付きで通電が確認できる。
写真 1 本教材
充電式電動歯ブラシ(以下、歯ブラシ)の無接点充
電器(以下、充電器)と、豆電球にループ状の導線を
接続したもの(以下、ループ導線球)を用意する。充
電器の軸にループ導線球の導線を巻きつけていくと、
豆電球が点灯する(写真 1 )。この現象に出合った生
徒は、驚きとともに「なぜ点灯するのか」と疑問をも
ち、自ら追究して解明しようとする。
さらに、携帯電話等の無接点充電や非接触型 IC
カードなど、これと同じ原理が応用されている電化製
品を紹介し、それらの内部の仕組みを考えさせる。
写真 2 ブラウン社製(左)とオーム電機社製(右)の充
電器の形状と歯ブラシ
予算に余裕があり、生徒にこの現象を見つけさせた
いなら、ぜひ 10 台程度を用意したい。費用をおさえ
たければ、1 台だけを使って教卓に集めた生徒とのや
りとりの中で現象に出合わせてもよい。疑似体験で
も、生徒は十分に驚きと疑問をもつ。多少巻きつけに
くいが、オーム電機社製でも点灯に支障はない。
以下で述べる授業実践では、無接点で充電できる利
点を考えさせる目的もあり、ブラウン社製の充電器と
(注)三浦真一教諭は平成 27 年 4 月 1 日付で愛知県西尾市立平坂中学校に転任された。
*
みうら しんいち 愛知県西尾市立平坂中学校 教諭 〒 444-0305 愛知県西尾市平坂町吉山 1-1
6
☎(0563)59-6135 E-mail miura-shinichi nishio.ed.jp
オーム電機社製の歯ブラシをセットにし、4 人班に 1
セットずつ用意した。
Ⅱ.豆電球にループ状の導線を接続したもの
写真 3 ループ導線球
ループ導線球(写真 3 )は、ソケットの 2 本の導線
に、長さ 1 m程度の導線の両端を接続すればよい(写
真 4 中)
。導線は、軸に巻きつけるため、細いものが
適している。本実践では、導線の継ぎ目をなくすため
に、外径 0.65 mm のより線の導線をソケットの口金
に直接はんだ付けした(写真 3、写真 4 上)。エナメ
ル線や単線を用いれば、コイルの形状を維持するの
で、実験操作の時間を短縮できる(写真 4 下)。豆電
球は、一般的な 1.5 V 球でも十分だが、1.1 V 球の方
が明るく点灯する。
ることを見つける。6、7 回巻けばほんのりと点き、
巻き数を増やすほど明るくなり、15 回ほど巻けばと
ても明るく光る(写真 5 )
。
写真 5 豆電球の点灯
6 回巻き(左) 10 回巻き(中) 15 回巻き(右)
生徒は、
「やった」
「点いた」などの喜びの声ととも
に、
「すごい」
「えー」
「どうして」など、驚きと疑問
の声をあげる。本実践では、既習の電磁誘導を想起さ
せるために、机上に棒磁石を置いたが、省略すれば、
より短時間で点灯できる。
Ⅱ.充電器内部の説明(約 5 分)
次に、充電器の内部の仕組みを認識させるととも
に、生徒の問題意識を明確に言語で表現させるため
に、次のように展開した。
T 充電器の中はどうなっていると思いますか。
S 軸の中で磁石が上下に動いている。
T なるほど。でも、中に磁石はありません。
S えー。じゃあ、どうなっているの。
T 充電器の中は、こうなっています(写真 6、電子
黒板で提示)。
写真 4 ループ導線球
導線の継ぎ目なし(上)
ソケットの導線に接続(中)
エナメル線(下)
学習指導方法(授業展開)
Ⅰ.導入(約 5 分)
生徒 4 人の各班の机上に、ループ導線球、充電器、
歯ブラシ、棒磁石を置いておき、「この豆電球を導線
を切らずに点けてください。道具は何を使ってもよい
です」と投げかけた。生徒はまず、既習の電磁誘導の
知識から、導線のループに棒磁石を出し入れしたり、
導線を何重か巻いてコイルをつくって棒磁石を出し入
れしたりするが、点灯しない。あれこれと試すうちに、
机上の充電器に歯ブラシを挿すと通電することに気づ
き、充電器の軸に導線を巻きつけると豆電球が点灯す
写真 6 充電器の内部
S えっ、コイル?
T そう、充電器の軸の下にはコイルがあります。コ
イルはコンセントにつながっています。ということ
は、コイルに流れている電流は。
S 交流。
T そうですね。この現象を整理するとこういうこと
です(写真 7、電子黒板で提示)。「交流が流れる下
のコイル(青)の上に、コイル(赤)を置くと豆電
球がつく」ということです。
7
写真 7 問題の整理
Ⅲ.個・4 人班での追究(約 10 分)
その後、個々で追究する時間を設けた。生徒は、実
験をしながら、自分の考えをワークシートにまとめ
た。写真 8 はその一例である。この後の班・学級の話
し合いでコイルの向きを統一するため、条件部分(上
下のコイル)は印刷して渡した。
写真 8 個の考えをまとめたワークシート
このように多くの生徒が、個で、「下のコイルが電
磁石になり、電磁誘導によって上のコイルに電流が流
れる」と考えることができた。
次に、4 人班で話し合う時間を設けた。以下は、あ
る班の話し合いの記録である。
A 下のコイルは電磁石になっているんじゃない?
B 交流でも?
A 交流も電流だから、電磁石になるんじゃない?
C 私も電磁石になっていると思う。なっていないと、
上のコイルで何も起きなくて、電流が流れないから。
B ああ、そうか。
D 僕も、下のコイルが磁石になって磁界が発生して
いるから、上のコイルで電磁誘導が起きて電流が発
生するんだと思う。
(班の考えを写真 9 のようにまとめる)
写真 9 班の考えをまとめたホワイトボード
Ⅳ.学級全体での追究(約 15 分)
さらに、学級全体で話し合った。まず、各班の考え
を共有した。多くの班が上の生徒Aたちと同じよう
に、「下のコイルが電磁石になり、上のコイルで電磁
誘導が起きた」と考えていた。それに加え、いくつか
の班から、「下のコイルに交流が流れているから、下
のコイルがつくる磁界は変化している」という考えが
出た。ただし、これは、学級全体にすぐに理解されな
い様子であった。そこで、「下のコイルが電磁石にな
り、上のコイルで電磁誘導が起きた」というところま
では、全員が理解していることを再度確認した上で、
以下のように話し合いを進めた。
T 交流はこんな電流(オシロスコープの画像)だね。
1 秒間に+-の山谷が?
S 60 回。(愛知県は西日本で 60 Hz)
T そうだったね。こんなに速いと考えにくいので、
ゆっくり一山一谷だけを考えよう(写真 10)。この
とき(①)は電流 0 だから下のコイルは、磁石?
写真 10 交流の一山一谷
S 磁石ではない。ただのコイル。
T 電流が流れていなければ、ただコイルが置いてあ
るのと同じだね。では、このときは(②)。電流が
+だね。+のときは、コイルにこちら向き(左回り)
に電流が流れるとします。下のコイルは?
S N極が上向きの電磁石になる。
T どうして。
S 電流がこの向きに流れるから、磁界がこうなるか
ら(右手で、N極が上向きの右ねじを示す)。
T そうだね。では、このとき(③)は?
S 電流が 0 だから、電磁石になっていない。
T ということは、ここからここまで(①~③)は、
下のコイルはどんな役割をしたの。
8
S N極を近づけて遠ざけたのと同じ。
T 前でやってみて。
S こうなってこうなる(上のコイルにN極を近づけ
て遠ざける、写真 11)。
写真 13 歯ブラシ内部のコイル
写真 11 ①~③の下のコイルの役割の説明
その後、④⑤の場面も同様に考え、下のコイルがS
極を近づけて遠ざける役割をしたことを確認した。こ
のようにして、
「下のコイルに流れる電流が、0 →+
→ 0 →-→ 0 →… と変化しているから、下のコイル
がつくる磁界は、なし→上がN極→なし→上がS極→
なし→… と変化する。だから、上のコイルの中の磁
界が変化し、電磁誘導が起きて電流が流れる」と、全
員で現象の仕組みを解明することができた。
その後、
「それなら、豆電球は点いたり消えたりし
ているのか」という質問が出たので、豆電球に流れる
電流が交流であることをオシロスコープで確認した
(写真 12)
。これを見て「本当だ」と声があがり、自
分たちの追究の結論の正しさを確認できた。上のコイ
ルを軸から離すと電流が小さくなることもオシロス
コープで確認した。
さらに、「電動歯ブラシは水場で使いますね。歯ブ
ラシも充電器もプラスチックでおおわれていて、金属
接点なしで充電できることの利点は何でしょうか」と
聞くと、「プラスチックでおおわれているので防水に
なる」
「金属接点がないからさびない」
「ぬれた手でさ
わっても感電しない」と答えた。
次に、写真 14 を見せ、
「これは置くだけで充電でき
るスマートフォンです。中の仕組みはどうなっている
でしょうか」と発問した。すると、「下の充電器の中
にコイルがあって交流が流れ、スマホの中にもコイル
があって、歯ブラシと同じようにスマホのコイルに電
流が流れる」と、すぐに仕組みを説明できた。
写真 14 置くだけ充電のスマートフォン
写真 12 ループ導線球を流れる電流
Ⅴ.実生活での応用例を考える(約 10 分)
その後、
「では、電動歯ブラシの中には何がありま
すか」と発問すると、全員が「コイル」と即答した。そ
して、
実際の歯ブラシの中のコイルを見せた
(写真 13)
。
このコイルを充電器の軸に挿すと歯ブラシの LED が
点灯することを確認した。
写真 15 非接触型 IC カードと改札機
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さらに、写真 15 の非接触型 IC カードと改札機の
写真を見せると、「あっ、それ持っている」「えっ、こ
れもなの」という反応があった。そこで、「カードの
中に小さなコンピューター(IC)があって、残高が
いくらなのかを記録したり書き換えたりできます。で
も、IC を動かす電源はカードの中にありません。電
池だと交換できないですね。では、カードの中の IC
を動かす電源はどうしているのでしょうか」と発問す
ると、
「この機械(改札機)の中にコイルがあって交
流が流れていて、カードの中にもコイルがあって電磁
誘導で電流が流れる」と説明できた。写真 16 のカー
ドの中のコイルの写真を見せると、「本当だ」「こう
なってるんだ」と声があがった。
写真 16 非接触型 IC カード内のコイル
(外周の 3 回巻き)
最後に、
「この仕組みを使うと、これからどんなこ
とができるようになると思いますか」と聞くと、
「コ
ンセントが必要なくなる」「電池の取り換えが必要な
くなる」と答えた。実際に現在、非接触で充電できる
自動車が研究開発中であることを紹介した(写真 17)。
写真 17 非接触で充電できる自動車
出所:http://www.kankyo-business.jp/news/006996.php
http://newsroom.toyota.co.jp/jp/detail/961756/
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実践効果
本教材の実践効果として、生徒の授業の振り返りの
一例を示す。
「とてもおもしろかった。電池がないのに豆電球が
ついたのにはびっくりしたけど、みんなで解明できて
すっきりした。その仕組みがもう生活の中で使われて
いることにも、びっくりした。この技術が進歩して、電
池やコンセントがいらない便利な時代がくるといい。
今日の授業は未来につながっているように思った。
」
謝 辞
本教材を用いた授業研究では、愛知県西尾市立鶴城
中学校の神取敬行先生をはじめ、たくさんの先生方に
ご助言、ご協力をいただきました。また、愛知県半田
市立横川小学校の佐治宏昭教頭先生、愛知県総合教育
センターの吉富靖研究指導主事をはじめ、多くの先生
方からご指導をいただきました。この場を借りて厚く
お礼申し上げます。そして、熱心に授業に取り組んで
くれた鶴城中学校の生徒の皆さんに感謝します。あり
がとうございました。